chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
ホメロス
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2021/07/22

arrow_drop_down
  • 放電(スクラップブックより紹介769)と ロアルド・ダール(マチルダはちいさな大天才)

    コミックのような作品。絵の下の貼られた部分を見て、いろいろ集めているのね、と思う。うまい具合に絵の大きさに合っています。マジックと色鉛筆を使用。この絵を見た時、描かれた部分も印刷されたような表面で、自分の絵をコーピーしたものを貼っているのか?と思ったぐらい。「放電してるじゃない!」と思い、ビリビリする感じをこの絵から感じ取っていました。このふざけた感じのする絵、なんか憎めません。わたしは、武内に振り回されている妻で、怒り心頭することもありますが、最終的に「憎めない人・・。」と思ってしまい、トホホ・・、と思いながら笑って仲直りしてしまいます。そういう武内の性格というか、性向を物語っているような気がするのです。わたしにとっては、当人そのもの。武内の立場からいうと自画像だと。やはり、絵は作者の分身なのかもしれな...放電(スクラップブックより紹介769)とロアルド・ダール(マチルダはちいさな大天才)

  • 骸骨と人(スクラップブックより紹介768)と ビート・ゼェネレーション

    1階は、アトリエ&居間&キッチンになっています。机の上の横に、スクラップブックが乗っていました。それを開けて、チラッと見たとたん、ズーと眺めることに。以前見た時よりも、加筆されていて完成度が高くなっているページがあって、進化していました。雑誌や写真の切り抜きに、自身の絵の切り抜きが貼られていました。それに彩色が加えられ、「こんな絵あったけ?」と思ったり。上の骸骨の絵がそれになります。目が漫画の描く瞳のようにウルウルと輝いていて、「何だ!この骸骨は!」と心の中で叫んだ。左の目は、月夜。右の目は、太陽が照る。そして、内股で憤慨する骸骨。頭には、何か刺さっているし・・・。見ている内に、ちょっと笑ってしまった。骸骨のところは部分で、全体はこんな感じ。↑この人物の写真と呼応している。一番上の靴は、ニューバランスのス...骸骨と人(スクラップブックより紹介768)とビート・ゼェネレーション

  • 発芽(メモ紹介767)と 香月泰男の絵画“苦と喜び“

    大きいサイズのメモ。52×39cm。クレヨンと鉛筆、色鉛筆を使用。わたしは武内の絵を最初に見る人である。そして、意表を衝かれ気持ちが落ち着かなくなる人でもある。この絵もそうでした。「武内の頭の中は、いったいどういう風になっているのだろう。」とか、「いったいこれは何だ!」とか、「これは理解されるのだろうか?」とか、「こうやって、摩訶不思議絵画によって、食えなくなるのか?」という不安が出てくる。そう、初めて見た瞬間、驚くのが常。しかし、時間が経過し見慣れてくると、目が慣れるのか、いろんな思いが出てきます。今や気持ちは春待ち状態。そんなこともあって、発芽しはじめた種のようなイメージを持ちました。ピートバンの上で、ちょこんと根を出し始めた種のようだと。昨年撒いたビオラの種は、まさしくこんな感じで、その後、双葉が出...発芽(メモ紹介767)と香月泰男の絵画“苦と喜び“

  • 花(作品紹介766)と ヒロク二さんへ水垢離の進めを

    和紙に顔彩の作品。以前、わたしが顔彩の作品の束を見つけ、取り上げたことがありますが、現在、その紙の束を、武内が点検しています。わたしが見逃していた絵がありまして、今回は、その一枚を選びました。もしかしたら、以前見ているにも関わらず、気にとめなかった絵かもしれない。少々、わたしも年を取り、絵の見方や好みが変わったりしているのだろうか?いい意味で言えば、絵画の深みを感知する能力が進化したというふうに、自身のことを思ったり。きっと、以前は「な~んだ。」と、この絵の前でいったかもしれない。子供が描いたような絵なのですが、花の形が立体的に見えて、ユニークなこと。花びらと茎、葉がほとんど同じ太さで描かれていること。バックのバラバラとした線が、花が立て向きなのに対して、横の動きをしていること。黄土色の花に対して、紫~緑...花(作品紹介766)とヒロク二さんへ水垢離の進めを

  • 部屋(作品紹介765)と 坂道を行くと

    この絵は、アトリエに貼られていました。それを見つけた時は、「この絵は素晴らしいですね。」と言われず、「武内さんらしい絵ですね。」と言われる部類かな?と思いました。この絵はインパクトはあるので、つい目がいってしまう絵で、その度に眺めていました。電球みたいに見える顔の部分はピンクのクレヨンで描かれていて、それが目立つのです。ブログを書く前に、この絵のことを聞いてみようと思い立ち、「この絵について、何か言って下さい。作者として、何か一言ないですか?」と聞いた。少し笑いながら、「見る方が、好きにみたらいい。」と言う。はぐらかされているような感じでもあるので、「それはそれなんだけど、作者としてこの絵について一言でもいいから言って欲しいのよ。」と、食い下がる。そうしたら、「この絵は1分ぐらいで出来たからねぇ。」と言い...部屋(作品紹介765)と坂道を行くと

  • 少年の雲(色鉛筆作品紹介764)と小澤征爾氏のサン=サンースを聴いて(追悼)

    色鉛筆で描かれた作品です。右下の空間にタイトルと描かれた日のことが書き込まれています。「少年の雲」2011.4月と。古代に描かれた地上絵のような雰囲気もしなくもない。赤茶で描かれた野太い線がそう思わせるのでしょう。しかし、タイトルは「少年の雲」となっています。最初は、緑の線で囲まれた形が、小さな雲のように思い、これが少年の雲なのか?と思って見ていました。ちょっと離して見ていると、この茶色い線で描かれてのが、少年を表し、水色の部分が空の青で、残りの部分は全部雲なんだと思い至りました。この絵を眺めていると左方向へ雲は流れ、雲は流れにまかせて形を変えていっているようです。そう思うと、緑の線で囲まれた形は、千切れ雲のように思え、手前の雲なのか、奥の方にあるのか?と思ったりして、雲が揺らいでいる様子を感じたり。平面...少年の雲(色鉛筆作品紹介764)と小澤征爾氏のサン=サンースを聴いて(追悼)

  • 花を撒く(色鉛筆作品紹介763)と ケルト人の文化と歴史

    夜の街か?赤と黒の色使いが印象的な絵。花を撒き散らしているのは骸骨か?宇宙人か?どことなく“ワルイ奴ら“のように思える・・・。わたし的には、不良少女といたずら好きな妖怪が徘徊する街といったところ。退廃ムードもあって、世紀末的な絵かもしれない。今朝、額に入っていたこの絵を外しながら、「この絵をブログに使おうと思って」と言うと、「ああ、この絵をね。いいと思うよ」と言い、「この絵は夜、このライトで照らして見ているよ。暗がりに、この絵が浮かんでいるといいんだよ。」と説明されました。その絵の前に小さなライトがありました。その様子を思い浮かべ、「確かに暗がりに映えるかもしれない」と思ったのでした。仕事部屋で寝るのが復活して、横になりながら見ているようです。その仕事部屋&台所にて本を読んでいると、制作の手を休め、「そん...花を撒く(色鉛筆作品紹介763)とケルト人の文化と歴史

  • 玉葱(色鉛筆作品紹介762)と 古いスケッチから

    玉葱の絵。しかし、背景がカラフルでモダンな玉葱に見えます。以前の家で、玉葱を庭で育てていたので、それを描いていたようだ。今思うと、庭には花、野菜とよくあれだけ熱心に育てていたものだと感心します。絵を見ると、玉葱の首の部分や葉をよく観察して描いているのがよくわかる。首の部分が、ねじれたような表現になっていて、独特の表現だ。脳内で、茎の部分が縄編みになっていたのだろうか?アクロバットな表現に驚きます。武内は、作品を分類してペーパーバックにまとめるという癖があり、そこから見つけました。あと、4袋ぐらいが放置されています。先回の雨の絵も、今回と同じペーパーバックから選んでいます。このペーパーバックには、やや古いめの絵が多く、「こんな絵も描いていたんだねぇ~。」と思いながら見る絵が多い。その中では、今日の玉葱の絵は...玉葱(色鉛筆作品紹介762)と古いスケッチから

  • 雨(作品紹介761)と 花士・珠寶さんの「献花」

    今日は、雨。そして、雨というタイトルの絵を見つけました。ガッサとペーパーバックに入れられた、紙の束の中から。この絵は、マジックとアクリル絵具を使用。バラバラとした線に、太い黒の線がさらにバラバラと重ねられています。いつもの色鉛筆や鉛筆で描く絵とは、随分雰囲気が違う。俳画のような趣の画風。こういう面も持っていて、永田耕衣の俳句に親しみ、兵庫県加古川市を散策する時期があったそうです。永田耕衣氏は、兵庫県の郷土作家で加古川の作家です。武内流に言うと「風狂な精神」に親しんでいたということになる。わたしは、「夢の世に葱を作りて寂しさよ」という句を教えてもらい、夢と葱と寂しさの三つが頭の中で混ざり合い、「白っぽい土の上に立ち、畑を耕し、土の表面から玉葱の白い部分と緑が眩しい。」という光景を想像して、なんとも言えない寂...雨(作品紹介761)と花士・珠寶さんの「献花」

  • 流れに添って(銅版画作品760)と ミロの絵をよく見ると

    武内の作品の中で、とても珍しい銅版画を紹介します。とりあえず、「銅版画というものをやってみたという」時期があったそうです。作品は、保存状態も悪く、染みも浮き出ているような状態。これが、今まで見もしなかった溜めていたメモの袋から出来きたと。わたしにとっては、初めて見る作品なので、「へぇ~!」と驚くと同時に、新鮮さを感じる次第。武内は、「つたない作品だけど、俺も試行錯誤してたんだな。」と、銅版画を持ちながら、片方の手で顎を触り含み笑いをしていました。そして、メモとして壁に貼られています。流れる五線譜に音符と釘(ネジのような)、そして旗。案山子のような4部休符もある。ハート型と流れる線。よく登場する「桜島」。小さなモチーフと黒色の野太い線が、細くの伸びる線を強調しているのか、つい見てしまう。これまで武内の絵を見...流れに添って(銅版画作品760)とミロの絵をよく見ると

  • 明けましておめでとうございます。(大きいメモ・紹介759)

    明けましておめでとうございます。昨年は、ブログをお読み下さった方、ありがとうございました。今年もよろしくお願いいたします。皇紀2684年令和6年甲辰元旦(今日は、1月4日です)今日の絵は、12月中旬頃から壁に貼られていました。朝日のようで朝日でない。日の出のように思えるが、山の形をしています。メモ描きの絵ですが、大きいサイズで59cm×42cm。壁に貼ってありました。クレヨンと鉛筆で描いています。何を考えて、こういう絵をいきなり描くのでしょうか?分かりません。理解するより、楽しんだ方がいいと傍らにいて思っています。こんな2人ですが、絵と文で頑張って行こう!と思っていますので、改めてよろしくお願い致します。今日からは、正月気分から切り替え、日常が始まりました。お正月は、朝はお雑煮を作り、1日、2日とおせち料...明けましておめでとうございます。(大きいメモ・紹介759)

  • ボールのように(作品紹介758)と 脳の変革

    この絵は冊子にされています。見開き2ページ分から抜粋。「クリスマスの絵ありますか?」とお尋ねがあり、クリスマス的な絵を紹介した絵の一枚になります。クリスマスの仕事は、武内と相性が悪く、絶望状態な中、クリスマス的と称してむりくり選ぶことに。そして、もちろん話もまとまりません。しかし、わたしはこの絵の右の青いページには思い入れがあり、気に入っているので取り上げることにしました。個人的なカードを作ったことがありまして、とても気に入っていたのです。この絵を厚手の紙、インクジェット用で印刷すると水で落ちなくなる紙に印刷して、その周りを切り取り、2つに折るとカードになります。丁度、表紙と裏表紙のようになり、カードに最適だった。それにおめでたい感じもして、良かったのでした。そして、カードの存在そのものを愛でていて、また...ボールのように(作品紹介758)と脳の変革

