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お話 https://blog.goo.ne.jp/shin-nobukami

日々思いついた「お話」を思いついたままに書く

或る時はファンタジー、或る時はSF、又或る時は探偵もの・・・などと色々なジャンルに挑戦して参りたいと思っています。中途参入者では御座いますが、どうか、末永くお付き合いくださいますように、隅から隅まで、ず、ず、ずぃ〜っと、御願い、奉りまする!

伸神 紳
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2007/11/10

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  • ジェシルと赤いゲート 43

    「それで、どうする?」ジャンセンが訊く。「長たちの提案に従って、こっちも大人数で行くのかい?」「そうねぇ……元凶はデスゴンでしょ?」「まあ、そうだけど……」「ここの神様って、互いに潰し合ってのし上がるって、あなたは言ったわ」「言ったけど……」「じゃあ、話は早いじゃない?」ジェシルは言うと、にやりと笑う。「デスゴンを倒せば良いんだわ!」「ジェシル……」ジャンセンは呆れた顔でため息をつく。「邪魔者は取り除く、その短絡的な思考パターン、子供の頃と変わらないなぁ……」「あら、いけない?」「いいかい、相手は目覚めた禍神だぜ。ちょっとだけアーロンテイシアになった程度の君じゃ、太刀打ちできないぞ」「そんなの、やってみなくちゃ分からないわ」「しかもさ、ダームフェリアの民も加わったらどうするんだい?デスゴンに操られているだ...ジェシルと赤いゲート43

  • ジェシルと赤いゲート 42

    「……アーロンテイシア様」衣装と格闘しているジェシルに、最長老のデールトッケが背後から話しかけた。途端にジェシルは背筋を伸ばし、笑顔でデールトッケに振り返った。「何事?」ジェシルは答える。「何か話し合いをしていたようだが?」「左様でございます」デールトッケは両手の平を上に向けて頭を下げた。「決してアーロンテイシア様のお力を疑うわけではございませぬが、やはり、アーロンテイシア様お一人を、ヤツらの所に向かわせるは忍びないですじゃ」「まだそのような事を言っているのか?」「実はですな」デールトッケは顔を上げ、ジェシルを見つめる。「サロトメッカの村は、ダームフェリアの近くでしてな、村の者は、ダームフェリアで異変が起こっているのを見たと言うのですじゃ」「異変……?」「突然空の一角に黒雲が湧き上がって雷(いかずち)が落...ジェシルと赤いゲート42

  • ジェシルと赤いゲート 41

    「ジェシル……」ジャンセンが声をかける。ジェシルは振り返る。ジャンセンの顔には驚きがあった。「……いやいや、大したもんだなぁ」ジェシルは長たちを見る。皆が座り直して話し合いを始めていた。誰もこちらを見ていない。それが分かると、ジェシルは思い切り不機嫌な顔になった。「何がよ?」ジェシルの声にも不機嫌さがにじんでいる。「何が大したものなのよ?」「何をそんなに不機嫌なんだい?」ジャンセンは不思議そうな顔だ。「威厳のある立派な態度だったじゃないか。ぼくの知っているジェシルからは思いもよらないよ」「それだけ、社会で揉まれているのよ!」ジェシルは、いつも偉そうな態度のトールメン部長を思い出していた。ジェシルはトールメン部長の偉そうにしているところを真似してみたのだ。結果は長たちの様子に表われていた。効き目があったと言...ジェシルと赤いゲート41

  • ジェシルと赤いゲート 40

    ジャンセンがジェシルの元へ着くと、長たちが立ち上がり歓喜の声を上げていた。ジェシルが助ける事を告げたのだろう。「偉大なる女神アーロンテイシア様!」恰幅の良いカーデルウィックは叫ぶと、両手を広げて、今にもジェシルを抱きしめそうな勢いだ。「こら、カーデルウィック!罰当たりな事をするでない!」最長老のデールトッケが諌める。カーデルウィックはぽりぽりと頭を掻く。「まあ、そうしたくなる気持ちは分かるがな……」ドルウィンは言うとジェシルをほれぼれとした表情で見る。「ドルウィン、お前さんも不謹慎そうな顔つきだぞ!」長の中で一番若いサロトメッカが真面目な顔で言う。「せっかくアーロンテイシア様がご助力下さるというのに、怒りを買うような真似は慎まれよ」神経質なボロボテットが唸るように言う。「浮かれている暇はそれほどは無いと思...ジェシルと赤いゲート40

  • ジェシルと赤いゲート 39

    「それって、わたしたちと一緒じゃない!」ジェシルは声を荒げる。「どう言う事なのよ!説明しなしさいよ!」「ぼくに怒ってもなぁ……」ジャンセンは困惑の表情でジェシルを見る。「とにかく、そのデスゴンはぼくたちと同じような状況下にあるんじゃないかとは推測できるね」「と言う事は、研究者と……」「その助手……」助手と言ったジャンセンをジェシルが殺気を込めたまなざしで見つめる。「……いや、その従妹……じゃなくって知り合い、いや、立派な援護者……」「そうかも知れないわね」立派な援護者の言葉でジェシルの機嫌が直った。「ジャン、あなた、心当たりの人なんていない?」「そうだなぁ……」ジャンセンは腕を組んで目を閉じ、考え込んでいる。しばらくして目を開けた。「……ごめん、思いつかない……」「そうなの?」「言えるのは、あの赤いゲート...ジェシルと赤いゲート39

  • ジェシルと赤いゲート 38

    「アーロンテイシア様……」最長老のデールトッケが話しかける。「単刀直入に申し上げます……」「そんなに畏まらないで良いわよ」ジェシルは楽しそうに言う。ジャンセンを言い負かしたのが嬉しくてしょうがない。「わたし、今とっても気分が良いから」「わしらをお助け頂きたいのですじゃ……」「え?」ジェシルは驚いた顔でデールトッケを見る。他の長たちも深刻な顔でうなずいている。ジャンセンも同じようにうなずいている。「ここって色々と恵まれた土地なんでしょ?」ジェシルはジャンセンに自分たちの言葉で訊いた。「村の人たちも明るいし問題ないって感じだけど……」「そうだけど……」ジャンセンが答える。「それ故に問題が起こったんだ」「村の人たちを見ていると、そんな風には思えないけど?」「長たちの所で話が止まっているからだよ。いずれは知られて...ジェシルと赤いゲート38

  • ジェシルと赤いゲート 37

    ジェシルは、あっと言う間に子供と女たちに囲まれた。男たちは、呪い師の老婆とメギドベレンカとに睨みつけられて、遠巻きに様子を窺っている。本当はジェシルに声をかけたくて仕方がないのだが、それは叶わず仕舞いのようだ。ジェシルを取り巻いている子供たちが口々に何かを言っている。しかし、ジェシルには分からない。それでも、声をかけられるたびにその方を向き笑顔を見せていた。「すっかりアーロンテイシアだな……」ジャンセンは、ジェシルの様子を見ながらつぶやく。ドルウィンがジャンセンに声をかけてきた。ドルウィンが促すところには、貫録と威厳を併せ持った年輩の男たちが五人、丸テーブルを囲んで形で座り、真剣な眼差しをジャンセンに向けていた。彼らはベランデューヌ一帯の村の長たちだった。これから、重要な話が行なわれようとしているのだ。そ...ジェシルと赤いゲート37

  • ジェシルと赤いゲート 36

    ドルウィンはジャンセンと話している。ジャンセンは何度もうなずく。話が終わると、ドルウィンは両手の平を上に向け、頭を下げ、その姿勢のままゆっくりと後退し始めた。「……ねぇ、あれって危険じゃない?石にでもつまづいたら転んじゃうわ」ジェシルは、不器用な動きで後退しているドルウィンを心配そうに見ている。「大丈夫、ここでは客を招くときにはこうやって誘導するんだよ」ジャンセンが答える。「後ろ向きに歩いても道には何の問題もないほど整えられている、って事を示しているんだ」「この時代の習慣って事?」「そう言う事だね。さあ、付いて行こう」ジャンセンは言うと、ジェシルを先に歩くように手で示した。「メインゲストのアーロンテイシアが先だ。ぼくは一応メッセンジャーって立場だからね。さあ。歩いて。あまり距離が開いちゃうと失礼にあたるか...ジェシルと赤いゲート36

  • ジェシルと赤いゲート 35

    ジェシルは駈け出す。手を握られているケルパムは、腕がぴんと伸びた格好で、転ばないようにと必死で駈けている。「ジェシル!ケルパムが……」ジャンセンが後ろから声をかけたが、曲り道で姿が見えなくなった。駆け去った後に舞う土埃を見ながらジャンセンはつぶやく。「……やれやれ、ベルザの実って、そんなに美味しいかなぁ?ぼくならペレザンデの実の方が好きだけどなぁ。あの口の中に広がる酸っぱ苦い味が最高だ」長やまじない師たちは呆然とした表情でジェシルの立てた土埃を見ていた。しばらくすると、ジェシルが駈け戻って来た。怒った顔をしている。皆が畏れて両の手の平を上に向けて頭を下げた。「ジェシル、言っただろう?怒った顔がダメだってさ」「そうは言うけど」ジェシルは鼻息が荒い。「ケルパムが全力でわたしの手を放して、わたしの前に立って、両...ジェシルと赤いゲート35

  • ジェシルと赤いゲート 34

    長のドルウィンを先頭に、メギドベレンカが続き、その後にジェシルとジャンセン、殿は二人のまじない師の老婆と言った並びで、ぞろぞろと歩いていた。ドルウィンの村へと向かっているのだ。老婆たちはひたすら祈りの言葉を唱えている。メギドベレンカはドルウィンと話をしている。時折、ジャンセンに振り返り何かを話している。ジャンセンはそれに答えるとジェシルの顔を見て、かわいらしくにこりと笑んでみせる。「……ねえ、ジャン」ジェシルはジャンセンに話しかける。「さっきから何を話しているのよ?それと、あの娘(「メギドベレンカだよ」ジャンセンが言う。名前を呼ばれたメギドベレンカはジェシルの方に顔を向け、再び笑む)……今もそうだったけど、どうしてわたしに笑顔を見せるのかしら?」「そりゃ、女神アーロンテイシアの覚えめでたきまじない師になる...ジェシルと赤いゲート34

  • ジェシルと赤いゲート 33

    老婆たちが放った炎が消えた。消えたというよりも、消し飛ばされた。腕を振り下ろした老婆たちが互いに顔を見合う。二人とも怪訝な表情をしている。その表情のままで、二人はジェシルに振り返った。ジェシルは笑顔を湛えたままで静かに立っている。ジャンセンは呆気にとられた表情で立っていた。「ジェシル……」ジャンセンが声をかける。「今、熱線銃を撃ったよな?」「あら、そうだったかしら?」ジェシルは笑顔のままで答える。「とにかく、炎が消えて何よりね」老婆たちが互いに炎を放ち合った時、ジェシルが素早く腰の背の方に手を廻し、挟んでいた熱線銃を取って炎に向かって熱線を撃ったのだ。炎よりも高温だったため、放ち合った炎を消し飛ばした。それから銃を腰に戻し、何も無かったように笑みを湛えた。一瞬の出来事だった。ジャンセンはその動きを見ていた...ジェシルと赤いゲート33

  • ジェシルと赤いゲート 32

    ジェシルとメギドベレンカの笑顔の見つめ合いが続く。さすがにジェシルは頬に痛みを感じ始めた。額にうっすらと汗が噴き出る。「……ジャン」ジェシルは笑顔のままで小声で傍に立っているジャンセンに声をかける。「そろそろ限界なんだけど……」「頑張れジェシル、君なら出来る!」ジャンセンはきっぱりと言う。しかし、ジェシルには思い切り無責任な発言にしか思えなかった。「何よ、他人事だと思ってさ」ジェシルはジャンセンを見る。笑顔だが、目は笑っていなかった。「元々笑顔なんて作らない方だから、もうダメだわ……」「それは相手のメギドベレンカも同じみたいだぜ」ジャンセンがそう言って、メギドベレンカを指差す。ジェシルはメギドベレンカに向き直る。メギドベレンカの頬がひくひくとし始めていた。額から汗が伝っているのが見える。……わたしよりバテ...ジェシルと赤いゲート32

