以前柏市鷲野谷の庚申塔群を見に行った際、近くに気になるお店があった。それが『いずみ亭』である。あの『孤独のグルメ』Season10の第5話に出てきたお店でもある。手賀沼自然ふれあい緑道を歩く五郎さん、ミニ・クパーで辿り着いたのがこのお店だ。
リニューアルして『Riding a Bicycle-自転車にのって』に 自転車にのって〇〇Hopping ポタリング・フォト・ブログ
以前柏市鷲野谷の庚申塔群を見に行った際、近くに気になるお店があった。それが『いずみ亭』である。あの『孤独のグルメ』Season10の第5話に出てきたお店でもある。手賀沼自然ふれあい緑道を歩く五郎さん、ミニ・クパーで辿り着いたのがこのお店だ。
自転車で手賀沼を1周していると、 今年もあちこちに彼岸花が咲き始めた。もう少しで見頃になるんだろう。毎年彼岸花畑と化す手賀沼フィッシングセンターから西に行ったところにあるサージタンク広場はまだ全然咲いていなかったけど急に一面赤色になるだろう。
さて、新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング。今回は、下高井 妙見神社 52番を訪れる。それで88ポタリング-2はこれでおしまい。1年近くかけて東葛印旛大師八十八ヶ所霊場と新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットを巡ったことになる。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング、今回は周辺スポットということで下高井妙見八幡宮。元々高井城の鬼門にあたりその鬼門除けとして歓進されたと思われる。明治四十四年(1911年)香取八坂神社に合祀され、現在は旧地に社のみ残している。
下高井薬師堂さて、新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング。今回は、下高井東光寺(廃寺)薬師堂50番を訪れる。薬師堂右側には、幾つかの石造物。宝暦四年(1754年)、大乗妙典六十六部日本廻国供養塔。延宝六年(1678年)、三猿庚申塔
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市下高井地区から。新四国相馬霊場札所、下高井 高源寺 49番を訪れてみた。この高源寺は、承平元年(931年)にあの平将門公が釈迦如来の霊験によって建立したと伝えられるお寺なのだ。
香取八坂神社さて、新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング。今回は、周辺スポットということで下高井香取八坂神社を訪れる。もとは香取神社と称していたが、明治四十四年(1911年)に八坂神社と八幡神社を合祀。大正十三年(1924年)には
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市野々井地区から。新四国相馬霊場札所、野々井 熊野神社 78番を訪れた。以前に巡った際に、周辺が開発中でなかなか見つけられなかったところだ。そのことを思い出す懐かしい場所なのだ。
米ノ井竜禅寺さて、新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング。今回は、米井山無量寿院竜禅寺47/79番を訪れる。竜禅寺は、延長二年(924年)に伝誉が開山。そして、平将門が開基と伝えられる。山号の米井山は、べいせいざんと読む。この山号
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング、今回は周辺スポットということで取手市米ノ井にある神明神社を訪ねる。米ノ井は、こめのいと読む。こじんまりとした神社だが、石造物が思いのほかたくさんあるので、意外に楽しむことができる神社である。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市戸頭地区から。新四国相馬霊場札所、戸頭 永蔵寺跡 薬師堂 34/45番を訪れた。ここは、平将門ゆかりの寺で平将門の守り本尊と伝わる薬師如来像が祀られているという話だが果たして。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市野々井地区から。新四国相馬霊場札所、野々井 長福寺 33番を訪れた。安永五年(1775年)の鐘がある鐘楼や天保二年(1831年)の金精神の石祠。更に、ぽっくり観音などなどがある。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市野々井地区から。新四国相馬霊場札所、野々井 白山神社 62番を訪れた。ここは取手市指定文化財になっていて、元禄八年(1695年)三猿庚申塔を始め、石造物豊富でなかなか見ごたえがある。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市野々井地区から。新四国相馬霊場札所、野々井 西光寺 44番を訪れた。ここには大師堂以外には、 札所塔があるくらいで特に何もない。ただ大師堂先の1段低くなっているところの石垣は印象的。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市稲地区から。新四国相馬霊場札所、稲 薬師堂跡 39番を訪れた。稲地区には個人所有の六札所の霊場と稲集落で保護管理している第40番の七つの霊場がある。そのうちの1つがこの39番。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市稲地区から。新四国相馬霊場札所、稲 薬師堂跡 35番を訪れた。稲地区には個人所有の六札所の霊場と稲集落で保護管理している第40番の七つの霊場がある。そのうちの1つがこの35番。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市稲地区から。新四国相馬霊場札所、稲 薬王寺跡 40番を訪れた。稲地区には個人所有の六札所の霊場と稲集落で保護管理している第40番の七つの霊場がある。そのうちの1つがこの40番。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市稲地区から。新四国相馬霊場札所、稲 地蔵堂 56番を訪れた。稲地区には個人所有の六札所の霊場と稲集落で保護管理している第40番の七つの霊場がある。そのうちの1つがこの稲地蔵堂56番。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市稲地区から。