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まほらにふく風に乗って http://mahoranokaze.com/

団塊世代のおやじが、歴史の里と呼ばれる常陸の都-石岡-に住んで感じたことなどを徒然に紹介します。

Roman1405
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住所
茨城県
出身
小千谷市
ブログ村参加

2011/04/26

1件〜100件

  • 井上神社(行方市)

     先日銚子へ行く途中で少し別なところへ行ってみたいと玉造市内で355号線の方へ曲がった。適当に見当をつけていたのだが、どうも目標をだいぶそれてしまったようだ。今、ナビも使わずに地図を頭に入れてみもせずに感のみで走ると良くこんなことがある。しかし、ナビに頼ると、どうも途中の地形などが頭に入らないし、次に行く時もナビに頼る事になり、周りが記憶に残らない。そんな言い訳はどうでもよいが、諦めて湖畔よりの国道...

  • ほのぼのとした絵に癒されて

     この週末は少し忙しかった。しかも急激に暑くなり、どうも睡眠不測です。土曜日は八郷(青柳地区)の古民家で開かれたトークイベントの講師をたのまれて、2時間の予定が時間オーバー。あっという間に時間が過ぎてしまいました。テーマは地元「石岡の歴史を訪ねて」とのことでしたが、大昔のはなしと、近世の産業や街並みに話を絞ってお話しさせていただきました。古民家はクーラーが無くても結構涼しいのですが、多くの人に集ま...

  • 潮来のつるし雛

     潮来の前川あやめ園のある「大門河岸」から古刹「長勝寺」までは、真っ直ぐ道はつながっており、歩いてもわずかな距離である。アヤメ末期間中にここを通ると沿道の家々の玄関先にかわいいつるし雛が飾られ、どこかホッコリとして気持ちが和んでくる。これはもう何年か前から続いている。沿道のお家の皆さんは庭の花などの手入れも怠らず、皆さん頑張っておられるな~と感心して眺めている。シャッターは閉まっていてもこうしてつ...

  • 橘郷造神社へ

     行方市羽生にある「橘郷造神社」の脇を、先日通りかかったので立ち寄りました。この神社もこのブログを始めた頃から何度も立ち寄っています。そしていくつもの変化を記録してきました。国道355号線沿いにある「羽生郵便局」から茨城空港へ向かう道路沿いに、この神社は建っています。木々の続く参道の先に神社の鳥居と奥に拝殿が見えます。隣りの道路が拡張され、寂しくはなりましたが、参道の木は何とか無事に葉を伸ばしていま...

  • 萬福寺(行方市)

     このブログも地域に眠る歴史などと、もうかなりの数の寺などを紹介してきたので、同じところも何度か登場したりする。今回のこ萬福寺も以前に紹介している。ただ、今回はこの裏山側から回ってのアクセスだから少し感じ方も違う。昨日紹介した「羽生館跡」の場所はこの萬福寺のある山とは地続きなので、何か関係しているのだろうと思う。羽生館跡の看板から山を巻くように民家との間の細い道を車で通り抜けて、この寺の山門に出た...

  • 羽生館跡(行方市)

     今日少し調べ物をしていて気になった所があり、午前中に出かけてきた。気になった所というのは、行方市沖洲の奥に「石神遺跡」という場所だが、ここに縄文時代のストーンサークルに似た環状列石遺跡があり、市の指定史跡に認定されているという。市のHPにある住所を訪ねてみたが、この辺りは沖洲芸術村の延長で宅地開発がされた場所らしく、住宅が少しあるが、売地と書かれた場所などは草や木々が茂り、足を踏み入れることも出来...

  • 潮来の遊郭跡は今

     潮来は江戸時代は仙台方面や関東方面から霞ヶ浦や利根川を経由して江戸に荷を運ぶ水運の中継地として栄えた。そのため、ここ二は関東でも屈指の規模の遊郭があった。茨城県では水戸光圀が大洗の祝町に公的な遊郭を作り、那珂湊などでの芸者衆など明治以降もにぎわったが、ここ潮来も明治期までは結構栄え、潮来節などの芸者音楽も栄えた。その後、一時廃れたが、昭和初期にはかなりにぎやかだった様だ。その昔遊郭があったという...

  • 潮来アヤメ祭りへ再び

    5月末に潮来の前川アヤメ園を訪れていましたが、アヤメも少しまばらでしたので6月半ばにまた訪れました。梅雨で雨が少しシトシトと降る天気でしたのでまだ人の出もあまり多くはありませんでした。それでもアヤメは雨に似合います。6月下旬にかけてまだまだ咲きそうです。雨は小雨でしたが、傘をさす人が多くいました。この前川は北浦と常陸利根川をつなぐ川で、江戸時代には東北から江戸に運ぶ荷物もたくさんあったようです。潮...

  • 潮来長勝寺の菩提樹の花咲く

     源氏ゆかりの寺といわれる潮来の長勝寺の菩提樹の花を見て来ました。今の時期の潮来といえば「あやめ祭り」ですが、ひっそりと佇む長勝寺も見所の一つです。5月末に訪れたときはまだ花の姿はありませんでした。最近はこのあまり目立たない花も、この時期になると愛でたくなります。今年は台風で被害を受けた本堂の屋根等の修理が終了し、観光客もまばらですが訪れていました。訪れたときは雨が降ったりやんだりの梅雨特有の天候...

  • 梅雨の中、銚子港へ

     昨日は、朝からシトシトした雨模様そんな中でまた銚子へ出かけて来ました。昼頃の港を眺めに、調子駅に近い漁港に立ち寄りました。このような天候のときは、やはり港には多くの船が停泊していました。奥に見えるのが銚子大橋です。銚子と波崎(茨城県)をつないでいます。この公園も小雨模様で、人は殆んどいません。...

  • ひまわり畑

    私がブログ(まほらにふく風に乗って)を書き始めたのは2010年8月、東日本大震災の7ヶ月前である。あれから12年近くが経とうとしている。当時からロシアとの距離を取りたがっていたウクライナではあったが、ロシアのウクライナ侵攻がおきようとはまったく考えていなかった。仕事でロシア、ベラルーシ(白ロシア)、ウクライナなどを数回訪れた事があり、今の戦争は他人事には思えない。このブログももう3500回以上記事を書いている...

  • 懐かしき三渓園

     私は幼い頃から小学1年までいた。場所は本牧で、三渓園のすぐ近くだった。小学校はこの庭園のすぐ隣にあった「間門(まかど)小学校」へ1年間通った。子供の頃はこの三渓園は出入り自由で、子供達の遊び場だった。トンボとり、ザリガニとりなど日の暮れるのも忘れて、門がしまってしまったこともあった。そんな時は、年長の子供らの案内で、なんとか脱出できたようだが、どうやって出たのか?あまり記憶に無い。さて、年をとると...

