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エミール・ガボリオ ライブラリさんのプロフィール

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ブログタイトル
エミール・ガボリオ ライブラリ
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/puereternus2
ブログ紹介文
19世紀フランスの探偵小説作家ガボリオの未邦訳作品を翻訳しています。
更新頻度(1年)

313回 / 365日(平均6.0回/週)

ブログ村参加:2016/02/12

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ハンドル名
エミール・ガボリオ ライブラリさん
ブログタイトル
エミール・ガボリオ ライブラリ
更新頻度
313回 / 365日(平均6.0回/週)
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エミール・ガボリオ ライブラリ

エミール・ガボリオ ライブラリさんの新着記事

1件〜30件

  • 1-IV-6

    パスカルがバカラの進行やメカニズムを理解するのに一分と掛からなかった。すぐに親の番がパスカルに巡ってきた。ド・コラルト氏が百フランと宣言し、カードを配り、負けたので、カードをすべてパスカルに渡したのだった。最初のうちは、運を試しながらやらなければいけないので、慎重に進行していたが、徐々にゲームは活気づいてきた。何人かのプレイヤーの前には金が山のように積まれていたが、やがて大砲---高額の紙幣のことである---が出回り始めた。しかしパスカルは無駄な虚勢を張る男ではなかった。「一ルイ!」と彼は言った。その金額のみみっちさは注目を浴びた。が、すぐに彼の周囲の二、三人から声が上がった。「受けた!」彼はカードを配り、彼が勝った。「今度は二ルイだ!」彼がまた言った。同じように承認され、彼が勝った。彼の手札が非常に好都合だっ...1-IV-6

  • 1-IV-5

    「で、それが悪いことかい?」「そうなんだ。というのは、この最初の勝利の味というのは忘れられないものでね、それで人はゲームを辞められなくなる……またゲームをやる、負ける、負けを取り返したいと思う……そうなったらもうおしまい、病みつきになるのさ」パスカル・フェライユールは口元にほほえみを浮かべていた。自分に自信のある者の微笑だ。「僕の頭はそう簡単に正気を忘れないよ」と彼は答えた。「僕は自分の名前を大事にしなくちゃいけないし、これから一財産作らなくちゃならないから、軽はずみなことは出来ない……」「頼むから」と子爵は強調した。「僕の言うことを信じて!君にはこれがどういうものか分かっていない。どんなに強靭な意志の持ち主でも、どんなに冷静な人でもこれに執りつかれることがあるんだ……賭け事なんかしないで、帰ろう」彼は声を大き...1-IV-5

  • 1-IV-4

    それから彼の注意はこの館の女主人の上に向けられた。彼女の顔に謎を解く言葉が書いてあると期待しているかのように。しかしマダム・ダルジュレは、おいそれと分析を許すような女ではなかった。まず彼女の年齢がそのときどきの気分により、賽の目のように三と五の間を変動する。ある晩は三十にも届かないように見えるかと思えば、次の日は五十過ぎに見える、という風に。かつては大変な美女であったに違いないと思われ、今でもまだ綺麗ではあった。ただ、身体は太目になり、繊細だった目鼻立ちが丸みを帯びてきたことは否めない。金髪で澄んだ青い目をしていたが、今はその目もややくすみがちになっていた。肌の白さはひときわ目を惹いたが、艶のないぶよぶよした白さであり、美顔料や化粧品をふんだんに使用し、夜はシャンデリアの下で遊び、昼は鎧戸を閉めて眠り、長風呂に...1-IV-4

  • 1-Ⅳ-3

    彼を紹介してくれた男は周囲の人々と次々に握手を交わしながら去って行ったので、彼は少し陰になったところにあるソファに腰を下ろしに行った。気後れしていたというわけではなく、よその家に来たとき誰もが感じる本能的な警戒心を感じていた。また、好奇心が見え見えにならぬよう気を付けつつ、可能な限り周囲を見回し、耳をそばだてていた。マダム・ダルジュレのサロンは、細長い部屋を移動式の仕切り壁と複数の壁掛けで二つに区切られていた。舞踏会を催すときには仕切りは取り払われるが、そうでない夜は仕切りが設置され、二部屋として使われた。一つの部屋では賭けゲームが行われ、もう一つはお喋り好きのたまり場であった。パスカルはゲームの部屋に居たのであるが、それは広々としており、大変高級に設えられ、素晴らしく趣味の良い調度品が置かれてあった。絨毯はけ...1-Ⅳ-3

