一ヶ月ほど前に仁和寺の秋季宝物展に行ってきました。ーーーーーーーーーーーーーーーーー仁和寺基本情報所在地:京都市右京区創建:平安時代初期、光孝天皇の発願宗派:真言宗御室仁和寺派その他:宇多天皇をはじめとして多くの皇族出身者が住職をつとめた門跡寺院ーーーーーーーーーーーーーーーーー京都の北、金閣寺や竜安寺のちかくです。京都駅から行くとなかなか遠い。バスで30分ほどかかります。今回は宝物館と金堂裏の五大明王...
妙心寺の境内には塔頭がいくつもありますが、一番有名なのはここ退蔵院かもしれません。越前の豪族、波多野重通という人物が無因禅師を開祖として創建した塔頭です。拝観料600円。方丈。教科書にも載っている、国宝、如拙の瓢鮎図(ひょうねんず)はここにありましたが現在は京都国立博物館にあるそうです。ここでは模本が見れます。宮本武蔵が修行した場所でもあるそうです。方丈の奥には画家の狩野元信が造った庭があります。回...
京都市右京区花園というところにある妙心寺。花園天皇の別荘でした。後に大徳寺の開山大燈国師の弟子、関山慧玄(えげん)を招き、禅寺となっています。禅寺といえば、知恩院にしても、南禅寺にしても巨大な門やお堂が特徴的です。禅宗は特に武士層に普及したため足利政権からかなりの援助を受けました。禅宗の教義は質素なイメージがありますが、お寺は結構豪奢だったりします。拝観料700円を払い、法堂、大方丈、大庫裏を見て回...
7月29日。この日は、あべのハルカス美術館で開催されていたポーラ美術館コレクション展に行ってきました。※緊急事態宣言前です。印象派から、エコール・ド・パリ、キュビズムまでの絵画、工芸品の展示(特にルノワールとモイズ・キスリングの人物画,コローの風景画がよかった)。ところで、このあべのハルカスは近鉄が所有する日本一高いビルです。高さは300メートルあります。近鉄といえば関西を中心に事業を展開している会社。関...
小学校の教科書にも載っている小野妹子。遣隋使として隋へ渡り皇帝煬帝に挑発的な手紙を叩きつけて帰ってきた人です(無事帰ってこれてよかった)。その小野妹子が宇佐八幡からここ上高野の地に八幡神を勧請しました。隋から帰ってくる際、九州の辺りで病にかかり、大分の宇佐八幡宮で病の治癒を祈願したらすぐに治ったそうです。なぜここだったかと言うと、ここはもともと前回も書いたとおり、出雲一族が住んでいた地域である一方...
上高野、見晴らしのいい高台、ぽつんと立っている鳥居と石碑が有ります。石碑には延喜式内社伊多太神社旧跡とあります。現在、崇道神社境内にある神社の跡地です。式内社とは平安時代の「延喜式」に記されている神社のこと。ここにかつてあった伊多太神社は愛宕郡内有数の大社だったそうです。栄枯盛衰という感じ。伊多太神社は出雲を中心に近畿にもよく見られる神社です。出雲族の人たちが広めたようで、ここ上高野にも出雲族の人...
西大寺の南門を出て、西に100メートルほど。西大寺八幡宮と言う神社があります。こちらがその一の鳥居。手前の石橋はこの神社の中でも一番古い建造物。二の鳥居。こちらも先ほどの石橋と並んで奈良時代創建当時のもの。奥の本殿は重要文化財。西大寺八幡神社は西大寺の鎮守社だったそうです。誉田別命(ほむたわけのみこと)、気長足姫命(おきながたらしひめのみこと)、玉依姫命(たまよりひめのみこと)をおまつりしています。...
近鉄西大寺駅から徒歩3分。東大寺は皆さん知っていると思いますが、それと対になる西大寺というお寺があります。建てたのは孝謙上皇(称徳天皇と同一人物)。聖武天皇と光明皇后の娘です。両親が東大寺を建て、娘が西大寺を建てました。現在は境内も縮小していますが一時は大寺院として栄えたお寺です。今回訪れたのは西大寺の中でも最初に建てられた四王堂。一年ぶりの訪問でした。四王堂の諸仏。中に入ると薄暗いお堂の中に巨大...