  • 王と王姫(色鉛筆作品紹介757)と 正月に向けてあれこれ

    思いっきり抽象画で、いろいろな形が組み合わさっています。しかし、タイトルは古風で、「王と王姫」。王と王姫が尾赤いゴンドラ、または船に着飾って乗っているように思えます。着飾ってと書きましたが、服なんか全く描かれてない。何故そう思ったのか?赤のゴンドラの曲線の優美さ、使われている赤色、そしてカラフルな水玉、くちびるの形を総合すると、キラキラ感が出ているように感じました。全体的に可憐な印象も。右上上がりの曲線によって、方向性がありそれが風を感じさせます。渦巻きは、巻いた布のようで柔らか味があり、中近東のエキゾチックな雰囲気も。しかし、いきなり「王と王姫」というタイトル。普段のタイトルの付け方ではありません。ロマンティックな気分になっていたのか?わたしからすると、粗野な人なのですがね・・・。風変わりな絵ですが、モ...王と王姫(色鉛筆作品紹介757)と正月に向けてあれこれ

  • 花の風(色鉛筆作品756)と 12月のある日

    不穏な感じがする。不気味。年齢がばれるけれど、大阪にある“太陽の搭”の中の展示を思い出してしまった。子供の頃見た塔の中は原始的なイメージだった。赤い照明に照らされた、原始時代の生き物は不気味であったが、怖いもの見たさと、ぞくぞくする感触とが混ざり合って、印象的でした。子供心に変な快感を覚え、帰ってから時間が経っても、その感触を思い出し、反芻していました。この絵にも似たような感触があり、生命を感じます。そう思って見ていましたが、絵の裏にタイトルが書き込まれており、「花の風」2019、となっていて、戸惑っています。どこに花が描かれている?風のイメージはある。ゆらゆら揺れている植物的なものを全体から感じ、風で揺れているのだと。そして、風船が数多く上昇し、下から上へ登る感覚もある。しかし、花を感じるのが難しい。こ...花の風(色鉛筆作品756)と12月のある日

  • 三重唱(作品紹介755)と 幸運と不運

    今日は、最新作。12月4日に出来上がった絵になります。サイズは、41cm×58cm。鉛筆に黒のクレヨン。この絵を始めて見た時は、落書きのような印象で、「これを買う人っているのだろうか・・・。」というもの。妻は、現実的なので、「食えない道のりにますます行く?」と少々不安。そんな面持ちで、壁に貼ってある絵をじーと見ていました。2日位見ていると、目が慣れるのか、じんわりとこの絵を鑑賞することが出来るようになった。クレヨンの黒い線は、合唱する3人に思え、バックの鉛筆の線をこすった風合いが、音楽を表しているような気がしてきた。黒いクレヨンの線と鉛筆が調和し、すべてを音楽的に感じました。そういえば、この絵を描いている時の音楽は、マーラーでした。ブルーノ・ワルターの指揮で、交響曲第4番。絵を描き終わってから「これ聞くと...三重唱(作品紹介755)と幸運と不運

  • ダンス(色鉛筆作品紹介754)と ウィーン幻想絵画・ヴォルフガング・フッター

    色鉛筆作品。ドクロを思わせる形は、人なのか?花なのか?女性の顔が、そのドクロの顔と合体しているのは、ダンスを踊っているから?老獪な紳士と踊る女性のようにも思えてくる。音楽は、ワルツか?ラテン音楽か?伸びやかに描かれた線からは、ゆったりとした空間を感じます。出来上がったばかりの最近作なのですが、どことなく古風な感じもある。それは、この絵にある男と女のありようからかもしれない。骸骨と思って見ていると、退廃的な要素もあるのかもしれないと思えてきます。顔にある小さい青い丸印が、ホクロに思え、人面の帽子を被った有閑マダムにも思えてきます。人によって、見方がいろいろありそうな絵だ。この絵にポイントがあるとしたら、この画面からリズムを、音楽を感じるところ。その音楽は、人それぞれにあると思います。この絵を見て、「退廃的な...ダンス(色鉛筆作品紹介754)とウィーン幻想絵画・ヴォルフガング・フッター

  • 幻想の街(色鉛筆作品紹介753)と「 もしも・・・・したらどうなる。」

    6Bの鉛筆と色鉛筆で描かれた絵。この絵は、以前取り上げたことがあったかもしれません。中央の電車の部分とその下のわらびか、こごみが生えているような“波”の表現を見た記憶が頭の中でチラチラする。電車と海辺は、武内の絵にセットで登場する絵は多いので、違う絵のことを見たかもしれない。引っ越しから、半年。未だ見たことがない絵が、紙の束の重なりから見え、「ちょっと見せて。」と武内に声をかける。崩されたくない山の時は、「ちょっと待って。」と言われます。そんな中から選びました。この絵を見て、懐かしいと思うモチーフを発見。左上にある、「コップに入った歯ブラシ」。懐かしいモチーフで、最近は登場しない。“97”と書き込まれているから、1997年作だ。26年前に作品ということで、懐かしく思って当然だな、と思う。黄色や赤色で縁取ら...幻想の街(色鉛筆作品紹介753)と「もしも・・・・したらどうなる。」

  • 創造の女神(作品紹介752)と 黒澤明監督の「用心棒」

    マジックで描かれた作品になります。右に描かれた丸い月のようなものの顔の表情が気に入って取り上げました。真剣な真顔に、少し鼻の穴をふくらまし、厳しい表情をしているのが、いい。左のアメーバーのように口を開けている生物は、だらしがない。やわらかい餅が、どうとでも形を変えるさまに似ている。これって、もしかしたら、夫とわたしの関係?と、思えてくるから情けない。夫には、手を焼いています。長年一緒にいても、空気のようになりません。手強いといつも思っている。当人は、そんなふうに自分のことを思っていなくて、「俺のような素晴らしい人間と居れて、とても良かっただろう。」と思っていると思う。実際に、このようなことを口ばしっている。確かに、素晴らしいところもありますが、非常に困ったところもあり、わたしには、激怒とストレスが交互にや...創造の女神(作品紹介752)と黒澤明監督の「用心棒」

  • CAR(色鉛筆作品紹介751)と 家電売り場での葛藤

    この作品は小さくて、13.7cm×9.8cmのサイズ。車の行く手を遮り、骸骨のような人物が挨拶をしています。実際にこのような事に出会えば、恐ろしいだろうが、この絵を見る限り普通の事で、楽しいアクシデントに会ったワクワクした日の出来事という感じだ。私達は、車に乗るといえばタクシーぐらい。だから、すぐタクシーを想像する。ネオンの灯かりの中をくぐり抜け、人の行き交う様子を見ながら、急ぎ足で目的地へ行く。タクシーを利用する時は、焦っていることが多いので、見ているうちにハラハラしてきました。時間に遅れそうになる要因を作っているのは、武内の行動にあります。やいやい言っても、急がないし、何も言わないで待っていると遅すぎるし、究極のマイペース。自分中心のマイペースな人。こんなふうになれたら幸せかもしれないとため息。わたし...CAR(色鉛筆作品紹介751)と家電売り場での葛藤

  • 羊が2匹(作品紹介750)と 妻の告白

    この絵は、週刊誌「毎日サンデー」の関西粋人インターネットのコラムの為の挿絵。この絵を見て、どんなコラムの内容であったのか?まるで思い出せない・・・・。羊が2匹登場している。羊というのは、武内が描かない動物なので、不眠症のコラムだったかもしれない。羊を数えれば眠れるということが書いてあったのかも。その他に、酒瓶や大学らしき建物が見てとれるので、コラムを書いた人は、数学者の「森毅氏」であろう。数学者とういのは、私達にとって遠い存在だからなのか、数学者の観点から書かれたコラムは意表をつくもので、楽しく拝読していたように思う。挿絵は、必ず文章を前もってもらっていたので、それをヒントにして描いていたのを思いだします。銃をぶっ放す中央の人物は、ギャング映画を好む武内の嗜好が表出しているように感じて、わたしだけが笑える...羊が2匹(作品紹介750)と妻の告白

  • 赤とブルーのコンポジション(色鉛筆作品749)と 長い口論

    この絵は、比較的に大きな作品で、38cm×53cmのサイズになります。ブルーと赤、そして黒い太い線が形を強調しています。顕微鏡を見て、細胞が動いているかのような雰囲気があります。紙と色鉛筆で出来たものが、見ると躍動感が感じられるように変化するさまは、絵画のあるべき姿の1つなのだろうと思う。こんなことを思わす画家なのに、我が夫、武内は人を疲れさす人物だ。しばらく、ブログを書かないでいたのには理由があって、「武内ヒロクニのことを考えたくない。」と思っていました。私達は、“夫婦喧嘩は犬をも喰わない“という、喧嘩ばかりしている夫婦なのですが、喧嘩というより、わたしがストレスに感じることをして欲しくないというのがあって、自分の中で「わたしは、こういうことが嫌なんだ。」というものがはっきりし、そのことを分ってもらうの...赤とブルーのコンポジション(色鉛筆作品749)と長い口論

  • もくもく(作品紹介748)と ジャクソン・ポロックの画集より

    もっく、もっくと湧き出る雲。雲に押されて、遊ぶ精霊のはしゃぎ。楽しそうだなと思って見ていましたが、丸味を帯びた形は、“乳房”かもしれない。エロティックな要素も隠し持った絵かもしれません。この絵は、画用紙に普通のマジックペンで描かれていて、一発勝負。武内は、下書きというものをしません。そのせいか、うまく行くと伸び伸びした線が強調され、見ている方も自由な気持ちになれる絵が出来上がります。簡単な絵なのですが、気になる絵なので取り上げました。爽やかな自由感を感じて、何かから開放されたような気持ちになります。当人は、妻からいうと粘着質な性格で空気のようにはならない人。そういう人がこういう絵を描くのが、不思議であります。爽やかな秋らしい天気になりました。夕方、1階に下りると製作中のヒロクニさんから、画集の中にある人物...もくもく(作品紹介748)とジャクソン・ポロックの画集より

  • 昼の自立(色鉛筆作品紹介747)と「 芋車」のはなし

    左上に文字が書きつけられていて、「昼の自立」とあり。2008ともあり、その頃に描かれたと思われる。アトリエのすみの空間に隠れるように貼られていました。その空間を見つけた時、摩訶不思議な気持ちと同時に、「可愛らしいな。」と思ってしまいました。それが、今回の絵を選んだ理由になります。使われている紙は、木炭紙なので、ぎゅうぎゅうと色鉛筆を力強く擦り付けていますが、余分な粉をはじく紙なので、黒板にチョークで描いたような風合い。普通は、木炭紙に色鉛筆を使うなんて大抵の人は選択しないと思うのですが、武内は実験派なのでするのです。強引に仕上げた感がある作品です。「可愛らしいな。」と見た理由には、この絵を見ると、子供の時の遊戯をしていた感触を思い出し、その頃の空気や心情がよみがえりました。年齢は、幼少でしょう。3~5才ぐ...昼の自立(色鉛筆作品紹介747)と「芋車」のはなし

  • 骸骨現る(色鉛筆作品・紹介746)と バテている時の料理方

    この絵は、昨日出来上がったばかりの絵で、階段を上った所の壁に貼られていました。45cm×42cmの作品なので、スキャナーで画像を取り込むのは無理なので、写真を撮ったのですが、ややぼやけてしまい見苦しいのですが、何度取り直しても、このように写ってしまい、その点ご容赦下さい。“はじける骸骨“というか、“はしゃぐ骸骨”というか、にぎやかな音楽で踊っているような感じすらします。絵とは裏腹に、この絵を描いている時は、ムゥ~とした表情で椅子に座りながら、絵に顔を近づけ、腹ばいに近い姿勢で絵を描いていました。新居では、わたしは2階にいることが多く、1階は、アトリエ(仕事場)兼台所なので、台所に用があるときに下りるわけです。引き戸を開けて入る時、いつもチラッと顔を上げてわたしを見るのですが、その表情が、この絵を描いている...骸骨現る(色鉛筆作品・紹介746)とバテている時の料理方

  • 風(色鉛筆作品紹介745)と 庭の花を思い出して

    右下の端に「風」という文字が目に入ってきた。この「風」という文字の雰囲気から、“風雲”というイメージが湧き、それから描かれている花を見た。中央に大きく描かれた絵は、ブルン、ブルンと激しくゆれているように思いました。左上の謎めいた渦巻きも、その雰囲気を高めています。飴みたいでは、ありますが・・・。意外なことに、自然の驚異も感じ、苦難にあっている花の気持ちを考えてしまいました。それがエスカレートすると、武内と結婚したことによって起こる苦難のことを思い、この花が自分のように思えてきたり。この絵を前にして、感情移入をして長い夫婦生活を振り返ってみた。武内がもたらす苦悩、困難というのもあるが、そこから意外な能力が開発されて、自分でも驚いたことがある。わたしは大体は、人の言う事を聞いて仕事をするタイプだと思っていたの...風(色鉛筆作品紹介745)と庭の花を思い出して

