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『碧巌録』より 第十一則 黃檗酒糟漢/ 黃檗噇酒糟漢(その4)
唐の憲宗にはこどもが二人いた。穆宗と宣宗である。宣宗というのがここで言う大中のことである。年は13歳で若かったが聡明であった。常に座禅を組むのを好んでいた。
2024/08/31 21:29
『碧巌録』より 第十一則 黃檗酒糟漢/ 黃檗噇酒糟漢(その3)
黃檗と裴相國とは塵外の交わりを結んでいた。裴相國が宛陵に赴任すると、裴相國は黃檗を官舎に招き、自分の禅境の進歩ぶりを紙に書き記して黃檗に提示した。黃檗はそれを受け取ると座において、まったく開いてみようとしなかった。ややしばらくして黃檗が言う。「わかったか」。裴相國は、「わかりません」。黃檗が言う。「もしそんなふうにしてわかったとしても、やはり違うな。悟境を紙に書きしるすようなことをすれば、いったいどこに禅宗の宗旨が存在するというのだ」。
2024/08/29 14:06
『碧巌録』より 第十一則 黃檗酒糟漢/ 黃檗噇酒糟漢(その2)
黃檗が弟子たちに示していった、「おまえたちは皆、仏教の教えを腹いっぱい詰め込んでそれで酔っぱらってしまったようなものだ。そんなふうで修練していったところで、立派にやり切れることなどあるものか。この国には修行僧を導く禅匠がいないことを知らないのか」。この時、弟子たちの中から一僧が出て言う。「この国の各地で弟子たちを率い鍛え上げている指導者達がいらっしゃるのは、いかがなものでしょう」。黃檗は言う。「禅宗がなくなったと言っているわけではない。ただ、衆を導く師がいないと言っているのだ」
2024/08/26 15:37
『碧巌録』より 第十一則 黃檗酒糟漢/ 黃檗噇酒糟漢(その1)
ブッダや祖師たちの持っている大いなる働きは、悟りを求めてやってくるあらゆる人々のことを見て取り、彼らの命運をあたかも簡単に指先で操るように掌握する。ブッダや祖師たちの発するそのさりげない言葉でさえ、人々を揺すぶり驚かす。
2024/08/22 13:57
『碧巌録』より 第十則 睦州問僧甚處 / 睦州掠虛頭漢(その3)
禅は、この世に自我の認識が立ちあがり、それに合わせて対峙する客観的な世界が自我にとって認識され存在する「主客」が分かれた世界、そういった世界のそれより以前の世界、即ち認識する自我もなく、認識される客観的な世界もない時「主客未分」のことを考える。
2024/08/20 12:04
いま私たちがこうして平和に暮らせて好きなことをできるのも○○のおかげ(その2)
いま私たちがこうして平和に暮らせているのは、誰かがわたしたちのために死んでくれたからではないと思う。例えば、核発電所が爆発しそうになって、炉心冷却するには人間がその現場にどうしても行かざるを得なくなり、その行かねばならぬ誰かに誰かが選ばれ、その人のおかげで核爆発が避けられたのであれば、それは確かに、いま私たちがこうして平和に暮らせているのは、その人のおかげかも知れない。
2024/08/19 13:23
いま私たちがこうして平和に暮らせて好きなことをできるのも○○のおかげ(その1)
以下の話は架空の暗黒未来小説であり、実在する国、人物、事件とは一切関わりはございません)西紀20××年、巨大地震と大津波に襲われた核発電所が火災を起こし、炉心の冷却電源と冷却水を失い炉心溶融と爆発の危機にあった。
2024/08/18 12:07
『碧巌録』より 第十則 睦州問僧甚處 / 睦州掠虛頭漢(その2)
「窮則変、変則通」、これは、禅師の睦州に「おまえさんの喝はなかなかいいぞ。だが、3度でも4度でも喝といったあとはどうする」と問い詰められた僧がついに答えに窮したことに関していった語句である。
2024/08/16 15:40
『碧巌録』より 第十則 睦州問僧甚處 / 睦州掠虛頭漢(その1)
「お前、どこから来た」は、なんということのなさそうな問いかけだが、禅では禅匠が弟子や修行僧の力量を見るために質問する。「どこから来た」は、実は深い哲学的な問いかけでもある。
2024/08/10 12:14
『碧巌録』より 第九則 趙州東西南北 / 趙州四門(その5)
「主観」と「客観」が分裂する以前の、存在の世界はどのようなものであったろう。そこに、「教え」などというものはない。しかし、人間は、この世に生まれてくる宿命として「主」を打ち立てる。「主」があったとしても、「客」が依然として「客」のままでいて、その「客」が「主」にはいってこれる世界、それが究極に禅が達しようとしていること。
2024/08/05 13:51
『碧巌録』より 第九則 趙州東西南北 / 趙州四門(その4)
生死、出入、愛憎、等々の相対的な世界にこだわるなということ。その相対的な世界を超えたところに進んでいくには、おのおの、個人個人が関門を突破することが大事。
2024/08/03 12:06
2024年8月 (1件〜100件)
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