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2021/03/26

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  • 仁和寺

    一ヶ月ほど前に仁和寺の秋季宝物展に行ってきました。ーーーーーーーーーーーーーーーーー仁和寺基本情報所在地:京都市右京区創建:平安時代初期、光孝天皇の発願宗派:真言宗御室仁和寺派その他:宇多天皇をはじめとして多くの皇族出身者が住職をつとめた門跡寺院ーーーーーーーーーーーーーーーーー京都の北、金閣寺や竜安寺のちかくです。京都駅から行くとなかなか遠い。バスで30分ほどかかります。今回は宝物館と金堂裏の五大明王...

  • 10ヶ月ぶりの記事

    一年くらい放置していたブログ。私は大学院を卒業して某IT企業に就職しました。社会人一年目で色々と大変ですが暇なときにまた少しずつ書いていこうと思います。よろしくお願いします。ちなみに今は大阪に住んでいます。...

  • 勝持寺

    阪急洛西口からレンタサイクルで勝持寺へ。ここは京都の西、日向市というところです。桂離宮や嵐山の南、長岡京の北。このあたりはかつての都、長岡京から近いこともあり、長岡京の頃に縁のある史跡が多く残っています。勝持寺もそのうちのひとつ。創建は飛鳥時代、役小角が作ったといわれています。長岡京へ遷都したときの天皇、桓武天皇の命令で最澄(天台宗の開祖)が伽藍を再建しました。桜の名所としても知られ、西行縁の寺で...

  • 桓武天皇皇后 天之高藤広宗照姫之尊 高畠陵

    京都、西の穴場、願徳寺、勝持寺へ行きます。最寄は阪急洛西口。駅から自転車でいきます。今回はその道すがら見つけた桓武天皇の皇后、藤原乙牟漏(おとむろ)のお墓を紹介します。桓武天皇といえば平安京に都を移した天皇。年号は「なくようぐいす」で794年と覚えさせられますが、「かんむりなくした桓武天皇」の「なくし」で794年という語呂合わせも習いました。小高い丘の上。桓武天皇といえば平安京に都を移したイメージがあり...

  • 天智天皇山科陵

    天智天皇といえば乙巳の変で蘇我入鹿を滅ぼした中大兄皇子。大津に都をおきました。御陵は、大津に程近い、ここ、山科にあります。中臣鎌足に縁のある山階寺のすぐ近くです。参道。これまでいくつか天皇陵は見てきましたが、一番参道が長く、道幅があるようなきがします。実はこの天智天皇陵、藤原京の南北中心線の延長線上にあるそうです。そうとう権力があったことの証でしょうか。前から不思議だったのは、乙巳の変後、なぜ中大...

  • 山階寺跡石碑と中臣鎌足

    山科駅から西に徒歩約5分。京都薬科大学のキャンパス前に山階寺跡の石碑があります。実は奈良の興福寺(藤原氏の氏寺)の前身のお寺です。藤原氏の祖、中臣鎌足が病を患った際に夫人の鏡女王が造営しました。鎌足の持仏堂が元になっているようです。鎌足は死ぬ間際に天智天皇から藤原の姓をもらいました。息子、藤原不比等はここの近くで幼少期を過ごし、後にこの山階寺を大和に移して「厩坂寺」(飛鳥のあたり)とし、さらにその...

  • 安祥寺十一面観音

    去年の秋ごろ行った京都の穴場、安祥寺を紹介します。山科駅から1キロほど。山科の山の中。安祥寺前の坂から山科の町。受付を済ませ、境内へ。今回はここにいらっしゃる十一面観音を見にきました。期間限定。毎年秋に公開されているようです。観光客は少なめ。安祥寺十一面観音。安祥寺入場チケットより。重文。思ったより大きかったです。体長2メートル半。黒光りしていますが昔は金箔が張ってあったよう。奈良時代のもの。同じく...

  • 飛鳥散策④ 石舞台古墳~川原寺~天武、持統天皇陵

    飛鳥散策ラスト。岡寺から下山、ここから南へ、石舞台古墳へ向かいます。これまた緩やかな上り坂。明日香村は坂が多い。学校の資料集などでもよく見る有名な古墳。敷地内に入るのに300円ほどお金がかかります。横から。下が石室。実はこれらの岩はかつてはすべて土の下でした。上の岩が露出し、舞台のように見えるようになったことから石舞台古墳と呼ばれるようになりました。被葬者は蘇我馬子だと推定されています。飛鳥寺を創建...

  • 飛鳥散策③ 飛鳥板蓋宮跡~岡寺

    飛鳥散策続き。飛鳥寺を出て、南へ。飛鳥板蓋宮跡。西から。皇極天皇、斉明天皇(皇極と同一人物)のころの都跡。どんな建造物が建っていたのでしょうか。大化の改新のきっかけとなった乙巳の変(中大兄皇子、中臣鎌足が蘇我入鹿を暗殺した事件)が起こった都でもあります。南にも。このあたりには宮跡がたくさんありますが、その昔、飛鳥時代では、天皇が変わるたびに都を変えていたそうです。その慣習がなくなったのは藤原京に移...

  • 飛鳥散策② 飛鳥坐神社~飛鳥寺

    なかなか書けずにいた明日香村散策の続き。飛鳥資料館から飛鳥坐神社へ。立派な鳥居。本殿。ここの主祭神は八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)飛鳥神奈備三日女神(あすかかんなびみひめのかみ)大物主神高皇産霊神(たかみむすひのみこと)だそうです。奥の社。アマテラスと高皇産霊神を祭っているそう。飛鳥坐神社由緒書き。八重事代主神は大国主神の子どもなんですね。本は別の場所に祭られていて平安時代にこちらに移って...

  • 下鴨神社 初詣

    新年、あけましておめでとうございます。まだ10月に行った飛鳥について書いている途中でしたが、2022年に突入してしまったので中断して今回は初詣の記事。元旦、今日は昼から近所の下鴨神社に初詣。結構人がいっぱいでした。寅の絵。井上社から御手洗川。おみくじは300円。ちょっと高いようなきがしますがこんなもんでしょうか。今回はおみくじひきませんでした。今度100円のところでひきたいと思います。今年は就活や修論など忙し...