  • プリミティーブな頭部(色鉛筆作品紹介744)と 輪廻転生を妄想す。

    色が重なっているようで、重なっていない。積み木のような頭部の絵。古代遺跡の“モアイ像”のような。武内のプリミティーブな感性が見られます。古代と言っても古代ギリシャやヨーロッパのではなく、南米やアジア、古代のインディアンに通じるスタイル。当人は、ヨーロッパが好きなのに、友人から、「インドネシア行ったら、武内さんみたいなんの何ぼでもおるで。」と言われたと。「俺、そういわれてガックリよ。」と肩を落としながら話していました。「所詮は、島民なんよ。」という事に落ち着き、徳之島のことを思っていたようです。話を戻します。わたしは生まれ変わり、輪廻再生はあると思っているので、「もしかしたら、前世でも絵を描いていたのと違う?土器に絵付けをしていたり、レリーフを作っていたり、古代の時代に大きな像を作る現場のアートディレクター...プリミティーブな頭部(色鉛筆作品紹介744)と輪廻転生を妄想す。

  • 草ぼうぼうの街(色鉛筆作品743)と 「西遊記」を読んで

    この絵は、スケッチブックの紙に描かれていて、切り取られていました。「草ぼうぼうの街」とあるのは、宝塚のこと。明石から宝塚に居住を移した頃、武内は雑草がいたる所にあるのを見て、「雑草がいいね。」と言っていました。「宝塚は花の多いところだ。」とも。次に、「草ぼうぼうの街に住みたい。」という絵も描いていました。その頃の絵と思われる。この絵は、“線“がいいなと思い選びました。太い鉛筆の線が独特のタッチで描かれ、ギシギシとぶつかり合う音が聞こえてきそう。街と草のせめぎあいだ。水色と蛍光色が軽いタッチで使われているのもいい。そう思いながら絵を見ていると、「こんな絵がいいの?」と横から武内の声が。わたしは、「分り易いのを選んでいるのよ。」と言い、「あなたが選ぶのは、難しいから。少しは分り易くないと。」と付け足した。する...草ぼうぼうの街(色鉛筆作品743)と「西遊記」を読んで

  • 隠れた骸骨(作品紹介742)と 迷子と迷路の思考

    机の横に置かれていた絵になります。右上に線描で描かれた人物の表情が目に入り、「これ、また奇妙な。」と思う。「しかし、この落書きふうの線がいいし、頭にとんがりのあるヘルメットをかぶっている人物は、宇宙飛行士に思えてくる。」武内の読書としては、SFというジャンルはなく、フランス文学、怪奇幻想文学、ミステリ好き。それからシュールなものも。そういうことを考え合わせると。わたしの“宇宙飛行士”と言う想像とは、まったく違うところから派生しているでしょう。たぶん、「宇宙」の「う」の字も考えていない。そして、にある目玉のようなところにあるのは、「骸骨。」黒の骸骨が黒がとりかこまれている。二股に分かれた黒い線は躍動感はあるけれど、どう思って見ればいいのか、分らない。白と黒の対比を見ながら、「夜の街の絵?」と頭を悩ませていま...隠れた骸骨(作品紹介742)と迷子と迷路の思考

  • 横顔(色鉛筆作品741)と 死とクーラーの関係

    武内の絵では、横顔が描かれることは珍しく、古代エジプトの壁画を思い出してしまった。何故、エジプトは横顔にこだわったのだろうか?そんなことを思いながら、この絵を見ています。引っ越し後、こんな絵もあったのか・・・という過程をすぎ、今は出してきた絵は、再び収納されてします。そんな中、ファイルを引っ張り出し、「夏って感じの絵だ。」と思ったこの絵を選びました。この絵も「何故?」と「何?」というものが心にクローズアップされる。髪の筋、鼻スジ、空と呼応したかのような青い目。そして、なんとなくファッショナブルな感じもして、ファッション雑誌の1ページを見ている感触もする。この感じ方は、わたしだけかもしれないが・・・。武内は、「イラストなどの“グラフィック”を軽くみる絵書きもいるけど、グラフィックって、とてもいいじゃない。」...横顔(色鉛筆作品741)と死とクーラーの関係

  • 男と女(作品紹介740)と 我家の食卓・アスパラガスのサラダ

    この絵は、引っ越しの時に見つけ、「この絵は、いるでしょう?こんな所に突っ込んであるけど。」と言いながら、武内に見せた絵になります。絵を見たとたん、「あっ、いるぅ~。やっぱり君は偉~い。」と軽薄なふざけた返事が返ってきた。その口調・・・・。口元が引きつり、苦笑いを浮かべる。ダンボールに描いた絵なので、重量はとても軽い。絵も遊びの要素が多くて、軽いタッチ。ダンボールの表面をはがしたり、彩色しているが、彩色してから、カッターで薄くはがしているところは、くっきりと面が浮かび上がるという効果があって、いい。また、ダンボールのはがす層、上下で影が出来て、これまた普通の絵とはまた違う。しかし、ちょっとボロすぎるのが難点かな・・・、と思いながら見ています。箱額に入れると見栄えがするかもしれません。絵は、仲の良いカップル、...男と女(作品紹介740)と我家の食卓・アスパラガスのサラダ

  • 播州への散歩(色鉛筆作品紹介739)と商店街の夜祭

    夕暮れに走る電車。ローカルな電車、山陽電鉄のような雰囲気があります。この電車は、神戸の長田区「西代」から「姫路」を結んでいて、車両も長くなく、乗ったとたんローカル味があって旅行気分になる路線。「東二見(ひがしふたみ」という駅で降り立ち、路地を武内と散策したことがあります。わたしは京阪神で育ったので、未知の土地でありましたので、はじめての風景、はじめての土地の気、ゆっくりと時間が流れているような感じがする人々。路地を歩いて行くと、海に出ます。とても小さな船着場があって、小さい船が並んで浮いていました。時間が夕刻になっていて、光がオレンジを帯びたように感じ、空を見ると、太陽が傾きかけ、雲が暖色系に輝き、海は静かでした。陽が翳ってきた頃、また路地に戻り、いかにも町のお好み焼きやさんという風情のぷんぷんする店で、...播州への散歩(色鉛筆作品紹介739)と商店街の夜祭

  • 武内のふるゆわ(作品紹介738)と さえない散策

    B5サイズの模造紙に黒のマジックで描かれています。「暑い。もうだめ。」と茹るような気温。昨日、ブログを書こうとすると、気温がどんどん上る。机の前に座っても汗だけが出てきて、頭が働かない。そうそう、2階に取り付けたクーラーの部屋でリフレッシュよ!と思い、部屋にある作品を入れてある、ケースを開けてみると、束になった絵を発見しました。厚さ3cm。メモのような走り描きのようなものから、ややまとまっている絵といろいろ。すべてマジックで描かれていました。↑ちょっとばらして、写真を撮ったもの。マジックでもいろんな絵が描けるのだなぁ~と感心します。上のシンプルな絵を選んだのは、暑くて考えがまとまらない暑苦しい気分に、一瞬清涼剤のように、この絵が染み渡りました。武内は、いつも眉間に皺を寄せ、難しい顔をしていることが多いので...武内のふるゆわ(作品紹介738)とさえない散策

  • 街の散歩(作品紹介737)と 神戸の小道

    B5サイズより少し大きめの薄紙に描かれた絵を、A4サイズより少し大きめの厚紙に右詰め貼っています。厚紙は、鉛筆で黒く塗り込められ全体が絵なのか?わたしにとっては、謎めいた状態の絵になります。描かれた絵の方は謎めいていなくて、元気に街を繰り出し、街歩きというふうに見受けられる。元気で、躍動感すら感じます。武内は、「よく街を抜けて行ってね。」という言葉を使う。それは、こういう感じだったのだろうか?この絵を描いた頃は、明石に住んでいた頃だ。若かった???頃の作品だ。思い返して見ると武内も随分歳を取ったものだと思う。明石のアトリエで、6Bの鉛筆を買い込み、白黒の作品ばかり描いていた姿が思い浮かぶ。一時、集中してこのタイプの絵を描いていました。そして、ある日、白黒の絵に色が取り入れられ、次のスタイルに。こうやって変...街の散歩(作品紹介737)と神戸の小道

  • シマダデマンダラ企画展の案内 ある男の肖像(作品紹介736)と引っ越しあれこれ6

    この度、「ギャラリー島田45周年特別企画展シマダデマンダラ」に出展します。日が迫ってきていますが、なんとか明日に搬入出来そうです。引っ越し期間と重なるようなタイミングだったので、なんとか・・・、という感じであります。ギャラリーの趣旨としては、■ギャラリー島田は今年、海文堂ギャラリー創立から数えて45年目を迎えます。節目となるこの年、45周年企画として特別企画展「シマダデマンダラ」を開催いたします。いまこの同じ時代を生きる作家たちがさまざまに制作した作品――その一点一点が1つの宇宙といえる作品が集まり、ギャラリー島田を舞台に、祈り、そして希望のマンダラ的時空が現れることを願って――期日は、■2023年7月8日(土)~7月25日(火)11:00~18:00(最終日は16:00まで*会期中水曜日休み)7月8日(...シマダデマンダラ企画展の案内ある男の肖像(作品紹介736)と引っ越しあれこれ6

  • 新居に(作品紹介735と 引っ越しあれこれ5

    ボール紙に描かれたもの。この紙は、古い本の装丁に使われていたと思われる。↓このように新居に飾られていました。赤いTシャツを干しているみたいだなぁ~と思いつつ、このTシャツのよれっているような線が、何かチャームに感じてみていました。「可愛い表情がするわね」と。写真を撮ろうと思ってよく見ると、パウル・クレーの絵の上に描かれていて、顔と髪を現している黒い線が、この絵では目と口に見えていたのです。「さすがヒロクニさんの線だ・・・」と思って見ていたのが、「さすがパウル・クレーだ!線が決まっていたわけだ!」に変わり、「無意識に描くいたずら描きがヒロクニがすると高度なわけだ。」と納得。引っ越しに伴う、身体疲労と乱雑すぎるゴミに見える荷物で殺伐とした部屋で、この絵は、一抹の清涼剤になっていたのでした。「この絵はいつ頃描い...新居に(作品紹介735と引っ越しあれこれ5

  • 陽射し(色鉛筆作品紹介734)と 引っ越しあれこれ4

    淡い色合いの作品を見つけました。我家は断捨離と引っ越しの準備で、部屋が荷物で一杯。我家は、紙類の整理に時間を多くとられます。ファイルを取り出し、箱に詰める前にパラパラとページをめくる。すると、久しぶりに見る絵を知らない間に眺めていたり、この絵をブログに上げようかなと眺めていたりして、考えごとをしていたりすると、知らない間に時間が過ぎて行くことになる。そうしているうちに、ハッとして我に返り、箱詰めに戻る。今日は、そんなファイルから出てきた一枚を紹介します。とても色が淡く、ふわ~っとした絵柄で、優しい光がさす絵。「うわ~。なんとふんわりしているんだろう。」と思い絵柄を見ていました。お地蔵さん?こんなことを思いながら、じ~と見る。右の手は印を結んでいる?同じ方向にもう一本の手?これは何かをつかんでいる?光が溢れ...陽射し(色鉛筆作品紹介734)と引っ越しあれこれ4

  • 懐かしい仕事(作品紹介733)と 引っ越しあれこれ3

    我家は、引っ越しの準備の真っ最中。紙切ればかりが目につく。時々、眺めてしまい停滞する。上の冊子は、仁丹堂の通信販売の表紙をしたもの。つい眺めてしまい、12年前も経ったいるのに驚く。月日の経つのは、早い。冊子の下にある細かい文字は、わたしが書いたものだ。これにはいきさつがあって、「一般の人が見るので、ポエムのようなものを添えたら受け入れ易くなるかな。」という担当の人の発案で、「ヒロクニさんに書いてもらえないかな。」ということに。ヒロクニさんは、「見たらわかるだろ。」「そんなもの必要ない。」と言い放ち、それを言うと、「もう、さほりさんやってよ。」と。「わたしですか・・・・。」と言いながら、こうなったら何でもやるわよ!という気分になり、書いたのです。今読むと気恥ずかしい。細かい文字の部分を、ここに書きます。(恥...懐かしい仕事(作品紹介733)と引っ越しあれこれ3

