都合による詩誌に載せられなかった詩を掲載しています。全員が全員共感してくれるとは思いません。でも100人中、5~6人は共感してほしいな、という個人的希望を持っています。
彼は四つの目で大地を見晴るかす上の頭が言う 気をつけろ 獅子がいるぞ下の頭が答える 大丈夫だ まだ十分遠い上の頭の眼は黒々として生きている羚羊(カモシカ)の命をいまだに宿し下の頭の眼は白目が美しくまだ悪魔が見え割礼さえこれからだ上の頭が言う 見ろ あそこに首狩の兵士がいる下の頭が答える 違う この間の戦いで死んだ亡霊だそしてずんずんとサバンナを太陽が真上に来るまでの時間歩いて 聖なる泉で水を汲む祭...
銃を抱えて暁を待つ少年兵眠気と国軍の両方と戦っている彼は早く夜が明けないかと願う全ての輪郭がくっきりと見え昨日も一日生きていたと実感できる暁を母のいない熊の縫ぐるみが友達の少女しかし彼女を痣の付くほど抓る養母はいる彼女は早く一日が終わらないかと願う全ての生命が安らかに終了し浅い眠りの中に消えることができる黄昏を少年兵は蒲公英の綿毛を吹く綿毛はバリケードを越えて爆破跡だらけの廃墟まで漂っていくそこに...
深紫の闇の部屋を盲いた驢馬の私が左手を外して杖にしながらあちこちの分厚い駱駝の背にぶつかりながら行儀良く並んだ鮭革靴を蹴飛ばしながら歩く明かりを点けると今寝息を立てて死んでいる恋人がほんの僅かな光明で蘇生してしまうからだが本当は私が既にホルマリンに漬かっているあるいは腐敗している闇の端に木乃伊の婚礼行列が現れ 誘うが集団行動は苦手なのだそれより私は瞼の裏でラジオ体操第二をしたり体育座りで母親に竹棒...
そぼ降る雨の中を庶民と貧乏人の救世主と銘打っているスーパーマーケットに豆腐と納豆とかつをぶしを買いに出かけた展示ケースで賞味期限の少しでも長いものをと探していると阪神タイガースのエコバックを持った婆さんが隣から 耳はどこに売っとるの と声をかけてきた耳? 豚の耳ならここじゃなくて 肉のヤオハンだよと言おうとしたら 婆さんは勝手にないなら 自分の耳しか仕方ないんやろかと呟くのでそんな干からびたキクラ...
エレベータに六階から乗って来た真っ赤なレインコートで金色の髪の照る照る坊主は鼻を捥いでほしいほど殺戮的な柑橘臭だった一階でエレベータの扉が開けばそこは雨で今夜はどんな牡を誑(たぶら)かすのか淋しい牡の心を射止めるなら雨の薫りの方がよほど効果的だろうに雨は墓地を川面を工場群を越え伊吹山地まで濡らしているタクシーのワイパーに街が拭われ車内に柑橘臭が満ちてもお前の獲物は絆(ほだ)されお前の孤独は癒やされ...
君は一人じゃないと歌われるより一人に耐えろと歌われる方が心に触れる人間への愛を語るより君への愛を語ったほうが本当らしい人は何もできない中国の奥地で生体移植を待っている子供を連れて逃げてくることも戦車が他国を蹂躙するのを止めることも目の前の人を心の底から大切にし愛することさえ今死んでもいいと思わなければできないだから人類の未来より君との明日だけを考えて生きる...
傷を癒すのが趣味だから金属束子で心臓をこすられるのがうれしい切り傷 擦り傷 刺し傷がたくさんつくほどほくほくとそれを癒す水色の風が吹き慎重な癒しの作業を温めてくれるがそれは憐憫よりも痛い傷を喜ぶこころの揺曳は強度の近眼の凝視で焦点もなく色彩だけが躍る貶められ否定されることは存在理由を教えてくれるが空間の裏ページに人型の陥穽を作るだけでカウパー腺液が溜まるのを待っても心の傷を自分で癒すのには追い付か...
精神の深夜に彷徨すれば誰ともすれ違わず街が流れる狗さえ吠え付かない僕は芯から孤独だがただ普通の人の普通の人生を歩んでいるだけだみんな僕の周りから葬式のあとのように静かに消えて行くこうして誰にもすれ違わないでひとりで生きてひとりで死んで行く友達は必要じゃない わけでもない友達ができない わけでもないただ誰もこの世界にいないだけだありがとう 孤独の崖から落としてくれてありがとう 失意の中に曙光を与えて...
明け方 窮屈なソファで目覚めタオルケットと毛布を仕舞おうとしたら枕が裏返しになっていたマクラガエシだマクラガエシがこの部屋に来たのだ道理でいつもの重甘く奇妙な悪夢を昨夜は見なかったマクラガエシが夢を盗んでいったのだマクラガエシがいる家には倖せが訪れるそんな伝承があるが傘はさせば勝手に跳ねて行ってしまい顔を洗っていると背中に爺さんが載って泣き夜になるとキッチンで小豆を洗う音がするこの家の何処に倖せが...
すみません 次の次の沼を左へ調教師は無言で頷く振動は柱時計の振り子の緩やかさで身体を揺さぶるこの辺ってと調教師に話しかける美味いラーメン屋ないんですかねさあ水場しか知らないんで調教師は余計な話をしたくないらしい仕方なく剛毛がまばらに生えた灰色の硬い皮膚をそっと叩いたりして無聊を慰める急に前のめりに止まる兎が前を横切ったようだ基本的に怖がりなのだそしてゆっくりとまた動き出すあ 次の椰子の木の根元でい...
今夜打ちのめされた俺に土砂降りの雨が三百年生きた蛙の羊水が降っている恋に破れたわけじゃない夢を失ったわけでもないただ垂直に立つだけのことが困難な地平を腹這いの俺に徹底的に舐めつくさせる雨はモンスーンに乗って北太平洋の西海岸を濡らし日本列島の西半分を濡らし瀬戸内海のどん詰まりの大阪を濡らし大阪の北にある俺の家を濡らし俺に降りかかりまさに俺を刺すきっとこの雨は港に突き出たあの公園にも降っているだろう人...
誰でも怒るときはある散歩中に犬に吠えられたりスーパーのレジで知らん顔で横入りされたりコンビニの前に弁当の容器が放置されていたり普通ゴミの日にペットボトルが出されていたり遠慮することはないそういう時は胸ぐらをつかめそしてお前の怒りをぶつけろ相手の首が千切れるほど揺さぶれ怒りは不浄を浄化する怒りは厭世を脱却させる怒りは負を正に転換するだから胸ぐらをつかんでやれお前を捨てたやつをお前を裏切ったやつをお前...
