chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
四季の旅人 https://blog.goo.ne.jp/rogu-0322

四季の自然を中心にして書いています。

時には人などに関わることを書くことがあります。

住所
八幡市
出身
福井市
rogu
フォロー
ブログ村参加

2006/11/04

ブログをみる無料アプリ

アプリでフォローする
arrow_drop_down
  • 長い間ありがとうございます。

    最後が詩はこの想い出で締めます、長い間私のページをめくり読みありがとうございました、読者の皆様の活躍と幸せをお祈りいたします、またサポートしていただいたgooのスタッフの皆さんありがとうございました。私の転居先は決まっていませんがまたお会いできることを祈って。会えないひと昨年も逢瀬が叶わずに終わった私の好きなひとに彼岸を前に思うこの秋は会えるかなそう思い花を訪ねればいつもは花が群生する林の中にはそのひとはいずいま目にするのは静寂と萌えのない無色の空間の広がりああこの秋も会えないか思い足を引きずるように去る切なさ私が秋に会いたかったあのひととの逢瀬がこの秋も想い出に終わる。長い間ありがとうございます。

  • 好きな萩の花

    きょうの詩は秋の山野で咲く私の好きな萩の花にみる思い秋の萩各地の至る所で見る萩確かに地味で質素で派手さに欠けるが意外と出会うことが少なく花は小さな赤紫で「わぁ!奇麗」そう言って感動する花でもないけれど時折吹く風にしなやかな肢体を揺らし小さなlipsを赤紫が引き寄せる私を見て「私、あなたが大好き」と言って私の傍に来てツーショットを誰も撮らない。好きな萩の花

  • goo Blogの想い出

    きょうの詩はgooのblogを閉じるにあたり思う私の思いの詩。TowardstheEndラフにfrankに「ああ・・・今日は不調」思い手を止め休みそう言った気楽さがあるあなたは長く付き合った私の居場所か決まった構成とレイアウトであったけれどいろいろ好きなことを描けたし楽しかったその書いた私のページも終わり「少しは楽しく気分転換になったかな・・・」ページは私が好きで書いたこの文というか証いまオフにするにあたり言えるのは唯々感謝とありがとう。gooBlogの想い出

  • 残夏に思う

    きょうの詩は九月の終わりになっても居座る夏に思ううた。残夏に思うおい・・九月の終わりにしては暑くない話しかける空は聞こえないふりして一向に腰をあげない夏においおいそれはないだろういつまでいるつもり問う私に返すのは笑い笑っていないで南に戻ればそれに住み飽きたと思うけれどそうか・・・まだ居心地いいしね夏の一輪が一向に散らない秋。残夏に思う

  • わかれに思う

    きょうの詩は私が思い、また私自身にもくるわかれに思う。わかれという言葉わかれ何て哀しい切ない言葉なのかわかれという中にある希望と絶望は哀しみと深い傷となり心病む人に修正まとうわかれそれに対し生きる中で繰り返す別れは一時の哀しみを伴うが愛する人との永遠のわかれは心に深い傷と悲しみを負い自らも終焉で閉じる生あるものすべてに来るわかれやはりつらい哀しい。わかれに思う

  • memoryでは

    きょうの詩は彼岸の頃に咲く彼岸花の咲を昨年の記憶で辿る想い。Memoryでは数日前には花は見られず「きょうなら」私の記憶では雨後なら今日は会える思い、いくつかのPointを巡りながら下車チェックを繰り返すが私の記憶通りに行かず、Pointには花はなくアウトの連続でああデータ通りにはいかないか・・・思う中の最後のPointの花のワンシーンがあの作家が描いた向日葵の一枚となって私のmemoryを作動し、あの日に返る。memoryでは

  • いまの私にみる

    きょうの詩はいまの私に重ねみるのはあの頃の想い出、その差異に「ああ・・・」と思いみる私。いまの私にみるいまの私は山あいに立つ一本の桜の老木で旬を過ぎた桜につく花も少なく訪れる人であう人もなく時間のみが流れるいまは何とか面影は保っているがあの時の若さもなく出会いは過ぎた過去でありいまはそれらは一冊に閉じられた想い出その想い出がひとりでいる時に悪さを仕掛け空白の中に立ち入ってあれこれと穴を掘り過去の蓋を開けられるいまの私何で…と思う秋。いまの私にみる

  • 再会に思う

    きょうの詩は過去に出会いその後会えずにいたツルボの咲にみる私の想い久しぶりの出会い私の中でずっと忘れられたひとで彼女は日当たりの良い山野とか畔とか堤で八月から九月にshyな花を咲かせるがいつも見ることなく過ごし求める彼岸花を見つけしゃがむ先に土筆のように萌える花を見つけ思わず「かわいい・・・」とうっとりし思う「花も私じゃかわいそうか」やむ一日。----再会に思う

  • 彼岸花

    きょの詩は私の好きな彼岸花の咲の待ちと咲にみる私の花への想い。炎の一輪雨の少ない長い夏が続いて彼岸にはあの人に会えるかな思う中、彼岸を前に雨が降り、いいあんばいになって今日は夏から思い続けた人に会えるかいつも会う場所に彼女が夏草に覆われた中でひとりほほ笑む「ああ・・・会えた」彼女を覆う夏服を脱がせて凛と立ち微笑を絶やさない彼女に見とれる。彼岸花

  • 私の迷い

    きょうの詩は、私がいつも振り回され迷うのが今日みたいな秋の空。迷う空に迷う今日の空のそのひとりであるなぜなのそれは人の心以上に読めないから困る予報通りに行動をオフにしていると空は時間通りに崩れず笑い私を蔑視する嫌な空ああ・・・何でいつも思う私の悪い癖迷い。私の迷い

  • 街の秋に思う

    きょうの詩は街に遅くに訪れる秋の序曲をひとあし早く咲く秋の花をみて思う想い。街の秋にみる街の秋って見えてくるのが遅いから秋か・・・そう実感するのが花でそれは活けられた花となって咲く数株の花を見て秋を知り心はまだ見ぬ人を思うようにキューンとなってときめくが春とは違い秋は思いが一気に燃えて花から紅葉に・・・別れを身近に見る街の秋。街の秋に思う