新四国相馬霊場札所、稲 観音堂 86番。稲地区には個人所有の六札所の霊場と、稲集落で保護管理している第40番の七つの霊場がある。そのうちの1つがこの稲観音堂86番。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング、今回は取手市稲地区から稲 毘沙門堂 80番を訪れる。稲地区には個人所有の六札所の霊場と、稲集落で保護管理している第40番の七つの霊場がある。そのうちの1つが、この稲 毘沙門堂 80番なのだ。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング。今回は取手市井野台地区から城山観音堂8番。元は花蔵院と言ったが、本多作左衛門重次が井野に移封されてこの花蔵院を館にしたことから城山と称されるようになったという。毎日ドンチャン騒ぎだったらしい。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、 取手市稲地区から。新四国相馬霊場札所、稲 阿弥陀堂 57番を訪れた。竹林の中にはひっそりと観音堂と大師堂が。石造物は少ないが、元禄八年(1695年)の十六夜塔など古いものもある。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、周辺スポットということで旧取手宿本陣染野家住宅を66枚の写真と共にレポート。それにしても多くの本陣が失われてしまった中、こうやってきちんと残っていることは非常に素晴らしいことだと思う。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市小文間地区。第18番札所、小文間 阿弥陀堂を訪ねた。境内には小堂が二宇あって、片方はもちろん18番の大師堂。もう片方の前には四國拾九番とある札所塔。ただ、相馬霊場の札所ではない。
道標新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング、今回は取手市小文間地区から。第16番と64番札所、小文間白山神社を訪ねる。向かう途中の取手東線(県道11号線)から脇道に入るところに、道標を2基発見。左のものはよく見かけるタイプのもので
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市小文間地区。周辺スポットということで、小文間 首欠け地蔵を訪ねた。近くには、平成二十七年(2015年)に廃校になってしまった小文間小学校跡がある。そして、隣には食事処エビヤが。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市小文間地区。周辺スポットということで小文間 香取神社。香取神社というと、どこも庚申塔が多く見られるような気がするんだけどどうだろう?例に漏れず、ここでも充実した庚申塔が見られる。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市小文間地区。新四国相馬霊場第66番札所小文間 東谷寺。青面金剛塔と六十六部廻国供養塔以外は、道標とか札所塔くらいで石造物は少ないがなかなか手入れの行き届いたお寺で気持ち良く散策。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市駒場地区から。新四国相馬霊場札所、駒場 法海寺跡 石臼観音堂 69番を訪れた。寛文六年(1666年)の如意輪観音十九夜塔を始め、予想以上に石造物がいろいろと充実していて楽しめる。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市本郷地区から。周辺スポットということで、本郷 鹿嶋神社を訪れてみた。こじんまりとした神社で石造物も少ないが、疱瘡神や青面金剛塔もあったりするので立ち寄っておきたいところだ。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市本郷地区から。今回は、取手市本郷地区から東漸寺 70/71番を訪れた。創建は天正二年(1574)で、東漸寺観音堂・山門 附 宮殿一基、棟札一枚が茨城県指定有形文化財になっている。
平将門と春日神社今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、本郷地区から。周辺スポットということで、本郷春日神社。この神社の周辺には、平将門公の母方の実家である祖父の犬養宿弥春枝の居館があったと言われている。石段の先には、鳥居
白山金刀比羅神社さて、新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング。今回は、取手市白山地区から金刀比羅神社を訪れる。この金比羅神社には、相馬霊場を開いた観覚光音禅師を奉る光音堂がある。光音禅師は、晩年ここで余生を過ごしたと言われている。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市井野台地区から。新四国相馬霊場札所井野台一乗院30番を訪れた。この一乗院は廃寺になっているが30番の大師堂と墓地は残っている。石造物が結構あり青面金剛塔が充実ぶしていて見応えあり。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市井野台地区から。新四国相馬霊場札所、井野台 阿弥陀堂 53番を訪れた。以前は、阿弥陀堂があったそうだが今はもうなくて大師堂があるだけだ。他の石造物も、 全くない。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市白山地区から。新四国相馬霊場札所 井野野中の諏訪宮 83番-2。井野昌松寺と共に二ヵ所にある83番のうちの一つ。広場みたいなところに2つのお堂があるだけで古い石造物は全くない。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市白井地区から。新四国相馬霊場札所、白山弘経寺82番。飯沼と結城の各弘経寺と共に、ここは関東の三弘経寺の一つ。石造物はそんなにないけれど寛文五年(1665年)の六地蔵などが見られる。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング、今回は取手市小文間地区から。周辺スポット、ということで小文間 足尾山神社。どういう神社なのか?はよくわからないが、我孫子市中峠と同じく茨城県石岡市にある足尾山神社を勧請したものなのだろうか?
