茂平の自然災害で最大のものは、明治17年の堤防が決壊し海水が流れ込んだことだろう。隣の大津野村は死者5名、茂平は犠牲者はでなかったようだ。2021年6月28日・当ブログ子供の頃、祖母は「昔堤防が切れて海水が流れ込んだ」ことを何度も話していた。昔というのは、祖母が若いころ経験した事だろうと思っていた。祖母は明治28年に茂平で生まれた。堤防が決壊したのは明治17年の事で、未曾有の出来事を祖母は自分の親や近所のおじさんたちから聞かされていたのだろう。山陽新聞に明治17年の水島の決壊記事が載った。記事を読むと140年前の、茂平の先人たちが体験した恐怖が蘇るようだ。・・・2021年6月18日山陽新聞・文化欄「温故知災・苦難の歴史に学ぶ」「福田新田の悲劇---高潮の猛威」堤防決壊、次々と家屋漂流福田新田旧5ヶ村(現在...茂平の自然災害①茂平の堤防が決壊した