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ブログタイトル
ほいほいの気ままに音楽エッセイ
ブログURL
https://hoihoi1956.hatenablog.com/
ブログ紹介文
気ままに音楽について、書いています。
更新頻度(1年)

134回 / 365日(平均2.6回/週)

ブログ村参加:2008/04/13

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ほいほいさん
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ほいほいの気ままに音楽エッセイ

ほいほいさんの新着記事

1件〜30件

  • オヤジのあくび262

    昭和を語ろう3 舗装されていない道には、水たまりができてアメンボが泳いでいた。ドラえもんによく出てくるけれど、子どもたちは公園ではなくて土管が置いてある空き地で遊んでいた。なぜ、あのような広場があちこちにあり、子どもが自由に出入りすることができたのか? 今考えると不思議だが、ジャイアンが土管の上でコンサートをやっているようにみんな平気で土管に登って遊んでいたのだ。もう一つは路地。クルマが入っていくには狭い、ほとんど歩行者専用のような道幅は、キャッチボールにうってつけだった。 それらが無くなっていくと同時に、子どもたちも何かを見失ってしまったようだ。 あの時代の温もり感を「三丁目の夕日」では伝え…

  • オヤジのあくび261

    昭和を語ろう2 高度経済成長の影の部分は、儲かるためなら、生産を上げるためなら・・による倫理観の崩壊。水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそく、新潟水俣病を始めとする公害問題が次々に起きた。本来自然を畏怖し神格化して来た民族の為した仕業とは思えない。そこで環境庁が創設されて、それなりの公害対策を打ち出したのだ。どうも「誰でもそんなことは知ってるさ!」的なことを書いている気がする・・。 皆様は、発ガン性が指摘されたチクロのことを覚えていらっしゃるだろうか? 現在も日本では使われていないが、1956年に許可されて使用禁止になったのが1969年のことだから、私の子ども時代も完全に被っており、おそらくジ…

  • オヤジのあくび260

    昭和を語ろう1 景気がいい時代があったのよ 子どもの頃、明治100年で「明治は遠くになりにけり」などという呟きが聞かれた。 さて昭和。平成〜令和と移り変わりを感じることができるのは、元号制度のありがたみなのだろう。 昭和31年生まれの私が、周りのことがわかり始めてから中学生の頃まで、日本は結構景気がよく、しかも身の回りにさまざまな製品が電化自動化された。社会科の復習のようだけど、冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビの時代に続いて、すぐカラーテレビ、車、クーラーが、アポロ宇宙船が月に着陸した頃に、一般家庭にも着陸した。それらを賄えるだけの電力が確保できることに何の疑いも抱いていないし、二酸化炭素排出の問題…

  • オヤジのあくび259

    鶴岡真弓・松村一男「ケルトの歴史」を読む 本書のわかりやすさは、豊富な図解と共に地域別にケルト文化の特徴を紹介しているところです。例えば、シーザーのガリア戦記に登場する大陸のケルト文化とグレートブリテン島およびアイルランドに見られるケルト文化をそれぞれ章を分けて解説している。 とりわけ興味を引くのは、ケルトの文様についてで、この辺りが日本の縄文の特徴との類推で語られる所以なのでしょう。宗教も大陸からやってきたキリスト教をどのように受け入れ融合していったのかが語られる。後からやって来た別の文化に主役の座を明け渡しているところも、縄文と弥生文化の関係に似ている。 ここから突然話は、漠とした妄想に飛…

  • オヤジのあくび258

    金森修「ベルクソン」を読む3 解説者は最終章で習慣についてふれる。習慣を獲得するのは生物だけだが、機械的に習慣を繰り返しているのは、予期できない偶発的な事件に備えるための準備だという。少なくともそれに対応できる部分を余白? としてキープしておく。 この余白は、自由という言葉に置き換えられる。私たちは過去の奴隷ではない。本当の時間とは瞬間瞬間にとてつもない産出能力を秘めているのであり、本来的には私たちは存在の奥底から自由な存在なのだ! この希望や可能性を仄めかすベルクソンの言葉が、後世ドゥルーズに影響しているのは、ほぼ疑いないと思う。同じところをグルグル回っている時間から抜け出すヒントが隠されて…

