日本国有鉄道 労働運動史
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住所
吹田市
出身
和歌山市
ハンドル名
blackcatさん
ブログタイトル
日本国有鉄道 労働運動史
ブログURL
https://whitecat-kat.hatenablog.com/
ブログ紹介文
国鉄における労働組合史を底本に、国鉄が解体されて行ったプロセスについて検証していきます。
自由文
blackcatの思索帳と銘打って、国鉄労働組合やその他組合の主張等を参照しながら国鉄とはどんな組織だったのかをしゃかいげく的側面から検証してみるblogです。 内容が内容だけに難しいのですが、私なりに解釈を加えて解説しています。 不定期更新です。
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日本国有鉄道 労働運動史
  • 国鉄労働組合史詳細解説 114

    久々に更新させていただきます。 二公社が民営化された初めての、'85年春闘 昭和60年の春闘は、4月1日からで「電電公社」「専売公社」がそれぞれ民営化されたことから、一公社四現業による賃金交渉となりました。ここで、国労は、85春闘の要求として2万8000円、12.9%を掲げ、国鉄当局との交渉に臨んだ。 と国労は書いていますが。 この辺について、国鉄当局側の資料がありますので、そちらからも引用してみたいいと思います。 国有鉄道という国鉄部内紙から引用してみたいと思います。 公労委(公共企業体等労働委員会、掘秀夫会長〉は、さる5月30日、国鉄及び4現業職員の本年度の賃金引き上げについて仲裁裁定を提…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 113

    久々に更新させていただきます。 国鉄労働運動、改めて鉄労視点というブログも立ち上げさせていただいたのですが、実は本家のこちらよりも人気になりそうな雰囲気です。苦笑 国労からの視点でのblogなり書籍は多いので、鉄労的視点からみた場合はそれはそれで面白いかなと思っています。 さて、こちらでは再び国労の労働運動史を底本として、綴らせていただきます。 昭和59年の春闘に関しては 国労の記事では、下記のように書かれていますが。前年昭和58年の名目賃金の上昇率は、大原社会問題研究所、日本労働年鑑第55集 にある、賃金と労働時間の項によりますと、調査対象の産業全体で3.5%製造業でも3.9%dいずれも前年…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 112

    久々に更新させていただきます、今回も国労の資料を底本として、解説を加えさせていただくこととします。 昭和58(1983)年の世相とは 昭和58年春闘における賃金闘争に関してのお話になっていますが、昭和58年当時の景気は、徐々に回復傾向にあったとされており、 昭和58年の春闘について、大原社会問題研究所労働年鑑、昭和59年版の中から引用させていただきますが、当時の労働運動全般の動きを見ていますと、下記のような動きがありました。 中曽根新内閣が発足し、日本の軍事大国の強化が懸念され。行政改革の断行も公約とされた 連合の前身、全民労協(全日本民間労働組合協議会)が発足、労働戦線に新たな流れが起こった…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 111

    皆様久々に更新させていただきます。 今回は、再び国労の労働運動史を底本にして説明を加えさせていただきます。 経済不況と春闘相場 昭和58年、国鉄の財政は厳しさをましていましたが、それ以上に経済の悪化は大きく、実質経済成長率は、当初見通しを大きく下回り、5.2%から3.1%に下方修正されたといわれています、当然のことながら、春闘における、相場も厳しいものとなりました。 労働四団体は統一要求として、7%の賃上げを要求 八三年春闘にあたって、82年12月3日、労働組合としては7%の要求基準が決められました。これは、82年12月3日、労働四団体の事務局長・書記長会議決定されたものでした。*1 国労の労…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 110

    今回も、オリジナルの記事として、前回に引き続き、昭和55年頃の、国鉄の事情等を、国鉄の部内誌、国有鉄道の1980年6月号(今次春闘を振り返って)を参照しながら、総括していこうと思います。 国鉄を含めた、現業公務員や公社職員は、経営側が自らの判断で賃金を決定できず、もちろん、運賃値上げなども国会の承認がいりますので、当局には実質的な当事者能力はありませんでした。 このストライキは、総括すると国労・動労にとってはあまり実入りが無いストライキでした、労働側4委員が揃って辞表を提出、結果的に賃金問題は未解決のまま、ストライキは中止されることとなりました。 その当時の時系列を抜き出してみますと下記のよう…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 109

