ユーザー取り付けパーツを取り付けますが、今回はウェザリングや色挿しは施さず、ほぼオリジナルの状態のままで仕上げることにしました。どうしてもまだ勿体ないというか、汚すのはもう少し機が熟してから… といったところでしょうか。まずはお顔から…ジャーン!機番は739
日本型蒸気機関車の真鍮工作が中心です。のはずが... 最近はかなり脱線、迷走しています。f^_^;)
1/87 12mmと1/80 13mmの蒸機模型の真鍮工作を中心に楽しんでいます。最近はそれ以外のジャンルにも拡がりつつあります。
ギヤボックスとモーターホルダーを板を渡して合体させました。有り合わせの端材を現物合わせで強引に…スッポリ収まったのでまあ良かろう… (^ω^;)>
1ヶ月振りに進めました。もう適当なところで一旦お預けにしようと思っています。モーターホルダーをこさえます。厚さは1.0mmです。高さ位置調整を行います。さて、次はここからギヤボックスとモーターホルダーを一体化しなければならないのですが、どうやって合体させよう…
高橋弘氏の超有名な写真 "瀬田川を渡るC622号機特急つばめ号"(1954年3月7日撮影)。恐れながら当方ブログにも何度となく載せさせて頂いていますが、おそらく商業誌でもこの時代のC62や特急列車をイメージさせるシーンの代表として、鉄道専門誌に限らず一般誌でもこれからも末
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。いろいろ調査のC62研究ですが、機番が特定出来なかった写真が38カットあり、また撮影者または写真所蔵者が特定出来なかった写真が11カットでした。では、機番も撮影者も両方とも特定出来なかった写真は?というと、結
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。あくまでも当方が所有する書籍493冊の範囲においてですが、一枚の写真がいかに多くの誌面を飾ったか?を調査した結果を発表します。結果は… まずは同率2位で3カットありました。まずは機番の若い順に、高橋弘氏が1954
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。総写真枚数1,083枚を機番ごとに分類して、そこから重複している写真を集約して正味のカット数638枚に分類し、今度は更にそれらを撮影者もくしは写真所蔵者ごとに分類していきました。<高橋弘氏撮影 1956-11-2 京都駅に
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。<山口益夫氏撮影 1955.12.3 プレスアイゼンバーン刊 C62より >のべ1,083カットの青年期C62写真を第1分類として機番別に分けましたが、第2分類ではいよいよ重複している写真を集約していきます。機番不明を合わせて計50
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。当方が所有する鉄道関連本493冊から166冊、のべ1,083カットの青年期C62写真を確認出来ましたが、次はこの1,083カットを第1分類として機番ごとに分けていきました。<細川延夫氏撮影 1955年7月23日 広島駅に到着した13号
久し振りのブログ更新となりました。当ブログは趣味の鉄道模型製作の工作過程を備忘録として日々綴るという地味でじみ〜なカテゴリーなので、その模型製作を怠けてしまうと途端にネタが続かないのは当然のことでして… まあしゃあない、お許しください… f^_^;)で、今年のGW
2024年のGWも終わってしまいました。今年のGWは全く模型工作をしませんでした。5月の連休で全く工作をしなかったのは実は初めてもしれません。で、何をやっていたかと言うと、シロクニ研究に没頭しておりました。まだもう暫く続きそうです。まあ、こんな年があっても良かろう
とても小粋でお洒落なブックカバーは今日のブログのちょっとほっこりなお話しでしたが…実は当方も豪華本に値する一冊にブックカバーをしているのですが… 新聞紙です。見返り写真は… これです。はいそうです、小寺康正氏の名著 "国鉄蒸気機関車の角度" です。当方は1988年4
かつてプレスアイゼンバーンから発行された豪華本シリーズの "大阪の省電vol.1,2" です。昨年2023年にヤフオクで意外な程のお手頃価格で落札したのですが、今や紙媒体の古い書籍なんてもう値が付かなくなるのでしょうかね?この豪華な外函から中身の書籍を取り出すと… ピノ
今日は東京もとてもお天気が良く、午前中に新宿御苑を散歩して来ました。新宿御苑は初めての訪問でしたが、大都会のど真ん中にこんな豊かな緑があるとは… みどりの日にもってこいの一日でした。鳥さんがいたり…ヘビさんもいたり… ところで新宿御苑ってどこが所轄管理して
雑誌"鉄道ファン"から"青年期のC62"を探し出すの第4回目となります。<鉄道ファンNo.512より 高橋弘氏撮影C6230号機>1968年10月号から2018年1月号までの約50年間に正味202カットの写真が確認されましたが、次に1号機から49号機までを機番ごとに集計してみました。主な号機を書