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市小文間地区から。今回は新四国相馬霊場八十八ヶ所、第54番札所 小文間 大聖寺を訪ねた。中村家一族の守り本尊として、寛永七年(1630年)尊栄によって創建されたので関連石碑が多い。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺のスポットポタリングは、取手市小文間地区。第19番札所、小文間 明星院を訪ねた。深雪山 明星院は真言宗豊山派で奈良県長谷寺の末寺。昭和四十五年(1970年)に出来たばかりだが、時代をもっと遡る石造物にある。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市小文間地区から。第17番札所である小文間 薬師堂を訪ねた。ここにはかつて成就院成龍寺があったのだが、廃寺となってしまったている。薬師堂と大師堂だけが、 今もそこに存在している。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市小文間地区。第63番札所小文間 福永寺を訪ねた。周辺は稲荷大明神や中妻貝塚跡と充実。貞享四年(1687)運慶25代永陽四条堀河住 法橋福田康政喜兵衛兼永作、桐一本造り毘沙門天は必見。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺のスポットポタリングは、 取手市小文間地区。周辺スポットということで、大日堂の道路対面にある小文間 春日神社を訪ねた。石造物は、さほど多くはない。ただ待道社や青面金剛塔など、それなりにちゃんとあるのだ。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺のスポットポタリングは、取手市小文間地区から。第72番札所、小文間 大日堂を訪ねた。ここには久しぶりの百庚申を始めとして、1600年代後半の天和や元禄時代の石造物も見られる。なかなかの充実ぶりで見応え充分。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市小文間地区。新四国相馬霊場第15番札所 小文間 弥陀堂。3つのお堂が並んでいる。阿弥陀堂とぽっくり榎大師堂と新四国相馬霊場第15番大師堂。先の道沿いには六地蔵尊や十九夜塔や光明真言塔。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング、今回は取手市小文間地区から。第48番札所、小文間安養寺跡。跡なのでもう安養寺はない。境内には庚申塔などはなく、記念碑が3基ほどあるだけ。あとは札所塔や道標といった感じで見るべきものは余りない。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市小文間地区から。周辺スポットということで、小文間 面足神社のすぐ近くにある小文間 馬頭観世音塔。覆屋の寛文十二年(1672年)の馬頭観世音塔以外にも、いくつかの石仏が見られる。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市小文間地区から。周辺スポットということで、小文間 面足神社。かなりハッキリクッキリと残っている延宝五年(1677年)の青面金剛塔を始め、数は多くないがかなり見ごたえのある場所だ。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市長兵衛新田地区から。周辺スポットということで長兵衛新田 浅間神社。元禄九年(1696年)の三猿庚申塔や今まで見たことがないような疱瘡神など数少ないがなかなか見応えありの神社だった。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市吉田地区から。新四国相馬霊場第11番札所がある吉田薬師堂を訪ねた。11番の大師堂は薬師堂と共に昭和十四年(1919年)の火災で燃えてしまった。向拝は焼け残ったものを再利用している。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市吉田地区から。新四国相馬霊場第14番札所、吉田 地蔵堂。それとすぐ近くにある平成十一年(1999年)開館取手市埋蔵文化センター、第49回東京藝術大学卒業制作作品展取手市長賞87。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング、今回は取手市吉田地区から。新四国相馬霊場第7番札所、吉田 本泉寺。寛文六年(1668年)如意輪観音像に始まり、元禄十二年(1699年)青面金剛塔などなど庚申塔が色々あってなかなか見応えがある。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング、今回は取手市吉田地区から。新四国相馬霊場第13番札所、吉田 八幡神社。庚申塔は見当たらないのが残念ではあるが、古くは天和二年(1682年)天満神宮などの石祠や伊勢講碑などがいろいろ見られる。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市井野地区から。井野 昌松寺 83番。83番札所はこの昌松寺の他に白山諏訪宮にもあって、二ヵ所に存在している。元和六年(1620年)と延宝八年(1680年)の三猿庚申塔がある。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、 取手市井野台地区から新四国相馬霊場札所井野台 阿弥陀堂 46番。