きょうの詩は「ひとめ」そう思うのはひとでなく夏の山野草の花への思いひとめそう思う人が私にはいてその人に会うため心ときめかせ六月を心待ちしひとめ思う人が私の求めるユリユリなら至る所で咲いているじゃない違う…そのユリでなく私が「ひとめ」そう思うのは山野草のユリ彼女が消えると再会は難しく、会えは七年後そう思うから夏になるとひとめ会いたくなる。「ひとめ」思う
きょうの詩は明るくなると毎日・・SETしたように鳴りおこす蝉の第九夏の第九夜明けと同時に夏の目覚ましが明けから一斉になり起きろ・・と鳴く蝉たち奏でる単一楽器は声楽のみで朝から歌う曲は定番の第九でその歌声は朝から日没まで続く夏のオープン第九は息が長い。----鳴く蝉で
きょうの詩は私が生きるために必要な善と悪の二つについて思うこと私の心私の心を創る善と悪この二つで私の心は構成されどちらかのウェイが高まればいずれかが優位に立ち心のバランスが崩れ、私が私を忘れるこの二つが私の性と生この二つは倫理でコントロールされ今を維持している。私が持つ善と悪
きょうの詩は毎日続く夏日の朝にみる朝模様の一コマ夏の朝涼感の漂う部屋でまどろんでいると隙間から差し込む日差しが私の体をジリジリと焼いて覚醒を促す。ああ……朝か。思うと同時に耳に刺さる彼らの鳴き声が朝だ……起きろ……喚く。その鳴き声に堪らずに目は開くが虚ろで、体は目覚めを拒否し起きるか、それとももう少しこのままで、反応と抵抗を繰り返し夏の朝。毎日同じ仕様の朝
梅雨明けを告知するように毎夏鳴く蝉の鳴き声を聞き想うきょうの詩セミ浅い湖底に沈み、寝入り暫し眠りの中で朦朧としていると起きろ…と夜明けから覚醒を促す嫌なやつ奴らは夜明けから日中のともりが消えるまで鳴いてイライラさせる蝉たち彼らの恋も命も賞味期限は短いそう思うと私の思いやりのなさに反省し彼らの音楽会を楽しむ。蝉鳴く夏
梅雨入り前に咲き始めた紫陽花のひとりが、夏のなかで終わりを迎え再び咲前の色に戻る想いを書いてみました白から緑に私の好きなアジサイのひとつが緑から白になり和みのほほ笑みで夏を告げ燃え盛る熱さのなかで白から緑に変わるアナベルこの忘れ人となった花に見る花の老いと夏の盛り花は散ることなく変わる彩で季を告げいま秋に向け化粧するひとりのアジサイ。私の好きなアジサイ
梅雨入りを告げた大輪の紫陽花が明けを前に彩を消していく梅雨明け、その思いというか過程を書いてみましたある花の終演人の終演はおくりびとが集うがこの花に集うものはいない確かに来夏には会えるが「すてきな彩り、ありがとう」そういう声もかからない私私を見る人の忖度にも左右されず季の始まりを感じ旬の訪れを咲く彩で知らせ枯れで花の終えを告げて消えるその自然体の色の消えが美しい。季節花の散り
きょうの詩は梅雨明けでのなかでみる夏の思い夏広がる青空のかなたでうかがう真綿の入道雲をちぎって空にばらまいて夏の空を作り空から小雨となって降る日差しがさらす肌を焼き抱きしめて離さない暑さが私の体からこんこんと汗を湧かせ全身を濡らし私から覇気を鈍らせる夏の到来。夏到来
きょうの詩は堤を走りながら暑さを避け桜の樹の下で休み思うこと樹の下で太陽の光がダイレクトに届く夏日差しは熱く近いな・・・そう思う夏の日差しその日差しを受け止め散らし和らげる木の葉夏の木の下は快適で傘となって光を流し日陰を創るその下に集う者は少なく今ではオアシスに蝉が集い夏・・と喚く。木陰
旬明けの便りはないが季節は盛夏その旬を楽しむように彼らは夜明けから日の落ちるまで泣き続ける蝉たち定めかそれとも習性かそれとも出会いを求める時期をわかっているのか逢瀬を求め鳴く旬の蝉たち彼らの恋は何人成立するのだろうか私の思いが鳴きで消される夏。夏の旬