  • 無味乾燥の道路もチガヤの白い穂に癒され・・・

     田植えが終わりもうすぐ梅雨となる。月数回は銚子まで行っているのだが、そのルートはいくつかある。最初の頃は霞ケ浦南部沿岸を国道125号線などで走り、阿見町、美浦村や稲敷なども散策しながら道中の楽しみとしていた。まあ、それに飽きると、今度は時間短縮もあり、利根川と常陸利根川に挟まれた中洲土手を走っていた。しかし、これも車はすいているが、速度制限がかなり厳しく、時々警察のスピード取り締まりが行われてい...

  • 潮来アヤメ祭り

     昨日は朝からまた銚子に仕事で出かけました。潮来ではやっとアヤメ祭りが今年は開催となり始まりましたので、様子を見に立ち寄ってきました。朝はまだ10時少し過ぎた時間でした、やはり観光客も結構来ていました。近隣の駐車場も1日500円などと書かれていて、呼び込みもありましたが、停められるところは結構知っていますので少しの時間ですし無視。臨時駐車場として以前はアイモアというショッピングモールのような場所も...

  • 珍名さんにお会いしました。

     昨日お会いした方から名刺を頂いたのですが、お名前が読めませんでした。最近テレビでも珍名さんの印鑑があるかどうかで番組を盛りたてていますね。この方は筑波方面の方で「八月朔日」さんとありました。さて、どう読むのだろう?調べてみると「ほづみ」さんとお読みするようです。八月朔日=8月1日です。旧暦の8月1日は、今の暦で9月半ば。稲刈りする頃です。そのため、「ほづみ」=「穂積」さんだといいます。そういえば...

  • 常陸国<倭名類聚抄>

     すっかりこのブログも更新から遠ざかってしまいました。昔は毎日更新していたのに・・・・・ 本作りや講演の資料造りなどを優先して、まあ言い訳はそれくらいで、少し反省ですね。さて、資料つくりなどをしていて、その中で少し記録にとどめておかなければいけないと思い、今回記事としてみました。平安時代の西暦930年代頃に編纂されたとされる「倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」という昔の辞書がある。これは十巻も...

  • 田植え後の春景色

     この5月始めの連休で、このあたりの田んぼはほぼ田植えが終り、この時期はこの稲の苗が風になびき、光を浴びてとても美しい景色が広がる。まさに常世の春なのだろう。先週土曜日に「ふるさと風の会」の会報つくりを終え、いつものように八郷地区や小町の里(土浦市)、北条地区(つくば市)に配ってきた。車で行くのだが、山々の新緑が目にまぶしく、また水田にはまだ初々しい稲苗の緑がコラボしてとても気持が良い。まずは八郷...

  • 高須の一本松

    ゴールデンウィークの中日の平日だけれど、毎日が自由にも成れる日々をおくっていると、出かけるのも億劫になる。何処にっても人が多くて、こんな中には入っていけなくなった。そんなわけで、この休みは自作の本や「ふるさと風の会報」などを少し印刷しておこうと机やプリンタにはりついている。ふるさと風の会も結成してもう直ぐ16年になる。今までの会報の総ページ数ももうちょっとで4000ページくらいになる。よく休まずに続けて...

  • 久しぶりに「桃浦」へ

     昨日、銚子へ仕事に出かける途中、久しぶりに行方市の桃浦湖岸に行って見た。桃浦は沖洲と羽生の中間だが、鹿島鉄道が走っていたときは桃浦駅があり、かつては夏場は海(湖)水浴もできたという。何か場違いな感じを受ける「太陽光パナル」などが目に付いて、場所を少しうろうろして、湖岸堤防近くの「B&G財団玉造海洋センター」にやってきた。この海洋センターは,玉造に体育館・柔剣道場・テニスコート4面(夜間照明付き)・プ...

  • 古代道の駅 曾禰駅と曾尼駅はどこか? 名前の由来は?

     私が今住む石岡に来て最初の興味を持ったのが 「古東海道の終点都市 ⇒ 石岡」ということでした。あれから15年ほどが経ち、調べながらいくつかブログ記事にもしてきましたが、最近はこのテーマでの記事もすっかり遠のいていました。しかし、また最近になって、いろいろな方がコレに関連した発表などをされるのも見聞きするようになり、また少し興味も再開してきたところです。一昨日に銚子へ仕事で出かける途中に、天気もあ...

  • 西武園遊園地

    前の日曜日、新装になった多摩湖湖畔・西武球場ちかくにある西武園遊園地に孫娘と遊びに行って来ました。大幅にリニューアルされて、昭和レトロが売り物に大変身。天気予報では曇りだったのが終日小雨・・・・・近くに父母の墓があるので、墓参りついでに息子夫婦と孫娘と共に遊んで来ました。この西武園も昔は良く遊びに来ていた。多摩湖の桜も有名で、花見も子供の頃から何度もやって来ていたし、近くの池でザリガニ釣りなども良...

  • 狭山茶自販機

    <コレ、 たばこ・・・・・・ではなく      お茶 です>「ちゃばこ」 だそうです。西武園遊園地駅に設置されていた自動販売機です。...

  • 山笑うが如し

    毎年、山に春が訪れ、桜も咲く頃になると このあたりの山は全く笑っているような表情に変わる。小町の里に会報を配り、周りの山々を眺めた。土曜日のせいもあり最近整備された小町山のハイキング登山者も多い。今の時期は本当に「山笑うが如し」だと思った。...

  • 石岡のまつり面展

    先週土曜日は「ふるさと風の会の会報191号の制作・印刷日でした。午後から会報を配りに八郷地区へ酒井由美さんが祭り用のお面を製作されていて、その展示会を瓦会のこんこんギャラリーでやっていたので立ち寄りました。祭りの舞台での踊りには欠かせない面。 これらもこうしてみると迫力がありますね。酒井さんと瀬川さんがおられました。瀬川さんはここで来月「篆刻」の展示をされるようです。 コロナ禍で石岡のおまつりも2年間...

  • 弓削道鏡は石岡に来たのか?

     常陸国府であった「石岡」には、弓削道鏡の言い伝えが残されている。しかし、詳細はほとんど謎に包まれ、古い歴史として埋もれてしまっている。弓削道鏡といえば女天皇の称徳天皇の病気を治したとされ、その寵愛を受け、法皇となり宇佐八幡さまの神託があったとして、自らが天皇になろうとしたとされ、天皇の(男系)歴史が変わるかもしれなかった事件で、明治維新後は特に極悪人といわれるようにもなった。しかし、日本各地には...