雑誌"鉄道ファン"から"青年期のC62"を探し出すの第3回目となります。1968年10月号から2018年1月号まで約50年間で45冊に写真が掲載され、そのカット数はのべ234枚だったという事ですが、有名なカットや歴史的に貴重な写真などは50年の間で同じ写真が何度となく使用されていま
雑誌"鉄道ファン"から"青年期のC62"を探し出すの第2回目となります。1968年10月号から2018年1月号までの約50年間で45冊に写真が掲載されていましたが、もう少し詳しく調べていくと以下の結果でした。写真カット数:のべ234枚うち、モノクロ208枚、カラ26ー枚撮影者および写真
<鉄道ファンNo.530より 佐竹保雄氏1955年5月撮影>愛犬クマのシロクニオタクが再燃してしまいました。あらためてそのオタク度数を申し上げますと、対象とする時代は1956年の東海道本線全線電化直後まで。ATS発電機取り付け前の150W前照灯(LP42)の姿であることが絶対条件という
<交友社 高橋弘作品集 蒸気機関車その良き時代より 1956年10月27日撮影>今日は昭和の日。元々は昭和天皇の天皇誕生日でしたが、その後平成になりみどりの日となって2007年から昭和の日となりました。この昭和という時代を少年期、思春期、青年期と多感な時期を生きた者として
全く進んでいません… モーターはフレームに載せてあるだけです。こちらポリアセタールウォームギヤの方は3点支持イコライザーを搭載しています。しっかりと3点で支えられておりフレームは前後水平に安定しています。こちら金属ウォームギヤの方はロンビックイコライザーを搭
昨日は所用で静岡県三島まで出掛けたのですが、移動時間に余裕があったので東京駅から新幹線ではなく在来線特急踊り子号で行ってみました。昼寝しながら行くのに丁度ええわと。で、東京駅に着いてみると見かけぬ電車が… 実は今でもまだ185系電車が走っていると思っていまし
まだモーターホルダーは作っていませんが、とりあえずギヤボックスを動輪に装着してみました。幅的には問題なしの様子。萎えるぅぅぅのポリアセタールウォームギヤの方も動輪に装着して微調整。ここから現物合わせでモーターホルダーの作製になります。
あまりやる気のない?ギヤボックスですが、全くのコピーで2個目を作ります。構造、寸法ともに1個目と同じです。そうそう、2個目のウォームギヤを取り出さなくては。こちらは組み立て済み未塗装キットD50の方で未使用品です。分解したところ、なんとポリアセタール製のウォー
IMONさんからHO1067 1/87,12mm C59戦後形キットが発売されています。ちなみに乗工社C59戦前形キットが発売されたのが1994年2月頃なので、ちょうど30年後に戦後形が登場した事になります。もはや戦後ではなーい!自称12mmゲージャーの愛犬クマとしては、当然ながら大枚をはた
ケチケチギヤボックスをこさえるの続きです。ウォームギヤは宮沢オリジナルのものを使います。シャフトの両側に真鍮パイプを輪切りにしたスペーサーを嵌め込みます。軸受けに差し込みます。前方側の軸受け板を当てがって…M1.4のネジで固定します。チープなチープなギヤボッ
怪しげ〜ぇぇぇ… なギヤボックスの続きです。昨日のブログで 、意図して簡素&ローコスト… などとエラソーなことを書きましたが、要は材料代をケチ臭くケチっただけの事でして… デゴマル好きの方には大変失礼なのですが、テキトー感ムンムンの工作になりつつあります。で、
真鍮板を貼り合わせて "怪しげなギヤボックス" をこさえます。前回のD51改軌の時は結構気合いを入れてしっかりとしたギヤボックスを作ったのですが、今回は意図してチョー簡素&ローコストなギヤボックスを作ってみることしました。とはいうものの組み立て自体はキッチリカッ
小ネタでなんとか1週間を繋げたものの、工作の方は一向に進まず。ギヤボックスの作製に取り掛かりましたが、2個分の切り出しでほぼ丸1日かかり成果がこの写真1枚でした。ぐぬぬぬ… σ(;´Д`;)
愛犬クマが所有している鉄道書籍の中から、著者が自費で出版されたその情熱を強く感じる推しの3冊を挙げてみました。まずは松本謙一氏著 "HUDSON C62" を推薦。当ブログで既にご紹介しましたが、プレスアイゼンバーンの形式シリーズ "C62" の前身となる書籍で松本謙一氏が自
実は模型工作が全然進んでおらず… シロクニネタで繋いでおります。f^_^;)先日のブログ、2号機のデフレクター縁の装飾は1972年の梅小路入りを前に苗穂工場で取り付けられた、取って付けたような眩いデフ縁!を書きながら新たなネタが生まれました。(^ω^;)>あまり下ネタ的な
C62 2号機の煙室扉下エプロンといえば、両端にR形状の折り返しが付いているのがトレードマークとなっています。この写真は1982年3月の姿で愛犬クマが当時中学生の時に撮ったものですが、小樽築港時代からのRエプロンがしっかりと写っています。<プレスアイゼンバーン刊 C62よ
実機でも2号機の赤ナンバー姿は梅小路で2008年に実現しています。この写真は2008年6月28日に自ら撮影したものですが、まさか赤ナンバーなっているとは知らずビックリ驚喜したものです。デフ縁の装飾… 今に残るこの装飾は、実際のところいつ取り付けられたものなんだろうと再