きょうの詩は梅雨明けの近い空をみての思い奏楽水色の空に真綿をちぎってばらまいて雲を作り空を夏空に変え日差しをばらまきセミを起こしばらまかれた暑さが体を抱きしめて自由を奪いひとりはしゃぐ夏空。空をみて
きょうの詩は「夏日か」思うなかで聴いた蝉の鳴き声で知る梅雨明けまじか七月の半ば梅雨明けが近いのか空では日差しと雲の葛藤が続く中社の森で蝉が鳴き始めるああ、蝉が鳴いているが声はすれていて、姿は遮る樹木に隠されている見ることはできないが声が気になりそろそろ梅雨が明けるのか彼らは明けを予知しているのかそう思う七月の半ば。梅雨明けまじか
きょうの梅雨空をみて思うのは今日の空今日も雨空にはならず、広がる雲がまるで互いに求め合うように絡み合い、互いに激しく絡み合う。梅雨の空この繋がり絡み合う空が見せる表情から雨は読めず、激しく降り注ぐ日差しから雨を読むことなく時間が過ぎる今日の空。梅雨空
きょうの詩は咲がまだ先になるある百合への思い未だ見ぬ人梅雨の中で一人誰なのか分からない姿で夏草の中で萌ゆる茎に小葉をつけ萌ゆる姿を見てまだ咲かず…未だ見ぬ人に対し思う逢瀬の思い思いはときめきとなって再会までの長い時を待つ私。待つ人
読めない空を心として読めない心今日の空の心は読めない、無表情で。雨なのかな・・・明るさが薄れ、何となく表情を保ち、先が分からない。降るのかな・・・空の色からはなかなか心が読めず、迷う。時がたっても変化はなく、いたずらに時が過ぎ、後悔の残る一日。読めない空
咲く桔梗古から好かれ愛された桔梗のほほ笑みその古の思いと心を花色に秘め静かに咲く花の苦悩花は色で香りで見せるのでなく気品と清楚な花色で装い花が季節を詠む。秋の七草のひとり
私が生きる私は生きているそう思うと心は重たく、面倒くさいそれを終わりにしたらそう簡単に言えるものではない、人の生私が愛する二人から受けた生は二人が生きた証であり、希望であり、ともりともるともりは最後まで燃え尽きることに生きる形の意味がある。私が思う生きるとは
私の二つの欲望現在の私を構成する善と悪この二つが私の核心を制御して現在の私を維持している善は私の心であり、悪は私の生を維持し現在を生きる力として存在する二つの欲望生が欲望する欲望を制御しながら私の本性を放棄する二つの欲望このどれかが失われれば私が消える。私の善と悪
梅雨空今日の空は曇りで、晴れそうで晴れず、降るのかな・・・南風が強く、雨を誘う気配もなく、暑さが私のモチベーションを下げる、嫌な梅雨の空。「おい、はっきりしろ」怒鳴っても虚しく、空を見上げても、「今日の空、好きだな」とは言えず、恋心も燃え上がらず、失望と疲労に燃え尽きて消える、今日の梅雨空。梅雨の空みて
睡蓮の咲きを見て日差しが雨となって降る沼の濁りを清めるように、白い小ぶりの花が大きい体に抱きしめられそれを振り切り、水面から「にこり」とほほ笑む可愛らしく清楚な花花に派手さはなく、地味で質素咲くけなげな花の姿にかげろうで濁る心の濁りが静められる。池で咲く
この言葉は私の友人の誕生日のために書きました、また私のblogに訪れた方に贈ります「いつもありがとう&おめでとう」贈る言葉今日は一年に一度花の咲く日となって訪れる私の誕生日今日は美しい一輪の花として咲き今の私はすてき微笑次も美しく咲くために新たな一期一会を求めページをめくり楽しい日々をお過ごしください「誕生日おめでとう」贈る言葉「誕生日」
私も紫陽花の一人梅雨空を和ます開花のプロセスは愛する人を慕う淡い恋心のときめき雨水で素顔を洗いわくわくしながら恋心を高めほほ笑む花・・・多種多様な花彩と形で咲く彼女たちと違い私の美は無垢の白清楚な花が夏空の下でほほ笑む。私の好きなアナベル