  • 飛鳥散策① 孝元天皇陵~雷ヶ丘~飛鳥資料館

    近鉄橿原神宮前駅からレンタサイクルで半日飛鳥村を観光します。近鉄サンフラワーレンタサイクル、一日1000円(土曜日)。まずは駅からずっと東へ。飛鳥資料館をめざします。剣ヶ池と孝元天皇陵。孝元天皇は8代天皇。実在したかは不明。ここから南西に少し行ったところに大軽町(当時は軽という地名)というところがありますが、そこを都とした天皇でした。因みに八幡神、応神天皇もここを都としています。しばらく行くと、推古天...

  • 藤原京跡、橿原市藤原京資料室

    大学の研究発表や何やらで一ヶ月ぶりの更新。藤原京跡、続き。コスモス畑がきれい。9時ごろになると多くの人が遊びに来ていました。午前中は藤原京資料館へ。このあたりには、 橿原市の藤原京資料館と2キロほど離れたところに藤原宮資料館というという2箇所の資料館があります。今回は 橿原市の資料館へ。JAならけん 橿原東部経済センターの二階にあります。階段の張り紙ににマスコットキャラくせのあるかわいさ…...

  • 早朝の藤原宮跡

    奈良で一泊。初めてネットカフェに泊まりました。安い!8時間で1600円。ただ午後10時に入ったので、朝の6時にはカフェを出ることに。この時間はまだ寺も飲食店も空いているところはないので、藤原京跡にでも行ってぶらぶらします。大和八木駅から耳成駅へ。車窓からかろうじて見える朝焼け。耳成駅から藤原京跡まで約一キロ。涼しい。耳成山畝傍山。耳成山、香具山、畝傍山は大和三山と呼ばれます。藤原京を囲むようにしてそれぞれ...

  • 法輪寺から法起寺、斑鳩の景色

    法隆寺から自転車で5分ほど北にいくと法輪寺、さらに西に数分で法起寺へいけます。やはりこのあたりを回るにはレンタサイクルが便利。その前に法隆寺から西へ。藤ノ木古墳。ここから少し南に行くとこの古墳に埋葬されていた品々が展示されている博物館があるそうです(散歩していた近所の人に教えてもらいました)。ただ、この日はお休み。法隆寺の西、西里と呼ばれるあたり。大工の人たちが住んだそう。さて、改めて北へ。 のどか...

  • 法隆寺

    法隆寺にいってきました。JR法隆寺駅。ここから法隆寺までは2キロほど離れています。レンタサイクルがお勧め。但し自転車が通りづらい道が多い。ならはこういう道が多いきがする。法隆寺駅前商店街。昼ごはんはこのあたりの喫茶店でサンドイッチ(量が多すぎて食べきるのが大変でした)法隆寺。ガキンチョがいっぱい。3,4団体くらいと遭遇しました。なるべく団体客から離れて鑑賞したい。それにしても青空がきれい法隆寺五重塔と金...

  • 100記事到達

    ブログを始めて早8ヶ月。ようやく百記事に到達しました。正確にはこの記事が102記事目です。これからも週数回ペースで更新していきたいと思っています(最近サボりがちでしたが)。ところで最近、あることを知って驚きました。皆さんに問題です。相撲用語で「かまぼこ」とは何を意味するでしょう?答えは「怠け者」です。練習の際、全く土俵に上がろうとせず、壁に背中をつけているさまが板にのっているかまぼこに似ていることからこ...

  • 柳ヶ瀬商店街――岐阜の大規模歓楽街

    柳ヶ瀬は中部地方でも有数の規模を誇る、大規模アーケード街。かつては全国的に知られるほど活況を呈していたそうです。しかし、現在は…。岐阜城下山、時刻は午後5時頃。これから柳ヶ瀬のほうに向かいます。国道157号。すでに駅前の繁華街に入っています。国道沿いに正覚院。奈良時代の元正天皇の勅願所でした。本尊は善光寺如来、信長、土岐氏とも縁があったそうです。国道を更に南へ。若宮通りとの交差点。ここから少し南へ行っ...

  • 岐阜駅~三甲美術館~岐阜城

    岐阜にやってきました。8月の末。本来は岐阜県立美術館で行われるはずだった「コローから印象派」展を見に行こうと思って1ヶ月前くらいからホテルを予約していたのですが、生憎、展覧会は延期となり、代わりといっては何ですが、三甲美術館と岐阜城に行きます。岐阜駅前。京都から電車で三時間くらいかかりました。結構栄えています。ツインタワーと金ぴかの織田信長像。岐阜といえば織田信長。愛知の尾張出身の信長は岐阜を制服し...

  • 京都の旧花街、島原散策

    西本願寺から西へ。島原という地域を歩いて見ます。この辺りに花街が形成されたのは江戸時代初期。六条三筋町とも言われていました。「島原」という名称の由来は、当時熊本で起きた天草島原の乱の島原から来ているそうです。あるいはこの辺りは当時、田んぼが多かったらしく、田んぼの真ん中に島のように町が形成されたことから「島原」であるという説もあるそうです。幕末の頃には新撰組や西郷隆盛、久坂玄瑞らも出入りしました。...

  • 京都国立近代美術館「日本の風景 美しかりし明治への旅」展 感想

    京都国立近代美術館で開催されている「日本の風景」展へ行ってきました。明治における日本各地の風景画、人物画が数多く展示されているこの展覧会、端的に言ってとても良かったです。そこそこ値段がする図録も買ってしまいました。今回は気になった作品を図録から少し紹介しようと思います。五姓田芳柳「かるた遊び」正月でしょうか、みんな華やかな着物姿です。室内、ちょっと暗い。当然蛍光灯はありません。五百城文哉「日光東照...

  • 東山の早朝

    大学も休みで、ここ二三日昼夜逆転の生活を送っています。インターンにも行く予定があるので生活リズムを戻さなければならないのですがこれを機に早朝の京都の街を見に行ってみるのも悪くないと思いたち、午前5時、東山方面へ。今回は写真多めでお送りします。夜の京大前。もうすでに空が少し明るい。平安神宮前。京セラ美術館。知恩院山門。八坂神社境内。本殿。誰もいない。大国主神とウサギ大国社西門。西門から四条通。この時...

  • 緊急事態宣言下の清水寺、そしてその周辺

    清水寺周辺がどうなっているのか見に行きます。この辺りは京都では嵐山と並んで一番人気のエリアではないでしょうか。しかしその現状は…。清水坂。ここへくるのは3年ぶりくらいですが、めちゃくちゃ観光客が少ないです。京都は夏観光客が少なく、しかも平日ということもありましたが、それにしても少ない。産寧坂。やはりところどころつぶれているお店もあります。京ばあむのお店もシャッターが下りていました。そして清水寺。あの...

