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2020/05/22

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  • 「オニに心を呑み込まれる」ということ

    「人間の想念の塊のようなんですが明らかに普通の想念エネルギーとは毛色が違うモノがこの世には存在する」ということに或る時気付きました。 それは「世の中全部気にくわない💢」とか「人間なんて滅んでしまえ‼」とかいった破壊的或いは破滅的なエネルギーが素になっているようです。 普通のネガティブな想念エネルギーと比べると遥かにドロ~と濃厚で禍々しく黒いイメージのモノです。 邪悪な『まっくろくろすけ』というか暴走モードに突入した『カオナシ』というか… 最初に真っ黒の中に裂けた口と牙が感じられたので個人的にソレをずっと 『オニ』と呼んでいます。 今世の中にはオニが溢れています。 現実社会に現れている人の心の荒…

  • 所謂『閻魔大王』と人間の自分本位な世界観

    「お盆だのお彼岸だのという世間一般で広く行われている宗教的な『風俗習慣』っていうのは、結局生きてる側の人間の勝手な都合で決められてきたものだ」ってことをこれまで繰り返し述べてきました。 実際時代や地域によってコロコロと変わってきてますしね。それをことさらスピリチュアルに解釈して、単なる風習以上のものとして意味付ける方がいらっしゃることも申し上げました。そういった行為のあれやこれやが、『眼に見えない不思議なチカラを発揮するシキタリ』として今も語られ続けています。もちろんそれぞれが独自の価値観をお待ちになることは全くの自由です。ただ、一つハッキリしているのは人の死は普遍的なものであるが、宗教的な儀…

  • 時の流れの節目と運命の分かれ目

    時の流れは単に物理的な気候の変化だけではなく、眼に見えない様々な変化も生み出します。 その変化というのは一期一会で一時も同じことはありません。 同じ12月でも去年と今年では気候も違うし、エネルギーの流れも違っています。 時の流れによって起こるエネルギー的な変化はこの世界に有形無形の変化を与え続けます。 この世界全てに影響を与えているのですから、人間にもまたその影響は及びます。 ただ、人間に影響が及ぶのは「人類か選ばれた種族だから」とかではありません。 その辺を勘違いしてる人って少なくないので言い添えておきます。 世の中には人間の考える『時の節目』ってのが多くあります。 近場でいえば、クリスマス…

  • 中二病とチカラを魅入られる人々

    つくづく中二病とスピリチュアルってのは親和性が高いんだなって感じる今日この頃です。 てかスピリチュアルに流れつくような人ってのは、そもそも中二病の傾向が強いってことかもしれません。 中二病とは要するに「自分が世界の主人公で、この世界は自分を中心に回っていて、自分の世界観を強く反映した行動や言動をとってしまう状態」の事。 要は「私はお前ら一般人とは違う『特別』な人間なのだ!」というニオイをプンプンさせてる状態が中二病って事です。「如何にも自称霊能者の人とかが信じてそうなこと」ですよねぇ。まぁ、自称霊能者の人が全員中二病だとは思ってませんし、そう申し上げる気もありませんけどね…ただ、その界隈には「…

  • 仮定盛りとアクロバティックな自己肯定

    私の造語に『仮定盛り』ってのがあります。 「こうに違いない!」という思い込みを土台にして、その上に「ならば、こうなるはずだ!」という仮定の話を『ブレない真実』のように盛り付けていくっていうやり方を表す言葉です。 で、盛り付けた話は仮定のはずが直ぐにその場で「そうに違いない!」という『確信』に変質していきます。 っていうか盛られてる途中で、もうすでに『ブレない真実』のように扱われていますけどね… そして、またその『確信』の上に仮定の話が盛られていくのです。 ネバーエンディング盛り盛りストーリーです。 まぁ、思い込みと決めつけのコラボレーションですけどね… 思い込みと決めつけのコラボレーションはや…

  • フラッシュバックと心を自由にコントロールすること

    精神的なモノであれエネルギー的なモノであれ人間は自分にダメージとなるモノがやって来ると無意識にそれを小分けにして耐えようとします。例えば生まれてから今までの『苦しみ』のすべてが一つの大きな塊のようになっていたりしたら、あまりにもダメージが大きくて耐えられないでしょうからね…そのため分割して隠してしまうのです。隠してしまうとは自分自身の顕在意識からは認識しにくいようにするという意味です。心の在り方としては潜在意識の奥に押し込んでしまうのですが、現実問題として身体のあちこちに地雷のように埋め込まれていたりします。何らかの体感を伴ってね…人間の心にはそういう機能が標準装備されてるんだと思います。ダメ…