特別展のチケットを買うと、ついでにこちらも無料で見れるようになっています。こちらの仏像館はこの仁王像のみ撮影可能。奈良、吉野にある金峯山寺の仁王像です。かなり大きい。5メートルあります。力強い。南北朝時代の仏像です。そしてこの仏像館に来たらぜひ注目したいのが元興寺薬師如来像。私もかねがね見たいと思ってきた仏像です。平安時代初期の仏像で力強い作風。ボリュームがあり、服のひだも堀が深い。表情は厳しめ。...
奈良国立博物館で開催されている「奈良博三昧」展にいって来ました。いつものように気になった展示について書いていこうと思います。今回は写真撮影可だったので写真付です。国宝 地獄草子この地獄草子は12世紀、平安時代末から鎌倉時代初期の作品です。地獄の種類、七つを描いています。尿糞所・・・糞尿地獄。最悪です。鉄鎧所(てつがいじょ)・・・罪人をうすに入れてすります。痛そう。函量所(かんりょうじょ)・・・火を...
今日、朝、9時発の電車で奈良へ。近鉄奈良駅到着は10時。めちゃくちゃ雨降っています。雨予報ではありましたがここまで土砂降りになるとは。ツイてない。奈良公園前。今日は鹿があまり見当たりません。どこへ避難しているんでしょうか。興福寺の西金堂の前にたむろしている集団を発見しました。雨ニモ負ケズの精神を感じます。雨の中、興福寺五重塔。いつ見ても美しい。そして奈良国立博物館。今回はここ奈良博の「奈良博三昧」展...
金勝寺から更に上へ2キロほど林道を車で登り、馬頭観音堂の前の駐車場へ。平日の昼間でしたが、ほとんど車はありませんでした。最大八台とめられるようになっています。さてここから金勝山(こんぜやま)を登ります。目指すは天狗岩。「金勝」が寺の名前だと「こんしょう」で山の名前だと「こんぜ」なのは何か意味があるのでしょうか?山道はかなり歩きやすく特に難所はありません。真夏の昼間ですが、風が涼しい。地面はさらさら...
金勝寺(こんしょうじ)は滋賀県栗東市の金勝山の山中にあるお寺。734年奈良時代、聖武天皇の勅願により、平城京の鬼門を守るために良弁が創建しました。平安時代の仏像を多く所蔵している古刹です。朝から弟とレンタカーを借りて、滋賀へ。免許は2年前に取ったのですが、免許取得以降、運転は今回で3回目。まだなれないので緊張します。何とか金勝寺の駐車場までたどり着きました。途中の林道が細くてひやひやしましたが。500円払...
京都市上京区、京都御所の東側に位置する寺町通り。私もまだぜんぜん行けていないのですが、この通り沿いには隠れた名所が多々あります。廬山寺桔梗の庭で有名。紫式部が『源氏物語』を執筆した地。清浄華院浄土宗京都四ヶ本山の一つ。国宝阿弥陀三尊像があります。本満寺枝垂桜がきれいらしい。阿弥陀寺織田信長のお墓があります。西園寺かつての総理大臣、そして立命館の創始者、西園寺公望が書いた額があります。天寧寺額縁門で...
京都市上京区、護浄院というところがあります。別名清荒神。この辺りは荒神町という知名になっていますがその由来はここに荒神様が祀られていることにあります。荒神というのは火の神、竈の神ともいわれ、台所に祀られたりもする神様です。ここの本尊は清三宝大荒神となっていますが、如来荒神、麁乱荒神、忿怒荒神という三つの姿を持っています。火除け、厄除けの神様でもあるそうです。奈良時代末、光仁天皇の皇子開成親王が出家...
上京区の東、京都御所や廬山寺、梨木神社がある辺り、この辺りはメジャーな観光地とはいえません。京都旅行へ来て、この辺りに来る人はまずほとんどいないでしょう。ですが、実はこの辺り、平安時代、貴族たちの別荘が多く営まれた土地なのです。藤原道長の土御門邸や紫式部の祖父藤原兼輔の屋敷があったのもこの辺りです。古くからこの辺の土地は一等地だったようです。京都の鴨川といえば暴れ川。昔はたびたび洪水などでこの川に...
