土曜日の午前中、悠理が僕の家にやって来た。何でも、月曜日の英語の小テストの勉強を、魅録が見てくれると言う。「だから清四郎の参考書を借りて来てって。清四郎のクラスはテストないでしょ?」「ないですけど、参考書くらい、魅録だって持ってるでしょう」「清四郎のは、テスト問題にバッチシだから」バッチシって、何?「はいはい、持って来るから、中に入って待ってなさい」「ううん。外は気持ちいいから、ここで待ってる」春...
土曜日の午前中、悠理が僕の家にやって来た。何でも、月曜日の英語の小テストの勉強を、魅録が見てくれると言う。「だから清四郎の参考書を借りて来てって。清四郎のクラスはテストないでしょ?」「ないですけど、参考書くらい、魅録だって持ってるでしょう」「清四郎のは、テスト問題にバッチシだから」バッチシって、何?「はいはい、持って来るから、中に入って待ってなさい」「ううん。外は気持ちいいから、ここで待ってる」春...
時折廊下を通り過ぎる風が、もう間もなく春の訪れを感じさせる。暖かで、どこか懐かしい匂い。階段の踊り場あたりで友達の笑い声が聞こえる。いつもの、聞きなれているはずの声。でも今日は、ちょっとよそ行きみたいだ。生徒会室のドアは開け放されていて、さっきの風が通り過ぎる。部屋の中には清四郎と魅録、そして1年先輩の志太泉薫子さん。志太泉先輩は今年度までの生徒会の副会長。キリっとした顔立ちと性格も体型もスマート...
日曜日の窓辺は、どこか懐かしい気持ちがよぎる。秋の日曜日、窓辺、夕暮れ時、レンズ雲、、、胸がきゅっと痛くなって、甘くせつなく、哀しい思い出。あれは確か、清四郎の私利私欲がもたらした、あいつにとって人生最大の汚点(とあたしは思っている)。あたしと婚約してしまった、あの時。バカげているけど懐かしい、笑っちゃう、今だからこそだけどね。剣菱財閥の事業を継ぐために受けたあたしとの婚約、だったかな。父ちゃんと...
可憐の部屋のベランダで、今夜は星空を見る。七夕の夜だ。本当は魅録とツーリングで、毎年行く、星空がきれいに見える高原まで行くんだけれど。今年は・・・野梨子と出かけるんだって。「悠理が大好きなイチゴミルクよ。甘くしといたからね」可憐が飲み物を作ってくれた。大きなグラスにたっぷりなイチゴミルク。細やかな氷がストローを通って、冷たく喉に届く。「おいしー」「星は見えて?」「空が明るいもん。街中じゃ見れないよ...
新学期、昼休み。4年目となれば変わらない日常だけが続いている。あたしは魅録と食堂でお昼を食べ、麦茶を飲みながら放課後の予定を立てていた。「悠理~!ここにいましたか、やっぱり」振り向くと生徒会長がさわやかな笑顔で立っていた。「どしたの?ごはん?」「違いますよ。毎度おなじみ今年度の予算。悠理の部だけ未提出。早く出して下さいよ」「あ・・・忘れてた」「今日中。放課後まで」えーっ!とあたしは言う。だって魅録...
休日の人混みの中を、流れに沿うように歩く。こうして周りに倣うように歩いていると、自分の考えや思いも皆と同じになってしまいそうで、でもそのことに違和感なく染まりそうで彷彿としてしまう。このままわたくしは周りに染まり、考えや思い、想いすらも流れ、同じになってしまうのだろうか。異議なし。わたくしは、そのようになります・・・周りに押されるように歩いていると、誰かがわたくしの肩を叩いた。「やっぱり野梨子だ」振...
小さなアパートの自室の窓を開け放すと、風が初夏の香りを運んできた。出窓から顔を出すようにして空を見上げる。空は、秋のそれによく似ていて、雲が高いところにあった。私は思いきり澄んだ空気を吸い込み、それから目を閉じて静かに息を吐く。遠くで犬が鳴いているのが聴こえ、目を開くとひこうき雲がゆらゆらと空に浮いていた。先日、田辺さんから私が住むところへ手紙が届いた。今となっては珍しい手紙。Webmailでもなく、LIN...
