土曜日の午前中、悠理が僕の家にやって来た。何でも、月曜日の英語の小テストの勉強を、魅録が見てくれると言う。「だから清四郎の参考書を借りて来てって。清四郎のクラスはテストないでしょ?」「ないですけど、参考書くらい、魅録だって持ってるでしょう」「清四郎のは、テスト問題にバッチシだから」バッチシって、何?「はいはい、持って来るから、中に入って待ってなさい」「ううん。外は気持ちいいから、ここで待ってる」春...
日曜日の窓辺は、どこか懐かしい気持ちがよぎる。秋の日曜日、窓辺、夕暮れ時、レンズ雲、、、胸がきゅっと痛くなって、甘くせつなく、哀しい思い出。あれは確か、清四郎の私利私欲がもたらした、あいつにとって人生最大の汚点(とあたしは思っている)。あたしと婚約してしまった、あの時。バカげているけど懐かしい、笑っちゃう、今だからこそだけどね。剣菱財閥の事業を継ぐために受けたあたしとの婚約、だったかな。父ちゃんと...
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土曜日の午前中、悠理が僕の家にやって来た。何でも、月曜日の英語の小テストの勉強を、魅録が見てくれると言う。「だから清四郎の参考書を借りて来てって。清四郎のクラスはテストないでしょ?」「ないですけど、参考書くらい、魅録だって持ってるでしょう」「清四郎のは、テスト問題にバッチシだから」バッチシって、何?「はいはい、持って来るから、中に入って待ってなさい」「ううん。外は気持ちいいから、ここで待ってる」春...
時折廊下を通り過ぎる風が、もう間もなく春の訪れを感じさせる。暖かで、どこか懐かしい匂い。階段の踊り場あたりで友達の笑い声が聞こえる。いつもの、聞きなれているはずの声。でも今日は、ちょっとよそ行きみたいだ。生徒会室のドアは開け放されていて、さっきの風が通り過ぎる。部屋の中には清四郎と魅録、そして1年先輩の志太泉薫子さん。志太泉先輩は今年度までの生徒会の副会長。キリっとした顔立ちと性格も体型もスマート...
日曜日の窓辺は、どこか懐かしい気持ちがよぎる。秋の日曜日、窓辺、夕暮れ時、レンズ雲、、、胸がきゅっと痛くなって、甘くせつなく、哀しい思い出。あれは確か、清四郎の私利私欲がもたらした、あいつにとって人生最大の汚点(とあたしは思っている)。あたしと婚約してしまった、あの時。バカげているけど懐かしい、笑っちゃう、今だからこそだけどね。剣菱財閥の事業を継ぐために受けたあたしとの婚約、だったかな。父ちゃんと...
可憐の部屋のベランダで、今夜は星空を見る。七夕の夜だ。本当は魅録とツーリングで、毎年行く、星空がきれいに見える高原まで行くんだけれど。今年は・・・野梨子と出かけるんだって。「悠理が大好きなイチゴミルクよ。甘くしといたからね」可憐が飲み物を作ってくれた。大きなグラスにたっぷりなイチゴミルク。細やかな氷がストローを通って、冷たく喉に届く。「おいしー」「星は見えて?」「空が明るいもん。街中じゃ見れないよ...
新学期、昼休み。4年目となれば変わらない日常だけが続いている。あたしは魅録と食堂でお昼を食べ、麦茶を飲みながら放課後の予定を立てていた。「悠理~!ここにいましたか、やっぱり」振り向くと生徒会長がさわやかな笑顔で立っていた。「どしたの?ごはん?」「違いますよ。毎度おなじみ今年度の予算。悠理の部だけ未提出。早く出して下さいよ」「あ・・・忘れてた」「今日中。放課後まで」えーっ!とあたしは言う。だって魅録...
休日の人混みの中を、流れに沿うように歩く。こうして周りに倣うように歩いていると、自分の考えや思いも皆と同じになってしまいそうで、でもそのことに違和感なく染まりそうで彷彿としてしまう。このままわたくしは周りに染まり、考えや思い、想いすらも流れ、同じになってしまうのだろうか。異議なし。わたくしは、そのようになります・・・周りに押されるように歩いていると、誰かがわたくしの肩を叩いた。「やっぱり野梨子だ」振...