  • オヤジのあくび257

    金森修「ベルクソン」を読む2 解説者は知覚について語り始める。ぼくは今スマホに「?」何か思いついた文字を打ち込んでいる。けれどその文字がその文字でなければならない理由は、さほどない。あえて言えば、たくさんある可能性の中から多くの可能性を捨て去って、その文字を選んでいるのだ。今スマホやパソコンでこの文を読んでくださっている方も、何もこんなことをしていなくてもいいはずなのに、他の行動を捨てて、私の拙いブログを読んでくださっている。この捨て去る行為こそが知覚であるならば、知覚とは省略であり無視である。 そして言語。「読む」とか「書く」ということばに行為を言語にすることで、生の流れは固定し、決定される…

  • オヤジのあくび256

    金森修「ベルクソン」を読む1 最近、今頃になってドゥルーズやデリダの解説本を読んでみた。ドゥルーズの前にはベルクソンが居たわけで、金森さんの平易にほぐそうとしている解説にもかかわらず、なかなかに難しい。 例えば「純粋持続」。今のこの原稿を読んでくださっている方、そうあなた様は、読み始めてからすでに数秒が経過しているでしょう。その数秒とは空間の流れを定量化したものです。けれどその「空間的なかさぶた」の下に生の流れである純粋持続が隠れているという。例えば、漫画を見て笑うのは、描かれた絵やセリフの中に、機械のように本来の生とは違う不自然さ=齟齬を感じてしまうからだと言います。そんなはずないよね、おか…

  • オヤジのあくび255

    和田秀樹「感情的にならない本」 この本は金太郎飴のような本で、切り口に見える金太郎さんの顔はいつも笑っている。「感情的にならない本」とタイトルされているけれど、ポジティブに生きるためのテクニックというタイトルでもいい。一応は順に読んでいく方がいいのだろうけど、時間がなければ、どこかパッと開いた頁から読み始めたって構わない。例えばキーワードを抜書きしながら読んでいたのだけど、以下のキーワードから気になった言葉があれば、そこだけ読んでもいいかもしれません。 不機嫌になりそうなメール→黙殺 森田療法=感情は放っておけばだんだん収まってくる=気にしない。 思い込みが強いから、まともにイヤな態度や反論を…

  • オヤジのあくび254

    新島襄「わが若き日ー決死の日本脱出記」 新島襄自身の筆による部分は、「わが若き日」と函館を違法出国しボストンに到着するまでの航海記、それにあちこちから家族に宛てた手紙で構成されている。「わが若き日」では、安中藩の武士の家に生まれた新島襄=本名は七五三太(しめた)が、殿様の命に従うよりも広く世界に出て学びたいという気持ちを募らせていく様子が書かれている。 結果として、ボストンで学び、日本人初のアメリカで学士となった他、アマースト大学で学んでいた縁からクラーク博士が日本にやって来る。さらには岩倉使節団の木戸孝允付きの通訳となり、ヨーロッパの教育制度を視察することになる。 日本に帰るのは、アメリカ=…

  • オヤジのあくび253

    林好雄、廣瀬浩司「デリダ」を読む。 息子が我が家に帰ってきた時に、哲学談義になることがある。デリダの言う差延とは? のような話になると当方はほとんどお手上げなのだが、そのまま白旗を掲げ続けているのも悲しいので、オヤジのあくび250のドゥルーズに続いて、デリダも読んでみた。 フランスの植民地であった頃のアルジェリアにユダヤ人として生まれたデリダの出自、彼が受けた教育、さらには教職の履歴が紹介される。気づくのは、フランスという国の教育課程で哲学に大きなウエイトが置かれているということだ。 翻って現在、日本の青少年が、哲学に触れる機会が何と少ないことか! 何も西洋哲学でなくともよい。東洋の思想宗教も…

