主に女性目線の作風を得意としております。現実社会で生きる人たちのリアルを描写し、恋愛やミステリー的な要素を加えながら、オリジナルの話を作っております。
嗣永シュウジ(つぐなが しゅうじ)です。主に純文学の小説を書いております。
『世界の海』『深海の生物』『北極・南極の海』の順で館内を回ったあと、この水族館の一番の見どころでもあるクロマグロの大水槽に観ることにした。世界の海の生態系を模した水槽では、口元が異様にしゃくれた熱帯魚のような色をした青い巨大魚や、如何にも毒々しい色をしたフグ、暗い水槽のなかでピカピカと発光する深海魚、泳いでいるのか浮かんでいるだけなのか、水中を直立したまま漂い続けるタツノオトシゴのような棒状の生物など、珍しい生き物ばかりが展示されており、水槽前の説明書きを読んでもいまいちピンと来なかった。なかでも唯一わかったのが、ディズニー映画の『ファインディング・ニモ』にも登場した〝カクレクマノミ〟と、岩陰に身を潜めたまま、ほとんど姿を現さない〝ウツボ〟くらいのもので、最初の水槽で目にしたサメほどのインパクトはなく、とくに感...『凍える愛情』XLVI
入口に入ってすぐのエスカレーターを降りると、まずサメの水槽が目に飛び込んでくる。水槽の前にはすでに数名の客が並んでおり、最前列を独占する家族連れ客に紛れ、一組のカップルが、水槽の中を遊泳するサメの姿を目で追いながら、「ねえー、見て、大きい!!」と、大袈裟に声を上げ、暗がりでイチャついている姿があった。最早、自分たちの世界に入り込んでおり、サメの姿など目に入っていないのではないかと思えるほど、今にもおっぱじめそうな勢いで、隙間なくからだを寄せ合っており、さすがにあの中に入る勇気はなかった私たちは、どちらからともなくそのカップル客を避け、水槽の脇の空いているスペースへと移動した。サメの水槽の中では、カツオやマンタも一緒に飼育されているのだが、食べられてしまう心配はないのかと疑問が浮かんで来ないでもない。「わぁ〜!見...『凍える愛情』XLV
マックで腹ごしらえを済ませ店を出たのは、食後に雑談をしていたこともあり、一四時を回っていた。まだ、さすがに観覧車に乗るには、ちょっと時間帯が早すぎしたので、敢えて観覧車乗り場をスルーし、しばらく園内を散策することのした。葛西臨海公園の園内には、水族園という水族館のような施設があり、事前に下調べをしたのだろう、新田くんが、「水族館があるらしいよ。行ってみようぜ!」と提案してくる。臨海公園の入り口の大きな噴水を横切り、ひとまず水族園に隣接した中央広場へと足を伸ばしたのだが、寒波のせいか休日だというのに、実際に公園を訪れている利用客は少なく、園内を定期運行しているパークトレイン(汽車型のバス)の二台あるうちの一台は、路肩に停車したままシートを掛けられており、完全に運行すらされていないようだった。さっきのマックの店内を...『凍える愛情』XLIV
「葛西臨海公園の観覧車に一回乗ってみたいんだよね……」前に一度だけ、新田くんの前で、そう呟いたことがあった。たまたま京葉線に乗る機会があり、そのときに何気なく呟いたものだったのだが、どうやら新田くんはそれを覚えてくれていたらしく、デートの約束をするときに、「だったら、前に臨海公園の観覧車に乗りたいって言ってたじゃん……。そんとき一人で乗るの、ちょっと気が引けるって言ってたしさ、思い出づくりも兼ねて、二人で乗りに行こうよ!あの観覧車!てか、俺もあの観覧車初めて乗るし、どうせ乗るなら、その最初の相手は、ぶっちゃけ、俺的には〝千重子さんと〟がイイし……」という新田くんの思いつきで、二人の初デートの場所は、葛西臨海公園ということになった。ディズニーランドでもシーでも、定番のデートスポットなら幾つも思いつく。ただ、私の何...『凍える愛情』XLIII
