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きみの靴の中の砂 (サヨナラ —— 旧goo blog版) https://blog.goo.ne.jp/disinfectant1953

このサイトは "Creative Writing" の個人的なワークショップです。テキストは過去に遡り、随時補筆・改訂を行うため、いずれも『未定稿』です。

みなさんに感謝: アラン・ロブ=グリエ アルベール・カミュ 伊藤整 岩科小一郎 エリック・ホッファー 尾崎喜八 金子光晴 クロード・シモン ジャック・ケルアック 田村隆一 辻邦生 辻村伊助 永井荷風 久生十蘭 フィリップ・ソレルス 船知慧 ブルース・チャトウィン ポール・ヴァレリー ミシェル・ビュトール 森鷗外 森茉莉 吉田健一 ル・クレジオ ロラン・バルト

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多摩市
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杉並区
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2022/04/07

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  • 赤道まで120km

    赤道まで120km。イチ子は、この三日間、ひたすらハングテンの練習に励んでいる。*『6.11ft』は島にいくつかあるサーフィン・ショップの中で一番小さく、間口は3ヤードほどだろうか。店主は、ローカル・サーファーの間でポウと呼ばれている七十代なのか八十代なのか見た目ではよくわからない潮焼けした爺さんで、赤いロングボードに乗るイチ子を見て大層めずらしがり、「まったくオレたちがガキの頃を思い出すぜ」と顔をクシャクシャにして喜んでいた。島の周りには、わずかにリーフがあり、ハイタイドでサウス・ショアから波がリーフを越えて来ると、そこがライディング・ポイントになった。所々サンドバーがあって、島に来たばかりの頃、イチ子はそのうちのひとつでフィンを折り、凹みきっているところをポウ爺さんにリペアしてもらい、救われたことがあ...赤道まで120km

  • その横顔だけ

    この絵の中に今あるものは何もない(と思う)。場所も時間もみんな空想の中からやって来た。そこに立つきみも今のきみではなく、今から何十年も前のきみだ。写実的なものを敢えて探すなら、その横顔だけ。その横顔だけ

  • あのワンピースの柄は向日葵ではなく、ポピー

    書棚脇のキャビネットを整理していたら、見覚えのある古ぼけた赤い箱を見つけた。フォーマルな靴でも入っていたような蓋付きの古い板紙の箱だ。床に置き、両手でそっと蓋を開けると、中に未整理の写真が百枚ほど——アルバムに整理する前のストックかもしれない。一番古そうなのは、高校に入った頃のモノクローム。さて、そのなつかしい一枚は、水泳部の夏合宿で房総館山へ行った時のスナップ。写っているのは、高校一年生の水口イチ子。館山の鏡ヶ浦という湾に面した浜で撮った記憶がある。彼女が着ているワンピースは、確か小さな向日葵をあしらった柄だったと思う——手に濡れた砂が付いているところを見ると、砂団子でも作って遊んでいたか。イチ子は、もちろん今でもあの頃と同じ笑顔で笑ってくれる。今またイチ子が、あの向日葵のワンピースを着たら、ふたりとも...あのワンピースの柄は向日葵ではなく、ポピー

  • 遂に聞かず仕舞いだったが...

    南ギリシアに吹く季節風は、アフリカから乾いた大気を連れてくる。「喉が渇くよね」ぼくは、海を見ながら、白濁した甘いウーゾの水割りばかりを飲んでいた。きみはその旅の間中、そのイーリアスだかオデュッセイアだかの英訳本同様、そのレトロなサングラスを手元から放すことはなかった。それのどこが気に入っているのかは、遂に聞かず仕舞いだったが...。【FranckPourcelandhisGrandOrchestra-60000Feet】遂に聞かず仕舞いだったが...

  • マーマレード日和

    湘南腰越の高台に、今は空き家だが、かつては伯母が住んでいた古い木造の平家があって、庭木に混じり、二本の甘夏柑があった。どんな経緯でそこに植わっているのかは伯母が亡くなってしまった今となっては聞きようもない。その実の旬は五月なかばから四週間ほど。酸っぱいうえに外皮は厚く、種も多く、蜜柑のようには食べやすくない。*ぼくとイチ子さんが茅ヶ崎に移り住んでこのかた、ゴールデンウィーク頃の天気の良い日を選んで掃除がてら出掛け、ついでに、馴染みの植木屋さんに頼んで作ってもらった三本足の木の脚立(地面が平坦でなくても動揺しないプロ仕様)を立て、その橙色の実を三十個ばかり収穫するのが恒例となっている。生食することは稀で、大方はマーマレードに煮る。労働を考えればマーマレードは買ってきた方がコスパなのだが、市販品は、やたら甘過...マーマレード日和