承応三年(1654年)逆修供養塔や貞享二年(1685年)の如意輪観音像など、結構古いものが比較的キレイに残っている。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市井野台地区から。新四国相馬霊場札所井野台 薬師堂 23番。白山に建立された諏訪山昌松寺が江戸時代に移った先が現在の井野台の薬師堂がある所といわれる。現在の昌松寺は井野に移っている。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市井野台地区から。新四国相馬霊場札所井野台 虚空蔵堂 12番。数は少ないが、貞亨元年(1684年)の阿弥陀如来像とか元禄十六年(1703年)の十九夜塔とか意外に古いものが見られた。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市井野台地区にある新四国相馬霊場札所になる。井野台 十一面観音堂 32番だ。大師道道標とか札所塔とか手水鉢くらいで、あとは裏の墓標といった感じで石造物は殆どないがきれいで明るい場所だ。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市台宿地区から。新四国相馬霊場第61番札所井野 大日堂。井野 大日堂と言いながら、住所は井野地区の南の台宿地区になる。大日堂と大師堂の2棟のお堂以外には、石造物が少々といったところ。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市台宿地区から。新四国相馬霊場第31番札所井野 天満神社。井野 天満神社とは言いながら住所は井野の南の台宿地区。参道左手の庭のような梅林のスペースがとても気持ち良い場所になっている。
台宿 本多作左衛門重次墳墓さて、新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング。今回は、取手市台宿地区から。周辺スポットということで、台宿 本多作左衛門重次墳墓。説明板があるので、読んでみよう。茨城県指定史跡 昭和九年八月三日指定本多作左
台宿 観音堂さて、新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング。今回は、取手市台宿地区から。10番札所、台宿 観音堂。台宿 不動院 4番から、目と鼻の先にある。大師道道標観音堂とは道を挟んで、大師道の道標が2基ある。ただ、どちらも上の方
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市東地区。周辺スポットということで、旧水戸街道沿いにある東 正一位三寿稲荷神社。特に石造物や何か見どころがあるわけでもないが、突然異空間がそこにあるという感じはなかなか興味深い。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市台宿地区。台宿不動院4番から県道219号白山前取手線を北へ300mほど。新四国相馬霊場第20番札所台宿地蔵堂。見過ごしてしまったが、相馬霊場保存会指導者高橋栄勝師記念碑がある。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、 取手市台宿地区から。周辺スポットということで、台宿 不動院 4番とは道を挟んだところにある台宿 香取神社。石造物はいろいろと並んでいるけれど、ちゃんとわかるものが少ないのが残念。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市台宿地区4番札所 台宿 不動院。今は不動堂と大師堂のみが残る。石造物は少ないけれど、元禄十六年(1703年)十九夜塔や延享三年(1746年)線刻の地蔵菩薩など古いものもある。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング。今回は取手市東地区から。昭和五十九年(1984年)に桑田・清原を擁するPL学園を夏の甲子園決勝で延長の末に破り優勝した取手二高のすぐお隣にある志賀氏 薬師堂 6番。敷地内に石造物などはあまりない。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市東地区。寛永四年(1627)開山創建の取影山念佛院。新四国相馬霊第2番札所であり、利根川七福神めぐりの福禄寿でもある。幕末取手の生んだ国学者・歌人の沢近嶺の歌碑と墓があるらしいが見落とした。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市東地区から。茨城県取手総鎮守であり、新四国相馬霊場八十八ヶ所第3番である東 八坂神社。ここの本殿の彫刻は後藤保之助・桂林、寺田松五郎・高石伊八郎らの手によるもので素晴らしく必見。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市取手地区から。周辺スポットということで、取手 鮭地蔵を訪ねた。取手緑地運動公園野球場の辺り、利根川の堤防の斜面にお地蔵様。慶応三年(1867年)のもので、基礎台には鮭漁人の文字。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市取手地区。新四国相馬霊1・5・88番の札所がある、承平元年(931年)に平将門公が勅願所として創建したと伝えられる長禅寺 。ここはやはりさざえ堂形式のお堂三世堂が有名なんだろう。