結局、新田くんからはまともに行き先も告げられず、ほとんどなし崩し的に車に乗せられた。首都高速湾岸線を千葉方面へと車を走らせる車内からは、両側に光を失った湾岸エリアが見下ろせる。すぐ横に隣接した夢の島には、すでに明かりは灯っておらず、まるで閉園したかのような闇が広がっている。首都高を走る車の量は、それほど混雑はしていなかったが、それでもそれなりの交通量はあり、車線の両側を猛スピードで走り去っていく大型車両がやけに目立っていた。「ところで、この車、勝手に使って大丈夫なわけ?てか、その前にこれって、飲酒運転じゃないの?」訊きたいことが多すぎて、矢継ぎ早に新田くんに質問をぶつけた。「え?あ〜、大丈夫大丈夫!そんな呑んでねぇーし、酔いならとっくに醒めてるから……。てか、会社自体が休みなんだから、バレようがないでしょ?それ...『凍える愛情』XLII
「ダメ……、かな?」そう真剣に詰め寄られ、思わずこちらがたじろぐ。いや、もちろん嬉しくないわけじゃない。ただ、いざ実際に告白されてみると、それはそれで返事に困るというべきか、新田くんからの告白に、どう反応していいのかが判らなかった。「いや、ダメとかじゃないけど……」返事を濁し、そこまで答えて黙り込んだ。黙り込んだまま答えない私に、「けど?……」と、新田くんが催促するように訊いてくる。あまりに唐突過ぎる彼の告白に、そのあとのことまで考えておらず、「少し考えさせてくれないかな?……」と、少し間を置いてからそう答えた。私の微妙な反応に、今度は彼が押し黙り、数秒間、目を瞑ったまま天を仰ぐ。そして、自分を納得させるようとでもしているのか、それともただ落胆しているだけなのか、ゆっくりと二度頷いてから、「分かった……」と、力...『凍える愛情』XLI
いつも作品を読んで頂き、ありがとうございます。と、同時に、作品の投稿頻度が不定期且つ、遅くなっており申し訳ありません。現在、当ブログで投稿している『凍える愛情』に関しましては、今後も当ブログでの掲載を行っていきますが、作品が完成し次第、当ブログを閉鎖する予定です。今後の活動に置きましては、『小説家になろう』というサイトでの掲載を続け、何れは、そちらのサイトに統合する予定です。尚、そちらのサイトでは、私が過去に書き上げた『蝶々と灰色のやらかい悪魔』という新作?を投稿しておりますので、そちらも合わせて読んで頂けると幸いです。一作目の投稿のURLは、https://ncode.syosetu.com/n7953fu/1/と、なっております。現在、当ブログで連載中の『凍える愛情』に置きましては、加筆修正を加えたのちに、...今後の活動についてのお知らせ。
「ここだよ……」と彼が立ち止まった場所は、やはりなんの変哲もない倉庫街で、フェンスに囲まれた一角には、事務所らしき掘っ建て小屋のある敷地が広がっており、絶景の夜景が見下ろせるわけでもなければ、隠れ家的なパンケーキ屋があるわけでもなく、どこの倉庫街にもよくある、ふつうの会社の営業所があるだけだった。駐車スペースには数台の社用車が並んでおり、どれも後部に荷台スペースのあるライトバンタイプのモノで、営業用の足にも使えるし、ちょっとした荷物を運ぶにも、それなりに重宝しそうなタイプだった。「え?ここって……、まさかここに入るわけ?」「え?あー、うん、まぁ、そのまさかだけど……」彼がそう言い放ち、さも当然のように門扉をよじ登り始める。「ちょっ、ちょっと!だ、大丈夫なの!?」あまりにもふつうに彼が門扉をよじ登っていくので、心...『凍える愛情』XL
