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酔生夢死浪人日記 https://blog.goo.ne.jp/ck1956/

 映画、音楽、書物、スポーツ、政治に至るまで、日々思いついたことを記していきます。

ck1956
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2005/08/24

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  • 「河童・或阿呆の一生」~芥川龍之介に神経を切り刻まれた

    中高生の頃、芥川龍之介の短編を読んだ。「羅生門」、「鼻」、「芋粥」、「蜘蛛の糸」、「杜子春」、「トロツコ」と挙げればきりがなく、教科書に採用されていた作品もある。文学入門編だったが、大学入学後は縁遠くなる。辺見庸が講演会で<芥川は日本軍によるアジア侵略を予見していた>と語っていた「桃太郎」はネット(青空文庫)で読んだ。仕事先の夕刊紙に紹介されていた芥川の<自由は山嶺の空気に似ている。どちらも弱い者には堪えることは出来ない>を、安倍政権下の戦争法案への世紀を超えた警鐘と受け取った。社会主義に傾倒していた芥川は、幸徳秋水に心酔していた石川啄木に便宜を図っていたという。一日数十㌻ずつ読んでいる「神聖喜劇」(全5巻)では、反軍的な思想を隠さなかったことで芥川が軍隊で〝危険文書〟扱いされていたことが綴られている。芥...「河童・或阿呆の一生」~芥川龍之介に神経を切り刻まれた

  • 「サブスタンス」~アンチエイジングから血まみれのホラーへ

    地上波、BS、CSに限らず、テレビショッピング番組が多くの時間を占めている。電器製品、ジュエリー、健康食品、工具と扱うアイテムは様々だが、メインといっていいのが女性を対象にしたアンチエイジング化粧品だ。使用前と使用後の映像を流し、司会者が「この女性、おいくつでしょうか」と問い掛け、「65歳です」と正解を告げるとスタジオから歓声が上がる。〝お約束〟のシーンをご覧になった方は多いと思うが、〝見た目が命〟の落ち目の女優を主人公に据えた「サブスタンス」(2024年、コラリー・ファルジャ監督/仏英米合作)を新宿ピカデリーで見た。オスカー女優エリザベス・スパークル(デミ・ムーア)は現在唯一のレギュラーであるエアロビクス番組でビキニタイプのウエアで躍っている。ムーアは撮影当時61歳で、エリザベスは50歳という設定だった...「サブスタンス」~アンチエイジングから血まみれのホラーへ

  • ミラン・クンデラ著「冗談」~復讐を超えた青春の鎮魂歌

    夢の中で最近、いろいろな人たちと再会する。その都度、彼らとどう接したか振り返り、自分がどういう人間だったか顧みる。結論は<口舌の徒>で一言、いや二言三言多く、過剰な思いに衝き動かされたり、サービス精神を発揮したつもりでいたり、相手の立場を理解していなかったりで、傷つけたことは多かった。地獄で閻魔様に舌を抜かれるのは確実だが、過去を今更消し去ることも出来ない。たった一度の冗談で人生を狂わせた男を描いた小説を読了した。ミラン・クンデラ著「冗談」(西永良成訳/岩波文庫)である。クンデラはチェコスロバキアのモラヴィア生まれで、後にフランスに移住した。30年以上前に読んだ「存在の耐えられない軽さ」を再読して紹介しようと捜したが、見つからない。ならばと1967年発表のデビュー作を購入した。物語のスタートは社会主義政権...ミラン・クンデラ著「冗談」~復讐を超えた青春の鎮魂歌

  • 「新幹線大爆破」~正義と悪を倒立させる健さんの存在感

    名人戦第3局は藤井聡太名人(七冠)が完璧な差し回しで永瀬拓矢九段を破り、防衛に王手を懸けたが、将棋ファンの関心は、伊藤匠叡王に続き誰が藤井からタイトルを奪うかだ。上野裕寿五段(22)、藤本渚六段(19)、炭崎俊毅四段(16)あたりが候補に挙がっているが、超新星が現れた。竜王戦5組ランキング戦で上記の藤本六段、出口若武六段、山本博志五段、高田明浩五段を連破して本戦トーナメントに進んだ奨励会員の山下数毅三段(16)である。今回の活躍で次点1回を授与された。山下は既に次点1回を獲得しており、開催中の三段リーグで降級点(勝率2割五分以下)を取らない限り四段昇級(プロ入り)となるが、現在2勝2敗と苦しんでいる。連破した4人は、A級所属のトップ棋士でさえ簡単に勝てない新進気鋭だ。三段リーグはモンスターの卵がひしめき潰...「新幹線大爆破」~正義と悪を倒立させる健さんの存在感

  • 「異相短篇集」~狂気と倒錯に彩られた川端康成の魔界に足を踏み入れた

    映画「教皇選挙」は衝撃の結末だったが、現実のコンクラーベで選出されたのは前教皇の路線を継承するプレボスト枢機卿で、レオ14世を名乗るという。初のアメリカ出身教皇は人権や貧困、環境問題に関心が強く、トランプに批判的な中道派だ。暴走するトランプの軛になれるだろうか。今回は川端康成著「異相短篇集」(高原英理編/中公文庫)を紹介する。なぜ、唐突に川端康成?きっかけは読み始めたばかりの大西巨人著「神聖喜劇」にある。濃密な全5巻(各巻500㌻以上)で教養小説の要素もあり、主人公が文芸作品やマルクス主義などについてモノローグする。言及されていた川端の「高原」は絶版で、Yahoo!ショッピングで1万4000円以上の値がついていた。ひとまず諦め「異相短篇集」を購入する。川端は10代の頃に読んだ「伊豆の踊り子」や「雪国」以降...「異相短篇集」~狂気と倒錯に彩られた川端康成の魔界に足を踏み入れた

  • 「来し方 行く末」~回り道の人生への温かな眼差し

    世界スーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥が、ラスベガスでラモン・カルデナスを8回TKOで下した。2年前までフードデリバリーで生計を立てていたというカルデナスだが、2回にダウンを奪うなど勇敢なファイトで世界を驚かせた。井上はこの勝利で30勝27KOとし、世界戦のKO勝利は23と〝褐色の爆撃機〟ジョー・ルイスを超えた。友川カズキはMCで「私のような凡人は、藤井聡太、大谷翔平、井上尚弥の天才ぶりを楽しめばいい」と話していた。友川も天才のひとりなのだが、それはともかく、32歳の井上もキャリアの終盤を迎えている。年内にWBA王者との5団体統一戦、5階級王座を目指してWBAフェザー級王者ニック・ボール戦、そして来春には中谷潤人戦が控えている。厳しい戦いをいかに切り抜けていくのか注目している。新宿武蔵野館で中国映...「来し方行く末」~回り道の人生への温かな眼差し

  • GWの雑感~中村敦夫「線量計が鳴る」、「アストリッドとラファエル」、杉本和陽六段、感性がウエットに

    今回はGWの雑感をあれこれ綴りたい。まずは阿佐ヶ谷区民センターで見た朗読劇「線量計が鳴る」(岨裕士監督)から。NONUKES杉並&ソシアルシネマクラブ杉並共催の上映会である。元原発技師の証言を元に、原発の仕組み、福島事故の実態、原発マフィアの正体に言及した朗読劇で、脚本は朗読者の中村敦夫だ。全国で100回近く開催され、徳島・般若院(2021年)でのライブがDVD化される。感銘を覚えたのは中村の不屈の精神だった。<原発マフィアの意のままになってたまるか>と撮影当時81歳だった中村は元技師と自身の思いを重ねて繰り返す。元技師はチェルノブイリを訪ね、事故から30年以上経った現状を調査した。内部被曝の恐ろしさは数字でも明らかだが、日本では改竄され隠蔽されている。子供たちの内部被曝について原発マフィアの責任を問う声...GWの雑感~中村敦夫「線量計が鳴る」、「アストリッドとラファエル」、杉本和陽六段、感性がウエットに

  • 「歩道橋の魔術師」~過去と現在をマジカルに紡ぐ都市小説

    「歩道橋の魔術師」(呉明益著、天野健太郎訳/河出文庫)を読了した。呉の作品を紹介するのは「自転車泥棒」(2024年5月7日)以来、2度目である。「自転車泥棒」時空を行きつ戻りつ虚実の狭間を彷徨う実験小説で、主人公は1992年に解体された台北にある住居兼商業施設「中華商場」生まれという設定だった。「歩道橋の魔術師」の舞台も中華商場である。〝台湾人は親日的〟という先入観通り、文化的結びつきの強さは本作にも描かれている。アジア一の先進国は日本という思い込みはあるが、台湾は日本を追い抜いている。1人当たりのGDPは逆転されているし、同性婚も合法化された。トランスジェンダーであるオードリー・タンは<人々が国家の主人>のビジョンを掲げ、情報戦略のトップとして中国と対峙してきた。質の劣る中国製品の流入、通信の自由制限な...「歩道橋の魔術師」~過去と現在をマジカルに紡ぐ都市小説

  • 「エミリア・ペレス」~〝フェイク〟から〝リアル〟へ

    「贋作者からの問い“本物”をめぐる思索」(2025年、NHK・BS)を見た。世界を震撼させた〝贋作師〟ヴォルフガング・ベルトラッキ(チューリッヒ近郊在住)を取材班が訪ねる。<日本人が購入した3作はベルトラッキによる贋作か?>と海外で報じられたことがきっかけだった。審美眼に欠ける俺が論じるには無理があるが、ドイツ表現主義の画家カンペンドンクが1919年に描いたとされる「少女と白鳥」に絞って記したい。英クリスティーズに出品された時点で〝リアル〟と認定された本作を、落札した画商を通じ高知県立美術館が購入した。ベルトラッキは自分が1990年前後に描いたことを認め、経緯を語る。<所在不明で大きさもわからないし、写真もない。だから、カンペンドンクが描いた場所にも行き、用具も当時のものを使った>と……。10代前半にピカ...「エミリア・ペレス」~〝フェイク〟から〝リアル〟へ

  • 「殺人出産」~性と死を超越する村田沙耶香

    WOWOWで「ハッシュ!」(2001年、橋口亮輔監督)を見た。「恋人たち」(15年)は格差と貧困、LGBT、東京五輪、覚醒剤といった様々なテーマでスパイスしながら、<人と人とのささやかな絆>を追求したリアルな作品だったが、デビュー作「二十才の微熱」(1993年)公開時、ゲイであることを公表した橋口は「ハッシュ!」でもゲイカップルを主役に据え、新しい愛と家族の形を提示している。同棲している会社員の勝裕(田辺誠一)とペットショップ店員の直也(高橋和也)の間に歯科技工士の朝子(片岡礼子)が割り込んでくる。勝裕がゲイであることは承知しながら、「あなたは父親の目をしている」と精子提供を求めるのだ。勝裕と直也の愛の巣に、朝子、勝裕の兄夫婦と姪、直也の母が鉢合わせするシーンが本作のハイライトだ。家族とは、愛とは、そして...「殺人出産」~性と死を超越する村田沙耶香

  • 「教皇選挙」~多様性の極致を見据えた衝撃のコンクラーベ

    俺が世界最高の作家と位置付けるバルガス・リョサが亡くなった。享年89である。ブログでは7作紹介したが、始める前に数作読んでいる。70歳を超えてもエネルギッシュに重厚な作品を発表し続けた巨匠の死を惜しみたい。遠からず30代の頃に読んだ「緑の家」を再読し、紹介する予定だ。その時にリョサへの思いも併せて綴りたい。新宿で先日、「教皇選挙」(2025年、エドワード・ベルガ-監督/米英合作)を見た。アカデミー賞8部門でノミネートされたものの受賞は脚色賞のみで、作品賞など主要5部門でオスカーに輝いた「ANORAアノーラ」には完敗の形だった。だが、俺に投票権があったなら、「教皇選挙」に投じただろう。本作は緊張感が途切れない超弩級のミステリーで、最終盤には強烈などんでん返しが連発する。前教皇の突然の死で、新教皇を選出するコ...「教皇選挙」~多様性の極致を見据えた衝撃のコンクラーベ

  • 「脱走と追跡のサンバ」~筒井康隆の千里眼に驚嘆

    NHK・BSで「トルクメニスタン未知の独裁国家を行く」を見た。ソ連崩壊後に独立したトルクメニスタンは人口700万でその90%はイスラム教徒だ。世界で最も自由が抑圧された国に、4人のフランス人ジャーナリストがツアー客を装って北朝鮮を彷彿させる世襲の独裁国家に入国し、監視者の目を盗んで隠し撮りする。無駄遣いとしか言いようがない大理石建造物が立ち並ぶ首都アシガバートは、ホテルもレストランも人影がまばらのゴーストタウンだ。国営テレビが流す父子の前、現大統領は滑稽なほどスポーツマン、ミュージシャンであることをアピールしつつ、独裁者の恐ろしさを国民に植え付ける。ジャーナリストたちは社会に潜む政権協力者と偶然出会った。トルコには貧困や弾圧を逃れたトルクメニスタン人が100万以上暮らしているという。フランスに亡命した反体...「脱走と追跡のサンバ」~筒井康隆の千里眼に驚嘆

  • 「ミッキー17」~普遍性を求めて情念は薄味に?

