丸っと1年振りに帰って来ました。今年のGWは工作そっちのけで青年期のC62写真を探しまくっていましたが、そういや昨年から放置したままのC62がいたなあと反省… (ー ー;)>1950年代の青年期の広島スタイルを作っていましたが、しかと眺めながら… どこまで作ったか、再開はどこ
日本型蒸気機関車の真鍮工作が中心です。のはずが... 最近はかなり脱線、迷走しています。f^_^;)
1/87 12mmと1/80 13mmの蒸機模型の真鍮工作を中心に楽しんでいます。最近はそれ以外のジャンルにも拡がりつつあります。
動画アップしました。(^ω^;)>
試運転を行いました。特に雑音も無くスルスルと走り出します。カーブもなんら問題無く無事に走りました。S字カーブもスムーズに走り抜けてくれました。ハマる時はいつもドハマリするんですけどね… f^_^;)これにて塗装前完成といたします… v(^o^;)
テンダーは前オーナーさんがサウンドスピーカーを搭載するつもりだったのか底に穴が開けられていました。手持ちのストック品で適当なウェイトを見つけたのでビス留めしました。これでテンダーも適度な重量になりました。最後に試運転を行わないといけませんな… (^ω^;)>
お手製のワンタッチ式ドローバー、機炭間の間隔はと言いますと…オリジナルドローバーの長い方の穴と短い方の穴、そのちょうど中間の長さにしました… (^ω^;)>こちらオリジナルのドローバーの短い穴の方、かなり窮屈な感じ…こちらオリジナルドローバーの長い穴の方。ギリギ
ワンタッチ式のドローバーを作ることにします。厚さ0.4mm幅5mmの帯板から切り出します。バーの部分は切り端を貼り合わせて厚さ0.8mmにします。バルタン星人のハサミよろしく… 0.3mmリン青銅線で押さえバネをこさえます。おお、なかなかええ感じ…ワンタッチ式ドローバーの出
ひと通り工作が完了した… 事にして、やり残しの部分を確認していきます。カプラー固定のビス穴がM1.6だったので、真鍮パイプをハンダ付けしてM1.4に切り直しました。なぜって?M1.6で長さ5mmのビスが無かったからです… (ー ー;)>IMONカプラーは蒸機フロントビーム用(HO-301)
非公式側のキャブ下をこさえました。配管類は脱着可能な床板に取り付けています。これで概ね工作完了としましょうかね… (^ω^;)>
キットに入っている泥ダメは挽物パーツでした。うーん、これを使うかロストパーツに取り替えるかどうしようかな?まあランボード下だし、色塗っちまったら目立たんだろう…ケチケチそのまま作戦で取り付けてみましたが、うーん、こりゃ無いな。σ(ー ー;)という事で珊瑚HANAシ
ハンダゴテのヒーターが切れてしまいました。そういえば5年前に交換した記憶がありますが… それとは別のコテのようでした。今は同じSUREの100Wを3本揃えてコテ先を変えて使っています。SURE純正の交換用ヒーターがあったかなあ、5年前に買った時の別のメーカーの交換用ヒー
北陸地方も梅雨が明け、今朝は早朝からひまわり畑へ行って来ました。2年振りになります。朝の6時半ぐらいかな、まだ誰もおらずひまわりを独り占め出来ました。v(^o^;)ただ、まだちょっと早かったみたい。半分以上はまだ咲く前のこまわりさんでした。2年前は7月24日でも満開で
キャブ下のパーツを取り付けました。キットに入っているのは速度計のみなので、あとは手持ちパーツの分配弁と渦巻きチリトリ、締切コック諸々を取り付けました。ランボード下に配管を1本… 0.35mm線を使いましたがバランス的に少し線が細かったかも。σ(ー ー;)公式側はこんな
珊瑚1/87,C56キットですが、1983年に発売された初回生産のこのキットはバックプレートはノッペラ坊です。どうしたものか…小細工する気力も無く… そのまま床板に取り付けました。でも一応、フチにはフランジを付けて装着した時に隙間から光が透けないようにしてあります。雨
床板ステップの端に真鍮パイプをハンダ付けします。そう、機炭間の渡り板を取り付けようかと。網目板は幅1.5mmの帯板しか無かったので2枚貼り合わせて… こちら側にも蝶番状に真鍮パイプをハンダ付け。裏にはマスキングテープを貼って絶縁します。出来上がり。機炭間が狭い時
