この頃、 X(=ツイッター)に「共同親権」という言葉が頻繁…
バリ人の家は、日本の一般家庭の家に比べて広いんですよ。 私が長屋住まいだったからそう、感じるのかもしれませんが。 幅15〜20メートルもあり、奥行きは大きなところは50メートルほどある。 ウブドが特別かもしれません。 そんな広い土地に、伝統的配置で各種の棟が緑の中に点在している。 そんなスケールから、私はバリの家を家と呼ばず「屋敷」と表現するようにしている。 バリ人の屋敷には、必ず屋敷寺が…
健康飲料水「Cap Kaki Tiga」&「Cap Badak」(486)
たびたび質問のあるインドネシアの国民的健康飲料水。 「Cap Kaki Tiga」&「Cap Badak」 チャップ・カキ・ティガは、チャップ=しるし、カキ=足、ティガ=三で、三脚印。 チャ…
「ウブド公設市場」2023年3月完成予定・間に合うかな!(485)
買い物をしない人には、訪れる機会がない場所「ウブド公設市場」。 2階建てが数棟、客の導線を考慮にいれず無秩序に建っている。 通路は狭く、個店が迷路を作るように軒を列ね、迷宮に迷い込んだようだ。 売り子が掛ける声につられて買うも良し、雑然とした光景を楽しむのも良し。 生鮮食品の朝市(パサール)は、早朝の4時頃から昼頃まで、パサール・スニと呼ばれる土産物店は、6時前後に閉店する。 ウブド公…
昨年10月18日:午後3時頃 ウブド大通りのチャンプアン方面は、渋滞だった。 バイクで通ると、ビスマ通りの入口付近で車がとどこおっているのが見える。 ウブド大通りとビスマ通りの交わるT字路は、しばしば自動車渋滞がある。 直角のため見通しも悪く、道幅が狭いので対向車が来ると、立ち往生する。 いつもの自動車渋滞だろうと、私はすり抜けようとした。 T字路角には祠が転がり、道路は泥に満たされていた…
私がウブドに滞在し始めた1990年頃の話。 女性は、長い黒髪を後頭部で一つにまとめていた。 それは、彼女たちの美しさを際立てた。 小、中、高の女学生は、結わえるのが校則なのか、おさげや三つ編みも見かけた。 老婆は、黒く染め、やはり後ろで結わえている。 ミニャクラパ(ココナツオイル)を擦りつけた髪は、艶やかだった。 当時、乱れる髪には悪霊が忍び込むと考えられ、魔女ランダを連想するのでよくな…
プンゴセカン通りに、昨年2022年8月22日オープンした「TOYA SALT」。 人気タイ料理店「Seeds Eatery」の南隣、以前「道」のあったビル。 ロゴがおしゃれで、オープンした時から気になっていた。
バリは、南北86キロ、東西140キロの小さな島。 私が生誕した愛知県とほぼ同じ広さ。 この小さな島にも、戦国時代があった。 多くの地方領主によって治世されていたバリは、各地で領地拡大の小競り合いが続いた。 第一の戦国時代は、バリ王朝(ワルマデワ王朝=ブダウル王国)に遡るのではないかと考えられる。 第二の戦国時代は、バリ王朝がマジャパヒト王国によって征服されたあと、と私は推測している。 そ…
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この頃、 X(=ツイッター)に「共同親権」という言葉が頻繁…
インドネシアの国土は東西に広く、アメリカ合衆国の幅と同等の長さに17,000を超える島々を抱える群島国家。 その横長の国を東西に二分して、バティック&イカットの布の文化が分布する。 バリ島を含む西の島々にはイカットが、ジャワ島を含む東の島々にはバティックの伝統が残っている。 イカットに興味を持ちロンボク島、スンバワ島、スンバ島、フローレス島と巡ったことがある。 それぞれの土地に特徴があって、興…
友人からのメッセンジャーに、家族の近況報告とユーチューブ動画が送られてきた。 動画は「1985年 音楽の旅はるか 坂本龍一YAS-KAZU バリ島」だった。 神々と電子音楽の饗宴 https://www.youtube.com/embed/13b-SGkpL7o?si=5HGexDfS8iJpPngm 友人は、坂本龍一の超々崇拝者。 坂本龍一33歳の姿とバリの風景に感動する。 動画の中でマ…