    映画館では見逃していたが、WOWOWで先日オンエアされた「夜明けのすべて」(2024年、三宅唱監督/瀬尾まいこ原作)に感銘を覚えた。スクリーンで接した昨年の邦画ベストワンに「あんのこと」を挙げていたが、「夜明けのすべて」も匹敵する作品だった。W主人公の美紗(上白石萌音)は月経前症候群(PMS)の薬の副作用で眠くなったり怒りっぽくなったりで、周囲とうまくやっていけない。山添(松村北斗)はパニック障害で生きる希望をなくしていた。2人は転職して栗田科学の社員になり、社長(光石研)が織り成す温かい空気の中で明るくなる。ぎくしゃくしていたが、チームを組んだことで互いを思いやるようになった。移動プラネタリウムの企画で、山添がシナリオを書き、美紗がイベント進行を務める。ささやかな日常の中で2人の言動に変化が訪れた。生き...「ミッキー17」~普遍性を求めて情念は薄味に?

  • 「木曜日だった男」~アナーキーな夢がロンドンを翔ける

    先月30日、「令和の百姓一揆」東京会場(青山公園)に足を運んだ。3200人と盛況で、フランスで昨年行われたトラクターデモに着想を得て、30台が東京をデモ行進するというラディカルでアナーキーな試みに胸が躍った。農政と環境は切り離せず、食料自給率向上こそ喫緊の課題だが、現状を放置すれば日本の農業は崩壊してしまう。水田農家の時給は10円で、主催者は<所得補償の拡充>を掲げていた。俺の前で、作業着姿の男性2人組が叫んでいた。国会議員たちへの罵倒で、「おまえら何もしてこなかったじゃないか」という内容である。草の根から生まれた運動なのに、無策だった議員連中が連帯の挨拶をするという滑稽な構図に呆れていたので、集会が終わるとデモ隊を見送り、帰途に就いた。今回の試みをきっかけに、様々な動きと連動して裾野は広がっていくと思う...「木曜日だった男」~アナーキーな夢がロンドンを翔ける

  • NPB開幕~ベイスターズは日本シリーズを連覇できるか

    10代の頃はNPB――当時はこんな洒落た呼び方はしなかったが――の開幕を心待ちにしていた。中学や高校ではプロ野球の結果が朝の挨拶代わりで、巨人ファンだった俺は、阪神ファンのクラスメートとの丁々発止を楽しみにしていた。何せV9時代から余裕もあったのである。その後、広島→近鉄と宗旨替えし、この四半世紀はベイスターズを贔屓にしている。NPBに先立って東京で開幕したMLBのカブス対ドジャース戦は、2試合とも視聴率が約30%と高い人気を裏付ける結果となった。全米ナンバーワンバンドであるパール・ジャムのフロントマン、エディ・ヴェダーはかねてカブスファンと知られているが、今回はドームに駆けつけるだけでなく、ジャック・ホワイトの東京公演に飛び入りで登場してファンを驚かせた。きのう開幕したNPBではベイスターズについて、<...NPB開幕~ベイスターズは日本シリーズを連覇できるか

  • 「ANORA アノーラ」~〝怨み節〟の続編に期待

    イスラエル軍は3月18日未明からガザへの大規模空爆を再開し、一晩で子供174人を含む400人以上を虐殺した。怒りを抑え切れず先週末(22日)、「停戦破りの大虐殺を許さない!ネタニヤフとトランプはジェノサイドをやめろ!イスラエル大使館抗議行動」に参加した。予想を超える300人が集まったが、翌日の朝日はスルーするなどマスメディアは黙殺する。<21世紀のホロコースト>への抗議に価値はないのだろうか。ガザから届いたメッセージが代読される。<殺された大半は女性と子供。病院は対応し切れず国際社会に助けを求めている。この狂気、ジェノサイドを止めてほしい。あなたの心と魂がまだ生き続けていることに誇りを持ってください。パレスチナが解放された時、共に喜びましょう>という感動的な内容だった。パレスチナ人、ウクライナ人と思しき参...「ANORAアノーラ」~〝怨み節〟の続編に期待

  • 「百年の孤独」~時空を超えたイリュージョンに癒やされる

    本屋に行くたび文庫化された「百年の孤独」(ガルシア・マルケス著、新潮社)が目に飛び込んでくる。平積みされ、〝何万部売れた〟とかポップもにぎにぎしい。40年ぶりに再読してみるかと本棚を捜したが見つからない。〝貸し倒れ〟になっているみたいで、恐らく相手は気を引こうとしていた女性だ。〝知性や教養は女性に対しての武器になる〟という迷妄から醒めたのはその後のこと。文庫版を手に取った。今の俺にハードルは高いかもしれない……。そんな不安を抱きながら読み進めたが、ページを繰る指が止まらなかった。贔屓にしているバルガス=リョサを筆頭に南米文学は読み慣れているが、それだけではない。奇想天外で7世代にわたる一族が登場する本作は、万華鏡を眺めているような錯覚に浸れる邯鄲の夢の如き小説で、自分が孤独であることを忘れさせてくれるイリ...「百年の孤独」~時空を超えたイリュージョンに癒やされる

  • 「TATAMI」~自由を求める女性たちの飛翔

    当ブログでイスラエルによるガザへのジェノサイドを繰り返し批判してきた。同国が虐殺に用いたドローンの輸入を検討するなど日本とも密接に関わっており、軍事費増大の一因になっている。俺にとっての〝ヒール国〟と最前線で対峙しているのがイランだが、両国出身の監督による奇跡のコラボレーションが誕生した。「TATAMI」(2023年)はタイトルから連想出来るように、柔道をテーマに据えたポリティカルサスペンスである。19年の世界選手権でイランのモラエイはイスラエル人選手との対戦を棄権するよう命じられた。男性を女性に、試合会場を東京からトビリシ(ジョージア)に設定を変えて製作されたのが本作だ。イスラエル人の監督はガイ・ナッティヴ、イラン人の監督はザーラ・アミールだ。アミールはW主演として女子チームのマルヤム・ガンバリ監督を演...「TATAMI」~自由を求める女性たちの飛翔

  • 「蛇を踏む」~川上弘美の初心は∞の自由?

    先日8日の「さようなら原発集会」(代々木公園)は、別の用事が入っていたので街宣だけ参加した。14年前のきょう(3月11日)は人生の転換点で、自らの行動に根差して社会と関わることの必要性を感じ、グリーンズジャパンに入会した。環境問題と生物多様性、脱原発、脱成長とコモン、ミニシュパリズムなど多くを学ぶ。個人的にも被災地を数回訪れるなど、人生に彩りを添えることが出来た。川上弘美著「蛇を踏む」(文春文庫)を読了した。芥川賞受賞作の表題作に加え、「消える」と「惜夜記」が収録されている。あとがきで作者自身が<うそばなし>と評している3編は1995年から96年に書かれたものだという。作家デビュー時の初心に驚かされた。「虹を踏む」の主人公は元理科教師のヒワ子で、書き出しは<ミドリ公園に行く途中の藪で、蛇を踏んでしまった>...「蛇を踏む」~川上弘美の初心は∞の自由?

  • 「愛を耕すひと」~荒野が育んだ至高の愛

    「ANORAアノーラ」がカンヌ映画祭パルムドールに続き、アカデミー賞作品賞に輝いた。人間賛歌、エンターテインメントと評判は高く、受賞を逃した「エミリア・ペレス」、「教皇選挙」などと併せ楽しみにしている。新宿ピカデリーで先日、「愛を耕すひと」(2023年、ニコライ・アーセル監督)を見た。18世紀のデンマーク開拓史に纏わる物語で、荒野(ヒース)が広がるユトランド半島が舞台だ。退役軍人のルドヴィ・ケーレン大尉(マッツ・ミケルソン)は不可能と思われているヒースの開墾を成し遂げ、貴族の称号を得ようとする。原題“Bastarden”はバスタード(bastard=私生児)にちなんでいる。貴族の血を引きながら庶子であり、軍隊でも出世が遅れたことが、ケーレンの上昇志向の源になっている。しばしば自分を抑えるのも〝踏み外せば貴...「愛を耕すひと」~荒野が育んだ至高の愛

  • 本谷有希子著「セルフィの死」~承諾欲求のシュールな結末

    話題になっている2024年下半期の芥川賞受賞作を文藝春秋3月号で読んだ。錚々たる8人の選考委員が選んだのは安堂ホセ「DTOPIA」と鈴木結生「ゲーテはすべてを言った」で、前者は革新性、後者は若さがポイントになったのだろう。アンテナが鈍った俺が何を言っても説得力はないが、共通した感想は〝つまらない〟……。両作ともビビッとくるものがなく惰性で読み終えた。遅きに失した受賞者も多いので一概にはいえないが、<芥川賞には粗削りさが必要>というイメージを抱いている。ここ10年でいえば、村田沙耶香「コンビニ人間」(16年上半期)、「東京都同情塔」(23年下半期)には衝撃を受けた。受賞作は読んでいないが、「工場」(1月17日の稿)で小山田浩子の力量に感嘆した。今回紹介する本谷有希子も芥川賞を受賞している。最新作「セルフィの...本谷有希子著「セルフィの死」~承諾欲求のシュールな結末

  • 「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」~静謐に死と向き合う傑作

    先日亡くなった母は「尊厳死協会」の会員だった。生前「胃瘻のような延命処置はしなくていい」と語り、その旨を俺も伝えていたから、老人ホームの関係者は適切に看取ってくれた。尊厳死は安楽死ではない。映画「ロスト・ケア」でも提示されていたが、<安楽死=殺人>で処置を施した者は罪に問われる。安楽死を背景に据えた「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」(2024年、ペドロ・アルモドバル監督)を新宿ピカデリーで見た。スペイン・アメリカ合作で、舞台はニューヨーク。アルモドバル監督が初めて英語を用いた作品である。「アタメ」、「オール・アバウト・マイ・マザー」、「トーク・トゥ・ハー」とブログを始めた04年以前の作品は観賞していたが、以降はご無沙汰になる。スクリーンで接するのは「パラレル・マザー」以来、約2年3カ月ぶりだった。同性愛者であ...「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」~静謐に死と向き合う傑作

  • 井上ひさし著「一週間」~極寒を溶かす勇気とユーモア

    井上ひさしの「十二人の手紙」については別稿(2024年3月11日)で紹介した。縁の薄い作家だが、内容だけでなく手法にも感銘を覚えた。俺は<本作を読むと、井上が人間の心に潜む悪や影を知り尽くしているのがわかる。悪い奴だったに違いない>と感想を綴った。咋年末、別の作品を読んでみようと思い、激賞されている「一週間」(新潮社)に行き当たる。紀伊國屋書店に尋ねると絶版とのこと。Yahoo!ショッピングで注文したら、年初の2日に届いた。ゆうメールは年中無休という。1カ月以上を経て読み始めた。舞台は1946年早春の極寒の地ハバロフスクで、主人公は捕虜収容所に移送された小松修吉だ。タイトル通り、月曜日から日曜日までの小松の1週間の物語だ。本作の背景にあるのは日本の近現代史だ。小松は篤志家の援助で東外大と京大でロシア語と経...井上ひさし著「一週間」~極寒を溶かす勇気とユーモア

  • 「敵」~清冽に閉じられた筒井ワールド

    惚けは始まっており、68歳ともなると心身の衰えは隠しようがない。個人的な問題なので記さないが、今年になって母の死と併せ、人生最大のショックというべき出来事に直面した。それでも生きていかなければならないから、空白を埋めるべくある決意をする。まあ、この年になるとたいしたことは出来ないが……。テアトル新宿で「敵」(2025年、吉田大八監督)を見た。吉田監督作をスクリーンで接するのは「騙し絵の牙」に次ぎ2本目だが、テレビでは3作観賞している。1998年に発表された筒井康隆による原作は老人文学の白眉とされるが、俺にとって筒井は〝完全アウエー〟の作家で、初期の作品を3冊(確か?)読んだだけだから、「敵」を評価するには心もとない。プラスポイントがあるとしたら、77歳の主人公と年が近いことか。とはいえ、無為に過ごしてきた...「敵」~清冽に閉じられた筒井ワールド

  • 真冬の雑感~スーパーボウル、野木亜紀子が照射する日本、マイナンバーカード、斎藤幸平の今、逆風にさらされた渡辺明

    第59回スーパーボウルはフィラデルフィア・イーグルスがカンザスシティー・チーフスを40対22で破り、7年ぶり2度目の王座に戴冠した。3連覇を目指したチーフスだが、前半で0対24と絶望的な状況になる。流れを決定付けたのは第1Q残り7分20秒にチーフスが犯した不可抗力とも思えるパスインターフェアだった。2インターセプトを許したチーフスQBマホームズは「自分のミスで14点を与えたことが敗因」と言い切り、この敗戦を糧に捲土重来を期していた。7シーズン全156話に及ぶ「コールドケース」もほぼ見ているし、主人公のリリー・ラッシュ(キャスリン・モリス)のファンでもある俺は、舞台である〝ブラザーフッドの街〟フィラデルフィアを贔屓にしている。NFLならイーグルス、MLBではフィリーズで、今回の結果には満足している。NFLは...真冬の雑感~スーパーボウル、野木亜紀子が照射する日本、マイナンバーカード、斎藤幸平の今、逆風にさらされた渡辺明

