妻は乳がんで他界。 残り少ない余命を覚悟して、幼い娘にみそ汁の作り方を教えました。あれから14年。 妻は家族に何を遺そうとしたのか。 その思いを娘に知ってほしくてブログを開設しました。 亡き妻と僕の“心の往復書簡”。
はなちゃんのパパです。音楽とお酒が好きです。毎年、妻の追悼コンサート「いのちのうた」を主催しています。最近、ウクレレを始めました。
1件〜100件
天然素材のストールに着目 妻千恵が、ナベルビン(抗がん剤)を点滴で投与するようになって、脱毛はなくなった。 だが、毛髪は短いまま。 亡くなるまで、長く伸びることはなかった。 つらかっただろうと思うが、そのことを悔やんだり、不満を口に出すことはなかった。 夏の暑い時期、かつらは蒸れる。 そこで、千恵は夏用のストールに着目した。 リネンやオーガニックコットンなど天然素材のストールを頭に巻き、おしゃれを楽しんだ。 ストールがとても良く似合っていた(2007年夏ごろ) 千恵と暮らしていて困ったのは、夏でもエアコンを使わないことだった。 できるだけ、外の風が入るように工夫はしていたが、汗だくで仕事から戻…
レシピ本の妄想膨らむ 娘が小学生の頃、「何が食べたい?」と聞くと、いつも返事は「おにぎり」と返ってきた。 おかげで、パパは冷蔵庫の残り物で幾種ものアレンジおにぎりを作れるようになった。 ボリューム満点。娘作「肉巻きおにぎり」(2015年2月27日) 娘も、自分で工夫しながら、いろいろなおにぎりを作った。 種類は無限だ。 子ども向けのおにぎりのレシピ本なんてどうだろう。妄想が膨らむ。 出版社からのオファーがあれば、頑張ります! タイトル案は「おにぎりいろいろ」。写真撮影はパパ。腕はイマイチだが、現在所有する機材は一級品。 運動会では、紫蘇おにぎりをリクエスト(2012年9月30日) 亡き妻千恵が…
リハーサルに遅刻 2001年8月5日、僕たちは、カトリック古賀教会で結婚式を挙げた。 式当日は、トラブル続きだった。 午前中、僕はテレビのアビスパ福岡の特別番組にかじりついていて、結婚式のリハーサルに遅れてしまった。その上、自分の指にはめる結婚指輪を洗面所に置き忘れていた。普段は温厚な千恵が珍しく怒った。 「もう、何しよったとね。これ使わんね」 そう言って千恵が差し出したのは、1年前の彼女の誕生日に、僕がプレゼントした銀の手作り指輪だった。 披露宴会場は、1999年に千恵と再会して食事をした福岡県福津市の「エンゾ」。 アビスパ福岡の三浦泰年選手と久永辰徳選手が司会を務めてくれた。 僕の高校の同…
テレビドラマはフィクションです 千恵が「がんの標準治療を拒否した」と指摘されることが多々ある。 他にも「あの家族は、現代医療を否定している」という飛躍したコメントや、娘が整形手術をしている、との書き込みを見かける。 いずれも匿名。僕たち家族が、その人たちから取材をされたわけでもなければ、その人たちがどこかで裏付けをとった話でもない。 愛する娘や妻の話(事実ではない話)に及ぶと、僕も心がざわつく。 相手の土俵には乗りたくないが、それを信じたり、誤解する人も少なからずいるかもしれないので、この場を借りて事実をお伝えしたい。 *************************************…
継続は力なり どんなに些細なことであっても、 継続したこと、行動したことが結果につながると達成感がある。 お金では買えない価値がある。 もし、それが誰かに喜んでもらえたり、世の中のためになるなら、これほどの幸せはない。 気持ちいい。楽しい。 そんな暮らしを積み重ねることが、豊かな人生といえるのではないのか。 悲しみや息苦しさの克服にもつながるのではないか。 そう信じて、生き続けたい。 これまでも、これからも。 娘は、アルバイト先の寿司店「すし宗」(福岡市中央区六本松)の大将に、時々、和食の作り方を教わっている。8月6日夜、仕事の合間に自分で作った卵焼きを持ち帰ってきた。 娘が作った卵焼き(20…
神様がくれた宝物 「麹菌は、高温多湿の日本だからこそ存在する、神様がくれた宝物。だから、地元の麹菌でつくった発酵食品を食べることこそが、最も日本人の体に合っとる」 種麹屋「椛島商店』(福岡県みやま市)の故・椛島千枝子さんの言葉だ。 僕たちは、2004年から毎年夏、椛島さん家族の指導で、自家製みそを仕込んでいる。 完成した自家製みそをポリ袋に小分けし、常温で置いていると爆発する。 防腐剤入り、アルコールで発酵を止めた市販のみそと違って、生きた麹菌が詰まった「命ある」みそ、だからだ。 人間の体内で消化を助け、食物をエネルギーに変える働きを支える酵素の塊でもある。 初めて参加した「みそづくり講習会」…
心地よい二日酔い 昨夜は、福岡市のビルの屋上で暑気払い。 妻の追悼コンサート「いのちのうた」で、お世話になっている音楽仲間たちに誘われた。 僕なんかが「仲間」と言っては、厚かましいかもしれない。 知る人ぞ知るロック界のレジェンドたちである。 飲み会に誘われたということは、きっと「仲間」に入れてもらえたのだ。 そう思うことにしよう。 右から、ゆりちゃん、福嶋会長、渡辺圭一さん、梶浦雅弘さん(2022年8月5日) 指定された店は、娘がアルバイトをしている天神大丸屋上のビアガーデン。 日が沈むと、ビルの屋上は涼しい(2022年8月5日) ビアガーデンの料理は「八仙閣」の中華(2022年8月5日) 娘…
あるプロボクサーとの出会い 元プロボクサー坂本博之さんをご存知だろうか。 福岡県川崎町生まれ。 太い骨格から放たれるパワーのあるパンチで「平成のKOキング」と呼ばれた。 坂本博之さん(2006年10月19日) 物心ついたころには両親が離婚。 預けられた親類宅では食事することを許されず、川でザリガニなどを食べて飢えをしのいだ。 小学2年のとき、福岡市の児童養護施設「和白青松園」に入園、初めて三食の食事と寝る場所を与えられた。 高校卒業後、東京都内のボクシングジムに入門。過去4度、世界タイトルマッチに挑戦し、いずれも敗れたが、元WBA世界ライト級王者・畑山隆則さんとの試合ではボクシング史上に残る名…
掛け合いが心地よい 一昨日(8/2)は、鹿児島市で講演会。 暑かった。 主催のグリーンコープかごしま生協(福祉委員会)のスタッフも熱かった。 「若いころ、深夜残業が多く、食生活もめちゃくちゃで体を壊した。2008年に妻千恵をがんで亡くし、14年間、父子家庭。家事と仕事の両立に疲れ果て、体調不良もあって、2年前に新聞社を早期退社。毎朝4キロ走り、体調はすこぶる良くなったけど、想定外のコロナで収入が激減。そこで、本を執筆したり、ドキュメンタリー映画を製作するなど、好きな仕事を続けながら、支出の少ない暮らしを実践。苦しいときこそ、ご飯とみそ汁。それは、亡き妻が遺してくれた人生哲学だった」 ざっくりと…