泊り客が夕食をとっている間に、私は自室に戻った。自室は、ここ数日の男女の匂いが残っていた。ライティングデスクに置いたままのスマートフォンを手に取ると、何件かのLINEとWebMail、着信が入っていた。部屋のドアの鍵をかけ、全てに返信と折り返しの電話をする。そのような作業と現実的な相手と言葉を交わしていると、意識がはっきりし覚醒したような気がする。私は窓を開け放し、てきぱきと部屋を片付けベッドを整えた。突然...
夢をみた。夢は、過去を表していた。私は何かに不安を感じていた。原因は目覚めれば分かると、夢の中の私は知っていた。目の前は、まるでベールに包まれているかのように不透明だけれども、私は前に向かって歩いていた。少しずつ歩を進め、やがて焦りを感じていた。「違う、違う!」私は言う。早く伝えないと、あの人はいなくなってしまう。突然現れた背中に私は声をかける。「違うのよ」「なお、俺がどんなに辛かったか分かる?」...
聞いた事がない鳥の鳴き声で目が覚めた。喉から絞り出すような細く長い鳴き声。目覚めた時、私の横にはしょうちゃんがあどけない顔で眠っていて、思わず微笑んでしまった。目を瞑っているのにくっきりとした二重まぶたと、長いまつ毛が小さく震えているのが分かる。筋が通った鼻と形の良い唇が、この世に生まれてまだ間もないと思えるほど整っていた。その横に老いた私の手があった。細く皺が寄った醜い手。よく見ると、シミがうっ...
あれだけ暑かった日中とは打って変わって、夜は秋を身近に感じるほど涼しくなった。窓を開けて耳を澄ませばカエルの鳴き声が力強く聴こえて、まだ夏は終わっていないと告げているようだった。でももう少しもすれば,、虫の音に代わってしまうのだろう。花火大会の後、私たちは通常通りの距離を保って帰った。会話らしい会話はなかったけど、気持ちの馴れ合いを感じていたのは私だけではなかったと思う。ゲストハウスに入る直前、し...
あれだけ振り続いた雨が止み、夏祭り当日はアスファルトが熱を放ち、陽炎が見えるほど暑くなった。叔母が夏祭り実行委員会として手伝いに行った後を追うように、私も頼まれた食材が入った段ボールを商店街から祭り現場まで何度も往復をした。私には料理の才能がないので、簡単な力仕事を選んだ。朝早くからの手伝いも、叔母と一緒に家に戻ったのは祭り開催時間を過ぎていた。「なおさんは屋台で作んないの?」田辺さんが大きなグラ...
雨は二日間も続いた。八月にしては底冷えをするほど気温が下がり、朝晩の冷え込みにはセラミックヒーターを使うほどだった。「お盆のお祭りまでには晴れるかな」「晴れるでしょう。明日には晴れますよ。天気予報がそうですから」「叔母が夏祭実行委員会の打ち合わせに行ったんですけどね。まあ、やるでしょうけれど」「何か係ですか?」「お手伝い程度ですよ。高齢者は免除になりますから」「なおさんは?」「さらにそのお手伝い。...
叔母のゲストハウスで1週間が過ぎた。口コミ情報で訪れた50代の夫婦は、滞在3日で帰って行った。毎日朝食だけをここで取り、後は観光を楽しみながら食事を済ませていた。郊外型のホテルよりも安く泊まれると言って、大変喜んでいた。残る3人での生活は、家族との日常のように緩やかに過ぎていた。昼食の片づけを終え、庭に干していた洗濯物を取り込んでリビングのソファで畳んでいると、私と同じように地方都市で会社勤めをしてい...
ウィンドウチャイムが午後の風に揺られ、優しい音を奏でる。カラン、カラン、カラン・・・懐かしい記憶、太陽の陽射し、風の匂い。夏の終わりは、部屋を通り抜ける風ですら私の心を癒す。あれは夏だ。毎年訪れる避暑地と、私の心を揺さぶる人。夏にしか逢えないあの人。夏、過去、想い出。もう二度とあの日には帰れない・・・夏になると毎年、私は叔母のゲストハウスの手伝いに行くのが常だった。普段は地方都市部で働いていたが、...
