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ポタリング日乗
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自転車散歩日記です 時々鉄道、カメラの話題も。
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66回 / 365日(平均1.3回/週)

ブログ村参加:2007/08/21

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バッタモンさんの新着記事

1件〜30件

  • 山鳩コース

    アルプス公園山鳩コース先日初めてフルコース歩いてみたがなかなかいいコース四季折々楽しめそうだ山鳩コース

  • 阿寺林用軌道

    大桑発電所を見学してから橋を渡ったときにふと目に入った赤錆びた鉄橋ん?何か変だぞ車を降りて近くに行ってみるとムム、これはかつての森林鉄道の鉄橋だそこへ至る農道のアールも軌道跡を思わせる家に帰って昭和20年代の地図を引っ張り出してみてみると阿寺林用軌道と記載された林鉄が野尻駅から渓谷奥まで延びているまた柿其渓谷にも柿其林用軌道が敷設されている野尻駅構内には今でも木材が山積みになっているのでここが木曽木材の集積地のひとつであったのだ今度じっくりとこのあたりの森林鉄道跡を探訪してみよう阿寺林用軌道

  • 何それ、水路橋。?

    木曽川沿いの上松を過ぎた辺りから右岸にチラホラと発電所が現れる寝覚発電所、桃山発電所、須原発電所、大桑発電所、、、その水力発電所群のトリを務める読書発電所大正期に建設され近代化産業遺産に指定されている上流の読書ダムから取水された水は柿其(かきぞれ)水路橋を渡り読書発電所へ供給され3本の水圧鉄管から約12万キロワットを発電するおよそ100歳の水力発電所原発より長生きで優しい何それ、水路橋。?

  • 鵺の鳴く夜は恐ろしい

    寒い!けど天気が良いのでアルプス公園トレッキングに行こう双眼鏡とカメラ、バードコールも持ってついでにバードウォッチングも公園といっても侮る無かれ芥子坊主までの山鳩コースを歩けばそこそこの距離だ地味な鳥が日当たりの良い斜面でえさを探しているトラツグミ横溝正史の悪霊島「鵺の鳴く夜は恐ろしい」のキャッチコピーがテレビで流れていたのは何年前だろうか?その鵺というのがこの鳥だヌエその字の通りに夜に不気味な泣き声を出すのだという近くにいたきれいな鳥はジョウビタキオレンジ色がきれいだ鵺の鳴く夜は恐ろしい

  • 諏訪の神様が気になるの

    ツタヤで目に留まり早速購入スタバでコーヒー飲みながら読み始めてみると楽しく分かりやすい文章で思わず引き込まれる諏訪大社と言うと御柱と御神渡りちょいと興味のある人には建御名方神、ミシャグジ、洩矢神、大祝、・・・なんて言葉が浮かぶがそんなキーワードがなかなかリンクしなくてモヤモヤ守矢この本を読めばジグソーパズルのピースがそれぞれぴったりはまり込むような気がする諏訪の神様が気になるの

  • 蛇石

    いつでも行けると思っていてなかなか行くことのなかった横川渓谷の蛇石伊那街道から横川沿いに4キロほど遡上するとかやぶきの館がある宿泊体験施設を備えた公共の宿でここの薬草風呂は温泉ではないもののなかなか良い空いているし400円と銭湯価格の入浴料金がうれしい食堂の蕎麦も旨そうだったが昼飯は小野のタイガー食堂で済ませてしまった先ずは一風呂浴びようここからさらに集落を抜け所々落石のある川沿いを4キロほど行くと蛇石キャンプ場だそのすぐ下の川原に長々と横たわるまさに蛇のような蛇石ジュラ紀にできた粘板岩にマグマの閃緑岩が入り込んだということらしいそれが長年の川の流れに侵食されてこんな形になったのだろうキャンプ場には一張りのテントがあったが昨夜宿泊したのだろうか?蛇石