  • いつまでも、ここにはいない

    旅に出て、決まっていることがひとつ——いつまでも、ここにはいないということ。(2001年2月28日マドリード)いつまでも、ここにはいない

  • 嫌でも巧くならないはずはない

    ノースショア。穏やかな日和でも、ここにはひっきりなしに大波が押し寄せる——日頃からこんな波に乗っていれば、いずれ嫌でも巧くならないはずはない。【TheBeachBoys-HonkyTonk】嫌でも巧くならないはずはない

  • あれから

    あれからもう半年経ちますか...。あれから

  • 梅花亭ギャラリー

    高校を卒業したあとすぐには大学へ行かず、親のお金で二年ほど、お茶の水駿河台あたりで遊んでいた。『梅花亭ギャラリー』という小品を構想したのは、そんな頃のことだ。夏の夕暮れ、麻布十番をバスで通りがかったとき、車窓からその名の画廊を見つけた。それを口に出してみたら語感が気に入り、なにかしら小品にしたいと考えたのだったが、結局、それは成就することなく時間は過ぎた。そのとき書き上げられなかった『梅花亭ギャラリー』への思い入れが今も頭の隅に残る。完成しなかった理由は、当時、流行っていたウルフ・カットのきみを想う気持ちがミューズの機嫌を損ねたと今は理解している。*きみは、アテネ・フランセの一年生になっていた。きみの学校帰り、駿河台の『Lemon』というティールームででよく待ち合わせた。(レモンは、フランス語ではシートロ...梅花亭ギャラリー

  • ギミックでトリッキー

    他人の文章を本心から誉めたくなる場合があるが、方法を間違えると、こちらの教養の無さが露見することも多々ある。相手方からすれば、ちっとも嬉しくない誉められ方もある。数ある褒め方を煮詰めて煮詰めて濃縮還元型にするのが理想的。 「ぼくは、こういうギミックでトリッキーな文章は好きです」など言うことが十年に一度くらいあるが、相手に怪訝な顔をされたことはない。 * ギミック【gimmick】①からくり。仕掛け。策略。②仕掛けのあること。③特殊な撮影技術や効果。【gimmickry】人目を引くためのさまざまな仕掛け(を用いること) トリッキー【tricky】①奇抜で人の意表をつくさま。(巧妙な)ギミックでトリッキー

  • 書くことの最大の楽しみ

    『書くことの最大の楽しみは、何について書くかではなく、言葉がつくる内なる音楽を聴くことだ』とトルーマンは言った。昔、アメリカ人の年寄りにこう言うと、「そのトルーマンってハリーの方か?それともカポーティのことか?」と笑わせてくれる人もいた。書くことの最大の楽しみ

  • あの日のヘッドコーチ

    昔、ラモス瑠偉さんがヴェルディのヘッドコーチをしていた頃の話だ。普段、瑠偉さんは試合中にベンチから出ることはなかったが、ある日は違った。その日は、ベンチから出て、左右動き回り、選手に大声で檄を飛ばした。知り合いのクラブ・スタッフも普段無いことなので不思議に思ったそうだ。ラモスさんには、試合が終わるまで、誰にも明かさなかったことがあった。実はその日、ブラジルで母上が逝去されていた——それを明かせば、みんなが急いでブラジルへ行けと気を使うのがわかっていたからだろう。だから、母のためにも、その日の試合は負けるわけにはいかなかったに違いない。あの日のヘッドコーチ

  • 『当たり!』を知らずに棄ててしまった宝くじ

    読書時、その著者が生まれ育った国情、時代背景、執筆年齢などを知らずに読むと——別にそれでもイイ、読書しないよりは大分マシだが——重要な側面を見落としたり、それに気付かず仕舞いになることがある。『当たり!』を知らずに棄ててしまった宝くじと同様、本人はその損失をもったいないと思うことはない。『当たり!』を知らずに棄ててしまった宝くじ

  • スリーポイント❗️

    スリーポイント❗️スリーポイント❗️

  • 人生もまた出たとこ勝負!