  • ジェシルと赤いゲート 31

    ジェシルとジャンセンの気まずそうな雰囲気を察したのか、村の長がおずおずと話しだした。ジャンセンはうなずきながら話を聞いている。途中でケルパムも口を挟んできた。三人は更に白熱したように話をし、終いには笑い出していた。すっかり仲間外れのジェシルは憮然とした表情になる。「ジャン!」ジェシルは声を荒げた。「何よう!わたしを除け者にしちゃってさあ!」ジェシルの怒った顔を見た村の長とケルパムは、地面に額を押し付ける格好をし、しきりに何かを唱え始めた。「……二人ともどうしちゃったの?」ジェシルは驚いた顔でジャンセンを見る。怒っていたのを忘れてしまったようだ。「何だか、必死な感じなんだけど……」「そりゃ、そうさ」ジャンセンは苦笑する。「畏れ多い女神アーロンテイシア様がお怒りなんだぜ。彼らに取っちゃ命を奪われても仕方がない...ジェシルと赤いゲート31

  • ジェシルと赤いゲート 30

    「ケルパム、どこへ行っちゃったの?」ジェシルが辺りを見回す。「察するに、ふもとの自分の村に戻ったんじゃないのかなぁ?」ジャンセンが答える。「だってさ、女神を見たんだぜ?これは村の大人たちに話さなきゃならないさ!」「ジャン……あなた、なんだか興奮しているみたいだけど?」ジェシルは不満そうな顔をジャンセンに向ける。「この状況が分かっているの?わたしたち、とんでもない所に居るのよ!」「そうなんだろうけどさ……」笑顔のジャンセンの瞳はきらきらと光っている。大発見をしたと騒いでいた子供の頃のようだ。「嬉しいのは、ぼくの言葉が通じた事だよ!ぼくの研究は無駄じゃなかったんだよ!嬉しいなぁ!しかもさ、直接に生活や風俗なんかが確かめられるんだぜ!」「最低……」ジェシルはつぶやく。帰れるかどうかが心配なのに、ジャンセンは自分...ジェシルと赤いゲート30

  • ジェシルと赤いゲート 29

    ジェシルは銃を構え、じっと茂みを見つめている。ゆっくりと立ち上がった。何者かの気配が感じられる。宇宙パトロール捜査官としての経験から、それは間違いのない事だった。不意を突いて襲いかかってくるような野生の動物の類では無かった。「誰?出て来なさい!」ジェシルは詰問する。声は大きくはなかったが、刺すように鋭くて冷たい。茂みはぴくりともしない。……ひょっとして、言葉が通じないのかしら?ジェシルは思った。ここがどこだか分からないのだ。ジェシルは宇宙公用語で同じ質問をしてみた。しかし、反応はない。茂みの中に気配は感じているのだが。……仕方がないわ。脅かすために一発撃ち込んでみるしかないようね。ジェシルは出力を最小にしてから引き金に指を掛けた。と、茂みがざわざわと音を立てた。引き金の指が止まる。ジェシルはじっと茂みを見...ジェシルと赤いゲート29

  • ジェシルと赤いゲート 28

    風が吹いた。暖かで穏やかな風だったが、ジャンセンは鳥肌を立てた。「……ジェシル、その言い方だと、第三者がいるって感じだけど……」ジャンセンは言いながら周囲を見回す。たすき掛けの鞄をしっかりと両手で握っている。「ジャン、あなたってそんなに臆病だった?」ジェシルは小馬鹿にしたような顔で言う。「子供の頃はもう少し堂々としていたんじゃなかったっけ?」「大人になるにつれ、色々と学んだからなぁ……」ジャンセンはつぶやくように言う。「君はさらに磨きがかかったようだけど」「ふん!」ジェシルは鼻を鳴らす。「これは職業柄よ!本来は繊細で傷つきやすい乙女なのよ!」「自分で言い切れるところが堂々としているって言えるよなぁ……」「ジャン!」ジェシルは腕を振り上げた。「好い加減にしなさいよ!」「まあ、冗談はともかくさ……」ジャンセン...ジェシルと赤いゲート28

  • ジェシルと赤いゲート 27

    心地よい暖かさと、甘い香りが鼻腔をくすぐる。ジェシルが感じた事だった。……なんだか気持ちが良いわ。ジェシルは満足そうに笑む。ずっとこのままでいたいと言う気分になる。……ちょっと待って!我に返ったジェシルは飛び起きた。今一つ焦点が定まらない目をじっと凝らす。その間も、暖かさと甘い香りは続いている。「……ここは、どこなの?」ジェシルは敢えて声を出してみた。喉がからからに乾いた時の声のようだ。ジェシルは驚いて、何度か咳払いをする。徐々に焦点が定まって来た。暖かな日差しが優しく注ぐ、様々な花が咲いている野原の中だった。「え……?」ジェシルは呆然とする。……ちょっと待ってよ。さっきまでは家の地下だったわ。ジェシルは記憶を辿る。……怪しいドア枠に吸い込まれて……「そうだわ!吸い込まれたのよ!」ジェシルは声を荒げると、...ジェシルと赤いゲート27

  • ジェシルと赤いゲート 26

    「……ジェシル、今の聞いたよな?」「ええ、聞いたわ……」ジャンセンはドア枠に駈け寄った。ジェシルも続く。二人でドア枠を見る。ジャンセンは拳を軽く握ると、ドアをノックするようにドア枠を叩いた。「う~ん……木製だったら、もっとこんこんと言った気持ちの良い音がするんだけどなぁ……」「そうね、中に何かがありそうな音だわ……」「そんな感じだね」ジャンセンは鞄に手を突っ込んだ。あちこちを探って、やっと目当てのものを見つけたようで、手の動きが止まる。鞄から手を引き抜いた。手にはカッターナイフがあった。「どうするの?」ジェシルの問いにジャンセンがにやりと笑む。「このカッターナイフで削ってみるのさ」ジャンセンは刃先をドア枠に押し当てた。「中に何かがあればすぐに分かるだろう?」「でも、これは歴史的には貴重な物なんじゃないの?...ジェシルと赤いゲート26

  • ジェシルと赤いゲート 25

    ジャンセンはドア枠をぽんぽんと軽く叩いた。そして、鞄から虫眼鏡を取り出すと、調べ始めた。「う~ん……これはアズマイック杉で出来ているようだなぁ……しかも一旦蒸し焼きにして固くして、それから防腐用に塗装したもののようだ……でも、ぼくの知っている中で、赤色ってのは無かったなぁ……大発見かも知れないぞぉ……」……何よ、一人でにやにやしちゃってさ!わたしの事を忘れているんだわ!ジャンって何かに夢中になるとこうだったわね!わたしを置き去りにしてさ!にやにやしながら独り言を言っているジャンセンを、座り込んだままで口を尖らせながら見ていたジェシルは、ジャンセンの鞄から発光粘土を取り出す際に床に撒き散らした金貨を一枚拾い上げ、ジャンセンの背中に投げつけた。金貨はジャンセンに当たり、床に落ちるとちゃりんと言う音を立てた。そ...ジェシルと赤いゲート25

  • ジェシルと赤いゲート 24

    「痛たたた……」そう言いながら立ち上がり、お尻を撫でさすっているのはジェシルだった。いきなり足下に開いた穴から落下した。日ごろ鍛えているジェシルは咄嗟に身構えて、お尻を打つぐらいで済んだのだ。ジェシルは顔を上げた。さっきまでいた地下二階に残してきた発光粘土の明かりがうっすらと射し込んでいる。……と言う事は、ここは地下三階で間違いはなさそうね。ジェシルはそう判断した。……それにしても乱暴な入口だわ!ご先祖って何を考えているのかしら!ジェシルは見えない先祖に向かって、べえと舌を出してみせた。「……そうねぇ、この高さなら、ジャンの肩か頭にでも乗って飛び上れば戻れそうだわ」落ちて来た穴を見上げ、ジェシルはつぶやく。「で、肝心のジャンはどこかしら?」ジェシルは地下二階から射す明かりを頼りに周囲を見回す。ジャンセンは...ジェシルと赤いゲート24

  • ジェシルと赤いゲート 23

    ジャンセンはジェシルの意地悪な言葉を聞いてはいなかった。じっと床から突き出た赤い石を見つめていた。そして、鞄から虫眼鏡を取り出すと、石のすぐ横で左膝を突き、石に顔をくっつけんばかりにからだをうんと丸めて虫眼鏡越しに観察し始めた。「……何、やってんの……?」ジェシルは不安そうな声を出す。「それも歴史的に価値があるってわけ?」「これが本当に押しボタンなのかどうかを調べているんだ」ジャンセンは観察を続けながら、背中越しに言う。「下手に押して、扉前のような穴がぱっくり開いたら、助からないからね」「ジャン、あなた、心配し過ぎだわ。罠なんかそんなに幾つも仕掛けないわよ」「そんな事、分からないじゃないか!」ジャンセンはジェシルに振り返る。子供の頃にムキになって言い返してきた時の顔だった。「落っこちたら、地下の深い所の水...ジェシルと赤いゲート23

  • ジェシルと赤いゲート 22

    ジェシルの言葉にジャンセンの顔が青褪めた。「おいおい、冗談が過ぎるよ……」「あら、そうかしら?」ジェシルは、ジャンセンの反応を楽しんでいるようだ。「じゃ、他にあるって事?燭台は無いわよ?だから、地下二階でおしまいか、あの落とし穴みたいなのか、のどちらかだわ」「どっちもイヤだなぁ……」「ここでぶつくさ言っていても始まらないわ。扉の前の穴を見に行きましょう」ジェシルは言うとすたすたと歩きはじめる。……見た目は慈愛に溢れた女神そのものなんだけどなぁ。でも、内心は意地悪の塊だよなぁ。ジャンセンはジェシルを見ながら心の中でつぶやく。ジェシルがジャンセンに振り返る。一瞬、心を読まれたかと思ったジャンセンだったが、にやにやしながら手招きするジェシルを見て意地悪の続きだと知った。ジャンセンは不満そうな表情でジェシルの後に...ジェシルと赤いゲート22

  • ジェシルと赤いゲート 21

    ジャンセンは座り込んだまま腕を組み、高い天井を見上げる。そのままの姿勢で目を閉じた。……おかしい、圧倒的におかしい。上の階の文献もそうだったけど、余りにも雑だ。時代が全く噛み合わないし、宙域も全く噛み合わない。時代も宙域も自由自在に行き来出来る状況じゃないと、こんな収集は不可能だ。しかし、宙域を駈け巡れるようになったのはここ五百年くらいだし、時代に関しては、まだタイムマシンは実用化の段階じゃない。古代にはぼくたちの想像を遥かに超えた文明が存在したなんて戯言があるけど、それは本当なのかもしれないぞ。いや待て待て!ぼくはそんな事を考えるだけの知識も情報も無いじゃないか!何を気取って考えているんだ!ぼくが出来るのは、文献を読み解いて行く事だ。ひょっとしたら、その途中でこの謎を解く事が出来るかもしれない。でも待っ...ジェシルと赤いゲート21

  • ジェシルと赤いゲート 20

    右側の扉に穴が開く。何も起こらなかった。「ジャン、地下一階と同じく、な~んにも無かったわねぇ」ジェシルは意地悪さ全開でジャンセンに言う。「それとも、やっぱり熱線銃で仕掛けを破壊したのかしらぁ?」「……まあ、それは後々調べる事にするよ……」ジャンセンは言うと、軽く咳払いをする。「とにかく、部屋に入って見よう」ジャンセンは言うと、すっと脇へと移動した。ジェシルに先に入るようにと促しているのだ。ジェシルは苦笑しながら、ジャンセンが手にしている発光粘土を取り上げ、扉の穴から先へと進んだ。ジェシルの身に何も起こっていない事を確認したジャンセンは、そろそろと扉の穴から入って行く。その際、左側の扉をそっと押した。「うわぁ!」ジャンセンの悲鳴にジェシルが駈け付ける。発光粘土の灯りで、ジャンセンは扉の穴の所で座り込んでいる...ジェシルと赤いゲート20

