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  • 斎藤茂吉『万葉秀歌』(10)

    斎藤茂吉『万葉秀歌』(10)(岩波書店、1980年、06月25日、第58刷発行)み吉野の山のあらしの寒けくにはたや今夜も我がひとり寝む作者不詳いろいろなことを言っていない。欲張っていない。それが美しい。そのなかにあって「我がひとり寝む」の「我が」が印象的。「我が」はなくても意味は同じだが、「我が」があることで「ひとり」が強調される。うらさぶる情さまねしひさかたの天の時雨の流らふ見れば長田王「み吉野の」に雰囲気が似ている。とても素朴。いまの「短歌」はいろいろなことを一首にこめすぎているかもしれない。秋山の樹の下がくり逝く水の吾こそ益さめ御思よりは鏡王女結句に「御思よりは」と出てくるが、これは主語ではない。主語は「吾が思ひ」。でも「思ひ」を隠して「吾」とだけ言っている。隠されていた「思ひ」が結句で重なり合う感...斎藤茂吉『万葉秀歌』(10)

  • Vicente Barbera Albalat 「TENGO LAS MANOS ROTAS DE QUERERTE 」

    VicenteBarberaAlbalat「TENGOLASMANOSROTASDEQUERERTE」(DESDEELANDN,OlLibros,2022発行)VicenteBarberaAlbalat「TENGOLASMANOSROTASDEQUERERTE」のソネット。アンソロジーのなかの一篇。フェイスブックに掲載されていた。わからない単語がないので、意味がわかるかと思ったが、やっぱりつまずく。Tengolasmanosrotasdequererteyelcorazonheridocuandoveoquetodalaalegriaqueposeodesaparecesinopuedoverte.Albordedelanoche,alnotenerte,aparecenmismiedos,milocur...VicenteBarberaAlbalat「TENGOLASMANOSROTASDEQUERERTE」

  • 伯井誠司『ソネット集 附 訳詩集』

    ソネット集附訳詩集伯井誠司思潮社伯井誠司『ソネット集附訳詩集』はタイトルどおりソネットが集められている。4・4・3・3で構成された14行詩。「連」というか、「行」によってリズムをつくる。そのリズムが日本語のリズムに合致するかどうか、これが問題だと思う。「雨のころ」という作品の一連目。しめらに雨のふるころは部屋の明かりを消せるまゝ窓につきたる雨粒を細きまち針にて留めて、色とりどりのまち針と雨のしづくのきらめきが互ひに映り合ふさまを眺めき、壁にゐかゝりて。文語体。旧かな。それを支配するのは「音」ではなく、「文字」ということか。いや、「音」もある。七五調である。しかし、それはほんとうにリズムなのか。リズムには違いないが、なにか「人工的」な感じしかしない。「声」がリズムになって響くというよりも、文字が支配する何か...伯井誠司『ソネット集附訳詩集』

  • 三木清「人生論ノート」から「嫉妬について」

    読解はの方法を変えてみた。(1)全文を読み通す。読めないことばは「なになに」と読んで、そのままつづける。わからないことばも、そのまま読み続ける。(2)全文を読み終わったとあとで、わかったこと、考えたことを要約する。(3)最初から、一段落ずつ読み直し、読めないことば、意味わからないことばの質疑・応答。このとき、愛に関係することば、嫉妬に関係することば、愛と嫉妬の両方に関係することばを抜き書きしながら整理する。(4)もう一度、(2)でやったように、考えたことをまとめる。このあと、愛の反対のことば、「憎しみ」があるが、「憎しみ」と「嫉妬」はどう違うかを考えた。*読めない漢字や熟語がかなりあったのだが、最後まで読み、要約もできた。「狡猾」は日本の高校生でも読めない人がいると思う。「術策」「詐術」も説明できる生徒は...三木清「人生論ノート」から「嫉妬について」

  • 斎藤茂吉『万葉秀歌』(9)

    斎藤茂吉『万葉秀歌』(9)(岩波書店、1980年、06月25日、第58刷発行)引馬野ににほふ榛原いり乱り衣にほはせ旅のしるしに長奥麿「榛原」は「萩原」(萩が咲き誇っている原)と茂吉は書いている。一方で「榛の木原」という説も紹介している。私はこの歌を読んだとき、私の故郷の小学生が作った自由律の俳句を思い出した。正確ではないが「山から帰った父服が木の匂いする」というものである。同級生の父の、谷内茂という教師が俳句教育に熱心で、小学生に教えていた。何かの機会に、その句集のようなものを読んだのだが、忘れられない。山には山の、つまり木には木のにおいがある。それは服にしみつく。万葉の作者は、自分でにおいをしみこませているのだが、小学生の父はそういうことをしているわけではない。子どもが山のにおいに気がついた。そこには、...斎藤茂吉『万葉秀歌』(9)

  • Estoy loco por espana(番外篇226)Obra, Calo Carratalá y Lu Gorrizt

    Obra,CaloCarrataláInterior.Baobabsubiendolaescalera,año2020,grafitosobrepapelObra,LuGorriztBluesaturday¿Endóndeveselcuadro?Estoesunacuestiónbastantedifícil.Sólomirocuadrosenlosmuseos(exposiciones).Sinembargo,tambiénhaypersonasqueposeencuadrosenprivadoylosvenensucasa.Enestoscasos,¿cómosonloscuadros?MuchosdeloscuadrosdeCalosondegrantamaño.Cuandovisuscuadros...Estoylocoporespana(番外篇226)Obra,CaloCarrataláyLuGorrizt

  • Estoy loco por espana(番外篇225)Obra, Joaquín Lloréns

    Obra,JoaquínLlorensT.HierroTítulo.Silencio.2016(Sinovasadeciralgomásbonitoqueelsilenciocallate.J.LL)EstoyensilencioporquePorquemicorazónestágritandofuerte.Sólooigolosgritosdemicorazón.Lasmismaspalabras.Unayotravez.Tantoqueyanopuedonihablar.Inclusocuandotúestáscerca.Ycuandonoestáscerca.Noescuchonadamás.Inclusocuandometapolosoídos.Noimportaloaltoquepongalam...Estoylocoporespana(番外篇225)Obra,JoaquínLloréns

  • 斎藤茂吉『万葉秀歌』(8)

