住所
広島県
出身
広島県
ハンドル名
hathuさん
ブログタイトル
『はつかいち』ぶらり
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/hera_001
ブログ紹介文
安芸の宮島がある廿日市−見たままを紹介します。
自由文
更新頻度(1年)

66回 / 4276日(平均0.1回/週)

ブログ村参加:2007/05/12

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hathuさんのブログ記事

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  • 極楽寺橋からみた山陽自動車道

    極楽寺参道の山陽自動車道上に架かる極楽寺橋から見た画像で、上画像は西方面で左車線は宮島SAに向かう進入路ですぐ先に宮島SAがあり、右側上り車線にSAから合流している。下画像は東方面で平良・佐方地区との境付近で下り車線から宮島SAへの進入路が分岐している。極楽寺橋からみた山陽自動車道

  • 開墾当時を思わすゲシが!

    原地区をウォーキングしていると古い時代に原野を開墾した当時を思わすようなゲシ(石積み)がみられる。中世頃の上平良から原地区について、江戸期の折敷畑山合戦の軍記物ではあるが「・・・平良と申して・・・此の辺はセントウ岩有りて、五間・十間も馬など乗られ候場なく、足懸り悪く候」とあり、大きな岩がごろごろしていた原野の様子が記されている。開墾当時を思わすゲシが!

  • 飾り房の縄の結い方

    先日訪れた防府天満宮の注連縄に付けられている飾り房の縄の結い方が見たことがないような結い方(上画像)であり、何結びというのであろうか。縄で挑戦してみた。(中画像)、我々が作る注連縄の飾り房には先人から習ったあげまき結びである。(下画像)飾り房の縄の結い方

  • 湯野地区の蔵飾り

    戸田の町並みから少し奥に進むと湯野温泉があり温泉で英気を養った。かつて温泉宿が沢山あったようであるが、現在は温泉病院や老人福祉施設の大きな建物が目立つようである。街並みに旧徳山市時代のマンホール蓋があり「ゆ」の字に温泉マークをデザインしたものであった。街並みの町屋土蔵の蔵飾りにエビスさんが漆喰細工で表され彩色されていた。湯野地区の蔵飾り

  • 戸田の街並み

    旧西国街道の戸田の街並みを歩いていると趣きのある町屋がみられ、それらの内で桝屋と表示された町屋は酒造業をされていたようであり大きな土蔵が並んでおり、吟醸酒の万両を醸造されていたようである。街並みの中に大きなピラカンサがあり実が鈴なりになっていた。少し進むと宮島様と表示のある小祠が小さな池の中に祀られていたが、なぜ宮島様といわれているのかは定かでないようである。戸田の街並み

  • 椿峠のドライブイン跡

    (GoogleEarth画像より)防府天満宮から徳山西ICまでの帰路は久しぶりに国道2号線を通るとかつて椿峠にあったドライブイン天野屋利兵衛の地は更地になっていた。山陽自動車道や中国自動車道がない時代、盆・正月やゴールデンウイークなどに遠距離の連れ添いの親元への行き帰りには必ずこのドライブインに寄っていたことが思い出されるのである。椿峠のドライブイン跡

  • 周防国府跡・周防国分寺

    防府天満宮の近くにある周防国府跡と周防国分寺を探訪参詣した。国府跡は奈良時代から平安時代に周防国の国司が政務を執る施設(国庁)が置かれた所であり、発掘調査の結果国庁の遺構がよく残されているようであり史跡公園化されている。国府跡付近にある国分寺は律令国家の護持を祈念するために国ごとに建立された地方官寺で国府とは密接な関係があったようである。国分寺は往時の遺構や多数の文化財が伝えられている古刹である。周防国府跡・周防国分寺

  • 芳松庵で抹茶を

    防府天満宮の茶室芳松庵の大広間で御点前はなかったが点て出しの抹茶を頂いた。床には正月飾りの結び柳が飾られ正座をしてこのような茶席に着いたのは40数年ぶりであろうか。看板表示によると茶室のある地はかつて円楽坊の跡で明治元年の神仏分離令により廃寺となったようで、慶長3年(1598)には石田三成がこの坊に宿泊したようである。芳松庵で抹茶を

  • 防府天満宮参詣

    昨日、愚妻と40数年ぶりであろうか防府天満宮に参詣した。新春・成人の日であり多くの参詣者があり、何かの行事があったのだろうか和服姿の御婦人が多く参詣されていた。午後は弓を射ち邪気を祓う神事が行われたようである。防府天満宮参詣

  • ミニミニとんどを !