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市新町地区から。新四国相馬霊場札所第87番、愛宕神社向かいの高台にある石引墓地入口の庚申塔群を。天和二年(1682年)に始まって元禄時代のものなども結構あってかなりの充実ぶりだ。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市新町地区から。大利根橋を渡ったR6の脇の高台にある新四国相馬霊場札所。第87番の愛宕神社。石造物は貞享元年(1684年)文字青面金剛塔をはじめとしてかなりいろいろあって見応えがある。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは柏市布施地区から。布施地区に4つある札所ではなくて、周辺スポットということで、布施 土谷津周辺の石造物。とはいっても十九夜塔や三界萬霊塔に六地蔵、そして馬頭観世音塔群といった感じだけど。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは柏市布施地区から。布施地区に4つある札所ではなくて、周辺スポットということで、布施 布施第四公園の石造物。数は少ないんだけれど、何だか良い感じなのは公園自体が良き空間だからな気がする。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは柏市布施地区から。布施地区に4つある札所の1つ、布施圓性寺85番。ここは札所というだけではなくて、元禄八年(1696年)三猿庚申塔をはじめ思ったよりも石造物が多くてかなり見応えがある。
布施地区 日枝神社新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、柏市布施地区から。周辺スポットということで、布施 日枝神社。概要日枝神社とはいっても、鳥居があるわけでもなく詳細は不明。ただ敷地内には、多くの木祠が並んでいるという不思議
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは柏市布施地区から。布施地区に4つある札所の1つ、布施 布施弁天 68番。正式には、紅竜山松光院東海寺。千葉県有形文化財(建築物)に指定されている楼門・本堂・鐘楼、これはどれも必見だ。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは柏市布施地区から。布施地区に4つある札所の1つ、布施布施弁天68番の周辺とはいっても敷地内なのかもしれないけど。新四國大師堂道標だったり、布施八坂神社から移転してきた妙見大菩薩だったり。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは柏市布施地区から。布施地区に4つある札所の1つ、布施 薬師堂 67番。とにかくここは石造物がたくさん、お堂もいくつもとかなり見応えがある。特に百庚申と庚申塔の固まっている一角は必見だ。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは柏市布施地区から。札所ではなくて周辺スポット。布施 八坂神社。石造物が多いわけではないのだが、元禄二年(1689年)の六臂合掌青面金剛塔に始まって結構古いものが良い感じで残っている。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは柏市布施地区から。札所ではなく周辺スポットということで布施 善照寺。乾元元年(1302年)、遊行上人2世他阿弥陀仏により創建されたという。ただ、その長い歴史のわりには石造物が少ない。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは柏市布施地区から。札所ではなくて周辺スポットということで布施 香取神社。こじんまりとしているが、青面金剛塔が結構あったりする。その上何よりも本殿の彫刻はなかなか素晴らしくこれは必見だ。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは柏市布施地区から。布施地区に4つある札所のうちの1つの浄土宗 竹林山 文殊院 南龍寺 26番。併せて富勢村道路元標と南龍寺前の道標。ここの大師堂の中はなかなかな光景。あとは徳本名号塔は久々。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺のスポットポタリングは、取手市小堀地区新四国相馬霊場八十八ヶ所札所常円寺9番。大師堂は弘法大師堂・聖徳太子堂・聖天尊堂と一緒に並んでいるが聖徳太子堂が1番立派かも。寛文十一年(1671年)十九夜塔あたりは必見。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺のスポットポタリングは、取手市小堀地区の新四国相馬霊場八十八ヶ所札所の隣にある、小堀水神社。見るべきものは少ないけれど、寛文九年(1669年)の古い青面金剛塔と寛保元年(1741年)の疱瘡神は必見なのだ。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング、今回は中峠地区の周辺スポットということで足尾山神社。51番札所の中峠法岩院からだと、自転車で7分くらいのところにある。庚申塔はなく、境内社石祠ばかりだが初神社も出てきたので興味深いものがあった。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング、今回は中峠地区の周辺スポットということで稲荷大明神。