    今回は、オリジナルの記事としてアップさせていただきます。 昭和55年頃の、国鉄の事情等を再び、国鉄の部内誌、国有鉄道の1980年6月号(今次春闘を振り返って)を参照しながら総括して見たいと思います。 不協和音が見られた公労協、独自路線を歩む全電通 昭和54年、官公労は、私鉄総連などと組んで公労協統一闘争を行っていましたが、ここに来て、全電通(現:NTT労組)が自主交渉、個別調停を行うことを提唱し、官公労の統一闘争から一足早く離脱するなど、全電通の独自性が見える春闘でした。 全電通自体が、全電通が、1970年代後半から、賃金闘争と物価闘争を重視する運動を進める独自性を発揮して、官公労からの距離を…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 108

    久々に更新させていただきます。 今回も国労の労働運動誌を底本に、労働運動の変遷を別途調査した資料等を参照しながらアップしたいと思います。 過熱気味の公定歩合と賃上げ闘争 国労の資料によりますと、80年代春闘の話をここで行うとされていますので、こちらノーページでも、春闘を中心に国労、そして他の組合の動きを80年~82年までを3回に分けてアップさせていただこうと思います。 1980年当時の公定歩合は、昭和55年2月19日に改訂され、年7.25%(1.0%引上げ)されています。 www.boj.or.jp 参考:日本銀行公表資料 昭和55年2月19日公定歩合改定 今では考えられないくらいの好景気です…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 107

    本日も、国鉄労働運動史をご覧いただこうと思います。 今回は色々と資料を探してみたのですが、鉄労の資料を『国鉄民主化への道』を参考に書かせていただくのが一番詳しく時期列ありましたので、この記事を参考に解説を加えさせていただきます。 国労とのパイプを絶つことに成功した、仁杉総裁の辞任 国鉄民営化に投書は賛成の意向であった、仁杉総裁は、本社内の民営化反対の勢力に押される形で、民営化を容認から、反対に転じることとなりましたが。この辺は、もう少し複数の資料を探していく必要はありそうですが、6月21日に、仁杉総裁は辞表を提出、翌22日は土曜日でしたが緊急役員会が開催され、縄田国武副総裁と半谷哲夫技師長が辞…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 106

    ここ最近更新が出来ずに申し訳ありません、昭和60年の公企労レポートが手元にないのですが、出来るだけ資料を集めながら書かせていただこうと思います。 55歳以上の労働者脱退を阻止するための抗議行動を行う国労 年が明けて以降、多くの地方、職場で「五五歳以上の者は一人も残さない」と、人権無視の退職の強制・強要・差別など、目にあまる不当な行為が続けられていた。そうした状況にたいし、全組合員で五五歳以上の労働者を防衛しようと立ち上がった。3月25日から、国鉄の分割・民営化反対、緊急課題の要求の前進、職場での人権侵害抗議の全国統一行動が展開された。3月26、27、28の3日間、連日1,000人が国鉄本社前に…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 105

    国鉄当局の基本方策を監理委員会に提出 国鉄は、1985年(昭和60年)1月10日に、国鉄の経営形態のあり方について、下記のような経営改革のための基本方策として発表しました。 本文は非常に長文ですので、後ほど弊サイト【国鉄があった時代】で全文アップする予定ですが、一先ず新しい経営形態のあり方について言及した部分について書かせていただきます。 ポイントは以下のとおり 公共企業体→民営化を行う 民営化に際して徹底した分権化を前提としたに全国一体の特殊会社 地方交通線については、全額出資の株式会社として分離運営 下記のようなイメージになります。 上の図でも出ていますが、北海道と四国も基本的には場合によ…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 104

    久々に更新をさせていただきます。 本日は、国鉄当局が提案した、依願者休職に対する動きについて、国労・当局の双方から見ていきたいと思います。国労史では、撤回のみを強力に推し進めた点しか記述されておらず、国鉄部内誌や千葉動労など他の組合の資料等を参照しながら補強していきました。 今後は、動労の運動史なども購入するなどして他の組合史と比較しながら中立的視点から記述できるようにすべくしていく所存です。 依願休職募集に対する動き 国鉄の施策の一つであった、「依願休職」に関しては、本社は10月10日からの実施を予定していました。 国鉄当局が、この制度に踏み切った背景については、太田職員局長は、国鉄部内誌【…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 103