  • アンソニー・ドーア著「シェル・コレクター」~繊細な表現を重ねて寓話に至る

    母の死で帰郷し、読むのを中断していた「シェル・コレクター」(2002年、アンソニー・ドーア著/新潮クレストブック)を読了した。ドーアといえば、昨年最も感銘を覚えた作品として「すべての見えない光」(15年)を挙げた。少年と少女の人生が奇跡的に交錯する過程をマジカルかつ叙情的に綴った小説で、想像力を刺激する描写に裏打ちされている。視力を失ったマリー=ロールは触覚で貝殻の標本を識別していたが、彼女同様、盲目の老貝類学者を主人公に据えたのが「シェル・コレクター」の表題作だ。夢と覚醒の狭間、生者と死者の境界、邂逅と再会を描いた短編からなる「シェル・コレクター」の収録作のうち、5作について紹介していきたい。全編を通して感じるのは女性たちの野性と衝動がストーリーの回転軸になっていることだ。♯1「貝を集める人」の舞台は、...アンソニー・ドーア著「シェル・コレクター」~繊細な表現を重ねて寓話に至る

  • カウリスマキのノスタルジックな世界に浸る

    母が亡くなった27日当日、アキ・カウリスマキ監督作3本をWOWOWで録画していた。ノスタルジックな気分にマッチした「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」(1989年)、「マッチ工場の少女」(90年)、「コントラクト・キラー」(同)の順で綴ることにする。カウリスマキお約束の犬とタバコが頻繁に現れ、カメラ固定のワンテイクとシーンの暗転が繰り返し用いられていた。「レニングラード――」は公開当時に見たが、内容は覚えていないから初見と同じだった。架空のバンド、レニングラード・カウボーイズ役はフィンランドに実在するスリーピー・スリーパーズだったが本作以降、レニングラード・カウボーイズを名乗って活動する。ペンギンを模したような前髪と尖ったブーツにサングラスが特徴だ。バンドは故郷シベリアからニューヨーク、テキサ...カウリスマキのノスタルジックな世界に浸る

  • 母の死去で心潤む日々

    今年に入って母が入居していた老人ホームから、体調不良を伝える電話を何度も受けた。そして27日朝、死去の知らせが届く。鬱血性心不全と診断されたが、広い意味で老衰といえるだろう。取るものも取りあえず京都に向かった。小規模の家族葬で、住職である従兄がサポートしてくれたので、葬儀の流れはスムーズだった。母は享年97で、意識的に人生をクローズした感があった。亡くなっている姉2人、母方の祖母も同様で、耳が遠かった母は補聴器着用を頑として拒絶し、携帯も聞こえないからと解約した。コロナで施設が入館禁止になるなど面会する機会は減ったが、手紙のやりとりで交流出来た。母は膨大な言葉を綴り、自身の思いを遺書代わりに伝えてくれた。俺は親不孝で、若い頃から母に心配をかけ続けた。定職に就かずフラフラしていた頃、母は新聞を読むのが怖かっ...母の死去で心潤む日々

  • 「パチンコ」~壮大な叙事詩が絆を謳う

    ミン・ジン・リー著「パチンコ」(池田真紀子訳、文春文庫)を読了する。上下巻750㌻の壮大な叙事詩で、全米図書賞最終候補にノミネートされた。日韓併合の1910年を起点に、リーが着想を得た1989年までの在日コリアン4世代の生き様が綴られる。在米韓国人であるリー自身は本作をライフワークと評していた。<歴史が私たちを見捨てようと、関係ない>……。この書き出しが、歴史に翻弄されながら抗っていく登場人物たちの強い意志を示している。最初の舞台は釜山沖の影島だ。下宿屋を営む夫婦の娘キム・ソンジャが、海産物仲買人ハンスの子供を妊娠する。大阪で妻子と暮らすハンスと結婚出来ないソンジャを救ったのが寄宿していた牧師のイサクだ。生まれてくる子の父親になることを提案し、次兄ヨゼブが住む大阪の鶴橋に渡ることになる。本作には切り口が多...「パチンコ」~壮大な叙事詩が絆を謳う

  • 「型破りな教室」~スクリーンではじけるデルベスの情熱と信念

    西山朋佳女流三冠が挑んだ棋士編入試験第5局は柵木幹太四段が勝ち、2勝3敗になった西山のプロ棋士入りはならなかった。西山は終局後、「勝敗が成績に残らないのに、真摯に指してくれた5人の試験官に感謝している」と語っている。俺は将棋界の不文律<相手にとって重要な一局を勝ちにいく>を思い出していた。柵木は現在フリークラスでC級2組に向けて苦しんでいる。ましてその背中を、将棋に身を賭しつつ夢破れて去った者たちが見つめている。柵木にとっても〝存在証明〟といえる一局だったのだ。向いている仕事は皆無で、教師など適性ゼロと言い切れるが、それでも、教師や学校に焦点を定めた映画を見ないわけではない。新宿武蔵野館で先日、メキシコ映画「型破りな教室」(2023年、クリストファー・ザラ監督)を観賞した。実話に基づく作品で、舞台はアメリ...「型破りな教室」~スクリーンではじけるデルベスの情熱と信念

  • 小山田浩子著「工場」~精緻なリアリティーから寓話に達する

    徒歩20分ほどの隣駅近くの本屋に行くたび、店員のセンスを感じる。冊数はそれほど多くないが、売れ線かどうかは関係なく、文庫コーナーではお薦めの本が平台に並べられている。年明け早々に訪れた時、目に留まったのは「工場」(小山田浩子、新潮文庫)で、<この工場何かがおかしい目的のわからない作業奇妙な同僚たち>の帯につられて購入した。小山田は芥川賞を受賞しており、デビュー作の表題作に加え、「ディスカス忌」と「いこぼれのむし」が収録されている。俺は当ブログで日本の女流作家たちを多く紹介してきた。小山田は初めて読む作家だったが、読了して彼女たちと遜色ない力量に感嘆する。「工場」について<労働者文学>とか<カフカとの近似性>が論じられていた。微に入り細を穿つ描写で、とことんリアリティーを追求しながら、背景は曖昧になって寓話...小山田浩子著「工場」~精緻なリアリティーから寓話に達する

  • 「はたらく細胞」~アイデアに溢れた教訓エンターテインメント

    今年になって初めて見た映画はWOWOWで録画しておいた「ピクニックatハンギング・ロック」(日本公開1986年、ピーター・ウィアー監督)だった。オーストラリア固有種が息づく壮大な景色に、美少女3人が忽然と姿を消すミステリアスな作品である。40年近く前に解けなかった謎に挑んだが跳ね返された。「刑事ジョン・ブック目撃者」ではアーミッシュを、「モスキート・コースト」では文明社会への嫌悪を描いたウィアー監督の原点といえるかもしれない。初めて映画館で見たのは「はたらく細胞」(2014年、武内英樹監督)だった。清水茜によるベストセラーコミック(同名)とスピンオフ作品「はたらく細胞BLACK」を原作に、父娘のドラマとそれぞれの体内で蠢く細胞たちの活躍が同時進行していく。アイデアに溢れる原作と実写化に際しての緻密な構成力...「はたらく細胞」~アイデアに溢れた教訓エンターテインメント

  • 「薔薇の名前」~積読本からはじけ飛ぶカタストロフィー

    新聞業界の不況が囲碁界に続き将棋界にも波及した。王将戦は来期から毎日新聞とスポニチが主催の座を下り、将棋連盟の単独主催となる。タイトル戦としての存続も危うくなりそうだが、藤井聡太七冠の地元であるトヨタや名鉄グループが名乗りを上げるかもしれない。現体制で行われる最後の王将戦にも注目している。30年ほど積読状態だった「薔薇の名前」(ウンベルト・エーコ著、河島英昭訳/東京創元社)を手に取ったのは先月20日。老い先短いゆえ今を逃すと読まないまま召されるかもしれないと考えたからだ。上下800㌻超(訳者解説含め)で、迷宮を彷徨しているような感覚を味わいながら読み進めた。読了したことに満足するしかなく、何か掴めたかと問われれば返す言葉もない。俺なりの低レベルの感想を以下に記したい。記号学者として知られたイタリア人のエー...「薔薇の名前」~積読本からはじけ飛ぶカタストロフィー

  • ハラリ、ジョン&ヨーコ、そして成長神話の虚実~三が日に考えたこと

    あけましておめでとうございます。三が日に外出したのは2日だけで、鈴本演芸場の初席第3部に足を運んだ。立ち見も出るほどの盛況で、手練れの演者が次々に高座に現れたが、初めて聞く五街道雲助の「勘定板」が印象に残った。江戸時代の厠(トイレ)をテーマとしたブラックな噺が飄々とした雲助にマッチしていた。少しでも有意義に過ごそうと、年末年始にNHK・BSで録画しておいたNHKスペシャル3本を見ながら、今年がどんな年になるか考えた。まずは「情報は人類を滅ぼすか~ユヴァル・ノア・ハラリ現代を読みとく」から。ハラリはイスラエル人の歴史家で、敷居が高そうな「サピエンス全史」は漫画版(上下)で読んだ。同番組は3月に日本で発刊される新作「NEXUS情報の人類史」プロモーションの一環かもしれない。進行役はCG化されたレオナルド・ダ・...ハラリ、ジョン&ヨーコ、そして成長神話の虚実~三が日に考えたこと

  • 小川洋子著「寡黙な死骸 みだらな弔い」~死の予感と影が織り成す連作短編集

    今年の1文字を選ぶなら「空」もしくは「虚」か。といっても、引きこもっている俺自身の生活の反映だから、世間に敷衍するのも無理がある。今年は国内外で多くの選挙が行われた。衆院選は〝裏金問題〟が投票行動を左右したが、格差と貧困、福祉と医療、物価高、ジェンダーといった重要なテーマが後退した感もある。「空」と「虚」を実感した選挙だった。映画については前稿で記したが、読書ライフも充実した一年だった。永井荷風と内田百閒、マーク・トウェインとハーマン・メルヴィルの米文学界のレジェンドの作品を読むことが出来た。ハン・ガン、J.M.クッツェー、呉明益との出会いも新鮮だった。最も感銘を覚えた作品を挙げれば「すべての見えない光」(アンソニー・ドーア著)か。「東京都同情塔」で芥川賞を受賞した九段理江の今後にも注目している。読書納め...小川洋子著「寡黙な死骸みだらな弔い」~死の予感と影が織り成す連作短編集

  • 「お坊さまと鉄砲」~幸福を追求する国の手作り絨毯

    今年も月4~5本ペースで映画館に足を運んだ。新宿武蔵野館で観賞した「お坊さまと鉄砲」(2023年、パオ・チョニン・ドルジ監督)は映画締めに相応しい年間ベストワン級の傑作だった。ベストテンなどと銘打つにはサンプルが少な過ぎるが、スクリーンで見たという括りで感銘を覚えた作品を10本挙げておきたい。※()内は監督名「PERFECTDAYS」(ヴィム・ヴェンダース)「オッペンハイマー」(クリストファー・ノーラン)「お坊さまと鉄砲」(パオ・チョニン・ドルジ)「葬送のカーネーション」(ベキル・ビュルビュル)「哀れなるものたち」(ヨルゴス・ランティモス)「あんのこと」(入江悠)「二つの季節しかない村」(ヌリ・ビルゲ・ジェイラン)「キエフ裁判」(2022年、セルゲイ・ロズニツァ)「侍タイムスリッパ-」(安田淳一)「ありふ...「お坊さまと鉄砲」~幸福を追求する国の手作り絨毯

  • 永井荷風著「濹東綺譚」~江戸情緒に溢れる悲恋物語

    ドウデュースの回避で有馬記念は混戦状態になった。俺が注目しているのは海外帰りの⑥ローシャムパーク、⑩プログノーシス、⑯シャフリヤールに加え、8歳馬の⑮ハヤヤッコだ。的中は難しそうだし、この4頭の単複を勝ってレースをゆったり眺めたい。大学入学後、読書に親しむようになったが、主なターゲットは日本の戦後文学で、戦前から活躍している大家の多くがエアポケットになってしまう。別稿(12月4日)に綴った内田百閒は「ノラや」が初めて読む小説だったし、今回紹介する「濹東綺譚」の著者である永井荷風とも縁がなかった。荷風と距離を取っていた理由の一つは、熱烈なファンである石川淳が荷風に辛辣な追悼文を書いていたこともある。初めて手にした「濹東綺譚」を読了した。木村荘八の30点以上の挿絵も興趣を添え、発表時(1937年)の下町にタイ...永井荷風著「濹東綺譚」~江戸情緒に溢れる悲恋物語

  • 「正体」~藤井道人&横浜流星の最強コラボ

    YouTubeで困ったことがある。将棋なら銀河戦準決勝、麻雀なら最強位戦の結果がオンエア前にアップされていた。興を削がれるとはこのことだが、暗黙のルールが必要なんて感じるのはアナログ老人ゆえだろう。YouTubeといえば岩田康誠騎手が中京から京都に移動中、音楽を聴いていたことを問われ騎乗処分を受けた。通話したわけではないことに同情したのか、15日の京都競馬場では、ルメール、坂井、岩田の次男である望来騎手が岩田のジョッキーパンツでレースに臨んだ。トップ騎手たちの〝抗議〟にJRAはいかに対応するだろうか。新宿ピカデリーで先日、「正体」(2024年、藤井道人監督)を見た。染井為人原作で、亀梨和也主演で製作されたドラマ(22年、全4回/WOWOW)も充実した内容だった。一度見たからいいか……。そんな考えがよぎった...「正体」~藤井道人&横浜流星の最強コラボ

  • オルハン・パムク著「雪」~詩想に満ちた恋愛小説?