夕方になり、ヒグラシが一斉に鳴き始めた。彼らの鳴き声は郷愁的で、胸が少しだけ締め付けられる。でもそれには理由があって、たまたまさっき見つけた、学生時代の写真がそうさせるのだろう。引き出しの奥にあったその写真は、彼女が本来持つ奥ゆかしさが映っていた。写真の中で彼女はひっそりとたたずみ、僕をじっとみつめていた。そして僕の脳裏にその時の記憶が映し出された。あの頃、僕たちはまだ仲間意識があまりなく、生徒会...
放課後の生徒会室は、初夏の風がふうっと通っていて気持ちがいい。この間まで寒い寒いと言っていた可憐も、魅録にエアコンの掃除をさせるほどだ。室内の窓と簡易給湯室の窓が開いているから、風がよく通る。ソファに横たわっているとうとうとしてしまう。本当に気持ちがいい。窓の外は澄んだ青い空。本当の夏が近い。こんな日は、ちょっと昔のことを思い出す。ほんのちょっと昔の、くすぐったい思い出。その日、珍しく朝早い登校を...
4月だと言うのに、ダウンが必要な日がまだあるなんて。この間、夏日に近い気温になってから、あたしの気分はもう、初夏。今さら上着なんて・・・でも、寒くてしょうがない。あたしはダウンを羽織り、お土産用のケーキを買って、野梨子と魅録が待つマンションへと向かった。二人の住む部屋は、お互いの実家の中間点に位置していて、あたしの家からはタクシーで30分もかからない。でも、訪れるのはまだ2回目。よく、「いつでもお夕飯...
冬が近づいている午後の陽射しは深く、低い。歩くたびにくしゃくしゃと音を立てる庭には落ち葉が敷き詰められ、木々の、長く黒い影が伸びている。静かに寒さが進んでいるのに、梅の木の枝には来年を迎えるように花芽が芽吹いていて、これから来る冷たい冬の向こうには、必ず春が待っているのだ、とそう思うだけで心が少し軽くなった。裏庭から勝手口に入ると、先ほどまでおば様が台所にでもいたのだろうか、ふんわりとした煮物の匂...
昼休みに生徒会室の入ると、野梨子がベランダに出て空を眺めていた。「寒くありません?」僕が声をかけると、驚いたように振り向いた。「気付きませんでしたわ。全く」「何を見ていましたか?」僕はベランダに出、野梨子の横に立つ。手摺りに両手を置き、空を仰いでいる彼女を見つめ、同じように手摺りに両肘を置いた。「空よ」「空に何かありました?」「いえ、何も。ただ、すっかり空が高くなりました」「本当に。気付けば秋空。青...
学校が一週間ほど休校になって、でも、外出は自粛だからあたしは家でのんびりしている。はじめの2日間くらいはラインをしたりネットで映画を楽しんだりしていたけど、すぐに厭きてしまった。はじまったばかりの夏が、心地よい風と匂いを運んでくる。あたしは自分の部屋の窓を開け放し、一人がけのソファを窓辺に置く。朝から昼まで、ずっとソファに座り込んで窓の外を見ている。夏の空、飛行機雲、数々の思い出が、あたしの胸に甦...
あれから数日して、私はもう一人の男性と接触をする。私は、彼の生まれるはずだった子供となって彼の前に現れる。夢の中だ。彼の夢の中に私は彼の子供となって現れる。女の子。3歳位の、パパが大好きな女の子。私たちはいつもの川辺にいて、石投げをしている。パパは上手に水面の上を、まるで滑るように石を投げ、何回か跳ねらせる。私も真似をして石を投げるけれど、水面を跳ねらせることはできない。「ことちゃんできないもん」...
人間と動物の違いについて私は何も知らない。生態系や交易・・・その言葉の意味も分からない。けれど彼らは(彼らとは二人の人間である)、それぞれに私を助け、私を愛した。もちろん私の性別など関係なく、彼らは私を大切にしてくれた。同時に私も彼らを特別に想い、狂おしいほど愛している。その狂おしさが通じたのか、私は生物種の域を超えて、彼ら二人の人間に「人間」として会うことが赦された。私はある、人間以外の生き物で...