  • ピンクの花園?

     昨日はまた銚子まで出かけました。霞ヶ浦沿いを国道355号線で行方市に入り、左手に三昧塚古墳を見て直ぐに、正面の交差点奥にこんもりとした茂みが見えます。ここが勅使塚古墳(全長61m前方後円墳)です。しかし、ここには案内板は無く、2件の民家にまたがったようになっていますので、あまり見学には向かないようです。まあここの古墳はまたあとからでも書く事にして、今回はこの信号から右手の旧道を走ってみました。沖洲を部...

  • ウクライナに早く平和が訪れますように!

     昨日は東日本大震災から11年目。まだ、当時の原発災害から家や土地を追われ、帰宅できない人が大勢いる。私たちもこのことを決して忘れない。現在、ウクライナではロシア軍が戦争を仕掛け、多くの市民に犠牲が出ている。テレビヤネットなどに流されている映像には心が痛む。早くウクライナに平和が訪れますように・・・・昔、キエフで買ってきたウクライナの民族衣装のお人形。奥には東日本大震災の後に、今は亡き母が書いた「絆...

  • 古き石岡の里(茨城廃寺附近)を歩いてみた

     石岡は常陸国の国府(国衙)が置かれたところ。でもその前に古代茨城郡の郡衙があったらしい。昨日は少しその近くを散策してみた。わずかな時間あるきまわっただけだし、久しぶりだったが、色々考える事ができた。こんなのもまたいい。自分で住んでいる町を見直して見るのも良いだろう。茨城廃寺のあったあたりの台地の上には梅の花が満開だ。この地下には今も昔の物が眠っているに違いない。おだやかな陽射しがこの舌状台地に13...

  • 奈良の鹿・・・

     春がそこまで来て、少し足踏み。今日はどんよりとした空模様で、何か冷え冷えしています。一日中気温も上がらないようです。もうあちこちで梅の花も満開になっているのに、我が家はまだと思っていました。でも今朝はそんな寒さの中、数輪の花が咲いていました。蕾も大分膨らんでいます。遅咲きの梅のようですが、春を忘れてはいなかったようです。心が少しほんわかしました。昨日は今日との方からメールをいただき、奈良の鹿の話...

  • 冬の暖かな日差しを浴びて・・・

     今日は昨日から引き続いて、明日の風の会の会報印刷の準備を朝からやってようやく目途が立った。まあ、今回で190号だ。毎月発行しているので15年と8ヶ月。当面の目標の200号まであと10ヶ月。その頃にはこのコロナも忘れて笑って暮らせるのか・・・・ただウクライナの心配はそれどころではなくなってしまった。何故こんな事になってしまったのか。事務所においていたシクラメンは今年もなんとか咲いてくれた。なんとも健気である...

  • もう春がそこまで・・・。

     寒かった冬もあと少し。今日は結構暖かくなりました。明日からは更に暖かいのだとか・・・・日が当ってぽかぽかする草むらに小さな花が咲いています。ホトケノザあまり小さくて花の形が近づかないとよく見えません。細長い口を持つ耳のある姿ですね。可愛らしいです。そして、いつも知らぬ間に咲いています。オオイヌノフグリこんなに可愛らしい花なのに・・・コロナ感染者数も下がり始めているようですが、また次が着そうだとも...

  • 西廣家住宅(銚子) その二

     銚子の西廣(にしびろ)家の紹介の続きです。イワシなどの缶詰生産工場があった入口(従業員宿舎)は奥に工場とお屋敷風の建物につながっています。そしてすぐ横には日本庭園を持った離れのような建物があります。特別なお客様の接待でもされていたような雰囲気があります。入口の名前は「治郎吉」です。 漁業を始めた初代の名前で、屋号になっていました。木造の工場入り口建屋との位置関係は、上の写真のようになっています。...

  • 西廣家住宅(銚子) その一

     先日銚子を訪れた際に、川口漁港に近い、国指定有形文化財の「西廣家住宅」へ言って見ました。前に、天狗湯を捜せで最初に書いた場所です。(その時の記事 ⇒ こちら)この国の指定名称は日本遺産「北総四都市江戸紀行・江戸を感じる北総の町並み」となっており、銚子では木造建築としては数少ない文化財です。太平洋戦争末期に東京へのB29爆撃機が爆弾を東京で投下した後に、引き上げるルートがこのあたりを通ったということの...

  • 長国寺(潮来・牛堀)

     潮来の手前の牛堀地区に「長国寺」があります。行方四頭の一人、潮来の山側に城を築いた島崎氏の島崎長国(ながくに)が建てた寺だと思います。「常陸国の源平合戦」という本を作った際に、島崎氏親子が最後に死んだといわれる常陸大子の少し手前にある「上小川」の地を訪問し、そこに眠る島崎氏親子の墓をお参りしてきたので、この長国寺にあるという島崎家の墓を探してみたのですが分りませんでした。寺の入口に並ぶ灯篭と大き...

  • 菜の花も咲き始め・・・

     銚子の少し東側のそば店でランチを済ませ、近くにある西廣家住宅へ廻ってみました。最近案内板や駐車場が少し整備され、やっとここも注目されるようになるのかもれません。まだ説明看板なども無いので、近いうちには建てられるのでしょう。場所の案内板のすぐ近くに菜の花が迎えてくれました。まだ少し早いのでしょうね。珍しく思われました。国指定有形文化財の西廣(にしひろ)家住宅についてはまた後で紹介します。...

  • 玉里御留川(その五)御留川余話

     水曜日は仕事で朝からこの霞ヶ浦を石岡から潮来、銚子へと車で走りました。月に何回か走っているのですが、この御留川記事の辺りに思いを致し、少し違った気分になっていました。玉里地区を過ぎ、行方市に入ると霞ヶ浦沿いの堤防沿いには数本のポプラの木が見えてきます。ここは霞ヶ浦が泳げた頃に戻そうと、湾になっている所に砂を入れ、砂が流れ出さないように防砂用の波除を設けた「ほほえみの丘」と呼ばれるところです。ただ...

  • 玉里御留川(その四) 御留川の調査資料を読んで感じたことなど

     玉里御留川は江戸時代の水戸藩の話ですが、水戸とこの霞ヶ浦の高浜入り地区(旧玉里村、対岸の旧出島村)地区とはかなりはなれています。しかし、江戸とは水戸からも霞ヶ浦経由で荷物の運搬も人の行き来も繋がっていました。玉里御留川制度に関して、少し追加で知り得た事などを参考までに載せておきます。1) 箕和田御留川について水戸藩が玉里地区沿岸の霞ヶ浦入り江を御留川にすることを願い出て認められたのは、江戸時代初...