    この『出たとこ勝負的な現像結果』が「好きだ」としか言いようがない。暗室作業をしたことのない人が聞いてもなんのことかよくわからないだろうけど、そういうことなのだ。人生もまた出たとこ勝負!『理想とする未来の結果』など目標にできない。人生もまた出たとこ勝負!

  • 夏休みの思い出

    小学低学年の頃の夏休みの宿題のひとつに絵日記があって——今もやっていることに変わりはないが——あの頃は日々書くことがないと母親に嘆いていた記憶が未だに濃い。変わり映えのしない休み中の生活では、そりゃあ、あの頃の知能では書くこともなかろう。今なら書くことはいくらでもあって、無いのは時間の方だ。夏休みの思い出

  • 日課

    日々の生活に多少飽きてきた(この辺りで一部ご破算に願おうか)。日課(日々、定時に実施可能であることを要件としたい)は即ち『生き甲斐』だから、生活に変化を付けようというなら、新たな日課を定めればいいだけのこと——どれを日課にしようかと迷うくらいだから、だいぶノンキな状況ではある。日課

  • ケアンズのビーチクラブ

    シャワーからウッドデッキに戻ったイチ子が、シトラスノートの風を連れている。コロンかと聞くと、「もしかしたら、ボディソープがそんな香だったかも...」と笑う。日本では万作の花が咲く頃だっただろうか——今から十五年も前のケアンズのビーチクラブでのことだ。ケアンズのビーチクラブ

  • バニラ味のコンデンスミルクのかかった、バナナとフルーツミックスのパンケーキ

    アメリカでのパンケーキの立ち位置は日曜朝の外食人気メニューで、評判の専門店で食べようとすると、時間を工夫しない限り、行列も長く伸び、空腹の身としては辛い状況に陥る。*リーズナブルな価格のせいもあって、その朝、ダウンタウンの中心に近いIHOPは未だ長蛇の列。あきらめて、2ブロックほど行った先の角にあったダイナーのテラス席に座った。今日のチョイスは、バニラ味のコンデンスミルクのかかった、バナナとフルーツミックスのパンケーキ。見たとおりのアメリカンテイストで、相当腹を据えて挑まないと日本人には不慣れなほど甘くて、いつか骨がボロボロになってしまうかも知れない。白人が平気なのは、乳製品から日本人の何倍ものカルシウムを採っているからだとか。*食後にアラ・モアナ・ブールバードを北に上がった州立美術館か、南に下ってカカア...バニラ味のコンデンスミルクのかかった、バナナとフルーツミックスのパンケーキ

  • お揃いのコンバース履いて

    夏休み中の部活帰り。<fontcolor="#ff9900">*</font>「先に校門で待ってるよ」お揃いのコンバース履いて

  • コンバースなら7H

    イチ子さんが新しいローカットのスニーカーを買ってきた。ぼくのサイズは、コンバースなら7Hだと調べていったらしい。「お揃いは今更照れ臭くない?」と聞くと、「高校生の頃はふたりとも平気だったじゃない?」と笑う。ひとり五千円で高校生に戻れるなら安いっちゃあ安いが...。コンバースなら7H

  • 特別なワケ

    「関西には朝粥という食習慣があるけど、なぜ関東には無いかわかる?」とイチ子さん。彼女の母方の祖母の実家は神戸の財界で使うような大きな料亭で、イチ子さんには料理に関わるウンチクだけ山のように伝わっている。「さて、なんだろう...。何か特別なワケでもあるの?」とぼく。「そう。タイマー付きの電気炊飯器のない、日本中がまだ薪でご飯を炊いていた時代の話だけど、ご飯は一日分を一日一回炊いていたわけよ。で、その一回をいつ炊くかによるのがその理由ね。江戸は朝炊き、上方は昼炊きだったから、炊きたて以外の食事は、お冷やご飯をお粥にするなりお茶漬けにするなり、どうにか工夫する必要があったのよ」「なるほどね。お冷やご飯を番茶やほうじ茶と塩で煮た茶粥なんか、たまに食べたくなるよね」特別なワケ

  • 25マイル先の空

    春一番が吹いて最初の週末の朝。海風はまだ冷たく、わずかに砂も飛ぶが、天気は申し分なくいい。ぼくは、湘南の海を目の前にした市営駐車場の端に古い黄色い車・フィアット500Rを停めていた——テルモスに入れた珈琲を飲みながらの休息。いささか陽も高くなったとはいえ、午前中のこんな時間に車を停めている者は少ない。3時間か4時間前ならサーファーの車がさらに数台停まっていたかもしれないが...。ローカルのFM局か、カーラジオから古いポップスが休まず聞こえている。この車は、ぼくのアメリカ人の友人で米国資本の著作権管理会社に勤めていたエグバード君から、彼が先月末に帰国する際に譲り受けたものだ。彼は、ぼくが誕生日にプレゼントした『卵鳥(エグバード/たまごとり)』という三文判をどこにでもやたら押したがり、日本の習慣に馴染もうとし...25マイル先の空

  • 急に思い出して...