  • 私が待つのは

    きょうの詩は「私が待つのは」それは愛おしいひとでもなくいまだに夏が変わろうとしない秋。私が待つのはきょうも明日も私が待つのは北からの風雨が描く青でなく赤の秋の一コマ九月も後半か・・・はChangeと言われながら何も変わらず長い夏に阻まれ気分だけがころころ変わるが秋の空に変わらない今日も「見たい」と叫んでも「ふん」と空は冷たくあしらい譲ろうとしない奏楽が彼岸を迎え私の待つ空が変化を見せている。私が待つのは

  • 青い果実

    きょうの詩は私が愛した一つの愛を青い果実にして想い描いた想い。青い果実初めて果実に出会い何ていう果実かな?互いが惹かれ求め合った果実も長い時の中で飽きられいまでは求め合うことも興味も冷め互いに興味を持つことも減り飽きたな・・・思う瞬間から互いが求めた青い果実が一気に青が褪せる。青い果実

  • 花の咲に思う

    きょうの詩は四季を通し咲く花にみる私の思い。花の咲に思う花の咲きは恋であり恋は四季のなかで美を見せ散り終える彼女の恋は純粋で一筋私の求める恋とは違いピュアでその私は不順で好きな人はこの人と決めず春の桜、夏は紫陽花、秋の秋桜、冬は水仙と相手を変え楽しむ私の恋「不順だ」と言われるかもしれないが私の恋は別れた想い出を大切にして次の人を求めている。花の咲に思う

  • 待つひと

    きょうの詩は九月も半ばになると咲を求め逢瀬に走る私、その花は一輪でも群れでも私の涸れた恋心を擽る秋のひと花を待つ九月も半ばになるとそろそろあの人に会えるかな思いは初恋となって燃えるがいつもの所にその人はいず、憎い夏草が蔽いああ会えないか求める思いは一気に冷め叶わぬ恋となって白紙に返る私のひと花との出会い火炎に激しく包まれることなく沈むまだ見ぬ花との逢瀬は叶わず夏草の中で燻る。待つひと

  • 好きな夏の花

    きょうの詩は私の好きな夏のラベンダーの咲にみる思い。私の好きな花森に囲まれた湖を満たすのは水ではなく、私の好きな花で湖は濃い紫の花で満たされ、山からの風が湖面を波立てながら湖面をかけていく。「ああ……この風、いい感じ」爽やかでひんやりとする山の風は花穂を揺らし、心を擽る香りを放ちます。目に染みる紫の花穂の匂いは風に抱かれ、愛するあなたのもとに吹いていく。----好きな夏の花

  • 居座る夏

    きょうの詩は九月になっても居座る夏を、秋の一コマをみて思う。夏の居座り秋は山岳から里山へ北から南に下りてくるというが九月と言えば秋は半ばいまでは夏蝉は去り、代わりに虫が鳴き稲穂が実り、刈られ野を歩きながら栗を見てぼんやりしていると栗が「ポトン・・」と落ち「おい、拾えよ」と笑うが落ちる音でわれに返り「栗か・・・」思う中、夏が私を無視して居座る。居座る夏

  • いまの私

    きょうの詩は私がいつも考え、思ういまの私は…「いまの心境かな」。いまの私いまの私の容は二つで一つの形その形は直ぐに壊れるかも知れない容なぜなら容は二人の心で満たされ満たすふたりの心は流動的で熟成されていくなかで増減を繰り返し容を変えようとしたり維持したりしながら保たれる私の容。それは1プラス1を1の形にして剥がれを保つのがいまの私の容私の容は永遠でないが容は自然体で壊れていくのがいいと思ういまの私。いまの私

  • 森にみる思い

    きょうの詩は里山を構成するナラの樹に対する私の思い。ナラにみる思いナラは春夏秋冬のなかで芽吹き花を咲かせ実をならせ染まり晩秋に散り冬は眠り春に萌えるを繰り返すそれは私の生きるに似ているがその彼にも終わりがありいつかは朽ちる違うのは病んでも治療されないことであり最後は仲間に見守られながら倒れ倒木となって長い時を経て土に帰るそのサイクルがいまの彼らの一生であるが私のボツは用済みとなった時だが彼らのボツは若木の時から始まっている。森にみる思い

  • 長い待ち

    きょうの詩は秋のなかで好きな白露、そろそろ気配が、思うなかで待つ私がみるのは進みを阻む続く夏模様、長い待ち時間秋気が進んで白露が結ぶ滴は私の感情をあらわにする哀しい、寂しい、怒りの涙と違い彼女の描く移り気の滴は秋の深まりを告げる白露は私の濁りのある滴と違いピュアで冷たく、粗熱を冷ます心地よい滴滴は草の間に涼の舞台を作り小さな楽人が集い三重奏を奏でる白露の朝でもその訪れはもう少し先でいまは秋気の進みをひとり待つ私今日も歩く森の散策路は私の心のように乾いて長い待ち時間が続く。長い待ち

  • 感謝の一枚

    きょうの一枚は一年に一度すべてのものに訪れる誕生日に、私に関わりあう人たちに感謝し贈る一枚のCardに思う。一枚の思い人は年を重ねていくと改めて誕生日を迎えても「うれしい・・・」とその気にならずいまはその日を消している私そう思っても私と関わる人に対しては私と関わる人の誕生日に対しては感謝をこめて一枚のCardを作り贈っているそれがいまの私のスタイルでありポリシーなぜなら愛する人たちに感謝は大切だしそれは在りと思う一年に一度誕生日を無事に過ごせるのは私と関わった人たちのおかげそのありがとうが私が贈る一枚の思い。感謝の一枚

  • 秋を知る

    きょうの詩は続く夏のなかで耳を澄ませば聞こえる秋の声。耳を澄ませば長い夏が続くなかで秋になっても見るのは夏の面影ばかりで秋は・・・思いが夏彩に消されるなかで彼らはChangeの時を知っているのか月のページをめくれば夏蝉の声が消え代わってツクツクボウシが鳴き「さあ次は私たちが変わるから」告げるように草のなかで鳴く虫たちの声で「ああようやく音楽会が」半開の扉からこぼれるSoloの奏でに秋を知る。秋を知る

  • 不毛に思う

    きょうの詩は日頃起きている出来事に関し、私なりに思うのは愛と心のない不毛のなかから生じたのでは、思う想い。不毛いま起きているいろいろなことを改めて思うと生まれ育つ過程で生じる不毛により起きているのかもしれないと思う私例え家族の形があったとしても多くの人が関わるようと関わらない形ではようを満たす愛で不毛と潤いの大地に分かれ私たちの愛を育むそう不毛を潤いの大地に返るのは説法でなく多くの人と関わることで生まれる愛で変わるのかもしれない。不毛に思う