廬山寺は京都御所の東側、寺町通り沿いにあります。ここのお寺は桔梗の庭で有名です。夏が見ごろ。実はここは平安時代、紫式部の邸宅があった場所だそうで、ここであの有名な「源氏物語」が執筆されました。この辺は貴族の別荘が多く立ち並んでいた場所だったようです。因みに「源氏物語」に出てくる、空蝉(うつせみ)や花散る里の屋敷もこの辺りという設定になっています。廬山寺はもともと良源が船岡山の南に建立したお寺でした...
京都御所の東に隣接する梨木神社。ご祭神は三条実万(さねつむ)、実美(さねとみ)父子。この辺り、梨木町は三条家の邸宅があった所だそうです。平安時代には藤原良房の娘、藤原明子(文徳天皇の后、清和天皇の母)の邸宅でした。鳥居。奥にはマンション。社殿修復のため、境内の一部をマンション開発業者に貸したそうです。三条実万は幕末期の公家。日米修好通商条約締結時に朝廷と幕府との間でいざこざがあり、安政の大獄によっ...
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一ヶ月ほど前に仁和寺の秋季宝物展に行ってきました。ーーーーーーーーーーーーーーーーー仁和寺基本情報所在地:京都市右京区創建:平安時代初期、光孝天皇の発願宗派:真言宗御室仁和寺派その他:宇多天皇をはじめとして多くの皇族出身者が住職をつとめた門跡寺院ーーーーーーーーーーーーーーーーー京都の北、金閣寺や竜安寺のちかくです。京都駅から行くとなかなか遠い。バスで30分ほどかかります。今回は宝物館と金堂裏の五大明王...
一年くらい放置していたブログ。私は大学院を卒業して某IT企業に就職しました。社会人一年目で色々と大変ですが暇なときにまた少しずつ書いていこうと思います。よろしくお願いします。ちなみに今は大阪に住んでいます。...
阪急洛西口からレンタサイクルで勝持寺へ。ここは京都の西、日向市というところです。桂離宮や嵐山の南、長岡京の北。このあたりはかつての都、長岡京から近いこともあり、長岡京の頃に縁のある史跡が多く残っています。勝持寺もそのうちのひとつ。創建は飛鳥時代、役小角が作ったといわれています。長岡京へ遷都したときの天皇、桓武天皇の命令で最澄(天台宗の開祖)が伽藍を再建しました。桜の名所としても知られ、西行縁の寺で...
京都、西の穴場、願徳寺、勝持寺へ行きます。最寄は阪急洛西口。駅から自転車でいきます。今回はその道すがら見つけた桓武天皇の皇后、藤原乙牟漏(おとむろ)のお墓を紹介します。桓武天皇といえば平安京に都を移した天皇。年号は「なくようぐいす」で794年と覚えさせられますが、「かんむりなくした桓武天皇」の「なくし」で794年という語呂合わせも習いました。小高い丘の上。桓武天皇といえば平安京に都を移したイメージがあり...
天智天皇といえば乙巳の変で蘇我入鹿を滅ぼした中大兄皇子。大津に都をおきました。御陵は、大津に程近い、ここ、山科にあります。中臣鎌足に縁のある山階寺のすぐ近くです。参道。これまでいくつか天皇陵は見てきましたが、一番参道が長く、道幅があるようなきがします。実はこの天智天皇陵、藤原京の南北中心線の延長線上にあるそうです。そうとう権力があったことの証でしょうか。前から不思議だったのは、乙巳の変後、なぜ中大...
山科駅から西に徒歩約5分。京都薬科大学のキャンパス前に山階寺跡の石碑があります。実は奈良の興福寺(藤原氏の氏寺)の前身のお寺です。藤原氏の祖、中臣鎌足が病を患った際に夫人の鏡女王が造営しました。鎌足の持仏堂が元になっているようです。鎌足は死ぬ間際に天智天皇から藤原の姓をもらいました。息子、藤原不比等はここの近くで幼少期を過ごし、後にこの山階寺を大和に移して「厩坂寺」(飛鳥のあたり)とし、さらにその...