  • ジェシルと赤いゲート 19

    楽しそうに熱線銃を撃ちまくるジェシルとは対照的に、ジャンセンは暗い顔をしている。「何よ?」ジェシルはそんなジャンセンの雰囲気を察して振り返る。「こんな仕掛け、他にもあるんでしょ?だったら、気にする事はないんじゃない?」「いや、そうなんだけどさ……」ジャンセンはため息をつく。「こうも楽しそうにあっさりと壊されて行く様を見せられるとさ、歴史的な蓄積ってのが、何だか薄っぺらくて馬鹿馬鹿しいものに見えてしまうんだよなぁ……」「あら、いいんじゃない?」ジェシルは微笑む。しかし、そこには底意地の悪さが潜んでいる。「これで、ジャンも現実をきちんと見る事が出来るようになったって事よ」ジャンセンは返事をしなかった。ジェシルは向き直り、天井を撃ち続ける。踊り場までたどり着いた。そこから階段は真後ろ向きになる。「何だか、味気な...ジェシルと赤いゲート19

  • ジェシルと赤いゲート 18

    背中の感触と同時に、ジェシルは前方へと跳躍し、燭台を握ったままの『ブラキオーレス』を床に投げ捨て、壁に向かって振り返って片膝を突いた時には、メルカトリーム熱線銃を手にし、銃口を壁に向け、いつでも撃ち出せる状態になっていた。ジャンセンは床にうつ伏せになって這いつくばっている。背中を押された驚きで腰が抜けてしまったようだ。頭だけ壁の方に向けている。壁に設えてある書棚の二面が両開きの扉のように室内に向かって開いていた。下へと向かう階段が見える。続く地下への入り口だ。「ジャン……」ジェシルは立ち上がると無様な格好のジャンセンを見て、小馬鹿にしたようにくすっと笑う。「あなた、まるでカンデーリャ星のベラートカゲみたいだわ。その首の捻り方なんか、そっくりだわ」「ふん!」ジャンセンは鼻を鳴らしながら立ち上がる。「ちょっと...ジェシルと赤いゲート18

  • ジェシルと赤いゲート 17

    ジェシルは顎でジャンセンに指示を出す。ジャンセンは壁に向かって両手を突き出す。壁と言っても、びっしりと書棚になっている。ジャンセンは書棚の棚の一部をつかんで、ジェシルが肩に飛び乗るのを待つ。「行くわよ」ジェシルが言う。しかし、ジャンセンの返事が無い。「ジャン……?」ジャンセンは伸ばしていた両腕を曲げて、顔を書棚に近づけた。何やらぶつぶつ言っている。「ジャンってば!」「え?」ジャンセンは怒鳴るジェシルに振り返る。その顔は大発見をしたと自慢していた子供の頃の顔だ。「ジェシル!この文献は凄いぞ!伝説と言われたクンザザ族の事が書かれている!クンザザってさ、異空間を行き来できる能力があるって言われていたんだ。誰もがそんなの作り話だって一蹴してたんだけどさ、ここにそのクンザザに関する文献が並んでいるんだ!これは大発見...ジェシルと赤いゲート17

  • ジェシルと赤いゲート 16

    ジェシルは周囲を見回す。四方の壁には棚が設えられている。「ねえ、ジャン……」ジェシルはジャンセンを見る。「ここよりさらに地下へは、どうやって行くの?」「どうやってって……」「だってさ、この部屋には扉は無いわよ?それに、さっき下りてきた階段はここまでしか無かったじゃない?」「確かにそうだったなぁ……」ジャンセンは腕組みをして考え込む。「どうなってんだろうな……」「ジャン、まさか、この先に行き方は分かっていないの?」「資料には、地下への下り方が載っていただけだから……」ジャンセンは腕組みしたままの姿でジェシルを見る。「下りて行けば階段があるものだって思うじゃないか」「何よ、それぇ……」ジェシルはむっとする。腕組みした姿が偉そうなのも気に食わない。「何よ!地下へ下りれば階段があると思ったって?ちゃんと調べたんじ...ジェシルと赤いゲート16

  • ジェシルと赤いゲート 15

    ジャンセンは床に羊皮紙を置いて、腕組みをすると、ぶつぶつ言いながら考え込んでしまった。ジェシルはまたうんざりする。……こうなると、ジャンって動かなくなっちゃうのよねぇ。いいわ、放っておいて戻っちゃおう。お腹も空いちゃったしさ。ジャンはお弁当を持ってきているみたいだし……ジェシルはそう決めると踵を返した。「おい、ジェシル!どこへ行くんだ?」ジャンセンが突然声をかけてきた。ジェシルは驚いて振り向く。「あら!随分と早いじゃない!」ジェシルは苦笑する。「ジャンってさ、考え事が始まると長くなるから、ランチにでもしようって思ったのよ」「何を呑気な事を言っているんだよ!」ジャンセンがむっとした顔をする。迫力の無さに、ジェシルは鼻で笑う。「いいかい、これは歴史的な大矛盾であり、何とか解決しなければならない問題なんだよ!」...ジェシルと赤いゲート15

  • ジェシルと赤いゲート 14

    部屋は真っ暗で、どこに何があるのかは全く分からない。「ジャン、灯りが必要だわ!」ジェシルの声がする。姿は見えない。「そんな事も言われなくちゃ気がつかないわけ?」「ああ、そうだね……」ジャンセンは答えながら、声のする方に向かって、思い切り舌を出して見せた。……ジェシルって、昔っからこうだよな。何でも仕切っちゃってさ!ぼくはそんなジェシルが大嫌いだあ!ジャンセンは心の底からそう思った。「ジャン!」ジェシルの鋭い声が響いた。「わたしに向かって、べえって舌を出しているんでしょ?そんな子供じみた事はやめてよね」ジャンセンは慌てって舌を引っ込めた。……どうして分かるんだ?真っ暗の中だぞ?「ふん!あなたのやる事なんか、ぜ~んぶお見通しなんだから!」ジェシルの勝ち誇った声がする。「子供の頃から、ちっとも変わらないわ。文句...ジェシルと赤いゲート14

  • ジェシルと赤いゲート 13

    ジャンセンの粘土照明のお蔭で、かなり遠くまで見る事が出来た。ジェシルはためらうことなく壁を熱線銃で撃つ。その度にジャンセンのかすかなうめき声が聞こえてくるのが、ジェシルには妙に楽しかった。やがて階段が終わり、平らな石を敷き詰めた踊り場のような場所に立った。ジャンセンは粘土を少しちぎってこねくり回すと床に抛った。発光し回りがより鮮明に見えてくる。正面には金属製の両開きで黒色の丈の高い扉があった。「……ここが地下一階の部屋への扉のようね」「その様だね……」ジャンセンは言うとジェシルの前に立ち、扉に触れようとする。「ジャン!」ジェシルは語気を強める。「階段であれだけの仕掛けがしてあったのよ!この扉だって怪しいものだわ!」「え?あ、そうか……」ジャンセンは慌てて手を引っ込めた。「危なかったよ。……でもさ、この扉の...ジェシルと赤いゲート13

  • ジェシルと赤いゲート 12

    「ジャン……」ジェシルはため息をつくと、きっとジャンセンを睨み付けた。「そんな冗談、面白くも何ともないわ。むしろ腹が立つわよ!」「何を怒っているんだ?」ジャンセンは不思議そうな顔をする。「そんな怒ってばっかりだと、美容に悪いんじゃなかったっけ?」「あなたが来るなんて話を聞くまでは、美容に問題はなかったわよ!」「じゃあ、ぼくのせいだって言うのかい?」「そうだって言っているじゃない!」「そうなんだ。そりゃあ、悪かった」ジャンセンはあっさりと謝罪した。ジェシルは拍子抜けする。しかし、すぐに昔を思い出した。ジャンセンは謝ればそれで終わりな所があった。「謝ったんだから良いじゃないか」と本気で思っているのだ。だから、この謝罪もそんなものだろうと、ジェシルは思った。「……で、この粘土なんだけどさ」「ほうら、思った通りだ...ジェシルと赤いゲート12

  • ジェシルと赤いゲート 11

    「怖いものはないって、どう言う意味だい?」ジャンセンは無意識に両手を上げながら訊く。その間もジェシルは不気味な笑みを浮かべている。「……まさか、本当にぼくを……」「ふふふ……冗談よ」ジェシルは銃口を天井に向けた。ジャンセンは大きくため息をついて手を下ろした。「これから地下に行くんでしょ?さっきみたいな罠があったらたまったもんじゃないわ」「まあ、確かにそうだけど……」ジャンセンは、はっとした顔をする。「でもさ、その銃で破壊しながら進もうって言うのかい?」「命は大切よ」「そうだけどさ、この仕掛けって過去の遺産なんだよねぇ……何百年経っているのかは調べてみないと分からないけど、それが起動したんだ。凄いとは思わないか?」「凄いって……」ジェシルは呆れる。「あなた、命が危険に晒されたのよ?分かっているの?」「分かっ...ジェシルと赤いゲート11

  • ジェシルと赤いゲート 10

    床にへたり込んで、左右から槍の突き出している階段を眺めているジャンセンの尻を、ジェシルは蹴飛ばした。思わず前のめりになって階段へと転がり落ちそうになる。ジャンセンは悲鳴を上げて両手で床を押さえ、からだを支えた。そして素早く立ち上がると、にやにや笑っているジェシルを正面から睨みつけた。「危ないじゃないかあ!」ジャンセンは怒鳴る。「階段に落っこちたらどうなると思うんだよ!」「ジャンセンの串刺しが出来るんじゃない?」ジェシルは平然と答える。「どう料理しても、美味しそうじゃないけどね」「あのなあ!」「それよりも、手伝ってよ」ジェシルは、怒っているジャンセンを気にする事も無く、横倒しになった大きな机の傍に行き、机をぽんと叩いた。「……手伝えって、何をするんだい?」「あのさあ……」ジェシルは呆れたようにため息をつく。...ジェシルと赤いゲート10

  • ジェシルと赤いゲート 9

    「え?何?何の音なの!」ジェシルが叫んで、ジャンセンの顔を見る。「何って……」ジャンセンは戸惑う。「何だろう?」「普通は男の人が何事かを見に行くもんじゃないの!」ジェシルは語気を強める。「それを『何だろう?』って!本当に役に立たな庭いわね!」「だって、部屋から出て行けって……」「それは、わたしが着替えるからでしょ!」「散々下着姿を見せておきながら、そんな事言うんだって、鼻で笑っちゃって、同時に呆れたけどな」「あなたって、常識が無いの?全部着替えるから出て行けって行ったんじゃない!」「え?全部?……」「あああっ!もういい!」ジェシルは、考え込んでいるジャンセンに怒鳴ると、部屋へと駈け戻った。扉を開け、部屋に入る。扉は自然と閉じて行く。その様をジャンセンは玄関ホールで見ていた。「……ちょっと、これ、何なのよう...ジェシルと赤いゲート9

  • ジェシルと赤いゲート 8

    ジャンセンが部屋から出ると、背後で殊更大きな音で扉が閉められ、続いて聞こえよがしに鍵を掛ける音がした。「……そんなに怒る事はないじゃないか」ジャンセンはぴったりと閉じられた扉に振り返る。「小さい頃は一緒に風呂にも入ったって言うのにさ……」全宇宙の男どもが殺意を抱きかねないつぶやきをすると、ジャンセンは手にした燭台をしげしげと見た。「やっぱり、これはレプリカだ。……にしては良く出来ているなぁ」ジャンセンは折れ口を見る。心無しか眉間に皺を寄せた。何か気になる事があるようだ。ジャンセンは燭台を右手に持ったまま、左手で右肩からたすき掛けにしている鞄のかぶせを捲り上げ、鞄の中に突っ込んだ。しばらくがさごそと探っていたが、目当ての物を見つけたようで、左手を鞄から抜き出した。左手には大きな虫眼鏡が握られていた。それを右...ジェシルと赤いゲート8