    斎藤茂吉『万葉秀歌』(8)(岩波書店、1980年、06月25日、第58刷発行)吾背子はいづく行くらむ奥つ藻の名張の山を今日か越ゆらむ当麻麿の妻この歌にも「らむ・らむ」。とても軽快。「奥つ藻のは名張へかかる枕詞」と茂吉は書いている。枕詞には、つぎのことばを呼び出す力がある。(私は「奥つ藻の」と聞いても、名張を思い浮かべないが。)つまり、ここでは、ことばが自然な形で加速していると考えていい。それが「らむ・らむ」をいっそう軽快にしているだろう。今の私が感じる以上に。ひむがしの野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ柿本人麻呂「ひむがしの野にかぎろひの」は「ひむがしの野に・かぎろひの」と「句割れ」であると茂吉は指摘している。そうなのだろうけれど、「ひむがしの・野にかぎろひの」と読むと、「ひむがしの」で視...斎藤茂吉『万葉秀歌』(8)

  • 斎藤茂吉『万葉秀歌』(7)

    斎藤茂吉『万葉秀歌』(7)(岩波書店、1980年、06月25日、第58刷発行)ささなみの志賀の辛崎幸くあれど大宮人の船待ちかねつ柿本人麻呂三句目、字余りなのに、字余りの感じがしない。「しがのからさき、さきくあれど」と「さき」が繰り返され、早口ことばかしり取りのようにのように「さき」の音がのみこまれていく。音の加速は、「ささなみ」の「さ」の重なりからはじまり、「さき・さき」で頂点に達するが、その加速する音を「ど」という濁音でおさえる感じもいいなあ。山川もよりて奉ふる神ながらたぎつ河内に船出するかも柿本人麻呂「か」の音が美しい。途中「が行」鼻濁音が、その音に陰影を与える。英虞の浦に船乗りすらむをとめ等が珠裳の裾に潮満つらむか柿本人麻呂「らむ・らむ」。よく読むと「らむ・ら・らむ」。いまなら「らん・ららん」という...斎藤茂吉『万葉秀歌』(7)

  • Estoy loco por espana(番外篇224)Obra, Joaquín Lloréns

    Obra,JoaquínLlorénsT.Hierro72x18x20S.AFLassombrasreflejadasenlasobrasdeartedespiertanlaimaginación.Pareceunpaisajementalquelaobradeartellevaconsigo.Superpuestaalazuloscuro,lasoledaddelaobraespalpable.Dibujaelespacioyrevelasuavementeelespaciodentrodelaobra.Laobrarespiraespacio.*Sequedóenlaventana,mirandoalolejos.Elairedelexteriorsereflejabaensucara,ensupec...Estoylocoporespana(番外篇224)Obra,JoaquínLloréns

  • Estoy loco por espana(番外篇223)Obra, Jose Manuel Belmonte Cortes

    Obra,JoseManuelBelmonteCortesrVENUSDELAPALOMA¿Seríaextrañodecirquehayun"sentidodelaperspectiva"enesterelieve?Pero,estaobranosólotieneuna"tridimensionalidad"sinotambiénuna"perspectiva".Estosepuedesentir,porejemplo,enlospechosdelamujer.Elpechoenprimerplanotieneunaformaredondayunvolumenquedaganasdetocarlo.Yelpezóndelaizquierda,quesevislumbramásallá.Estavisió...Estoylocoporespana(番外篇223)Obra,JoseManuelBelmonteCortes

  • 斎藤茂吉『万葉秀歌』(6)

    斎藤茂吉『万葉秀歌』(6)(岩波書店、1980年、06月25日、第58刷発行)河上の五百箇磐群に草むさず常にもがもな常処女にて吹黄刀自「常にもがもな」という音は「早口ことば」のようなおもしろさがある。全体に「な行」「ま行」が揺れる。茂吉は結句の「にて」を繰り返して味わうべきと書いている。倒置法が「にて」のあとの「省略」に、いっそう余韻を与えているということか。春過ぎて夏来るらし白妙の衣ほしたり天の香具山持統天皇いくつかの「読み方」があるらしいが、この読み方がいちばん明るい感じがする。「来るらし」「ほしたり」と二回切れるが、「天の香具山」でさらに念押しの、三回目の「切れ」がある。それが不思議とリズミカル。「来るらし」でいったん切れるからこそ「白」が目立つ。さらに「ほしたり」で切れからこそ「天の香具山」が引き...斎藤茂吉『万葉秀歌』(6)

  • 斎藤茂吉『万葉秀歌』(5)

    斎藤茂吉『万葉秀歌』(5)(岩波書店、1980年、06月25日、第58刷発行)あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る額田王「見ずや」と反語の問いがあって、そのあとで「君が袖振る」と終わる。この感じがとても自然に感じるのは「野」の音が三回繰り返されて、(「行き」も二回繰り返されて)、スピードにのって、先に問いを言ってしまったという印象があるからだろうか。ことばが先走りする。ここに「激情」がある。「激情」なのだけれど、その象徴的行為の「君が袖振る」でおさえると、それが「激情」の爆発のなかから飛び出した「結晶」のように見えて、わーっ、かっこいい、と叫んでしまう。「君が袖振る」姿が目に飛び込んでくる。まるで、「私の恋人を、見て見て」と額田王が自慢しているようにも見える。「見ずや」と書いてるが、心配などし...斎藤茂吉『万葉秀歌』(5)

  • 唐作桂子『出会う日』

    出会う日唐作桂子左右社唐作桂子『出会う日』(左右社、2022年10月11日発行)唐作桂子『出会う日』の「根も葉も」で、私は立ち止まる。根も葉もなくたっている暴力をふるったゆめのなまめいたたかぶりひふをかきむしりつづけるかわいた音で目がさめたもともと根や葉などなかったのだろう「根も葉もない」は「根も葉もないうわさ」のようにつかう。「うわさ」は「うわさが立つ」というふうにつかう。だから「根も葉もなく/たっている」を読むと、「根も葉もないうわさが立っている」を連想するのだが、唐作が書いているのは「うわさ」だろうか。「うわさ」を超えるもののように私には感じられる。つまり「うわさ」を補ってしまうと、もう、それは詩ではなくなる。単なる「報告」になる。「うわさ」よりも、「うわさ」を生み出してしまう「欲望/本能」のような...唐作桂子『出会う日』