宮原区時代のC62 2号機に赤ナンバー姿は果たして存在したのか?ですが、模型の世界ではありました。2001年にピノチオ模型がリリースした16番P.Aシリーズ #8500 C62 2 東海道線 では、何の躊躇もなく赤ナンバーでした。価格は34万円、ちなみに#8504 C62 2 函館線バージョン
昔の白黒写真から思いを馳せるシリーズ。愛犬クマの次なる疑問は、C62 2号機は東海道時代(1950〜1956年)に赤ナンバーをつけた事があるのか?を考察してみたいと思います。特急牽引を担当する宮原区の機関車は、整備状態によりナンバープレートの地を赤、緑、黒に塗り分けてお
今回のブログネタは著作権的にちょっとマズイかもしれません。問題ありそうならご指摘下さい。 東海道時代のC622号機のデフレクター縁の装飾は本当にステンレスだったのか?AI先生に検証してもらうの続きです。高橋弘氏撮影の瀬田川を渡る2号機、超有名なこのカットだけはど
今回のブログネタは著作権的にちょっとマズイかもしれません。問題ありそうならご指摘下さい。東海道時代のC62 2号機を収めたカラー写真というは皆無だと思っています。それ故に愛犬クマが以前から思う漠然とした疑問がいくつかあります。そのひとつが、2号機の東海道時代の
牛歩な工作ですが何とかここまで進みました。左側がロンビックイコライザーで、右側がオーソドックス3点支持です。ロンビックイコライザーの方はフレーム板厚0.8mmで幅9.4mm、動輪はジャンクD60が履いていた裏側がフラットなタイプの車輪との組み合わせ。そして3点支持イコラ
2台目の台枠後方が出来ました。オーソドックスな3点支持イコライザーの方です。
台枠後方をこさえました。真鍮板の貼り合わせでかなり怪しげです。そしてエイヤッと主台枠に固定しました。もう一個作らなくては… やはり2台同時に工作はなかなかしんどいですな。σ(ー ー;)
こちらジャンクD60に装着されていた方の動輪。こちらも13mmに改軌してサイドロッドを装着してみました。こちらの動輪はロンビックイコライザーの方に使う事になりそうです。微妙に引っ掛かりがあるような無いような… まあ、調整はまた後で。
中村精密C12/C56用の動輪で代用する事に。分解して13mmに改軌します。改軌完了。タイヤが分厚いねえ…底板を作成。ニセモノはだーれだ?(^o^;)>
スポークバラバラ事件に遭遇してしまい…どうやって落とし前を付けようか苦慮しましたが…この1週間で何とか車輪の調達に成功!ただし中村精密のC12/C56用動輪です。左が宮沢D50用で右が中村C12/C56用です。径は同じですがC12/C56用はスポークが1本少ないです。まあ無いより
ちょっとした諸事情あり、ただいま禁煙実施中。このブログがアップされる日時('24/4/6 14:00)でちょうど144時間(丸6日間)経過したことになります。何はともあれあと1日は我慢、そして出来ればそのまま卒煙としたいです… うぅぅ、ガマンガマン!
もうほとんど投げ出したい気持ちを抑えて… あとの3軸を改軌しました。そして3点支持イコライザーのフレームに嵌めてみました。1番前の動輪は仮の珊瑚13mmのボックス動輪です。車輪の転がり具合は至って良好でした。
8輪全てが通電… 絶縁紙巻き直し中に悲劇が発生。劣化して脆くなったダイキャストのスポークが折れるように割れてしまいました。それでも、まだ切れるな、落ち着け、冷静になれ… タイヤ内側に絶縁紙を巻いて、スポークを騙しダマシ嵌め込めば何とかなるかも… あ、あぁ〜、
D50の方の動輪を幅詰め車軸に嵌め込むべく絶縁車輪と非絶縁に分けようとテスターで測ったところ、なんと8輪とピーッと通電の音が鳴るではないか!どういうこっちゃ!仕方がないので新たに絶縁処理を行います。うーん、だんだん萎えてきた… 心折れそう… (ー ー;)>
D50の方の動輪の改軌工作です。車軸を切って旋盤で端部の径を2.50mm+αに切削。うーん、削り過ぎてしまいました。半径で20ミクロンの違いですが車輪を嵌めるとブカブカです。なのでハンダを少し盛って径を若干厚くして動輪を嵌め込む事にします。
続いてD50の方の動輪も改軌します。車軸抜き。スポーク部分はトップガードを筆塗りで塗装しておきました。その時に気づいたのですが、ジャンクD60と未塗装組み立てキットD50とで動輪の形態が少し違っていました。動輪の裏面がツライチなのがD60でカラー付きなのがD50です。ま
久し振りに旋盤を引っ張り出して動輪シャフトの幅詰めを行いました。流石にこればっかりは手工作では無理ですからね。机の上に置いて… まさに卓上旋盤です。最初にD60の方の動輪シャフトを切削。シャフトを幅詰めし動輪を嵌める部分を径3.0mmから2.50+αへと0.25mm弱の切削
動輪の改軌工作を行う事にします。まずは超ジャンクだったD60の方から分解。で、分解ついでに踏面をマスキングして…トップガードを吹いておきました。特に裏面は今のうちに塗装しておくと楽でよろしい由。そして軸箱の外側も黒染めしておきました。
イコライザーの左右を繋いで支点となるシーソーの動作を確認…そしてイコライザー本体の動作確認… 特に引っ掛かりもなく問題無さそうでした。(^o^;)>これら動作確認の動画です。(^o^;)>