小さなアパートの自室の窓を開け放すと、風が初夏の香りを運んできた。出窓から顔を出すようにして空を見上げる。空は、秋のそれによく似ていて、雲が高いところにあった。私は思いきり澄んだ空気を吸い込み、それから目を閉じて静かに息を吐く。遠くで犬が鳴いているのが聴こえ、目を開くとひこうき雲がゆらゆらと空に浮いていた。先日、田辺さんから私が住むところへ手紙が届いた。今となっては珍しい手紙。Webmailでもなく、LIN...
泊り客が夕食をとっている間に、私は自室に戻った。自室は、ここ数日の男女の匂いが残っていた。ライティングデスクに置いたままのスマートフォンを手に取ると、何件かのLINEとWebMail、着信が入っていた。部屋のドアの鍵をかけ、全てに返信と折り返しの電話をする。そのような作業と現実的な相手と言葉を交わしていると、意識がはっきりし覚醒したような気がする。私は窓を開け放し、てきぱきと部屋を片付けベッドを整えた。突然...
夢をみた。夢は、過去を表していた。私は何かに不安を感じていた。原因は目覚めれば分かると、夢の中の私は知っていた。目の前は、まるでベールに包まれているかのように不透明だけれども、私は前に向かって歩いていた。少しずつ歩を進め、やがて焦りを感じていた。「違う、違う!」私は言う。早く伝えないと、あの人はいなくなってしまう。突然現れた背中に私は声をかける。「違うのよ」「なお、俺がどんなに辛かったか分かる?」...
聞いた事がない鳥の鳴き声で目が覚めた。喉から絞り出すような細く長い鳴き声。目覚めた時、私の横にはしょうちゃんがあどけない顔で眠っていて、思わず微笑んでしまった。目を瞑っているのにくっきりとした二重まぶたと、長いまつ毛が小さく震えているのが分かる。筋が通った鼻と形の良い唇が、この世に生まれてまだ間もないと思えるほど整っていた。その横に老いた私の手があった。細く皺が寄った醜い手。よく見ると、シミがうっ...
あれだけ暑かった日中とは打って変わって、夜は秋を身近に感じるほど涼しくなった。窓を開けて耳を澄ませばカエルの鳴き声が力強く聴こえて、まだ夏は終わっていないと告げているようだった。でももう少しもすれば,、虫の音に代わってしまうのだろう。花火大会の後、私たちは通常通りの距離を保って帰った。会話らしい会話はなかったけど、気持ちの馴れ合いを感じていたのは私だけではなかったと思う。ゲストハウスに入る直前、し...
あれだけ振り続いた雨が止み、夏祭り当日はアスファルトが熱を放ち、陽炎が見えるほど暑くなった。叔母が夏祭り実行委員会として手伝いに行った後を追うように、私も頼まれた食材が入った段ボールを商店街から祭り現場まで何度も往復をした。私には料理の才能がないので、簡単な力仕事を選んだ。朝早くからの手伝いも、叔母と一緒に家に戻ったのは祭り開催時間を過ぎていた。「なおさんは屋台で作んないの?」田辺さんが大きなグラ...
雨は二日間も続いた。八月にしては底冷えをするほど気温が下がり、朝晩の冷え込みにはセラミックヒーターを使うほどだった。「お盆のお祭りまでには晴れるかな」「晴れるでしょう。明日には晴れますよ。天気予報がそうですから」「叔母が夏祭実行委員会の打ち合わせに行ったんですけどね。まあ、やるでしょうけれど」「何か係ですか?」「お手伝い程度ですよ。高齢者は免除になりますから」「なおさんは?」「さらにそのお手伝い。...
叔母のゲストハウスで1週間が過ぎた。口コミ情報で訪れた50代の夫婦は、滞在3日で帰って行った。毎日朝食だけをここで取り、後は観光を楽しみながら食事を済ませていた。郊外型のホテルよりも安く泊まれると言って、大変喜んでいた。残る3人での生活は、家族との日常のように緩やかに過ぎていた。昼食の片づけを終え、庭に干していた洗濯物を取り込んでリビングのソファで畳んでいると、私と同じように地方都市で会社勤めをしてい...