  • Estoy loco por espana(番外篇222)Obra, Jose Javier Velilla Aguila

    Obra,JoseJavierVelillaAguilarSiria.Acrilico150x120Vinetraslapalabra,perolapalabrayanoestabaallí.Sinembargo,sesentímáscercadelapalabraquecuandolaconoció.Lamiradadelapalabrapermanecióaquíyalláenlaciudad.Inmediatamentesupoloquelapalabrahabíanvisto.Permanecióencadaesquinacomounateladearañainfestandounaruina.Lastelasdearaña,yasindueño,seagitabanconlosrestosazu...Estoylocoporespana(番外篇222)Obra,JoseJavierVelillaAguila

  • 斎藤茂吉『万葉秀歌』(4)

    斎藤茂吉『万葉秀歌』(4)(岩波書店、1980年、06月25日、第58刷発行)香具山と耳梨山の会ひしとき立ちて見に来し印南国原天智天皇「立ちて見に来し」と呼びかけられたのは「阿菩大神」だと茂吉は書いている。しかし、そのことばは歌のなかにはない。だから、私は、私に対して「立ちて見に来し」と呼びかけられたような気持ちになり、ちょっとこころが浮き立つ。それは「香具山と耳梨山」がけんかしたとき(戦争したとき)という「神話」でしかありえない世界に立ち会うおもしろさに通じるし、「立ちて見に来し」という動詞の「立ちて」が、山が「立って」(立ち上がって)戦争をしたと錯覚させるのも、とてもおもしろい。渡津海の豊旗雲に入日さし今夜の月夜清明けくこそ天智天皇声に出して読むと、とても読みやすい。茂吉は「入日さし」のあとに「小休止...斎藤茂吉『万葉秀歌』(4)

  • Estoy loco por espana(番外篇221)Obra, Jesus Coyto Pablo

    Obra,JesusCoytoPablo"Cartasdeamorymaldad"Serie,2022TENGOunSECRETOTengounsecretoquenolehecontadoanadiePerotulosabes,no?Cualquierpasadosiemprepermaneceráenelcuerpo,yUndía,derepente,apareceaquelmovimientoinesperadoYadebesdarcuentadequeeresYO,soyTUPorquetambienvitusecretoLasdepresionesentusaxilassecoloreancuandomislabiosseacercanLosmúsculosdemiespaldasedoblan...Estoylocoporespana(番外篇221)Obra,JesusCoytoPablo

  • Estoy loco por espana(番外篇220)Obra, Xose Gomez Rivada

    Obra,XoseGomezRivada¿Quésignifica"ver"lascosas?EstapiezadeXosemerecuerdaaunviejosoldado.Nosóloviejo,sinoherido.¿Laobraestácompuestade"chatarra",poresolopiensoasí?(NosésiestoesrealmentechatarraosiXoselohatrabajado).Losojosmuyabiertos(unojonoseveenlafoto,peropuedeestarocultoporlaherida),labocadescuidadamenteabierta,losagujerosdebalaenelhombroyelbrazo,lasmed...Estoylocoporespana(番外篇220)Obra,XoseGomezRivada

  • 三木清「人生論ノート」(孤独について)

    後半に出てくる「表現」の「意味合い」の把握が難しい。言語表現は、ことばとことばの組み合わせ、組み合わせとは「関係」をつくること、関係を「形成する」ことと考えれば、そこに三木清の「形成」ということばや「構想力」が潜んでいることがわかるのだが、今回の文章には、それに類似するものがない。三木清の連載が、いったん中断したことと関係するかもしれない。過去に書いたことが、三木清のなかで整理されてしまっていて、「形成」「構想力」というようなことばを無意識的に省略してしまったのだろう。(こういうことを、私は、意識の「肉体化」と呼んでいる。無意識になってしまう。自転車をこぐとき、無意識に足を動かすようなもの。)三木清「人生論ノート」(孤独について)

  • Estoy loco por espana(番外篇219-2)Obra, Joaquín Llorens

    (Intentosdecríticaatravésdelapoesía)ObradeJoaquínLlorensT.Hierro70x30x20S.M.NAvosotrosleshevistobailar.Enunaesquinasinmúsica.Bajolasfarolas.Asíescribíunpoemasobrevosotros.Alvertutrabajonuevomeimaginéalosdosbailando.Cuandoleímipoema,parecíasdisgustado.Ymedijistequepiezaeraunacombinacióndetresfragmentos.Treseracomprensible,perodoseracompletamentediferente.M...Estoylocoporespana(番外篇219-2)Obra,JoaquínLlorens

  • 斎藤茂吉『万葉秀歌』(3)

    万葉秀歌下(岩波新書)斎藤茂吉岩波書店斎藤茂吉『万葉秀歌』(3)(岩波書店、1980年、06月25日、第58刷発行)吾背子は仮盧作らす草なくば小松が下の草を苅らさね中皇命「草」は「かや」。「か」の音の繰り返し。「か」に似ているが少し違う「が」の響きが「吾背子は」と「小松が下の」にあらわれる。そして、後者の「が」のすぐ上には鼻音の「ま」があって、この部分の流動的な響きがとても印象に残る。きのう読んだ「厳橿がもと」の響きに似ている。もしかすると「響き」よりも、それを発するときの口腔内の舌の動き、息の動きが快感なのかもしれない。キスの舌の動きではないけれど、何か、「粘膜」というか、肉体の快感、官能を刺戟してくるものがある。吾が欲りし野島は見せつ底ふかき阿胡根の浦の珠ぞ拾はぬ中皇命「底ふかき」でトーンが変わる。「...斎藤茂吉『万葉秀歌』(3)

  • Estoy loco por espana(番外篇219)Obra, Joaquín Llorens

    EnlaobradeJoaquínconvivenlapotenciayladelicadeza.Lafuerzayladelicadezadesupropioespíritu,asícomolafuerzayladelicadezadesusmanos.Estaobraesunbuenejemplodeello.①②③④Joaquínの作品には、力強さと繊細さが共存している。彼自身の精神の強さと繊細さ、さらには彼の手の強さと繊細さ。この作品は、それをよく表している。①Lafuerzadelhierro,ylafuerzadesusmanosquetransformanelhierroavoluntad.②Esteánguloesmuyinteresante.Elmovimientoesrítmicoym...Estoylocoporespana(番外篇219)Obra,JoaquínLlorens