  • 空飛ぶ泥舟

    1月とは思えない陽気に誘われて諏訪ポタスタートの釜口水門では多くの人が釣り糸を垂れていたワカサギ釣りだ釣り人のバケツを覗いてみると結構釣れている今度釣竿持って来てみようか御神渡りどころか氷の張る気配も無い諏訪湖の西岸をのんびり南下茅野の諏訪大社上社本宮と前宮に参拝下社より神々しい雰囲気を持つこっちのほうがお気に入りだ帰りはこの地出身の建築家藤森照信氏の奇想天外な茶室空飛ぶ泥舟、高過庵、そして以前来た時には無かった低過庵を見学一度中に入ってみたいものだ空飛ぶ泥舟

  • 霧訪山

    「きりとうやま」なかなか良い名前だ「名前100名山」なんてのがあったらきっと入るに違いない小野からの登山道は急坂と前夜少し降った雪で滑りやすくコースタイム1時間強とはいえおせちとアルコールで訛った体には結構こたえる登頂のご褒美は360度のパノラマとパウダーシュガーを振りかけたような木々の風景そしてカップラーメンだ霧訪山

  • 松本競輪場

    松本ぽたりんぐクラブの忘年会の折に競輪の話が出てそう言えば松本にもかつて競輪場があったことを思い出して痕跡探訪1949年から1951年の2年間だけ開催されたのみで経営不振で廃止其の後20年ほどして跡地に造られたのがこの開明小学校何か痕跡があるかと不審者のようにウロウロしてみたが何にもなし確か中学生のころまでは構造物があって一度見たような気がするが記憶が定かではない70年前はこんな風景だったんだ松本競輪場

  • 松本競輪場

    松本ぽたりんぐクラブの忘年会の折に競輪の話が出てそう言えば松本にもかつて競輪場があったことを思い出して痕跡探訪1949年から1951年の2年間だけ開催されたのみで経営不振で廃止其の後20年ほどして跡地に造られたのがこの開明小学校何か痕跡があるかとウロウロしてみたが何にもなし確か中学生のころまでは構造物があって一度見たような気がするが記憶が定かではない70年前はこんな風景だったんだ松本競輪場

  • トンネル地獄

    昭和40年代のグループサウンズ時代ザ・ダイナマイツの「トンネル天国」という歌があったSLの終焉で煤煙地獄から開放されたという歌詞ではないのだけれど機関士にすればまさにディーゼルや電化されたことで地獄から天国になったことだろう鉄道文化むらでトンネルの煤煙対策として遮蔽幕と言うものの存在を初めて知った傾斜のあるトンネルに入ると煙突効果で煙が機関室や客車に纏わり付くそれを防ぐために汽車がトンネルに入ったら遮蔽幕を閉めると後方が陰圧になり煙が後ろに引き込まれ機関士や客車への煙害が少なくなると言うことらしいSLのトンネル煤煙対策にはいろいろ苦慮したようで濡れ手拭いにゴーグル、ガスマスク、煙を少なくする燃焼法、煙突の煙を上でなく後方に流す装置等々窒息死したり意識喪失したものもいたそうだそれから半世紀時代はほぼトンネルだらけ...トンネル地獄

  • 熊ノ平駅

    駅といっても周りに人家はない最初給水給炭所として設置されその後駅に昇格最終的には信号所に降格という歴史を持つそうだ旧国道18号から整備された階段を上ればすぐに駅跡だ駅の両側はトンネルに挟まれエリアとしてはそう広くない3本あるトンネルのうち1本は道路のトンネルだろう外形が少し違っているし線路が敷設されていない碓氷峠方向のトンネルを覗くと出口から峠に向かって明らかに急坂になっていることがわかる古びた変電所の横には慰霊碑が建っていた昭和25年にここで大規模な土砂崩れがあり作業員や社宅にいた家族50名余りが犠牲になったということだ合掌熊ノ平駅

  • めがね橋

    二連アーチの石橋が水面に映るのが正確なめがね橋だろうけれどこの碓氷第三橋梁は4連アーチ橋で水面も無いけど通称「めがね橋」高さ31メートル長さ91メートルだそうでレンガの数は約200万個間近で見上げるとその威風堂々とした姿に圧倒される廃線となった時に丸山変電所とともに解体の話も出たそうだがこうして土木産業遺産として残されたことは保存運動に奔走した方々に感謝だ橋梁の上も遊歩道アプトの道として歩くことができる下をのぞくとさすがに怖い所々レンガに刻まれた落書きが痛々しく甚だ残念だこの先にも碓氷峠に向かって幾つかの小規模なレンガ橋梁を目にするめがね橋