二つの別れ人の別れのパターンは二つ出会いの別れと果てによる別れ二つの別れは悲しいが愛する人との永遠の別れはつらく心に深い傷を負う生きる中で出会う別れは多様な思惑などで生じる分かれるが愛する人との永遠の別れはつらく心に付く傷の癒えに長い時を要する私の二つの別れ。私が思う別れ
今日の雨空空が今日も嘆いている切ないというか哀しいというか暗い表情で時折泣いて一涙を落とすが全体を濡らす程度で両手で激しく路面をたたくことはない雨空その空が時々泣きを止め少しほほ笑みを見せ始めた昼下がり。梅雨空
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きょうの詩は「ひとめ」そう思うのはひとでなく夏の山野草の花への思いひとめそう思う人が私にはいてその人に会うため心ときめかせ六月を心待ちしひとめ思う人が私の求めるユリユリなら至る所で咲いているじゃない違う…そのユリでなく私が「ひとめ」そう思うのは山野草のユリ彼女が消えると再会は難しく、会えは七年後そう思うから夏になるとひとめ会いたくなる。「ひとめ」思う
きょうの詩は、降る雨にみる怒りとひとのおごりに対する思いをみる詩雨にみる思い降る雨に私と同じ怒りを見て思うのは雨の素直さ雨は怒りをダイレクトに伝え、一気に暴走し破壊しRESETしながら流れ回帰させる雨その人のおごりに怒りで戒めようと注意を促すがそれを無視する私に向かって怒りで回帰Resetする雨の優しさ。雨にみる思い
きょうの詩は私がよく歩く森のなかに立つ、一本の樹木がみせる一コマをみての思い一本の樹木人知れず立つ一本の樹木きょうも訪れの少ない境内に立つ樹木が得意げになるのが萌からの新緑、青葉からの黄葉彼女が描くプロセスとワンシーンはすてきでいつも切ない恋心をわくわくさせああ…この素顔から萌え広がり深く染まる大きな包容力で怒りを遮りホッとする木陰を一本で阻む包容力を森に立つ一本の樹木にみる。一本の樹木
きょうの詩は梅雨空の下で映える一葉の美しい桜を見ての思い梅雨の桜花を終えた樹木の葉が全体を覆い一葉の緑梅がみずみずしい桜その桜の樹の下に集う者はなく今日も寂しげで日差しが桜に声をかけ「呼ぼうか誰かを」誘うが・・・日差しはまだ…梅雨色で逃れてくる者はなく「先か…」私の梅雨化粧はみずみずしく美しいのに誰も私に振り向いてくれない。梅雨の桜
きょうの詩は6月の梅雨入りで降る雨にみる私の思い雨の6月梅雨入りか・・・この雨が森に潤いを齎し、うまい水が生まれその水で美味しい米が作られ、果実などが育まれ私もこの雨から心身に潤いを受ける6月の雨「いいね」そう言いたいけれど「おいおい少し降り過ぎじゃない」これは驕る私に対しての怒りであり、哀しみか降る雨に対し私は何も言えずああ・・・「きょうもよく降るな」で終わる水無月。6月の雨
きょうの詩は、いままで過ごしたなかで私にとり心残るひととなっているのが、ひとでなく里山で咲くささゆりに対する思い。心残るひと長く生きていると心に残る想い出が多く、心に残る人は多い。その中で一年に一度しか会えないひとが、里山でひっそりと咲くササユリ。花は野山で咲くのに七年以上を要し、会えるササユリが私の心残るひと。消えたら会えるのは七年先。でも会えるとは限らない想い出のひと。心残るひと
きょうの詩は何れ私にもくる、生あるものに必ず平等に来る永遠のわかれに思う会えないわかれひとのわかれにはいろいろなわかれがあるなかで一番悲しく寂しく後悔に抱かれるのが愛おしいひととのわかれ寂しく哀しく募る思いは感情を揺さぶり回帰するが唯唯想い出を拾いしのぶ生あるものすべてに訪れる永遠のわかれなまじ思考があるがゆえにやむ命のうせというわかれ。最後のわかれ
