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畑に吹く風 https://blog.goo.ne.jp/yukiguni01-47

 雪国魚沼生まれの魚沼育ち。生粋の田舎人です。愛犬マックスと共に畑仕事や魚沼の自然を紹介しまします。

 早期退職をして早六年。細々と始めた個人経営の農産物直売所の営業も五年目のシーズンを無事に終えています。 無農薬、減農薬を主体とし、減化学肥料、有機主体の農業に挑戦しています。 石の上にも三年。徐々に畑の趣旨も知られるようになり、長岡の「越後の台所 すずきち」は大のお得意さん。なんと、お店には私たち夫婦と私の畑の写真が沢山掲げられていますよ。

スベルべ
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魚沼市
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魚沼市
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2012/03/02

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  • ワンスピリットライブ(その2終わり)

    もう一つのコンセプトとでも言うべき言葉です。ハワイの諺だと聞きましたが「雨が降らなければ虹は出ない」だとか。「つらいことの後にはきっと良いことがある」ということだといいます。その言葉に「NoSnow」と付け加えたのかな。春の来ない冬は無いと日本では言いますが。受付で頂いた冊子にありました。「人は、悲しみを経験するほどに人に優しくなれるから」長くなります、お読みください。人生の応援歌かもしれません。雪国ならではでしょうか。観客全員が元気をもらえたようなライブだったと思います。演奏者のパートナーに促され、立って拍手をする際にはジャンプを繰り返す人も。そして、そっと記念で頂いたハンカチで涙をぬぐう人さえ見えました。スベルベ夫婦も会場を勘違いして、開演にようやく間に合いましたが、なんと座ったのは前から二列目。その...ワンスピリットライブ(その2終わり)

  • ワンスピリットライブ(その1)

    思わぬことから、ライブに行くことになった。娘婿からの招待というか、勤めている会社の創立記念日の祭典です。題して、「ワンスピリットライブ」。名前は聞いた事はあったけれども初めて聞く、三味線奏者です。名前さえ見たことはあっても、発音も知らず「史佳(ふみよし)」って初めて知りました。こちらの「ひなた」はスベルベ夫婦とは、親しい間柄です。今年も二人で、47日間の全国ライブツァーを終えてから我が家にサツマイモ掘りに来ています。先ずはその「ひなた」の演奏から開始です。金曜日のライブであり、平日の午後でお客さんは年配者が多い。でも、元気のよいメンバーの二人による歌と踊りにたちまち興奮の渦。そして、どんなご縁なのかなんと一人のタヒチアンダンサーも登壇し盛り上がります。休憩をはさんで、次は三味線奏者の「史佳」さんの登場です...ワンスピリットライブ(その1)

  • 山よさよなら~♪

    日が沈み始めてしばらくすると、越後三山はピンク色に染まる。先回説明した紅ハナコの始まりです。山全体が雪に覆われるとまた風景は変わります。左の越後駒ケ岳と右の中の岳をアップします。越後駒ケ岳は深田久弥の日本百名山にも選ばれた山で、どっしりとした山容です。越後三山のうちの八海山です。お酒の名前としても知られていますが、古くから信仰の山として知られ、信者が登山します。そして、越後駒ケ岳の左奥に位置するのが荒沢岳です。なだらかに見えるけれど、とんでもない危険な山で遭難者も多く出ます。里にも夕暮れが迫り、まさに秋の陽はつるべ落とし。帰って夕食にしましょうか。こんな夕日だと翌日は晴れるはず。朝日を見に来ましょう。山よさよなら~♪

  • 夕日を撮影に行くと

    大根を収穫して帰宅し、洗い始めたけれど空が気になる。きれいに晴れ渡った空で、冠雪の越後三山を牛ヶ首展望台に見に行きたくなったのです。撮影のタイミングとしては、上々のコンデイションでしょうか。宇賀地盆地は日陰に入ったけれども、周辺の山々は夕日に紅葉が光って見えます。ひとりで、静かに移り行く風景を眺めていたら突然、車が急停車。遠慮も無く、展望台の直近に3台の車を止め、4人の撮影グループが登場。でも、分別盛りとも思える年齢のこのグループはスベルベに声をかけるでもなくカメラをセット。おいおい、マナー、エチケットというものもあるでしょう。泥だらけのスベルベの姿を馬鹿にしたのかな。一人は講師と見え、一人の女性はしきりに撮影に関する質問を連発する。いや、絞りがどうのこうの、ピントはどうのこうの、構図がどうのこうのと姦し...夕日を撮影に行くと

