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  • オヤジのあくび475

    ゴードン・S.ウッド「アメリカ独立革命」を読む2 ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカは、アメリカ諸邦連合と訳すべきなのかもしれないが、日本にいるとホワイトハウスの動きばかりが報道されるので、中央集権的に見えてしまう。EU的な主権国家の結びつきの方が建国当時の実態に近いようだ。さらにアパラチア山脈より西、ミシシッピー川より東の広大な土地は、北西部条例によって東部十三邦の植民地とはならず、新しい邦として対等な仲間とされることになったのだ。これが従来の植民地主義・帝国主義と大いに異なるところだろう。 そろそろ独立戦争について触れよう。当時世界最強の軍隊を保持していたのは、グレートブリテン帝国であ…

  • オヤジのあくび474

    ゴードン・S.ウッド「アメリカ独立革命」を読む1 小学校4年の音楽の教科書に、チェロキー族の「朝の歌」が突然登場する。ネイティブ・アメリカンの一部族で白人の侵略に抵抗していた人々だが、当時の北アメリカの状況について教科書には何も説明がない。植民地時代のアメリカを知るきっかけになりそうなのに。まぁ、詳しいことは大きくなってから・・という得意の論法なのだろうか。 アメリカは自由を標榜する国である。さて建国当初において、どのような抑圧からの解放=すなわち自由を植民地であったアメリカの人々が願っていたのか? 本国であるブリテン帝国国王の親政に端を発した政府の迷走、官吏の思惑、植民地政府の意向が絡まり、…

  • オヤジのあくび473

    宇都宮芳明「ヤスパース」を読む2 人間を超えた超越者を想定して実存について語る哲学者を有神論的実存主義と呼び、キルケゴールや今回のヤスパースはこちらに篩い分けられる。反対に超越者などいないという立ち位置を無神論的実存主義と呼び、ニーチェ、ハイデガー、サルトルと続く。 ヤスパースは、神はどこまでも自由な実存に対してのみ存在するとした。自由は神から人間に委ねられているのである。もちろんここで言う神は教会で教義の対象としている神的なものとは違う。ヤスパースは子どもの頃から各種の権威に敏感で悉く反抗してきた人なのだ。 もう一つキルケゴールやニーチェとの違いは、理性による自覚。理性と実存の緊張関係に言及…

  • オヤジのあくび472

    宇都宮芳明「ヤスパース」を読む1 ヤスパースは、始め法学を学ぶが、医学に転じて「精神病理学総論」を著す。その後ハイデルベルグ大学で心理学の講義を担当することになる。このハイデルベルグでマックス・ウェーバーに出会う。そして彼を哲学者として評価したのだ。今日私たちはマックス・ウェーバーを社会学の開拓者とすることが多いが、彼がヤスパースを哲学者として捉えたのは新鮮だった。しかしこれは当時の「御本家」哲学者から反発を受けてしまう。やがてヤスパース本人も心理学から哲学の教授に転身する。 時代は、ワイマール共和国からナチスの台頭、そして第二次世界大戦に突入していく。ヤスパースは大学を追われ、出版物も制限さ…

  • オヤジのあくび471

    森分大輔「ハンナ・アーレント」2 革命という名の元に人類はいったいどれだけの血を流してきたことか! 貧窮を解消するというスローガンの元に暴力自体が目的化してしまった事例を私たちは歴史で学んでいる。貧窮ではなく自由の獲得という意味で、アーレントはアメリカ革命を評価している。自由の獲得によって自分がありのままに生き、自己不信から解放された状態になることこそが幸せだと捉えているのだ。その背景には豊穣な大地を前提にして深刻な貧窮状況がアメリカには無かったからという。メイフラワー誓約に書き込まれた人々の約束が、この新しい国づくりへの踏み台となったのだ。 自由という概念を、解放に軸足を置いたリバティーとそ…

  • オヤジのあくび470

    森分大輔「ハンナ・アーレント」1 「私たちの思考の主題は何でしょうか。経験、これだけです。」そして現実と向き合うことなく抽象的観念の世界に立てこもってしまう態度を「世界疎外」と呼び、批判した。 まず本書は、アーレントが哲学者ハイデガーの不倫相手であった頃、実存主義哲学を学んでいた時代からスタートする。また彼女がユダヤ人女性として、彼女が語る社会現象・社会病理の常に当事者であったことを「ラーエル・ファルンハーゲン」の著作を基に、その立ち位置を確認する。 そして、いよいよ全体主義に対する考察へ。その中でモッブの行動について触れているが、フラッシュモブなど明るい好感の持てる群衆行動として評価されてい…

  • オヤジのあくび469

    下重暁子「天邪鬼のすすめ」 天邪鬼という言葉は、NHK名古屋放送局で野際陽子さんと同僚だった時代、野際さんと同じことを真似しようと思っても仕方がないと感じたところで、初めて登場する。 二回目は、東京放送局の頃、海外に行きたかった場面。三回目は「私は人が仕事をしている時に遊び、人が遊んでいる時は仕事をする天邪鬼である」四回目「猫が呼んでも決してまっすぐに来ないように、途中で遊んでみたくなる。天邪鬼なのだ。」ボクが思うに下重さんは全然天邪鬼ではない。自分の心の内側と相談して、それに素直なだけだと感じてしまう。むしろ昔、例えば戦前の価値観と照らし合わせた場合に、80年前なら天邪鬼と呼ばれたかもしれな…

  • ワンピースのオヤジキャラたち2

    「そんなに怖いか、新時代が」シャンクス自身も十分にオヤジなのだが、一体何を予感予想しているのだろうか? そろそろ引き際を考えておいたほうがよさそうな我が身を重ねて、次の展開が待ち遠しい。 ワンピースには、既得権益を持っているオヤジたちが、それなりの存在感を放っている。まずは世界政府の重鎮である五老星。いかにもタチが悪そうな天竜人。中にはドフラミンゴのような生き方を選ぶ場合もあるだろうが、基本的には地位をかさに威張り散らしているイメージだ。 続いて各国の王様・リーダーたち。アラバスタのコブラ。空島スカイピアのガン・フォール(王というより神)。リュウグウ王国のネプチューン。女ヶ島のボア・ハンコック…

  • オヤジのあくび468

    京浜急行から緩急の切り替えを学ぶ 今は通勤に京浜急行を使っている。東京へ男声合唱団の練習に行く時も京浜急行にできる限り乗っている。何が好きなのか? と問われれば、あの加速感と車窓のミスマッチなのだ。 後続車に追い付かれないように、逃げ切る急加速はなかなか他の鉄道では味わえない。また速度を上げた後、新幹線などでは車窓に田園風景が広がるのだけれど、京急は民家の軒下ギリギリを凄いスピードで走り抜ける。駅を通過する際も減速なんて眼中にないのだろう。黄色い線の内側に下がっていなければ、京急は本当に危ないのだ。 ほとんど暴走族紛いだが、この緩急の切り替えからボクは元気をもらっている。今日も行くぜ! 老体?…

  • ワンピースのオヤジキャラたち

    ルフィを中心とするストーリーの核をなすキャラは若者だが、その周辺に目を離せないオヤジキャラがいる。海軍の英雄でありながら出世を拒み、どこまで強いのかわからないガーブ中将。その息子でルフィの父親であるドラゴン。そもそも海軍幹部の子が革命軍の司令官であり、犯罪者として指名手配中である設定がおもしろい。 続いてルフィの師匠であるレイリー。ロジャー海賊団の副船長で、当時は下っ端だったシャンクスやバギーを鍛えていた。これまたどこまで強いのかわからない。またパートナーらしいシャッキーも凄い経歴の持ち主の気配がする。 そしてドラゴンとほとんど同世代と思われるのが、Dr.ベガパンク。ずっとベールに包まれてきた…

  • オヤジのあくび467

    野口雅弘「マックス・ウェーバー」を読む3 本書の副題は「近代と格闘した思想家」。あとがきでも触れているが、著者は丁寧にウェーバーの時代に生きていた思想家との接点や没後の解釈や読まれ方を分析している。思想履歴が長大であるが故に、その一部だけが引用されることはあるし、原語が英訳された時の意味の広がりやさらに和訳された時の理解について、事細かく解説している。ボクの勝手な理解だけど、ウェーバーを読む背景には、日本人の「ヨーロッパ近代」に対するコンプレックスが横たわっていたのではなかろうか? 大塚久雄、丸山眞男を始めとする読み手の手ほどきを受けることで、ヨーロッパ近代って何なのか? 理解が進んだのは間違…

  • オヤジのあくび466

    野口雅弘「マックス・ウェーバー」を読む2 ウェーバーは「魔法が解ける」という言葉をよく使った。今まで分からなかった現象を数式や一定の法則で解けるようになったことは、社会の近代化を大きく後押しし続けている。ところがウェーバーの思考は、宗教へと向かう。魔法が解けたあと、生きる意味を求めた人々は再魔術化を呼び込むのだ。 ここで本書では、ようやくウェーバーの音楽への関心にふれる。ボクが学生時代に「何じゃこりゃ?」的に落ちこぼれた部分であります。この西洋の機能和声を支えてきたのは、転調自在の平均律だけど、世界各地の音律は5度の重なりから、また4度の中の音の位置で決定して生まれているのだけど、問題なのはピ…

