chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
きみの靴の中の砂 (サヨナラ —— 旧goo blog版) https://blog.goo.ne.jp/disinfectant1953

このサイトは "Creative Writing" の個人的なワークショップです。テキストは過去に遡り、随時補筆・改訂を行うため、いずれも『未定稿』です。

みなさんに感謝: アラン・ロブ=グリエ アルベール・カミュ 伊藤整 岩科小一郎 エリック・ホッファー 尾崎喜八 金子光晴 クロード・シモン ジャック・ケルアック 田村隆一 辻邦生 辻村伊助 永井荷風 久生十蘭 フィリップ・ソレルス 船知慧 ブルース・チャトウィン ポール・ヴァレリー ミシェル・ビュトール 森鷗外 森茉莉 吉田健一 ル・クレジオ ロラン・バルト

Writer
フォロー
住所
多摩市
出身
杉並区
ブログ村参加

2022/04/07

arrow_drop_down
  • 蚊取り線香と祖母の夏の家

    何についても三十分以上語れるなら(まあ、その内容にもよるけど)、これはかなり長い付き合いがある証拠。ということで、六月に咲きはじめる花の中で、少しは語れるのがホウセンカとハマナデシコ。後者は海へ遊びに行く途中、腰越漁港まで続く砂地の路地に普通に見かけるのが理由。潜在的に、小さな花が好きに違いない。夕飯の後、妙に懐かしくなって、蚊もいないのに蚊取り線香を持ち出してきて三センチほど焚いて香りを楽しんだ。子供の頃、夏休みによく遊びに行っていた、祖母の夏の家を思い出した。 <ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv...蚊取り線香と祖母の夏の家

  • 妙な夢を見させる花

    初冬に種をまき散らすヤマユリが、毎年梅雨のさ中の今頃に花を付ける。日本国原産では、このヤマユリ属の花が一番大きい上に東日本特産というから、なかなかの貴重種である。この花の芳香は、閉め切った部屋に置いて眠ると妙な夢(魔夢とも表現される)を見させるらしく、地方によってはユウレイバナとも呼称される。ラベンダーの匂いでタイムトラベルができるくらいだから、あながち眉唾な話でもなさそうだ。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>妙な夢を見させる花

  • パーゴラのある中庭

    七月のイタリア。フィレンツェの夏。僧院——パーゴラのある中庭。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>パーゴラのある中庭

  • オキナワの少年

    昔と違い、図らずも比較的息の短そうな作家を選び続けている昨今の芥川賞である。まあ、そんなケチを付けることなどどうでもいいとして、さて、生まれてこの方、芥川賞受賞作品をぼくはいったい何作読んだだろう。受賞前に雑誌掲載された時点で読んだものも多いし、受賞作として『文藝春秋』に掲載されたものや受賞後単行本化されたものも含めれば相当数に目を通している。しかし、今、手元にある受賞作品リストを見ても、その作品のストーリーが即座に甦ってくるものはなかなかない。ただ、一作を除いては.....。その一作、第66回(1971年下半期)芥川賞東峰夫(ひがし・みねお1938-)『オキナワの少年』。沖縄が本土に復帰する直前の受賞作である。『オキナワの少年』を数年に一度、無性に読み返したくなる。<fontcolor="#ff9900...オキナワの少年

  • つゆのあとさき

    久し振りに荷風散人の『つゆのあとさき』繙讀に挑む。花柳小説の神髄。今で言えば、二十代のホステスと中年間近の常連客との日常。この作品は二十代から読んでいるが、自分が客の男の年齢になって初めて理解できる気持ちの描写が随所にある。つゆのあとさき

  • ドクダミの味

    庭の隅に咲くドクダミは、これからが盛りの季節。肉厚の白い花は美しいが、強烈な臭いだけは馴染めない。しかし、煎じて飲めば人の体の機能を適切に保つ効果があるらしく、昔から多用途の和漢薬『十薬』としてお茶がわりに飲まれて来た。かつては、ドラッグストアの商品としてもあったが、今は生産者も利用者も減り、加工済みのものは入手が難しくなったようだ。古い文献によると、甲州と駿府の山村では乾燥させたその根を臼で引き、それをご飯にかけて食べたとある。干して臭みを抜き、塩と混ぜて振り掛けにすれば食べられなくもなさそうだ。旅行作家の水口イチ子が言うには、料理にレモンハーブを汎用するベトナムでは、「ドクダミの葉も刻んで薬味としてトッピングするわよ」だとか。イチ子さんに、「それ、食べた?」と聞くと、「どうだったかしら...。さあ、散...ドクダミの味

  • めずらしくない話

    フランツ・リストの略歴を見ると『ピアニスト、作曲家』の順で出てくる。これは、ピアニストとしての実力が作曲家のそれを上回るからと言われている。彼は、確かにたくさんの曲を書いてはいるが、あまりにも駄作が多いのが理由らしい。サラサーテの略歴の『作曲家、ヴァイオリン奏者』とは逆の評価だ。芸術の世界では、めずらしくない話だ。 手近な話として、例えば小説家の肩書を持つ文筆家でありながら世間の評価が『小説よりも雑文・エッセーの方が圧倒的に面白い』と言われた作家は、芥川・直木両賞受賞者にも多い。しかし、これは、文学自体が『第三の新人』あたりをピークに衰退し始めたから、もはや実のある話ではなくなってしまったが…。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=111...めずらしくない話