  • 赤いふんどし(色鉛筆の原型・メモ紹介732)と 引っ越しあれこれ2

    この絵は、色鉛筆画を始める前の、「原型」と武内は言います。アクリル絵具を使用。作品紹介730で紹介した「まさこの夢」という絵が初期の色鉛筆画なので、その頃の作品群の「原型」になると思います。武内が「これは、色鉛筆の絵の原型なんよ。」という絵、メモは他にもあるのですが、「これは、秘密にしとかないとだめ。」と言って、決して、展示することはありません。それが、この度、「これ、原型だけどアップしてみたら。」と、絵をもってきたのです。とても変わった絵になります。「武内の中にある観念を、絵に写しかえてみた?」とでも言ったらいいか。観念だけをストレートに表現した絵だと思うのです。具体的に私が分ることは、この人物は“赤いふんどし”を身に着けているということ。もう1つは、“四股を踏んでいる”ということ。そういう意味では、宗...赤いふんどし(色鉛筆の原型・メモ紹介732)と引っ越しあれこれ2

  • 街にいる人達(色鉛筆作品731)と 引越しあれこれ1

    人物が5人います。街に組み込まれた人物像を見ると、左上の濃いピンクの窓に、その下には、剣道の防具をかぶっているかのような人。中央には、目玉の飛び出た蛙のような顔なやつ。その下は、プラスの目をしたピエロのような顔が見えます。右端には、はかなげな姿に目の離れた顔やつ。このような酷薄な顔をよく表現できるなぁと感心すると同時に、こういう顔した人が、繁華街でチョロチョロしているのを思い出し、街の絵なんだと納得しています。また、色鉛筆の使い方が、色分けされた積み木を積んでいるように見える描き方で、筆圧強く塗られています。そのせいか、色がギュッと詰まったような印象で、ある種の重厚感がある作品。ピンクがネオンに思え、カラフルな夜の街。引越し先が決まりました。探し始めに反して、街の近く。今住んでいる所より、ずっと都会。神戸...街にいる人達(色鉛筆作品731)と引越しあれこれ1

  • まさこの夢(色鉛筆作品730)と 寂しさと時間

    この絵のタイトルは、「まさこの夢」。40年ぐらい前、武内が40代の頃に描かれました。使用している色鉛筆は、カステル社のものになります。色鉛筆の使い方も、先を尖らせて、細い線で描いています。渦巻きから伸びている線になにかが付いていて、シューと渦巻きにとりこまれそうだ。その間に“まさこ”さんが、ふわっと浮いている。この絵を見ていると、「夢」すなわち深層の中での世界に侵入しているような気持ちもする。しかし、深層の中は意外に暗く、不条理な物の存在がある。“まさこ”は、漂い、どこに行くのであろうか?こんなことを思っていると、武内から聞いた夢の話しを思い出しました。武内の話から、何度も同じ夢を見るストーリーがあり、それに渦巻きが出ててきます。自分は子供で、駄菓子屋に行くと、必ず同じお婆さんが店番をしていて、あれ欲しい...まさこの夢(色鉛筆作品730)と寂しさと時間

  • ドクロと少女(色鉛筆作品729)と 繊細問答。

    1990年ぐらいに描かれたと思われます。それは、画風の流れとサインの文字で分ります。今は、カタカナで、「ヒロクニ」となっていることが多い。この絵には、ドクロが多く登場しています。旗印にも、ドクロが。いつも思うのですが、ドクロの表情がいつもコミカル。本格的な不気味さを持ったドクロが描かれていれば、シリアスでクールな作品になると思うのですが、笑っていたりして、ふざけたようなドクロや、ビックリ顔や、困り顔のドクロなので、怖さはなく、どちらかと言うと拍子抜けしてしまうような顔をしている。こういうのが、武内の絵の醍醐味なのか?そう思いながら見ていました。とにかく、愛嬌がありすぎるドクロ達だ。↓たくさん描かれているところを、抜き出してみました。↑コレ。1つだけフェイントをかけたのか、ドクロになっていない顔があります。...ドクロと少女(色鉛筆作品729)と繊細問答。

  • 元気だ!(色鉛筆・作品紹介728)と 畑正憲氏追悼

    この絵を見ながら、“くっきりとしているな”と思う。ビビッドな感じ。人物画なのは、見て取れるのですが、どういうふうに見ていいのか少し混乱気味です。男性像であろうとあたりを付ける。そう思ったとたん、角がある宇宙人みたいに思えたりする。この絵は、「こういうのを取り上げたらどうだ?」と見せてくれた絵なんです。元気な感じもするし、いいかも?と思って、絵をスキャンしていました。だけど、どういうふうに作品を紹介したらいいのか悩むのが正直なところ。「元気を出して、やっていこうぜ!」と絵は語りかけてくれますが、その正体は何なのか?それが、さっぱり分らない作品です。頭の上に描かれた、“星”は、エネルギーがバチバチと音を鳴らしているようで、元気を出したくない時に、「元気をだそうぜ!」と急きたてられているようで、「やめて・・・。...元気だ!(色鉛筆・作品紹介728)と畑正憲氏追悼

  • 花-メモ(作品紹介727)と 春とタンゴ

    この絵は、11cm×13cmの小さな絵で、トイレの柱に貼られていたもの。メモの1つでしょう。このメモは、冬の間から目を惹きつけるものがあって、時々、「今日はこの絵にしようかな?」等とよく思ったものです。その度に、「いやいや、この絵は春になるまで待っておこう。」と何度も思いつつ、この絵にぴったりな日がやってきた。庭に春がおとずれ、庭の花達とコラボする日。メモなので、太い水色の線は、空間のことを考えていた(思考していた)のではないかと思います。青い中央の線は、猫を飼っているわたしとしては、植木鉢にからにゅっと猫が顔が表したように思えたりします。横の並んだ線は、胴体なのです。花を描く。花は、武内の絵では、いつもこの形。今回の花の絵は、赤色が多く使われ情熱的な感じで、春のふわふわした感じがしません。暖かい日に、我...花-メモ(作品紹介727)と春とタンゴ

  • 放課後(色鉛筆作品726)と 光陰矢の如し

    オレンジ色と黄緑が、実物は鮮やかなのですが、出ませんでした。この2色は、蛍光色なので、スキャナーで画像を取り込むと、ほぼ無色になってしまいます。写真で写すとなんとか色が出るので写真からのもの。今、WBCにて日本が優勝し、沸いています。ヒロクニさんも、時々テレビでの中継を見ていました。子供の頃は、野球選手になりたかったというくらい、少年野球にはまっていた時期があったそうです。右の並んだ5個の丸を見ると、「野球の球」に思えるのは、その話のせいかも。中学は碌に登校せず、放課後、野球をしに登校するという生徒。そんな日の夕焼けの風景なのか?と思いながらこの絵を見ていました。その頃の校舎やグランドが描かれているようにも思えます。昭和12年生まれなので、昭和溢れる風景を想像するのでした。月日が流れるのは、早い。何気なく...放課後(色鉛筆作品726)と光陰矢の如し

  • カタカタ、トコトコ(作品紹介725)と 止められないこと

    絵に日付がしっかりと書き込まれており、2003年1月12日に出来上がった作品だ。足がついている“子供のおもちゃ”を連想させる。大きい2つの円を見ていると、可愛いロボットのような気もしてくる。こういう発想はどこから出てくるのか?やっぱり、武内の絵は個性的だと改めて思う。それでいて、幻想的な雰囲気。絵を見ているうちに、良人の計り知れない“才”について考えてみました。空中に浮かぶ丸い顔。この表情をじっと見ていると、可笑し味が湧いてきます。特に、右側。この表現は、他の追随を許さない表現だと。もっと美術的にいうならば、武内はシュールレアリストなんだと思います。春になってきた。陽射しが暖かい。庭のムスカリやヒヤシンスも芽を伸ばし、もうすぐ花が咲く。春の到来に期待をよせ、吹く風に身をゆだねる。「いい気持ち。」と思って家...カタカタ、トコトコ(作品紹介725)と止められないこと

  • 楽しい一日(色鉛筆作品724)と 家探しあれこれ

    武内から手渡された3枚の絵。これが最後の1枚になります。わたしが選ぶ絵と違いかなりハチャメチャ・・・、つまりアバンギャルドなもの。今日は落書きのような雰囲気もある色鉛筆画。かえる?のような顔に傘のような胴体をしたキャラクターが目につきます。コヤツがお出かけし、驚いたり、嬉しくなったり、喜んだりといろんなことに出会った様子が描かれているような感じがします。夜、今日の一日を振り返る。振り返った日が、この絵のような気持ちであったなら、やはり幼少期だなぁと思う。幼い日に、ふと「この道をずっと歩いていくと、どうなるのなろう?」と疑問に思い、「遠くへ行ってみよう!」と決心し、知らない場所まで歩いていく。ドキドキ、ハラハラ。また、基地作り等の遊びに興じて、ついでに落とし穴などを作っていたにもかかわらず、別の子が作った落...楽しい一日(色鉛筆作品724)と家探しあれこれ

  • 祭り(色鉛筆作品723)と 人類はまだまだ野蛮

    何かのおまじないか?そんな印象を受けます。この絵は先回の作品と同じく、「これを取り上げてみてよ。」と渡された3枚の絵の1枚。茅の輪をくぐる行事がありますが、それを思い浮かべたりしましたが、でも、違うなぁと。人型であることは確か。右下にいる女の子が「ほら。見て。」という眼差しで、こちらを見ています。家で言うセリフに、「ピーちゃん(猫)見て、ヒロクニ先生ナンかおかしなことしているよ。」というのがある。そう言ってから、「見てごらん。」と、言ってピーを抱き、わたしの顔と並べ、「2人で見ていま~す。」とわざわざヒロクニさんの周り半径1m半を包囲する。すると、キッとした目つきで「じゃまだ。」と言う。何をしているかというと、踊っていた。CAN(ジャーマン・ロック)を聴きながら。よくCANで踊れるなぁ~と感心する。「CA...祭り(色鉛筆作品723)と人類はまだまだ野蛮

  • ホップ・ステップ・ジャンプ(作品紹介722)と 人との出会い

    「この絵をブログに取り上げてみてよ。」と言われ、3枚の絵を渡されました。その中の1枚になります。この絵を見た時、ぼかして線が消されたようになっている部分が気になって、この部分を何度も見てしまいました。クレヨンの白とグレーが、紙にのっているように思いますが、表面を触ると硬くなっていて、平らなのです。目をこらして見ていると、黒い線が滲んで見えたりと。こんな技法があるのか?と思って見ています。何故、消されたのかという理由は、まったくわかりません。四角く切り取られた空間から、花がくっきりと見え、春を待ちわびている気持ちによく合います。それで、この絵を選びました。この人型のことを、わたしは「埴輪くん」と呼び、消された埴輪の間の赤い部分は、炎に違いないと想像する。『キャンプファイヤーをする埴輪たち』そう思いだしたら、...ホップ・ステップ・ジャンプ(作品紹介722)と人との出会い

  • 喜び(色鉛筆作品721)と 執着は負である

    画面に見える記号や形が赤い大地の上に、折り重なりながら浮かんでいる。見ていると、多くの微笑があるようで、春の到来を思わせる。ここは、楽園なのかもしれない。左の受け皿のような赤い形に落ちてくる丸い形は、実りを受け入れ、豊穣を思わせる。右端にあるxのような形は、喜びを表しているかのようだ。この形は、絵に初めて登場したもので、目新しい。こういう形をよく発明するというか、表現させたらピカイチかもしれない。任意の形を生み出す才が秀でているのだろう。わたしは、このxの形の虜になっています。武内は、亡き師匠の徳山厳氏から、若い頃、「おめぇは、詩を爆発させるからな。」と言われたと聞きます。こんな絵、摩訶不思議絵画なのですが、ポエジーを感じます。この形の集合から、「喜び」を感じるのです。そして、春が早く来ないかなと思う。こ...喜び(色鉛筆作品721)と執着は負である

  • 雪と一緒に(作品紹介720)と 夕食とタラのコロッケ

    こちらは、マジック作品です。油性のマジックインキは、重ね塗りすると下地が透けて見え、セロファンを重ねたような効果が出ます。緑に見えるところは、オレンジや黄色が、紫に見えるところは、ピンクが塗られています。案山子でも描いているの?と思ってしまいますが、これは飛行機です。武内の絵を何年も毎日見ていますと、視覚に形が擦り込まれていますので、描かれていませんが、尾っぽの部分“水平尾翼”があるのです。このバッテン、+の形があるものは飛行機なのです。雪の振る人家のある街並みを浮遊しているような感じがします。ところで、雪が降ったら、飛行機って飛べただろうか?こんな疑問もありながら、絵を見ています。台所でこんな会話をしていました。ヒロクニさんは、「最近、ご飯が美味しくってね。毎日、ありがとう。」と言い、わたしに握手を求め...雪と一緒に(作品紹介720)と夕食とタラのコロッケ