イコライザーを作り直す事にしました。作り直しのポイントは、中央2点の支点は変えずにそのままですが、もう1点を前方から後方に変更する事にしました。支点を後方に移して… こーんな感じです。そしてイコライジングの稼働でフレームに当たる箇所をカットしながら調整してい
挑戦中のロンビックイコライザーですが、ちょっと問題がありまして…この長いイコライザーの右端部分の穴にシーソーとなるスペーサーを左右差し込んだ状態にして…この狭く細いフレームの中を潜らせて…前方のピンに差し込む必要があるのですが…現実的にとても無理な事が分
2台目はロンビックイコライザーに挑戦してみる事にしました。このロンビックイコライザーの理屈は、ゆうえん・こうじ様のブログ "汽車を作る" 2024/1/7の記事をご参照下さいませ。ド文系の愛犬クマがざっくり説明すると、フレームにピンを3点立てて、イコライザーを差し込む
宮沢D50&D60 まとめて改軌工作に戻りして… 2台目のフレームに進みます。スペーサーをハンダ付けしていきます。スペーサー上側のハンダ付け完了。2台目はフレーム幅を9.4mmにしました… (^o^;)>
今週の月〜火曜に出張で久し振りに福井に行っていました。たまたまなのですが、ちょうど北陸新幹線が敦賀まで延伸開業して直後の乗車。で、開業3日目にして… ホームには人影だーれもおらず。お祭り騒ぎもなんのその、昔ながらの芦原温泉駅そのままの閑散とした雰囲気は健在
動画の無い動画を作ってみました… (^ω^;)>
以前に作ったロコも一緒に白塗装しました。こちらは2作目の7100形です。これは塗装前の姿ですが切り取り線が表側になっている部分もあり、これら線を消したかった次第。ただし線が無くなって、なんかメリハリが無くなった感じに… まあ想定範囲内ですが。そしてこちらは3作目
変わり映えのしない白塗装でしたが、塗装未と塗装後をbefore and afterで見比べてみました。before 塗装未の状態…after… パンパカパーン!before…after… パンパカパーン!before…after… パンパカパーン!before…after… うーん、やはり煙突とドーム以外はほとんど変わ
塗装が完了しました。はい、そうなんです、黒ではなくツヤ消し白としました。あくまでもペーパークラフトなので潔く白のままにしようと企んだ次第。実は黒で塗装するか迷ったのですが、このレベルのペーパークラフトを黒で塗ってしまうと、かえってショボくなるような気がし
先週末はお天気が良く絶好の塗装日和でしたので紙蒸機を塗装してみました。先ずはサーフェーサーをスプレー吹き。以前に作製した紙蒸機も一緒に塗装する事にします。今回作製の5680形も…サーフェーサーを吹いて乾燥待ち。(^o^;)>
スペーサーを付け直します。もう一台のフレーム板厚0.8mm用に切り出してあったもので、幅は7.0mmとなります。イコライザーの前側支点も作り直しました。再組み立て。これでフレーム幅が8.6mmから9.0mmに拡がった事になります。測定したところフレーム上部は9.03mmで合格。狙
試しに珊瑚の13mm動輪を嵌めてみました。うーん、台枠幅を設計8.6mm幅としたのですが狭過ぎる感じ。イコライザーがすぐに軸箱から落ちてしまいます。前回KTM D51改軌の時も最初に8.5mmで作ってから後で9.0mmにやり直した経緯があったのですが、どうしても直線番長になる恐怖
いよいよ両フレームを貼り合わせます。しっかりと固定して歪み無きよう慎重に。シリンダーブロックを受ける部分に線を通してズレ防止対策をしました。貼り合わせ完了。v(^o^;)
スペーサーをハンダ付け。次に前側イコライザーの支点をこさえました。前回KTM D51改軌の時は第1軸と第2軸の軸箱を上から天板で押さえ、中央を1点で支えるという安直イコライザーでしたが、今回はもうちょっと真面目に作りました… (^ω^;)>
スペーサーの切断も済ませ組み立てに進みます…の前に、先にイコライザーフックを取り付け。こんな感じです。
寸法を間違って切断したのはフレームの底辺部分でして、オリジナルの軸箱バネ押さえ方式からイコライジング方式に変更するにあたり、イコライジングした時に軸箱が下がる下がり代を付けていなかったのでした。寸法取りの時はちゃんと頭にあったのですが罫書きの時には全く失
ボール盤で穴あけ。コンロで炙って貼り合わせの2枚を剥がしました。ところがどっこい!実は大問題がありまして… 寸法を間違って切断したのでした。σ(>_<;)
台枠後方の切り出しを行います。オリジナルを真鍮板に押し付けて淵をケガきます。乱暴な工法ですが、実は毎回やってます… f^_^;)切り出します。厚さは0.5mmにしました。次に0.5mm板を3枚重ね合わせてハンダ付け。その上に切り出した板を貼り付けます。線に沿って糸鋸で切
<交友社 記録写真 蒸気機関車より>愛犬クマが求めるD50の姿は… 西尾克三郎氏が写真に納めた頃の姿となります。<交友社 記録写真 蒸気機関車より>D51が登場する以前、D50が最盛期バリバリでワラで磨き上げられていた頃の姿です。<交友社 記録写真 蒸気機関車より>そしてデフ