  • 旧丸山変電所

    鉄道文化むらからは複線の上り線部分をアスファルトで舗装したアプトの道と名付けられた遊歩道になっているレールはそのまま遊歩道に象眼のように埋め込まれていて沿線の遺構と合わせて廃線跡の雰囲気が味わえるこの辺りはまだ比較的平坦なそのアプトの道を20分ほど歩くと右手に赴きあるレンガの建物が2棟現れる旧丸山変電所だ左の棟は直流を交流に変換する施設右は蓄電設備を備えた棟との説明書きがあった激坂のパワーチャージポイントだこんな山の中の変電所なのにさりげなく装飾もしてありとても美しいやっぱ明治時代のレンガ建築はいいなぁ国の重要文化財だ旧丸山変電所

  • 碓氷峠のアプト式

    66.7パーミルという急勾配との戦いの歴史の中で興味深いのは何といってもアプト式だろうその名前は小学生のころから周知していたが構造を間近で見たのは初めてだ3枚のラックレールとピニオンギアが位相をずらしてがっちり噛み合うようになっていたなるほど、このズレ具合が肝だなぁ使い込まれたラックレールの山は半分くらいに磨り減っていてその加重のすごさを物語っていた昭和38年でその役目を終えたということだが大井川鉄道ではこのアプト式が今でも使われているいろんな鉄道資料や旧車両が展示されている碓氷峠鉄道文化むら中でもコアな鉄道ファンにとってうれしいのは碓氷峠専用の電気機関車EF63を実際に400メートルの区間往復運転できるということだろう予約制で事前講習等それなりに料金はかかるがそれは動態保存の維持費に当てられているそうだ碓氷峠のアプト式

  • 峠の釜めし

    信越本線の終端駅となってしまった横川駅利用するのはほとんどが碓氷峠鉄道文化むらへのお客さんだろうか?ひと気の少ない駅前で2匹の野良猫がのんびりひなたぼっこしていた駅すぐ前には明治18年創業と言う釜飯の荻野屋の年季の入った本店があり道路を挟んでその資料館もある無料だが釜飯の歴史は無論、写真や鉄道資料などなかなか見応えがあった丁度昼飯時一組の観光客が店に入っていくのを見てここはやっぱ定番の釜飯かな?いや、最近はあちこちでおぎのやの釜飯は食べられるからありがたみが無いなぁと言うわけで近くに見つけた大衆食堂へ松一食堂・・・創業者が何とか松一さんだったろうことは容易に想像がつくネーミングだお勧めと書いてあった味噌ラーメンは手打ち風の縮れ麺にほのかにニンニクの効いたやさしい味の味噌スープが絡まって結構旨かったトッピングの糸...峠の釜めし

  • 福島正則霊廟

    葛飾北斎の八方睨みの龍の天井絵で有名な小布施は岩松寺観光の定番コースであり訪れたのは30年ぶりくらいだろうか?大勢の観光客で賑わうがほとんどの人は天井絵と小林一茶の「痩せガエル・・・」の蛙合戦の舞台となった池を見るだけで寺の裏手にある墓地の中に佇む福島正則の霊廟を訪れる人は少ない秀吉と姻戚関係にあり幼少の頃から仕え賤ケ岳七本槍の一人として勇猛を馳せた正則だったが朝鮮出兵を機に石田三成と険悪な仲になり関が原では徳川方に付き武功を立てやがて広島50万石弱の城主となったしかし、家康の死後水害で崩れた石垣を幕府に無断で修理したということで咎められ信州の片田舎に改易された石高4万5千石・・・外様大名の中でも性格的に徳川からの信用度が低く陥れられたのだろうか?改易後5年でこの地に没した秀吉、家康時代のドラマや小説には必ず登...福島正則霊廟

