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  • 2-XV-1

    XV驚きのあまり茫然となり、ウィルキー氏は両腕をだらんと垂らしたままサロンの真ん中に立ち尽くしていた……。「え、あの、ちょっと……」彼は口の中でムニャムニャ呟いた。「僕の話、聞いて貰えませんか……」無駄だった。マダム・ダルジュレは全く振り返る素振りも見せず、ドアは閉められ、彼は一人取り残された。いかに『出来る男』といえども完全な人間ではない。彼は内心すっかり動転しており、今まで味わったことのない雑多な感情が押し寄せてくるのを感じた。咄嗟に判断したところによれば、悔恨の情に襲われたのではなかった。彼は悔恨とは無縁の人間だった。が、眠っていた良心が活動を起こす時間があるものだ。道を誤った本能が主張を開始するときが……。このとき彼が心に思い浮かんだことをそのまま行動に移していたとすれば、母の後を急いで追いかけ、...2-XV-1

  • 2-XIV-18

    彼女はトリゴー男爵からその秘密の計画について聞いていた。悪党の中でも最も危険と彼女が判断したその男に警戒せよと、一言息子に忠告したかったが、その権利が果たして自分にあるだろうか、と自問した……。いや、断じてない。「どういう何なんです?」とウィルキー氏は驚いて返事を促した。が、マダム・ダルジュレはもう既に冷静さを取り戻していた。「ただこう言いたかっただけです。ド・ヴァロルセイ侯爵にはちょっと用心した方がいいと……。あの方の地位は素晴らしいけれど、あなたのそれはもっと素晴らしいものになる筈……。あの方の行く先には陰りが見えているけれど、あなたはこれからの人です……あの方が失ってしまったものを、あなたはこれから手にしていくことになる……。あなたのことを密かに妬ましく思い、何か悪い方向にあなたを押しやることだって...2-XIV-18

  • 2-XIV-17

    「で後の百万は?」「残りの百万は……あなたに譲渡できない形の財産として保管するつもりです。あなたがド・シャルース一族の世襲財産を自分のためやあなたにおべっかを使う者たちのために最後の一スーまでも浪費し尽くしてしまったとき、せめて食べるものには事欠かないように……」この予言的な対策を聞くとさすがのウィルキー氏もショックを受けずにいられなかった。「僕のことをアホだと思ってるんですか!」と彼は叫んだ。「ああ、それはとんでもない間違いだ。僕はこんな人の好さそうな顔はしてますがね、実は人より悪知恵のある方でね……能ある鷹は爪隠すってやつで……」「サインなさい!」とマダム・ダルジュレは冷ややかに遮って命じた。しかし、ウィルキー氏の方では、自分はそう易々と騙されるような愚か者ではないことを証明しようと、公証人により作成...2-XIV-17

  • 2-XIV-16

    マダム・ダルジュレは尊大な身振りで彼を遮った。「そうがっかりするものでもありません。あなたは恐ろしいほどの大金持ちになるのです……。ド・シャルースの財産がどれほどか鑑定しようとした人たちは皆実際の価値よりも低く見積もっていました。私がまだ若い娘だった頃、父は自分の年利収入は八十万リーブルを越えている、とよく言っていたものです。兄がそのすべてを相続したのだけれど、彼はその年収の半分も遣わなかったと断言できます……」ウィルキー氏の全神経がこれほどのショックを経験したことは今までになかった。彼は目が眩み、よろめいた……。この巨大な富が金貨の山となって積み上げられている様が目に浮かんだのだ。千六百万フラン以上。そしてその金貨の山にじかに手を突っ込んでいる自分……。「おお!」彼はこれだけしか言えなかった。「おおっ!...2-XIV-16

  • 2-XIV-15

    他の時代であったなら、マダム・ダルジュレのこの話は全くあり得ないもののように見えたことであろう。が、今の時代、こんな話はさして珍しくもない。上流社会のお偉方である二人の紳士、陳腐な言い回しを使うなら、下々からあがめられているような紳士が二人協力して警察の目をかいくぐり賭博場を開き、哀れな女に不道徳な真似をさせて金を稼ぐ……品性のかけらもない!マダム・ダルジュレは驚くべき真実を吐露したのだったが、その声には偽りでは出せないような響きが籠っていた。彼女は氷のような冷静さを装っていたのだが、内心では自分の長年に亙る自己犠牲と苦しみが息子から感謝と思い遣りの叫びを引き出すのではないかと密かに期待していた。そうすれば自分が味わってきた拷問の苦痛も報われるであろう。それは不毛な幻想だった。ウィルキー氏の目から涙の一滴...2-XIV-15

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