糸鋸祭りで飛散する真鍮切り粉の対策です… f^_^;)
スペーサーだのイコライザーだの諸々を切り出しました。こちら台枠の板厚が1.0mmの方です。そしてこちらは台枠板厚0.8mmの方で部品点数が多いです。ちょっと変わったイコライジングに挑戦する予定です… (^ω^;)>
そしてもう1台分も切断しました。先に1.0mm×2枚の2mm厚さの方を切断した後に0.8×2枚の1.6mmを切断しましたが、やはり厚さが薄い方が断然に楽ですな… (^_^;)>2台まとめてやっつける〜!などとエラそうな事をのたまわってみたものの、どうするべ?と考える時間は確かに2台分
いよいよ糸鋸祭りの始まりです。(^o^;)>先ずは台枠側面となる板を4枚切り出します。2両分なので4枚なのですが、2枚は板厚1.0mmで、もう2枚は板厚0.8mmとしました。主台枠なので強度的に最低でも厚さ1.0mmは欲しいところなのですが… ある企みがあって1両は0.8mmで作ることに
悲惨な状態のD60は一旦置いておいて、D50の方で主台枠の寸法取りをする事にします。下廻りを分解していきます。D50の方はさすがにダイキャストが朽ちてボロボロに… なんて事にはなっていませんでしたが、劣化の影響か前方が少し垂れ下がるような感じで歪んでいました。寸法
段ボール箱の中で眠り続ける車輌たちを早く減らさんと 2台まとめてやっつけてやる作戦、13mmに改軌する最初の作業は主台枠の寸法取りになります。という事でジャンクD60の方を分解すべく底板を外したところ… スゴイ状態のものが現れました。主台枠前側はてんこ盛りされたエ
そろそろ糸鋸も持たにゃあいかんと思い改め、古い宮沢模型のD60ジャンク品を段ボール箱からほじくり出してきました。2022年4月にオクで入手したもので、この写真ではそうでもないですが程度はかなり悪いです。そしてこちらは全く別の宮沢模型D50の未塗装組立キット。2018年に
動画です… (^ω^;)>
ひとまず塗装前までレストアが完了しました。塗装はこのままクリアー仕上げにするか、黒く塗装するか… まだ少し迷っていますが、多分黒く塗ると思います。きっと…試運転。最終的には米粒球でライティングする予定。塗装待ちがまた1台増えました… f^_^;)
外れた蒸機管をハンダ付け。実物はさぞ迫力があるのでしょうね…機関車上回りの補修が完了。ランボード下の逆転機?だけがダイキャスト製で色が違うのが残念なところ… σ(ー ー;)下廻りと合体させて傾きの微調整をします。そして往復走行確認… 特に問題無さそうでした。
最後に機関車本体のレストアに進みます。半日かけて塗装落とし&磨き上げが完了、結構疲れました… (-。-;)>キャブをハンダ付け。しっかりハンダ付けが出来ないので一旦パイピングをガバッと開けて取り付けました。キャブ前妻にもしっかりとハンダを流します。キサゲブラシで余
前方足周りのレストアに進みます。このモデルはマレー機関車ながら前側はトレーラーという事でちょっくら残念… σ(ー ー;)分解して塗装落とし&磨き上げ。早速、動輪を嵌めてサイドロッドを装着してみました。引っ掛かり無くスムーズに回転したので位相の狂いは無かったようで
モーターを装着して動輪ホイールギヤとウォームギヤとの噛み合わせ調整をします。当たりを付けたところで試し走行。まあ、問題無さそうで何よりでした。動輪… もとい、動画です。(^o^;)>
機関車のレストアに進みます。下廻りはマレー後側台車から。傷みが激しく動輪がフレームに固着してしまっていました。固着した動輪を恐る恐る取り出します。スケールの白い粉がこびり付いていました。サンポールでスケールを落とし、リムーバーで塗装も落としました。ハンダ
モーターレストアの続きです。元の姿に組み立てようとしたところ… ブラシ部分を固定するナットがありませんでした。えぇー!洗浄中に何処か紛失したかな?いや、どうやら来た時から既に無かったみたいでした。どうしたものか… うーん、考えること暫し。ボール紙をリング状
モーターのレストアに進みます。主台枠後方のフレームが付いていました。経年でハンダが外れたのでしょう。レストアする前に試しに通電してみたところ、一応は動くには動きましたがヒュルヒュルと何とも非力な回転、レストア後にパワーも復活すれば良いのですが… 不安がよぎ
テンダー組み立て完了。元から付いていた… 何カプラーだったっけ?そうそう、X2Fカプラーでしたかな。さすがに今となっては互換性が全く無いのでケーディーカプラーにすげ替えました。台車の軸受け穴にグリスを塗り付けて… 車輪転がり性がすこぶる良好になりました。綺麗な
ピカールで磨いてピッカピカのテンダー。塗装を落として底から出てきたAKANEの銘板。ハンダが外れたパーツを取り付けていきます。手摺りが少し傾いているので修正しておきしょう。チャチャっとテンダー補修が完了しました。(^ω^;)>
ではでは、AKANEの輸出専用モデルUSRA2-6-6-2のレストアを開始いたしましょう。製品箱に "UNPAINTED KIT" と書いてあるので未塗装モデルだった筈ですが、ユーザーさんが塗装したのか、それとも昨日のFBにコメントしていた店のカスタムペイントなのかもしれませんが、塗装の質