  • 大根採りを急ごうか

    今の時期としては遅いけれども、越後三山に二回目の降雪がありました。いよいよ、冬、降雪の時期が近づいてきて、大根採りにも気が急きます。少しは、雪に遭わせて「雪大根」にもしたいけれど、収穫が間に合わなかったら大変。何年か前の、忘れもしないが12月12日のことです。初雪の量が多くてそのまま根雪に。100本以上もの大根を採りそこね、収穫がすべてが泡と消えた苦い経験もしたのでした。大根を数10本収穫しての帰り道から見た越後三山です。若いころの11月3日に、越後駒ケ岳の小屋じまいの手伝いで登ったことがあった。その日は快晴でしたが、雪は膝の深さまでありました。一人、ラッセルで頂上の道標を外して担いで小屋の中に。我が家の畑のある山から見える、特徴的な山の未丈ガ岳も白い。この辺りから見える山をすべて登ろうと考えて、最後に登...大根採りを急ごうか

  • 山芋のフルコース

    思いがけずに沢山の山芋が掘れた。夫婦二人、自分たちだけで食べきれるはずもない量で、友人たちを食事に招く。この日は、自前の農産物直売所「農天市場」をやっていた際に知り合った知人でした。ある若者が、農天市場の話を聞き、野菜を置かせてくれと頼まれた。以来のご両親含めてのお付き合い。先ずは定番の山芋料理、トロロ汁です。我が家流は、煮干しで出汁を取り醤油で味をつけたシンプルな汁で伸ばしています。スベルベ亭主が、40分以上も時間をかけてトロロ汁を伸ばしている間にもう一品。こちらは、スベルベママが担当して、摩り下ろした山芋を使っての海苔巻きです。超シンプルな食べ方の、山芋のざく切りです。シンプルな味ながら、豊潤でアワビのようだと言う方もいらっしゃいます。そして、山芋は枝分かれして細くなった部分もあります。その部分や、摩...山芋のフルコース

  • 終わりにと思っても山に向かう足

    山芋は十分に掘ったし、もうおしまいにしようと思っているのだが・・・。天候が良いと、つい山の足が向かう。しかも前回掘った周りに気になる蔓もあったのです。たまには、こんな僥倖を得ることもあります。目的の一本を掘り始めたらその後ろにもう一本。どう見ても、雑木に絡みつく蔓は一本しか見えないのに不思議です。蔓が切れたのでしょうね。そんな、僥倖も最後まで生かしきれなかった。2本を掘り上げることは出来たけれども、肝心の先端まで到達できなかった。悔しくて、その後に掘りだした先端部分をくっつけてみたり。それにしても、十分な太さの山芋です。10年以上は人の手に触れていませんね。こんな、山の主かお化けかと思えるような大物も掘りました。最後は固い砂礫の層に当たり、大きく手を広げたような形になっていますが。スベルベは、昨年からフェ...終わりにと思っても山に向かう足

  • 連載326「父母と姉たちと夫婦喧嘩と」(その2終わり)

    撮影した年月を考えると、両親とも今の私よりも若かったに違いない。父母と姉たちと夫婦喧嘩と(その2終わり)それでも、姉たちの言葉の端々、会話の中に「父ちゃんみたいな人と結婚したい」なんて何回も聞いていたのだから羨ましい話である。欧米並みに離婚率が上昇している日本でもある。身近でも離婚が珍しくも無くなった時代に、ついこの亡父母のことを思い出してしまう。そして、中々結婚せずに両親を悩ませた私は「馬には乗ってみよ、人には添うてみよ」なんて聞かされた言葉が忘れられない。そうです、そのとおり、結婚なんてしてみなくては分からない。「結婚する前は両目で相手を見る。結婚したら相手を片目をつむって見る」そんな、寛容な心を持った父と母だったのかもしれない。(終わり)連載326「父母と姉たちと夫婦喧嘩と」(その2終わり)

