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6丁目のつぶやきさんのプロフィール

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6丁目のつぶやき
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https://blog.goo.ne.jp/gooakenko
ブログ紹介文
日常生活でのありよう、思ったこと等の徒然草
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90回 / 365日(平均1.7回/週)

ブログ村参加:2014/11/19

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6丁目のつぶやきさんの新着記事

1件〜30件

  • 西国大名を監視する為の福山城

    広島県福山市に毛利氏ら西国大名監視のため大坂の陣から5年経ち幕府が資金援助と現物供与までして最前線に築いた徳川譜代の水野氏5代松平氏1代阿部氏10代と廃藩置県まで西国大名に睨みを利かし明治6年廃城そして戦災により焼失鉄筋コンクリート造で復元以上の知識をもって快晴の福山駅に着いた新幹線駅前から徒歩1分目の前の石垣を登れば豪壮な筋鉄御門潜れば天守閣が聳える真正面にでる五重六階の天守閣、伏見櫓(重要文化財)御湯殿、月見櫓、筋鉄御門等々数々の建築物が風格を表して目を見張る折しも天守閣での博物館徳川家康と歴代将軍ゆかりの名宝展が開かれており刀、甲冑、烏帽子、陶器、木器、櫛、簪、衣類等々偉大な権力をつぶさに魅せられその時代の武士の様子がわかって興味深かった西国大名を監視する為の福山城

  • 幻の今治城

    高松城、中津城とならんで日本三大海城の一つ今治駅から海側へ徒歩20分脆弱な砂浜の上に重い石垣を巡らした今治城に興味があった関ヶ原の戦いで戦功のあった藤堂高虎に伊予半国20万石を領しこの今治に築城名人高虎が輪郭式海城として「吹上の浜」と呼ばれた砂丘に築城しかし天守があったかどうかは未だにはっきりしていない敷地内に天守の遺構が無いことやあっても6年間で丹羽亀山城に移築されたとか実際北隅櫓が天守の役目を果たしていたとか現在は模擬天守が北隅に建っている土橋をわたって高麗門をくぐり枡形虎口から鉄御門を経て二の丸天守に上り脆弱な砂丘の上によくこの石垣と城を造ったものだと昔の人の知恵に脱帽山里櫓内に陳列してある一族の精緻な作りの古美術に感銘を受け最近再建された赤松の匂いがする長い木造武具櫓を防禦する立場で歩きなるほどと頷き城...幻の今治城

  • 木造で再建した大洲城

    大洲城は駅から循環バスに乗って細い道を迂回しながら通り過ぎたのではと不安になりながらたどり着けば眼前に新築の城が聳えて立派過ぎてかなり浮いているかなぁと・・・14世紀前半に建てられそれを近世城郭に改造し慶長年間に天守を築き明治21年に廃城令で取り壊され平成16年木造で肱川を堀にして威風堂々と木造で再建し新たによみがえった檜の匂いがプンプンして吹き抜けの木組が迫力あり建築基準法違反で有るが非常灯や隠しカメラ等々苦心して設置建前はともかくとして特例措置で史実に従って忠実に造られたことに敬意を表したい天守から見る眺望は素晴らしく小さな家々がこじんまりと拡がり肱川が防禦の要となっていることがよくわかる人は城人は石垣人は堀情けは味方仇は敵信玄の名句が当てはまる様なこじんまりした大洲市のシンボルに市民は誇りを持っているだろ...木造で再建した大洲城