  • オヤジのあくび252

    船山隆先生の「武満徹の音楽と自然」を聴く 明治学院大学の日本近代音楽館からご案内をいただき、船山隆さんの「武満徹の音楽と自然」をYouTubeにて拝聴しました。 武満徹の生涯を、鎌倉に住んでいた当時から追いかける形で、最晩年までを語って下さった。その中で、どのような環境の中で武満徹の音楽が生まれたのか? を強調して話されていた。多摩湖の湖畔に住んでいた時代、軽井沢近くの御代田の別荘にいた時代など。 とりわけ水面に描く模様や音について。1960年作曲の「水の曲」を聴いてみました。具体音楽なので音の素材は水の音そのものなのだけど、独特の間の取り方や水の響き(音の高さも含めて)の構成は、やはり武満徹…

  • オヤジのあくび251

    佐藤伸行「世界最強の女帝 メルケルの謎」を読む ドイツという国は、中世の頃、神聖ローマ帝国として君臨した奇妙な自意識をまだどこかで引き摺っているのだろうか? ヴィルヘルムⅡ世の頃の3B=ベルリン→ビザンティン→バグダッド計画、そしてヒトラーの第三帝国に象徴的なように、ゲルマン民族としてのプライドが高く、どうも危なっかしい。 けれど現在、イギリスがEUからの孤立を勝手に選択した結果、実質ヨーロッパの盟主はフランスであるよりもドイツである。そしてそのリーダーがメルケルその人である。 プロテスタント牧師の父を持ち、メルケルは何と生後数ヶ月で西ドイツから東ドイツに移住するという逆コースを辿っている。東…

  • オヤジのあくび250

    檜垣立哉「ドゥルーズ 解けない問いを生きる」 「なんでもあり」の時代がやって来た!と感じたのは、1990年代だろうか? その頃も小学校の先生をしていたわけですが、学校とか教師が既成の価値観や虚しい権威に寄りかかれば寄りかかるほどに、砂上の楼閣のようにボロボロに崩れていってしまう過程を自分なりに感じていました。近代はもはやおしまいでポストモダン。丸山真男や鶴見俊輔らの言動からイメージされる市民像は過去のもの・・らしかった。 もうそれから20年以上の時が流れてしまった。 ドゥルーズの立ち位置を理解するために、デリダの差延という造語が有効な気がする。二人とも現時点における不在を語っているのだけれど、…

  • オヤジのあくび249

    「とりあえず主義」 また「オヤジのあくび」がアップされている!いまは時間があるし、とりあえずちょっと読んでみようか? Facebookからお越しの皆様、誠にありがとうございます。 コロナ禍は、不安と共に多くの時間を私たちに提供してくれた。だから、とりあえずマスクは着けようか? とりあえずステイホーム、とりあえずテレワーク、そしてとりあえずワクチンは打っておこうか? 政府やマスメディアの情報を頼りにしながら、私たちは感染を回避する行動を選択してきた。 コロナの感染対策に限らないのですが、この「とりあえず」は、いつまでもどこまでもずっと続いてしまう。その場その場での判断が軽くて構わない場合と、とり…

  • オヤジのあくび248

    なだいなだ「ふり返る勇気」を読む。 後にも先にも一度だけだが、N教組の全国教研大会に参加したことがある。その頃も、何故だか音楽を教える先生をやっていて、音楽科の分科会に出たのだけど、いやあーいろいろな考えがあるなぁとそれだけは学んだ。その時の全体会の基調講演の講師が、なだいなださんで肩の力が抜けるような独特の語り口が嬉しかった。 本書にも登場するのだけど、インターネット政党老人党というのを始めていたり、お隣の鎌倉市で自然環境を守る活動に取り組まれていた。 このエッセイ集は、2002〜2006年にかけて書かれたもので、政治家としては小泉首相や福島瑞穂氏の名前がちょくちょく出てくる。バブルの負の遺…

