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酔生夢死浪人日記 https://blog.goo.ne.jp/ck1956/

 映画、音楽、書物、スポーツ、政治に至るまで、日々思いついたことを記していきます。

ck1956
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2005/08/24

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  • 「イギリス人の患者」~喪失感と絶望に彩られたラブストーリー

    読書を生活のリズムに据えているが、齢を重ねるにつれて冒険はしなくなり、お馴染みの作家の著書ばかりを読むようになる。とはいえ、小説や映画で紹介されていたり、何となく本屋に行ったら視界に飛び込んできたりで、手にすることもたまにはある。この1年で挙げれば「巨匠とマルガリータ」、「わたしの名は赤」、「あなたの人生の物語」、「すべての見えない光」、「アーサー王宮廷のヤンキー」あたりか。俺は今、67歳。父が69歳で亡くなったことを考えても、死に神は間違いなく身近をうろついている。上記に加え、死ぬまでに出合えてよかったと思える小説を読了した。「イギリス人の患者」(マイケル・オンダーチェ著、土屋政雄訳/創元文芸文庫)である。1992年に発表された同作は英語圏で最も権威のあるブッカー賞を受賞し、2018年には半世紀に及ぶ同...「イギリス人の患者」~喪失感と絶望に彩られたラブストーリー

  • 「ラインゴールド」~波瀾万丈のクルド人の半生

    川口市で一般住民とクルド人の軋轢が社会問題になっている。表面に現れる事象だけで判断するのが難しいことは、難民認定と入管での外国人の処遇を後景に据えた映画「マイスモールランド」でも明らかだ。排外主義的な意見が優勢を占めがちだが、クルド人の特殊性を理解し、<受けて立つリベラル>を育成することが肝要と、ネットで倉本圭造氏が主張していた。俺も踏み込んで学んでいきたい。クルド人について何度か記してきた。小説では「砂のクロニクル」(船戸与一著)に感銘を覚えたが、映画も数作紹介してきた。イラン・イラク戦争下、フセインによるクルド人虐殺を背景に描かれた「キロメートル・ゼロ」、クルド人のバフマン・ゴバディ監督による「わが故郷の歌」、「亀も空を飛ぶ」、「半月~ハーフ・ムーン~」も記憶に残っている。シネマート新宿で先日、クルド...「ラインゴールド」~波瀾万丈のクルド人の半生

  • 「青い月曜日」再読~開高健は醒めたベートーベン?

    将棋の叡王戦第1局は藤井聡太叡王(八冠)が107手で伊藤匠七段を下し、好スタートを切った。伊藤は対藤井11連敗になったが、本局は終盤まで互角の形勢だった。藤井の99手目▲8四歩が勝敗を決したが、他の手では伊藤に分があった。〝絶対王者〟藤井だが、今年に入って銀河戦、NHK杯、朝日杯の決勝で3連敗する。一発勝負ならチャンスありということか。名人戦がきょう開幕した。豊島将之九段の醒めた闘志に期待したい。大学生の頃、貪るように本を読んだ。俺を文学に導いてくれたひとりが開高健である。開高の言葉の爆弾に火照った心を冷ますため、夜の街を歩いたこともあった。開高はベートーベンのように熱く、そして醒めていた。鋭敏な開高は、他人の心の内や俗情の在り処を透明なナイフで抉ってしまう。別稿(2022年10月1日)で再読した「輝ける...「青い月曜日」再読~開高健は醒めたベートーベン?

  • 「オッペンハイマー」を独自の切り口で綴る

    新宿ピカデリーで先日、「オッペンハイマー」(2023年、クリストファー・ノーラン監督)を見た。アカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞を含め計7部門でオスカーを獲得した同作だが、意外なほど観客は少なく、600弱のキャパで100人ほどだったろうか。ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)の懊悩に迫る3時間の長尺だが、緊張感が途絶えることのない傑作だった。聴聞会と公聴会のシーンはモノクロで撮影するなど、ノーランの作意が伝わってきた。<科学者の宿命>、<政治と科学>といった切り口で識者が語り尽くしている感はあるが、<量子力学>と<スペイン市民戦争>を切り口に加えて綴りたい。起点は1920年代後半だ。ユダヤ系移民のオッペンハイマーはハーバード大卒業後、英ケンブリッジ大に留学する。実験が苦手だったオッペンハ...「オッペンハイマー」を独自の切り口で綴る

  • NPB開幕~失意の男たちがベイスターズを救う?

    ここ数年、頻繁に横浜スタジアムを訪れるようになり、街にも愛着を抱くようになった。中高生の頃、プロ野球の開幕が待ち遠しかった。当時は巨人ファンだったが、DeNAベイスターズに肩入れするようになって10代の時のときめきが甦った。開幕3連戦は広島相手に2勝1敗だったが、ルーキーの活躍もあり、好スタートを切れた。ローテーションを重視する俺は、怠け者でもあり、競馬予想は<二番は利かない>を軸に組み立てている。その伝でいくと、連覇を期待されている阪神も、コケる可能性はある。実際に村上、山田、塩見が揃って数字を落としたヤクルトは昨季、リーグ3連覇を逃した。最下位だった中日はどうかというと、浮上は厳しそうだ。昨季後半、チーム内の不協和音が洩れていたが、自身の好みを押しつける立浪監督の采配に疑問を覚える。阪神、広島、横浜、...NPB開幕~失意の男たちがベイスターズを救う?

  • 「プラネタリウムのふたご」~優しいカタルシスに心が濡れた

    寺田農さんが亡くなった。夕方に再放送していた「青春とはなんだ」が出会いで、若き寺田さんは不良学生役を演じていた。ウィレム・デフォーと雰囲気が似た寺田さんは映画やドラマで際立った存在感を示してきた。記憶に残るのは主演を務めた「肉弾」(岡本喜八監督)と「ラブホテル」(相米慎二監督)である。「割れ目でポン」で勝っているように麻雀好きで、Vシネマ「闘牌伝アカギ」での悪徳刑事役も印象に残っている。個性派の死を悼みたい。苛々するニュースばかりの昨今だが、心が優しく濡れる小説を読了した。いしいしんじ著「プラネタリウムのふたご」(2003年、講談社文庫)である。いしいの作品を紹介するのは5回目で、最初に読んだのは「悪声」(15年)だった。同作に石川淳と町田康を重ねたが、いしいワールドでは異質であり、他の小説に触れることで...「プラネタリウムのふたご」~優しいカタルシスに心が濡れた

  • 「COUNT ME IN 魂のリズム」~ビートに心を刻まれた

    養護施設で暮らす母に面会するため1泊2日で京都に帰った。1927年生まれの母は97歳。すっかり萎んでしまったが、担当者たちの手厚い介護で無事に過ごしている。〝放蕩息子〟は母、亡き父と妹によって生き長らえていることをあらためて実感出来た。いつも通り住職である従兄宅に泊まったが、雪交じりの気候に、「こんなに寒い彼岸は記憶にない」と話していた。新宿シネマカリテで先日、「COUNTMEIN魂のリズム」(2021年、マーク・ロー監督)を見た。21人のドラマーたちが語る熱い思いが胸に刻まれる秀逸なドキュメンタリーだ。併せてWOWOWで放映された「セッション」(2014年、デイミアン・チャゼル監督)の感想を簡単に。バディ・リッチを目指してシェイファー音楽院で学ぶニーマンは、学院最高の指導者であるトレッチャー率いるスタジ...「COUNTMEIN魂のリズム」~ビートに心を刻まれた

  • ブレイディみかこ著「R·E·S·P·E·C·T リスペクト」~変革の起点は柔らかいアナキズム!

    棋王戦第4局は藤井聡太棋王(八冠)が伊藤匠七段を下し、3勝1持将棋で防衛を果たした。藤井が角替わりを拒否した△6二銀が棋界を震撼させているが、俺には意味がわからない。対藤井で10連敗となった伊藤だが、中1日で迎えた叡王戦挑決トーナメント決勝で永瀬拓矢九段を破り、またも藤井に挑む。まずは一つ勝ちたいところだろう。藤井はNHK杯決勝で佐々木勇気八段に大逆転され、連覇は成らなかった。研究が行き届いた指し手でリードを奪った佐々木だが、緩手(▲2二歩)が出てリードを許す。AI評価値98%と勝勢を築いた藤井だが、120手目の△5五角成が敗着で、形勢は一気に佐々木に傾いた。AIとの共存に成功した将棋がエンターテインメントであることを知らしめた歴史的対局だった。岸田内閣の支持率は各社に多少の違いはあれど20%前後だ。残念...ブレイディみかこ著「R·E·S·P·E·C·Tリスペクト」~変革の起点は柔らかいアナキズム!

  • 「落下の解剖学」~真実と事実の狭間を彷徨う法廷劇

    将棋ファンは誰が藤井聡太八冠を倒すのかに関心を持っている。竜王戦、棋王戦の挑戦者になり、叡王戦の挑戦者決定トーナメント決勝で永瀬拓矢九段と戦う同学年(21歳)の伊藤匠七段、C級1組への昇級を決めた18歳の藤本渚五段に注目が集まるのは当然だが、〝地獄の奨励会三段リーグ〟を14勝4敗で突破して新四段になったのは、ともに年齢制限が迫った25歳の山川泰煕、24歳の高橋佑二郎の2人である。山川は「モノクロームの日々だった」と振り返り、高橋は昇段後に溢れる涙を拭っていた。遅咲きといえる両者だが、山川を上記の永瀬が、高橋を佐々木勇気八段が研究会に誘って後押ししていた。勝者と敗者が明暗をくっきり分ける将棋界の常だが、だからこそ先輩が苦しんでいる後輩に手を差し伸べる〝美風〟が残っていることを感じさせるエピソードである。カン...「落下の解剖学」~真実と事実の狭間を彷徨う法廷劇

  • 井上ひさし著「十二人の手紙」にちりばめられた真情とフェイク

    東日本大震災から13年が経った。3・11は俺の人生を公私とも大きく変える。反原発運動に取り組むきっかけになったし、被災地にも何度か足を運んだ。国の貌が変わることを期待したが、現実を見据えると暗澹たる気分になる。原発事故被害者への公的支援は次々に打ち切られ、生活困窮、環境汚染、地域社会の分断が進んでいる。日本政府は気候危機への対策を名目に、再生可能エネルギーの拡大を阻害する原発の再稼働を邁進しているのだ。最寄り駅近くの本屋で平積みされていた「十二人の手紙」(中公文庫)を読了した。井上ひさしが1978年に発表した13編からなる連作ミステリー短編集で、<隠された名作ミステリどんでん返しの見本市だ!>の帯が本作を言い当てている。芝居に興味がない俺は井上と縁がなく、読んだのは小説「吉里吉里人」、戯曲「円生と志ん生」...井上ひさし著「十二人の手紙」にちりばめられた真情とフェイク

  • 「梟」~闇を一閃する眼差しの力

    スーパーチューズデーを経て、バイデンとトランプの再対決が確実になったが、不確定要素もある。バイデンの高齢批判が抑え切れなくなった時、民主党はミシェル・オバマ氏(元大統領夫人)を担ぐとの臆測が流れている。一方のトランプだが、予備選撤退を表明したヘイリー候補に投票した何%かが本選でバイデンに投票する可能性が指摘されている。そんな折、トランプはイスラエル支持を明らかにした。パレスチナを支持する若年層は従来通り民主党に一票を投じるのだろうか。目に見えないところでも大統領選を巡って暗闘が繰り広げられているはずだが、父子の確執を背景にした韓国映画を新宿武蔵野館で見た。映画賞25冠に輝いた「梟-フクロウ」(2022年)で、アン・テジンにとって初監督作になる。テーマになっていたのは1645年に起きた謎の事件だった。冒頭に...「梟」~闇を一閃する眼差しの力

  • 「だから荒野」~女たちは荒野を目指す

    棋王戦第3局は藤井聡太棋王(八冠)が伊藤匠七段を破り、2勝1持将棋と防衛に王手をかけた。持将棋の可能性もあったが、鮮やかな飛車切りから優位を築いた。藤井といえば先日行われたA級順位戦最終全5局の解説で将棋ファンを驚嘆させる。大盤解説会に加わり、次々とスクリーンに映し出される対局を瞬時に把握し、ポイントを的確に指摘する。モンスターというしかない。ナチスのホロコーストは被害の側にも加害の側にも傷痕を残した。イスラエルは被害の記憶を反転させ、ガザで集団虐殺を進行させている。国連パレスチナ難民救済事業機関への資金拠出を停止したドイツに対し、ニカラグアはジェノサイドを幇助したとして提訴した。自由と民主主義を掲げる世界の人々の間でパレスチナ支持が広まっている。バンクシーもそのひとりで、パレスチナを何度も訪れ、イスラエ...「だから荒野」~女たちは荒野を目指す

