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ブログ村参加:2017/05/16
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1件〜30件
1987年秋、第一回ワールドカップを制したばかりのオールブラックス(ラグビーニュージーランド代表)が来日し、国立競技場で日本代表と対戦しました。試合は予想どおり百点以上の大差でオールブラックスが圧勝しました。当時から世界最強といわれていた
呉服橋門内にあった町奉行所といえば、北町奉行所というのは時代劇ファンならば常識といいたいところですが、かつてはその場所にあった奉行所が南町奉行所とよばれていたこともありました。もう一つの町奉行所が銭瓶橋の北、すなわち常盤橋門内にあったから
初めて大河ドラマを大河ドラマとして、毎週見るようになったのは海音寺潮五郎原作の『風と雲と虹と』でした。それでも、小学生だった私には、中盤は派手な展開に乏しく、途中で退屈になってしまって見るのを中断していた記憶があります。もちろん、毎年大河
たまに、幕府の役人だった人について、何か情報がないかとぐぐっていると、時代小説や演劇に関するページのひっかかることがあります。 小林藤太郎は元南組で定廻同心を勤め、後に隠密廻を兼帯しました。おそらく町方組同心から組与力に取り立てられた最後
(新着・更新記事)・オールブラックスとスプリングボクス 2019.10.26公開・呉服橋門内の南町奉行所 2019.9.11加筆修正・『麒麟がくる』と『国盗り物語』 2019.8.26公開・小林藤太郎、秋山久蔵、大八木七兵衛 2019.8.
元北組臨時廻同心の山本啓助が残した「廻り方手控」(『原胤昭旧蔵史料調査報告書(3)』)は、江戸から逃亡した指名手配犯たちを追跡・捕亡するため、在方出役した啓助たちの詳細な業務日誌です。同書には「飛脚」あるいは「御用̪使」「御用飛
2018.12.15 夕方18時頃、脳内出血で倒れ、翌16日未明、隣県のT病院に搬送されました。 意識不明の重体だったようで、そのまま入院となりました。2019.2.13 リハビリのため、自宅近くのK病院に転院。2019.7.12 退院&n
天保十二(1841)年八月十八日、江戸城内の吹上で三奉行(※1)による公事上聴(※2)が行われました。この時、北町奉行であった遠山(の金さん)が担当した裁判は、奉行所の編纂した記録(※3)によれば、 ・養子対談違変出入 ・弟子
■「蔵米取」:一俵三斗五升入で支給■「地方取」:四ツ物成。即ち、一石につき、四斗の割合■「足高」:すべて蔵米で支給。一石は三斗五升入一俵の割合 例えば、役高千石の内、家禄が地方五百石ならば、不足分の五百石が足高となり、蔵米で三斗五升入五百俵
江戸幕府の「一人扶持」とは、成人男性一人が一日に食べる米の量を五合とみなし、月に一斗五升を月俸として支給する給与方式のことをいいます。また成人男性の「男扶持五合」に対して、成人女性の「女扶持三合」という基準もありました。 この話をすると、
(本編はこちら) 1.東條八太夫父子のその後 鈴木藤吉郎と対立し、先手組に左遷された東條八太夫父子はその後どうなったのでしょうか。 万延元(1860)年六月二十日、東條八太夫、八太郎の父子はそろって長崎奉行支配調役並を
(前編はこちら) 5.東條八太夫の反旗 鳴り物入りで町奉行所の潤澤掛に就任した鈴木藤吉郎には、錚々たるメンバーが部下として付けられました。南組の支配与力で、当時町方で「第一の勢力家」といわれた吟味方上席の東條(ひがしじ
1.前半生 安政年間にこんな川柳があったといいます。 「藤吉ははしばで旗を揚げにけり」 藤吉とは、もちろん豊太閤(羽柴秀吉)のことではありません。本稿の主人公・鈴木藤吉郎は享和元(1801)年、下野国の百姓(※1)に生まれ、米相場
子どもの頃(1970年代)に観た作品の印象が強すぎるせいか、近年の大河ドラマにはがっかりさせられることも多く、観る前からあまり期待しないようにしています。それでも歴史・時代ドラマが絶滅寸前のいま、地上波ではほかに見たいものもなく、ずるずる
本ページで公開しているデータは、 ・データ作成者が個人的な目的や関心により、作成したものであり、内容の正確さを保証するものではありません。・勘違いや誤読・誤入力等による誤りを少なからず含んでいる可能性があります。・複数の、性質の