  • 六波羅蜜寺

    六波羅という地域は祇園の南側、清水寺エリアの西側にあります。祇園や清水あたりの観光地と比べると静かな住宅地になっています。このような昭和を感じさせる商店街もあります。六波羅という土地は平安時代末、伊勢平氏の拠点となりました。このあたりには伊勢へ通じる街道が近く、なおかつ南側に後白河法皇の法住寺殿があったためその警護のため、この地が平氏の拠点として選ばれたそうです。住宅地のど真ん中にある六波羅蜜寺。...

  • 正伝寺 デヴィッド・ボウイが愛した庭

    前回の神光寺に続き、京都市北区西賀茂のお寺、正伝寺。西賀茂の山の中腹にあります。西賀茂の閑静な住宅地を西のほうへ。坂を上ってゆきます。振り返ると、比叡山がきれいに見える。こちらが門。ここからさらに山の中を上ってゆきます。途中で二手に道が分かれていて、この竹林を進むと、お墓とゴルフ場に出てしまいます。後戻り。この医師階段を上ってゆくとお寺につきます。鐘楼。お寺で受付を済ませ、なかへ。拝観料400円。中...

  • 神光院 京都三大弘法のひとつ

    京都市北区西賀茂。この辺りには閑静な住宅街が広がっており、観光でこの辺りに来る人はあまりいません。その住宅地の只中にひっそりとある神光院。知る人ぞ知る寺。東寺、仁和寺と並んで三大弘法と呼ばれています。空海が42歳の特に90日間修行したお寺だそうです。弘法大師を奉る厄除けのお寺。境内に観光客は私一人だけ。こちらは本堂。歓喜天、弘法大師、愛染明王を奉っています。蓮月庵。幕末の詩人、大田垣蓮月という人物がす...

  • 北大路商店街

    京都市北区北大路駅。京都駅から地下鉄一本で来れる駅です。西側には大徳寺、金閣寺。ここからバスに乗り換えて行く観光客の人たちも多いのではないでしょうか。北大路駅前には賀茂川から烏丸通くらいまでアーケードになっています。ただ、シャッター街。学習塾だらけです。北大路駅、バスターミナルに付属する北大路ビブレ。イオングループが経営している大規模商業施設。店舗も人もここに集中しています。この日は実はここの手前...

  • 妙心寺 退蔵院

    妙心寺の境内には塔頭がいくつもありますが、一番有名なのはここ退蔵院かもしれません。越前の豪族、波多野重通という人物が無因禅師を開祖として創建した塔頭です。拝観料600円。方丈。教科書にも載っている、国宝、如拙の瓢鮎図(ひょうねんず)はここにありましたが現在は京都国立博物館にあるそうです。ここでは模本が見れます。宮本武蔵が修行した場所でもあるそうです。方丈の奥には画家の狩野元信が造った庭があります。回...

  • 妙心寺 狩野探幽の天井絵

    京都市右京区花園というところにある妙心寺。花園天皇の別荘でした。後に大徳寺の開山大燈国師の弟子、関山慧玄(えげん)を招き、禅寺となっています。禅寺といえば、知恩院にしても、南禅寺にしても巨大な門やお堂が特徴的です。禅宗は特に武士層に普及したため足利政権からかなりの援助を受けました。禅宗の教義は質素なイメージがありますが、お寺は結構豪奢だったりします。拝観料700円を払い、法堂、大方丈、大庫裏を見て回...

  • あべのハルカスと近鉄グループ

    7月29日。この日は、あべのハルカス美術館で開催されていたポーラ美術館コレクション展に行ってきました。※緊急事態宣言前です。印象派から、エコール・ド・パリ、キュビズムまでの絵画、工芸品の展示(特にルノワールとモイズ・キスリングの人物画,コローの風景画がよかった)。ところで、このあべのハルカスは近鉄が所有する日本一高いビルです。高さは300メートルあります。近鉄といえば関西を中心に事業を展開している会社。関...

  • 三宅八幡宮 小野妹子ゆかりの神社

    小学校の教科書にも載っている小野妹子。遣隋使として隋へ渡り皇帝煬帝に挑発的な手紙を叩きつけて帰ってきた人です(無事帰ってこれてよかった)。その小野妹子が宇佐八幡からここ上高野の地に八幡神を勧請しました。隋から帰ってくる際、九州の辺りで病にかかり、大分の宇佐八幡宮で病の治癒を祈願したらすぐに治ったそうです。なぜここだったかと言うと、ここはもともと前回も書いたとおり、出雲一族が住んでいた地域である一方...

  • 伊多太神社 洛北最古の神社

    上高野、見晴らしのいい高台、ぽつんと立っている鳥居と石碑が有ります。石碑には延喜式内社伊多太神社旧跡とあります。現在、崇道神社境内にある神社の跡地です。式内社とは平安時代の「延喜式」に記されている神社のこと。ここにかつてあった伊多太神社は愛宕郡内有数の大社だったそうです。栄枯盛衰という感じ。伊多太神社は出雲を中心に近畿にもよく見られる神社です。出雲族の人たちが広めたようで、ここ上高野にも出雲族の人...

  • 西大寺八幡神社

    西大寺の南門を出て、西に100メートルほど。西大寺八幡宮と言う神社があります。こちらがその一の鳥居。手前の石橋はこの神社の中でも一番古い建造物。二の鳥居。こちらも先ほどの石橋と並んで奈良時代創建当時のもの。奥の本殿は重要文化財。西大寺八幡神社は西大寺の鎮守社だったそうです。誉田別命(ほむたわけのみこと)、気長足姫命(おきながたらしひめのみこと)、玉依姫命(たまよりひめのみこと)をおまつりしています。...

  • 西大寺四王堂 孝謙上皇と藤原仲麻呂

    近鉄西大寺駅から徒歩3分。東大寺は皆さん知っていると思いますが、それと対になる西大寺というお寺があります。建てたのは孝謙上皇(称徳天皇と同一人物)。聖武天皇と光明皇后の娘です。両親が東大寺を建て、娘が西大寺を建てました。現在は境内も縮小していますが一時は大寺院として栄えたお寺です。今回訪れたのは西大寺の中でも最初に建てられた四王堂。一年ぶりの訪問でした。四王堂の諸仏。中に入ると薄暗いお堂の中に巨大...

