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ブログタイトル
ロードバイクとスーパーカブで巡る四国八十八霊場と別格二十霊場
ブログURL
https://sikimidaigarden.hatenablog.com/
ブログ紹介文
町中はロードバイク、遠くにある山寺はスーパーカブで回った108のお寺をご紹介します
更新頻度(1年)

66回 / 341日(平均1.4回/週)

ブログ村参加:2020/10/17

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ロードバイクとスーパーカブで巡る四国八十八霊場と別格二十霊場
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ロードバイクとスーパーカブで巡る四国八十八霊場と別格二十霊場

心経さんの新着記事

1件〜30件

  • 大山祗神社の別当寺 愛媛県今治市「南光坊」(その64)

    第五十五番札所 別宮山 南光坊 (べっくざん なんこうぼう) 住所 今治市別宮町3-1 電話 0898-22-2916 延命寺から南光坊まで 距離 3.7km 標高差 ほぼ平坦 延命寺から南光坊まで 推古天皇に勅願により御代二年(594)大三島に大山祇神社の元となる遠土宮が造立される。その後、風波のため祭祀が疎かになるのを憂いた文武天皇の勅願を受け、伊予の国司越智玉澄が大山積明神を伊予国越智郡日吉村に勧請して別宮を造営する。別宮は和銅五年(712)に完成し「日本総鎮守三島の地御前」として奉祀される。この時、大山祇神社の法楽所として別当寺二十四坊を建立し、このうち八坊(中之坊・大善坊・乗蔵坊・通…

  • 美しい鐘の音のお寺 愛媛県今治市「延命寺」(その63)

    第五十四番札所 近見山 延命寺 (ちかみざん えんめいじ) 住所 今治市阿方甲636 電話 0898-22-5696 圓明寺から延命寺まで 距離 33.8km 標高差 +117m -98m 圓明寺から延命寺まで 養老四年(720)、聖武天皇の勅願により行基が大日如来の化身とされる不動明王像を彫造して本尊とし、現在地より北にある近見山の山頂に伽藍を建立して寺を開創する。弘仁年間(810〜24)には弘法大師が嵯峨天皇の勅命を受け、伽藍を信仰と学問の中心道場として再興。不動院圓明寺と名づけて勅願所と定める。鎌倉時代の文永五年(1268)には華厳宗の学僧凝然が寺の西谷の坊に籠り、初学者の仏教入門書とい…

  • キリシタン灯籠のあるお寺 愛媛県松山市「圓明寺」(その62)

    第五十三番札所 須賀山 圓明寺 (すがさん えんみょうじ) 住所 松山市和気町1-182 電話 089-978-1129 太山寺から圓明寺まで 距離 2.8km 標高差 +1m -59m 太山寺から圓明寺まで 天平勝宝元年(749)に聖武天皇の勅願により行基が本尊の阿弥陀如来像と脇侍の観世音菩薩像、勢至菩薩像を彫造して安置し、七堂伽藍を備えた大寺として建立する。当時は和気浜の西山という海岸にあり、海岸山圓明密寺と称した。松山にある八寺のうち行基が開いたのは五寺となるが、圓明寺は行基最晩年の創建で、大仏建立のため諸国を勧進し回っていた頃に当たる。後に弘法大師が荒廃した諸堂を整備し、霊場の札所とし…

  • 真野長者の一夜建立のお寺 愛媛県松山市「善楽寺」(その61)

    第五十ニ番札所 龍雲山 太山寺 (りゅううんざん たいさんじ) 住所 松山市太山寺町1730 電話 089-979-0329 石手寺から太山寺まで 距離 10.8km 標高差 +101m -91m 石手寺から太山寺まで 用明ニ年(587)、豊後の真野長者が商いのため船で大阪に向かう時、暴風雨に遭遇する。真野長者はふいごの炭焼きであるが、神のお告げにより久我大臣の娘・王津姫と結婚して以来時運が開け、大富豪となった人物とされる。難を逃れるため観音菩薩に祈願したところ、瀧雲山の山頂から光が差し時化が静まり、高浜の岸に無事漂着する。その光の差した山頂に行ってみると、一寸八分の十一面観音を祀った小さな草…

