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森の空想ミュージアムと九州民俗仮面美術館のお知らせブログ
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245回 / 365日(平均4.7回/週)

ブログ村参加:2015/05/17

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森の空想ブログさんの新着記事

1件〜30件

  • 半夏生[花酒と旅の空<56>]

    最近、車で走り過ぎながら薬草や染料となる植物を瞬時に見分ける特技についての手柄話が続く。日向から椎葉へ向かう国道と尾鈴山麓を走り抜けてきた道とが交差するやや手前の山沿いで、「半夏生」の群生を見つけたのは、梅雨のなかばの夕暮れに近い時刻であった。通り過ぎた瞬間、白いものが目の端を掠めたので、――あっ、半夏生だ。と判断し、車をUターンさせたのだ。葉っぱの先のほう半分が白くなり、「半化粧」とも「片白草」とも呼ばれて珍重されるこの草は、庭などに栽培されているものを見かけることはたまにあるが、野生種を見ることは稀である。私の記憶では、綾町の近く、法華嶽山麓に一箇所しかない。今回見つけたこの場所がその二例目になる。一瞬の勘と判断が的確だったことに満足。連れがおったならば散々自慢するところだが、あいにく誰もいなかったので、今...半夏生[花酒と旅の空<56>]

  • 「むべ」なるかな/白い花で黒い酒[花酒と旅の空<55>]

    漬け込んで3ヶ月。「ムベ」の白い花から、黒い酒が出来た。まだアルコール臭が抜け切れていないが、甘みがあって、ほのかな香りもあり、おいしい。まったく予想外の酒となったのである。遠くに霧島連山を望む丘陵大地を突っ切っていく道が大きくカーブした地点で、目の端を流れて過ぎた白いものが「ムベの花」かもしれない」とUターンしてみたら、やはりそうだったので、一度家に帰り、カメラや鎌や花鋏などを持って、出かけてきたら、思いがけず見事な群生があったのだ。*続きは作業中。「むべ」なるかな/白い花で黒い酒[花酒と旅の空<55>]

  • 鎌を研ぎ、草刈りをして蜂に刺された午後/アキレス腱断裂後2ヶ月が経過[森へ行く道<50>]

    一夜、大地を揺るがす雷が鳴って大雨が降り、夜が明けたらからりと晴れて青空がひろがる。昼ごろには、真夏並みの太陽が照りつける。陽性の、豪快な梅雨である。大鎌を研ぎ、草刈りをする。野いちごが終わった頃一度、梅雨の合間に一度、夏の終わりにまた一度、最低三回は草刈りをしないと、南国の森や草地や庭先は、たちまちジャングルの様相を呈してくるのだ。こまめな人は、春先と夏休みとを加え、一年に五度の草刈りをする。それほど、この地の植物の繁殖力は旺盛である。いつも駐車場に使っている広場の一画が、車の半分を埋めるほどの草薮になっている。今日は、この草地を切り払うのだ。*本文続きと画像は作業中。鎌を研ぎ、草刈りをして蜂に刺された午後/アキレス腱断裂後2ヶ月が経過[森へ行く道<50>]

  • 夕まづめ[九州脊梁山地:ヤマメ幻釣譚<57>]

    宮崎と由布院を往復する道筋に、ヤマメ釣りのポイントが点在する。時には大きく山脈を越えて、半日ほど渓流を歩き、それから由布院へと向かうことがある。魚篭に獲物が入っておれば、旧友たちと会う楽しみも倍加するというものだ。帰途、夕暮れ迫る峪に降り立ち、竿を振ることもある。たとえ釣れなくても、沢風に吹かれて過ごすだけで長旅の疲れがとれる。ある一日。高千穂の盆地を貫流する大河・五ヶ瀬川の支流に入ってみた。本流では、二人の釣り師が川から上がるところだった。さりげなく、「どうでしたか?」と声をかけると、「水量が多くてダメです・・・」と、早くも胴長を脱ぎ始めている。――ふふん、上手の発電所の水門が開けられているのを知らぬとみえる・・・私はちょっと意地悪な気分になって、そのことは教えてあげない。就中、*続きは作業中。夕まづめ[九州脊梁山地:ヤマメ幻釣譚<57>]