  • 天守のない湯築城跡

    日本100名城の湯築城跡が松山市道後公園内にあると聞いて市電車で行く公園前で降りて看板はあったが公園の縁に高さの低い土塁が城跡らしい南北朝時代より存在して丘陵部は71mの小山で天守の遺構がまったく無く天守があったか定かでない下の平地部では武家屋敷が建ち平山城であった伊予豪族河野氏が平安時代から壇ノ浦の戦い承久の乱等々乗り越えて戦国時代迄の約400年間にわたって統治していたが秀吉の四国征伐で小早川軍に降伏城を開け渡した廃材は松山城の築城に使われ堀や土塁のみ残る松山城を築き廃城となるほぼ完全な縄張り土塁、堀だけ残ってたぶん南北朝時代からの長い歴史そして松山城築城までの前身だから優れた史跡と言う意味で日本100名城なんだなぁと・・・遠くの勝山に見える松山城が在りし日の湯築城の廃材か・・・歴史の移り変わりに古城を何をか...天守のない湯築城跡

  • 洋学盛んな宇和島城

    司馬遼太郎の幕末期活躍した大村益次郎(村田蔵六)の物語「花神」を読んで蔵六が日本初の蒸気船を作るために松山と高知の中間に位置する過疎地宇和島藩へ行くが・・・当時蘭学は宇和島藩と言って日本有数の洋学盛んな藩と・・・古式豊かな優美な城は南と西が豊後水道の海に面して東と北に堀を巡らす城塞堅固な悌郭式平山城で藩主の意向が伝わりやすいこじんまりした縄張りだ城の名手藤堂高虎が6年の歳月をかけて平城の近世城郭を築き江戸時代に伊達政宗の長男秀宗が入封して明治まで続いた天守は三重三階の総塗籠式の狭間も石落としも無い軍事的要素より千鳥破風や唐破風のある装飾性の高い城だった天守閣には珍しい書院造で障子と天井があり住宅としての機能も兼ねていたのか?城下は南西の海も堀も全て埋められ商店街に変わってしまった当時とはまったく変わった風景にな...洋学盛んな宇和島城

  • 宇和島鯛めし

    徳島から高速バスで松山へ移動中臨席の松山の人に旨いものがあったら教えてほしいと聴いたら一本釣りの天然鯛の刺身をつけ汁、たまご、薬味で混ぜそれをあつあつのご飯にかけて食べる宇和島の鯛めしを勧めるとの事松山城のロープウェイの登り口に高級老舗の「丸水」と言う店があるから是非と・・・早速、夕陽に輝く松山城を観た帰り寄ってみた店内は小綺麗な落ち着いた店構えで美味しさを感じる雰囲気だまず生ビールを一気に飲み干して地元の大吟醸三種セットを頼むチョビリチョビリ特に坂の上の雲が司馬遼太郎の小説にちなんだものか?甘口の豊穣な味で疲れた身体にぴったりそして待望の鯛めしが御盆に載せてコリコリの新鮮な鯛卵と薬味地元産のお鉢に入った飯味噌漬けのお新香がテーブルに載るマル秘の出汁にたまごをなじませ鯛の身と薬味を出汁のなかに全部入れご飯の上に...宇和島鯛めし

  • 夕闇の松山城

    松山には若い頃から何度も行ったがほっちゃん湯ばかりに魅かれて松山城は遠くから眺めるだけだった城巡りに興味を持ち始め現存12天守の一つ重要文化財のこの城は是非観なくてはと・・・交通渋滞で松山へ入るのが遅くなり黄昏時に登る高さ132mの勝山に築かれた五重天守閣の連郭式平城秀吉の家臣加藤嘉明が伊予20万石を与えられ築城完成まで26年の歳月その後蒲生氏入城、親藩の松平氏が入封幕末を迎える天守は江戸時代から現存するまさに松山市のシンボルと実感海上に沈みかけた夕陽が高く聳える石垣と城に煌々とあたり戦の無い現代の今城は平穏な日々で平和のありがたみを感じそれは綺麗感激の瞬間まさに春や昔15万石の城下哉正岡子規でした夕闇の松山城