  • オヤジのあくび465

    野口雅弘「マックス・ウェーバー」を読む1 今マックス・ウェーバーと言えば、社会学という学問と印象が重なるけど、元々ハイデルベルグ大学で彼が学んでいたのは、法学なのです。そもそも社会学という学問が広く認知される以前でもあったのですが・・・。彼の文章表現に穴がなく、まるで公文書や法律の条文のような硬さを感じてしまうのは、私がこの手の文体が苦手だからなのでしょうか? さて「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」筆者は、彼の出自について母方がユグノー=フランスに於けるカルヴァン派であったことを始めの方で紹介している。禁欲的なプロテスタントだからこそ資本主義社会で成功を遂げるという公式は、真面目で…

  • オヤジのあくび464

    宮本亜門「アライブALIVE」を読む 本書は、冒頭から衝撃的であります。自作のミュージカルを引っ提げたアメリカ公演の直前に世界貿易センターのテロ事件が起こったのです。 この本は自伝ですから幼少期からの足跡を辿る訳です。演劇に開眼する前の宮本少年の特徴は二つ。母親が元松竹歌劇団のダンサーで幼い時から沢山の芝居や踊りを見てきたこと。もう一つは友だちができないで、登校拒否=引きこもりを経験していることです。 人を変えるのは、結局は人との出会いなのですから、宮本少年も精神科のお医者さんとの出会いで学校に復帰して、恩師岡田先生との出会いから演劇の世界にのめり込んでいく。 読んでいて感じるのは、感情の振幅…

  • オヤジのあくび463

    姜尚中「在日」を読む 在日韓国朝鮮人に対する指紋押捺が問題視された1980年代の始め、私が受け持った学級にも通名で暮らす子どもがおり、卒業証書を本名で書くかどうかについて、家庭訪問していたことを思い出す。またその頃在日の人々が多く暮らす街で仕事をしていた親父が「三国人」という言葉を使うのを聞いて、その差別的な響きにとても嫌な気分でいたことも思い出す。日本政府が解決済みとしている事案について国際法的にはそうであっても、韓国内の怒りが収まらないのは、その時代の状況を理解しようとしているのか、学ぼうとしているのか、という姿勢が問われているのだ。その上で未来志向の日韓関係が生まれるのだ。きっと。 昭和…

  • オヤジのあくび462

    鴻上尚史「演劇入門」を読む3 演劇入門というタイトルなのに、全体の3/5辺りまで演技指導に関する話が出てこない。そして「演技においては、話すよりも身体を動かすよりも、心を動かす方が難しい」と言う。リアル、嘘、嘘くさい(何とかのふりをしている)の三つに演技を分類すると、それは演劇ではなくて「演劇に似た何か」になってしまうと。心が動いている演技は、先が予想できない。その上で「予想を裏切り期待に応える」ことが基本だと。 もう少し進むと「演技はあなたが一番隠したいと思っている恥ずかしい部分や見せたくない部分を見せること」と続きます。無防備な心のまま向き合う。それが演技の時の心の状態であると。だから俳優…

  • オヤジのあくび461

    鴻上尚史「演劇入門」を読む2 インタラクティブ。双方向性という意味の言葉が頻繁に文中に現れる。私は今小学校で音楽を教えているのですが、担当している学年は3〜6の4学年9クラスです。同じ教材でもクラスによって反応は微妙に違います。今日はあまりのってこないなぁと感じた時が勝負だと思っています。演劇やお笑いもそうでしょう。だから面白いのです。 ちなみに著者は演出家ですが、ダメ出しという言葉を嫌っています。英語ではnoteと言うそうです。いいことも悪いことも演出家が記録したことを言いますよ! なのですね。 演者や教師が息を吸うと観客や生徒も息を吸う。呼吸が生表現生鑑賞では共有できるのですね。演劇も音楽…

  • オヤジのあくび460

    鴻上尚史「演劇入門」を読む1 勤務校で、若い頃演劇クラブの指導をしていたことがあります。初任校では私が脚色したミュージカルを集会で発表するなど、まったくヤリヤリでした。子どもたちに声をかけていたのは、とにかく動くことです。首から上だけの演技なら朗読でいいじゃん! 的な思いでした。 演劇に限らずボクは「生」の表現が大好きで実際に長い間続けてきました。仕事の教員は「生の授業」合唱は「生のハーモニー」琵琶は「生の音色と語り」です。それはオンラインには代えられないリアルなのです。文中で鴻上さんは「つまらない演劇は、つまらない映画より何倍もつまらないインパクトがある。本当に面白い演劇を見たら、そのインパ…

  • オヤジのあくび459

    山川徹「カルピスをつくった男 三島海雲」を読む2 北京東文学社で海雲は日本語教師となる。中国人に日本語を教えるだけでなく、自らも中国語や中国文化を学んだらしい。やがて北京で土倉五郎に会う。吉野杉を元手に日本の山林王と言われた資産家の息子だ。日華洋行という会社の経営に関わる海雲は軍馬の商いに手を染める。そして着目したのがモンゴルなのだ。 モンゴルと言えば、世界帝国の一翼を担って日本にも攻め寄せてきた元が連想されるが、やがて明によって元は滅ぼされてしまう。けれど元の中核をであった近衛兵の末裔は、強かに草原地帯で生き残り、次なる清王朝と結びつく。海雲が近づいた人々はそういう人たちであった。仏教徒とい…

  • オヤジのあくび458

    山川徹「カルピスをつくった男 三島海雲」を読む1 万里の長城の居庸関を抜けて、モンゴル高原に向かった青年三島海雲。彼は遊牧民の乳製品からヒントを得てカルピスを生み出した。著者も時代は違うが、モンゴルでの草原生活を体験しているようだ。 本書は伝記であるから少年時代の教育歴が語られる。お寺の子でもある海雲は西本願寺文学寮で学僧としての日々を送る。のちに東京に移転して仏教大学になる。そこに反省会というサークルがあった。そこの機関誌が発展して、中央公論になるのですね。海雲は文学寮で恩師となる杉村楚人冠と逢う。朝日新聞の名物記者でもあった人だ。楚人冠のとの関係は生涯続く。 文学寮を出て、山口県にある開導…

  • オヤジのあくび457

    佐々木幹郎「東北を聴く」を読む2 89年前の昭和8年も、三陸海岸を津波が襲っている。その時初代高橋竹山は三陸に来ていて、九死に一生を得た話が出てくる。もし津波に飲まれていたら、私たちは高橋竹山の三味線にふれる機会を永久に失うところだった。川崎ヨシさんという方が海近くの旅館にいた竹山を含む盲目の芸人四人を高台まで押し上げたのだそうだ。時間は真夜中の三時、真っ暗闇の中の避難であった。本書ではヨシさんの妹さんやご遺族の方を訪ね、話を伺うと共に南部の牛方節(牛追い唄)他を演奏している。故人高橋竹山になり代わって所縁の人に披露する芸、本書の後半に出てくる松島桂島の海岸で漁師の方と共に唄う芸、これらに著者…

  • オヤジのあくび456

    佐々木幹郎「東北を聴く」を読む1 津軽三味線の二代目高橋竹山さんと東日本大震災の被災地を門付けして回る旅の様子が描かれる。津波で潰れた家の下から、老人が歌う「八戸小唄」が聴こえてきたという。阪神淡路大震災の時も辛い状況で「赤とんぼ」を歌っていたエピソードが報道されたけれど。ギリギリの状態で歌うとは・・歌には気持ちを落ち着かせる何かの力があるのだろうか? 「八戸小唄」はザザザンーで始まる多田武彦による男声合唱編曲が好きだった。さかえ男声でソロをやらせていただいたことがあって、メチャクチャ高い音に苦労した覚えがある。あの頃はスカスカなファルセットにならない裏声とかカウンターテナーでモンテヴェルディ…

  • オヤジのあくび455

    坂本龍一「音楽は自由にする」を読む2 本はYMOから戦場のメリークリスマス、ラストエンペラーへと続く。苦労話としてはラストエンペラーでのベルトリッチ監督との作業がおもしろい。そして自分か経験してこなかった音楽を求められた時に、坂本龍一は摩訶不思議な能力を発揮するようだ。 レコードを作る以上、坂本龍一といえども売れて、新しいファン層を広げるミッションを背負っているのだけど、ポップスとして作ったのにセールスは伸びず「エナジーフロー」のようにまるで予期しない曲が売れることに戸惑う気持ちが書かれている。降って湧いたように、気がついたら目の前にある感じ。その曲が好きなのかどうかは自分でもよくわからない。…

  • オヤジのあくび454

    坂本龍一「音楽は自由にする」を読む1 本当はひねくれているわけではないのに、文章を書くとひねくれた文になってしまう。坂本龍一氏の場合はどうなのだろう? 子どもの頃、ドビュッシーに感激する場面が描かれているが、率直に美しいものを感じ取る感性がなければ、きっと音楽家などにはならなかっただろうと思う。 学生の頃、銀巴里でシャンソンを伴奏する仕事をしていたことを書いている。ボク的にはポピュラー音楽は、一度味を知ってしまったら、離れないお菓子のようなものだから、坂本氏は頭から出ていかなくて困ったと書いている。どこかで聴いたことがある音の影響下から抜けられないのは、作曲家のジレンマだろうが、この頃から独自…

  • オヤジのあくび453

    ニャロメの「おもしろ生命科学教室」を読む この本は昭和60年が初版の角川文庫でありまして、今から37年前の本です。このシリーズは、数学教室と宇宙論を持っていて、その頃教えていた小学校高学年の「子どもたちに科学に興味を持ってもらえたらいいな」と言う思いが高じたのだろう。その後ドラえもんも学習シリーズを始めて、そちらのシリーズは大手学習塾も監修していたせいか、よく読まれて今に至っている。けれど読者を小学生と限定しないで、興味の赴くままに科学の世界を紹介している点では、赤塚不二夫のこのシリーズに軍配が上がると思う。 私が生命科学と聞いて思い出すのは、高校時代の生物の井上先生。先生は教科書に頼らない授…

