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JNR-M http://jnr-m.sblo.jp/

北海道から九州まで、旅先で目にしてきた国鉄型機関車などの写真や、線路のある風景を載せております。

国鉄時代の残り香を求めて、時に歩き、時に自転車をこぎ、何だかんだで北へ南へ。現役車両だけでなく、保存車両を探し、廃線跡を眺めて幾星霜。ちょっとした暇つぶしや旅のご参考になれば幸いです。

武蔵宮
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2016/02/01

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  • 南方15

    中部鋼鈑の西端、橋脚が乱立する遊歩道。南方貨物線はここで高さを変えながら単線高架の西名古屋港線を跨いで名古屋貨物ターミナル駅へ。

  • 南方14

    中部鋼鈑の中を北へ曲がる南方貨物線。遮音壁まで存在し、完成状態だった高架橋。

  • 南方13

    南郊運河沿いでは1970年代のうちに高架橋の大部分が完成しましたが、道路を跨ぐ部分は全て撤去済み。再利用されているとも、放置されているとも言えない、負の遺産。

  • 南方12

    埋められた運河と使われなかった高架橋。不可思議な人工の景観。

  • 南方11

    新幹線と平行する区間が頓挫していたのと対照的に、分かれた後の区間は順調に建設が進んだ南方貨物線。名古屋港線を跨いだ先、南郊運河を埋め立てた公園でソーラーパネルを載せた…

  • 南方10

    東海道本線と別れて東海道新幹線と平行する計画だった南方貨物線。名鉄常滑線を跨ぐ部分で新幹線の隣にある高架橋が途切れていますが、新幹線と平行する区間は用地買収に失敗し、…

  • 南方9

    笠寺駅に止まっていた超低床構造のコキ71-5。生まれては消えていった特殊用途の貨車。

  • 南方8

    大府駅から貨物線を分けて複々線になる予定だった東海道本線。拡幅工事後に建設中止となりましたが新設された橋梁を再利用するため、向こう側の設置済みだった線路に東海道本線が…

  • 堀川17

    路上に残る曲がった廃線跡。倉庫街の線路は道路の北側でしたが、そのままでは余地がなくて北へ曲がれないため、道路の南側に分かれてから大回りして道路の北へ曲がっていく構造で…

  • 堀川16

    当時と同じ佇まいが残る倉庫街。二階からせり出すクレーンなども今では珍しい造り。右奥から来た貨物線は左のアスファルト舗装部分を通っていました。

  • 堀川15

    緩やかに曲がる道路。右側の草地が廃線跡で、元々あった貨物線に沿って建設された曲がっている倉庫街。

  • 堀川14

    広々とした堀川口駅の跡。貨物駅があった頃は倉庫が密集していて、左に残る倉庫の左に曲がる線路と右奥に向かう線路がありましたが、他よりも早い1980年に役目を終えました。

  • 堀川13

    貨物線は堀川が見える岸壁へ。左の駐車場部分が廃線跡で、当時は小さな川を渡る橋もありましたが、更地になっています。

  • 堀川12

    堀川沿いの岸壁に残る倉庫。倉庫の向こうを通っていた貨物線は早くに廃止されましたが、置き土産のようにワム183878の車体が置かれていました。

  • 堀川11

    埋立地の東側に来た貨物線は一二号地間運河を渡る可動橋へ。垂直型の昇開橋が多かった中、四日市でも見た片持ち型。既に廃線跡すら判らなくなった埋立地に突如として現れる産業遺…

  • 堀川10

    広がった線路に荷役設備があった名古屋港駅の南側。貨物線は埋立地の西端にある名古屋港駅から東に向きを変え、突堤に線路を分けながら、埋立地を半周して東側の岸壁に向かってい…

  • 堀川9

    レール輸送で存在を保っていた名古屋港線。左の貨物ホームがある倉庫は貨物駅が盛業だった頃からのもの。再開発された中に点々と当時の構造が残されていた名古屋港駅。廃止される…

  • 堀川8

    終点の名古屋港駅。手前の引上線で折り返して左奥に繋がっています。右奥は北側の着発線だった部分で、行き止まりになる前はここから南側へ広がっていました。

  • 堀川7

    港北運河を渡るガード橋。二つ並ぶガード橋にうち、反対側の方は現役で水色、赤錆びた方は廃止された専用線のもの。埋め立てが進んだ結果、名古屋港線が川を渡る唯一の場所になり…

  • 堀川6

    石炭が山積みされていたプラントの跡地はショッピングモールに。連絡通路を跨ぐガード橋は構内道路を跨いでいたもので、当時はガード橋の向こうに専用線の踏切があった場所。専用線から築堤に…