きょうの詩は終わった五月に対する私の思い終わった五月五月の中で私が求める花は新緑の中で燃えるヤマツツジツツジなら街でも見られるじゃないでも違うんだね私が求めるのは小さな赤い花その赤がいいそれが五月で叶わず閉じの末まで待って求めたのはサツキ叶わぬ思いをサツキに重ね、五月が終わるああ終わってしまったと六冊目を開く。五月の思い
きょうの詩は好きになってわかれたあの人の想い出を、季節の花に重ね想う私の思い。嫌な人人は出会いと別れを繰り返し私は何も分かっていないと悩む人との別れ今、別れの思いを花に変え私の好きな人を花に重ね思い出を追うように季節ごとに咲く花を求めるが季節ごとに咲く花は私の浮つく心を見抜き弄び見抜き季節ごとに一コマ…で私の思い出を詰め勝利を満面の笑みで弾けさせる嫌な人。嫌なひと
きょうの詩は6月が旬の紫陽花を宴に例え書いた花に対する思い。6月の宴素焼きの器で甘露の雨水を受けほろ酔いし少し飲み過ぎたかな・・・ほんのり顔を赤らめ酔った姿が美しい器の数々そろそろ紫陽花の季節かな・・・その個性その表情は多種多様で雨後の度毎に酔いを深めきょうはこの器で明日はこの器でと杯を変え宴の場を盛り上げる多彩な器の宴が愛おしい。咲を宴として
きょうの詩は降る雨に、ひとの感情を重ね想う雨の降り雨に思うああ・・・今日も雨か降る雨に今では人と同じような感情を見て雨は時には怒りを見せて降るがその源は人間にあるのか考えさせられる雨はすべての生をつかさどる命の源本来それぞれに対し愛しみを込められながら降っていた雨を人々がその環境を変えたことで今では感情をあらわにして雨を見て思う「おまえ今日は随分機嫌が悪そう」と思う雨。降る雨に思う
きょうの詩は私の恋についての思い恋に思う私恋それは私がひとが持つ性恋なくともひとは生きられるが恋は情熱情熱は生きるための活力でを失えば覇気が消えひとは人間を失う唯何となく煩わしいことも捨て生きるそれもありかでもひとは恋を追い求めないと容を失うそうひとの恋は人対人でなく人対四季の自然な恋もいい。私が思う恋
きょうの詩は、私が生を受け過ごすなかで生じる悩みを、解消する気分転換に思うに思う私の気分転換ひとは生を受けるとその時点から悩みを負う。それは成長に従って悩みの対象は広がり、「私は悩みなどない」そう思うひとは少なく、大抵のひとが悩みを抱え込む。それは思考と言葉を持つひとの宿命で、それがゆえにひとの心は荒み、Stressを抱え込み、「いまを変えよう」思うなか、私は悩みを解消するため、野山を歩くことで悩みを吐き出し、空にするResetが私の気分転換。私のReset
きょうの詩は、街の公園で咲く小さな花群をみて想う私のバラへの思い初夏に咲くバラ私がよく気分転換に訪れる街中の公園のバラ小さな囲みの中で群れ咲くバラを見て初夏か・・・知り花色はイレブンくらいであるがそのひとりには育ての愛が込められて彩の個性は少ないが花の色と数は多様で咲きに私たちの子育てをみて楽しくうれしくなる街で咲くバラたち。初夏に咲くバラ
きょうの詩は、私がよく使う二つの言葉に対する私が思うこと。二つの言葉私たちが使う一対一で「好き」「愛している」使う二つの言葉はいまは日常会話となって二人の関係を深めるが本来は「好き」と「愛している」とは対象が違い「好き」「愛している」は一対一の限定に対し「愛」はすべてのものが対象に対し「好き」「愛している」は最愛の人に使い「愛」は生あるものに対して使う思いやりや慈悲の心。二つの言葉に思う
