床擦れは耳にもありや穴惑 ある夜、耳が痛いと言う。脊椎間狭窄症の後遺症で腕や足の痛みを訴えること
父退院帰路は葉桜ばかりなり これを退院というのだろうか。やせ衰え、立つこともできず、ことばもほと
何者といふべきものになれぬまま かはたれのわれ たそかれのわれ 「かはたれ」「たそかれ」。どちら
死してより父とは言葉ひこばゆる 父はことばの人であったと思う。若い頃から仕事にも家事にも本当にま
問うておき話を聞かず餅食ふか 母は以前ほど喋らなくなった。ことばが出てこないせいもあるのだろうが
母の便摘まんで出せる秋日かな 出た便の処理はまだいい。下痢便で大惨事ということもないわけではない
母に摘む今年の苺匂ひたる 苺は秋に苗を植えて、翌年の春に収穫する。一度苗を買うと、そこから蔓(ラ
今日はぼくの誕生日だよと母に言へば掛けてくれたことばは「おはよう」 母の語彙が痩せていく。それに
春の星にじめる人を母とおもふ 努力をする母を見た記憶はない。口癖は「しんどいよ。せんよ」だった。
遠からぬこと思ひつつ毛布掛く 父や母が80歳を過ぎた頃、一緒にいられるのもせいぜいあと7、8年だ
野分めく母より逃ぐる二メートル 珍しく母が怒った。機嫌の悪い日はあっても、他人に対して激しい口調
虹出でて老母の便も出でにけり 母の便が出ると、機嫌が直る。母ではなく私の。介護生活の喜・怒・哀・
菓子握りしめたる老母桃の花 母は糖尿病である。毎日私がインスリン注射をうつ。当然、医者からは「甘
寒卵老母の糧の限られて いまの母は、肉と魚はほとんど食べない。うまく飲み込めないらしく、たいてい
子規の忌のもう一献は律さんへ もし子規の時代に介護ベッドがあったら……。あるいは車椅子があったら
ようこそ、俳介護のページへ ご訪問いただき、ありがとうございます。 本サイトは、老母を介護する日
老母まだおとぎの国に合歓の花 母が寝言をつぶやいている。その顔が笑っている。きっと楽しい夢を見て
やはらかな目覚めの顔で「幸彦か……」とつぶやく母よこの人が好きだ 幸せよりも幸いがいい。もちろん
春曙エンドレスなる母の問ひ 主語も目的語もない。曙に目覚めた母が、「1にしたらどうなる?」と問い
雪女出でぬか母狂へるいま とは言え雪女にも都合はあろうが、母をどう宥めても収まらない日などは、い
さみしさが母から香る星月夜 身体がさみしさを発している。その夜、ベッドに三日月のような形で眠って
浮腫なき母の素足の小さきこと 母の足は夏でも冷たい。そして、いつもむくんでいる。心臓の機能が衰え
紙風船しぼみて子なる時了る 母が私の名前を呼ぶことはほとんどない。息子だと認識している時間はある
冬菫ちよんと突いて母を看に 「菫程な小さき人に生れたし」(※)夏目漱石。ある解釈には、この句の「
秋の夜の母の入れ歯の大・捜・索 ついに入れ歯は出てこなかった。車椅子のクッションの下、枕カバーの
打水をして往診の刻まだし 往診を待つ間というのはどこか落ち着かない。足を骨折して車椅子生活になっ
母が吾を摩ってくるることもあり父にも然るときやありけむ 母が私をさすってくれる。母のベッドを低床
わが父は献身の人梅真白 父や母を詠んだ句に「わが父」「わが母」と詠んだ句はほぼない。もっともだ。
三分の一ほど風邪という老母 母の嚏は一回では終わらない。なぜか一度くしゃみが出ると、十回近く続く
目を閉ぢて脈をとりをる虫時雨 指先に神経を集中する。母の手首の親指側を押さえて脈をとる。母の脈の
臍曲げて厨に寝たるきうりかな もちろん臍を曲げているのはきゅうりではない。だが、母の機嫌を損ねて
臍曲げて厨に寝たるきうりかな もちろん臍を曲げているのはきゅうりではない。だが、母の機嫌を損ねて
わが母は朧なれどもぎゆつと人詰まりて人の密度は高し ああ、これが母なのだ。認知症が進むにつれて、
亀鳴けど聞こえぬ母の耳掃除 子どもの頃よく母が耳掃除をしてくれた。大きな耳垢が取れると嬉しそうに