  • 玉里御留川(その三)御留川と御川筋

     玉里御留川がどのように行われていたのか?少し気になりましたので、制度設定後の運用について見てみましょう。この御留川の設定時(寛永2年:1625年)に際して、霞ヶ浦には四十八津の組合があり、その組合に入会する事で漁業が出来た。しかし、この御留川設定により、その設定範囲(高崎村鉾の宮~石川村・三村村の境堂、下玉里稲荷の森~安食村柊塚)での漁が自由にできなくなった。そして、当初は直網(じきあみ)で水戸藩の...

  • 玉里御留川(その二)御留川の設定経緯

     玉里御留川(たまりおとめがわ)の制定経過については、制定後に明治維新まで川守として続いた鈴木家文書から読み解く事ができる。この鈴木家は慶長年間(1596年~1615年)には地代官を勤め、鳥見役(鷹狩場の管理)も兼ねていた、地元の有力者であった。1) 寛永16年(1625年)に鈴木七左衛門は、玉里入海を水戸藩の「御留川」にしたいと注進した。2) これに対し霞ヶ浦の四十八津組合の村々がこぞって反対し、幕府に異議を申し...

  • 玉里御留川(その一)

     御留川(おとめがわ)とは、いかにもメルヘンチックな名前だが、御留は「乙女」ではない。私がこの名前を知ったのは、今から10年少しまえに霞ヶ浦の水運の盛んであった頃のことを調べていてこの名前を知り、石岡から霞ヶ浦沿いを東へ少し行った旧玉里村(現小美玉市)内を散策して、通り沿いにあった小さな神社「西の宮神社(恵比寿神社)」に置かれていた説明看板を見たのが最初だった。その時の記事は ⇒ 「霞ヶ浦水運(8)...

  • 本造りもいいけど作りすぎた・・・

    私のこのブログも始めてから11年半が経った。記事数も3500件にもなった。最初のうちは1年分の記事をまとめて自分用に冊子にしていた。しかし、記事が増え始めてカテゴリにわけ、特に地域に眠る過去を歴史の保掘り起こすことを主眼にして纏め始めた。千葉県の銚子にも行くようになり、そちらの記事も増えてしまった。現在この歴史シリーズは全30巻になった。また、地元の紹介で5冊、昔話に2冊、難読地名に2冊、また昨年は...

  • 歴史が少し身近に感じた時(南北朝)

     学校で習う歴史とはいったい何なのか?私はどうも暗記科目が苦手で、特に人の名前などを覚えることに苦痛を感じてきたように思う。歴史科目は嫌いではなかったが、試験の成績は振るわず次第に苦手意識を持つようになった。大学受験では高校の途中から理系と文系に分かれ、社会の科目も日本史と世界史が選択科目になったように思う。まあ、国公立を受験せずに私立だけを狙えば、これもまたやらなくても済んだが、第一志望に国立大...

  • 東京ドイツ村イルミネーション

    昨年末に「東京ドイツ村」にイルミネーションを見に行って来ました。東京と名前は付いていますが、場所は千葉県袖ヶ浦市です。これも、袖ヶ浦に息子夫婦が住んでいるので、遊びに行ったついでに出かけたものです。しかし、素晴らしいイルミネーションでした。このドイツ村は、大きなゴルフ場のような敷地に造られています。特徴は車での来園者が殆んどで、その駐車場が園外にあるのではなく、車で園内に入り、この広大な敷地を回る...

  • 霞ヶ浦の佃煮創業石碑

     新年明けましておめでとうございます。今年は久しぶりの寝正月で、ようやく始動し始めました。毎年1年の立つのが早くなりますが、先を考えるともう少し何とか自分の納得する人生を送りたいのですが・・・こればかりは思うようになりません。今年も何か形になる物を残したいとは思いますが、徐々に動きは鈍くなり、やはり「七十にして心の欲する所に従へども、矩(のり)を踰(こ)えず」という事になるのでしょうか。まあ、これ...

  • 息栖神社から蚕霊神社へ(その三)

    東国三社(鹿島神宮、香取神宮、息栖神社)を結ぶと、丁度直角三角形になる。このため、パワースポットとしてのレイラインなども語られているが、この中の息栖神社は大同二年(807年)に平城天皇の勅命を受けた藤原内麻呂により東南側の日川の地より現在地に移転したといわれています。移転がこの直角三角形(息栖神社から真北に鹿島神宮、真西に香取神宮)となるように配置したものと思われます。ただ、現在の息栖神社にある清ら...

  • 息栖神社から蚕霊神社へ(その二)

     息栖神社に参拝して、拝殿に向かって右側にある「息栖神社にゆかりの句碑」にも目を向けてきました。ここにある藤原時朝の句をもう一度確認してきたのです。「鹿島潟沖洲の森のほととぎす船をとめてぞ初音ききつる」この藤原時朝は初代笠間氏の「笠間時朝」のことです。時朝はかなりの文化人で、京都の三十三間堂の千体ある千手観音立像の寄進者(1001体のうちの2体)として唯一名前が判明している人物です。時朝は鹿島神宮に詣...

  • 息栖神社から蚕霊神社へ (その一)

     年末に銚子行きの途中で、また東国三社のひとつ「息栖神社」にお参りさせてもらいました。この神社へも何度も立ち寄りましたが、だんだん思いが深くなるようで、気持ちが落ち着きます。きれいな参道とその先に朱色の門。正月の参拝に準備がされていて、密にならないように注意の看板が立てられていました。また、古札の置き場所なども。朱色の門の先に拝殿と本殿が。ただ、火災で焼けてから、コンクリート製になった拝殿などは少...

  • 今日の一枚(デジタル)

    機能は冬至。今年も残すところ1週間ほどになりました。最近、政府も何故か急に「デジタル化」などというようになりました。まあ、余生を楽しんでいる年寄りにはデジタル(数字)でもアナログでもあまり関係ないけど、何だか今まで見向きもしてこなかったのにこの傾向はどうしようというのか?15年以上前に私がデジタル化を言い始めたが、ちっともそんな方向には役所も政府も、民間企業さえあまり大切だとは意識されていなかった様...

  • 木漏れ日2

    古木には鳥居と神社の社が置かれている。ここは天台宗の古刹であるが、やはりお稲荷さんが祀られていた。そこに朝陽が射してキラキラ輝いていた。狐さん。いつも守ってくれて有難う。この黄色い絨毯とは来年又会いましょう。(撮影日時 2021年12月15日 午前9時半)...

  • クリスマスキャンペーン(期間限定)

    【12/17~12/25 期間限定】《ふるさと風販売shop》クリスマスクーポンキャンペーンを実施中。お得な15%OFFクーポンをGET♪https://ishioka.buyshop.jp/商品購入画面で、クーポンコード≪2021xmas15off≫を入力して下さい。販売の全書籍が15%割引になります。支払いにはamazon payなどもご利用になれます。...