  • 衛門三郎再生のお寺 愛媛県松山市「石手寺」(その60)

    第五十一番札所 熊野山 石手寺 (くまのざん いしてじ) 住所 松山市石手2-9-21 電話 089-977-0870 繁多寺から石手寺 距離 2.8km 標高差 ほぼ平坦 繁多寺から石手寺まで 神亀五年(728)伊予の豪族越智玉純が霊夢に二十五菩薩の降臨を見て、この地が霊地であると感得。熊野十二社権現を祀ったのを機に鎮護国家の道場を建立し、聖武天皇の勅願所となる。翌年の天平元年(729)に行基が薬師如来像を彫造して本尊に祀って開基し、寺名を安養寺とする。弘仁四年(813年)に弘法大師が寺を訪れ、宗派を法相宗から真言宗へと改める。寺名を石手寺と改称したのは、寛平四年(892)の右衛門三郎再来の…

  • 一遍上人も修行した厄除けと商売繁盛のお寺 愛媛県松山市「繁多寺」(その59)

    第五十番札所 東山 繁多寺 (ひがしやま はんたじ) 住所 松山市畑寺町32 電話 089-975-0910 浄土寺から繁多寺 距離 2.1km 標高差 ほぼ平坦 浄土寺から繁多寺まで 天平勝宝年間(749〜759)孝謙天皇の勅願により行基が三尺の薬師如来立像を彫造し、寺を建立したと伝わる。孝謙天皇より祭具として幡を賜ったことが寺名の由来とされるが、元の寺名は光明寺で大師が今の寺名に改めたとも伝わる。弘仁年間(810~824)この地を巡錫する弘法大師が寺に逗留し、霊場と定める。その後寺は衰微するが、伊予の国司源頼義や僧堯蓮の援助で再興を果たす。弘安ニ年(1279)には後宇多天皇の勅命を受け、聞…

  • 空也上人ゆかりのお寺 愛媛県松山市「浄土寺」(その58)

    第四十九番札所 西林山 浄土寺 (さいりんざん じょうどじ) 住所 松山市鷹子町1198 電話 089-975-1730 西林寺から浄土寺まで 距離 2.9km 標高差 ほぼ平坦 西林寺から浄土寺まで 聖武天皇の皇女、孝謙天皇(749〜758)の勅願を受けた恵明上人が、行基作の釈迦如来像を本尊として祀り、開創したのが寺の始まりとされる。当時は法相宗の寺院であった。のちに弘法大師がこの寺を訪ねて荒廃していた伽藍を再興し、真言宗に改宗。その頃から寺運は栄えて寺域は八丁四方に及び、最盛期には六十六坊の末寺を持つほどの大寺院となる。天徳年間(957〜961)には天台宗の僧空也上人が四国巡歴の際に浄土寺…

  • 川より低い水郷の寺 愛媛県松山市「西林寺」(その57)

    第四十八番札所 清滝山 西林寺 (せいりゅうざん さいりんじ) 住所 松山市高井町1007 電話 089-975-0319 文殊院から西林寺まで 距離 3.7km 標高差 ほぼ平坦 文殊院から西林寺まで 天平十三年(741)行基が聖武天皇の勅願により伊予に入り、国司越智玉純と共に一宮別当寺として堂宇を建立する。堂宇は現在の松山市小野播磨塚辺りの「徳威の里」にあり、本尊として十一面観音菩薩像を彫造して安置する。大同ニ年(807)弘法大師が四国の霊跡を巡礼した際寺に逗留する。大師は国司越智実勝と協議して寺を現在地に移して四国霊場と定め、伽藍を再建し国家安泰を祈願する。寺には水にまつわる弘法伝説があ…

  • 衛門三郎とその子らの位牌が伝わるお寺 愛媛県松山市「文殊院」(その56)