キャブ床板を脱着式にします。先ずはキャブ内側側面にストッパーの角棒をハンダ付けします。スッポリ収まるように床板を整えます。次にボイラー側にM1.4のネジ穴を開けた0.5mm厚の板片をハンダ付けします。穴位置ピッタリでネジ留めして完了!取り付け方は新聞紙を挟んでネジ
仕掛り品でやって来たC56キット、キャブ本体は既に取り付けられた状態でしたが…キャブ床板はまだ取り付けられていませんでした。初号機C56です。18年前の作品で金属模型を最初に完成させた1番機です。まだ製作の要領も得ぬまま組み立て説明書通りにそのまま作ったもので、キ
キャブ吊り輪を作ります。先ずは幅0.8mmの帯板に0.3mmの孔を最低限の8個開けます。カットして吊り輪の土台とします。とまあ、これだけの作業ですが、なかなか思い通りいかず結局は倍の16個の孔を開けました… σ(ー ー;)屋根にハンダ付け。孔を貫通させます。真鍮線を差し込ん
先日フロントデッキステップのハンダがポロリと取れて補修したばかりの前作C56なのですが…今度はモーションプレートのハンダが外れてしまいました。ガチョーンガチョーン!再度ハンダ付けする部分をケサゲブラシで塗装を落としてハンダ付け。タッチアップで塗装して誤魔化し
フロントデッキステップを取り付けました。ロストパーツではなくキットに入っているプレス製のものをそのまま使いました。なので正面から見た時のシルエットが少々ダサいのですが… まあいいやと。これにてフロント廻りが完了。次はキャブに進みましょうかね。
エアホースと排障器を取り付け。そしていつもはケチって片側1個しか付けていない標識灯ですが、今回は奮発して両側に付けてあげした… (^ω^;)>
デフの取り付けに四苦八苦している時に最初から付いていた解放テコがひん曲がってしまったので一旦取り外しました。取り外す時に解放テコが千切れちゃったので作り直します。再度取り付け。IMONカプラーを取り付ける予定なので穴を拡大させています。テコ受けは0.3mm真鍮線を
デフレクターを取り付けました。こちら側は比較的すんなりと出来ましたが…公式側はランボードとフロントデッキの段差の高さが合わず四苦八苦しました… (´Д`;)>デフスターも取り付け。煙室側の根元に真鍮線を植え込み。ステッキを取り付けて出来上がり。因みにデフを取り
最初から気にはなっていたのですが、電線管を取り付けていてやはり我慢出来なくなったのがヘッドライトの標識灯掛けです。この1枚板で平らな形状が…なんかゲバゲバ90分のゲバゲバのベロに見えてきたので、やはりこのままでは後々後悔するであろうと意を決した次第。ゲバゲバ
粘り強くもうひと加工して電線管を取り付けます。という事で先ずは電線管箱を作ります。バイスに0.7mm角線を咥え断面に0.3mmの穴を掘ります。実はこの作業はその日の調子の良し悪しがよく分かります。調子が悪い日などは穴開け位置がズレて没ったり、ドリル歯を折っちゃった
ボイラー廻りは大体こんなところでしょうかね。非公式側もこんなところで…そうそう、デフを取り付けなければですな。
放熱管の取り付けに進みます。これは前回作製時に使ったもので、キットの組み立て説明書に書かれた図面をコピーしてカマボコ板に貼り付けたもので13年振りのお出ましです。放熱管のR部分にピンを立てて真鍮線を曲げます。反対側は… 貼り付けカマボコ板は作っていなかったの
オイルポンプ箱は珊瑚の1/87,HANAシリーズの虎の子パーツを使いました。オイルポンプ箱を取り付け。シリンダー点検蓋は帯板から自分でこさえました。まあデフ裏ですから…あとは放熱管の取り付けが待ってます… (^_^;)>
地味な作業か続きますが下廻りをセットしてみました。まあまあの感じかな…ありゃ、コンプレッサーがラジアスロッドにスレスレになっていました。キットの通り取り付けたのだが…コンプレッサーを1mmほど上に付け直しました。
単式コンプレッサーを取り付け。コンプレッサーの取り付けそのものよりも配管取り付けの方が時間掛かりました… (-。-;)>汽笛引き棒を取り付け。ヘッドライトを取り付け。ヘッドライトは下に0.6mmの穴を開けてあります。
ボイラー周りを進みました。特に凝った事はしておりません…反対側は通風管を取り付けたぐらい… まだまだ先は長そうですな。(ー ー;)>
