誰にも教えたことのない秘渓に入り、沢辺に車を乗り入れる。途中で一度、小橋の上から覗いてみて、20センチ級の立派なヤマメが泳いでいるのを確認した。――よし、今日はあいつを釣ろう。と入渓地点を決定し、まずおにぎりを食べる。旨い。清流の水音を聞きながら食べるおにぎりこそ山旅の最高のご馳走である。世の中全体ではコメ騒動が続いているが、通り過ぎてきた棚田や谷沿いの小さな田んぼにまで、青々と稲苗が成長し、早場米は穂を膨らませているものもある。食料不足は農家の問題ではなく消費者すなわち都市生活者の問題なのである、とは、農民作家として半世紀前の農業の課題を提起した山下惣一氏が述べている。林間から摘んできた野生の茗荷の葉に乗せたおにぎりを食べながら、この国の農業政策の行き詰まりと、それを視野に置きながら、変わらずに「農」の...秘渓の沢辺で珈琲を一杯【珈琲游人の旅<第1回>】