新田くんに促され降りた駅は、京葉線の新木場駅で、湾岸沿いの倉庫街だった。ほとんど住宅のない駅の特色が特色なだけに、あまつさえ降りる人も少ないというのに、終電間際という特異な時間も相まって、乗り換え以外で実際に駅を降りたのは、私と新田くんの二人だけだった。駅に着くころには、彼の酔いもだいぶ醒めてきたようで、さっきまでのヘンなテンションも、心なしか治ってきたように見えなくもない。新木場駅のロータリー周辺の広場には、幾つかのチェーン店があり、ある程度光源は確保されているものの、そこを離れると途端に光源となる施設がなくなる。海に囲まれた倉庫街という土地柄もあり、全体的に薄暗く感じられなくもない。辛うじて街灯があるお陰で、それなりの視界は確保されているが、それでも駅前のような明るさはなく、街灯のある地面だけを、ぼんやりと...『凍える愛情』XXXIX
彼を傍で見ていると、つくづく何を考えているのか判らない人だと思い知らされる。ふつうに考えれば健全な男子が、わざわざ遠回りしてまで、こんな夜道を毎回のように送ってくれているのだから、それなりの下心があっても、何もおかしなことはないのだが、新田くんのほうから、そういった素ぶりを見せてきたことなど、過去に一度もない。もっと言うなら、彼の別れ際の潔さから察するに、私に対し何かしらの好意があるわけではなく、単なる習慣で送ってくれているとしか思えず、それはそれで女として、ある意味傷つくのだが。「だいぶ遅くなっちゃったね……」小川の流れる遊歩道を挟むように作られた、片側一車線の親水通りを一本路地に入ると、途端に街灯の灯り少なくなる。通りの両側に並んだ二階建ての住宅の窓には、この時間でもチラホラ明かりは点いており、それなりに見...『凍える愛情』XXXVIII
人身事故で電車が止まった夜、家まで送ってくれるという新田くんの、せっかくのご厚意に甘え、駅前の駐輪場に止めている自転車を取りに戻るため、一旦、葛西駅まで脚を伸ばすことにした。葛西橋通りから葛西駅までは環七一本で繋がっており、距離にして三〇〇mほどあるのだが、新田くんの家が駅前のマルエツの裏手にあることを考えると、わざわざ遠回りさせて、来た道を戻らせるのも悪いと思い、一度は申し出を断った。ただ新田くんも一度言い出すと聞かないタチらしく、私の話に耳を傾けようとはしない。「お待たせ!」そう遠巻きに声をかけ、戻ると、「おう!ここ、ここ!」とでも言うように、彼が大袈裟に手をふって、自分の居場所を知らせる。「ちょっ!恥ずかしいから止めてよ!」すぐに近くまで駆け寄り、思わずそう制するが、当の本人は何のことだか判っていないよう...『凍える愛情』XXXVII
「いや……、だから、もう一回、言って!」「え?……」予想外に、真顔で新田くんに詰め寄られ、思わず、引き気味に後退りする。まさか冗談のつもりで言った私の軽はずみな発言を、ここまで彼が真に受けるとは思わず、「いや、じょ、冗談だって……」と、慌てて訂正した。「ちょ、ちょっと、怖いんですけど……。ま、マジにしないでよ……」正直、なぜ自分がそんな発言をしたのか、自分にも判らなかった。面白がって言ったのか、本気でそう思っていたのか、意識して言ったというより、ほとんど本能的に発した言葉だった。もちろんその気がないのに、思わせぶりな発言をした自分にも非はある。ただ、それを真に受ける彼にも、問題がないことはない。お互いの中で、結婚を意識していた時期に、私から逃げるように、彼は一方的に関係を終わらせた。当時、私の中で結婚を意識する...『凍える愛情』XXXVI
その日の夜、さっそく貴和子さんの旦那さんからの京土産を開けてみた。箱の上の段には白い生八ツ橋が箱詰めされており、下の段には深緑色をした生八ツ橋が同じ配置で、五つずつ梱包されていた。白いほうはスタンダードな『ニッキ味』で、もう一つの緑のほうは『抹茶』と説明書きにあった。四角い生地につぶあんを包み込んだ、どちらも定番の三角形のモノだ。先に白いほうを食べてみると、シナモン似たニッキの香りが、口の中いっぱいに広がる。シナモンほど辛味が少なく、独特の甘ったるさが無い分、個人的にはニッキのほうが食べやすくて、私好みである。さっそく味変し、今度は抹茶のほうを食べてみた。言わずもがな、こちらも美味である。抹茶の芳醇な香りに、つぶあんの控えめな甘さが、お互いの存在を打ち消し合うことなく、絶妙なバランスで引き立て合っている。どちら...『凍える愛情』XXXV