  • 藤山増昭『岸辺のパンセ』

    藤山増昭『岸辺のパンセ』(編集工房ノア、2022年10月11日発行)藤山増昭『岸辺のパンセ』の表題作。生を乱す死と死に繕われる生の岸辺に一茎の葦の羨しき発光「一茎の葦」がパスカル「パンセ」を思い起こさせる。そして、藤山は「生と死」について考えている。そのことが直感できる書き出しである。この直感は、私の背を立ち上がらせる。背筋をのばさないと、読むことができない。私は「死」については何も知らない。だから、考えないことにしている。考えても仕方がないと思っている。これは、あくまで私の考えであり、藤山はそうは考えない。その考え方の違いに直面して、私の背はすっと伸びたのである。このひとは考え方が違うから、読んでみてもしようがない、という気持ちにならない。そうさせない「響き」がことばのなかにあった、ということだ。羨しき...藤山増昭『岸辺のパンセ』

  • 斎藤茂吉『万葉秀歌』(2)

    斎藤茂吉『万葉秀歌』(2)(岩波書店、1980年、06月25日、第58刷発行)熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今はこぎ出でな額田王「こぐ」は「傍」の「人偏」が「木偏」。私のワープロでは出てこないので、ひらがなにした。(今後も、表記できない文字はひらがなで代用。原文は、万葉集か茂吉の「万葉秀歌」で確認してください。)この歌は、助詞の動きがとても論理的。五・七・五・七・七のリズムごとに論理(意味?)が完結しながら動いていく。その時系列が自然。その自然を「今は」と強調する。命令が端的につたわる。命令というよりも、いっしょに動いていく感じがする。「今こそ」という感じなのだが、「こそ」という強調がないのが、逆に強調になっている。万葉の歌には、こういう調べが多いと思う。つまり、強調なのに、強調のことばがない。...斎藤茂吉『万葉秀歌』(2)

  • 高橋睦朗『狂はば如何に』(2)

    高橋睦朗『狂はば如何に』(2)(角川書店、2022年10月11日発行)差し出だすわが手皺だみ肝斑(しみ)繁み死の匂ひすや汝が手たぢろぐわが皺手(しわで)握るすなはち死の側(がわ)に引き込まれむと汝(なれ)怖るるか「死の声がする」と私が感じるのは、そこに「死」が書かれているからだけとは限らない。私は、その「死」という文字よりも「手皺」「肝斑」という漢字の表記に「死」を感じる。この「死を感じる」という感覚を別のことばで言えば、「音」を感じ、それから自分のなかで「意味」を探し当てる前に、高橋から「意味」を押しつけられるという感覚と言い直せる。「意味」がそこにあるのだ。まず、「意味」があるのだ。この「音」を省略した「意味」、「音」を越えて「意味」に達してしまうスピードの絶対性に「死」を感じる。「生きている」余裕を...高橋睦朗『狂はば如何に』(2)

  • 斎藤茂吉『万葉秀歌』(1)

    万葉秀歌下(岩波新書)斎藤茂吉岩波書店斎藤茂吉『万葉秀歌』(1)(岩波書店、1980年、06月25日、第58刷発行)探しても探しても見つからなかった本がふいに出てきた。斎藤茂吉『万葉秀歌』。万葉集を全部読むのはたいへんだが、この本なら、なんとか読み通せる。ただ、思いついたことを書いていく。私は和歌(短歌)を読み続けているわけではないし、もちろん研究家でもない。だから、私の書くことは、ほとんど「でたらめ」なのだが、そうであっても私が思っていることには違いない。たまきはる宇智の大野に馬並めて朝踏ますらむその草深野中皇命万葉の歌を読んだとき、いちばん驚くのは、「音」の響きあいである。特に有声音の響きが非常に気持ちがいい。声が解放される、喉が解放される感じがする。簡単に言い直すと、声に出して読みたくなる。簡単に言...斎藤茂吉『万葉秀歌』(1)

  • Estoy loco por espana(番外篇218)Obra, Joaquín Llorens

    ObradeJoaquínLlorensT.Hierro(azulcobalto)62x25x27C.MEstomerecuerdaaalgunosdelostrabajosquehevisto.Dosdelaspiezasquerecordésonestas.ElespaciointeriordeT.Hierro(azulcobalto)apareceentresdimensiones.この作品を見ながら、私はいくつかの作品を思い出す。その思い出した作品のふたつが、これ。T.Hierro(azulcobalto)の内部の空間が、立体になってあらわれている。Apartirdeaquí,empiezoapensar.¿Quéeslaescultura?Básicamente,esobjetos.Unescu...Estoylocoporespana(番外篇218)Obra,JoaquínLlorens

  • 高橋睦朗『狂はば如何に』

    高橋睦朗『狂はば如何に』(角川書店、2022年10月11日発行)高橋睦朗『狂はば如何に』は歌集。タイトルは、「自選五首」のなかの、八十路(やそぢ)はた九十路(ここのそじ)越え百(もも)とせの峠路(たむけぢ)に立ち狂はば如何にからとっている。私は、この歌を読みながら(他の歌の場合もそうだが)、非常に困ってしまう。「文字(漢字)」と「音」の連絡がつかない。高橋は、私とはまったく違う「漢字と音」のつながりを生きている。これは、簡単に言い直せば、「教養の違い」と私の無知が否定されるだけのことなのだが。しかし、それだけではない、とも思う。私は「教養がない」とか「無知」とか呼ばれることが苦にならない。だから、高橋が書いている漢字、その読み方を知らなくても、そしてそれを指摘されても、別にどうとも感じないのである。「反知...高橋睦朗『狂はば如何に』

  • Estoy loco por espana(番外篇217)Obra, Paco Casal

    ObradePacoCasalElolordelatintachina.Olordelauladelcolegio,recuerdos...Tintachina41x28"Dondeelmarrompe"Galicia,25deXulio.¿QuéestádibujandoPaco?Alprincipiomeatrajosuobraquerepresentabaelmar,peronoestabasegurodeloqueestabaviendo.Cuandovilapinturaatinta,sentíqueporfinentendíaloquePacodibujó.Paconodibujaformas.Dibujaloscoloresquequedantrasladesaparicióndelafor...Estoylocoporespana(番外篇217)Obra,PacoCasal