  • 音楽は自由と解放を希求する~「BLUE GIANT」&ボブ・マーリー

    老いて感性が鈍った俺は、ロックファンを引退して久しい。ライブに足を運ぶことはなくなったが、部屋でCDを流していることが多く、ロックに限らず音楽を読書の供として用いている。今回は魂を揺さぶられた音楽映画を2本紹介する。まずはWOWOWで放映された「BLUEGIANT」(2023年、立川譲監督)から。原作は石塚真一による漫画で上原ひろみ(ジャズピアニスト)が音楽を担当したアニメーションだ。トップミュージシャンがサウンドを担当し、演奏シーンをリアルに再現するため3DCGを多用している。主人公は〝世界一のジャズプレーヤー〟を目指す大(声=山田裕貴)で独学でテナーサックスを吹いている。凄腕のピアニストである雪祈(声=間宮祥太朗)、同郷の友人でドラム初心者の玉田(岡山天音)とともにJASSを結成した。18歳の若いトリ...音楽は自由と解放を希求する~「BLUEGIANT」&ボブ・マーリー

  • 「アーサー王宮廷のヤンキー」~マーク・トウェインがアーサー王時代に託した希望

    ロシアの反体制活動家、ナワルヌイ氏の獄中死について言及したトランプ前大統領は、プーチン批判を避けた。<自由と民主主義>をリトマス紙にしたら、トランプとプーチンは同じ色に識別されるだろう。一方のバイデンも高齢以外に問題を抱えている。ブラジルのルラ大統領はナチスのホロコーストになぞらえ、イスラエルによるガザ集団虐殺を批判した。米国内でも若い層を中心にパレスチナ支持が広まっており、イスラム系がトランプに投票するというねじれた構図が現実になりつつある。SF小説の先駆と評される「アーサー王宮廷のヤンキー」(マーク・トウェイン著、大久保博訳/角川文庫)を読了した。再読した開高健の最高傑作「輝ける闇」で、主人公(≒作者)が最前線で本作を耽読していたことがきっかけである。1964年に朝日新聞特派員としてベトナムに赴いた開...「アーサー王宮廷のヤンキー」~マーク・トウェインがアーサー王時代に託した希望

  • 「哀れなるものたち」~人造人間は自由を希求する

    週末は新宿駅南口で行われた<ウクライナ債務を帳消しに~民衆のための支援を>スタンディングに参加した。日本だけでなく世界で現在行われているのは貸し付けというべき財政支援だ。IMFや世銀は医療、福祉、教育といった公共サービス削減を条件にした融資を推進しようとしている。そのような動きに抗議したのが今回の行動だ。莫大な資源を背景にロシアの攻勢は強まっており、反プーチン派のナワリヌイ氏が刑務所内で亡くなった(恐らく暗殺)。日本人は自由、民主主義、平和の意味を考える時機に来ている。新宿ピカデリーで「哀れなるものたち」(2023年、ヨルゴス・ランティモス監督/英米愛合作)を見た。原作はアラスター・グレイの同名小説で、舞台はヴィクトリア朝時代のロンドンだ。ベネチア国際映画祭で金獅子賞、ゴールデングローブ賞でコメディー・ミ...「哀れなるものたち」~人造人間は自由を希求する

  • 第58回スーパーボウル~マホームズの冷たい緻密さに痺れる

    日本時間12日午前にラスベガスで開催された第58回スーパーボウルは、史上最も注目を集めた一戦になった。チーフス(AFC)が49ers(NFC)をオーバータイムの末、25対22で破り連覇を達成した試合を1億2340万人が視聴し、昨年から7%増の新記録となる。ちなみにラスベガスのオッズでは攻撃陣に厚みを誇る49ersが2㌽リードしていた。例年以上に注目を集めたスーパーボウルだが、発端になったのはテイラー・スウィフトとチーフスTEケルシーとの〝美女と野獣〟の交際だ。チーフスの試合を観戦していると、VIPルームで一喜一憂しているテイラーの姿が映し出される。ラブロマンスは日本、そして大統領選をも巻き込む大騒動になった。東京ドームで4日間、22万人を集めたテイラーはインスタのフォロワー数が2億8000万人を誇るインフ...第58回スーパーボウル~マホームズの冷たい緻密さに痺れる

  • 「横道世之介」~青春小説の白眉に感涙

    王将戦第4局は藤井聡太八冠が4連勝で防衛を果たし、新記録となるタイトル戦20連覇を達成した。振り飛車の第一人者として勝負を挑んだ菅井竜也八段だが、完敗の内容だった。第4局終了直後、大盤解説会の会場に両者が足を運んだが、菅井はさばさばした表情で「あしたからも頑張って生きるしかない。頑張ります」と語り、万雷の拍手を浴びていた。〝闘志の人〟菅井が再度、タイトル戦で藤井と相まみえる日を心待ちにしている。藤井、菅井だけではなく、多くの若手棋士は奨励会員を含め青春を将棋に懸けている。青春にはいろいろな形があるが、〝究極の青春小説〟と評される「横道世之介」(2009年、吉田修一著/文春文庫)を読了した。1968年、長崎出身で法政大に入学した作者の大学生活1年目(87年)が舞台だ。本作は映画化され、続編2作が発表されるな...「横道世之介」~青春小説の白眉に感涙

  • 「葬送のカーネーション」~静謐な風景画に滲む死生観

    映画賞のノミネートや受賞作が発表される時期になった。識者や映画通と感覚がずれているから、〝推し〟がリストアップされるケースは少ないが、感銘を覚えた作品の名を見ると嬉しくなる。「PERFECTDAYS」(2023年、ヴィム・ヴェンダース監督)がアカデミー賞国際長編映画賞部門にノミネートされた。ヴェンダースはカンヌ、ベネチア、ベルリンなど多くの映画祭でグランプリを獲得しているが、アカデミーには縁がなかった。初オスカーに期待している。最近紹介したカウリスマキとヴェンタースは小津安二郎にオマージュを抱いていたが、第3弾というべきベキル・ビュルビュル監督の「葬送のカーネーション」(2023年)を新宿武蔵野館で見た。トルコ映画について記すのは「ユスフ」3部作(セミフ・カブランオール監督)以来、12年ぶりで、神秘的かつ...「葬送のカーネーション」~静謐な風景画に滲む死生観

  • 「野生の棕櫚」~フォークナーの最後の実験?

    あした(3日)は節分で、スーパーやコンビニの棚には数種類の恵方巻きが並ぶ。一般に認知される1960年代半ばから、母は恵方巻きを作っていた。具材は細長い肉のポールソーセージ、卵焼き、キュウリに定まり、遠足のお弁当などの定番になる。母の体力がなくなり、引き継いだが妹も召されて10年以上経つ。俺がソウルフードを食べる日は来るだろうか。ウィリアム・フォークナー著「野生の棕櫚」(1939年、加島祥造訳/中公文庫)を読了した。別稿で紹介した「PERFECTDAYS」(2023年、ヴィム・ヴェンダース監督)で平山が寝る前に読んでいたうちの一冊だったことで興味を持った。20~30代、代表作「響きと怒り」、「サンクチュアリ」、「八月の光」、「アブサロム、アブサロム」に悪戦苦闘した記憶がある。フォークナーは俺にはハードルが高...「野生の棕櫚」~フォークナーの最後の実験?

  • 真冬の雑感~NFL、米大統領選、英米仏の苦悩、王将戦

    NFLチャンピオンシップが行われ、スーパーボウルの組み合わせは49ers対チーフスに決まった。ホームであるにもかかわらずペナルティーで100yd近く罰退したことがレイヴンズの第一の敗因といえる。ライオンズはフィールドゴール圏内で4thギャンブルを2度失敗し、相手にモメンタムを与えてしまった。とはいえ、随所に煌めくプレーがちりばめられており、アメフトの面白さを堪能出来た2試合だった。シーズン全般の感想はスーパーボウル直後に記したい。大統領選も着々と進行し、共和党ではトランプ前大統領がニューハンプシャー予備選でもヘイリー元国連大使を破り、指名に向けて前進する。だが、得票率の差は10%強だし、裁判を抱えている。ヘイリーにとって自身が知事を務めた来月下旬のサウスカロライナ州が正念場になるだろう。議会襲撃に関与した...真冬の雑感~NFL、米大統領選、英米仏の苦悩、王将戦

  • 「ニューヨーク・オールド・アパートメント」~ツインズと母との絆の行方

    NFLチャンピオンシップはNFCが49ers対ライオンズ、AFCがレイヴンズ対チーフスの組み合わせになった。俺はデトロイトに本拠地を置くライオンズを応援している。「アナザーストーリーズ」(NHK)のテーマになっていたが、マスキー法(大気浄化法)への対応を誤ったことをきっかけに、GM、フォード、クライスラーのビッグ3は日本車にシェアを奪われ、凋落の一途を辿る。2013年、デトロイトは1兆8000億円の負債を抱え自己破産した。麻薬と暴力が蔓延った市の苦難の道のりと重なるのが地区優勝したライオンズで、今季32年ぶりにプレーオフで勝利を挙げた。QB失格の烙印を押されたゴフが自らを放出したラムズを破るというドラマチックな展開だった。フォード・フィールドに詰め掛けるファンは、ライオンズに再生への希望を託している。チャ...「ニューヨーク・オールド・アパートメント」~ツインズと母との絆の行方

  • 「太陽諸島」~多和田葉子が問いかける国家の形

    王将戦第2局は藤井聡太八冠が菅井竜也八段に連勝し、防衛に大きく前進した。藤井は収録済みのNHK杯でも久保利明九段に圧勝する。振り飛車党には悪い一日だったが、最近の菅井の好調ぶりは棋界に副作用を及ぼし、A級では佐藤天彦、豊島将之の両九段に続き、稲葉陽八段が振り飛車を採用して好結果を出した。多くの将棋ファンは振り飛車の〝復興〟を喜んでいる。昨年11月、多和田葉子著「星に仄めかされて」を紹介した。「地球にちりばめられて」に続く3部作の第2弾で、中身を忘れないよう完結作「地球群島」(講談社)を読了した。第1部「地球にちりばめられて」、第2部「星に仄めかされて」と6人の登場人物は共通している。主人公(基点)というべきHirukoは新潟県出身という設定だが、母国は失われた。第3部「太陽群島」では5人の同行者とともに、...「太陽諸島」~多和田葉子が問いかける国家の形

  • 「ミステリと言う勿れ」~菅田将暉が提示する新たな探偵像

    ネット配信が普及する中、テレビでドラマを見る人は減っているが、アナログ高齢者の俺は死ぬまで〝習慣〟にしがみついていくだろう。そんな俺のゴールデンタイムは日曜午後11時(NHK総合)で、イタリア発「ドック」(シーズン2)終了後、フランス発「アストリッドとラファエル」(シーズン4)が始まった。ともに秀逸なドラマで、1週間後が待ち遠しい内容である。国内ドラマでいえば「相棒」だが、劣化を憂えている。原作がないからシナリオライターの力に頼らざるをえないが、犯人の心情を描き切っていないからしっくりこない。充実したドラマはないかと昨年末、日本映画専門チャンネルで一挙放送された「ミステリと言う勿れ」(2022年、全12話)をまとめて録画した。半分ほど見たが、刺激的で面白い。映画版があるのを思い出してチェックすると、公開後...「ミステリと言う勿れ」~菅田将暉が提示する新たな探偵像

  • 「すべての見えない光」~読書する喜びに浸る

    年頭の誓いを今年は記していなかったが、読書と映画をベースに生き長らえていければいいかなと考えている。自分の殻に閉じこもりがちだが、昨年11月からノーレートの雀荘に月3、4回足を運ぶようになった。数年ぶりの実戦で、熟年の常連さんたちは手ごわいが、ボケ防止にもなるし楽しみたいと思う。読書初めは「すべての見えない光」(2014年、アンソニー・ドーア著、藤井光訳/ハヤカワepi文庫)だった。新潮クレスト・ブックス版は在庫がなかったが、1000円以上安い文庫版があったのは幸いだった。帯を見てピュリッツアー賞作であることを知る。冒頭(第0章)は1944年8月、ドイツ軍と連合軍が激戦を展開したサン・マロだ。2人の主人公、16歳のフランス人の盲目の少女マリー=ロールと、18歳のドイツ人の白髪の少年ヴェルナーが、運命の糸に...「すべての見えない光」~読書する喜びに浸る

  • 「PERFECT DAYS」~光と影のコントラストがあやなす再生と希望

    王将戦第1局は後手の藤井聡太八冠が菅井竜也八段を破り、防衛に向けて幸先いいスタートを切った。俺が応援している菅井は気合十分に対局に臨んだが、優勢になってからの藤井の壁を崩せなかった。第2局以降の巻き返しに期待したい。昨年の映画締めは「枯れ葉」(アキ・カウリスマキ監督)で、今回紹介するのは映画初めの「PERFECTDAYS」(2023年、ヴィム・ヴェンダース監督)だ。両作には共通点がある。監督が小津安二郎に絶大なオマージュを抱いていることだ。ちなみにヴェンダースには、小津の墓を訪ねる旅、東京の情景、小津ゆかりの人々へのインタビューを絡めて構成した「東京画」というドキュメンタリーがある。「PERFECTDAYS」の主人公は渋谷区の公衆トイレ清掃に従事する平山(役所広司)で、カンヌで主演男優賞を受賞した。冒頭で...「PERFECTDAYS」~光と影のコントラストがあやなす再生と希望