飲みかけの缶コーヒー片手に会社に戻ると、貴和子さんが私の姿を発見するなり、「ちょっと、どこ行ってたの?なんか携帯鳴ってたわよ!」と、私のデスクに置き忘れた携帯を指して教えてくれた。「え?」ふだんは鳴らない電話なので、どうせチェーンメールか何かだろうと思っていたが、一応携帯を確認してみると、新田くんからのメールの着信だった。「誰から?」話の流れで貴和子さんに訊かれ、「あ、ただのチェーンメールでした……」と、なぜか咄嗟に、そう嘘をついた。貴和子さんの性格から察するに、とくに深い意味があって訊いているわけではないのは判っていたが、なんとなく、あとで色々詮索されるのではないかと思うと煩わしくて、つい条件反射的に嘘をついてしまったというのもある。「てか、珍しいわね。あんたがコーヒーだなんて……」ただ、貴和子さん自身は、あ...『凍える愛情』XXXIV
無駄な抵抗を諦め、彼の提案に乗っかり、最寄駅の葛西まで、二人で歩いて帰ることにした。二人の家の位置関係上、清砂大橋通りを通ると、少し遠回りになることもあり、葛西までは、一旦、葛西橋通りまで出て、それから荒川を渡ることにした。距離にして二駅程度のものなので、直線距離にすると大したことはないのだが、それでも実際に歩いて帰ろうとすると、それなりの距離があった。荒川を渡る際、江戸川区に行くには、清砂大橋か葛西橋のどちらかを渡ることになるのだが、どちらの橋も海に近い立地条件上、季節に関係なく、とにかく強い潮風に晒される。ふつうの日であっても、横殴りの強風に晒されることになるので、まず傘など差して渡ることは出来ない。強風の日などは、電車自体が頻繁に止まるので、台風や強い低気圧が接近してる日なんかは、とにかく困る。通勤などで...『凍える愛情』XXXIII
地上に出ると、先ほどまで居た人の姿は疎らになっており、駅前のロータリーに群がる列というにはあまりに無秩序な、黒山の人だかりが出来ていた。「ちょ、何?アレ……」目の前の異様な光景に、私が思わずそう固声を漏らすと、「あぁ、みんな考えることは一緒だな……」と、新田くんは一瞥するなり、何かを悟ったような口ぶりで笑う。「え?」「あ〜、ほら、タクシーだよ……」彼が顎でシャクるほうへ視線を転じると、今まで目の前の光景のインパクトに隠れていて気づかなかったが、数台のタクシーが人混おみに埋もれているのが確認できた。車体天井の行灯部分だけが、辛うじて見えているだけで、そのほとんどが隠れているせいで、正確な台数までは、ここからは判らない。予期せぬ客の押し寄せぶりに、軽いお祭り状態になったタクシー乗り場には、地下からゾンビのように湧い...『凍える愛情』XXXII
ある夜のフットサルの帰り道、南砂町の駅の周辺は、地下鉄の入口から溢れた人で、歩道はごった返していた。「な、何かあったのかな?」そう新田くんのパーカーの裾を引っ張る私に、「え、いや、わ、分かんない……」と、彼が口籠りながら返事をする。駅周辺にある施設といえば、最近出来たばかりのショッピングモールと、草野球のグラウンドを備えた、少し広めの公園がある程度で、土日の昼間であれば、それなりに人通りがあるのは理解できるが、平日のこの時間まで、人がごった返していることなど先ずない。とりあえず駅に入って見れば、何か判るだろうと、ふだん閑散としている通りの、人混みを掻き分けながら、二人で地下に降りてみると、改札の入り口付近で、群がる乗客を相手に、数名の駅員が、何やら叫んでいる姿が飛び込んでくる。「すみませーーーん!ただいまぁー、...『凍える愛情』XXXI