朝靄が濃い部分はだんだんに濃く薄い部分は徐々に薄くなっていき朧な輪郭はやがて明確な形となり一人の男の姿となって立ち現れるそれはあなたを迎えに来た者ださあ行こう魂が売買されている市場へ急がないと生きのいい魂は売り切れるあなたに与えられた生だけでは十分に使命を役割を願望を果たせないと思ったら新しい魂を購入して更新するしかない生まれたばかりの赤ん坊の魂か明日婚姻する若い娘の魂かそれは行ってみなければわか...
魂を無にするのが巡礼ならラーメン屋で替え玉を頼むことも私の巡礼真摯で敬虔な巡礼者としてバリカタが提供されるのをただひたすらに待つしかし人々は歩く 刑罰のように口淫性交のようにそれは私を戸惑わせるこのまま射精してもいいのか 我慢するべきかもしも全てが赦されているのならば遠い国からの便りとして懐かしく受け入れてくれる信楽焼の狸のスペイン人の巡礼よ心筋梗塞発症と終着点に着くのとどちらが早いしかし巡礼は〇...
ジェットという名が烏滸がましいほどゆっくりとジェットコースターは降る木造アパートの中を無人の夏の教室の端を妊婦が腹帯を巻いている銭湯の脱衣所の傍らを爺さんが婆さんの皺だらけの身体にのしかかっている猫が魚に咥えられているみーちゃんの机だけが後ろを向いているその中をジェットコースターは降るどれもありふれた光景だ乗るたびに違う夢魔が見られるので夏の冷えた夜 僕は必ず訪れる絵の具を溶かしたクリームソーダを...
歌人・のばらなほさんとの共同個人同人誌「lunam navis Vol.1」を発刊しました。上記は掲載作です。価格は500円(送料140円)です。ご購入先は以下の通りです。https://cow-and-cat.booth.pm/items/3000955ぜひお求めになり、ほかの作品もお楽しみください!通常の「正規品」は詩誌「PO」「銀河詩手帖」に掲載しています。ここに載らない作は、詩のoutlet https://ushidaushinosuke.blog.fc2.com/ に載せています。...
生涯に一度でいい墨痕鮮やかに「藝術」と大書してみたいそれは人生を狂わせる天地の構造を転覆させる切り立った断崖から身投げさせる新しい親知らずを見つけさせるそのためには己が中の龍を砥がなけばならない愛する者を殺さなければならない虚空から目に見えない言葉を取り出さなければならない週に一回爪を切らなければならない妹の恥毛写真を壁に貼り自らを励ましてそれは辛苦を伴う溢れ出る血で 口を漱ぐ水は甘くなる魚介類の...
緑の田を白頭巾白装束の女の葬列が横切る死んだのは誰だ斎王か神農か歩き瞽女か (誰にも看取られず三味を弾きながら)女たちは無言で正確に均等な間隔で続く誰も亡者の誅辞も生前の儚い笑顔も語らない向かう先は砕ける波が飛沫を上げて泡になる磯辺だ私もその列について行きたいと身を捩るが母が作る夕食が冷えたまま残っている猫の糞が砂の上に転がっている夕刊が玄関に刺さったままだ相撲中継がついているだからせめて葬列の最...
気づいた僕の詩は誰も救わない何故なら閉じているからだ誰にも言葉を発しない誰の肩にもそっと手を置かない世の人は余りに弱っていて救いを必要としているのに僕の詩は何の役にも立たない自分の中で発せられ自分の中で消えていく自分のイメージを言葉に置き換え置き換えられたイメージが僕の中だけで増殖し僕の細胞を侵食していく多くの人の賞賛が欲しいわけではない理由がわかればそれでいいしかし理由の内容が血まみれだから自分...
月が光輪を背負って輝く晩森を抜けて君に会いに行こう驚いて見つめる梟を尻目に黒い馬に乗って吟遊詩人がかき鳴らすギターの音に紛れて父親に知られないように靴を脱いで風は芳しい香りを漂わせ月光は木々を黄金にするそして腰までの河に馬を乗り入れ流れる水音で波を蹴立てる音を隠しながら慌てずに かと言って失うものを知った性急さで石畳の道を静かに進もうやがて館の下まで辿り着いたら小さな でもよく通る声で声をかけるん...
染色体が一本少ない分俺には言葉を紡ぐ能力を与えられた俺の呟く言葉で多くの若人が千尋の崖から身を投げる中年女性が警官の前で服を脱ぐ世界中の音楽家が俺の言葉に音階を与えようと円形禿になるほど頭を掻きむしるだからお前の歓心を買うことなど俺にすれば朝飯前なのだ夕食後なのだしかしそんなことはしない俺の人生に介入するな俺に与えられた言葉は本来は煉獄で公開されるものだ烏が喚き鼠が齧り犬が交尾しても誰にも明かすこ...
志ん生は金明竹を演じている途中から火焔太鼓になったそうだ私も希望をうたっているつもりが終末と死をうたっていることがよくあるそれが私の癖なのかとNは歌ったが絶望を求めていないのに完全な孤独を語っている自分に気づき絶望することも屡々だ鳥よ どこへ飛んでゆく私を置き去りにして悪霊よ どこへ連れてゆく狭い産道を抜けて甘い甘い愛の詩は苦い苦い丸薬を飲まなければうたえないこのままサゲのない人生を後ろ向きに歩い...
中也はうたった愛するものが死んだ時には、自殺しなきゃあなりませんしかし僕は死なない死の平安には逃げない生の疣に刺されながら安宿のベッドで客死するまで生の裾に縋りつく愛する全てのモノを喪ってもそれまでどれだけの美しい日々を送ってもそのあとどれだけの醜悪な残骸が待ち受けていても一人であることに耐えながら潜水具を着けた深海で生の苛烈に耐え続ける仮に一人の理解者がいなくても仮に一人の支持者がいなくても僕は...
飲み下せない詩がひたひたと流通して分からなければ詩ではないという風潮がありそれはそれで美味いと思う人がいるのだから全く文句はないしかし私は飲みやすい糖衣錠を書きたいそしてするすると胃の中に入ると蝕肢を伸ばし肝臓に鼓動を打たせ脾臓にバナナを消化させ盲腸結腸にコレステロールを生成させるそのような糖衣錠を書きたいそれははいこれからクイズです Yesと思う人はこの選から右側 Noの人は左側に集まってくださいと...
こんな剃刀で割いた感情が湧くのは寝てないからじゃない起きていられないからだ世界の全てが詐欺師の蝗に満ちていて私自身は蟋蟀の一族だが詩はローマの便所の女陰の落書きより劣っていて立ち姿は老いさらばえた赤子で吐く息は屠殺された雌牛の腐臭だこの先誰かこんな私を愛してくれるだろうか発情期の豚以外にしかし満腹時服用と処方された抗不安剤を空腹時に飲んでも一縷の過去が吐き出す絹糸は掴んでいたい断崖の花が漂わす片輪...