  • 私の遊び心

    きょうの詩は情報化のなかで全てが事足りるなかで、季節の節目などにはanalogな手法で楽しむ私の遊び心。遊び心で人にはマナーが大切だと思うし礼儀も必要だと思うが今はITで全てが事足りる時代でも私は進化しても遊び心はありと思う時には人の節目には今流でなくアナログの一枚の手作りカードであなたのことを思い節目にメモリアルな日に贈る一枚の遊び心があると思う私。私の遊び心

  • 続く長い夏

    きょうの詩は夏が過ぎ秋になっても一向に秋に向かわない夏模様に思う。続く長い夏一年を均等にした四季がいつの間にかChangeと移ろいが崩れ節目が消え続く夏の中で来る秋は夏に翻弄(ほんろう)され秋なのか夏なのか自らを失いいまだに夏が過ぎても自らを自己主張できず控える秋のいじらしさいまは山から下りてくるアキアカネを待ち留まる夏の去りを待つ。続く長い夏

  • ゆりにみる思い

    きょうの詩は夏の終わりから初秋に咲くゆりにみる思い。フォルモサの花花言葉が多い私は、優雅で白く美しい姿で夏の終わりから秋にかけて咲く花は清らかな印象と純白な花びらの飾らぬ美しさは派手すぎずそのままで十分美しいタカサゴユリは人間の手により持ち込まれ、今では繁殖力が強い在来種に影響を与えるそう言って摘まれ駆除される「あんたたち勝手だね」私たちを連れてきたのはあなたたちじゃない恨むことなくつつましく咲く花が美しい。ゆりにみる思い

  • 続く夏に思う

    きょうの詩は夏が過ぎても居座り続く夏に思う。続く夏長い夏が続いている・・・太陽は相変わらずキャンプファイヤーを楽しみ一向にやめる気はなく空を覆う不透明の青はどこまでまでも広がり青い海に浮かぶ積雲は氷山として浮かび日差しがスコールとなって降り落葉樹の夏彩をたたくが、落ちる気配はなく唯々秋彩への帰依を待つ彼女たちの思いを夏がいまだに居座り、阻む秋の訪れ。続く夏に思う

  • まだ見ぬひと

    きょうの詩は秋になっても続く夏のなかで秋というまだ見ぬひとに思う。まだみぬ人いつからあなたは遅れるようにこの夏も長い夏が続いている季節は秋になっているがあなたはいまだに気配を消し私の前に現れない「彼女にはいつ会えるのか」問う私に夏は表情を変えないで一向に化粧を始める様子もなく秋彩にはいつになるのか・・・思いめくるページにまだみぬ人を追う。まだ見ぬひと

  • 夏人の消え

    きょうの詩は私の思うひとりの夏人の消えに思う。ひとりの消え八月半ばを過ぎても蝉の声を聞いているとその煩さに慣れ気にしなくなっている中いつもの森を九月の訪れが近い中を散策すればあれほど激しく鳴いていた蝉がいつのまにかうせて「あれ、蝉が鳴いていない」今頃気がつく私の季節への思いの鈍さいま改めて知る夏のひとりの族の消え。夏人の消え

  • 時間を食らう

    きょうの詩はいまの私の毎日の詩「時間を食らう」時間を食らういまの私は持ち時間が少なく毎日が日曜日で毎日、時間を食らい過ごしている。このままでは私の待ち時間の減りが進み、私の心身に保持するメモリの消化が進む。持つギガは食らいで減るから、その食らうことから楽しんで、手持ちのメモリを増やしていく。私のリセットが今日から始まる。----時間を食らう

  • 秋はいまだに

    きょうの詩は季のめくりは秋と言っても未だに秋の訪れを阻む夏の居座りに思う。秋が見えない季でいえば八月は初秋でその表情を季の中で拾えるはずがいまだに何も拾えず見るもの触るもの聞くもの全てが夏で「おいおい顔見せろよ」問いも叫びも相手には届かず空しく消され「おまえ何言ってんだまだ・・夏・・」私の思いなど無視され消されでかい態度で秋を退け胡坐をかいて居座る嫌なやつ。秋はいまだに

  • あれから

    きょうの詩は昨年に出会った野花の咲く季節になり、「もうないのでは」思うなかで花に会えたことに対し思ううれしさ。あれからあの出会いから一年が過ぎ野花は同じ場所で咲くことはないか野花の咲く難しさを何度も知り一期一会を繰り返した私の花との逢瀬いま咲く季節になりそういえば彼女と出会ったのが今頃か思い淡い出会いに期待を込め走り再びほほ笑む優しい彼女に接しうれしくなって心のなかではしゃぐワッパその姿は想い出にひとり堪能するおやじ。あれから

  • 恋に思う

    きょうの詩は私が思う恋について思うこと。恋に思う男と女の間に生まれる恋は互いが好感度を高め惹かれ求め合う際のシグナルであり言葉のないツール人の恋の形はいろいろあって男対女≒にはならず男対男&女対女もありいろいろな恋のドラマを生み多様性を見せる人の恋いまの恋は男と女という概念を捨て人対人で考えれば恋に多様性もありと思うが私は自然な形の恋を求めたいと思う。恋に思う

  • 粟花

    きょうの詩はそろそろ咲き始めるフジバカマに思う。秋の粟花汗をぬぐう風は巡ってこない中そろそろ花に集うアサギマダラを待つが思い巡らす花は未だ・・蕾が多く花はもう少し先かないまは紫の粟粒の小さな小花の咲くのを待つ花は形が袴に似ていることからフジバカマと名がついた秋の七草のひとつでその咲く様子からためらいと遅れの花言葉が付いた秋の野花。粟花

  • 会話から

    きょうの詩はネット友との会話のズレによるもどかしさに思う。会話日頃投稿を楽しんでいるといろいろな人からコンタクトがあり会話する機会も多いがそのひとりと話して思うことが好きになって生じるボタンのかけ間違いと違い言葉が言葉となって伝わらないこと同じことを送り同じ質問を受け「ああ」と思いながら言葉のもどかしさを知る会話。会話から

