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秀山さんのプロフィール

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学びの足跡:高校までは全て東京都足立区内、大学で初めて地方生活(仙台)を経験 実社会で大阪、横浜、取手、ニューヨークを転々、今、終の棲家か?江東区

ブログタイトル
秀山の写真俳句日記
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/hidekane
ブログ紹介文
日々の生活、旅先での出逢い・思いを俳句、写真、文にした徒然日記です
更新頻度(1年)

7回 / 11日(平均4.5回/週)

ブログ村参加:2021/01/12

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秀山さんの新着記事

1件〜30件

  • コロナ禍でのヴァーチャル京都もみじ狩(その11 永観堂 )

    永観堂は真如堂から徒歩で20分ほどのところにあります。前回の真如堂のところで、「京都のお寺の『もみじ』は、私には寺々で色や紅葉・黄葉振りが微妙に異なるように見えます」と書きました。永観堂と真如堂のもみじの写真を比べて観ると、その感を一層深くします。また、梅雨の時期に永観堂を訪れた時にこんな句を作りました。千年の古刹若葉や紅を秘めお寺の若葉を観ながら、あと数か月後に訪れるもみじの景を想いました。目には見えませんが若葉の中の「時の流れ」、「ものが時々刻々と変わっていること」に、不思議さともののあわれを感じました。さて、永観堂(えいかんどう)という名は禅林寺の通称で、創建は今から千年以上前の853年。この通称は、窮乏の人々を救うための社会事業を施すなどの高僧であった永観律師(ようかんりっし1033~1111年)に由来...コロナ禍でのヴァーチャル京都もみじ狩(その11永観堂)

  • コロナ禍でのヴァーチャル京都もみじ狩(その10 真如堂)

    京民家豪勢紅葉のはみいづる真如堂近くの民家のらしき煉瓦造りの高い塀から紅葉(こうよう)見事なもみじが道に食み出ていました。渡月橋のところの民家の紅葉も見事でしたが、他所ではなかなか見られない京都ならでの光景かなと思いました。真如堂は永観2年(984年)に建立され、正式名称は鈴聲山真正極楽寺(れいしょうざんしんしょうごくらくじ)。「極楽寺と名乗る寺は多いが、ここが正真正銘の極楽の霊地」という意味を込めて名づけられたとのことですが、この開祖・戒算上人はかなりの自信家だったのかもしれません。その本堂を表す「真如堂」が通称として定着したとのことです。真如堂は2回目で、いずれもバス停から東参道経由で本堂に行きました。これは裏道かも知れませんが、そのせいか、真如堂が塀で囲まれているという感じはありません。ある意味、開けっ広...コロナ禍でのヴァーチャル京都もみじ狩(その10真如堂)

  • コロナ禍での大福茶

    コロナ禍に友よりとどく大福茶1月15日、友人から大福茶(おおぶくちゃ)が送られてきました。恥ずかしながら、私は大福茶そのものを知りませんでした。お茶入り封筒には品のよい和紙の茶の由来説明書が添えられていました。読み終えた時、友人のハイセンスに感銘し、かつ感謝しました。コロナ禍で迎えた新春にピッタリの贈り物で、心が癒されました・・・大福茶の由来(説明書より抜粋)天歴5年(951年)、平安の都で疫病。その時、観音さんに供えられたお茶を飲んで治っ病者が多かったので、時の村上天皇がこの功徳にあやかるべく、お茶を毎年元旦に飲んだことによる由コロナ禍での大福茶

  • コロナ禍でのヴァーチャル京都もみじ狩(その10 嵐山 渡月橋)

    渡月橋かけられ千年山もみじ京都二泊三日の旅も今日で終わりです。先ず、朝八時半に渡月橋に行き、その後、真如堂、永観堂に回りました。渡月橋が架かる川の名は桂川とばかり思っていましたが、保津川遊船企業組合のホームページによりますと、元は大堰川(おおいがわ)、ここより上流が保津川、下流が桂川と呼ばれ、最初に橋が架けられたのは承和年間(834年〜848年頃)とのことです。自然の嵐山と人が作る渡月橋の風雅な組み合わせの四季折々を、千年以上その時々の人が見、そしてその永い時の流れの一コマの今、紅葉のこの時に自分が見ている、と思うと、何か感慨深いものがあります・・・コロナ禍でのヴァーチャル京都もみじ狩(その10嵐山渡月橋)