  • みんな行ってしまった

    時折、読んでいて心地いい文章に出会う。読みながら、寛ぐ気持ちにさせてくれる一文だ。その理由は、句読点を打つ位置(文章の息づかい)や言葉の選び方が自分の方法と近い・似ているというところだ。昔、自分で書いていながら、その内容をすっかり忘れてしまったものがどこかの引き出しから出てきたりして、それを読む時もきっとそんな気持ちになるだろう。確かな共感があれば、原文を書いた人が昔の人かどうか、有名か無名か、男か女か、どんな教育を受け、どんな本を読んでいたのかなどは一切関係ない。文体が体に馴染む文筆家を見つけると、その著作のすべてを読みたくなる。そういう文筆家が、今、頭に四人浮かぶが、もう、みんな川向こうへ行ってしまった。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_...みんな行ってしまった

  • 瞬きしたい午後

    東京都千代田区神田猿楽町。夏休みに入ってこのかた、学生の街はだいぶ閑散とした——特にこの日盛りの時間...。錦華坂を駆け下りてくる都会の風は、古い石積みや狭窄したビルディングの壁の狭間に消えていく。*疲労なのか乾燥なのか、やたらと瞬きしたい午後であった。瞬きしたい午後

  • 真相

    自分の読書傾向に何か特徴的なところがあるだろうかと考えた。『興味をひかれる新しい知識について書かれた本』だとか『とにかく面白そうだから』のように、本好きにとっての普遍的な選択基準を『たいして重要視してこなかった』ことに気付く。では、どのような条件で本を選んできたか——内容はとりわけ斬新である必要はないが、自分の思考に馴染む文体で書かれたもの——それだけだったような気がする。読書傾向に一貫性を欠いてきたことが良かったか悪かったかは分からない。   <ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.g...真相

  • 空調機

    二週間ほど前から軒に小樽硝子の風鈴を下げて涼を呼び込んでいたが、本日遂に、その伝統的神通力も限界に達し、堪らず、この夏初めて部屋の空調機の電源を入れた。<fontcolor="#ff9900">*</font>小さい頃、縁側の雨戸も開け放ち、蚊帳を吊って寝た夏をなつかしく思い出す。毎晩添い寝してくれた祖母は遙か昔に遠くへ行ってしまい、果たしてお婆さんとお別れしてから何年経つのかと数えてみると、手足の指の数を足しただけでは足りず、イチ子の手足の指を借りても、まだわずかに足りないことに呆れ果てた。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts...空調機

  • 夏至

    明日は夏至とはいうけれど…。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>夏至

  • ぼくなりのワケ

    洋画家の叔母が、従姉妹達と夏の間暮らす野尻湖畔のコテージには、その年を最後に遊びに行くのを止めてしまった。高校生になったぼくには、ぼくなりのワケができたのだった。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>ぼくなりのワケ

  • ロバート・デ・ニーロと体脂肪の一件

    海から上がって飲むミルクは、口に残る塩気ですこぶる甘く感じる—— 出来れば冷やし過ぎてないのがいい。普段は牛乳好きではないけれど、夏の海遊びには欠かせなくなった。ところで昔、ロバート・デ・ニーロが役作りで、体重を増やすには牛乳が一番だと言ったと映画雑誌で読んだのを忘れずにいるところからすると、体脂肪について見過ごせないところかがあるのだろう。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>ロバート・デ・ニーロと体脂肪の一件

  • 開け放った窓の外の六月

    日本の平安時代にあたる西暦800年代の中国に于武陵(うぶりょう)という放浪詩人がいた。もとは国家公務員試験に合格する程度に勉強した人のようだが、のちに公務員生活がアホらしくなって辞職。それからは、好きな本と琴(古い時代の七弦琴で、凡そ1.3mほどの長さ。今で言うならギターと思って良い)を携え、旅の空の下に生きた。彼の著作『于武陵集』が残されている。日本ではその中にある五言絶句が井伏鱒二の名訳で知られる。『花に嵐のたとえもあるぞさよならだけが人生だ』開け放った窓の外の六月

  • 風が停まる

    夕凪。風が停まる時間。  <ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>風が停まる

  • 一番好きで使い易いもの

    あるブログで『持ち物は、一番好きで使い易いものを揃えるのが大事』という一文をみつけた時、ちょうど傍らに西村書店から出た『作家の家------創作の現場を訪ねて(原書は仏文)』という写真集があった。いつだったかの新聞の書評欄にも採り上げられていたから、すでに全国の公立図書館の棚にはあるはずだ。明治大学の鹿島教授が訳文を監修していて、カバーの折り返しにこんなことを書いている。文体は作家なり、家も作家なり。作家の家を見るということは、作家の作品を読む以上に、作家の本質に触れるということなのだ。存命の作家の家や書斎を紹介した本は日欧米とも過去に多くある中、この写真集で採り上げられた作家は、すでに鬼籍に入った作家ばかりで、日本で有名なところをピックアップすると、デュラス、コクトー、フォークナー、ヘミングウェイ、ヘッ...一番好きで使い易いもの

