プロフィールPROFILE

ブログタイトル
いつか迎えに来てくれる日まで
ブログURL
http://blog.livedoor.jp/youchan1201/
ブログ紹介文
たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。
更新頻度(1年)

374回 / 365日(平均7.2回/週)

ブログ村参加:2010/07/09

本日のランキング(IN)
読者になる

新機能の「ブログリーダー」を活用して、プーちゃんさんの読者になりませんか?

ハンドル名
プーちゃんさん
ブログタイトル
いつか迎えに来てくれる日まで
更新頻度
374回 / 365日(平均7.2回/週)
読者になる
いつか迎えに来てくれる日まで

プーちゃんさんの新着記事

1件〜30件

  • 疎外感 ~この世界の「いらない人」~

    現在1月23日の午前6時47分。いつものとおり、通勤電車の中でブログの記事を書いている。俺は人ごみの中にいる。早朝ではありながら、地下鉄の中にはたくさんの人が乗っているからだ。それなのに…疎外感のようなものが、俺の中で疼いている。なぜだか淋しくて、なぜだか不安

  • かみさんは確かに言っていた。

    かみさんがいなくなった。俺は自分のいちばん大切なモノを失ってしまった。俺は生きる気力を失った。その後の数年間、何にもやる気がしなかった。やりたいことが無くなってしまっただけではない。やるべきこともできなくなってしまったのだ。このままではダメになってしまう

  • 救済

    現在1月21日の午前6時48分。いつものとおり、通勤電車の中でブログの記事を書いている。地下鉄の中は暖かい。適度な暖房が利いているからだ。しかし、眠くて眠くて仕方がない。昨晩は4時間半くらいしか眠れなかったからだ。先週の金曜日の夜から睡眠障害が再発してしまった

  • 幸せな人々は、時に残酷だ。

    幸せな人々は、時に残酷だ。家族がいて、家庭があって、愛する人との平穏な暮らしがある人々は、時に残酷だ。愛する人が傍にいるのが当たり前で、その日々が永遠に続くと錯覚していられる人々は、時に残酷だ。自分の命を賭してでも守りたい人がいる。自分が愛していて、自分

  • 死者が見える子ども

    にほんブログ村←いつもありがとうございます。ポチッとクリックお願いします。

  • 逃避(もしくは願望)

    大好きな伴侶が死んでしまった。遺された「片割れ」は”ひとりぼっち”になってしまった。それでも片割れは生きていくしかない。余生は楽しくもないし、面白くもない。むしろ苦しくて、虚しくて、バカバカしくて、とても淋しい。あまりにも苦痛なのだ。誰だって苦痛からは逃

  • 希望という名の狂気

    俺の「理性」は知っている。かみさんが俺を残して死んでしまったことも、俺が「この世」にいる限り、二度とかみさんに逢えないということも、死ぬまでの間、俺はずっと独りぼっちで、ずっと寂しくて、ずっと哀しいんだろうということも知っている。ポッカリ空いてしまった穴

  • 摩擦

    現在1月17日の午前6時36分。いつものとおり、通勤電車の中でブログの記事を書いている。周囲を見回しながら駅に向かった。行き交う人々の足取りが軽かった。何がそんなに愉快なんだろうか…と疑問を感じた。何故そんなに幸せそうなんだろうか…と不思議に思った。だが、それ

  • 若年伴侶死別者の置かれた現状

    俺は被害者だ!と主張する人がいる。私は弱者だ!と主張する人もいる。それらの人々の主張に耳を傾けてみる。経済的には逼迫している様子だ。暴力を受けており、安全な暮らしも保障されていないケースも少なくない。確かに弱者であるように見受けられる。だが、声が大きいの

  • まるで予知能力であるかのように…

    かみさんと出会う前のことだった。俺は自分が悪運だけは強い奴だと思っていた。両親からは虐待を受け、劣悪な環境で生きてきたにもかかわらず、ギリギリのところで救われる。どんどん墜ちていくにもかかわらず、ギリギリのところで浮き上がる。どこかで俺は、自分が最悪の事

  • こういうのを生き地獄と呼ぶのだろう。

    1月11日から13日までは、3日間の連休だった。年末年始の休みの直後、さらに連休があるのはありがたい…かみさんが元気だった頃ならば、そう思っていたに違いない。だが、かみさんを亡くして”ひとりぼっち”の身だ。連休が頻繁にあると、精神的にはかなりツラい。年末年始は

  • 【改稿】神は奪う (2)

    神なんていないとは思うけど…もしも神がいるのなら、それはとても残忍で、冷酷なんだろう。それはとても嗜虐的で、猟奇的なんだろう。人が苦しみ、人が喘ぎ、人が哭いている。それを嗤いながら見物しているのが神だ。神と名乗る奴は、いつだって悪魔なんだ。・・・かみさん

  • 【改稿】神は奪う (1)

    神なんていないとは思うけど…もしも神がいるのなら、それはとても残忍で、冷酷なんだろう。それはとても嗜虐的で、猟奇的なんだろう。人が苦しみ、人が喘ぎ、人が哭いている。それを嗤いながら見物しているのが神だ。神と名乗る奴は、いつだって悪魔なんだ。・・・神は何も

  • 最愛の人の死は、いつだって現在進行形だ。

    12月27日の夜の飛行機で、俺はかみさんの実家(札幌)に向かった。そして、年明けの1月4日まで滞在させてもらった。この9日間、俺はひとりぼっちではなかった。俺の傍には、いつでも義母や2人の義弟がいてくれた。寂しくはないはずだ。虚しくもないはずだ。楽しい時間が過ご