ウブド東端の十字路を北に向かうアンドン通り。 銀行の支店が10軒ほど出店している地域。 ガソリンスタンドにスーパー・マーケットが2軒とレストランが並んでいる。 私が滞在始めた1990年5月頃には、何もない通りだった。
ウブド近郊に、ルアック・コーヒーの店が出店し始めたのは、いつ頃のことだろう。 どの店も、渓谷沿いの広い土地を所有している。 ルアック・コーヒーの説明、選別、焙煎などのプロセスを見学できる。 インドネシアのコーヒー各種をデミタスカップで無料で提供し、ルアック・コーヒーも試飲できた。 帰路は、土産コーナーの前を通らなければならない導線になっていて、買い物を誘導する。 スゥイング(ぶらんこ…
あなたは、何歳の頃から将来の職業を考えていましたか? 今回は、私の話を聞いてください。 私は中学生の頃、百貨店の宣伝部に在籍していた長兄の蔵書の影…
影武者は、2014年5月24日に現在のニュークニン村に移店して、すでに10年を経っているのにブログで紹介していなかった。 動画で紹介。
グスティ•サナ・ギャラリー蔵 天才デワ・プトィ・モコ(Dewa Putu Mokoh)は、 1936年プンゴセカン村で生まれ、2010年にこの世を去った。 プンゴセカン村…
体調が100%でないので、アンドン通りにある老舗ジャムウ屋『Jamu Ubud Sehat』に立ち寄った。 ウブドにジャムウ・カフェはここしかないのかな。 他にもあれば教えてください。 2022年3月30日以来だから、約2年ぶりの訪問。 その時は、ジンジャーのジャムウを飲んでいた。 ジャムウ・カフェは2013年に開店。 奥にはアトリエと瞑想場がある。 オーナーのマディ・クルトネゴロ氏は、画家&ヒーラーです。 …
蝶というのか、蝶々というのが正しいのか? 一頭(蝶の数え方)が蝶で、二頭以上が蝶々と言うわけではないようだ。 どちらも正しいので、雰囲気に合わせて使い分けよ、ということらしい…
旅の楽しみの一つに、地元の料理を食べることがある。 料理は、その土地の文化を知るには、大切なアイティム。 旅先では旅先の料理を食べる、というのが私のコンセプト。 インドネシア全域は中華料理が主流だが、各地方にはそれぞれの食文化がある。 バリには、バリ料理がある。 祭礼時のバビグリンとラワール料理は有名だ。 ワルンと呼ばれるローカル食堂に、東ジャワ料理、スンダ料理、パダン料理、マドゥー…
近頃、バリ島にロシア人&インド人&韓国人の滞在者が増加しているとの噂を聞く。 2023年バリ国際空港の出入国総数と上位10ヶ国を発表(12/29)では、下記となっていた。 ◆入国上位10ヶ国 01位:オーストラリア 1340,190名 02位:インド 441,683名 03位:中国 284,729名 04位:イギリス 256,883名 05位:アメリカ 249,902名 06位:シンガポール 237,883名 …
落描き新作(artito25〜artito32)を、販売いたします。 旧作は上描きするので、現状で希望の方はお急ぎください。 現地(ウブド)渡し、5,000円になります。 日本までの送料は、4,000円ほどになります。 ■購入希望の落描きを連絡ください。 連絡先は、下記のいずれかでお願いします。 Email:itosanubud@gmail.com フェイスブック:https://www.facebook.com/hiroshi.ito.524/ Twitter伊藤博史:@AB…
バリに滞在していて、温泉に浸かりたいと思うことがしばしばある。 常夏のバリ島で、なぜ温泉? 疑問に思う方も多いと思う。 私は、広い湯槽が好きなんです。 でも、温水プールじゃ駄目。 温泉の効能には興味ありませんが、香りがするのは好きです。 バスタブのある生活をしていた時に、日本の名湯の入浴剤を使ったこともあるが、ちょっと虚しかった。 現在、ホットシャワーのない下宿に滞在しているので…