    待ったなしの再建委員会 再建監理委員会は、8月10日に第2次緊急提言を中曽根首相に提出することになりますが、再建監理委員会の中では情報を小出しし、活方針を早めの示すことで、野党などの反発を抑えようとする動きがあったと言う記述もあります。 以下、大原社会問題研究所の労働年鑑 第57集 1987年版から引用させていただきます。 監理委員会は、その後も国鉄予算など具体的な国鉄改革の意見を発表しながらも、国鉄の分割・民営化のための検討をつづけた。八四年六月四日には第二次提言のなかに分割・民営化の基本方針を盛り込むことを決めた。このことは、分割・民営化反対論が国鉄内部や自民党の一部および野党のなかにまだ…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 102

    高木総裁に代わり、仁杉総裁就任 仁杉総裁は、1983(昭和58)年11月25日に高木文雄国鉄総裁が辞意表明した異を受け、その後任として、29日に仁杉巌総裁が閣議決定されました。 高木総裁の辞任は、1兆4,000億近い赤字を出した責任をとらされたと言うよりも、臨調や監理委員会にたいして批判的であった事から、更迭されたと考えるべきかも知れません。高木総裁は、組合との関係も決して悪いとは言えず、むしろ再建監理委員会の方針には反対の立場を取っており、分割民営化は反対というスタンスを取っていました。 今回白羽の矢が立った仁杉総裁は、元国鉄の技師長で、西武鉄道の社長を歴任、国鉄総裁就任前は、日本鉄道公団総…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 101

    一か月以上も更新しないまま、過ぎてしまいました。本日も、国労運動史を参考に当時の国鉄の様子を見ていきたいと思います。 いままで、国鉄部内誌からの引用が多かったのですが、今回は大原社会問題研究所、労働年鑑を参照しつつアップさせていただこうと思います。 高齢者の退職を促進するため、定期昇給等の停止を実施 日本労働年鑑 第56集 1986年版 第一部 労働者状態 II 産業合理化と経営・労務 から、引用させていただきます、ここでは国鉄の退職前提の休職に関して比較的詳しく書かれていました、まず最初にお断りしなければいけないのは、国鉄には定年制度がなく、勧奨退職年齢と言う言葉を使っていたということです。…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 100

    皆様、久々に更新させていただきます。色々と資料を探してみるのですが、この辺の資料であれば、公企労レポートが一番適当かと思うのですが、あいにく持ち合わせておりませんので、今回は深掘りした意話ができないことを最初にお断りしておきます。 国労による「三ない運動」 国労は、分割民営化反対を当初から掲げており、「三ない運動」と呼ばれる戦略行動でした。 辞めない・・・勧奨退職に応じない 休まない・・・一時帰休 出向しない・・出向 国鉄当局が進めていた施策でしたが、国労はこれを「首切り三項目」として、徹底的に反対するようにしていました。 特に、これ以外に、「こうした話を聞かない」を含めた行動としていた場合も…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 99

    本日も、国労の労働運動史を底本にして、昭和59年当時の国労の動きを中心にして、国鉄改革の歩みを見ていこうと思います。 そこで、当時の国労だけでなく、動労の動きにも注目してみたいと思います。国有鉄道という国鉄部内誌を参照しますと、昭和59年7月~8月にかけて開催された国労・動労、鉄労などの組合大会の様子が書かれており、詳細は不明なるも概要を知ることは出来そうです。 そこで、少しずつその辺を抜き書きしながら、当時の各組合の考え方を見ていきたいと思います。 人員削減・貨物輸送削減・ローカル線廃止のいわゆる三項目には動労も反対 昭和59年10月号の国有鉄道を参照しますと、7月17日から20日まで秋田市…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 98-2

    今回も、国労は56歳以上の者の退職条件を切り下げることで退職を促進することを目的とする当局の方針に異議をとなることとなります、しかしそういった申し出に対しても、当局側はなかなか応じようとはしませんでした。 さて、実際にはどのような経緯となるのでしょうか、以下お読み下さいませ。 現在、労働組合視点の資料を探しているのですが、中々見つけられませんので、当局資料などを中心にして類推しながら書かせていただくことを了承いただきたいと思います。 合理化は国鉄改革の原点と位置づけた当局 国鉄の場合、組合問題に論点がいきがちですが、何故合理化を強力に推し進めなくてならなかったのか、その一つには、確かに組合との…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 98

    さて、本日は59・2ダイヤ改正に伴い発生するであろう過員に対し、国鉄当局は退職前提の特別休職を中心に休職を者の募集を開始したが、それに対して国労は、強く反発する反面、組織温存を図りたい、動労、鉄労、全施労は当局の要求を早々と受け入れ、さらに早期に募集開始を迫る構図となり、国労側にプレッシャーをかけることになります。 そうした中で、一定の整理がはかれたとして国労も改革三労組(動労・鉄労・全施労)とほぼ足並みを揃える形で休職者募集が開始されることになります。 現在、この辺に関して当局視点だけではなく、国労なり動労の視点での資料を集めようとしているのですが、適切な資料が中々適切な資料がありませんので…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 97