  • 誕生(作品紹介719)と 最近の昆虫食について

    この絵は、週刊誌「サンデー毎日」にカットを描いたときのもの。ショートエッセイで、子供のことだったのかもしれません。いつも見るフェイルとは、違うものから選びました。武内の絵の中でも、爽やかさが漂うというめずらしい絵になります。武内らしさがあるとすれば、「みんな飛んでいる。」ことでしょうか。光に包まれている赤ん坊は、腕や足がプクプク太っていて栄養満点です。祝福あれ!この絵を見ていると、そんなことを思います。一気に描いたようで、鉛筆の線を書き直したところがありません。そのせいで、線がのびのびとして、大らかな印象を受けるのかもしれません。今日の話題は、昆虫食。徳島で昆虫の入った“かぼちゃコロッケ”が給食で出されたというニュースを見た。コオロギの粉末を混ぜているそうだ。そのニュースを見て、嫌な感じがした。ヒロクニさ...誕生(作品紹介719)と最近の昆虫食について

  • いたずら者(作品紹介718)と 冬の意気込み

    エネルギー全開という感じです。この絵は、最近出来上がったもので、アトリエに通された針金にクリップで吊るされていました。B5サイズの小さめの絵になります。扇風機が回っているかのような動きをしていて、風を送り込んでくるかの如く。だけど、風じゃない。仁王立ちしていて、原始的なエネルギーを放っているようだ。ひょうたん型の顔は、最近よく描く形で、この絵意外にもよく描いている。たぶん単純に顔ではないのだろうけど、顔に見えるわたしにはインパクトが大きい。「これ、いいでしょ。」とアトリエで言われる。いいも悪いもを超えてしまっていて、答えに躊躇した。喜び過ぎている犬がしっぽを千切れんばかりに振っているような気もするし、ピピ(猫)が、布団の上で暴れてはしゃぎすぎているような感じでもあるし、(羽根布団の上で、暴れるの好きな猫な...いたずら者(作品紹介718)と冬の意気込み

  • なぞなぞ(色鉛筆作品717)と 冬は機嫌が悪いヒロクニさん

    いつも思うのですが、絵を見るたびになぞなぞをしかけられているような気持ちになります。天照大御神が隠れた、天の岩戸の入り口のように思えるけれど、「古事記」にまったく興味の無い武内なので、そのイメージではない。置物が置いてあるように感じることから、抽象的な静物画かもしれない。まさしく、なぞなぞだ。いやいや、髭の生えたおじさまがいるようにも。この絵に静けさがあることから、くぐもった低い声がよく聞こえ、「わたしはな~んだ。」と問い、わたしを困らせてきます。小さい声で、「武内ヒロクニじゃないの?」と答える。いつも異次元を漂い、異空間にいる人だから。この答え、合っているのでしょうかねぇ。冬になると機嫌が悪いヒロクニさん。「やれやれ。」とよく言い、「よっこいしょ。」が口癖に。「今日は疲れた。」もよく言う。以前、「もっと...なぞなぞ(色鉛筆作品717)と冬は機嫌が悪いヒロクニさん

  • 地下鉄と運転士(色鉛筆作品716)と 現代美術の元祖の画家

    これは、地下鉄の絵。正面に兜をかぶったような人は、「運転士」です。この形が単体で、ドンとアップで描かれた絵のタイトルが「運転士」でした。ブルーとピンクの色合いで、皆夕焼けに包まれているような印象を受けます。顔の中央の鼻筋の部分は、ビルで旗のようにパンツがたなびいていたり、その上は、コップに歯ブラシ。後ろには、待機する電車。扇形の上には、走る電車と可愛い家。虹のような部分は区切られていて、珈琲カップ、振られている手、建物、花、ドクロ、星。よく見るとファンタジック。わたしは、かわいい家のありように心が惹かれます。この家に「安心」を感じるのです。この絵は、ハチャメチャなのですが、どことなく懐かしい気持ちを喚起され、子供の頃感じていた安心感ってあったなぁと思い出したりしています。98と書きこまれているので、25年...地下鉄と運転士(色鉛筆作品716)と現代美術の元祖の画家

  • 2023年、明けましておめでとうございます。(作品紹介715)と 変化の年

    この絵は、スキャンしたところ、蛍光色の色鉛筆を使用していたため、色の部分が白くなってしまい、写真を撮ってなんとか写しました。写真だと色が出るのが不思議です。その為、絵が暗く写ってしまいました。光を多く入れて撮ると、やはり白くなるので画像がいまいちなで申し訳ない。この絵は、お正月のめでたい雰囲気にいいかもしれないと思い、取り上げました。鉛筆のグレートーンがフワフワした空間を作っています。黒は思いっきり筆圧強く、塗り重ねられ黒光りしていて、光を反射しています。中央の5弁の花?人型?は、はじけるエネルギーか。周りの空間がそれを受け止めているように感じます。「元気が一番大事って、和尚にいわれてね。」と時々言う、ヒロクニさん言葉を思い出しました。明けましておめでとうございます。皇紀二六八三年令和五年(西暦二〇二三年...2023年、明けましておめでとうございます。(作品紹介715)と変化の年

  • 大阪徘徊図(色鉛筆作品紹介714)と ローマの哲学者の生死感

    左上に“UMEDA”と書きこまれているのは、阪急梅田駅のことでしょう。大阪へは、阪急電車に乗って行きます。駅を降りて、散歩をしている風景図といったところ。風景画ではなく、地図もしくは、図だと思う。右中央の人物は、自身だろう。あっちへこっちへと歩いて、街を見ている自分だ。それと、自分の名前“ヒロクニ”を何と多く書き込んでいることから、自分が行ったところを記しているのだろうと。猫がマーキングしているかのような感じもして、可笑しい。右上は、都会を象徴する女性だ。街っぽい。武内は、犬派か猫派かといえば、猫派だ。飼い主のいうことをあまりきかない。ちょっと、ブラックジョーク。朝、狭い我家にある短い廊下で、ヒロクニさんと鉢合わせになりお互い顔を見合わせる。お互いにじゃまな・・という顔。すかさず、「まあ、こんな所で会うな...大阪徘徊図(色鉛筆作品紹介714)とローマの哲学者の生死感

  • 冬枯れ(作品紹介713)と ストーブの前で

    こういう気持ちになるのかな?と思いながら見ています。冬枯れの線路道の横を、精神崩壊したかのような人がさすらう。寂しい冬の風景である。この絵は、「こういうのも取り上げてみてよ。」と渡されました。ドローイングのような線(茶色の部分)と動き回る赤い線。そして、季節と場所を思わせる描写が、鉛筆で出来上がっている。茶色の線の部分は、油絵具を使用していて、紙に油が滲む効果が気に入っているらしく、家には油絵具で描かれたメモ(小さいドローイング)がよく貼ってあります。この絵を見た時、ドッキリしました。落書きのような絵で、作品だったの?と。気を取り直し、まだまだ見続けていると、人気のない播州の田舎の風景を思い出しました。山陽電鉄に乗って、駅を降りても静かで、店も少ない駅です。駅を降りて、歩いている内に、こんな所に私は住める...冬枯れ(作品紹介713)とストーブの前で

  • 夜の街角(作品紹介712)と “さびしさ”はどこから?

    赤と青の対比が強烈な作品です。「ああ、街だ。」と、わたしは即座につぶやく。人、建物、その間を縫うようにある暗がり。人はだまし絵のように、組み込まれている。また、路地を思わせる交差した青色の線。そして、黄色の灯かり。建物にあるひしめく窓。やはり、ネオンを感じさせる色合いで、都会を思わせる。2003年作となっているので、もう19年前に描いたものだ。月日が流れるのが早いと感じる今日この頃。作品を見ても、同じことを思います。今日の朝は、若山牧水の「幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく」で始まりました。ヒロクニさんは、この句を3度繰り返して、言った。“寂しさ”の部分が、頭に残り、ヒロクニさんらしいと思った。「よく覚えているねぇ~。」と言うと、「中学で習ったからね。」と。(あまり中学校へは行かなかった...夜の街角(作品紹介712)と“さびしさ”はどこから?

  • 歩く人(作品紹介711)と 不安は不安を呼ぶ。

    ウォークマンと書き込まれているので、音楽を聴きながら歩いている人なのかと、思っていましたが、「歩いている人」なんだと思い直しました。同じ方向に歩いている群衆と思うと、通勤ラッシュやいっせいに信号を渡る群衆を思い浮かべます。ここに描かれている人?この“P“の形にも見える歩いている記号は、それぞれ違い同じものはない。表情があるので、人格があって人間のように思えてきます。また、中央にある記号に目がどうしても行き、これが主人公のように、わたしには見える。右に見える斑点模様の“P”は、子供のようで可愛い。とぼけた表情が無垢な感じ。水色の背景が春を思わせ、楽しい場所に行くのだったらいいなぁ~と眺めています。色鉛筆の使い方が今と違い、水溶性色鉛筆でガランダッシュのスープラカラーを使用しています。決して、水は使わないのが...歩く人(作品紹介711)と不安は不安を呼ぶ。

  • 神戸のジャズ喫茶、jamjamにて(作品紹介710)と 損得勘定の是非

    神戸にあるジャズ喫茶jamjamのことを思って描いた絵だと思います。港が描かれている。遠くに見える山。その山には、髪がカールした、いつもの武内の女性像が。のっぽの人物も左に見える。顔は正反対の方向を向いていて、お互いは感心がなさそうである。縦に描かれた絵ですが、その視線のゆくえから海が横へ伸びているようで変な広がりを感じます。右下の文字があるところに段々になった線があり、店への降りていく階段のように感じた。地下にあるのです。名前が書き込まれているのは、一緒にいた人物?日記のような絵なのかもしれません。ここの珈琲は、苦味があっていつも美味しいことも思い出されてきました。また、この鉛筆の線は、いつも独特な削り方をしている鉛筆でないと出来ないのだろうなと、アトリエにある鉛筆の先まで思い浮かびます。jamjamに...神戸のジャズ喫茶、jamjamにて(作品紹介710)と損得勘定の是非

  • 希望(色鉛筆作品紹介709)と 後悔、二段重ね。

    アトリエに武内の様子伺いに行くと、積み重ねられた紙からブルーの色がはみ出していました。どれどれと絵をめくり上げるとこの絵が出て来ました。目にこの冴えたブルーの色がワッと飛び込んできて、清涼剤のように感じた。それで、この絵を取り上げることに。この楕円の重なり具合とか、形のゆがみ具合も良くて、どことなく可愛い。種や卵みたいで、物事の始まる前の絵か?青い丸が羅列されているが、だんだん大きくなったり、小さくなったりしているありようがなんともいえない雰囲気を添えている。豆の鞘にあるクッションのようで植物的に思える要素だ。物事として捉えると、始まりの前というのは、物事がすでに内包しているという事かもしれないと思ったりした。言い換えれば、まだ果たされないことがあったとしても、現在の時点で勢いがあれば、それは果たされるで...希望(色鉛筆作品紹介709)と後悔、二段重ね。

  • 線がポップ(作品紹介708)と プレミアムノイズのライブに。

    OSAKA、KOBEと書き込まれています。阪急電車で行く、大阪、神戸の道のりの事だと思われます。下部に描かれている円径は、車輪なんでしょう。正面を向いているように見えるのは、電車?車輪の向きからすると、アクロバットな関係だ。大阪に着く前、長い橋を行き、淀川を渡る時があります。その時、前方を見ると、大きなビルがそびえたっているようすが見渡せ、ビルの群れを見ると、大阪に着いたなといつも思う。そんな印象が詰まっている絵だ。上部に描かれた人物は、きっと武内でしょう。都会で珈琲を飲む自身じゃないかな。この絵は色はポップではありませんが、線がポップに感じます。それは何故?当人は、「絵柄はトランプみたいだけど、これ取り上げてくれない?」と言いながら、手渡されました。トランプの柄だとすれば、キングかジャックだ。どっちなの...線がポップ(作品紹介708)とプレミアムノイズのライブに。