何に不満があるんだ 大切な人がそこにいる。 生きている。 そこにいるだけでいい。 何に不満があるんだ。 それだけで十分じゃないか。 そんなことを気づかせてくれた妻のブログ。 15年前、職場でこっそり読んで、涙が止まらなかったことを思い出した。 千恵は口には出さなかったが、このブログには、「信ちゃんがつらいのも、ちゃんとわかっとるからね」という僕へのメッセージも含まれているような気がする。 そこにいるだけで良いということ(2007年7月31日) がんの患者さんや、そのご家族から相談を受ける機会が多くなった。 なぜだかは、わからない。 けれど、それが私に与えられた役割だとしたら? がんになった後、…
アイドルと歌う娘 武道の聖地、日本武道館。 剣道をやり始めた小学4年の頃から、ずっと憧れていた。 いつかはここで試合をしたい、と。 小学6年の娘は、そこがどこなのかよく分からないまま、 ジャニーズのアイドルと一緒に歌った。 うさぎおいしかのやま〜♪ 24時間テレビで「ふるさと」を歌う娘(2014年8月31日)※YouTubeをスマホで撮影 24時間テレビで「ハナミズキ」を歌う一青窈さん(2012年8月25日)※SNSのスクリーンショット 千恵は映像で一青窈さんと共演。 あんたたちツイとるね〜。 沖縄県宮古島のハンバーガーショップで(2020年12月13日) 顔にマヨがツイとる。 大切に保管して…
「心の持ちよう」もバランス重視 2007年11月、新潟大学の安保徹先生(1947年10月9日ー2016年12月6日 ※専門は免疫学 )と対談し、副交感神経優位の状態が人の体温を上昇させ、免疫アップにつながることを学んだ。 「副交感神経」は、心地良いときや笑っているとき、ストレスを感じないときに働く。 ただ、ここで意識しなければならないのは「優位」の意味。 緊張やストレスを感じるときに働く「交感神経」を完全に休ませてしまってはいけない、ということ。こちらを極端に休ませると、副交感神経が働いていても免疫力が落ちる。 「頑張りすぎず、ダラけすぎず」。この「さじ加減」が身を守る。 つまり、食べ物の栄養…
鶏のエサに“着色料”を混ぜない 本来の卵の黄身の色は「濃いオレンジ」ではなく「レモンイエロー」。 15年前、そのことを教えてくれたのは、佐賀県の養鶏家、小野寺睦さんだった。 小野寺さんの卵の黄身は「レモンイエロー」。 くさみがなく、さらっとしていて、ほのかな甘味と旨味も感じる。 ストレスのない環境の中、鶏たちが自家配合した安全なエサを食べているからだろう。 「黄身を濃いオレンジにしたければ、鶏のエサにパプリカやマリーゴールド系の粉末を混ぜればいい」と小野寺さん。「でもね、これって余計な“着色料”なんだよね」と教えてくれた。 たとえば、濃厚さを“演出”するために油かすを多めに配合するなど「エサ次…
僕が娘にしてあげられること いつも暮らしの真ん中に娘がいた。 魚釣りやアイガモの解体、シュノーケリングやスキーなど。 それらは、自分がやりたいというよりも、 娘の反応が見たかったのだ。 楽しむ娘の姿が見たかったのだ。 娘が成長した今も時々、そんな気持ちになる。 「温泉でも行こうか。奮発して由布院なんかどう?」と声を掛けるが、 「別にいいよ」と、つれない返事。 ウェイクボードに誘っても、「アルバイトが入っているからなあ。パパ、楽しんできてね」。 今の僕が、娘にしてあげられることって何だろう。 喜んでもらえることって何だろう。 しばらく考えてみた。 ・・・・・・・・・。 出てきた答えが、「子離れす…
遊びほーけております 昨日は、常福寺の堀田さんのプレジャーボートでウェイクボード。 今シーズン初滑りです。 ひゃっほー!!!! ヨットハーバー芦屋(2022年7月28日)撮影:富武健一 遊びほーけております。 夏だからね!! 友人の富武親子も参加。2人ともウェイク初体験とは思えないほど上達(2022年7月28日) 「そろそろ、ちゃんと仕事しなきゃ、ダメ人間になるよ」 と、試験勉強と自動車学校とアルバイトに忙しい娘に指摘され‥。 今日まで遊んで、明日から頑張る! と答えておきました。 以下、千恵の過去ブログ。 まるで、夫婦ともに遊びほーけているように感じられるかもしれませんが、 やるときはちゃん…
講師として招かれることも 体調が良いときの妻は、料理の研究に熱心だった。 高取保育園など数カ所で学んだ。 玄米を中心とした自然食ばかりではない。 僕の友人で、フランス料理店を経営する福山剛シェフの料理講座にも通っていた。 やりたいと思ったら、即行動。 食の知識と技の吸収は凄まじく、しばらくすると、料理の講師として招かれるようになった。 結婚前、「私、料理が苦手で」と照れ笑いを浮かべていた人物とは思えなかった。 千恵がブログにつづっているマクロビの店「vege garden」には、食事に行った記憶がない。 僕が日頃、「肉を腹いっぱい食わせろ〜」と叫んでいたからだろうか。 ずいぶん、時は過ぎてしま…
親の心を見つめている 僕は、幼かった娘に何度救われたことか。 自分を取り戻さなければ、と思った。 妻も幾度となく、娘の言動に力をもらった、とブログにつづっている。 子どもは、いつも、親の心を見つめている。 そして、やさしい。 そんなことを感じさせてくれた15年前の夏。 ムスメの絵 〜カラーセラピー〜(2007年7月21日) カラーセラピーの解説を読んでいたら、ふと、この絵が目に留まった。 (2007年7月4日) 今年の保育園での「母の日」のプレゼントとして、ムスメからもらったものだ。 正直、びっくりした。 「何でママは泣いてるわけ?」 と聞いてはみたけど、ちゃんとした回答は得られなかった。 で…
菊池養生園診療所 2007年7月10日、菊池養生園診療所(熊本県菊池市)の竹熊宜孝先生に会いに行った。 竹熊先生は、1975年から同診療所長を務め、医療と食と農を結ぶ「土からの医療」を推進してきた。「百姓医師」を自称し、医師として診療所で働きながら近くの「養生農園」で無農薬、有機農業を実践。「医は食に、食は農に、農は自然に学べ」を信条としている。 千恵が会うことを切望していた医師だった。 竹熊先生は、僕たちを歓迎してくれた。 千恵とは、以前から知り合いだったかのように話が弾んだ。 後で知ったのだが、竹熊先生の生年月日は、昭和9年7月11日。 千恵の命日は、平成20年7月11日。 不思議な縁を感…
いつの間にか、字が書けるように 読み書きを覚えるアップル製のパソコンソフトを娘に買ってきたことあった。 烈火の如く、妻に叱られた。 「はなには絵本とスケッチブックがあればいい。そういうものは目が悪くなるし、今は必要ない」 普段、何を言っても「いいよ〜」と受け止めてくれる妻が、この時だけは別人のようだった。 僕は、そのソフトをアップルストアに返品した。 お絵描き大好き(2007年2月25日) 手紙も書き写していた。不思議な文字(2007年7月) パソコンソフトを返品した1年後の2008年7月、妻は他界。 5歳の娘は、字が書けるようになっていた。 以下、本日紹介する千恵のブログ。 塗り絵は、妻と娘…