    別格第九番札所 大宝山 文殊院 (だいほうざん もんじゅいん) 住所 松山市恵原町308 電話 089-963-1960 八坂寺から文殊院まで 距離 0.7km 標高差 ほぼ平坦 八坂寺から文殊院まで 縁起によると、別格第十番札所「西山興隆寺」を創建した空鉢上人が、七世紀に八窪という地名の山の中腹に徳盛寺として開基したのが寺の起源とされる。天長元年(824)に弘法大師が文殊菩薩に導かれてこの地に逗留し、寺名を文殊院と改め現在の境内地に堂宇を移す。寺のある辺りは四国遍路の元祖とされる「衛門三郎」の邸宅があったと伝わる。衛門三郎にまつわる話は、第十二番札所焼山寺の麓にある杖杉庵の看板に些細が書かれ…

  • 可愛い猫が出迎えてくれるお寺 愛媛県松山市「八坂寺」(その55)

    第四十七番札所 熊野山 八坂寺 (くまのざん やさかじ) 住所 松山市浄瑠璃町八坂773 電話 089-963-0271 浄瑠璃寺から八坂寺まで 距離 0.9km 標高差 ほぼ平坦 浄瑠璃寺から八坂寺まで 縁起によると修験道の開祖・役行者小角が開基したと伝わる。大宝元年(701)に文武天皇の勅願により伊予の国司越智玉興公が堂塔を建立。八箇所の坂道を切り開いて創建し、益々栄える「いやさか(八坂)」にも由来することからこれを寺名とする。弘法大師がこの寺で修法したのは百余年後の弘仁六年(815)のこと。荒廃した寺を再興して霊場と定める。本尊の阿弥陀如来坐像は浄土教の論理的な基礎を築いた平安中期の名僧…

  • ご利益の万屋(よろずや) 愛媛県松山市「浄瑠璃寺」(その54)

    第四十六番札所 医王山 浄瑠璃寺 (いおうざん じょうるりじ ) 住所 松山市浄瑠璃町282 電話 089-963-0279 岩屋寺から浄瑠璃寺まで 距離 25.8km 標高差 +443m -796m 岩屋寺から浄瑠璃寺まで 日本初の流通貨幣である和同開珎が造られた和銅元年(708)、行基が布教のためにこの地を訪れ、仏法を修行する適地として伽藍を建立する。白檀の木で薬師如来像を彫り本尊とし、脇侍に日光・月光菩薩、眷属として十二神将を彫造して安置する。薬師如来は東方にあるとされる浄瑠璃世界の救主で、寺名はその名に因む。また山号も医王如来に因み「医王山」とされる。百年後の大同ニ年(807)、唐から…

  • 車遍路にとって四国最大の難所 天を突く奇峰がそびえるお寺 愛媛県久万高原町「岩屋寺」(その53)

    第四十五番札所 海岸山 岩屋寺 (かいがんざん いわやじ ) 住所 上浮穴郡久万高原町七鳥1468 電話 0892-57-0417 大宝寺から岩屋寺まで 距離 10.6km 標高差 +234m -140m 大宝寺から岩屋寺まで 弘法大師がこの地を巡錫したのは弘仁六年(815)のこと。山には法華仙人と称する土佐の女性が岩窟に籠り、法華三昧を成就。空中を自在に飛行できる神通力を身につけていたが、大師の修法に篤く帰依し全山を献上する。大師は木造と石造の不動明王像を刻み、木像は本尊として本堂に安置。石像は奥の院の秘仏として岩窟に祀り、全山をご本尊の不動明王として護摩修法を行う。山号の「海岸山」は空海の…

  • 八十八霊場の四十四番目、中札所と呼ばれるお寺 愛媛県久万高原町「大宝寺」(その52)