  • 紅白、能登半島地震、鈴本、箱根、将棋~年末年始の雑感あれこれ

    大晦日から元日にかけ、知人とともに過ごした。基本的に紅白は見ないが、客の希望に応じチャンネルを合わせた。フルタイムで見た紅白は、俺にとって驚きだった。現役ロックファンは引退したが、情報はロッキン・オン&ジャパンのHPから得ている。国内勢の比重が大きいのだが、そこでプッシュされているアーティストの多くが紅白に出演していた。洋楽ロック派だった俺は1980年前後からロッキン・オンを毎号購入していた。〝同誌がプッシュするアーティスト〟を信頼してきたが、最近は〝どうして〟、〝何がいい〟、〝歌謡曲〟ってな感じだ。同誌が迎合して商業主義に漬かっているのか、それとも俺が尖り歪んだままなのか……。<ロック>にこだわりがない知人は華やかなショーを楽しんでいた。元日夕方、自宅でも揺れを感じた。はるか彼方、能登半島を震央とする令...紅白、能登半島地震、鈴本、箱根、将棋~年末年始の雑感あれこれ

  • 「枯れ葉」~ノルタルジックなカウリスマキの世界

    無職だから金はない。映画館に足を運ぶのも月4~5回が限度で、見逃した作品も多い。年間ベストテンなんておこがましいので、スクリーンで見た作品限定で、記憶に残る10本を監督名とともに挙げてみたい。今年は邦画の傑作が多かった。「怪物」(是枝裕和)、「福田村事件」(森達也)、「月」(石井裕也)はテーマ性と衝撃度で甲乙付け難い。前々稿で紹介した「市子」(戸田彬弘)も3作に拮抗する秀作だった。洋画なら「パリタクシー」(クリスチャン・カリオン)、「熊は、いない」(ジャファール・パナヒ)、「アフターサン」(シャーロット・ウェルズ)、「悪い子バビー」(ロルフ・デ・ヒーア)で、「告白、あるいは完璧な弁護」(ユン・ジョンソク)もリメイクながら韓国映画の底力を示すエンターテインメントだった。あと1作を何にしようか迷っていた。「ロ...「枯れ葉」~ノルタルジックなカウリスマキの世界

  • 「翔べ麒麟」~唐代の中国を疾走する超絶エンターテインメント

    ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ地区へのジェノサイドは来年に継続する。世界の好戦ムードに乗って、岸田政権は殺傷能力のある武器輸出を緩和した。憲法9条は〝殺された〟のだ。絶望的な気分に輪をかけるのがパーティー券問題だが、なぜか怒りが湧いてこない。辺見庸はブログで以下のように綴っていた。<政治は口臭である。ドブのような口臭者の所業である。例外はほとんど、あるいは、まったくない。問題は堪えるか、慣れるか。嗅覚を除去するか。政治部記者の口臭にも注意せよ>……。俺も口臭に慣れてしまったようだ。鬱屈を吹き飛ばすエンターテインメント小説を読了した。上下巻で700㌻超の辻原登著「翔べ麒麟」(1998年、角川文庫)である。想像力の地下茎を紡ぎ、虚実のあわいに空中楼閣を構築する辻原の力業に感嘆してきた。代表作は大逆事...「翔べ麒麟」~唐代の中国を疾走する超絶エンターテインメント

  • 「市子」~杉咲花の魂がスクリーンで弾けた

    暇に飽かせてYoutubeを見ることが多い。ロック関連の充実は目を瞠るものがあり、モリッシーの来日公演(11月28日、豊洲PIT)の映像もアップされている。スミス時代からのファンである俺は、反王室主義者、反戦を掲げるベジタリアン、そして性的マイノリティーへの理解者であるモリッシーを絶賛してきたが数年前、異変が起きる。反イスラム、反移民を標榜する極右政党を支持していることが明らかになったのだ。2016年のワールドツアーで来日した際、オーチャードホールに足を運んだが、SNSで〝最も乗りが悪い客〟として東京を挙げていた。その後に3枚のアルバムを発表したが日本盤は出ていない。今回のライブは意外なほどフレンドリーで、スミス時代の6曲もセットリストに含まれる充実した内容だったらしい。「いまモリッシーを聴くということ」...「市子」~杉咲花の魂がスクリーンで弾けた

  • 「神」~シーラッハが〝神なき〟日本人に問いかける

    「政治をかえる8区の会」主催の「パレスチナに平和を!緊急集会」(阿佐谷地域区民センター)に参加した。講師は酒井啓子氏(千葉大教授)で、ナビゲーターを永田浩三氏(武蔵大教授)が務める。講演の内容は多岐にわたるが、ポイントだけを記したい。〝どっちもどっち〟的議論に陥りがちだが、酒井氏はイスラエルが国連を無視してパレスチナ人の土地を奪ってきた経緯を長いスパンで説明する。戦力比は100:1だ。ナチスのユダヤ人へのジェノサイドを反転する形で、イスラエルがパレスチナ人を殲滅しようとしていることは、ネタニヤフ政権の閣僚がガザ地区への攻撃を〝浄化〟と語っていたことからも窺える。〝テロ組織〟と見做されているハマスだが、地域で慈善組織、民生組織として機能し、コロナワクチンを供与している。<アメリカ=イスラエル>こそ最強のテロ...「神」~シーラッハが〝神なき〟日本人に問いかける

  • 「JFK/新証言 知られざる陰謀」~主犯に迫ったオリバー・ストーンの執念

    国連総会緊急特別会合(12日)でガザ地区の情勢を巡り、即時停戦、人質解放、人道支援確保などを求める決議案の採決が行われ、153カ国が賛成して可決された。前回(10月27日)から26カ国が棄権から賛成に回り、イスラエルを擁護するアメリカの孤立が際立つ形になった。アメリカ国内でも若い世代でパレスチナ支持が急伸しており、民主党に投票してきたイスラム系団体もバイデンを見限った。〝トランプ再登場〟の悪夢が現実味を帯びてくる。60年前の1963年11月22日、テキサス州ダラスを遊説中のジョン・F・ケネディ大統領が暗殺された。日本時間翌日(勤労感謝の日)、小学1年だった俺は近所の同級生たちとオルガン教室に向かう。俺の母を含め保護者たちが深刻な表情で話していた。その日朝、アメリカから放送史上初めてニュース映像が送られてく...「JFK/新証言知られざる陰謀」~主犯に迫ったオリバー・ストーンの執念

  • 小川洋子著「貴婦人Aの蘇生」~老女が語るファンタジー

    Youtubeで今、再生回数が最も多いバンドはイタリア出身のマネスキンだ。WOWOWで生中継された来日公演を偶然見たが、オルタナ、メタルなど様々な要素を織り込んだハードロックで、歪みとポップを融合させている。22~24歳と若いのに演奏力とエンタメ性は抜群で、目が行ってしまうのはキュートなーシストのヴィクトリアだ。トップレスで乳首にテープを貼ってステージに立つこともあるという。数年前に現役ロックファンを引退したので、マネスキンがどのような文脈で登場したのか理解出来ていないが、ヴィクトリアがソニック・ユースのキム・ゴードンへのオマージュを公言しており、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのトム・モレロとスタジオライブで共演していることもあって親近感を覚えている。1970年代、幾多の傑作を世に問うたイタリアンプロ...小川洋子著「貴婦人Aの蘇生」~老女が語るファンタジー

  • 「ザ・バニシング-消失-」~宣伝部長はキューブリック?

    チバユウスケさんの訃報が届いた。享年55と早過ぎる死である。記憶に残るのはミッシェル・ガン・エレファント時代で、チバさんは削いで研いだ言葉を礫にして吐き出すボーカルスタイルだった。ファンになるにはあまりに老いていて、ライブに触れたのはフジロック'98(豊洲)の一度きりだったが、最後方で目の当たりにした聴衆を熱狂させるパワーに、「彼らが今、世界一のバンド」と感じた。ミッシェル・ガンはともに邦楽ロックを世界標準に引き上げたブランキー・ジェット・シティと交流があったし、俺にとって最も大切なバンドであるルースターズへのオマージュを表している。〝魂のロッカー〟チバさんの冥福を心から祈りたい。ミッシェル・ガン解散後、殺気さえ覚えるパフォーマンスで〝鬼〟と評されたギタリストのアベフトシさんは一線を退き、ひっそり亡くなっ...「ザ・バニシング-消失-」~宣伝部長はキューブリック?

  • 川上弘美著「どこから行っても遠い町」~倒立して心に刺さった町

    AXN海外ドラマ(現アクションチャンネル)で録画した「コールドケース」(シーズン1~7)を少しずつ消化している。舞台はフィラデルフィアで、リリー・ラッシュ刑事(キャスリン・モリス)ら市警殺人課未解決事件専従班のメンバーが、数年前から数十前まで長いスパンで迷宮入りした事件を解決する。背景は黒人差別、戦争、エイズ、DVと様々でアメリカの闇が生々しく描かれている。ラストで涙腺が緩むことが多いのは、ラッシュだけでなく、孤独、葛藤、絶望を抱える捜査班の心情とストーリーがリンクしているからだろう。ささやかな愛と営みが交錯する短編集を読了した。川上弘美著「どこから行っても遠い町」(新潮文庫)で、<都心から私鉄でも地下鉄でも二十分ほど>の商店街での出来事を綴った11作が収録されている。別のストーリーの語り手が繰り返し現れ...川上弘美著「どこから行っても遠い町」~倒立して心に刺さった町

  • 「水いらずの星」~愛の深淵から噴き上がる水

    俺はエンターテインメントを好む。〝藤井聡太絶対王朝〟が確立した将棋界だが、AIとの共存でエンタメ度は増した。解説する棋士たちはサービス精神に溢れ、タイトル戦での食事やおやつの紹介は〝観る将〟の関心の的だ。キャラが立った棋士も多いが、俺が贔屓にしているのは藤井王将に挑戦する菅井竜也八段だ。女流棋士なら磯谷祐維1級だ。〝発見〟したのは王将挑戦者決定リーグで、記録係の席に目力の強い金髪ギャルが座っていた。将棋連盟ではなく、LPSA(日本女子プロ将棋協会)に入会したのは「奇抜な髪色でも認めてもらえる自由さがあるから」と話している。アマ時代の戦績は抜群で、師匠は独創的な棋風で知られる山崎隆之八段だ。数年後、<里見・西山2強時代>に割って入ることが出来るだろうが。俺ぐらいの年になると、マンネリとわかりやすさもエンタメ...「水いらずの星」~愛の深淵から噴き上がる水

  • 「あなたの人生の物語」~極大と極小の連なりを提示するテッド・チャンの魔力

    ガザ地区に対するイスラエルの虐殺を非難したスーザン・サランドンが〝反ユダヤ主義〟を理由に事務所を解雇された。エンタメ界やメディアにおけるユダヤ系の力は絶大で、ガザ無差別空爆(2014年)の際、観覧席に集まったエルサレム市民が火の手が上がるたび乾杯していた光景を伝えたキャスターは翌日、CNNを解雇された。アメリカの若い世代ではパレスチナ支持が上回っている。グレタ・トゥンベリが<パレスチナと共に立つ>とボードを掲げたことが、空気を変える第一歩になるかもしれない。俺はSFには極めて疎く、ブログで紹介したSF小説は「虐殺器官」(伊藤計劃)、オムニバス「冷たい方程式」(2011年版)、「夏への扉」(ロバート・A・ハインライン)だけだ。ブログを始める前に10作以上読んだ小松左京の作品の特徴を以下のように整理したことが...「あなたの人生の物語」~極大と極小の連なりを提示するテッド・チャンの魔力

  • 「悪い子バビー」~神とロックに導かれる人生賛歌?

    別稿(4月16日)で紹介した連続ドラマW「フェンス」がギャラクシー賞に選ばれた。キー(松岡茉優)と桜(宮本エリアナ)のミックスバディが、復帰50年を迎えた沖縄で起きたレイプ事件の真相に迫っていく。野木亜紀子の脚本は日米地位協定、珊瑚礁破壊、辺野古移設問題、沖縄を食いものにする癒着、福島原発による子供たちの被曝にまで踏み込んでいた。WOWOW制作のドラマはテーマ性とエンターテインメント性を併せ持っているが、本作は白眉といっていい。新宿武蔵野館で衝撃作と出会った。「悪い子バビー」(ロルフ・デ・ヒーア監督)は豪伊合作で1993年に製作された。原題“BADBOYBUBBY”の本作は世界の映画祭で多くの栄誉に浴したが日本では公開されず、VHSのみが発売された。タイトルの「アブノーマル」が映画関係者の評価を物語ってい...「悪い子バビー」~神とロックに導かれる人生賛歌?