  • オヤジのあくび247

    野村健・納家政嗣「聞き書緒方貞子回顧録」を読む。2 国連難民高等弁務官に就任した瞬間から、緒方貞子さんは、同時多発的に世界各地で発生した難民支援に取り組むことになる。 クルド難民、ボスニア内戦、コソヴォ問題、チェチェン、ルワンダ・・。とりわけチェチェンについては、冷戦という大きな枠組みが外れた瞬間、内部の矛盾が一気に噴出してしまったようにも感じられます。力で抵抗できないように押さえつけていたソ連という国家の圧力から解き放された時に何が起きたか? そして、どの紛争や難民問題にも共通しているのは、国境=民族の棲み分けではないということ。多民族が同じ地域で文化の違いを越えて共生を図るしかないのでしょ…

  • オヤジのあくび246

    野村健・納家政嗣「聞き書緒方貞子回顧録」を読む。1 緒方貞子さんは、国連難民高等弁務官やJICAのリーダー=理事長としてのイメージが強い方だけれど、この本の前半では学生から研究者であった時代について語られている。二度のアメリカ留学を通して政治思想史や政策形成過程の力学についての研究を深め、その成果として「満州事変とその政策の形成過程」と題する博士論文が書かれる。 ところで緒方貞子さんと言えば、国連で活躍された方という印象が先立つが、国連総会への日本代表団に参加するよう声をかけたのは、市川房江さんだった。 国内にいて感じ考えることと、国連の会議の渦中で取り組まれていることとの落差を述べている。例…

  • オヤジのあくび245

    原彬久「吉田茂」を読む2 吉田茂の人生は、終戦と同時に外相となり、さらには東久邇宮、幣原内閣に次いで、総理に就任したところで大きな転機を迎える。 この本の副題に尊皇の政治家とあるが、今更言うまでもなく吉田茂は、保守主義者である。マッカーサーの操り人形・下請け的と揶揄されている第一次内閣の際も、実態はGHQに対して最もズケズケと言いたい放題だったのは吉田茂であった。GHQはその内部に民政局を中心に非常に社会民主主義的=革新的な人材を擁し、いわゆる日本の民主化を強力に推し進めるのだが、時として彼らにとって吉田茂は邪魔であった。吉田茂が首班指名されないように裏工作(=いわゆる山崎首班工作)していた事…

  • オヤジのあくび244

    原彬久「吉田茂」を読む1 白馬に跨り、外務省へ登庁!寺内総理に秘書官を命じられて「総理大臣は務まりますが、総理大臣秘書官は務まりません」との暴言。もちろん、秘書官にはなってない。これらのエピソードに吉田茂の生意気なキャラが集約されている。そして思い込んだら頑として、一人で走り始めてしまう人なのだ。 私は藤沢市辻堂にある八松小学校を卒業している。線路を北側に跨ぐと羽鳥という地域があり、そこからも友だちが来ていた。吉田茂はその羽鳥にあった耕余義塾で学んでおり、同塾からは明治大正昭和にかけて活躍した人がたくさん出ている。もちろん教育内容が素晴らしかったのだろうが、この辺りの土地の気候が実に温暖快適で…

  • オヤジのあくび243

    森毅「ぼくはいくじなしと、ここに宣言する」を読む 若者に歳をとることへの希望を与えることが、老人の何よりの責務・・冒頭にこのような言葉に出会うと嬉しい。定年延長とか一億総活躍とか言われても、若者のようなパフォーマンスができた時期は過ぎてしまった。そこに一抹の寂しさを感じてしまう人は少なくないと思います。そう若者がその気になること、それを応援すること、それでいいのでしょう。あと数十年後には草葉の陰から応援するのだから。 協調性と社交性の違いについて、語っているところがある。共同体の文化にとけこむのが、協調性で仲間意識を育てていじめをなくそうとする指導など、これに当たるという。社交性とは、異文化と…