  • IV 2

    社交界の女性のような物腰、多岐に亘っているように見える教養、そして素晴らしい音楽の才能をどこで手に入れたのか?彼女に関するすべては憶測の対象でしかなかった。彼女が名刺に印刷させている聖書とピレネー山脈のガイドブックから取られたかのようなその名前、リア・ダルジュレ、に至るまで。ともあれ、人々は彼女の舘に殺到した。ヴァロルセ侯爵とフォルチュナ氏が彼女の名前を口にしていたまさにそのとき、六台の馬車と供回りの一行が彼女の門の前に停められ、サロンは人で一杯だった。時刻は真夜中の十二時半だったが、週に二度の集いに人々が続々と詰めかけ、絹の靴下を穿いた下男が大声で次々と客の到着を告げていた。「ド・コラルト子爵様!……パスカル・フェライユール様!」ゲームに参加している者たちのうちで、わざわざ顔を上げる者は少なかった。が、一人の...IV2

  • IV

    IVギユテ法(1863年、当時の国民議会議員であったアデマール・ギユテがジャーナリズムのプライバシー侵害に対する罰則を定める法案を可決させようとして、個人の生活は壁で守られるべき、と発言し、『ギユテの壁』と揶揄された)がプライバシーを護るために壁の上に尖った陶器の破片を立てるべし、と主張したのは無駄で、パリ市民たちの好奇心を満たすことを生業としている雑誌記者たちは、障壁も危険も顧みなかった。『オット・ヴィー』誌の記事のおかげで、マダム・リア・ダルジュレがベリー通りにある彼女の魅力的な邸宅で週に二回---月曜と木曜---客を迎えることを知らぬ読者はいなかった。そこでは驚くような歓楽の宴が催された。舞踏会は滅多にないが、真夜中を過ぎるとゲームが始まる。散会の前には夜食が供される。かの両替商の出納係ジュール・シャゼル...IV

  • 18-9

    「よく分かりました」と私は言った。「今後はこの避難場所から逃げ出そうとしないことを約束します。ですが、僕の今日のちょっとした遠足は全く無益だったわけではないことを申し添えたいと思います。僕は新事実を得てきました。かなり興味を惹く事実です。ヒースでよく絵を描いていた例の風変わりな画家の妻がミセス・サムウェイかもしれない、と僕が言ったらどう思われます?あのいつも手袋を嵌めて絵を描いていた男の?」「彼女が彼とそのような関係にあるのではないか、と私は思っていたよ」とソーンダイク博士は答えた。「しかし、その証拠を聞きたいものだね」「ミセス・サムウェイというのは」とジャーヴィスが思い出そうとする口調で言った。「あのマングースのような目のちょっと薄気味の悪い美女かい?彼女を見るとルクレツィア・ボルジアを思い出すんだよなぁ」「...18-9

  • 18-8

    「いくつかのピースを組み合わせて、それらが絵の一部を構成しなければ、ぴったり嵌ったように見えても、それは間違いだと分かる。一方、絵の一部を構成するように見えれば、残りのピースから隙間の形や大きさに適合するものを見つけることで、結果を検証しなければならない。私がこの事件でやってきたことは、まさにそれだよ。データをまとめて、それらが望む図柄を構成するかどうか検討する、ということだ。今言ったように、オドネル氏の訪問を受けたとき、私はある形と大きさの二枚のピースが欠けている全体像を見ていた。彼によってその二枚のピースがしかるべき場所に嵌り込み、全体像が完成したのだよ。今すべきことは、その絵が真の姿を映し出したものか、あるいは矛盾のない想像の塊にすぎないか、を確かめることだ」「ということは、事件の全容をかなり詳細な部分に...18-8