    第四十四番札所 菅生山 大宝寺 (すごうざん だいほうじ ) 住所 上浮穴郡久万高原町菅生1173 電話 0892-21-0044 十夜ヶ橋から大宝寺まで 距離 50.1km 標高差 +727m -198m 十夜ヶ橋から大宝寺まで 縁起によると、大和朝廷の頃、百済から渡来した聖僧が山中に十一面観世音菩薩を安置したのが寺の始まりとされる。大宝元年(701)広島の安芸から来た明神右京と隼人という兄弟の狩人が、菅草のなかにあった十一面観音像を見つけ、草庵を結び尊像を祀る。この奏上を聞いた文武天皇は勅命を下して寺院を建立させ、元号にちなんで「大寶寺」と称する。弘仁十三年(822)この地で密教を修法した…

  • 橋の下で大師が一夜を明かしたとされるお寺 愛媛県大洲市「十夜ヶ橋 永徳寺」(その51)

    別格第八番札所 十夜ヶ橋 永徳寺 (とよがはし えいとくじ) 住所 大洲市東大洲1808 電話 0893-25-2530 出石寺から十夜ヶ橋まで 距離 21.6km 標高差 +143m -913m 金山出石寺から十夜ヶ橋永徳寺まで 四国を巡錫中の弘法大師が菅生山(大寶寺)に向かう途中、この地で日が暮れ夜を迎えるが、村落人家至って少なく、泊まる家が見当たらない。このため小川にかかる土橋の下で一人野宿する。夜が明けるのを待ち願う大師は、一夜が十夜の長さにも感じ、「行き悩む 浮世の人を 渡さずば 一夜も十夜の 橋とおもほゆ」と詠じる。この伝えにより橋は「十夜ヶ橋」と呼ばれるようになり、たもとに大師堂…

  • 別格の中の別格 みかん畑の上にそびえる大寺院 愛媛県大洲市「金山 出石寺」(その50)

    別格第七番札所 金山 出石寺 (きんざん しゅっせきじ) 住所 大洲市豊茂乙1 電話 0893-57-0011 明石寺から出石寺まで 距離 34.9km 標高差 +846m -323m 明石寺から出石寺まで 縁起によると寺の開創は養老二年(718)である。旧宇和郷田中庄の猟師作右衛門が狩りに出て、一頭の鹿を追いかけて山に登り、まさに鹿を射殺そうとして弓を引き絞ったところ、突如として暗雲が垂れ込め全山振動して光明赫赫と輝き、鹿の姿をかき消す。鹿の立っていた足下の岩が真二つに割れ、地中から千手観音菩薩と地蔵菩薩の像が湧き出て金色の光を放つ。この奇瑞を目撃した作右衛門は、殺生を業とすることを悔い改め…

  • 住職がカレーの味を決めるお寺 愛媛県西予市「明石寺」(その49)

    第四十三番札所 源光山 明石寺 (げんこうざん めいせきじ) 住所 西予市宇和町明石205 電話 0894−62−0032 仏木寺から明石寺まで 距離 16.7km 標高差 +329m -256m 仏木寺から明石寺まで その昔、美しい乙女が願をかけながら深夜に大石を山に上げていたが、天の邪鬼が鶏の鳴き声を真似たため、乙女は夜明けと思い消え去る。乙女は千手観音菩薩の化身であった。以来この地は千手観音菩薩がこもった霊地とされ尊崇されてきた。寺の元の寺名である「あげいしじ」はこの数奇な伝説に由来する。縁起によると、欽明天皇(532〜571)の勅願を受け、円手院正澄という行者が唐伝来の千手観音菩薩像を…

  • 四国唯一 人も動物も一緒に祈祷するお寺 愛媛金宇和島市「佛木寺」(その48)

    第四十ニ番札所 一カ山 仏木寺 (いっかざん ぶつもくじ) 住所 宇和島市三間町則1683 電話 0895-58-2216 龍光院から仏木寺まで 距離 3.5km 標高差 ほぼ平坦 龍光寺から仏木寺まで 大同ニ年(807)弘法大師はこの地で牛を引く老人と出会う。誘われるまま牛の背に乗って歩むと、楠の大樹の梢に一つの宝珠がかかり、光を放っているのを目にする。よく見ると、これは大師が唐から帰朝する際に「有縁の地」が選ばれるよう三鈷とともに東方に向け投げた宝珠であった。この地こそ霊地であると感得した大師は堂宇を建立し、一カ山仏木寺と山号寺名を授ける。自ら楠で大日如来像を彫造し、眉間に宝珠を埋めて白毫…

