北の富士、玉の海、大鵬、旭國
小学生の頃、まさに“巨人・大鵬・卵焼き”だった自分から見ると、大鵬を脅かす存在となった北の富士と玉の海は敵役だった。1970年5月場所、同時に横綱となった北の富士と玉乃島改め玉の海。彼らに対して横綱としての晩年を迎えた大鵬が最後の意地を見せ、その後しばらく三つ巴の優勝争いが展開した。そして大鵬引退後に訪れた北玉時代。千秋楽の横綱同士の熱戦の後、勝敗の別なく、互いの健闘を称え合うかのようにうなずき合う2人に好感を持った。だが71年秋場所後の玉の海の急死によって北玉時代はあっけなく終わった。もし玉の海が生きていたら、北の富士の横綱としての寿命は確実に延び、2人がしのぎを削るような相撲が見られたはず。そう思うと残念でならない。北の富士といえば、72年初場所、貴ノ花の捨て身の投げに対して、北の富士がついた右手がつ...北の富士、玉の海、大鵬、旭國
2024/11/22 09:09