  • 古代日本の絵文字:大羽弘道/高千穂「岩戸文字」と豊後「ウエツフミ文字」、「サンカ文字」が語る古代の記憶[本に会う旅<18]

    *本文記事は一度消えたので修復作業中。古代日本の絵文字:大羽弘道/高千穂「岩戸文字」と豊後「ウエツフミ文字」、「サンカ文字」が語る古代の記憶[本に会う旅<18]

  • 私の昭和史(二)―新制中学校/白い花の咲く頃(66)[詩人・伊藤冬留のエッセイと画人・高見乾司の風景素描によるコラボ]

    私の昭和史二)―新制中学校伊藤冬留「新制中学野球ばかりが強くなり」。戦後流行った川柳である。新制中学は学制改革で1947(昭和22)年に発足した。それ迄の旧制中学は5年制で入学試験があったから、私は直前まで受験勉強していたが、新制中学は地元にできて全員入学だと聞き、これで受験勉強しなくて済むという安堵感と、無試験で入学する中学なんてつまらないという両方の気持があって複雑だった。当時旧制中学は40㎞離れた地方都市にあり、中学生や高女生は汽車通学をしていた。彼らが駅の改札口を定期券を駅員に見せて通り過ぎる様は小学生には憧れだった。新制中学に入ると(私達は第1期生)男女共学で「女子」が一緒だったから初めは戸惑い、禄に口もきけなかったが直ぐに打ち解けた。学年の終りの頃は好きな女の子ができたりした。校舎は小学校のときの儘...私の昭和史(二)―新制中学校/白い花の咲く頃(66)[詩人・伊藤冬留のエッセイと画人・高見乾司の風景素描によるコラボ]

  • 私の昭和史(一)―風呂屋/白い花の咲く頃(65)[詩人・伊藤冬留のエッセイと画人・高見乾司の風景素描によるコラボ]

    私の昭和史(一)―風呂屋伊藤冬留平成が30年代に近づいているので、まだ記憶のある中に昭和の一部(太平洋戦争から東京オリンピックあたり迄)を書いてみようと思う。私の郷里北海道と今暮らしている九州とでは気候も生活習慣も違うので、読む人の記憶の再現にはならないと思うが、他の体験も含めるつもりなので、かなりの部分は重なるのではないか。昭和を書く気になったのは、たまたまテレビで銭湯が激減していると放送していたからだ。それを見ながら、私はすぐに郷里の風呂屋を思い出した。私の家の隣が風呂屋(故郷ではそう言っていた)だったから。風呂屋と私の家は狭い路地で隣り合わせていて、窓を開けば風呂屋から風呂桶の音が聞こえた。釜の焚口も路地側にあって、燃える火が外から見えた。燃料は私の知っている限りでは製材所から出る大鋸屑を燃やしていた。石...私の昭和史(一)―風呂屋/白い花の咲く頃(65)[詩人・伊藤冬留のエッセイと画人・高見乾司の風景素描によるコラボ]

  • 豊後の国に残っていた古記録<「ウエツフミ(上記)」とは/神代文字とサンカ文字[サンカと仮面<8>]

    *本文は作業中。豊後の国に残っていた古記録<「ウエツフミ(上記)」とは/神代文字とサンカ文字[サンカと仮面<8>]

  • サンカ文字と古代文字/[サンカと仮面<7>]

    サンカ文字「箕」とサンカ文字サンカ文字とトヨクニ文字「上記(ウエツフミ)」のトヨクニ文字神代文字忍者文字*本文は作業中です。サンカ文字と古代文字/[サンカと仮面<7>]