町奉行など、特定の役目につく幕臣が住む官舎を役宅または役屋敷といいました。町奉行所もその一つで、番所(役所)としての機能と、役宅(住居)としての機能を兼ね備えていました。町奉行所は、南北ともにほぼ同じつくりとなっていますので、ここでは北町
旗本・御家人の身分や家格は時代による変遷もあり、非常に複雑で、曖昧な点も少なくありません。本記事では、八代将軍吉宗の頃に身分・家格体系が整備され、比較的多くの記録が残されている江戸中後期(主に天保年間とその前後の時代)の様子について、本ブ
こちらは北の御番所絵図面です。 画像上方が北になります。表門は南北両町奉行所とも東向き(この画像では右側が東) 北に張り出している建物群は奉行の家来が住む長屋で、北西角にある一番大きな部屋は中間部屋です。厩もあります。南町奉行所では、家来
こんなものも、一日中ながめていても飽きることのないものの一つです。 絵図面上を部屋から部屋へとゆっくり視線を這わせながら、いつしか町方の組与力同心になったような心持でいろいろと妄想を膨らませていきます。楽しくも幸せなひとときです。&nbs
町方与力の給与は地方(じかた。土地=知行所・給知による給与方式)ではありましたが、誰某に何処といったような銘々の知行分はなく、一人二百石宛五十人で一万石の給知を上総下総両国のうちに、大繩(一括)で与えられていました。 享保四(1719)年
北町奉行所隠密廻同心・神田造酒右衛門については、以前の記事で少し触れましたが、造酒右衛門には吉十郎という忰があり、彼も同じ廻り方で臨時廻りを勤めていました(※1) 文政十一(1828)年ごろには、父から忰への番代があったようで、吉十郎は名
前回の記事の後半で、町奉行吟味物調役と内与力の話を少ししました。 町奉行吟味物調役(設置当初は支配留役といいましたが、まもなく吟味物調役と改められました。※1)は、寛政八(1796)年三月十七日に始めて置かれ、文化八(1811)年八月二十
どのような役所や企業にも、大きな権限をもち、組織内で権勢を振るう、有力な部署があります。現代の役所なら大臣官房や財務省の主計局、企業なら社長室や経営企画室、人事部といったところがそうでしょうか。江戸の町奉行所にも、そんな有力な分課が三つあ
先ほど、池波正太郎さん原作の時代劇「仕掛人・藤枝梅安 梅安乱れ雲」を何の気なしに見ていたら、大坂の闇社会を牛耳る白子屋菊右衛門が町方与力の稲沢文蔵に賄賂を渡しながら、「稲沢様だけではございません。北の谷村様、嶋様、それに南の吉田様、村井様
桑野平九郎は、文政・天保期に臨時廻りを勤めた北組の同心です。抱入(本勤の若同心として採用)は享和二(1802)年、二十三歳のときでした。それから二十年余が過ぎ、町方同心としてのキャリアを積み重ね、ベテランの域にさしかかりつつあった平九郎は
みなさんは「物書同心」というと、どんなイメージを思い浮かべますか。 奉行所の片隅にある一室で、机の上に高く積み上げられた書類を横目に、一日中、黙々と書物をしている。「物書」同心という呼称がそんな姿を連想させるためか、地味で軽いお役目、閑職
町方同心に関する解説記事には、たいてい「定町廻り六人、臨時廻り六人」と書かれています。 元南組与力の佐久間長敬著『江戸町奉行事蹟問答』にも「定町廻り 六人」との記述があります。ただし、別の箇所では「定町廻り同心四人」とも述べており、混乱が
時代劇に出てくる隠密廻りといえば、さながら現代の潜入捜査官といったところでしょうか。決死の覚悟で悪の組織に潜り込み、犯罪の証拠を探り出すのが彼らの役目です。そして、たいていは正体を暴かれ、命がけで入手した証拠を主人公に託して、息絶えるとい
文政から嘉永ごろの町方与力同心の勤務歴を見ていると、本当に年功序列が徹底していることに改めて驚かされます。番代(ばんがわり、※1)時の年齢がばらばらなので、年齢だけをみていると、昇進スピードに大きな差があったようにも見えますが、見習期間も
マニアなら、日がな眺めているだけで、あれこれと妄想を膨らませ、しあわせな気分になれるものってありますよね。歴史や時代劇のファンなら、こんなのもそのうちの一つなんじゃないかと思って、データ化してみました。 ・天保十一年北町奉行所職
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