取税人から届く絵手紙には風鈴が首を吊っており死んでくれてありがとうと達筆だそれを見てまた年金が下りたと知り黄砂も骨粉も降らない日を狙ってカタール紙幣に換えに行く新しい甲羅を着けていきたいが改札を通れるか確証がないその後で銀鱗入りの珈琲が美味い片目の潰れたマスターの店で友人と待ち合わせているでも今日はそこまで辿り付けないかも知れない九月の黄色い犬が街を駆けそろそろ父も召集から還るが仏壇の観音開きには...
旅に出よう他人探しの旅に貧相な被差別部落の端にある鄙びた宿に泊れば人の好いラマが迎えてくれるラマはお茶を入れてくれ窓から裏の血の池が見えることを教えてくれる私はそこで画帳を開く三面鏡に映った自分の横顔を描くためだ窶(やつ)れているわけではないのに頬がこけている世界中の災厄を一身に背負っているつもりなのか宿で楽しみなのは夜の食事だけだが皿数ではなくこの地ならではのものであることが重要だその期待に対し...
ぼくの前に道は続いているそして歩く端から崩れていく昨日の信頼は今日の虚偽へ変わり昨夜の愛の告白は今朝には撤回される愛する人を僕は傷つけ愛する人は僕から離れられない遠くの三角定規では雷鳴が轟いている僕の左手は昨日洗面台に忘れてきたこのまま進み悪霊の国に踏み入るのか立ち止まって奈落に堕ちるのかどちらにしても時間はなく懐中時計を持った兎が隣に立って急かしているしかし足元だけはいつも慈愛の子宮であり立つこ...
カーラはご機嫌斜めなぜなら自分の腕が二本しかなく掌には指が五本づつしかなく心臓が一つしか脈を打たず性器と肛門が別々でありそんなことがカーラのお気に召さない私たちは永遠に五体満足とはなぜ五体なのか答えを持たないDNAの偶然 適者生存の法則 創造主の気まぐれしかし誰もが器用に飯を食い歩き排尿し交合するカーラはそんなすべてがお気に召さない与えられた命を与えられた意図に沿って生きるなんて敗北だからだそこで時...
獣の牙と死者の奥歯が連なった首輪を幾重にもかけた村でただ一人の霊媒師が低く唸り 高く遠吠え祈祷する悪魔の流行り病の納める方法を神に告げてもらうためだ私を合わせて四人の娘が祈祷に合わせて舞踏を踏む私と姉は十二回と十四回の冬を越え胸が少しだけ膨らみ姉は神に祈る顔ではなく何かを諦めた表情だゆっくりと手を動かし身体をくねらせる酋長の娘の残りの二人はまだ祈祷の意味が解っていないだからただ踊ることを楽しんでい...
戦地からの帰還兵が渡る籐の乳母車を押した女が渡る頭の二つある勤め人が急ぎ足ですり抜ける帰る場所の無い少女が人に押されて渡る十五年前にバスに轢かれて死んだ爺さんが渡る棺桶を担いだ行商女が渡るしかし足音はしない息遣いも聞こえない声を荒げる者ももちろんいないみな一人なので会話する相手もいないただ白目に細い瞳孔を開け前だけ見て渡るそれはガンジスの流れのようでもあり押し寄せる過去から未来への穢れの粒子のよう...
終わりそうで終わらないトイレットペーパーが音を立てるカラカラ カラカラだから僕は 更新して再起動したほうがよいのでは と思う母が夕飯ができたことを告げに伝書鵺を送って来るが生憎僕の下半身は露出されたままだ本当は母が自分の首を送ってこないのが不満だその懈怠がだからギターをつま弾く指の股で作ったカポタストをつけて白蛇の葬送曲を想えば君とはもっと深い話をすればよかった君の言葉は僕の中で消化も吸収もされず...
完璧な人生を求めたからと言って完璧な死が待っているわけではない死が詩に変換ミスしたとしても部屋には枯れ始めているのに美しい萎びた鬱金香が差してあるが自然て面白いねと言われている間は完璧な死など得られないだろう完璧な詩が結局書けないように完璧な詩を求めて印度を放浪してもペストか禁治産者になるだけだ困りですかとウィンドウズは聞いてくるが困っていることが分からないから困っているのだ朝刊を開いてみよ七十歳...
極北までも続く赤錆びた線路の平均台を両腕を広げてバランスをとりながら歩こう大丈夫だよ 友達じゃないか僕も もう一本の線路の上でほら 片手倒立だだから安心してどこまでも進もう途中で獰猛な用務員や剣呑な角の年増女に出会ってもそれさえ心浮き立つ謝肉祭誰かと一緒にいることがこんなに楽しいなんて義母も祖父も教えてはくれなかった二人とも縊り殺してきたけどねもしかして疲れているのかい線路の上で横になってもいいよ...
ペンチで窓枠を割れ鐘のように叩いてくれガンガンガンガンそうだいいぞその調子だバイバイ ミスターフレンドシップあんたには世話にならなかったがこの先忘れることはないだろう なぜなら覚えていないからだこのガラクタだらけの処理場から旅立って俺は今夜 部落穴(ブラックホール)行の鉄道に乗るだから バイバイ ミスターフレンドシップ精通したのもこの街だった薬指の先を喪くしたのもこの街だった巨大な絶望を見つけたの...
ゆあーん ゆよーん と言ってみるがいい一発で殴り倒してやるだから君はダメなんだだから俺もダメなんだそんな程度の堅固な決心を抱いても世界は何ひとつ変わりゃしない世界をもしも変えたいと 嘘でも牛でもいいから想うならゆあーん ではなく がっぴょーん と思い切って言ってみよそれこそが天の配剤それこそが神の恩賜それで君は生きるんだそれで俺も生き抜くんだ無駄のない言葉など世の中にひとつもない絶対に必要な囁きも...
君たちは八つの目玉で何を見る七十八歳の娼婦の狡猾な流し目番いの犬の交合天使の降臨美しいものを見れば瞳が澄み穢れたものを見れば濁ると思っていたら間違いだ君たちは穢れを見よ瞳は黒々と輝き白目は透明になるだろう八つの目玉が何を見透すのか誰にも分らない少女が自らの寿命を悟らないようにだからと言って今そんなに私を見ないでくれ私の腐敗を私の恥部を私の原罪を清らかな八つの目玉で見られるほどに私の穢れが穢れを繁殖...