  • 連載326「いい夫婦の日に」(その1)

    亡くなった両親は、遊び心も持ち、山菜採りは二人揃っていくことも。これは、私も同行してのキノコ採りで、山での昼食の光景です。父母と姉たちと夫婦喧嘩と私とは年齢がかなり違った姉たちが三人いる。(実は私のすぐ上にもう一人姉がいたが、終戦の年の混乱の中、一歳の誕生日を待たずに早逝している)私の記憶がはっきりする年齢、小学校から中学校へかけての年頃だったかと思う。一人の姉のみでは無かったと思うが「結婚するなら父ちゃんみたいな人とする」なんて言っていた記憶がある。私が娘二人を持つ身となり、その言葉をかみしめる。残念ながら我が娘たちは私にそんな嬉しい言葉など掛けてはくれなかったから。酔態を見せたり、夫婦喧嘩をたびたび見せていたのでは無理も無い事なのだろうが。反面教師とはなり得ても、人生の師、ましてや父と似たような伴侶な...連載326「いい夫婦の日に」(その1)

  • 越冬用大根はこれからが本番

    むしり取った大根の外葉や、切り落とした蕪の葉は畑にまき散らす。わずかではあっても、翌年用の肥料になってくれることでしょう。収穫して、葉を切り落として整理した大根を軽トラに積み込みます。長岡の知人に譲る15本を除くと、自家用の大根は20本以上になるのかな。帰宅して、すぐに大根に着いた土を洗い流します。普段は軍手を両手にはめて、こすって洗うのですがこの日は亀の子たわしで丁寧に。あまり立派なので、最も大きい一本を秤に乗せてみました。2.62キログラムもありましたよ。一回のオデンにも余りある量になるでしょう。知人の注文は、耐病総太りが10本の、英才が5本という事でした。我が家の越冬用は、今回は英才のみでした。耐病総太りは一度雪に遭わせてから採りたいものです。(終わり)越冬用大根はこれからが本番

  • 冬用に大根を採る

    前日から、自家用の冬食べる大根を採ろうと思っていた。長岡の知人からも15本の注文もあり、それも併せて収穫することにする。大きくなった大根は、重くて片手に1本しか持てない。合わせて2本ずつを採っては、畝間の往復を繰り返すことになる。ある程度、採り集めたところで、葉を包丁で切り落とします。前回の切り落とした葉も残っていて、たちまち大根の葉の山が出来ました。ご存じのように、大根の葉も美味しいものだけれど、外葉は固い。しんに近い柔らかな部分だけを食べるために、外葉は全部もぎ取ります。古い大根葉、大根菜の上に苗用の入れ物に葉だけを集めて載せます。我が家では、これを茹でて冷凍保存して使ったりしています。冬の青物野菜が少ないときには重宝しますね。チャーハン風の菜飯にしたり、もちろん、煮菜にもします。冬期間用の貴重な保存...冬用に大根を採る

  • 展望台から三山の初冠雪を見る

    越後三山が初冠雪で白くなったのは10日ほど前だったでしょうか。なかなか、雪で白くなった越後三山を見ることが出来なくて、夕方牛ヶ首展望台に急いだ。空模様を見て、すぐに飛んでいける牛ヶ首展望台はありがたい存在。期待通りに夕空に向かって、空は晴れ上がり越後三山もわが町集落も一望にできます。空高く、半月状態の月も見えます。魚沼の里は、通常2千m級の越後三山に続いて1千mの権現堂山に降り次に里にきます。風景を眺めているわずかな間にも、空はいろいろな姿に変わる。筋雲が南西方向から吹く風で流され、次々と形を変える様子をカメラでとらえます。さて、そろそろ家では夕食の準備もできたことでしょう。帰宅して、暖かい夕食と晩酌を楽しませて頂きましょう。スベルベの1日も終わります。展望台から三山の初冠雪を見る