    長らく開けてしまいましたが、再開したいと思います。 今回も、国労の資料を底本に展開させて頂きます。 国労が過員センター【国鉄当局の名称は、人材活用センター】ですが、その実体ということで、営業補助【特別改札などの他、今まで協力会社が行っていた下請け作業の直営化等が行われたと記録されています。 また、直営売店などへの転出なども行われ、一部の組合員は、正規の名札を着用せず、元所属の名称を書いた名札を着用するなどの行為が見られました。 なお、国労の記述では 国労本部は「過員」問題についての職場実態調査を4月と7月に実施したが、それによると過員発令が属人的であったり、入れられた「過員センター」の環境が劣…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 96-2

    長らく更新しておりませんでしたが、改めて更新させていただこうと思います。 国鉄当局の退職前提の休職に対する、国労の闘争を、国労の資料から見ていくものですが、国鉄のこうした大量の過員【余剰人員】は、どのような契機で発生したのかを考えないとみえにくいものがあります。 合理化しても人を減らせない職場 本来であれば、機械化することなどで合理化するのが本来なのですが、合理化=人減らしに繋がるとして、「合理化しても人を減らさない」もしくは、合理化させないといった行動を取ってきた時代がありました。 昭和53年鉄道ジャーナル10月号では、架線下DCの特集をしていますが、そのパターンとして 非電化線区への直通が…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 96

    久々に更新させていただきます。 今回は、昭和59年2月以降の国鉄の動きについて、国鉄の部内誌などを参考に書かせていただこうと思います。 なお、組合視点の記事については、次回、組合史詳細解説 96-2として書かせていただきます。 ご了承ください。 約2万5千人の余剰人員 昭和59年の輸送システム改廃で国鉄では数多くの過剰人員が発生しました。 国鉄側の資料などによりますと、 計画 29,800人 実行 43,500人(+14,300)と当初計画よりも合理化が進んでしまいました。 退職予定者 22,000人 退職予定者が、当初の見込みを下回った原因は、年金支給開始年齢が55歳から56歳に延伸された為…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 95

    当局の人員削減対策 国鉄の余剰人員は、昭和57年に退職のピーク以降は緩やかな減少を辿り、国鉄の監査報告書によると、59年度期首に於ける余剰人員(過員)は、24,500人となったと報告されています。 今後も合理化で、更に余剰人員(過員)が発生するため、その対策として、当局は、一時帰休制度や退職前提の休職制度などを提案してきます。 昭和58年監査報告書 134ページを抜粋 退職前提の休職や、派遣制度の導入 退職制度の見直し ① 退職条件=56歳以上の者の特別昇給は行わない。 ② 在職条件=55歳以上のものの定期昇給、ベア、昇職・昇格は行わない。 職員の申し出による休職退職前提の休職の適用条件として…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 94

    本日も国鉄労働運動史を底本として、昭和59年2月以降の労働運動について見ていきたいと思います。 構造的な余剰人員【過員】問題 過員の問題は、昭和58年頃から顕著になってきたようで、運転職場などでは一足先に昭和57年頃から、発生していたと思われますが、国鉄部内誌、国鉄線 昭和60年1月号の記事によりますと、天王寺鉄道管理局では昭和58年12月21日に実施された、CTCの使用開始に伴い、余剰人員が発生したと記述されています。 国鉄があった時代を参照しますと、下記の記述を見ることが出来ます。 紀勢本線 亀山~新宮間、参宮線 多気~鳥羽間CTC使用開始 12/21 国鉄大阪電気工事局と天王寺鉄道管埋局…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 93

    過員の発生と組合運動 国労の資料だけで見ていると見えてこない部分も多いのですが、「職務内容は地方で交渉して決めるよう要求したのに対し、国鉄当局は過員の運用は管理運営権の問題だとして、交渉に進展はなかった。」 と書かれていますが、大原社会問題研究所の「日本労働年鑑 第55集 1985年版」を参照しますと、国労主流派であった民同左派が、昭和58年8月19日から23日まで開催された、定期大会では下記のような発言をしたと記録されています。 大合理化、分割・民営化にたいして、「労働者に犠牲をもたらさないかぎり、効率化を一面的には否定しない」との独自の「効率化」を模索し、前年の方針を踏襲した「長期抵抗路線…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 92