  • 阿波踊りの徳島城跡

    徳島城は秀吉四国平定の後蜂須賀家政が吉野川河口の山に築いた悌郭式平山城標高61mの山頂に本丸を築き周囲の自然河川を巧みに利用して東に内堀を配し石垣は阿波の青石を高石垣として築き西の丸の石垣は屈折を繰り返し横矢がかりの工夫がわかる天正13年から明治8年まで280年間蜂須賀家の居城でお濠に面した脇戸つきの薬医門「鷲の門」が瓦と共に残された建物(再建)で昔を忍ばせるボルトノキが当地の銘木とか幹の太い先に葉がところどころ赤く染まりそれが実で有るかの様な不思議な木が本丸近くに生えて在し日の天守を想う蜂須賀家の入封と徳島城の完成を祝って領民が無礼講で踊った踊りが阿波踊りの起源らしい蜂須賀家政公銅像での表情はいかにも領民に好かれる様な温和な顔で阿波踊りもさもありなんでした阿波踊りの徳島城跡

  • 獣除けの防禦フェンス

    今年も我がほっとけ農場は野生動物侵入対策で四苦八苦したトーキビ、人参、枝豆は全滅虎豆等の豆類トマト、ナス、さやえんどう、ズッキーニピーマン、キャベツ、スイカ等々新芽を喰われ成果品は半分に激減防禦フェンスはアライグマの仕業で穴が所々開きその都度針金で塞ぐ日々2mまでフェンスを高くしたが鹿は助走して飛び越え足跡や糞が畑中に残るカラスは上空から舞い降り権兵衛、種撒きゃカラスがほじくるで野生動物との闘いは今年も完敗やる気を無くした畑を耕し肥料を施し畝を作り苗を植えマルチをして風除けを施し雨が降らなければ雨乞い台風に気を使いようやく食べごろになってスッカリ喰われる頭真っ白状態で年を考えるとやってられないと・・・野菜は経費を考えると買った方が安いが農薬を使わない安心感と畑での仕事は体力が付くとムキになって作るが・・・来年は...獣除けの防禦フェンス

  • 今年最後の収穫 ヤーコン

    遠くの山々は次第にどす黒くみぞれ混じりの雪が横なぐりに冷気を伴って吹き付けいよいよ冬の到来畑に行ってみるとヤーコンの葉が霜焼けで黒く変りそろそろ収穫時これを掘り起こせば今年の農作業は終わり直径約80cmの周囲を泥がへばり付いた重いスコップで根菜を傷つけない様に幅広く掘り起こせば瑞々しい大きな芋がわんさと鈴なりでヤッタァ早速生で食べれば梨を食べているようなシャキシャキ感とオリゴ糖の甘さが生野菜として抜群で美味しい中性脂肪、総コレストールを下げ便秘に効くヘルシーな野菜だそうだほっとけ農場で一昨年友人からもらったアンデス産の苗に手間もかからず獣にも見向きもされずすくすく育つほっとけ農場にピッタリの根菜だという訳でニンニク、ラッキョウ、ネギ類、食用菊、ジャガイモ、サツマイモ等に加えてヤーコンも獣に強い野菜仲間に・・・種...今年最後の収穫ヤーコン

  • 盆栽の冬支度

    高齢の友人から面倒見られなくなったと立派な松の盆栽三鉢を頂いた我家の庭は野草のはびこる手入れをしない小さな庭で盆栽を置く適当な場所が無い玄関脇の木製階段に置いてみたが人びとの反応はこう言う趣味があったのかとかうちに似合わないとかどうしたのと言われる始末日頃の言動が制約に縛られない振舞いと風流にほど遠い人と見られいてましてや日本趣味なんて関係ないおじさんなんだと・・・あれこれ置き場を思案しているうちにみぞれまじりの雪が降り出したいずれ積雪で埋もれるのでこの場所へほっとく事もできずさて冬仕舞いは?コモを被せる技術も無く美しく調えるセンスも無い自分に相応しい方法はと悩んだ挙句温度も氷点下にならず車庫内の陽のあたる所へすのこの棚を作り植木鉢3本そこへ冬の期間だけ置くことにした手間暇掛けないほっとけ主義の自分はこれしかな...盆栽の冬支度