  • 山の畑は真っ赤っか

    北信濃の旅から帰ると、我が家の周りの低山も紅葉が一気に進んでいました。山の畑周りも同じことで、畑の端の柿の木に絡んだツルウメモドキが真っ赤な実を見せていました。柿の実も完熟で色づいているから、柿の色とツルウメモドキとのコラボです。ツルウメモドキは何回も紹介していますが、黄色の外皮が弾けると真っ赤な実が顔を出すのです。ツルウメモドキに限らず、フジなどの蔓性の植物は昔は片端から切られていた。立ち木に絡みつき、締め付けて最後には枯らしてしまうと嫌われたからです。真ん中付近の葉が重なって見える部分は昨年作られたクマ棚でしょう。ツキノワグマが枝を折って居場所を作り、柿を採ってはその上で食べていたのでしょう。ツキノワグマ出没の証拠ともなる爪痕はまだ残っていません。きっとドングリなどの木の実が、この山では豊作で柿を食べ...山の畑は真っ赤っか

  • 北信を行き当たりばったりの旅(その9手打ち蕎麦で締め)

    往きの昼食では、昔のリンゴの買い出しの際に立ち寄った店が懐かしくて寄った。しかし、あまりにも往時とは違うサービスと、食べ物の味にがっかりして幻滅感を味わうことに。リベンジでもないけれど、同じ飯山市内の蕎麦屋さんで旅の最後の昼食を摂ることにした。こんな店構えです。12時少し前とあり駐車場も空いている。お客さんも少なくて、あまり期待は持てない。と、思っていたらとんでもない美味しい蕎麦。美味しくそばをいただき、濃い蕎麦湯に驚きながら店を出ます。表に出てきた女性店員に撮影許可を頼むと、快諾ししかも二人並んだ場面のシャッターまで押してくださった。夫婦二人で、長野なのにどうして山形から蕎麦を取り寄せるのだなんて思った。蕎麦の産地が近くにある、山形村というところ。乗鞍在来種の十割蕎麦だという。美味しいわけです。店舗と棟...北信を行き当たりばったりの旅(その9手打ち蕎麦で締め)

  • 北信を行き当たりばったりの旅で(その8北斎の天井絵)

    豪商の田中家を見物しそびれて、追加したのがここ「岩松院」です。江戸時代に一世を風靡した。葛飾北斎の天井絵で知られていますね。駐車場は一杯です。でも、観光バスのお客さんは天井絵の本堂内らしくて静かな佇まい。その前に境内にある、戦国武将「福島正則」を祭った廟を見物しましょうか。福島正則についての詳しい解説をご覧ください。高齢者が参拝するには危ないような、急傾斜の石段の上にあります。両側に手すりが設けられていますが、掴まらなくてもこれがあったら安心です。本堂も下駄棚を見ると空いてきた模様です。入ることにしましょうか。岩松院は山号が「梅洞山」なんですね。スベルベは若い時に旅行の添乗員として御客を案内していました。もちろん、本堂内の写真撮影は禁止で、お店出来ないのは残念。天井一杯に顔料を用いて描いた「八方にらみの鳳...北信を行き当たりばったりの旅で(その8北斎の天井絵)

  • 北信を行き当たりばったりの旅(その7菊祭り)

    観光パンフレットを見て、須坂市に回りおりしも開催中の菊祭りに。会場があるという臥龍公園に着いたけれども、広い公園で会場探しに苦労しました。でも、どうしても見たいというスベルベママはさっさと先を行き会場を発見。大きな看板が掲げられた入り口の門とは、反対側からの入場でしたが先ずは巨大な飾り付けに驚く。夫婦とも、新潟県では有名な弥彦の菊祭りにも行ったことはなかった。本格的、大規模な菊祭り見物など初めての経験。こんな飾り付けの裏も知りました。枯れ木に菊が最多ようにさえ見える仕立て方の小菊です。スベルベママは祖父が、菊作りに凝っていたので、かなりの知識がありましたが。不思議と言えば不思議です。1本の菊からこれだけの数の花を咲かせるのですから。こちらはダイヤ型に仕上げられていますが、2色だから2本なのでしょうね。因み...北信を行き当たりばったりの旅(その7菊祭り)

  • 北信を行き当たりばったりの旅で(その6千壽閣にて)