    アサド政権が崩壊した。思い出したのは映画「それでも僕は帰る~シリア若者たちが求め続けたふるさと」で、ユース代表GKだったバセットが歌とアジテーションで人々を惹きつけ、カメラマンのオサマが写真や映像を世界に発信する様子を追っていた。軍は市民に銃を向け、バゼットの仲間たちも次々に死んでいった。彼らは今、解放の喜びに浸っているのだろうか。NHKで高橋和夫氏(放送大学名誉教授)は、「カギはトルコ」と語っていた。クルド人勢力との妥協がシリアの安定に繋がると捉えているようだ。トルコを代表する作家はノーベル文学賞を受賞したオルハン・パムクで先日、「雪」(宮下遼訳、上下/ハヤカワepi文庫)を読了した。パムクを読むのは「わたしの名は赤」に次いで2作目で、両作に共通するのは雪の中で展開すること、ミステリー調でメロドラマの要...オルハン・パムク著「雪」~詩想に満ちた恋愛小説?

  • 「アングリースクワッド」~ジェットコースタームービーに快哉を叫んだ

    尹錫悦大統領による非常戒厳宣布に大きな衝撃を受けた。1980年に軍事政権打倒を掲げて立ち上がった市民を虐殺した光州事件の記憶が甦る。俺も韓国民衆との連帯を訴え、デモや集会に参加した。<民主度>で追い抜かれたと実感していた韓国でのまさかの事態だが、親日派で知られる尹大統領はニューライト(新保守主義)の流れに与しており、与党を含めた政治家の拘束も指示していたことが明らかになる。「報道1930」に出演していたパトリック・ハーラン(通称パックン)はアメリカとの類似点を指摘していた。韓国では軍が民衆を強圧することなく、殆どの国民も非常戒厳に批判的だが、アメリカでは事情が異なる。半数以上の国民が議事堂に乱入したトランプ支持派を英雄視しており、恩赦が行われることは確実だ。分断が進行している点では両国で共通しているが、「...「アングリースクワッド」~ジェットコースタームービーに快哉を叫んだ

  • 内田百閒著「ノラや」~文豪もペットロスに濡れる

    近所に住み着いた三毛の野良猫ミーコとの交流については、当ブログで繰り返し綴ってきた。交流といっても餌やりをしている数人のひとりで、尻尾を上げて駆け寄ってくることもあれば、満腹時はそっけない。ねぐらを用意している方もいるようだし、この冬も越せそうだ。「猫はこうして地球を征服した」(アビゲイル・タッカー著)によれば、交尾と狩猟という得意技を発揮出来なくなった猫はこの30年、第三の本能すなわち人間馴致の術を磨いてきたという。とはいえ日本で猫は100年前から作家たちの心を掴んできた。誰しも思い出すのは夏目漱石の「吾輩は猫である」で、谷崎潤一郎の「猫と庄造と二人のをんな」は小説も映画もブログで紹介してきた。映画版で正造を演じた森繁久弥の「僕は今、恋愛中や。いや、もう、ずっと前からや。このリリー(猫)とな」の台詞が記...内田百閒著「ノラや」~文豪もペットロスに濡れる

  • 「アット・ザ・ベンチ」~癒やしと和みの会話劇

    竜王戦第5局は前局で完敗した藤井聡太竜王(七冠)が佐々木勇気八段にリベンジし、3勝2敗と防衛に王手をかけた。42手の△8六歩が敗着のようで、藤井は封じ手前に優勢を築いていたが、逆転の目もあった。藤井の67手の6六歩が受けの妙手で、その後は藤井が押し切った。ここまで先手番が勝っており、次局が先手の佐々木にもチャンスは十分ある。テアトル新宿で先日、「アット・ザ・ベンチ」(2024年、奥山由之監督)を観賞した。写真家、CM、MV、PVのディレクターとして活動してきた奥山にとって、本作は初の長編映画だが、5編の短編からなるオムニバス形式のインディーズ作品だ。タイトルから窺える通り古ぼけたベンチが舞台で、場所は奥山がよく訪れる二子玉川の川沿いだ。保育園造成に向けて閉鎖された公園で、唯一残されたベンチに集う者たちによ...「アット・ザ・ベンチ」~癒やしと和みの会話劇

  • 星野智幸著「ひとでなし」~アイデンティティーが拡散して浸潤する

    当ブログで最も多く紹介した作家は星野智幸か奥泉光だ。今回は最新作「ひとでなし」(文藝春秋)の感想を記したい。「虚史のリズム」を<過去作のエキスをちりばめた〝奥泉光の集大成〟>と評したが、「ひとでなし」も星野の志向性を織り込んだ600㌻超の長編小説だ。アメリカで生まれ、産経新聞記者を経て26歳でメキシコに渡った星野自身の経験が、脚色して描かれている。星野は俺より9歳年下で、流行や風俗のみならず共有した時代が背景になっている。オウム真理教を彷彿させるカルト集団、自衛隊派遣、ヘイト、コロナ、そしてロシアのウクライナ侵攻まで描かれている。ラストで主人公は還暦のオヤジになるのだ。最初に読んだ「俺俺」では<俺>が増殖し、<俺>同士による血みどろの削除が進行する。「ひとでなし」では主人の樹(イツキ)の書く架空日記が、ア...星野智幸著「ひとでなし」~アイデンティティーが拡散して浸潤する

  • 「アイミタガイ」~偶然の糸が織り成す柔らかな円環

    火野正平さんが亡くなった。「必殺シリーズ」や「ハングマン」、そして数多くのドラマや映画、Vシネマに出演した火野さんだが、〝兄貴分〟的な感覚を覚えるようになったきっかけはナビゲーターを務めた「日本縦断こころ旅」だった。視聴者の「こころの風景」を自転車で訪ねる紀行番組で、不良っぽさはそのまま、火野さんは時には自嘲的に出会った人たちと交流する。スタッフと食事するシーンが楽しみで、好物はオムライスだった。親近感を抱くようになった火野さんはここ3年、スクリーンで存在感を示すようになる。「土を喰らう十二ヵ月」ではジュリーにアドバイスする大工役を、「生きててよかった」ではジム会長を好演する。前々稿で紹介した「ラストマイル」ではラストでの奮闘に喝采してしまう。60年以上にわたって活躍してきた火野さんはここ数年、腰痛を訴え...「アイミタガイ」~偶然の糸が織り成す柔らかな円環

  • 「刑罰」~法の網をアップダウンする罪と罰

    竜王戦第4局は佐々木勇気八段が藤井聡太竜王(七冠)を破り、2勝2敗の五分に戻した。1日目で優勢を築いた佐々木の完勝譜で、午後4時前に投了した藤井の表情に悔しさが滲んでいた。将棋とは必ずKOで決着する残酷なゲームで、常勝の藤井が痛みから立ち直れるか注目している。ミステリーも伊坂幸太郎以外は、逮捕された犯人が相応な刑罰に科されるというパターンを踏襲しているが、色合いが少し異なる短編集を読了した。フェルディナント・フォン・シーラッハ著「刑罰」(2019年、酒寄進一訳/創元推理文庫)で、世界中でベストセラーになった「犯罪」と「罪悪」に続く第3作である。両作は旧AXNミステリー(現ミステリーチャンネル)で放映されたドラマを観賞したが、原作を読んだのは「刑罰」が初めてだ。シーラッハはドイツを代表する刑事弁護士で、その...「刑罰」~法の網をアップダウンする罪と罰

  • 「ラストマイル」~謎解きとシステムの二重螺旋を疾走する

    米大統領選について記した前稿を<(民主)党内でリベラルが復権し、弱者の側に立つことを期待している>と結んだ。セレブは失望をあらわにしているが、富裕層の実感など無視していい。バーニー・サンダース上院議員(無所属、民主党会派)の<労働者階級を見捨てた民主党が労働者階級から見捨てられても驚きではない。中南米系や黒人の労働者の支持も失った>(論旨)の指摘は正鵠を射ている。さらに<格差拡大に手をこまねき、療や福祉の整備に消極的な民主党は富裕層や大企業に支配されている>と疑問を呈した。今回の上院選でも当選したサンダースは党内左派に支持されており、環境危機に関心が強く、パレスチナ側に立って反戦を掲げるZ世代(18~29歳)も裏切った。民主党が機能不全から立ち直るのは難しそうだ。新宿ピカデリーで「ラストマイル」(2024...「ラストマイル」~謎解きとシステムの二重螺旋を疾走する

  • 決着したアメリカ大統領選挙~リベラル封印がハリスの敗因?

    前稿の枕で、<トランプ勝利は動かない。リベラルや左派の専売特許だった草の根運動で、トランプ支持側が拮抗しているからだ>と記した。予想は外れてほしかったが、上院選でも敗れて過半数割れと、民主党はダブルパンチを食らったことになる。ドキュメンタリーや報道番組を見ただけの俺が何を言っても説得力はないが、以下に敗因と思える点を挙げてみたい。この間、米国社会は大きく変わった。地方紙廃刊で〝ニュース砂漠〟が広がり、その隙間を埋めるように共和党系のネットニュースが浸透し、トランプ支持のサイトとリンクしている。中絶反対など保守派の理念に賛同した8万社が協賛するプラットフォーム「パブリックスクエア」がニューヨーク証券取引所に上場した際、壇上にはトランプ・ジュニアの顔があった。4年前の民主党ミシガン州予備選では社会主義を掲げる...決着したアメリカ大統領選挙~リベラル封印がハリスの敗因?

  • 「口訳 古事記」~〝言霊の人〟町田康のパンキッシュな爆発

    次稿は結果を踏まえてアメリカ大統領選挙について記す予定だが、報道やドキュメンタリーを見る限り、トランプ勝利は動かない。リベラルや左派の専売特許だった草の根運動で、トランプ支持側が拮抗しているからだ。ハリスが掲げる<民主主義・ジェンダー・環境・多様性>といった理想も、生活苦の現状では有権者の心に響かない。もちろん、予想が外れることを切に願っているが……。<分断>がテーマの米大統領選の予習をするため「シヴィル・ウォーアメリカ最後の日」(2024年、アレックス・ガーランド監督)を見た。内戦が続くアメリカで、大統領を取材するためニューヨークからワシントンDCに向かう4人のジャーナリストを描くロードムービーだったが、想定していた内容と違った。<分断>の内実が示されず、暴力が戯画化されている印象があった。見どころはあ...「口訳古事記」~〝言霊の人〟町田康のパンキッシュな爆発

  • 「ジョイランド 私の願い」~女性たちに光は射すか

    総選挙は裏金問題がメインテーマで自公が惨敗した。残念だったのは格差と貧困、気候危機、ジェンダー、福祉と医療が争点化されなかったことだ。選挙は本質的な議論が伴わない空騒ぎで、すでに政局が取り沙汰されている。世間の耳目は、既に来週に迫った米大統領選に移った。新宿武蔵野館で「ジョイランド私の願い」(2022年、サーイム・サーディク監督)を見た。舞台はパキスタン第2の都市ラホールで、ハイダル(アリ・ジュネージョー)、ムムターズ(ラスティ・ファルーク)、ビバ(アリーナ・ハーン)の3人が主人公だ。家父長制が根強い同地で、無職のハイダルは父の家で暮らしている。妻のムムターズはメイクアップアーティストとして収入を得ており、主夫に加え、兄夫婦の娘たちのお守り役を務めているハイダルは肩身の狭い思いをしている。兄夫婦の新たな子...「ジョイランド私の願い」~女性たちに光は射すか

  • 「虚史のリズム」~重層的な奥泉光の集大成

    第32回オルタナミーティング「友川カズキデビュー50周年ライブ」(阿佐ヶ谷ロフト)に足を運んだ。オープニングは「祭りの花を買いに行く」で、「三鬼の喉笛」、「夢のラップをもういっちょ」、「一人ぼっちは絵描きになる」、「ワルツ」、「花火」、「ピストル」と馴染みの曲が続く。絵画的な歌詞に聴き惚れた。毒のあるMCは相変わらずで、総選挙前でもあり、政治への批判も厳しかった。73歳になった友川は体調を壊した時期もあったようだが、健在ぶりが窺えて安心した。自身を〝三流歌手〟と自虐的に語るが、故西村賢太など文化人との交流も深い。「黄金の釘さん」から<大岡昇平が友川カズキに言及した文章はあるのか>というコメントを頂いた。文章は見つからなかったが、<中原中也の詩に友川カズキが曲を付けてJ・Aシーザーが編曲を担当した78年の4...「虚史のリズム」~重層的な奥泉光の集大成

  • 「二つの季節しかない村」~ジェイラン監督が仕掛けたダブルミーニング?