  • 木漏れ日

    (前回から2週間後の今週水曜日。また行方市の西蓮寺に立ち寄った。)秋から冬へ。雨上がりの寺の境内。昨夜の風雨で1000年大銀杏も大分葉を落とし、黄色いじゅうたんもしっとり濡れている。朝の陽射しがまぶしい。早朝はかなり冷え込んできたが、この太陽の恵みは暖かで、心も温まる。気持ちの良い、こんな景色も今日は独り占め。...

  • 今日の一枚(ダブルスタンダード)

    下記は今から7年前に毎月発行している機関誌(ふるさと風)に書いた記事「ダブルスタンダード」である。記事内容は古いが最近のアメリカの北京冬季オリンピックの外交的ボイコットで久しぶりに昔を振り返って思い出したものである。アメリカの大陸開拓の歴史で原住民であるインディアンを95%も殺戮した歴史を思い出さざるを得ない。このインディアンとの戦いが終了したといわれるのは今から100年一寸前くらいで、ほんの一寸前...

  • 今日の一枚(コンピュータ)

     この像はかすみがうら市志筑にある本堂家の菩提寺「長興寺」に置かれている五百羅漢の一つだ。まさに好々爺(こうこうや)的な顔が好きだ。私は小学生時代からどちらかというと理系の科目が好きで、暗記科目などは苦手であった。大学も理系であり、就職しても大型機械の設計などを手掛けてきたのでまったく文系には興味もなかった。また、電卓も桁数が大きいメモリ付きのものなどは結構高かった.大学の卒論の計算でメモリ月の電...

  • 今日の一枚(ことば)

    道祖神に誘われて奥の細道紀行に旅立った芭蕉。多くの山や村の片隅に、男女の道祖神が多く描かれている。そこには、子孫繁栄、五穀豊穣などの素朴な願いがこめられている。上の石像は親子の像だ。親は母親だろうか?見る人が好きに解釈すればよいだろう。また親ではなく、祖父母かもしれない。幼い子供は言葉を親や、その親(祖父母)などの身近な人から次第に覚えていく。当然アクセントやその地方独特の方言もそうだ。しかし、最...

  • 今日の1枚<権力、人権の「権」の本来の意味>

     中国の北京オリンピックと人権問題をどう捉えるか、日本の舵取りが難しくなっています。この人権とか権力などに使われる「権」の本来の意味をご存知でしょうか?私はこのブログでも取り上げた松浦静山公の甲子夜話に書かれている「水雲問答」の中で始めて知りました。「権」という語の本来の意味は 天秤のおもり(分銅)のことを指す言葉だそうです。「人権」は人の重さです。天秤で量って人の重さを区別をしてはいけない・・・...

  • 常陸国における源平合戦が本になりました。

     本ブログで紹介した内容を纏めなおして書籍としました。まとめて読むと少し分り易いと思います。B5サイズx138ページ 簡易製本 ブックカバー付き近くのタカギ書店さんに置かせていただきました。興味のある方は手にとって見てください。またネットショップ(BASE)にても販売しています。サイト(ふるさと風販売ショップ)は ⇒ こちら今月から送料無料とさせていただいています。来年4月旧八郷役場内にオープンする図書館...

  • 今日の一枚(なかよし道祖神)

    (かすみがうら市長興寺にて)山道などの道端にひっそりと置かれた野仏や道祖神の石仏。その道祖神に多いのが二人仲睦ましい姿が彫られた石像です。何時までもお幸せにと願いたいですね。最近は先が見えませんが、自分の生きてきた跡をこの世に残しておきたい・・・・なんて・・・・・・・松尾芭蕉も奥の細道の序文に月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふるものは、...

  • 今日の一枚(山茶花の咲く道)

    (かすみがうら市 長興寺の五百羅漢さん) 大分寒くなってきたね。気をつけて行ってらっしゃい。 ♪ さざんか さざんか 咲いた道    たき火だ たき火だ おちばたき    あたろうか あたろうよ     しもやけ おててが もうかゆい ♪ 最近は見かけなくなった光景ですね。 焚き火で焼き芋焼いて食べた~い! 赤より白い花がすき...

  • 西蓮寺の銀杏黄葉は見ごろ

     11月から12月の師走に入って、今年も残すところ1ヶ月を切った。しかし、日本列島を爆弾低気圧が通過して、1日の早朝はまだ結構天気は荒れていた。また、夜来風雨の声が凄まじく、このあたりの遅い黄葉も葉を散らしてしまわないか気になった。この日は、銚子へ仕事で朝から出かけたが、家を出る時は空はすべて黒い雲で覆われ、時々雨も降っていた。途中、行方市にある西蓮寺の大銀杏の黄葉が、毎年この頃が見頃であるので、...

  • 銚子のマンホール

    銚子市のマンホールデザインはほとんど同じ。最近はきれいな色つきマンホール蓋となっているが、昔から変わらない。真ん中にかもめとそのバックに犬吠崎灯台、周囲をイワシと波である。ただ、文字の位置が少し違うパターンもあったりするようだ。この写真の場所も結構古そうだ。銚子電鉄の本銚子(もとちょうし)駅の北側、清水町附近。昔あった天狗湯辺りを散策して見かけた。...

  • こんなところに・・・

     今日は”ふるさと風の会”の定例会日。毎月印刷日とあわせて2回の集まり日だが、集まったのは2人のみ。これでは会合にならない。確かに集まりの優先順位は低いのだろうが、やはり先は長くは続けられないのかもしれない。12月号の発行は1週間先の12月4日だ。原稿はまだ半分しか集まっていない。何か少し淋しさが漂う。先日から歯医者に通い始めた。コロナの始まった頃に、前に歯に被せていた金属が取れてしまった。直ぐに歯...

  • ブラックフライデー

     最近ネットではバカに「ブラックフライデー」という言葉が目立つようになってきた。ブラックというと少し暗い悪い日のようなイメージを持つが、これは赤字・黒字の黒を意味するので良い事らしい。勤労感謝の日は日本では11月23日だが、アメリカはサンクスギビングデーで11月の第4木曜日。すなわち今日だ。そして、明日がこのブラックフライデー(黒の金曜日)になる。この日は何処も安売り競争となり、そのままクリスマス商戦が...