  • 野沢啓「言語隠喩論のたたかい――時評的に1」

    野沢啓「言語隠喩論のたたかい――時評的に1」(「イリプスⅢ」1、2022年10月10日発行)野沢啓「言語隠喩論のたたかい――時評的に1」のなかに、吉本隆明のことばを批判する形で論を展開している部分がある。野沢は、吉本の「表現された言葉は指示表出と自己表出の織物だ」という定義を批判している。ことばは「自己表出」と「指示表出」の二分法で分類できるのか、と批判している。何が問題なのか。「言語表現の問題を意識の外部表出としてしかとらえていない」(34ページ)と指摘した上で、それを説明し直している。(吉本の論には)ことばそれ自体の創造性、書き手の意識を超えた言語の創造性という観点がまったく見失なわれている。(略)わたしは『言語隠喩論』のなかで言語そのものの創造的隠喩性、とりわけ詩の言語が無意識的、半意識的なことばの...野沢啓「言語隠喩論のたたかい――時評的に1」

  • 大西久代『ラベンダー狩り』

    大西久代『ラベンダー狩り』(七月堂、2022年10月10日発行)大西久代『ラベンダー狩り』の巻頭の詩「小路を」を私は二度読んだ。読み返してしまった。高い塀とセンダンの木の実を映す放水路との間にひっそりとその小路はある五月朝の光は露に濡れた花々や草を照らし蝶々は真新しい羽根をうっとりひらく「うっとりひらく」につまずいたのである。蝶が羽根を開くのを大西は「うっとり」として見ていたのであり、蝶は「うっとり」羽根を開いたりしないだろう。自己陶酔して羽を開いたりしないだろう、とつまずいたのである。しかし、読み返してみて、大西は蝶を描写しているのではない、蝶になっているのだと気づいた。大西は蝶になってしまっているから「うっとり」と書いてしまう。この自他の区別のなさは、こうつづいていく。虫取り網と籠を手に小さな兄弟の弾...大西久代『ラベンダー狩り』

  • Estoy loco por espana(番外篇216)Obra, Jesus Coyto Pablo

    ObradeJesusCoytoPabloDelaserie"Eldeliciosomundodeunjardín"Año1989200x200cm.Acrílicomadera.ConelamigoycoleccionistaJoaquínColmena.Museo"laNeomudejar"PuedequehayavistoestecuadroenelestudiodeJesús.Puedequehayavistootrocuadro.Enesemomento,sentíalgoderepente,peronopudeexpresarloconpalabras.Ahora,mirandoelcuadroenlapared(Jesusysuamigoestándepiefrenteaél,asíquen...Estoylocoporespana(番外篇216)Obra,JesusCoytoPablo

  • 三木清「人生論ノート」の「人間の条件について」

    何が書いてあるか、読めないかもしれないが。私の「ノート」。これに見ながら、イタリア人といっしょに「人生論ノート」を読んでいる。三木清「人生論ノート」の「人間の条件について」

  • 読売新聞の「要約」の仕方(あるいは、世論操作の仕方)

    中国共産党の20回大会が開かれた。2022年10月17日の読売新聞(西部版・14版)は、一面の見出しと前文。↓↓↓中台統一武力放棄せず/習氏政治報告共産党大会開幕/米に対抗核開発強化(見出し)【北京=吉永亜希子】中国共産党の第20回大会が16日、北京の人民大会堂で開幕した。3期目政権発足が確定的な習近平総書記(国家主席)は党中央委員会報告(政治報告)で、台湾統一について「武力行使を決して放棄しない。あらゆる選択肢を持ち続ける」と宣言し、台湾への関与を強める米バイデン政権と台湾の蔡英文政権を威嚇した。習氏は米国を念頭に核抑止力を強化する方針も示し、今後も強国・強軍路線を突き進む考えを鮮明にした。↑↑↑見出しは、前文を的確に要約している。どこにも「間違い」はない。この見出し、記事(前文)を読むかぎり、中国は台...読売新聞の「要約」の仕方(あるいは、世論操作の仕方)

  • 荒川洋司「秋の機械」

    荒川洋司「秋の機械」(「午前」22、2022年10月25日発行)荒川洋司「秋の機械」は、『水駅』を思い起こさせる詩である。荒川の意図は知らないが『水駅』は架空の旅日記である。架空というのは、記憶を旅するということでもあり、そこでは、ことばが「いま」にしばられずに動くということである。水車小屋には伯父と、のけものの弟などが多い羽のある伯父アントンは郷里を出て東方へ誰かが店長を呼ぶ東方からも遠い声で「水車小屋」は、「いま」ではない。しかし、それ以上に「のけものの弟」が「いま」ではないだろう。「水車小屋」によって「のけものの弟」が「いま」ではないことが緩和(?)されて、まるで「いま」のように迫ってくる。こういうところが、荒川のことばの絶妙なところである。「郷里」も「いま」ではないが、「のけものの弟」によって「真...荒川洋司「秋の機械」

  • Estoy loco por espana(番外篇216)Obra, Jesus Coyto Pablo

    ObradeJesusCoytoPablo"Díasdetiempogris"100x100cm.Seriepictografiascollageyencaustica.Año2007Huíalpasadoparaevitarlalluvia,perolalluviamepersiguióhastaelpasado.Desdeeleternamentehúmedoasfaltoazul-negro,loscoloresmojadosporlalluviasedisuelvenysemezclanenelaire,envolviendoalosqueseapresuranairyvenirdelaestación,borrandocualquierdistinción.Lassombrasdelaspala...Estoylocoporespana(番外篇216)Obra,JesusCoytoPablo

  • Estoy loco por espana(番外篇215)Obra, Joaquín Llorens

    ObraJoaquínLlorénsTécnicahierrooxido45x22x39Serie.C.1ColecciónparticularEstaobrainspirómispalabras.Yoescribíelpoema.Heintentadotraducirloconuntraductor,peroprobablementenotengasentidoparaunhispanohablante.Nisiquieralosjaponesesentiendenmispoemas,asíqueseríaaúnmásdifícilentenderlosenespañol.Peroloescribiré.Aquíestáelpoema.*Cuandolaspuertasautomáticasseabri...Estoylocoporespana(番外篇215)Obra,JoaquínLlorens

  • Estoy loco por espana(番外篇214)Obra, Joaquín Llorens

    obradeJoaquínLlorensLomomentoylaeternidadseacercan.LasoledadqueencontramosenelotroesdemasiadohermosaPorquenosinvitaaltiempoperfecto.Lomomentoylaeternidadseseparan.PorquelaalegríadeestarunidosestangloriosaParecequeperdemosdevistalaperfeccióndeltiempo.¿Eselmomentoperfecto?Cuandoelmomentopiensaelmomentodesaparece.¿Eslaeternidadeltiempoperfecto?Cuandolaeterni...Estoylocoporespana(番外篇214)Obra,JoaquínLlorens