  • 秋の夕焼け(作品紹介707)と 思わないことは果たされない。

    「秋の夕焼け」秋に入り、陽射しが斜めから射す。陰影にオレンジが混ざり、どことなく茶色っぽい。夕暮れになると、太陽の陽光と青い空の色が交じり合う。そして、雲が流れてゆく。すると、黄金色のように輝く瞬間来る。燃えるように赤くなったかと思うと陽が沈む。一日が、終わる知らせだ。ほんわりした作品で、フワフワ感がある作品。秋も深まり、紅葉も見られるようになり、赤や黄色が目に付く季節に。そう思っているせいか、この絵が目に留まった。いつもの色彩がギューと詰まっている絵と違い、もの寂しさを感じるところが秋だ。だから、「秋の絵」としていいと思ったのです。中央の黄色の部分が唐突で、“バナナ”に見えてしまうのですが、わたしの頭の中では、これは「バナナフィッシュなのだ。」と思い込むことにした。“バナナフィッシュ”というのは、D・J...秋の夕焼け(作品紹介707)と思わないことは果たされない。

  • ヌード(作品紹介706)と ゴシック小説について

    ドンと女性の裸体を描いた絵は、かなり古い作品と思われる。この絵もヌードがかなりデフォルメされているが、現在はもっと形が単純化されて、わたしは“人型”と言っています。女性の髪は渦を巻き、カールが跳ね上がっている。武内の描く女性像は、すべてこの髪型をしています。絵をじっと見つめていると、油絵などで、ソファに寝そべる女性の裸体を描いた構図と似ているなぁ、と思ったりして、古い日本の洋画の面影を感じたりした。ただ、決定的に違うのは、頭の中で生まれた人工的な絵だという事。武内は「私の絵は、観念だから。」とよく言います。この絵は、その部類に入ると思います。背景に唐突に描かれた縞模様が、エキゾチックな雰囲気を出しているのが不思議に思う。よく見ると、☆×◎が羅列してあって、それだけで雰囲気を作っています。うまくするものだな...ヌード(作品紹介706)とゴシック小説について

  • 「やあ!」と言う。(作品紹介705)と すすきの戦い

    「こんにちは!」と絵が言う。描かれているのは、人型。「やあ!」と言って手を上げているのが、男性で、右にいるのが女性だ。そして、フムフムと眺めていました。武内は、もう、絵で遊んでいるのだなぁ~と思いました。蠅叩きのような手に、足先が四つもある。左にある足では立っている姿、右にある足を見るとつま先立ちをしてバレエを踊っているみたいだ。脳裏に、こういう光景が浮かんだ。子供造形教室をしていた時に、バレエを習っている子がいて、そのバレエが嫌だったらしく、居残る子がいた。「そんなに嫌なの?」と聞くと、うなずく。次がバレエの教室へ行く予定になっているらしく、バレエの時間をなるべく少なくなるように時間稼ぎをしているのだと言う。そんな話をしていると、武内がやってきて、「ゆいなちゃん、そんなに嫌なのかぇ。」と言いい、目の前で...「やあ!」と言う。(作品紹介705)とすすきの戦い

  • 風が舞う(作品紹介704)と 万歩計を持つ

    この絵はメモか?作品か?と悩む。いたずら描きが、作品になったというところか。鉛筆とクレヨンで描かれている。これは、作品のファイルに収納されていたので、作品として武内は入れています。わたしは、風がいたずら描きを残していった。そんなふうに絵を見て感じていました。また、踊っているようにも見えます。「詩人が描いた絵」として見たら、許容されそう。いわゆる一般的な画家が描いた絵として見たら、疑問符が付きそうだ。「ふざけてるのか!」と。まさにふざけている絵だ。左上にある顔を見ると、調子にのった詩人と言ってもいい。このふざけた顔が悪戯という性質を思わせる。日本人的な感性と、ちょっと違う。武内は、情緒はとても日本人的でヒューマニズムを大切にしています。おもむろに台所で、「幾山河超えさり行かば寂しさの終はてなむ国ぞ今日も旅ゆ...風が舞う(作品紹介704)と万歩計を持つ

  • 歩く女(作品紹介703)と アンドレ・ブルトンのナジャについて

    裏にタイトルと日付、使用した画材の明記があります。「歩く女」1988年6月クレパスと。とてもグラマラスなご婦人で、コルセットで縛ったようなウエストに目を見張る。手足の感じから、可愛らしい女性らしさを感じます。一番の驚きは、顔が黒いハート型なことだ。紫に塗られた背景と、色気ムンムン的なボディから、艶かしい感じもするのだが、顔が“ブラックハート“なので滑稽味があり、なんともいえない感覚。あの有名なムンク作の「叫び」という作品にも匹敵しそうなシュールさ。いつの間にこんな絵を描いていたのか?昨日、資料をパラパラとめくりながら、どの絵をブログに上げようかと思いながら見ていました。そうすると見たことがない、この絵を見た。見た瞬間、ゆるい衝撃が起こり、脳震盪を起こしているかのような・・・、脳が空白状態でした。「いったい...歩く女(作品紹介703)とアンドレ・ブルトンのナジャについて

  • 阪急電車(作品紹介702)と 金木犀の頃

    横長の作品で、大きさは33cm×54.5cm。マジックのみで描かれています。関西、それも京阪神。道のりは、阪急電車での西宮北口から、三ノ宮の往復。そして、散歩風景だ。ピンクで描かれた記号、四角を挟む三角形がCDラジカセの巻き戻しの表示のようで、クスッと笑いました。右上は、窓に映る景色のようだ。武内の絵には「電車」が出てくる絵が多くあり、「子供と一緒だな。」とよく思う。子供の絵画教室をしていた時、男の子は電車をよく描くと思いながら、見ていたのです。「うちの先生も、一緒なんだろうな。」よく思いました。描く絵は、イメージ、または妄想が違うが・・・。今日は、こういう一面が強く出ている絵です。一部を切り取ってみてみると、↑斜めに走るピンクの線が電車の速度を感じさせ、右上の人物は運転士と思いたい。だけど、過去の武内の...阪急電車(作品紹介702)と金木犀の頃

  • 駄天使(色鉛筆作品701)と わたしのハレの日

    この絵は天使なのです。いわゆるキリスト教に出てくる天使とは、まったくの別物。堕天使(だてんし)ではなく、駄菓子の“駄”から取った「駄天使」。この命名は、わたしが考えつきました。お菓子の包み紙のようなイメージがぴったりだと思ったから。高級で贅沢な菓子の雰囲気より、キッチュな感じを表すのにいいと。この絵は、2011年の仁丹堂のカレンダーの絵を思案している時に、描かれました。カレンダーに使われた絵は、もっと天使に近づいています。とても変な天使ですけど・・・・。↑これが、そのカレンダー。上の絵より細部がはっきりと描かれ、色味も華やかに仕上げている。武内なりに季節感を入れようと、四苦八苦していました。この時のデザイナーの方も苦労していたと思います。この人にどう接していいか?どう説明したら良いか?はじめの絵が全く季節...駄天使(色鉛筆作品701)とわたしのハレの日

  • 城に雨(作品紹介670)と 1つの時代の終焉

    タイトルは、裏に書かれています。「城の雨」と。第一印象では、船のように思い、鯨を正面から見たようだ、と思っていました。この感想も、「何でそんなふうに見えるの?」と思われそうでもある。「城」を思い浮かべながら、脳内で強引に「城」に結びつけようと足掻くが、無理でした。ヘタすると、「カタツムリ」に思えてくる。わたしの脳裏に残ったのは、愛嬌がある動物を見た時の感触だ。抽象画なのですが、半抽象に感じてしまい、どうしても「何なのだ!」と思いながら見てしまう。最後に残された「何は?」は、白っぽい後ろの影が、「城」かもしれないと言うもの。ヒロク二さんの絵は、見るものを悩ます。だけど、色形(いろかたち)としては、「シューズ(靴)だ。」これも、突飛な発想に思えるかもしれないが、こんな感じのジョギングシューズがある。映画監督の...城に雨(作品紹介670)と1つの時代の終焉

  • 絵日記(作品紹介699)と 還暦は身体から鍛えよ

    18cm×12cmぐらいの小さな絵。この絵は、武内が「このブックみてごらん。2人で遊んだ記録だから。」と言って、手渡されました中に貼ってあった作品です。↓そのブックは、こういうものスクラップブッグといえますが、中を見ると日記的で、見ると、こういうことを、あの場所でしていたなぁ~と思い出せる。そこが、従来のスクラップブックとの違いだ。上の絵は、写真が貼ってあり、その写真はギャラリーのスタッフだとわかる。そのスタッフがいた頃に描いたものだ。1993年作と記されてあり、当時の雰囲気やその当時の空気が伝わってくる。右上に「hiro」と書き込まれているから、太陽の横の顔は、自画像だ。自分を太陽神でアポロンのように描いているのに、苦笑する。でも、こういう武内の感性憎めなくてとても好き。左に「ナルシズム」と書いてあるも...絵日記(作品紹介699)と還暦は身体から鍛えよ

  • 地形(色鉛筆作品698)と 射手座の男

    2002年作の色鉛筆画土着的な絵で、山が配置されている。6つの山が描かれているのが見てとれる。土俵入りした山からは、火の玉のようなものが吐き出され、中心部分には地下水?湖?のようなものがある。こういう絵のスタイルは、芸術新朝から切り取った「八重山の老婆」が描いた植物の絵から始まったように思う。会った頃から大切にしていて、時々アトリエで見つけます。随分古い雑誌から切り取られた絵は、アトリエで移動しているらしく、見たと思ったら、どこかへ行ってしまうようで見つけられない。その絵は、木に蛇が巻きついている絵で、色鉛筆で素朴に描かれたものでした。もう一枚は、植物、小さい花を付けている絵でした。その絵を見ながら、「この絵は、いい絵なんだよ」と遠くを見る眼差しで話していたのが印象的でした。「この絵には、命がある」という...地形(色鉛筆作品698)と射手座の男

  • ふんわり軽い(作品紹介686・697)と 夏の終わりの夫婦喧嘩

    春をイメージしたかのような絵。花が咲き終わった後、種をつけ、その種を遠くに弾き飛ばしているような感じ。色がパステルカラーで、武内の絵と思えない色使い。女の子らしき姿の頭から髪が波打つようすもファンタジック。可愛いさ満開の絵。「どうしたんですか?武内先生?」と言いたくなります。それでも、形は武内らしく部分、部分を見ると、元々持っている形だというのが分る。「星の王子様」に対抗して、「花のお姫様」と言ってもいいかもしれない。雰囲気が化粧品のパッケージや、ファンシーグッズにもありそう。はじけた感じは、何かから解放されていて、とてもはしゃいでいるようでもある。この絵は、フェイルされたブックから取り出しました。わたしが、どの絵を上げようかな?とアトリエの絵をあれこれひっくり返して見ていると、急にふり向き、「絵はねぇ。...ふんわり軽い(作品紹介686・697)と夏の終わりの夫婦喧嘩

  • 夢想の地平線(作品紹介685)と 一日の中のドラマ

    「夢想の地平を飛ぶ戦士」意識下の世界を巡る。そのようなことを思い浮かべました。武内の絵は、深層意識というものに接触している作品もあると思います。見た夢を自分で分析したり、話しながら味わったりと。夢の話をよく語ります。その淡い思いのような空間を、飛行機で飛んでいる。そんふうに思いました。この絵は、クレヨンと鉛筆を使用。左中央の鉛筆で描かれた部分は、遠くに浮かぶ島のようにも見え、そう思うと青い部分が「海」のように思えてくる。この左上に描かれている人をよく見えるように部分を見た。船というよりは、飛行機だと思う。それも、小型プロペラ機。でも、翼がない。抽象的にとらえているのだろう。この飛行機は、カタカタと音を発てて、マイペースで進んでいるのだろう。現実生活では、「究極のマイペース」な人です。時々、迷惑なくらい。こ...夢想の地平線(作品紹介685)と一日の中のドラマ

  • ペシミスト(色鉛筆・作品紹介684)と 悲観も極に極に至れば

    この絵の左をを指差して、「この人はペシミストなの。この絵はペシミストが描いた絵なんだと言って、皆で笑う絵なんだ」と、解説してくれた。ますます、分りにくい。かえって頭が混乱する。「中央の、白いお皿に料理がのっているように見える部分があるけど、これ、しあわせ食堂の本の書き下ろしのカットのメモを使ったの?」と聞いた。「ああ、それ模様が見えるよねぇ。何だろうねぇ」と。「ハンバーグでも描いたのかと思ったんですが・・・」と言うと、「それは違う。しあわせ食堂のメモじゃない。違うメモを使った」と返事が。さらに、「左の形がいいと思って、これから使おうかと思って仕上げてみた」と言う。現在、台所に簡単に額装され、飾られている。台所にいる度に、見ていると、フッとにこやかになる。そして、「ユーモラスなこと」と思う。プイッと顔を背け...ペシミスト(色鉛筆・作品紹介684)と悲観も極に極に至れば