  • 18-7

    我々は必要な調査や問い合わせをし、これらの事象が実際に起こり、これらの条件が実際に存在したことを確かめねばならない。ならば、我々の仮説が正しかったと考えることが可能になる。特に、調査により収集した事実がその仮説と矛盾するものを何も顕在化しなければ。「新たな事実をもって我々は更にその仮説を拡大することが可能になるだろう。即ち、更なる正確さをもって事実を再構成し、更により大きな範囲で詳細な検証と確認をすることが可能になる。そしてこれらの新たな検証が更に確証を与えるなら、仮説の正しさは揺るぎないものになる。しかし、まだ仮説の段階だ。そこで最終的なテストを行って、決定的な答えを得ることができる。論理学者が「決定実験」と呼ぶこのテストで肯定的な結果が得られれば、我々の検証作業は終わりとなる。それは仮説の域を越え、証明可能...18-7

  • 18-6

    「意味があります」とソーンダイク博士は答えた。「私はしばらく前から、比喩的に言って、アーチの建設に従事してきました。あなたが今夜ここに来て下さるまでは、いろんな形状の石を集めているに過ぎなかったのです。外から支えないと崩れてしまうような。ところがあなたの助けを得て、私は今やキーストーンを嵌め込むことが出来ました。それが私の言う意味です」オドネル氏は考え込みながら書類を鞄にしまい、ときどき探るような視線をソーンダイク博士に投げかけていた。やがて彼は言った。「私の話のどの部分がそれに当たるのか、知りたいものです。驚くような新事実をお聞かせしたとは、自分では思えないのですが。しかし、あなたの口からそれを伺おうとしても無駄なことは分かっていますので、私はホテルに戻って、あなたが今言われたことをじっくり考えてみることにし...18-6

  • 18-5

    「不格好なんてもんじゃありませんでしたよ!」オドネル氏は叫んだ。「彼の手ははっきり言って奇形でした。サルの手でもマドックのに較べれば上品なものでしたよ。ずんぐりして太くて、まるで動物の前足って感じでした。そういう奇形には舌を噛みそうな名前がついてましてね、ブロンコダオティリスとかなんとか」「ブラキダクティリズム(短指症)ではありませんか?」ソーンダイク博士が言った。「そうそう、それです。それじゃ、私の言ってるのがどんな手だかお分かりいただけますね。とても第一級の能書家や、偽札の彫刻師の手には見えません。が、見かけで判断は出来ないものですね。さて、あなたのもう一つの質問:マドックの外見についてですが、私がバットソン医師に特徴を言ったところ、彼はすぐに彼と分かったようでした」「彼は、その手の特異な特徴に気づいていま...18-5

  • 18-4

    「本人であることの確認はなさいましたか?」「ええ、しましたとも。医師の一人、バットソンという名前の人でしたがね、を訪ね、すべて間違いないことを確かめました。バットソン氏の視力は相当頼りないようでしたが、彼の亡くなった患者は間違いなくアイザック、即ちマドックだということをはっきりさせてくれました。ということで、この件は終わりです。あなたが更に調べたいと思われるなら、灰になった遺骨を相手にしなくちゃなりません。というのは、この男はただ死んだだけじゃなく、火葬にされたからです。もうこれ以上はどうしようもありません。依頼人をあの世まで追いかけていくわけに行きませんのでね。私どもは、あなたがたほど徹底的じゃあないです」「それは褒め過ぎです」とソーンダイク博士が言った。「私はそこまで徹底的じゃない。しかし、我々のクライエン...18-4

  • 18-3

    一発当てて大儲けをすれば、誰もが知るところとなるが、一、二週間後には素寒貧になってまた次のヤマを狙うって奴ならね。アイザックはそういうのとは違うんです。ちょいとした金をせしめると奴はその金を、まともな人間のように投資に使うんですよ。で、自分の稼ぎ以上の派手な暮らしはしない。彼が死んだとき、私がおやと思ったのは、それほどの金を残さなかったということです。彼の遺言には---私も見てみたんですが---全財産が五千ドルを上回らないぐらいの額だったんです。彼は一時、もっともっと持っていた筈ですよ」「彼は死の直前、自分の財産の大部分を誰かに贈与したのかもしれない」とジャーヴィスが推測を述べた。「かもしれません」とオドネル氏も同意した。「それによって相続税を逃れようとしたのかもしれませんね。しかし今は彼のいろんな手口に話を戻...18-3