  • 「星に仄めかされて」~多和田葉子が描く越境者たち

    Youtubeにアップされた動画を見る機会が増えている。最近凝っているのは「事件記者」(島田一男原作)だ。1958年から66年までNHKで放映され、この間、日活で映画化されている。俺が見ているのは恐らく日活版で、サスペンスとしてもレベルが高く、リズムとテンポを刻むのはジャズだ。東京日報を軸に警察記者クラブに詰める4社の競争と友情が描かれ、旺盛な記者魂が警察との程良い緊張感を生む。東京が舞台だが、高度成長前の街の光景にノスタルジックな気分になる。多和田葉子の3部作、「地球にちりばめられて」、「星に仄めかされて」、「太陽諸島」の第2弾「星に仄めかされて」(2020年、講談社文庫)を読了した。昨年11月に「地球に――」の感想を記したが、困ったことに内容が脳から零れている。あらすじは以下のようなものだった。<日本...「星に仄めかされて」~多和田葉子が描く越境者たち

  • 「サタデー・フィクション」~魔都で蠢く恋と謀略

    前稿冒頭で斎藤幸平(経済思想家)が「報道1930」でグレタ・トゥンベリが<パレスチナと共に立つ>とボードを掲げたことを踏まえ、人種、階級、ジェンダーなどのカテゴリーが相互に関係し、人びとの経験を形づくっていくインターセクショナリティー(交差性)が世界を変える第一歩になると期待を寄せた。そのことを関連しているとは言い切れないが、保守的といわれる米ケンタッキー州の知事選や3州の議会選挙でも妊娠中絶を唱える民主党が勝利を収めた。トランプ有利とされる大統領選挙にも影響を与えそうだ。戦時中の現在も同様だが、第1次世界大戦後の1930年代も混沌という坩堝で煮えたぎっていた。象徴はベルリンで、映画「キャバレー」やルー・リードの「ベルリン」に描かれていたように頽廃と狂気が渦巻いていた。遠く離れた上海も、麻薬と売春が蔓延す...「サタデー・フィクション」~魔都で蠢く恋と謀略

  • 漫画版「サピエンス全史 文明の正体編」~ハラリが熱く語る差別とジェンダー

    先週、「政治は変わる!地域からコモンをつくる」(セシオン杉並)に足を運んだ。他に書くことがあって先延ばしにしていたが今回、簡単に紹介する。全体を貫くテーマはジェンダー、コモン、ミニシュパリズムだった。第1部では岸本聡子区長ら杉並に変革をもたらした女性議員が壇上に登場する。第2部ではケア、公契約、脱酸素を軸に、斎藤幸平(経済思想家)を進行役にコモンの意味を問う。第3部では中島岳志(政治学者)をコメンテーターに岸本杉並区長、保坂展人世田谷区長、能條桃子(FIFTYSPROJECT代表)が地方自治の可能性を提示した。上記の斎藤は先日、「報道1930」(BS・TBS)に出演していた。後半でグレタ・トゥンベリが<パレスチナと共に立つ>とボードを掲げた写真が映されると、斎藤は<グレタは政治に直接関わるメッセージは発信...漫画版「サピエンス全史文明の正体編」~ハラリが熱く語る差別とジェンダー

  • 「月」~社会の底から見上げた月

    小説「列」を紹介した前稿で、相対的な評価に囚われる現代社会の問題点を記した。映画や音楽についても、<歴代ベスト100>などランキングを挙げ自らを権威付けするメディアは多く、つけ込まれているファンは少なくない。悪しき例は「ローリングストーン誌」だ。1980年前後はクラッシュなどパンクを酷評していたのに、彼らが次代のメインストリームと評価されるやランクを高めに修正している。何の権威もない俺も、年末に映画ベストテンを記してきたが、昨年は<映画館で今年見て感銘を覚えた作品>という風に〝姿勢〟を改めた。今年もこのスタイルでいきたい。この10カ月、多くの傑作に出合えたが、とりわけ感銘を覚えた「怪物」(是枝裕和監督)、「福田村事件」(森達也監督)に匹敵する映画を新宿バルト9で見た。「月」(石井裕也監督)である。長男を亡...「月」~社会の底から見上げた月

  • 「列」~中村文則が<楽しくあれ>と問いかける

    竜王戦で藤井聡太八冠が伊藤匠七段に3連勝し、防衛に王手を掛けた。謙虚な〝絶対王者〟の存在が、将棋界の空気を変えつつある。藤井だけでなく、永瀬拓矢九段、豊島将之九段、菅井竜也八段らトップ棋士には将棋の理想を追う求道者の趣があるのだ。先駆者は羽生善治九段かもしれない。棋士はともかく、人は誰しも序列や順位に囚われる。昨日行われたNPBのドラフト会議で、俺が応援しているベイスターズは1位で度会、2位で松本を指名した。答えは数年後に明らかになる。投手陣は上位指名が多いが、打者を年度順に挙げると桑原4位、宮崎6位、関根5位、佐野9位、山本9位、牧2位だった。中村文則の新作「列」を読了した。最近の中村にしては珍しく150㌻と短めだが、完成するまで2年以上を費やしたという。3部構成になっており、第1部は人々が並ぶ列で、第...「列」~中村文則が<楽しくあれ>と問いかける

  • 「ムーンエイジ・デイドリーム」~デヴィッド・ボウイの魂の彷徨

    1970年代から80年代にかけ、京都で<デヴィッド・ボウイを嵯峨野で見かけた>という都市伝説が流布していた。これが真実であったことを数年前、「デヴィッド・ボウイの愛した京都」(WOWOW制作)で知る。京都だけでなく、ボウイの魂の彷徨に迫ったドキュメンタリー「ムーンエイジ・デイドリーム」(2022年、ブレット・モーゲン監督)をWOWOWで見た。劇場では見逃したが、ライブ&インタビュー映像を含め、ボウイが真情を語るモノローグも収録された貴重な作品だった。熱烈なファンというわけではないが、それでもアルバムは15枚以上持っている。ボウイは光を乱反射する透明なプリズムとしてロック史を煌めかせた。タイトルは5thアルバム「ジギースターダスト」収録曲から取っている。ボウイとは何か……。異星人としてロックシーンに登場した...「ムーンエイジ・デイドリーム」~デヴィッド・ボウイの魂の彷徨

  • 「わたしの名は赤」~細密画を巡る壮大なエンターテインメント

    イスラエル軍のガザ侵攻が迫った今、親米のサウジアラビアはイスラエルとの国交正常化交渉を凍結した。〝イスラムの大義〟に反する決断を下せば体制を維持出来ない周辺国も多い。イランはパレスチナを支援しているが、仲介役として期待されているのはトルコだ。エルドアン大統領は「1967年(第3次中東戦争以前)の国境に基づくパレスチナ国家が設立されない限り、この地域に平和は訪れない」と述べている。イラン(ペルシャ)、そしてトルコ(オスマン帝国)……。両国の歴史を背景に描かれた小説を読んだ。ノーベル文学賞を受賞したトルコ人作家オルハン・パムクの「わたしの名は赤」(宮下遼訳、上下/ハヤカワepi文庫)である。舞台は1591年、オスマントルコ帝国の首都イスタンブールだ。800㌻を超える長編で、独立した主観で語られる59章から成る...「わたしの名は赤」~細密画を巡る壮大なエンターテインメント

  • 「バーナデット ママは行方不明」~南極に咲く奇跡の華

    きょう67歳になった。俺のような無能な人間が東京砂漠で生き長らえてこられたのは、ひたすら運が良かったからである。周りに支えられてきたが、とりわけ家族の力が大きかった。特養施設で暮らす母、亡き父と妹にはいくら感謝しても感謝し過ぎることはない。絆の意味を考える今日この頃だ。俺が親近感を覚える街といえば、日本では函館で、欧州では歴史とサッカーでバルセロナ、ロックでマンチェスターだ。アメリカなら〝文化の拠点〟ニューヨークだが、「コールドケース」の再放送をスカパーで見ているうち、フィラデルフィアに馴染んでしまった。かつてはECWの拠点で、〝ブラザーフッド〟の街だ。NFLならイーグルス、MLBならフィリーズに肩入れしているが、両チームとも好調で気分がいい。さらに挙げるならシアトルだ。ニルヴァーナ、パール・ジャムらが世...「バーナデットママは行方不明」~南極に咲く奇跡の華

  • 「BAD LANDS」~抗い喘いで疾走するクライムサスペンス

    藤井聡太竜王・名人が永瀬拓矢王座を破り、八冠制覇を成し遂げた。凄まじい逆転劇で、自らの失着を責める永瀬の動作が印象的だった。将棋はイーブンの条件での闘いだが、世界は今、イスラエルとハマスの戦争に注目している。米メディアはイスラエルに肩入れしている。だが、ツツ主教が<現在のアパルトヘイト>と断罪したように、イスラエルが国際人道法に違反して封鎖してきたガザは「天井のない監獄」と呼ばれている。むろん、ハマスの先制攻撃を肯定するわけにはいかない。だが、イスラエルが占領開始以来、積み重ねてきた戦争犯罪は許されるものではない。そもそもイスラエルとパレスチナの軍事力は100対1以上だ。俺は数々の暴力に抗ってきたパレスチナの側に立ってブログに記してきた。両国が交渉による解決を選ぶことを願っている。<全てに抗い、全てを掠め...「BADLANDS」~抗い喘いで疾走するクライムサスペンス

  • 「幽霊たち」~オースターのポストモダンな出発点

    Youtubeをチェックしていたら、アメリカからの白人の留学生(チェイス、なぜか関西弁)と日本人の学生(けんけん)が作成している動画を見つけた。「大谷って有名なの」とけんけんに聞かれ、チェイスは「僕は知らない。周りもそう」と答えていた。MLBはNFLとNBAに比べて人気はないが、ポストシーズンに入ってスタンドは埋まっている。階層によって好むスポーツは異なるようで、小説の中でNFLに言及されるケースは少ない。今回紹介する「幽霊たち」(1986年、ポール・オースター/新潮社)の主人公も、MLB初の黒人選手ジャッキー・ロビンソンの試合を観戦していた。<ニューヨーク三部作>の第2作で、ロビンソンがドジャーズに加わった1947年のニューヨークが舞台だ。オースターを読むのは、稠密かつ濃厚な描写で<孤独>と<流浪>が織...「幽霊たち」~オースターのポストモダンな出発点

  • 「熊は、いない」~存在理由を懸けて闘うジャファル・バナビ

    グリーンズジャパンの友人に誘われ先日、「政治をかえる!8区の会」キックオフ準備会(ふらっと阿佐ヶ谷)に参加した。中野区民の俺は8区の有権者ではないが、日本の政治を変える拠点は杉並区であると考えている。キーワードは岸本聡子区長が掲げるミニシュパリズムとコモンだ。残念ながら、若い参加者はいなかった。イラン映画「熊は、いない」(2022年、ジャファル・バナビ監督)を新宿武蔵野館で見た。ジャファルは前々稿で紹介した「君は行く先を知らない」のパナー・パナヒ監督の父で、両作のテーマはともに<国外脱出>だ。ジャファルは体制を批判して弾圧されており、「熊は、いない」撮影後にも収監された。前作「人生タクシー」(15年)は〝フェイクドキュメント〟で、タクシー運転手に扮したバナビ本人と乗客がイラン社会について論じ合っていた。「...「熊は、いない」~存在理由を懸けて闘うジャファル・バナビ

  • 「ある一生」~心を打つ普通の男の生き様

    王座戦第3局は藤井聡太七冠が永瀬拓矢王座を破り、2勝1敗と八冠制覇に王手をかけた。永瀬は後手ながら主導権を奪い、差を広げていく。終盤でAIの評価値が95と永瀬に傾いた時、事件が起きた。藤井の▲2一飛に△3一歩と底歩を打てば勝ちは揺るがなかったが、4一飛と打ったことで評価値は藤井に振れた。囲碁将棋チャンネルで郷田真隆九段は「人間である以上、秒読みでエアポケットに落ちることはある」と解説していた。タイトル戦史上まれに見る大逆転が起きたが、精神的にタフな永瀬は落胆を押し隠し、藤井は研究パートナーを気遣って普段以上に謙虚な口ぶりだった。注目の第4局は来月11日に京都で行われる。来月15日に67歳になる。布団の中で来し方を振り返ると、目が冴えて眠れなくなることがしばしばで、消しゴムで消し去りたい愚行だらけの煩悩多き...「ある一生」~心を打つ普通の男の生き様

  • 「君は行く先を知らない」~イランの荒野を往くロードムービー

    <悪の枢軸>というと、まずはアメリカで、その力を背景にイエメン空爆を主導するサウジアラビア、パレスチナへのアパルトヘイトを実行するイスラエルを継続するイスラエルを思い浮かべる。世間的には兵器で結び着くロシアと北朝鮮、そしてイランを<悪の枢軸>と見做す声は強い。イランの核開発を世界は注視しているが、最大の核保有国アメリカ、事実上の保有国イスラエルが進めるサウジでのウラン濃縮はスルーされている。民主主義、多様性について様々な問題を抱えるイランだが、映画の〝聖地〟といっていい国だ。イラン人監督は弾圧をかいくぐり、寓意によって物語を神話の領域に飛翔させる手法を身につけた。エンディングは時にミステリアスで、奇跡の煌めきを提示する。モフマン・マフバルバフは「イランが芸術性の高い映画を作り続けられたのは、ハリウッドの影...「君は行く先を知らない」~イランの荒野を往くロードムービー