    前稿で紹介したオンラインセミナーでも紹介されていたが、NHK・BSで放映されたドキュメンタリー「IfImustdie~ガザ絶望から生まれた死」は心を揺さぶる秀逸な内容だった。ガザの詩人リフアト・アウラールによる19行の詩「IfImustdie」は、〝遺書代わり〟として世界中の反イスラエル集会で朗読されている。大学で文学を教えるアウラールはSNSやメディアでイスラエルの非人道的空爆とガザの惨状を訴えてきた。イスラエルの諜報部員からの脅迫電話を受けたアウラールはこの詩を公開した後、避難先への空爆で亡くなった。崇高で感動的な詩はネット上で公開されているので、ぜひ読んでいただきたい。アウラールが授業で「ベニスの商人」を扱った際、強欲なシャイロックについて〝当時のユダヤ人差別や絶望的な状況は現在のパレスチナと共通す...「二つの季節しかない村」~ジェイラン監督が仕掛けたダブルミーニング?

  • ノーベル平和賞、総選挙、米大統領選、NFL&MLB、ガザ~〝不発弾男〟の誕生日雑感

    きょうで68歳になった。人生を振り返ると、一貫して〝不発弾男〟だったが正直な感想である。何も成就出来なかったが、暴発しなかっただけでもましと言うべきか。今回は誕生日の雑感を記したい。日本原水爆被害者団体協議会(被団協)のノーベル平和賞受賞は時宜を得たものだった。折しも石破茂首相は米軍との<核共有>に言及しており、ロシアやイスラエルによる核攻撃が囁かれている。戦前回帰を志向する極右ブロックが高市早苗元政調会長を軸に形成されつつある。裏金問題による政治不信がメインテーマになりそうな総選挙が公示された。金権腐敗打破は永遠の課題だが、俺は格差と貧困の是正、気候対策、安倍色の払拭をリトマス紙に考えている。自公は論外で、ベターの選択なら立憲民主党となるが、右派が顔を揃えた野田執行部は明らかに自民党支持者狙いで、大政翼...ノーベル平和賞、総選挙、米大統領選、NFL&MLB、ガザ~〝不発弾男〟の誕生日雑感

  • 西加奈子著「くもをさがす」~闘病日記atバンクーバー

    2024年度のノーベル文学賞が発表された。別稿(7月22日)で紹介した「別れを告げない」の作者であるハン・ガンである。同作は家族を失いタナトスに取り憑かれた主人公キョンハ、親友のインソンと韓国史のタブーである<四・三事件>の体験者であるインソンの母の思いが夢と現実の狭間で詩的に交錯し、哀切と慟哭が歴史の闇を照射する作品だった。「別れを告げない」と同様、作者が女性であることがベースになっている作品を読了した。西加奈子著「くもをさがす」(河出書房新社)である。西の著書に触れるのは3年ぶりで、男と女の一期一会の奇跡的な邂逅を浮き彫りにする「通天閣」、読者に〝自分史や家族の物語を書いてみたい〟と感じさせるような「サラバ!」に続き3作目である。タイトルの〝くも〟の意味は、西が蜘蛛を祖母の生まれ変わりだと感じていたか...西加奈子著「くもをさがす」~闘病日記atバンクーバー

  • 「ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?」~政治の陥穽に落ちたバンド

    竜王戦第1局は先手の藤井聡太竜王(七冠)が佐々木勇気八段を下し、好スタートを切った。41手目まで前例のある将棋だったが、タイトル戦初挑戦の佐々木は不利な形勢から、逆転に向け勝負手を繰り出す。佐々木の意図を見破った藤井の115手目が衝撃の一手で、2手後に決着した。〝自然児〟佐々木は。時間の使い方も学んだはずで、2局目以降の熱戦を期待したい。中学生の頃、「ミュージック・ライフ」を購入するようになり、1969年にカウンターカルチャーの象徴というべきウッドストックが開催されたことを知る。翌年公開された映画版が俺にとって〝ロック事始め〟になった。ジャズやクラシックとロックとの融合を目指すバンドが注目を浴びたが、シカゴやチェイスとともにブラスロックの旗手だったのがブラッド・スウェット&ティアーズ(以下、BST)だった...「ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?」~政治の陥穽に落ちたバンド

  • 「ボストン1947」~史実に基づく至高のスポーツエンターテインメント

    王座戦第3局は後手の藤井聡太王座(七冠)が永瀬拓矢九段を下し、3連勝で防衛を果たした。終盤に入って永瀬が優勢になり、持ち時間でも差をつけたが、藤井は1分将棋になってからも決め手を与えず、146手の△9六香が奇跡の逆転を生む。「▲9七歩以外、あるのかな」と口にした解説の中村太地八段だが、恐るべき狙いに気付く。唯一の正解は▲9七桂で、永瀬の第一感だったというが▲9七歩を指してしまい、藤井の勝勢になる。凄まじい緊張感で神の領域に到達した藤井と対峙した永瀬は、精魂尽き果てたのだ。永瀬は先日、ASD(自閉スペクトラム症)であることを公表した。対人関係に支障を来すケースが多く、永瀬も高校を3日で退学している。変人、アウトサイダーとみられがちで、俺は永瀬を〝将棋界のヒール〟と位置付けていた。だが、永瀬は現在、兄貴的存在...「ボストン1947」~史実に基づく至高のスポーツエンターテインメント

  • 「ネット右翼になった父」に我が父を重ねてみた

    58年前の一家殺害事件で死刑が確定した袴田巌さんの再審裁判で、静岡地裁は捜査機関による証拠捏造を指摘し、無罪を言い渡した。綿密に証拠物件を分析し、自白の任意性に疑問を呈した裁判長は、袴田さんの姉に「時間がかかって申し訳なく思っています」と謝罪した。袴田さんについては映画「獄友」を含め何度か言及してきたから、今回の判決に安堵した。自民党総裁に石破茂元幹事長が選出された。俺はアンチ自公だが、9人の中ではベストの選択に思える。自民支持者からこぼれてきた票を狙う立憲民主党には厳しい結果になった。野田執行部の面々には右派が目立ち、大政翼賛会を志向しているかに思える。現在日本の最大の課題、<格差と貧困の是正>は難しそうだ。タイトルにつられて「ネット右翼になった父」(鈴木大介著、講談社現代新書)を手にした。1973年生...「ネット右翼になった父」に我が父を重ねてみた

  • 「侍タイムスリッパ-」~至高のSF時代劇に笑い、泣いた

    決選投票に残った2人には新鮮味に欠けたが、野田佳彦元首相が立憲民主党新代表に選出された。かつて野田政権は安倍政権への露払いに徹していた印象が拭えず、枝野幸男氏は官房長官時代、「(放射能は)直ちに影響はない」と繰り返していた。俺が注目していたのは吉田晴美候補で、岸本区長や女性区議たちとともに〝改革の拠点〟杉並を支える一人だ。今後の活動に期待したい。映画界で6年ぶりの奇跡と騒がれている「侍タイムスリッパ-」(2024年、安田淳一監督)を見た。先月17日に池袋シネマロサで公開された本作は、ネットや口コミで面白さが伝わり、「カメラを止めるな!」(2018年)を想起させる勢いで上映館を拡大している。俺が見た新宿ピカデリー(シアター2、キャパ300)は6割方埋まっていた。タイトル通り侍がタイムスリップする。時代は幕末...「侍タイムスリッパ-」~至高のSF時代劇に笑い、泣いた

  • 「ハレルヤ」~生死の淡い境界を猫が教えてくれた

    王座戦第2局は先手の藤井聡太王座(七冠)が123手で永瀬拓矢九段を下し、防衛に王手を懸けた。75手目までは前例のある将棋で、凄まじいスピードで進行する。永瀬の△76手目9五歩で盤面は止まり、長考の応酬になった。その後は攻防とも藤井の妙手が炸裂し、解説陣を驚嘆させる。藤井の進化は大谷の<51-51>に匹敵する奇跡だ。今回は将棋好きとしても知られる保坂和志著「ハレルヤ」(新潮文庫)を紹介する。俺と保坂は生年月日が同じで、親近感を覚えた時期があった。「季節の記憶」には他者への寛容さと水平思考が読み取れ、「残響」に綴られた全共闘世代への不信に共感を覚えた。保坂ワールドの旅人になろうかと思ったが、3作目の「未明の闘争」で挫折する。時空を超えて構築された同作を全く理解出来なかった。〝保坂はハードルの高い作家〟というイ...「ハレルヤ」~生死の淡い境界を猫が教えてくれた

  • 「愛に乱暴」~冷んやりする余韻

    少子高齢化が進み、この20年で円の価値が大きく低下したことを考えれば、成長なんて言葉にリアリティーはない。俺が考える日本の問題点は、格差と貧困、ジェンダー(≒人権)、エネルギー(脱原発)で、<みんな仲良く、のんびりやっていこうよ>と生き方の転換を掲げる政治家がいてもいいと思うが、自民党総裁選に立候補した9人の中にはもちろんいない。有力候補のひとりは小泉進次郎氏だが、兄である孝太郎がイメージチェンジした映画「愛に乱暴」(2024年、森ガキ侑大監督)を新宿ピカデリーで見た。原作は吉田修一で、当ブログでは小説を7作、映画を2本紹介してきた。今稿で計10回目になる。吉田の作品は多岐にわたり、青春小説からサスペンスまで、純文学とエンターテインメントの境界を疾走する。描写は丁寧かつオーソドックスで、行間には濃密な気配...「愛に乱暴」~冷んやりする余韻

  • 「死亡通知書」~世界を震撼させた華文ミステリー

    10日ほど前、BS世界のドキュメンタリー枠で「嘘もヘイトも金になるネット自動広告取引の闇」(2024年、フランス・スペイン制作)が放送された。既に中身は抜け落ちているが、示唆に富む内容だった。フェイスブックやYouTubeを利用している方は多いと思うが、フェイスブックでは掲載された広告が偏り、YouTubeでは自分が頻繁にチェックしている動画に傾向が近いものが並んでいる。効率的な収益を図る広告アルゴリズムを利用しているのがトランプ支持派で、社会の<タコツボ化>により、人々の分断は進行する。米大統領選に向けてのテレビ討論会で、トランプは<移民は犬や猫を食べている>、<あなた(ハリス)はマルクス主義者>といった愚かしい発言を繰り返した。だが、トランプに一票を投じる人々は〝常識〟と捉えたに相違ない。アメリカだけ...「死亡通知書」~世界を震撼させた華文ミステリー

  • 「ポライト・ソサエティ」~超絶エンタメで暑気払い

    NFLが開幕した。スーパーボウル進出が期待されるチーフスとレイヴンズの対決はQBマホームズの安定したプレーが光り、チーフスが3連覇に向けて好スタートを切った。俺の中で<NFLファンの大半は保守的な共和党支持者>の図式が出来上がっているが、今季は大統領選との絡みで語られることが多い。テイラー・スウィフトの恋人はチーフスTEケルシーで、初戦も観戦に訪れていた。テイラーは民主党支持者で、いずれハリス支持を表明するだろうが、トランプ陣営は脅しをかけてくるだろう。メディアを巻き込む空騒ぎにインテリ層は辟易しているはずで、前稿で紹介したポール・オースターに限らず、アメリカの作家でNFLファンを探すのは難しい。オースターの小説では頻繁に野球について語られる。老人施設に暮らす母と面会するため日帰りで京都に向かうなど、睡眠...「ポライト・ソサエティ」~超絶エンタメで暑気払い

  • ポール・オースター著「幻影の書」~無と終焉が織り込まれたラスト

    王座戦第1局は後手の藤井聡太王座(七冠)が挑戦者の永瀬拓矢九段を破り、防衛に向けて好スタートを切った。プロ棋士も攻防に隙のない完勝に感嘆していた。両者はVS(一対一の練習将棋)で互いを高め合っており、終局後は和やかに感想戦を行っていた。〝将棋学徒〟はさらなる高みを見据えている。ポール・オースターの死を知ったのはゴールデンウイーク明けだった。遅ればせながら、希有のストーリーテラーの死を心から悼みたい。紀伊國屋書店で訃報を伝えるポップの下に代表作が並んでいて、「幻影の書」(2002年、柴田元幸訳/新潮文庫)を手にした。オースターは1980年代から活躍していたが、なぜか縁がなく、読んだのは「ブルックリン・フォリーズ」、「ムーン・パレス」、「幽霊たち」に次いで「幻影の書」が4作目である。併せてWOWOWで放映され...ポール・オースター著「幻影の書」~無と終焉が織り込まれたラスト

  • 「縄文号とパクール号の航海」~時間の意味を問う4700㌔

    もっともらしく自然や環境について論じることがあるが、自分に資格があるとは思っていない。幼い頃、京都の田舎町で過ごしたが、郊外のベッドタウンに引っ越した6歳の時、家の裏手に立ち並ぶ団地群を見て、〝これが自分の未来〟と衝撃を受けた。コンクリートジャングルへの憧憬がインプットされたのだ。一貫して怠け者だった俺だが、上京してからも時間に追いまくられ、効率に縛られてきた。今さら手遅れだが、感性や価値観を変えるきっかけになるようなドキュメンタリー映画「縄文号とパクール号の航海」(2015年、水本博之監督)を見た。〝自然と暮らす〟をモットーに全世界を旅してきた冒険家・関野吉晴の初監督作品「うんこと死体の復権」公開に合わせてのアンコール上映である。武蔵野美術大でゼミを開講していた関野は、<手作りの工具や材料を使って造った...「縄文号とパクール号の航海」~時間の意味を問う4700㌔