  • ジェシルと赤いゲート 7

    「……なんだって?」ジャンセンはジェシルの右手の燭台を見て、それから苦笑いを浮かべているジェシルの顔を見る。「……なんだってぇ!」ジャンセンは大きな声を出しながら立ち上がった。勢いでジェシルは床に転がる。ジャンセンはぼっきりと折られた燭台の根元を見上げる。「折っちゃったのか……」ジャンセンはつぶやく。「折っちまったのか……」「下に下がる構造だったって言うから、飛びついたらそうなると思うじゃない?」ジェシルも立ち上がる。手にした燭台をぶらぶらさせながら言う。「でも、下になんか下がらなかったわよ」「でも、折っちゃうかい、普通?」「それだけ軟弱な作りだったのよ」ジェシルは悪びれずに言う。「それにさ、下に下がらないんだから、あなたの得た情報も嘘だったんじゃない?元々、地下なんか無かったのよ」「いや、でも、ぼくが調...ジェシルと赤いゲート7

  • ジェシルと赤いゲート 6

    「探検って……」ジャンセンがむっとする。「ジェシル。君は何か勘違いをしているようだ。これは遊びじゃない、学術調査なんだ」「あら、それは言い方が悪かったわね。ごめんなさい」ジェシルは素直に謝った。先程とは違う態度にジャンセンが面食らう。「おい、どうしちゃったんだ?君なら、『あなたはどう思っていようが、わたしには探検以外の何物でもないわよ!』って怒鳴りそうなもんだけど……」ジェシルはむっとする。……せっかく歴史に興味を持ったって言うのに、これじゃ台無しだわ。でも、口の悪さも我が一族って感じかな。ジェシルは思って苦笑する。「なんだ?怒った顔をしたり苦笑いをしたり……」ジャンセンが呆れたように言う。そして、気を取り直すように頭を軽く左右に振る。「……とにかく、協力してくれるのはありがたいよ」「そう素直に言えばいい...ジェシルと赤いゲート6

  • ジェシルと赤いゲート 5

    「はあ?」ジェシルはまずは呆れ、次にはむっとした顔を作った。「あなた、何を言ってんのよ!」「だって、君は優秀な宇宙パトロールの捜査官なんだろう?」むっとした顔のジェシルを、ジャンセンは不思議そうな顔で見返す。「それに、飛んだり跳ねたりが得意だそうじゃないか。タルメリックおじさんが言ってたよ」「……」ジェシルの見えない熱線銃がタルメリック叔父に何発も撃ち込まれていた。気分が落ち着いたジェシルはジャンセンを見る。「たしかに、飛んだり跳ねたりは得意だけど、あんな高い所は無理よ」「やっぱりそうだよなぁ……」ジャンセンは燭台を見上げる。「あれを下に下げれば入口が開くんだけどなぁ……」ジャンセンの様子は、子供が目の前にある欲しいものに手が届かずにやきもきしているようだった。あれだけ腹立たしかったジェシルだが、ジャンセ...ジェシルと赤いゲート5

  • ジェシルと赤いゲート 4

    大概の来客は、屋敷の規模の大きさや圧倒的な豪華さに目を奪われ、しばし言葉が出ない。しかしジャンセンは違った。「じゃあ、地下への入り口へ行こうか?」ジャンセンはじっとジェシルを見つめて言う。周りなど全く見えていないようだ。と言うより、関心を持っていないとしか言いようがない。「……あなたって、最低ね!」ジェシルはむっとする。「どこが最低なんだ?」ジャンセンは首をかしげる。「ぼくは調査がしたくてやって来た。そして、君は通してくれた。さらに、物には触れるなとも言った。だから、君の手で地下への入り口を開けてもらわなきゃいけない。それをお願いしているのに、どうして最低なんだ?」「もう良いわ!」ジェシルは語気強く言う。「あなたに普通の感覚を求める方が間違いだったわ!」「ぼくも君の噂を聞いているんだけどさ」さすがにジャン...ジェシルと赤いゲート4

  • ジェシルと赤いゲート 3

    ジェシルは壁に掛かっている柱時計を見た(これも年代物だそうだが、ジェシルには全く興味も関心もない)。「ジャンのヤツ、昼前には来るだなんて言っていたわね。聞いてもいないのに、弁当を持ってくるから昼食はいらないなんて言っていたわ……」ジェシルはにやりと笑う。「だったら、思い切り豪華なランチを目の前で食べてやろうかしら」と、玄関の呼び鈴が鳴った。ジェシルは壁に備え付けたモニター画面を操作し、玄関に佇んでいる人物を映しだした。画面には右斜め上から見下ろした映像が映っている。柔らかそうな長い金髪の男性だ。右肩から大きなカバンをたすき掛けにしている。ラフな普段着姿だ。「人の家を訪ねるって言うのに、何よあの格好!」ジェシルは文句を言う。男性は呼び鈴の反応が無い事に戸惑ったのか、きょろきょろと周囲を見回している。その際、...ジェシルと赤いゲート3

  • ジェシルと赤いゲート 2

    ジャンセンの「お願い」と言うのは、ジェシルの住む屋敷についてだった。「ちょっと調べさせてもらいたいんだよ」ジャンセンは言う。「実はさ、あの屋敷って地下三階くらいになっているだろう?」「知らないわ、そんな事!」ジェシルはけんか腰の口調で答える。「わたしは単にあそこに住んでいるだけだから。さっさと引っ越したいんだけど、『お前は直系なのだから、ここに住まねばならない』なんて言われて、イヤイヤ住んでんのよ!」「ジェシルって、本当に物の価値ってのに無関心と言うか、無知と言うか……」ジャンセンの大きなため息が聞こえる。ジェシルはむっとする。「あのさあ、あの屋敷って連邦政府が管理しているんだぜ。それってどう言う事か分かるかい?」「叔父様たちが面白がってやっているんじゃないの?」ジェシルは、連邦評議員のタルメリック叔父の...ジェシルと赤いゲート2

  • ジェシルと赤いゲート

    ジェシルは朝から不機嫌だった。今日は休暇日で、天気も爽やかだった。いつものジェシルなら、碌で無しどもを片っ端から見つけてはとっちめると言う趣味のために出かける所だ。しかし、黒い下着の上に黒いフリソデを羽織って、自宅であるただっ広い屋敷の、玄関から入って右脇にある客室を改装した自室のソファに寝そべっていた。組んだ脚をつまらなさそうにぶらぶらさせ、時折デスクの上の時計を見てはため息をつく。「……ジャンセンのヤツ、いっつも最悪なタイミングを見計らっているようね」ジェシルは吐き捨てるように言う。ジャンセンとは、ジャンセン・トルーダと言い、ジェシルの従兄弟だ。ジェシルより二、三歳上の歴史学者だ。数々の古文書や遺跡に刻まれた文言の解析にとてつもない能力を発揮するようで、その方面では「若手天才学者」として名が通っている...ジェシルと赤いゲート

  • ごあいさつ

    しばらく更新の手が止まっておりましたが、そろそろ始めようかと思っております。良い歳をした(何と今年で63歳になるのです)おじさん、いや、じいさんですから、ペースがゆったりしてしまうかもですが、お付き合い下さればと思っております。皆様のご多幸をお祈りい申し上げます。伸神紳ごあいさつ

  • 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その十一

    みつは伝兵衛を静かに見つめる。「……道場で相対した時よりは腕を上げているようだが……」みつは静かに言う。「わたしに、その刀に寄り掛かり過ぎていると言われ、地擦りの構えを解いたのか?」「ほざけ!」伝兵衛は一喝する。「お前などに、定盛の力などいらぬと言う事だ!」「あなたは刀の妖しい話を受けて、日々の修練を怠っている。そのような者の剣など、わたしには通じない。腕が上がって見えるのは、単に場数を踏んで血の気を帯びただけの事。しかも己より弱い者を相手にして得た、まさにその邪剣に相応しい恥晒しな腕前だ」「抜けい!」伝兵衛が怒りに任せて叫ぶ。その場の空気がびりびりと震える。その空気に気圧されながらも、周りの者たちは息を凝らして成り行きを見ている。「抜かぬ」みつは伝兵衛に答える。「あなたがその刀を手にしている限り、わたし...荒木田みつ殺法帳Ⅱその十一

  • 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その十

    「好い加減にしたらどうだ?」みつは静かに言う。「戦う気力の無い者を嬲るなど、不快でしかない」「……荒木田みつ……」伝兵衛はからだをみつの方に向けた。その隙に清左衛門は這いながらその場を離れた。伝兵衛は、その姿に侮蔑の一瞥をくれると、すぐにみつに顔を戻した。「ならば、お前が相手になろうと言うのか?」伝兵衛は言うと、不遜な笑みを浮かべる。「斉藤は死に、村上は腰抜けだ。定盛が『まだ血が足らぬ』と嘆いておるわ!」「愚かな……」みつは大きくため息をつくと、前へと進み出た。伝兵衛の誘いに応じる事と、宿場の人たちを巻き込む事を避けるためだ。「あなたはその刀が妖刀だと言うが、証しはあるまい?」みつは腕組みをしたままで言う。「それに、定盛なる刀鍛冶が実在したのかも定かではないのだろう?」「……何が言いたいのだ?」伝兵衛の表...荒木田みつ殺法帳Ⅱその十

  • 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その九

    斉藤源馬は上段に構えた。一気に振り下ろして何者をも両断しようと言う気迫の籠った剛の剣だ。村上清左衛門は正眼に構えた。相手の力をいなしながら懐に斬り込もうと言う静かな中に必殺の斬れ味を持つ剣だ。……どちらもなかなかの使い手だ。みつは横並びになった源馬と清左衛門を見て思う。……さて、伝兵衛はどう出るか。みつは伝兵衛に目をやった。伝兵衛は抜刀した刀をゆっくりと下げ始めた。右足先に地擦りの下段に構えると、刀を返し、刃を二人に向けた。みつは道場での戦いを思い出していた。……あの時は下段の構えをしていなかったはずだが?あれから更に修業を積んだのだろうか?みつは思案しながら見つめていた。「……おみつさん……」背後から声を掛けられた。振り返るとおてるが青褪めた顔で立っている。「あの浪人さんたち、斬り合うの?」「そうなるだ...荒木田みつ殺法帳Ⅱその九

  • 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その八

    荒れ寺の朽ちた門をくぐり、正面の廃墟となった本堂の右側を見ると、すでにわいわいと騒ぐ下衆な声がしていた。そこが境内だ。だが、今では単なる雑草の生えた野原でしかない。長四角の土地の三つの隅にそれぞれ十人前後の男たちが固まって立っている。ひときわ大きなからだをした髭面の浪人が腕組みをして立っている。これが梅之助の所の用心棒の斉藤源馬で、源馬の隣に立っている辛気臭い様子の男が梅之助なのだろう。立ち止まっているみつを放っておいて、文吉と宗助は小走りにその二人の方へと駈けて行った。別の隅には、すらりとした立ち姿の若く小ざっぱりした浪人が笑みを浮かべて立っていた。その隣には、父親くらいの歳の、酒のせいか鼻の頭の赤いでっぷりとした男が立っている。これが、優男の村上清左衛門と竹蔵だった。みつに続いて現われた宿場の娘に気が...荒木田みつ殺法帳Ⅱその八

  • 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その七

    その翌日、文吉と若い衆とが現われた。水ごりをして艶やかに光る黒髪と、真新しい晒しを巻き付けた胸元が着物から覗いているみつの、妙に神々しい雰囲気に、文吉はほうっと見惚れてしまった。「……じゃあ、行くぜ」文吉は邪念を掃う様に頭を振る。「他の連中もすでに集まっているだろう」「どのように進めるのだ?まさか、一斉に斬り合いをさせるわけではあるまい?」みつが文吉に訊く。「何故そんな事を?」文吉は訝しそうな顔をする。「いや、話だと『松竹梅の三馬鹿』と言う事だから、何を考えているかと不安になってな」「三馬鹿……」文吉はつぶやくと、おてるを睨んだ。「おてる、お前ぇが吹き込みやがったのか?」おてるは固まってしまった。そんなおてるの前にみつが立つ。「三馬鹿は偽りか?」「え?……いや、その……」文吉も歯切れが悪い。「松吉と竹蔵に...荒木田みつ殺法帳Ⅱその七