  • オヤジのあくび452

    失われた30年ではなくて脱成長の30年なのかも? バブル崩壊後、小さな波はいくつか訪れたが、日本が再び目覚ましい経済成長に転じることはなかった。たしかに昭和元禄といわれた高度経済成長期の好景気は見る影もない。 お叱りを受けそうではあるけれど、この失われた30年こそは、存外未来を先取りした時期ではなかったのだろうか? これでよかったのだとまでは言い切れないが、少なくとも仕方がなかったのだ。郊外にマイホームを建て、住宅ローン返済にあくせく働く必然性が、今の若者にはない。場所を選ばなければ家は余っているからである。地下資源がない国で、おまけに食糧自給率も低い国なので、海外と競争しながら貿易で稼がなけ…

  • オヤジのあくび451

    小林秀雄 考えるヒントより「平家物語」を読む。 「琵琶を弾いています」と言うと、小泉八雲の耳なし芳一や平家物語を連想される方が多い。平曲を奏でる盲目琵琶法師の伝統が途絶えてしまった現代でも、琵琶曲の中に平家物語に題材を求めた曲は多い。 小林秀雄は瀬戸内海に浮かぶ大三島大山祇神社の甲冑を見て、一騎討ちに必要な機能を備え、それが故の鎧の複雑な構造に感嘆する。そして平家物語も複雑な物語であると言う。元来が琵琶法師、検校から座頭に至るまで、口承で語り奏でてこられた物語を今は先ず文字で接するのだから、その落差は大きい。けれど文字にならなかったことにより、心理描写の迷路へと向かわず、朗々とした我が国の口承…

  • オヤジのあくび450

    米山文明「声と日本人」を読む+日本語のためのボクの発声教育試論3 いろいろな声の出し方のうち、始めに教え始めていいのは、地声(表声)と裏声の違いだと思います。ここで言う裏声とは抜いたファルセットではなく頭声的な響きを伴った声のことで、有名な弓場メソッドでは「アーホー」と切り替えを練習するステップが出てきます。ある程度この違いがわかれば、楽になる歌える高音域が広がり響きが出てきていろいろな曲を楽しめるようになります。男子の場合、変声期を迎えると地声のコントロールが難しいので、無理は禁物ですが地声以外の声の出し方を知っていることが有効な場合があります。 ここで強調したいのは、元々の地声を否定しない…

  • オヤジのあくび449

    米山文明「声と日本人」を読む+日本語のためのボクの発声教育試論2 小学生期の音楽、主に歌の話をします。ここ30年間くらい低学年に最も人気のある曲は、となりのトトロの「さんぽ」でしょう。たしかに子どもたちに好かれる要素が揃っている曲です。けれど音域を見てみましょう。低いドからオクターブを超えて高いミまで、低学年にその音域を歌うのは困難でして、当然音程は不正確になります。「子どもたちが楽しく歌っているならそれでいいじゃないのさ」という考えもあるでしょう。けれどそれは発声教育ではないと思うのです。 低学年は自分の声で音楽を楽しむ第一歩だからこそ、無理のない音域で美しい日本語が発声できることを体験させ…

  • オヤジのあくび448

    米山文明「声と日本人」を読む+日本語のためのボクの発声教育試論1 日本語について一貫した発声教育がなされていない。例えば小学校に限ってみても、多くの子どもたちが、国語の授業の音読と音楽の合唱、運動会での応援団は明らかに声を切り替えている。それはTPOに応じた発声の応用と言えるかもしれないが、ベースとなる呼吸や声帯の使い方については、何も教えてもらえない。だいたいが教えている先生からして、発声について教わっていないし、当然メンテナンスもできていない。だから掠れた声やしゃがれ声の先生が多いのだ。 これは政治家の諸先生も同様。 姿勢や呼吸が基本のキであることは言うまでもないが、力んで詰めた発声に気づ…

  • オヤジのあくび447

    福元一義「手塚先生、締め切り過ぎてます! 」を読む 手塚治虫さんの一生で最も大きな事件は、やはり虫プロの倒産でしょう。でも絶壁から谷底に突き落とされたような境遇で、不死鳥のように「ブラックジャック」や「三つ目がとおる」が始まるのが、一漫画ファンとして不思議だったのですが、倒産直前に少年チャンピオンから続いて少年マガジンから連載の依頼があり、そこに筆者も立ち会っていたそうです。依頼の順番が変わっていれば「ブラックジャック」がマガジンに連載されていたかもしれないのです。漫画で血を描くことは斬り合いのシーンなど多いのでしょうが、ブラックジャックでは手術シーンでした。そして血はマジックで色を付けたと本…

  • オヤジのあくび446

    コロナ・ブックス編集部「諸星大二郎の世界」を読む 本書は学者や評論家によりそれぞれの視点から、諸星大二郎の世界を語った文と諸星自身の漫画から構成されている。 水木しげるの妖怪世界でも、つげ義春「ねじ式」のシュールな夢幻の世界でも楳図かずおワールドでもない画風。人類が辿ってきた神話や伝説を下敷きにして、摩訶不思議な世界を構築している諸星大二郎。きっと手塚治虫も宮崎駿も庵野秀明も、大いに刺激を受けたに違いない。高橋留美子に至っては、うる星やつらの主人公の名前にしてしまった。 諸星作品をクトゥルー神話の影響から語ろうとする評論家がいるようだ。説明が付かない=得体の知れない代物に対して、必死で解説する…

  • オヤジのあくび445

    柳原良平「柳原良平のわが人生」を読む2 前回は肝心の本の中身にふれていませんでした。幼少期や寿屋=サントリーで開高健や山口瞳とタッグを組んで大活躍した時代は飛ばして、著者が横浜に移り住んだ昭和39年から。 前回、著者の家の前を通勤していた話をしたけれど、山手の中腹に位置しているお宅から港は見えない。正確に言えば購入当時は見えていたのである。その後レイトンハウス以外目立った高層ビルがなかった山下町に次々と高層ビルが立ち並び、湊を見下ろす視界はますます閉ざされてしまった。 マリンタワーにあった横浜海洋科学博物館が存続の危機に陥った時、著者は「横浜市民と港を結びつける会」を結成して、運動を展開した。…

  • オヤジのあくび444

    柳原良平「柳原良平のわが人生」を読む1 横浜に長いこと住んでいるので、大桟橋に停泊中の客船はずいぶん眺めてきました。知人のヨットや釣り船で湾内を巡ったこともあります。夜のノースドックの灯りが綺麗だったことを覚えています。 私の親父も若い頃海に憧れていたようで造船会社で働いていましたし、弟は船舶海洋工学科の出身です。さらに前の曽祖父は、長岡市寺泊から船で交易を試みていたらしい。妻の叔父さんは、船長さんで折に触れて航海の話を聞かせてくれました。それぞれに海洋へのロマンを感じます。 著者は曽祖父に西村捨三がいる。大阪築港の任に当たった方であります。 読んでいるうちに港の近くの学校に勤めていた頃のこと…

  • オヤジのあくび443

    横山泰行「のび太という生き方」を読む ドラえもんがポケットから出してくる「ひみつの道具」、一時はのび太の悩みが解決したように見えますが、結局はうまくいきません。そりゃ、そんな便利なアイテムに頼ってばかりじゃいけないよね。人生そんなに甘くないでしょ。ボクは今までそんな読み方をしてきました。 けれど、著者によると大切な場面はその後なのですね。結局は自力で自分で始めないと解決できないことに気がついたのび太の姿が、著者によればドラえもんの真のテーマなわけです。今さらそんなこと言われなくてもわかっとるわい! って感じありですね。 要するにこの本は、のび太の名前を借りた生き方啓発本の匂いがするのです。余計…

  • オヤジのあくび442

    工藤美代子「サザエさんと長谷川町子」を読む3 漫画のアイディアを練るとき、町子はスルメとか昆布を口にしており、胃痙攣を起こすことがあったという。ストレス過剰なのだ。だからおとなしい外面とは真反対で同居する家族にあたることもあったらしい。 力道山が亡くなった日に、町子は家出して厚生年金会館にいた。ヒーロー急死のニュースを見て「人生は短い」と感じたらしい。その後昭和42年町子は胃がんの手術を受ける。本人には胃がんであることは最後まで知らされなかった。知らされなかったことで町子の活躍時期を長引かせた気がする。 国民的な漫画「サザエさん」の著作権侵害の訴訟は、私もよく覚えています。バス会社がサザエさん…

  • オヤジのあくび441

    工藤美代子「サザエさんと長谷川町子」を読む2 この本には町子の母親と姉妹が絶えず登場する。凄いのは母親の行動力で、思い立ったら即行動! とてもエネルギッシュな人として描かれている。また当時一家は若草物語のようだと言われたらしい。女性四人の家族が力を合わせて生き抜いていく様子が喩えられたのだろう。 ところで女性漫画家という存在は、日本は元より海外でもほとんどいなかったらしい。若くて独り身の町子に下世話な興味から「結婚はしないのか?」という質問がずいぶん浴びせられたらしい。今ならモロにセクハラだけど、女性漫画家として唯一の存在であった町子をどう評価していいものかわからなかったのだろう。 今で言えば…