51番札所の中峠法岩院からだと、自転車で7・8分くらいのところにある。ただ、地図には出ているのだが、詳細はわからない。情報が全然ないのだ。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは中峠地区から。新四国相馬霊場八十八ヶ所76番札所である真言宗豊山派南命山龍泉寺。もっといろいろと石仏があるかと思っていたんだけど、 意外に少なかった。平日だと保育園があるから本堂に近付けない。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、我孫子市中峠地区から。新四国相馬霊場八十八ヶ所28番札所、元文五年(1740年)の中峠村記録には法性院の記載があり1740年以前には創建されていたという真言宗豊山派 宝霊山 宝照院。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、我孫子市中峠地区から。新四国相馬霊場八十八ヶ所の札所ではなくて中峠地区の周辺スポットということで、中峠 亀田森稲荷神社。この亀田森稲荷神社は、安永二年(1773年)に創建したという。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、中峠地区。宝永四年(1707年)の六臂合掌青面金剛塔だが、300年以上昔のものなのになかなかきれいに残っていて一見の価値あり。中峠庚申塔もそうだったけど道端の庚申塔は何だか本当に良いな。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング、今回は周辺スポットということで、中峠地区にある波除不動尊だ。利根川の出水に悩まされていた当地に享保三年(1718年)に安置され、その後はいかなる出水でも崖が崩落することがなくなったという。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺のスポットポタリングは中峠地区から。周辺スポットということで、51番の法岩院からだと自転車で2分くらいの距離にある中峠水神社。石段が急なので上って下りてくるのには若干苦労するんだけれど、これが案外楽しい。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、中峠地区。新四国相馬霊場八十八ヶ所のうち、中峠地区に4つある札所の中の1つである51番札所、天文11年(1542年)開山の祝融山法岩院。大師堂を始め長屋堂や石仏・石塔をあれこれお届け。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺のスポットポタリングは、4つの札所がある中峠地区だけど今回は周辺スポット。自転車で走っていて曲がり角を曲がると突然現れた庚申塔たち。こういった日常の中にある庚申塔を見るのは楽しい。全部で8基だけど見ごたえ充分。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、中峠地区から。札所以外の周辺スポットということで円通山 長光院。あまり期待していなかったが、1700年前後の石仏が見られたりする。そしてここが掛所かもしれないことが発見できたのも良かった。
羽二生隆宏(陶)+大久保方子(染) ABIKO ART WALK 2023-23
第二十二回 あびこ アートな散歩市 2023、ABIKO ART WALK 2023 - 23。今回は三度目の旧村川別荘に展示されている作品。羽二生隆宏(陶)さんの作品はそのままだけれど、新たに入替えで、大久保方子(染)さんの作品が展示された。
表現の対話 我孫子ゆかりの作家展 後期 ABIKO ART WALK 2023-22
第二十二回 あびこ アートな散歩市 2023、ABIKO ART WALK 2023 - 22。再び旧村川別荘。尾形勝義さんの線材意識体~Matrix:母型~はそのままだが、母屋の作品が入替になっている。羽二生隆宏(陶)+杉原あつ(水墨画)。
第二十二回 あびこ アートな散歩市 2023、ABIKO ART WALK 2023 - 21。今回は再び杉村楚人冠邸園の澤の家。前期の勝田徳朗さんの作品に替わって、今度は坂内美和子さんの作品が展示されて、前期とはまた違う空間がここにある。
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以前柏市鷲野谷の庚申塔群を見に行った際、近くに気になるお店があった。それが『いずみ亭』である。あの『孤独のグルメ』Season10の第5話に出てきたお店でもある。手賀沼自然ふれあい緑道を歩く五郎さん、ミニ・クパーで辿り着いたのがこのお店だ。
自転車で手賀沼を1周していると、 今年もあちこちに彼岸花が咲き始めた。もう少しで見頃になるんだろう。毎年彼岸花畑と化す手賀沼フィッシングセンターから西に行ったところにあるサージタンク広場はまだ全然咲いていなかったけど急に一面赤色になるだろう。
さて、新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング。今回は、下高井 妙見神社 52番を訪れる。それで88ポタリング-2はこれでおしまい。1年近くかけて東葛印旛大師八十八ヶ所霊場と新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットを巡ったことになる。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング、今回は周辺スポットということで下高井妙見八幡宮。元々高井城の鬼門にあたりその鬼門除けとして歓進されたと思われる。明治四十四年(1911年)香取八坂神社に合祀され、現在は旧地に社のみ残している。
