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2024/03/24

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  • 生きてたらええ

    私が小学5年生の時、我が家にピンチが訪れます。父がリストラに遭ってしまいました。 不幸は続くもので今度は、再就職先で大ケガを負ってしまいます。 父が長期休養を余儀なくされ、その間、母は家事、パートの仕事小学生の私、中学生の姉の子育て父の看病と一家を支えなければなりません。 労災の補償などがあったと思いますがこの時期は、子供ながらに何となく家計が厳しいと感じ、お小遣いも少なかった気がします。 でも、そんなことよりも母が忙しく大変なことが気がかりでした。 そんな中、学校でテストがあり答案用紙が返ってきましたが残念ながらというか当然というかあまり褒められた点数ではなかった。 私は母に答案用紙を渡しま…

  • 立派な家を建ててくれてありがとう

    「お父さん。家から追い出してしまってごめん」 まさか、立て続けに父と母が認知症と診断を受けるとは思いませんでした。 姉とW介護を頑張りましたがやっぱり大変で、仕方なく父には、施設に入ってもらいました。本当に申し訳なく思っています。 流行り病が収まったら母と一緒に父に会いに行こうと思った矢先、施設から父の体調が悪いと連絡がありました。病院で検査を受けた結果、末期がんでした。 もういよいよという時。姉と脳梗塞で右半身麻痺になった母を連れて父のお見舞いに行きました。 ベッドで寝ている父と車椅子に乗っている母は、手を握り合い父は母の顔を見つめ、母は泣きじゃくっていました。 あんなに喧嘩ばかりしていたの…

  • 朝ドラに出たでぇ!

    安定した収入が得られる仕事に就いてほしいと思うのが親心というものなんでしょう。 以前、私は俳優をしていました。最初は劇団に入り、舞台を中心に活動。 劇団からは給料が出ないので派遣の仕事をしながら活動をしていました。 ただ、収入が不安定で将来の見通しが立たない私を母はよく思っていませんでした。 だから、母からはよく「そんなことより就職は?」と聞かれるので、いつも私は、「うん・・・」と口ごもっているばかり。 こういう話は、よくあることなのかもしれません。 安定した収入で生活をしてほしいと思う親と自分の好きなことをして生きていきたいと思う子供との人生観の違い。 当時の私も「母が望むように安定した仕事…

  • 思いやりに満ちた母

    私が高校3年の冬。早朝、目が覚めると家が激しく揺れています。 私は「ワァッ!ワァッ!」と叫びながらベッドにしがみつき、耐えました。やがて、揺れが収まり停電で真っ暗な中、台所へ。 家族が集まり、懐中電灯と石油ストーブを付け、ラジオから流れるニュースに耳を傾けました。 アナウンサーが「近畿地方で大きな地震がありました。未確認情報ですが神戸が震度7」と聴いて、家族全員びっくり。 1995年に起きた阪神淡路大震災です。 私が住んでいる地域は、被害が少なかったものの残念ながら、神戸を中心に阪神間と淡路島などで多くの方が犠牲になり、被災されました。 それから数日後。母がパートから帰ってくると「今日、被災し…

  • おいしいお弁当のお返し

    お腹がグゥ〜グゥ〜と鳴る。私は学生時代、母が作ってくれたお弁当を食べるのが楽しみでした。 母はパートで働いていて朝早起きをして、私と姉のお弁当と家族の朝ごはんを作り、ごはんを食べ終わると父を送り出して家事を済ませてから仕事に行きます。 そんな忙しい母でしたが毎日、私たちのためにおいしいお弁当を作ってくれました。 キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴り、待望のお昼休み。机の上にお弁当を置くと香ばしい匂い。 「今日のおかずは何かなぁ」とワクワクしながら蓋を開けるとぎっしり詰まったご飯と色とりどりのおかずがお目見えします。 敷いたレタスの上にポテトサラダとプチトマト、ウィンナーと卵焼きが寄り添い、…

  • 親孝行は日々の生活にあり!

    「帰りに発泡酒買ってきて〜」 まだガラケーが主流だった頃、私の仕事が終わる時間を見計らい母が私の携帯に電話をしてきます。 私は寄り道をせずに母から頼まれた発泡酒・350mlを2本を買って帰宅。私が玄関のドアを開けると母が満面の笑みで出迎えくれます。 父と姉は、仕事で帰りが遅く母と二人きりでの食事。私は、家ではお酒を飲まないので母一人晩酌です。 母は、さっそく「プッシュ!」と発泡酒をコップに注ぎ、ひと口。「あ〜幸せ〜」と言わなくても母の表情で心の中がわかります。 我が家は、野球のシーズンになるとテレビで阪神戦を観ながら食事をします。 当時の阪神は暗黒時代。黙々とごはんを食べている私に「あかんなぁ…

  • 母のぬくもり

    寒い冬の朝、起きる時に「あぁ〜布団から出たくな〜い」といい歳した大人が子供のように駄々をこねてしまう。困ったものです。 私は小さい頃、冬休みの朝。隣で寝ている母が起きた後の布団に潜り込んで眠るのが好きでした。 布団に入るとフワァ〜っと母のぬくもりに包まれ遠くのほうでトントンとまな板の音を聞きながらいつの間にか、夢を見ている。至福のひとときです。 あれから40年が経ち、そんなことをすっかり忘れていた私が母を介護することになりました。 母は脳梗塞で右半身麻痺。毎朝、ベッドから母の体を起こし、抱きかかえて、車椅子へ移乗します。 ある寒い冬の日。いつものように移乗しようと母を抱きかかえた時、「お母さん…

  • レシピは母の背中

    私が小さい頃、風邪を引いた時、母がおかゆを作ってくれたことを今でもよく思い出します。 熱が出ている私は、自力で食べることができず、母が熱々のおかゆをフーフーして食べさせてくれました。 あのとろーりとしたおかゆは、母の優しさが詰まっている。シンプルな料理だけど私は、最高のおふくろの味だと思っています。 あれから40年が経ち、私は、認知症・失語症・脳梗塞で右半身麻痺になった母の介護をすることになりました。 脳梗塞の影響で、飲み込む力が弱く柔らかい物しか食べられなくなった母には、「おかゆが一番!」ということで、人生で初めておかゆを作ることにしました。 レシピは、おかゆを作っている"母の背中"です。 …

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