1959年製作のAKANE輸出専用モデルの箱…その箱裏に押された模型店と思しきスタンプ。?RO Custom Hobbies, Inc742 FREDERIK ROAD??TONSVIL??, MARYLAND212?これをもう少し調査してみました。試しに742 FREDERIK ROAD MDをGoogleMapで検索したところ、ワシントンD.C.から北東に
昨年2023の年始の抱負で登場した、AKANE輸出専用モデル USRA2-6-6-2のジャンク品に手を付ける事にしました。丸っと1年遅れですな…当鉄道にやって来たのは2021年3月でいつものオク入手のジャンク品なのですが… 想定以上のじゃじゃジャンクに狼狽隠せず、開封→う〜ん絶句→
昨年12月から始めた切りぬく紙蒸機ですが、2ヶ月半掛かってひとまず完成としました。ひとまずというのは、最後の仕上げに塗装を施す予定なのですが… まあ、暖かくなってからにしようと思います。その塗装もあくまでペーパークラフトとしての仕上げにするつもりです。今回で4
最後の工作は正面エンドビームに連結器フックとバッファ、真空ブレーキホースのパーツ取り付け。鎖がちょっとしたチャームポイントになります。これで紙工作は終了といたしましょうかね。型紙を使わずの切り残しがこれだけ残りました。
テンダーエンドビームに連結器フックとバッファ、真空ブレーキホースのパーツ3点セットとランプ掛けを取り付けました。連結器フックから垂れ下がる鎖も細帯を貼り合わせてそれっぽく… 今回の紙工作で一番細かい作業だったかも。テンダー前方には手ブレーキハンドルを取り付
切りぬく紙蒸機の最後のヤマは連結器フックとバッファの工作になります。オリジナルの型紙は使わずに、先ずは適当に紙を丸めて試作してみました。寸法を決めたところで4個分を切り出し。そして組み立てました。あと、フックと真空ブレーキホースっぽい物も… あーだこーだと
正面お顔の工作に進みます。どや?実は最初に煙室扉ハンドルの軸を爪楊枝の先を削って作ってみたのですが、なんか不恰好でスマートじゃなかったので紙のみで作り直しました。やっぱ、英国の流れを汲む古典機はハンサムでなくてはなりませぬ。(^o^;)>なんかまだ忘れ物があるよ
ドローバーをこさえました。こちらテンダー側。鉄道模型のそれとほぼ同じ構造です。完全なディスプレイなので機炭間は思いっきり狭めました。でもちょっと寄せ過ぎたかな… (ー ー;)>
キャブ側面に手摺りを取り付け。そしてキャブ後方にも手摺りを取り付け。反対側も然り。テンダーにも手摺りを取り付けました。まあまあ、まずまず… といたしましょう。(^ω^;)>
ある調べ物をしていて、ふと、???が頭をよぎり少し深掘りしてみました。名古屋市は熱田神宮の南側に "千年(チトセ)" という町名があるのですが、この千年の名の由来は、明治初期に村名をつける際に当時この地に鶴が生息していたことから "鶴は千年 亀は萬年" の言葉から名
岩崎・渡邊コレクションのD7形実機写真を見ながら見様見真似で小細工していきます。ボイラーサイドから這う配管とか…こちら側にも取り付けて…逆転器引き棒を取り付け。左側にはレバー引き棒を取り付け。<機芸出版 明治の機関車コレクションより>たった1ページ3葉の実機写真
「ブログリーダー」を活用して、クマさんをフォローしませんか?
ユーザー取り付けパーツを取り付けますが、今回はウェザリングや色挿しは施さず、ほぼオリジナルの状態のままで仕上げることにしました。どうしてもまだ勿体ないというか、汚すのはもう少し機が熟してから… といったところでしょうか。まずはお顔から…ジャーン!機番は739
ハンドレールの交換に0泊3日でホビーセンターカトーから帰ってきた我がD51ですが、改めて箱から取り出して拝んでみました… (^ω^;)> そしてファーストインプレッションでは卓上テーブルの上で直線レール3本のほんの数十センチの間を往復させただけでしたが、今度はレールを
早いところ乗工社D51半流型を塗装せにゃあいかんと焦っているのですが、どうやって塗装しようかなと思案しています。4年前にここにいた時は、土間の床に新聞紙を敷き詰めてしゃがんで塗装していたと記憶していますが、腰からの悲鳴も記憶しているし… σ(ー ー;)そうだ、塗装ブ
嫁さんから、単身赴任でどうせ偏った食事になるんだからこれでも飲んでおきなさい… と、箱買いして持たされたカゴメトマトジュースです。何十年ぶりのトマトジュースかなあ、チューチュー飲むのですが、うーん、なんか、昔の方が美味しかったよなあ、うーん、なんというか水
今日のブログネタは、実は公開すべきか伏せておいた方がいいのか… 少々考えたのですが、やはり同じように購入したD51のハンドレールの形状に悩んでいるユーザーさんがもしいれば、また、KATOさんの今後の商品開発の一助にでもなればと思い記すことにします。このうねりくね
昨夜仕事から帰ると 、待ち侘びていたTMS 1001号がやっと届いていました。なぜ待ち侘びていたのかって?別にお目当ての記事があったわけではなく、実は先週土曜の17日にIMON渋谷店に行った際、開店時から既にこの6月号が店頭に並んでいたからです。おぉ、ちょうど発売日か、