  • 奈良国立博物館 なら仏像館

    特別展のチケットを買うと、ついでにこちらも無料で見れるようになっています。こちらの仏像館はこの仁王像のみ撮影可能。奈良、吉野にある金峯山寺の仁王像です。かなり大きい。5メートルあります。力強い。南北朝時代の仏像です。そしてこの仏像館に来たらぜひ注目したいのが元興寺薬師如来像。私もかねがね見たいと思ってきた仏像です。平安時代初期の仏像で力強い作風。ボリュームがあり、服のひだも堀が深い。表情は厳しめ。...

  • 奈良国立博物館「奈良博三昧」展 感想

    奈良国立博物館で開催されている「奈良博三昧」展にいって来ました。いつものように気になった展示について書いていこうと思います。今回は写真撮影可だったので写真付です。国宝 地獄草子この地獄草子は12世紀、平安時代末から鎌倉時代初期の作品です。地獄の種類、七つを描いています。尿糞所・・・糞尿地獄。最悪です。鉄鎧所(てつがいじょ)・・・罪人をうすに入れてすります。痛そう。函量所(かんりょうじょ)・・・火を...

  • 大雨の中、奈良

    今日、朝、9時発の電車で奈良へ。近鉄奈良駅到着は10時。めちゃくちゃ雨降っています。雨予報ではありましたがここまで土砂降りになるとは。ツイてない。奈良公園前。今日は鹿があまり見当たりません。どこへ避難しているんでしょうか。興福寺の西金堂の前にたむろしている集団を発見しました。雨ニモ負ケズの精神を感じます。雨の中、興福寺五重塔。いつ見ても美しい。そして奈良国立博物館。今回はここ奈良博の「奈良博三昧」展...

  • 金勝山(馬頭観音堂~天狗岩)

    金勝寺から更に上へ2キロほど林道を車で登り、馬頭観音堂の前の駐車場へ。平日の昼間でしたが、ほとんど車はありませんでした。最大八台とめられるようになっています。さてここから金勝山(こんぜやま)を登ります。目指すは天狗岩。「金勝」が寺の名前だと「こんしょう」で山の名前だと「こんぜ」なのは何か意味があるのでしょうか?山道はかなり歩きやすく特に難所はありません。真夏の昼間ですが、風が涼しい。地面はさらさら...

  • 金勝寺

    金勝寺(こんしょうじ)は滋賀県栗東市の金勝山の山中にあるお寺。734年奈良時代、聖武天皇の勅願により、平城京の鬼門を守るために良弁が創建しました。平安時代の仏像を多く所蔵している古刹です。朝から弟とレンタカーを借りて、滋賀へ。免許は2年前に取ったのですが、免許取得以降、運転は今回で3回目。まだなれないので緊張します。何とか金勝寺の駐車場までたどり着きました。途中の林道が細くてひやひやしましたが。500円払...

  • 京都 寺町通りの寺たち

    京都市上京区、京都御所の東側に位置する寺町通り。私もまだぜんぜん行けていないのですが、この通り沿いには隠れた名所が多々あります。廬山寺桔梗の庭で有名。紫式部が『源氏物語』を執筆した地。清浄華院浄土宗京都四ヶ本山の一つ。国宝阿弥陀三尊像があります。本満寺枝垂桜がきれいらしい。阿弥陀寺織田信長のお墓があります。西園寺かつての総理大臣、そして立命館の創始者、西園寺公望が書いた額があります。天寧寺額縁門で...

  • 護浄院(清荒神)

    京都市上京区、護浄院というところがあります。別名清荒神。この辺りは荒神町という知名になっていますがその由来はここに荒神様が祀られていることにあります。荒神というのは火の神、竈の神ともいわれ、台所に祀られたりもする神様です。ここの本尊は清三宝大荒神となっていますが、如来荒神、麁乱荒神、忿怒荒神という三つの姿を持っています。火除け、厄除けの神様でもあるそうです。奈良時代末、光仁天皇の皇子開成親王が出家...

  • 藤原道長の痕跡 土御門邸と法成寺

    上京区の東、京都御所や廬山寺、梨木神社がある辺り、この辺りはメジャーな観光地とはいえません。京都旅行へ来て、この辺りに来る人はまずほとんどいないでしょう。ですが、実はこの辺り、平安時代、貴族たちの別荘が多く営まれた土地なのです。藤原道長の土御門邸や紫式部の祖父藤原兼輔の屋敷があったのもこの辺りです。古くからこの辺の土地は一等地だったようです。京都の鴨川といえば暴れ川。昔はたびたび洪水などでこの川に...

  • 廬山寺と紫式部

    廬山寺は京都御所の東側、寺町通り沿いにあります。ここのお寺は桔梗の庭で有名です。夏が見ごろ。実はここは平安時代、紫式部の邸宅があった場所だそうで、ここであの有名な「源氏物語」が執筆されました。この辺は貴族の別荘が多く立ち並んでいた場所だったようです。因みに「源氏物語」に出てくる、空蝉(うつせみ)や花散る里の屋敷もこの辺りという設定になっています。廬山寺はもともと良源が船岡山の南に建立したお寺でした...

  • 梨木神社(萩の宮) 三条実万、実美

    京都御所の東に隣接する梨木神社。ご祭神は三条実万(さねつむ)、実美(さねとみ)父子。この辺り、梨木町は三条家の邸宅があった所だそうです。平安時代には藤原良房の娘、藤原明子(文徳天皇の后、清和天皇の母)の邸宅でした。鳥居。奥にはマンション。社殿修復のため、境内の一部をマンション開発業者に貸したそうです。三条実万は幕末期の公家。日米修好通商条約締結時に朝廷と幕府との間でいざこざがあり、安政の大獄によっ...

  • 京都国立博物館「京(みやこ)の国宝」展 感想

    京都国立博物館で開催されている「京(みやこ)の国宝」展に行ってきました。今回も気になった作品たちについて書いていこうと思います。国宝 浄瑠璃寺多聞天像京都の南の端にある浄瑠璃寺。私も一度だけいったことがあります。ここの四天王のうち多聞天が出品されていました。高さ2メートルくらい。彩色がところどころ残っていて、甲冑のきらびやかさが感じられます。でっぷりとしていて力強い。平安後期の作品だそうです。面白...

  • 清明神社

    昼から京都市中央図書館へ。研究に必要な資料があったのですが大学の図書館のものは貸し出し中でわざわざ家から5キロ離れた図書館まで行きました。とても暑い。自転車で5キロ、干からびそうでした。帰りに堀川通り沿いの清明神社へ。清明神社は平安時代に活躍した陰陽師、安倍清明をまつる神社です。安倍清明に関しては多くの伝説があります。例えば花山天皇の頭痛は頭蓋骨が岩に挟まれていたのが原因であることを突き止め、頭痛を...