  • 「あしたの少女」~二つの視界が韓国社会の矛盾を撃つ

    酷暑の夏、読書は進まず、録画したドラマをゴロゴロ見ている時間が長かった。出色だったのは「アストリッドとラファエル文書係の事件録」(NHK総合)で、「レジデント・エイリアン~宇宙からの訪問者」(WOWOW)もユーモアと風刺が利いたコメディーだった。ともに次シーズンの放映を楽しみにしている。韓国映画「あしたの少女」(2022年、チョン・ジョリ監督)をシネマート新宿で見た。2部構成になっており、舞台は寒々とした全州で、実際に起きた事件をベースにしている。1部は女子高生のソヒ(キム・シウン)の主観で進行する。追い詰められたソヒは自殺し、2部ではユジン刑事(ペ・ドゥナ)が死の真相に迫っていく。冒頭でソヒはダンスしている。アイドルを目指しているわけでもないが、真剣さがあった。実はスタジオでソヒとユジンはすれ違っている...「あしたの少女」~二つの視界が韓国社会の矛盾を撃つ

  • 早涼の候の雑感~パソコン詐欺、フェイクニュース、アメフト、将棋あれこれ

    相変わらず暑いが、朝夕は涼しく感じるようになった。秋の気配が忍び寄っている。今回は雑感をあれこれ記したい。パソコンでインターネットを閲覧している際、<「トロイの木馬」に感染している>との警告画面が張りついた。表示された番号に電話すると、マイクロソフト社員を名乗る男に繋がり、危機感を煽られる。詐欺かもしれない……、そんな疑念がもたげてきたのはアップルiTunesカードによる支払いを持ち掛けてきた時だ。セブンイレブンで顔見知りの店員に経緯を話すと、「詐欺です。うちの店でカードを買った人が話してました」と言う。早速110番し、警官に説明した。帰宅して警察に連絡したことを告げ、電話を切った。ただし、それで終わらない。パソコン修理業者に中身を点検してもらうと、幾つものウイルスに感染していた。「相棒」の青木のような友...早涼の候の雑感~パソコン詐欺、フェイクニュース、アメフト、将棋あれこれ

  • 「福田村事件」が抉るSNS社会の不毛

    今年も月3~4本のペースで映画館に足を運んだ。「怪物」(是枝裕和監督)を超える作品に出合えないと思っていたが、〝強敵〟が現れた。新宿で先日見た「福田村事件」(森達也監督)は史実をベースにしており、衝撃度は「怪物」に匹敵する内容だった。両作には共通点がある。第一は監督がドキュメンタリーでキャリアを積んだこと。第二は永山瑛太が重要な役柄を演じていることだ。背景にあるのは1923年9月1日に発生した関東大震災直後に起きた朝鮮人、社会主義者虐殺で、福田村(現野田市)でも凄惨な事件が起きる。冒頭で澤田智一(井浦新)が妻の静子(田中麗奈)を連れ、ソウルから生まれ故郷の福田村に帰郷する。智一は三・一独立運動の際、ソウルで日本軍による虐殺を目の当たりにしていた。列車に乗り合わせていたのはシベリア出兵で戦死した夫の遺骨を抱...「福田村事件」が抉るSNS社会の不毛

  • 「ソクチョの冬」~リアルとフィクションの境界を彷徨うアイデンティティー

    ジャニー喜多川氏の史上最悪レベルの性加害は事務所ぐるみで隠蔽されたが、忘れてならないのは共犯者の存在だ。立花隆氏が文藝春秋誌上で田中角栄元首相の金脈を追及した際、記者たちは「そんなこと知ってるよ」と吐き捨てた。BBCのドキュメンタリーと国連の動きがなければ、悪魔の所業は闇に葬られたままだった。強い者に媚びるメディアの体質は半世紀後も変わっていない。新社長に就任した東山紀之だが、自身の性加害を指摘する声が上がっている。暑さは続いているが、タイトルから涼感を期待して「ソクチョの冬」(早川書房)を購入した。著者のエリザ・スア・デュサパンはフランス人の父と韓国人の母の間に生まれたフランスとスイスの国籍を持つ女性作家だ。2016年、デュサパンが24歳の時に発表した本作はフランス語圏のみならず、全米図書賞翻訳部門など...「ソクチョの冬」~リアルとフィクションの境界を彷徨うアイデンティティー

  • 漫画で学ぶ「サピエンス全史 人類の誕生編」

    9月になっても猛暑は続くという。心身はふやけ、ブログの更新もままならないが、脳の刺激材として最高なのが将棋だ。藤井聡太七冠が全冠制覇を目指す王座戦第1局が行われ、後手の永瀬拓矢王座が先勝した。AI的には藤井が優勢だった中盤で、解説の渡辺明九段は「藤井は駒不足の感があり、私なら後手持ちかも」と語っていた。さすがの慧眼で、対局者とともに〝棋界3強〟の実力を実感する。藤井の攻勢をかわす永瀬の妙手の連続に圧倒された。今回の王座戦では必然的に永瀬がヒールになるのは当然だが、メンタルと体の強さが棋力を支えている。第1局では、昼と夜に対局場の名物である陣屋カレーをパクつく健啖ぶりでファンを驚かせた。ビーフと伊勢エビの豪華版で、昼はデザートも付けている。タイトル戦ではバナナを1日平均6本平らげたという逸話も残している。王...漫画で学ぶ「サピエンス全史人類の誕生編」

  • 「高野豆腐店の春」~ヒューマンドラマを紡ぐ放射能の糸

    福島第一原発の処理水海洋放出が決行された。世論は肯定的だが、小出裕章氏(元京大原子炉実験所助教)は<敷地内の130㌧の処理水とは、浄化処理を施しても取り去ることが出来ない放射能(トリチウム)が残った水。トリチウムの半減期は10年で、深層に流せば表層に出てくるまで1000年かかるが、国と東電は表層に放出しようとしている>と警鐘を鳴らしていた。日本政府はIAEA(国際原子力機関)に、<第一原発事故で大気中に放出されたセシウム137は広島原爆の168発分>と報告している。放射能は五感で感じられず、広島でも投下後、何十年経っても原爆症を発症する人が後を絶たない。日本人が核兵器、原子力の悪魔の貌を忘れていることを、映画「高野豆腐店の春」(2023年、三原光尋監督)を見て実感する。高野は〝こうや〟ではなく、主人公の名...「高野豆腐店の春」~ヒューマンドラマを紡ぐ放射能の糸

  • 「青春神話」~行き詰まりの青春に未来はあるか

    夏の甲子園準決勝(21日)当日、中華屋で昼飯を食っていると、日焼けした作業着姿の若者3人が隣の席でテレビを見ながらがっついていた。アンチ慶応らしく、土浦日大に肩入れしていた。〝あんたらは勝ち組なんだから、野球ぐらい遠慮しろよ〟が本音だろう。エリートへの生理的反感なのか、スタンドの盛り上がりにも忌避感を覚えていたようだが、決勝では慶応が8対2で快勝し、仙台育英の夏連覇を阻止した。彼らと同じ年の頃、俺は〝東京砂漠で野垂れ死に〟の確率が高い引きこもりのフリーターだった。その時、俺はどんな風に感じていたのかを、最近になって思い知らされている。というのも、年を取って眠りが浅くなり、当時の閉塞状況そのものの悪夢で目覚めることが何度かあった。人生とは不思議なもので、60代と青春時代がリンクしてしまった。自身の20代の鬱...「青春神話」~行き詰まりの青春に未来はあるか

  • 「しろいろの街の、その骨の体温の」~暑気払いは村田沙耶香

    ニューヨーク大学は遺伝子を組み換えたブタの腎臓が脳死患者に移植され、30日を過ぎても拒絶反応が出ることなく機能し続けていると発表した。重なったのは〝現代のジュール・ベルヌ〟ベルナール・ヴェルベール著「われらの父の父」だ。ヴェルベールは同作で霊長類に加え、もうひとつの動物をヒトの祖先として挙げていた。それはブタで、ヒトの臓器と互換性が高いというデータだけでなく、人肉の味が似ているというカニバリストの証言に沿っている。穢れゆえブタを口にしない本当の理由は<禁忌>かもしれないと、イスラム教徒やアメリカのキリスト教保守派が激怒しそうな仮説は衝撃的だった。知的エンターテインメントとして高いレベルの著書は、なぜか全て絶版になっている。酷暑で心身ともダウンしている。せめて脳だけでも活性化しようと村田沙耶香著「しろいろの...「しろいろの街の、その骨の体温の」~暑気払いは村田沙耶香

  • 「パルプ・フィクション」~映画で遊ぶタランティーノ

    藤井聡太竜王への挑戦者が同じ年生まれの伊藤匠七段に決まった。合わせて41歳のタイトル戦で、棋界は世代交代が進みそうだ。伊藤は小学生の頃、藤井を負かしたことがあり、その時に藤井が号泣したのは有名なエピソードだ。20歳前後の有望棋士も多く、棋界は上げ潮に乗っている。朝日杯では三井住友トラストグループが特別協賛に名乗りを上げた。世間だけでなく、俺の中でも戦争は風化している。俺が生まれた1956年の「経済白書」は<もはや戦後ではない>で結ばれた。経済復興をもたらしたのは朝鮮戦争勃発による<朝鮮特需>と、産業構造の変化による<神武景気>である。隣国での戦争に加え、1960年代の<ベトナム戦争特需>も高度成長に寄与した。きょうは79回目の敗戦の日だが、岸田政権は殺傷兵器の輸出解禁に向けた議論を加速させている。日本は戦...「パルプ・フィクション」~映画で遊ぶタランティーノ

  • 「ぼくはウーバーで捻挫し――」~斎藤幸平の分岐点

    世界を凄まじい熱波が覆い、アメリカでは45度超えの地域が続出している。グレタ・トゥーンベリが警鐘を鳴らした気候危機を真摯に受け止めた先進国はなく、世界は崩壊の緖についた。環境問題のみならず、日本にも抜本的な変革を説く識者はいる。そのひとりが<脱成長コミュニズム>を掲げる斎藤幸平(経済思想家、東大大学院准教授)だ。市場原理主義からのコモンの奪還を説いた「人新世の『資本論』」は50万部超のベストセラーになった。<ローカリゼーション>、<持続可能>、<多様性>、<ワークシェア>といった言葉がちりばめられた同書のあとがきに<SNS時代、3・5%の人々が本気で立ち上がると社会は大きく変わる>という政治学者の言葉が紹介されていた。書斎から抜け出し、自らも〝3・5%〟への一歩を踏み出した経緯を綴ったのが「ぼくはウーバー...「ぼくはウーバーで捻挫し――」~斎藤幸平の分岐点

  • 「シモーヌ」~世界を変えた崇高な意志

    藤井聡太七冠と豊島将之九段による王座戦挑戦者決定戦は159手で藤井が制し、永瀬拓矢王座に挑む。1分将棋が続き、いずれにもチャンスがあった二転三転の大熱戦で、AI、いや人知を超えた神局と称賛されている。終局後、笑みを時折浮かべながら長時間の感想戦を行った両者に、将棋への純で熱い思いが窺えた。今年になってフランス関連の小説と映画を3作紹介してきた。キーワードは<女性の権利>である。アニー・エルノー著「事件」の主人公は熟年の大学教員で、彼女が大学生だった1960年代に経験した中絶の一部始終が記されている。「パリタクシー」でシャルルが乗せたマドレーヌは女性解放のアイコンとして名を刻む女性だった。そして、妊娠したアフリカ系女性の葛藤を描いた前稿の「サントメールある被告」である。新宿で先日観賞した「シモーヌフランスに...「シモーヌ」~世界を変えた崇高な意志

  • 「サントメール ある被告」~曖昧な境界に迷い込む法廷劇

    4年ぶりに開催された隅田川花火大会に足を運んだ。知人が申し込んだ有料席で満喫した至高のページェントは冥土の土産かもしれない……。そんな風に考えてしまったのは理由がある。混雑を避けるため三ノ輪駅から会場まで歩いて往復したが、帰り道、前に進まなくなった。腰が痛くなり、バランスが崩れてフラフラする。脳梗塞と熱中症が重なったのか、駅や道で何度も休憩しながら思い出していたのは父である。花火マニアの父は毎夏、いくつもの花火大会をはしごしていた。仕事に遊びにアクティブに取り組むバイタリティーに感心していたが、今の俺と同じ年の頃(60代半ば)に母と所用で上京した際、衰えを痛感する。ゆっくり歩いて何度も休み、結局タクシーを拾ってホテルに向かった。4年後に召されたが、俺にも遠からず〝その日〟が来るかもしれない。確執というほど...「サントメールある被告」~曖昧な境界に迷い込む法廷劇

  • 「また会う日まで」~ちりばめられた池澤夏樹の思い

    森村誠一さんが亡くなった。731部隊の真実に迫った「悪魔の飽食」に衝撃を受けたが、小説は読んだ記憶がない。佐藤純彌監督による「人間の証明」と「野生の証明」は素晴らしい映画だったが、「棟居刑事シリーズ」、「終着駅シリーズ」など森村誠一原作と銘打たれたドラマに人間の本質への洞察の深さを感じた。反戦平和の思いを作品に託した作家の冥福を祈りたい。池澤夏樹著「また会う日まで」(朝日新聞出版)を読了した。700㌻以上の長編だがゆったりとした叙述に基づく歴史小説で、キリスト教徒、海軍軍人、天文学者の三つの貌を併せ持った秋吉利雄を主人公に据えている。折に触れて綴られる秋吉の心の内が〝巨視の人〟である作者自身と重なるのは当然で、秋吉は池澤の大伯父にあたる。多くの親族が登場するが、そのうちのひとりが池澤の父である福永武彦だ。...「また会う日まで」~ちりばめられた池澤夏樹の思い