ウブドに長期滞在を始めるようになって、バリの宗教・文化・慣習など様々な事柄に興味を持った。 1990年5月のこと。 その一つに「バリ・アガ」という言葉があった。 ガイドブックには、先住民と説明されている。 同じ意味で「バリ・ムロ」がある。 山間部伝統村をバリ・ムロ、海岸部の伝統村をバリ・アガと言う説があるが、定かではない。 バリ・アガについては、こちらをお読みください。http://informationc…
友人から熱いメッセージが届いたので、原文を以下に投稿させてもらいます。 2024年3月頭あたり、バリ島にいるよ!というかた、世界的にも知られているジェゴグの楽団『スアール・アグン』の演奏を聴きに行くツアー、ご一緒しませんか? バリの伝統音楽として青銅でできたガムランがとても有名ですが、実は竹でできたガムランもあり、そのうちの巨大な竹でできた楽器がジェゴグになります。 ジェゴグにはさまざまな大…
この頃、マス村のチュンパカ通りを利用するが多い。 私の下宿から、プンゴセカン村とテガス村の自動車渋滞エリアをショートカットして、マス村のメイン道路に抜けることができるからだ。 ホテルやレストランが増え、近頃繁華になりつつあるチュンパカ通りに、お世話になったバリ人・ブリオカ氏の長女がレストラン「Mai Ubud」をオープンしたのも利用する理由でもある。 南下するとT字路に突き当たる。 マス村に向け…
コロナが収束した2022年に入って、ウブドはレストランの開店ラッシュとなった。 出店する店舗は、どれもモダンなデザイン。 ウブドのイメージを一変する勢いだ。 早くも人気店が出現している。 今回はウブドの人気店ではなく、日本人観光客の間で噂になっているポイントを紹介したい。 ポイントと表現したのは、そこは複合店舗だからである。 と言ってもモールではなく、一社で経営されている商業施設。 そ…
中部ジャワの旅ブログは、今回の第8回で終了します。 お付き合いいただき、ありがとうございました。 最終回は、第7回に続いてジョクジャカルタ観光です。 是非、寄りたかった場所は、クラトン(王宮)前ロータリーの露店市、通称・泥棒市。 骨董品が見たかった。 残念なことに、泥棒市は姿を消していた。 ジョクジャカルタもウブド同様に、古き生活が消え、整理された街に変貌している。 クラトン周辺を…
バダさんの奥さん・リカさんが頼んでくれたグラブモビル(グラブカー)に乗ってジョクジャカルタへ。 帰りはジョグジャカルタ電車駅に迎えに来てもらう約束をしたので、待ち合わせ場所の下見に、グラブカーに駅まで行ってもらうことにした。 ドライバーに「はい、ここです」と言われたのは、駅舎も線路も見えないところ。 どうせ知らないだろうから、適当なところで降ろされた感じ。 しかたがないので、駅舎を目指し…
90年代のウブドに、美味しいナシ・チャンプールが評判だった、三大人気ワルンがある。 「ワルン・カチュ」と「ナシ・アヤム・クデワタン」と「ワルン・トゥグス」だ。 日本もそうだが、運転手の立ち寄るワルンは美味しいと聞く。 この三軒も、観光ツアーの運転手が立ち寄るワルンとして知られていた。 デヴィ・シータ通りにあった、今は無き「ワルン・カチュ」。 アパ?情報センター主催のスアールアグン歌舞団…
ウブドの西端チャンプアン橋を越えたところから、ペネスタナン村になる。 集落は、橋の袂から急坂を登って、さらに奥地にある。 古くは、サヤン地域を生活圏とした、孤立した村だった。 村名は、霊力の強いと言う意味だと教えられた。 ウブドの観光化に伴って、画家の多い村として知られるようになる。 アリー・スミット(Arie Smit)氏が住みはじめ、村人に絵の描き方を指導したことが要因だろう。 1960年代…