    15時チェックイン受付という説明を見ていたけれど、その時刻より遅く入館。渋温泉郷の中の上林温泉ってなんだろうと思っていたけれど、この説明でようやく理解。なんと、天皇ご一家が何度の利用されているという格式のある宿でした。そういえば、サービスや食べ物、客室までなんだか洗練された感じも溢れる。案内された客室からは紅葉真っ盛りの庭が一望できます。お茶を飲み、少し休んで温泉に入る。大浴場の説明では毎分700ℓの源泉かけ流しだという。食事は和の懐石料理です。事前に準備することなく、次々と熱くもなく冷たくもない適温の料理が並ぶ。食前酒で乾杯の後は、地ビールで渇きをいやす。次いで、グラスワイン、地酒と進めたら酔いがだいぶ回ってしまった。串刺しのムカゴという説明があり、山芋かと思ったら長芋のムカゴ。同じムカゴでも、ずいぶん...北信を行き当たりばったりの旅で(その6千壽閣にて)

  • 北信を行き当たりばったりの旅で(その5ナウマン象)

    一茶記念館の次は、またパンフレットを見て決めてカーナビを設定。結構山間の細い道だったけれども、徐々に開け着いたのは「ナウマン象博物館」です。可愛いイラストの看板が出迎えてくれました。オートバイのツーリングで、野尻湖畔を走ったことはあるが、ここは初めての見物。可愛い塑像のナウマンゾウのミニチュアです。3万年以上前にいたらしい。これは5分1の模型で、実際は全長が6mもあったらしい。館内に入ると、実物大の迫力ある模型があります。このほかにもこの地方で、同時期に生息していたという大きなヘラジカの模型もあります。ナウマン象の化石が発掘された、野尻湖全体のジオラマです。今回、この博物館を訪れて初めて知ったのは、古代人がナウマン象を狩りの対象にしていたこと。余談ですが、野尻湖畔を一周するコースは15㎞だといいます。我が...北信を行き当たりばったりの旅で(その5ナウマン象)

  • 北信を行き当たりばったりの旅で(その4古民具)

    一茶記念館には、渡り廊下でつながれた民具館もありました。見覚えのあるような、懐かしさを感じさせるような民具が所狭しと並びます。養蚕に使った道具類です。特にスベルベママには懐かしかったらしい。我が家も当然のこととして、養蚕はしていたらしい。スベルベの記憶には全く無いのは、既にやめていたからでしょう。暖房器具類や、厨房・台所の品々です。行火(あんか)や火鉢類も似たようなものが数多く置かれていました。懐かしい、積雪期の藁製品の履物や、スゲ細工の蓑も懐かしい。雪を踏みつけて道を作ったかんじきもあります。魚沼地方とは形が異なります。右の木製スコップとも呼んでよい「こしき」(こすきとも)も懐かしい。北信、基本的には雪深く、スベルベが暮らす魚沼と似たような暮らしだったのですね。やや近代的な趣ながら囲炉裏も再現されている...北信を行き当たりばったりの旅で(その4古民具)

  • 北信を行き当たりばったりの旅で(その3一茶の世界)

    記念館の中の資料は俳句のみならず、系譜まで詳しく紹介されていました。52歳で初婚。24歳下の女性を迎えてからも苦難の暮らしは続いたようです。受付で礼を述べて退出しようとすると、裏にはお墓や俳諧寺もあるという。受付近くのドアを開けて表に出ると、なるほどで石碑や俳諧寺が見えました。俳諧寺って初めて知りましたが、一茶が本尊とは驚きです。銅像の一茶さんも苦笑いと言ったところでは。近くには小林家のお墓もあります。こんな石碑がいくつもあり、初めて知る句もありました。俳句に親しんだ亡父はともかくとして、俳句には疎いスベルベで恥じ入るばかり。これも石碑の一つです。「初夢に故郷を見て涙かな」江戸にも何回も出て、あちらでも名を成した一茶さんです。ここが俳諧寺の内部です。天井にも俳句などがびっしりと書かれている。そのほかにも賛...北信を行き当たりばったりの旅で(その3一茶の世界)

  • 北信を行き当たりばったりの旅で(その2一茶を訪ねる)