  • 草原の風が吹き渡る/「クララ」で黄色と鶯色を染めるワークショップ[空想の森の草木染め<83>]森の空想ミュージアムにて6月21日

    由布院から「クララ」を採集して帰ります。クララは草原の植物で、その根を噛むとくらくらとめまいがするというほど苦いことから、その名が付いた。日当たりの良い草原などに自生する。この草を食草とするシジミ蝶の仲間が産卵する。高さ50-150cm。草原の中では丈高く、目立つ草である。全草有毒であり、根の部分が特に毒性が強いが、疥癬の治療薬、解毒・殺虫などの薬効もある。ルピナンアルカロイドのマトリンが薬効の元というが、素人が手を出す代物ではない。くららの花には、蝶や蜂などの昆虫が蜜を吸いに集まる。蝶の類には、毒草を食べてその毒を身中のものとして身を守るものがいるという。シジミ蝶やアサギマダラもその一群に入るらしい。クララの開花期に全草を採取し、染める。ミョウバンの先媒染で明るい黄色、鉄媒染で鶯色が染まる。いずれも、真夏の草...草原の風が吹き渡る/「クララ」で黄色と鶯色を染めるワークショップ[空想の森の草木染め<83>]森の空想ミュージアムにて6月21日

  • [本に会う旅<16]沖浦和光著:竹の民俗誌 /サンカの生業「箕作り」と竹芸の古層[サンカと仮面<6>]

    三角寛「サンカ社会の研究」によれば、サンカの祖神を「実殻別作人(ミカラワケノナスト)」という。この文字を一字ずつ分解すると、「穀物の実と殻を仕分け、食物を得る人」となる。サンカの祖神は、その生業そのものを表す神様であった。「箕」とは、独特の形状をした農具で、その上に臼で搗いたlり棒で叩いたりした米・麦・豆などを載せて、風のある時を見計らって上下に揺する。すると、殻は風に吹き飛ばされて籠の外へ飛び去り、実だけが籠の中に残るという仕組みである。人力と風力だけによる実と殻との選別用具という定義になろう。この「箕」は古記録にも記されるほど古い歴史を持つ。記紀神話の海幸・山幸の段では、兄から借りた釣り鉤を亡くした山幸彦が、鉄を打って鉤を千本拵え、箕に乗せて詫びをいれるが兄神は聞き入れず、困惑するという場面がある。箕とは、...[本に会う旅<16]沖浦和光著:竹の民俗誌/サンカの生業「箕作り」と竹芸の古層[サンカと仮面<6>]

  • 由布院空想の森美術館でアート・地域再生・ウィルスト地球・コロナ過以後のこと、神楽と仮面などを語った「二宮松岡放送局」[空想の森から<126]

    2年前に再開した由布院空想の森美術館で、当時の仲間のが設立した「二宮松岡放送局」で4時間半のロングインタビューをライブ配信。時代の変化を感じるとともに、懐かしい「大分の文化風土」ともいえる空気感にどっぷりと浸かった一夜となり、感慨ひとしおでした。現在、https://www.youtube.com/watch?v=X_cfeIjpO94&t=7479sで配信中。聞き上手の二宮君に誘導されて、「サンカ」という幻の先住民のことや磯崎新氏と交渉して由布院駅が美術館になったいきさつ、初期の空想の森美術館誕生時の裏話、由布院アートの初期の活動など、これまで語る機会もなく意識の裏に潜んでいたエピソードなど、喋ってしまったような気もします。これも一つの「記録」として受容することにしましょう。そして、なんと、この続きを宮崎で、...由布院空想の森美術館でアート・地域再生・ウィルスト地球・コロナ過以後のこと、神楽と仮面などを語った「二宮松岡放送局」[空想の森から<126]

  • 由布院空想の森美術館でアート・地域再生・ウィルスト地球・コロナ過以後のこと、神楽と仮面などを語った「二宮松岡放送局」[空想の森から<126]

    2年前に再開した由布院空想の森美術館で、当時の仲間のが設立した「二宮松岡放送局」で4時間半のロングインタビューをライブ配信。時代の変化を感じるとともに、懐かしい「大分の文化風土」ともいえる空気感にどっぷりと浸かった一夜となり、感慨ひとしおでした。現在、https://www.youtube.com/watch?v=X_cfeIjpO94&t=7479sで配信中。聞き上手の二宮君に誘導されて、「サンカ」という幻の先住民のことや磯崎新氏と交渉して由布院駅が美術館になったいきさつ、初期の空想の森美術館誕生時の裏話、由布院アートの初期の活動など、これまで語る機会もなく意識の裏に潜んでいたエピソードなど、喋ってしまったような気もします。これも一つの「記録」として受容することにしましょう。そして、なんと、この続きを宮崎で、...由布院空想の森美術館でアート・地域再生・ウィルスト地球・コロナ過以後のこと、神楽と仮面などを語った「二宮松岡放送局」[空想の森から<126]