うねりくねったハンドレールをどうしたものかと悩みながら、数十センチのレールを何度も往復させて堕行性能を堪能します。そこで昔のKATO HO D51と並べて堕行性がどれだけ違うか比較してみました。旧作KATO D51は当方が大胆な改造法で13mmに改軌していますが、走行性能はオリ
貧さに負けた〜♪ いえ、世間に負けた〜♪なーんて歌詞のデュエット曲が昔々流行りましたが、 誘惑に負けた〜♪ いえ、KATOに負けた〜♪もう買わないと誓っていたKATO HO D51でしたが、記念すべきTMS 1000号の記事で一番興奮した記事が製品紹介のこのD51だったとなれば
昨日まで東京の自宅に戻っていたのですが、丸5年振りに "冴えない玉手箱" を出してきました。中は2018年にガラクタから再生させたOゲージの一式セットです。3本ガラレールを16本繋げて輪にして車輌を載せて…いつもこの変圧器に電源を入れる時は緊張します。火を吹かないかと
今週末は東京の自宅に帰って来ています。そして先月に一悶着のあった旗艦店の渋谷店に行ってきました。例の特注品の再製作が出来ましたとの連絡をもらっていたので受け取りに行ったのでした。注文して半年経って失敗したと聞かされて、じゃあ再製作の納期はいつ頃になるのか
フロントデッキ部分とランボード部分を合体、この辺りは仕上がりの良し悪しに直結するので慎重に進めます。パーツを取り付けます。この連結器根本のパーツがなんとも異様ですが… 模型としてのカプラー機能を維持すべく処理に苦労したのでしょうが、でも、ちょっとね〜って感
組立説明書の順序通り… フロントデッキを組み立て。次にランボートにスプラッシャーをハンダ付け。ベーク板を使いしっかりと固定して垂直に気を遣ってハンダ付けします。こちらスプラッシャー上板も調整不要の一発で組み合わさりました。恐るべし八雲工芸です… (・_・;)>
ゆっくり気長に丁寧に… 漫漫と進めています。次はキャブ床板です。最初からほぼほぼピッタリ重なり合ってハンダ付けが出来ました。キャブ下パーツは泥溜めと分配弁のみでちょっと寂しいですが、もう少し進んだところでパイピングをしようと思います… (^ω^;)>
キャブ組み立ての続きです。ロストパーツの雨除けをハンダ付け。屋根の妻縁をハンダ付け。曲げ加工された屋根板とピッタリ合って気持ちイイ…屋根裏には目張りの帯板を取り付けました。おぉ、ええ感じです。後ろ妻面も目張り効果もあって屋根板とキャブ反対とがピタッと組み
キット組立説明書の記載順序通りに次はキャブの組み立てに進みます。ハンダ付けはしっかりと直角が出るように固定してから行います。これらのセッティングに時間がかかります。箱になりました… いや、まだか…屋根にロストパーツをハンダ付け。屋根裏はフックが付いていて取
煙室正面にヘッドライトと煙室扉ハンドルを取り付け。で、それ以外のハンドレールやらノッブやら煙室扉の取っ手やらヒンジの付け根やら… これらぜーんぶロストワックスの一体成形でした。そしてこれがひん曲がっていて、もげないように慎重に矯正するのが結構大変でした、こ
今年は連休が明けて3日ですぐにまた週末を向かえるのは助かりますね。シームレスな工作活動を目指して八雲工芸8620に取り組むことにします。床間に置いた勉強机を工作机に変身させて… 新聞を敷いただけですが、いつもはこの上にA3サイズのベニヤ板を置いてその上で工作をす
前回2年前に福井を発つ時に21年物ヴィッツ君を手放して、東京ではクルマ無しで過ごしていたのですが、さすがに福井でクルマ無しでは生活が出来ないので今度はスズキのハスラーにしました。一応、期間限定1年間の赴任の筈なので、購入ではなくカーリースにしました。会社が斡
走行テストの動画です… (^ω^;)>
ロッド装着の次はモーターを搭載します。これで下廻りが完了!と言いたいところですが…往復の走行確認をするとビミョーな引っ掛かりだの、ビミョーな接触不良だの… いまいち満足出来ません。うーん、なんでやねーん!分解&再組立てを繰り返しながら一つづつ調整を行い問題
ギヤボックスとモーターホルダーを板を渡して合体させました。有り合わせの端材を現物合わせで強引に…スッポリ収まったのでまあ良かろう… (^ω^;)>
1ヶ月振りに進めました。もう適当なところで一旦お預けにしようと思っています。モーターホルダーをこさえます。厚さは1.0mmです。高さ位置調整を行います。さて、次はここからギヤボックスとモーターホルダーを一体化しなければならないのですが、どうやって合体させよう…
高橋弘氏の超有名な写真 "瀬田川を渡るC622号機特急つばめ号"(1954年3月7日撮影)。恐れながら当方ブログにも何度となく載せさせて頂いていますが、おそらく商業誌でもこの時代のC62や特急列車をイメージさせるシーンの代表として、鉄道専門誌に限らず一般誌でもこれからも末
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。いろいろ調査のC62研究ですが、機番が特定出来なかった写真が38カットあり、また撮影者または写真所蔵者が特定出来なかった写真が11カットでした。では、機番も撮影者も両方とも特定出来なかった写真は?というと、結
