熾炎商売で成功している人に禅は無用である白隠禅師はそう言ったこの世をがっつりと生きる人は超越的なことなど考えなくていいのだよ宗教や哲学や芸術を真に必要としているのは一万人に三人くらいのものだろう呪われた魂だけが炎の中に踏み入り自らを燃やす世に広まっている宗教や哲学や芸術は余燼のようなもの世を照らし暖めるがその源には強烈な混沌の炎がある第608日熾炎
愛愛はどこまで行っても純化できないどれほど精神的な愛と言ってもそこには人間ゆえの欲望が入り込む肯定し賛美し共感し慈しみ相手のために心底尽くすそれでも無欠にはならない愛したいという欲望愛する自分を誇りたいという自尊自分がよきものであるという高慢そういうものと諦めるしかない愛は絶対善ではないただ己を輝かせるものとして持つしかない第607日愛
希望と救い人に希望を見たことがあった人に救いを見たことがあったそれは手ひどい失敗だった人は私に背を向け私も人に背を向けたけれど通りすがりの人のわずかな仕草に希望を見ることもある会ったこともない人の生き方に救いを見ることもある希望や救いは求めるものではない恩寵のように与えられるものしかも束の間の輝きとして暗い出来事の溢れる世も見渡していると希望や救いは与えられるその束の間の輝きが私を世に繋ぎ止める第606日希望と救い
言葉以前言葉がなければ思考もないというのは嘘だこの動作を表わす動詞はないこの感情にふさわしい形容詞はない詩作は常にその壁に突き当たる夢はどうやっても言葉にならぬ超越体験を描写する言葉はないそれでも言葉で掴もうとする詩作もまたそういうものだ言葉になるものを言葉にしてもそれは道具でしかない言葉もわれらも事実の奴隷だ言葉にならないものを言葉でかすかに捉えた時それはわれらの創造になる第605日言葉以前
呆夢愚かしい夢を見た後は自分に呆れて幻滅するこんな程度の事柄しか思い浮かばないのかこんな程度の連想しかできないのかとくだらない夢でも心の掃除にはなっているとも言うしかしこんなくだらない夢で掃除しても果たして心はまともになっているのかもっといいものを思い描けないのかもっと豊かな想像を組み上げられないのかほとほと心を一発殴りたくなるどうやって心を高めればいいのかどうやって心を鞭打てばいいのかいまだに私にはさっぱりわからない第604日呆夢
抹消叡智を得た人々は歴史から抹消された勝ち誇っているのは偽の叡智ばかり天は叡智が拡がることを望まなかったのかそれともやはり悪魔が世を支配しているのかわれらはその叡智のわずかな残骸しか知らないしかもそれは深く埋められている私は少しばかり世を憎むけれども残骸を遺しておいてくれた世に感謝もしなければならない第603日歴史からの抹消
創造遊戯ウミウシの姿って何だよあれ絶対誰かが遊んでるぜそんなのありかいなそこまでやるかというのがごろごろいる生物の創造係というものが絶対いるに違いないウミウシは新米の練習作品だろうちょっとこんなことやってみようかなとわれら人間もまたその係の産物かなまあ大した作品だウミウシにしろヒトにしろじゃあグロテスクな生物を創った係はいったい何を考えていたのかねあれも絶対意図があると思うね第602日創造遊戯
悉有仏性人は誰もが仏になる種を持っているそうだと言いたいが言い淀むやがては仏になろうと願っている魂はどのくらいいるのか願わなくともならせてくれるほど仏の世界は甘いものではなかろうに現世の私の迷妄劇を糧にして見えない私の霊魂は仏になるための修行をしているのかこの世は果てのない無明の海仏性はその底で朽ち果てていないだろうか第601日悉有仏性
強さ強くなれと昔は言われた今の子供たちはそう言われるのだろうか強くなることは大切なことだ人を支配するためではなく苦難と不快に耐えるためにちっとやそっとの苦役など易々とこなす強さがなければ何も生まれはしない今の文明は人に弱くなれと導くもっと安全と保護を求めろと勧めるそれは人間を壊す悪魔の罠だ第600日強さ