八丁堀で京葉線に乗り換え、新田くんに連れられるがまま、行き先すら告げられずに、蘇我行きの最終電車に乗り込んだ。乗った電車が終電ということもあり、車内は飲み会帰りらしき酔っ払い客で混雑しており、車内に充満している空気も、どこか酒臭さと汗臭い熱気を帯びていた。座席はチラホラ空いていたが、わざわざ酔っ払い客の隣に座りたくもなかったので(といっても私たちも同類なのだから、人のことを言える立場ではない)、私たちは、ちょうど乗客の乗り降りの際に空いた、入り口付近のスペースを陣取り、手すりの持たれかかる形で乗り込んだ。すぐ傍に居たカップル客も呑んだ帰りらしく、何を話しているわけではないのだが、互いに顔を赤らめながら、至近距離で見つめ合っているせいで、今にも何かおっ始めそうな、際どい雰囲気を醸し出している。あまりにも目のやり場...『凍える愛情』XXX
二人で呑んだ夜、日比谷線の終電に乗り、茅場町駅で東西線に乗り換えて、帰るつもりだったのだが、何を思ったのか、東銀座を過ぎた辺りで新田くんが、「ちょっと、今から時間ある?」と、唐突に切り出してきた。「い、今から?」意表を突かれ、思わず、声が裏返りそうになる。最初は冗談で言っているのかと思ったが、無言で頷く彼の表情を見る限り、どうやら冗談で言っているわけではなさそうだ。「い、今からって、え?ど、どっか行くわけ……?」「んー……」しばらく宙を見上げた彼が、少し考え込んでから、「ま、いいから……」と、こちらの質問には答えず、話をはぐらかそうとする。「で、時間はあるわけ?」もう一度、そう問われ、「いや、あるにはあるけど……」と渋々答えると、「じゃあ、決まりだ!」と、こちらの意思を無視して、身勝手に新田くんが何かを決めよう...『凍える愛情』XXIX
連日の事件の報道もあり、まさかとは思いながらも、いつもヨーゼフ似の大型犬を散歩させているおじさんのことが、ここ数日、気になって仕方がなかった。犬を散歩させている七〇代の男性など、この新宿区だけでも相当数居るだろうが、ニュース番組の要点だけを略筆された情報だけを目にしていると、その無事を自分の目で、確かめずにはいられなかった。事件後、散歩の際は、周辺を気にしながら歩くようにしていたのだが、単にタイミングが合わなかっただけなのか、それとも、散歩自体を自粛していただけなのか、大抵はいつも同じ時間に散歩をしているはずなのだが、ここ最近は、その姿をまだ目にしていない。最後に会えたのが、先々週の火曜日だったとすると、もう二週間近く会っていないことになる。正直、散歩の理由など何でもよかったんだと思う。日課だから……。外の空気...『凍える愛情』XXVIII
「お弁当忘れた……」という貴和子さんに付き合い、久々に会社の社食で、ランチをとることにした。「今日はガッツリ行きたいのよ!」と、食べる前から食う気満々の貴和子さんは〝大盛りトンカツ定食〟を頼み、ここ最近、若干体型が気になりはじめた私は、日替わりヘルシー定食なるものを頼んだ。「千重ちゃんって、お弁当とか作って来ないの?」唐突に質問され、「お弁当?」と逆に聞き返してしまった。龍之介くんと旦那さんの居る貴和子さんにとって、二人のお弁当を作るついでに作っているのだから、その流れで自分の分まで作るのは、ごく自然な流れなのかもしれないが、そもそも、お弁当を作る相手の居ない私にとって、わざわざ自分のために、自分の分のお弁当を作ろうという気にはならない。少し考え込んでから、「えー、考えたこともなかったです……」と、正直に答えた...『凍える愛情』XXVII