  • 過ぎるに思う

    きょうの詩は私の過ぎて行く年月に重ねてみる思い、過ぎる私たちに与えられている生は長いかもしれないが自らがfollowしないと意外と短い私は若い時間はあるそう思うかもしれないがその過ぎは早く気がつけば一年が終わっているその繰り返しは一定ではあるが過ぎはそれぞれの思考で違い誤差は出るが気がつけば枯れ寸前ということもあるああ私は…そう思い見つめる人の過ぎ。過ぎるに思う

  • 残暑のなかにみる野菊

    きょうの詩は残暑のなかで咲く野菊への想い。野菊の花地味で素朴ながら素顔が美しくひとめで「好きです」と呟いてしまう夏草のなかで咲く小さな花たち咲く花たちに「集合」と叫んでも花束の一枚にならず一番いい顔をポートレートにして「まあいいか」「会えたし」と独り納得し花の清々しい笑みに暑さを忘れ花に秋をみる。残暑のなかにみる野菊

  • 秋彩探し

    きょうの詩は里山に秋彩の兆しを求めるがその訪れは拾えず夏彩が居座る。みえない秋彩まだ見ぬ秋彩を里山に求めるが雑木の森に秋彩を求め森を歩きながら至る所を探すが遮る草木は乾き、夜露の濡れもなく乾いた滴を待つ表情が何となく覇気がなく時折吹く風も彼らを慰めることはなくいまだに居残りを決める夏から拾う秋の果実が落ちてこない8月の半ば。秋彩探し

  • みえない秋に思う

    きょうの詩は街に住んでいると季は秋になってもみえてこない秋に思う。みえない秋街に住んでいると朝にかけて静まる冷気の落ちはなく日差しは降雨ようになって降り暑い季は秋を告げているがああ・・・「きょうも夏日か」と溜息をつく朝に見る夏の残像その顔は夏そのもの秋を告げる夜露の降りはなく蝉はいまだに秋蝉にChangeすることなく夏・・と騒ぐ中に見るのは焦土の夏彩。みえない秋に思う

  • 私の散策路

    きょうの詩は私の住む町にある小さな森のなかを走る私の好きな散歩道への想い。森の一本道寺を抱きしめるように覆う小さな森を南北に走る道は北は浅い切通しで、南は宅地の端から雑木と竹林を分ける寺の山門に至る砂利道。いまではその砂利をよけながら歩く癖が染みつき、これは長い町生活の哀しさ。自ら擁護し、砂利を避けて轍を歩く哀しさ。でも、時には砂利道は私を子供の頃に回帰させ、四コマ漫画となって脳裏に描かれる。私の散策路

  • 手紙に思う

    きょうの詩は私が好きで書く手紙に思う。好きな手紙いまではデジタル機器で全てが済む中で何で手紙なのかそれが答えであり正論かもしれないでも私は紙とインクの匂いが好きで同じ考えの友と文で会話を楽しむけれどそれって面倒じゃない?そうかもしれないけれど文でつづる会話も相手の思いが文を通し相手が見えて楽しいし、思いが分かり楽しい機器で全てが終わるのはよく分かるけれど書いて送り待つ時間の楽しさは手紙の魅力/こういう人がいてもよいと思う。手紙に思う

  • 咲くゆり

    きょうの詩は八月に咲くこの季最後のタカサゴユリみて思うこと。百合みて思う立秋の頃から咲くユリはシンプルにうなだれるように咲いてほほ笑む白い花が美しい花は人が鑑賞用として持ち込みそれが古来種に影響があるからと否定されいまでは消される花で本来固有種が消えたのは開発などで消え環境に適応するものが残る。それが自然のtheoryいつもこのユリが咲くと思う花に罪はない。咲くゆり

  • 残暑に探す秋

    きょうの詩は残暑のほころびのなかで聴く声で知る秋。残暑に探す秋夏色が広がる空白の中に秋を求めるが夏が居座って陽が落ちても気温は下がらず暑く明ける朝は日差しが雨となって降り蝉の声やまずの立秋の朝に見えない秋を原色の中に求めるが秋を拾えない中で知る朝夕に森で鳴くヒグラシの声を拾い夏色の破れの中に微かな秋を知る。残暑に探す秋

  • 思う8・15

    きょうの詩は8月15日のお盆に、いまはなき私の愛する二人に思う。思う8・15きょうはお盆のイブ「母さん」心のなかで呼びかける人いまは私の心のなかで想い出となって私とともに生きているが私の愛する二人はこの世にはおらず私と一緒になって日々を過ごすこともないでもきょうは二人を思いいまがあることに「ありがとう」と感謝し二人に祈るMemorialの一日。思う8・15

  • 花言葉は妖艶

    きょうの詩は芙蓉が持つ花言葉に思う。魅せる美咲くと花言葉を重ね私には妖艶よりしとやかな美人の方がこの花には合っているかな・・・思い花は樹木ではなく草花で朝から咲いて夕にはしぼむ一日花はしとやかな大輪の花彩が次から次へと秋の初めから咲き続けこの彩には私は叶わないと散る一日花は短く花は長きにわたり咲き続けるフヨウ。花言葉は妖艶

  • 秋を待つ

    きょうの詩は立秋が過ぎても秋の気配がみえないなかでそのさわりを待つ想い。触りを待つ「毎日暑いな・・・」いつもぼやきながらページをめくれば今日は立秋でその秋を求め森の中を歩きながら探すが聴く蝉も空も暑さも夏彩で樹木の隙間から触るように吹く風に「ああ風が・・・」思う風にホッとする気配はなく温くわが肌に薄ら残る潤いを奪う風に私が求める立秋のさわりがない。秋を待つ

  • SOLOで

    きょうの詩はいつも走る道の傍で咲く一本の向日葵をみて思う詩。SOLOでいつも走る道で咲くSoloの向日葵「向日葵か」・・・Throughしながらなぜか気になって道を下り、花の前で仰ぐ向日葵に見る寂しさでなく美と強さ花はミニ太陽となって太陽と対峙し花びらは負けじと火焰となって燃え表面にはいくつもの黒点をちりばめ深緑の空をバッグに燃える美しさその形、その花彩は花の個性がプン・・漂い私はひとりでも夏のqueenと笑う。SOLOで

  • 好きな穂花

    きょうの詩は余り野で目にしない穂花のひとりにみる私の想い。立秋の穂花四季を求めて歩く中で羽毛のような穂花は見たことがなくこの穂花は・・・それがパンパスグラスと知り八月になると「咲いたかな」思いわくわくしながら走る人花は花びらのない彩りのない花であるが染められない純白が美しい花がひっそりと人目に触れないで咲く思いを初秋の中で咲く花に見る。好きな穂花