  • 18-2

    「あなた方はその遺言が本物ではないと思っていたんですね?」「そうです。偽物だと思ってました。どっかのいんちき弁護士を雇って、我々にマドックが死んだと思わせるためのものだと。それで、私がこっちに来る用があったもんで、カーティスがついでにその事を調べて来いって言ったんですよ。で、調べてみて、びっくらしましたよ。ていうのは、その遺言は全く正式のもので、その他の点も全部怪しいところはなかったんです。その遺贈は一種の、死後に驚かしてやろうっていう冗談だったんですね」「ということは、カーティス氏というのはマドックの友人だったわけではない、ということですか?」オドネル氏はくすくす笑った。「まぁ友人とは呼べないですね」と彼は言った。「マドック氏の幸福を願う気持ちは大いに持ってましたよ。ですが、無二の親友というわけではなかったで...18-2

  • 第18章 合衆国からの客

    第18章合衆国からの客私が内側のドアを押して中に入ったとき、来るべき叱責から逃れられるのではないかという期待が一瞬生まれた。というのは、二人の先輩たちが見知らぬ人物と共に何らかの会議をしている最中であることが明らかだったからである。私がその場から立ち去ろうとしたとき、ソーンダイク博士が私を押しとどめた。「逃げなくていい、ハワード」と彼は言った。「なにも秘密の会議をしているわけじゃないんだ。少なくとも私はそう思っている。オドネルさん、あなたとの話し合いはもう終わりましたね?」「ええ、ドクター」と答えが返ってきた。「私の言うべきことは言い尽くしました。あなたご自身のちょっとした問題を除いては」「それでは、入って掛けたまえ、ハワード。君にオドネルさんを紹介しよう。アメリカから来られた有名な探偵で、我々にいろいろと素晴...第18章合衆国からの客

  • 17-13

    「僕はずっと彼女ことを、どちらかと言うと変わった人だと思っていた。でもこの絵は彼女の持つ奇妙さを最大限に表現しているね。一体全体、どうやって彼女の顔がこのカンバスに描かれることになったんだろう?」「奇妙な偶然ね。でも、本当に偶然かどうか、分からない気もするわ。彼女はあのちょっと風変わりな画家と何らかの関係がある人ね。奥さんかもしれない。奥さんであっても不思議はないわね」私も同意見だった。しかし、この偶然は非常に驚くべきものだという思いが抜けきれなかった。少なくとも私にとっては、シルヴィアよりはずっとそうだった。このことにどんな意味があるのか、もしあるとすればだが、私には皆目見当がつかなかった。このことを話し合う時間もなかった。私はもう帰らなくてはならない時間だったからだ。「あなた、お戻りになったら私に電報を打っ...17-13

  • 17-12

    「ほら、これらが仕上がったスケッチよ。ね、かなりきちんとしたものでしょう。ラフに描いてある絵具の濁った部分はスクレイパーでこそぎ落とし、クロロホルムを沁み込ませた柔らかい布で仕上げをしたの」私はフレームに入れられた数枚のスケッチに目を走らせた。今やカンバスは張り器で伸ばされ、目障りな筆跡が取り除かれていたので、彼女が言ったように、かなりきちんとしたものになっていた。尤もそれらはまだあまりにも粗く、完成とはほど遠かったので、目を惹きつけるような作品とは言えなかった。「なかなか良い絵だと思うよ」と私は言った。「でもまだ描き始めたばかりの感じで、僕だったらフレームに収めようとは思わなかっただろうね」「作品としてはね」と彼女も同意した。「でも、とても珍しい技法の実例として、私にはとても勉強になるの。でも、一番の見物はこ...17-12

