船が出ると、どこか遠い国へと旅立つ気持ちになる。別府からフェリーに乗り、八幡浜に着くと、九州から隣り合う島・四国に渡っただけなのに、もうそこは見知らぬ国である。二十歳代前半のころ、スケッチブックだけを持って私は一人で旅に出た。高校を出て故郷の市にある町工場に就職して、はじめて自分で稼いだ金を大半は家に入れたが、一部は自分のために使うことが出来た。何という目的はなかった。ただ、没落した家の、故郷の村にさえ居づらくなるほどの困窮から抜け出し、自立と自由という境遇が得られたことがうれしく、異郷に流れる清新な空気感にふれ、旅先の風景や出会う人々との交流などが、一つ一つ、清新な体験となって心に沁みてくるのだった。バスに乗り、岬の果てまで行ってまた引き返し、次の半島を目指した。岬を巡るバスが、曲がり角を曲がるたび、小...港町の栄光コーヒー/苦みの向こうにあるものは【珈琲游人の旅<第3回>】