  • 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その六

    「……おてるさん、その黒田と言う男の額に傷はないか?」みつは言うと、自分の額の真ん中に、真っ直ぐ立てた右の人差し指を当てて見せた。泣き出しそうだったおてるは真顔になって、みつの様子をじっと見つめた。「そう、黒田って人のおでこには縦に傷があったよ。結構古そうで……」おてるは言う。「……おみつさん、本当に神通力があるんじゃない?」「そうではない」みつは額の手を下ろす。「やはりそうなのか……」みつは深いため息をついた。五年ほど前の事になる……三衛門は剣術に少しでも興味関心がある者を、武家も町人も農民も分け隔てなく通わせ、皆門弟として扱った。門弟同士も分け隔てなく仲良く付き合うようになって行った。三衛門の人徳のなせる業なのか、みつを目当てに通っている仲間意識からなのかは分からないが。そんな折、ふらりとやって来たの...荒木田みつ殺法帳Ⅱその六

  • 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その五

    翌日の昼過ぎ、宿場外れの小川の岸辺で、みつは白刃を素振りしていた。一日でも剣の修行を怠ると全身を重い鉛で包み込まれたような感じになってしまう。みつは一振り一振りに集中していた。風切り音が凄まじい。そんなみつの元へ、おてるが駈けてきた。「おみつさ~ん!」おてるは叫びながら両手を振り回している。みつは手を止め、おてるの方を向いた。みつの傍まで来ると、おてるは膝に手を当てて、はあはあと荒い息遣いを繰り返す。ずっと走って来たのだろう。「おてるさん、どうした?」みつが尋ねるが、おてるはちょっと待ってと言わんばかりに右手を上げる。みつは手にした刀を腰の鞘に納める。鍔がちんと涼やかな音を立てた。しばらくすると、おてるの息も整い、からだを起こす事が出来た。「はあ~っ、やっとしゃべれる……」おてるはにっこりと笑う。「それで...荒木田みつ殺法帳Ⅱその五

  • 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その四

    ……来たか……奥の床几に腰掛け、壁に背凭れていたみつは目を開けた。店の中は暗い。太助は二階で寝ている。おてるは、みつと一緒に居ると言って聞かず、隣に座った。隣に座り、最初の内こそ色々と話をしてきたものの、夜が更けるころには寝入ってしまい、今は壁に背凭れながら、ぐうぐうと鼾をかいている。みつは、おてるを起こさぬ様に、左手で太刀をつかみ、そっと立ち上がった。みつは出入り口の障子戸の前まで進む。外の気配を窺う。雪駄が地を掏る音がしている。ぶつぶつと何やらつぶやく声もする。六人ほどいるようだ。みつは、あからさまな様子に苦笑する。……そうか、わたしがいるとは夢にも思っていないのだな。みつは障子をを押さえている心張り棒を外し、障子戸を勢い良く開けた。目の前には、右手を振り上げて拳骨を作った文吉が、驚いた顔で立っていた...荒木田みつ殺法帳Ⅱその四

  • 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その三

    「いやいや、ありがとうごぜぇます……」そう言いながら調理場から出てきたのは白髪頭の老人だった。老人は、みつに向かって深々と頭を下げた。右手にはもりそばの乗った器を左手には汁の入った椀とを手にしている。「あいつら、毎日来ちゃあ、酒ばっかり飲んでさ、それでお代も払わないで帰っちまうんだ」老人の後ろから、赤い頬のおてるが、同じくもりそばの器と汁の椀とを手に現われた。「でも、お侍さん、強いんだね!」「こら、おてる!お侍は男に使う言葉だ!」老人がおてるをたしなめ、申し訳なさそうな顔をみつに向ける。「すんません、何しろ学のねぇ小娘でして……」「いえ、それは気にしてはいません。わたしを知る者は『女侍』と言いますので」みつは答え、頭を下げる。「……わたしは荒木田みつと申します」「もったいねぇ!頭をお上げくだせぇやし」老人...荒木田みつ殺法帳Ⅱその三

  • 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その二

    ぼたり、と、編笠越しに何かが当たる音がした。みつは足を止めた。ぼたり、ぼたり。音が続いた。「……雨……」みつはつぶやく。その声に呼応するように、雨粒の音は間隔を狭め、強くなる。やがて本降りとなった。みつは街道沿いの林に入り、木の下で雨宿りをする。「さて、これからどうしたものか……」みつは剣術以外の事には全くの無関心だった。この中山道がどこに通じているのかさえ関心が無かった。それ故に、坂田の家までの道筋を父三衛門に一筆認めてもらい、それを頼りに進んでいたのだ。途中で泊まる宿場も記されていた。「帰りはこの逆を辿れば良い」と三衛門は言った。みつはその通りにしようとしていたが、生憎の雨になってしまった。雨脚は強くなってきた。止みそうな気配はない。「この調子では、今夜決めている宿場まで辿りつけそうもないな……」みつ...荒木田みつ殺法帳Ⅱその二

  • 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その一

    昼下がりの中山道を江戸へと帰る荒木田みつの姿があった。相変わらず袴姿で左腰には大小を手挟み、深編笠を被り、大股で歩いていた。編笠から見える束ねて垂らした黒髪がその背で忙しなく左右に揺れている。みつは、父三衛門の代理として、上州の近くまで足を運んだ。訪れたのは坂田家だった。相手は三衛門の亡き妻であり、みつの母でもあったしのの実家筋に当たり、その土地では古くからの家柄で、財力も豊富、当主も代々、江戸の方面にも顔が利いた。本来は三衛門が行くべきであったのだが、三衛門は苦手としていた。坂田家は、妻生前から、何かと三衛門に風当たりが強く、事ある毎に文句をつけて来ていた。元々格式の違いを気にしていた坂田家だったが、仲人に立った剣術の師範の手前、断り切れなかったのだった。それ故に、妻が亡くなった際には、三衛門を「妻も守...荒木田みつ殺法帳Ⅱその一

  • 悪意の森

    「おい、まだ先か?」高志が言う。「もう少しだ」オレは答える。「本当にこの森の深奥に、お宝があるんだろうな?」「あるさ。間違いない」オレは後ろを歩く高志に振り返り、笑みを見せる。ここは深い森の中だ。進むにつれて木々が多く高くなり、空が見えなくなった。高志は忌々しそうに見上げる。「森に入り前はあんなにカンカン照りだったのに……」「まあ、怒るなよ。もう少しだ」しばらく行くと、いきなり開けた場所に出た。「……ここだ……」オレは足を止めつぶやいた。高志はオレを押し退けて、この開けた場所に駈け出した。あちこちを探っている。オレはそんな高志を見つめていた。「……おい」息を切らした隆がオレに振り返る。「どこにもお宝なんてないじゃないか!」「そうか?」オレは答える。「じゃあ、ガセネタだったんだろう」「ふざけんな!」高志はオ...悪意の森

  • 怪談 雨の里

    1まあ、今日も晩飯までご厄介になったんで、お返しと言うのではないけんど、思い出した話があってさ、聞いてくれるかね……そうかい、聞いてくれるかい。じゃ、話させてもらうかね……前の年のことなんだけんど、ま、見ての通りわたしゃ行商でね、ここからだいぶ遠く……そうさなあ、山五つくらい隔てておるかなあ……そんな所を歩いていたんだ。そんな辺鄙な所だけんど、わたしにとっちゃ馴染みの場所でさ、わたしを待ってくれてるお馴染みさんも少なくない。でもそん時に、ちょっと欲を出して、新しいお客でも作ってみるべえって気になってね、今まで通ったことのない道を行くことにしたんさ。初めての道だったから、思うようには進まれん。熊でも出た日にゃ、お陀仏だからな。……え、そんなひどい道だったのかってかい。……そうなんだよ。いつも通い慣れてる道が...怪談雨の里

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 148

    「はい、はい、はい」ドアチャイムに返事をしながらコーイチは立ち上がった。ドアに向かった。鍵を開け、ドアを押し開いた。立っていたのは逸子だった。昨夜と打って変わって、ジーンズに白のTシャツと言った普段着姿だった。心配そうにしていた表情が、ドアの所に現れたコーイチの顔を見たとたん、ほっとした表情になり、ついには涙ぐんでしまった。「コーイチさん……よかった。なんともないんですね……」皮製のショルダーバッグから白いハンカチを取り出すと、目頭をすっとぬぐった。笑顔が戻る。「すっかり酔いつぶれていたので、とっても心配してました。それで、父にコーイチさんのアパートの住所を聞いて、押しかけちゃいました……」「そう、それは、ありがとう……」コーイチは照れくさそうな顔で礼を言った。「自分でも驚くくらい元気になったんだ。もう心...コーイチ物語「秘密のノート」148

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 149

    コーイチが奥へ行くと、三人は豪華な椅子に腰掛けて風格のある丸テーブルを囲み、優雅な香りを立てた紅茶を風情あるティーカップで嗜みながら、談笑をしていた。「あ、来た来た」シャンが言うと、丸テーブルを囲む椅子が一脚と淹れたての紅茶の入ったティーカップが一つ増えた。「コーイチ君、さ、どうぞ」「え?あ……どうも……」コーイチは言われるままに席に着き、ティーカップに手を伸ばした。それから、はっと気付いたように立ち上がった。「ちょっと待った!このテーブルと椅子と紅茶は……」「そう……」シャンが右の人差し指をピンと立てて振ってみせた。「だって、コーイチ君のお部屋、どこに何があるか分からないし、こっちの方が手っ取り早いし……ね?」「ね?って言われても……」コーイチが文句を言うと、くすくすと逸子が笑い始めた。「良いじゃないで...コーイチ物語「秘密のノート」149

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 FINAL

    あの日からコーイチの周りでは色々な事が起こった。あの日……吉田部長と西川課長の昇進を祝った金曜日の林谷主催のパーティの席で悪酔いをし、途中で帰宅を余儀なくされ(どうやって帰ってきたのかは覚えていないが)、散々寝たらしく、気が付いたら中一日空いていて夜になっていた日曜日。まずは、印旛沼の娘の逸子が、ジーンズに白のTシャツと言った普段着姿で、コーイチの傍らで眠っていた事だ。驚いて起こし、事情を聞くと、コーイチの体調を心配した逸子は、土曜の朝にコーイチのアパート(住所は父の印旛沼から聞いたそうだ)に看病をしに来てくれた。ところが、「ドアを開けてくれたコーイチさんの大丈夫そうな顔を見たらほっとして、急に緊張が解けて、いつの間にか眠ってしまったの」と、逸子はすっかり回復したコーイチの姿にうれし泣きをしながら言った。...コーイチ物語「秘密のノート」FINAL

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 143

    「どうするのよ、どうしたらいいのよ!」シャンが倒れたコーイチを指差しながらブロウに向かって叫んだ。「どうするって言われても……」ブロウはコーイチを見ながらつぶやいた。「どうしましょ?」二人はそれぞれ腕組みをし、頭を左右にひねりながら考え込んでいた。「ドリンクの影響って、ぱっと消せないかしらねぇ……」シャンがブロウに言った。ブロウは頭をゆっくりと左右に振った。「……お姉様、魔女の世界のものには魔力は効かないわ。魔女の世界の常識よ。忘れたの?」シャンがむっとした顔をした。「そうだ!お姉様、魔力の代わりに別のドリンクでそんな効き目のあるものってないかしら」ブロウがシャンに言った。シャンは頭をゆっくりと左右に振った。「ブロウ、あなた、またドリンクをコーイチ君に飲ませちゃう気なの?今度はどうなっちゃうか、あなた、責...コーイチ物語「秘密のノート」143

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 144

    「ちょっと、ブロウ、あなた、何やってんのよ!」驚いて近寄るシャンを、ブロウは唇をコーイチに重ねたまま手で制した。シャンは止まって、ブロウの様子を見ていた。ブロウは唇を少しずつ離し、上体を起こし始めた。ブロウの唇とコーイチの唇との間を薄紅色の細い糸のような光が結んでいた。ブロウはゆっくりゆっくり上体を起こす。光が途切れそうになると、起こすのを止め、光が強まるのを待ち、強まるとまた上体を起こす。ブロウが上体を起こし終えると、光はすうっと消えた。「ふう、やれやれ……」ブロウは溜息を付きながら、額に浮かんだ汗をどこからか取り出した絹のハンカチでぬぐい、笑顔になった。「これで少しはいいかな?」「あなた、何をしたの?」シャンが改めて言った。「いくらコーイチ君が好きだからって、動けないのを良い事に、キ……キスしちゃうな...コーイチ物語「秘密のノート」144