翌日会社に行くと、貴和子さんの旦那さんが、出張先の京都で買ってきたというお土産を渡された。「はい。これ、千重ちゃんの分……」「え?先輩、どこかに行かれたんですか?」出社早々、お土産の入った紙袋と手渡され、反射的にこちらが聞き返すと、貴和子さんも理解するのに少し時間がかかったようで、少し間を置いてから、「あ〜!」と、手を打って納得する。「何言ってんの、私じゃないわよ!うちの旦那!しばらく京都に出張で行ってたから、そのお土産……」「あ〜、そういうことですか!え?でも、いいんですか?」「え?いいもなにも、うちの旦那が、あなたのために買ってきたもんだからね〜」「あ、なんか、わざわざ、すみません……」ひとまず、そう謝罪のようなお礼をし、素直に手渡されて紙袋を受け取った。用が済んだらしく、一度は自分のデスクに戻ろうとしてい...『凍える愛情』XXVI
都庁前の公園に足を運んだ夜、久々に実家の母から電話があった。電話の内容としては、「最近、全然連絡して来んけど、元気しとうとね?」とか、「ちゃんとご飯は食べようとね?」とか、いつも電話をかけてきたときに、挨拶代わりに訊いてくるとような、他愛もない内容だったのが、ここ最近、私の周りが立て続けに結婚している影響もあり、結婚絡みの内容が、徐々に増えてくるようになった。「あんたも、もう、三三なんやけん。そろそろ結婚とか考えないかんよ!」「ちょっと待って、お母さん!その前に、私、まだ三二やけん!」「あら?そうやったね?一歳くらい大して変わらんやないね……。それよりあんた、いつまでものんびり構えとったら、三〇代なんて、あっという間に終わるけんね。あんたさえいいなら、私が人肌脱いでもいいやけん。なんなら私の知り合いの人に、ちょ...『凍える愛情』XXV
彼氏の車で来ていたあかりとは別れ、新田くんと二人、駅までの道のりを歩いた。吹きつける潮風が強く、体感温度は実際の気温より寒く感じられた。「今日は、わざわざ参加してくれて、ありがとうございます……」そう呟いた私の声が、前を歩く新田くんの背中にぶつかる。どうやらよく聞こえなかったらしく、新田くんが、「え?」と、首だけでこちらをふり返る。「いや、今日は、ありがとう……」今度はタメ口で言い直してみて、妙に気恥ずかしくなり、「って、あかりが言ってましたよ……」と、とっさにつけ加えた。次はちゃんと聞き取れたようで、「ああ、べつにいいですよ……」と真顔で答えて、「どうせ暇してましたから……www」と、ふざけたように悪態をつく。「いや、でも、運動とか結構久しぶりだったんで、もうだいぶ脚とか強張ってますよ。やっぱ、たまには運動し...『凍える愛情』XXIV
実際、男たちの練習が終わったのは、それから一時間ほどあとのことで、時刻はすでに二二時を回っていた。救急隊が去ったあと、しばらくはパス回しなどの練習を行っていた、隣のグループの若者たちはというと、先ほどのアクシデントのせいで、その練習にすらあまり身が入らなかったようで、三〇分もしないうちに、早々と解散してしまった。思い掛けずコートの片側が空き、全体の人口密度が少なくなったお陰で、ようやく風除けのある中央のベンチに座ることができ、快適とは言えないまでも、雨に濡れた芝生の上に長時間座らせられているときよりは、ずっとマシで、冷たい潮風に晒されながら、男たちの試合が終わるのを、じっと待たされているときに比べたら、よほど天国みたいなものだった。男たちが練習を終わるのを待ってるあいだ、途中、何度かホットココアなどの飲み物で、...『凍える愛情』XXIII
「今日の人たち大丈夫かな?」まだ着替えを済ませていない男子連中を待ちながら、あかりと二人フットサル場のロビーに、設置されていたテレビ画面に流れていた『スペースシャワーTV』の映像を、見るともなく眺めていると、隣に居たあかりが、そう私の顔を覗き込んでくる。「あ、うん……、そうだね。大丈夫だといいけど……。てか、怪我人が二人いるときって、ちゃんと救急車も、二台来るんだね……」「あー、そうそう!それ、私も思った!ふつうに生活してて、まず救急車とか呼ぶことないじゃない?てっきり、最初の一台で、二人とも運んでくんだと思って、なんとなく見てたけどさぁ〜、あとから、ちゃんともう一台来たから、『ああ、こういうときって、救急車も二台来るようになってるんだぁ〜』って、ああいうときに、不謹慎なのかもしれないけど、そっちのほうに目が行...『凍える愛情』XXII