  • オヤジのあくび242

    花の60代論! 肉体年齢は、年齢の七掛けとよく聞く。いつの時代と比較するのか? よくわからないけれど、例えば64歳なら19.2を引いて。44.8歳の健康状態だということだろうか? しかし、時間的に64年間を経験しているわけだから、経験値はそれなりに高い。肉体年齢が低くて、経験値が高い! あとは脳年齢が気になるけれど、これはなかなか凄いじゃありませんか! 昔話に登場する若返りたかった人は、まずは肉体的な若さを求めていたのだと思います。つまり老人の健康状態に対するコンプレックスなのです。不老不死のアイテムなど求めなくても、ほら、手に入ったじゃないですか! 若い身体とそれなりの経験値が。 あとはそれ…

  • オヤジのあくび241

    矢作直樹「おかげさまで生きる」を読む 著者は救急の現場で、多くの死や蘇生に立ち会ってきた方です。けれども書かれている内容は、お医者さんと言うよりは、お坊さんの説法のようです。 例えば「しかたがない」と言う言葉は、諦めの境地で使うのではなく、自分の力でどうしようもない状況に際して、それもまた人生と、まずはその状況を受け入れることで大きな学びを得ることができるとおっしゃる。 救急対応のお医者さんとして、臨終の場に立ち会うことは仕事柄ほとんど日常でしょう。家族に責め立てられた経験もさぞかし多かったことでしょう。困った時にこそ本性が出てしまう、そんなご家族を前に「しかたがないものはしかたがないのです」…

  • オヤジのあくび240

    岡崎守恭「遊王 徳川家斉」を読む いわゆる名家にはありがちな話なのかもしれないけれど、直系が絶えた場合の安全弁を幾筋も準備しておく。家康の御三家は、七代でストップした後に紀州家から吉宗が将軍となり機能したし、吉宗の子どもたちも田谷家、一橋家、清水家の御三卿となって、江戸幕府後半の将軍となっていく。最も長い格式の天皇家にも系統があったはずなのだが、この辺り先々のことを宮内庁や政治家諸氏はどのようにお考えなのであろう? この本の前半は、将軍や幕閣の人事や血縁関係の話題である。さらに田沼意次から松平定信への路線大転換の顛末が書かれている。あわや将軍への道があった田安家の松平定信をのちに家斉を出す一橋…

  • オヤジのあくび239

    大江健三郎「伝える言葉 プラス」を読む。 初めの方で武満徹についてふれている一文があり、この本を読んでみようと思ったわけですが、エラボレーションという言葉を使って、人生を通じて磨き上げること、大江さんにとっては、作家ですから書いた言葉を書き直し続けることの価値を語っています。日々の経験を反芻し且つ更新し続けることが、私のように子どもたちの成長に関わらせていただいている仕事をしている者には特に大切な心がけなのだと感じました。 本書では、渡辺一夫、息子の大江光、サイード・・さまざまな交流の思い出を語っているが、作家というおそらくは個人的な作業の中で、彼らとの対話の中から大江さんが、執筆に向けたきっ…

  • オヤジのあくび238

    河野裕子「桜花の記憶」を読む。 心の微妙な揺れや動きをキャッチしよう! これは願望に過ぎず、なかなか上手くは捕まえられない。自分自身で自分の心を感じることは予想以上に難しいのだ。 エッセイ集だが、作者の自然体な息遣いが伝わってくる。河野裕子は、隠したって仕方がないものは隠さないし、虚飾とか自分を金縛りにしてしまう想念からは遠いところに身を置いていた人だとわかる。 幽霊について、見えるものにだけ見える裂け目を用意していると書いている。私は今私がたどり着いた時間空間はたまたまハマってしまった路線に過ぎず、例えばノストラダムス路線の未来にいきていた人々は、やはり1999年にとんでもない災禍に襲われて…