    町内会で行われていたとんど焼きが行われなくなったので、小さなちいさなとんどを行った。小さなとんどだったが、竹の破裂する音もしてとんどの雰囲気を味わさせることができ、残り火で餅を焼いてぜんざいにして食した。ミニミニとんどを !

  • 柳庵川架道橋

    JR山陽本線の下平良地区にある柳庵川架道橋で現在柳庵川は暗渠となっている。明治30年(1897)9月に広島~徳山間の工事が完成しているので上り線側の石積み橋脚はその当時のものとみられる。架道橋のすぐそばに大きなコンクリートの礎石がみられるがどのような鉄道施設が設けられていたものであろうか。柳庵川架道橋

  • あんやしき積石塚

    先日紹介した後畑地区にあるアルカディア・ビレッジに隣接してグランドゴルフ場がある先に小山があり上部は墓地となっている。この小山は中世ころに築造された積石塚でかつて田んぼの中にあった。この塚は岬状に伸びた先端部にあり後畑地区が一望できるところで、この地の有力者が葬られたものとみられる。あんやしき積石塚

  • 下飯山バス停待合所

    飯山集落にある広電バス下飯山のバス停で、冬季雪の多い所でありサッシ戸の付いた待合所があるが、中に入ってみたがあまり利用がされていないようである。吉和線の上下6便通っているようであるが、新聞報道によると広電バスは近々廃止となるようである。下飯山バス停待合所

  • 折れ曲がった配管

    広島はつかいち大橋の橋脚部分に10回直角に折れ曲がった不思議な大きな配管があった。木材港南には広島ガスの廿日市工場があるので広島市内にガスを供給しているパイプラインのようであり、地盤に埋設されたパイプと橋脚に取り付けられた部分のエキスパンションジョイント(伸縮管継手)であろうか。折れ曲がった配管

  • 広島はつかいち大橋工事の今

    久しぶりに広島港臨港道路廿日市草津線を通ると広島はつかいち大橋の工事が行われており、廿日市側と五日市側の陸上部分の工事が行われていた。下り線側となる工事中の橋は幅が狭く歩道がないようである。看板表示によると海上部下部工の工事も始まっているようである。広島はつかいち大橋工事の今

  • 田んぼの通水路(タンポ)

    原地区の田んぼは急傾斜地を開墾して造られており高い石積みが多くみられ、所々で石積みに通水路の開口部が設けられているところがみられる。湧き水出るところに設けられておりこのような通水路をタンポといっていたようである。田んぼの通水路(タンポ)

  • 筵(ムシロ)・叺(カマス)・菰(コモ)が !

    ウォーキング途中に田んぼの石積みをされてぬかるみを防ぐために不要となったものとみられる懐かしい筵(ムシロ)や叺(カマス)、菰(コモ)が敷かれていた。当ブログ主はほとんど使用したことがないが、親の時代には作って使用していたのを手伝ったことがあった。菰は俵づくりや速谷神社の注連縄に使用するので作り方は知っているが・・・筵(ムシロ)・叺(カマス)・菰(コモ)が !

  • 速谷神社に木遣り奉納

    新春を迎えた昨日、上平良地区で伝承されている氏神祭の俵もみ歌を保存継承活動している木遣り保存会の人達により、神前に参拝の後木遣り奉納が行なわれた。♪イヤー天神七代神々五代おさまる民代こそ目出たけれ神代の昔をたづぬればいざなぎいざなみの御神天より天下らせさかほこおろさせたまへつつヨイ♪♪イヤーさかほこおろさせたまへつつ其のひとしずくが島となり島の始めが淡路島国の始めが大和の国こうりの始めがうざごおり寺の始めが立花寺国もじょうじゅうしたならば今だ人間広まらずさあらば氏子を広めんとお伊勢皇太神宮白針装束花やかにヨイ♪・・・速谷神社に木遣り奉納

  • 大頭神社初参り

    妹背の滝入口にある大頭神社に初参りをした。平成26年秋に大頭神社に架けられている薦巻きの大注連縄づくりをOldman倶楽部の有志達が習いに行って習得し、速谷神社拝殿に架ける薦巻き注連縄を作り始めて5年となった。大頭神社初参り

  • 初登山-極楽寺初参り

    昨日午前、速谷神社の元始祭に参詣し、午後極楽寺山に初登山をして極楽寺に初参りをしたが、遅い時間からの登山でありいつもの午前中のような多くの登山者には出会わなかった。日陰の軒下には年末に降った雪が残っていた。最近設置されたのであろうか境内入口に登山者数の計測装置が市観光課によって設置されていた。初登山-極楽寺初参り