    館内は一部を除いて撮影は許可されていました。先ずは、小林一茶ご本人に登場してもらいましょうか。木彫の一茶さんです。小林一茶が生まれた柏原宿のジオラマです。街道沿いの道や、それに沿った家並み。そして広がる水田などが分かります。これは拓本でしょうか。大きな一幅です。何かで紹介されて、見たことのあるような古い掛け軸です。俳句の背景を見るような、写真とその俳句です。優しい人柄というか、蛙や雀を詠んだ句が多いことでも知られています。しかし、彼の一生は苦難に満ちたものでもあったようです。両親の死後の弟との財産分与争い。そして、50歳を過ぎて初めての結婚し、子供にも恵まれたがその子は夭折。その上、妻にも先立たれるという悲劇的な人生の週末だったそうです。そんな中から生まれた俳句だったらしい。(続く)北信を行き当たりばったりの旅で(その2一茶を訪ねる)

  • 北信を行き当たりばったりの旅で(その1)

    思ってもいなかった旅が、旅が実現。「北信の旅」です。長野県北部の北信濃とも呼ばれ地域は略称「北信」。先ずは飯山市の人形館からです。こんな感じの内部ですが、当然ながら館内は撮影禁止。撮影スポットが設置されていて、二人で並び受付の女性から敦てもらったけれど、写真省略。実物大というか、実際の人形よりも大きな模型。こんな表情や、所作が特徴ですが作者、高橋まゆみさんの義父母がモデルだとか。なんと、生き生きとした表情と所作でしょうか。人形の制作過程なども、ビデオで見られて納得しました。時には涙がこぼれちゃう。さて、タイトルに入れたように「行き当たりばったりの旅」です。宿だけは予約していましたが、二人での自由気ままな旅。人形館はスベルベママの思い付き。そして、次は思いついたスベルベが提案して、小林一茶の記念館を訪れるこ...北信を行き当たりばったりの旅で(その1)

  • ようこそ先輩

    先輩が、来宅してくださいました。到着予定が早まり昼食会に。只見線に乗車するのが主目的の旅と言われましたが、なんと予定の列車は土日のみ運転だったとか。我が家の、秋の自慢と言ったら山芋です。掘ったばかりの山芋のトロロで、ご飯を食べていただこうとトロロご飯です。スベルベママは張り切って山芋の海苔巻きをつくる。このほかにも、団子汁風に摩り下ろした山芋を使った吸い物も準備です。丁度得隣りさんから頂いた食用菊があり、おひたしでテーブルに。蕪の漬物は、我が家の山の畑産です。種類は耐病ヒカリ蕪でした。これも我が家の山の畑産の高菜の漬物です。古漬けにしたものは、塩出しをして炒めて食べたりします。一夜漬けだと辛さが残ります。美味しそうな塩サバを見つけてきたので焼き魚にしました。脂ののったサバは、ノルウェー産だと思いますが、山...ようこそ先輩

  • 山芋掘りで大物を採る

    畑仕事が思いのほか早く進み、身体に余裕が出来ました。そこで、一昨日は今年3回目の山芋掘りに行ってみました。短い専用スコップも届かない深さ。ようやく下まで掘ったと思ったけれども、焦って早く引っ張りすぎた。先端まで掘りだせず、大事な先までいかないうちに引き抜いて折ってしまった。良い山芋は、どの部分も美味しいのですが、特に先の方は柔らかい。スベルベママは、「どうせ、摩り下ろす際は折るのだから」なんて言うけれど・・・。さて、今度こそは先まで折らずに掘りだそうと、慎重に掘り進める。もう少しです。最初は唐鍬で周りの土を崩し、次は専用小型スコップ。最後は突きノミで掘る。飛んでも無い大きさ、太さの山芋を先端まで折らずに掘り取りました。形が真ん丸だったらすごいけれども、実は平べったくて幅だけは5cmほどでしたが。手が山稲掘...山芋掘りで大物を採る