二日酔いの朝 昨夜、同郷の友人たちと飲んだ。 「結婚に興味がない男」と「息子を勘当した男」と「妻を亡くした男」の3人。 声をかければ、だいたい1時間以内に集合できるのが、俺たちの強みだ。 テーマは、広島お好み焼きで一致した。 それならば、鉄板焼きの店「童童(わらべ)」一択。 しかし、店主の遠藤さんに連絡を入れたところ、あいにくの臨時休業だった。 「童童」を超える広島お好み焼きの店は、福岡では見当たらない。 途方に暮れていると、 飲食店に詳しい「結婚に興味のない男」が、別の鉄板焼きの店に連れて行ってくれた。 広島お好み焼き(2022年7月23日) かぶりついて、口の中をやけどした。学習能力がない…
何げない日常を記録 娘には感性豊かな人になってほしい。 食べ物の向こう側に思いを馳せられる人に。 「家の光」取材で(2012年10月14日) 以下、本日紹介する千恵のブログ。 幼い娘の姿が目に浮かぶ。 忘れてしまいがちな遠い過去の些細な出来事。 何げない日常を記録できるブログって、ありがたい。 ブラックベリーのジャム(2007年7月16日) お庭になっていたベリーをジャムにしたものをいただきました。 「毎日採ってもあふれんばかりになっているのよ~」 わざわざ、てんさい糖で作ってくださったようです。 採ったベリーを鍋に入れ、てんさい糖を入れてひたすらかき混ぜました、とのことでした。 一口味見。 …
夏は枝豆しか勝たん 枝豆が旬を迎えた。 わが家の枝豆の食べ方はシンプルな塩ゆで。 口の中で広がる甘みと香り。 毎日食べても飽きない。 まずは、スーパーで枝つきの枝豆を買ってくる(←鮮度が重要)。 枝豆を枝から落とす。 このとき、さやの両端を切り落としておく(←ここ大事)。 枝豆(約400g)を流水で洗った後、大さじ1杯の塩でもむ。 沸騰したお湯に大さじ3杯の塩と枝豆(塩もみした後、洗わずそのまま)を入れ、中火で4〜5分ゆでる。 枝豆をザルにあげ、お湯を切って、皿に盛る。 キンキンに冷えたビールをグラスに注ぐ(←めちゃくちゃ大事)。 以上、正しい夏の過ごし方でした。 太郎さんの器に盛った枝豆。ビ…
「負けてたまるか」 本日紹介する千恵のブログは、乳がん治療の話。 がん患者、その家族に向けた発信だったに違いない。 締めくくりは、お約束の笑いネタ。 ふざけているように感じる人もいるだろうが、 僕には、「負けてたまるか」という妻の強い意志が伝わってくる。 抗がん剤の副作用を解説した印刷物を手にする千恵(2007年9月28日) ※以下、2007年当時の情報です。 ちょっとやられてます 〜ナベルビン投与開始〜(2007年7月9日) 予防の意味でのナベルビンの投与を、先週金曜日より開始しました。 ここ数日、副作用でちょっとやられていますが、ぼちぼち元気にやっています。抗がん剤は、どの薬も「耐性」とい…
「ダンスがじょうずになりたい」 娘の趣味はダンス。 料理を作りながらダンスを踊り、試験勉強の息抜きにダンスを踊る。 日常がダンス。 「目の前に何万人いようが(そんな経験はないけど)緊張せずに踊れる」らしい。 福岡市役所前のイベントで飛び入り即興ダンス。右から2人目が娘(2013年11月23日) 先日、部屋を片付けていたら、娘が小学生のころに書いた短冊が出てきた。 短冊に書かれた娘の夢 www.youtube.com 友人家族とのバーベキューの後、踊り始める娘たち(2022年3月21日) 自分なりに子育てを頑張ったつもりだけど、 千恵から引き継いだクラシックもピアノも続かなかった。 多分、僕に厳…
家族で「目マン」 昨春の断捨離で、どうしても処分できなかった千恵のフード付きパーカー。 暇だったので、着てみた。 カメラめまん(パパ) ギターめまん(ママ) むすめまん(はな) 昨今のSNSは、誹謗中傷の雨あられ。 でも、このような使い方ならば、誰も傷つけないし、がん細胞やウイルス感染細胞などを見つけ次第攻撃するNK(ナチュラル・キラー)細胞の活性化にもつながると思う。 元気を分かち合える交流の場。そんなブログを目指したい。 ************************************* 以下、どこのどなたなのか存じ上げませんが、 15年前、闘病中の千恵に付き合ってくれて、ありがと…
14年間の「子育て報告書」 残り少ない寿命を覚悟した千恵にとって、 幼い娘に、みそ汁作りを教えることは重要だった。 妻の墓前で祈る娘(2022年7月11日)※放送は7月13日 自分がいなくなった後、残された家族がどう生きるか、ということも、千恵にとっては重要だったのではないだろうか。 「はなちゃんのみそ汁青春篇」と花を墓前に供えた(2022年7月11日) いろんなことがあったけど、なんとか無事にここまでやってきた。 「青春篇」は14年間の「子育て報告書」(2022年) 14年目の命日、墓前で報告できたのがうれしい。 ごはん(玄米)とみそ汁(2022年) 苦しいときこそ、ごはんとみそ汁。 どんな…
わが家のラーメンどんぶり 福岡では知らない人がいないほど有名なラーメン店「元祖長浜屋」。 長浜ラーメン系ではもっとも古い。※「長浜家」は後発組 予備校「水城学園」に通っていた時代、随分お世話になった。 朝から、バリカタで替玉2回。青春の味だ。 社会人になり、ひょんなことから、元祖の先代社長、榊原きよ子さんの聞き書き編集を担当することになった。 2005年1月、完成した単行本を榊原さんに届けると「あんたにお礼がしたい。なんぼ払えばいいか」。 会社の仕事だ。個人的に現金をもらうわけにはいかない。 僕は「その代わり、元祖のどんぶりをください」と答えた。 榊原さんは「そんなもんでええんか」と、12個く…
けんぶち絵本の里大賞 ここは、北海道の旭山動物園。 旭山動物園の白樺を背景に(2017年2月18日) 娘は幼い頃から、ペンギンが大好き。 2017年2月18日、旭山動物園で対面することができました。 旭山動物園の冬の風物詩「ペンギンの散歩」(2017年2月18日) 翌19日は「第26回けんぶち絵本の里大賞」の表彰式。 漫画家魚戸おさむさんとの共著「絵本 はなちゃんのみそ汁」(講談社)が「びばからす賞」に選ばれました。 第26回けんぶち絵本の里大賞|2016年のニュース(国内)|子どもと本に関するニュース|子どもの読書に関する情報提供|子どもの読書活動推進|国立国会図書館国際子ども図書館 左は絵…
「いのちのうた」に向けて練習再開 2007年春、闘病中の千恵が「私、歌いたい」と言った。 「食」と同じくらい大切にした「音楽」。 千恵は、自分が舞台で歌う姿を娘の目に焼き付けておきたかったのだ。 僕は、住吉神社能楽殿を押さえた。 第2回「いのちのうた」(2007年10月20日、福岡市・住吉神社能楽殿)の開催が決まった。 千恵は本番に向けて、ピアノと歌の練習を再開した。 ピアノを弾く千恵とはな(2007年10月3日) 千恵の隣には、いつも、はながいた。 「ママみたいに歌う人になりたい」と、はなが言い始めたのは、この頃だった。 千恵の手元を見つめるはな(2007年10月3日) 千恵の書棚を整理して…
