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プーちゃんさんのプロフィール

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ブログタイトル
いつか迎えに来てくれる日まで
ブログURL
http://blog.livedoor.jp/youchan1201/
ブログ紹介文
たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。
更新頻度(1年)

366回 / 365日(平均7.0回/週)

ブログ村参加:2010/07/09

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ハンドル名
プーちゃんさん
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プーちゃんさんの新着記事

1件〜30件

  • 中途半端な希死念慮が俺自身を追い詰める。

    かみさんが亡くなって以来。俺は会社の健康診断を受けていなかった。いつ死んでも構わない。そう思うほど、俺は自暴自棄だったからだ。だが、昨年度、久しぶりに健康診断を受けた。少しばかり生きる気力を取り戻したのかもしれない。検診の結果は悪かった。重度の高血圧と肝

  • 俺の命を半分あげよう (2)

    かみさんの闘病中。俺が心の中で、常に考えていたことがある。それは「かみさんに俺の命を半分あげよう」ということだった。命を半分あげる?そんなことを考えても、決して実現することはない。冷静に考えれば、「命を半分あげる」なんてできるはずがない。だが、かみさんが

  • 俺は本当に痛いんだ。

    たぶん生きることに意味なんて無い。俺に限ったことではなく、人間なんて、みんながそうなんだ。産まれてきてしまった以上、生きるしかないだけのことだ。死への恐怖が本能に組み込まれている以上、自ら命を断つことが難しいだけのことだ。この世に「生」を受けてしまった以

  • 看取ってくれる人の不在

    かみさんが元気だった頃。俺は自分がかみさんより早く死ぬと思っていた。また、かみさんも自分のほうが長生きすると信じていた。俺が心配だったことがある。そのうちの一つは「俺が死んだあと、かみさんが困窮してしまうのではないか」ということだった。年金なんかアテにな

  • 受け入れられない自分を受け容れる。

    かみさんが亡くなってから。それなりの時間が経過した。それにも関わらず、俺はいまだに受け入れることができない。かみさんが死んでしまったこと。かみさんのいない余生。ひとりぼっちで生きていること。その他あらゆることを受け入れることができない。だからだろう。俺は

  • 【改稿】ヨブ記の不条理

    俺はユダヤ教徒ではないし、キリスト教徒でもない。だから「旧約聖書」には興味がない。それにも関わらず、俺は大学生の時、「旧約聖書」の「ヨブ記」を読んだことがある。かみさんと同棲し始めたばかりのことだった。別にユダヤ教徒やキリスト教徒になろうとしたわけじゃな

  • 愛妻弁当をめぐって

    俺が今の会社に入った直後のことだ。かみさんが「愛妻弁当」を作ってあげると言ってくれた。その翌日以降、かみさんは毎日のように「愛妻弁当」を持たせてくれた。時には「今日は弁当作るのメンドクサイ(笑)」と言う日もあった。そんな日には「作らなくていいよ」と応えた

  • かみさんの遺言

    2010年4月28日のこと。癌研有明病院の医師は、俺にかみさんの余命を告げた。医師は悲痛な表情を浮かべながら「余命は年単位ではない」と言った。この言葉を聞いた瞬間、血の気が引いた。俺の全身の血液が、頭から足元に下がっていくのを感じた。気が遠くなった。全身が凍えて

  • いったい俺は何をしているんだ?

    現在9月17日の午前6時43分。いつものとおり、通勤電車の中でブログの記事を書いている。昨日の記事に書いたとおり、今の俺はクソみたいに忙しい。明日からの3連休も出勤する見通しだ。かみさんが元気だった頃。俺は休日出勤が頻繁にある部署にいた。平日だって、終電が無く

  • 疲弊

    先日の記事に書いたとおり、俺は断酒を開始した。それ以来、俺は精神的に疲れている。原因は酒を止めたことではないが、断酒を始めたのと同じタイミングで、会社でいろいろ問題が発生したからだ。どんな問題なのかをいちいち書こうとは思わない。ただ、管理職たちは疲弊して

  • 弱い人間

    現在9月15日の午前6時28分。いつものとおり、通勤電車の中でブログの記事を書いている。自分を立て直そうとして酒を断ち、10日が経った。おかげで身体が軽い。また、仕事をしていて気づいたが、頭の回転も速くなっている。アルコールがどれほど身体に悪いのか、改めて感じ

  • ゆっくり流れる時間

    1年は、あっという間に過ぎていく。かみさんが亡くなってから今日までの時間も、あっという間に過ぎ去ってしまった。かみさんの死は、遠い過去の出来事ではない。手を伸ばせば届きそうなくらい「ついさっき」のことだ。時間の流れが速すぎるのだ。それなのに、1週間はとて

  • 生きること自体が苦しみだ。

    現在9月13日の午前6時34分。いつものとおり、通勤電車の中でブログの記事を書いている。今朝は午前5時50分に目が覚めた。熱があるわけではない。身体がダルいわけでもない。心が凍えたみたいに寂しいだけだ。誰の姿も見えない。誰の声も聞こえない。そもそも人の気配を感じな

  • 至福 ~死の瞬間~

    ごく普通の幸せな人々が醸し出している空気。守りたい家族がいて、自分の居場所となる家庭があって、世界は優しく温かいと信じている人々の醸し出している空気。世界はそんな空気で満たされている。その空気は温かくて、柔らかい。それなのに、俺はその空気が疎ましい。刺激

  • ラプラスの悪魔 (2)