  • 南方7

    踏切の隣に商業施設。再開発前は名古屋港線から南方貨物線へ合流する高架橋が向こうへ曲がっていた場所。名古屋港線と接続する坂は建設されずに終わり、途切れた単線高架橋も合流先の南方貨物…

  • 南方6

    運河を埋めた公園のすぐ隣に立つ高架橋。東海道本線から分かれて東海道新幹線と平行してきた南方貨物線は南郊運河に沿って西へ。

  • 堀川5

    名古屋港線をくぐる公園の歩道。国鉄末期までここは川で、西の中川運河から東西に延びていた南郊運河の跡。川だった頃の橋がそのまま埋め立てで造られた公園に取り込まれてしまいました。

  • 堀川4

    建設時期が他よりも早かったため、一直線に港を目指す名古屋港線。彼方には再開発で造られた観覧車。

  • 堀川3

    東海道新幹線の高架と平行する名古屋港線の築堤。実際には逆で、1960年代に築堤と平行して高架橋が建設されました。

  • 堀川2

    新幹線のすぐ隣、白鳥駅へ分岐していた廃線跡。南東の堀川沿いにある国際会議場などは貯木場の堀を埋めた場所で、八幡信号場で分かれた貨物線は堀に隣接する白鳥駅と北側にあった…

  • 堀川1

    名古屋駅の南、中央本線から山王信号場で分かれる貨物線の名古屋港線。臨時のナゴヤ球場正門前駅跡を過ぎると築堤を上って東海道新幹線と平行して南下。車窓に映る小屋や片方外さ…

  • 下町の隅23

    民営化後に40両以上も田端運転所に集中配置されていたEF65-1000番台。旅客用・貨物用・特急用、かつて種別があった時代に生まれたEF65-1103。

  • 下町の隅22

    今も踏切が残る南亘り線に対して、踏切が撤去されて保線基地に変わった北亘り線の跡。周囲を線路に囲まれた静かな空間。

  • 下町の隅21

    尾久客車区と田端操車場に挟まれた道路。DE10-1603が下町の斜め踏切へ。

  • 下町の隅20

    出発を待つEF81-141。電気機関車が電気機関車に引かれて去って行く日。

  • 下町の隅19

    わずかな客車の入換で常駐していたDE10-1697。台地が見下ろす田端の街。

  • 下町の隅18

    塗装が剥げてしまったマヤ34-2004。旧型客車と軽量客車の構造が混在、試験用に中央にも台車があった高速軌道試験車。

  • 下町の隅17

    彼方には霞むスカイツリー。客車の姿が激減した尾久客車区。入換がなくなって錆び付いた引上線のレール。

  • 運河のほとり32

    都心から工業地帯がなくなり、市街地になった埋立地。運河にかかる鉄橋だけは昔と同じまま。

  • 運河のほとり31

    市場に変わったもう一つの石炭埠頭。豊洲埠頭の先にも石炭埠頭があって、道路の両側とも石炭が積まれていました。道路に平行していた貨物線はここが末端。熊谷のセメント工場へ石…

  • 運河のほとり30

    石炭埠頭の先は右が倉庫街で左がプラント。今はゆりかもめが通る街へ変貌し、道路の左側に平行していた廃線跡もわからなくなりました。

  • 運河のほとり29

    火力発電所の跡に造られた学校。産業遺産として飾られている古典機。1886年製の403型は私鉄譲渡を繰り返して、今は埋立地のモニュメントに。

  • 運河のほとり28

    ガスの科学館があるのは石炭埠頭の跡で、両側に山積みされた石炭の中を貨物線が通っていました。今の公園からは廃線跡どころか、石炭埠頭の雰囲気すら感じられません。

  • 運河のほとり27

    再開発から取り残された岸壁。左のフェンスあたりが廃線跡で船に無蓋車を横付けしていましたが、利用率は低かったようです。左の建物部分にあった線路は左奥へ曲がって大きな倉庫…

  • 運河のほとり26

    晴海方面から分かれた豊洲方面の貨物線は今の豊洲公園で南に向かって大きく分岐。晴海方面よりも廃止が早く、右にあった石炭埠頭と左奥の岸壁に伸びていた線路は1980年代のうちに…

  • 運河のほとり25

    かつての雰囲気が残った最後の一角。晴海埠頭は大きく様変わりしました。

  • 運河のほとり24

    豊洲埠頭へ渡る道路橋建設で再開発が進み、廃止後も長く残っていた線路は消滅。晴海埠頭でかつての雰囲気が残っているのは、4棟のうち2棟が残った都営倉庫。現役の頃は右奥に向か…

