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2018/05/05

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  • なぜ大阪人はエスカレータの右側に立つのか? 【連載】頑張れ!ニッポン㊲

    【連載】頑張れ!ニッポン㊲なぜ大阪人はエスカレータの右側に立つのか?釜原紘一(日本電子デバイス産業協会監事)▲阪急・梅田駅のエスカレータ(nikkei.comより)大阪ではエスカレータに乗る時、みんな右側に立ち左側は急ぐ人の為に空けている。東京とは逆だ。何故だろうといつも疑問に思う。そこで生成AIに聞いてみると、「1967年に阪急梅田駅にエスカレータが設置された際、阪急電鉄が『右側に立ち、左側を空けるように』とアナウンスしたのが、日本で初めて片側空けのきっかけとなった」らしい。▲エスカレータの片側空け(diamond.jpより)ところが、東京では大阪と異なり、自然発生的に片側空けの習慣が広まった。どうしてか。特に平成元(1989)年頃のJR東京駅や新橋駅、あるいは地下鉄の新御茶ノ水駅などで見られるようにな...なぜ大阪人はエスカレータの右側に立つのか?【連載】頑張れ!ニッポン㊲

  • 途方に暮れてフィンランド女性のアパートに 【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(99)

    【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(99)途方に暮れてフィンランド女性のアパートにヘルシンキ(フィンランド)モスクワではスターリン様式建築の古い、大きなホテルに滞在したのだが、当時の日記帳が行方不明なので、ホテルの名前は不明だ。ただ、薄暗いロビーや各階を繋ぐ階段がやたらだだっ広かったことは覚えている。各階のロビーには、椅子に腰掛けた制服姿の太ったおばさんがホテル内を行き来する宿泊者や訪問客を監視していた。無言、無表情でなめ回すように見つめられるのはかなり不快で居心地が悪かった。監視カメラなどない時代だったが、その代わりに街中至る処に、制服の警察官や一目で一般人とは違う目つきの鋭い男たちが通行人に目を光らせていた。インツーリストから、空港や駅では写真を撮らないよう厳重に注意されていたが、街中の何気ない日常風景...途方に暮れてフィンランド女性のアパートに【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(99)

  • 失われた80年…日本はいつ独立回復するのか 評論家・宮崎正弘

    (「正論」6月号から転載)失われた80年…日本はいつ独立回復するのか評論家・宮崎正弘▲宮崎正弘さん(日刊ゲンダイDISITALより)「失われた三十年」とは誰が言い出したのか。江藤淳は「第二の敗戦」と表現した。1990年代にバブル崩壊があって、日本経済は右肩下がりとなり、若者から活気が失せ、日本社会はダイナミズムを喪失した。「失われた十年」、「失われた二十年」が連続した。経済新聞はむしろ自嘲的にこの比喩を多用したが、ウォークマンの爆発的ブームもデジタルカメラのブームも去って、鉄鋼・造船は中国に、日本が自慢した半導体は台湾と韓国に市場を奪われていた。いまでは「失われた三十年」が常套句である。主に経済的停滞を視野に入れてGDPの伸び悩み、技術開発力の停滞、賃金上昇の低さから判断した分析だが、ちょっと待った。失わ...失われた80年…日本はいつ独立回復するのか評論家・宮崎正弘

  • 消費者の興味は「もの」から「こと」へ 【連載】頑張れ!ニッポン㊱

    【連載】頑張れ!ニッポン㊱消費者の興味は「もの」から「こと」へ釜原紘一(日本電子デバイス産業協会監事)日本のGDP(国内総生産)の約60%は個人消費が占めているという。つまり、GDPが増やすには、個人消費の盛り上がりが絶対に欠かせないのである。従来、人々の消費行動は主に物理的な「もの」に焦点を当てていた。しかし、近年、消費者は「もの」よりも「こと」、つまり経験や体験に価値を見出すようになってきた。前号の「大阪・関西万博」でも、私は何かグッズを買った記憶は無い。アメリカ館で「月の石」を見た事と帰宅して飲んだビールが美味かった事を覚えているだけだ。当時はペットボトルで水を飲む習慣も無く(売っていたとしてもエビアン、ペリエ等の外国製ガス入りの水だろう)、缶ビールも普及していなかった。私があの時に飲んだビールは、...消費者の興味は「もの」から「こと」へ【連載】頑張れ!ニッポン㊱