    俺は以前、ブログに書いた。一方には、かみさんと暮らした日々の俺の言動がある。もう一方には、かみさんの死という悲しい現実がある。その両者の間に因果関係はない。俺の言動のせいで、かみさんが癌になってしまったわけではないからだ。俺がかみさんを死なせてしまったわ

  • 生き甲斐

    政治家だとか、企業の経営陣を見ていて気づいたことがある。俺より遥かに年上なのに、将来の夢とか希望を持っているということだ。いずれは総理大臣になりたいだとか、できるだけ長く経営層に留まって、なるべく自分の資産を増やしたいだとか。そういう高齢者たちの「生命力

  • 強烈な想い

    かみさんが亡くなってしまって悲しいんだ。かみさんがいなくて寂しいんだ。かみさんが死んじゃって可哀想だ。かみさんのことが不憫だ。かみさんがいないのに、生きていても仕方がない。かみさんのいない人生が、虚しくてツマラナイ。こういう暗い感情は、かみさんが亡くなっ

  • 感謝 (2)

    会社で仕事をしていれば、イヤなことやツラいことが山のようにあるものだ。とりわけ入社3年目以降、本社の中枢部門に配属されてからは、ツラいことばっかりだった。また、管理職になってからは、自分の部下たちのツラいことも、俺が背負わなければならないことが少なくない

  • 感謝

    現在9月7日の午前6時33分。いつものとおり、通勤電車の中でブログの記事を書いている。昨晩のこと。俺は仕事が終わって帰宅した。かみさんに線香をあげて、夜のお供えを済ませた。スーツを脱いで、シャワーを浴びた。その後、夕飯を食った。テレビを見ていたが、つまらない。

  • もはや立て直すしかないのだろう。

    かみさんが亡くなってから数か月が経った頃だったと思う。俺の中に希死念慮が生まれた。死にたくなったのだ。かみさんの後を追いたくなったのだ。死ぬこと自体は怖くなかった。だが、痛いのはイヤだったし、苦しいのもイヤだった。だがら俺は酒を飲み続けた。アルコールでジ

  • 目を閉じて、全力で世界を否定する。

    眠っている間は目を閉じている。目が覚めれば目を開ける。それらは自然な動作であって、取り立てて話題にするようなことではないだろう。それらの動作を意識したことさえない人が多いに違いない。かみさんが元気だったころ。かみさんは俺の横でスヤスヤと眠っていた。あの頃

  • 俺の休日 ~狂気の一歩手前~

    土日や祭日であろうとも、俺は早朝5時すぎには起床する。もう少し眠っていたいけど、どうしても目が覚めてしまうのだ。かみさんの仏前に座って線香をあげる。そして、遺影と位牌に視線を落とす。かみさんの表情に変化はない。かみさんの気配を感じるわけでもない。また寂し

  • 苦しくて仕方がないから死にたくなるんだ。

    明日は今日より良い日だろう。もし明日がダメだとしても、1週間後あるいは1か月には良い日がやって来るだろう。1か月後がダメだとしても、1年後には、事態は好転しているはずだ。かみさんと出会って以来。俺はそんなふうに思って生きてきた。かみさんの生前。俺は意外と

  • 希死念慮 ~強烈な欲望~

    また夜中に目が覚めてしまった。一回目は午前0時すぎ、二回目は午前3時すぎ、三回目は午前4時ごろだった。目覚めるたびに思った。イヤだな…と思った。いつもなら、午前6時半前後に通勤電車の中にいる。そしてブログの記事を書いている。だが、実はそんなに早く出勤しな

  • 破滅への衝動

    早朝4時すぎに目が覚めた。その瞬間、心が折れてしまった。あ~、ダメだ…と思った。時折こういうことがある。かみさんがいた頃は無かったことだ。出勤するには、まだ早い。なので俺は、布団の中に潜っていた。少し眠れたら、気分が変わるかもしれないと思っていた。だが、

  • 奴らが普通の人間になれるとき

    人間にとって、伴侶は大切な存在だ。また、子どもも大事な存在だ。伴侶や子どものことならば、自分を犠牲にしても守ろうとするに違いない。だが、人間という生き物は、家族以外の第三者に対してならば、いくらでも残忍になることができる。それもまた、人間という動物の実態

  • 少しだけ「人間」になりたい。

    現在8月30日の午前6時39分。いつものとおり、通勤電車の中でブログの記事を書いている。週末にウィスキーを飲みすぎたからだろうか。それとも就寝時間が遅かったからだろうか。あるいは精神安定剤(セルシン)を飲みすぎたせいだろうか。全身の倦怠感がハンパじゃない。熱が

  • 死者の魂を求めて

    かみさんが亡くなってからの数年間。俺の関心事は「あの世(死後の世界)はあるのか」、「死んだ人の魂(意識)は生きているのか」に限られていた。他のあらゆる物事に対する関心を失ってしまった。かみさんの生前から持っていた趣味や興味の対象は、すべて失ってしまった。

  • 眠りという名の「死」

    眠りに落ちる寸前。自分の身体に自然と意識が向いていく。心臓が鼓動している。呼吸はゆっくりだが、とても深い。全身の血流さえ感じることができそうだ。いずれも「生命の兆候」だ。心臓が動いているのも、血液が流れているのも、自分の意思とは関係がない。腕や脚の筋肉を

  • 俺の口癖

    俺には口癖がある。それは「帰りたいな…」という言葉だ。かみさんが亡くなって数日後には、既にこの口癖が身についていた記憶がある。自宅のリビングでウィスキーを飲んでいるとき。早朝の自宅のバルコニーで缶コーヒーを飲んでいるとき。同じく早朝、運河沿いの遊歩道を歩

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