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 145

    「あら、イヤだ!」「まあ、どうしましょ!」シャンとブロウは最後に書かれた岡島の名前を見て悲鳴を上げた。「コーイチ君!この人の名前はイヤだって言ったじゃない!」ブロウは言ったが、コーイチはすでに床の上で大の字になって、全身から湯気を立てていた。顔には大きな仕事をやり終えた後に浮かべる満足そうな笑みが湛えられていた。「仕方ないわねぇ……」シャンは腕組みをして溜息をついた。「取り合えず、何色になるか見ておきましょう」二人はスミ子を覗き込んだ。岡島の名前は紫色に縁取られた。ブロウはそれを見て驚いた顔になった。「ねぇ、ブロウ。この色の意味って何?」「紫……」ブロウがつぶやいた。「この色は『世界的著名人の色』よ……」「じゃあ、あの人、有名人になっちゃうのぉ!」シャンが思い切りイヤそうな顔をした。「スミ子に文句言って、...コーイチ物語「秘密のノート」145

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 146

    「さあ、スミ子、分かってるわね……」ブロウが言いながら、スミ子を座卓の上に置いた。コーイチの名前が書かれた最後のページが開かれていた。「始めなさいよ、スミ子」シャンも言って、スミ子を覗き込む。二人の魔女の厳しい眼差しにさらされたスミ子は、心無しかガタガタと震えているようだ。「どうしたの?大人しく言っているうちに、早くなさいな……」ブロウが静かに言った。「わたし、思っているよりも気が短いのよぉ……」「そうよ、スミ子」シャンも深刻そうな顔で言った。「ブロウを怒らせて、姿を見せなくなったって話は、ペットノートに限らず、魔女の中にもあるのよぉ……」スミ子の震えが大きくなった。ブロウは右の手の平でバンと大きな音を立てて座卓を叩いた。こわい顔でスミ子を見下ろす。スミ子の震えがピタリと止まった。「もう十分すぎるくらいに...コーイチ物語「秘密のノート」146

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 147

    「さあ、始まるわ!」ブロウが言って、床のコーイチを見た。コーイチはぱっちりと両目を開けると、上半身をむっくりと起き上がらせた。シャンとブロウに目を留めるとにっこりと笑顔を見せた。二人も可愛らしい笑顔で応えた。コーイチは満足そうに大きく伸びをした。「さすがに金色ね」シャンが魔女だけに通じる言葉でブロウにささやいた。「さっきまで湯気出して倒れていたとは思えない回復ぶりね」「純金色だったでしょ?」ブロウも魔女の言葉でささやいた。「最高のラッキーカラーよ。無意識、無自覚でも全てが良い方へと転がって行くのよ」「だから、知らぬ間にすっかり回復ってわけね……」二人はコーイチが立ち上がったのを見て話を止めた。「ああ……」コーイチは二人を交互に見ながら声を出した。「色々と二人には迷惑をかけたみたいだね。……ところで、ボクは...コーイチ物語「秘密のノート」147

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 135

    コーイチは座卓に向かい、開かれているスミ子をきっちりと左手で押さえ、ブロウからもらった金色のペンを右手でしっかりと握り、ゆっくりとペン先を近付けた。シャンとブロウも息を凝らして、じっとペン先を見つめていた。そのペン先があと少しと言う所で止まった。二人の魔女は驚いた顔でコーイチを見た。コーイチは困ったような顔を二人に向けた。「あのさ……」コーイチはためらいがちに言った。「……名前を書くように言ってくれたけど、誰の名前を書けば良いのかな?」姉妹は顔を見合わせ、大きなため息をついた。「あのね」シャンが諭すように言った。「名前なんて、誰のでも良いのよ」「そうそう」ブロウもうなずきながら言った。「誰のでも良いのよ」「じゃあ……」コーイチは腕を組んで考え込んだ。「……岡島の名前でも良いのかなぁ?」「ダメ!」「やめて!...コーイチ物語「秘密のノート」135

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 136

    名簿を開く。社長の名前を筆頭に役員たちの名前がずらずらと載っている。コーイチは名簿をを閉じた。「どうしたの?」ブロウが不思議そうな顔でコーイチを見た。「なんて言うのかなあ……あまり知らない人の名前を勝手に使って良いのかなと、ふと思っちゃってさ……」コーイチはブロウの困った顔を向けて答えた。「……」ブロウ無言のままコーイチの右手を握った。痛みは無かった。優しく握られていた。ブロウの目がきらきらと輝いている。「素敵よ、コーイチ君……何て思いやりの深い人なのかしら!私、心から感激しちゃった……」「そ、そうかい?」コーイチは、瞳を潤ませているブロウを見ながら、戸惑い気味に言った。「そんなふうに言われると、なんだか照れちゃうな……」「はいはい!」シャンがパンパンと手を叩いて入って来た。「二人で甘い世界に浸るのは良い...コーイチ物語「秘密のノート」136

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 137

    再びスミ子を左手で押さえ、ペン先を近付けた。ペン先がノートの表面に触れた。「今よ!一気に書き切るのよ!」シャンが気合の入った声をかけた。「コーイチ君なら、出来るわ!」ブロウも声をかける。二人の声に促されて、コーイチは、しっかりくっきりていねいに書き進めた。書いている間中、二人の魔女は息を詰め、コーイチが動かすペン先を見つめていた。『名護瀬富也』と書き終えると、シャンとブロウは歓声を上げた。コーイチは額に大粒の汗が浮かべ、肩を上下させてはあはあと荒々しい息を繰り返していた。「名護瀬、名護瀬……」コーイチは不意に後悔の念に襲われた。「『後悔役に立たず』……まさにそうだ……すまない、許してくれ……」「何を言ってるのよ、コーイチ君」シャンが明るい声で言った。「またそんな心配をしてるの?」「そうよ、さっきも言ったじ...コーイチ物語「秘密のノート」137

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 138

    コーイチはそろりそろりとスミ子に向かって手を伸ばした。スミ子は鼻ちょうちんをふくらましたりしぼめたりを繰り返し始めた。……こりゃあ、熟睡中だぞ。弱ったなあ、こんな状態で起こしたら、指を挟まれるだけじゃすまないぞ……「あのさ……」コーイチはゴクリと喉を鳴らしてブロウを見た。「スミ子、熟睡中なんだけど、起こしたら危険だよね?」「そうね、危険ね」シャンが楽しそうに言った。「でもね、コーイチ君も危険な状態よ」……そうだった!すっかり忘れていた!コーイチは思わず目覚まし時計を見た。「もう何時間か経過しちゃったわよぉ」シャンが言って、コーイチにぐいっと顔を寄せ、小声でささやいた。「スミ子に手間取っている場合じゃないわ……ちゃっちゃっと片付けましょうよ……」「あ、ああ、そうだね……」コーイチはシャンを見つめながらうなず...コーイチ物語「秘密のノート」138

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 139

    コーイチは目をつぶった。脳裏には、スミ子にすっぽりと頭全体を呑み込まれ、その下がコーイチのからだになっている、なんとも情けない姿が浮かんでいた。しかし、そうはならなかった。飛びかかって来たスミ子をブロウが空中でつかみ、引きずるようにして座卓の上に叩き付けたからだ。座卓の上でもがくスミ子を、ブロウはこわい顔でにらみつけながら、押さえ付けている。一見、自然に閉じてしまうノートを開いたままにしておくために軽く押さえているようだ。……魔女は基本的に力持ちだから、きっと物凄い力が加わっているんだろうな。コーイチはスミ子にちょっとだけ同情した。やがて、スミ子の抵抗が治まった。それを見届けたブロウは、コーイチに笑顔を向けた。「さ、もう大丈夫よ、コーイチ君」ブロウはコーイチを手招きした。「名護瀬って人の名前、色が変わるわ...コーイチ物語「秘密のノート」139

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 127

    閉まっているドアをすり抜けて入って来た。入って来たのは、赤いふわふわしたブラウスに赤いミニスカートの若い女性だった。長い髪が少し乱れ、ブラウスも少し汚れ、所々裂けていた。どこかから脱け出して来たばかりと言った様子だ。こわい顔をしている。……あっ!これは!コーイチは白いミニチャイナの京子に目を移した。……同じ顔をしている!どう言う事なんだ……?コーイチが考えをまとめようとする前に闘いが始まった。赤いブラウスの京子は右手を左肩より高く振り上げ、手の平を白いミニチャイナの京子に向けるようにして、一気に振り下ろした。手の平からオレンジ色をした衝撃波が発せられた。白い京子は「チッ!」と舌打ちをして横へ飛び退き、同時に空いている左手で強く床を叩いた。「うわわわわ……!」コーイチは思わず叫んだ。白い京子が床を叩いた途端...コーイチ物語「秘密のノート」127

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 128

    スミ子を抱えたコーイチのおどおどした姿が面白かったのか、赤い京子がぷっと吹き出した。白い京子も同様に吹き出す。闘いの緊張感が一気に退いた。「あのね……」赤い京子が優しく言った。「覚えている?携帯電話の事……」言われたコーイチはスミ子の表紙を無意識に撫でながら考え込んでいた。……確か、パーティ会場に入る前に、どこからか湧いて出て来た岡島を完膚無きまでに言い負かした後だ。魔女だって言われて驚いて、現われた理由が落としたスミ子を返して欲しいって事で、そして、不気味な教会の鐘のような音がして……「思い出した!ボクの命を魔女の世界へ導く音だなんて言って、からかったんだ!」「まあ。ひどい事をしたのねぇ」白い京子が呆れたように言った。「人の事を散々に言っておきながら・・・」「うるさいわね!程度が違うわよ!」赤い京子はじ...コーイチ物語「秘密のノート」128

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 129

    白い京子……いや、シャンは、やれやれと言った表情をして見せた。「ま、分かっちゃったんだから、もう仕方ないわね。妹の『ブロウ』の言う通りよ」シャンは赤い京子を指差して言った。「……コーイチ君、ゴメンね。でも、楽しかったでしょ?」「まだ、そんな事言ってるの!」赤い京子……いや、ブロウが言った。「どうせ、私に化けて好き勝手な事して、何かあると責任を全部、私に被せて消えちゃうくせに!」「失礼な娘ねぇ……妹でも言って良い事と悪い事とがあるわよ!」シャンが眉間にしわを寄せた。冷たい顔に厳しさが加わる。「今までがそうじゃない!」ブロウがこわい顔をした。「あのお侍さんの時も、あの軍人さんの時も……」……侍?軍人?「可愛い妹に幸せになってもらいたいから、変な虫が付かない様に気を遣っている姉の心が分かんないの?」「分かるわけ...コーイチ物語「秘密のノート」129

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 130

    「スミ子に名前を書いたってぇ!」ブロウが大きな声を出した。「そうよ、記念にしようと思ってね」シャンが答える。ブロウは心配そうな表情だ。「……何よ、何か問題でもあるのかしら?」「……それで、コーイチ君の名前、何色になったの?」ブロウはシャンの質問には答えずに、そう訊いた。「色?色は赤だったわ」シャンがコーイチの顔を見る。コーイチは何度もうなずく。「ほら、コーイチ君も認めているわ」「赤……、赤……」ブロウは繰り返しながら、心配そうな眼差しをコーイチに向けた。……なんだ、なんだ、赤って、良くないのかぁ?コーイチの心にイヤな風が吹き始めた。「お姉様!」ブロウは突然こわい顔をしてシャンの方に向き直った。「コーイチ君の名前、スミ子のどこに書いてもらったのよ?」「何よ?そんなこわい顔して訊くような事なの?」シャンはむす...コーイチ物語「秘密のノート」130

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 131

    コーイチは呆然として立ち尽くしていた。……『赤』は怒りが最も強い事を示しているの……いるの……いるの……コーイチの頭の中をブロウの声がこだましていた。「ところで、ブロウちゃん」コーイチは不安を打ち消すように、わざとらしいまでに明るい声でブロウに声をかけた。両手に顔を埋めて泣いていたブロウは、コーイチの声にビクッと肩を震わせた。「『赤』になると、どんな事が起こっちゃうんだい?」しばらくそのまま顔を覆っていたブロウは、涙で濡れそぼった顔をゆるゆると上げた。すんすんと鼻を鳴らしながら、うつろな視線をさまよわせていた。視線がコーイチをとらえた。無理矢理作ったコーイチの笑顔を見たブロウは、途端に顔を両手で覆って一層激しく泣き出した。「あの……」コーイチはおろおろした表情をシャンに向けた。「ボクは一体どうしたら良いん...コーイチ物語「秘密のノート」131