  • 今年の成人の日は、結婚記念日・・・

    2021年の「成人の日」は1月11日・・・成人の日夫婦は四十八周年あと二年楽しくメダル目指すかなこの日は私たち夫婦の結婚48周年記念日でもありました。コロナ巣籠生活中ですので、家で二人きりで祝うことにし、食べ物は気張って、今半の出前一人前とお寿司にしました。お寿司は「引き取り2割引き」に惹かれまして、柿家鮨の亀戸店に自転車で取りに行きました。この日は殊の外冷え込んでいましたが、途中、晴れ着姿の女の子数人と出会い、心の中で「成人の日を大変な時に迎えられたけどガンバッテ」と思いながらお店に着きました。受付は男の人で、「途中、晴れ着姿の女の子と出会ったよ」と言いましたら、「私も今年、成人なんですよ。でも(コロナ禍なんで)式に出るのを諦めました」とのこと。私は、「そうか~、残念だね~。でも、苦あれば楽あり、ガンバッテッ...今年の成人の日は、結婚記念日・・・

  • 成人の日の結婚記念日

    2021年の「成人の日」は1月11日・・・この日は私たち夫婦の結婚48周年記念日でもありました。コロナ巣籠生活中ですので、家で二人きりで祝うことにし、食べ物は気張って、今半の出前一人前とお寿司にしました。お寿司は「引き取り2割引き」に惹かれまして、柿家鮨の亀戸店に自転車で取りに行きました。この日は殊の外冷え込んでいましたが、途中、晴れ着姿の女の子数人と出会い、心の中で「成人の日を大変な時に迎えられたけどガンバッテ」と思いながらお店に着きました。受付は男の人で、「途中、晴れ着姿の女の子と出会ったよ」と言いましたら、「私も今年成人なんですよ。でも(コロナ禍なんで)式に出るのを諦めました」とのこと。私は、「そうか~、残念だね~。でも、ガンバッテ」と若者に期待を込めて言いましたら、彼は笑顔で、「ありがとうございます。し...成人の日の結婚記念日

  • コロナ禍でのヴァーチャル京都もみじ狩(その8 清水寺)

    京都の二日目は、朝食前に霜の降りている寂光院に行きました。宿に戻り朝食をいただいてから、三千院、来迎院、天龍寺、二尊院を回り終えた頃は、午後の5時近くになっていました。昼食抜きで日も暮れかかっていましたので、宵もみじが狙いの清水寺近くのお店に入りました。宵もみじ待ちて日本酒京の店音羽山清水寺(おとわさんきよみずでら)の開創は今から約1200年前の778年。現在の建築物のほとんどが1633年、三代将軍徳川家光の時代に再建されたとのことです。日もとっぷり暮れた19時頃、ほろ酔い加減で清水坂を上っていきますと、最初に待ち受けているのが仁王門です。この門の別名は「目隠し門」。「清水の舞台」が造営された時に、この舞台から天皇が御座する御所が見えないように建てられたとのことです。この経緯を知った時、1974年に竣工した東京...コロナ禍でのヴァーチャル京都もみじ狩(その8清水寺)

  • コロナ禍でのヴァーチャル京都もみじ狩(その7 二尊院)