  • 若澤寺をポタる

    明治初期の廃仏毀釈によって廃寺とされた波田の若澤寺信濃日光とも称され訪れる人も多かった名刹でかの十返舎一九も訪れたという廃寺とはなったがその建物や仏像などは近隣の寺などに移築されたり引き取られたりしているので今回は松本ぽたりんぐクラブのメンバーでそれらを巡るポタ晩秋の穏やかな陽気の中プランナーのM重さん始め知識豊富なメンバーの話に耳を傾けながら田村堂から廃寺跡、波多山城址を訪れそこからは落ち葉が敷かれたシングルトラックを快適に下り盛泉寺の裏手にこの寺には観音堂が移築、六地蔵が移設されていた「帰れマンデー」という番組に出たというお店でおいしい十割蕎麦の昼食後は山形村の穴観音へここには稲荷社が移築されていてその少し上の山中には宝篋印塔(ほうきょういんとう)という石塔も移設されているちなみに穴観音とは古墳を祀ったもの...若澤寺をポタる

  • 無音ギター

    このギターコレクション遠めに見れば本物だが何とダンボール製器用なものだ諏訪の喫茶店ブルーラインガレージ18コーヒーがおいしかった無音ギター

  • 秋の高遠ポタ

    久々に高遠町ポタ先ずは高遠蕎麦で腹ごしらえここの蕎麦の特徴はそばつゆにあり2種類のつゆが付いてくるひとつは大根おろしの絞り汁に焼き味噌、薬味のねぎを入れたもの長野のおしぼり蕎麦は辛味大根だがここのは辛くない大根だもひとつは胡桃のつゆこれは珍しく風味よくなかなか旨い紅葉の高遠湖右岸をのんびり流し長谷村の道の駅までここのパン屋さんは有名でレジは行列だ特にクロワッサンは旨いらしく予約が殺到しているようだ好きなカレーパンを食べてみたが外がサクサク中がふんわりでとても旨かった町中に戻りブラブラ三峰川にかかる赤い吊橋の天女橋祠や石仏が祀られた崖の上に建つ蔵小さいがなかなかディープな町だ秋の高遠ポタ

  • 甲州街道面白物件

    街道沿いで思わずニンマリとしてしまうものに出会うことがある刈り込みモリゾウ君の口は現役のポストだカニのオブジェは小さな刃物製作所の壁面に包丁の制作プロセスとともに展示こんな工場でマイ包丁をあつらえたくなる甲州街道面白物件

  • 諏訪の鎌倉街道

    甲州街道旧道沿いに「鎌倉街道ビューポイント」の案内板何度か走ったルートだけど見落としていたかな?ちょこっとヒルクライムで柵が取り付けられ整備された鎌倉街道だ神社の前で眼下の諏訪湖を眺めているとブルホーンバー仕様のレイダックを押してくる人が・・・こんなところで自転車乗りしかもマニアックな自転車人に会うとは話しかけてみるとデッドストックのフレームを手に入れ組んだそうでとてもきれいでしたビューポイントにはあずま屋があり諏訪湖や周辺の街が一望の下に見渡せますちょうど居合わせたおじさんが奥さんの実家がワタシの家の近くということで喜んでいろいろ説明してくれました諏訪の鎌倉街道

  • 甲州街道:承知川橋石

    下諏訪の街道沿いの石垣に埋め込まれた橋石が面白いこの石表面の模様が武田信玄の埋蔵金の隠し図であって欲しいな甲州街道:承知川橋石

  • 東海道有松宿

    豊田市美術館へクリムト展を見に行ったついでに立ち寄った有松漆喰のなまこ壁や虫籠窓の歴史ある建物が残る東海道の宿場町だ有松といえば絞り染めが有名だ約400年の歴史があるそうで数件の絞り染めの店が暖簾を掲げている手拭い好きなので絞り会館で鶯色のを購入ここからそう遠くない今川義元戦死之地碑がある桶狭間古戦場公園へも行きたがったが時間の都合で断念またの機会にしよう東海道有松宿