  • 夏のあめ

    きょうの詩は夏空から注ぐ日差しを雨に例えて思ううた。なつのあめ夏の雨は潤いの雨ではなく陽射しの雨で「ああ、今日も雨か」仰ぐ空から落ちる雨は日差しの雨で夜明けから日没まで乾いた光雨となって一日中降り私から潤いを奪い弄ぶ夏の雨でもこの雨で私は生かされ生きている。夏のあめ

  • 私はひとり

    きょうの詩は私は私ひとりという思いのうた。ひとり私は独りそうかあなたはひとりなのか分かるわ・・・そのひとりではなく私はということ私には家族がいるし傍にはパートナーがいて私は独りではないが私は私であり私が持つ心と命はチェンジもできず私は私で生き独りで終える。私はひとり

  • 久しぶりの雨

    きょうの詩は「一雨降って欲しい」思いながら降るぞと言われ、夜中の雨は朝には止みその止みに思ううた。久しぶりの雨「やあ、久しぶり」のはずが曇り空で空から落ちるのは冷めた空気でなく蒸し暑さ今日は雨の一日のはずが予想に反し曇り空で蒸し暑く期待外れか朝から暑く蒸し、湿りが抱きつくおい、雨空にそれはないだろう呟きがぼやきに変わる今日の空に見るのは予想に反した雨後の空雨に代わり蝉がザーっと降るように鳴く。久しぶりの雨

  • 人のさが

    きょうの詩は男女が持つ性につい考える私の想い。さが男と女の性に満たされる感情が二つの性の美を作り互いの感情を欲するようになるがそれはいたずらに求めるのではなくその性をセレクトとコントロールしている心が性の蓋となってセーブしているそれは私たちが持つ性は動物と違い人間であるから感情で一気に求めに走れば彼らと変わらない私たちは二人の心を通わせることで蓋を開け感情をワイングラスに満たし飲みあう。人のさが

  • 夏花の終わり

    きょうの詩は私の好きな向日葵の散りにみる私の想い。夏花の燃え尽き太陽の熱い抱擁のなかで狂おしく燃えた向日葵の火炎が燃え尽き垂れ落ちた花姿にあの咲きの面影はなく頭をうなだれ生気は消え熱い太陽に対峙した旬の面影はなくいまはその姿も想い出のなかいま朽ち行く花姿に見るのはやがて枯れて消える私の性の終わり。夏花の終わり

  • 一両の電車

    きょうの詩は私自身を一両の電車として捉えて書いた詩。一両の電車私は単線を走る一両の電車で長い距離を急行特急で走り続けながら停まるある駅で連結する電車に出会い見初めて連結し二両で再び走るが再び急行特急で走ることはなく連結した一両に合わせてゆっくりローカルで各駅に停まりながら修理と点検を繰り返しながら終点に向かってコト・・走る電車に急行特急の面影はなく、いまは洛陽に映える。一両の電車

  • 終らない夏

    きょうの詩はもう直ぐ訪れる立秋に変わらない夏をみる詩終わらない夏きょうでこの講義が終わりです。ト、いかない季節のReset引きずるな・・・好きになって溺れた恋人を忘れられず、いつまでもそのひとを思う夏から秋への移行が、私はまだ……あなたを愛しているから「離れられない」そう告げ、別れようとしないSummerとの腐れ縁が続く逢瀬の日々。----終らない夏

  • 立秋に思う

    きょうの詩はもう直ぐ来る立秋に思う私の想い立秋に思う後数枚で夏が終わり季節は秋確かに暦の上では立秋かもしれないがきょうも青一色の空と浮かぶ積雲に日差しを浴び夏蝉の第九を聞いていると秋か・・・とても思い楽しむ気分にはならずああ・・・みるもの全てが夏色か見えない秋を夏の中で待つ日々が続く。立秋に思う

  • 七月を閉じる

    きょうの詩は七月を閉じて思う詩七月を閉じる終わる七月に思うのは日々のページの空白の多さにめくりの早さ「ああ・・・七月が終わってしまった」そう思いこの暑さ、いつまで続く空を見て思う族たちは「夏だ・・」俺はまだ居座るぞ煽る彼らの鳴き声がResetなく続く七月を閉じても何も変わらない。七月を閉じる

  • 好きなひと

    きょうの詩は私の好きな愛おしいひとを人に例え思う詩好きなひと私がこよなく愛するひとは美味しい水と米と熱い杜氏(とうじ)の思いで造られる名だたる名があるわけではなく生まれるとすぐに素顔は化粧され会えるのはいつも化粧顔好きなあなたはいつも手の届かないところにいて化粧顔でほほ笑んでくれるけれど一度・・・そう思う愛おしいひとかな。好きなひと

  • ひとのとわ

    きょうの詩はひとの永遠について私なりに思うことひとの永遠ひとに与えられた命は一度限りで永遠の命は存在しないし生あるものの命は基本、男女の対で生まれ継続することで得るそれを対で考えるか、個人として考えるかで永遠の価値観が違ってくるがいまはその生き方は千差万別だが自分は独りとして考えれば私は私で終わるでよいと思うなぜならひとの容(かたち)は永遠なものでないから。ひとのとわ

  • 花で占うきょうのきょうの

    きょうの詩は子供の頃に幼馴染と遊んだ遊びの一つの花占いに思う。花占い覚えていますかいつも店先を飾るマーガレットを見ると花が問いかけてくる「そんな訳を言うことない」そう言ってしまうとロマンがないが花が好きなこともあり花色と形が私の花占いにあい幼馴染と花が好きでよく遊んだマーガレットいまでも花を見るとあの頃を思い出す私。花で占うきょうのきょうの

  • 空みて思う

    きょうの詩は夏の表情をそろそろ変えてもよいのに変わらない空をみて思う詩空を見て思うのはこの暑い夏空、いつまで続くのか「答えろよ」問うが無言でそれなら暑さから涼へのResetは渇いた大地を潤す一雨はいつから仰ぐが一向に空にその気配は訪れず今日、夏空を見て明日も同じ空かそう思うと夏を変える北からの雨風が待ち遠しい。空みて思う