  • 勤労感謝の日

     今日は2021年の勤労感謝に日。昨日は11月22日でいい夫婦の日だとか・・・・。 まあ語呂合わせもまあこれくらいはいいかな。日本の勤労感謝の日は昔は新嘗祭(にいなめさい)で皇室ゆかりのイメージが強いので、終戦後に分離されて感謝の日となり頭に「勤労」とつけたという。勤労というとメーデーなどのイメージがあるが、特に勤労者を指す事ではないようだ。誰でも、働き、収穫を感謝するというのだが・・・この勤労感...

  • ベラルーシ

    最近ベラルーシからポーランドへの中東諸国の移民移動が問題になっています。またヨーロッパ最後の独裁者政権といわれあまりよいイメージでは捉えられていないようです。もう10数年前になりますが、仕事で4~5回訪れた事があります。ロシアに比べると確かに貧しさが目に付きますし、歴史も文化的には遅れています。街中で子供達に声をかけられたことがあります。日本人は好きなようです。憧れをもっているし、チェルノブイリ被...

  • 二十三夜尊(潮来)

     潮来の「辻」にある硯宮神社を昨日紹介しましたが、このすぐ東側に「二十三夜尊」と大きく書かれた立派なお堂があります。石岡にも二十三夜尊はありますが、この潮来のお堂は水戸藩の「延方郷校」にあった聖堂を移したお堂です。ここは6年以上前に潮来と延方として散策した時に記事も書いた。(前の記事 ⇒ こちら)なかなかいい姿のお堂ですね。延方郷校(延方学校(延方郷校): 文化3)は潮来郷校とは別で、かなり歴史は古...

  • 硯の宮神社

     中世の潮来の町に中心であったのは、恐らく国道51号線の1本内側を走る県道5号線の「辻」交差点辺りではないかと思う。普段はバイパスや国道なども出来てこの道を通る事もない。「辻(つぢ)」というのも元は「津知」と書いたものと思われる。この辻交差点のすぐ近くに「硯の宮神社」があり、少し思うところがあって先日こちらに足を伸ばした。丁度道の角に神社がある。そしてこの角を曲がっていくと潮来では有名な酒造所「菱友酒...

  • 本当にあった天狗伝説2

     昨日は笠間市岩間にある小学校の跡地を利用した『岩間体験学習館「分校」』において、待ちに待ったアニメの第2弾の発表会が行われました。午後1時半開場、2時開演となっていましたが、30分時間を間違えて早く到着してしまいました。1時半開始と勘違いして、昼飯をあわててかけこんで・・・・・・。開場に一番乗りで座って窓から外を眺めると、昔の学校の校舎の窓からグランドとその先の山が美しく、こせこせした気持もゆっ...

  • 庭の木々も黄葉して・・・

     一時寒くなった後は、比較的暖かな日が続いています。昨日は朝から仕事で出かけていて、夜家に戻りましたが、片道2時間強は段々と疲れるようになってきました。車の運転も少し神経を疲れさせます。また、最近は寝るのも早く、起きる時間も早まりつつあります。毎日ブログを書くのも億劫になってきましたが、今のうちにまとめておきたいと思うものも多く、出来る時にやらざるを得ません。自分の好きな物をコツコツと小まめにやっ...

  • 島崎氏終焉の地後編

     以前(2ヶ月ほど前)、本ブログで「常陸国における源平合戦」として記事を連載して来ました。この時に、潮来に城を構えていた平氏一族(行方氏一族)の島崎氏の終焉の地を紹介しました。(記事は ⇒ 常陸国における源平合戦(19) 島崎氏終焉の地)この時に水郡線の上小川駅手前の頃藤に残されている島崎氏親子を祀った祠を探しきれていなかったので、再度訪れて捜して見つけました。この地には中世に佐竹氏家臣の小川氏が頃...

  • いつのまにかホトケノザ・・・

    11月の最初の土曜日。ふるさと風の会の定例の会報印刷日。これも毎月A420~24ページを発行するとなると、結構大変。今回が186号。15年以上欠かさずに発行してきたので、間違いや訂正モレなどは読む方には申し訳ないがご容赦いただくしかない。会員数が少ないので、記事も毎回大変。それでも皆さん時間に遅れながらも休まないと必死で原稿を出されている。ぎりぎりになることも多く、手書きの方もおられる。まあいつまでつづけ...

  • くれふしの里古墳公園

     常陸国風土記に書かれている「晡時臥(くれふし)山」伝説。今ではすっかり水戸の西端にある笠間市との市境のやまである「朝房山」とされている。しかし、この蛇の子を産む「くれふし山の伝説」は三輪山伝説の展開を考えるのにとても貴重な話で、最後はふもとの「片岡」の地に祀られる。この朝房山の近くには片岡の地名はない。そこで、常陸国国府(石岡)近くにある竜神山(村上山)が晡時臥山であるとの話もあったが、声の小さ...

  • 常陸大宮・道の駅「かわプラザ」

     常陸大宮市に道の駅「かわプラザ」がオープンしたのは今から5年以上前の2016年3月。国道118号線沿いに出来た道の駅も、近くに似たような施設がないので、結構賑わっています。私も年に何回か横を車で通るのですが、車が多いのでいつも立ち寄りませんでした。でも今回はトイレ休憩に立ち寄ってみました。まだ新しいのでトイレもとてもきれいです。常陸大宮の街中から水郡線に沿って国道118号線で、山方宿の少し手前に...

  • 常陸大宮市山方の芋煮会用の大なべ

     常陸大宮市の山方宿では毎年11月に日本一の大なべによる芋煮会が行われてきましたが、今年もまた中止になったようです。(記事 ⇒こちら)先日、近くを走っていたら、この大なべが展示されていました。まあ、これもいつも置かれているのですが、初めて近くによって写真を撮ってみました。場所は国道118号線を常陸大宮・道の駅「かわプラザ」の少し先の道路沿い右側です。反対側には有名な「舟納豆」の大きな工場があります...

  • 大沢川をたどって

     「椢の沢 林道」地点から更に大沢川沿いを進むと栃原金山の看板のあるところを通ります。辺りはだいぶ山の木の葉の色も紅葉・黄葉していて少し散歩してみたくなりました。陽を浴びた木々が北綺羅輝いています。川沿いに道が付いています。 少しだけ辺りを散歩してみました。川向こうの山もかなり色とりどりに変化しています。更に少し車で進むと、川に降りる道が付いていましたので下へ降りて見ました。木々に陽がさえぎられて...

  • 椢の沢林道

     今日は先日行った大子方面の小さな林道のお話です。水郡線の常陸大子駅の少し手前に「上小川駅」がありますが、その駅の少し先から西に久慈川を渡って常陸大宮市美和へ貫ける県道があります。ここは大沢川を左手に見ながら川沿いを進みますが、この川には途中何本かの比較的小さな川(沢)がそそいでいます。久慈川を渡ってから2kmほど行った左手に大倉沢という川が注いでおり、ここには大倉沢林道が沢沿いにあります。さらに1...