    一緒に海へ行こうって、明日こそきっと誘おう——どうせ、きみは来ないだろうけど...。*急に思い出して『スローなブギにしてくれ』を聴いている夜。急に思い出して...

  • なさそうな話

    「だったら、どこかでお会いしてるかもしれませんね」なさそうでありそうな話だが、いや、ありそうでなさそうな話か...。【OPUS-LOVELAND,ISLAND】なさそうな話

  • また夏に会おう

    雪の町。吐く息で曇る窓硝子越しに、いつもと同じ朝が通り過ぎる。*小正月行事『かまくら』雪祭りの翌朝、激しく降り出した雪の中を東京へ戻るぼくを駅に送り、また夏に会おうと笑って手を振ったのは、いつの年のことだったか...。また夏に会おう

  • 高校生

    織田作之助が、その著作で『小説は、どうでもいいことを沢山書けばいい』のような事を書いている。だとすれば詩歌は、『行のそこに置いておく必要のない無駄な言葉は出来る限り省くもの』と言えるだろう。 さて、十代の女子などが良くすなるポエムなるものは詩歌ではないのかというと、彼女達がそれまでに蓄えたまだ多くない語彙と浅い人生から得たに過ぎない世界観から書いているそれは――姿勢としては詩人なのだが――大人に比べ、まだ省けるだけのものがない、詩歌としては、ほとんど不完全なものということになる。 あの天才アルチュール・ランボーの詩作のどこがスゴイのかというと、あれら総てを十代(高校生の年齢)で書いたところにある。【OPUS-RideOnTime】高校生

  • 日本語しか話せないらしい

    ぼく達はみんな、彼のことをJackと呼んでいた。家族はいない(ように見える)五十なかばのハーフ・ブラッドで、お金は持っているように見える。いち日数回、英語で、電話に向かって何か指示を出すのが彼の仕事のすべてのようだ。*プール付きの彼のビーチハウスは、那覇から車で二時間ほどの小さな岬にあって、目の前は狭く小さいがプライベートビーチだという(法規的には非合法のはずだが...)。*コンクリートを敷いたプールサイドに張られたキャンバス地のシェードの陰。「誰も、いつまでも同じ場所にとどまってちゃあいけないんだ」とぼくが、ある小説の和訳を読み上げると、振り向きざまにイチ子が何か言おうとした。*プールの向こう側の開け放ったビーチハウスではJackの新しいガールフレンドだという、ソバカスだらけの日焼けした肌にクリーム色の...日本語しか話せないらしい

  • 雪だるまクラブ

    雪だるまクラブ。雪だるまクラブ

  • 花の暦

    寒気到来中の東京の空。これを乗り切れば、暦だけでなく体感も初春の雰囲気になりそうだ。朝の通勤時間帯に道を急いでいると、街路樹の芽吹きにはなかなか気付きにくいものだが、ひとたび気付くと、気付いただけでは気が済まない。立ち止まって写真を撮る。アングルを決めるのに一分ほどかかることもよくある。*街路樹のハナミズキが芽吹いていた。先が尖っている芽が葉の芽で、丸い芽が花の芽。特定の樹木を決めて、その一年を通して自分なりの花の暦を作ろうと思えば出来る気がする。例えば、その木に最初の花が咲いたら『きみのことを想い出そう』とか。花の暦

  • 同級生

    渋谷公園通りの坂の途中で偶然出会った三十年前の同級生は、先日、長いとも言えない結婚生活を終えたばかりだと言って照れ臭そうに笑った。「良くも悪くもお互い様。相手だけを責めようなんて思ってないよ」と心なしか疲れた様子で話す。その日、ぼくは先約があって、ゆっくり話は出来なかったけれど、別れ際に「今、何してるの」と尋ねると、「この下ったところの先で妹とお店をはじめたの、良かったら今度寄ってみて」とバッグから店の名刺を出して渡してくれた。”MonCul”——きみらしいネーミングだと思った。同級生

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