  • 西方(色鉛筆・作品紹介683)と 暑い日のおかしな日常

    今日は、旧作から。八九年十二月と記入されている。武内ヒロク二、51才。33年前の作品になります。出合った頃のの作品で、結婚するしないでもめていた頃の絵になります。ロマンティックに言えば、「恋をしていた」時期。パンツの形をしている旗が懐かしい。右下の文字は、「西へ向うんだその方から匂うんだまちがってもいいから見つけるまでとぶんだョ」と、詩のような文面が描かれています。この頃は、ラブレターと称する“日記帳”が送られてきたり、“いら草”について書いてある手紙が送られてきたりしていました。“いら草”についての内容は、いら草のからまるような詩的な文面とその手紙から発する、精神が沈みこんだ胸中の透明感や、その中から光を見出そうとする苦悩が書かれていて、危うい感じがあり、心配して電話をしたことなどが思い出されます。電話...西方(色鉛筆・作品紹介683)と暑い日のおかしな日常

  • 散歩(色鉛筆・作品紹介682)と 一番を目指すについて

    散歩をしていると・・・。こんな気持ちになっているのか、武内は。これは、心象風景と言えるかもしれない。ところが、タイトルは「ヒロク二主義」。わたしが訳すとしたら、「俺の主義」。日常に主義がたくさんあり、わけが分らないのもある。妻からすると、苦々しく思うことも。最大の難問、「俺は布団で寝ないのだ。」だ。また、「俺は腹一杯は食べないんだ。」「私は、裸になるのに抵抗感が薄いほうなんよ。」「身体から、固いものがなくなって欲しいと思っていてね。」と言う。(歯医者に行かない。)「固いものって・・・・。」とあきれたわたしは、「それじゃあ、爪もいらないのじゃないの?今、ペンチで剥がしてあげる。」と言えば、「君って、怖い女だねぇ。」と言われた。「本当は、歯医者が怖いのと違うの?」と、健康に関わるものなので、こだわりました。箸...散歩(色鉛筆・作品紹介682)と一番を目指すについて

  • 積まれたユニット(色鉛筆作品紹介681)と 怪しいものについて

    人形が、夜になると、人が寝静まると話しだす・・・、そんな童話がありますが、これはその積み木版で、放って置かれた積み木が夜に目覚めたような感じです。静けさがあるので、そんなふうに感じるのでしょうか。この形自体は、何度も絵に描かれた物もあり、「あの絵の形がここにあるな。」と認識する。白と肌色の部分。肌色の部分は、これが羅列されていてポップな絵があります。白い形は、同じ表情で描かれた絵が。この絵はシンプルさによって、気持ちをしっとりと落ち着かせてくれるところが気に入っています。いつも思うことですが、幅広いといえば聞こえがいいが、我が夫は、絵柄も極端から極端に行く思考回路が未だに謎。絵も同じように、いろいろだ。人を不安に陥れる要素の作品もあって、それは未だにブログで紹介する勇気がありません。いつ見ても、頭の中で「...積まれたユニット(色鉛筆作品紹介681)と怪しいものについて

  • 女神(色鉛筆作品紹介680)と マキアヴェリの君子論は哲学的

    難しい絵だと思いながら見ています。絵のサイズは、40cm×31cm。鉛筆、色鉛筆、クレヨンを使用。アルッシュ紙に。画面には、一度、鉛筆で画面が塗られていたらしく、消しゴムで消した所が白くなっている。足のようなものが見てとれるし、顔のようなものがあるから、人物なのか?動物なのか?フッと微笑む何かが、吹く風から立ち現れたようだ。お尻のように見える形もあり、女性が変化したものとも思える。このお尻の形を見ながら、エロティックにも感じられ、ヒロクに流エロティシズムが出てきたのか?お尻の形というのも、よく現れる形なのです。お尻の形の絵もたくさんあります。山が2つ並ぶ形を見たり、Mという字の形がたくさん描かれていたりするのは、そういう事なのです。今日の絵は、難しく、うまく語れません。苦し紛れに、たち現れた“女神”という...女神(色鉛筆作品紹介680)とマキアヴェリの君子論は哲学的

  • 警告(色鉛筆作品679)と 安倍元総理追悼

    パソコンの調子がおかしくなって、クリックしても出来ない事が多く、画像はスキャンそのままの状態でアップする事態に・・・。トリミングの時に、まったく動かないのだ。スキルが低いので、どうしていいか分らずマウスを買い換えることにしています。「何で?」と同じ動作を繰り替えすしか能の無いわたしは、「そのままサクサク行こう。」と気を取り直す事にした。この絵は、アトリエに吊るしてある針金に洗濯ばさみで吊るされていたもの。メモか?と思いながら、“灯台”のようだ。と、思って選びました。ムーミンに出てくる“ニョロニョロ”の変形にも思えてくる。しかし、武内の絵に出てくる灯台にモデルがあるとすれば、「明石」にある灯台でしょう。2人で灯台の近くにまで行って、海沿いに座り見ていたことがあります。潮の香りや吹く風を感じながら。しかし、こ...警告(色鉛筆作品679)と安倍元総理追悼

  • 小さな街の集積(エスキース紹介678)と 我家でのクーラーの歩み

    これは、鉛筆で描かれたエスキース。メモ、兼下書き。この絵は83と書き込まれているから、40年ぐらい前の絵。絵柄から、「神様は大あくび」という装丁の仕事をした頃に描かれたものと思われる。今は、10Bという濃い鉛筆を使用しているが、この頃は、HBぐらいの鉛筆をしていたと思いながら見ている。モチーフの要素が多く詰め込まれているようで、それぞれのパーツを1つ取っても、絵になりそう。もうこの頃から、得体のしれないというか、○○のような形というものを描いていると思うと、絵のスタイルというものは、今も変わっていないのかもしれない。描き方と表現にのみ変化があって、今につながっていると思いました。左にある“魚の形に大という文字が描かれている箇所”この部分を見ると、「ふうむ。」と思って見てしまう。わたしにとって、この部分は、...小さな街の集積(エスキース紹介678)と我家でのクーラーの歩み

  • 放蕩(作品紹介677)と マンゴームース・ケーキ

    タイトルは裏に書いてあり「放蕩」となっています。F3のサイズ、22cm×27,4センチ。アクリル絵具、鉛筆、クレヨンで描かれている。■「放蕩」の意味は、自分の思うままに振る舞うことであり、やるべきことをやらず自分のやりたい放題にして、家の財産などを蕩尽すること(使い尽くしていくこと)である。特に、酒にふけったり、女遊びにふけることを指すことが多い。放蕩を繰り返す人は「放蕩者」「放蕩息子」「放蕩児」などと呼ばれている。■とある。この絵から、“放蕩”をうかがい知ることは難しい。絵に、2つの顔を見てとることが出来るので、こいつらが街を飛び回って遊んでいるよう見ると、「自分の思うままに振舞うこと」ともいえるから、“放蕩”なのかもしれない。全体的に可愛い感じなので、放蕩というより、好きに遊んでいるように感じます。武...放蕩(作品紹介677)とマンゴームース・ケーキ

  • 派生する形(クレヨン作品676)と このブログの登場人物紹介

    縦長サイズの大きさで、42cm×25センチ。クレヨンのみを使用。子供が描いたような鳥の絵のようだ。描いた武内に「鳥ですか?」聞くと、「これだから困るんだよ。」という顔をされるのが思い浮かぶ。わたしが思うには、この鳥の目に見える楕円形と丸の組み合わせ、この形ばかりがアトリエでは描かれているのを目にしている。画面に2つ描かれていたり、多いのは5つも描かれているので、たぶん、この目のような形から派生する形態としてこの形は出来上がったと。鳥の形を描こうと思ったのではなく、試行錯誤としてこうなったと思うわけです。アトリエをのぞくと、その形がたくさんあって、気持ち悪いくらい。「その目に見えるような形、気持ち悪いから、減らせないの?」「わたしは、それがない方がいいわ。」と、当人の思考をぶち壊すようなことを言い、台所に座...派生する形(クレヨン作品676)とこのブログの登場人物紹介

  • 地平の果てに(色鉛筆作品紹介675)と シュールな感覚

    不気味な顔だ。地平に立っている標識のようでもあり、そうであればその意味は?また、置物と考えると微妙なバランス感覚で立ち、重さは感じられない。瞳はないのに、睨まれているような気もする。「お前は、もう終わりだ。」というセリフが似合いそうな女の顔。シュール感がたっぷりの色鉛筆画。この紙の皺や白い部分の汚れ具合もわざと表現している。紙と色鉛筆の蝋で、なめされています。武内は、「描き始めた時は、空間が狭く感じたけれど、描き進むにつれて広がりがでたなっと思って、続行してみたら思ったより広がってねぇ。」と、話していました。広がりの話、イマイチよくわかりませんでした。説明まで、シュールなんだ・・・と思うのでした。ヒロク二さんは、リハビリ中。コロナでこもっていたので、歩き不足で今長距離が歩けなくなっています。つい最近、病院...地平の果てに(色鉛筆作品紹介675)とシュールな感覚

  • 神戸の街(色鉛筆作品674)と 瞑想三昧の妻の話

    この絵は、神戸の街。海と山がある。最所見た時は、竹とんぼでも飛んでるのか?と思い、幼稚な見方をしていましたが、どうもそうではないようだと見直した時に、「ああ、風景なんだ、そして街なんだ!ああ、神戸に違いない。」と分った。「星珈琲」と書かれた文字は、タイトルなんだと。神戸にも長く行っていないので、思慕しているのかもしれない。わたしは、左上の角の所の箇所が気に入っていて、「この部分が好き。」と武内に伝えると、「他の部分は?」と聞かれ、「この部分にぞわっとくるものがあって、いい。」と独断と偏見を述べ、他の部分には言及せずにおいた。“竹とんぼ”の感想は、あまり言いたくない。この作品は、2017年に描いたものに描き足し、絵柄や色を変えたと聞いた。もう、以前の絵は、忘れてしまっていて思い出せなくて、脳裏にこの絵が定着...神戸の街(色鉛筆作品674)と瞑想三昧の妻の話

  • ギャラリー島田 特別企画展 2022「CREWS」のご案内

    神戸にある、ギャラリー島田での企画展に出品しています。日時:5月28日(土)~6月21日(火)11:00~18:00*最終日は16:00まで*会期中水曜休廊場所:ギャラリー島田神戸市中央区山本通2-4-24、リランズゲートB1・1FTEL&FAX078-262-8085ホームページ:http://gallery-shimada.com/企画のテーマは、「CREWS」“CREWS”は、「乗組員たち」という意味で、運命共同体の一員として、今を伝える展覧会を目指して企画されました。たくさんの画家や彫刻家などが参加しています。武内もその中の1人として、参加。こういう展覧会では、武内の絵は際立って、個性的なんだと再認識します。他の人の絵を見てから、武内の絵を見ると、やはり、「頭がブッとんでいるよ・・・な・。」と思うのです...ギャラリー島田特別企画展2022「CREWS」のご案内

  • ヒト・くも(作品紹介673)と カヤツリ草のこと‥

    崩れそうな積み木の積み方。この絵を見て思ったことです。タイトルが書き込まれている。「ヒト・くも」と。この“くも”と書かれた可愛らしい文字。字を見ていると愛しくなる。アップで↓それはさておき、この絵は直線がよく使われているのが印象的で、サシでも使ったのか?と思って見ていました。しかし、線をよく見ると、なめらかな線ではなく、キザキザしていたり、太くなったかと思うと、細い線になっていったりと、その線のせいかギシギシという音を立てながら歩いている人型のように見えます。赤と青の“くも”も子供が描いたような感じもして、なんだか童心に返ったような気持ちにさせられる。だた1つ、子供の絵じゃないと思わせるところは、右にある枯木だ。この部分は、寂しさを感じさせる。侘しい感じが漂うこの枯木。この部分にヒロク二さんを見つけるのでした。...ヒト・くも(作品紹介673)とカヤツリ草のこと‥

  • CREWS(作品紹介672)と ヒロク二さんと看護婦さん達

    B4サイズ。半紙の大きさ。鉛筆、色鉛筆、クレヨンを使用。この作品は、企画展に出品する作品になります。何かが立ち現れたような印象もします。この絵の制作中に背中にコブのようなものができ、それが破裂して、病院で手当をうけました。その痛みと老体に鞭打って、家に着くなり、また制作。「ちょっと来て。」と呼ばれると、この絵がありました。「そんな絵描いてたの?」と言ったら、「痛みにかまってられないくらいに、制作を追い詰めていたからできたんだ。」「君は、何もわかちゃいない。」と、凄む。わたしは、時々こっそり「小姑」とつぶやき、下を出してベーという顔をして、視線を感じたら、真顔ですます。その言われる「何も」の何はなんなのか?それがよくわからないのです。この絵はそんな状況下で制作されていたようで、当人はよれっていたにも関わらず、パワ...CREWS(作品紹介672)とヒロク二さんと看護婦さん達