  • 何も

    きょうの詩は何も変わらない毎日の夏模様をみて思う私の思い何も早い夜明けと喚く蝉で目覚め隙間から差し込む日差しに「あっ」きょうも夏日か思ぼやく朝時が刻まれていく中、太陽は勢いづきわめく蝉のトーンは落ちず太陽が旬となっても沈むまで続くそう何も変わらない表情が朝から続いて明日も同じページをめくる夏。何も

  • 蝉に思う

    きょうの詩は早い梅雨明けで忘れていた蝉の鳴きに思う。蝉に思う不思議なもので梅雨が早く明けたせいか、蝉のことなど忘れ七月になっても蝉のことなど忘れ暑さに翻弄(ほんろう)されながら過ごしふとしたことからそう言えば蝉の鳴き声がないわれに返るように蝉のことを思うなかで七月半ばになりポツリ・・と鳴く蝉の鳴き声で改めて知る蝉のこと。----蝉に思う

  • アナベルに思う

    きょうの詩は長きにわたり咲くアナベルにみる私の想い最後のほほ笑み私の好きな人が旬の色を失い夏色のなかで黄緑から旬花の白になりいま純白から緑にと変わり花彩をみせているが、これも咲きで夏の最中には緑となり来る初秋のなかで花はドライフラワーとなり最後はgood-byeでほほ笑む私がこよなく愛するアナベル。アナベルに思う

  • 私の旬

    きょうの詩は夏になり私に訪れ咲く私の旬に思う思う旬夜になっても気温は下がらず、夜明けと同時に蝉が目覚ましとなって鳴り、手を出し止められず、強制リセットさせられる夏の夜明け。咲く花は暑い、うるさい、眠い、体がだるい。私の旬がこの夏の朝に生まれ、心身をむさぼる。これが私の旬。でも・・・花となって咲くことはない。私の旬

  • 夏の一日花

    きょうの詩は夏の一日花のひとりである木槿の花への想い夏の一日花花は咲くと数日咲き続けるが木槿は朝に咲き夕にはしぼむ一日花で夏から秋にかけて次から次へと咲き花を保つが咲き始めの頃に比べても初恋のみずみずしい花色を見せているが燃える夏に花の思いが消されていく。夏の一日花

  • 蝉の声で

    きょうの詩は梅雨が明けても聴くことのなかった蝉の鳴き声を聞き、ああ・・・ようやく蝉の鳴き声が、知る夏の旬。旬来る青空に浮かぶ雲が氷山となって浮かぶ雲間から暑い日差しが雷雨となり激しく路面をたたきながら街中を流れる中蝉が夜明けから夜まで夏の一日花となって毎日‥鳴き続け今日も夏の第九となって奏でられる蝉の鳴きああ今日も朝から第九か木陰に無観客を見て夏来るを知る。蝉の声で

  • 低木のタチアオイ

    きょうの詩は夏から秋にかけて咲く低木のタチアオイの花の咲にみる儚い恋心を花にみて思ううた低木のタチアオイ低木の木槿が夏から咲かせる花の色はいろいろあってひとが思い寄せ好きになるのが違うようにこの花が持つ花色はそれぞれ違うひとに愛される花は早朝に開き夕にはしぼむはかない恋に弄ばれながら信念をもって夏から秋にかけて咲く木槿が世の短い栄華に遊ばれる花の朝の夢。低木のタチアオイ

  • 夏の旬に思う

    きょうの詩は私が思う夏の旬はいつか、私なりに思う夏の旬は蝉の鳴く間かな旬夏の旬はいつそう言われて梅雨でもなく暑さでもなく夏祭りでもなく思うに彼かな彼の夏だ・・と喚く鳴き声を一日中耳にして過ごすこの長い期間が私には旬その彼の鳴き声が一つ・・と消え骸を目にしツクツクボウシが鳴き始めるああ・・・夏の旬が終わったと思うとはいえ秋は名ばかりでその旬は遠い。夏の旬に思う

  • 夏空の青

    きょうの詩は広がる夏の青空みて思ううた夏の青いい朝の隙間からの光のこぼれ「晴れか」早い夏の夜明け朝から広がる青い空は美しく冷たく涼しげではあるが日差しをダイレクトに落とし地表で飛び跳ね濡らし暑い澄んだ能面の空を崩すものは何もなく私の思いを蒸し続ける夏の空。夏空の青

  • 蝉で

    きょうの詩は梅雨が明けても鳴かなかった蝉が7月半ばからの鳴きで知る蝉の旬に思う蝉で梅雨が早く明け、彼らも鳴くかそう思う中で無言が長く続いて彼らの存在を忘れて過ごす中で七月も半ばになると「私を忘れていない」私たちの季節と言わんばかりに夜明けと同時にシグナルを送ってくる彼らの鳴き声その鳴き声で知る「ああ、彼らが鳴き始めたか」わんわんと鳴く蝉で知る、長い暑い夏。蝉で

  • 夏の雨

    きょうの詩は梅雨明けの青空を消すように降り続いた夏の雨にみる思い夏の雨夏空を消す灰色の湿り雲が南から濁流となって流れ込み飛沫が雨となって降る降る雨に求める涼はなく温かく歩く私をたたくように降りながら雨脚を落としていく今日の雨温い雨は街を冷ますことなく樹木に絡まるチリと埃を洗い落とし洗い流され潤う樹木の緑が美しい。夏の雨

  • 私の待ち人

    きょうの詩はいまの私が待つ、私の待ち人について思ううた待つひといまの私が待つのは愛するひとでもなく恋人でもなく四季の移ろい移ろいはいまの私を生かし逢瀬に出向かせあの頃のときめきを蘇らせて私をわくわくさせるひとがいまの私の待ち人後何季私はそのひとに会えるだろうかそう思うと再び恋心が燃える。私の待ち人

  • 私が思うこと

    きょうの詩は生について私が思うこと。私が思うこと人の生は一度限りの一年草でも・・・好きな人が出来、愛し合うことで多年草になり、形をつないでいくことができる彼らは神を信じることで永遠が授かる説くが、いまが終われば無に帰するそれが生を持つものの終わり生まれた形で保持する期限は限られそれぞれで生きる期限は違うがいずれ命を終えるのが、それぞれが持つ生。私が思うこと

  • 夏の砂浜

    きょうの詩は夏の砂浜での想い出のうた夏の砂浜地平を消す雲はなくマリンブルーの海は静まり遊ぶ人のいない砂浜にさざなみが打ち寄せるが遊ぶものは誰もなく打ち寄せる波の音が単調なRhythmを奏で遠いあの頃に誘う夏の砂浜に激しく雷雨となって落ちる日差しが砂をジリと焼いていく夏その焼けた砂浜を素足になって海に走り飛び込み浴びる夏の海の暖かさ。夏の砂浜