去年の秋ごろ行った京都の穴場、安祥寺を紹介します。山科駅から1キロほど。山科の山の中。安祥寺前の坂から山科の町。受付を済ませ、境内へ。今回はここにいらっしゃる十一面観音を見にきました。期間限定。毎年秋に公開されているようです。観光客は少なめ。安祥寺十一面観音。安祥寺入場チケットより。重文。思ったより大きかったです。体長2メートル半。黒光りしていますが昔は金箔が張ってあったよう。奈良時代のもの。同じく...
飛鳥散策ラスト。岡寺から下山、ここから南へ、石舞台古墳へ向かいます。これまた緩やかな上り坂。明日香村は坂が多い。学校の資料集などでもよく見る有名な古墳。敷地内に入るのに300円ほどお金がかかります。横から。下が石室。実はこれらの岩はかつてはすべて土の下でした。上の岩が露出し、舞台のように見えるようになったことから石舞台古墳と呼ばれるようになりました。被葬者は蘇我馬子だと推定されています。飛鳥寺を創建...
飛鳥散策続き。飛鳥寺を出て、南へ。飛鳥板蓋宮跡。西から。皇極天皇、斉明天皇(皇極と同一人物)のころの都跡。どんな建造物が建っていたのでしょうか。大化の改新のきっかけとなった乙巳の変(中大兄皇子、中臣鎌足が蘇我入鹿を暗殺した事件)が起こった都でもあります。南にも。このあたりには宮跡がたくさんありますが、その昔、飛鳥時代では、天皇が変わるたびに都を変えていたそうです。その慣習がなくなったのは藤原京に移...
なかなか書けずにいた明日香村散策の続き。飛鳥資料館から飛鳥坐神社へ。立派な鳥居。本殿。ここの主祭神は八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)飛鳥神奈備三日女神(あすかかんなびみひめのかみ)大物主神高皇産霊神(たかみむすひのみこと)だそうです。奥の社。アマテラスと高皇産霊神を祭っているそう。飛鳥坐神社由緒書き。八重事代主神は大国主神の子どもなんですね。本は別の場所に祭られていて平安時代にこちらに移って...
新年、あけましておめでとうございます。まだ10月に行った飛鳥について書いている途中でしたが、2022年に突入してしまったので中断して今回は初詣の記事。元旦、今日は昼から近所の下鴨神社に初詣。結構人がいっぱいでした。寅の絵。井上社から御手洗川。おみくじは300円。ちょっと高いようなきがしますがこんなもんでしょうか。今回はおみくじひきませんでした。今度100円のところでひきたいと思います。今年は就活や修論など忙し...
近鉄橿原神宮前駅からレンタサイクルで半日飛鳥村を観光します。近鉄サンフラワーレンタサイクル、一日1000円(土曜日)。まずは駅からずっと東へ。飛鳥資料館をめざします。剣ヶ池と孝元天皇陵。孝元天皇は8代天皇。実在したかは不明。ここから南西に少し行ったところに大軽町(当時は軽という地名)というところがありますが、そこを都とした天皇でした。因みに八幡神、応神天皇もここを都としています。しばらく行くと、推古天...
大学の研究発表や何やらで一ヶ月ぶりの更新。藤原京跡、続き。コスモス畑がきれい。9時ごろになると多くの人が遊びに来ていました。午前中は藤原京資料館へ。このあたりには、 橿原市の藤原京資料館と2キロほど離れたところに藤原宮資料館というという2箇所の資料館があります。今回は 橿原市の資料館へ。JAならけん 橿原東部経済センターの二階にあります。階段の張り紙ににマスコットキャラくせのあるかわいさ…...
奈良で一泊。初めてネットカフェに泊まりました。安い!8時間で1600円。ただ午後10時に入ったので、朝の6時にはカフェを出ることに。この時間はまだ寺も飲食店も空いているところはないので、藤原京跡にでも行ってぶらぶらします。大和八木駅から耳成駅へ。車窓からかろうじて見える朝焼け。耳成駅から藤原京跡まで約一キロ。涼しい。耳成山畝傍山。耳成山、香具山、畝傍山は大和三山と呼ばれます。藤原京を囲むようにしてそれぞれ...