  • 田代ロープウェイ山頂駅にて

    パノラマリフトは片道5分の行程でも、往復になると1600円の料金。でも、こちらのらくらくリフトは片道10分でも無料ってどういう事なんでしょう。頂上付近に見える、白い建物が田代ロープウェイ山頂駅になります。リフトはその前で下りる。田代ロープウェイ山頂駅の周りには展望台があり、谷川連峰が見渡せます。懐かしい巻機山や八海山も見える。真ん中で眺め感慨に浸るのはスベルベです。定員91人という、大型ゴンドラが登ってきました。大型バス並みです。田代ロープウェイは、片道10分の行程。これで下りてもシャトルバスでドラゴンドラの駐車場にも行けます。展望台で風景を眺めていると、下りのゴンドラが出発し降下を始める。遥か下に家並みが見えますが、あのあたりが17号線沿いの乗り場でしょうか。片道10分という事で降下のスピードは速くたち...田代ロープウェイ山頂駅にて

  • らくらくリフトで田代ロープウェイ山頂駅へ

    パノラマリフトのりばまだ歩き、続いてらくらくリフト乗り場へと歩く。奥に見えるのは、田代湖。カッサ川(勝沢川)をせき止めて作られたダムです。田代湖近くのリフト乗り場から、田代ロープウェイ山頂駅へと続くリフト。こちらはパノラマリフトよりも長い時間の10分ですが無料になっています。リフト乗り場へ歩いている途中に、撮影ポイントという立て看板。なるほど、スキー場のゲレンデ越しに苗場山神楽峰と山頂付近がよく見えます。田代湖は高さ90メートルのロックフィルダムという事だが、堤は見えない。上流方にあたるのでしょうが、ダム堤が見えないと湖そのものにしか見えませんね。しゃれた建物ですが、営業はしているのだろうか。冬のスキー場の賑わいが想像できます。でも、スキー客は年々減少しているというし。(続く)らくらくリフトで田代ロープウェイ山頂駅へ

  • カグラスキー場のゲレンデを下る

    パノラマリフトの終点が近づきます。5分間の空中散歩でした。カグラスキー場の名前のもととなった苗場山神楽峰は右のピーク。越後湯沢方からの苗場山への登山は、あの峰の緩やかな斜面を登ります。そして、難所とでもいうべき一気の下りと登りを迎えるのです。そのくだりを終えて、息を切らしつつ左のピークに上ったら苗場山になります。広いゲレンデには、営業はしていなかったが別のリフトもあります。秋の青空のもと、パノラマリフトの下を歩いて、ドラゴンドラの山頂駅へ。正面に見える大きな山は、谷川連峰のうちの平標山です。国道17号線の三国峠付近からの登山道があり、比較的楽に登られます。(続く)カグラスキー場のゲレンデを下る

  • ドラゴンドラからパノラマリフトへ

    山頂駅に近づくにつれ、紅葉の度合いは増していく。錦秋という呼び方がぴったりの、山並みが続き間もなく25分の空中散歩を終えます。山頂駅付近にあった、カグラスキー場の全体図です。これならば、スキー場全体の位置関係も一目瞭然。スキー場は苗場山神楽峰付近から始まっている。山頂駅付近には、小さなキッチンカーなどの飲食店が並ぶ。そこを横切って、さらに進むとパノラマリフトがあり、こちらは別料金です。いわゆるペアリフトと呼ばれる、二人で並んで乗るリフトです。左手には歩行路も見えます。最初からの考えでしたが帰りはあの道を歩いて下るつもりです。標高が高くて、パノラマリフトの横には白樺林。間にある、小低木は紅葉していて、白樺の白い木肌とは好対照の色の競演です。(続く)ドラゴンドラからパノラマリフトへ

  • ドラゴンドラに行ってみた(その2)

    ドラゴンドラには4人で前後の席に乗ったのですがスベルベ夫婦は後ろ向き。前向きでも後ろ向きでも良いのだけれど、写真撮影には朝日が逆光になり適しませんでした。驚いたのは、その行程です。上方はるかに山頂駅が見えます。そこまで、スムーズに上るだけかと思ったら、まさに山越え谷越えです。一つの尾根を越えては、グンと高度を下げ谷を渡るのでした。山麓駅と山頂駅との標高差は425m。その間を上下しながら進みます。残念ながら逆光になりましたが、川の水面から近いのが分かります。「これは大雨で水量が増えたら運行停止だろうね」なんて話し合いました。二居ダムが見えてきました。月並みな言葉ですがエメラルドグリーンです。このダムは、信濃川水系の清津川をせき止められて作られた正式には調整池だという。(続く)ドラゴンドラに行ってみた(その2)