  • 桂、山紅葉の伐採

    台風が来る我が家の大きな桂が倒れ近所に迷惑かけやしないかと心配だ山紅葉はツンツン伸び放題で電線にふれだしたそこでどちらも思い切って小枝を切る事にしてのこぎり、先手バサミを持って木に登るはめに・・・子供の頃よく木登りをして遊んだものだが昨今残念ながら二股の枝に短い足が届かない両手で抱きつきながら身体をよじりやっと登ればまた次の二股枝そして次が待ちうける落ちないように足の位置を決めながら汗かき渾身の力で登る7mぐらいの高さにどうにかやっと登って下をのぞけば落ちたら終わりと・・・揺れながら慎重にのこぎりを使うが重い身体で木はしなり折れはしないかと危ない行為を続ける葉が色づき始め枯れ葉の一歩手前に惜しい気もするが隣家に小枝が落ちないようロープで巻いて静かに切る太い幹をやっと二本切ってその先は諦め道具を下に投げあたふたと...桂、山紅葉の伐採

  • 小さなバルコニー作り

    腐ったバルコニーを撤去し趣味の日曜大工で新たに縮小して作り直した本当は以前と同じ大きさにすれば良いのだが畠で鹿に喰われるならトマト、ナスなどここで採かと僅かな場所だが畑を確保すべく縮小してバルコニーまがいの踏み込み台を四苦八苦して完成した傾斜地のため本当に畑として活用できるか問題だが要は畑の土造りも年を考えるとできないのではとこの先暗い見通しだ何をするにしてもやる気が萎えてこれではいけないと自分に言い聞かせるトンカチとのこぎりの音がこだましてその都度反応する愛犬『まめた』が寂しそうに扉の向こうからこちらを見ていた小さなバルコニー作り

  • まめ太小まめの犬二匹2週間滞留

    息子夫婦が海外旅行に行くためスイス原産大型犬のバーニーズマウンテンドッグ豆太(雄)小まめ(雌)の二匹が突然の滞留となりしかも二週間も!大きな犬が居間を占拠して愛用のソファーは犬の寝床となり我々は床に座る羽目に食事を与えると早速散歩しろと頭で突き上げ飛び上がりせつかれる騒ぎロープを首輪にセットして引っ張られながらビニール袋を持って朝晩山坂のあるバス停3区間分散歩が始まる力持ちなこの犬に引っ張られ足腰がゆう事を効かず腕は痛くなるは転びそうになるは・・・近所の子犬と会えば無視してじっと見下ろしているだけいつもの茂った芝へ来れば決まって用を達し散歩の目的を達する帰宅すれば玄関前で入るのを嫌がり大きなつぶらな瞳で哀願する始末根は人なっこく温和で聡明だ土足厳禁の我が家まず足拭きをして入ればご褒美の煮干を欲しい人と言えばお座...まめ太小まめの犬二匹2週間滞留

  • 苔の見事な勝山白山平泉寺

    昔、白山に登り山頂手前の白山奥宮にお参りしたがその系統で「白山神社平泉寺」の苔が広くて美しいと聴き福井えちぜん鉄道に乗り勝山で下車あいにくバスは朝晩しか無くタクシーで下馬大橋の麓まで乗りそこから登り始める高い木立が生える中大石を敷き詰めた間に苔生す一歩道は日本の道100選で脇には33番の観音石仏がまほろばまで続き次第に神の領域に入って行く参道にはビッシリ杉木立と苔が生え神秘的な雰囲気を感じながら幅広な精進坂を一直線に登り一の鳥居その先御手洗池や八幡神社を得て二の鳥居をくぐれば苔生す中に中宮平泉寺の白山神社拝殿更にその奥に大石垣を登って梁に見事な龍の彫刻を施した本社があるともかく広大に生える緑の苔にはジュータンを敷き詰めたような地面ににいくつもの社が建ち圧巻と言うか感嘆するしかない更に登れば楠木正成の墓と安産の神...苔の見事な勝山白山平泉寺