    ひつそりと二尊もみじの美しき天龍寺を後にしまして、百人一首で有名な小倉山の麓にあります二尊院に向かいます。徒歩15分ほどの閑静なところにあります。建立は9世紀半ば。鎌倉時代には法然上人も住まわれたことがあるとのことですが、現在は天台宗で、天龍寺(臨済宗)、大覚寺(真言宗)と並ぶ「嵯峨三名跡」の一つに数えられています。一つの寺院にご本尊がお二人おられるのは、私の知る限りこの二尊院だけです。極楽往生を目指す人を此岸から送る「釈迦如来」と彼岸へと迎える「阿弥陀如来」の二尊で、並んで安置されています。二尊のお写真は二尊院ホームページから転写させていただいたもので、左が阿弥陀如来で右が釈迦如来です。お二人の如来による極楽への送迎があることを視覚的にも伝えており、参拝者にはとても親切でありがたいお寺なのかなと思いました。お...コロナ禍でのヴァーチャル京都もみじ狩(その7二尊院)

  • コロナ禍での迎春 オンライン家族新年会

    きょうは2日、区営プール開きの日です。元旦の酒精追い出す初泳ぎ久しぶりでしたので、少し泳ぎ過ぎかなと思いつつ、大きな窓から差し込む冬の暖かで豊かな日差しを浴びながら、2時間ほど水に浸かっていました。昨年末、コロナ禍でも妻粛々と正月飾り玄関の外から内へ、そして、トイレ、居間に入りますと、コロナ禍とは無縁の迎春風景です。漢字「壽」の最上部に牛の角2本が描かれている「書」は家内の創作書画です。コロナ禍もゆたりどしつと牛新年今年の早い段階で、ウィルスと共生の落ち着いた生活が戻ることを切に願います。コロナ禍中での今年の元旦、わが人生ではおそらく初めて、家内と2人だけで迎えました。結婚するまでは東京・足立の実家で、結婚して大阪に住んでいた時は家内の実家で、子どもができてからは我が家で元旦を賑々しく迎えていました。結婚以来初...コロナ禍での迎春オンライン家族新年会

  • 新年のご挨拶

    明けましておめでとうございます人類社会の基本構造が変わろうとしています侘び寂びの日本文化の底流には、静かさと暗さ、そして質素さがあるとのことです地に足がつき、格差が是正され、平和で、若い世代が夢の持てる時代の到来を願いますコロナ禍の中、日々の生活を支えてくださる方々に感謝し、本年がみなさまに良い年でありますよう、お祈り申し上げます2021年元旦ウィルスをなだめむと孫アマビエ絵身を削ぐも生命脈々冬木立生命:いのち天空にひろがる命たちあふひたちあふひ:たちあおい、立葵新年のご挨拶

  • 今年もあと一日・・・

    今年もあと一日を残すだけとなりました。コロナ禍は収束の兆しもなく新たな年を迎えようとしています。自衛・他衛を心がけ、じっと動かずに逞しく生きている木々からも元気をいただきながら、一日一日を質素に、気持ちだけでも明るく生きていけたらと思います。コロナ禍の中で、私たちのライフラインを支えておられる方々に感謝し、皆さんが良い年を迎えられますよう、お祈り申し上げます。コロナ禍や無事寒柝の打ち仕舞ひ町会の夜回りも30日に無事終了。寒柝:かんたく、拍子木コロナ禍でも夕日黄葉や気の晴れる散りて生く冬木たくまし子も逞しく地を覆ふ黄葉新たな命へとコロナ禍では、今まで以上に自然を身近に感じ、自然に考えさせられ、教えられ、励まされたような気がします・・・今年もあと一日・・・

  • コロナ禍でのヴァーチャル京都もみじ狩(その6 天龍寺)

    京都もみじ狩りの二日目は、朝食前に霜の降りた大原を寂光院まで散策し、芯まで冷えた身体に朝食で暖をとり、三千院に歩いていきました。午前一杯三千院と来迎院を参拝し、午後はバスと電車を乗り継いで天龍寺。里山から降りて、という感じで、天龍寺に着いた時は平地の広いお寺で、もみじの木々が高く感じられました。天龍の紅葉木高く逞しく天を衝く紅葉大木龍の如臨済宗の天龍寺は、1339年に夢窓疎石によって開かれました。お寺自体の歴史としてはそんなに古くはありませんが、この地には平安時代初期以降、天皇家の離宮などが建てられていた地とのことで、もみじにも禅宗的なものと千年の長きに育まれてきた雅さを感じました。儚くも淡く美し京もみじ千年のはぐくみ京のもみじかなそれぞれに美し山茶花紅葉かな色形きりつと禅刹紅葉かな禅刹:ぜんさつ、禅宗の寺院昨...コロナ禍でのヴァーチャル京都もみじ狩(その6天龍寺)