  • 運河のほとり23

    晴海運河を渡るアーチ橋。常磐線の三河島駅近くで現役の鉄橋と同世代の意匠。元は灰色だったものが年月とともに錆色に変わっていきました。

  • 運河のほとり22

    都市の中を通る晴海通り。豊洲を縦貫する道路は周囲が造船所だった頃からの大通り。再開発前は目の前に晴海方面へ向かう貨物線の踏切がありました。工業地帯の中央に古い団地が並…

  • 運河のほとり21

    石川島播磨重工ビルの近くに置かれた機関車の動輪。新しさを感じる造形の割に外から動かすロッド式。名もなき産業機関車が今では木陰のベンチに。

  • 運河のほとり20

    歩道に埋められたレール。左奥へ伸びる道路が豊洲方面の廃線跡で、晴海方面への分岐はここよりも手前。造船所時代のドッグに向かって設置されたモニュメント。

  • 運河のほとり19

    隅田川から分かれた豊洲運河に残る橋脚。廃止後もしばらく残っていた鉄橋はいつしか姿を消しました。

  • 運河のほとり18

    国鉄民営化から間もない頃に廃止された東京都の線路。木々が廃線跡を覆うほどに流れた歳月。

  • 運河のほとり17

    変化する街の中で置き去りにされた線路。東京駅からわずか3kmあまりの道端。

  • 運河のほとり16

    京葉線が地下を通っているせいか、開発が進まなかった廃線跡。専用線が繋がっていたタンク施設はマンションに変貌。貨車入換用の引上げ線に挟まれていた豊洲方面への線路だけが取…

  • 運河のほとり15

    京葉線の地上出口が建設されたのは貨車の検修庫があった場所。貨物輸送があった頃の面影はほとんど見られなくなった住宅地。

  • 運河のほとり14

    汐見運河に浮かんでいた材木は姿を消し、貨車の姿もなくなってディーゼルカーが止まっているだけ。岸壁に面した越中島貨物駅の今。

  • 信号場の景色38

    今はもうやって来ないEF64-1027。勾配用の国鉄機が広く走り回っていた頃。

  • 信号場の景色37

    新小岩駅の横を通って機回しするEF65-2091。貨物列車の折り返しが続く街。

  • 信号場の景色36

    都心に残っていたディーゼル機関車の舞台。国鉄時代には北の大地にいたDE10-1704。

  • 信号場の景色35

    新小岩信号場の景色。待機していたDE10も今は懐かしく。

  • 白石川6

    特急電車485系の姿が印象的だった東北本線。東北新幹線開通から歳月を経て、電車の姿が変わっても花は咲き続けています。

  • 白石川5

    東北路を北上し続けるEH500-63。桜前線を追い越した貨物列車が札幌貨物ターミナル駅に着くのはずっと後。

  • 白石川4

    花に彩られた船岡城址。急行型や寝台特急電車581系改造車など、様々な国鉄電車で運転されていた仙台近郊の普通列車。今使われているのは民営化後のステンレス車のみ。

  • 白石川3

    重連のED75に代わって東北本線を駆け抜けるEH500-78。静かに咲き誇る桜の花。

  • 白石川2

    桜に彩られた東北本線。交流電気機関車ED71-37が保存されている船岡駅。

  • 眠る鉄路17

    何も来なくなって久しい昭和町駅。建物の張り出し屋根がタンク車の荷役設備だった場所。もう、私有タンク車の存在すらも消えてしまった工業地帯の片隅で。

  • 眠る鉄路16

    草に埋もれたレール。錆び付いた転轍機。パイプラインの横で眠り続ける線路。

  • 眠る鉄路15

    静かな港に埋もれた線路。途切れた先に続く昭和町線。

  • 眠る鉄路14

    化成品を運ぶタンク車が消えて、閉じられたままのゲート。荷役設備を避けて右側を通る線路が昭和町線。後に敷地内の線路が撤去されたため、再開出来なくなってしまいました。

  • 眠る鉄路13

    名古屋臨海鉄道の東港駅から西へ伸びる支線。昭和町線は専用線と一体で東亜合成の敷地を通り抜けています。

  • 眠る鉄路12

    現役なのか廃線なのかもわからない線路。分断された箇所もあり、すぐに再開は出来ないようです。

  • 眠る鉄路11

    名古屋臨海鉄道の東港駅から南西へ伸びる支線。汐見線は湾の中央にある埋立地へ向かう貨物線でしたが開店休業。石油・自動車輸送の需要がありましたが、何も運行されていません。

  • 眠る鉄路10

    東名古屋港駅を過ぎると非電化の貨物線に。左の駐車場は倉庫街だった場所で、多くの有蓋車が並んでいた側線跡。周辺の専用線も早くに姿を消し、ほとんど跡が残っていません。 …