蒼鈍く光る立方体黄色く輝く紡錘体どちらかを選べ立方体は誠実で嘘をつかない蛙の足だ紡錘体は合理的で常に正解を示す蝙蝠の羽だ悩んではいけない膣か肛門かを択ぶように目を瞑って指させ片足の新聞集金人がメトロームを突き付けて急かしても慌てる必要はないいずれどちらかに決めることなのだだから今一度瞳孔を開いて立方体か紡錘体かを決めそして 一歩進め四千丈の谷底にかかる三尺の角材の上を天の御邦(みくに)まで歩め...
君は僕の前で宙返りして光を降らせる虹を描くそして真っ赤なネイルの指先で僕を誘う君が次に考えているのはどんな意地悪をしようかということでそれを思うと僕の胸は高鳴る悪事をなす時の君の流し目は金星よりも美しい悪事を企てる時のテーブルに頬杖をつく腕は夕照の中のギリシャ彫刻だ君の純潔は天使の邪悪だと知っている僕は朽ちるまで目を離せない...
トイレットペーパーホルダーを指紋を消しとるように磨けば南蛮渡来の逸品のように輝く輝く君にそっと尻を拭ってもらうために心の底から純潔を守る 初夜の花嫁にようにかぼちゃは好きかい外が固くて中がもじゃもじゃのそれは君の子宮だ生まれた時から君は可愛かったたとえ欠けている小指を咥えたくて喚き泣いても意地悪な美女になることは誰もが請け合ってくれたそしてトイレを空間の軸にして世界は回転している誰もが眩暈を感じて...
世界はとうに終わっていた女の首筋に噛みついている間に目玉の裏側のコンタクトレンズを探している間に会議費と接待費を振り分けている間に喉仏で施餓鬼供養をしている間に精子が卵子まで競争している間に右手が左手を探している間にだから円舞曲を一緒に踊りませんかロマノフ朝の最後の晩餐を飾る弦楽四重奏に乗って鶏を踏むステップで呪われた祈祷を耳元で囁いて静かに静かに夜に溺れていくことを感じながらそれは誰にも目撃され...
サティのジムノペティが流れるカフェで静かに読書をしていたらあなたが載っている物語を読んだことがあると隣に座った上品そうな白髪の老人に言われたそんなはずはないでしょうと答えてもいや確かにあなただったと譲らないそして一週間前電車で痴漢に間違われそうになったでしょうとか三日前にパソコンの電源が飛んで作成中のエクセルファイルが消えたでしょうとか昨夜ほっともっとで唐揚げ増量中のり弁を買ったでしょうとか経理課...
僕が君を嫌えば君は誰かを嫌いその誰かがまた誰かを嫌う静かな貨車の中にたくさんの棘の塊が積まれ錆びた鉄路にそっと止まっている君は喪くした夢想を探せるわけでもないのに草むらを蹴とばして東から西へ進み貨車も覗き込む けれど何もないニンジンをください キャベツをください 味の濃いものをいつしか憎みが痛みに姿を変えないとしても僕たちはこの現実にいま向き合っている白い粉が斉射され シュプレヒコールが谺し孤児が...
君は白いパラソルを開いて砂浜に横坐りしている 波打ち際を太ももの皮の弛んだ褌布の男が歩いている救済の時間だ廃工場の梵鐘が鳴って教えている何かお腹を温めるものを持って来ようか猿の頭蓋とか泥鰌汁とかでも大丈夫 あたしはもうアスパラを食べてるからポリポリ ポリポリ腰に手をあてて仁王立ちで海を見ているお嬢さんパンツが尻の割れ目に食い込んでますよそう言ってやりたいが水牛車を待っているだけなのかもしれな...
聖櫃の前で少女あるいは少女の彫像が立っている二百三十年間護って来た浄域の静謐を 自らの結界を一歩でも蹂躙してみたらいい少女の全てを磔刑にする視線で射竦められるだろうそして蛇皮の剥製になるだから聖櫃の中を誰も知らない少女は知っているかもしれないが教えてはくれない聖櫃が永遠に閉ざされたままなのか少女が待ち続ける何かが現れて重い銀の鍵を渡すのかそれさえも明らかではないだからこの汚濁の中で生きることに諦念...
天蓋一面を天使の顔が埋め尽くすがそれは明らかに三軒隣の煙草屋のおばちゃんだこんな近所に天使がいることを誰も知らずに今日もハイライトを買うそしておつりを百五十円受け取る夜になればおばちゃんは翅を広げて三メートルだけ浮かんであなたの陰茎が彼女の肛門に無事に入るか見届けてくれるそれを首のない馬が目撃して花束を抱えて蒼空の楕円を横切る私の婚約者が後継ということはないと思うがだからと言って天蓋一面に顔が描か...
その崖に近づいてはいけない穴倉に伝説の聖者が嵌っている穴倉の形が聖者に合わさったのか聖者が穴倉の形になったのかNHKの集金代行人の持ってきた名刺も入らないほど隙間なく埋まっているそして 衆生のために毎日三食腹いっぱい食べる噛みつくぞ 犯すぞ狗の尻尾を持って来い悟りの極意を伝授しようそのために三十三年間 此処にこうして居るのだ嵐にも紫外線にもほうれい線にも耐えているのはお前に巡り合うためだ健やかなれ ...
断崖の下に罅割れた赤茶色の大地が地平まで続いている基督が悪魔に誘惑され摩西が十戒を授けられたのも此処に違いない私はと云えば断崖の壁に凭れて黒猫を相棒にシングルモルトを舐めている姶良島で雨に煙る灰色の水平線を見ていた時にも手元にはシングルモルト 相棒は黒猫で何処にいても同じなのは自分でも可笑しい強い風に耳の蝶番が軋んだ音を立て燻された紫蘇の薫りが漂い砕かれた光が剥き出しの皮膚を刺し網膜の右角を禿鷲の...
あんた誰太い輪郭の女が訊ねるどこのもん輪郭から顔の肉がはみ出してさらに続けるこの先には思い出したくない夢と人間の三倍ある左手が出ることを知らんのか意外に親切なのかもしれない裏道を教えてやるから黄金餅三袋くれなんだと思って 首のない馬で突っ切るからいいと答えると自分の耳たぶを少し千切ってやはり太い輪郭の口で噛みながら裏道は山の魔女の産道だから安全なんだがねと付け加えるそんなことはいいから歌を歌え 馬...
二千年砂の中で眠っていた貴女は今 我が家のトイレに飾られている僕は小用を足しながら貴女に訊く人間はなぜ生きているのですかすると貴女は答える今夜は持ち帰りの仕事をしないで早く寝なさい貴女は耳だけが干からびず生肉なのでどんな小さな音でも聞こえてしまうだからキャベツの咀嚼音まで耳に入り野菜ばかり食べていないでたまには猿の脳みそでも食べなさいと諭すそういう時に耳は微かに赤みを帯びているそこが性感帯だという...