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 132

    「そうだ!」ブロウが、ばっと顔を上げた。顔いっぱいに涙の跡が残っているが、その瞳は双方とも明るく輝いていた。「そうよ、そうだわ、そうなのよ!」ブロウは右手をぐっと握り締めて顔の横に持って来て、すっくと立ち上がった。「何とかなるかも知れないわ!コーイチ君!……あれぇ?」ひとりで興奮していたブロウは、ようやくコーイチがおいおい泣いている事に気付いた。そのそばでシャンもしくしくと泣いていた。「ねえ、コーイチ君!お姉様!何で泣いているのよ!泣いているヒマなんてないわ!」自分がわんわん泣いていた事など無かったかのように、ブロウは二人に声をかけた。コーイチがふらふらと顔を上げた。シャンも目を真っ赤にしたままの顔を上げた。「二人とも、何て顔をしているのよ!」ブロウは呆れたと言った表情でコーイチとシャンの顔を見比べていた...コーイチ物語「秘密のノート」132

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 133

    「でもね」ブロウが優しい口調でコーイチに語りかけた。「この人たちとコーイチ君が決定的に違う点があるのよ」頭を両手で抱えオロオロしていたコーイチは動きを止め、ブロウを見た。そして、跳びつくようにして、その両肩をつかみ、激しく揺すぶった。「その違いってのは、どう言うものなんだい?悲しい結末を迎えなくても済むのかい?」「まあまあ、落ち着いて、落ち着いて……」ブロウは笑顔を作りながら肘を曲げ、両肩をつかんでいるコーイチの両手首を軽く握った。「いてててて……」コーイチは顔をしかめた。「あら、ゴメンなさい」ブロウはぺろりと舌を出し、手を離した。……相変わらず力加減が出来ないんだな。赤くなってじんじんしている手首を見ながらコーイチは思った。……でも、可愛いから(年齢は敢えて不問に付して)許しちゃおう。「二人で遊んでいな...コーイチ物語「秘密のノート」133

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 134

    「と言うわけで、はい!」ブロウは、スミ子を賞状を授与する時のような恭しい仕草で、コーイチの前に差し出した。「えっ?は、はあ……」コーイチは、差し出されたスミ子と可愛く微笑んでいるブロウとを交互に見た。「大変名誉なものを頂いたって言う表情じゃないわねぇ……」からかうようにブロウが言った。「いや、そうじゃなくて、今すぐ始めるのかい?」「コーイチ君……」ブロウはやれやれと言うように溜息をついた。「吉田って言う人、課長から部長になるまで、どれくらい掛かったかしら?」「えっと……書いた翌日だった」「そうね、つまり……」「つまり」含み笑いをしながらシャンが割って入って来た。「書いてから、一日で効果が出るって事なのよぉ」「えええっ!」コーイチは驚いて叫んでしまった。「じゃあ、明日になると……」「そうよぉ」シャンが楽しそ...コーイチ物語「秘密のノート」134

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 118

    「そうよ、コーイチ君のアパートの前。電車に乗ったり歩いたりが面倒だから、直接来ちゃいましたぁ」京子は楽しそうに言って、コーイチから手を離した。コーイチは京子の顔を見た。街灯に浮かんだ京子はにっこりと可愛い笑顔だった。……そうか、これでノートを渡したら終わりってわけか。仕方ないよな。そうなる予定だったんだものなぁ。早く返してあげよう……コーイチはため息を付きながら、階段に一歩、重くなりがちな足を掛けようとした。「ちょっと待って!」京子が言って、コーイチのスーツの裾を軽くつかんだ。しかし、元々の力が強いので、足を踏み上げたままの姿勢でコーイチは後ろに引っ張られ、危うく転ぶところを数歩よろけながら何とか踏み留まった。「……危ないなぁ、何の用だい?」コーイチが文句を言いながら、京子の方を見た。京子は目に大粒の涙を...コーイチ物語「秘密のノート」118

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 119

    階段を上り切ると、京子は急に立ち止まりコーイチの方に振り返った。コーイチは危うく京子にぶつかるところだった。「コーイチ君、あの人の部屋って、どこなの?」「南部さん?ええと、一番奥だよ」「そう、一番奥ね……」言い終わると京子は駆け出した。南部の部屋のドアノブに手をかけ、くるりと回して引いた。ドアはギギギッと油の切れたような軋み音を立てて開いた。京子はパンと手を一度叩いた。部屋の照明が点いた。そして、土足のまま室内に入った。……今日は雨は降らなかったし、南部さんの部屋は汚いし、構わないだろう、土足でも……コーイチは京子に従った。ノートは部屋の真ん中にあった。部屋が明るくなったのにも気付かず、ノートの真ん中あたりを少し開いたり閉じたりをゆっくりと繰り返していた。「寝ているようね……」京子は小声で言って、そっと近...コーイチ物語「秘密のノート」119

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 110

    コーイチは左手の皿を見つめた。……これは魔法で出したものだよな。食べても大丈夫だよな。空を飛ばされた魔法は痛くも痒くもなかったけど、食べ物に関してはどうなんだろうなぁ。コーイチの脳裏に、リンゴをかじって深い眠りについてしまったお姫様の話や、お菓子の家を食べてこき使われた兄妹の話などが浮かんでいた。……どっちの話も魔女がらみだ。食べ物と魔女、あまり良い取り合わせじゃないかも知れないぞ。コーイチは京子の方を見た。大勢の人垣に包まれていて、姿は見えなかった。……あんなに人気者になてしまって、すっかり「アイドルの京子ちゃん」だ。そんな中で、魔法とは言え、ボクに気を遣ってくれているんだ。優しい娘だよなあ。……いやいや、あの娘は、ああ見えて、結構いたずら好きなんだよな。泣いた振りであわてさせたり、携帯電話の呼び出し音...コーイチ物語「秘密のノート」110

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 111

    空腹が満たされると、気持ちに余裕が出て来るものだ。コーイチも腹の虫が落ち着くと、場内の様子をゆっくりと眺める気になった。ステージの奥からのんびりとした足取りで歩き出した。若い男の集団が二つ見えた。中心に何があるのかは見えないが、一つは京子、もう一つは逸子だろう。時々、それぞれの集団でカメラのフラッシュが光っている。カメラマンの滑川が二つの集団を行ったり来たりしているようだ。……主な目的は写真よりも、若い男の集団にまぎれる事じゃないのかな。コーイチは、「ちょっとごめんなさい、通してちょうだい」なんて言って、無理矢理通り抜けながら嬉しそうにしている滑川を想像していた。別の所には黒っぽい集団が見えた。……あれは清水さんとその仲間たちだな。それにしても、清水さんの歌は凄かったなぁ。見た目なんかはあの娘以上に魔女だ...コーイチ物語「秘密のノート」111

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 112

    極上の酒と言うものは、酔う事を禁じてでもいるようだ。立て続けにグラスを空にしたコーイチだったが、ちっとも酔った気がしなかった。……まずいぞ。このままでは『酔って前後不覚になりノートが渡せなくなってしまいました作戦』が出来なくなる!右手のグラスには相変わらず満々と湛えられたワインが注がれている。座り込んでいるステージの上に置こうとするが、グラスを持った手は離れない。これでは他の酒を飲もうにも飲めない。コーイチの脳裏に京子が振る右人差し指が思い浮かぶ。……やっぱり魔法は困ったものなんだ。目を閉じ、浮かんでくる京子の笑顔に向けて腹を立てるコーイチだった。「コーイチさん……」ふと呼ぶ声がした。目を開けた。逸子が目の前に立っていた。「あ、いや、……どうも」コーイチはしどろもどろで返事をする。にっこりした逸子がコーイ...コーイチ物語「秘密のノート」112

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 113

    京子は赤いドレスに戻っていた。と、突然、左手の甲を腰に当て、右手でジャンケンのチョキを作り、肘を横に張ったままで手の平側を外に向け、やや左に向けた顔に当て、チョキを作った人差し指と中指の間から右目を覗かせるポーズを取った。「シャーッ!」京子はそのポーズのまま決めゼリフらしき声を発し、笑顔になった。次に、腰をやや引いて、両腕を前に伸ばし、上に向けられた手の平の小指側同士を合わせたまま指を大きく開き、両肩を少しすぼめてあごを引き、上目使いでおねだりっぽい表情のポーズを取った。「シャーッ!」京子はまた決めゼリフよろしく声を発し、笑顔になる。さらに、両手を頭の後ろに回し、ふわふわとした感じにまとめた長い髪を軟らかく挟み、あごを突き出しやや目を細め、腰を右にくねらせ、ぷっくりした形の良い唇を優しく突き出すポーズを取...コーイチ物語「秘密のノート」113

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 114

    口を離そうとした。しかし、離れなかった。手を動かそうとした。しかし、動かなかった。結果として、コーイチはビールの一気飲みをしている格好になった。……魔法だ!さっきの逸子さんとの会話で意地悪をしているんだ。「コーイチさん、大丈夫?」逸子がコーイチに言ったが、コーイチは返事が出来ない。逸子は京子に向かって続けた。「ねえ、京子さん、コーイチさん、平気なのかしら?」「大丈夫よ!コーイチ君、ああ見えて『鉄の肝臓』なのよ」「へえ~、そうなんだ」逸子は興味深そうな顔をコーイチに向けた。大ジョッキの傍らから流したコーイチの視線の先に京子の笑顔があった。優しくコーイチを見守っているような温かい笑顔に見えた。しかし、目は笑っていない。「コーイチ君、少しは思い知ってもらうわよ、んふふふ……」と、京子の目が語っている。やっと大ジ...コーイチ物語「秘密のノート」114

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 115

    「とにかく、こんなに酔ってしまったんじゃ、どうしようもないわねえ」いきり立つ逸子を無視して、座ったままふらふらしているコーイチを見ながら京子は言った。「京子ぉ……(魔法をかけたくせに何を言っているんだ!)」「はいはい、わたしはここに居ますよお~」京子はわざとらしく抱きつくようにしてコーイチのからだを支えた。「まっ!何て事をしているのかしら!」逸子がぽっと顔を赤らめながら文句を言う。「逸子ちゃんもコーイチ君を支えてみる?コーイチ君、意外と……んふふふ」京子は意地悪そうな笑顔を浮かべて、逸子を挑発するように言った。「京子ぉ……(悪ふざけもいい加減にしないと、さすがのボクも怒るぞお!)」「そ、そんな恥ずかしい事、出来ません!」逸子はぷっと頬を膨らませて横を向いた。「あら、純情ねぇ。遠慮なんかしなくて良いのに」「...コーイチ物語「秘密のノート」115

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 116

    「さ、コーイチ君、立ってちょうだい」傍目には、仲良く寄り添い合いながら立ち上がったように見え、仲良く寄り添い合いながらステージの階段を下りて来たように見え、仲良く寄り添い合いながら歩いているように見えた。しかし、実を言えば、コーイチの身体をしっかりと押さえつけた京子に逆らえないだけだった。「おやおや、仲良し二人組みの登場だね」林谷が声をかけて来た。ふらふらしているコーイチを珍しそうに見ている。「大分、ふらついているねぇ。天井近くを飛び回って、飛行機酔いみたいな感じになったのかな?」「いいえ、ビールを飲み過ぎちゃったの」京子がにこにこしながら言った。「本当、自分の限界を知らないんだから、世話が焼けちゃうわ」「ほう、京子さんが介抱役かい。……コーイチ君、良い彼女を持ったねえ」林谷は一人うなずいていた。……違う...コーイチ物語「秘密のノート」116