父と娘14年の歩み 昨日は、FBS福岡放送の特集「キャッチ」を見た人たちから、たくさんの感想やメッセージが寄せられました。ありがとうございました。 ゆっくり、全てのメッセージに目を通します。 必ず返信しますので、少々お待ちください。 FBSの情報番組「めんたいワイド」の公式ホームページ(2022年7月13日) 今回、僕たち親子を取材してくれたのは、12年間の付き合いがあるFBS福岡放送のディレクターです。彼は言葉の引き出し方が巧みで、僕も彼が何をどう伝えたいのかが手に取るようにわかる。撮影は1カ月の長丁場でしたが、ストレスをまったく感じることなく、あうんの呼吸で進めることができたように思います…
ドキュメンタリー番組「はなちゃん大学生に 今亡き母と父との思い」
本日17時20分ごろ福岡放送で 約1カ月間の取材、撮影が終わった。 朝刊(7/13)テレビ欄に「はなちゃん大学生に今亡き母と父との思い」。 本日、FBS福岡放送の情報番組「めんたいワイド」で放送される。 以下の画像は、撮影場面。 枕崎水産加工業協同組合の枕崎鰹節大使に就任(2022年6月11日) 六本松蔦屋書店で「死別」「悲しみ」をテーマに語り合いイベント(2022年6月5日) 福岡市中央区六本松の寿司店「すし宗」でアルバイト(2022年6月18日) 佐世保市で「かつお節削りワークショップ」(2022年7月3日) 命日に墓参り(2022年7月11日) よく、頑張ったね。 放送時間は17時20分…
墓参り後、お好み焼き 昨日(7月11日)は、千恵の命日。 娘と墓参りに行ってきた。 例年ならば、梅雨の時期だが、千恵が眠る糸島市の墓地は真夏日の暑さ。 じっとしていても、汗が噴き出す。 墓石に水をかけると、あっという間に蒸発した。 博多では、「山笠が終わると夏がやってくる」と言われている。 あくまでも統計上だが、7月15日早朝の追い山が梅雨明けの合図でもあった。 ところが、今年の九州北部は、6月28日に梅雨明け。早々に夏本番を迎えた。 梅雨時期の降水量が少なかったことから、水不足が懸念されるが、心配はそれだけではない。 気象庁の長期予報によると、今年の7月から9月は、全国的に平均気温が高いとみ…
朝のルーティン 午前5時半起床。 週の始まり月曜日は「弁当の日」。 1週間、がんばろ〜 夏だ〜 娘の玄米弁当作って〜 最近、雲仙ハムにハマって肉多め。酸性過多弁当。ゆで卵に塩少々のひと手間が愛。 みそ汁盛りすぎ〜 昆布といりこの出汁。ナスとジャガイモにゴボウと少しの豚バラ肉を入れ、コクがアップ。 チーズオムレツうますぎ〜 前夜の残りの牛タンを具材に混ぜたら、高級ホテルの朝食になった。 植物に水撒いて〜(手前から、桃、ローズマリー、ガジュマル、レモン、もみじ) 昨年、鉢植えした桃とレモン。実がなるのが待ち遠しい。 ことしのキュウリは暴風の影響で全滅してしまった。 以下、本日紹介する千恵さんのブロ…
原点回帰 新しく開設したブログを書き始めて、まもなく4カ月がたつ。 毎朝、妻の過去ブログ(早寝早起き玄米生活)を読みながら書いているのだが、最近、わが家の食生活が変わり始めたことに気づいた。 原点回帰と言うべきか。 妻がブログに残したレシピがそうさせた。 主食は玄米。具沢山のみそ汁を朝夕作り、糠床を1日2回かき回す。 弁当作りも復活した。 弁当作りは趣味。勢い余って、娘の友達の分まで作ってしまう 夜のアルバイトやダンスの練習、大学の授業に忙しい娘も「今年の夏は暑いし、毎日へとへとだけど、なんとか乗り切れそう。やっぱ、食事だね」と話す。 思えば、随分と手を抜いていた。 会社員時代は、週の半分近く…
明日は選挙、心に留めておくべきこと 長年勤めた会社を早期退職してまで製作に打ち込んだドキュメンタリー映画「弁当の日」。 その映画のクラウドファンディングで、安部元総理の妻昭恵さんが寄付をしてくれた。 同姓同名の別人かもしれない。 そう思って、登録されている住所を確認したところ、ご本人だった。 でもなぜ、元総理の妻が、この映画作りに力を貸してくれたのか。 どこで、誰がつないでくれたのか。 クラファンの返礼品「子どもが作る弁当の日」(文藝春秋)に目を通してくれたのだろうか。 それらは、確認のしようがないが、会ったこともない人が、僕の仕事に共感の意を示してくれたことは、素直にうれしかった。 そして、…
「やってよかったね」 はな先生の『かつお節削り』ワークショップが、長崎県佐世保市の広田地区公民館で開かれました。地元の市民グループ「たねまきこびと」の母親たちが、ドキュメンタリー映画「弁当の日」の自主上映会を企画。メンバーには、映画に登場する「のぶくん」のお母さんもいます。「かつお節削り」は、上映会の付帯イベントとして行われ、「枕崎鰹節大使」のはなが講師を務めました。 本来は、昨年6月に開催の予定でしたが、新型コロナの影響で2度延期。その都度、主催者の母親たちは、会場をキャンセル。申し込んだ人たちにもお詫びを伝えなければなりません。度重なるアクシデントに心が折れそうになったことと思いますが、何…
生き抜く力 2007年、タレントの山田邦子さんが乳がんに罹った。 いつの時代も、テレビタレントのがん告白は、衝撃的にニュースに取り上げられるものだが、邦ちゃんは、2020年には芸能人生活40年を迎え、今もYouTubeなどで元気な姿を見せてくれている。 手術、治療と経過観察を含めて15年。もちろん、油断はできないが、現代医療の進歩を考えると、セーフティーゾーンに入っているのではないかと思う。 アンパンマンに抱かれた娘(2007年6月9日)※本文と写真は関係ありません 医療関係者によると、20年以上前では一度転移再発した乳がんは助からないのが現実だったが、最近では治療法さえ合えば転移再発しても1…
遊び心のある大人 7月4日のブログ「ミッちゃんからの贈り物」を読んだ人たちから、たくさんのコメントをいただいた。その中で、1人だけ「目マン」に変身した人がいた。 届いた自撮りの画像を見て、噴き出してしまった。 フードの紐が涙のように見えるから「涙目マン」。 偶然かもしれないが、センスが光る。 くだらないが、ユーモアがある。 この人には、「最優秀目マン賞」として、枕崎の最高級かつお節(削り節)を差し上げることにした。 遊び心のある大人って、素敵だ。 「涙目マン」の正体は、常福寺住職の堀田さん。ウェイクボード仲間(2022年7月4日) 先日のブログはこちら。 hanamisosoup.com うれ…
食を通じた「生教育」を語る助産師 亡き妻千恵が大切にした「食べることは生きること」。 この言葉の意味を教えてくれたのは、福岡県行橋市の内田美智子先生だ。 食を通じた「生教育」の語り手でもある。 千恵は、内田先生を姉のように慕い、母のように頼りにしていた。 はなと内田美智子先生。北九州市であった内田先生の講演会で(2008年2月14日) 内田先生の著書「ここ」の表紙カバーのイラストは、娘のはなが4歳のころに描いた家族の絵。左がパパ、右はママ。真ん中の娘は手を上げて喜んでいる。頭から出ている芽は「いのち」を表現。千恵はこのイラストをとても気に入っていた。 段ボールの造作物は、千恵の手作り。 201…