  • 黄葉前線も大分下りてきました。

     昨日は急に用事ができて県北の大子町の方まで出かけて来ました。山々はかなり色づいてきて、いよいy黄葉シーズンが始まったという感じでした。もう1週間位したら見頃を向かえると思います。まあ早朝に大きな地震もありましたが、周りは特に変わったこともありませんでした。奥久慈地方も台風などでは大きな被害も出てどうにか復旧したばかりですので、これからコロナもある程度抑えられているので観光シーズンに期待が膨らんで...

  • 甲子夜話の面白き世界(第30話)耶蘇の話し

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます)耶蘇(やそ)とは中国語でイエスのことであり、昔はキリスト教の事をヤソと呼んでいた。江戸時代はキリスト教は禁制でキリシタンたちは拷問を受けたり、秘かに隠れていたりした。ただ外国と門戸が開かれていた長崎ではキリシタンも多くいた。平戸藩は長崎でもある。甲子夜話の静山公も住まいは江戸であるが、伝え聞いた耶蘇の話も気になったのだろう。...

  • 烟田城跡をたずねて(2/2) 西光院と千手観音堂

     昨日の続きです。烟田城跡に建つ2年前に閉校となった新宮小学校の周りをうろうろして、また小学校の正門前に戻って来ました。この学校の入口と並んで、天台宗の「西光院」という寺が建っています。なかなか立派なお寺の構えである。説明板によると、慈覚大師(円仁)の創建が伝えられているというので平安時代8世紀前半の創建とも伝えられているという。まあ、しかし、この寺伝ははっきりしていないので、烟田氏の始祖、烟田朝秀...

  • 烟田城跡をたずねて(1/2)

     少し前にこのブログで「常陸国における源平合戦」という記事を連載してきた。その時に戦国末期に佐竹氏により常陸国南部の平氏一族が謀殺されたことを、現地に残されているその記録などを探して書いた。その時、まだ訪れた事がなかった場所があり、先日探していってきた。場所は新鉾田駅の南東比較的市街に近い。県道18号線の烟田中央信号の東側にある少し高くなった台地一帯だ。ここには2年前の2019年3月まで130年間続いた(新...

  • 甲子夜話の面白き世界(第29話) 地震の話し

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます) 甲子夜話の作者である松浦静山公は、1760年の生まれで、本来は父が家督を継ぐはずであったがその父が早死にしてしまい、側室の子であったにもかかわらず藩主であった祖父の養嗣子となり、まだ16歳くらいの1775年に祖父から譲られて肥前国平戸藩の藩主となった。財政的に苦しい時代を乗り越えて藩も立て直し、人材育成にも力を注いできた。しかし、18...

  • 甲子夜話の面白き世界(第28話)蚊の話

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます) 江戸時代も武家の暮らしも庶民の暮らしも、夏は蚊に悩まされていたようです。甲子夜話にも蚊にまつわる話がいくつか収録されています。静山公の領土(平戸)も、江戸の隠居後の屋敷も特に蚊が多かったようです。《1》 蚊と蚊帳 わしの領内に小値賀(おじか)というところがあるが、大きな島ではあるが3000石もない。ここは蚊 が多く出てくる。しか...

  • セイタカアワダチソウとススキ

    急に寒くなり、コロナ患者もも急激に減少。そして、野原には外来種として一時脅威ともされたセイタカアワダチソウの黄色い花が我が物顔で咲き誇っている。いや、最近はどうやらこの脅威もどこへやら、日本古来のススキもその穂が風にそよぎ、陽を浴びてキラキラとした輝きを取り戻しつつあるようだ。(道端ではセイタカアワダチソウとススキが共存し、それぞれが存在感を主張している)今週初めに仕事で銚子まで出かけた時に、車の...

  • 甲子夜話の面白き世界(第27) 異類婚など

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます) 古事記と日本書紀にはいわゆる「三輪山伝説」があり、これが各地にいろいろは話が広がっている。この三輪山伝説は、三輪山にまつわる神婚説話であり。活玉依毘売(いくたまよりびめ)のもとに夜ごと男が訪ねて姫は身ごもる。男の素性を怪しんだ両親は、姫に糸を通した針を男の衣の裾に刺させ、翌朝その糸をたどると三輪山の神社まで続いていて、男の正...

  • 銚子のキャベツ畑と風車

     昨日また銚子に行って来ました。 千葉県銚子市は港での漁が有名だが、陸地側は下総台地が広がり、ここにキャベツや大根が主に栽培されている。また、この高台は風が吹くので、風力発電の風車がたくさん置かれ、遠くから見ると今では銚子のシンボルともいえそうに思う。春キャベツが終り、今は季節に合わせて栽培時期をずらしたキャベツが見られ、畑ごとに色合いが違っていて面白い。まだ植えてあまり経たないキャベツの隣にはだ...

  • 糸賀館長(土浦博物館)の記念講演を聞いて

     昨日、石岡ライオンズクラブ結成5周年記念基調講演会が石岡プラザホテル3Fにおいて行われた。私はライオンズクラブに所属してはいないが、友人の誘いで参加させていただいた。講演者は現在土浦市立博物館館長の糸賀茂男先生(常磐大名誉教授)。講演の題目は「ひたちのみやこ”常府”の風景」私は、この題目と、糸賀先生のお話しの館長講話などを拝聴し、また土浦の友人からもよく話しがあり、下記のような印象をもっていた。1)平...

  • 甲子夜話の面白き世界(第25話)笑い話(落咄)3

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます)《21》 御銚子の替わり 今は亡き夫人がまだおられたころ。木面(このも)という十二三の女小姓がいた。宴を設けた折、銚子を変えよと遣わしたら、直に持ち帰った。皆が話しかけた「どうして早かったか?」。蓋をとって見ると、酒が入っていない。また曰く。「宴は今始まったばかりだよ。どうして、こうなるの?」。木面は答えた「御銚子の替わりと云...

  • 甲子夜話の面白き世界(第24話)笑い話(落噺)2

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます)《11》 土座右衛門 ある士が納涼に川辺を行くと、川中に浮かんで来る者がいた。下僕に云う。「来るのは(流れてくる)人と思われるが。もしかしたら、泳いできている人か、見てくるように」。下僕は即座に見て返ってきた。士は「あれは土座右衛門だろう」と云えば、下僕は「いや、お名は聞きませんでした」。(巻之続篇 巻之17 [1] ← クリック...