日がすっかり長くなった春の放課後、生徒会室の窓を全開し、カーテンがハラハラと踊るのを見ている。ゴールデンウイーク目前で、みんなはそれぞれ好きなことをしている。「やっぱりねぇ、男は包容力さ。ね、可憐」「へ?」ソファに隣り合って座っていた美童がわたしに声をかける。振り返ると彼はさっきと同じファッション雑誌を手にしていて、目は紙面を見つめている。「なんて言ったの?美童」余程包容力がなさそうな繊細な指先が...
久しぶりに会った君は、またキラキラしていた。あの頃と変わらない弾けるような笑顔と、何かにときめいているような輝き。今は誰に夢中なの?僕は心の中で訊いてみる。君はいつも一つのものに心を奪われるものだから、気がつくと、全く別の方向を向いていて困る。悪く言うと、落ち着きがない。例えばそれがタレントやアニメなら諦めがつく。食べ物なら、一緒に食べちゃえばいい。けれど、相手が僕らの親友なら?他の誰かなら?以前...
あいつらと別れて、ちょうど二年になる。別れ際、新しい部屋の場所を知られちゃって、でも、あたし達はまるで潔かった。なんてね。新しい生活に期待して、忙しさに紛れて、淋しさを感じる隙なんてなくて。「あのマンション、立地が良いね」ちゃんと場所まで調べてたの?そのわりに、一度も遊びに来てくれなかったね・・・でも今日、マンションのエントランスを出た時、あたしは通りを車で走るメンバーの一人を見かけた。あたしには...
この作品は “Rummage Sale”様 へお贈りした作品で、二次創作小説作家として活動を始めた頃のものです。多分、自分のサイトもブログも持っていなかった時で、13年前位の作品です。ご了承くださいますようお願い申し上げます。...
ご訪問ありがとうございます。別ブログ“charm anthology”のブログ画面の復旧が確認されました。しかしながら管理画面へは入ることがまだできずにおりますので、更新にはもう少し時間がかかりそうです。また新たな進展がありましたらお知らせしたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。...
ご訪問ありがとうございます。別ブログ“charm anthology”ですが、いただいたコメントにもありますように、現在はシステム障害によって閲覧できない状態です。管理人である私でさえも管理画面に入ることができません。週末に障害が発生したため、週明けには復旧できるものと思っていましたが、今もなお復旧の見通しが立たないようです。私にとって大切な作品がたくさん保存していますので、なくなってしまうのはとても残念です。な...
クリスマスパーティーの準備は、くじで決められた相手と行う。普段は幼なじみの清四郎とばかりといる私は、性格が合わなさそうな魅録とでは気疲れしそうで仕方なかった。いや、彼といる分には問題ない。彼のやんちゃな部分も、どこか真っ直ぐな気持ちも、不器用な真面目さも嫌いではない。むしろ彼が、私のような人間が得意ではないはずだから、きっと疲れてしまうだろうと思う。もしかしたらお互いが気を使い、せっかくの時間を無...
管理人の描く文章やブログスタイルが気に入らない方は、ブログへの訪問はご遠慮ください。作品への誹謗中傷をコメントで残すことも止めていただきたいです。ブログ内のメッセージを読んでからコメントを投稿してください。今後もこのブログを更新していくつもりですが、作品が気に入らない方は訪問はしない方がよいと思います。お互いが不快になるだけです。 ...
熱さと息苦しさ、動悸で目が覚めた。あたしは慣れないベッドの中にいて、布団の厚さと重さに耐えきれずに体を動かしたら、下腹部に鈍い痛みを感じた。痛みの理由について思いめぐらしていたら、どこかで誰かの話し声が聞こえた。その声には聴き覚えがあった。聴きなれたトーン。でも、話の内容までは聴こえない。多分電話だと思われる。息を潜め、耳を澄まし、少しだけ体の位置を変える。その時、ベッドの中から漂った匂いで、あた...