  • 夏の森

    きょうの詩は夏の森を歩きながら耳にする鳥の鳴き声で知る私の無知森の中で夏の森の中は暑く静かで誰にも会わない中で聴く鳥の鳴き声にこの主は・・・彼女の顔を見ても「あんた誰」そんな感じ無知というか知らなさ過ぎ私が知るのは鶯くらいあまりにも無知な私を見てか・・・烏の鳴く声が「アホ…」と聞こえる悲しさ余計夏の森が蒸し暑くなる。夏の森

  • 私の生きるに思う

    きょうの詩は私の生きるについて思う私の想い。私が思う生きる生きるということは自身がもつ性と心を失わないこと性は自身のかたちの保持であり失えば覇気が消える性は私を保持し心が生きるを安定させ暴走をControlしていまをkeepさせる生きるとは情熱と心で性をControlして最後まで生を保持することかな。私の生きるに思う

  • 池にみる花

    きょうの詩は小さな池でひっそり咲いてみせる初夏の水連の優しい花彩。汚れの中で流れ込む水で作られた小さな池の美しい水に湧き水の透明感はなくよどみ停滞し水面を覆う水連の花たち花はでしゃばることなくひっそり咲いて咲く花が水面をモノトーンの鏡で映し花を浮かび上がらせる「どう、私綺麗でしょう」でも私には触れないで遠くから見てね微笑む薄化粧の水連に魅せられる夏。池にみる花

  • 空に一雨を思う

    きょうの詩は早くに梅雨が明け連日続く暑さに疲れ、そろそろ一雨が恋しい想いの詩明けての空梅空雨が恋しいと思わないが毎日暑い日が続くと「一雨降って」いいたくなるお願いで降るとは思わないが街からでて山野を歩くと樹木の木の葉にも生が感じられず私と同じように「雨が欲しいな」そのような表情が至る所でみられ私は暑いと思えば水をごく・・飲めるけれど彼らは同じように飲めずに渇いてその想いを知ってか知らずか空から降るのは日差しの豪雨。空に一雨を思う

  • 何処へ

    きょうの詩は私がいつも気分転換と自身のResetのため、日々繰り返す私の何処絵の詩iいずこへきょうの気分転換はどうするかいつも朝のpageをめくらないと分からない私の悪い癖さあきょうはいずこへ記憶に残る日記をパラ・・めくりながらあそこなら多分・・・あの花が思い向かうのが私のスタイルでも時には旬を逃したり終わっていたり時には旬にあえラッキーと思う反面未開でああ・・残念と思う私の遠出は筋書きがないから楽しい。何処へ

  • 友人に送るCard

    きょうの詩は長い付き合いをした二人の友人に送る誕生日カードについての私の思い送るCardああ・・・二人の誕生日か七月になるともういいかと内心では思うのだが止められない腐れ縁というかつい昔のことを思い作る一枚のCardいまでは話すことも会うこともない二人の友人別に催促されることもないしお互いに忘れたい自身の誕生日と思いながら来るたび作る二人のためのCardそれを作るのは自身の情熱保持のためこの思いが失せたとき私は消える。友人に送るCard

  • 愛おしいひと

    きょうの詩は私が好きな紫陽花のなかで一番愛おしいアナベルに想いを寄せて愛おしい花私の好きな紫陽花のアナベルつぼみは淡い緑で咲くと純白になり咲き行くと緑に変化し最後はドライフラワーとなり終えるアナベル花は中輪大輪の半球から円球花の花姿が衣装を変え想い出を形にして終えるひたむきな花の愛が美しい。愛おしいひと

  • わかれ

    きょうの詩は私が思う自身のわかれに思う詩私のわかれ私は生を受けてから成長していくなかで一期一会を通じて私の形を作り多くの出会いとわかれを繰り返し私を作るなかでのわかれは想い出と喜怒哀楽を生むがその傷は数日で癒えるが私が生きるなかで負うわかれの傷は深く哀しみを長く引きずり最後は自らが別れを演出し終わる。わかれ

  • 愛おしいひと

    きょうの詩は私が初夏に求める二人の花、そのササユリの後に咲くオカトラノオに思いみる私の詩初夏の愛おしい人里山のササユリが花期を終える中で次に会えるのがこの野花でユリのように目立つことはないが花は清楚で花穂に小さな花を下から先へと咲かせワイ・・ガヤ・・仲間と集い咲く花群は楽しくのんびり見とれて別れる人咲く花に関心を持つ人は少なく最後はナイトとして咲を終える私の愛おしい人。愛おしいひと

  • 愛に思う

    きょうの詩は私が思う愛について思う詩愛に思う好き愛しているとは違うと思う私好きは人が持つ性からでる言葉愛は人が持つ心から生じる思いやり愛は全てに対し平等に接する人が持つ優しさであり思いやり優しいぬくもりで接する愛は対価を求めずその人の人格から生まれる愛は何人に対しても優しく温かい補包容力で接する姿は美しい。愛に思う

  • 明けで聴く

    きょうも詩はいつも梅雨明けで聴く蝉の鳴き声が聴かれず「そういえば」と思う詩そう言えば紫陽花が街での終わりを告げて梅雨が明け夏の来るなかで聞こえるはずのセミの鳴き声が未だ聞こえることなく静かで「そういえば・・・」梅雨明けを知るいつものあの声がまだ聞こえてこないなかいつも彼等の鳴き声で梅雨明けを知り同時に暑さとうるささを覚え「ああ・・・夏か」セミの声を聞かないと拍子抜けの梅雨明け。明けで聴く

  • 夏花にみる思い

    きょうの詩は夏に咲くオニユリの花言葉を人に贈る想いを重ねて思う詩。花にみる思い小さな空間で「私をみて」とカラフルなカールで顔中にそばかすをつけ可愛い顔の数人が集いワイ・・ガヤ・・騒ぐ数人の美女たちその花に付いた二つの花言葉に重ね思いみるのが輝くような美しさを持つ楽しくなるような友人などの言葉を思うと贈るには不向きとか言われるとあなたは野で楽しむ花かな。夏花にみる思い