  • いわゆる『応援団のヒトたち』と人の運命

    個人的に『応援団のヒトたち』と呼んでいる存在があります。 文字通りその人の後ろで人知れず応援してくださる眼に見えない人々のことです。 所謂成仏していて、それでもこの世の人間の手助けをしてやろうという奇特な方々です。そういうヒトたちはアチラから「この人間なら応援してやろうかな」と見定めて来ています。こちらの勝手な都合で来てもらえるものではありません。来るか来ないかはあくまでも応援団のヒトの側の『都合』によります。 応援団のヒトの『都合』で、その人間の生きざまを気に入って手助けしようと来てくれてるわけです。 逆にいえば気に入らなくなったらそこからは居なくなります。つまり、応援団のヒトは多くなったり…

  • フレキシブルな心と頑迷固陋

    この世はどう転んだところで不確実性の世界です。 どこまで行っても不確かな状況の中で何とかかんとかバランスを取って生きていくしか道はないのです。 でも、不確かというのはフレキシブルなことでもあり、自由の源でもあります。 ここでいうフレキシブルとは、「柔軟なさま」「融通が利くさま」ということです。 安定と自由は相反するってことです。 別の言い方をすれば、不確定要素が多いほど柔軟性が高いとも言えます。 だから、安定した心の状態を突き詰めると頑迷固陋になっていきます。 簡単に言えばフレキシブルに物事を考えることを止めるってことです。 フレキシブルに考えなければ心が不安定になることが少なくでしょうから。…

  • 無知と万能感

    人間というのは本質的に無知な生き物です。 人間ごときが何でも分かるわけがないのですから当たり前です。 でも、知らない部分は何かで補わなきゃなりません。 その何かとは簡単にいえば『想像力』です。 ここでいう『想像力』とは知らないなら知らないなりに一生懸命察したり慮ったりしようとする心の働きのことです。 先ず自分の無知を皮膚感覚で知ることがその『想像力』を養う第一歩です。 逆に物事を知ったつもりになればなるほど『想像力』は失われます。 『想像力』とは「自分は無知である」という認識から始まるモノだからです。 「慮るチカラが弱い」というのはその人の中の万能感と比例します。 ここでいう万能感とは自分が全…

  • いわゆる成仏と俯瞰的な視野を持つこと

    ヒーリングなんてことをしておりますと所謂成仏していないヒトに出会うことは決して珍しくありません。 珍しくないというのも随分控えめな言い方なんですけどね… 所謂『成仏』してないヒトの多くが生きていた時の『刷り込み』とそれに基づく『条件反射』でほぼ動いているようにお見受けします。 「死んだらお墓に行かなくちゃ!」とか「仏壇に居なくちゃ!」とかいう思い込みでズルズルと動くのです。 線香の煙や読経の声にも亡くなられた方は反応して寄って来ます。それによって「自分も成仏出来るはずだ!」という生前の刷り込みの結果なのでしょう、 あと、自分が亡くなったこと自体分かってない人も大勢いらっしゃいます。そういう人は…

  • 運命を拓くことと勘を磨くこと

    運命ってのは相対的なものです。世の中のモノはすべて相対的に出来ています。それは、それぞれの運命は常に絡み合い、影響を与え合いながら存在してるってことです。 だから、人と交わり、この世と交わることなくして運命は切り拓けないのです。運命とは『交わり』の結果とも申せましょう。昔の人が言った『吉凶禍福動より生ず』とはそのことではないかと思われます。つまり、人の運は人・モノ・場所との出会いとその際における選択から生まれます。 そうやって生まれた一つの『運』が巨大なジグソーパズルのピースのように繋がっていきます。一見繋がって無いようなピースも何処かで繋がって一つの絵になるのです。しかもそのパズルは一人の人…

  • 「悪霊は勝手に退治していいのだ!」とかいう話

    例によって例のごとく独断と偏見で申し上げれば、除霊とは自分と見えない何かとのチカラ比べです。 チカラ比べには終わりがありません。 いつまで経っても何処まで行っても上には上がいるからです。眼に見えないチカラの話ですがね…よって、除霊を続ける限りいつでも相手をねじ伏せられるだけの『より強くより大きなチカラ』を求め続けなくちゃなりません。そうしなければ、いつの日か相手からねじ伏せられてしまう日が来るかも知れないからです。そうでなくても相手がいる限りはいつも一方的なやりたい放題が出来るとは限りません。常に『返り討ちに遭う可能性』は存在するってことです。返り討ちにまで会わなくても所謂『返り血』くらいは浴…