  • 青柳俊哉「空間」、木谷明「その前へ」、杉恵美子「夜がきたら」、永田アオ「秋の音符」、池田清子「清涼飲料水」、徳永孝「我がまま」

    青柳俊哉「空間」、木谷明「その前へ」、杉恵美子「夜がきたら」、永田アオ「秋の音符」、池田清子「清涼飲料水」、徳永孝「我がまま」、(朝日カルチャーセンター、2022年10月03日)受講生の作品。空間青柳俊哉少女の中に大きな時間があり初めに蝶のかげがめばえていた太陽の照りつける白昼に茫茫と伸びる夏草の中に立ち身体がかげの中へ傾いていくのを自覚した成長していく空間の胸の奥から微かな蝶の光がうまれ翼からそよぐ風で体は明るい翅脈の線に透けていった少女は風にふかれる太陽羽のかげに写るひまわりやゆりの野原だった心を超えていくものの法悦の中で花へ遡る蝶の空間だった少女の中に無限の時間、空間があふれている。少女の成長を温かく見守っているのを感じる。時空間が大きい。五連目が美しい。「茫茫」という書き方がいい、と好評だったが、...青柳俊哉「空間」、木谷明「その前へ」、杉恵美子「夜がきたら」、永田アオ「秋の音符」、池田清子「清涼飲料水」、徳永孝「我がまま」

  • Estoy loco por espana(番外篇213)Obra, Jesus Coyto Pablo

    obradeJesusCoytoPabloDelaseriehistoriasdeunaciudad"Miraelpajarito"Pictografias2007100x100cm.Cuandolapalabraseñalóelcieloymiróalospájaros,seformóunedificioalrededordelapalabra.Unaaltaaguja.Variasventanascerradas.Secolgaronbanderasysecreóunaplazaempedrada.Comolaspalabrasquerecogenlosrecuerdos.Mesasredondas.Mesassinmantelesysillassencillas.Caféyvino.Elsonido...Estoylocoporespana(番外篇213)Obra,JesusCoytoPablo

  • Estoy loco por espana(番外篇212)Obra, Lu Gorrizt

    obradeLuGorriztHayalgounpocoextrañoeneltrabajodeLu.HevistosusobrasengaleríasyestudiosdeValencia.TambiénloshevistoenFacebook.Noloshevistoenlasexposiciones.Cuandolosvienlagalería(yenelestudio),nomesentícómodo.Mesentícomosiestuvieraatrapadoenlagalería.Tambiéneslasensacióndequeelcuadroestáatrapadoenlagalería.Penséquesilosveíaenotrolugar,estaríamástranquilo.La...Estoylocoporespana(番外篇212)Obra,LuGorrizt

  • Estoy loco por espana(番外篇211)Obra, Javier Messia

    obradeJavierMessiaHayordenyhaydesordenquelotraiciona.Ohayunaunidadquesustituyeeldesordenporelorden.Loqueescriboescontradictorio.Perohaycosasquesólopuedodecirsedeformacontradictoria.¿Sonlasdospiezasuna,osonpiezasindividualesqueseunen?¿Sehanencontradooestánseparados?Lomismoocurredentrodeunamismaobra.Sedividenenseccionessuperioreseinferiores.Olapartesuperior...Estoylocoporespana(番外篇211)Obra,JavierMessia

  • Estoy loco por espana(番外篇210)Obra, Joaquín Llorens

    obradeJoaquínLlorensUnaobradearteesunacosaextraña.Avecesmelaparecendiferentes,aunqueseanlamismaobra.Aquíhaydosfotosdelamismaobradesdediferentesángulos.Enuna,Joaquínestáalladdodeobra.Ambassonsofisticadasyhermosas,peroparamí,laquetieneaJoaquínasuladomelaparecemás"alegre".LaunasinJoaquín,melepareceunpocosolitaria.Hayunasensacióndetensión.Lomismoocurreconsuso...Estoylocoporespana(番外篇210)Obra,JoaquínLlorens

  • 閻連科『太陽が死んだ日』

    太陽が死んだ日閻連科河出書房新社閻連科『太陽が死んだ日』(泉京鹿・谷川毅=訳)(河出書房新社、2022年09月30日発行)閻連科『太陽が死んだ日』は、夢のなかで夢をみるような小説である。それは「さっきの夢から覚めていた瞬間は、夢の中の一節にすぎなかったように。」(31ページ)と書かれている。夢から覚めたということさえも夢なのだ。こういう小説では、ストーリーのことを書いても、私には意味はないように思う。夢なのだから、ストーリーはあっても、それは「便宜上」のものにすぎない。何かを語るには、どうしてもストーリーが必要というだけのことであり、重要なのはストーリーではなく、「語り方」だと思うからだ。「語り方」そのものが「夢」なのだ。私は中国語が読めない。私が読んだのは、泉京鹿、谷川毅というふたりの訳なので、ふたりの...閻連科『太陽が死んだ日』

  • 斎藤恵子「つゆ草のあと」、近藤久也「親しく遠い縁者の外伝あるいはその予感」

    斎藤恵子「つゆ草のあと」、近藤久也「親しく遠い縁者の外伝あるいはその予感」(「ぶーわー」48、2022年10月10日発行)斎藤恵子「つゆ草のあと」の一連目。今朝がた点呼の夢をみたもう一人のひとと人数を数えているのだが何度しても合わない無駄なことですだれかがいうみんないるんだと思うこれが露草(たぶん、青い小さな花)と何の関係があるんだろうか。わからないけれど、あの、はうようにしてはびこる草の花を数えているのかと思うと、なんとなくおかしい。たくさんあるから、間違える。数が合わない、ということかな、とぼんやり思う。つゆ草を抜く葉も花も枯れのびて蔓だけになりこんがらがる根は干からび地面に古歯ブラシが置かれたように苦もなく土地から離れる「古歯ブラシが置かれたように」という比喩がなんのことか、さっぱりわからない。細い...斎藤恵子「つゆ草のあと」、近藤久也「親しく遠い縁者の外伝あるいはその予感」