お笑いで免疫力アップ 昨日の続き。 千恵がパーカーを着てやってみたかったこと。 それは‥ 目マン(めまん) 清水ミチコさんが発表したパフォーマンス、というか瞬間芸のようなもの。 以下のような手順で、誰でもできる。 パーカーを着る ファスナーを閉じ、フードをかぶる フードの紐をいっぱいに引き絞る 閉じられたフードの隙間の穴から片目で覗いている、という状態である。 ※はてなブログ「言葉の解説」より。 以下、パーカーを手に入れ、「目マン」をやり遂げた妻。 免疫力がアップしたそうです(笑) 念願の 〜目マン〜(2007年6月23日) 私の免疫療法の一つに、「笑い」という項目があります。 今回なりたかっ…
スウェットのパーカー 滅多にモノを欲しがらない千恵が、すごく欲しがっていたモノがある。 スウェットのパーカー(フード付きトレーナー)。 わかる人には、わかる。 ヒントはこの人(右から2人目)。 いのちのうたin熊本(2019年12月29日) 本日紹介する千恵のブログは、その前振り。 欲しいもの(2007年6月21日) 今、一番欲しいモノ。 スウェットのパーカー。 昨日から、そのパーカーであることがしたくてたまらないのである。 買いに行こうかな・・・。 追記 近日公開!!(焦らしてごめんなさい) (function(b,c,f,g,a,d,e){b.MoshimoAffiliateObject=…
ジャーナリストの本に影響 千恵は、千葉敦子さん(1940年ー1987年)の本を何冊も読んでいた。 千葉さんは、元新聞記者でジャーナリスト、ノンフィクションライター。 1981年に乳がん手術と乳房再建手術を受け、その後、再発。 死に至るまで、自らのがん闘病記を出版し続けた。 後遺症でむくんだ手。千恵は大好きだった三線が弾けなくなった(2007年6月12日) 乳がん手術後の後遺症として知られるリンパ浮腫。 本日紹介する千恵のブログは、リンパ浮腫を発症した腕と手を公開している。 千葉さんの本を読み、自分にもできることがある、と思ったのかもしれない。 注:以下は、2007年当時の情報です。 リンパ浮腫…
ママが伝えようとした生き方 ※「はなちゃんのみそ汁 青春篇」から抜粋。 パパは、2020年3月末で32年間勤めた西日本新聞社を早期退職しました。 その直後、新型コロナによる緊急事態宣言が発令され、私たちは自宅での自粛生活を余儀なくされました。 収入が減ったわが家は、支出の少ない暮らしに切り替えました。 苦しい時こそ、みそと玄米があれば、だいたい生きていけるのです。 1食分の食材を200円以内で収めたり、断捨離をしたり、水筒にお茶を入れたり。 キュウリやミョウガなどの野菜を自家栽培し、マスクが不足すれば自分で作りました。 物質的な豊かさよりも心の豊かさが大切であること。 過剰な消費に疑問を投げか…
夕暮れにバーベキュー なんでも「会」をつけると楽しくなる。 「〇〇の会」みたいに。 昨日は、「せせりの会」をやろうよ、という娘の発案でバーベキュー。 娘の高校時代の友人、しおりちゃんも誘った。 せせりが、いつもの3倍ほどうまかった。 せせりとは鶏の首周りの肉。 鶏は首をよく動かすので、せせりは肉が引き締まっていて弾力がある。 噛みしめれば、ほどよい弾力と脂の旨味が口に広がる。 娘は、せせりが大好物。 5歳ぐらいの頃から、焼き鳥屋に連れて行くと、「せせりを塩で」と注文していた。 わが家のバーベキューでは、定番メニューのひとつだ。 妻が生きていたら、きっと「カボチャの会」をやろうよ、と言ったに違い…
細胞復活の兆し がん転移後の抗がん剤。 やはり、副作用には苦しんだが、ゆっくりと確実に、千恵の髪の毛は生えてきた。 髪の毛が生えるということは、壊れた細胞が正常に戻り始めているということ。 発毛は、生きる希望だった。 ※本文と写真は関係ありません。 「ペコロスの母に会いに行く」の著者で漫画家の岡野雄一さん(左)と一緒に。西日本新聞・くらし文化部の忘年会で(2016年12月1日) それとこれとは別問題。岡野さんは、僕の生きる希望。どうか、誤解のないように。 以下、本日紹介する千恵のブログは、「毛が生えてきて、よかったね」という話。 市川團十郎から海老蔵へ(2007年6月9日) 昨日、久しぶりにま…
発酵食と食物繊維 妻は、免疫⼒を高めるために、腸内環境を整える食事にこだわった。 いわゆる「腸活」。 食卓には、善玉菌を含む発酵食と、食物繊維が豊富な食材を使った料理が並んだ。 定番メニューが、玄米とみそ汁、納豆と糠漬け、そして、レンコン料理だった。 レンコンは、善玉菌のエサとなる水溶性食物繊維と便秘に効果がある不溶性食物繊維が絶妙のバランスで含まれており、炒めても揚げても、おいしい野菜。 娘の弁当には、いつも、玄米とレンコン料理が入っていた。 妻が作った娘の弁当 焼きレンコン レンコンのきんぴら 煮物 以下、本日紹介する千恵のブログ。 レンコンは、日常の料理だけでなく、弱った肺や気管支に効く…
しっかり、生きよう 今朝、千恵のブログを読みながら思った。 2007年の夏が、彼女にとって、人生最後の梅干し作りだったんだなあ、と。 この14年間、考えたこともなかった。 人生、何が起こるかなんて、誰にも分からない。 ひょっとしたら、今年の夏が人生最後のウエイクボードになるかもしれない。 人生最後の講演になるかもしれない。 人生最後の「いのちのうた」になるかもしれない。 人生最後のクリスマスになるかもしれない。 人生最後の家族旅行になるかもしれない。 大切な気づきをありがとう。 しっかり、生きよう。 生ききろう。 別府のホテルに泊まった最後の家族旅行。リンパ浮腫の左腕を気にしていた(2007年…
なぜ、梅干しを漬けようと思ったのか ※以下、「はなちゃん12歳の台所」(家の光協会)より抜粋。 2015年の夏、パパと2人で初めての梅仕事をやり遂げた。 納戸からザルや甕などの道具を引っ張り出し、知り合いの農家に分けてもらった南高梅6キロを漬けた。着色に、プランターで育てた赤じそを使った。 肉厚で塩の加減は、ちょうどいい感じ。初めてにしては、まあまあの出来だと思う。 どうして、わたしが梅干しを漬けようと思ったのか。 今、自宅に残っている梅は、ママが2005年から2007年までの3年間で大量に漬けておいたもの。大事に食べていたが、残り少なくなった。全部食べ切ってしまうのが、なんだか切なくなったの…
わが家のベランダ菜園 15年前から、毎年、ベランダでの野菜作りを続けている。 最初の頃は失敗ばかりだった。 感染症対策で、人混みを避けていた千恵にとって、野菜作りは生きがいでもあった。 そんな彼女を僕の不注意で不機嫌にさせてしまったことがある。 今となっては、笑い話だが‥。 キュウリの芽。小さな命(2021年5月19日) 以下、本日紹介する千恵のブログ。 許しておくれ。 ショックなできごと(2007年6月9日) 今日の梅みそさん。 ちょっと梅酢があがっています。よしよし 今朝、ショックなできごとがありました。かぼちゃの成長記録を取っており、写真も撮りだめし、そろそろ順番にアップしようかと準備し…