  • コロナ禍での和太鼓と子どもたち

    頭が柔軟で体も動く若い時にやっておけばと思っていたことがありました。第九合唱、クラシックギター、タップダンス、お神輿担ぎ、あの消防士の放水、そして和太鼓。昨年末、最後まで実行できていなかった和太鼓を教えてくれる処が近所にあることを知り、早速体験させていただきました。会の名前は「寿太鼓江戸の星」。少数の大人の方がボランティアで運営されていますが、メンバーの主力は私の孫のような女の子の小学生で、誠にお上手。気後れしましたが、指導されている古賀勝先生が私と同年代の方で、「健康のためにもいいですよ」と温かく迎えてくれました。子らに習ふ和太鼓練習納かな子らしみじみと太鼓励みと年の暮コロナで始まり終わる二千二十年即座に入会させていただき、明くる1月、さっそく太鼓を思い切り叩かせてくれました。私はそれぞれの曲にあったリズムと...コロナ禍での和太鼓と子どもたち

  • コロナ禍でのクリスマス

    明日、クリスマス。今、自衛他衛を意識して巣籠をしていますが、今朝、ふと思いました・・・ひかり熱日のありがたく冬の朝自然とは明日クリスマスコロナ禍の部屋はまだ暗き冬の朝カーテンをあけるとひかりが差し込みますひかりのあたたかみを感じます太陽は偉大でありがたいと感じました明日はクリスマスコロナ禍でのクリスマスキリスト教徒でない私も今朝は楽しい気分になれません人と自然と宇宙謙虚さ、が大切か・・・コロナ禍でのクリスマス

  • 木星と土星の大接近

    木星土星孫また見れる大接近昨日、2020年12月21日の宵、木星と土星は1623年7月17日(日本では徳川家光が江戸幕府3代将軍になる1か月ほど前)以来の大接近をしました。実に397年ぶりです。次に今回と同程度近づくのは60年後の2080年とのこと。七十路の私にはこれが見納めと思い、めっきり冷え込むベランダで三脚を立てリモコンでシャッターを切りながら撮りました。撮影時間は17:17から18:25。ISOは400、露出は5.6で固定し、シャッター速度は5秒から1/8秒までの間でいろいろと変えながら撮りました。1/4秒が一番良かったみたいです。明るい二つの星の内、下の方の大きいのが木星、上の方の小さいのが土星です。パソコンで画像処理したら、木星の左上斜め方向に2つ、右下斜めに2つ星が写っていました~!名前は分かりま...木星と土星の大接近

  • コロナ禍でのヴァーチャル京都もみじ狩(その5 三千院 来迎院)

    大蕪につられはんなり試食かな三千院でのお参りを終えて参道に出ますと、樽に大きな蕪が大盛りされているいかにも老舗という風情の漬物店がありました。明治34年(1901年)創業の「土井志ば漬本舗」です。京都・大原に千年前から伝わる製法を守りつづけているとのことで、歴史の重み・旨味を感じました。漬け物はお酒のダイエットつまみ(?)として私の大好物です。京野菜を漬けた漬物を「京漬物」と呼び、中でも「千枚漬け」、「すぐき漬け」、「しば漬け」は「京都三大漬物」とのことです。聞きなれない「すぐき漬け」とは、蕪の一種の「酸茎菜(すぐきな)」を塩漬けしたものです。また、大原は昔から赤紫蘇の産地として有名で、茄子、胡瓜、茗荷などの京野菜を紫蘇の葉と共に漬けた「しば漬け」発祥の地だそうです。「はんなり漬け大根」というのもありました。初...コロナ禍でのヴァーチャル京都もみじ狩(その5三千院来迎院)

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