  • 南予の田舎道にたたずむ龍の目の伝わるお寺 愛媛巻宇和島市「龍光院」(その47)

    第四十一番札所 稲荷山 龍光寺 (いなりざん りゅうこうじ) 住所 宇和島市三間町戸雁173 電話 0895-58-2186 龍光院から龍光寺まで 距離 9.7km 標高差 +172m -13m 龍光院から龍光寺まで 大同2年(807)弘法大師がこの地を巡錫中、稲束を背負ったひとりの白髪老人が現れ、「我この地に住み法教を守護し、諸民を利益せん」と告げて忽然と姿を消す。大師は、この老翁が五穀大明神の化身であると悟り、その明神を勧請して稲荷明神像を彫造、堂宇を建てて安置する。このとき、本地仏の十一面観世音菩薩と共に脇侍の不動明王・毘沙門天を造像して安置し、寺を「稲荷山龍光寺」と号し四国霊場の総鎮守…

  • 西日本随一の一石彫り大観音像があるお寺 愛媛県宇和島市「龍光院」(その46)

    格第六番札所 臨海山 龍光院 (りんかいざん りゅうこういん) 住所 宇和島市天神町1-1 電話 0895-22-0527 観自在寺から龍光院まで 距離 40.6km 標高差 +271m -270m 観自在寺から龍光院まで 江戸時代初期の元和元年(1615)に伊達秀宗が初代宇和島藩主として入部する。その際、宇和島城の鬼門に当たるこの地に鎮めとして、藩の安寧と領民の安泰を祈願する寺が建立される。これが龍光院の創始であり、寺領として百石を授かり伊達家の祈願寺と定められる。寛永十五年(1638)に京都大覚寺二品宮親王が四国を巡錫した際、この地の風光明媚を讃えて「臨海山福壽寺」の号を与える。龍光院は四…

  • 四国霊場の裏関所、カエルの石像のあるお寺 愛媛県愛南町「観自在寺」(その45)

    第四十番札所 平城山 観自在寺 (へいじょうざん かんじざいじ) 住所 宇和郡愛南町御荘平城2253-1 電話 0895-72-0416 延光寺から観自在寺まで 距離 27.9km 標高差 +181m -209m 延光寺から観自在寺まで 大同二年(807)平城天皇の勅令を受けた弘法大師がこの地を訪れ、一本の霊木から本尊の薬師如来と脇侍の阿弥陀如来、十一面観音菩薩の三尊像を彫造し、寺を開創する。三体は「一木三体」「一刀三礼」の像として知られ、一本の霊木を一刀入れる毎に三度礼拝して刻んだとされる。このとき大師は、残った霊木に「南無阿弥陀仏」と六字の名号を彫り、厄除諸難消除の舟形の宝判を造る。この宝…

  • 修行の道場最後、梵鐘を背負ってきた赤亀のお寺 高知県宿毛市「延光寺」(その44)

    第三十九番札所 赤亀山 延光寺 (しゃっきざん えんこうじ) 住所 宿毛市平田町中山390 電話 0880-66-0225 金剛福寺から延光寺まで 距離 53.3km 標高差 +416m -434m 金剛福寺から延光寺まで 神亀元年(724)に行基が聖武天皇の勅命を受け薬師如来像を彫造、これを本尊として本坊のほか十二坊を建立したのが寺の開創とされる。当時は薬師如来の瑞相にちなんで、山号を亀鶴山、寺名を宝光寺と称する。本尊の胎内には行基が感得した仏舎利が秘蔵されていると伝わる。弘法大師がこの寺を訪ねたのは延暦年間(782〜805)で、桓武天皇の勅願所として再興。脇侍の日光・月光菩薩像を安置し、七…

  • 天魔が蠢く地の果てに立つお寺 高知県土佐清水市「金剛福寺」(その43)