  • 空想の森美術館でアート・地域再生・コロナ過以後のこと、神楽と仮面などを語る 本日(13日午後7時より)「二宮松岡放送局」開局。

    由布院空想の森美術館に来ています。コロナ過の影響で隣県さえ越えられない状況が続いていたので、久しぶりの空想の森。雨にけぶる由布院も素敵ですが、町中の実態は、厳しく、かつての賑わいは消えて「がらんどうの由布院」などといわれています。この状況下で、旧友たちと語る会が開催されることに時代の「意味」を感じます。アート・地域再生・コロナ過以後のこと、神楽と仮面など話題は多岐にわたるでしょう。二宮君は、NHK大分放送局の人気番組「小さな肖像」を700回に渡り続けている腕利きのアートジャーナリスト。地方を回り、そこに住む人と会い、インタビューを開始し、似顔絵を描く。さまざまに人と地域の風土を捉えてきたその眼が、過去の由布院、現在の由布院、アート、地域再生の物語などをどうとらえ、質問を繰り出してくるか、楽しみです。そしてその記...空想の森美術館でアート・地域再生・コロナ過以後のこと、神楽と仮面などを語る本日(13日午後7時より)「二宮松岡放送局」開局。

  • 空想の森から「二宮松岡放送局」発信

    本日、由布院へ。下記のように、由布院空想の森美術館(1980-2001)を開館してすぐのころからの仲間、二宮圭一君が、昨年、放送局を開局するという怪挙?。そして明日、再開された空想の森美術館(2018~)を放送局として、二宮君と高見の対談形式の生放送を企画してくれました。ちょっと想像を絶する状況ですが、それを楽しみに由布院へ。2時間の予定を大幅に超えることになるだろう、と二宮君が言っています。たぶん、そうなるでしょう。https://www.youtube.com/cha…/UCZCfU5H5fMz11czQ5AgeEog/videos↑これで視聴できると思います。僕は詳しくないので、明日、スタッフに訊いて再度連絡します。空想の森から「二宮松岡放送局」発信

  • 「神楽」と「仮面」の分布と普及の経路と「サンカ」の移動との関連/利田敏著:サンカの末裔を訪ねて[サンカと仮面(5)]

    [「神楽」と「仮面」の分布と普及の経路と「サンカ」の移動との関連]というテーマは、危険領域ギリギリのきわどい地点といえる。私はあえて「サンカ民俗学」というジャンルに踏み込むつもりはないが、三角寛「サンカ社会の研究」に記録されている情報は、見過ごして通るには惜しい。「サンカ」という民族そのものはすでにこの日本列島から消えており、その資料・情報を得ることもほぼ不可能と思われていたのだが、[利田敏著:サンカの末裔を訪ねて]を読むと、21世紀の現在も日本社会のどこかにサンカは存在していて、丁寧かつ誠実にたどれば、実在のサンカに会うことも不可能ではないことがわかるのである(この件についてはすぐれたルポである原本を読んだほうがわかりやすいので、興味をもたれた方は入手をお薦めする。アマゾンなどで買えます)。彼は、実際に、「サ...「神楽」と「仮面」の分布と普及の経路と「サンカ」の移動との関連/利田敏著:サンカの末裔を訪ねて[サンカと仮面(5)]

  • サンカの源流「穴居脱神」とは/三角寛「サンカ社会の研究」より[サンカと仮面(4)]

    サンカの源流を語る伝承の一つに、『サンカ族の元祖(モトツオヤ)は、ミカラワケノナスト(實殻別作人)として一族を形成していた。そして穴居脱して地上にユサバリ(揺布張)をしたときの実相が、今日のユサバリ(天幕張)であるから、サンカはあくまでも国津神の末孫である。したがってこのユサバリのことを「アナイヌケ」というのである』という記述がある。*「サンカ社会の研究」同書には、神楽の主祭神格の神として「穴居脱神」が記録されている。それが掲示の写真である。キャプションに『日本民族の母体族である国津神は、すべて穴居していた。それを摂政・進界命(スサノオノミコト)が大山見命に勅命されて穴居脱して庵(イオリ)布張(ユサバリ)させて、人民を地上に出した。その大山見命の形貌がこれである。彼らの噱樂(エラギ=遊芸)の中のこれは出雲神楽で...サンカの源流「穴居脱神」とは/三角寛「サンカ社会の研究」より[サンカと仮面(4)]