  • 「告白、あるいは完璧な弁護」~人間の深淵に迫る凍えた迷路

    電車の中の風景が大きく変わった。20年前、座っている人の多くは新聞、雑誌、本を読んでいたが現在、殆どの人はスマホを手にしている。人々の思考が単純化されたことを象徴する言葉が<炎上>だ。想像力を失った人たちが匿名性に隠れ、事実と異なる思い込み(幻想)に基づき他者を攻撃する。読書の習慣が廃れたことで、リテラシー(正しく理解して表現する力)の欠落が蔓延している。泉谷しげるは映画「軍旗はためく下に」(深作欣二監督)にインスパイアされ1973年に「国旗はためく下」を発表した。日本軍の蛮行への怒りを背景に、同調圧力に弱く、たやすく集団化してしまう日本人を批判した曲を、〝自らへの応援歌〟と勘違いした安倍元首相支持者がいたという。「告白、あるいは完璧な弁護」(2022年、ユン・ジョンソク監督)をシネマート新宿で見た。今年...「告白、あるいは完璧な弁護」~人間の深淵に迫る凍えた迷路

  • PANTAさん追悼~流転し続けた自由な魂

    PANTAさんが亡くなって10日経った。遅きに失した感はあるが、思い出を記すことにする。初めて会ったのは11年前。仕事先の整理記者Yさんに誘われ「PANTA隊」の一員として反原発集会に参加する。PANTAさんに驚かされたのは優しさと気配りだ。カリスマ然とは無縁で、様々な問いをぶつけた俺に丁寧に返してくれた。「『裸にされた街』が一番好きです」と伝えたが、思わぬアンサーがあった。10日ほど後、「アコースティックライブ」に足を運ぶ。アンコールが終わった時、PANTAさんと目が合った(気がした)。すると、「裸にされた街」のイントロが流れたではないか。俺は痛く感動した。代表作を尋ねると、答えは「クリスタルナハト(水晶の夜)」だった。同曲収録曲を演奏する際、「俺はもちろんイスラエル支持ではない。今のイスラエルはパレス...PANTAさん追悼~流転し続けた自由な魂

  • 「断捨離パラダイス」~喪失の哀しみがごみ屋敷を生む?

    PANTAさんが亡くなった。享年73。話し込んだのは一度だけだったが、至福の時間は心に刻まれている。日本の音楽シーンに変革をもたらしたロッカーの冥福を祈りたい。次稿で思い出を綴るつもりだ。訃報に触れるたび、皮膚が剥がれるような痛みを覚える。断捨離は<不要な物を断ち、物への執着を捨てること>だが、66歳にもなると、時を共有した人々が召され、記憶の箱から物事が消えている。断捨離≒終活といえなくもない。新宿武蔵野館で先日、「断捨離パラダイス」(2023年、萱野孝幸監督)を見た。全編福岡ロケで2週間限定公開とインディーズ色が濃い作品だった。6篇からなるオムニバス形式のヒューマンコメディーである。第1篇と第6篇は主人公の白高律稀(篠田諒)に照準を定めている。律稀は有望なピアニストだったが、原因不明の手の痺れでキャリ...「断捨離パラダイス」~喪失の哀しみがごみ屋敷を生む?

  • 「オルガ」~心を打つ至高の愛

    王位戦第1局は藤井聡太7冠が挑戦者の佐々木大地七段を破り、防衛に向け幸先良いスタートを切った。佐々木は後手ながら意表を突く研究手で1日目から優位を築く。2日目の午前中は五分に戻り、その後は藤井の手厚い指し手に投了に追い込まれたが、棋聖戦、王位戦を通しての佐々木の頑張りは評価に値する。A級順位戦初戦で渡辺明九段を破った佐々木勇気八段とともに、棋界の旬は<佐々木>だ。66歳の今、無職ゆえ、部屋でゴロゴロしながら来し方を振り返っている。失敗だらけの人生で記憶から消し去りたいことが多過ぎる。恋愛についても、自身の過去の、いや現在の未熟さが恥ずかしくなり、目が冴えて眠れなくなることもある。心をクリーンアップしようと、ベルンハルト・シュリンク著「オルガ」(新潮クレスト・ブックス)を選んだ。シュリンクは「朗読者」(19...「オルガ」~心を打つ至高の愛

  • 「怪物」~<普通>の先にあるものは

    前稿で沢田研二(ジュリー)のバースデーライブの感想を記した。昨日も同じくWOWOWで「ジュリー祭り」(2008年、東京ドーム)がオンエアされていたが、驚いたのは下山淳だ。ルースターズ、ロックンロール・ジプシーズ、泉谷しげるwithルーザーのライブで何度も接してきた下山とジュリーはミスマッチに思えたが、1998年から10年余りギタリストとしてツアーに参加していたと知る。実力をジュリーにも買われていたのだろう。併せて紹介した「土を喰らう十二ヵ月」と共通点がある「怪物」(2023年、是枝裕和監督)を新宿で見た。「土を喰らう――」は山里、「怪物」は諏訪湖周辺とともに長野県がロケ地だ。「土を喰らう――」ではジュリーが枯れた演技で自然に溶け込んでいたが、「怪物」では妻の田中裕子が〝モンスター女優〟ぶりを発揮し、作品に...「怪物」~<普通>の先にあるものは

  • 沢田研二、75歳の現在地~バースデーライブ&「土を喰らう十二ヵ月」

    母や同居していた祖母の影響で歌謡曲が好きだった。1967年2月、タイガースの登場で世界は広がる。グループサウンズを介して洋楽の扉を叩き、ビートルズにも接するようになった。WOWOWで先日放映された沢田研二(ジュリー)の75歳の誕生日に開催された「バースデーライブ」(さいたまスーパーアリーナ)と主演作「土を喰らう十二ヵ月」を併せて見た。まずはライブから。ジュリーは虎の着ぐるみ姿で登場し、ステージには岸部一徳(ベース/当時修三)、森本太郞(ギター)、瞳みのる(ドラム)の姿がある。「シーサイド・バウンド」からタイガース時代のヒット曲が演奏され、当時の思い出を語り合うまったりした展開だった。岸部はベーシストとしてレッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズが絶賛したほどの実力者で、森本はプロデューサー、作曲家...沢田研二、75歳の現在地~バースデーライブ&「土を喰らう十二ヵ月」

  • 「覇王の譜」~現実を写すエキサイティングな将棋小説

    棋聖戦第2局は佐々木大地七段が藤井聡太7冠を破り、1勝1敗のタイになった。時間が切迫する中、佐々木の受けの緩手と藤井の攻め急いだ龍切りで形勢は不明になる。佐々木が5五角の妙手で藤井を押し切った。難解でスリリングな展開を常に制してきた藤井に逆転勝ちした佐々木の底力に瞠目させられる。無敵の藤井にライバルが現れたか。王座戦挑決T準々決勝の藤井対村田顕弘六段戦も衝撃的だった。村田は板谷四郎九段の孫弟子で、その息子である板谷進九段の孫弟子に当たるのが藤井と、同門対決でもあった。〝安全牌〟と見做されていた村田は対局前、「棋士人生を懸けて指す」と決意を明かし、「村田システム」で優位を築いて、終盤はAI評価値で95%以上になる。藤井の勝負手△6四銀で怪しくなり、受け間違えた村田が即詰みに追い込まれる。AIとの蜜月と藤井の...「覇王の譜」~現実を写すエキサイティングな将棋小説

  • 「アフターサン」~ヒリヒリ肌を擦る喪失の哀しみ

    心身ともに老いを感じている。満身創痍であちこち痛いし、いつも眠い。気力が萎えて読書も進まない。人は老いると二つのパターンに分かれるそうだ。一つは<感動不能性>で、何を見ても聞いても〝これぐらい以前に経験した〟とクールに反応する。もう一つは<感動過敏性>だ。俺は明らかに後者で、先日も映画「アフターサン」(2022年)に心が震え涙腺が緩んだ。脚本も担当したシャーロット・ウェルズ監督の記憶、ホームビデオに残された映像、監督の想像がベースになっている。11歳のソフィ(フランキー・コリオ)は母とエジンバラで暮らしている。両親は離婚しており、ソフィは夏休み、別居している父のカラム(ポール・メスカル)とトルコのリゾート地で過ごした。バカンス中、カラムは31歳になり、20年後に31歳になったソフィ(セリア・ロールソン・ホ...「アフターサン」~ヒリヒリ肌を擦る喪失の哀しみ

  • 「ガルヴェイアスの犬」~100もの主観が織り成す寓話

    日本は様々な矛盾を抱えているが、<国際標準>を志向して少しずつ解決していくだろう……。10代の頃、そんな風に考えていたが、間違っていた。あれから半世紀、この国は先進国の常識から大きく逸脱している。LGBT、選挙制度、そして2年前に廃案になった旧法案を殆ど修正せず提出された入管法改正案も国際人権法とかけ離れている。難民申請は2回まで、3回目は特別な事情がない限り送還措置で、背けば刑事罰というという内容だ。日本の入管制度は、難民申請者の人権や生活を支援するのではなく、収容から放免されても監督するという非人道的な原則に基づいて運用されている。紛争に加え、気候変動によって難民になるケースが今後増えることが想定される。66歳の俺だが、世界を知って<国際標準>を理解したい。その一助として、ポルトガルの小説「ガルヴェイ...「ガルヴェイアスの犬」~100もの主観が織り成す寓話

  • 「渇水」~渇いた心から迸るカタルシス

    世間の目は梨園とジャニーズ事務所に注がれている。芸能界には疎いし、ワイドショーも見ないからあれこれ述べても的外れだと思うが、ジャニーズについてはメディアの忖度もあって、性被害の実態が隠蔽されてきた。立花隆が田中角栄の金脈を暴いた際、大手新聞社の記者連中は<前から知っていた>と嘯いたことと重なった。性被害で蝕まれた者、結果として成功を手にした者……。この微妙な境界が問題を複雑にしており、ジャニーズ系を応援してきたファンの心は揺れているはずだ。そのうちのひとり、ジャニーズ事務所所属の生田斗真が主演した映画「渇水」(高橋正弥監督)を新宿で見た。河林満の同名の原作は33年の芥川賞候補作である。生田の主演作はBSやCSでオンエアされた際に見たことがあるが、スクリーンで接するのは初めてだった。生田が演じるのは前橋市水...「渇水」~渇いた心から迸るカタルシス

  • 先駆者エドガー・アラン・ポーの煌めき

    藤井聡太新名人誕生が大きなニュースになっている。朝日新聞も1面トップだけでなく、2面、社会面も関連記事で埋め尽くされていて、〝日陰者〟の頃から将棋ファンだった俺も感慨ひとしおだった。対局番組をアメフトやラグビー、ボクシングを観戦するように楽しんできたが、最近は上質なミステリーの味わいを覚えている。例えば名人戦第5局。後手藤井の72手目△6六角に渡辺明名人が▲同金と応じていれば優勢を維持出来たが、長考の末に指した▲2三桂で互角になる。この間、両者の脳裏にいかなる局面が表れていたのか凡人にはわからない。これぞミステリーで手練れの解説陣も謎解きは出来なかった。ミステリーの原点を読了した。積読本の中から選んだエドガー・アラン・ポーの短編集2冊(巽孝之訳、新潮文庫)を読了した。「ポー短編集Ⅰゴシック編」には「黒猫」...先駆者エドガー・アラン・ポーの煌めき

  • 「波紋」~壊れる者、壊す者の境界に広がる

    前稿末でダービーを予想した。急に気になった馬として挙げたドゥラエレーデがスタート直後に落馬して競走中止。◎▲△が2~4着も、勝ったタスティエーラを外していたのだから仕方ない。レース中に急性心不全を発症したスキルヴィングがゴール直後に死亡した。動物虐待と非難する声も上がっているが、サラブレッドは〝経済動物〟だ。9割以上が殺処分されているという過酷な事実の上に成立しているのが競馬というゲームである。藤井聡太竜王が渡辺明名人を下し、史上最年少名人と7冠を達成した。後手藤井の6六角を渡辺は同金と取らずに長考。2三桂を打った時点で形勢は五分になった。あとは〝藤井曲線〟でリードを広げて押し切った。合理主義者の渡辺は諦念を滲ませていたが、3日前に叡王戦で藤井に挑んだ菅井竜也八段は2局の千日手の末に敗れた後のインタビュー...「波紋」~壊れる者、壊す者の境界に広がる

  • 日本ダービーの思い出

    コロナ禍以降、海外ロケはなくなったが、再放送を含め「岩合光昭の世界ネコ歩き」(NHK・BSプレミアム)を楽しんでいる。同番組で知ったことのひとつは猫の親和力で、牧場では癒やしをもたらす仕事人として重宝されている。最近ではYoutubeなどでサラブレッドと猫との好相性を示す様子が頻繁にアップされている。投稿者は牧場、厩舎、引退馬協会の関係者で、猫が馬の背中でくつろいでいたり、追いかけっこをしたり、体重差が100倍ほどの両者が鼻面を寄せ合ったりと心和む映像が多い。草食系の馬は集団に馴染み、肉食系の猫は孤独を好むといわれる。接点が少ないように思えるが、繊細かつ臆病で、音に敏感という共通点がある。ちなみに、生産界と猫との結びつきは強い。ストームキャット(嵐の猫?)はアメリカの大種牡馬で、その血脈は日本でも多くのG...日本ダービーの思い出

  • 高橋和巳「悲の器」再読~破滅の理由は〝愛せない罪〟?