  • 一乗谷城朝倉館

    NHKの大河ドラマに戦国時代の知将明智光秀の謎めいた幼少期から信長を打つまでの生き様が放送されるらしいがご当地が関係しているらく観光客は多くなっていると・・・でも駅より乗ったバスはガラガラ一乗谷城の山城についてはバス運転手もよくわかってなくどこで降りるのか小首を傾げまだ観光ずれしてない復元街並下車と言う所で降りることを決断して押ボタンを押し慌てて降りた丁度昼時地元おろし蕎麦をかきこんだがこれがシンプルで蕎麦の香りムンムン美味い1人で打っているそうだがまわりの人も皆おろし蕎麦を注文していた広場には観光バスからツワー客が降りて400年以上埋もれ復元された街並を観るが・・・一乗谷城の山城については誰も行き先が分からず幸運にも山頂から戻った5、6人の登山客に城跡を聞いたが城に興味が無いらしくただ石碑があるだけだと・・・...一乗谷城朝倉館

  • 夕やみせまる福井城

    夕食の為泊まったホテルのすぐ裏を歩いていたら偶然にも大きな水堀と孕んだ石垣に出っくわしたイヤホーンを両耳に入れ颯爽と歩いている年の頃30代後半小柄美人にすれ違ったので思いきってここは福井城ですかと聞いたらイヤボーンをゆっくり外して嫌な顔せずそうです。あそこの橋を渡れば中に説明板があり由来がわかりますからと・・・笑顔で応えて指差してくれたその仕草が誠実で嬉しく丁寧に礼を言って別れたその余韻が残り振り返ったらイヤボーンをつけ始めながら反対方向へ歩き始め夕陽が眩しかった外濠の橋はめがね橋になり濠水がキラキラと夕陽が輝き絶景ポイントとなっていたウキウキしながら橋を渡れば立派な県庁等々が立ち傍に城の経緯が書かれた銘板が有った築城者である家康の次男秀吉の養子だった結城秀康はまさかこんな大きな官庁街に変わるとは想いもしなかっ...夕やみせまる福井城

  • 旧士幌線のアーチコンクリート橋梁

    東大雪山系音更川渓谷に架かる旧国鉄士幌線の数々のアーチコンクリート橋梁を見て廻った廃線になり役目を果たしてひっそり残されメンテされずに過酷な気象条件の中で凍結融解が繰り返され徐々にボロボロになり駆逐して行くタウンシュベツ橋梁、三ノ沢橋梁、五の沢橋梁、第五音更橋梁等渓谷にまたがるアーチコンクリート橋が北海道歴史遺産と指定されてそれに繋がるレール跡は歩道など有効活用しているが樹木に覆い被され風情が何か物悲しく人生を見ているようで胸キュンである国道273号線沿いには大勢の人がバスツワーやマイカーはてはオートバイで滑走道路にはみ出して観に来ている糠平湖に映るタウンシュベツ橋梁は近くまでは行けず遠くの展望台から観られるだけである季節によってその姿が湖水に埋没してしまい厳冬期など氷上に白一色で佇むなんともドラマチックで・・...旧士幌線のアーチコンクリート橋梁