砂浜を馬の胴体が疾走する聖なる愚者を乗せるために曳かれてきた床屋とクリーニング屋のどちらを継ぐか考えながら僕は遠くを旅していてそれを見たもう戻らないと半ば決めていた気持ちを翻したのはそのためだだから明日還る饐えた酒麹の充満する街へ詰襟の中学生が浮きながら擦れ違う街へでもその前にどうしてもあの馬に乗りたいそれは名誉でも蛮勇の披露でもなく自分の頭がまだレタスではないことを確かめるためだそのためにどうし...
イギリスの農村の納屋で見つけたデスクに向かっているときは古い蓄音機からいつも80年代POPSが歌っている80年代ロック80年代恋愛80年代自我80年代眼のしばたき81年代うずまきそれは僕を突き飛ばして青い草むらの熟語の洪水の中へ転げさせるあの頃はよかったあの頃は余角だったあの頃は牡鹿だったしかし経験していない記憶の泡粒でむせてもなぜ という答えはバカボンのパパの駱駝色の腹巻の中に隠匿されているでもこの年になったっ...
闇夜を照らす聖火は儚いだからこそ民衆は求め聖人は指さす荒れた暗闇の沖で絶望する船乗りのように幽かだからこそ希望を託す闇夜の裏側が晴れやかな夜明けだと信じている者はごく僅かだとしても規則正しく太陽は巡る絶望の北半球にいる若者がサンバで踊る南半球の美女を憧憬するように得られないものを求めればいつかは朝が来るだから私は目覚める世界中が眠りにつく深夜にそして誰にも読まれない言葉を綴るそれが私の灯す私だけの...
死に等しい眠りがある息はしていない寝返りもしない眼球も動かないしかし脈だけが勤勉で律儀な機械だ生きながらにして死んでいるのか死にながらにして生きているのか問題は夢を見ているか否かだが見ているものは絢爛な現実だ眠る男は枯れそぼり木乃伊になるのか生きながらにして天に召された奇跡になるのかそれは男をくるんだ毛布が聖骸布として聖別されるかどうかで分かるやがて男が寝たまま世界は回転し聖女は悪魔に詐欺師は守護...
夕照の中を帰るのは八咫烏だけではない切り立つ岩壁の裾野のサバンナを西日の陽光で頬を焦がしながら姉妹がゆっくり帰路を歩んでいるしかし少し歩みを速めた方がいい夕闇と夜の裂け目から現れた悪魔が歯を剥き出した口から蛇を吐きそれに噛まれたら悪魔の花嫁にならなくてはいけなくなるそれを避けるにはハイエナの身体と自分の柔らかい肢体を交換するしかないハゲワシも愛妾を探して濁った啼き声を上げながら旋回し始めただから早...
画家は死ぬと分かっていた 間もなくこの世から消えるとすると街は画板の上へ自然に立ちあがり夢と背中に縫い込まれた法被の応援団が太鼓を叩いて明日を言祝いだその時 画板に描かれた街並みの壁は静かな鼓動を刻み屋根は密かな呼吸を続けたこの世の最後だと思って訪れた十八歳の女が絵の前で一度死にそして生き返ったそのような伝説が生まれてもおかしくはない命は滅びないただ居場所を変えるだけだだから画家の肉体から その描...
おまへは犀の角でつくった首飾りをわずかなパンの値にも満たない金貨で売り渡すしかし自分のたましひのありかをみせることも もちろんあたえることもないそのうつくしいよこがほに亜剌武の王侯貴族が見初めたとしてもおまへは片手の指先さへにぎらせないだらうだからわたしはおまへに会ひに毎日バザァルへかよひきのふは豚の尾 けふは猿のあばらと贖っては何とか話ができないかと画策する然しおまへはわたしの拙ひ亜剌比亜語での...
よぉーこそ 我が館にお越しくだされたこの硝酸の氷雨が降る中さぞかし難儀なことであったろうこめかみが痛ければ執事に申し付けるがよいふぐりを押し当てゆっくり揉んで差し上げるだろうまずは冷え切った身体を脱皮しなされ雨水が音立てる薬缶を脱ぎなされ顔面真皮に食い込んだ蟹の仮面を外しなされ地獄の業火をこちらにたっぷりと熾してある芯から温まる四十処女の生き血はいかがかな身体と気分が臨終のように穏やかになったら次...
深夜に懐中電灯で本を読むのも悪くない文字のない時代に僅かな灯りで獲物を獲る願いを刻んだ祖先の気持ちになれる酷寒の部屋で毛布を被り蝋燭の灯りの下 論文を書いた貧しい科学者の気持ちになれるこうして全ての不便と不遇は昇華され聖なる物語が綴られていくそれを思えば懐中電灯で顔の下半分を照らされた怪談の顔も中世の自画像に変わり漆黒の部屋は奇跡の聖堂になる遠く包で暮らす兄弟よお前の明日は輝いているだろう朝日は東...
男は下駄を脱いで椅子に登り周囲の国民帽を被った者たちに向かって演説を始めるこのままで我々は死ぬまで生きていけるのかこのままで我々は自らの信仰の欺瞞を守れるのかすると周囲の国民帽は大声で賛同するそして話の続きを聞くために熱い瞳を男に注ぐいつになったら太陽は土砂降りの日照りを止めるのかいつになったら雇い主は我々の働かない不自由を認めるのか周囲の国民帽はその通りだと口々に喚くそして誰かから叫び声が挙がる...
花嫁とは生まれなかった家で死ぬ人間の総称だぞろぞろと見物の子供を引き連れて村中を挨拶して回るが葬送行列が擬態しているありがとう元気で倖せになりますそれは戦場に赴く姿だみんな歓迎してくれるだろう婿は大切に扱ってくれるだろう三度の食事も摂れるだろうしかしそこにはいつも死が付き添ってやさしくやさしく 心臓を腐らしてくれる皮膚を青黒く変色させてくれる爺さんが高砂やをがなればチベットの弔い歌と同じ節回しだ何...
裸足で走れ君も僕も皮膚に食い込むのは真紅の珊瑚なのか赤ん坊の骨なのか分からないけれどそんなこと気にしていたらパン食い競争に勝てない笑っている 嗤っている縄を張った向こう側の割烹着の女たちがそれなら自分で走ってみろといっている暇に走れ 裸足で番長も 級長も 貧乏人の子も ひ弱なあいつも今日だけはみんな横並びだただ走れ 走り切った者だけが掴める 何を 龍の尾を 死霊の長い髪をそこからすべてが始まるだろ...