    名人戦第4局(福岡)は衝撃的な結末だった。先手の藤井聡太竜王(6冠)が69手目に指した7五角に、渡辺明名人が投了を告げる。一局を通して攻勢に出た渡辺だったが、藤井は積極的に応戦しリードを広げた。感想戦では1日目の38手目、渡辺が指した8八歩が敗着だったという結論が出たそうで、将棋というゲームの恐ろしさを実感する。藤井は次の手を封じた。2日目の夕食休憩前、AI評価値が88対12の段階での投了は早過ぎる気もしたが、アベマで解説していた郷田真隆九段は「これ以上、指しようがない」と分析していた。現地で大盤解説を担当していた中田功八段は羽生善治九段の言葉<AIになく人間にあるのは美意識>を引用して、「名人はここで投了です」と断言する。その通りになってファンの喝采を浴びていた。藤井が美意識を纏う日は来るのだろうか。若...高橋和巳「悲の器」再読~破滅の理由は〝愛せない罪〟?

  • 「不思議の国の数学者」~数式が奏でる至高のハーモニー

    オークスの予想を。<3歳春は距離適性より完成度>である以上、桜花賞を鬼脚で差し切ったリバティアイランドが本命だが、②着コナコーストは買う気がしない。今期31勝を挙げリーディング10位の鮫島駿は、ミスもなかったのに下ろされる。新しい鞍上はヴィクトリアマイル(VM)で物議を醸したレーンだ。桜花賞③着馬ペリファーニアに騎乗する横山武はVMでレーン騎乗のソダシの斜行に怒り心頭だったし、桜花賞⑤着のドゥアイズの鞍上は不可解な乗り替わりでソダシをレーンに奪われた吉田隼だ。レーンを軸に織り成された〝ドロドロの感情〟が結果に反映するかもしれない。◎⑤リバティアイランド、○⑭ペリファーニア、▲⑫ハーパー、注⑯ドゥアイズ、△⑰シンリョクカでいく。朝鮮半島の緊張関係を背景に製作された韓国映画は数多い。脱北者をテーマにした作品で...「不思議の国の数学者」~数式が奏でる至高のハーモニー

  • 「黄色い家」~東京を彷徨するデラシネたちの魂

    別稿(2022年7月15日)で紹介した「怒り」(吉田修一著)の映像化作品(16年、李相日監督)をWOWOWで見た。八王子で起きた夫妻惨殺事件の現場に、<怒>の血文字が残されたが、山神一也容疑者の足取りは1年経っても掴めない。渡辺謙、宮崎あおい、松山ケンイチ(房総)、妻夫木聡、綾野剛、高畑充希(東京)、森山未來、広瀬すず(沖縄)と3地域がカットバックして進む群像劇で、原作で比重が大きかった捜査陣の登場は最小限にとどめられていた。妻夫木と綾野が演じるゲイカップルの苦悩は、サミットに向け超党派の議員が「LGBT理解増進法案」提出を目指している時機にフィットしている。日本はジェンダー、選挙制度など多くの点で〝先進国基準〟を満たしていない。国民に支持されている同性婚や夫婦別姓の法制化を阻害しているのは神政連、統一教...「黄色い家」~東京を彷徨するデラシネたちの魂

  • 「いつかの君にもわかること」~未来に紡ぐ父子の絆

    棋界で現在、最も注目されているのは佐々木大地七段だ。師匠は同郷(長崎)の深浦康市九段で、棋聖戦挑決トーナメントで渡辺明名人、永瀬拓矢王座を連破して藤井聡太6冠に挑む。王位戦でも連続タイトル挑戦を懸け、羽生善治九段と相まみえる。3勝1敗と藤井に勝ち越している藤井キラーの師匠は、弟子に秘策を授けられるだろうか。前稿で紹介した「パリタクシー」同様、死に彩られた「いつかの君にもわかること」(2020年、ウベルト・パゾリーニ監督)をMorc阿佐ヶ谷で見た。「パリタクシー」がカラフルな風景画なら「いつかの――」はモノクロの水彩画の趣がある。パゾリーニといえば思い出すのが前作「おみおくりの作法」だ。主人公のジョン・メイはロンドンの民生係で、行旅死亡人、身寄りのない死者に真摯に向き合う。情熱の源は自身の孤独だった。両作に...「いつかの君にもわかること」~未来に紡ぐ父子の絆

  • 「パリタクシー」~パリの街並みが映す波瀾万丈の人生

    ベイスターズファンにとって、バウアーは頼りになる〝優勝請負人〟だ。女性暴行疑惑は不起訴処分になったが、ファン離れを恐れて契約するMLB球団はなく、日本にやってきた。好投に心から拍手を送れない複雑な思いを抱えている。若手騎手がスマートフォン不適切使用を理由に30日間の騎乗停止処分を受けた。控室にスマホを持ち込んだ女性騎手4人、調整ルームで通話した今村と角田の計6人である。パワハラやセクハラが横行した競馬サークルの状況を変えるため、騎手だけでなく関係者は長い間、闘ってきた。その恩恵を受けた藤田を除く女性騎手のルール違反に、常態化していたと疑念を持たれるのは当然だ。「レース映像をチェックしていただけ」と擁護の声も上がっているが、〝やらかし〟の数では人後に落ちない俺でさえ、公正競馬の根幹に関わる問題だけに処分は甘...「パリタクシー」~パリの街並みが映す波瀾万丈の人生

  • 「巨匠とマルガリータ」~スターリン独裁下ではじけるイリュージョン

    野良猫ミーコとの交遊をブログで記してきた。複数のお得意さんと寝場所をキープしたミーコは、老齢(10歳以上?)ながら極寒期を生き延びる。<餌を与える人-野良猫>という関係とはいえ、彼女の逞しさに感嘆している。空腹でない時は道端に寝そべり、俺に対してだけではないがタッチを待っている。愛に似た感情を表現しているのだ。猫が活躍する小説を読了した。「巨匠とマルガリータ」(ミハイル・ブルガーコフ著、水野忠夫訳/岩波文庫)で、上下800㌻超の長編だ。人の言葉を話すおしゃべりで巨大な黒猫ベゲモートは、催眠術師コロヴィエフらとともに悪魔ヴォランドの手下である。本作を知るきっかけは映画「オットーという男」で、主人公と亡き妻との絆がベースになっていたが、「巨匠とマルガリータ」でもマルガリータの巨匠に寄せる思いがヴォランドを衝き...「巨匠とマルガリータ」~スターリン独裁下ではじけるイリュージョン

  • 「サーチ2」~母への思いがサイバー空間を疾走する

    将棋の名人戦第2局は先手の藤井聡太6冠が渡辺明名人を破り、2連勝と好スタートを切った。中盤はねじり合いが続いたが、終盤は藤井が怒濤の寄せを見せる。叡王戦では完敗したが、短期間でショックを払拭していた。若い王者の心身のタフネスさは驚嘆に値する。他者や社会といかに繋がっていくべきか……。この問いの前提にある<繋がっていくことに意味がある>という価値観は間違ってはいないが、受け止め方に個人差はある。亡き妹は父系の商売人の気質を受け継いでおり、多くの人と繋がっていた。葬儀には普通の主婦では考えられない数の人か参列し、涙の洪水状態になる。母系はというと、名を成した祖父だけでなく祖母、母、母の2人の姉も晩年は繋がりから遠ざかった。俺は母系のDNAが濃いが、それでも社会の扉を叩くことがある。グリーンズジャパン(緑の党)...「サーチ2」~母への思いがサイバー空間を疾走する

  • 陽春の候の雑感~杉並区議選、チャンピオンリーグ、活字離れ、将棋と囲碁の格差

    杉並区議選でブランシャー明日香さんが当選を果たした。新人ながら19位(定数48)だから大健闘といえるだろう。俺が所属するグリーンズジャパン公認候補でもあり告示前と告示後に合わせて4回、街宣に足を運んだ。岸本聡子区長が何度も応援に訪れたこともあり、駅頭では多くの人が足を止めていた。「ゼロカーボンシティ杉並」共同代表として進行役を務めたイベントで岸本区長と対談した斎藤幸平東大大学院准教授からも応援のメッセージが送られてきた。岸本区長とともにミニシュパリズム(対話と参加の住民自治)を進め、ジェンダー平等と多様性尊重、ゼロカーボンを日本、いや世界に発信してほしい。最近は欧州チャンピオンズリーグ(CL)をチェックしている。今季はセリエA勢が躍進した。ベスト8にナポリ、ACミラン、インテルが進出したが、リーグで独走す...陽春の候の雑感~杉並区議選、チャンピオンリーグ、活字離れ、将棋と囲碁の格差

  • 「生きる LIVING」~原作に加味された若者への希望

    内閣支持率は上昇傾向で、調子に乗った麻生元首相は防衛力強化を推進する岸田首相を持ち上げつつ、「戦える自衛隊に変えていくべき」と発言した。日本は敵基地攻撃能力保有に突き進み、平和憲法の精神は風前の灯だ。統一地方選の結果に、暗澹たる気分になる。世界の流れと真逆のネオリベラリズム(緊縮、民営化)を説く維新が躍進した。いいこともある。白内障の手術が両目とも終わり、視力が0・04から0・5にアップした。50年以上ぶりになる〝ノー眼鏡〟での字幕の見え方を確認しようと新宿で「生きるLIVING」(2022年、オリヴァー・ハーマナス監督)を見た。黒澤明の「生きる」をカズオ・イシグロの脚本で同時代のイギリスに置き換えた作品だ。傑作のリメイクは簡単に受け入れられないが、「生きるLIVING」は世界中の映画祭で高評価を得た。黒...「生きるLIVING」~原作に加味された若者への希望

  • 「面影と連れて」~魂が時空を超えて交流する目取真俊の世界

    最終回は今夜なので未見だが、連続ドラマW「フェンス」はテーマ性とエンターテインメント性を兼ね備えた秀逸な作品だ。復帰50年を迎えた沖縄で起きたレイプ事件の真相に、元キャバ嬢のキー(松岡茉優)とカフェバー経営者の桜(宮本エリアナ)が迫る。キーは日本人とアジア系、桜は日本人とアフリカ系米国人のミックスバディで、キーと旧知で警官の伊佐(青木祟高)が協力する。地上波ではタブーになっている日米地位協定、珊瑚礁破壊、辺野古移設問題、沖縄を食いものにする癒着に加え、福島原発による子供たちの被曝まで言及している。WOWOWだからこそで、野木亜紀子の脚本はジェンダーや女性の繊細な心理まで踏み込んでいた。別稿(2022年6月14日)の冒頭で紹介したドキュメンタリー「サンマデモクラシー」でナビゲーターを務めた志ぃさーが骨のある...「面影と連れて」~魂が時空を超えて交流する目取真俊の世界

  • 「ロストケア」~救いと裁きのスリリングな狭間

    白内障の手術は右目の方は終わったが、近日中に左目の方を受ける。両目の見え方の差が大きいので映画は控えようと思っていたが、邦画なら大丈夫だろうと「ロストケア」(2023年、前田哲監督)を新宿で見た。原作は13年発表の葉真中顕著「ロスト・ケア」である。少子高齢化、格差拡大、福祉予算削減、弱者切り捨てと日本社会の闇を穿つ作品で、我が身に重なる部分が幾つもあった。公開後3週間足らずなのでストーリーは最小限に、感想と背景を記したい。斯波介護士役の松山ケンイチ、大友検事役の長澤まさみのダブル主演で、両者が対峙するシーンは緊迫感があった。閉ざされた空間における言葉のキャッチボールを描いた「対峙」(23年2月22日の稿)を紹介したが、「ロストケア」の濃密度も匹敵するレベルだった。訪問介護センターに勤めている斯波は、献身的...「ロストケア」~救いと裁きのスリリングな狭間

  • 「死してなお踊れ 一遍上人伝」~アナキズムとは捨てること

    年金受給年齢の62歳から64歳への引き上げを巡って、フランスではデモやストライキが頻発し、先月下旬には2度、100万人前後が抗議運動に参加した。製油所と学校の閉鎖、交通網の混乱など影響はあったが、〝富裕層の代弁者〟マクロン大統領への批判の声はやまない。勤勉でおとなしい日本人はお上の言いなりだが、労働への執着が小さいフランス人は、「死ぬまで働かせやがって」と不満を隠せないのだ。「日本でこんなこと起きないかなあ」と羨望の眼差しを向けている不逞の輩もいるかもしれない。そのうちのひとりがアナキズム研究者、いやアナキストの栗原康著「死してなお踊れ一遍上人伝」(河出文庫)を読了した。栗原を紹介するのは「村に火をつけ、白痴になれ~伊藤野枝伝」、「サボる哲学~労働の未来から逃散せよ」に次ぎ3作目になる。栗原が大杉栄のパー...「死してなお踊れ一遍上人伝」~アナキズムとは捨てること