  • オヤジのあくび440

    工藤美代子「サザエさんと長谷川町子」を読む1 サザエさんの連載当時、頑固な親父のこだわりで我が家は一貫して朝日新聞をとっていた。おふくろはスクラップが好きで、サザエさんはスクラップブックで何度も読み返すことができた。漫画では番外編的に作者が登場して、海外旅行のエピソードなどを紹介していた。 山脇女学校を卒業して「のらくろ」の連載で超有名な田河水泡に弟子入り、才能を見出されその後は順風満帆・・に見えるが、家庭内の事情など、そううまく運んだわけではないのは、ドラマ「マー姉ちゃん」でも描かれていた通り。 ちなみに師匠田河水泡の本名は高見澤。「たがわすいほう」と誰もが読んでいるが、元々は「たかみずあわ…

  • オヤジのあくび439

    中坊公平「金ではなく鉄として」 肩書きは必要な時があるかもしれないけれど、大して当てになるものでもない。中坊さんの肩書きは、京大卒の弁護士でして、この肩書きに恐れを成していては中坊さんの人柄にせまることはできない。ボクくらいのオヤジになると聞いてもいないのに自分の学歴を自己紹介がてら話す人がいるが、その肩書きを隠れ蓑にしようということなのか? あまり好感が湧かない。 運動も勉強も出来が悪い子どもが、農作業を手伝ううちに身体が丈夫になり、抜け道的な理数系科目を受けなくていい方法で京大に入る。三回目の司法試験に受かると、今度は放蕩三昧の日々と来る。 ところでボクには弁護士をしている叔父さんがいるの…

  • オヤジのあくび438

    柄谷行人「倫理21」を読む3 話は責任論に移り、ナチス、日本の戦争責任がどのように問われたのかを辿っていきます。天皇の戦争責任〜非転向の共産党員へと。その中で棄権にも政治的な責任があり、吉本隆明の「無知にも責任がある」が、刺激的です。 戦争責任は国際法の観点からのみ生じる。これが筆者の立ち位置です。戦時中の日本軍による虐殺、米軍の原爆投下etc 責任が公共的合意とやらで曖昧になってしまうことに厳しい目を向けています。 あとがきのフロイトの言葉「知性が欲動生活に比べて無力だ」ということをいかに強調しようと・・知性の弱さは一種独特なものなのだ。知性の声は聞き入れられるまではつぶやきを止めない。しか…

  • オヤジのあくび437

    柄谷行人「倫理21」を読む2 括弧に入れておく話が出てくる。それは認識の脇に置いておいて的な意味と捉えておこう。以下引用→(われわれは自由を括弧に入れたときに自由を見出し、自然必然性を括弧に入れたときに自由を見出す。人が何かをやってしまったら、それがどんなに不可避なものであろうと倫理的に責任があるのは「自由であれ」という当為があるためです。彼に事実上自由がなかったにもかかわらず、自由であったかのように見なさなければならない・・行為者がかかる行為の結果の系列をまったく新たに、みずから始めるかのように見なしてよい)裁判で懸命に弁護に努めている方々には、厳しいかもしれないが、あくまでもこれはカントの…

  • オヤジのあくび436

    柄谷行人「倫理21」を読む1 責任とは何か、倫理とは何か、そこが本書の出発点です。 はじめに、本書における言葉の定義づけについて。人は結局は群れる動物なのだから共同体的な規範をどこかで必要としているはずと考える北野武の立ち位置とは別に、幸せであることが倫理として大切と捉える功利主義的な立ち位置があることを紹介した上で、カントが「自由であれ」という命令に従うことを自由と考えていたことを紹介しています。 本居宣長は、元々日本に道徳などないし、その必要もないと言ったそうです。その代わり世間様という得体の知れない規制が人々を拘束している。 責任を問うことと原因を認識することは別物であると筆者は強調する…

  • オヤジのあくび435

    北野武「新しい道徳」を読む2 話題は、インターネットによる世界支配、清く貧しく美しくに戻れない人々、和を持って尊しとなす、モーゼの十戒へとジャンプを繰り返していく。そして、過酷な氷河期の環境を集団として生き残るために道徳の卵のようなものが生まれたという考えは理解できる。けれど飽食の現代社会でそれは当てはまらない。今後の気候変動で似たような状況になるかもしれないけれど。宗教・国際関係など、その時代の状況によって道徳は変化してきた。そりゃそうだ、元々道徳は生き抜くための知恵なのだから。戦時中鬼畜米英などと罵っていた国との戦後の関係を振り返れば、すぐにわかる。 本書は、結局押しつけられた道徳より自分…

  • オヤジのあくび434

    北野武「新しい道徳」を読む1 最初にツッコミを入れるのは、道徳の教科書。小学校1年生に「自分を見つめさせて」どうするの? と。そりゃそうだよなぁ。昔は「何言ってんだか」という白けた目で授業を受けていた子どもがクラスに3〜4人はいて、そんな子の視線をそれなりに気にしながら授業していたんだけど、今は一見従順で素直そうに見える子の方がよっぽどわからない。耐えながらつまらない気持ちやおかしいと感じるセンサーを塞いでいるようにさえ感じるわけです。 続いて道徳教材に動物が登場する例を踏まえて、動物世界に道徳はない、人間だからこそ道徳が必要なのだ。その意味を先生方は教えられるのか? と問う。 「行列に並んで…

  • オヤジのあくび433

    斎藤文彦「忘れじの外国人レスラー伝」を読む2 私は大学を出てから学校の先生になり、まだ学校現場にしぶとく居座り続けているわけだが、一昔前までは、休み時間の教室はそこいらじゅうでプロレスごっこをしていた。ところが最近はあまり見かけない。なぜだろう? やめなさいと言われても言うことを聞かないのが、子どもの特権? なのに変に従順だ。その分抑圧された心に闇が広がっている気がする。 プロレスごっこは、あくまでも遊びであるので、相手に怪我をさせないことが暗黙の了解だった。エビ固めや足4の字固めなどが定番だったろうか? ド派手な投げ技や打撃技は危ないのでやらない。ただの悪ふざけだが、こんな体験を通して、どこ…

  • オヤジのあくび432

    斎藤文彦「忘れじの外国人レスラー伝」を読む1 まだ若い頃プロレス好きの同僚と一緒に新日本プロレスを何度か観に行った。場外乱闘になってビックバンベイダーが近寄ってきた時は、正直怖くて、友人を押し倒して逃げてしまった。ごめんなさい。 有名なプロレスラーには、日本のファンが名付けた愛称がある。本書に登場するレスラーなら「神様」「白覆面の魔王」「大巨人」「人間風車」「爆弾小僧」プロレスファンなら誰のことか、すぐ思いつくだろう。彼らは日本のプロレスファンを愛し、何度も何度も日本に足を運んだ。ビル・ロビンソンのように高円寺に長期滞在して、ジムのコーチを続けるという人もいたりして。 リング上のファイトがギミ…

  • オヤジのあくび431

    堀内隆行「ネルソン・マンデラ」を読む2 本書には、もう一人の主人公がいる。マンデラの妻ウィニーその人であります。結婚した相手がネルソン・マンデラであったことは、彼女の人生を大きく変えてしまいます。そもそも結婚後、マンデラは地下活動に入り公の場に現れず、しかもその後は終身刑で刑務所へ。何という運命でしょう! しかし、彼女はまるでエネルギー逆噴射の如く、反アパルトヘイトの運動に参加していくのです。元々は政治に対して、関心がなかった彼女は、やがてドムパス(=指紋を押した身分証明書)の抗議行動で初めて逮捕され、その二十年後「黒人親の会」を組織する。彼女は黒人居住区へ流刑となるが、そこに託児所や診療所を…

  • オヤジのあくび430

    堀内隆行「ネルソン・マンデラ」を読む1 本書のキーワードは和解。 マンデラは、ガンディーの影響を受けた非暴力主義というイメージで捉えられている時があるけれど、本書ではマンデラの非暴力主義はあくまでも戦術の一環に過ぎなかったとしている。クリスチャンとしての信仰も共産主義に接近した立ち位置と矛盾しており、さまざまな葛藤を抱えていた人物であることを解き明かしている。だからこそ実際にMK(民族の槍)で武装闘争を開始するはるか前からM計画というプランが存在したのだ。(Mはマンデラの頭文字)爆弾を用いるテロは、死刑にあたる。法廷での演説によって終身刑に減刑されたが、その後彼はロベン島での長い服役の時代に入…

  • オヤジのあくび429

    野口聡一「オンリーワン」を読む2 いよいよ宇宙へ。空から真っ直ぐに引っ張られる感触、砂利道を普通車でスピードを出して走っていくような横揺れ、7分過ぎになると加速度で3Gの負荷がかかる時間が1分間。8分28秒エンジンが止まり、無重力になる。この瞬間は急ブレーキをかけて前につんのめる感覚に近いと書かれています。これを経験しないと宇宙に行けないらしい。う〜ん、やっぱりオジさんはやめておこうかなぁって感じ。 昔「空から日本を見てみよう」という番組があったけれど、宇宙から日本を見て目立つのは、海上に突き出している空港だそうです。変化に富んだ曲線状の海岸線が続く中で、そこだけ人工的な直線が見えるので、すぐ…

  • オヤジのあくび428

    野口聡一「オンリーワン」を読む1 いわゆる偏差値で入れそうな学校を選んで、受験して入学する。中学高校までなら致し方ない部分もあるかもしれないが、そこから先はそこでなにを学べるか? が、はっきりしていた方がいいと思う。宇宙飛行士になりたい野口さんが一浪の末に東大に入ったのは、正解だったと思う。当時宇宙について研究が進んでいたのは、やはり東大だったのだから。 話は飛ぶけれど、野口さんが宇宙飛行士になった当時はスペースシャトルの時代で、輝かしい成果とともに、痛ましいチャレンジャーやコロンビア号の事故のことを思い出してしまう。野口さんにとっては、フライト予定が確定していたタイミングでのコロンビア号の事…