  • 17-11

    「そのあなたをつけ回した男が誰なのか、その目的は何なのか、あなたやソーンダイク博士は突きとめたのですか?」自分自身のことに関する限り、私は自分の友人たちである二人には何も隠すことはなかった。ソーンダイク博士の捜査の目的に関するものでない限りは。しかし、ソーンダイク邸の神聖な部屋の中で起きたことをぺらぺら喋るためにここへ来たのではない。「これぐらいは言っていいと思いますが」と私は言った。「ソーンダイク博士はその男が何者なのかを突き止め、我々がそうではないかと疑っていた人物ではないことを確かめました。でも、これ以上のことは言えません。というのは、その情報は専門的な筋からもたらされたもので、僕が勝手に話していいことではないからです」「もちろんそうよね」とシルヴィアが言った。「でもやっぱり、好奇心でうずうずしちゃうわ。...17-11

  • 17-10

    「そんな気がしたけれど、わたしの記憶があまりはっきりしなくてね。で、こちらもドクター・ジャーディーンという方なのかえ?それは偶然だこと。お医者様一家なのかね、どうやら。でもあまり似ておられないようだね」私は自分が誰かということと、外見が変わったことについて説明し始めた。するとシルヴィアが紅茶カップと念入りに切り分けたマフィンを持って近づき、マフィンを老婦人の顔のすぐ下まで持ちあげた。ミス・ヴァインはあまりに近いため、目を細めてじっと見つめた。「伯母様、駄目よ」とシルヴィアが言った。「この人のこと、知らないふりをしても。だって私、変装のことについては全部お話したじゃないの。つまり、私の知っていることは全部。なかなか上手なメーキャップだと思わないこと?」「もしメーキャップというのが変装という意味なら」と老婦人は答え...17-10

  • 17-9

    「言わないわ」と彼女は答えたが、気を変えて、次のように付け加えた。「そうね、そう思うわ。あなたは変化したわ、今までにないほど言葉巧みになった、って。さて、あなたはもう救いがたいようだから、これ以上お説教はしないわ。私に会うためにムショから抜け出して来たんですものね。あなたの冒険譚を聞かせて貰わなくちゃ」「僕は自分のことを話すために来たんじゃないよ、シルヴィア。君に話があって来たんだ。ま、そりゃ僕についてでもあるんだけど、僕の冒険とか、そういう種類のものじゃないんだ。僕はね、ずっと考えていたんだけど、一人でいる時間が長かったからね、その、君のことをね、シルヴィア、それで……ああ!何なんだ一体!」この最後の叫びは、ゴングのように鳴り響く警告に対するものだった。それはお茶の時間を告げる声で、その後すぐ女中が入ってきた...17-9

  • 17-8

    「剣突ですって!」彼女は叫んだ。「まぁ、とんでもないわ。私、何を言ったのかしら?」「僕のことをドクター・ジャーディーンって。それなのに僕は手紙でシルヴィアと。親愛なるシルヴィアと呼びかけたんです」「それじゃ、私はどうお呼びするべきだったのかしら?」彼女は少し顔を赤らめながら、視線を下に向けた。「ええとね、シルヴィア、僕たちお互いに嫌じゃなかったら、僕のことハンフリーと呼んで貰っていいかな。もう知り合ってから大分になるし」「そうよね」と彼女は同意した。「その方が他人行儀でなくなるわね。それじゃあこれからはハンフリーと呼ぶわ。あなたのご命令どおり。でも、教えて、一体どうやってここに来るお許しをソーンダイク博士から頂いたの?なにか状況に変化があって?」「僕にとっては変化があったよ。しかも大いに良い方への変化がね。僕は...17-8