  • 渡ひろこ『柔らかい檻』

    詩集柔らかい檻渡ひろこ竹林館渡ひろこ『柔らかい檻』(竹林館、2022年08月15日発行)詩集を読みながら、この詩の感想を書こうと思い、付箋を挟んでおく。私はたいてい付箋だけではなく、メモを書き残すのだが、渡ひろこ『柔らかい檻』にはメモがない。付箋だけがある。「迎え火」「シンクロニシティ」「忘却」。「迎え火」は56ページ、つまり途中に付箋が挟んである。何を書きたかったのだろうか。思い出せない。ふとお供えを見やるとついさっきなみなみと淹れたばかりのお茶が湯呑み茶碗半分にまで減っている茶碗のふち一杯だったのに…「嗚呼、きっと会いに来てくれたんだね」大好きだった玄米茶湯気をそっと啜っていったのだろう知らぬ間に痕跡を残していった母名残惜しいのか送り火はなかなか点かなかったいま思うのは、「名残惜しいのか送り火はなかな...渡ひろこ『柔らかい檻』

  • 三木清「人生論ノート」

    「人間の条件について」(前半、254-257ページ)本文を読む前に、まず「人間の条件」とはなにか、を考える。人間に必要なもの。「いのち」。これがないと人間ではない。「いのち」の反対のものは「死」。そのうえで、まず一行目に出てくる「集中」について考える。「集中」とはどういこと?どういうときに「集中」ということばをつかうか。ここから「集める」が出てくるのだが、「集めて、何をする?何のために集める?」ここから「形成する」も出てくる。それは「関係をつくる」ということ。その反対は?「ばらばら」「つながりがない」(関係がない)。ここから「分解」「要素」ということばが関係してくる。(分解、要素は「関係がある」)似たことばと、反対のことば。そのなかで、いちばんむずかしいのは一回しか出てこないことば。何かを形成する、何かと...三木清「人生論ノート」

  • Estoy loco por espana(番外篇209)Obra, Laura Iniesta

    obradeLauraIniesta,Mixedmediaonpaper,privatecollection.¿EsestaobradeLauraunocuadroodoscuadros?Porsupuesto,doscuadrossonunconjunto,pero¿porquéLauranolospintóenunpaleldesdeelprincipio?Megustapensarenellodeestamanera.Mesientoasí.Laurapintóprimeroelcuadrodelaizquierda.Peroduranteelprocesodepintura,quisoampliarelmundomásaladerecha.Ynoestanto"undeseodevisual"co...Estoylocoporespana(番外篇209)Obra,LauraIniesta

  • 「詩はどこにあるか」オンライン講座

    ★「詩はどこにあるか」オンライン講座★メール、skypeを使っての「現代詩オンライン講座」です。メール(宛て先=yachisyuso@gmail.com)で作品を送ってください。詩への感想、推敲のヒントをメール、ネット会議でお伝えします。★メール講座★随時受け付け。週1篇、月4篇以内。料金は1篇(40字×20行以内、1000円)(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)1週間以内に、講評を返信します。講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円。★ネット会議講座(skypeかgooglemeet使用)★随時受け付け。ただし、予約制。週1篇40行以内、月4篇以内。1回30分、1000円。メール送信の際、対話希望日、希望時間をお書きください。折り返し...「詩はどこにあるか」オンライン講座

  • 谷元益男『越冬する馬』

    越冬する馬谷元益男思潮社谷元益男『越冬する馬』(思潮社、2022年09月01日発行)谷元益男『越冬する馬』のなかの「種子」。芽を出すはずの種子は鍬を肩にした農夫に踵で踏まれ踏まれている胚芽は土に隠れ根を深く鎮めて蛇のようにうずくまる種子は土で眠ることだけを願っている土の塊が闇と同じ重さとなり皮に亀裂がはしるときわずかにのびる殻の先が空の把手に手をかけるどこからかこぼれた種子が、踏まれながらも、やがて芽を出す。「土の塊が闇と同じ重さになり」は思考をじっくりと動かす。まるで、「種子」になった気持ちになる。「わずかにのびる殻の先が/空の把手に手をかける」は芽生えの美しさを描いていて、鮮烈である。そうはわかっても、私は、この世界にすんなりとは入っていけない。一連目の「鍬を肩にした農夫」ということばにつまずいたまま...谷元益男『越冬する馬』

  • Estoy loco por espana(番外篇208)Obra, Jose Manuel Belmonte Cortes

    obradeJoseManuelBelmonteCortes¿PorquémeatraeelrelievedeBelmonte?Larazónessencilla.Porquehayunamentiraenrelieve.Megustaríadecir"mentira",aunque"mentira"esuntérminoequivocado.La"verdad"quecorrespondeaesta"mentira"es,enelcasodeBelmonte,una"esculturadetamañonatural".Tamañonatural"significa"verdad".Porsupuesto,hayuna"mentira"en"tamañonatural".EnlaobraconLuisco...Estoylocoporespana(番外篇208)Obra,JoseManuelBelmonteCortes

  • Estoy loco por espana(番外篇207)Obra, Eduardo Honrubia

    obradeEduardoHonrubiaElcrepúsculo,olasllanurasdeEspaña.Elusodelverdeesmuyimpresionante.Loscoloresdelcielosereflejanenlatierra.Latierrareflejaloscoloresdelcielo,aligualqueelmarreflejaelcielo.Escomosiloscoloresdelcieloimpregnaranelairetransparentedelsuelo.Noesquelatierrareflejeelcielo,sinoqueelairesetiñedelcolordelcielo.Loscolorescambianalrededordelosverdes...Estoylocoporespana(番外篇207)Obra,EduardoHonrubia

  • Estoy loco por espana(番外篇206)Obra, Joaquín Llorens

    obradeJoaquínLlorens.@CentroCulturalLaAsuncióndeAlbaceteOh,Ola!NacidodeunocéanogiganteCreciendohaciaelcielogiganteOh,Ola!LoquepertenecealmarapoyadesdeabajoLoqueestáenelaire,tiradesdearribaOh,Ola!SedivideendosyvuelveaunoVuelveaunoysedivideendosOh,Ola!UnadanzainterminableElpoderardecomoelsolOh,Ola!おお波巨大な海の中からあらわれ巨大な空を目指してのびあがるおお波海に属するものは下から支え宙にあるものは上から引っ張るお...Estoylocoporespana(番外篇206)Obra,JoaquínLlorens