    第三十八番札所 蹉跎山 金剛福寺 (さださん こんごうふくじ) 住所 土佐清水市足摺岬214-1 電話 0880-88-0038 岩本寺から金剛福寺まで 距離 85.2km 標高差 +519m -674m 岩本寺から金剛福寺まで 弘仁十三年(822)に嵯峨天皇から「補陀落(ふだらく)東門」の勅額を受けた弘法大師は、足摺岬の突端に広がる太平洋の大海原に観世音菩薩の理想の聖地・補陀落の世界を感得する。岬を見下ろす丘の中腹に伽藍を建立し、三面千手観世音像を彫造して安置。寺名を金剛福寺とする。大師が唐から帰朝する際、日本に向けて投げた五鈷杵は足摺岬に飛来したと伝わる。五鈷杵は別名金剛杵と呼ばれ、寺名の…

  • モデルコース(スーパーカブ編)2

    2 足摺岬を周回し、南予から久万高原へとコース(高知駅発松山駅着) 高知市から一気に足摺岬へと向かい、岬を周遊した後に南予へと向かう。愛媛最南端の愛南町からは北上し、古都大洲から久万高原町へと駆け上って松山市街へと下るコース。ハイライトは断崖絶壁の足摺岬と宇和海を見下ろす山頂にある出市寺、夏でも涼しい久万高原町の岩屋寺。途中の札所も素朴な寺が多く、お遍路気分を十分楽しむことができる。 JR高知駅 ‖ 37.2km +138m -136m 別格五番 大善寺(だいぜんじ)須崎市 ‖ 30.8km(68.0km) +414m -209m 三十七番 岩本寺(いわもとじ)四万十町 ‖ 85.2km(15…

  • マリリンモンローの微笑みと空海の七不思議が伝わるお寺 高知県四万十町「岩本寺」(その42)

    第三十七番札所 藤井山 岩本寺 (ふじいさん いわもとじ) 住所 高岡郡四万十町茂串町3-13 電話 0880-22-0376 大善寺から岩本寺まで 距離 30.8km 標高差 +414m -209m 大善寺から岩本寺まで 天平年間(729〜749)、聖武天皇の勅令を受けた行基が七難即滅・七福即生を祈念し、現在地より北西にある仁井田明神の傍に建立。末寺七ヶ寺を有する寺は福圓満寺と言われていたが、仁井田明神の別当職(別当寺)であったため仁井田寺とも呼ばれる。弘仁年間(810〜824)にこの地を訪ねた弘法大師は仁井田明神のご神体を五つの社に分け、それぞれに不動明王像、観音菩薩像、阿弥陀如来像、薬師…

  • モデルコース(ロードバイク編)2

    2 徳島市内巡りの後、小松島市へと南下するコース(徳島駅発着) 徳島市内の五箇所参りは徒歩でも回れるほど近い距離。そこから小松島市までは徳島市内を大きく縦断し、バイパスを南下するため騒々しいルートとなるが、小松島市内のニ寺は田園地帯の外れたところにあるため、ゆったり散策できる。徳島駅への戻りは最寄り駅からの輪行がお勧め。 JR徳島駅 ‖ 10.9km ほぼ平坦 十三番 大日寺(だいにちじ)徳島市 ‖ 2.7km(13.6km)ほぼ平坦 十四番 常楽寺(じょうらくじ)徳島市 ‖ 0.9km(14.5km)ほぼ平坦 十五番 国分寺(こくぶんじ)徳島市 ‖ 1.7km(16.2km)ほぼ平坦 十六番…

  • 土佐の親知らずに立つ往来安全を願うお寺 高知県須崎市「大善寺」(その41)