命日に一粒 千恵は毎年6月に梅仕事をしていた。 梅酒、梅みそ、梅干し‥。 彼女が作った梅干しは、今もまだ、びんの中に残っている。 もったいなくて、食べられない。 年に一度。 7月11日の命日に、娘と一粒ずつ食べようと思う。 梅干しは長期間、保存できるからありがたい。 梅を収穫する娘。妻亡き後も、わが家での梅仕事は続いている(2015年5月24日) 以下は本日紹介する妻のブログ。 高取保育園との出合いが、僕たち家族の暮らしを変えてくれた。 西福江園長(当時)、保育士のみなさんに、あらためて感謝。 梅みそ 〜写真つきレシピ公開〜(2007年6月8日) 高取保育園に、とある農家さんからぴっかぴかの無…
丸刈りに近い短髪 2000年夏から冬にかけて、千恵は、抗がん剤の副作用に苦しんだ。 吐き気、味覚障害、発熱、下痢‥。 髪の毛も全部抜けた。 2001年春、職場に復帰。 かつらは必需品だった。 同年8月5日、古賀カトリック教会で、僕たちは結婚式を挙げた。 そのころから「暑い」と言って、かつらを着けなくなった。 丸刈りに近い短髪だった。 でも、よく似合っていた。 ウエディングブーケを背後に投げる千恵。短髪がトレードマークだった(2001年8月5日) 頭髪以外の毛が抜けた時期も長かった。 まつ毛、鼻毛などが抜けると健康に害を及ぼす。 千恵は、経験上、そのことを知っていた。 まつ毛や鼻毛が生え始めると…
社会を見る目 自家製みそ作り、腸活、ファスティング、ダンボールコンポスト、生ごみリサイクル、持続可能な暮らし‥。 闘病中の千恵が、生活に定着させようとしていた取り組みだ。 今でこそ、よく耳にするが、15年前は世間の会話にこれらのワードが登場することは、ほとんどなかった。 先日、娘が、千恵のブログを振り返りながら、つぶやいた。 「ママは、15年先を走ってたんやね」 妻は自分のことを「のんびり歩む亀」に例えていたが、社会を見る目は間違ってなかったように思う。 生ごみ堆肥で育ったミニトマト(2008年6月27日) 以下、本日紹介する千恵のブログは「授粉」の話。 ・受粉:おしべの花粉が自然にめしべに付…
姉妹のような2人 千恵に出会う数年前、友達になったヨム・ウンジュさん。 福岡教育大学の留学生だった。 当時、ヨムさんは20代。 僕は、30代前半だった。 いろいろと悩みを相談し合った。 なぜか、思い出すのは、夜、海沿いのコンビニで買ったソフトクリームを一緒に食べたこと。それと、ヨムさんが作ってくれた韓国料理。チヂミと豚バラの激辛鍋が最高にうまかった。 千恵を紹介すると、2人はすぐに仲良くなった。 まるで、姉妹のようだった。 ヨムさんは今、夫のポールとカナダで暮らしている。 もう、何年も会ってない。 遊びにおいで。福岡に。 話したいことがいっぱいある。 娘は、千恵にそっくりだよ。 顔つきも、性格…
丸ごといただく「全体食」 ※本日の「はなみそ番外篇」は娘が担当します。 私が小学生の頃、父が仕事で遠方に出張する際には、福岡県宮若市に住む祖母が手料理持参で泊まりに来てくれました。 「千恵さんも好きやったとよ。ばあばが作り方を教えたっちゃけん」。そう言って、祖母が食べさせてくれたのは、レンコンとイリコのきんぴら。私も作り方を教えてもらいました。 レンコンは薄く切り、イリコは丸ごと。多めのごま油で炒めながら、砂糖、しょうゆ、みりんなどで味付けし、いりごまを散らせば完成です。ポイントは、イリコを炒める前にからいりしておくこと。そうすることで魚特有の生臭さが消え、香ばしく仕上がります。 亡き母が残し…
骨転移とリンパ浮腫 15年前のちょうど今頃だった。 がんによる体への悪影響が出始めた。 骨転移による痛み、そして腕と手がパンパンに腫れるリンパ浮腫。 はなは千恵の不調に気づいたのか。 わがままを言わなくなった。 人形を寝かせ、ひとりでお母さんごっこ 妻が4歳の娘を撮影(2007年6月1日) 以下は、本日紹介する千恵のブログ。 「ママ、抱っこ」と言わなくなった娘の話。 骨の痛みに対する考え方(2007年6月1日) 骨にちょこちょこ痛みを感じる時がある。 でも、継続はしない。 痛い日があったり、翌日はなかったり、続いていたり。 「ちょっと気になるな~」と思っていたら、翌日は消えていたり。 私には骨…
想像力のある人に 結婚前の千恵の印象は、天然で鈍感でのんびり。 天然でのんびりは当たっていたが、鈍感ではなかった。 鈍感どころか、物事をいろんな角度から見ることができる豊かな感性を持っていた。 注:鈍感が悪いわけではない。鈍感であることが良い場合もある。 闘病中の妻が、幼い娘を台所に立たせたのも「感性豊かに育てたい」との思いからだろう。 感性豊かな人は、想像力にあふれている。 では、想像力のある人の特徴とは何か。 人の気持ちがわかる。 物事を多角的に見ることができる。 固定観念にとらわれず、柔軟に物事を考える。 目には見えないものを感じ取る。 共感力があり、寄り添うことができる。 心の琴線が鋭…
しっかり生きろ、俺 亡き妻千恵は、自分の生い立ちなどついて、滅多に話さなかったが、彼女のブログを通して、どのような環境で育ったかが見えてくるときがある。 本日紹介する千恵のブログは、怒りを爆発させた前回の続き。 自分の心と向き合い、自分の考えや言動について省み、書き足したのだろう。 今度は、僕(読み手)が、「しっかり、生きろ」と妻にカツを入れられているような気になる。 思うことありけり(2007年5月28日) 今日怒りをぶつけたかった方は、お友達ではありません。知り合いでもありません。 例えるならば、歩いていたら肩と肩がちょっとぶつかった、スーパーですれ違った。 ネットサーフィンしていたら、た…
千恵からのメッセージ 今年2月、亡き妻千恵の親友、稲森奈津子さんから手紙が届いた。 「はなみそ青春篇」を読んだ感想と、はなの誕生日を祝う内容。手紙の最後には、千恵のブログ(2007年5月28日の日記)が貼り付けてあった。 末尾には、こう書かれていた。 最後に一つ。1月末にちょっと驚くようなことが起きたので、それだけお伝えします。 たまに使用するPCのメール下書き欄に、1通のメールが急にポン!と出てきて「あれ? ここになんか残してたっけ?」とクリックしたら、下記のような内容が貼り付けてありました。 下書きタイトルは「千恵からのメッセージ」。 流石にびっくりして、内容を読んでみたら、確かに10年以…