根われらも目に見えるすべてのものも根なのだ闇に分け入り岩盤を砕く太陽ですらわれらが目にするのは太陽の根に過ぎぬ真の太陽は見えない高みにあるわれらそれぞれの上にどんな幹が育ちどんな花が咲いているかわれらは知らないわれらはひたすら岩盤に突き当たりそれを砕いてかすかな水と妙なる栄養を吸い込むのだ第599日根
安飯安い食堂で安いものを食っておいしいねえありがたいねえと喜べるのは下層民の醍醐味幸せだわよ半世紀前の食生活はもっと貧しかったでもわれら庶民は喜んでいたおいしいねえありがたいねえと天下の珍味を味わって狂喜するのは嬉しいけれど別になくてもどうということはない質素なものをおいしくありがたく食うそれは幸福なことだ第598日安飯
よき想像たとえ妄想であったとしても神や仏のことを考えるのはお金のことを考えるよりはましなんじゃないか神の意志はどのようなものか仏菩薩の慈悲はどう働くのか地上より優れた世界には何があるのかたとえ妄想であったとしても人は地獄の様は刻銘に想像できるが天国極楽は貧弱な絵しか描けないなんでだろうねよきものに思いを馳せることは心の悪魔が邪魔をするこの悪魔は何をさせようとしているのか第597日よき想像
直観直観は知ではなく知恵でもなく叡智でもない直観はしばしば詩的で美しい恐ろしいほどの輝きを放ちすべてを貫き通すように思えるけれども直観は知になり知恵になり叡智にならなければならないそれでも直観は身を震えさせるこの震えがなければ何も生まれない第596日直観
剣理屈では何とも言える地球は平らだとと言いくるめることも疑えば何も確かではなくなる私があるということさえも知性という剣は鋭い使い方をあやまれば自分をさえ切るとはいえ剣を持たないと世界はあまりに手強すぎる第595日剣
縦走単独峰を登るのは苦しいものだはるか彼方に頂上が見えただ登るだけの山道連峰の縦走は楽しい最初の取っ付きさえ苦しんでしまえば後は緩やかに登り下りしながら最高峰へ着くやることを決めて生まれてきた魂は禁欲的な単独峰登山者なのだろうかひたすら目標に向かって登り続けるおおかたの人生は連峰縦走だしかし標高が低かったり途中で崖に落ちたりまあでもそれなりに楽しいものか第594日縦走
願いつながりたい人間とではなく天のものとより高い光と救われたいのではない願いを叶えたいのではないただつながってわずかでも天の光を吸いたいこの世のものは濁って重すぎる私は窒息しそうになるついに叶わぬものとわかっていても私はそれを願い続ける第593日願い
感情の芳香ふとした光や風に景色の記憶の小さな欠片がよぎり濃密な感情の芳香が立ち昇るその時私は至上の悦びを覚える何の役にも立たない何かを作ることもないただ自分がまさぐるだけけれどそれが私の生の喜び現実の生活も苦悩も幸福もどこか取って付けたようなものそれは何かのサインなのだ遠いところにある私の魂が私を求めて呼び掛けているのだ第592日感情の芳香
日本いろいろ文句はあるけれどひょっとしてこの国の文明は相当すごいのかもしれないそんなことを言い立てる人は多くないし声高に叫ぶ人々は少し怪しいけれど案外多くの人がそう感じているんじゃないか奇妙なところはあるけれどどの文明だって奇妙なものいろんな奇妙さがあったほうがいいくさしてけなしてばかりいる人は出された食事にすべて文句を言うような人おいしく味わったほうがいいと思うけどね第591日日本
癖いつの間にか身につけた心の癖が自分も相手も傷つける自覚すらなく斜に構える癖妙にはしゃぐ癖余計な一言を言う癖自らを卑下する癖誰かの癖を真似したのかそれとも魂自身の持ち味なのかそれはわからない癖をなくすことは容易でないがどんな癖があるか知っておけば火傷は多少軽くなるだろう第590日癖