女は呆けている何も考えていないのではなく 考える何ものも持っていない足尾線の木造車両の隅の見ただけでスプリングの形状が分かるような緑色の薄い布の座席に座って瞬きもせず口を半開きにして外した右手を左手で持って肩を落としているそれは女が座っているのではなく女の不在の影が穴のように蹲っている姿だどこから乗ったのか知らないが心臓の脈拍ほども動かないしかし暑い 暑すぎる 木造車両のヒーターは周囲の乗客はみん...
あなたの命いただきますヒミツのアッコちゃんのお面をかぶった殺し屋が言ったそして蚊にでも刺されたのか膝をポリポリと掻いたあげてもいいけど 代わりに何か欲しいなそういうと目の穴の中の瞳を少しくるくると回してからでは私のブルマーをあげましょう と言ったいやそういう趣味はないから と答えるとなんでぇ みんな嬉しがるのに と不満そうに言いじゃあ何ならいいのよ と殺し屋の輪郭からはみ出し気味に言ったそうだな ...
高く掲げた卒業証書に血が滲んでいる君のじゃないとしたら僕のかな滲みはシミとなり太陽の黄色い光を通す先生、さようなら。みなさん、さようなら。背後をこっそり見ると銘仙を着た母親が立っている後ろ手に僕を殴る竹の棒を隠してこの学校のことは忘れない なぜなら覚えてないから給食で出たまるごとのキャベツだけは別にして先生、さようなら。みなさん、さようなら。隣に半ば失神して立っている君とももう会わないだろういつま...
余荷解屋(よにげや)の親父はいつも煙管を吹かして引き取って来た首を括った一家の店の商品を積み上げて泡銭を儲けているそこには栗鼠の骨や キャベツの芯や少女の脛が値札をつけていて藪蚊の集団の客が群がり自分の痘痕だらけの息子の自慰の扶けになるものを買い漁っている 何という親心だしかもどの商品もアリババで買えばその半額だでも中国人と商売したくないために 皆が余荷解屋を訪れるその内気な国民性と少しでも安く買...
次元の裏からスコールがやってくる前の犀が横切る草原に階段がある登ると四段目がなく代わりに空海の頭を踏んでなお登り数えてみると七段あり階段が十三段あれば倖せがやってくるのに七段では誰も幸福にしない 不幸にもしないしかし僕は明日の深夜 月が静脈瘤破裂する前に 頂上まで登るつもりだ七段目からもう一歩足を進ませるだけでいい異界に首が出て十三色の金糸雀が煤けた声で喚き紫の雲がうんこ臭さとともにたなびき黄金の...
絶望している時こそ救いの詩が綴れる失恋した時こそ愛の歌が歌えるそれは人が生きることを願っているからであり悴んだ指先が熱を帯びるのは生命の鼓動だ死の望みを持つ者に生の希望を語るのは難しい堕ちゆくイカロスを再び飛翔させるようにだから全ての表現は虚しい誰も掬い上げはしないにも関わらず私は生の希望を語るそれは自己満足だが少なくとも自分は救えるそれが全てであり物語の冒頭を告げる尖塔の鐘だからだ今夜も人は望み...
名前牛田・アンクルレレレ・丑之助本籍あなたが淋しい時天を仰いでくださいその時に東の空にひときわ明るく輝く星があればそれが私の本籍です学歴バカ田大学文学部詩学科を平凡な成績で卒業食歴シイタケが食べられませんでしたが実はペンギンの肉だと知って大丈夫になりました特技知らない間にあなたの後ろに立つことそして耳元でささやきますこれ食いちぎっていい?好きなこと咳き込むこと身体の裏側中の全てが飛び出るくらいの勢...
坂のある街に住みたいと思っていた石段に猫と並んで座り屋根瓦の向こうの海峡の輝きを眺め日暮れには月3万円の貸家に帰って赤鯛の目玉でビールを飲るそういう早い晩年生活も素敵ではないかそれで家を探しに行った駅では十六歳くらいのセピア色の少女が改札に浮かんでいた少女は挨拶もなく先を歩きだし私は慌てて後を追った少女は五センチばかり地面から浮いていたので延々と続く細い石段をするすると登っていったがコンパスで楕円...
大工である桜田君のお父さんの軽トラックの荷台にみんなで積み込まれ野球の試合をしに山間のグラウンドを目指してこの世からあの世に運ばれたしかし試合の記憶がちっとも残っていないのは例によって 三振とエラーと読経しかしなかったからかそして僕らはまた軽トラックの荷台にリンゴや材木や水道管として積み込まれて帰ったとても愉快だった毎日繰り返される両親の夫婦喧嘩にも行きたくもないオルガン教室にも輪郭のない級友ばか...
根室は北海道東端の細長い半島の付け根の小さな町だが、大地は思いのほか遥かに続いていた。赤茶色の大地に打ち捨てられたように建つ小学校の体育館が私たちの目的地だった。二階が屯田兵の資料館だったからである。階段を上がると部屋は五月だというのに熱気で耐えがたく蒸されており、管理をしている先生が窓を開けた。しかし風は寸分も通らない。仔熊を生贄にするために慈しんで育て盛大な焚火の周囲で祖先から伝わるユーカラを...
空色 瑠璃色 群青 ウルトラマリンブルー 紅色 朱色 臙脂 丹色 桜色 桃色 マゼンタ ワインレッド 緑 若草色 鶯色 エメラルドグリーン 黄色 鬱金色 山吹色 芥子色 マリーゴールド 紫 藤色 ラベンダー 茶色 黄土色 栗色 小豆色 鳶色 セピア カーキ 生成色 灰色 利休鼠 シルバーグレー 黒おまへがスカートを翻すように あらゆる色が旋回し 混晶...
をんなは私の卓につくなり五分寝かせてといって突っ伏したうなじにじっとりと汗をかきジュゴンが泳いでいるのが見えた私は待ち呆けを食いながら煙草をふかしたが卓と卓の間を大名行列が通り駱駝が歩き亡くなった祖父の影が過ぎカエサルとヒトラーとレオナルドダヴィンチが肩を組んで踊りながら通りスイートムーンが西から東へ昇って沈み二十三段のざるそばを重ねた蕎麦屋の自転車が走ったダンスタイムにマタイの葬送曲が三回流れ灰...
サンダーバードが三十二ビートで天空にリズムを刻む引潮よりも速く土用波よりも圧倒的にあらゆる魂を蹂躙し強姦し収奪するそして自らは蒼空を気高く疾走する何者にも邪魔だてはさせない何者にも行く手は止めさせないひたすらに飛空しただすらに滑空するそれがサンダーバードだイナズマヘビが地中四百万尺から反動をつけて跳躍する太陽光よりも垂直に破裂光よりも眩くあらゆる愛を黙殺し否認し破壊するそして自らは青嵐の中を無垢の...