空気作用管を取り付けます。面倒臭い作業ですがやらずして先には進みません。まずは真鍮帯板から台座を作ります。次に4個穴を開けた帯板をキャブ妻板に貼り付けて…帯板の穴をガイドにしてソロソロと慎重に妻板に0.3mmの穴を開けます。何とか折らずに穴開け完了… ふぅ。そし
オーバースケールな発電機があまりにもデカ過ぎるのでIMONのパーツを使う事にします。砂撒き管元栓もデカ過ぎるのですが… こちらはそのまま使いました。サンドドームの上にIMONロストパーツの蓋を取り付けました。
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丸っと1年振りに帰って来ました。今年のGWは工作そっちのけで青年期のC62写真を探しまくっていましたが、そういや昨年から放置したままのC62がいたなあと反省… (ー ー;)>1950年代の青年期の広島スタイルを作っていましたが、しかと眺めながら… どこまで作ったか、再開はどこ
今回のD50&D60まとめて改軌工作では、イコライザーの機構を作り分けてその効果の違い等々を確認する事になっていました。まだまともに走るところまで至っていませんが、まあ、当方なりの大方の結論は出たので報告しようと思います。オーソドックスな3点支持イコライザーとロ
2両まとめての改軌工作ですが、ロッドの引っ掛かりが激しくまともに走りません。まだまだ調整が必要な状態です。そして下廻りを完成させるだけでもまだまだやる事いっぱい… σ(ー ー;) 上廻りも… 元が宮沢模型なので、かなりの部分に手を加えないととてもじゃないが見るに耐
タバコをやめて?中断して?やっと2ヶ月が経ちました。取り敢えず一本も吸わずに我慢出来ています。正直まだ "我慢" の気持ちが結構ありますが。そして吸わずのタバコはカラーボックスの上に置いたまま、手を上げれば直ぐに取れる所に置いたままにしてあります。特に深い意味
もう一台の方も同様に作りました。なんとやる気のない感じですが…とりあえず2台目も完了という事で。
ギヤボックスとモーターホルダーを板を渡して合体させた状態…モーターとウォームギヤを装着。モーターシャフトには内2.0mm×外2.4mmの真鍮パイプをハンダで固定しました。これにて一台完了!あっ、シャフトをシリコンチューブで繋がないと… 忘れていました。(ー ー;)>
ギヤボックスとモーターホルダーを板を渡して合体させました。有り合わせの端材を現物合わせで強引に…スッポリ収まったのでまあ良かろう… (^ω^;)>
1ヶ月振りに進めました。もう適当なところで一旦お預けにしようと思っています。モーターホルダーをこさえます。厚さは1.0mmです。高さ位置調整を行います。さて、次はここからギヤボックスとモーターホルダーを一体化しなければならないのですが、どうやって合体させよう…
高橋弘氏の超有名な写真 "瀬田川を渡るC622号機特急つばめ号"(1954年3月7日撮影)。恐れながら当方ブログにも何度となく載せさせて頂いていますが、おそらく商業誌でもこの時代のC62や特急列車をイメージさせるシーンの代表として、鉄道専門誌に限らず一般誌でもこれからも末
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。いろいろ調査のC62研究ですが、機番が特定出来なかった写真が38カットあり、また撮影者または写真所蔵者が特定出来なかった写真が11カットでした。では、機番も撮影者も両方とも特定出来なかった写真は?というと、結
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。あくまでも当方が所有する書籍493冊の範囲においてですが、一枚の写真がいかに多くの誌面を飾ったか?を調査した結果を発表します。結果は… まずは同率2位で3カットありました。まずは機番の若い順に、高橋弘氏が1954
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。総写真枚数1,083枚を機番ごとに分類して、そこから重複している写真を集約して正味のカット数638枚に分類し、今度は更にそれらを撮影者もくしは写真所蔵者ごとに分類していきました。<高橋弘氏撮影 1956-11-2 京都駅に