  • 「時々、わたしは考える」~孤独な女性が社会のドアを開けた

    古希が近づいたせいか、ノスタルジックな気分になって10代、20代の頃を振り返ることが増えた。消したい記憶ばっかりで、最低とまでは言わないが、寛容で温かい友人たちに支えられていたことに気付いた。躁鬱――今風にいえば双極性障害――を俺はずっと抱えてきたのだ。大卒後のフリーター時代に知り合った者たちにとって、俺は〝暗い奴〟だった。ある男性には「おまえ、爆弾でもこしらえているんか」とからかわれ、ある女性には「あんた、友達いないでしょう。付きまとわないでね」と言われた。両親も〝息子が事件を起こしてニュースに出るのでは〟と心配していたぐらいだから、心外ではあるけれど、〝犯罪者予備軍〟と映っていたことは間違いない。勤め人になってから、誤った社交性を発揮した。〝誤った社交性〟というのは、自分を中心に周りを動かしたいという...「時々、わたしは考える」~孤独な女性が社会のドアを開けた

  • 「東京都同情塔」をアナログ風に読み解く

    アラン・ドロンさんが召された。「太陽がいっぱい」、「若者のすべて」、「山猫」、「冒険者たち」といった洋画史に輝く傑作を見たのは大学入学後で、中高生の頃の俺にとってドロンさんは、二番館で上映される「サムライ」、「ボルサリーノ」といったフレンチ・ノワールのクールなヒーローだった。広島の原爆資料館を訪れて戦争の悲劇を訴え、モロッコの政治犯に救いの手を差し伸べるなど知られざる顔も持つ。〝世紀の二枚目〟の死を悼みたい。1980年代半ばまでは日本の戦後文学を読み漁ったが、以降は海外、とりわけ南米文学に関心が移った。里帰りするきっかけになったのは仕事先の夕刊紙で開催されるバザーである。2009年4月、平野啓一郎の「決壊」を購入し、内容に感嘆したことで、1990年以降にデビューした作家たちの小説を追いかけるようになったが...「東京都同情塔」をアナログ風に読み解く

  • シャーリイ・ジャクソンが「くじ」に込めたリアリティー

    ミステリーでは伏線を回収するという表現が頻繁に使われる。作者が周到に用意した糸口がラストに煌めく瞬間こそミステリーを読む醍醐味なのだろう。こじつけ気味だが、将棋界にも<伏線>はある。10歳の頃、伊藤匠叡王に負けた藤井聡太七冠が号泣する様子が残っている。プロになって竜王戦、棋王戦に挑戦するもスイープされた伊藤だが、叡王戦で藤井に勝ち、全冠制覇を崩した。伊藤は伏線を回収したのだ。さらに伏線回収を狙っているのが佐々木勇気八段だ。竜王戦挑決トーナメント決勝で広瀬章人九段に連勝し、藤井に挑戦する。佐々木といえば藤井のデビューからの連勝を29で止めて名を上げた。昨季のNHK杯における大逆転勝利で回収済みと見做すことも出来るだろうが、〝イケメンの自然児〟が初めてのタイトル戦で藤井を追い詰める姿を見てみたい。前稿末に<材...シャーリイ・ジャクソンが「くじ」に込めたリアリティー

  • 酷暑の日々の雑感~パリ五輪、角田大河騎手、気候危機、長崎平和祈念式典

    連日の酷暑で心身にダメージを受けている。読書も進まず、映画館に足を運ぶ元気もない。前稿から中5日の更新になる今回は<酷暑の日々の雑感>を記したい。行き着けの接骨院の青年施術師は院長に連れられてパリを訪れ、柔道選手をチェックするスタッフとして活躍した。フェンシングチームの健闘、レスリングの金メダルラッシュに加え、男女マラソンの6位入賞にも驚かされた。アフリカ系ランナーが絶対的な資質の違いでレースを支配するのが従来のパターンだが、赤崎と鈴木は終盤まで食らいついていた。〝駅伝はマラソンランナーを育てない〟という定説は覆るかもしれない。五輪で輝いた選手たちと同世代の角田大河騎手の死を、JRAが公式に発表した。藤田伸二元騎手がYouTube公開中に第一報が伝えられ、スタッフの「電車で」という声に、上野幌駅で起きた人...酷暑の日々の雑感~パリ五輪、角田大河騎手、気候危機、長崎平和祈念式典

  • 「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」~スカーレットのキッチュな魅力に魅せられた

    79年前のこの日、広島に原爆が投下された。人々の願いもむなしく、世界で戦火が消えることはない。ロシアのウクライナ侵攻は続き、イスラエルは被害の刃を反転させ、パレスチナでジェノサイドを行っている。広島市はなぜ、核保有国とみなされるイスラエルを招待し、パレスチナを招待しなかったのか。ニヒリスティックな気分になり、猛暑で脳は溶けかけている。込み入った内容は厳しいので、リラックスして観賞出来そうな映画をチョイスした。TOHOシネマ新宿で上映中の「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」(2024年、グレック・バーランティ監督)である。1969年、アポロ11号のアームストロング船長とオルドリン操縦士は月に着陸し、その光景は全世界に生中継された。中学1年生だった俺もテレビ画面に見入った記憶がある。本作はアポロ計画を背景に描か...「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」~スカーレットのキッチュな魅力に魅せられた

  • 「書記バートルビー/漂流船」~時代を先取りするメルヴィルの巨視

    炎暑の日々が続いている。気候危機に関心のある知人は<今年は序の口で来年以降、確実に悪化する>と話していた。先進国に暮らす俺は〝無為〟のツケを払っているというべきで、部屋で干からびている。何となくパリ五輪を眺めているが、柔道における誤審が問題になっていた。買収疑惑まで囁かれているが、糸を引いているのは欧米で巨額の金を動かすスポーツ賭博業界かもしれない。映画の中で現れる小説が気になることがある。「オットーという男」で亡き妻と出会うきっかけになった「巨匠とマルガリータ」については別稿(昨年5月)に記したが、「ありふれた教室」のHPで、チャタク監督がインスパイアされた小説「バートルビー」が紹介されていた。残念ながら、同作が映画といかにリンクしているのかはよくわからなかった。俺が購入したのはハーマン・メルヴィル著「...「書記バートルビー/漂流船」~時代を先取りするメルヴィルの巨視

  • 「大いなる不在」~至高の愛が壊れる時

    夏風邪(まさかコロナ)で体調は最悪だったが、辛うじて更新にこぎ着けることが出来た。バイデン撤退で、ハリス副大統領が代替候補になった。〝もしトラ〟から〝確トラ〟になったと思ったが、バイデンもトランプも嫌いという<ダブルヘイタ->の人たち(25%)の動向は不明で、世論調査では拮抗した数字になっている。著名人の多くがハリス支持を明らかにする一方で、共和党のバンス副大統領候補はジェンダー関連の過去の発言で批判を浴びている。こちらも差し替えが必要ではないか。テアトル新宿で先日、「大いなる不在」(2023年、近浦啓監督)を見た。前稿で紹介した小説とドキュメンタリーでも認知症の母が登場し、バイデンも認知症の進行が疑われていた。本作の主人公の父親も認知症で、冒頭で警察沙汰を起こしてしまう。一報が入った時、卓(森山未來)は...「大いなる不在」~至高の愛が壊れる時

  • ハン・ガン著「別れを告げない」~歴史の闇に迫る再生への道標

    読書と映画を生活のベースに据えている。猛暑で映画館に足を運ぶのも億劫なので、前稿に続き今回も小説の感想を記したい。最近は未読の作家を読むよう心掛けているが、「別れを告げない」(ハン・ガン著、斎藤真理子訳/白水社)を読了した。ハン・ガンは「菜食主義者」(2016年)でブッカー国際賞を受賞しており、本作ではメディシス賞を受賞するなど、アジアで最も注目を浴びる作家のひとりだ。本作の語り手であるキョンハはまさに作者そのもので、前半でキョンハが家族を失い、悪夢にうなされる様子が描かれる。遺書を用意するなど、タナトスに取り憑かれているのだ。訳者あとがきで、<書きながら、死から生へ、闇から光へと自分自身が向かっていることを発見した。光がなければ光を作り出してでも進んでいくのが、書くという行為だと思う>という作者のインタ...ハン・ガン著「別れを告げない」~歴史の闇に迫る再生への道標

  • 「三の隣は五号室」~半世紀にわたって輪唱された人生賛歌

    欧州サッカー選手権決勝はスペインがイングランドを2対1で下し4度目の優勝を果たした。<煌めきの差でスペインが上回る気がする>と前稿の枕で記した予想はたまたま当たったが、現在サッカーの到達地点を確認出来てよかった。選手たちは高度な戦術のマスターと局面への対応力を求められていることを、的を射た解説で実感出来た。サッカーは知的なゲームに進化しているようだ。1カ月ほど前、「国際報道24」(NHK・BS)で<韓国でJPOPが人気>という特集が組まれ、羊文学が紹介されていた。YouTubeでチェックすると、イメージを喚起する抽象的な歌詞は名の通り文学的で、透明感あるボーカルとアンビバレンツなオルタナ風の歪みも魅力的だ。気鋭の評論家は<自分たちの志向を維持しながら横浜アリーナを3分でソールドアウトするという奇跡を成し遂...「三の隣は五号室」~半世紀にわたって輪唱された人生賛歌

  • 「Shirley シャーリイ」~日常と幻想の狭間に

    欧州サッカー選手権決勝は熱さが魅力のスペイン、異次元のスター軍団イングランドの組み合わせになった。期間中、テュラムらと<国民連合による権力奪取阻止>を訴えたエムバペは、政治的な願いは叶ったものの、自身の鼻骨骨折もあって精彩を欠き、準決勝でスペインに屈した。半世紀にわたって応援しているオランダは、ボール支配力ではわたり合えたが、タレントの質でイングランドに及ばなかった。見応えある決勝になりそうだが、煌めきの差でスペインが上回る気がする。新宿シネマカリテで「Shirleyシャーリイ」(2019年、ジョセフィン・デッカー監督)を見た。スティーヴン・キングに影響を与えた〝魔女〟シャーリイ・ジャクソンの伝記映画で、舞台は1950年前後のバーモント州ノースベニントンだ。魔女と呼ばれた理由は、作品が人の心に潜む<悪>を...「Shirleyシャーリイ」~日常と幻想の狭間に

  • 「侍女の物語」~アメリカの現在を映すディストピア

    イラン大統領選で欧米との協調を掲げる改革派のベゼシュキアン氏が当選した。イラン映画ファンの俺は、スクリーンに滲む自由への渇望に心を打たれてきた。強大な保守強硬派の圧力を堪えて民主化を進めてほしい。イギリス総選挙では予想通り、労働党が圧勝した。背景はブレイディみかこ著「R·E·S·P·E·C·Tリスペクト」(今年3月19日の稿)に描かれていたように、保守党政権下の緊縮財政で生活苦に喘ぐ人々が「NO」を突き付けたことだ。前稿の枕で<〝もしトラ〟は現実になりそう>と記した。トランプに異議を唱える人たちの〝バイブル〟というべき小説の存在はニュースサイトで知っていたが、紀伊國屋書店で文庫版を見つけたので購入する。マーガレット・アトウッド著「侍女の物語」(斎藤英治訳/ハヤカワepi文庫)は1985年に発表されたディス...「侍女の物語」~アメリカの現在を映すディストピア

  • 「罪深き少年たち」~狂犬が噛み砕く偽装の壁

    棋聖戦第3局は藤井聡太七冠が山崎隆之八段を3連勝で下し、永世棋聖の資格を獲得した。攻守とも隙がなく、完勝といえる内容だった。43歳で2度目のタイトル挑戦と〝遅れてきた青年〟といえる山崎だが、竜王戦では1組で優勝し、トーナメントで優位な状況にある。〝AI超え〟藤井に〝人間力〟山崎が再び挑む日を心待ちしている。この10日余り、激動の予感を窺わせるニュースが世界から届いている。米大統領選の討論会ではバイデン大統領が高齢による不安を露呈した。しがらみに縛られたバイデンは出退極まった状態だと思う。〝もしトラ〟は現実になりそうだが、アメリカのMZ世代はジェンダーや差別に敏感で親パレスチナの傾向が強い。民主党支持の若年層はバーニー・サンダースの影響で、資本主義より社会主義に価値を見いだすようになっている。地殻変動は4年...「罪深き少年たち」~狂犬が噛み砕く偽装の壁