  • プロ野球開幕~球春に溶ける60年の記憶

    まずは訃報を。坂本龍一さんが亡くなった。享年71、がん闘病の末に力尽きた。YMO、そして「戦場のメリークリスマス」や「ラストエンペラー」で手掛けた楽曲の記憶が鮮明に残っている。反原発集会でアピールするなど社会と向き合う姿勢も感銘を覚えた。時代を変えた革新的なアーティストの死を惜しみたい。藤浪(アスレチックス)の投球にがっかりした。いいスタートを切ったのに、ランナーをためると制球を乱し、集中打を浴びる姿は阪神時代そのままだ。11年前、センバツで投げ合った時は藤浪(大阪桐蔭)が大谷(花巻東)に投げ勝った。素質は互角だったはずだが、決定的な差が生じたのはなぜだろう。「春は嫌い。浮き浮きしている周りとそぐわないから」……。これが俺の口癖だ。20歳を過ぎて外れ者、すね者まっしぐらになった俺の偽らざる本音だが、10代...プロ野球開幕~球春に溶ける60年の記憶

  • 「オットーという男」~孤独な男が開けたカラフルな世界への扉

    白内障の手術をした。先日は右目で、左目は2週間後になる。要したのは20分前後で、シュールな万華鏡のような画像が写っていた。目という繊細な部位にメスを入れるなんて、さすが医師というべきか。翌日、眼帯を外したら、クリアな世界が広がっていた。左目の術後、眼鏡なしの日々を送れるかもしれない。5時間ほどの日帰り入院だったが、周りは高齢者ばかりで、車椅子で移動している患者も多い。改めて実感させられた老いをテーマに据えた「オットーという男」(2022年、マーク・フォスター監督)を新宿で見た。始まって数分でデジャヴを覚えたのも当然で、本作はスウェーデン映画「幸せなひとりぼっち」(17年、ハンネス・ホルム監督)のリメークである。ユーモアとエンターテインメントがハリウッド風味で味付けされていた。内容は似ていてもこの6年、俺の...「オットーという男」~孤独な男が開けたカラフルな世界への扉

  • 「ダブリナーズ」~記憶と想像力で紡がれた都市小説

    ベイスターズファンゆえ、WBC決勝で今永が炎上しないか心配だったが、ソロホームラン1本で抑えたことで、試合の流れを壊さなかった。WBC狂騒曲は鳴りやまず、<リスペクト>を体現した日本チームの軸はもちろん大谷だった。試合前の円陣での「(米国チームに)憧れないように戦いましょう」、そして試合後、アジア各国の野球の発展に言及したことなど、大谷の意識の高さと発信力はMVPに相応しい。ダルビッシュは初日から宮崎キャンプに参加し、若い選手と積極的に交流した。日本ハム入団時、本人いわく自業自得だが、先輩選手に冷たくあしらわれた。その時、新庄、坪井、森本の3人が目を掛けてくれたことを感謝している。自身の経験からチーム内の風通しを良くする緩衝材の役割を買って出たのだろう。〝陰のMVP〟である。何度か記しているように近々、白...「ダブリナーズ」~記憶と想像力で紡がれた都市小説

  • 「コンパートメントNo.6」~極寒の地が心を溶かす愛の寓話

    ホワイト(白)つながりの毎年恒例の企画「ピーチスワン白鳥×白酒のホワイトデーに贈る★百夜噺」(3月14日、かめありリリオホール)に足を運んだ。〝古典本寸法〟桃月庵白酒→仲入り→〝新作の第一人者〟三遊亭白鳥の進行で会は進む。今回は「宿屋の仇討」を古典と新作で演じるという趣向で、白酒の安定感とテンポに、白鳥のアヴァンギャルドと毒と、個性が異なる芸を堪能出来た。注目度は大谷翔平に遠く及ばないが、藤井聡太も負けていない。19日の棋王戦第4局で、渡辺明棋王を破り6冠を達成し、NHK杯(録画)では佐々木勇気八段を下して一般棋戦完全制覇を成し遂げた。藤井は終盤力に加え、序中盤での積極的な差し回しでモンスター化している。大谷のような柔らかい自然体で人々を魅了する日は来るだろうか。心がしっとり潤う映画「コンパートメントNo...「コンパートメントNo.6」~極寒の地が心を溶かす愛の寓話

  • 「ヨーロッパ・コーリング・リターンズ」~英国から日本を撃つ

    14日付朝刊1面には<袴田さん再審決定>と<大江健三郎さん死去>の二つの大見出しが躍っていた。袴田巌さん、冤罪、死刑制度については繰り返しブログで綴ってきた。映画「獄友」(金聖雄監督)では元プロボクサーで将棋が強い袴田さんの魅力的な素顔が描かれていた。無罪確定をきっかけに、司法制度全般について議論が進んでほしい。大江健三郎さんが亡くなった。享年88である。膨大な作品群のうちで、俺が読んだのは文庫にして10册にも満たない。俺は大江さんを〝政治音痴〟と揶揄したことがあったが、<常に社会に向けて発信することが文学者の責任>と自身に鞭打ってきたことは明らかだ。多くの作家は大江さんの作品だけでなくスピリッtを受け継いでいる。偉大な作家の死を惜しみたい。第3回「もっとちゃんと知りたい気候危機!今私たちに何ができるの?...「ヨーロッパ・コーリング・リターンズ」~英国から日本を撃つ

  • 「ケイコ 目を澄ませて」~岸井ゆきのの燦めきに魅了される

    3・11から12年……。亡くなった方の冥福を改めて祈りたい。原発事故で故郷を離れた被災者のことを思うと、どんな言葉も軽くなる。直後に没交渉だった人のことが気になり電話したことで、人生は転機を迎えた。原発や気候問題への関心が強くなってグリーンズジャパン(緑の党)に入会し、復興を確認するため、何度も東北を訪れた。俺にとっても3・11の影響は大きかった。藤井聡太竜王(5冠)がA級順位戦プレーオフで広瀬章人八段を破り、渡辺明名人への挑戦権を獲得した。棋王戦第3局での詰め逃しのショックが心配だったが、〝異次元〟の強さを見せつけた。藤井は6歳の時、<将棋の名人になる>と作文に綴っている。夢の実現にあと一歩まで迫った。夢って一体何だろう。そんなことを考えさせられる映画を見た。「ケイコ目を澄ませて」(2022年、三宅唱監...「ケイコ目を澄ませて」~岸井ゆきのの燦めきに魅了される

  • 「猫と庄造と二人のをんな」~猫と人間との官能の揺らめき

    大谷翔平が日本代表合流初戦で3ランを連発し、異次元の天才ぶりを見せつけた。大谷に劣らぬ衝撃を与え続けている藤井聡太5冠が棋王戦第3局で、スリリングで恐ろしい将棋というゲームの本質をファンの記憶に刻み込む。秒読みでAIの評価値がジェットコースターのように乱高下する展開を渡辺明棋王が制し、1勝2敗で防衛に望みを繋いだ。互角の中盤、長考した藤井が指した▲7六銀で優勢になった渡辺だが、勝利を決定づける△3七桂に気付かない。評価値は90%以上、渡辺に傾いたが、受けに回った瞬間、99%から1%と藤井の必勝形になる。その直後、〝奇跡〟が起きる。藤井が詰めを見逃したのだ。ミスに気付いた藤井は動揺を隠せず、渡辺が着実に押し切った。AI超えと評される藤井にとって〝人間の証明〟といったところか。藤井はあす、広瀬章人八段とA級順...「猫と庄造と二人のをんな」~猫と人間との官能の揺らめき

  • 「逆転のトライアングル」~格差社会をブラックユーモアにくるんで穿つ

    A級順位戦最終局で藤井聡太5冠が稲葉陽八段を破り、菅井竜也八段を下した広瀬章人八段と名人位挑戦を懸けてプレーオフで戦う。藤井は現在、先手番で28連勝中だから、最年少名人に向けた一局は振り駒にも注目だ。竜王、王位を1期ずつ獲得した広瀬も充実期を迎えており、竜王戦の雪辱に気合が入っているはずだ。8日の対局を心待ちにしている。WOWOWの人気ジャンルの一つは北欧ミステリーだ。ドラマは素通りしているが、同局でオンエアされたデンマーク発のサスペンス映画「特捜部Q」シリーズ(全5作)をまとめて見た。人間の闇と深淵に迫る内容で、ユッシ・エーズラ・オールスンの原作は世界中でベストセラーになっている。北欧といってもスウェーデン発の「逆転のトライアングル」(2022年)を新宿で見た。同国出身のリューベン・オストルンド監督は前...「逆転のトライアングル」~格差社会をブラックユーモアにくるんで穿つ

  • 「二重人格」~青年ドストエフスキーの懊悩

    パンサラッサがサウジカップを制した。雌伏の時期を経てトップ調教師に上り詰めた矢作芳人師とスタッフ、乗り馬に恵まれないものの地道に騎乗を続ける吉田豊騎手が、JRAでダート経験1回(11着)の同馬を世界最高峰のダートレース制覇に導いた。日本の競馬から消えてしまった夢と奇跡を目の当たりい出来て胸が熱くなった。朝日杯準決勝の豊島将之九段戦で絶体絶命から這い上がった藤井聡太竜王(5冠)は勢いそのまま決勝で渡辺明名人を破った。中1日で臨んだ王将戦第5局では羽生善治九段との二転三転の激闘を制し、3勝2敗と防衛に王手をかけた。AIの評価値が藤井30%を示した時、屋敷伸之九段は「人間的には藤井さんの方が指しやすいように見える」と解説していた。対局番組の楽しみの一つは、AIと人間の感性との微妙な距離だ。前々稿で記したように、...「二重人格」~青年ドストエフスキーの懊悩

  • 「対峙」~加害と被害を超える赦しと癒やし

    先日、京都に日帰りし、ケアハウスから特養に移った――といっても同じ施設内であるが――母の手続きを代行した。3カ月ぶりに会った母は穏やかな様子だった。頑固で非社交的だが、職員たちに全幅の信頼を置いているようで、感謝の言葉を並べていた。世間的にいう〝仕事が出来る〟とは大抵、〝要領がいい〟と同義だが、介護、看護では人間の本質が試される。俺のような人間には到底無理な仕事なのだ。親不孝な俺は両親に迷惑をかけ続けていた。30代手前まで定職に就かず、よくいえばフリーターだが、実態はひきこもりの走りであったことはブログにも綴ってきた通りだ。母は俺が何かやらかすんじゃないか不安で、朝のニユースや新聞を見るのが怖かったという。知り合ったばかりの友人に「おまえ、爆弾でも造ってるんか」と言われたことがある。まあ、危ない、いや危な...「対峙」~加害と被害を超える赦しと癒やし

  • 余寒の候の雑感~白内障、史上最高のスーパーボウル、グリーンズジャパン総会

    この2、3年、視力に異変を感じていた。正面に夕日が落ちると眩しくて何も見えなくなるし、夜道では足元が覚束ない。メガネドラッグでチェックしたが、視力は落ちていなかった。仕事をやめて運動不足になり、数値が悪くなった糖尿病由来と心配になったが、眼科の検査を受け、白内障であることが判明した。膝、腰、肩に歯、そして糖尿病と満身創痍だが、さらに白内障で手術(左右で2回予定)と肉体の衰えはとどまるところを知らない。死ぬまで読書を趣味にしたいというささやかな願望を現実にするためにも、手術は不可欠だ。術後、新しい世界は開けるだろうか。チーフスVSイーグルスのナンバーワン・シードの組み合わせになった第57回スーパーボウルは、史上最高の熱戦になった。放映権料の高騰で、プレミアリーグなどテレビで視聴することは難しくなっている。放...余寒の候の雑感~白内障、史上最高のスーパーボウル、グリーンズジャパン総会

  • 「嫉妬/事件」~共振する熟年女性の精神と肉体

    中田宏樹八段が亡くなった。享年58。毎年高勝率を誇り、〝デビル中田〟と親しまれていた。剛直、クールさ、はにかみを併せ持った実力派の死を悼みたい。王将戦第4局は羽生善治九段が藤井聡太王将を破り、2勝2敗のタイになる。藤井の封じ手が結果的に敗着になったという。達観したような柔らかさに加え、最近の羽生には以前の燦めきが戻ってきた。タイトル通算100期が現実味を増してきた。暇に飽かしてYoutubeを見ることが増えた。猫たちと人との触れ合い、将棋の解説、競馬予想と調教、海外アーティストのライブなどをチェックしているが、最近気になっている〝ジャンル〟は、普通の女性が自身の日常をアップしている映像だ。共通点は<孤独>をウリにしていること。俺が頻繁に眺めているのは<孤独な55歳女>と題されたチャンネルで、顔はもちろん、...「嫉妬/事件」~共振する熟年女性の精神と肉体

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