街を歩いていたらミュージックビデオが流れていた。見たこともない、興味もないような映像。だけど、つい目が留まったのは、知っている誰かを見たから。誰かというのは知っている友人なんだけど、多分、絶対、そう。一瞬、でもそれは確実で、良く知っている二人は、どうしてこんな所にいるんだろう。どうして彼・・・彼らは映っていたんだろう。ショウウィンドウは楽器店のもので、この通りを歩く人を映していた。自然にカメラへ収...
いつになく暗い顔の清四郎があたしの後ろを無言で歩く。目元がどんよりしていて、下向き加減。普段ならメンバーの先頭を歩いているくせに、変なの。でも理由は知ってる。清四郎の大事な幼馴染の野梨子が、あたしの親友の魅録と付き合い始めたから。去年の秋祭りは、清四郎の隣は野梨子だった。もちろんあたしの隣は魅録。けれど冬になるころから野梨子の視線の先が変わった。冬が終わり春が過ぎ、夏になるころには野梨子の視線に重...
親友だから離れることはないって思ってた。親友はずっと親友だから、何も変わることはない。もちろん今だってそうだけど、気持ちは何だか落ち着かない。「野梨子と付き合うかも知れない。前から気になってたからさ、ちょっと伝えてみたんだ」魅緑が突然あたしに言う。何だか胸が、ぐぅって押される感じ。「へぇ、で野梨子は、なんて?」「考えてみるから、時間を下さいだって。でも今度の日曜日に遊びに行くから、脈ありだな」「ふ...
押し流されるような人ごみの中で彼女は突然立ち止まった。当然人は彼女にぶつかり、時々舌打ちをしながらまた流れていく。それでも流れに逆らう彼女を、僕も振り切るようにして彼女まで戻る。「どうしました?危ないですよ」「ええ、そうなんだけど」細い体を踏ん張るようにして立ち、きょろきょろと左右に小さな頭を動かす。「誰か知ってる人でもいました?」「そうなのよ。いたのよ、昔の彼」「へぇ・・・」「あっ、て思って、振...
一年を通して数回、この湖にある別荘に来る。長期休み前や夏の日の週末、この別荘の持ち主である親友の両親に頼んで泊めてもらうのを、仲間達は楽しみにしているのだ。近くには温泉郷があり、また、小さなテーマパークもある。数日を過ごすには不便はない。先ほども温泉地にある商店街で、夕食の買い物をしてきた。メニューを決め、買い物リストを作り、下ごしらえをする。料理は女友達の一人より得意ではないけれど嫌いでもない。...
久しぶりに悠理と遊んだ日曜日。今日は一日中、二人で俺のバイクに乗ってあちらこちら走った。最初は休みとあってご機嫌だった彼女も、夕方が近づくにつれて不機嫌になる。あるいは、午後になって降った雨のせいかも知れない。俺達は雨宿りに入ったコンビニエンストアでちょっとだけ喧嘩をした。「風邪をひいたみたいだ。鼻がつまって、頭がぼぉっとする」「嘘つけ!さっきまではしゃいでたくせに。それに普段よりかなり昼飯食って...
初詣の帰り、僕はメンバーと別れて野梨子と共に帰り、彼女の家に寄った。彼女は少しだけ風邪をひいていて、メンバーと食事の約束をしていたが体調を考えて帰宅すると言ったからだ。「あら、良いんですのよ。清四郎は皆と一緒に食事に行かれて」「気にしないで下さい。僕も同好会の資料を4日までに仕上げないといけなかったので」「そうですの。それなら仕方ないですわね。悠理達、楽しみにしていたでしょうに」「野梨子の体調と僕...
二学期末の大掃除をサボって冬休みに突入したら、生徒会長に呼び出された。運動部の各部室の点検と、運動部部長の机の整理整頓くらいしろと。高等部二年の時で、ちょうどあたし達が中心となって生徒会を運営する時期になっていた。まだまだなれない働きと、まだまだなれない…生徒会長…ご親切に、あたしを呼び出してから机の整理整頓が終わるまで付き合ってくれている。「もう終わるから。先帰って、どーぞ」「ちゃんとやった?」「...