  • 甲子夜話の面白き世界(第26)落噺(笑い話)その4

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます)《31》 文盲の父とその娘 一女がいた。年は十歳。父は文盲だが、娘の事によけいな口を出す。娘は(父が)人前ですることを宜しくない気持ちでいたが、ある時人が来てまた口を出してこう云った。「それがしの小娘は手習いに精を出しています」と吹聴した。客が「御清書はありますか」と云うと娘の清書を持ってきて、開いて逆さまに出した。娘は「それ...

  • 甲子夜話の面白き世界(第23話)笑い話(落噺)1

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます)甲子夜話にはちょっと笑える小話や落し噺なども書かれています。特に「続篇 巻之17 [1]には<落噺百節>として多くの短い落し噺(笑い話)がまとめて収録されています。そんな中からいくつかを拾ってみました。(順不同)<続篇 17巻 1 世俗の落噺百節> わしの若い頃、世俗の落噺は特に短いものが好まれた。今のものを聞くとは冗長になってい...

  • 甲子夜話の面白き世界(第22話)鯨の話し

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます) 今回は鯨、特に異国船の鯨捕り船の話です。江戸時代は日本でも鯨捕りは行われていたようですが、これも地域差があり平戸藩では「もり」で突いて捕るやり方があったようですが、北のほうではあまり知られていなかったようです。また、外国の船が日本近海に来て鯨油をとる目的で、鯨を捕ったりしていたようです。《1》 銚子沖での異国船の鯨漁巻之六...

  • 甲子夜話の面白き世界(第21話) 船幽霊(グゼ船)

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます) 今回は船にとり付く幽霊の話です。やはり当時は船は重要な役割を担っていたと思われます。そのため、船に幽霊が出るというのは話しとしては良くあったものと推察されます。この幽霊船のことを「グゼ船」というと書かれていますが「弘誓船」のことでしょうか?甲子夜話では巻之26 〔8〕にまとめて記載されていますが、ここでは5つの話として分け...

  • 甲子夜話の面白き世界(第20話)猫おどり

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます) 今回は「猫踊り」についてである。今ではSNSや動画配信で、立った猫の画像や、踊りを踊る猫などもさほど珍しくも無くなった。テレビ漫画「ササエさん」でも猫(タマ)は踊っている。しかし江戸時代にすでに猫は飼われていたようだが、夜中の灯りの乏しいころに猫が立ち上がり踊ったら化け物と映ったのかも知れない。《1》 猫の踊り 先年、角筈...

  • 甲子夜話の面白き世界(第19話)ろくろ首

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます) 小泉八雲が1904年に出版した「怪談」の17編の怪談話しの中に「ろくろ首」がある。小泉八雲より70~80年程前に書かれたこの甲子夜話の中にもこの「ろくろ首」の話しが出てくる。奇病の一種と捉えていたようでもあるが、とても興味深いのでここにまとめておきたい。また、松浦静山とほぼ同時代を生きた版画家葛飾北斎もこれを絵にしている。(葛飾北斎...

  • 甲子夜話の面白き世界(第18話)虬(ミズチ)と竜巻

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます)今回は、この甲子夜話の面白き世界でも第8話に記載した蛟(ミズチ)の続きである。(こちら)ミズチも蛟とか虬と漢字で書くが、どのような意味合いがあるのだろうか・・・・前回のところではミズチから白い煙が立ち昇る(気が立ち上がる)というような表現がされていたが・・・《1》 白山での不思議な現象:ゑいの尾 医師の某が、先年壱岐に往こうと...

  • ひょうたんランプ展(こんこんギャラリー)

     昨日は八郷の「こんこんギャラリー」に立ち寄りました。はじめてのひょうたんランプこの灯りが独特の世界感を表わしているようです。灯りは暖かく壁にともされる光の文様はまったくの別世界。昨日は「ふるさと風の会」の会報印刷日。コロナでの自粛解禁で会報を配りにあちこちと。瓦会まで来たので、ここに立ち寄る事にしました。幾何学模様だけでなく、鶴や狐が輝いています。翼から光が放たれ、夜空に飛び立ちそうです。外は雲...

  • 甲子夜話の面白き世界(第16話)海獺の話しなど

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます)今回は海の生き物です。まず「海獺」ですが、何と読むでしょうか。「獺」の漢字は今や日本酒の銘酒として知られる「獺祭:だっさい」が有名です。獺祭は正岡子規の別称と、酒つくりの場所の地名「獺越:おそこえ」からつけられた名前だそうです。この「獺=おそ」 とは「カワウオ=川獺」をさします。川獺=かわうそですから「海獺=うみうそ、うみお...

  • 甲子夜話の面白き世界(第16話)珍獣の話し(2)豹と虎

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます)江戸時代に長崎からいろいろな動物が日本に入ってきた。今回は「豹(ひょう)、虎(とら)」について《1》 豹か虎か この(己丑)正月、平戸からの便りによると、平戸嶋田助浦では、対馬人が生きた虎をつれて来たのを城の外門に呼んで見たという。図も描かせた。図。この虎の来歴を聞き書きした。一、 背のわたり2尺7,8寸ばかり、首1尺余り、尾2...

  • 甲子夜話の面白き世界(第15話)珍獣の話し(1)駱駝(ラクダ)

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます)江戸時代に長崎からいろいろな動物が日本に入ってきた。そんな動物(珍獣)も甲子夜話に描かれている。今回は「駱駝(らくだ)」について《1》 駱駝(らくだ)の図昨年、オランダ船が駱駝を乗せて長崎にやって来た。その後、「東にも来るだろうよ」と人々は話していたが、ついに来なかった。先年、ある候の邸に集まった時に、ある画工がその図をわし...

  • 久々の仕事へ・・・

     コロナの緊急事態宣言が続き、1ヵ月半出かけずに過ぎました。夏も終り、台風の過ぎ去り、気持ちの良い晴れの天気。昨日は1ヵ月半ぶりに千葉県銚子に出かけました。午後1番からの仕事の打ち合わせでしたが、1ヵ月半も経つとやはり頭はぼけ、体の調子はイマイチ。道は空いているのですが、家から片道90kmほどあり、約2時間強かかります。やはりどこか締りがない。螺子が少し緩んでしまったか・・・・あまりにも天気が良く、途中...

  • 甲子夜話の面白き世界(第14話)狸の話し

    (今までの「甲子夜話の面白き世界」の第1話からは ⇒ こちら から読めます) 「狐」につづいては「狸」のお話しをいくつか載せて置きましょう。《1》 狸を化かして、また化かされた平戸のある人が語った。ある者が、ある人の家に行こうと山路を歩いていた。するとその道の傍の樹の下に狸が一匹ぐっすり眠っていた。この者は狸を騙してやろうと思い、声を上げて言った。「小僧!小僧!早う起きよ!わしは持ち物があっから、持...

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