  • 眠る鉄路9

    直交して折り返した名古屋臨海鉄道は名鉄築港線に合流。合流前に蛇行しているのは複線時代の名残。架線柱が珍しい形ですが、元は工業地帯でよくある背の高い門型で上部を送電線が…

  • 眠る鉄路8

    名鉄築港線と名古屋臨海鉄道の直交部分。名鉄築港線の歴史は古く、1924年に東名古屋港駅が開業し、名古屋鉄道の貨物輸送では主要な地位を占めていました。埋立地の拡大で名古屋臨…

  • 眠る鉄路7

    名古屋臨海鉄道の東港駅から北へ伸びる支線。廃線ではないものの、使われなくなって劣化してしまった路盤。砂利と枕木が砂と草に埋もれた線路。

  • 眠る鉄路6

    木々に埋もれた通り道。どこにも繋がらないまま残された踏切。

  • 東港25

    道路を横断するホキ9700。飛散防止カバーを付けずに、積み荷がむき出しの貨車は珍しくなった現代。

  • 東港24

    ホキ2500の編入車と新製車ホキ2000の狭間に生まれたホキ19500。かつては細かな形態の差異を持っていた貨車という存在を伝…

  • 東港23

    無蓋車・ホッパ車・タンク車・専用コンテナと会社によって様々な私有貨車が存在していた鉱石輸送。国鉄末期と…

  • 東港22

    国鉄ホキ2500から編入されたホッパ車ホキ9500。北海道の石炭輸送から始まった短い車体と側開きのホッパ車は、…

  • 東港21

    黒塗りの鋼板で造られていた私有の有蓋車ワ1。プレス板の国鉄車が姿を消した貨物駅の隅で。

  • 東港20

    分解された貨車の向こうに佇むトキ28921。側板は変形して外にふくらんでしまった、晩年の無蓋車。

  • 東港19

    貨物駅の作業用になっていたトキ28664。解体された機関車の部品を載せて。

  • 東港18

    手頃な代車がなかったので長生きだった無蓋車トキ25000。国鉄時代から多くの物を運んできたトキ27022。

  • 東港17

    止まったままのタンク車タキ43550。北の大地からやってきて迎えた雪のない冬。

  • 東港16

    機関区の隅に取り残された大型有蓋車。コンテナ化で消えていったプレス版の車体。

  • 東港15

    北海道から九州まで、各地を結ぶコンテナ車。1両単位への回帰で珍しい存在になった4両ユニット型コキ102-533。

  • 東港14

    ライトは簡易な1灯ながら国鉄車との類似点も多いND5528。長生きを続けたDD13の系譜。

  • 補機が駆ける20

    貨物列車を後押しするEF210-306。新型機の登場で様々な場面が過去のものになった峠道。

  • 補機が駆ける19

    瀬野駅を通過するEF200-14。瀬野駅での後部補機連結・八本松駅での走行中解放はなくなり、峠道で止まらなくなった貨物列車。

  • 補機が駆ける18

    向洋駅の通過線を駆けるEF210-140。段々と数を増やし、EF66・EF200に代わって主力に。

  • 補機が駆ける17

    広島貨物ターミナル駅を出発するEF200-4。余りある出力6000kWの電気機関車。

  • 補機が駆ける16

    傷みが目立ち始めたEF67-103。迫っていたEF210-300番台との交代。

  • 補機が駆ける15

    EF61-200番台と交代して約30年。広島の街とともに歩んできたEF67-102。

  • 補機が駆ける14

    EF65から改造された、もみじ色のEF67-105。重量貨物列車を後押しするため、連結器の基部が強化された勾配補機。

  • 古き鉄道の街17

    朝の広島。まだ現役だったEF200-20。

  • 古き鉄道の街16

    日夜忙しく入換を続けてきたDE10-1164。民営化で貨物用になった客貨両用の1000番台。

  • 古き鉄道の街15

    暗くなり始めた広島の街。止まっているのは吹田機関区のEF210-167。

  • 古き鉄道の街14

    パンタグラフを片方だけ上げたEF210-127。関東地方への出発を待つひととき。

  • 古き鉄道の街13

    EF66よりもシンプルに、EF65よりもパワフルに。現代へと繋がる0番台、EF210-17。

  • 古き鉄道の街12

    大動脈の山陽路を支えてきたEF66-124。少し煤けてきた白い車体。

  • 工場を歩く25

    歴史あるレンガ倉庫に横付けされたままの配給代用有蓋車ワム283430。その向こうには大型機EF66-27。いつしか国鉄生まれの車両は消えていき、レンガ倉庫だけ…

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