  • 東大雪山系の自然

    北海道中央部の自然景観は北海道の中でも特に豊かな自然に囲まれ四季の変化に富み本当に素晴らしい登山者も少ない自然真っ只中の細い藪道を黙々とまた、ごろ石の急登を喘ぎながら週末になると出かけたが・・・ニペソツ山西ヌプカウシヌプリ、ウペペサンケ山石狩岳、音更山、ユニ石狩岳等の若かりし日の記憶が昨日のように蘇る今回は登山ではなくみずうみをじっくり観たいと原木がそのまま朽ちるまで浮いている火山が生んだカルデラ湖の然別湖人工ダム湖の糠平湖を・・・温泉の湖岸をカメラを片手に歩いてみたが紅葉はまだ時期尚早湖水からの風は冷たくあたふたと宿屋に戻った夜は温度5度と冷え樹木は日1日と黄色味を帯びて遠くの山はすでに白く薄化粧で寒々とした冬の景色北国の秋は短くやがて除雪車のエンジン音が絶えない季節が続く東大雪山系の自然

  • 北海道らしい十勝平野

    札幌から新得まで高速道路で飛ばして2時間あまり広々とした北海道らしい風景に解放感を味会う牧歌的な雰囲気が気持ちをのどかにさせてくれ白樺の細い木立が北海道らしく幅広い道路が一直線に続く北海度ならではの風景です鹿追町の展望台では幸運にも快晴雄大そのものが体感できる太平洋側のアポイ岳、楽古岳、ピリカヌプリ、神居岳、中の岳、ぺテガリ、幌尻岳の日高山脈が一望でき昔登った山々を感慨深く思い出す旭岳連峰が遠く聳えはや白く化粧して圧巻だ9月中旬はまだ紅葉にはいたっていないが周りの樹木は徐々に黄色味が増して一斉に茶褐色となるだろう手足を思いきり伸ばし雄大な景色を眺めて自然の大きさを味あう北海道らしい十勝平野

  • 山城 七尾城跡

    能登守護畠山氏の居城長尾城室町時代は砦のようなものであったがその後169年間の間に応仁の乱、一向一揆、百姓の強訴などあり徐々に山全体が城の様な強固な山城になっていった山の下の城下町は禅僧が住み北陸を代表する戦国都市であったと最近わかってきたそれを上杉謙信が1年間猛攻して畠山氏の重臣の内通により落城畠山氏滅ぶ以後謙信はここへ居住信長と対戦する為平地まで降りて有名な手取川の戦い信長は実際にはこの地に出撃していなく秀吉も途中で引返し柴田勝家だけが戦い敗れ去った戦国の英雄謙信は城から七尾湾の絶景をみながら詩など作り春日山城へ戻り半年後にあっけなく脳溢血で死んだその後信長の配下である前田利家が能登の領主となりもはや山城の時代ではないと廃城にして小丸山城に移る以上歴史を踏まえ日本100名城でもある山城七尾城へ登って見なくて...山城七尾城跡

  • 最古が覆された丸岡城

    日本100名城丸岡城を観たくJR北陸本線森田駅よりバスで本丸岡下車、徒歩15分とのことが車社会の影響かバスは廃止となり止むを得ずタクシーで行く羽目になったお陰で時間短縮と運転手さんの地方弁混じりの観光案内で旅気分を満喫し歩くことなく丸岡城横付け真正面に無骨で素朴な城が眼前に現れた小さな広場は観光バスから人々が次々と降り歓声が大きくなった最古の現存する12天守といわれているが最近の学術調査で三代将軍家光の時代に造られ昭和23年の福井大震災で倒壊して修復再建された家光の時代に造られたにしては石垣が質素な野面積の上に1階は塗籠と下見板張3階は真壁造り屋根瓦は笏谷石の石瓦天守各階の出窓や破風など古風を感じる誠に素朴で疑問が残るが?何故重い石瓦か戦国時代の屋根瓦は脆く瓦を結わえる銅線も無かったので高価ではあるが耐久性のあ...最古が覆された丸岡城