  • オヤジのあくび237

    悠々自適への道 コロナ禍は、私たちにいろいろな意味で発想を転換する機会を与えてくれた。 例えば。毎日満員電車で通勤しなくても、出社しなくても仕事はできること。片道1時間として往復で2時間、この浮いた時間を何に使うか? 通勤に便利な場所に住みたいか?または郊外のある程度は自然が残されているところで過ごすか?この選択も考えどころ。 けれどその前に、自分にとってのびのび楽しいこととは何なのか? それがわかっていなければ始まらない。しかもタイミングが合っていて、その活動に適した年齢で始めるのに越したことはない。 私の場合は、大学生の頃から合唱活動を続けていて、合唱団を立ち上げたり、指揮を依頼されたり、…

  • オヤジのあくび236

    安西水丸「ちいさな城下町」を読む 村上市の(ぼくも大好きな)〆張鶴、行田市の足袋、栃木県壬生の干瓢、亀山市のローソク・・・その地方自慢の名産を紹介し、且つ食べ飲みながら、お城を訪ね歩く。城下町と言っても、本のタイトルにあるように訪ね歩く町は小さな藩だったところだ。だから殿様も改易や国替えでコロコロ入れ替わる。その結果、登場人物も歴史のヒダの中に隠れているような人が出てくる。いわゆる主演を張る英雄ではなくて、敵役だったり黒幕であったりするのだが、そういう役柄がなければ芝居が盛り上がらないだろう。 例えば、以下のような人々が本書に名を連ねる。 土浦市 武田武士=金丸惣蔵、 栃木県壬生 義経の従者?…

  • オヤジのあくび235

    15歳という起点 15歳の頃の自分が突然目の前に現れて、50年くらい歳をとっている自分を観察したらどう思うだろうか? かなり想定外だと思う。まず職業としてどんな仕事をしているか? その時期にありがちな権威的な存在への単純な反抗心から、私が最もなりたくなかった仕事が学校の先生だった。 次に趣味。読書は好きだったし、音楽もジャズが好きな中学の友だちからあれこれ吹き込まれていた。けれど今やっているのは、アカペラ、男声合唱、薩摩琵琶でして、想定外でしょう。 けれどもあまり変わっていないところもある。三つ子の魂ではないけれど、何よりも性格とかその傾向。その頃から屁理屈ばかりこねくり回している面倒くさいヤ…

  • オヤジのあくび234

    司馬遼太郎「街道をゆく 北海道の諸道」を読む 司馬遼太郎の本は、よく読まれているし、読むべきとさえ言えるかもしれない。亡くなったオヤジが、昔、何故か「坂の上の雲」を勧めてきたことを思い出す。ちょうど司馬史観とか、世間で言われ始めた頃だったかな? 司馬遼太郎の書くものは「きっとそうだったのかもしれないな」と読者に思わせてしまう説得力を持っている。もちろん小説は、作者の想像力で書くのだけれど、司馬さんの場合、それを裏打ちする取材がハンパじゃないのだ。(まぁ、司馬ファンならみんな知っているだろうけど) そして志を抱き、それに向けて邁進する人々を多く描いてきた。特徴的なのは、いわゆる優等生タイプのデキ…

  • オヤジのあくび233

    川口素生「途中下車で訪ねる駅前の銅像」を読む 銅像について思うこと 似ている似てないは、二の次?西郷隆盛の奥さん糸子さんの「うちの人はこげなお人じゃない!」発言は何ともストレートだが、釈迦の仏像やキリスト肖像だって、どこまで似ているのかわからない。 だから像に残すことは、製作者やそれを眺める人々にとって何なのか?結局はその方への思いとか祈りの表し方ということなのだろう。 円空の木像など、デフォルメされているけれど、確実に何かを伝えている。 ところで私は、銅像をどれだけちゃんと見ていただろうか? 土肥実平 湯河原駅前 伊奈忠治 川口駅前 キュポ・ラ内 岡倉天心 横浜市開港記念会館の場所で生まれる…

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