  • 大峰山観音峰登山

    7月17日土曜日大峰山は吉野の南に位置する山です。古くから修験者が修行する山として有名でした。日本百名山の一つらしい。今日は弟がぜひここへ行きたいとのことで私もついていかせてもらっています。片道3時間以上かかりますが日帰りの予定です。なかなかハードな日程。朝7時半に家を出て11時半頃登山口に着きます。一泊して周辺の観光地、吉野の方へも行ってみたかったのですが、弟は山にしか興味がなく、私も週末開けの研究発...

  • 湖北旅行⑤ 木之本の町

    高月から一駅、木之本の町を歩きます。木ノ本駅。まずは浄信寺、別名木之本地蔵院へ。ここ浄信寺はこの大きなお地蔵様で有名。本尊の地蔵菩薩に似せたものだそうです。この浄信寺の本尊地蔵菩薩、もとは大阪の金光寺というところにあったそうですが、聖武天皇の命により、祚蓮上人という人がこの地蔵菩薩と縁の深い場所を求めて、地蔵菩薩を背負い、旅をしました。あるときこの地で休憩のため、祚蓮が柳の木の下にこの地蔵菩薩を置...

  • 湖北旅行④ 渡岸寺観音堂(向源寺)

    2日目。朝から渡岸寺へ。ここ、湖北は仏像で有名な地域でもあります。特に十一面観音が多い地域です。十一面観音とは、頭の上に10体、あるいは11体の仏の面がついている観音様で6観音(聖観音、如意輪観音、千手観音、馬頭観音、十一面観音、准胝観音or不空羂索観音)の中のひとり。六道の中でも修羅道をつかさどる観音様です。修羅道は憎しみ、怒りが耐えない戦いの世界です。この辺りに十一面観音が多いのは、一説にはこの辺りが...

  • 湖北旅行③ 賤ヶ岳登山

    賤ヶ岳といえば賤ヶ岳の戦い。羽柴秀吉と柴田勝家の戦いです。織田信長亡き後の有力家臣同士の勢力争いでした。賤ヶ岳は滋賀県の北の端の方、北は余呉湖、西は琵琶湖に面しています。標高は421メートル。今回は北側の余呉駅から上ります。余呉駅から賤ヶ岳頂上まで5キロほど。1時間ほどで到着します。余呉駅からの景色。この日は夕方から雨が降る予定でしたが、何とか持ちこたえています。向こう側に見えるのが余呉湖。まずは岩崎...

  • 湖北旅行② 長浜の市街地

    中世の城郭は山城でした。山の上に城郭を築いたのです。ところが信長の登場によって城は平地に築かれるようになります。山城の利点はなんといってもその防御力です。ただし、城下町を形成することは難しく、経済的な利益が得ることが難しいのが欠点でした。信長は楽市楽座を始めたことからもわかるとおり、経済に理解があり、交通の要所に城下町を設け、発展させました。長浜城も彼の戦略で築かれた城のひとつ。琵琶湖を背にし、回...

  • 湖北旅行①長浜城と秀吉

    7月2日、3日に滋賀県長浜市に行ってきました。両日とも雨が降る予定でしたが、一日目は曇り、夕方から降っただけ、二日目に関してはかなり晴れ、いい天気になりました。長浜駅駅舎。かなりおしゃれ。まずは長浜城へ行きます。長浜城天守閣。模擬天主です。なかは長浜歴史博物館になっています。長浜城は羽柴秀吉が築城したお城です。当時の秀吉は織田信長の家臣であり、ここ長浜の地は小谷城を居城とする浅井長政との戦いのあと...

  • 御所八幡宮

    御所八幡宮は京都市中京区、御池通り沿いにあります。小さい神社ですが、立派な社殿です。応神天皇、神功皇后、比売神の三神を祀っています。提灯には菊の紋。天皇家と関係があることを示しています。調べてみると、こちらの神社はどうやら後宇多天皇の勅願により1279年に建立されたようです。当時、後宇多天皇は二条内裏が消失していたため、高倉殿というところを御所としていました。。この神社はこの高倉殿にあった祠だった...

  • 敏馬神社

    日帰りで神戸に行ってきました。JR灘駅下車。この辺りは南北にミュージアムロードという通りがあり、美術館を集中的に見て回ることができます。今回は横尾忠則現代美術館とBBプラザ美術館に行き、ついでに敏馬神社へ行きました。敏馬神社(みぬめじんじゃ)はBBプラザのとなりにあります。阪神岩屋駅から徒歩3分くらい。敏馬神社鳥居。敏馬神社は神功皇后が作らせた、美奴売山(現在の大阪の三草山)の神を祀る神社です。神功皇后...

  • 祇園新橋

    四条通りから少し北に位置する祇園新橋。この辺りは祇園発祥の地だそうです。幕末から明治にかけて花街として栄えました。辰巳大明神。白蛇を祀る神社。白蛇は弁天の使いで、芸能の神として信仰されました。飲食業者や舞妓、芸妓からの信仰が厚かったそうです。この辺りは、春に来ると桜がきれいです。おととしの春の様子。...

  • 安井金比羅宮で悪縁切り

    安井金比羅宮へ行ってきました。悪縁切りで有名なこの神社。祀られているのは崇徳上皇、大物主神、源頼政。崇徳上皇は保元の乱で後白河上皇方に破れ、讃岐に流された上皇。大物主神は奈良県の三輪山と言う山に鎮座する神。古事記に出てくる神様です。源頼政は以仁王と言う人物と平氏追討を企てましたが、事前に発覚し自害しました。なかなか不幸な最後を遂げた人たちが祀られています(大物主神も天照に負けた神様とも言われます)...

  • 嵐山小倉山登山

    小学生の時に誰もがやった小倉百人一首。ここ小倉山に住んでいた宇都宮頼綱が自宅の襖を装飾するため、藤原定家に頼んで書いてもらった色絵(100人の優れた歌人の歌をひとつずつ選び、書いたもの)が元となっています。そんな小倉山ですが、標高296メートルの小高い山。嵐山電鉄嵐山駅から徒歩10分、嵐山公園をずっと上に登っていったところに小倉山はあります。嵐山展望台から置く嵐山の風景。ここからさらに西へ上ってゆきます。...