世の中は創作者と解釈者で成り立っている大根を植え太く長く育てる人間と絶妙なふろふき大根にする人間がいるのと同じだふろふき大根を食べた百姓はそのほのかな甘さに驚きこれが俺の解離性自己崩壊が社会的黙契に転換しているということなのかと初めて頓悟するしかし往々にして創作者は解釈者の無見識を詰り解釈者は創作者の無定見を批判するしかしそれは鬼が死神と争っているようなもので何の生産性もない何の破壊性さえないそれ...
雨が番傘を鳴らす冷たい脹脛に泥水がかかりそれでも聾唖のように道端に立っている電信柱の広告はあかるい家族計画だ三輪トラックが掠め番傘が風に煽られるでも手放すわけにはいかない どうしても雨音に合わせて脈拍は打たれているから店主が首を括って閉じたバーバー頬白鮫の扉が誰もいないまま開いたり閉じたりしているいつも五厘刈りにしてもらっていたのにもうそれもできない今は自分でバターナイフで剃っているから頭は鬼が引...
低い窓から女のうなじへ鈍いナイフを投げるそんな言葉を紡げるのに三人でいれば必ず一人を仲間はずれにするような意地悪な性格をしている人だった 君はイスラム教に改宗すれば奴隷から解放されるそんなことさえ頭に浮かばず鎖につながれて櫂を漕いでいるそんな奴だった 僕は無自覚の阿呆ってやつ?そんな君は今や小児科医になって日がな泣き喚く子供をあやしながら喉の奥にバターナイフを突っ込んでいるでも心の奥ではやっぱりそ...
手形の数だけ 人間が来た 洞窟の中にその数だけ命があったお前らは何のために手形を吹き付けた左手を岩肌に当て 右手の麦のストローで染料を吹き付けそんなのは生きている証しにならないのに生きている証しを遺す意味などないのになぜ痕跡を残して逝った夜中に手形が動き 握り合い じゃんけんをするそのような幸福な噂話さえ伝わらない手形は岩肌に張り付き 九千年間動かないお前らは なぜ手形を遺したお前らは なぜ遺そう...
大事なことを忘れてしまったときには思い出し屋が役に立つ離婚届を書くときにマイナンバーを忘れてしまった爺さんを軽く一人轢き殺したときに自分の車のナンバーが思い出せない彼女とホテルに行くときに妻に今日は残業だと電話しようとしたが番号を忘れたそういう時に思い出し屋に依頼すればすぐ代わりに思い出してくれるしかしそれらは実は手帳にメモをしておけば済む話であって本来の思い出し屋の仕事ではないむしろ思い出し屋が...
カミは旅人として訪れる笠を被り蓑を纏い身長より長い杖を携え潔斎した家にある夜突然現れるカミはにわか雨のように玄関前に立ち滑るように家の中に入って来るだからどの家も常に主人は紋付き袴で過ごし厳選した米だけで醸した老香(ひねか)のない酒と裸で海に入り身を清めた男が釣った魚を用意しておかねばならないカミは笠と蓑をつけたままひと言も発せず音もたてずに酒を飲み魚を素早く食した後小さく舞って家を後にしてまた旅...
木魚ではなく頭骸ですか撥ではなく尺骨ですかあなたが祈るのは亡母の救済ではなく地獄の祭礼ですか頭蓋骨を木魚にするほどこの巷には晒された亡者が多いのですか確かに亡者は頭蓋骨が叩かれることで罪障のひとつひとつが陰徳に変ずると申しますが亡者が累々と列を作って審判の門に並ぶこの國では心臓から指先まで生きている人間を探す方が難しい人は生きながらにして徐々に溶け徐々に死んでいっているのだ...
塩酸消毒液の臭いを漂わせ三十八年間不明だった兄が 還って来た兄の話題はその間一度も食卓に上らず夕方 仏壇の掃除をしながらの母の呟きにも出なかったので私の脳裏から全く兄の存在は消えていた兄は緑の蛇が隙間をすり抜けて入り込むように現れ私の皮膚に逆毛を立たせた兄は当たり前のように座卓の一方に坐りサツマイモの天ぷらを食べご飯を三杯お代わりした 全くの無言で家族全員も無言で俯き箸が茶碗に当たる音だけがした兄...
ささやかな才能と本能だけで言葉を紡いでいた僕が解説をしろと言われたら やっと これは何だと言えるようなものを書けるようになったこんな幸せな瞬間が祝祭日でもない無感動な深夜に不意に訪れると僕はもうすぐ死ぬのではないかと思ってしまうでもそれは神がもたらしたものではなく膨れに膨れた僕に細く鋭い一本の針が刺されてくるりとゴムが捲れたようなものなのだもちろんそれはまだ僕の内部の変容であって生んだ卵が黄金にな...
トシドンがやって来る蒼い首無し馬に乗って濃灰色の雲の切れ間から降下してくるそして村中を蹂躙して回る女を犯し男の肛門に紅いマラ棒を突っ込み子供を恐怖で発狂させ犬の声帯を剥がし去る子供を四つん這いにして餅を背中に載せて歩かせ落とすと小突き大声で威嚇するそしてひとしきり村中の人間の尊厳を破壊した後上等の酒と山海の珍味でもてなされるやがて満足したトシドンは徐(おもむろ)に新しい年を異界の向こうから引き寄せ...
ムッシュ・マカロンよ にやけるな確かに世の中には可笑しい問題がたくさんだ犬と猫が交尾したり それも正常位で善良なものが邪悪なものになったり 当たり前のことだが敗戦国が戦勝国にいつまでも非難されたり ありがちだが優しい人に限って迫害を受けたり これもよく見る風景だがだからと言ってにやけるのはいかがなものか世間の紳士はそういうものが視界をかすめても 笑いを押し殺しすまし顔で口元をハンケチで拭うものだム...
黒部は墨のような曇天が渦を巻いていた黒部で一軒だけのホテルのフロントの小さな窓から顔を出したのは双子の老婆でねっとりとゴムの仮面が歪み割けた口で同時に笑い声を合わせて「お泊りですか」と言った街には雑貨屋が一軒だけあり 河童の店主が愛想よく「これが最新刊ですちゃ」といって薔薇族をすすめたが私は少ない選択肢から三カ月前の女性自身と姓名判断の本を買った最近の運の悪さは名前から来ている気がしたのだもう一軒...