  • 四方津駅

    しおつ駅あずさに乗る度に車窓から眺めてとても気になっていたこの駅から天空に伸びるようなドーム駅の北側の大地にマチュピチュさながらに造成されたニュータウンとを結ぶエスカレーターだたまたまこの駅から輪行することになったので電車を待つ間に同行のI藤さんと探訪真ん中にエスカレーターそしてその両側には斜行エレベーターが1基ずつだエスカレーターは鍵がかけられ稼働していなかったがエレベーターで上まで行ってみた距離約200メートルで所要時間4分くらいだったろうか一度に乗れる人数は10人くらいだから朝の通勤時は大変だろうその時にはエレベーターも稼働するのだろうか?エレベーターを降りた向かいには大きなスーパーが商売柄I藤さんは気になるらしく早速偵察品ぞろえもよく安いらしい下りのエレベーターにはここのレジ袋を提げた人もいたしかしこれ...四方津駅

  • 甲州街道:初狩駅のスイッチバック

    松本ぽたりんぐクラブのメンバーと再度笹子峠越えで犬目宿を目指した昨日前回おいしいところを見逃していたのを同走者がチェックその一つが「初狩駅」鉄道にも詳しいE藤さんによるとマニアの間ではスイッチバックでよく知られているということだ後で調べてみると昭和43年に複線化になってからホームが上に移されたということで今は引き込み線が保線基地用に使われているらしく何本か残っているちょいとNゲージをかじった身なのでこういうレイアウトは興味深いこの広くなったレール間に島式ホームがあったのだろう注油を施されたポイントが現役であることを物語っていた甲州街道:初狩駅のスイッチバック

  • 秋ポタ

    秋晴れの空にはコスモスが映える安曽神社の駐車場に車を置かせてもらい久々の塩田平散策さくら国際高校の敷地内には別所線引退の丸窓電車が鎮座蕎麦畑の一角にはなぜか立派なあずまや昼飯は日野出食堂仕上げは車へ戻ってからあいそめの湯温泉は湯上りに昼寝のできる所がいい秋ポタ

  • 北国街道:像山地下壕

    松代に戻り思い立って像山地下壕へ行ってみた案内板には見学時間は3時30分までにお入りくださいとあった時計を見ると3時45分だ受付のおじさんに聞いてみるとまだいいよと言う親切な返事だったので早速入ってみた見学できるのは約500メートルで無料だひんやりした壕内は薄暗い明かりに照らされ荒々しい削岩壁に掘削工事の困難さが見て取れる総延長10キロ余りのトンネルを9ヶ月で掘り進めたとは驚きだそれとともに何と愚かなことを・・・中では20人くらいの団体さんがガイドの説明を聞いていたこの辺りは気流が悪いので爆撃の標準が定まらないとの話が耳に入った戦争遺跡はいろんな事を語りかけてくれる北国街道:像山地下壕

  • 北国街道:今日はここまで

    屋代~戸倉間は国道18号線としなの鉄道線路の間を走る交通量も少なくフラットで走りやすい何か面白いものはないかと探しながら走っているうちに今日の目的地に着いてしまったまぁ、初めて走った道はそれだけで面白いのではある往路では目に入らなかったが復路で気付いた土堤北国街道:今日はここまで

  • 北国街道:須々岐水神社

    街道沿いには寺社が点在する屋代の鍵の手に位置するこの神社自分の地元の須々岐水神社と同じ名だただ読み方が「すすきがわ」と読ませ主祭神は建御名方命一方、屋代のほうは普通に「すすきみず」で主祭神は大国主命親子だわ力比べで負けて国を追われた建御名方命は糸魚川から白馬に至り大町方面の在来勢力を避けそこから長野へ抜け屋代、佐久を経て和田峠から諏訪に入ったのではないか?このルート沿いの生島足島神社には建御名方命が滞在したとの言い伝えがあるさて須々岐水神社だが地元のほうは土木事業に長けて治水・開発に貢献した渡来人が朝廷より須々岐姓を賜り奉祀されたというような記憶があるこちらも千曲川の治水に関連あるのだろう近くには伏見稲荷大神なんてのもあった京都の伏見稲荷の超ミニチュア版だ北国街道:須々岐水神社

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