  • オリュンピア×ニッポン・ビジュツ/京都国立博物館 感想

    京都国立博物館で開催されている「オリュンピア×ニッポン・ビジュツ」展に行ってきました。指が入ってる写真しかなくてすみません。さて、今回は特に私の印象に残った作品たちを紹介してゆこうと思います。まずは仏像から。金剛力士像今回展示されていた金剛力士像は2セット。片方は京都国立博物館が所有しているものでもう片方は愛宕念仏寺のものです。京都国立博物館が所有しているほうは吽形が後ろを向いて背筋を強調しています...

  • 日向大神宮、伊勢神宮遥拝所

    三条通で山科へ出る辺り、蹴上の辺りにある日向大神宮、伊勢神宮遥拝所について書きます。日向大神宮鳥居。地下鉄東西線蹴上駅からすぐ。日向大神宮はここから坂を上った先、山の中にあります。この辺りは古くは東海道が通っていたので、旅人などがここで旅の安全などをお祈りしたのでしょう。当時はかなり参拝客でにぎわったそうです。数百メートル上ると神田稲荷神社。かなり自然豊かのところです。上ってくる途中、蛇と会いまし...

  • 蹴上(けあげ)の由来

    蹴上(けあげ)は京都市東山区の端、三条通りから山科へ出る辺りに位置しています。南禅寺や平安神宮に近いところです。この辺りは古くから交通の要所で、東海道が通っていた地域でもあります。蹴上インクラインがあることでも有名です。蹴上インクライン。桜の名所でもあります。京都、大津間で船の運搬をしていたようです。こちらがその台車。さて、その蹴上の由来ですが、平安時代までさかのぼります。源義経と言う人がいます。...

  • 木嶋神社 秦氏の正体とは?

    木嶋神社(このしまじんじゃ)は京都市右京区、太秦にある神社です。地下鉄東西線太秦天神川駅から徒歩約十分。木嶋神社の300メートル手前に鳥居。養蚕神社と書いてあります。養蚕神社は木嶋神社の中にある社です。木嶋神社は古くから養蚕を得意としていた秦氏の神社ですからこのようにな名前の神社があるのでしょう。西陣織が京都の伝統工芸になったのも、秦氏がもたらした養蚕の技術がこの辺りで受け継がれたからではないでしょ...

  • 広隆寺の仏像たち 感想

    嵐山電鉄太秦広隆寺駅すぐそば、広隆寺。堂々たる仁王門。広隆寺は秦氏の氏寺。前回も説明したとおり、秦氏は百済から来た、渡来人でした。嵐山、太秦を居住地にしていた一族です。秦河勝という人物が聖徳太子から、半跏思惟像を賜り、ここに蜂岡寺と言うお寺を建てたと伝えられています(当時の寺領は北野白梅町辺りにあったらしい)。それが現在の広隆寺です。京都最古のお寺。境内。正面に見えるのは上宮王院太子殿。聖徳太子を...

  • 大酒神社と秦氏、秦の始皇帝とのつながり

    今回は少し前に訪れた太秦について書きます。太秦といえば古くは秦氏が住んでいたところ。彼らは百済から来た渡来人だといわれています。太秦の「秦」は秦氏の「秦」です。秦氏は養蚕を得意とした一族で、その昔、絹織物を朝廷によく献上していました。太秦はその布がうずたかく積まれていた様子から名づけられたといわれています。おそらく、のちに西陣織がこの太秦からそう遠くない西陣の地でブレイクしたのも、この地で秦氏が養...

  • 今日の鴨川

    今日は用事で七条の辺りへ行ってきました。帰り道鴨川沿いの風景を紹介します。最近梅雨いりして、先週もほぼ一週間雨でしたが、今日は晴れ、気温も高めです。ここは五条大橋のたもと。五条大橋と言えば牛若丸と弁慶が戦った場所。当時の五条大橋はここより少し北にある、松原橋の辺りに位置していたそうです。松原橋。四条大橋北からの写真。カップルが等間隔で並んでいます。三条大橋。三条河原は昔、在任を処刑したり、さらし首...

  • 下鴨神社 みたらし団子の由来

    とある日の下鴨神社。天気は雨。今回は下鴨神社とみたらし団子の起源について語りたいと思います。実はみたらし団子はここ下鴨神社の御手洗池で後醍醐天皇が見た5つの泡のエピソードが由来なのです。後醍醐天皇といえば、鎌倉幕府を倒し、南北朝時代には、南朝の天皇として吉野を拠点にしていた天皇ですが、まだ鎌倉幕府があった時代、この下鴨神社に御幸されたことがありました。この川が御手洗川、御手洗池とも言います。奥にあ...

  • 京都国立博物館「鑑真和上と戒律のあゆみ」展 感想

    京都国立博物館で開催していた「鑑真和上と戒律のあゆみ」展に行ってきました。緊急事態宣言の関係でしばらく休館になっていましたが、12日水曜日から再開され、16日まで開催されていました。今回はこの展覧会で個人的に注目した展示について紹介してゆきたいと思います。鑑真和上坐像 唐招提寺蔵まずはこの展覧会の看板にも載っている鑑真像です。驚くべき写実性。奈良時代の作品ですが、これほどまでに写実的な作品は、これ以前...

  • 伏見稲荷大社 秦氏、豊臣秀吉ゆかりの地

    伏見稲荷大社といえば京都の観光名所の中では1,2位を争うほどの人気の場所。実は私は京都に来て4年がたちますが、一度も行ったことがありませんでした。偶然この日は京都国立博物館で授業があり、その後の予定も特になかったため、自転車を十分ほど走らせ、伏見稲荷へ。それにしても、東山区から、この伏見稲荷にかけては、観光名所が多い。三十三間堂、東福寺、泉湧寺、伏見稲荷などなど。昔からこの辺りは貴族の別荘地として人気...

  • 河内長野旅行③ 観心寺 如意輪観音像特別公開2021

    今回の河内長野旅行のメインイヴェント。4月17日、観心寺如意輪観音像の特別公開。毎年四月中旬の2日のみ公開されます。長い間待ったこの日。国宝観心寺如意輪観音像は平安時代初期につくられました。空海が彫ったと伝えられています。観心寺のお土産の写真より。高校の教科書にも載っているこの仏様。平安初期といえば、女性らしさが強い観音像が流行した時代。法華寺の十一面観音や、こちらの如意輪観音がその代表格。一方で神護...