    本日も、国労運動史を底本として、検証を深めたいと思います。 任期途中で交代した高木総裁 仁杉総裁は、第8代高木総裁の後任として昭和58年12月2日に就任しています。 その背景には、高木総裁が、臨調の分割民営化に対して、批判的であったこともその要員と言われています。 当時の高木総裁の考え方では、国鉄は公共財であると言う考え方が根底にあり、国鉄を処分することに対して非常に批判的でした。 その辺が当時の中曽根首相には面白くなかったというところでしょうか。中曽根首相の中には、そうした意味では、「総評を潰すのが目的であった」と言う発言も理解できるような気がします。 中曽根首相としては、元国鉄常務理事で前…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 91-2

    今回は、労働運動視点というよりも、国鉄の再建計画と臨調と言う視点に立って考えていきたいと思います。 第2臨調が始まったのは昭和56年3月であり、財政再建を旗印に掲げたものでした。 当時は3k赤字(国鉄・米・国民健康保険)と呼ばれる赤字補?が問題視されていました。 特に、国鉄の赤字額は増大で、利子を払うために新たな借金をすると言う自転車操業に追われている状況となっていましたが、その多くは本来であれば国が整備すべき若しくは税金で補填すべき部分に対しても過剰な国鉄への依存や短期鉄道債券による資金調達などの問題(新線建設などの場合30年40年と長期にわたり費用の償還等が発生するため資金調達もそれに合わ…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 91

    当局に押しきられる形となった国労 国労は、貨物輸送の縮小に反対するとして、積極的に反対運動を行ったと書かれています。国労としては、全日本交通運輸労働組合との連携を図ったと書かれています。 また、国労は、下記のように総括していますが、施策自体は、臨調の後ろ盾というも、分割民営化を阻止したい当局側の組織防衛であったと考える方が素直であり、「臨調の後ろ盾」と言うよりも、「国鉄当局自体が背水の陣を敷かざるを得なかった状況であった」と考える方がより素直なような気がします。 全日本交通運輸産業労働組合協議会(公式ホームページ) 国労は全交運とともに全国各地で、宣伝・オルグ活動を強化し、荷主、関係団体、自治…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 90-2

    貨物事業縮小の陳情に対する当局の態度 再び当時の国鉄の資料を参照しますと、国鉄としては陳情に対して、下記のような対応策で応じていきたいと回答しています。 少し長いですが、全文引用させていただきます 四、陳情と対応策 陳情内容をいろいろな角度から述べましたが、陳情に対して私どもがどう対応しているか述べてみたいと思います。 貨物取扱駅存続460駅体制は、物流のまとまりを考えて組んだものであり、この駅体制と直行システム化は、言わば車の両輪であり、貨物取扱駅の存続はできない。 輸送ルート確保の車扱については、一定のまとまりのある区聞に限定して直行列車を設定しているので、輸送量の少ない区間には送れないこ…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 90

    当局の輸送改変の不当性を訴え、荷主の要望を集約する運動に出た国労 国鉄が、昭和59年2月の改正に向けて行った輸送改変に対して、組合としては、「国鉄問題を赤字や黒字という財政面からだけとらえるのではなく、公共交通・総合交通体系の視点から社会的に論議できるようになるか否かが、この闘いの重要なポイントとなる」として、「荷主訪問運動を全国的に展開し、当局計画の不当性を訴え国鉄貨物輸送に対する要望・意見を集約する。」とした運動方針を打ち立てるのですが、元々国鉄労働者の度重なるストライキにより、荷主が離れていった現状にあって、これはどうなんだろうかと思ってしまうのは私だけでしょうか。 「国鉄貨物輸送の問題…

  • 国鉄労働組合史詳細解説 89

    地方都市圏で導入された「都市型ダイヤ」 国鉄は、昭和59年の大幅な輸送改善、【システムチェンジ】を提案してきましたが、最も大きな点は地方都市に於ける都市型ダイヤの導入でした。 59年2月の改正で、ヤード系輸送の廃止ばかりが目立ちますが、昭和57年11月の改正で広島地区のダイヤを列車形ダイヤから都市型ダイヤに変更して試行した結果顕著な結果でがでたことから、全国的に地方都市圏でも広島方式が検討されることになりました。 国鉄線 昭和58(1983)年12月 主要中核都市圏の輸送改善例から引用 この結果を受けて国鉄では下表のように、広島形の都市間輸送を行うこととなりました。【61年11月改正は省略】 …

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