高等部一年の最初の冬。メンバーになれてるようで、まだなれてない。親友と呼べるのは魅録だけ。初等部から苦手意識たっぷりのお二人さんとは、ギクシャクが続いたまま。あたしを理解しようとしている野梨子には感謝している。でも清四郎との距離は、どうかなと思う。アイツは、こんなあたしをどう思ってるんだろう。守ってくれたのは、学園長との一件。ただの一度。まぁそれをきっかけに、今があるのかなと思うけど。どうしてそん...
いつの間に、季節が変わったのだろう。玄関先の松の木の下に、重なる枯葉を見て気付く。見上げれば弱い陽射しが辺りを照らし、低い影が午後の日の短さを覚えさせる。秋になったとばかり思っていたが、すっかり、季節は冬に変わっていた。何度も、何年も、この季節は淋しい時だと感じていた。春の希望も、夏の激しい想いも、秋の切なさから生まれる淋しさは、当たり前の巡りだと思っていた。けれど玄関先の光景は、現実をそのまま受...
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土曜日の午前中、悠理が僕の家にやって来た。何でも、月曜日の英語の小テストの勉強を、魅録が見てくれると言う。「だから清四郎の参考書を借りて来てって。清四郎のクラスはテストないでしょ?」「ないですけど、参考書くらい、魅録だって持ってるでしょう」「清四郎のは、テスト問題にバッチシだから」バッチシって、何?「はいはい、持って来るから、中に入って待ってなさい」「ううん。外は気持ちいいから、ここで待ってる」春...
時折廊下を通り過ぎる風が、もう間もなく春の訪れを感じさせる。暖かで、どこか懐かしい匂い。階段の踊り場あたりで友達の笑い声が聞こえる。いつもの、聞きなれているはずの声。でも今日は、ちょっとよそ行きみたいだ。生徒会室のドアは開け放されていて、さっきの風が通り過ぎる。部屋の中には清四郎と魅録、そして1年先輩の志太泉薫子さん。志太泉先輩は今年度までの生徒会の副会長。キリっとした顔立ちと性格も体型もスマート...
日曜日の窓辺は、どこか懐かしい気持ちがよぎる。秋の日曜日、窓辺、夕暮れ時、レンズ雲、、、胸がきゅっと痛くなって、甘くせつなく、哀しい思い出。あれは確か、清四郎の私利私欲がもたらした、あいつにとって人生最大の汚点(とあたしは思っている)。あたしと婚約してしまった、あの時。バカげているけど懐かしい、笑っちゃう、今だからこそだけどね。剣菱財閥の事業を継ぐために受けたあたしとの婚約、だったかな。父ちゃんと...
可憐の部屋のベランダで、今夜は星空を見る。七夕の夜だ。本当は魅録とツーリングで、毎年行く、星空がきれいに見える高原まで行くんだけれど。今年は・・・野梨子と出かけるんだって。「悠理が大好きなイチゴミルクよ。甘くしといたからね」可憐が飲み物を作ってくれた。大きなグラスにたっぷりなイチゴミルク。細やかな氷がストローを通って、冷たく喉に届く。「おいしー」「星は見えて?」「空が明るいもん。街中じゃ見れないよ...
新学期、昼休み。4年目となれば変わらない日常だけが続いている。あたしは魅録と食堂でお昼を食べ、麦茶を飲みながら放課後の予定を立てていた。「悠理~!ここにいましたか、やっぱり」振り向くと生徒会長がさわやかな笑顔で立っていた。「どしたの?ごはん?」「違いますよ。毎度おなじみ今年度の予算。悠理の部だけ未提出。早く出して下さいよ」「あ・・・忘れてた」「今日中。放課後まで」えーっ!とあたしは言う。だって魅録...
休日の人混みの中を、流れに沿うように歩く。こうして周りに倣うように歩いていると、自分の考えや思いも皆と同じになってしまいそうで、でもそのことに違和感なく染まりそうで彷彿としてしまう。このままわたくしは周りに染まり、考えや思い、想いすらも流れ、同じになってしまうのだろうか。異議なし。わたくしは、そのようになります・・・周りに押されるように歩いていると、誰かがわたくしの肩を叩いた。「やっぱり野梨子だ」振...