  • オヤジのあくび427

    土屋昭之「老いよドンと来い!」を読む2 寿とは私たちの身体=ボディーなのですが、元々はゼロから生まれたものです。胎内に私たちが生命を宿した時から、無量の栄養を取り入れ、細胞分裂を繰り返し、現在の私たちのボディーとなりました。そこには母親を始めとする無量の人々の関わりがあり、お陰で私たちは今生きているのです。それに感謝する言葉が「無量の寿の命ずるところへ帰る、ありがとう」で、念仏に言い換えれば「南無阿弥陀仏」なのだと著者は説きます。 ここまで内容を紹介してきて「老いよドンと来い」の老いが、物理的に生きてきた時間によるものではなく、老若を問わず「どう生きていれば」寿命を全うできるか? に軸足を置い…

  • オヤジのあくび426

    土屋昭之「老いよドンと来い!」を読む1 仏教の本だから当然釈尊の教えが随所に登場する。初めに出てくるのが「世間のモノサシに道理のモノサシを添える」世間のモノサシを服を注文した人の身体、道理のモノサシを仮縫いした洋服に例えている。それから初めて本縫いに入るという。このステップを抜かしてしまったことによるトラブルの数々を思い起こさせる例え話です。 次に「思い通りにならないことがありがたい」日々ストレスの中でもがき苦しんでいる自分にとって「?」と意表を突かれた感じですが、苦しみから自分を解き放つためには、心の持ちようをシフトしないといけないのでしょうね。 「言葉が通じる世界が人間の世界。言葉が通じ合…

  • オヤジのあくび425

    竹内一正「イーロン・マスク」を読む2 本書を読んでいて、マサチューセッツ工科大学の「不服従賞」を知りました。既得権益に対して常に闘いを挑み続けているイーロン・マスクの生き方にふさわしいように感じます。 彼の学生時代の専門は物理学で「物理学レベルまで戻って考え直す」ことが様々な変革のベースになっているようです。実は科学の力でより正確な地点に辿り着けるはずなのに、アナログ的なぬるま湯に浸っているのが気持ちがいい世界がありそうです。それを言っちゃおしまいよ! かもしれませんが、音楽・美術など芸術系は、まだまだアナログ的で曖昧な美意識が横行している気がします。例えばハーモニーなど、純正にたどり着くため…

  • オヤジのあくび424

    竹内一正「イーロン・マスク」を読む1 彼の行動は「人類と地球を救う」信念に裏付けられていると言う。電気自動車のテスラにしても、ハイパーループという交通システムにしても、そして火星への移住を見据えたロケット開発も、さらにはAIの進化に人類が支配されてしまわないためのニューラリンク社など、全て人類と地球を救うための事業の一環らしい。それらは同時に私たち人類がどのような危機と直面しているのか? の裏返しでもある。 読み進めるにつれて、ギブンコンディションに甘んじている日本の会社員、公務員のことを思い浮かべていた。歴史上織田信長のような存在は、いかにも稀有であり、だからこそ憧れるのかもしれない。私は教…

  • オヤジのあくび423

    若松英輔「詩と出会う、詩と生きる」を読む2 本当に そう思わなければ 祈りでは なく 呟きなんだ 岩崎航 全ての思いを動員し、全集中した時に祈りが生まれる。そうか、うわべの言葉や音だけの歌では、何も通じないと改めて気づかされる。 深海に生きる魚族のやうに、 自らが燃えなければ何処にも光はない 明石海人 岩崎さんは、筋ジストロフィーを発病し、明石さんは戦前の治療法が確立されていない時代のハンセン病患者でした。病を抱えて生と向き合う姿は、正岡子規を想像させます。 乾かない 心であること 涙もまた こころの 大地の潤いとなる 岩崎航 私は子どもの頃、大変な泣き虫で小学校高学年や中学生になっても些細な…

  • オヤジのあくび422

    若松英輔「詩と出会う、詩と生きる」を読む1 著者は平易な言葉を用いて、まるで先生が生徒に諭すようにとてつもなく深く広い世界を案内していく。岡倉天心、中原中也、紀貫之、正岡子規と辿っていくが、各章が一つの授業のように伝えたい内容が、明確な輪郭をもっていることは読者にとってありがたい。 そして妻の死と向き合った吉野秀雄の短歌、妹の死をきっかけに変化していく宮沢賢治の詩に至る。私も身内を見送っている。時間がドロドロとして一向に前に進まない! 水面が見えない底なしの泥沼に吸い込まれ溺れていくような・・あの感覚は今も忘れられない。短歌や詩は書いていないけれども、その後の私はどこか見えない世界からの自分を…

  • オヤジのあくび421

    高齢であることをウリや楽しみにするためには? 自分には若い頃ほどの元気やパワーはない。収入は年金が頼り。自分が積み立てたお金を受け取っているなら後ろめたいことはないが、実は若い世代の稼ぎからいただいている仕組みと聞くと後ろめたい。もちろん金がかかる趣味には手を出さず、飲み会を減らす。ダウンサイジング。 例えば、ネット上に仮想空間「悠々自適共和国」のような世界を用意して、そこで自分のアバターが一市民として、若い頃に成し得なかった生活を送るとか、現役時代の続きを過ごすとかできないのかな? 所詮リアルじゃないけど、悠々自適共和国で生まれた発想が、仮想空間から現実に還元されたっていいと思うし。 まぁ、…

  • オヤジのあくび420

    マルクス・ガブリエル他 斎藤幸平編「未来への大分岐」を読む5 機械に操作・コントロールされない未来を守るために、メイソンはヒューマニズムを、さらには人間に対する影響を食い止めるための規制が必要だと説く。前の対談者マルクス・ガブリエルが倫理を持ち出してきたのに似ていて、やはりそこかよ! という気持ちに陥ってしまう。 ここで私は敢えて宣言しよう!「スマホ漬け、ゲーム漬けの日々を送っている万国のネット中毒者よ! 自分の心と頭を取り戻せ!」と。そういうあんたもブロガーの一人じゃないの? その通り。けれどボクはネットに対して、蟻地獄的な受け身にはなっていないつもりです。あくまでも発信のためのネット利用で…

  • オヤジのあくび419

    マルクス・ガブリエル他 斎藤幸平編「未来への大分岐」を読む4 対談の最後に登場するのは、ポール・メイソン。ポストキャピタリズムを著し、注目されているジャーナリストだ。 潤沢な社会の実現によって、今まで資本が投下され利潤を上げていたものが、限りなく無料に近づく。その位私たちの身の回りは消耗品で溢れてしまったし、かつては高価で手が出せなかったものも、驚くべき安価で手に入るようになった。そして、それは情報化社会と大いに関係している。情報化という新たな技術革新は、産業革命以来次々と起こった売れて利潤をもたらす商品を産まないのだ。 このブログもFacebookにリンクを貼っていますが、Facebookか…

  • オヤジのあくび418

    マルクス・ガブリエル他 斎藤幸平編「未来への大分岐」を読む3 相対主義は他者を非人間化する! と警鐘を鳴らす。自明の真実をねじ曲げ、他者他国と線を引く。自分は自分、他人は他人という思考が極端化して相互理解など吹き飛んでしまったところに、大きなトラブルが発生してしまう。 「世界は存在しない」というマルクス・ガブリエルの新実在論が紹介される。世界という何やら包括的な概念を用いて、その仕組みを解き明かそうと先人たちは努力して来たが、そんなものはないと言う。私たちは今も目の前に態度を合わせている事実があるだけでそれだけなのだと。それを意味の場と呼んでいる。そして事実とは自分の意識から独立した外側にある…

  • オヤジのあくび417

    マルクス・ガブリエル他 斎藤幸平編「未来への大分岐」を読む2 こうしてブログを書き込んでいることに、私は搾取されている感覚があまりなかった。けれど私の書き込んだ内容をAIで分析すれば(多分誰もしないとは思うけど)、私個人の傾向や資質が抽出され、結果大して役にも立たない人であることがわかるだろう。企業あるいは組織は、個人を歯車の一部として使い切るために、個人の知識や能力をできる限り搾り取った上で、マニュアルを叩き込んで使いこなす。これがAI時代の到来によって、よりスピーディーに無駄なくできるようになってしまったのだ。そのうち個人成長歴や思想傾向など全てがデータ化されて、どこかに置かれ、利用尽くさ…

  • オヤジのあくび416

    マルクス・ガブリエル他 斎藤幸平編「未来への大分岐」を読む1 最初に登場するのは、マイケル・ハート。ボクもネグリとの共著「マルチチュード」を読みかじって書棚の片隅に鎮座している。冒頭から資本主義は飼い慣らせるのか? と刺激的な発言が出てくる。 当然政治の力に話題は及ぶ。あまたの社会運動の消長が示すように、水平的に連帯感だけを頼りに社会を変革することは難しい。逆に多くの支持を得たリーダーが新たな未来を示してきた歴史はたしかにある。ところが、この人で本当にいいのか? という例もあり、ナポレオン3世から現在の指導者まで名前が挙がるが、真反対の立ち位置なのに票を投じてしまうのは、仲間と思わせるトリック…