  • 河内長野旅行② 岩湧山 滝谷ダムから紀見峠まで

    河内長野駅からバスで滝畑ダム行き。終点滝畑ダムまで40分ほどかかります。今回向かうのは岩湧山。大阪と和歌山の県境に位置しています。頂上のススキの野原(秋)で有名で、標高897メートル。家族連れでも登れる山です。バスの中から。滝畑ダム。滝畑ダムバス停。個々から南へ1キロほど歩きます。まだ若干桜が残っています。登山口。時刻は14時過ぎごろ。序盤は結構急な坂。鉄塔。ここまで50分くらい。もうそろそろ頂上かと思った...

  • 河内長野旅行① 河内長野駅周辺

    少し前ですが、河内長野へ行ったときの事を書きます。4月16,17の1泊2日で行きました。河内長野市は大阪の南の端。南は和歌山県橋本市、東は奈良県五條市と隣接しています。大阪の中では犯罪発生率が一番低く、治安がいい町だそう。山に囲まれていて、自然豊かなのも特徴。河内長野駅。京都、出町柳駅から約二時間。駅前。結構都会。歩道橋から。向こう側は山になっています。現在、午後0時。この日は岩湧山に登る予定ですが、バス...

  • 光華寮廃墟

    京都大学から銀閣寺へ向かう道、今出川通りから少し細い道を入ったところに古くは京大の学生寮だった、光華寮があります。現在は誰も住んでいません。戦前にできたもので、中学人留学生のための寮だったようです。1950年ごろ中華民国(台湾)が購入。文化大革命の影響で寮生間に対立が生じると、中華民国は中国人留学生8名の立ち退きを裁判所に提訴しました。立ち退きを命じられたのは中華人民共和国の学生でしょうか。悪名高き文...

  • 谷崎潤一郎『少将滋幹の母』ゆかりの地 曼殊院周辺

    谷崎潤一郎『少将滋幹の母』大学一年生のとき、日本文学の授業で読まされました。その頃はあまりなんとも思いませんでしたが、最近また読んでみるとまた違った印象を受けました。平安時代を舞台にした歴史小説みたいな感じですが、登場人物一人ひとりが生き生きとしている感じがします。主な登場人物は4人、滋幹と、父国経、そして藤原時平と遊び人平中。それぞれがどこか憎めない人物として描かれている一方で、人間の醜さと言う...

  • 曼殊院門跡

    曼殊院天満宮を出て、東側に曼殊院門跡があります。曼殊院門跡は古くは竹之内門跡と呼ばれていました。この辺りの地名が「竹之内」だったそう。よく知られた門跡寺院ではありますが、観光客は少なめ(秋の紅葉シーズンは多いかも)。有名寺院にある威張った感じがない、とどこかの本で紹介されていました。お寺と言うよりは公家のお屋敷。門跡寺院は、皇族出身の人たちがたくさん入ったお寺なのでこういう雰囲気が出るのでしょうか...

  • 曼殊院天満宮

    前回の続き鷺森神社から曼殊院通りに出て東へ。曼殊院門跡、曼殊院天満宮に行きます。曼殊院通り。左側に見える山が比叡山です。この辺りは歴史保全地域に指定されているところもあり、とてものどかな風景が広がっています。曼殊院門跡の勅使門が見えてきます。左側に曼殊院天満宮こちらの正面にあるほうは弁天堂です。天神様(菅原道真)が祭られているのは、右側。こちらの建物です。人も少なく、静かな場所。のどかな日曜日の午...

  • 鷺森神社

    修学院駅から東へ。白川通りを渡り、坂を上ってゆきます。鷺森神社(さぎのもりじんじゃ)の鳥居。鷺森神社の祭神はスサノオ。もとは比叡山のふもと、赤山という地域にあったそうですが応仁の乱の影響、また、後水尾天皇の修学院離宮造営の関係で現在地に移ってきたそうです。鳥居をくぐり、しばらく行くと鷺森神社の舞台。本殿。両側にアマテラス、熊野大明神、住吉大明神、八幡神が祭られています。スサノオが櫛名田比売命(クシ...

  • 修学院駅周辺

    修学院離宮があることで有名なこの辺り。比叡山のふもと。曼殊院門跡や円光寺、赤禅門院など有名な観光地がたくさんあります。修学院駅。観光目的で来る人はこのえき...

  • 夜の下鴨神社

    近所の下鴨神社。ランニングついでに寄ってみました。夜行く人はいないと思いますが、ライトアップされています。中には入れません。相生社もライトアップ。縁結びの社です。私事ですが、先週大学院の入学式がありました。これから少し忙しくなりそうなので、しばらくは近場の記事がメインになるかもしれません。下鴨神社はいろんな歴史や逸話がある神社なので後々詳しく取り上げたいと思います。...

  • 奈良の大仏はなんのためにつくられたのか仮説ー藤原仲麻呂がつくった?

    奈良の大仏の造立を命じた天皇は誰でしょうか。正解は聖武天皇です。一般的な解釈では、大仏の造営は世の中の平穏のためと考えられています。もちろん当時は疫病や自然災害などに悩まされた時代ですから、そういった意味もあったでしょう。しかし、彼の思想を考え合わせると別の考え方ができるのではないかと思うのです。そしてもうひとつ私が疑問に思っているのは、現在の奈良の大仏は、本当に聖武天皇の理想にかなったものだった...

  • 東大寺大仏殿 大迫力の仏たち

    法華堂から次は大仏殿へ。300メートルくらいです。大仏殿は5時半まであいていますが、法華堂は4時に閉まってしまうので先に行きました。大仏殿と東大寺ミュージアムの共通券、千円(東大寺ミュージアムも5時半まで)。やっぱりでかい大仏殿。中学生のときに一度来たことがあるのですが、やっぱりこの大きさには圧倒されます。おなじみ奈良の大仏。良くこんな大きなものが作れたもんだ。日本の人口の約半分が関わりました。人...

  • 東大寺法華堂 不空羂索観音像、四天王像等

    東大寺法華堂。東大寺の敷地の東側のエリア、二月堂がある辺りにあります。東大寺に残っている建物の中では最も古いものです。別名三月堂。ここにいらっしゃるのが、国宝不空羂索観音像。学校の教科書にも載っている超メジャーなお方です。法華堂パンフレットより。私は見るのは初めて。受付で拝観料600円を払い、中へ入ります。中は天井が高く、薄暗いお堂になっていて、そこに巨大な仏像が9体並んでいます。全部大体3メートル...