  • 夢の空中散歩「ドラゴンドラ」(その1)

    10月31日のことです。昨年から気になっていた苗場スキー場に行ってきました。ゴンドラの全長が5481mで片道が25分という、日本でも最長ではないかと思われる設備です。ゴンドラの出発駅の天井には、やや太り気味のムササビのオブジェ。ゴンドラは8人乗りですが、4人で乗り込み前後に二人ずつで並ぶというぜいたくさ。苗場プリンスホテル近くの乗車券売り場から、ドラゴンドラの駅まではシャトルバスが運行。家を7時ちょうどに出発し、8時10分に到着。8時45分から切符は販売開始ですが既に30人も並ぶ。全長も長いけれども、標高差もあります。ドラゴンドラの下の駅付近から見た風景は、まだ少し紅葉には早いかなという雰囲気も。一週間前の週間天気予報を見て、この日しかないと決めた10月の最終日。この日の前後は雨模様で、しかもドラゴンドラ...夢の空中散歩「ドラゴンドラ」(その1)

  • 「野の花館」でお茶を

    作者は何年か前にお亡くなりになられています。でも、これだけの作品をそろえた「野の花館」が残ったのは本望だとは思いますが。葉物、実物ばかりではなくて、こんな「土栗」というキノコの一種も。山で見かけますが、真ん中付近を押すと、真ん中から煙のように胞子が飛び出します。ナツハゼが見事に描かれていました。丁度、今頃がこんな風に実が黒く熟しているはず。美味しいジャムが出来ますよ。「野の花館」の一角には、この絵をモチーフにした焼き物もあります。他にも、色紙風にプリントした小物や、葉書などが販売されていました。これではありませんが、もう少し洋風に作られた湯飲みをスベルベママが気に入りました。結局、その二つを購入しましたが、日本茶でもコーヒーでも頂ける小品でした。お買い上げの礼という事でもなさそうですが、囲炉裏風の周りに招...「野の花館」でお茶を

  • 「野の花館」の花と実物と

    細密な絵は実物を丁寧に模写して描いてあります。その一点一点の作品に、実物のモデルである植物が並べて飾られています。フユワラビ(フユノハナワラビ)の実物と、絵を比べてみてください。一切の誇張も無く、丁寧に実物を表現。牧野博士がご存命だったらどう評したでしょう。あまり、良いとは言えない名前の「継子の尻拭い」です。我が家の地方では、「コンペイトウハナ」なんて呼んだような。花の形がそっくりです。「猿獲茨」サルトリイバラですね。実物の蔓先が絵にくっつきそう。そして、実物と絵が連結し、一体になっているかのような錯覚さえ生まれるほど。「マユミ」と「大吊花」が似ていて驚きました。じっくりと眺めていると、本当に勉強になります。スベルベも実は植物は大好きなのです。(続く)「野の花館」の花と実物と

  • 「野の花館」に行く

    昨日は一日遊びに忙しい日でした。苗場のドラゴンドラ初体験の次はここへ。以前から新聞記事などで知り、行ってみたかった「野の花館」も帰りに立ち寄ってみました。古民家を改築して美術館風にしつらえてあります。南魚沼市の六日町地域だとばかり思っていたら、旧塩沢町の一角にありました。ここに立ち寄る前にネットで検索して調べたら、木曜日が最も客が多いなんて。それでも、駐車場には数台の車のみで、入場者も少なくてゆっくりと干渉させて頂けました。玄関、入り口からしてしゃれていますね。秋の野花がきれいです。古い梯子は、きっと古い家屋で実際に使われていたものでしょう。期待に胸が高鳴る瞬間。入館してすぐに、多数の絵の展示に驚かされます。細密な手仕事のリアルな絵に添えて、そのモデルとなった草花も飾られています。元は古民家と思われる、小...「野の花館」に行く

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