  • オヤジのあくび415

    水谷修「夜回り先生」を読む 子どもたちの心は、とても柔らかい。硬い殻に包まれてはいないのだ。そして周囲の環境によって大きく揺れ動く。自力ではどのように努力しても乗り越えられない壁を、私は差別だと感じる。多数対一人の構図が多いいじめ、子どもに対する虐待、広げれば障がい、性別、出身などもそうだ。この本に出てくる子どもたちも定義付けすれば、社会の中で差別されている子たちだ。けれど病名をつけたところで治療法がなければどうしようも無い状況と同様で、彼ら自身が自分を取り巻く環境をどう乗り越えようとしているのか? そして当人に教師としてどう寄り添えるのか? この本は自問自答を繰り返している。 この本には、何…

  • オヤジのあくび414

    三谷雅純「ヒトは人のはじまり」 著者は霊長類学者。サルや類人猿の社会や行動を通して見えてくる人間っての本質を探る科学なのだそうだ。 ネアンデルタール人から現代のヒトに移り変わる過程で「文化のビッグ・バン」が起きて、ヒトは言葉を獲得したと言う。 さて本書には、もちろんチンパンジーやゴリラの話がたくさん出てくるが、それ以上に障がいのある方の話やフィールドワークで訪れた村でのアフリカの人々の交流に紙面が割かれている。本書はとても読みやすいのだが、筆者によればそれは自身が漢字の理解に対してLDだからと言う。また脳梗塞を患った経験からだろうか? 身体に障がいがある人への眼差しが共感的だ。いわゆる共生社会…

  • オヤジのあくび413

    井上直人・倉内信幸「雑穀入門」を読む 日本では弥生時代に稲作が始まったとされるが、ヒエ・アワはそれ以前から栽培され食されていた。縄文人はヒエ・アワを育て食べていたのである。 ヒエの籾摺り・精白のために登場するのが、搗き臼で「ヒエつき節」この工程で歌われたものだろう。単純な繰り返しだが、それなりに力を入る作業から労働歌としての民謡が生まれた。 たかが雑穀、されど雑穀。雑穀類は概して栄養価が高い。キヌアなどは、かつてNASAが21世紀の主要食と呼んだほどだ。世紀が改まって21年、これから栽培量や口にする機会が増えるのだろうか? 我が家も○穀米というバックが台所にある。白米に混ぜて炊くわけだが、これ…

  • オヤジのあくび412

    次のリーダーを育てるとは? ボクのリーダー論3 リーダーを育てるシステム 企業でも官僚機構でも、それぞれに形は違えど、次期のリーダーを育てるシステムを持っている。それが組織を維持していく上に欠かせないからだ。 では起業家や政治家の場合はどうなのか? 志をどのように醸成していくのか? 某巨大政党内の派閥などは、次期リーダーを育てる機能を果たしているのかもしれない。 けれど残念なことに、上の育成システムでは、前例のない発想が出にくいように気がします。えっ、そんなことを考えていたのか! と目からウロコのような視点はどうやって生まれるのだろうか。 まぁ、前例のない発想の中には危険な匂いがするものも含ま…

  • オヤジのあくび411

    次のリーダーを育てるとは? ボクのリーダー論2 苦労は大切なのか? 明治維新の立役者、西郷さんは島流しになったり、二人で自殺を図って自分だけが助かったりしている。重荷を背負うて行くが如しの徳川家康は幼少期人質、源頼朝は寺で念仏三昧の日々を送っていた。 これらの苦労が後の飛躍のバネになったのだろうか? けれどこれらの苦労を人為的に人に強いることはできない。子どもに苦労をさせたくないのは、全ての親に共通した思いなのだから。 けれど苦労や鍛錬の積み重ねが成果として花開く事例は、スポーツ界や芸術の世界をはじめたくさんある。 もし自分にとって一昔前の苦労や経験値が、現在はもう役に立たないと感じている方が…

  • オヤジのあくび410

    次のリーダーを育てるとは? ボクのリーダー論1 リーダーや隠れた才能はきっとどこかにいる? チベット仏教の化身ではないが、生まれ変わった尊い方がどこかにいらっしゃり、その方を探し出さなければならないという考え方がある。 仏の化身に限らず、全くの一般市民であった人が突然輝きを増して、ハヤテのように現れてハヤテのように去っていく、そして歴史にその名を刻印することがある。科学者であれば、ニュートン、歌曲作曲であればヴォルフ、経験値がものを言う政治経済の世界では少なそうだが、彗星の如く現れた1990年当時の日本新党と細川元首相にも少しだけその雰囲気を感じる。 今も志を胸に秘めた人がどこかにいるのかもし…

  • オヤジのあくび409

    渡貫淳子「南極ではたらく」を読む 南極で越冬すると言うと、禁欲、節制、苦難・・など様々なイメージが勝手に湧いてきてしまう。けれど筆者のキャラであろう。食材量など制限の多い調理という仕事にも前向きで、隊員に喜んで食べてもらいたいと言う気持ちが感じられる。本書の中にレシピが紹介されているけど、どれも無駄を省いた究極のエコ料理のように思えてくる。 エコと言えば、光熱電気・食糧そこまで使わなくても間に合うはずじゃない? が基本だと思うのだけど、南極生活では初めから使えるはずあるはずのエネルギーや物がないのだ。だから文中サバイバル的な雰囲気やある意味極限生活に近い状況を感じてしまう。 年配者との喧嘩もあ…

  • オヤジのあくび408

    塚田健一「アフリカ音楽の正体」を読む3 コール&レスポンス。ゴスペルの元祖であるわけだから、呼唱と応唱のやり取りて歌は進んでいく。驚くべきは旋律の即興性でして、やがて訪れるJAZZへの進化を予感させる。本書では即興のルールも読み解かれており、自分の民族音階に沿っているのですね。 最後の方では、教科書に出てくる「キパパーキ・パパパ」こそ引用されていないが、わらべうたにふれている。わらべうたは大人の歌の雛形であると、音の構造を分析しながら語る。横道に逸れますが私自身も、わらべうたこそその地域固有のもっとも自然で無理のない発声が実現可能だと思っています。とりわけ10歳未満の子どもたちにとって音域的に…

  • オヤジのあくび407

    塚田健一「アフリカ音楽の正体」を読む2 ハーモニーと言えば、ヨーロッパ音楽の最大のウリなので、アフリカに古くからハーモニーを楽しむ文化が息づいていることに驚かされる。そしてハーモニーに親しんでいた人々がアメリカに連れて行かれて黒人霊歌を歌い、現在のゴスペルに結びついていることも何となくわかってくる。 実際の音の重ね方は、平行四度・五度グループと平行三度グループに大別される。四度の音がオクターブ下に入れば五度に変わる。例えば女声同士で四度でハモっていた片方を男声が歌えば五度になる。三和音は三度を重ねたものととらえればいい。本書ではそれを三和音連鎖と呼んでいる。機能和声の属音・下属音の関係はないか…

  • オヤジのあくび406

    塚田健一「アフリカ音楽の正体」を読む1 アフリカ音楽のリズムは、一定の拍子・拍節感に慣れた感覚で聴くと複雑に聴こえる。いったいシンコペーションなのかポリリズムなのか、はたまた背景にある定量リズムの前でリズムが変化する二重構造なのか? そもそも拍をダウンではなくアップでとらえている様子など、音楽を研究する人々を翻弄してきた経緯が語られる。著者は拍子については、8分の6拍子で採譜できる曲が多いという。 もう少し読み進めると著者は不思議な現象を語る。二人の奏者がリズムを合わせている時にま、そのどちらも弾いていないリズムが耳の錯覚で聴こえるのだという。それをリズム・ゲシュタルトと呼び、人間の耳が心理学…

  • オヤジのあくび405

    幕内秀夫「粗食生活のすすめ」を読む 著者によれば「FOODは風土が決める」そうで、日本人は日本が育んできた伝統食を大切にするべし! らしい。 筆者の主たる攻撃対象は、油と砂糖、マヨケソ=マヨネーズ+ケチャップ+ソース。バンのような粉食よりもご飯の粒食が良いといい、減塩にあくせくしている人々に、ある程度の塩分はよいとのたまう。どうもこの手の本は、極論を掲げて独自色を打ち出す傾向があるけど、この本も例外ではない。 日本人の食事が欧米化カタカナ化した昭和30年代以降の食生活を憂いているのだが、私も含めてその世代はまだ多くの人が元気なので、日本人の食生活が変化したことが寿命に及ぼす影響は検証されていな…

  • オヤジのあくび404

    今枝由郎「ブータンに魅せられて」を読む2 いよいよ「国民総幸福」の話。幸福度は主観的で個人差を伴うものだから、共有できる尺度になり得ない。この概念を1972年に提唱した国王によれは、それはむしろ「充足」であるという。資本主義社会における尺度としてのGNPに軸足を置かず、時代に逆行している感があるこの提案が、成長が行き詰まって、持続可能な開発にようやく気づき始めた国々に、注目されている。 数値化する試みは、もちろん行われていてイギリスのレイチェスター大学による世界幸福地図で、ブータンはアジアで1位、世界で8位である。ちなみに世界1位はデンマーク。日本は90位。 要は無理のないサイズで、より人間ら…

  • オヤジのあくび403

    今枝由郎「ブータンに魅せられて」を読む1 ブータンは1970年代まで実質外国人立ち入り禁止、つまり鎖国状態だった。バリでチベット文化を研究していた作者が、ブータンに行きたいと思い立ち、数年にわたる大変な苦労の末に入国し、しかも国立図書館顧問に就く経緯が語られる。そして十数年のブータン在住生活が始まるのだが、このような経験は稀有であり、他の興味本位、観光案内的な本とは一線を画していると思う。国立図書館と言っても、蔵書はお経であり、利用者は僧侶。そうブータンは大変熱心な仏教徒の国なのだ。 ブータン王国の発展に対する考え方として、無闇に自動車道路を造らない話が出てくる。日本にいると自動車が通る道路=…