きょうの詩は私が思う愛についての思い愛に思う愛は生あるものが持つCoreとなる心ひとは彼らと違い言葉と判断で自らの愛を温かい包容力で優しく包み和ませるのがひとの愛愛は利を求めずすべてのものに対し相手を労り傷ついた心を癒やし優しくあやすように温もりを伝えて元気にする人の愛愛は温もりで思いやりであり生きる喜びの道となるのがひとの愛。ひとの愛に思う
きょうの詩は初夏の街で咲いて散った、花の終りを旅たちに変え思う私の思い散りという旅立ち私の思う散りというツツジの旅立ちその旅立ちは恋して楽しい逢瀬を数日過ごし別れを予感しああ旅立ちか・・・知り涙し散るツツジの容のうせ笑顔が消え生みとなった木の葉が化粧し美しい顔で「またね」と告げる花の旅立ち。ツツジの散り
きょうの詩はミモザに付けられた花言葉を重ねて思う私の思いアカシアの思い私は一つの恋で終わるのではなくひとりに恋しながらもうひとりとの恋を楽しむ私その花の思いなど知る由もなく魅力的な花と繊細な一面に鮮やかな黄花ポンポンのような花を着物の胸元から軽く垂れる様子ははかなく心の満たされない私の思いはあなたにひそかに求める私。花言葉に思う
きょうの詩は私がもち思う「好き」という言葉に対する私の思いSUKI好きという思いは人が持つ性であり感情感情は人が生きるためのツールで人を対の形に作る反が歪みを生み思いを暴走させ制御を失う一面も持つ好きという人の思い思いはその人が持つ個体差で違いそれはその人の魅力であり美しさ好きは人のコアとなる心で好感に変換され互いが惹かれ求め合う性を生む。「好き」その言葉に思う
きょうの詩は、雨雲が去ってもなかなか夏空に回復しない空に対する私の思い----雨後の空雨を降らせた雲がLullabyと去っていくなかで駄々をこねる薄雲を叱るように早く…と追いやる日差しに対し抵抗する雨後の空空に青空を一気に広げて回復する元気はなく空で迷走し夏空になり切れない雨後の空。雨後の空
花の戸惑い町の至る所で夏の花が咲いて私は見ごろと微笑む花たち香りは薄く夏の花たちが鮮やかな花彩でみせてそのなかのひとりをみて咲くのが早くない思う花に重ねる夏の戸惑い。夏花に思う
夏の花私が好きなアジサイのアナベル花の色は白とピンクいつもみるのは白でピンクはいまだに会えない愛しいひとそのひとは感情をたかぶらせることなく何人にも染まらないむくでその白亜の美しさが薄汚れた私の心を雨と共に洗い流す。紫陽花のアナベル
わたし私は愛する二人から生を受けいまを生きているふたりの愛で私という形を作り多くの関わりあう人たちから愛を受けて糧となる彼等の恵みで生を育みいまの私があるそのいまがあるのは彼等のおかげでその感謝でいまが在りありがとうで私は明日を生きる。私が在るのは
ある想いきょう思う想いは人でなく夏のアジサイそのひとは日本の花でなく西洋アジサイのアナベル色は白とピンク一目でいいそう思いながらいまだに会えないピンクのアナベル一度でいい想いつつ過ぎる夏の想い。一目
森の樹森のなかに立つ一本のケヤキ見た目はでかくでかい割には格好のいいひとりでこれがケヤキかそう思い新緑のケヤキにみとれる夏の青その深緑のテラスに集うものはなく辺り一面を夏の寂が漂う。夏のケヤキ
初夏の桜の堤で花の消えた初夏の桜並木には訪れる人は少なく長い沈黙の時が流れる静寂の一時その樹木の下で座り耳を澄まして命の声を拾うが邪念で固まる私には何も聞こえない。桜の樹の下で
一枚のArt森のなかの小路に立ってゆっくり空をみながら窓の下に広がる森の表情を追いArtに見立て一枚・・区切りBestな一枚を選ぶなかで出会うBestな一枚は私の失せた恋心に再び火を付ける。森は一枚のArt