  • 17-7

    私は昼食時間を半時間早めることにし、昼食を終えると、こっそり自分の部屋まで行って、自分の髪からグリースをすっかり洗い落とした。これはポルトンがいまだに私の髪に塗ったくっていたものだったが、外に出るときでも帽子を被れば隠れるものなので、この変装は不必要だった。私は更に自分の眉毛にも手を加えたいという誘惑に駆られたが、この衝動は健気にも押し殺した。髪を乾かし、いつものスタイルに撫でつけると、足音を立てないように居間に降りて行き、短く説明をしたためた手紙をポルトン宛てに書き、目につくようにテーブルの上に置いておいた。それからドアの呼び鈴が実験室に繋がるように切り換え、こそ泥が立ち去るときのようにそっと外に出、音を立てないようにドアを閉め、暗い階段を抜き足差し足で降りて行った。一旦外に出てしまうと、私は街灯の火灯し人の...17-7

  • 17-6

    最後の一枚に昨日取り掛かって、スクレイパーとクロロホルムに浸したぼろ布で汚れを落とし始めました。でも私、汚れた部分だけじゃなくて、表面の一部もこそぎ落としてしまったの。そしたら、びっくりするようなことが起こりました。でもそれが何だったか、今は言いません。あなたが軟禁されている家から出られるようになったら、ご自分の目でご覧になるといいわ!その絵は明日も作業を続けるつもりなので、たぶん修復を終えられると思います。あなたも来て見てみられるといいのに!せっかく発見しても、あなたとそれを共有出来なければ、楽しみも半減してしまいます。実はね、それを最後までやらずに置いておいて、あなたと一緒に完成させようかしら、と思っているのよ』さて、そのスケッチについては、絵具の下にどんなものが隠されていたのか、私にはこれっぽっちも興味が...17-6

  • 17-5

    「そうだね、それをして貰うのが良いと思うよ」とソーンダイク博士も言った。「それを基の速記で書いたものに添えておいてくれ給え。さぁもう寝る時間だ。でないと明日朝の出発の時間に遅れてしまう」フンパーディンク神父の供述を転記する作業は大変手間がかかり、次の日の午前中がまるまる潰れてしまった。しかし、それを終えてしまうと、特にこれといった仕事もなく、退屈さは全く感じなかった---一人の生活には慣れていたので---が、閑居してなんとか、と諺に言われるような、良からぬことに向かいそうな精神状態になっていたように思う。そして突然大きな誘惑に駆られたのはこういうときであった。多少は弱弱しい抵抗を試みたものの、私は不面目にも屈してしまった。私の取った行動に対し言い訳はしないし、良識ある人なら私の愚行に対し下すであろう審判に手加減...17-5

  • 17-4

    「え、それって何ですか?」と私は聞いた。「それはね、僕の尊敬する先輩が一カ月後には答えを出してみせる、と請け負ったってことさ。どうやらその先輩はネタを袖口に隠しているらしい」「私の袖には何も隠されてなどいないよ」とソーンダイク博士が言った。「それなら君たちの袖にもあっていい筈だ。私は君たちと離れて単独で捜査はしていないからね。私の手の中のデータは君たちの一方か、両方が立ち会っている場で得られたものだから、我々三人の共通の所有になるものだ。私が言うのはもちろん生のデータだよ。それらのデータを吟味することから導き出された推論は含まない」ジャーヴィスは皮肉な笑いを浮かべた。「よくある話だ。奇術師が帽子をお調べください、と客に調べさせる。『どうか皆さん、よくご覧ください。どこにもからくりなどありません。中もよく見て下さ...17-4

  • 17-3

    「それなら」と私は言った。「その場合、巡査の言ったことが結局正しかったということになりますね。あの男が死んでいた筈はない。だって次の日、マーチモント氏を訪れ、その後パリに行ったことが突きとめられているんですから。でも僕が見たときはアン女王と同じぐらい死んでいた、としか言いようがないです。意見を述べるときは慎重にせねばならない、という教訓ですね」「さる権威筋によるとね」ジャーヴィスが言った。「死亡を証明する唯一の決定的指標は腐敗だということだ。確かテイラーだったと思う。僕の意見では、その見解は大きく外れてはいないね」「しかし」ソーンダイク博士が言った。「君が見た男がラインハルトだったとして、彼が死んでいなかったと仮定するなら、いろんな状況をどう説明する?彼が意識を失っていたのは怪我によるものか、有害な薬物によるも...17-3