  • 初ウォーキング-三社寺初参り

    昨日午前、速谷神社の延命祭に参詣し、午後ウォーキング途中にある原地区の伊勢神社、立善寺、上平良地区の河野原大歳神社の三社寺を初参りした。伊勢神社は県無形民俗文化財の原神楽が、立善寺は県重文の不動明王・天部立造が、河野原大歳神社は春の桜とずらり並んだ石燈籠とそれぞれ著名・見所である。初ウォーキング-三社寺初参り

  • 三社寺の初参り

    元日の早朝には速谷神社の歳旦祭へ初参りを済ませたので、おせち料理で腹ごしらえをして例年のように西蓮寺、長い石段のある二重原八幡神社へと三社寺の初参りをした。三社寺の初参り

  • あけましておめでとうございます

    新年明けましておめでとうございます。今年も宜敷くお願い致します。早朝6時薄暗い中、速谷神社歳旦祭に初参り致し鳥居越しの初日の出を・・・今年も健康で当ブログが継続できますようにと・・・あけましておめでとうございます

  • 新春間近の速谷神社

    平成30年もいよいよ今日かぎりとなりました。昨日、ウォーキング途中に速谷神社へ訪れてみると幟立て、前垂れしめ飾り門松の組み立てもされており、境内には露店が数多く並んで初詣準備万端のようである。※当ブログは老化防止のために記しているぶらり見たままのブログですが、今年も多くの方々にご来訪閲覧頂き大いに励みとなりました。来年も老体鞭打って更新を続けたいと思いますのでお暇な時にご来訪ください。新春間近の速谷神社

  • 戌 → 亥

    今年も明日限りとなりましたが去っていく戌年に因んで犬が表された蔵飾りを紹介。去年と今年イノシシの作物被害には、防護のために手間暇を掛け多大な出費もさせられ大いに泣かされた。来る年は亥年、御用となるので里には出ないで・・・戌 → 亥

  • アルカディア・ビレッジが !

    後畑地区にあるアルカディア・ビレッジは来春休館・廃止になるとの新聞報道が先日あった。開業して20年の間に1回宿泊同期会をし、5~6回位入浴しただろうか。近くに住んでいながらこのような状態で、計画当初からお荷物施設になるのではなかろうかと思っていたが・・・アルカディア・ビレッジが!

  • 遊びの菜園-廿日市4代目松本切葉地大根

    廿日市初代の松本切葉地大根は葉がギザギザで根は尻詰まりの形(下画像の上)であったが4代目はカブのような形となり葉のギザギザが無くなった。毎年桜島大根と並べて植えているので交配によりこのようになったものとみられる。初代松本切葉地大根を大根おろしにしたら強烈に辛く繊維が硬かったが4代目松本切葉地大根は大根おろしにしても煮物にしても青首大根と変わらないような味になっていた。遊びの菜園-廿日市4代目松本切葉地大根

  • 山羊が !

    昨日紹介した後畑分校跡の近くで紐に繋がれたヤギが一頭草を食んでいた。10年くらい前に訪れた時には2~3頭いたような気がするが・・・あまり見ることがない山羊は家畜化して平地で飼っているが、平成4年(1992)に訪れた中国寧夏回族自治区の賀蘭山でみた山羊は岩山を駆け回っており、野生の頃の性質は失われていない飼育されている山羊の群れであった。山羊が !

  • 後畑分校跡

    後畑集落が見渡せる高台にあった原小学校の後畑分校跡で、昭和44年(1969)に原小学校に統合されて以降も後畑分校の校舎が残されていた。旧校舎は取り壊されて現在は後畑集会所、ふるさと会館、消防団第2分団第2部2班車庫の複合建物が建てられており、旧校庭跡の隅には広島県後畑雨量局の建物が建てられている。後畑分校跡

  • 迎春準備-各神社の注連縄

    正月も近づいてきたので作り置いていた河野原大歳神社の注連縄を本殿と拝殿に架けたので、後の迎春準備は氏子の人達が行われる。ウォーキング途中二重原八幡神社の注連縄も新しく架けられていた。原地区の伊勢神社は一の鳥居と二の鳥居の注連縄が新しく架けられ門松も飾られていたが、拝殿と本殿の注連縄は古い注連縄のままであった。迎春準備-各神社の注連縄