  • サンカ言葉「噱樂<エラギ>」は「神楽」の古語/三角寛「サンカ社会の研究」より[サンカと仮面(3)]

    写真は、昭和23年撮影の大分県大野川流域の神楽の奇稲田姫の舞。撮影は三角寛。「サンカ社会の研究」より転載。これは高見剛撮影・大野川流域「犬山神楽」の櫛稲田姫の舞。1995年頃。この二例が、ほぼ同一の様式であることがわかる。そして、三角寛の取材は、サンカが務める神楽という前提があるので、戦前から戦後ころまでは、神楽を舞う集団としてのサンカがおり、このような興行あるいは移動上演・奉納等を行っていた可能性がある。*続きは作業中。サンカ言葉「噱樂<エラギ>」は「神楽」の古語/三角寛「サンカ社会の研究」より[サンカと仮面(3)]

  • 漂泊の民「サンカ」が神楽に関与していた/三角寛「サンカ社会の研究」より[サンカと仮面(2)]

    *本文は作業中。漂泊の民「サンカ」が神楽に関与していた/三角寛「サンカ社会の研究」より[サンカと仮面(2)]

  • サンカと仮面(1)幻の民「サンカ」が立ち現れる時/三角寛:サンカ社会の研究[本に会う旅<14>]

    サンカと仮面(1)幻の民「サンカ」が立ち現れる時「幻の民」とも呼ばれる漂泊の先住民「サンカ」については、私はこれまでつとめて言及を避けるようにしてきた。その存在や歴史そのものがきわめて漠然としており、現実社会ではすでに消滅同然であり、その実態に関する具体的な資料が乏しいからである。加えて、「サンカ」を取り上げ、世に出した「三角寛」はもともとは新聞記者出身の小説家であった。その三角が、当時の「オール読物」主宰の菊池寛や編集長の永井龍男に評価されて次々に発表した「サンカ小説」は、一時サンカブームを巻き起こしたが、三角は情報を独占し、他者のこの分野への進出を阻止しようとしたといわれる。しかも、彼の取り上げたサンカ文字は、「豊国文字」または「ウエツフミ文字」と呼ばれる神代文字とほぼ同一である。その豊後の国に伝わった「上...サンカと仮面(1)幻の民「サンカ」が立ち現れる時/三角寛:サンカ社会の研究[本に会う旅<14>]

  • 偏倚するユートピアあるいは変貌する楽園願望/渋澤龍彦:夢の博物館[本に会う旅<13>]

    ここに掲げた「偏倚」は「へんい」と読む。変移、変異、変位とほぼ同義であると把握しよう。渋澤龍彦という人は、まさに偏倚の人といえるのである。検索してみて、少し印象が変った。その家系は、渋澤栄一・渋澤敬三という明治・大正・昭和の経済・文化を牽引した血族の本家筋にあたり、蒐集品の多彩さをみると、およそ経済的苦境などとは無縁の人かと思っていたら、戦時中は学徒動員されたり、肺を病んだり、大学受験に失敗して浪人したりと、社会人としての苦労も体験しているのである。だが、戦後はフランス語を短期に習得し、翻訳書の出版、編集、伝奇的に著作の発表など、能力を存分に発揮した。いち早くタダイズムやシュールリアリズムに反応し、三島由紀夫「サド侯爵夫人」を受けて書き上げた「サド侯爵の生涯」、猥褻表現として裁判となった「悪徳の栄え」、「黒魔術...偏倚するユートピアあるいは変貌する楽園願望/渋澤龍彦:夢の博物館[本に会う旅<13>]