  • 鍋島幹夫『帰りたい庭』

    鍋島幹夫『帰りたい庭』(書肆侃侃房、2022年07月20日発行)鍋島幹夫『帰りたい庭』は遺稿詩集。私は鍋島幹夫に二度会ったことがある。最初は「nobadyあるいは浮かぶ人」という作品のなかに出てくる柴田基孝が、まだ柴田基典だったころ、柴田が引き合わせてくれた。大濠公園にあるレストランで昼食を食べながら、であった。「ここのパンはうまいんだ」と柴田がいい、三人とも(個別にだが)パンを選んだ。しかし、なぜか、鍋島にはご飯(ライス)が出てきた。このとき鍋島は、黙ってご飯を食べた。「パンがうまいのに」と柴田は、もう一度言った。「私もパンを注文しました」とウェイターに一言言えば交換してくれるのに、それをしない。とても静かな人だった。それしか私は覚えていない。それ以外、何を話したか、私は何も覚えていない。私は、なぜか奇...鍋島幹夫『帰りたい庭』

  • Estoy loco por espana(番外篇205)Obra, Javier Messia

    obradeJavierMessia"lapsus"Lalunasehapuestoenelmar.Laluzdelalunapermanecesobreelmar.Mehasdejado.Enmicuerpo,tudeseopermanece.Lamemoriaescruel.Lamemoriaesamable.Lalunaestáenelmar,peroelmarbuscalaluna.Túestásenmí,peroyotebusco.月は海に沈んだ。海の上には、月の光が残っている。君は、私から去って行った。私の肉体には、君の欲望が残っている。記憶は残酷だ。記憶はやさしい。海のなかに月があるのに、海は月を探している。私の中に君がいるのに、私は君を探している。*El"lapsus"deJavier.E...Estoylocoporespana(番外篇205)Obra,JavierMessia

  • Estoy loco por espana(番外篇205)Obra, Luciano González Diaz

    obradeLucianoGonzálezDiaz"Laruedadelavida"¿Quéharáestehombreahora?Nopuedodejardepensarenello,porquenohaycaminodelantedelhombre.Siahorapisaconelpieizquierdo,secaerá.Yelcírculocomenzaráagirar.¿Seaferraráelhombrealbordedelcírculo?Cuandoviestaobraenvídeo,mesentíansiedad.Peroahorano.Elhombreponeelpaloquesostienebajosupie.Caminahaciadelante,utilizandoelpalocomo...Estoylocoporespana(番外篇205)Obra,LucianoGonzálezDiaz

  • 岸田の所信表明演説

    ほんとうは、別のこと(物価高)について書きたかったのだが、そのことについて書くために岸田の所信表明演説を読んで、びっくりした。読売新聞(2022年10月04日、14版、西部版、3面)によると、↓↓↓首相は就任後、3回行った国会演説では、過去の例に倣い、勝海舟やジョン・F・ケネディ元米大統領らの言葉を引用した。政府関係者によると、今回も先人の言葉を引いて「国難」を乗り越える思いを示す案が浮上していたが、「ただ愚直に仕事に打ち込む姿勢を打ち出した方が危機感が伝わる」との判断から最終的に外したという。↑↑↑ということで、とても短くなっている。短くなったのはいいのだが、これはねえ、単に岸田のゴーストライターが「手抜き」をした、ゴーストライターさえも岸田から離れ始めているということじゃないのかなあ。だれかのことばを...岸田の所信表明演説

  • Estoy loco por espana(番外篇204)Obra, Laura Iniesta

    LAURAINIESTAinARTLONDONBATTERSEAARTFAIR,20-23OctoberCuandomirouncuadro,inevitablementemiroalgomásqueel"cuadro".Sientoalgodistintodeloqueserepresentaallí,algodistintodeloqueexiste.Porejemplo,eltrabajodeLaura.Estecuadroesprobablementeunaobrapequeña,peroparecequetienemásdetresmetrosdelargo.¿Porqué?PorquenosientoqueLauraestépintandoconlasmanoscuandopintaestao...Estoylocoporespana(番外篇204)Obra,LauraIniesta

  • 三木清「人生論ノート」を読む(怒について)

    きょうは「怒について」を読んだ。まず、どんな時に怒るか、という質問をしてウォーミングアップ。「自分が否定されたとき」という返答があった。それから「怒り」に似たことばに何があるか、反対のことばに何がある。似たことばに「恨み」「憎しみ」、反対のことばに「仲直り」「愛」など。三木清「人生論ノート」を読む(怒について)

  • Estoy loco por espana(番外篇203)Obra, Joaquín Llorens

    ObradeJoaquínLlorensLamúsicasiempreesaudibleenlaobradeJoaquín.Estaobratratadelamúsicaensímisma.Elhombreestáacostadoytocandolatrompeta.Elsonidodelatrompetaseextiende.Laformaenqueseextiendenoesencírculo,sinocomosifueraunaesfera.Pocoapocoseiráhaciendomásgrande,envolviendoalhombrequetocalatrompetaenunaesfera,queluegoseconvertiráenununiversoqueabarcaráestebosq...Estoylocoporespana(番外篇203)Obra,JoaquínLlorens

  • Estoy loco por espana(番外篇202)Obra, Jesus del Peso

    ObradeJesusdelPesoLaesculturanosemueve.Algunasesculturassemueven,perobásicamente,lasesculturasnosemueven.PerocuandomirolasobrasdeJesus,puedoverelmovimiento.Puedoverelpoderdelmovimiento.Noveoelforma.Veoelpoderquetieneelobjetocuandosemueve,elpoderquetieneensu"cuerpo".Estaobramepareceunpájaroqueseabalanzasobresupresa.¿Haydospájaros?Talvezunpájaro.Elpoderdelp...Estoylocoporespana(番外篇202)Obra,JesusdelPeso

  • Estoy loco por espana(番外篇201)Obra, Calo Carratalá

    ObradeCaloCarratalá.TrespinosdeMora:lápizverdesobretabla;óleo/tablayconte/tabla.Formato122cmx76cm.Año2022.TrabajosdeveranoTrespinos.LosárbolesrepresentadosporCalonocrecendelatierra.Nacendelaire.LoquelosárbolesdeCalonecesitan,sobretodo,esaire.Talvezpiensoasíporquelasraícesnoestánclaramentedibujadas.Alternativamente,losárbolesdibujadosporCalopuedentenerprim...Estoylocoporespana(番外篇201)Obra,CaloCarratalá

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