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。あくまでも当方が所有する書籍493冊の範囲においてですが、一枚の写真がいかに多くの誌面を飾ったか?を調査した結果を発表します。結果は… まずは同率2位で3カットありました。まずは機番の若い順に、高橋弘氏が1954
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。総写真枚数1,083枚を機番ごとに分類して、そこから重複している写真を集約して正味のカット数638枚に分類し、今度は更にそれらを撮影者もくしは写真所蔵者ごとに分類していきました。<高橋弘氏撮影 1956-11-2 京都駅に
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。<山口益夫氏撮影 1955.12.3 プレスアイゼンバーン刊 C62より >のべ1,083カットの青年期C62写真を第1分類として機番別に分けましたが、第2分類ではいよいよ重複している写真を集約していきます。機番不明を合わせて計50
ヘッドライトがLP42時代のC62写真を探し出すの続きです。当方が所有する鉄道関連本493冊から166冊、のべ1,083カットの青年期C62写真を確認出来ましたが、次はこの1,083カットを第1分類として機番ごとに分けていきました。<細川延夫氏撮影 1955年7月23日 広島駅に到着した13号
久し振りのブログ更新となりました。当ブログは趣味の鉄道模型製作の工作過程を備忘録として日々綴るという地味でじみ〜なカテゴリーなので、その模型製作を怠けてしまうと途端にネタが続かないのは当然のことでして… まあしゃあない、お許しください… f^_^;)で、今年のGW
2024年のGWも終わってしまいました。今年のGWは全く模型工作をしませんでした。5月の連休で全く工作をしなかったのは実は初めてもしれません。で、何をやっていたかと言うと、シロクニ研究に没頭しておりました。まだもう暫く続きそうです。まあ、こんな年があっても良かろう
とても小粋でお洒落なブックカバーは今日のブログのちょっとほっこりなお話しでしたが…実は当方も豪華本に値する一冊にブックカバーをしているのですが… 新聞紙です。見返り写真は… これです。はいそうです、小寺康正氏の名著 "国鉄蒸気機関車の角度" です。当方は1988年4
かつてプレスアイゼンバーンから発行された豪華本シリーズの "大阪の省電vol.1,2" です。昨年2023年にヤフオクで意外な程のお手頃価格で落札したのですが、今や紙媒体の古い書籍なんてもう値が付かなくなるのでしょうかね?この豪華な外函から中身の書籍を取り出すと… ピノ
今日は東京もとてもお天気が良く、午前中に新宿御苑を散歩して来ました。新宿御苑は初めての訪問でしたが、大都会のど真ん中にこんな豊かな緑があるとは… みどりの日にもってこいの一日でした。鳥さんがいたり…ヘビさんもいたり… ところで新宿御苑ってどこが所轄管理して
雑誌"鉄道ファン"から"青年期のC62"を探し出すの第4回目となります。<鉄道ファンNo.512より 高橋弘氏撮影C6230号機>1968年10月号から2018年1月号までの約50年間に正味202カットの写真が確認されましたが、次に1号機から49号機までを機番ごとに集計してみました。主な号機を書
雑誌"鉄道ファン"から"青年期のC62"を探し出すの第3回目となります。1968年10月号から2018年1月号まで約50年間で45冊に写真が掲載され、そのカット数はのべ234枚だったという事ですが、有名なカットや歴史的に貴重な写真などは50年の間で同じ写真が何度となく使用されていま
雑誌"鉄道ファン"から"青年期のC62"を探し出すの第2回目となります。1968年10月号から2018年1月号までの約50年間で45冊に写真が掲載されていましたが、もう少し詳しく調べていくと以下の結果でした。写真カット数:のべ234枚うち、モノクロ208枚、カラ26ー枚撮影者および写真
<鉄道ファンNo.530より 佐竹保雄氏1955年5月撮影>愛犬クマのシロクニオタクが再燃してしまいました。あらためてそのオタク度数を申し上げますと、対象とする時代は1956年の東海道本線全線電化直後まで。ATS発電機取り付け前の150W前照灯(LP42)の姿であることが絶対条件という
<交友社 高橋弘作品集 蒸気機関車その良き時代より 1956年10月27日撮影>今日は昭和の日。元々は昭和天皇の天皇誕生日でしたが、その後平成になりみどりの日となって2007年から昭和の日となりました。この昭和という時代を少年期、思春期、青年期と多感な時期を生きた者として
全く進んでいません… モーターはフレームに載せてあるだけです。こちらポリアセタールウォームギヤの方は3点支持イコライザーを搭載しています。しっかりと3点で支えられておりフレームは前後水平に安定しています。こちら金属ウォームギヤの方はロンビックイコライザーを搭
昨日は所用で静岡県三島まで出掛けたのですが、移動時間に余裕があったので東京駅から新幹線ではなく在来線特急踊り子号で行ってみました。昼寝しながら行くのに丁度ええわと。で、東京駅に着いてみると見かけぬ電車が… 実は今でもまだ185系電車が走っていると思っていまし