  • 六月を終えて

    きょうの詩は六月を終えて知る私の思いと悲哀六月が終わるああ・・・六月が終わったか早い時感の流れが六月の想い出を消し始まる七月に私は何を思い積み上げてひとつの形にできるか問い過ぎた六月をわかれた恋人のように忍がもう再会はできないひとそれを知りながら未練を引きずる思いを六月を終えて知る。六月を終えて

  • 私もそのひとり

    きょうの詩は紫陽花よりひとあし早く咲をみるカシワバアジサイに思う私もアジサイ雨の季節か・・・降る雨の中に見るまだ見ぬ人は水を好み私はあなたの思うように染まらないと清純な思いをひとつ…の小さな花に秘めながら淡い恋心で逢える人を思いみる思いはひとつの花となって私を追う彼女より先に咲いて清純な美を見せるがひとあし早くアジサイか・・・見て声をかける人も少ない今の私。私もそのひとり

  • 好きに思う

    きょうの詩は若い時は日常に使いいまでは「ちょっとためらうかな」そう思う「好き」という言葉。二文字のひとつ好きこの言葉は簡単明瞭で誰もが分かりやたらと乱発し時には勘違いし暴走して哀しみ悩み涸れるまで涙を流して悔い哀しみの底に沈む言葉の安心と秘める別れ人は性から発される生を主とする「好き」という二文字に弄ばれる。----好きに思う

  • 私が思うこと

    きょうの詩は若い世代の旅たちの多さに思う思うことあのさ、何で生きる権利を放棄するのかな「私はもっと生きたい」そう思う人、たくさんいるのにさ何でそう急ぐのかな誰にも言えないと言って独りで悩み苦悩し思い詰めないで「助けて」と言葉に出そうよでもね、誰もがみな一人だからあなたには考える時間がいっぱいあるじゃんだから独りで考えないで、愛する人に話そうまだ『銀河鉄道999』に乗車するのは早いと思う「まず言葉に出そうよ」。私が思うこと

  • 私が持つ善と悪

    きょうの詩は私が持つ善と悪について考え思うこと私が持つ善と悪私がCoreに秘める善と悪悪は私の性であり善は私の生を主る心この二つはいつも私のなかで葛藤し私を右往左往させるが彼らから言わせれば人は弱いもの信仰が足りないと私を諭すだろう「違う」人とは本来弱いもの生きる中で人は善と悪の使い方を学びすべての生あるものから愛を受け生きるために愛で二つをコントロールして人は生きるもの。私が持つ善と悪

  • 梅雨花との出会い

    きょうの詩は街のなかで出会う梅雨花との出会いにみる思い梅雨花との出会い街の至る所で植えられた紫陽花が多彩な色と形で出会いを待つが「私はこれが好き」「違う……この花かな」そのひとつ……を見る人はなく次……と視界から花を消していく人たち紫陽花の咲きに哀しみを見ないのは花が持つ自然体の花心。梅雨花との出会い

  • 私の恋

    きょうの詩は私の思う恋について思うこと恋は果てるまで恋は私の性であり、生何も人に対して恋心を持ち続けるのではなくその対象はいろいろ「恋する」それは私のCoreとなる情熱を生が尽きるまで燃やし続けることであり人対人の恋は一輪の花が咲くに過ぎず咲きは美しいが、終わると散る哀しい性の恋人の恋は終わる恋と情熱が燃える恋の二つ性の恋は再び咲き、情熱の恋は生が果てるまで続く。私の恋

  • 街の紫陽花

    きょうの詩は街でひとり咲く紫陽花の花をみて思う詩街の紫陽花「やぁ、きょうもすてきだよ」奇麗に咲く紫陽花に声をかける六月紫陽花のひとりなのに誰も関心を示さず、寂しくないのかな。思い巡らす花にその表情に陰りはなく、いい彩りの顔で「私もひとりの花」。きょうも夏化粧して街中で凛として咲く、ひとりの花に恋する夏。街の紫陽花

  • いつから人は

    きょうの詩はいろいろな不祥事で失われる命の軽さに思う私の思いいつからひとは人はいつから感情のコントロールを忘れ冷静さを失い感情のおもむくままに行動に走り人として超えてならないredlineを越えてこれから待っている未来を失いそこに生まれるのは「なぜどうしてこうなるの」自問と後悔の思い愛する人の思いと積み上げた未来を失い私という容が崩れ、Coreとなる心も失うああ・・・。いつから人は

  • 触れないで

    きょうの詩は桜の樹の下で咲くアザミの花をみての思い触れないで桜の樹の下で運び去る雑草をわけ伸びる先にともる高貴な花彩りにみせられその美しい花彩りに惹かれ「薊か・・・」花を手で触れれば無言で鋭い棘が手を刺し「痛!」思わず手を引っ込め痛みをこらえながら花をみれば無言の薊の冷めた単色の美が際立つ。触れないで

  • 明と暗の下で

    きょうの詩は明と暗の下でみる紫陽花の花見て思う私の思い暗と明のなかで六月の梅雨空の下で咲く紫陽花が明と暗のなかで見せる彩とりどりの美は続く青空の下で色は疲弊し生気を失い萎れる紫陽花と山あいの樹林帯で生気を保ちながら彩とりどりの美を見せる六月の明と暗のなかで咲く花の対比その咲はときめきのDrama明の下では雨期で暗の下では彩の美が一枚…のArtとなって見せる。明と暗の下で

  • 初夏の森を歩く

    きょうの詩は夏の森歩きでみる森の表情のうた。初夏の森森のなかを一歩…歩くたび「暑」汗が…頭上を蔽う木の葉の間からは日差しがすり抜け、降雨となってザァーザァー落ち、蒸し暑く暑さが私を抱きすくめ、熱いキスで潤いを奪う初夏の森唯一、所々で濃い夏彩の森が作るスポットがホッと一息つくCaféとなる。初夏の森を歩く

  • 私の好きなアナベル

    きょうの詩は私の好きな愛すべき花であるアナベルに対する思い愛すべきひと私の好きな初夏に咲くアナベルの花彩は純白とピンクの二色で花はおしべとめしべを持つ両性花で花びらを持たない花色変化の花が蕾の頃は淡い緑で花が咲くと純白になり咲き進むと緑色となって秋にはドライフラワーのようになって終わるアナベルの花彩がこの花の魅力その咲くアナベルに見るのは私の生の旬と終わりを重ね見る夏。私の好きなアナベル

arrow_drop_down

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用