  • 硬骨のジャーナリストが掲げた旗は/花森安次:一銭五厘の旗[本に会う旅<12>

    私の中で、花森安次という人は、おかっぱ頭でスカートをはいたりして、「暮らしの手帖」のデザインや編集を死ぬ直前までほぼ一人でやっていた、いわば奇矯の人、仕事は出来るが超ワンマンで変り種、というイメージが強かった。だが、今回、頂き物の書物の山の中に、この一書を見つけ、何気なく開いてみたところ、そこには、まさしく硬骨のジャーナリスト花森安次の掲げた「旗」が、翩翻とひるがえっているのが見えたのである。その「旗」とは、庶民の旗である。ぼろ布をつぎはぎした旗なのである。花森は、第二次世界大戦の戦争体験をへて生還した。召集され、軍の指揮下に入った初年兵は、「貴様らの代わりは一銭五厘でいくらでも来るのだ」といわれ、馬よりも粗末に扱われ、殴られ、虫けら扱いされて、戦地すなわち死地へ叩き込まれた。この不条理に対する怒りと反発が、花...硬骨のジャーナリストが掲げた旗は/花森安次:一銭五厘の旗[本に会う旅<12>

  • 仙人の釣り姿[風を釣る日々<56>]

    これは、釣宿で聞いた話。話者は草炎君、渓声君の二人だから、信憑性を疑うことはない。米良山中に「天空の滝」と呼ばれている名瀑がある。その名を、いま思い出せないが、この地方に詳しい人は、――ああ、あれだな。とすぐに思い当たるはずだ。渓谷の最上流部に直立する300メートルほどの崖があり、その崖の天辺あたりから、一条の滝が落ちているのだ。滝の水は岩場に当って飛沫となって飛び散り、その水は一度岩場に吸収され、地中を潜って再び地上に現れた時、この渓谷の源流となる。遠くからこの滝を眺めると、まるで天の一角から水が降ってくるように見える。天空の滝と呼ばれる由縁である。滝のやや下流に古い集落があり、木地師の村と伝えられる。昔むかしのこと、村の下手にある「蛇淵」にヤマメを追って潜った漁師が、淵の底に溜まっている黒い塊を見つけた。そ...仙人の釣り姿[風を釣る日々<56>]

  • ヤマメが鳴いた日/鬼神の渓にて[風を釣る日々<55>]

    先日の怪我がアキレス腱断裂と判明したので、あと二ヶ月間の謹慎。痛みは軽減したが、組織が回復するための養生期間が必要であることは素人でもわかる。その間、渓流へは行かないと決めたので、追想の釣りをひとつ、ふたつ。☆ヤマメは鳴かない。ギギ(地方名ギュウギュ)など、掴まえると鳴く魚はたまにいるが、ヤマメは鳴かない。そんなことは、誰でも知っているが、たった一度だけ、私はヤマメが鳴いたのを聞いたことがあるのだ。それは、7、8年前のちょうど今頃、梅雨入り前のよく晴れた日のことだった。「鬼神の渓(たに)」と名付けておこう。その流域に古式を伝える神楽が分布し、地主神たる鬼神が出るのだ。赤い大ぶりの「鬼」である。柳田國男によれば、――「おに」とは制圧された先住民の霊が地にこもり、悪鬼、悪霊となったものとなる。「おに」は、怒れば激し...ヤマメが鳴いた日/鬼神の渓にて[風を釣る日々<55>]

  • 倭 城/白い花の咲く頃(64)[詩人・伊藤冬留のエッセイと画人・高見乾司の風景素描によるコラボ]

    倭城伊藤冬留11月(16年)、思いがけず釜山旅行の格安チケットを入手したので、妻と息子の嫁とで出かけた。2日目。旅行会社のオプショナルツアーには加わらず、自分たちで市内見学をした。その一つが倭城である。倭城とは韓国側の呼称で、文禄の役(韓国では壬辰倭乱。1592年)の折、日本軍が陣地として築いた城である。釜山の比較的海辺に近い市街地に、江戸時代の日本と朝鮮王国を往来した朝鮮通信使の資料を展示する歴史館があり、それに隣接する小高い公園が倭城跡であった。釜山市民はそこで散歩やジョギングを楽しんでいたが、その木立の中に数か所の石垣があった。石垣は大小の石を削り積み上げた安土桃山時代の典型的な日本の城郭のもので、朝鮮半島や琉球王国のなだらかに石を積み上げた城郭とは違い、一見して荒々しいもの。案内板によると毛利輝元(15...倭城/白い花の咲く頃(64)[詩人・伊藤冬留のエッセイと画人・高見乾司の風景素描によるコラボ]