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。<山口益夫氏撮影 1955.12.3 プレスアイゼンバーン刊 C62より >のべ1,083カットの青年期C62写真を第1分類として機番別に分けましたが、第2分類ではいよいよ重複している写真を集約していきます。機番不明を合わせて計50
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。当方が所有する鉄道関連本493冊から166冊、のべ1,083カットの青年期C62写真を確認出来ましたが、次はこの1,083カットを第1分類として機番ごとに分けていきました。<細川延夫氏撮影 1955年7月23日 広島駅に到着した13号
久し振りのブログ更新となりました。当ブログは趣味の鉄道模型製作の工作過程を備忘録として日々綴るという地味でじみ〜なカテゴリーなので、その模型製作を怠けてしまうと途端にネタが続かないのは当然のことでして… まあしゃあない、お許しください… f^_^;)で、今年のGW
2024年のGWも終わってしまいました。今年のGWは全く模型工作をしませんでした。5月の連休で全く工作をしなかったのは実は初めてもしれません。で、何をやっていたかと言うと、シロクニ研究に没頭しておりました。まだもう暫く続きそうです。まあ、こんな年があっても良かろう
とても小粋でお洒落なブックカバーは今日のブログのちょっとほっこりなお話しでしたが…実は当方も豪華本に値する一冊にブックカバーをしているのですが… 新聞紙です。見返り写真は… これです。はいそうです、小寺康正氏の名著 "国鉄蒸気機関車の角度" です。当方は1988年4
かつてプレスアイゼンバーンから発行された豪華本シリーズの "大阪の省電vol.1,2" です。昨年2023年にヤフオクで意外な程のお手頃価格で落札したのですが、今や紙媒体の古い書籍なんてもう値が付かなくなるのでしょうかね?この豪華な外函から中身の書籍を取り出すと… ピノ
今日は東京もとてもお天気が良く、午前中に新宿御苑を散歩して来ました。新宿御苑は初めての訪問でしたが、大都会のど真ん中にこんな豊かな緑があるとは… みどりの日にもってこいの一日でした。鳥さんがいたり…ヘビさんもいたり… ところで新宿御苑ってどこが所轄管理して
雑誌"鉄道ファン"から"青年期のC62"を探し出すの第4回目となります。<鉄道ファンNo.512より 高橋弘氏撮影C6230号機>1968年10月号から2018年1月号までの約50年間に正味202カットの写真が確認されましたが、次に1号機から49号機までを機番ごとに集計してみました。主な号機を書
パシフィックの主台枠後端バリがうぎゃ〜っとなってしまい… またまたプレーリーに戻ることにします。今回こそプレーリーの方は完成まで持ち込みたいところですが… これまた難儀しておりまして、ギヤボックスを奢ってやったのですが走らせるとどうにもこうにも絶不調です…
下廻りを組んでいきます。ロッドを装着。転がり確認をします。オイルを挿していないので少々硬さが感じられますが、まあ引っ掛かりは無いので合格としましょう。… 駄菓子菓子!台枠後部の端バリがポロリと取れてしまいました。うぎゃ〜って感じです… (´Д`;)>
先にテンダーから仕上げる事にします。グリーンを吹いてマスキングしてツヤ消し黒を吹いて…乾燥後に面荒れした部分を#2000のサンドペーパーで面を均してから仕上げにツヤ消しクリアーを吹いて塗装が完了。標識灯と思しきところに紅挿し。石炭はオリジナルの物にもげた部分を
本体のボイラー廻りをマスキングして屋根とランボード淵を塗装しました。屋根はかなり以前に調合した赤+茶色の謎の塗料を吹き付けました。そしてランボード淵にはツヤ消し白を塗装。この後、屋根とランボード淵をマスキングしてツヤ消し黒を吹き付ける予定… あっ!火室下を
塗装を進めました。下塗りにトップガードを吹き、日光モデルの緑を吹きました。緑の色名は… 言ってしまうとその色にしか見えなくなるので内緒という事で… (^ω^;)>そしてテンダーはマスキングの後にMrカラーのツヤ消し黒を塗装しました。下廻りも同じくツヤ消し黒を塗装し