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 117

    京子がドアを押し開けた。「さ、コーイチ君、行きましょ」京子はコーイチを支えたまま(と言うより押さえつけたまま)ドアからロビーに出た。ロビーには誰もいなかった。「おい、コーイチ!」どこにいたのか、岡島が現われて、コーイチのスーツの裾をつかんだ。京子は足を止め、うんざりした顔で岡島を睨んだ。岡島は京子の視線を無視してコーイチを睨んだ。「何だ、あの不必要なまでに目立ったパフォーマンスは!」岡島の目が血走っていた。「空中を飛んで見せるなんて、下品な手品で客にこびるなんて、見下げ果てたヤツだ!」「京子ぉ……(おいおい、自分はまた棚に上げっぱなしかよ!)」「あら、悪かったわねぇ」京子がこわい顔で言った。「あれは私がやったのよ。コーイチ君は付き合ってくれただけ。あなた、私に文句を言ってる事になるのよ」「それに、なんだ、...コーイチ物語「秘密のノート」117

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 100

    「ボ、ボクですかあ!」コーイチは驚いた顔で社長の指先に向かって叫んだ。「そういう事。You、やっちゃいなよ!」社長が大いにあおる。社長、ほとんど思いつきで決めるからなぁ……「あらまあ、それは楽しみだわ」夫人は目を輝かせてコーイチを見ている。冗談じゃないぞ。ボクは平々凡々な男だ。他の人みたいに何か出来るものなんて持っていない。あの岡島でさえ、歌ったり、楽器をいじったり出来るのに。ボクの得意なものと言えば、想像力が豊かな事くらいだ。「じゃ、コーイチ君、準備してちょうだい。アナウンスするからね」林谷が言って、ステージに向かった。……弱ったぞ……コーイチは不安げな顔で林谷の後ろ姿を見ていた。「コーイチ君、何をやってくれるのかしら?」清水が楽しそうな声で聞いてきた。「歌でもする?もしバンドが必要なら、メンバーを使っ...コーイチ物語「秘密のノート」100

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 101

    コーイチが京子に押されながらステージに向かう途中に場内の照明が戻った。しかし、コーイチの視界の片隅に、まだ照明の戻っていない暗い場所が映った。……あそこだけ照明が壊れているんだな。コーイチは思いながら通り過ぎた。と、その時、はっと何かに気付いたように、その暗い場所をもう一度確認しようとして立ち止まろうとした。しかし、足は自力で止めたものの、京子に押されていた背中は止めようが無く、そのまま前のめりに倒れてしまった。そして、その上に京子が「きゃっ!」と短い悲鳴を上げて倒れてきた。「どうしたのよ!」京子がコーイチの背中の上で文句を言った。「いや、ちょっと……ごめん!」コーイチは謝りながら、鼻腔をくすぐる甘く優しい香りと、背中の軽くてやわらかな感触とを意識していた。「変なコーイチ君ね」京子は言いながら立ち上がった...コーイチ物語「秘密のノート」101

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 102

    「あっ、そうか!すっかり、すーっかり忘れてたよ!」林谷は笑いながら言った。……林谷さん、あまり気にしてないようだけど。今日のホスト役なのに。きっとボクのせいなんだろうなぁ……「じゃ、とにかくアナウンスしておこう」そう言って、林谷はステージに上がり、袖でスタッフと打合せしていた。しばらくすると、再び場内が暗くなった。ステージに向かってスポットライトが当てられ、マイクに前に笑顔で立っている林谷を浮かび上がらせた。「皆様、紹介が遅れまして、大変申し訳ございません。今一人、本日の主役でございます!」林谷が言って、右手を場内の一点に向けて伸ばした。スポットライトは、右手が示した先へと移動し始めた。人々の視線も一緒に移動する。スポットライトの移動が止まり、まぶしそうに顔の前に手をかざしている吉田部長を浮かび上がらせた...コーイチ物語「秘密のノート」102

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 103

    何か割り切れ無い表情のままステージの階段を降りて来た岡島は、照明の戻った場内でコーイチを見つけると立ち止まった。腰に手を当て上半身を反らし、それほど身長の差が無いのに、コーイチを見下ろすような姿勢をとる。「コーイチ、どうだ見たか、ボクのユニークなステージパフォーマンス!」いや、あれは魔法だよ。お前は遊ばれただけなんだよ。コーイチは思ったが、面倒になりそうなので、口に出さなかった。「ボクには笑いの才能が先天的に備わっているんだよ。絶妙なタイミングで、弦が切れたり、蓋が閉まったり、ドラムセットが崩れたり。本当に自分の才能が恐ろしいよ!」長々しゃべった岡島は、その時になってコーイチの背後に立っている京子に気づいた。京子はこわい顔で岡島を睨みつけていた。岡島はわざとらしく視線をあちこちへと動かして、京子の方を見な...コーイチ物語「秘密のノート」103

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 104

    京子は軽い足取りでステージの階段を上がって、ステージの袖に入って行った。コーイチは逆に足取り重く階段を上がった。……本当に大丈夫なのかなぁ。きっと魔法を使うんだろうけど、まさか、何かに変えられたりしないだろうな(コーイチは黒猫になって「ニャ~」と鳴いている自分を想像していた)。それとも、岡島みたいに何かの動作を延々と繰り返させられたりしないだろうな(コーイチは十歩ごとに飛び跳ねている自分の姿を想像していた)。「コーイチ君、どうしたんだい?」林谷が声をかけてきた。コーイチが我に返ると、階段の途中で右足を上げたままの姿で止まっていた。「コーイチ君、まさかとは思うけど、そのままのポーズが出し物ってわけじゃあ、ないだろうね……」林谷はからかうような、しかし、少し心配しているような表情で言った。「え?はああの……」...コーイチ物語「秘密のノート」104

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 105

    拍手が湧き上がった。……え?何でこんなに大きな拍手が起きているんだ?コーイチの鼓動が一気に早まった。不安そうな顔を京子に向けた。京子はステージへ進むように手振りをした。すっかり動揺しているコーイチは、京子の手振りに促されるまま、ステージへ一歩踏み出した。一瞬、目がくらんだ。暗くなった場内の奥から照らしているスポットライトが、まぶしかったのだ。拍手はまだ続いていた。ステージの床を踏みしめているはずなのに、ふわふわした感触しか伝わって来ない。林谷が待っているステージ中央のマイクの所へ早く行こうとしているのだが、自分だけがスローモーションになってしまったようで、一向にマイクへたどり着けない。まさか、これは魔法じゃないだろうな。コーイチは必死に足を動かしながら思った。背中を冷や汗がつつつと流れた。鼓動が耳元でどど...コーイチ物語「秘密のノート」105

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 106

    コーイチと京子は並んで立った。「よっ!コーイチ!」大きな掛け声がかかった。……この馬鹿でかい声は名護瀬だな。あいつ、一体ワインボトルを何本空けたんだろう。「きゃーっ、京子さあん、その服、素敵ぃ!」これは逸子さんだな。服が変わった事には全然疑問を持たないんだ。多分、用意してあったとでも思っているんだろうな。これが魔法だと知ったらどうなるかな。……教えちゃおうかな。何故か変な事を考えているコーイチだった。「えーっと、ところでコーイチ君は何をしてくれるのかな?」林谷がマイクに向かって言った。「え?」……すっかり忘れていた!そう言えば、ボクは何をするんだろう?コーイチは戸惑った顔で林谷を見ていた。林谷の笑顔が段々と薄れ、困惑した表情へと変わり始めた。「コーイチ君、まさか、……まさかとは思うけど、何をするのか、決め...コーイチ物語「秘密のノート」106

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 107

    「ちょっ、ちょっ、ちょっ……」コーイチは言いながら、ステージ後方へと後退した。背中が壁に当たり、もうこれ以上下がることが出来なくなった。それでもコーイチの足は後方へ後方へと進もうとしていた。京子はそんなコーイチを笑顔で見つめ、右手でおいでおいでと手招きをした。コーイチは首を左右に振り、拒否のアピールをした。「どうやらコーイチ君は高所恐怖症のようです」林谷がからかうように言った。場内から失笑が漏れた。高所恐怖症?そんなんじゃないですよ、林谷さん!空中を飛ぶんですよ!いいや、飛ばされるんですよ!ボクはそんな経験なんか過去に一度もないんですよ!「さあ、コーイチ君。皆さんお待ちかねよ。んふふふふ……」京子は言って、さらに手招きをした。笑顔は変わらないが、目が笑っていなかった。……あきらめて、こっちへいらっしゃい。...コーイチ物語「秘密のノート」107

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 108

    力の加減が出来ない京子に思い切り押し出されたコーイチは、もはや自分を止めることはできなかった。足が勝手に走り出していた。思わず目を閉じる。魔法が失敗しても、そんなにステージは高くないし、ふかふかじゅうたんを敷き詰めているし、落っこちても怪我はしないだろう。さらに、「いやいやいやいや、まいったなあ」なんて言っておけば、ボクが笑われるだけで済む。魔女だとバレないし、その後であのノートを返せば終了だ。世は全て氷菓子、何事もなく終わるだろう。さよならするのは辛いけど……それにしても、こんなにステージって奥行きあったっけ?コーイチは目を開けた。目の前には果物をあふれ出さんばかりに盛った大きな皿があった。果物一つ一つも通常のものより相当大きい。……なんだ!何がどうなっているんだ!「よっ、コーイチ!」名護瀬の声だ。しか...コーイチ物語「秘密のノート」108

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 109

    「飛ぶのって、なんとも言えず気分がいいわあ!」楽しくてたまらないと言った口調で京子は言った。「コーイチ君もそう思うでしょ?」「まぁ……ね」高所恐怖症と言うわけではないが、足の下に何も無いのは落ち着かない。やはり人は大地にしっかりと立って生きるものなのだ。そんな事を考えていたので、コーイチの答え方は身の入ったものではなかった。「……あんまり楽しそうじゃないわねえ」コーイチの答えが不満だった京子はこわい顔をした。「自分の立場を分かってる?」……そうか、ボクは飛んでいるんじゃなくて、魔法で飛ばされているんだった。イヤな思いをさせて、もし魔法を止められたら、ボクはどうなってしまうんだ。コーイチの脳裏にあれこれと最悪な場面がよぎった。思わずゴクリとのどが鳴る。「いやいやいやいや、楽しいよ、嬉しいよ、最高だ!」コーイ...コーイチ物語「秘密のノート」109

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 88

    「なんて失礼なヤツなんだ、あなたは!」岡島は立ち上がり、グラスをテーブルの上に置き、名護瀬に右人差し指を突き付けて言った。「ボクがあなたに何をしたと言うんだ。全く、こういう乱暴な人には困ったものだよ」「オレにしたんじゃねぇよ。『キョンちゃん』にしたんじゃねぇか、このヴェークァ!」名護瀬も両手に持っていたワインボトルをドンと音を立ててテーブルの上に置いた。「あのチャイナ服の娘に何かされたのは、ボクの方だ」「お前が先に何かしたんじゃねぇのかぁ?」「な、何を下品な事を言っているんだ」「下品ななのはお前の顔だぜ。ヴェーーーークァ!」名護瀬が一際大きな声で言った。周りの人たちが何事かと振り返る。「おんや~?」急に名護瀬が酔った目を細めて岡島をしげしげと見つめた。「お前、さっきステージに立ってたヤツか?」「そうだ。酔...コーイチ物語「秘密のノート」88

  • コーイチ物語 「秘密のノート」 89

    「なんだか、すっかり酔いがさめちまったぜい」名護瀬は、得意げに川村たち「盲目的オカヲタ」に近付いて行く岡島の後ろ姿を見ながら言った。「ところで、コーイチ」改まった口調で言うと、名護瀬はコーイチの方を向いた。酔いが覚めたと言うわりには、まだ目が据わっている。「な、何だ。キスはするなよ!」コーイチは後退さった。過去何度か危険な目に遭わされている。「ヴェークァ!いつオレがそんなたわけた事をしたってんだ!そんなんじゃねぇよ!」酔った名護瀬は多分記憶を無くしていたんだろう。都合のいい脳ミソだよな……コーイチは思った。「じゃ、何だよ」「あの、へんてこりん野郎の前にやったバンドがあっただろう、女性バンド。あのボーカルの人、お前と同じ課の人だよな?」「そうだよ、清水さんだ。黒魔術に凝っている、ボクの先輩だ」「紹介してくれ...コーイチ物語「秘密のノート」89

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