  • オヤジのあくび402

    西岡秀三「低炭素社会のデザイン」を読む 地球温暖化の根源は二酸化炭素であると、その二酸化炭素を閉じ込める手法にC S Sなる方法があると言う。何でも化学物質によって二酸化炭素を分離し、それを取り出して地中や海中深くに閉じ込めるのだとか。あの手この手で二酸化炭素削減に向けた技術が開発されていたのだ。 この本が書かれたのが2011年、それから早くも10年経過。政府は菅総理の時に2050年二酸化炭素排出ゼロ=脱炭素社会に向けて動いている。 個人的にはコンパクトカーの自家用車を軽自動車に乗り換えたり、自宅マンションを断熱の二重サツシに変えたりしている。あと台所やリビングのリフォームの時に照明をLEDに…

  • オヤジのあくび401

    井上ひさし「ボローニャ紀行」を読む 旅の初めからスリに鞄を盗られる。私も若い頃にイタリアで似たような酷い目にあった事を思い出してしまった。 この紀行文が書かれたのが、2004年頃。ちょうどサッカーセリエAのボローニャで中田英寿が活躍していた時期と重なっていて、彼の名前がちょくちょく顔を出す。中田英寿を引き留める材料がボローニャ大学。知る人ぞ知るヨーロッパ最古の大学。いろいろな国からローマ法を学ぶためにやって来た。彼らは国毎に組合を作って教授を選ぶ。ラテン語のウニウェルシタスがユニバーシティになるのだけれど、元々は自治組合のことだったのですね。 作者はボローニャのあちこちを巡り、そこに根付いてい…

  • オヤジのあくび400

    鬼頭昭雄「異常気象と地球温暖化」を読む 前半は理科の教科書的に、地球の気候について説明される。ミランコビッチサイクルが紹介され、地球の公転軌道の離心率や自転軸が長いスパンで変動していると説明されると実に宇宙規模の大きな話だと実感できる。現在、私たちは氷河期の小休止の時代に生きていて、地球は過去も温暖と寒冷を繰り返して来たのだけれど、今の温暖化は確実に人為による二酸化炭素排出が影響していると言う。 現在その渦中を生きているわけで頷かされる話が多い。しかも地球規模でシミュレーションされているので、ど素人のボクはそのスケールの大きさに驚き平伏してしまう。けれどそのスケールの大きさにたじろぐことなく大…

  • オヤジのあくび399

    成長目標とか補助分配だけじゃなくてまず再建3 21世紀が始まってもう20年余りが過ぎてしまった。今から数十年先にシングュラリティーや脱炭素社会が実現したら、世の中はどう変わっているのだろうか? 貧富の格差や戦争・核兵器がない時代が実現しているのか? 戦禍にまみれているウクライナの様子では、かなり見通しは暗い。そして私たちがコロナ禍で学んでいることは、何にもまして全てに健康第一が優先するべきという大前提ではないか! その上で自分の心を満たし、かつ成長していくベクトルを一人ひとりが確かめていたい。ぼくのいう再建とはそこからスタートする。実は政治経済の話ではなくて自分を見つめる話なのです。個人的に言…

  • オヤジのあくび398

    成長目標とか補助分配だけじゃなくてまず再建2 貧乏人のひがみにしか聞こえないだろうけど、人は金持ちを目指して生きているのではない。人は幸せな時間を求めて生きているのだ。幸せの形態や価値観は人それぞれに違いない。その前提に安心安全とある程度の収入が想定されるのだろう。 突然ちゃぶ台をひっくり返すような話になるが、実は明日のことはわからない。江戸っ子が宵越しの銭を持たなかったのは何故なのか? 日本列島に住んでいると、地震・台風・火事等の災禍にいつまみえるかは、誰にもわからない。だからこそ防災減災に向けた努力が欠かせないわけだ。 だからそのような不安や心配と背中合わせで、ご先祖さまは怯えながら生きて…

  • オヤジのあくび397

    成長目標とか補助分配だけじゃなくて、まず再建1 経済指標を中心に社会の動向を見ようとすると、お金・資産がどれだけ動いたか? が注目される。けれどもそれが一種の拝金主義に陥った理由になっていないだろうか? 手元にお金がなければ何も始められないでしょう! 普通はそう考えるけど、逆の発想でお金がなくても始められることを考えてみてはどうだろう。 たしかに大掛かりな活動は難しいかもしれない。けれど歴史を振り返れば、何も元手がないところからスタートした人物を探すことができる。最後は拝金主義の権化や恨みを買う存在になってしまったが、豊臣秀吉や伊藤博文など初めは無一文の若者に過ぎなかったでしょう。

  • オヤジのあくび396

    笠嶋忠幸「書を味わう」を読む2 くずし字の読み方について、本書は解説をつけてくれている。筆者が書いた軌跡を辿るとわかりやすいと。筆順を追って繋がり方を見ていくのが良いと。繋がり方は次の字へ連続していることがよくあるので、そこがポイントらしい。 元々、ひらがなもカタカナも、漢字を崩して今の字体になったわけでして、僕の名前は武部ですが、武が「む」に、部が「へ」に変化するってなかなか凄い! なかなか言うはやすしで険しい道な予感がするけれど、専門家でも誤読があり得ると書いているのが、一抹の救いだろうか?

  • オヤジのあくび395

    笠嶋忠幸「書を味わう」を読む1 元々文字は象形なのだから、絵は文字のご先祖さまのような存在かもしれない。絵画化した文字遊びや文に添えられた絵を前半では紹介している。文字とはかくあるべしという書き方的な堅い考えから読者を解きはなそうとしているようだ。 続いて禅僧による一行書が紹介される。限られた字数なので一字一字の筆遣いにしっかり向き合える。そこから見えて来る個性や心境に感じるところ大である。 書家には三蹟という三人のスーパースターがいる。当然本書でも紹介されており、一番手は小野道風。楷書、行書、草書を自在に使い分け、和様と呼ばれる今の書法が平安時代に確立していた事がわかる。 続いて古今和歌集の…

  • オヤジのあくび394

    青島広志「作曲家の発想術」を読む 青島広志作曲による演奏を初めて聴いたのは、母校横浜国立大学グリークラブによる「ギルガメシュ叙事詩」だった。なかなかすごい演奏で当時は後輩たちの演奏に感心したものだ。その後著者は教育音楽という雑誌の付録楽譜に輪唱曲を連載しており、楽譜オタクの私はよく眺めていた。 青島さんは、才能の赴くままにディズニーやグループサウンズの合唱編曲を精力的に行っていた時期があり、ディズニーの方は戸塚混声合唱団が第一回演奏会で歌っている。グループサウンズは合唱隊というアンサンブルで録音されたCDを持っている。これらの譜面から守備範囲は広いけれど、やはり青島さんはクラシック系の作曲家だ…

  • オヤジのあくび393

    ショーペンハウアー「読書について」 私たちが本を読む場合、もっとも大切なのは、読まずにすますコツだ。いつの時代も大衆に大受けする本には、だからこそ手を出さないのがコツである。 似たようなことは音楽にも当てはまる気がする。商業的に成功を収めたヒット曲のうち、10年後何曲が人々の記憶に残っているだろう。音楽の教科書にバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンが顔を並べるのは、彼らの音楽が少なくとも200年以上人々の心を捉え続けたからだろう。ポピュラーでは、すでにビートルズの名曲がこの領域に入ろうとしている。 ショーペンハウアーは、名著古典は二度以上読み直しなさいと言っている。何度も読み返すことで理解が深…

  • オヤジのあくび392

    ショーペンハウエアー「自分の頭で考える」を読む 「本を読むとは自分の頭ではなく、他人の頭で考えることだ。たえず本を読んでいると、他人の考えがどんどん流れこんでくる。・・・自分の頭で考える人にとってマイナスにしかならない。」いやはや、したり顔で読後感想を書き込んでいるボクにとっては背中に冷や汗のような警句です。人の言葉を引用して、あたかも自分自身でその思索の到達点に行ったかのように他人に権威をひけらかしている人、そんな人を批判しているようだ。 ショーペンハウエアー「著述と文体について」を読む 本を書くことでお金を稼げるようになったことが作家の堕落を招いたと言う。本当に優れた作品は無報酬で書かれた…

  • オヤジのあくび391

    音楽授業のキモ、それはリズム。 心臓が動いていない人はいない。私たちはいつも心臓の拍動を内に秘めている。内なる拍動から外に向けたリズムへ! 拍動は、バウンドするリズムなんだから、拍と拍の間に音楽がある。日本の宴会手拍子と西洋の指揮者が感じる拍は、音の入り込み方が違うけど、ある点から点の間に音楽が入り込んでくるのは同じ。 あとはテンポの確認が大切。ボクは子どもたちと速さを確認してから演奏したり歌ったりしている。 ここまでが基本で、あとは楽しいリズムが沢山ある。8ビートはもちろんサンバやビギンにシャッフル、いろいろなリズムにのって歌ったり演奏する体験をたくさん味合わせたい。 例えば「ドレミの歌」。…