  • 「むかしは良かった」という今に対する呪詛

    とにかく「昔は良かった!」っていう人がいらっしゃいます。 「昔の人は立派で純粋で、今の人間は心も身体も堕落してしまった」という風に考えたいのでしょう。 堕落した『現在』と理想郷であった『過去』を対比させたがります。 「時代を経るにつれ世界は段々ダメになる」って考えるのは仏教の末法思想やユダヤ・キリスト教の終末思想もそうですし、古今東西よくある考え方なのでしょう。私からしたら時代が進むほど世の中なり人間なりがダメになるって考えるのは、「現在進行形の『世界』を呪詛してるだけだろう」と感じます。本当は大して良くもなかった過去を持ち上げることで、今ここにある自らの不遇を『世界』のせいにしようとしている…

  • 楽園伝説は人を幸せにしない

    ぶっちゃけた話世間の人々は人類って種族に期待しすぎじゃないでしょうか。 あっ、もちろん期待するのは自由です。ただ、期待しすぎるから『生きることのハードル』が爆上がりになってる気はします。 この地球上において人間ってのは特別なonly oneなどではなく、あくまでもone of themってヤツです。一匹の蟻と一人の人間の価値が違うってのは人間目線なら正解ですが、地球目線なら不正解だってことです。 結局人間は自分らのことを特別な存在であると信じているわけです。じゃあ、なぜそんな風に信じてるかというとその根底には拭い難い『選民思想』があります。ここでいう『選民思想』というのは、「自分らだけが『特別…

  • 憑かれることと心の安定

    「身も心も支配されて完全に操られている状態」を所謂『憑依』とするならそういった人はごく少数でしょう。 ただ、様々な波動エネルギーの影響を受けて、心や身体に大きく変調を来たしてしまう人というのは世の中には大勢いらっしゃいます。 そういった状況をここでは一応『憑かれた状態』としておきます。 『憑かれた状態』といってもオカルト映画みたいな誰でも分かるド派手な怪奇現象が起こるなんてことはまずありません。見た目はもっとずっと地味です。 最初はその人の内側からジワジワとゆっくり浸食されていきます。浸食された部分は本来のその人では無いモノに差し替えられていくのです。 差し替えられた部分は元からある部分と比べ…

  • 思考停止と権威に依存する人々

    「進歩っていうのはあっちへぶつかりこっちで躓きながら、その結果として何かを掴むことで初めて成り立つものだ」と思うのです。 たまたまでは無く必然として、試行錯誤の産物だってことです。なので、敢えて「ブレないこと」を目指すというのは、自ら進んで『進歩』から遠ざかっているのと同じです。「試行錯誤を放棄する!」と自ら宣言しているのに等しいわけですから。「ブレない!」とは、一言でいえば試行錯誤を停止した状態を指します。思考停止して、曖昧模糊とした答えのなかなか見えない状況から逃れようとすることです。元々あっちへフラフラこっちへフラフラしながら生きてるのが人間です。試行錯誤をやめてしまえば、そのうち心のバ…

  • 不条理な世界と「辻褄は無理やり合わせない方がいい」って話

    このブログではこれまでに『根性論』というものについて繰り返し書いてきました。 ここでいう『根性論』とは「気力が充実さえしていればよっぽどのことがない限り世の中大抵のことは精神力で乗り切れるのだ〜! 」みたいな考え方のことです。霊的なことで言えば「精神力というか気力が充実してさえいれば霊的に悪いモノであってもあんまり強くないエネルギーならそんなに恐れる必要なんてないのだ〜! 」みたいな感じでしょうか? で、そんな根性論の一つに『全ては気持ちの持ちよう論』ってのがあります。『全ては気持ちの持ちよう論』ってのは「全ての問題は自分で作ってるだけだ! だから、自分の気の持ちようを変えられれば、何でも解決…

  • 仮定盛りの根っこには思い込みの激しさがある

    私の造語に『仮定盛り』ってのがあります。「こうに違いない!」という思い込みを土台にして、その上に「ならば、こうなるはずだ!」という仮定の話を『ブレない真実』のように盛り付けていくっていうやり方を表す言葉です。 で、盛り付けた話は仮定のはずが直ぐにその場で「そうに違いない!」という『確信』に変質していきます。 っていうか盛られてる途中で、もうすでに『ブレない真実』のように扱われていますけどね… そして、またその『確信』の上に仮定の話が盛られていくのです。 ネバーエンディング盛り盛りストーリーです。 まぁ、思い込みと決めつけのコラボレーションですけどね… 思い込みと決めつけのコラボはやがてイリュー…