  • 夏の気配

    驟雨がちの街に時折薄日が差すと、肩先を夏の気配が通り過ぎていく。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>夏の気配

  • 書けない

      人は一生に同じ表現方法を無数回行なう——日常の会話文、普通文でならそれは問題ないが、文芸となるとそうはいかず、仮に繰り返される陳腐な表現を読者が許しても、作家本人が(見た目とは違って)生真面目だとそうはいかない。 納得のいく表現方法が見つからないとなると、結局、読者に見せるべきものが書けない、ということになる。  <ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>書けない

  • 赤道祭

    楽園へ五千マイル。長い長い船旅だった。さて、赤道祭の思い出話をしようじゃないか。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>赤道祭

  • 同じ色の空

    夏が来てイチ子さんのスカートの青と同じ色の空<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>同じ色の空

  • 北回帰線の南

    ふたりで暮らすようになる前からイチ子さんにもぼくにもオートミールを食べる習慣があった。オートミール——日本ではそう呼ぶけれど、欧米ではポリッジとかカーシャ。呼び方は違っても雑穀を水やミルクで煮たもので日本の粥に相当すると言っていい。ぼくはそれに『塩味』を付け、随時、主食として食べるけれど、彼女はミルクと砂糖あるいは蜂蜜にバナナの輪切りをトッピングして、甘く味付けたものを時折朝ご飯にしている。ぼくの味付けはスコットランドで、彼女のはイングランドで一般的らしい。今朝はふたりしてオートミールを食べながら、イチ子さんが執筆中の久々の大作『北回帰線の南』という旅行記の話を聞いた。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsr...北回帰線の南

  • アラビア海か地中海か

    昔、まだ海外航路の船便が健在だった頃、神戸とフランスのリヨン間をひと月ほどの船旅に費やしたことがある。日中、自室かデッキの陰で過ごすには大した問題はないが、注意が必要なのは、紅海からスエズ運河を抜ける頃に肩や背中を見せる服を着て、日長、船外で過ごすと、アフリカの陽射しは容赦なく肌を焼き、しばらくの間は船室の天井を見上げて眠れなくなる。今、後ろ姿の水口イチ子が見ている海の色は、まだ海そのものの色だから、紅海に入る前のアラビア海かスエズ運河を抜けたあとの地中海のようだ。紅海は、海底に藻が繁殖した沿岸部は海が紅い。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.c...アラビア海か地中海か

  • 自分のためだけにする作業

    歳をとると次第に根気がなくなってくる。飽きっぽくなると言うか、段々物事が面倒臭くなってくる。芸術家が歳をとると、大作を避けるようになる理由はそれで、人はそれを『才能が涸れた』などと言うが、実は涸れてもいなけりゃ、枯れてもいない。毎日チョットずつ、何年かけて創ってもイイというのなら兎も角、一気にやれと言われると歳をとってまでそんな苦労は嫌だから、カメラを持って小旅行にでも出たくなる。旅の後、写真のデータを整理して遊ぶくらいがちょうど良く、面白味も多い。そういった、自分のためだけにする作業の質が上がるのは当然の話で、世の中常識の『締切』の存在が作品の質を低下させる。自分のためだけにする作業

  • 六月の蜃気楼

    梅雨入り前の猛暑――熱気に景色も揺れて、まるで海市のよう。<fontcolor="#ff9900">*</font>昨日、人づてに、きみがぼくに逢いたいって言ってたとか...。ホントだろうか?なんだかそれもまた夏の蜃気楼のよう。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>六月の蜃気楼

  • 暖かい日々の思い出

    日曜ギャラリー『寒い日には、かつての暖かい日々の思い出が役に立つ。#1』<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>暖かい日々の思い出

  • シャルルジョルダンの靴の箱

    詳しいことは知らないけれど、シャルルジョルダンは、水口イチ子お気に入りのシューズ・メーカーらしい。余所行きは、このブランドのものしか持っていないようだ。ということで、この靴の箱は、彼女の空き箱のストックから分けてもらった。横にHANDKERCHIEFSと印字されたシールが貼ってあるから、もとはハンカチの収納に使われていたのがわかる。今は、ぼくがストーリーのアイデアを入れている——5×8インチのリーガルパッドを収めるのにちょうどいい。というわけで、シャルルジョルダンの靴の箱は、『イチ子のいるストーリー』のアイデアが詰まった箱。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.bl...シャルルジョルダンの靴の箱

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、Writerさんをフォローしませんか?

ハンドル名
Writerさん
ブログタイトル
きみの靴の中の砂 (サヨナラ —— 旧goo blog版)
フォロー
きみの靴の中の砂 (サヨナラ  ——  旧goo blog版)

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用