  • 17-2

    「そのとおりだね」とソーンダイク博士が同意した。「全く成果は上がっていない。それどころが全く逆だ。『ジャーディーンなる男』の扱い方一つを見てもよく分かる。怪しい男の住所を聞き出すために慎重に策を練ることはまぁ許せる。しかし、住所を手に入れてからが問題だ。彼があれほどまでにひねくれた狡猾なやり方に固執しなかったら、つまり普通の常識的なやり方を取っていたら、たちどころにジャーディーンから情報を得られただろうに。ジャーディーンのもとを訪れるか、手紙を書くか、あるいは弁護士を雇うか、警察に行くとか出来た筈だ。こういう単純な方法でうまく行った筈なのに、彼はそうせず、わざわざあの可笑しなスパイを雇うことにしたんだ」「そのスパイの成果たるや、大山鳴動ネズミ一匹どころか、おまけに頭まで殴られた、という訳ですね」とジャーヴィスが...17-2

  • 第17章 消された絵 1

    第17章消された絵来客が私たちのもとを辞したのはだいぶ遅い時刻だったが、私たちは彼らがいなくなった途端、椅子を暖炉の方へ引き寄せ、話し合いを始めようと、一斉にパイプに煙草を詰め始めた。最初に火を点けたのはジャーヴィスで、たっぷり煙を吐き出した後で、話し合いの口火を切った。「あのジャーディーンとかいう男は相当どうしようもない男みたいだね。泥の中を跳ねまわる(快楽に耽る、という意味もある)だけじゃなく---ただ転がるんじゃなくて跳ねまわるんだよ---ご婦人方と同伴するという問題習慣もある。しかも短時間に次々と相手を変えて。これだけでも驚くべき自堕落が窺えるよ」「あの神父の御仁は」とソーンダイク博士が言った。「短絡的な結論をつける人だね。少なくともある場合には。他の場合では彼のやり方はちょっとばかり遠回りで、回りくど...第17章消された絵1

  • 1-3-13

    「もう八カ月もの間」侯爵は続けた。「この頭がおかしくなるような生活が続いた。八カ月、その一瞬一瞬が激しい責め苦だった。ああ、貧乏の方がずっとましだ。徒刑や名誉刑の方が!やっと目的に手が届いたと思ったら、何の気まぐれか裏切りか分からぬが、あんたは私の苦労をすべて無に帰そうとする。港に着いたというのに、そこで私を難破させようとする。駄目だ、駄目だ!神の名にかけて、そうはさせぬぞ!このゴロツキめ、その前にこっちが貴様を毒蛇のように踏みつぶしてくれる!」彼の声音は、最後の方になるとサロンの窓ガラスを震わせるほどの声域に達し、台所にいたドードラン夫人をぎくっとさせた。「きっと近いうちに旦那様は危害を加えられることになるわ」と彼女は思っていた。確かに、フォルチュナ氏が血の気の多い顧客に詰め寄られたことは、これが初めてではな...1-3-13

  • 1-3-12

    彼は言いさした。ヴァロルセイ侯爵の恐ろしく鋭い視線に射すくめられ、先を続けられなかったのだ。彼は自分自身にひどく腹を立てていた。『俺は馬鹿なことを言ってる』と彼は思っていた。「次なるもっと賢明な御忠告は」と、ヴァロルセイ侯爵は皮肉な口調で言った。「馬と馬車を売れ、アムロー通りの安宿に引っ越せ、中庭に面した屋根裏部屋に、ですかな……。それはごく自然ななりゆきですな。ド・シャルース伯爵の全幅の信頼を得るに恰好の……」「そこまでは行かなくとも……」「ええい、黙れ!」侯爵が激しく遮った。「おぬしは他の誰よりもよく知っておるだろう、私が贅沢を辞められぬのを……見栄を張るのを辞められぬのも、よく分かっておる筈だ。たとえ現実がそれを許さなくとも……。私はそうでなくては生きていけぬ。これまで私の人生は、賭け事、夜の遊び、競馬…...1-3-12

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