ウブドを知る人ぞ知る「ホワイト・ボックス」。 その「ホワイト・ボックス」が、ゴアガジャ遺跡の近くに開店している。 そんな噂を、今年(2023年)に入った2月頃からだったろうか、2〜3人から聞いた。 「ホワイト・ボックス」はケーキの美味しい店で、私もよく通った。 3月28日、気になっていたので、訪れてみた。 場所は、ウブドから向かったゴアガジャ遺跡の手前になる。 滝の見えるレストランで有名な「La…
チャンプアン・ホテルには、ヴァルター・シュピース氏の宿泊していた部屋以外に、もうひとつ気になっていることがある。 それは、サウナ施設があるということだ。 「熱帯のウブドで、なんでサウナ風呂」って思う人が多いと思うが、社会人になってからの20年間お世話になったサウナが忘れられないのである。 今から7年前、25年ぶりに日本一時帰国した折には、サウナ施設のある健康ランドに直行した。 日本の健康ラン…
前々から気になっていたのですが、ついつい32年が過ぎてしまった。 バリのことをまったく知らずに、1990年5月からウブド滞在を始めた私です。 ウブドを知るにつけ、頻繁に出てくる名前に「ヴァルター・シュピース(Walter Spies)」があった。 バリ芸能大好きさんなら、すでにご存知のことと思いますが軽く復習しておきましょう。 ヴァルター・シュピース
ウブドは芸能の村と称されるだけに、毎晩、どこかの村で舞踊の定期公演が催されている。 しかし、観光の見所が少ない。 サレン王宮 蓮池のあるサラスワティ寺院 グヌンルバ寺院 ブキットチンタの散歩道 猿の森 美術館(ネカ、アルマ、プリ・ルキサン、アントニオ・ブランコetc) などが思いつくが、格別人気のある名所でもない。 そこで、私の妄想をひとつ語りたい。 それは、ウブド発祥の地であるチャンプ…
ある日の知人のツイッター。 『バリ島旅行って…ってテーマで考えてみたのですよ。 伝統舞踊を堪能する旅、海を楽しむ旅、わたしのように自然の緑を求め旅。 お買い物をする、現地料理を楽しむ。 みんなそれぞれに色んな目的があってほんとに楽しい。 やっぱりバリ島ってすごいや! わたしはバリ島を教えてくれた母に感謝してるんだ。』 この知人のツイートに便乗して、私は『アンケート募集』をした。 …
開店から現在までの経過 1991年7月10日、サレン王宮ウブドのある変則十字路から、2Km地点のプンゴセカン通りにオープンした。 10年賃貸契約(1990年〜2000年)が終わり、4年の延長。 2004年、影武者裏に2003年から始めた料理教室の建物に移転。 2014年、ニュークニン村の現在の店舗に移転。 『極楽通信・UBUD』17「お疲れさまでした、居酒屋・影武者」 https://informationcenter-apa.com/gt_kagemusha.html …
カチカチカチ どこからともなく聞こえてくる音。 懐かしさを感じる、球を打つ音だ。 朝、下宿でも聞こえた。 窓から覗くと、長男の息子が手にしている物から音がしていた。 それは、私が20代の頃、アメリカン・クラッカーと呼ばれて日本で流行したもだ。 バリでは、昨年(2022年)の初頭から流行っているという。
他の地域に比べて、ウブド村が裕福だと考えられる理由を、数回に分けて検証してきた。 「�@屋敷内にあるバリ料理のワルン(487)」 https://itosan-ubud.seesaa.net/article/497987515.html 「�Aバリ伝統的屋敷の名称とレイアウト@スバリ村(488)」 https://itosan-ubud.seesaa.net/article/498092242.html ウブド地域には、裕福を証明するかのように銀行の数が多い。 私が滞在始めた1990年初頭には、「バンク・セン…