  • 大安寺周辺散策

    大安寺周辺を歩きます。大安寺は古くは南都七大寺のひとつであり、広大な敷地を有していました。現在の大安寺の敷地はそのほんの一部。この周辺には、旧大安寺の遺跡が多く残っています。(因みに南都七大寺とは東大寺、興福寺、西大寺、法隆寺、元興寺、薬師寺、大安寺の七つの寺の総称です。)それとこのあたりは神社が多いのも特徴です。大安寺から南へ。西大寺東塔跡。西塔跡。奈良は京都と違って、空き地が多くて開放感があり...

  • 大安寺 馬頭観音像

    引用元:病気平愈・癌封じの祈祷やお守り 大安寺 南都七大寺 仏像奈良、大安寺の馬頭観音像。3月いっぱいまで特別公開されていました。3月30日火曜日、見に行きました。JR京終駅から徒歩10分。平日でしたが、人はちらほらといった感じ。大安寺境内。大安寺本堂。ここには有名な十一面観音がいらっしゃいますが、普段は非公開。御簾の内側であまりはっきりとは見ることができません。いななぎ堂。こちらに馬頭観音がいらっしゃい...

  • 本法寺、妙蓮寺周辺

    本法寺、妙蓮寺周辺と帰り道寺の内通り。赤穂浪士46人の遺髪塔跡。堀川通り沿いにあります。ここには昔、瑞光院というお寺があったそうですが、その瑞光院のお坊さん、宗海禅師が切腹した赤穂浪士46人の遺髪を彼らの主君、浅井長矩の墳墓の傍らに埋め、遺髪塔をつくったそうです。瑞光院は現在、山科に移り(毘沙門堂の南)、遺髪塔、浅野長矩の墓もそちらにあるそうです。慈受院。こちらも堀川通り沿いにあります。門跡寺院。中に...

  • 本法寺と本阿弥光悦

    本法寺境内。本法寺と言えばもうひとつの見所は巴の庭。本法寺が秀吉によってこの地に移転してきたときに本阿弥光悦が作庭しました。光悦はまえにも紹介した通り多くの芸術分野で活躍した人で、ここ本法寺にも光悦がのこした書や、茶碗、能面などがあります。光悦作庭の巴の庭。巴はこんなマーク。勾玉のような形を三つ組み合わせたマークです。水が渦を巻いていると解釈されて、火除けなどの意味があるそうです。この巴の庭は上か...

  • 本法寺「佛涅槃図」 長谷川等伯と久蔵の死

    長谷川等伯の「佛涅槃図」。国指定重要文化財。本法寺で年一回3月14日から4月15日まで拝観できます。縦約10メートル、横約6メートルの巨大な涅槃図。涅槃図とはお釈迦様がお亡くなりになった場面を描いたものです。釈迦の死を悲しむ人々、そして動物たちが描かれています。涅槃図には様々なものがありますが(最近私が見たものでいうと禅定寺の「大涅槃図」など)、長谷川等伯の「佛涅槃図」にはやはり彼独特のものがあります。等...

  • 妙蓮寺 長谷川等伯らの襖絵

    前回の続き。妙蓮寺。南無妙法蓮華経の妙と蓮をとって妙蓮寺。日蓮宗のお寺です。この辺りの地域には日蓮宗のお寺が複数あります。桜と日像上人開基は日像上人。もとは西洞院五条というところにあったそうですが、豊臣秀吉の聚楽第造営の頃にここに移されたそうです。寺町通りや、この辺りの寺院群など洛中の寺社地はこの秀吉による京都統治のときに形成されたもので、この頃の京都は聚楽第を中心とする城下町の様相を呈していまし...

  • 鞍馬口通りを歩く 上善寺、閑臥庵、小松帯刀寓居跡、擁翠園

    2月27日土曜日。今日は妙蓮寺本法寺に行きます。長くなるので3回にわけて書く予定です。さて、妙蓮寺、本法寺は上京区、西陣にあるお寺。下賀茂から徒歩でゆきます。見づらいですがかんたんな地図です。今回の記事ではここ賀茂川から堀川通りまでに焦点を当てますが、この約1キロちょいの道のりを歩くだけでもかなり歴史のあるスポットに出会えます。出雲橋から賀茂川の景色。鞍馬口とは、豊臣秀吉が、洛中を御土居で囲んだときの...

  • 大御堂観音寺 十一面観音像

    寿宝寺から普賢寺へ行きます。大御堂観音寺は天武天皇の勅願により、義淵僧正が開基し、聖武天皇の勅願で良弁僧正が伽藍を整備したお寺。当時の境内はかなり広かったそうです。本尊は天平期に製作された十一面観音像。国宝に指定されています。 引用元:京田辺道中記 大御堂観音寺 三山木駅からバスも出ていますが私は徒歩で行きます。駅から2,5キロほど。三山木駅前。同志社大学京田辺キャンパス前。今日は卒業式だったらしく...

  • 寿宝寺 十一面千手千眼観音像

    3月22日月曜日南山城のお寺へ行ってきました。今回は寿宝寺について。引用元:京田辺道中記 寿宝寺寿宝寺は文武天皇のころに創建されました。古くは「山本の大寺」と呼ばれ、栄華を誇ったそうです。当初の境内は現在地より東に300メートルほどのところにあったようですが、木津川の氾濫などにより、現在地に移りました。国の重要文化財、十一面千手千眼観音像を保存しています。こちらは実際に千の手を持つ珍しい仏像。大阪の藤井...

  • 瓜生山 北白川城跡(勝軍山城)

    今回は狸谷山不動院から瓜生山へ登ります。瓜生山は標高301メートルの比較的登り易い山。室町時代には、北白川城、別名、勝軍山城が築かれていました。築城したのは細川高国。高国は室町幕府の管領、いわゆる、将軍に継ぐNO.2のポジションにいた人です。一時は将軍をもしのぐ権力を有していました。ところが高国の敵は多かった。長年権力争いをしてきた細川澄元の息子、晴元、のちに京都を支配することになる三好家のトップ、三好...

  • 狸谷山不動院

    3月19日金曜日今日は近所の狸谷山不動院、瓜生山に行ってきました。狸谷山不動院は平安京遷都のときに桓武天皇が平安京の鬼門封じとして、たぬき不動をこの地に安置したことに由来します。このあたりは延暦寺や崇道神社など鬼門封じのための寺社が多いです。ここではあの宮本武蔵や朋厚法師というお坊さんも修行したそう。最寄は、叡山電鉄一乗寺駅。私は近所なので自転車で行きます。一乗寺駅周辺。この辺りは、ラーメン屋やカ...

    地域タグ:京都府

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