見えない隣人諸君諸君らは歩むだろう床に播かれた薔薇の花びらの上を首筋に 鈍く断ち割る鉈を当てがわれているのか温湿布を貼られているのかもわからないまま向かう先は虹の麓であり地獄の崖の淵でありあるいはカレーライスが電子レンジで温め直されている2LDKのテーブルであり見えない隣人諸君しかし明日は来る明日が来れば諸君らはまた出かけるだろうマンモスを狩りに桑の実を採りに諸君らのアルテミスを探しにその営為が九千年...
五體投地とはお前が身体を投げ出すのではない大地がお前を抱き 受けとめることだ倒れているお前を群衆が跨いで行っても大地はお前を離さない大地がもういい お前をすべて受け入れたというまでお前は大地に抱かれていよ傍らに野良犬が寝転んでいてもしかし犬は大地には抱かれない何故なら犬には苦悩がないからだ犬にお前以上の苦悩がもしもあれば大地はお前を捨てて犬を抱きとめるだろう玄奘三蔵も河口慧海も丹巴の長男も五百キロ...
予定も練習もしていなかったのに急に歌えだなんて そして合わせて踊れだなんてもちろんめでたい席だからやらせてもらいましたが終わった瞬間出店が店をたたむようにてきぱきと段取りを進めたのは あまりに冷たくはないか僕が歌っている間は確かに虹がかかり天を馬が駆けたのに君は幸せという甘い夢を感じなかったとでもいうのだろうかまさかそんなことはあるまいなぜならここからも見てもわかるほど君は恍惚とした表情だったから...
脚だけが二十八歳の幼女赤いハイヒールを履いて何の邪心もないようにわたしを見る(本当はあるくせに)二十八歳の脚は膝を揃え足首を一層きゅっと細くして色香を芬々と漂わせながらおかっぱ頭の上半身を支えているしかし少女の上半身が脚に追いつくことは生涯ないだろうなぜならおかっぱがパーマになって胸が膨らみ二十八歳になった時脚は老婆と化しているからだそれが幼女の生まれながらの罪業であり誰もかなわない恐ろしい魅力だ...
長屋の三軒隣の空き地に三輪のミゼットが打ち棄てられていた私は開かないドアの窓からもぐり込み運転席に座って遥かなドライブを始めたミゼットは牛乳屋の角を曲がり 二歳で生まれて初めて行った砂浜である湘南を経由して脳みその裏側の宇宙まで疾走したミゼットはもうしんどいよと言いながらも黄昏の中を進み私は母の折檻からどんどん遠ざかるやがて周囲が闇に侵食される頃ミゼットは無条件の肯定が待つ約束の地へ辿り着くもうこ...
昭和二十一年三月十三日朝省線有楽町駅英語で記載された列車の行き先表示の下を無言で俯き歩く国民服の群に私を仇敵のように切りつけて見る男がいたお前はどこの隊のものだ階級は何だお前は何人殺したんだお前はなぜ生き残れたんだなぜ生きて帰ったんだ多くの僚兵が死んだのにどの質問にも答えられないどの質問から答えていいいのもわからないどの質問がはったりなのかもわからないだから私はただ黙って男の眼光を受け止めそしてそ...
ぷっぷくぷーあんたはパリを寒い街だと扱き下ろすがでもおいらをご覧 裸で天に向かって踊りながら喇叭を吹いている幸せなんて優しい娼婦のように片手で陰茎を握り 片手を懐に入れてくるものさだからあんたのように眉間に皴を寄せて肩を竦めて歩いても誰かが狩った首の骸骨をくれるわけでもない旧約聖書を冒頭から朗誦できる人間だと示すために目の前で一世一代の宙づり大回転をしてもおいらはちっとも驚かないがでも一度きりの人...
テトラポットのある岸壁で人魚を釣った人魚は絵本で見たように上半身人間 下半身魚だったが円形ハゲの周囲に長く髪が伸びて落ち武者のようであり顔は生活に疲れたおっさんだったおっさん人魚は 昨日も八時半からパチンコ屋に並んだのに全く出なかった あんたよく出るパチンコ屋を知らないか 煙草が値上げになるのが不満だ 税金を取るなら俺らみたいな庶民じゃなくもっと金持ちから取れ これからは一日ひと箱にしなければ そ...
ブラウスの釦をひとつひとつ外し腕を袖から抜き肩を曝して肩から裾にかけて折り返し袖をその中にたくし込んでお前は丁寧に畳むそしてスカートのホックを静かに外しするすると床に落として同じようにプリーツに沿って畳み静かにソファの上でブラウスに重ねるブラジャーに装飾は一切なくまるで盲人の目隠しのようでしかしそんなことに頓着せずお前は腕を背中に回しホックを外し肩ひもを外し今度は邪険にソファの背に投げかけて隠す気...
その薬指のささくれを 剥がすのが怖ろしいぴっちり貼られたラップを剥がすように数ミリのささくれを摘まんで引っ張るとそこから ぴりり ぴりりと からだぜんたいの皮膚が剥けてしまいそうで一枚剥がされたわたしはどうなっているのか柔らかく生暖かいもう一人のわたしが現れるのか脱皮後の蛇のように あるいは真皮も筋肉も内臓も露出した人体標本それとも全く新たな人類そしてその時にわたしの自我はどうなるのかわたしの広汎...
魔法使いのパパに一日だけその力を貸してと言ったらお前も遂にそういう年頃になったかと相好を崩された手始めにまずは牡犬と人間の男を結婚させたら深く愛し合い生涯を共にしようと誓い合ったので拍子抜けした次にアラスカのイヌイットをアメリカ大統領にしたら国民全員が銃を捨て幸福になったのでがっかりしたじゃあと月の回る方向を逆にしたら世界中の詩人が詩作に没頭したほかは何も起こらなかったこんなんじゃ折角魔法使いの力...
渡り廊下を歩いてた赤い草の茂る丘を越え海豚ののたうつ砂山を登り左手の生えた荒地を抜け延々と続く渡り廊下を歩いてた時々背泳して来る僧侶とすれ違い押入れに閉じ込められて泣いている幼い自分とすれ違い自転車で走り去る女学校の生徒とすれ違い少女が老残した盲目の婆さんとすれ違うこの渡り廊下はどこにつながっているのかそれは私の見たくない場所なのか約束された土地なのかしかしそれが分かったとしても 今になって戻るわ...
君は立って待っている 同僚か彼女か あるいは 雲間から現れる銀の龍か時々腕時計を見たりしながらその足元の遥か地下に 教会があることを知らずにそこにはシャンデリアがかかりキリストの磔られた十字が架けられ祭壇があり 説教台があり周囲はキリスト生誕から復活までのタイル画で埋め尽くされている燭台には十三本の蝋燭が灯され聖水が準備されている君はそれも知らずに昨日犬の糞を踏んだ革靴をいらいらと踏み鳴らし吸いか...
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