  • オヤジのあくび390

    藤木幸夫「みなとのせがれ」を読む2 港の仕事が大きく変化する時がやって来た。コンテナ輸送のスタートであります。今までは重い貨物を人手をかけて運んでいたものが、巨大なクレーンがとって変わるのだから、労働者・会社経営者にとっては大事件だった。結果、港がどう変わったのかは、一目瞭然。渦中にあって板挟み状態にあった苦労が語られている。 どうしても自叙伝では、結果として実績が語られる。中国大連港の改革やFM横浜発足に著者が大きく関わっていた。さらにはロッテルダムのモデル学んだ港湾学校設立の話が続く。様々なエピソードを語りながら、読者は著者と周辺の人々の間合いがとても近いことに気づくだろう。年上はオヤジ、…

  • オヤジのあくび389

    藤木幸夫「みなとのせがれ」を読む1 話はファミリーヒストリー的に父である藤木孝太郎、さらには祖父や祖母の出自から始まる。横浜で活躍した人の多くが何かを求めてこの地にやって来たように、藤木さんのルーツも淡路島であり、福井県でありました。 港湾労働者、つまり沖仲仕がいての港なのですが、荒くれ者というか、あまりイメージがよくないわけです。男声合唱曲にシーシャンティという海の男の歌があるのだけど、What shall we do with the drunkn sailor? という国を跨いで海の男への偏見を煽るような歌もある。しかも飲む打つ買うに付け加えて反社会的な組織との関わりが噂される。それらを…

  • オヤジのあくび388

    納富信留「プラトン」を読む2 正しいとか、美しいとか、善いとか、現実とは違う次元で離れて存在する。それがプラトンの言うイデア。著者はそれは理想主義や彼岸主義とかではなく、プラトン哲学の現実そのものを見据える破壊力だと言う。イデアについては、有名な洞窟に閉じ込められた囚人の例え話が出てくるのだが、ボク的に言い換えれば、暗室でも光を求めて育つもやしのようにイデアを感じていたい。 ソクラテスもプラトンも教育に情熱を注いだ。今日、知識技能偏重のマニュアル化された教育方法を是正しようとして、主体的に学ぶ力が重視されているが、そもそも何が人の心を揺さぶり、学びへと向かわせるのか? それはソクラテスの昔から…

  • オヤジのあくび387

    納富信留「プラトン」を読む1 「とりあえずこういうことにしておこうか?」そのように言い聞かせないと先に進めないことが、沢山ある。古代ギリシアの人々だってそれは同じでしょう。ところがそこへ「あなたと思っていることは、本当にそれが確かなことなのか? それでいいのか?」と予想外の問いを浴びせてくる者が現れた。 「いったい何なのだ? この人は?」自分なりの答えをひっくり返された事により、多くの人が迷った。いわゆるアポリアですね。だからこの人、つまりソクラテスは人々を困らせていた謎の人だったとボクは思う。まぁ、現在もこのような問いを必要としているはずなのだけど・・。ソクラテス自身は、それで歴史の襞の中に…

  • オヤジのあくび386

    現役世代? に居候していたい欲 「持て余すほどの、自分で自由に使える時間があったらいい!」日々仕事に追われているとそのような願望に駆られることがある。けれど実際に勤め人を辞めてしまうと、本当に時間を持て余してしまう人がいるようだ。 何年か前の安倍内閣のスローガンに「一億総活躍社会」というのがあった。広く且つ善意にとらえれば、元気なうちは何か社会と関わっていましょう! ということだろうか? この元気なうちは・・は、大事なキーワード。同じ年齢であっても、人それぞれ健康状態や体力は違う。ところが定年制というのは一律にある年齢に達すると「お疲れ様でした」という制度なので、たとえ元気だろうが、本当に疲れ…

  • オヤジのあくび385

    フェリチタス・ムーへ「シュタイナー学校の音楽の授業」を読む2 音・音楽との出会いをどのようにセッティングするか。著者はとても計画的にかつ慎重に用意する。音階、言葉、リズム、音と身体の動きをリンクさせる学習、イメージを豊かにするファンタジーを教師が語ること。1年生での著者が弾く躍動的な音の動きに合わせて自由に身体を動かす学習やボール投げを通してリズムを感じる学習などとても興味深い。 思えば、日本だって子どもの歌として「わらべ歌」しかなかった時代は、自然とそれらができていたのだ。ところが近代教育の枠の中で、それらは残念なくらい不自然なカリキュラムの中で見失われてしまった。 初等教育の教科を食べ物に…

  • オヤジのあくび384

    フェリチタス・ムーへ「シュタイナー学校の音楽の授業」を読む1 直接的には形を捉える事が困難な「熱・光・音・電気」を形而上学の世界から引っ張り出してきたのは、物理学の功績であろう。しかし、それら物理現象が数式で表しにくい人の心や脳にどういう影響を及ぼすのか? については未だ結論が出ていない。例えばクラシック音楽で言えば、フルトヴェングラーやカルロス・クライヴァーの指揮に多くの人が感動するわけなんて、科学で解き明かされていない。 音楽をどう感じて表現するのか? 保育園幼稚園のお遊戯から小学校のリズムダンスまで、幼い頃から私たちも教えられて来たし、教師として教えて来てしまったが、腑に落ちないのが初め…

  • オヤジのあくび383

    高秀秀信「元気都市ヨコハマを創る」を読む2 夜景の美しさを売りにしている街は多いけど、2022年現在、横浜の夜景は多くのテレビ局が背景映像として使っているし、時計でもある観覧車やヨットの帆の形をしたインターコンチネンタルホテルがランドマークタワーや三連のクイーンタワーと並んでいる姿は美しい。この光景は高秀市政の産物である。そんな金があったら福祉に回せなどと叩かれながら、結果として日本を代表する夜景とヨコハマのイメージを作り上げてしまった。 さて、話題は教育。授業参観へ行って教師の服装に意見を言ったところが、子どもと教師が平等であると返されて腹を立てた話から始まる。高秀さんは全編一貫してよく腹を…

  • オヤジのあくび382

    高秀秀信「元気都市ヨコハマを創る」を読む1 およそ30年前、個人的にはようやく結婚し子どもが生まれ、音楽の先生になってしまった、もとい、やらせていただいた時代が、高秀市政の10年と重なっていた。巨大なサッカースタジアムやみなとみらい地区の建設を推進して、各区には地域ケアプラザを設置。ボクには「行政は入れ物を作るから後はお好きなようにどうぞ・・」という箱もの行政の典型のように感じていた。 ところがどっこい、そんなに前からそんなことが考えられていたのか! と驚かされるような発想が本書には出てくる。ホロニック・パスという大平総理の時代に政策研究会で語られていた概念など、実に興味深い。そしてその発想の…

  • オヤジのあくび381

    大谷能生「平成日本の音楽の教科書」を読む2 音楽教育の話は、中学校へと移行していく。おっとりと筆を進めていた筆者は、突然自身が中学生に戻ったように、伝統音楽学習や従来型の西洋音楽学習の問題点を指摘し始める。まるで思春期の屁理屈をこねくり回していた頃のボクのようである。 公共の場での音楽教育と自我が目覚め表現について悩み始める個は葛藤を引き起こす。非常に良い一般化された当たり障りのない教材とインパクトの強い個性を売りにした生活の中で響いている音楽の矛盾もそうだ。だから学校で教わった音楽と少なからず距離を置きたがる人が多いのだ。 本書で、美空ひばりがポピュラー邦楽を具現化した歌手であったと書いてい…

  • オヤジのあくび380

    大谷能生「平成日本の音楽の教科書」を読む1 音楽が好きですか? と尋ねたら、かなり大勢の人が好きと答えるだろう。では音楽が得意ですか? と聞くと、かなり首を傾げて手を挙げる人が減ってしまうと思う。もっと突っ込んで、学校の音楽の授業が楽しかったですか? と聞いたらどうだろう。楽しいという字が入っている科目は「音楽」だけなのに。 音楽教育と言えば、ドレミ音階からスタート! もはや疑う人がいない常識かもしれません。けれど筆者は、日本の音楽教育を始めた伊沢修二が、江戸時代の新内や清元という日本独自の歌い回しを全否定していることをしっかりと指摘する。邦楽が口伝で教授されるのは拍節や音律感が、西洋音楽と違…

  • オヤジのあくび379

    野並豊「大正浜っ子奮闘記」を読む3 駅弁。現在は駅構内で買って列車に乗り込むスタイルだけど、昔は列車の窓が開いて、弁当の売り子さんを呼べたものだ。また停車時間も今よりは長く、その間にプラットホームへ買いに行くことができたと思う。なぜ変わってしまったのか? それは新幹線の登場。ご存知の通り窓は開かないし、降りている時間なんてない。 駅弁の崎陽軒もこの煽りを受けて、商品をシウマイの真空パックなどへシフトしていく。その頃から歌われているのが以下の歌。 https://youtu.be/scy5NEhLNmc 本書はほぼ時系列で語られているが、崎陽軒の社長を退任してから後は、筆者が関わっている横浜市内…

  • オヤジのあくび378

    野並豊「大正浜っ子奮闘記」を読む2 崎陽軒と言えば、売り子さんが真っ赤なユニフォームに身を包み、シウマイ娘と呼ばれている。昭和25年、煙草の宣伝をしていたピース娘にヒントを得た社長は、シウマイ娘を横浜駅の駅等に立てる。その後昭和27年毎日新聞に連載されていた獅子文六の小説「やっさもっさ」にシウマイ娘が登場する。さらには映画化されると、全国的に有名になる。 そして、昭和29年。いよいよお待ちかねシウマイ弁当が登場します。何とシウマイ弁当は私の2年先輩だったのですね。最初の価格は100円!好評を得て現在まで崎陽軒を代表する商品であることはご承知の通り。 横浜駅と言えば、現在は相鉄の事業のおかげで西…

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