法隆寺から自転車で5分ほど北にいくと法輪寺、さらに西に数分で法起寺へいけます。やはりこのあたりを回るにはレンタサイクルが便利。その前に法隆寺から西へ。藤ノ木古墳。ここから少し南に行くとこの古墳に埋葬されていた品々が展示されている博物館があるそうです(散歩していた近所の人に教えてもらいました)。ただ、この日はお休み。法隆寺の西、西里と呼ばれるあたり。大工の人たちが住んだそう。さて、改めて北へ。 のどか...
法隆寺にいってきました。JR法隆寺駅。ここから法隆寺までは2キロほど離れています。レンタサイクルがお勧め。但し自転車が通りづらい道が多い。ならはこういう道が多いきがする。法隆寺駅前商店街。昼ごはんはこのあたりの喫茶店でサンドイッチ(量が多すぎて食べきるのが大変でした)法隆寺。ガキンチョがいっぱい。3,4団体くらいと遭遇しました。なるべく団体客から離れて鑑賞したい。それにしても青空がきれい法隆寺五重塔と金...
ブログを始めて早8ヶ月。ようやく百記事に到達しました。正確にはこの記事が102記事目です。これからも週数回ペースで更新していきたいと思っています(最近サボりがちでしたが)。ところで最近、あることを知って驚きました。皆さんに問題です。相撲用語で「かまぼこ」とは何を意味するでしょう?答えは「怠け者」です。練習の際、全く土俵に上がろうとせず、壁に背中をつけているさまが板にのっているかまぼこに似ていることからこ...
柳ヶ瀬は中部地方でも有数の規模を誇る、大規模アーケード街。かつては全国的に知られるほど活況を呈していたそうです。しかし、現在は…。岐阜城下山、時刻は午後5時頃。これから柳ヶ瀬のほうに向かいます。国道157号。すでに駅前の繁華街に入っています。国道沿いに正覚院。奈良時代の元正天皇の勅願所でした。本尊は善光寺如来、信長、土岐氏とも縁があったそうです。国道を更に南へ。若宮通りとの交差点。ここから少し南へ行っ...
岐阜にやってきました。8月の末。本来は岐阜県立美術館で行われるはずだった「コローから印象派」展を見に行こうと思って1ヶ月前くらいからホテルを予約していたのですが、生憎、展覧会は延期となり、代わりといっては何ですが、三甲美術館と岐阜城に行きます。岐阜駅前。京都から電車で三時間くらいかかりました。結構栄えています。ツインタワーと金ぴかの織田信長像。岐阜といえば織田信長。愛知の尾張出身の信長は岐阜を制服し...
西本願寺から西へ。島原という地域を歩いて見ます。この辺りに花街が形成されたのは江戸時代初期。六条三筋町とも言われていました。「島原」という名称の由来は、当時熊本で起きた天草島原の乱の島原から来ているそうです。あるいはこの辺りは当時、田んぼが多かったらしく、田んぼの真ん中に島のように町が形成されたことから「島原」であるという説もあるそうです。幕末の頃には新撰組や西郷隆盛、久坂玄瑞らも出入りしました。...
一ヶ月ほど前に仁和寺の秋季宝物展に行ってきました。ーーーーーーーーーーーーーーーーー仁和寺基本情報所在地:京都市右京区創建:平安時代初期、光孝天皇の発願宗派:真言宗御室仁和寺派その他:宇多天皇をはじめとして多くの皇族出身者が住職をつとめた門跡寺院ーーーーーーーーーーーーーーーーー京都の北、金閣寺や竜安寺のちかくです。京都駅から行くとなかなか遠い。バスで30分ほどかかります。今回は宝物館と金堂裏の五大明王...
一年くらい放置していたブログ。私は大学院を卒業して某IT企業に就職しました。社会人一年目で色々と大変ですが暇なときにまた少しずつ書いていこうと思います。よろしくお願いします。ちなみに今は大阪に住んでいます。...