小さなアパートの自室の窓を開け放すと、風が初夏の香りを運んできた。出窓から顔を出すようにして空を見上げる。空は、秋のそれによく似ていて、雲が高いところにあった。私は思いきり澄んだ空気を吸い込み、それから目を閉じて静かに息を吐く。遠くで犬が鳴いているのが聴こえ、目を開くとひこうき雲がゆらゆらと空に浮いていた。先日、田辺さんから私が住むところへ手紙が届いた。今となっては珍しい手紙。Webmailでもなく、LIN...
泊り客が夕食をとっている間に、私は自室に戻った。自室は、ここ数日の男女の匂いが残っていた。ライティングデスクに置いたままのスマートフォンを手に取ると、何件かのLINEとWebMail、着信が入っていた。部屋のドアの鍵をかけ、全てに返信と折り返しの電話をする。そのような作業と現実的な相手と言葉を交わしていると、意識がはっきりし覚醒したような気がする。私は窓を開け放し、てきぱきと部屋を片付けベッドを整えた。突然...
夢をみた。夢は、過去を表していた。私は何かに不安を感じていた。原因は目覚めれば分かると、夢の中の私は知っていた。目の前は、まるでベールに包まれているかのように不透明だけれども、私は前に向かって歩いていた。少しずつ歩を進め、やがて焦りを感じていた。「違う、違う!」私は言う。早く伝えないと、あの人はいなくなってしまう。突然現れた背中に私は声をかける。「違うのよ」「なお、俺がどんなに辛かったか分かる?」...
聞いた事がない鳥の鳴き声で目が覚めた。喉から絞り出すような細く長い鳴き声。目覚めた時、私の横にはしょうちゃんがあどけない顔で眠っていて、思わず微笑んでしまった。目を瞑っているのにくっきりとした二重まぶたと、長いまつ毛が小さく震えているのが分かる。筋が通った鼻と形の良い唇が、この世に生まれてまだ間もないと思えるほど整っていた。その横に老いた私の手があった。細く皺が寄った醜い手。よく見ると、シミがうっ...
あれだけ暑かった日中とは打って変わって、夜は秋を身近に感じるほど涼しくなった。窓を開けて耳を澄ませばカエルの鳴き声が力強く聴こえて、まだ夏は終わっていないと告げているようだった。でももう少しもすれば,、虫の音に代わってしまうのだろう。花火大会の後、私たちは通常通りの距離を保って帰った。会話らしい会話はなかったけど、気持ちの馴れ合いを感じていたのは私だけではなかったと思う。ゲストハウスに入る直前、し...
あれだけ振り続いた雨が止み、夏祭り当日はアスファルトが熱を放ち、陽炎が見えるほど暑くなった。叔母が夏祭り実行委員会として手伝いに行った後を追うように、私も頼まれた食材が入った段ボールを商店街から祭り現場まで何度も往復をした。私には料理の才能がないので、簡単な力仕事を選んだ。朝早くからの手伝いも、叔母と一緒に家に戻ったのは祭り開催時間を過ぎていた。「なおさんは屋台で作んないの?」田辺さんが大きなグラ...
雨は二日間も続いた。八月にしては底冷えをするほど気温が下がり、朝晩の冷え込みにはセラミックヒーターを使うほどだった。「お盆のお祭りまでには晴れるかな」「晴れるでしょう。明日には晴れますよ。天気予報がそうですから」「叔母が夏祭実行委員会の打ち合わせに行ったんですけどね。まあ、やるでしょうけれど」「何か係ですか?」「お手伝い程度ですよ。高齢者は免除になりますから」「なおさんは?」「さらにそのお手伝い。...
叔母のゲストハウスで1週間が過ぎた。口コミ情報で訪れた50代の夫婦は、滞在3日で帰って行った。毎日朝食だけをここで取り、後は観光を楽しみながら食事を済ませていた。郊外型のホテルよりも安く泊まれると言って、大変喜んでいた。残る3人での生活は、家族との日常のように緩やかに過ぎていた。昼食の片づけを終え、庭に干していた洗濯物を取り込んでリビングのソファで畳んでいると、私と同じように地方都市で会社勤めをしてい...