    別格第五番札所 高野山 大善寺 (こうやさん だいぜんじ) 住所 須崎市西町1-2-1 電話 0889-42-0800 青龍寺から大善寺まで 距離 25.7km 標高差 +122m -127m 青龍寺から大善寺まで 弘法大師が四国を巡錫していた頃、須崎の海は今より広大で、大師堂が現在ある地は海に突き出た岬となっていた。岬の先端には「波の二ツ石」と呼ばれる二つの巨石があり、旅人は潮が引いた時には二ツ石の先を廻って往来した。しかしこの地は「土佐の親しらず」と呼ばれるほどの海の難所で、荒い波にさらわれ多くの者が命を落とし、また、同地は伊予石鎚山の末端に当たるとされ身に不浄ある者は怪異に出会うと恐れら…

  • モデルコース(スーパーカブ編)1

    1 阿波の山寺を巡り、室戸岬を周回コース(徳島駅発安芸駅着) 前半は阿波の三大難所に別格の二大山寺が加わった本格山岳コース。後半は関西方面からのツーリングで常にナンバーワンの人気を誇る室戸岬の周遊コース。海山ともに四国遍路の中で最もダイナミックなルートをスーパーカブで疾走することとなり、生涯の思い出となること間違いなし。 JR徳島駅 ‖ 22.0km +467m -20m 別格一番 大山寺(たいさんじ)上板町 ‖ 39.6km(61.6km) +849m -630m 十二番 焼山寺(しょうざんじ)神山町 ‖ 25.0km(86.6km) +236m -866m 別格第二 童学寺(どうがくじ)石…

  • かつては入り江をポンポン船で渡った「Blue Dragon」のお寺 高知県土佐市「青龍寺」(その40)

    第三十六番札所 独鈷山 青龍寺 (とっこうさん しょうりゅうじ) 住所 土佐市宇佐町竜163 電話 088-856-3010 清瀧寺から青龍寺まで 距離 13.5km 標高差 +55m -177m 清瀧寺から青龍寺まで 弘法大師は延暦二十三年(804)に唐へ渡り、長安の青龍寺で恵果和尚から真言密教の奥義を学ぶ。恵果は大師に遍照金剛の灌頂名を授け、その後入寂。大師は帰国の際、恩師に報いるため日本に青龍寺を作ろうと決意し、東の空に向かって独鈷杵を投げ、有縁の勝地が選ばれるよう祈願する。独鈷杵は紫雲に包まれて空高く飛び去ったという。帰朝後、四国を巡錫中の大師は独鈷杵がこの地の老松にあると感得し、とき…

  • モデルコース(ロードバイク編)1

    1 吉野川北岸を巡り南岸へと渡るコース(徳島駅発着) 古くから伝わる一番札所からの「十里十箇所参り」に吉野川南岸の十一番札所を追加したコース。寺と寺の距離が近く、真っ平らな道が続くため入門編にぴったり。吉野川を渡る沈下橋がコースのハイライト。十一番札所から徳島駅までは時間がなければ輪行でも構わないし、のんびり走るのであれば吉野川の河川敷を東向きに走るのがお勧め。 JR徳島駅 ‖ 12.9km ほぼ平坦 一番 霊山寺(りょうぜんじ)鳴門市 ‖ 1.2km(14.1km)ほぼ平坦 二番 極楽寺(ごくらくじ)鳴門市 ‖ 2.7km(16.8km)ほぼ平坦 三番 金泉寺(こんせんじ)板野町 ‖ 4.9…

  • 八方にらみの竜のある水清らかなお寺 高知県土佐市「青龍寺」(その39)

    第三十五番札所 医王山 清瀧寺 (いおうざん きよたきじ) 住所 土佐市高岡町丁568-1 電話 088-852-0316 種間寺から清瀧寺まで 距離 9.6km 標高差 +135m -8m 種間寺から清龍寺まで 養老七年(723)に行基がこの地にて霊気を感得し、薬師如来坐像を彫造。堂宇を建て本尊としたのが寺の始まりで、「影山密院釋本寺(たくもくじ)」と称する。弘仁年間(810〜824)に弘法大師が訪れ、五穀豊穣を祈願して閼伽井(あかい)権現と龍王権現を勧請するための壇を築く。十七日間の法を修めた大師が満願の日に金剛杖で壇を突くと、岩上から清水が湧き出て鏡のような池が現れた。そこで大師は寺の山…

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