下高井薬師堂さて、新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング。今回は、下高井東光寺(廃寺)薬師堂50番を訪れる。薬師堂右側には、幾つかの石造物。宝暦四年(1754年)、大乗妙典六十六部日本廻国供養塔。延宝六年(1678年)、三猿庚申塔
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市下高井地区から。新四国相馬霊場札所、下高井 高源寺 49番を訪れてみた。この高源寺は、承平元年(931年)にあの平将門公が釈迦如来の霊験によって建立したと伝えられるお寺なのだ。
香取八坂神社さて、新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング。今回は、周辺スポットということで下高井香取八坂神社を訪れる。もとは香取神社と称していたが、明治四十四年(1911年)に八坂神社と八幡神社を合祀。大正十三年(1924年)には
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市野々井地区から。新四国相馬霊場札所、野々井 熊野神社 78番を訪れた。以前に巡った際に、周辺が開発中でなかなか見つけられなかったところだ。そのことを思い出す懐かしい場所なのだ。
米ノ井竜禅寺さて、新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング。今回は、米井山無量寿院竜禅寺47/79番を訪れる。竜禅寺は、延長二年(924年)に伝誉が開山。そして、平将門が開基と伝えられる。山号の米井山は、べいせいざんと読む。この山号
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング、今回は周辺スポットということで取手市米ノ井にある神明神社を訪ねる。米ノ井は、こめのいと読む。こじんまりとした神社だが、石造物が思いのほかたくさんあるので、意外に楽しむことができる神社である。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市戸頭地区から。新四国相馬霊場札所、戸頭 永蔵寺跡 薬師堂 34/45番を訪れた。ここは、平将門ゆかりの寺で平将門の守り本尊と伝わる薬師如来像が祀られているという話だが果たして。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市野々井地区から。新四国相馬霊場札所、野々井 長福寺 33番を訪れた。安永五年(1775年)の鐘がある鐘楼や天保二年(1831年)の金精神の石祠。更に、ぽっくり観音などなどがある。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市野々井地区から。新四国相馬霊場札所、野々井 白山神社 62番を訪れた。ここは取手市指定文化財になっていて、元禄八年(1695年)三猿庚申塔を始め、石造物豊富でなかなか見ごたえがある。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市野々井地区から。新四国相馬霊場札所、野々井 西光寺 44番を訪れた。ここには大師堂以外には、 札所塔があるくらいで特に何もない。ただ大師堂先の1段低くなっているところの石垣は印象的。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市稲地区から。新四国相馬霊場札所、稲 薬師堂跡 39番を訪れた。稲地区には個人所有の六札所の霊場と稲集落で保護管理している第40番の七つの霊場がある。そのうちの1つがこの39番。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市稲地区から。新四国相馬霊場札所、稲 薬師堂跡 35番を訪れた。稲地区には個人所有の六札所の霊場と稲集落で保護管理している第40番の七つの霊場がある。そのうちの1つがこの35番。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市稲地区から。新四国相馬霊場札所、稲 薬王寺跡 40番を訪れた。稲地区には個人所有の六札所の霊場と稲集落で保護管理している第40番の七つの霊場がある。そのうちの1つがこの40番。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは取手市稲地区から。新四国相馬霊場札所、稲 地蔵堂 56番を訪れた。稲地区には個人所有の六札所の霊場と稲集落で保護管理している第40番の七つの霊場がある。そのうちの1つがこの稲地蔵堂56番。
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、取手市稲地区から。新四国相馬霊場札所、稲 観音堂 86番。稲地区には個人所有の六札所の霊場と、稲集落で保護管理している第40番の七つの霊場がある。そのうちの1つがこの稲観音堂86番。
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング、今回は取手市稲地区から稲 毘沙門堂 80番を訪れる。稲地区には個人所有の六札所の霊場と、稲集落で保護管理している第40番の七つの霊場がある。そのうちの1つが、この稲 毘沙門堂 80番なのだ。