  • 異国初体験はシベリア鉄道で始まった 【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(98)

    【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(98)異国初体験はシベリア鉄道で始まったシベリア鉄道は世界最長で全長約9297㎞、首都モスクワと極東のウラジオストクを結んでいる。1973年当時、ソビエト連邦では、外国人は自由に旅行することができず、「インツーリスト」という国営旅行会社が設定するお仕着せの旅程に従う他なかった。金はなかったが、時間だけはたっぷりあった私である。当初、全行程をシベリア鉄道で走破し、モスクワまで行く予定だった。ところが、インツーリストから提示されたプランは、ウラジオストクからシベリアの中心都市ノヴォシビルスクまで鉄道で移動し、そこからモスクワまでは飛行機で。その後、モスクワから最終目的地のヘルシンキまでは再度鉄道でというものだった。▲シベリア鉄道の出発点となったウラジオストク駅あまり記憶が定か...異国初体験はシベリア鉄道で始まった【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(98)

  • 景気低迷に活を入れる大阪・関西万博 【連載】頑張れ!ニッポン㉟

    【連載】頑張れ!ニッポン㉟景気低迷に活を入れる大阪・関西万博釜原紘一(日本電子デバイス産業協会監事)▲大阪・関西万博のHPより夫婦で行った55年前の大阪万博「大阪・関西万国博覧会(EXPO2025)」が始まって1カ月が経つが、今回は昭和45(1970)年開催の「大阪万博」について取り上げたい。これまで技術的な話題を中心に話してきたが、たまには技術とは関係のない話題も良いのではないだろうか。さて、昭和45年の大阪万博は日本で初めて開催された国際的な万博であり、歴史的なイベントとして記憶されている。「人類の進歩と調和」をテーマに大阪北部(吹田市)の千里丘陵で同年3月15日から9月の6カ月間開催された。当時、私は29歳。前年の秋に結婚したばかりの「新婚さん」で、まだ子供もいなかった。たまたま万博会場近くの兵庫県...景気低迷に活を入れる大阪・関西万博【連載】頑張れ!ニッポン㉟

  • 《注目の書籍》 素直に言って、あなたたちより 我々の方に非があると 言わざるを得ません。元米国海軍作戦部長の日米戦争論

    《注目の書籍》素直に言って、あなたたちより我々の方に非があると言わざるを得ません。元米国海軍作戦部長の日米戦争論田中秀雄著芙蓉書房出版刊定価(本体2,500円+税)■目次【第一章】第二次世界大戦の勃発ブラットは欧州と極東をどう見ていたか/航空戦力と海上戦力の交錯/日本への警鐘/枢軸国の海軍戦略と英軍の優位/ナチス・ドイツの策略と日本の選択/永野軍令部総長に期待したプラット/「海洋国家」であるべき日本のジレンマ/経済戦争から開戦へ【第二章】日米戦争始まる真珠湾攻撃は「背信と技量の融合」/日本の軍事戦略の意義を問う/戦争努力は大胆だが、弱点あり/ヒトラーの地中海戦略と日本の関与/日本のインド洋進出を危惧/独伊との連携を後回しに/太平洋戦局の潮目を変える/インド洋作戦も中止に/なぜソロモン諸島に執着するのか/辛...《注目の書籍》素直に言って、あなたたちより我々の方に非があると言わざるを得ません。元米国海軍作戦部長の日米戦争論

  • 大阪発横浜、そして海路ナホトカへ 【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(97)

    【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(97)大阪発横浜、そして海路ナホトカへ初めて国外に出たのは、昭和48(1973)年3月のことである。スペインへの旅は大阪駅から始まった。家族や友人たちに見送られ、横浜行きの夜行バスの最前列のシートに身を沈めた。バスが高速道路に入って加速を始めると、思いがけない強さで背中がシートに強く押しつけられた。物理的な圧力と言うより、これから始まる大冒険への期待と不安が一気に押し寄せてくるような目に見えない心理的な圧力だったのかもしれない。静穏だが重い不思議な興奮を静めるため、窓に映る自分の顔を睨み付けながら深呼吸した。二人の友人がテープを握りあいながら船の別れを体験したい、とまるで青春映画のような台詞を吐いて、当時人気だったスズキの軽自動車フロンテクーペで、高速道路をぶっ飛ばして横...大阪発横浜、そして海路ナホトカへ【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(97)