  • クッツェー著「マイケル・K」~自由への限りない逃走

    ガザに住む50万人近くのパレスチナ人が「壊滅的レベル」の飢餓に直面していると、国連支援機関の報告書が警告している。イスラエルが国際人道法に違反して封鎖してきたガザは<天井のない監獄>と呼ばれ、ツツ大主教が<現在のアパルトヘイト>と断罪してきた。そのツツの祖国である南アフリカの小説「マイケル・K」(J.M.クッツェー著、くぼたのぞみ訳/岩波文庫)を読了した。<マイケル・Kは口唇裂だった>から、本作は始まる。Kがどの人種に属するか記されていないが、黒人であることは推察される。時代背景は20世紀半ばと考えていたが、実は1980年前後で、アパルトヘイトを維持しようとする政府側と反対派との武力衝突が激化していた時期だった。Kは病んだ母を車椅子に載せ、内戦で疲弊したケープタウンから、母が少女時代を過ごしたプリンスアル...クッツェー著「マイケル・K」~自由への限りない逃走

  • 「あんのこと」~絶望から絶望の果てに

    都知事選が告示された。争点は小池都政の評価というが、俺は興味がない。東京が抱える問題点は、格差と貧困、教育現場の荒廃、福祉の後退など挙げればきりがないが、都知事選は上っ面を撫でているだけだ。本質に迫っていないことを実感させられる映画を新宿武蔵野館で見た。「あんのこと」(2024年、入江悠監督)である。<コロナ禍の下での若い女性の飛び降り自殺>を報じる新聞記事に、監督らがインスパイアされ、製作に至った。覚醒剤(シャブ)中毒の香川杏(河合優実)が夜の繁華街を歩いている。ラブホテルで同伴した売人が過剰摂取で倒れ、杏は多々羅刑事(佐藤二朗)の尋問を受ける。反抗的な杏だったが、ヨガのポーズを取ったり、奇矯な声を上げたりする多々羅に親しみを覚える。杏は「ウリ(売春)はやめろ」と釘を刺す多々羅が主宰する薬物依存者更正施...「あんのこと」~絶望から絶望の果てに

  • 「バグダードのフランケンシュタイン」~〝モザイク国家〟を疾走する人造人間

    叡王戦第5局を伊藤匠七段が制し、藤井聡太八冠は七冠に後退した。二転三転の熱戦だったが、131手の6四桂から形勢は伊藤に傾いた。5五桂なら藤井優勢だったようだが、秒読みで正着を指し続けるのは藤井でさえ難しい。同い年のライバル関係で、将棋界はさらに盛り上がるだろう。持将棋を挟み藤井に10連敗していた伊藤だが、負け続ける中で掴んだものは大きかく、第5局では腹を据えた踏み込みで流れを引き寄せていた。この1年に限定しても、その国の小説を初めて読む機会は何度かあった。「ある一生」はオーストリア、「わたしの名は赤」はトルコ、「自転車泥棒」は台湾、「マイ・シスター、シリアルキラー」はナイジェリアと、各国文学事始めの感がある。今回紹介するのは初めて読むイラク産「バグダードのフランケンシュタイン」(2014年、アフマド・サア...「バグダードのフランケンシュタイン」~〝モザイク国家〟を疾走する人造人間

  • 「バティモン5 望まれざる者」~移民国家フランスに希望はあるか

    EU議会選で極右が議席を伸ばした。フランスではマクロン大統領率いる与党連合が議席数で極右の国民連合の半数以下と惨敗した。議会を解散し、〝揺り戻し〟に懸けるマクロンだが、577の選挙区で候補を一本化する左派政党(緑の党、社会党、共産党、不屈のフランス)にも及ばない可能性もある。窮地のマクロンに救いの手を差し伸べたのが国民連合のルペン前党首で、選挙の結果にかかわらず共闘を呼び掛けた。五里霧中とはこのことか。グリーンズジャパンの会員である俺は、今回の選挙結果に愕然とした。環境と多様性を訴える欧州のグリーンズは各国で議席を減らし、移民への厳しい対応を訴える極右の伸張に繋がった。根底にあるのは未来への不安だ。フランスでは67~68歳まで働き続けなければならず、年金額も年々減少すると予測されている。理想は崩れつつある...「バティモン5望まれざる者」~移民国家フランスに希望はあるか

  • 「高架線」~滝口悠生が描く青春グラフィティーat東長崎

    「にっぽん縦断こころ旅」(NHK・BS)について何度か記した。火野正平が視聴者の思い出の風景を自転車で巡って手紙を読むという紀行番組で、放送回数は1000を超えたが、火野の腰痛で現在は休止中だ。俺の心に残る街はどこだろうと記憶の底をつついた。答えは1977年から2000年まで過ごした<江古田>である。どの場所ということはないが、中野に引っ越した時、〝永い青春時代〟が終わったことを実感した。西武池袋線で隣の駅といえば東長崎だ。池袋から徒歩で帰ったことも多く、馴染み深い街である。駅から徒歩5分のアパート「かたばみ荘」を舞台にした小説「高架線」(2017年、講談社文庫)を読了した。滝口悠生は初めて読む作家で、2016年には芥川賞を受賞している。料理に関する記述が秀逸なのは、主夫志向だったゆえんといえるだろう。4...「高架線」~滝口悠生が描く青春グラフィティーat東長崎

  • 「ありふれた教室」~女性教師が落ちた<正しさ>という名の陥穽

    棋聖戦第1局は藤井聡太棋聖(八冠)が山崎隆之八段を下し、永世位獲得に好スタートを切った。AIに捕らわれない独創性で藤井を混乱させてほしいと期待したが、山崎の定跡から外れた構想に最善の手で対応するなど、藤井は盤石だった。後輩への面倒見の良さで知られる山崎だが、本人の弁によれば10代、20代の頃、勝負にこだわる冷たい人間だったという。過去の〝鬼〟を呼び戻すことが必要なのかもしれない。新宿武蔵野館でドイツ映画「ありふれた教室」(2022年、イルケル・チャタク監督)を見た。冒頭からラストまで緊張が途切れない学園サスペンスだった。地域で標準レベルのギムナジウムが舞台で、日本でいえば中学1年にあたる12~13歳のクラスの担任は新任の女性教師カーラ(レオニー・ベネシュ)だ。数学と体育の代講を担当するカーラは生徒と真剣に...「ありふれた教室」~女性教師が落ちた<正しさ>という名の陥穽

  • 奥泉光著「虫樹音楽集」~荒野で宇宙と感応するテナーサックス

    この10日あまり、YouTubeで「怪奇大作戦」(全26話、欠番1)を一気見した。本作は俺が小学6年生だった1968年9月から半年にわたって放映されたが、見た記憶はない。舞台はSRI(科学捜査研究所)で、メンバーの的矢所長(原保美)、牧(岸田森)、三沢(勝呂誉)、野村(松山省二)、さおり(小橋玲子)と町田警部(小林昭二)が協力し、怪奇現象の謎を解き明かしていく。円谷英二監修の下、科学技術の進歩の功罪、熾烈な企業間の競争、癒えぬ戦争の傷、環境破壊、伝統文化の衰退、蒸発、コンピューター導入といった当時の世相を錚々たる脚本家が物語に織り込んでいる。キュートなさおりがお茶くみ役というのは仕方ないとはいえ、<美しいという観念の裏側には残酷な何かが潜んでいる>といったルッキズムに関わる台詞もあった。一番記憶に残ったの...奥泉光著「虫樹音楽集」~荒野で宇宙と感応するテナーサックス

  • 「碁盤斬り」~草彅剛の完璧な演技に圧倒された

    名人戦を防衛した藤井聡太八冠は叡王戦第4局で伊藤匠七段を破り、2勝2敗のタイに戻した。王位戦の挑戦者に渡辺明九段が名乗りを上げ、棋聖戦では山崎隆之八段が待ち受けている。八冠防衛ロードは決して平たんではない。囲碁は旦那衆、将棋は庶民が好むといわれていた。ちなみに超庶民の俺は囲碁を全く解さない。資金力も日本棋院が将棋連盟を上回っていたがこの10年、将棋界は藤井という天才の出現で多くの企業がタイトル戦のスポンサーに名乗りを上げた。対照的に、部数減が止まらない新聞各社頼りの囲碁界は厳しい状況に追い込まれている。江戸時代を背景に囲碁を題材にした映画「碁盤斬り」(2024年、白石和彌監督)を見た。ベースは古典落語の「柳田格之進」で、本作で脚本を担当した加藤正人がノベライズ版「碁盤斬り」を発表している。主人公の柳田格之...「碁盤斬り」~草彅剛の完璧な演技に圧倒された

  • 「フリアとシナリオライター」~リョサが仕掛けるスラップスティックコメディー

    前稿でダービーを予想した。4頭挙げ、⑮ジャスティンミラノ、⑬シンエンペラーは2、3着だったが、勝った⑤ダノンデサイルは全くのノーマークだった。同馬は皐月賞をゲートイン直前に回避した。輪乗りの段階で横山典騎手が違和感を察知したからである。安田翔伍師とスタッフは翌日、打撲痛の症状を確認し、ダービーに向けて調教を積み、栄冠に輝いた。横山典は〝感性の騎手〟と評される。56歳で3度目のダービー制覇で、検量室ではトップジョッキーである息子の和生、武史と抱き合っていた。一方で安田翔伍師の父は名伯楽(GⅠ・14勝)の安田隆行前調教師である。騎手時代はトウカイテイオーでダービーを制しているが、調教師としてのダービー制覇の夢を息子が叶えたことになる。競馬は〝ブラッドスポーツ〟であるが、関わる人たちも血と絆で紡がれている。さて...「フリアとシナリオライター」~リョサが仕掛けるスラップスティックコメディー

  • 初夏の雑感あれこれ~日本ダービー、MLBの若きモンスターたち、藤井聡太を継ぐ者

    日本ダービーの枠順が決まった。競馬歴45年の俺にも、ダービーには様々な思い出がある。初めて馬券を取ったのは1982年で、バンブーアトラス-ワカテンザンの枠連は2800円だった。勤め人時代に参加していたPOGは指名馬4頭という小規模なものだったが、97年のダービー馬サニーブライアンは皐月賞を勝ったにもかかわらずフロック視され7番人気で、シルクジャスティスとの馬連は4860円だった。フリーになってメンバーになったPOGはレートが高く、気合が入った。2012年のダービーはディープブリランテ-フェノーメノの指名馬ワンツーという最高の結末で、19年に2番手追走から逃げ切ったロジャーバローズも記憶に新しい。欲というより愛を覚えていたのは17年に3着に敗れたアドミラブルだった。9月に喘鳴症で9着に惨敗したが、5カ月半ぶ...初夏の雑感あれこれ~日本ダービー、MLBの若きモンスターたち、藤井聡太を継ぐ者

  • 「穴」~リアルな描写が織り成すフレンチ・ノワールの神髄

    将棋の名人戦第4局が別府市で行われ、先手の豊島将之九段が藤井聡太名人(八冠)を破って一矢を報いた。研究していた手順で初日にリードを奪ったが、2日目の夕方には五分の形勢になる。通常なら藤井の終盤力に屈するところだが、豊島は最善の応手で勝利を引き寄せた。豊島の醒めた闘志を感じさせた熱戦だった。中学生になって、映画館に足を運ぶようになった。といってもロードショーではなく、二番館での2本立てで、ホームグラウンドは祇園会館だった。「007」シリーズ、少し背伸びしてアメリカン・ニューシネマ、そしてフレンチ・ノワールにカテゴライズされるチャールズ・ブロンソンやアラン・ドロンの主演作を、タイムラグを経て観賞していた。ケイズシネマで開催された「フィルム・ノワール映画祭」では15本が上映されたが、〝フィルム〟ではなく〝フレン...「穴」~リアルな描写が織り成すフレンチ・ノワールの神髄

  • 「マイ・シスター、シリアルキラー」~連続殺人犯は無垢な美女

    グレタ・トゥーンベリさんが逮捕された。自国スウェーデンで開催された「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」決勝大会にイスラエル代表が参加したことに抗議し、<ジェノサイドをやめろ>といったパレスチナへの連帯を示すプラカードを掲げて会場を取り囲んだ数千人の中にトゥーンベリさんもいた。欧州や全米各地の大学で大規模なデモが行われているが、前稿末にも記したように、<反ユダヤ主義>ではなく、自由と民主主義、反戦を訴えるリベラリズムに基づいている。反貧困、ジェンダー、気候正義、反ジェノサイトなど複数のカテゴリーが人々を紡いでいくインターセクショナリティー(交差性)をトゥーンベリさん体現しているのだ。「マイ・シスター、シリアルキラー」(オインカン・ブレイスウェイト著、粟飯原文子訳/ハヤカワ・ポケット・ミステリ)を読了した。...「マイ・シスター、シリアルキラー」~連続殺人犯は無垢な美女

  • 「エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命」~激動の時代に翻弄されて

    当ブログでは映画を数多く紹介してきた。邦画なら時代背景をある程度は把握しているので戸惑うことはないが、海外の作品だと〝?〟を重ねながら観賞することもしばしばだ。そんな時は復習が必要で、ネットであれこれ検索して学び、何となく理解した気になる。古希が近づいてきているが、齢を重ねるとは、俺にとって自分の無知を実感することと同義だ。新宿シネマカリテで先日、「エドガルド・モルターラある少年の数奇な運命」(2023年、マルコ・ベロッキオ監督)を見た。本作はヨーロッパを震撼させた実話をベースに、イタリア、フランス、ドイツの3国が共同で製作した。1858年、イタリア・ボローニャのユダヤ人街で7歳の少年エドガルド(少年期=エネア・サラ、青年期=レオナルド・マルテ-ゼ)が異端審問所警察に連れ去られる。教皇ピウス9世(パオロ・...「エドガルド・モルターラある少年の数奇な運命」~激動の時代に翻弄されて