とつぜんの悲鳴に、思わず振り返ると、視線の先で二人の男性がコート上で蹲っていた。濡れた芝生の上で、ピクリとも動かない男性の周りに、異変に気づいた周囲の客が集まり、「おい、大丈夫か?」「ちょっと、しっかりしてよ!」「おい、立てるか?」など、思い思いに声を掛け合っている。ただそのどの声にも、全く反応が見られない。次第にその動揺が、こちらのコートにまで伝わって来る。気がつくと、いつの間にか、こちらのコートで試合をしていたはずの男性陣も、プレーを中断し、その光景に見入っていた。ざわつき出す向こう側のコートとは反対に、こちらのコートは徐々に静まりかえっていく。「おい!救急車呼べ!救急車!」向こう側のコートの利用客の一人が、そう叫び声を上げると、その声に反応したチームメイトの一人が、すぐに事務所のあるプレハブ小屋へと駆け込...『凍える愛情』XXI
その日の昼休み、久しぶりに都庁前の公園まで足を伸ばした。事件の影響もあり、どこか街全体が、物々しい雰囲気が包まれているように感じられ、通りを行き交うその誰もが、もしかすると事件に関わっているのではないかという、いらぬ想像が膨らんでしまい、その警戒心からか、ついからだに不自然な力が入ってしまう。さすがに都庁前の公園まで足を伸ばすとなると、時間が掛かるため、昼食はコンビニでサンドウィッチを買って軽目に済ませた。公園をショートカットしようと、北通りに面した交番脇の入り口から園内に入ると、敷地内に入るなり、とつぜん笛を鳴らされ、4、5人の警官に呼び止められた。「ちょ、ちょ、ちょっときみ!」「は、はい?なんですか?」「なんですか?じゃないですよ」「へ?」「ほら、ここ書いてあるでしょ」警官の指差すほうへ視線を向けると、『現...『凍える愛情』XX
翌日、寝癖のついたままの頭で出社すると、貴和子さんから、「あれ?髪どうしたの?」と出迎えられた。少し早起きして、ブローし直すつもりが、前日に無駄に夜更かししてしまったせいで、結局寝坊してしまい、まともに髪をセットする暇もなかった。ヘアバンドで纏めたままの癖が髪についており、えらく毛先が爆発している。一応、市販の寝癖直しで、誤魔化してきたつもりだったのだが、誤魔化すどころか、より悲惨なヘアスタイルに仕上がってしまってしまい、何もせずヘアバンドで括ったままにしておいたほうが、まだマシだった気がしないでもない。「あ、もう、これは、そっとしておいてください……」私が切実に訴えると、「いや、変とかそういう意味で、言ったんじゃなくて……」と、慌てて貴和子さんがフォローする。「……」不満そうに私が見つめると、「いや、かわいい...『凍える愛情』XIX
あかりに誘われて、最初に新田くんを連れて行ったフットサル場は、午後から降り出した雨で、人工芝が濡れており、あまりコンディションは良くなかった。芝生の上を走る男たちが、ボールを奪い合う度に、霧を吹いたような、水しぶきが上がる。汗臭さの混じった潮風が、フットサル場の湿った人工芝を撫でて、剥き出しの足首にまとわりついてくる。湾岸沿いの倉庫街の一角にある立地上、基本的には屋外のグラウンドは常に強い潮風に曝されている。防護用のネットで覆われた粗末な作りの休憩スペースには、風除けのような気の利いたものはなく、じっとしていると、一段と寒さが増してくる。休憩スペースのベンチに座ればいいのだが、その唯一のベンチは、すでに隣のコートで試合を観戦している女子グループに占領されており、後から来た私たちは、地べたに座らざるをえない。仕方...『凍える愛情』XVIII
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