  • 雨中の高岡古城公園

    日本百名城の高岡城をみたく富山駅からJRで行く予定が高岡行きのバスに運良く乗れ高岡古城公園前で下車重い荷物を預ける暇もなく生憎の雨が降り始め公園内のあずま屋に飛び込んだら老人達が談笑していたザックを置いて良いかと聞いたら大金とられても責任は取れないがと前置きして本丸位置、石垣、お堀、滝等丁寧に経路を説明して周囲ざっと1時間ゆっくりまわっておいでと・・・おまけに帰りの新幹線駅まで電車、バスで行く方法を教えてくれたが乗り継ぎよりタクシーに乗った方が楽だとタクシー予約場所の茶屋まで一緒に・・・加賀藩2代藩主前田利長が隠居城として計画したが利長病死の為未完のまま廃城現在は石垣と水堀が鬱蒼とした樹木に覆われ自然そのものだ水堀は公園面積の3分の1あるそうでこの水は川に接続されず多分湧き水らしいが枯れずに滝まである本丸広場、...雨中の高岡古城公園

  • テラス破壊

    日曜大工で傾斜地に造った木造テラス広さは15平米ほどで毎年カツラの落ち葉が床に散り風情があったが・・・冬になるとテラスに積もった除雪が大変でアトリエ前の半分は撤去して簡単な濡れ縁を設けその前は粗末な畑に変えた残りは大根干しなどの為部分補修して使っていたが屋根がない為遂に足元が腐り始め歩行が揺れる様になった床板に穴が開き板を剥がしてみたら梁も腐り始め倒壊寸前で載せていた石が落下すれば大惨事になるとこだった大事に至らず発見でき胸をなでおろしたがこの先年を考えると造る事もままならず撤去して小さな家庭菜園にと・・・ほっとけ農場では鹿やアライグマに喰われて栽培できないので傾斜地では有るが安心してトマトぐらいなら育てられるのではとだがカラスが桂の木にとまりカァカァと今から嘲笑っていたが・・・テラス破壊

  • 薪揚げ

    ストーブのある生活がしたくて我が家はそれをベースにした生活で成り立っている幸い造園家の友人がいるため樹木を伐採した廃材が畑に運び込まれ一時的に蓄積される運び込まれた樹木を切断し薪割りをする筋力アップも兼ねなぜかこの作業斧を振り下ろしスパッと割れる快感がストレス解消となり楽しく飽きないこれらの作業は畑仕事より熱が入り次第に薪が溜まっていく乾燥された薪は畑作業のあと少しづつ自動車に積み家まで運び一階建物脇に一年分貯めて置く夏の後半3mの高低差ある二階のバルコニーまで揚げて冬支度として堆積しておくのだが・・・この作業は毎年一苦労かれこれ40年も続いているが夫婦二人とも年をとり体力も無くなった昨今二人では到底かなわず誰かに手伝って貰う羽目になる今年も悩みながらその季節がきてどうしようかと思案していたそんな時18歳になっ...薪揚げ

  • ある日の出来事

    北海道の甘いトーキビに魅せられ例年栽培しているが食べ頃になると外来種アライグマに総てなぎ倒され食せないそれでも懲りず今年は網を二重にして挑戦背丈が伸びて食べ頃の時期がまもなく・・・そろそろアライグマに今年もやられるのではと心配しながら収穫を楽しみにしていた念には念をと外来駆除課の市役所へ電話捕獲かごの設置をお願いをし業者さんが持って来た朝行ってみるとどう言うわけか餌のキャラメルコーンが綺麗に無くなりオリは空っぽだ何故蓋が落ちないのか不思議だが被害も無いのでまた捕獲かごに餌を撒きそれの繰り返しで一週間ほど経過したどうやら餌の無くなるのは鼠のしわざらしく餌の吊し方等工夫しながら毎朝仕掛けている捕獲はダメでも被害が無いなら良いかと愛車のスクーターで爽快に走り見廻りに怠りはないところが雨上がりの日曜日遠くから見た限り変...ある日の出来事