  • ストーカー殺人事件と「予防保全」

    【連載】頑張れ!ニッポン㉞ストーカー殺人事件と「予防保全」釜原紘一(日本電子デバイス産業協会監事)なぜ警察は動かなかったのか神奈川県川崎市でストーカーに付きまとわれた女性が遺体で発見され、犯人も逮捕された。被害者の父親はストーカーにつけ狙われているから警察に保護を訴えたが、事件性がないと言われ相手にされなかったと主張、警察側は可能な範囲で十分な対応をしたと説明している。今回と似たような事件が過去にも何度かあったと新聞各紙にに報じた。代表的なストーカー殺人事件としてあげられるのが、平成11(1999)年に埼玉県桶川市で起きた事件だろう。JR桶川駅前の路上で女子大生が交際相手に刃物で刺されて亡くなったのだ。女子大生は生前からストーカー被害を訴え出ていたが、警察は訴えを放置するなどしていたらしい。この事件でスト...ストーカー殺人事件と「予防保全」

  • 相続・遺言・離婚など無料の弁護士相談 白井市社会福祉協議会が毎月2回

    相続・遺言・離婚など無料の弁護士相談白井市社会福祉協議会が毎月2回▲白井市役所(社会福祉協議会のHPより)あまり知られていないが、白井市では弁護士が無料相談に応じてくれる制度がある。相続・遺言・離婚・借地借家・交通事故・破産・倒産・借金(ローン)・悪徳商法・生活保護・税金・振り込め詐欺・後見人・その他法律上の諸問題(境界線・騒音・解雇・セクハラ・パワハラ)など、さまざまな相談に応じるというから有難い。窓口は同市社会福祉協議会の個別生活支援グループで、相談日は毎月2回(午前10時~午後3時)。相談時間は30分だが、うち事前相談が15分という。【窓口】個別生活支援グループ(電話047-492-5713)【相談場所】市役所隣の白井市保健福祉センター(ウェルぷらっと)3階【予約】予約優先。予約希望日の前の相談日か...相続・遺言・離婚など無料の弁護士相談白井市社会福祉協議会が毎月2回

  • 青年は荒野をめざ…したのか 【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(96)

    【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(96)青年は荒野をめざ…したのか▲五木寛之の『青年は荒野をめざす』は数多くの若者を海外に向かわせた今回は、他愛もない雑談です。読んでいただいても何の役にも立ちません。いくら考えても書きたいテーマが絞りきれないので、思いつくまま適当に書いてみようと思います。そうだ、スペイン、行こう!子供の頃から外国相手の仕事がしたかった。今では、英語が国際語としての地位を確立しているが、50~60年前の国際社会では活動分野によって‘dominantlanguage’と呼ばれる優先言語が使われていた。今ではちょっと想像しづらいが、例えば、外交にはフランス語、医学・科学・工学にはドイツ語、そして貿易・商業にはスペイン語といった具合だった。私は、特にスペイン文学やラテン音楽が好き、と言うこともな...青年は荒野をめざ…したのか【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(96)

  • 博士号取得者を半導体産業へ 【連載】頑張れ!ニッポン㉝

    【連載】頑張れ!ニッポン㉝博士号取得者を半導体産業へ釜原紘一(日本電子デバイス産業協会監事)▲アメリカでは博士号取得者が重宝される「半導体」を出すと予算が削られた地方自治体もこの連載で度々言及してきたが、日本では半導体人材が極度に不足している。それは日本の半導体産業が長い間低迷したため、半導体への関心が薄れただけではない。半導体へのかかわりを避ける時期が長く続いたからである。今では信じられないことだが、ほんの10数年前は、地方自治体の産業支援組織の名前に「半導体」の代わりに「電子デバイス」という言葉を表看板に掲げ、その中で密かに半導体の助成事業を続けていた。なぜ「電子デバイス」なのか。福岡県や北九州市は、半導体のスタートアップを支援する事業を続けているが、「半導体という名前が表に出ると、予算が削られる」と...博士号取得者を半導体産業へ【連載】頑張れ!ニッポン㉝

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