美のアイロニー美しい景色が本当に美しくなるためにはそれと共に労苦があることだ辿り着くための疲れ身を貫く寒さ果てなく続くと思われた闇あるいは破れた恋の痛み長い入院の後に見た平凡な公園の景色がどれほど美しかったか安楽な時間を過ごしていると美は輝かないそれが美の女神の皮肉第589日美のアイロニー
狭き門狭き門とは競争して入る難関のことじゃない誰もが見向きもしないみすぼらしい小さな門のことそれこそが命への道だと彼は言った美しく飾られた誰もが入りたがる門は滅びへの道だと真理とは多くの人が目を向けないものいや目がそれてしまうもの世に広まっていることは疑って掛かるのがよい真理への道は人が眉を顰めることの中にある第588日狭き門
午前幼い日午前の陽光は神聖だった街は瑞々しく物の輪郭は鮮やかだった午後になると陽は哀しみを含みやがて来る切ない夕暮れを予告した体も心も疲れてぼんやりとし空気は重かった今もたまに歩く午前の街であの時の瑞々しさが一瞬蘇る午後の空気の重さは変わらない人の人生と同じように昇っていくものは瑞々しいのかそれはもう帰ってこないのか第587日午前
永遠との戦い永遠との戦いをするのはごくわずかな人々だ戦果を修める人はさらに少なくその戦果も世の役には立たないその道を踏み出してしまったら諦めるしかない負け戦は覚悟孤独になるのも覚悟わずかに繋がるのはかつて戦った人々これから戦う人々細い途切れそうな糸だがこの糸なくしては人類は沈没するだろう第586日永遠との戦い
無期待人に期待しないことだ賢く生きるため朗らかに生きるためには私はそれを知らなかった愛しつつこうなってほしいと願い導きつつこうしろと迫り交歓しつつ利得を求める危険な罠と知りつつ足を踏み入れた人生の夕暮れになってようやく私は人に期待しなくなったただ孤独になっただけかもしれぬが私は世にも運命にも期待しないそうして私は少し朗らかになったわずかだけ利口になったのだろうか第585日無期待
砂漠の隠者砂漠の庵に籠もり瞑想をしていた聖者はいったい何を見ていたのか何も見ないことを欲したのか彼は見なかっただろうかかすかな雲を踊らせる空をわずかな水を求めてうごめく虫を干涸らびていく自分の肉体を彼は見たのだろうか神の国をそれはどんな景色だったのだろう人々が歌い祈るなごやかな野?それは彼が捨ててきた故郷に案外似ていなかっただろうか第584日砂漠の隠者
しれっとしれっとというのは面白い言葉だ平然と、どこ吹く風その泰然自若がいいしれっと善行をなししれっと真理を語りしれっと名作を創るそんなふうになれたらすごいものだ歯を食いしばってとか艱難辛苦してとかそれはそれで素晴らしいけれどまあ私は七転八倒して日々のつましい生活を生きるしかないでも少しばかりしれっと気取ってみたい第583日しれっと
老聾耳が少し遠くなった何度も聞き返すのは恥ずかしいし申し訳ないが補聴器を買う金もなく母も母の母もそうだった嫌なことを聞かずに済むから長生きするそう母は笑っていたいや私は長生きはしたくないけど若い恋人たちは聞き取れないほどの囁きで通じ合う老聾はその対極か人と隔たっていくのは寂しくもあり穏やかでもあり冬の弱い日差しのようでいい第582日老聾
空虚月二月は淡々と過ぎていくその淡々さがいい冬の苛酷さの下でじっと生きている世の姿がメディアも政治も商売も大人しくしていてほしいこの空虚の月を淡々とやり過ごすために狂躁ばかりでは疲弊する狂躁の歓喜を味わうには沈鬱の時間が要るその蟄居生活をそっと潤す梅の花の香りがいい静かさと格調の高さを持って第581日空虚月
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