  • お気に入りの三輪車ジャイロ✖️

    ほっとけ農場へ自宅から距離約2km日参するための畑専用収穫物スクーターオレンジ色の三輪車以前に「2018.7.24ポンコツスクーターホンダジャイロⅩ」で投稿したがhttps://blog.goo.ne.jp/gooakenko/e/7034f68aae91e342e0015cdfded5634dそのジャイロ✖️50ccが修理してまもなくエンジン不調で始動しない始動したかと思えば直ぐにエンジンが止まるやっと走り出せば黒煙を吐き公害車化するアクセルを動かさなくてもスピードが上がったり下がったり爆音を轟かせ近所迷惑と・・・困ったものだまだ引退するのは早いと修理を出すことを決意バイク屋さんへもって行けば古いからねぇ今は排気ガス規制もあるし部品を交換してはみるけど直る補償はできないと・・・ここまで言われついに寿命かと新車...お気に入りの三輪車ジャイロ✖️

  • ほっとけ農場 一大事

    枝豆、人参、ナス、ズッキーニの実ジャガイモ、サヤエンドウ、さやいんげんカボチャ、スイカの芽全て若芽を食べられ鹿の足跡がくっきり残りコロコロ糞までおまけ付きだ周囲に高さ1.8mのフェンスを回し万全を期したがそれを見事にジャンプ?して入ったらしい無事なのはネギ系の玉ねぎ、ニンニクラッキョウ、ヤーコン、食用菊、トーキビだけトーキビは実がなる頃にはアライグマがお出ましになるのは目に見えている近くの畑仲間が集まりもう20センチロープを上に張ったらとそれを試してはみたが・・・次の日にまた食われ鹿も生きるのに必死どこから侵入するのか?飛び越えられないとしたらどこかの穴からと周囲をまわったら獣道の続く突き当たりネットフェンスに大きな穴が・・・継ぎ目に足を掛け広げた開口から潜りぬけていたらしいそこを針金をよじって塞いだが次の日ま...ほっとけ農場一大事

  • 奈良平安時代の多賀城跡

    JR多賀城駅で降り.多賀城跡はどう行ったら良いかJRの案内おばさんに聞いたらキョトンとしていた駅の売店でも小首を傾げながら駅をまちがったのではと?多賀城と駅名が付いている以上城跡はこの近くとタクシーに乗ったら運転手は近いのは国府多賀城駅ですよぉ皆さん間違えるんですよぉ我々は感謝していますが・・・駅を間違った私が悪かったが多賀城跡は地元ではあまり知らないらしい奈良平安時代古代東北の政治、文化、軍事の中心地となった律令国家要の900m四方に城柵に囲まれた小さな平山城中央に政務や儀式を行う政庁と平城京にならったらしいが高台の草原の中に柱の礎石が整然と並んで露出し想像たくましくするだけ圧巻なのは政庁に向かう南北大路ドーンとこの高台の政庁につながる一本道の下部には碁盤の目の様な道路があって官吏の住宅や兵士の宿舎があったそ...奈良平安時代の多賀城跡

  • 哀れを誘う二本松城跡

    東北本線二本松駅よりタクシーに乗り込み阿武隈山系すそのの丘陵標高345m日本100名城の二本松城へ向かったタクシー降りたところはいきなり戊辰戦争で戦った二本松少年隊の群像前ここでも会津若松の白虎隊運命か・・・中世から近世迄の山城から悌郭式平山城として幾多の変遷をは経て丘陵地に入り組む石垣はいわく因縁があったのでは二本松のいわれは良く分からないがなぜか城と桜と言うように城門も松によく合って絵になっていた高い石垣山頂の本丸跡から見る下界は敵がどこから攻めてくるのか晴れた日なら一目瞭然だが戊辰戦争の様な鉄砲、大砲の時代では堅固な石垣もままならず尊い命を大義のため捨てていったとは・・・昔の山城だった頃の面影が今も感じられるがその木立の中に紫陽花がやけにあちこち咲き尊い命が乗り移っているようなはかない風情だった哀れを誘う二本松城跡

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