  • カミサマと宿命論

    ここでいう所謂カミサマってのは何かと申しますと「これまで世界のどこかで人間によって崇め奉られてきた眼に見えない存在全般」を指します。そのカミサマの所謂一つの正統性だの妥当性だのってモノには関係なくね。今回に限らず私がカミサマって言う時はそういうモノのことを想定しているとお考えください。簡単にいえば「時代や地域に関わらず誰かが神さまって呼んできた眼に見えない存在はとりあえず丸ごと全部カミサマという『ジャンル』に分類しますよ」ってことです。「じゃあ何故そんな風に神を規定するのか?」というと、そもそも見えない『何か』に神という名を付けたのは他ならぬ人間だからです。「神というのはあれでそれでこれで、こ…

  • 『正しい!』よりも『心の穏やかさ』を大切に!

    目の前に100人の人がいれば100通りの「正しい!」が存在します。 みんな自分が正しいと思っているからです。 もしその100人の中の1人が自分の「正しい!」を何処までも妥協なく押し通そうとすれば最終的に何らかのチカラを行使して相手を捩じ伏せるしかなくなります。 万人が心から納得する「正しい!」なんて何処にもないからです。知力・暴力・権力…如何なるチカラであれ、それを他に対して行使し続けるならその人の心は荒々しく尖っていきます。 つまり、『正しいの比べっこ』をやればやるほど、『偶然ではなく必然として』荒々しいココロに染まっていくということです。 自分の「正しい!」を他者に押し付ければ心の許容量は…

  • 自分が亡くなったことをきちんと認識すると成仏できる

    ヒーリングなんてことをしておりますと所謂成仏していないヒトに出会うことは決して珍しくありません。 珍しくないというのも随分控えめな言い方ですけどね… 所謂『成仏』してないヒトの多くが生きていた時の刷り込みとそれに基づく条件反射でほぼ動いているようにお見受けします。 「死んだらお墓に行かなくちゃ!」とか「仏壇に居なくちゃ!」とかいう想いでズルズルと動くのです。 線香の煙や読経の声にも亡くなられた方は反応して寄って来ます。それによって「自分も成仏出来るはずだ!」という生前の刷り込みの結果なのかなと感じます。 あと、自分が亡くなったこと自体分かってない人も大勢いらっしゃいます。そういう人は道端とかに…

  • 頑固と心のバランス

    人間は誰しも見たいように世界を見ています。 それは「全ての人には主観がある」ってことです。 主観があるってことは先入観があるということでもあります。すべての主観はその人の経験値に支えられているからです。人は誰しも個人的な経験を経て、その人独自の考え方を持つに至ります。 しかし、主観があまりに先鋭化すればコダワリになって心に固定されます。主観が固定されればされるほど心は先入観によって縛られ雁字搦めになってしまうのです。 じゃあ、先入観が全くない方がいいのかといえばそんなこともありません。なけりゃないで色んな判断がやたらと遅くなって迅速な判断が出来なくなるでしょう。 思考の途中を端折れなくて何でも…

  • 親から受ける想念エネルギーの影響の深さ

    世の中の多くの人は「自分の心ってのは、やり方さえ間違わなければ丸ごと自分の顕在意識で以ってコントロール出来るようになってるはずだ!」と何とな〜くぼんやり信じてるんじゃないでしょうか? 現実になって何処までコントロール出来てるかどうかは別に、『構造』としてね…しかし、実際には只今現在のその人の顕在意識でコントロール出来る部分っていうのは心全体の半分もあればいい方でしょう。残り半分以上は顕在意識じゃないモノの影響を受けているのです。 影響を受けているというのはやんわりとした表現で実態としては振り回されていると言った方が近い気がします。何に振り回されているかといえば一番は『過去の自分』です。ここでい…

  • 他人の不幸を望むココロも『呪詛』の一種である

    ここでいうところの『呪詛』というのは「誰かに対してエネルギー的に眼に見えないカタチでネガティヴな影響を与えようとする方法または手段の全て」とお考えください。 マジナイ・ノロイ・呪術・念送りなどと呼ばれる類いのモノもすべて含みます。 一般的に使われる『呪詛』という言葉の意味より随分範囲が広くなっていますが、他にピッタリ当てはまる言葉も中々無いのでそんな風に使わせてもらっておりますm(_ _)m 世間一般でいう呪いの類いっていうのは「古くから行われていた呪術を伴うモノ」として認識されている気がします。丑の刻参りみたいな特殊でオドロオドロしい独特な儀式を伴うようなものとしてです。 っていうかそういう…