ウィンドウチャイムが午後の風に揺られ、優しい音を奏でる。カラン、カラン、カラン・・・懐かしい記憶、太陽の陽射し、風の匂い。夏の終わりは、部屋を通り抜ける風ですら私の心を癒す。あれは夏だ。毎年訪れる避暑地と、私の心を揺さぶる人。夏にしか逢えないあの人。夏、過去、想い出。もう二度とあの日には帰れない・・・夏になると毎年、私は叔母のゲストハウスの手伝いに行くのが常だった。普段は地方都市部で働いていたが、...
夕方になり、ヒグラシが一斉に鳴き始めた。彼らの鳴き声は郷愁的で、胸が少しだけ締め付けられる。でもそれには理由があって、たまたまさっき見つけた、学生時代の写真がそうさせるのだろう。引き出しの奥にあったその写真は、彼女が本来持つ奥ゆかしさが映っていた。写真の中で彼女はひっそりとたたずみ、僕をじっとみつめていた。そして僕の脳裏にその時の記憶が映し出された。あの頃、僕たちはまだ仲間意識があまりなく、生徒会...
放課後の生徒会室は、初夏の風がふうっと通っていて気持ちがいい。この間まで寒い寒いと言っていた可憐も、魅録にエアコンの掃除をさせるほどだ。室内の窓と簡易給湯室の窓が開いているから、風がよく通る。ソファに横たわっているとうとうとしてしまう。本当に気持ちがいい。窓の外は澄んだ青い空。本当の夏が近い。こんな日は、ちょっと昔のことを思い出す。ほんのちょっと昔の、くすぐったい思い出。その日、珍しく朝早い登校を...
4月だと言うのに、ダウンが必要な日がまだあるなんて。この間、夏日に近い気温になってから、あたしの気分はもう、初夏。今さら上着なんて・・・でも、寒くてしょうがない。あたしはダウンを羽織り、お土産用のケーキを買って、野梨子と魅録が待つマンションへと向かった。二人の住む部屋は、お互いの実家の中間点に位置していて、あたしの家からはタクシーで30分もかからない。でも、訪れるのはまだ2回目。よく、「いつでもお夕飯...
冬が近づいている午後の陽射しは深く、低い。歩くたびにくしゃくしゃと音を立てる庭には落ち葉が敷き詰められ、木々の、長く黒い影が伸びている。静かに寒さが進んでいるのに、梅の木の枝には来年を迎えるように花芽が芽吹いていて、これから来る冷たい冬の向こうには、必ず春が待っているのだ、とそう思うだけで心が少し軽くなった。裏庭から勝手口に入ると、先ほどまでおば様が台所にでもいたのだろうか、ふんわりとした煮物の匂...
昼休みに生徒会室の入ると、野梨子がベランダに出て空を眺めていた。「寒くありません?」僕が声をかけると、驚いたように振り向いた。「気付きませんでしたわ。全く」「何を見ていましたか?」僕はベランダに出、野梨子の横に立つ。手摺りに両手を置き、空を仰いでいる彼女を見つめ、同じように手摺りに両肘を置いた。「空よ」「空に何かありました?」「いえ、何も。ただ、すっかり空が高くなりました」「本当に。気付けば秋空。青...
日曜日の窓辺は、どこか懐かしい気持ちがよぎる。秋の日曜日、窓辺、夕暮れ時、レンズ雲、、、胸がきゅっと痛くなって、甘くせつなく、哀しい思い出。あれは確か、清四郎の私利私欲がもたらした、あいつにとって人生最大の汚点(とあたしは思っている)。あたしと婚約してしまった、あの時。バカげているけど懐かしい、笑っちゃう、今だからこそだけどね。剣菱財閥の事業を継ぐために受けたあたしとの婚約、だったかな。父ちゃんと...
可憐の部屋のベランダで、今夜は星空を見る。七夕の夜だ。本当は魅録とツーリングで、毎年行く、星空がきれいに見える高原まで行くんだけれど。今年は・・・野梨子と出かけるんだって。「悠理が大好きなイチゴミルクよ。甘くしといたからね」可憐が飲み物を作ってくれた。大きなグラスにたっぷりなイチゴミルク。細やかな氷がストローを通って、冷たく喉に届く。「おいしー」「星は見えて?」「空が明るいもん。街中じゃ見れないよ...