メッキをかけたところで…動輪スポーク部分と先従輪の輪芯部分をエナメル塗料で筆挿ししました。一方プレーリーの方はといいますと… ギヤボックスを奢ってやったにもかかわらず走りが安定しません。何でやねん… (´Д`;)>
マッハのニッケルメッキセットでなかなか上手くメッキが掛からず… ふと息抜きにサンポールメッキで実験してみました。ネットであちこち検索しながら… ニッケルメッキの場合は4倍希釈との事のようなので、サンポール1:水3で電解液を作ります。検体は真鍮材とし、メッキ無し
車輪はメッキが剥がれた状態、ロッド類は真鍮自作の物だったのでニッケルメッキを施しました。マッハのニッケルメッキセットを使っての施工ですが、うーん、なかなか上手くメッキが乗らん。えらく時間が掛かってしまいました… (ー ー;)>
プレーリーの走行調整に難儀してなかなか進まないので、もう一台のパシフィックの塗装&仕上げも同時に進めていきます。シリンダーブロックの底に開いた四つの穴… 実はこれまで見て見ぬ振りをしていたのですが、今回もまた目がいってしまい…仕方がないのでドレンコックを付
あっちこっち削ったりカットしたり調整したりして何とか台枠にスッポリと収まりました。結局はモーターシャフト軸直結とほぼ同じ位置高さなのですが、5mmほどモーターが前によった事になります。走行は… まあまあかな… (ー ー;)>動画です… f^_^;)
モーターシャフトからダイレクトに動輪ホイールギヤ直結の構造。塗装前まではギヤ音はともかく特にストレスなくスムーズに走り出していたのですが、塗装後再組み立てしてからは何故か走り出しもギヤ音も絶不調です… σ(ー ー;)この状態だと実にスムーズなのですが…ギヤボック
保護に半ツヤクリアを吹きました。実は蒸機に半ツヤを吹くのは初めてです。差し詰め保存機関車といったところでしょうか。さて、再び走り調整に取り組まなければ… (ー ー;)>
文字間隔が少し詰まり過ぎた感じの公式側…MSゴシックにすべくやり直す事にします。文字を慎重に剥がして…エナメル溶剤でサッと一拭き。高さ位置を揃えるテープを貼って…やり直し完了。うーん、あまり変わり映えしないかも… (ー ー;)>
やって来た時の姿です。キャブの "510" とテンダーの "SANTA.FE.R" の文字はどのように復元しましょう?… どうするイエヤス?オリジナルの文字をそのまま使うことにします。はい、そぉ〜っと外して保管してあります… f^_^;)ケサゲの先でコジコジして塗膜のカケラをコソギ落
直線往復での走行調整なのですが… うーん、塗装前よりも調子が悪いです。走り出しでビミョーに引っ掛かりがあり、ギヤ音も前より少し大きくなってしまった感じ。いくら調整しても埒があかないので走りは一旦ペンディングとしました。やって来た時の姿…という事でボイラー帯
HOプレーリーレストアの続きです。下廻りは保護の半ツヤクリアを吹いてから組み立てを始めます。転がり確認…モーターをセット…そしてウェイトを積んだボディをセット。走行調整に入ります。
中村精密EF51レストアが完了したので次はHOプレーリーの塗装をしましょう… (^ω^;)>先ずはテンダー台車はトップガードを吹き付けて車輪輪芯はエナメル塗料を筆塗りします。いっちょ上がり。動輪スポークもエナメル塗料の筆塗りです。そしてドンガラはトップガード吹きの後に
中村精密EF51のフルレストアが完了しました。途中の仕上げ工程は写真を撮り忘れてしまったのですが、あーだこーだと結構手こずりました。が、出来てしまえばこっちのもんです… (^ω^;)>それにしても下廻りはホワイトメタルパーツのエポキシ接着剤組み立てという… 強度面で
EF51の製造銘板に取り敢えずナンチャッテ銘板を取り付けているのですが…実際はどうな銘板かと言いますと、EF51と兄弟機ED53の改造機ED19の保存機に見られる… こんな感じの銘板と思われます。では、このナンチャッテ銘板は何処のメーカーでしょう?ご察しの如く中日本重工業
クリア仕上げ塗装が完了。クリアは半ツヤではなくグロスで仕上げて整備工場から出場直後の姿としました… (^ω^;)>ワックスも塗っておきました。ナンチャッテ銘板も輝いています… f^_^;)