  • ぞうきん/白い花の咲く頃

    ぞうきん伊藤冬留新聞の投書欄に50代女性の次のような一文が載っていた。「先日、図書館で河野進さんの「ぞうきん」という詩を見つけた。《こまった時に思い出され用がすめばすぐ忘れられるぞうきんになりたい台所のすみに小さくなりむくいを知らず朝も夜もよろこんで仕えるぞうきんになりたい》。若い頃、私は産休・育休の代替保育士で園を転々として働き、仕事や子供たちに慣れた頃に辞めなければならなかった。そんな時、いつも自分は使い捨てのぞうきんのようだと惨めな気持ちになった。もしあの先生が辞めたら私は辞めなくてもいいのにとか、正職員として働けない自分を卑下して世の中を妬んだり、恨んだりした。あれから年月がたち、今、運命的にこの詩に出会ったような気がする。《まっ黒いぞうきんで顔はふけないまっ白いハンカチで足はふけない用途がちがうだけ使...ぞうきん/白い花の咲く頃

  • 切れていた:アキレス腱断裂/落花の谷で負傷した一件、その後[風を釣る日々<54>]

    5月6日記事:朝まづめ/落花の谷で負傷した一件[風を釣る日々<53>]の続編です。*本文は作業中。切れていた:アキレス腱断裂/落花の谷で負傷した一件、その後[風を釣る日々<54>]

  • 森のホタルが飛び交う夜に[友愛の森/里山再生プロジェクト<100>]

    MotofumiOhashiさんのフェィスブックから、転載です。「友愛の森/里山再生ARTプロジェクト」の森とその周辺です。大橋さんありがとうございました。「森の草木染めワークショップ」を行い、夕刻から食餌とホタルを見る会というスケジュールも人気のコースとなりました。☆場所「森の空想ミュージアム」と「友愛の森/里山再生ARTプロジェクト」の森☆会期5月21日(木)~24日(日)の4日間、毎日開催。☆スケジュール午後5時頃「森の空想ミュージアム」に集合、6時頃から夕食。8時頃からヒメボタルを見ます。・時間前の集合、森の散策も可です。☆会費1000円(子供は無料)、一品持ち寄りでお願いします。当方で「花酒」と料理一品をご用意いたします。☆完全予約制です。定員1日につき5組15人程度で締め切ります。*ご予約・お問い合...森のホタルが飛び交う夜に[友愛の森/里山再生プロジェクト<100>]

  • 天然の蚕:神樹蚕<シンジュサン>が孵化して森へと飛び立った[森へ行く道<49>]

    朝一番に、佐藤優飛くん(小1)父子が来た。虫籠に、羽化した蛾が一羽、入っていた。それは、3週間ほど前にユウヒ君が、「友愛の森/里山再生ARTプロジェクト」の森で見つけたものだ。彼は、その前にも「山繭」(天蚕という天然の繭)を見つけている。観察力にすぐれた「眼」を持つ昆虫数寄の少年だ。ところがその繭は、小さくて茶色っぽくて、やや扁平だったので、山繭の仲間だが、別の種類だろうということで、保存するか、森に戻すか、判断に迷うところだった。それを手に取って、軽く振ってみると、からからとかすかな音がして、微妙な重量がある。「これは蛹が生きている可能性がある。飼ってみるかい?」とユウヒ君に渡し、皆、そのことは忘れていたのだった。それが、この朝、羽化した。で、お父さんと一緒に持ってきたというわけだ。*本文の続きは作業中。天然の蚕:神樹蚕<シンジュサン>が孵化して森へと飛び立った[森へ行く道<49>]

  • 絶滅危惧種:ミゾゴイだった[森へ行く道<48>]

    *本文は作業中。絶滅危惧種:ミゾゴイだった[森へ行く道<48>]

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