ウィンドウチャイムが午後の風に揺られ、優しい音を奏でる。カラン、カラン、カラン・・・懐かしい記憶、太陽の陽射し、風の匂い。夏の終わりは、部屋を通り抜ける風ですら私の心を癒す。あれは夏だ。毎年訪れる避暑地と、私の心を揺さぶる人。夏にしか逢えないあの人。夏、過去、想い出。もう二度とあの日には帰れない・・・夏になると毎年、私は叔母のゲストハウスの手伝いに行くのが常だった。普段は地方都市部で働いていたが、...
夕方になり、ヒグラシが一斉に鳴き始めた。彼らの鳴き声は郷愁的で、胸が少しだけ締め付けられる。でもそれには理由があって、たまたまさっき見つけた、学生時代の写真がそうさせるのだろう。引き出しの奥にあったその写真は、彼女が本来持つ奥ゆかしさが映っていた。写真の中で彼女はひっそりとたたずみ、僕をじっとみつめていた。そして僕の脳裏にその時の記憶が映し出された。あの頃、僕たちはまだ仲間意識があまりなく、生徒会...
放課後の生徒会室は、初夏の風がふうっと通っていて気持ちがいい。この間まで寒い寒いと言っていた可憐も、魅録にエアコンの掃除をさせるほどだ。室内の窓と簡易給湯室の窓が開いているから、風がよく通る。ソファに横たわっているとうとうとしてしまう。本当に気持ちがいい。窓の外は澄んだ青い空。本当の夏が近い。こんな日は、ちょっと昔のことを思い出す。ほんのちょっと昔の、くすぐったい思い出。その日、珍しく朝早い登校を...
4月だと言うのに、ダウンが必要な日がまだあるなんて。この間、夏日に近い気温になってから、あたしの気分はもう、初夏。今さら上着なんて・・・でも、寒くてしょうがない。あたしはダウンを羽織り、お土産用のケーキを買って、野梨子と魅録が待つマンションへと向かった。二人の住む部屋は、お互いの実家の中間点に位置していて、あたしの家からはタクシーで30分もかからない。でも、訪れるのはまだ2回目。よく、「いつでもお夕飯...
冬が近づいている午後の陽射しは深く、低い。歩くたびにくしゃくしゃと音を立てる庭には落ち葉が敷き詰められ、木々の、長く黒い影が伸びている。静かに寒さが進んでいるのに、梅の木の枝には来年を迎えるように花芽が芽吹いていて、これから来る冷たい冬の向こうには、必ず春が待っているのだ、とそう思うだけで心が少し軽くなった。裏庭から勝手口に入ると、先ほどまでおば様が台所にでもいたのだろうか、ふんわりとした煮物の匂...
昼休みに生徒会室の入ると、野梨子がベランダに出て空を眺めていた。「寒くありません?」僕が声をかけると、驚いたように振り向いた。「気付きませんでしたわ。全く」「何を見ていましたか?」僕はベランダに出、野梨子の横に立つ。手摺りに両手を置き、空を仰いでいる彼女を見つめ、同じように手摺りに両肘を置いた。「空よ」「空に何かありました?」「いえ、何も。ただ、すっかり空が高くなりました」「本当に。気付けば秋空。青...
日曜日の窓辺は、どこか懐かしい気持ちがよぎる。秋の日曜日、窓辺、夕暮れ時、レンズ雲、、、胸がきゅっと痛くなって、甘くせつなく、哀しい思い出。あれは確か、清四郎の私利私欲がもたらした、あいつにとって人生最大の汚点(とあたしは思っている)。あたしと婚約してしまった、あの時。バカげているけど懐かしい、笑っちゃう、今だからこそだけどね。剣菱財閥の事業を継ぐために受けたあたしとの婚約、だったかな。父ちゃんと...
可憐の部屋のベランダで、今夜は星空を見る。七夕の夜だ。本当は魅録とツーリングで、毎年行く、星空がきれいに見える高原まで行くんだけれど。今年は・・・野梨子と出かけるんだって。「悠理が大好きなイチゴミルクよ。甘くしといたからね」可憐が飲み物を作ってくれた。大きなグラスにたっぷりなイチゴミルク。細やかな氷がストローを通って、冷たく喉に届く。「おいしー」「星は見えて?」「空が明るいもん。街中じゃ見れないよ...