  • 荒々しい言葉遣いはクセにしない方がいい

    波動のレベルの高いモノはフワッと軽くてスカッと明るく、波動のレベルの低いモノはドヨヨ~ンと重くてジトッと暗いのです。 別の言葉で言えば波動のレベルの高いモノは穏やかで温かく、波動のレベルの低いモノは荒々しく冷たいのです。日々の何気ない言葉や行動の集積がその人の波動のレベルを形作っていきます。 そうやって形作られた波動のレベルがまた次の波動のレベルの土台となるのです。 日常的に言葉が荒々しいというのはその人の波動が荒々しいということです。波動が荒々しいということは波動のレベルが低いってことを指します。 日ごろから荒っぽい言葉を使い続けていると波動のレベルが下がりやすい心のカタチになります。言葉の…

  • 不安を煽るための『悪魔』という設定

    ここでいう所謂カミサマってのは何かと申しますと「これまで世界のどこかで人間によって崇め奉られてきた眼に見えない存在全般」を指します。 そのカミサマの所謂一つの正統性だの妥当性だのってモノには関係なくね。今回に限らず私がカミサマって言う時はそういうモノのことを想定しているとお考えください。簡単にいえば「時代や地域に関わらず誰かが神さまって呼んできた眼に見えない存在はとりあえず丸ごと全部カミサマという『ジャンル』に分類しますよ」ってことです。世の中の多くの人々が想定するいわゆる神さまってのは人間に何らかの御利益を与える存在として認識されています。ぶっちゃけた話「自分に何か得になることをしてくれるの…

  • 「魔境にハマって浮かれる」ということ

    スピリチュアル好きな人の多くが大なり小なり劇的な覚醒経験みたいなモノを望んでいるんじゃないでしょうか? 神秘体験をして万能感を得たいっていう気持ちが心の何処かにあるってことです。 まぁ、でもねそれって一歩間違えれば危険なマヤカシに呑み込まれる端緒になりかねません。それが「『魔境』って呼ばれるファンタジー世界の入り口にわざわざ首を突っ込んで覗き込んでいる状態」なのは確かです。 主によく語られる魔境の意味は『神秘体験などに囚われ、意識の拡張により自分のエゴが肥大し、精神のバランスを崩した状態である』といわれている。簡単に説明すると現実世界では通常体験出来ない現象や思想を感じた時「特別な何かを得た、…

  • チカラはカタチより使い方が大切です

    世の中には霊能力と呼ばれるような類いのモノがあります。そういったチカラには大体二通りのパターンがあるように感じられます。 一つには人間が生き物として生まれながらに持っている所謂『第六感』です。 一般的には『勘』とか呼ばれるモノです。 個人的には『勘』は他の五感と並列的に在るものだと思っています。特別な人間に与えられた特殊なチカラではなくね。ここで五感というのは誰もが日々ごく普通に感じている感覚のアレヤコレヤのことです。それぞれに個体差はあっても人が生まれた時から持っている『感じるチカラ』全般を指しています。 第六感を含んだ人間の感覚は身体の衰えとともに劣化していきます。しかし、その100%全て…

  • 劣等感の裏返しとしての優越感

    世の中には『特別』であることを求める人がたくさん存在います。 特別なチカラ、特別な感覚、特別な使命、特別な人生などをです。 『特別』に憧れ、『特別』に囚われているといったほうがいいかも知れませんが… ここで言う『特別』とは例えば「自分は他人より世界の真実を知っている!」とか「自分は神より選ばれた人間である!」とかいう優越感に溢れた状態のことです。 そういう状態になりたいと渇望し、「既にそうなったに違いない!」と思い込みたい方々が大勢いらっしゃるわけです。 優越感を渇望する人は同時に劣等感に苛まれている人です。強いコンプレックスこそが『スペシャルな自分』を夢見させるのです。 最近やたらと頭ごなし…

  • インスタントの行き着く果て

    今の世の中にはテクニカルにチョチョイのチョイで心や身体を支配出来ると信じている人々が大勢いらっしゃいます。『インスタント』大好きと申しますか…ここでいう『インスタント』とは何時でも何処でも何にでも単純明快な答えを求めようとする心の持ちようのことです。テレビのお笑い番組で例えればシチュエーションなんて関係なく「とにかく出てきて3秒でドカンと笑わせなくちゃダメなんだよ!」みたいな考え方です。一言でいえば何よりも『手っ取り早いこと』を最優先させる思想です。 スピード感と臨機応変さが命みたいなね… で、そうなると『あやふやさ』や『回りくどさ』をヒドく嫌うようになります。単純明快さが何より優先なんですよ…

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