  • 死と隣り合わせで生きる人々

    現在1月10日の午前6時38分。いつものとおり、通勤電車の中でブログの記事を書いている。俺の斜め前に、高齢の(おそらく70歳を超えた)女性が座っている。とても品の良い女性だ。その女性の表情を見た。憂いを含んだ表情だった。そのときだった。俺はふと想ったのだ。今この

  • 「人生」が終わった後の「余生」を想う。

    あれは大晦日の夜だった。俺は北海道にあるかみさんの実家にいた。かみさんは隣にいないけど、いなくなってから数年が経っている。かみさんの不在にも慣れただろうし、義母や2人の義弟もいるので、俺はひとりぼっちではない。多少は楽しい大晦日を過ごせるだろうと思ってい

  • 完全な「無」

    伴侶や子どもを亡くしてしまった。それ以来、ひとりぼっちになってしまった人も少なくない。かみさんを喪ってから、俺もひとりぼっちになってしまった。だが、ひとりぼっちなのは俺だけではない…と自分に言い聞かせてみた。そうだ。この世界には、ひとりぼっちがたくさんい

  • 断片をかき集める。

    かみさんが元気だった頃。かみさんと一緒にいると、俺はいつでも楽しいことに囲まれていた。他愛のない会話が楽しかった。一緒にテレビを視ているだけで楽しかった。かみさんの手料理を食べていると楽しかった。二人で酒を飲んでいると楽しかった。二人で並んで散歩をした。

  • 決して陰惨なものではない。

    伴侶を亡くしてしまえば、誰だって悲しかろう。伴侶のいない余生を過ごしていかざるを得ないとすれば、誰だって哀しかろう。体力が尽きていようと、意識が朦朧としていようと、死別直後の数年間、遺族たちは悲しくて慟哭する。自分の意思とは無関係に、悲しみが内側から噴き

  • あまりにゆっくり流れる時間

    楽しい時間が過ぎるのは速い…誰から教わったのかは忘れたが、幼少期には既に知っていた言葉だ。かみさんが元気だったころ。1日はあっという間に過ぎ去った。1週間が始まれば、早く週末が来ないかなぁ…と思ったが、すぐに金曜日の夜はやってきた。毎年の夏に海外旅行をす

  • 哀しみでいっぱいだ。

    俺の全身は、かみさんを亡くした哀しみでいっぱいだ。俺の脳、内臓、血管、神経、骨の髄。ありとあらゆる部分が哀しみで満たされている。俺の身体を作り上げている細胞のすみずみまで、哀しみが行き渡っている。俺は哀しみでいっぱいだ。俺の心身は、哀しみで作られている。

  • 最期に伝えたかったこと

    平成22年5月1日のこと。かみさんが「転移性肝臓癌」と診断された数日後のことだ。かみさんは俺に言ってくれた。「一緒にいてくれて、ありがとう」闘病していた2か月の間、かみさんはたくさんの印象的な言葉を遺してくれたが、「一緒にいてくれて、ありがとう」も、そんな言

  • 悲鳴 〜本当の希死念慮〜

    俺は希死念慮を抱えている。心の底から「死にたい…」と思っている。こんなことを書くと、「死ぬ死ぬ詐欺」という訳の分からない言葉をわざわざ造ってくれる輩がいる。そこまでして他人を嘲笑うことに快感を覚えたい輩を見ていると、ご苦労なことだな…と感じて苦笑する。そ

  • 俺はいまだに生きている。

    以下の文章は、俺がかつて、どこかで読んだことのあるものの一節だ。夫を亡くした妻は 不安と絶望に苛まれ 寄り添う大黒柱を失い 亡夫の墓前に泣き崩れ 終焉の情愛を語る そして、老け込みながら生涯を生きる。妻に先立たれた夫は 生きていてもしょうがないと、酒に逃

  • 元日の儀式 (再掲)

    2010年。かみさんが亡くなった年だ。この年の正月。例年通り、かみさんと俺は、北海道にあるかみさんの実家に遊びに来た。かみさんは元気だった。本当に元気で、楽しそうだった。癌になっているなんて、これっぽっちも感じることはできなかった。かみさんに誘われるまま、俺

  • 朝が大嫌いだ。

    俺は朝が大っ嫌いだ。平日であろうと、休日であろうと関係ない。1日のうちで、最も不快な時間帯が朝なのだ。あの不快な気分をどう表現したらいいのだろうか。あまりにドンヨリしている。あまりに落ちている。あまりにも虚しい。そして、あまりにも哀しいのだ。1日を過ごし

  • かすり傷であれば、いずれは修復するだろう。傷は跡形もなく消え去って、自分がどこに傷を負ったのかさえ忘れてしまう。だが、大きく深い傷を負ったとき、それは決して消えることがない。ザックリと抉れているせいか、他人の目を引いてしまうのだ。他人は「その傷、どうした

  • 重力崩壊

    最愛の人を喪った哀しみは、大きな質量を持っている。大きな質量は時空間を歪め、巨大な重力場を形成している。潰れてしまいそうだ。崩れてしまいそうだ。しかし…重力に反発する力もあるらしい。心の中では、死にたい…と願っている。かみさんの後を追いたい…とも思ってい

  • 区切りの向こう側

    現在12月27日の午前6時55分。いつものとおり、通勤電車の中でブログの記事を書いている。今日はかみさんの月命日だ。また月命日がやってきたのだ。かみさんが亡くなって以来。毎月の命日を迎えるたびに、「ひと区切り」がついたんだな…と思う。しかし、いったい何の区切りな

  • 最愛の人の単独性 (2)

    伴侶や子どもを喪った。いや、伴侶や子どもとは限らない。亡くしたのは両親かもしれないし、ペットかもしれない。ここで言いたいのは「最愛の人」を喪った…ということだ。言うまでもないのだが、最愛の人というのは「世界でいちばん大切な人」のことだ。最愛の人を亡くした

カテゴリー一覧
商用