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  • 16章 5

    相手の険しい眉が穏やかになった。「ということなら、掛けてください。で、どういうことです?」と彼は尋ねた。「実はですね、十月十六日、夜の九時頃、ウルム通りに住むある御婦人がスフロ通りの辻馬車詰所まで使いを出して、一台の馬車を雇ってこさせたんです。そして荷物を積みこませて出発したんですが、行き先が分からない。この御婦人というのがボスの親戚の方でしてね、出先で落ち合いたいので、その馬車の番号が分かれば通常の料金に百フラン上乗せする、と言ってるんです……。ボスはどうしてもその番号が知りたいと言いますんで、その、もしもなんですが、あなたが調べてくださるのならば……。どうでしょう……。そんなこと、無理ですよね……?」借金を棒引きにすると言って貰うよりも、シュパンのためらい口調が相手を活気づけた。「いやなに、これほど簡...16章5

  • 16章 4

    しかし、取るに足りぬ最下級の身分で、後ろだてもなく、誰にも顧みられず、頼るものとしては、物に動じぬ厚かましさ、そして『おいらの街』の路上で培った経験しか持たぬ彼にとって、すべてが障壁となって立ちはだかっていた。法学校の前の歩道に立ち、彼はハンチングを脱ぎ猛烈な勢いで頭を掻きむしった。そのとき突然彼が大声で叫んだので、通行人の何人かが、このあまり愉快でない言葉を自分に浴びせた人物を振り返って見たほどであった。「脳みそをどっかに落としちまったんじゃないのか、俺!」というのは、イジドール・フォルチュナ氏から金を借りている人間の一人を思い出したからである。彼は百スー硬貨何枚かでも取り立てるために、何度も彼を訪れたことがあったのだが、その男はパリ小型貸馬車会社の中央事務所に勤めていた。「ここは一つ、あの男に頼むしか...16章4

  • 16章 3

    彼はフォルチュナ氏の事務所を出るとすぐ、ウルム通りまで一気に駆けて行った。パスカルが以前に住んでいた家の門番の対応は丁寧とは言えないものだった。マルグリット嬢に対し非常につっけんどんな態度を取ったのもこの男だった。しかしシュパンは、どんなに取っつき難い邸宅の管理人をも笑わせるコツを心得ており、望みの情報を引き出すことができた。シュパンがこの男から得た情報とは次のようなものである。十月十六日夜の九時ごろ、辻馬車に荷物を積み込ませた後、フェライユール夫人は『ル・アーブル広場へ行って頂戴。汽車に乗るから』と御者に命じた後、馬車に乗り込んだ、と。シュパンはこの辻馬車の番号を知りたいと思った。実際それさえ分かれば良かったのだが、門番は知らないと答えた。が、フェライユール夫人が近所に住む家政婦に頼んで辻馬車を呼んで貰...16章3

  • 第16章 2

    「なんてぇご婦人だ!」と彼はマルグリット嬢が出て行った途端に叫んだ。「まるで女王様だ!あの方のためなら身を切り刻まれても惜しくないや!あの人には分かったんだ。もしおいらがあの人の役に立てたら、それはおいらのため、おいらの満足のためにやったんだってことを。心から、名誉のためにやったってことを。ああ、全く、もし彼女が金をやるなどと言い出していたら、俺はどんなにむかっ腹を立てたろう。どんなにかガックリし、打ちのめされたことか」シュパンは自分の働きに対し金銭的報酬を与えられないことに無上の喜びを感じていたのだ。これは世間の人々とは全く逆なので、フォルチュナ氏は度肝を抜かれ、しばし無言であった。「お前、気でも狂ったか、ヴィクトール」と彼はついに言った。「気が狂う?僕が?まさか、そんなことあり得ません。僕はただ……」...第16章2

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