食卓を囲めるのは朝だけ 娘は、来年2月20日に20歳になる。 昨年、第一志望の大学に合格し、そこが自宅から徒歩で通える距離にあるので、今は同居しているが、近い将来、たぶん結婚し、家を出る。 そして、親になるだろう。 僕が彼女の親として伝えたいことを伝える時間は、そう多く残されていない。 語り合う時間がもっとほしい。だが、娘は忙しい。 大学の授業に課題、自動車学校、連日夜のアルバイト‥。 親子一緒に食卓を囲めるのは朝だけ。 朝も、最近、別々に食事をする日が増えてきた。 忙しく過ごすのは、考えがあってのこと。 娘の人生だ。否定はしない。覚悟もしていた。 そこで、僕はブログ「はなみそ番外篇」を始めた…
ダンボールコンポスト 宗像市に住んでいた頃、取材で知ったダンボールコンポスト。 使い始めて22年になる。 台所の生ごみなら、何を入れてもいい。 よくかき混ぜると、微生物の動きが活発になり、温度が急上昇。 冬場は湯気が出るほどだ。 魚の内臓など生ごみに動物性タンパク質が多い日は、50度を超えるときもある。 家庭ごみの量が半分以下に減り、においも気にならない。 いいことは、それだけではない。 分解が終わった生ごみはたい肥として使えるのだ。 プランターの土に混ぜると、植物も元気になる。 ほっかほかのダンボールコンポストに両手を突っ込む娘(2016年11月24日) www.jun-namaken.co…
ディープな飲み会の翌朝 週の始まり月曜日。娘の弁当を作る日だ。 昨日の飲み会があまりにもディープだったので、今朝は寝坊してしまった。 卵焼きとセセリを焼いて、昨日、のりちゃんにもらったトウモロコシご飯を詰め込んだら完成。うっかり、ブロッコリーとミニトマトを切らしていた。 見栄えが悪いけど、まあ、いいか。 ついでに、自分の弁当も作った。 昨日のディープな飲み会。ゲストの歯科医師と抱擁、ウエルカム〜(2022年6月12日) 宴のはじまり。娘が世話になっている「すし宗」の握り寿司(2022年6月12日) 宴のあと。気持ち良さそうに寝ているのはイタリアンの巨匠の妻(2022年6月12日) 月曜日は「弁…
腸活に、おすすめの一品 少食になった。 午前中に4キロ走るので、朝はたくさん食べられない。 玄米とみそ汁と糠漬けがあれば、じゅうぶんだ。 それに納豆と小魚をつければ完ぺき。 よく噛んで食べる。ご飯が、おいしい。 みそ汁には「菌ちゃんげんきっこ」を入れる。 「大地といのちの会」(長崎県佐世保市)の吉田俊道さんが発案したふりかけ。 原材料は、キクイモ、小松菜、高菜、ニンジン、白菜、チンゲン菜、ほうれん草、イリコ、トビウオ、昆布、シイタケ、自然海塩。海のミネラルと野菜の菌ちゃんパワーが濃縮。微妙栄養素がたっぷり。腸活にも、もってこいの一品だ。 吉田さんは農家であり、発明家でもある。 ノーベル賞を差し…
ウクレレ、はじめました〜♪ 亡き妻千恵に音楽の楽しさを教わった。 音楽に無縁だった僕が、ギターを弾き、ドラムを叩き、最近では人前でサックスを吹いている。めちゃくちゃ下手だが、めちゃくちゃ楽しい。 そして、もうひとつ、楽器が加わった。 昨年、ギタリストのペペさんにベーシストの児玉康成さんを紹介してもらった。 児玉さんは絶対音感の持ち主で、曲を聴けば即座に音符が頭に浮かぶらしい。彼には、音楽イベント「いのちのうた」で「みそ汁ホーンズ」が演奏する曲を譜面に起こしてもらっている。 先日、児玉さんと食事をしている際に、ウクレレの話題になった。 「空前のムーブメントが起きている」と児玉さん。 特に、中高年…
謙虚に慎ましく生きる 昨日、2カ月ぶりに実家の宮若市に帰省した。 実家に向かう途中、脇田温泉の近くにある農産物直売所「ドリームホープ若宮」に寄った。 今は、真竹が旬。タケノコよりも小ぶりで柔らかい。 タケノコがもうすっかり竹になった梅雨前ぐらいに出てくる。 ドリームホープ若宮では、ゆでた真竹が300グラム150円で販売されていた。 めちゃくちゃ安い。 真竹(2袋)と激辛キムチ(5袋)と塩麹にんにく(1瓶)と辛子明太子(1パック)を買った。ほとんどが、地元農家の手作りだ。 ドリームホープ若宮で購入した農産物 実家に帰ると、母が「あんたが好いとるけん、作っとったばい」。 母から手渡されたタッパーの…
亡き妻との思い出の味 昨夜、娘のリクエストで屋台に行った。 福岡三越の前にある屋台「味府」。 餃子とラーメンがうまい。 記者時代、大将には随分、お世話になった。 その大将も病で亡くなり、今は奥さんが店主として「味府」を守っている。 娘にとっては、この日が屋台デビューだった。 亡き妻千恵も、僕と一緒に何度も訪れた「味府」。 実は、しばらくこの店を訪れることができなかった。 つらくて無理だった。 再訪したのは、つい最近のことだ。 「はなちゃん、いらっしゃい。長いこと、待っとったよ。おばちゃんはね、あんたのこと、よう知っとるとよ。さあ、何にするね。何でもおいしかよ」 店主の言葉に、緊張気味だった娘の…
シングルママさん、ごめんなさい 昨日は、福岡市市民福祉プラザ「ふくふくホール」で講演をした。 演題は「はなちゃんのみそ汁 大切な人を亡くした後、どう生きますか」。 いつもの「食育」とは違って「グリーフ」がテーマだった。 話す内容をがらっと変え、千恵の闘病の話からスタートした。 「もう大丈夫」と高を括っていたのが間違いだった。 思いのほか、つらかった。 千恵の日記を読みながら、嗚咽しそうになり、前半から何度も中断。 しかも、「ふくふくホール」は、2008年2月20日の「ふれあいコンサート」で千恵が亡くなる5カ月前に歌った会場だった。映画「はなちゃんのみそ汁」で千恵役の広末涼子さんが主題歌の「満点…
下ネタのようで実は副作用の話 今朝は二日酔い。 右ふくらはぎがつって、目が覚めた。 白湯を飲みながら、力無く、パソコンに文字を入力している。 髪はボサボサ。目はしょぼしょぼ。 「じーさんになったねえ」と、亡き妻千恵の声が聞こえてきそうだ。 さて、 昨日のブログのテーマは「悲しみ」にどう向き合うか。 今日は、下ネタに近い「笑い」。 その落差に戸惑う読者の方もいらっしゃると思うが、どうか、お許しを。 反応が怖いので、投稿後は二度寝します。 自由業、万歳!! 以下、本日紹介する千恵の下ネタ。 下ネタのようで、実は副作用の話。 文章は「食いつき(入り口)」が重要(某先輩記者の教え) 陰毛疑惑(2007…
やさしい空気に包まれて 涙を流しながら語り合い、最後は全員、笑顔で締めくくることができた。 家族らとの死別を癒やすグリーフケアについて考えるワークショップ「大切な人を亡くした後、あなたはどう生きますか」。会場を提供してくれた六本松蔦屋書店には、死別体験者やグリーフに関心を持つ人ら約30人が集まった。 涙をポロポロとこぼしながら、8年前に亡くした母親との思い出を語る女性。妻をがんで亡くし、男手ひとつで2人の娘を育てている会社員。3年前に父親を亡くしたという大学生は「父といい関係ではなく、残そうとしてくれたことを受け取れなかった。こちら側に引き継ぐ姿勢や熱意がないと何も受け取れないと気づいた」と打…