こは左そは右と着す手が冷た 袖の中でつかまえた母の手は冷たかった。朝、体温と血圧・脈を測り、おむ
こは左そは右と着す手が冷た 袖の中でつかまえた母の手は冷たかった。朝、体温と血圧・脈を測り、おむ
こは左そは右と着す手が冷た 袖の中でつかまえた母の手は冷たかった。朝、体温と血圧・脈を測り、おむ
手にほのと桃の匂ひやおむつ替へ いま母は一人では用を足せない。「おしっこ」と言われると、目の前の
手にほのと桃の匂ひやおむつ替へ いま母は一人では用を足せない。「おしっこ」と言われると、目の前の
汗かかぬ老いを介護の玉の汗 母はほとんど汗をかかなくなった。狭心症や不整脈といった心臓病を抱えて
汗かかぬ老いを介護の玉の汗 母はほとんど汗をかかなくなった。狭心症や不整脈といった心臓病を抱えて
春風に母を洗ひて日に干せり リアルにいのちの洗濯だ。九十歳を過ぎた母と共に暮らしていると、「いの
春風に母を洗ひて日に干せり リアルにいのちの洗濯だ。九十歳を過ぎた母と共に暮らしていると、「いの
元旦も老母の背中掻いてをり 季節も月日も時間も母には関係ない。ただ、内なる要求のままに、食べて寝
元旦も老母の背中掻いてをり 季節も月日も時間も母には関係ない。ただ、内なる要求のままに、食べて寝
初秋や母のいのちの坂いくつ 九月を過ぎるとほっとする。五年前の九月、母が徐脈で入院した。そのまま
初秋や母のいのちの坂いくつ 九月を過ぎるとほっとする。五年前の九月、母が徐脈で入院した。そのまま
地震・津波の被害に遭われた方々、どうぞご無事で・・・。
地震・津波の被害に遭われた方々、どうぞご無事で・・・。
明易の母のお襁褓に夜の重み 二回分・四回分・六回分。何かの回数券ではない。紙おむつの種類である。
明易の母のお襁褓に夜の重み 二回分・四回分・六回分。何かの回数券ではない。紙おむつの種類である。
一万回母を傷つけしその口で吐いてしまへり一万一回目のことば 本当は一万回どころではない。これまで
一万回母を傷つけしその口で吐いてしまへり一万一回目のことば 本当は一万回どころではない。これまで
石鹸玉透けて記憶を病める母 『認知症』という病名に抵抗がある。では、どんな病名がよいか。一時期『
冬の雷母の陰より響くごと はじめて老母の陰部を拭いた。私にとって、それは衝撃だった。その時の感覚
パンを手に眠れる老母小鳥来る 一年の四分の三は母と家にいる。父が死んでから、常に母の傍にいられる
夕焼けて母はわが家に迷子なり 夕暮症候群というらしい。認知症の人が、夕方になると不穏になったり、
手もことば伝へたれどもわれの手のことば足らずを春の蚊が刺す 介護は、手がいのちだと思う。介護の大
草餅やいまは老母の頬を拭く 食べ物を口に運ぶ。当たり前だと思うこんなことが出来ない時がある。それ
吾の手で水洟拭ふ老母、こら! 鼻水が拭ければ何でもいい。母が自分の考えをことばに出来たら、そうと
いわし雲いつ止む母の一人言 幻と喋っているのだろうか。そんな日もあるが、これは会話というより、声
炎昼の床を濡らして母がゐた なにが起きた? 廊下に立つ母の足元が濡れている。失禁したのかと思って
母に脱げと言へば着せたる父が脱ぐ朝の着替への遅々と進まず 介護の家はときに喜劇だ。父母ともに介護
母朧介護の父も朧めく 迂闊だったのは私だ。「そうか、幸彦は息子やったんか。これは迂闊やったなあ…
風花や母の下着を干す父に 母が病んだからというわけではない。共働きのわが家では、若い頃から父は炊
秋ともし母の徘徊数十歩 心臓が止まるかと思った。まだ父が生きていた頃のことだ。秋の夜、車で家から
母病みてある日抽斗よりバナナ いま思えば、あれが前触れだった。ある日、食器棚の引出しから食べかけ
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