昨年も手賀沼に咲く彼岸花のことを書いたけれど、今年もまた手賀沼彼岸花の時期がやってきた。あっという間でもあり、長かったとも思える1年が過ぎてまたあちこちに彼岸花が咲く。当たり前のように、毎年見られるということは決して絶対的な当たり前ではない。
今年もまた手賀沼ふれあいライン沿い、根戸新田の交差点近くにある田んぼにいくつもの案山子が出現していた。稲刈りが終われば、きっと消えてなくなるのだろう。いつから始まったのかわからないが、これはこれで手賀沼沿いの夏の風物詩のひとつではあるなあ。
今年もまた、手賀沼ふれあいライン沿いにひまわり畑が出現。それは当たり前のようで、決して当たり前ではない。でも、当たり前のようにまた見られることは嬉しい。来年もまた、当たり前のように見られれば良いなと思う。向かいには花ハス(藕糸蓮)もある。
今回はタイヤの交換をしてみた。元々はKenda Kwest, 20x1-1/8, F/V。これをSCHWALBE ONE TUBE TYPE 20×1-1/8 (ETRTO:28-451)に交換。明らかに硬さ加減も良い、転がる具合も違う。
自転車ペダル交換のお勧め(MSK TOURING-LITE Ezy Superior)。折りたたみ式自転車を購入した時から、ずっと気になっていたペダルを交換することに。たったこれだけでも、気分メーターの針は随分と上がったわけで、お勧めです。
第21回 我孫子アートな散歩市、今回の作品は『P 手賀大橋下・隧道 OZ- 尾頭 – 山口佳祐 静寂』。2020年の我孫子市制施行50周年記念壁画だ。今回の為の出品というわけではなく、親水広場にある安田侃作品『天泉』と同様に常設されている。
第21回 我孫子アートな散歩市、今回の作品は『J 手賀沼遊歩道 野村正義 山頭火と歩く 〔一鉢人傘〕』。手賀沼遊歩道の両側にいくつもの種田山頭火の句の版画が並んでいるのが楽しい。自転車のペダルを漕いでいると見過ごすので押しながら見ていった。
第21回 我孫子アートな散歩市、今回の作品は『D 伊藤昌子/田中知美』。千葉銀行我孫子支店の中に展示されている。銀行自体に用がないのに入るのは少しばかり躊躇われる。大人の事情なのかもしれないし、何か深い意味があるのかもしれないけれどね…。
第21回 我孫子アートな散歩市、今回は『B 表現の対話 我孫子ゆかりの作家展』。けやきプラザ第1・第2ギャラリー。上田靖子/木村利加子/清水京子/澤﨑静江/杉原あつ/おいかわみちよし/梶原みち/佐藤列子/島田忠幸/白川雅啓/乗松剛治/小泉伸子。
第21回 我孫子アートな散歩市、旧村川別荘での3つ目の作品展示は、『M3 野村 正義 どくだみ』と、『 石川美穂子 蓮花』。おディ伊美穂子作品は池のところにもある。そして、昨年もこの2人の作品は、この旧村川別荘で作品が展示されていたんだった。
第21回 我孫子アートな散歩市、今回の作品は 『I 佐治正大 僕の宇宙儀 片Ⅰ』。前回も手賀沼公園のこの場所に佐治正大作品『「石杼」―どこへ向かうんだい!―』があった。以前『片Ⅱ』が展示されていたこともあるみたいだ。ずっとあると良いのにね。
第21回 我孫子アートな散歩市、今回の作品は『F 楚人冠公園 中村岳 遡及空間』。杉村 楚人冠記念館からほど近くにある『 楚人冠公園』にあるのがこの作品。昨年も中村岳作品があった場所だ。昨年同様のタイトルだけど全く同じものがあるわけではない。
第21回 我孫子アートな散歩市、『E1 杉村楚人冠邸園 澤の家 かとうかずみ 澤の家のわらし』。杉村楚人冠一家が転移した後、楚人冠の母親が住んでいた家の跡に展示されている。この園内で最も古い建築物とこの作品、違和感は最初だけで妙にしっくりくる。
第21回 我孫子アートな散歩市『E2 杉村楚人冠邸園 間地紀以子 天の舟』。「天の舟は 送り舟 やさしく送ったその後に そっと明日を曳いてくる」。『杉村楚人冠記念館』の庭園側の入口から入り細い道を進んでいくと、何やら白い物体が見えてくる。
第21回 我孫子アートな散歩市、庭の作品とは別に、修復工事でキレイになった書斎の中に新たな作品が展示。『K1 志賀直哉邸跡 書斎 武内カズノリ』。庭のBOTTCHIとは異なり、部屋の中央の座布団の上に置かれている無表情な感じはちょっと怖い。
第21回 我孫子アートな散歩市。今回は第1弾『M1 沼尻昭子 / 島幸夫』が終了して、旧村川別荘の展示第2弾となる。こちらも1週間(月曜休みだから実質6日間だけだ)しか展示されない。『M2 旧村川別荘 母屋 田居 九江 / 松岡 信夫』。
第21回 我孫子アートな散歩市、志賀直哉邸跡の庭にあるのが『K2 武内カズノリ 暗夜行路(臨界・BOTTCHI IN ABIKO)』。昨年も母屋原寸平面図の上に展示されていた。ぼっちとは、収穫した落花生を乾燥させる為に作られる円筒状の塊のこと。
第21回 我孫子アートな散歩市、ハケの道沿いにある『志賀直哉邸跡(緑雁明緑地)』。そこに展示されているのが津野 元子作品。志賀直哉邸跡は久しぶりだったが、書斎の修復工事が行われて随分とキレイになっていた。昨年同様、武内カズノリ作品と一緒。
第21回 我孫子アートな散歩市、今回は、『子の神8号古墳』と『子の神9号古墳』がある別名『もみじの丘』と言われる『島久別荘跡』。そこに展示されているのは、『L3 マエノ マサキ 或る人』だ。5/21[土]ー6/12[日]終日展示されている。
第21回 我孫子アートな散歩市、今回は、『子の神8号古墳』と『子の神9号古墳』がある別名『もみじの丘』と言われる『島久別荘跡』。そこに展示されているのは、『L3 マエノ マサキ 或る人』だ。5/21[土]ー6/12[日]終日展示されている。