喪失からの再生 大切な人を失った。その事実を文章に起こす作業はつらい。 それでも、なぜ、書くのか。 安武千恵という1人の女性が、この世に生きた証を残したかったからだ。 娘に活字で残したかったからだ。 2012年に出版した本は、千恵が何を考え、生きてきたかを娘のために記録したノンフィクション。悲しいだけの闘病記にはしたくなかった。読んでくれた人たちが自身の人生と重ね合わせ、その人たちの思考を促す役目を果たせるならば、なおいい、との思いもあった。 あれから10年がたち、気づいたことがある。 まったく想定してないことだった。 僕は「喪失からの再生」を手に入れることができた。 それは、読者の皆さん、周…
無愛想な医師 亡き妻千恵が、最初に入院した病院の主治医は「無愛想な医師」だった。 とても有名な医師で、多くの患者を抱えていた。 千恵がブログ(早寝早起き玄米生活)を始める前に、大学ノートに手書きでつづっていた闘病日記がある。それを読み返すと、その医師の言葉や態度に、時々、腹立たしさを感じることもあったようだが、憤りを笑いに変換している。 さすがである。 当時、千恵と交際中だった僕も「無愛想な医師」から「君は家族じゃないだろ。(診察室から)出て行きなさい」と言われたことがあった。 2004年1月、九州がんセンターに転院後は、その医師と会うことは、もうないだろうと思っていた。 ところが、2019年…
頑張ることは「諸刃の剣」 1つのがん細胞が1センチの大きさになるまで10年から15年かかる。 しかし、1センチのがんが2センチになるには、1年から2年しかかからない。 健康な人でも1日に数千個のがん細胞はできるが、普段は免疫により壊される。しかし、老化や不健康な生活習慣などで免疫力が低下すると、がん細胞は壊されず、成長してしまう。 千恵は25歳で右乳房のがんに気づいた。 つまり、10代の頃、その小さな芽が出ていたことになる。 娘は、アルバイトの掛け持ちと大学の課題提出などで完全に夜型生活になってしまった。朝、起きられない。食欲が落ち、疲れもピークに達している。一生懸命な姿を見ていると、つい応援…
門左衛門さん 千恵はブログで知り合った人たちと、パソコン上での対話を楽しんだ。 とりわけ、「門左衛門」さんと気が合った。 門左衛門さんはイラストが上手で、千恵より年齢がちょっと上の女性。 当時は宇都宮市在住だったと記憶している。 千恵とは食や暮らし、笑いの価値観が同じだったのだろうか。 門左衛門さんの話をするとき、千恵はいつも幸せそうな表情だった。 ブログのコメント欄では、門左衛門さんに、なぜか僕がディスられていた。 2人は直接、顔を合わせることはなかったが、門左衛門さんは千恵が息を引き取る直前まで、はがきを送り続けてくれた。はがきにはいつも、ユーモアあふれるイラストや写真に、励ましの言葉が添…
3度倒れる 会社員時代、僕は意識を失って倒れることが3度あった。 その都度、娘には怖い思いをさせて申し訳なかった。 最初は、出版を祝ってもらった2012年4月30日の夜、急性胆嚢炎で病院に緊急搬送。 当時9歳の娘が救急車を呼んでくれた。 次は、2018年12月1日に風呂で失神。 僕は失禁し、便を漏らしていた。娘の泣き叫ぶ声で意識を取り戻した。 3度目は、2019年5月9日の午前2時だった。 腹痛で目が覚め、トイレから出た瞬間、めまいを起こして倒れた。 トイレの扉近くに置いていたみそ甕に頭を打ちつけた。 廊下にはおびただしい量の血溜まり。傷は深く、頭を7針縫う重傷だった。 娘は、僕の汚れた体を拭…
乳がんと遺伝 連日、飲食のアルバイトで帰宅が遅い娘。 労働やその職場から学ぶことは多い。 失敗もしながら、生きる力を身につけ、社会を見る眼差しが育つ。 一方で不安もある。 働くことはいいことだが、亡き妻千恵がわが家に根付かせた「早寝早起き玄米生活」が、全然できてない。適切な「睡眠と食」の実践は、病気を予防し、幸せな人生を送るため。「しまった」とならないように、今一度、親子で気を引き締めたい。 西日本新聞会館17階屋上の「天神スカイビアガーデン」で働く娘(2022年5月30日) 博多の中華料理店「八仙閣」のプロデュース 約30種類の本格中華がうますぎて、生ビールが何杯でも飲める。やばい 千恵は2…
ゆめみんちゃん 亡き妻千恵が参加していた乳がん患者の会がある。 メールングリストの「テディベア」。 そこで、千恵は同世代の多くの患者と知り合った。 わが家を訪ねて来た人もいる。 ハンドルネーム「ゆめみん」ちゃん。 千恵が他界した2年後の2010年、彼女も38歳で旅立った。 彼女の実家、広島にはなと2人でお悔やみに行った。 ご両親から「これを受け取ってほしい」と小さなアルバムを手渡された。 開くと、ゆめみんちゃんのウエディングドレス姿の写真が目に飛び込んできた。 ゆめみんちゃんは、どんな気持ちで撮影に臨んだのだろうか 両親には内緒で、写真館で撮影したそうだ。 「結婚したかったんだろうね」 そう言…
妻と娘が欲しいもの 「誕生日のプレゼントは何がいい?」 娘にそう尋ねると「リップ」「服」「バッグ」などと答えが返ってくる。 亡き妻千恵は、いつも「鍋」だった。 「ブランドもののバッグとか欲しくないの?」と聞いても、 「ブランドならドイツのWMFかフィスラーで」。 もし、千恵が生きていたら、娘の回答も違っていたのだろうか。 もちろん、今のままの娘でいいのだけれども、そんなことを、ふと思ったりした。 千恵が愛用した鉄のフライパンでハンバーグを焼く娘(2021年4月28日) はなちゃんのハンバーグ定食(2021年4月28日) 以下、本日紹介する千恵のブログです(注:岩田屋のセールは15年前の話ですが…
幸せの連鎖 相変わらず、「プータローのプーさん」だが、ここ数日は忙しい日々が続いている。 亡き妻千恵の遺品整理、ロックミュージシャンたちのライブ撮影、そして昨日は長野県上田市で、僕がプロデューサーを務めたドキュメンタリー映画「いただきます みそをつくるこどもたち」の上映に加え、歯科医の鈴木公子先生と初めてのダブル講演だった。 で、上映会と公子先生との講演は無事に終わり、夜は主催者(上田情報ビジネス専門学校)の皆さんとの打ち上げも楽しませていただいた。軽井沢のクラフトビールと締めのそばが抜群にうまかった。今は、その翌朝の28日午前6時。ホテルでブログを書いている。 昨日、うれしいことがあった。 …
墓参りの回数は減ったけど 2009年夏、福岡県糸島市に墓を建てた。 墓石には、はなが4歳のときに描いた家族の絵が刻まれている。 千恵はこの絵が大好きだった。 左に僕の顔、右に千恵の顔。2人の間で、はなが両手を広げて笑っている。 頭から出ている芽は命。 無限大のデザインは、永遠の絆を意味する。 4歳児は天才だと思う。 墓石に刻んだ娘の絵(2009年8月) テレジア千恵、2008年7月11日没 気づけば、精神安定剤はもう必要なかった。 月命日に必ず行っていた墓参りの回数が減った。 でも、それは千恵のことを忘れているわけではなかった。 忘れてたまるか、だ。 形式的なものにとらわれなくなっただけで、む…
「ブログリーダー」を活用して、hanamisoさんをフォローしませんか?