  • 静止(作品紹介671)と 柿の葉寿司作り あれこれ

    F8のキャンバスにアクリル絵具。フォークロアな雰囲気の作品。この頃から人型への思考があるのがうかがえる。この頃と書きましたので、いつの頃のか?というと、40年ぐらい前、ヒロク二さんは、40代の頃の作品と思われる。わたしは、鍵みたいだな、と思い見ていました。写真を撮るのに、部屋に立てかけてあると、「それ、どこから持ってきたの?」と聞かれ、「奥の部屋(物置き場になっている)の壁にかけてあった」と答えた。「そう。」と言って、またアトリエに篭りました。わたしは、けっこう好きな絵だったので、わざわざ壁に飾っていたのです。この絵のザクザクと尖がっていたり、切れ目が見るものに、エモーション、情動を起させます。また、子供の頃した遊びで、「だるまさんがころんだ」というものがありました。「だるまさんがころんだ」という声の間に、動く...静止(作品紹介671)と柿の葉寿司作りあれこれ

  • オートマティズム的、メモ(作品紹介670)と ゴーギャンについて

    この絵は、海。波がよせ、海原には船が見える。空に浮かぶ雲。どうもこの雲にはかなりの湿気が含まれている。トリコロールカラーで表現されていて、フレンチな感じである。鉛筆は濃い10Bを使っていて、先はすりへって平になったまま、グイグイ描いています。線のありようをジッと見て、「こういう線って、なかなか描けないんだよな。」と、思いつつ見ていました。絵本の絵をよく描いていらしゃる、坪谷令子さんが個展にいらしゃって、武内とよく雑談していました。以前、5弁の花が並んでいるだけの絵を見て、武内の前で、「こういうこと、なかなか出来ないのよねぇ~。」と話しているのを聞いた。話のじゃまにならないように、遠くから2人の話を聞いていて、「そうなのか・・・・。」と佇んでいた。そんなことを思い出しながら、この絵を見ています。雲の線のゆがみや形...オートマティズム的、メモ(作品紹介670)とゴーギャンについて

  • 静かな飛翔(色鉛筆作品669)と 地道な努力

    静かで密やかなところでの飛躍。誰にも気づかれることなく、ひそやかに。孤独な時間が発酵するが如く。夜の海か・・・。二次元の絵に重力を感じます。濃い鉛筆と色鉛筆の絵。鉛筆の塗り込め方に特徴があって、もう黒光り。鉛筆の粉はまったく感じない。印刷のような表面。裏も鉛筆で黒光りしていて、紙は圧縮されたようになっています。紙のふくらみのことを、よく話すので、「こういうことをいつも言っているのか?」と思いながら、見ています。実は、こういう効果が出る紙は、絵を描く用の紙ではない。ロール状になった、印刷用紙です。幅は、1m以上ある筒型のもの。使い出した頃は、メモというか、いたずら描きに使っていましたが、途中でつい、この紙で絵を仕上げてしまい、それからのめり込みました。そのようだったと記憶しています。筆圧の強い武内の描き方と、この...静かな飛翔(色鉛筆作品669)と地道な努力

  • 何が描かれている?(作品紹介668)と ヒロク二さんの憂鬱

    1アイスクリームの絵?枯れたバラの花の絵?新しいタイプの骸骨の絵?爆発物?人の顔が見える・・・。人に想像を強いる作品だ。実は、この絵を取り上げようと思った時、こんなふうに見ていました。2逆さまに見ていて、腕組みする男の肖像か・・・、という具合に。こう思いこんでいました。サインを見たら、逆さまに書かれているので、間違っていたと思い、武内に「わたし間違っていたわ、この絵の向きはこうだったのね。」と、笑いながら言うと、「いや、この絵はこう向き。」と言って、「2」の絵であっているという・・・。また、混乱して、あっち向き、こっち向きと絵を眺める。武内は、確かに上記の「1」で作品を仕上げたのだけど、久しぶりに、この絵を自分で見て、「こっち向きの方がいいよな。だから、こっちが正しい。」と、方向転換したと思われる。「こっちのほ...何が描かれている?(作品紹介668)とヒロク二さんの憂鬱

  • 春の少女(色鉛筆作品紹介667)と ねずみのテグーの話

    我家の庭も花で華やかになってきています。春のうららかな日に近い作品を選んでみました。A2サイズの紙に濃い鉛筆と色鉛筆で彩色されています。武内の言う「一本足の女の子」。簡単に説明すると、奥様じゃない(所帯臭くない)、ちょっととっぴな少女というイメージの女性像なんだと思います。春、花が咲き乱れている中、あやうい少女が楽しげに歩いている。こんな雰囲気なのだと思う。よく見ると、この少女の髪が、跳ね上がり渦を巻いている。それは、風がまいあがり、気流を感じさせ、春一番の風のようでもある。片目を閉じ、もう一方の目は空虚だ。目の下の小さい黒い形は、付けホクロのような感じもする。されが、ある種の妖艶さではなく、キッチュな感じを出し、おもちゃのような少女像。この少女は、武内の内なるの少女なのだ。やっと、春の陽気と戯れる。庭に行くと...春の少女(色鉛筆作品紹介667)とねずみのテグーの話

  • 循環(ドローイング紹介666)と 環境問題と正義

    このところ空間の把握をしているような仕事をよく見る。半円と流れる線で描かれた矢印のようなもの。矢印が絵の印象を左右して、見るものに印象を残す。どうしても人の顔に見える線の組み合わせ。横切る線は水平線か?靄がかかった世界から、何かがたち現れてくる途中の経過のようでもあり、それを感じてじっと見ている存在がいる。そんな風に思いながら、絵を見ていました。もっと、詩のように文章を書いたらどうだろうか?と、頭に一瞬ひらめきましたが、現実的であまり詩的ではない自分のことを考えてやめました。こういう時、自分を知っているということは、大切で良い事だと。不遜なことは考えてはいけない。ヒロク二さんがニュースを見ていた。4月1日から、プラスティックの製品、お弁当のスプーンや、その他のプラスティックをなくす政策の報道だ。なんと愚かな・・...循環(ドローイング紹介666)と環境問題と正義

  • 風狂なドローイング(作品紹介665)と 興味がないこと

    「風との別れ、海の別れ街角・さようなら夜の別れ」と、文字が書き込まれています。日本語を絵に入れるのは、とても難しいのだけど、文字を絵のように加えることが出きるのは、武内の技かもしれない。書き込まれた文字が、こころなしか“洋風”に見える。そのことを知っている人から、「文字を書いて」と言われて、5種類ぐらいの文字をさっと書いて、お店に使われていたり。上の絵は、アトリエで伏せられて置いてあった一枚のドローイング。わたしの中では、今、“風”がテーマになっているようで、“風”を感じたと思ったら、自分の中で、その瞬間を感じて集めている。この作品にも、そういうものを感じた。独特の枯れた境地も感じが、新しいと思った。こういう感性は、「風狂」とでも表現してもいいのかもしれない。「風狂」とは、調べてみると1気がくるうこと。狂気。2...風狂なドローイング(作品紹介665)と興味がないこと

  • 隠れた三悪人(作品紹介664)と お料理三昧の日

    見た瞬間は、工場地帯の風景かと思いました。だけど、人らしきものがいて、しかも表情を持っているというのが・・・。その表情は、良からぬ悪戯を楽しむ三悪人という感じである。頭を悩ませること30分。絵を立てかけて、立って見ていると、「その絵古い絵だねぇ。今見るとその絵も、いいところがあるけど・・・」「今の作風と違う、やっぱり変わるものなんだね」と、言いながら目の前を去って行きました。懐かしんでいるような感じで。画面を切り裂くような線が印象的で、線に躍動感があるのに目が入って取り上げました。この絵は、厚紙に油性のマジック、クレヨン、鉛筆、色鉛筆で彩色。わたしには、中央の目がケロヨン(蛙のマスコット)に見えてしまい、絵で、ふざけてるように思えるのです。武内の絵で、一杯食わせられているというような気持ち。色味もいつもと違い、...隠れた三悪人(作品紹介664)とお料理三昧の日

  • 春の風(色鉛筆作品663)と 風の時代って?

    やっと暖かくなり、外に出て青空を見上げる。ああ、春が来たと伸びをします。庭に出ると、雑草も旺盛で緑が目に入る。タンポポは、切り込みの入った葉をしっかり茂らせ、花をつける準備をしている。この絵は、帽子が風で飛ばされたような感じもする。また、宇宙人が来たのか?未確認飛行物体という感も。しかし、武内の中ではシュールで抽象的な作品群に入ると思います。あるのは、浮遊感。これだけが、作品の鍵ではないでしょうか。武内は、「こんなのが出来た」と言って、テーブルの上にあるコップに立てかけて置いていった作品。わたしは、この青がとても心地よく、軽快な気分になった。そして、風の流れ。西洋占星術では、今は『風の時代』といわれる、200年に一度訪れる時代の転換期に入っているそうです。この絵を見ながら、そんなことも考えていました。今までの価...春の風(色鉛筆作品663)と風の時代って?

  • 夕暮れの街並み(色鉛筆作品662)と 板のパネル作り

    クレヨンと色鉛筆、鉛筆使用。この作品は、小品で、14cm×18cmという大きさ。小さいサイズの作品は、牧歌的なものが出来ることが多い。実物の色はもう少し明るいのですが、写真の撮り方のせいでうまくいっていません。街並みとすれば、人は巨人の大きさ。時は夕暮れ。武内は、他の絵でも「夕暮れ」というタイトルを付けることが多い。思い入れがあるのだと思います。郷愁に近いものかもしれない。わたしも子供の頃は、夕暮れ時になると、家々から夕食の匂いがして、外で遊ぶのをやめ、帰途についた。「ああ、今日一日が終わる」と思い、安心感や、一抹の寂しさや、充実感が混ざり合う一時。そんな子供の頃の夕暮れを思します。「カラスが鳴くから、帰ろう」と皆で歌いだしたりして、家に帰るのです。カラスが鳴かなくても歌い、その歌を歌うことが、帰る合図だった。...夕暮れの街並み(色鉛筆作品662)と板のパネル作り

  • ヤッホイ!(色鉛筆作品661)と お好み焼きの思い出

    最近作。顔のようになった涙の形は、よく目にしていました。メモが多くあり、1年以上この形を描いていたと記憶しています。この形は、あまり見かけないガムの容器から発展していました。細長い胴体に頭の部分にキャラクターの顔があって、口から四角いガムが出てくるというもの。インド紅茶の店で見つけたらしい。ドイツか、アメリカの製品だったような?(忘れてしまっている)この容器のスケッチをよくしていました。わたしは気に入っているのねと思いながら、そのスケッチをよく見ていたのです。何を気に入るのか?予測がつかないし、意外なので不思議なので印象に残るのです。その容器の顔、頭から発展した形だと知っていると、なお不思議。線から弾力性が感じられて、伸び縮みして動いているような感じがあって動きを感じる作品です。もう、完全に絵で遊んでいるという...ヤッホイ!(色鉛筆作品661)とお好み焼きの思い出

  • 現代の記号(色鉛筆作品661)と 妻の愚行

    この絵は、今年の2月に出来上がったもので、最新作といっていい。記号のようになっている形を見ると、古代遺跡のような雰囲気もなきにしもあらず。形そのものは、よく登場していてよく目にしているのですが、画面一杯にシンプルになったものを見るのは、最近です。ここ2~3年のこと。ピンク色は、実物では蛍光ピンクに近い色なのですが、ちょっとスキャナーが反射してしまいうまく出ていません。ピンク色華やかな作品です。何を血迷ったか、霊能力のある人に「自分の前世はいったい何なのか?」と、聞いた時があるのですが、「中近東あたりで、関所の税関の役人で権力もお金も持っていました」と言われ、興味がほとんどないので、レレレ?と疑問に思いつつ聞いていて、「あなたは、あなたのご主人のパトロンでしたよ」とも。何それ?と思い、「じゃあ、主人は絵を描いてい...現代の記号(色鉛筆作品661)と妻の愚行

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、ホメロスさんをフォローしませんか?

ハンドル名
ホメロスさん
ブログタイトル
色鉛筆画家・武内ヒロクニのブログ
フォロー
色鉛筆画家・武内ヒロクニのブログ

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用