リピーターのひとりから、こんな質問を受けた。 「ウブドって、他の村に比べて裕福じゃありませんか?」 その質問に、お答えした。 「そうなんです。多くの観光客が訪れ、パフォーマンスの定期公演にお金を落としていくからです」 数年前から、バリ島南部ウルワトゥ岬のケチャが大人気になっている。 ウルワトゥ岬観光プラス、ケチャの公演が成功したのだ。 地元の村は今、きっと裕福になっていることでしょう…
家のことをインドネシア語で「ルマ=Rumah」と言う。 バリは、四つに色分けされた階層(カスタ)・チャトル・ワルナ(チャトル=4/ワルナ=色・Catur Warna)によって、屋敷の名称が異なる。 *階層(カスタ):https://informationcenter-apa.com/kb_kasta.html 高僧(ブラフマ=brahmana)の屋敷は「グリヤ=Geriye」 王族(クシャトリア=kesatria)の屋敷は「プリ=Puri」 貴族(ウエシャ=wasia)の屋敷は「ジェ…
バリ人の家は、日本の一般家庭の家に比べて広いんですよ。 私が長屋住まいだったからそう、感じるのかもしれませんが。 幅15〜20メートルもあり、奥行きは大きなところは50メートルほどある。 ウブドが特別かもしれません。 そんな広い土地に、伝統的配置で各種の棟が緑の中に点在している。 そんなスケールから、私はバリの家を家と呼ばず「屋敷」と表現するようにしている。 バリ人の屋敷には、必ず屋敷寺が…
たびたび質問のあるインドネシアの国民的健康飲料水。 「Cap Kaki Tiga」&「Cap Badak」 チャップ・カキ・ティガは、チャップ=しるし、カキ=足、ティガ=三で、三脚印。 チャ…
買い物をしない人には、訪れる機会がない場所「ウブド公設市場」。 2階建てが数棟、客の導線を考慮にいれず無秩序に建っている。 通路は狭く、個店が迷路を作るように軒を列ね、迷宮に迷い込んだようだ。 売り子が掛ける声につられて買うも良し、雑然とした光景を楽しむのも良し。 生鮮食品の朝市(パサール)は、早朝の4時頃から昼頃まで、パサール・スニと呼ばれる土産物店は、6時前後に閉店する。 ウブド公…
昨年10月18日:午後3時頃 ウブド大通りのチャンプアン方面は、渋滞だった。 バイクで通ると、ビスマ通りの入口付近で車がとどこおっているのが見える。 ウブド大通りとビスマ通りの交わるT字路は、しばしば自動車渋滞がある。 直角のため見通しも悪く、道幅が狭いので対向車が来ると、立ち往生する。 いつもの自動車渋滞だろうと、私はすり抜けようとした。 T字路角には祠が転がり、道路は泥に満たされていた…
私がウブドに滞在し始めた1990年頃の話。 女性は、長い黒髪を後頭部で一つにまとめていた。 それは、彼女たちの美しさを際立てた。 小、中、高の女学生は、結わえるのが校則なのか、おさげや三つ編みも見かけた。 老婆は、黒く染め、やはり後ろで結わえている。 ミニャクラパ(ココナツオイル)を擦りつけた髪は、艶やかだった。 当時、乱れる髪には悪霊が忍び込むと考えられ、魔女ランダを連想するのでよくな…
プンゴセカン通りに、昨年2022年8月22日オープンした「TOYA SALT」。 人気タイ料理店「Seeds Eatery」の南隣、以前「道」のあったビル。 ロゴがおしゃれで、オープンした時から気になっていた。
バリは、南北86キロ、東西140キロの小さな島。 私が生誕した愛知県とほぼ同じ広さ。 この小さな島にも、戦国時代があった。 多くの地方領主によって治世されていたバリは、各地で領地拡大の小競り合いが続いた。 第一の戦国時代は、バリ王朝(ワルマデワ王朝=ブダウル王国)に遡るのではないかと考えられる。 第二の戦国時代は、バリ王朝がマジャパヒト王国によって征服されたあと、と私は推測している。 そ…
激動の2022年も、いよいよ終わりです。 新年2023年は、もうこれ以上幸せはないというほどの幸福が待っていると信じて、迎えましょう! 来ウブド中の友人から、懐かしい動画を入手しました。 許可を得たので、みんなでシェアしましょう。 ◆今の風景からは想像できないカルナ通り 「1992年のウブド」