初夏の花走り梅雨が森に潤いをもたらし雨後の日差しがつぼみに話しかけ優しい新緑の広がりが百合を抱きしめ温める初夏その暖かさのなかで花は恋心をふくらませ淡いpinkの姿態を少しうつむきかげんに咲かせるその姿は控えめで愛くるしく優しい微笑みで私の想いをもてあそぶ。初夏のササユリ
私の想いで人は月日を重ねながら成長して一期一会を重ねながら想いでをつづり一冊の本になりその本は校正なしの一冊で時にははがし破いて修正を重ねるごとで私の一冊となり初めはつまらない一冊が年月を重ねるごとに私の想い出になる。想い出
いま思うのはいま私が思うのは籠のなかに閉じこもり失せた旅への想いああ・・・知らない街を歩いてみたい思う気持ちと裏腹に行動に移れない私いま消えた想いと情熱を思い「さあ行こう」その一歩が出ない私を窓から流れ込む初夏の風が「さあまずは街を一緒に歩こう」風が私の耳元で誘う。燻る情熱
紫陽花の社交場初夏の街の至る所で紫陽花が一人二人と微笑むなかでまだあどけない子もいれば薄化粧のおしゃま少女もいるまだまだ化粧の美しいひとは少ないが色とりどりのドレスを花がまとい日を追うごとに華やいでいく紫陽花たちの雨後の社交場。夏花の宴
私が思う恋恋か・・・関係ないないな恋を男と女の性として捉えるから相手を失うと終わる私達も動物と同じ本能をもっているがそれをControlする術を持つ出会いイコール恋でなく互いは惹かあうことで恋が生まれるそれはあくまで自然体から。思う恋
私の換気人はソフトとハードで構成されいまを生きているそのソフトは意外とトラブルという弱点を持っているがソフトは更新と交換ができず維持のメンテナンスが生じる怠ればショートし壊れる人のソフトそれを維持するため私は換気とリセットで更新を繰り返す。私の気分転換
想い出の人誰もが忘れられない思い出の人を心のなかに残しているそれは生涯表に出ない私の心のCoreに閉じ込められて私はいまを生きているそれがいま朽ちるなかで時折うずいてああ・・・切ない思い浮かべるあの人との時間それは私が心に閉じ込め消したふたりの想い出の一時。心に残る人
好きと恋私達が使う好きと恋の言葉好きだからといって恋にはならないひとが求める恋はひとの性で好きとは心の部分この二つは混同され錯覚し狂いを生む言葉いま恋し好きになり恋の形を作り二つが私のCoreを生す。二つの言葉
五月の椛色々な場所で初夏の美をみせる椛がちやほやされるのが秋でその私が春の萌えから初夏に移るといまの私は蚊帳の外ああ・・・何で生える所は違っても私も同じ椛そう思うと哀しいいま菜種梅雨と初夏の心地よい風で春を洗い彩化粧で潤う私も見てと椛が誘う。初夏の椛
消える私公園のなかで際立つ一本がみせる香りの存在感樹木の花は個性と色と香りで存在感を示すが足を止め仰ぐものはないいま彼女の満面な笑顔から香りがこぼれるその香りを拾い見上げるものはなく笑顔も消え渇いた涙が樹の下に散らばる。フサアカシアの散り
風に乗って堤で咲き終えたタンポポが花びらを綿毛に変え新たなる出会いを求めて風を待つ私吹く風は気まぐれでいつ来るかわからないあなたを待ち続ける風が来れば風に必死にしがみついて飛び降りた地で私の生が再び始まる。ある花の旅たち
初夏色染まり散り色あせぬ花びらに別れた女性(ひと)の想いでをかさねる色とりどりのバラ咲く色とりどりの園は多くのひとに愛されるが私もそのひと(女性)りなのに愛されずひとり寂しく散る花もあるその花はどこで咲いても恋化粧は美しく魅惑の微笑みで私を誘う。初夏のバラ
湿り風風が北から南風になって思うのは梅雨の走り雨の季節か・・・曇る空に梅雨の表情こそないが吹く風に感じる重い湿りああ・・・この風は嫌な露を知らせるあの風のさわりその風にみるのはいまでは忘れ会いたくないひとり。南の風