  • 「自転車泥棒」~歴史の断面に喪失感を刻んだ台湾の小説

    第10回憲法大集会(3日、有明防災公園)に足を運んだ。開会前、グリーンズジャパンの街宣を行ったが、参加者は〝同志〟ゆえ配布物を次々に受け取ってくれる。法律違反の裏金議員の多くは、戦前回帰の改憲を志向する安倍派所属だ。武器輸出の制限が緩和され、自衛隊を米軍の指揮下に組み入れる動きが顕著になった今だからこそ、憲法9条の存在意義は高まっている。日本がアジアを侵攻していた時代も描かれていた台湾の小説を読んだ。呉明益著「自転車泥棒」(2015年、天野健太郎訳/文春文庫)である。呉は環境活動家であり、チョウの生態に詳しいことは本作にも生かされている。大学教授でもある呉は文献や史料を駆使し、様々なカルチャー、歴史の断面を本作にちりばめている。小説を書く意味についての自問自答も興味深い。時空を行きつ戻りつ疾走し、虚実の狭...「自転車泥棒」~歴史の断面に喪失感を刻んだ台湾の小説

  • 「死刑台のメロディ」~スクリーンで融合するパトスと叙情

    新宿武蔵野館で「死刑台のメロディ4Kリマスター版」(1971年、ジュリアーノ・モンタルド監督)を見た。イタリアとフランスの合作である。監督よりも作曲家に重きを置いた企画で、<エンリコ・モリコーネ>特選上映と銘打たれ、「ラ・カリファ」と併せて公開されている。「死刑台のメロディ」は史実に基づいている。1920年、マサチューセッツ州ブレイツリー市で製靴工場が襲われ、2人が殺され1万6000㌦が奪われる強盗殺人事件が起きた。冒頭のモノクロ画面で、イタリア人街が警察隊の襲撃を受ける。マカロニウエスタンの空気を感じたが、モンタルドが西部劇を撮影したことはない。ロシア革命直後、全米でも労働者の抗議が広まっていた。核をなしていたのはアナキストで、パーマー司法長官の左翼に対する徹底的な弾圧はマッカーシズムの先駆けといわれて...「死刑台のメロディ」~スクリーンで融合するパトスと叙情

  • 「エデとウンク」~ロマの苦難の歴史に射す光芒

    笠谷幸生さんが亡くなった。高1だった冬、札幌五輪70㍍級で笠谷さんのジャンプに飛翔感を味わった。90㍍級では1回目で2位につけ、連続金メダル確信した刹那、失速して7位に終わる。あの時覚えた墜落感が、その後の人生の主音になった。〝鳥人〟の死を心から悼みたい。前稿で紹介した映画「キエフ裁判」では、東部戦線におけるドイツ軍の蛮行が裁かれていた。パルチザンとの連携ありとの理由で、幾つかの村で数千人単位が銃殺され、ユダヤ人だけでなく、人種の異なる両親から生まれた子供もターゲットだった。人種とはロマを指すケースも多かったことが想定される。ロマはドイツ国内でもユダヤ人とともに弾圧の対象だった。ナチスが第一党になる2年前(1930年)のベルリンを舞台に描かれた「エデとウンク」(アレクス・ウェディング著、金子マーティン訳/...「エデとウンク」~ロマの苦難の歴史に射す光芒

  • 「キエフ裁判」~ナチズムは今も生きている

    棋聖戦挑決トーナメントを制した山崎隆之八段が藤井聡太棋聖(八冠)に挑む。渡辺明、永瀬拓矢、佐藤天彦の実力者の九段を連破した勢いで絶対王者に迫ってほしい。藤井が〝AI超え〟なら、山﨑は〝将棋界きっての独創派〟で、若手の面倒見も良く関西棋界を牽引してきた。かつてのプリンスも43歳。6月に〝遅れてきた青年〟が爆発することを期待している。ロシアのウクライナ侵攻から2年2カ月、戦況は膠着しており、一部でゼレンスキーの〝プーチン化〟を危惧する声も上がっている。戦争は人を狂気に追いやるが、阿佐谷で先日、ドイツ軍の東部戦線における蛮行を裁いたドキュメンタリーを見た。オランダ・ウクライナ共同製作の「キエフ裁判」(2022年、セルゲイ・ロズニツァ監督)である。ロズニツァ監督は他作品を撮影する過程で、1946年1月に始まった同...「キエフ裁判」~ナチズムは今も生きている

  • 「イギリス人の患者」~喪失感と絶望に彩られたラブストーリー

    読書を生活のリズムに据えているが、齢を重ねるにつれて冒険はしなくなり、お馴染みの作家の著書ばかりを読むようになる。とはいえ、小説や映画で紹介されていたり、何となく本屋に行ったら視界に飛び込んできたりで、手にすることもたまにはある。この1年で挙げれば「巨匠とマルガリータ」、「わたしの名は赤」、「あなたの人生の物語」、「すべての見えない光」、「アーサー王宮廷のヤンキー」あたりか。俺は今、67歳。父が69歳で亡くなったことを考えても、死に神は間違いなく身近をうろついている。上記に加え、死ぬまでに出合えてよかったと思える小説を読了した。「イギリス人の患者」(マイケル・オンダーチェ著、土屋政雄訳/創元文芸文庫)である。1992年に発表された同作は英語圏で最も権威のあるブッカー賞を受賞し、2018年には半世紀に及ぶ同...「イギリス人の患者」~喪失感と絶望に彩られたラブストーリー

  • 「ラインゴールド」~波瀾万丈のクルド人の半生

    川口市で一般住民とクルド人の軋轢が社会問題になっている。表面に現れる事象だけで判断するのが難しいことは、難民認定と入管での外国人の処遇を後景に据えた映画「マイスモールランド」でも明らかだ。排外主義的な意見が優勢を占めがちだが、クルド人の特殊性を理解し、<受けて立つリベラル>を育成することが肝要と、ネットで倉本圭造氏が主張していた。俺も踏み込んで学んでいきたい。クルド人について何度か記してきた。小説では「砂のクロニクル」(船戸与一著)に感銘を覚えたが、映画も数作紹介してきた。イラン・イラク戦争下、フセインによるクルド人虐殺を背景に描かれた「キロメートル・ゼロ」、クルド人のバフマン・ゴバディ監督による「わが故郷の歌」、「亀も空を飛ぶ」、「半月~ハーフ・ムーン~」も記憶に残っている。シネマート新宿で先日、クルド...「ラインゴールド」~波瀾万丈のクルド人の半生

  • 「青い月曜日」再読~開高健は醒めたベートーベン?

    将棋の叡王戦第1局は藤井聡太叡王(八冠)が107手で伊藤匠七段を下し、好スタートを切った。伊藤は対藤井11連敗になったが、本局は終盤まで互角の形勢だった。藤井の99手目▲8四歩が勝敗を決したが、他の手では伊藤に分があった。〝絶対王者〟藤井だが、今年に入って銀河戦、NHK杯、朝日杯の決勝で3連敗する。一発勝負ならチャンスありということか。名人戦がきょう開幕した。豊島将之九段の醒めた闘志に期待したい。大学生の頃、貪るように本を読んだ。俺を文学に導いてくれたひとりが開高健である。開高の言葉の爆弾に火照った心を冷ますため、夜の街を歩いたこともあった。開高はベートーベンのように熱く、そして醒めていた。鋭敏な開高は、他人の心の内や俗情の在り処を透明なナイフで抉ってしまう。別稿(2022年10月1日)で再読した「輝ける...「青い月曜日」再読~開高健は醒めたベートーベン?

  • 「オッペンハイマー」を独自の切り口で綴る

    新宿ピカデリーで先日、「オッペンハイマー」(2023年、クリストファー・ノーラン監督)を見た。アカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞を含め計7部門でオスカーを獲得した同作だが、意外なほど観客は少なく、600弱のキャパで100人ほどだったろうか。ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)の懊悩に迫る3時間の長尺だが、緊張感が途絶えることのない傑作だった。聴聞会と公聴会のシーンはモノクロで撮影するなど、ノーランの作意が伝わってきた。<科学者の宿命>、<政治と科学>といった切り口で識者が語り尽くしている感はあるが、<量子力学>と<スペイン市民戦争>を切り口に加えて綴りたい。起点は1920年代後半だ。ユダヤ系移民のオッペンハイマーはハーバード大卒業後、英ケンブリッジ大に留学する。実験が苦手だったオッペンハ...「オッペンハイマー」を独自の切り口で綴る

  • NPB開幕~失意の男たちがベイスターズを救う?

    ここ数年、頻繁に横浜スタジアムを訪れるようになり、街にも愛着を抱くようになった。中高生の頃、プロ野球の開幕が待ち遠しかった。当時は巨人ファンだったが、DeNAベイスターズに肩入れするようになって10代の時のときめきが甦った。開幕3連戦は広島相手に2勝1敗だったが、ルーキーの活躍もあり、好スタートを切れた。ローテーションを重視する俺は、怠け者でもあり、競馬予想は<二番は利かない>を軸に組み立てている。その伝でいくと、連覇を期待されている阪神も、コケる可能性はある。実際に村上、山田、塩見が揃って数字を落としたヤクルトは昨季、リーグ3連覇を逃した。最下位だった中日はどうかというと、浮上は厳しそうだ。昨季後半、チーム内の不協和音が洩れていたが、自身の好みを押しつける立浪監督の采配に疑問を覚える。阪神、広島、横浜、...NPB開幕~失意の男たちがベイスターズを救う?

  • 「プラネタリウムのふたご」~優しいカタルシスに心が濡れた

    寺田農さんが亡くなった。夕方に再放送していた「青春とはなんだ」が出会いで、若き寺田さんは不良学生役を演じていた。ウィレム・デフォーと雰囲気が似た寺田さんは映画やドラマで際立った存在感を示してきた。記憶に残るのは主演を務めた「肉弾」(岡本喜八監督)と「ラブホテル」(相米慎二監督)である。「割れ目でポン」で勝っているように麻雀好きで、Vシネマ「闘牌伝アカギ」での悪徳刑事役も印象に残っている。個性派の死を悼みたい。苛々するニュースばかりの昨今だが、心が優しく濡れる小説を読了した。いしいしんじ著「プラネタリウムのふたご」(2003年、講談社文庫)である。いしいの作品を紹介するのは5回目で、最初に読んだのは「悪声」(15年)だった。同作に石川淳と町田康を重ねたが、いしいワールドでは異質であり、他の小説に触れることで...「プラネタリウムのふたご」~優しいカタルシスに心が濡れた

  • 「COUNT ME IN 魂のリズム」~ビートに心を刻まれた

    養護施設で暮らす母に面会するため1泊2日で京都に帰った。1927年生まれの母は97歳。すっかり萎んでしまったが、担当者たちの手厚い介護で無事に過ごしている。〝放蕩息子〟は母、亡き父と妹によって生き長らえていることをあらためて実感出来た。いつも通り住職である従兄宅に泊まったが、雪交じりの気候に、「こんなに寒い彼岸は記憶にない」と話していた。新宿シネマカリテで先日、「COUNTMEIN魂のリズム」(2021年、マーク・ロー監督)を見た。21人のドラマーたちが語る熱い思いが胸に刻まれる秀逸なドキュメンタリーだ。併せてWOWOWで放映された「セッション」(2014年、デイミアン・チャゼル監督)の感想を簡単に。バディ・リッチを目指してシェイファー音楽院で学ぶニーマンは、学院最高の指導者であるトレッチャー率いるスタジ...「COUNTMEIN魂のリズム」~ビートに心を刻まれた

  • ブレイディみかこ著「R·E·S·P·E·C·T リスペクト」~変革の起点は柔らかいアナキズム!

    棋王戦第4局は藤井聡太棋王(八冠)が伊藤匠七段を下し、3勝1持将棋で防衛を果たした。藤井が角替わりを拒否した△6二銀が棋界を震撼させているが、俺には意味がわからない。対藤井で10連敗となった伊藤だが、中1日で迎えた叡王戦挑決トーナメント決勝で永瀬拓矢九段を破り、またも藤井に挑む。まずは一つ勝ちたいところだろう。藤井はNHK杯決勝で佐々木勇気八段に大逆転され、連覇は成らなかった。研究が行き届いた指し手でリードを奪った佐々木だが、緩手(▲2二歩)が出てリードを許す。AI評価値98%と勝勢を築いた藤井だが、120手目の△5五角成が敗着で、形勢は一気に佐々木に傾いた。AIとの共存に成功した将棋がエンターテインメントであることを知らしめた歴史的対局だった。岸田内閣の支持率は各社に多少の違いはあれど20%前後だ。残念...ブレイディみかこ著「R·E·S·P·E·C·Tリスペクト」~変革の起点は柔らかいアナキズム!

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