searchカテゴリー選択
chevron_left

カテゴリーを選択しなおす

cancel
プロフィール PROFILE

クロミミさんのプロフィール

住所
未設定
出身
未設定

自由文未設定

ブログタイトル
KUROMIMIには本が足りない。
ブログURL
https://kuromimi.hatenablog.com/
ブログ紹介文
活字がないとダメ系ヲタク。自作の小説の投稿が中心。大好きな本・音楽も語ります。
更新頻度(1年)

21回 / 45日(平均3.3回/週)

ブログ村参加:2020/02/19

本日のランキング(IN)
読者になる

新機能の「ブログリーダー」を活用して、クロミミさんの読者になりませんか?

ハンドル名
クロミミさん
ブログタイトル
KUROMIMIには本が足りない。
更新頻度
21回 / 45日(平均3.3回/週)
読者になる
KUROMIMIには本が足りない。

クロミミさんの新着記事

1件〜30件

  • 情景を刻みつけるための詩。

    先日ご近所の四国へ行ってきました。 うどん美味しかった〜! うどん大好きマンなのです。わたくし。 海にも行ってきました。 実は先日の詩で使った写真はこの時撮った写真だったりします。もう、すっごい綺麗で。この情景を何度か記録しておきたいと思って詩を書いたのもあります。 kuromimi.hatenablog.com 『あなた』を描いていて、詩には「ある一場面を克明に切り取る」機能があるな〜と思いました。 写真では撮れないその時の心情まで切り取ることのできる詩。それってなんだかいいなあ、なんて思いながら描きました。 思えば今まで内面的な精神的なものばかりを詩にしてきたので場面を切り取る、というのは…

  • 詩・「あなた」

    どこまでも続く海原を見ていると どこかであなたが シャッターを切る音がした これは あの時撮ったのかしら 気がつかなかった 砂浜を歩いた時の感触 今でも覚えているのよ あれは波がひいた跡 どこまでもうねりが続いていた 砂浜がきらきらかがやいていた おぼえている? あれは貝殻のかけら わたしは何度も夢中になって 掬っては滑り落とした さらさらとした心地よさを 心に縫いとめるように ねえ あなたにはどんなふうに わたしが見えているの 何を想ってわたしを撮ったの いつもはなんにも言わない あなた わたしを愛おしんでくれる あなた いつかきいてみたいけれど きっとわたしには無理 だから ただ抱いていよ…

  • 詩・「ちいさな不幸」

    いつも 少しだけ不幸なんです なぜかしら お母さんが 思いきり褒めてくれたときも あの人が 力いっぱいだきしめてくれたときも 猫といつまでも 日向ぼっこしているときだって どこかわたしは不幸 でもわかっているの わたしを不幸にしているのは わたし わたしだけはわたしの不幸を忘れない とっても幸せなとき ちょっぴり不幸を思い出す 不幸は わたしの物語になって 不幸は わたしを考えさせ 不幸は わたしを安心させる 完璧なものなど いりません 完璧になどなれないから 生きているうちは たぶん 不完全である証に この不幸を抱いてゆく そう決めた時から なんだかわたしは自由みたい わたしだけの 幸福と不…

  • 通り過ぎてきた時を想う。

    先日友人Yと訪れたカフェ「カフェZ」にて古道具の手巻き置き時計を入手しました。 時計とか全然詳しくないんですけどね。 これはもう一目惚れでしたよね。 セイコーコロナの手巻き置き時計です。 文字盤の黒に銀のドットが近未来感あっておしゃれ。なんとなく旧版の「華氏451度」(レイ・ブラッドベリ原作)の映画のようなレトロな未来感を感じる。わたしだけかなぁ。 古道具が好きです。 誰かが使った跡を感じたり、物が過ごしてきた時の流れを感じてしまう。なんだかわたしの肌に心に古道具は馴染むようです。 もとは母が古道具好きで集めていたのですが、連れ回されるうち、わたしもだんだん好きになってきました。 なんだか今で…

  • キリンジは俺の血液。

    本日わたくし半休もらって職場から直で実家へ帰ったのですが。 (職場から実家まで車で2時間かかります) その間ずっと運転しながらキリンジを聞いてたわけで。 皆さん、キリンジって知ってますか? キリンジというのは堀込高樹と堀込泰行の兄弟ユニットである。今は解散して泰行はソロで、高樹は別の複数人とかとユニット「KIRINJI」で活動してます。 ジャズだったりロックだったり色々なジャンルの音楽がミックスされたオサレ曲が揃う神。 わたしがキリンジを聴き始めたのは小学生の頃。母が聴いていたんですね。多分人生で一番最初に聴き込んだユニット。 大概のキリンジ曲は聞いてますが、やはり名曲揃い。わたしは高樹作詞の…

  • 共感だけでは限界がある。

    よく書籍のレビューで酷評する際、 「この小説の主人公にはどうしても共感することができなかった」 というような内容をよく目にする。 果たして、共感する必要があるのだろうか。 そして「共感できない」ということは酷評するに値する理由なのだろうか。 わたしは少し違うと思う。 読書にはざっくり分けて主に二種類があると考える。 「共感的読書」と「傍観的読書」だ。 前者は先ほど挙げたレビューのような読み方。 登場人物に自分を重ねて自らの過去を追体験するような読み方だ。無論わたしもこの読み方をしばしばする。自分の人生が物語の一部になったかのような快さを得られる素晴らしい読書の仕方だ。 このような読書を多くの人…

  • 詩・「愛を乞う」

    どうして、と問わないでください。 わたしにはもうわかっている。 あなたが何を知りたいのか。 全てを明け渡せと言いたいのなら、 ただそこでみていて。 わたしはもう 知っているんです。 あなたもわたしも ろくでなしだってこと。 問うのは誰のためなのか 知るのはなんのためなのか あなたはきっと考えたこともないのでしょう? だから「待って」と言っているんです。 わたしが語りだすその時まで。 待つあいだ、そのあいだ わたしのことを考えてください。 そうしてわたしを愛してください。 そうしたらきっと あなたは初めてわたしを 愛しはじめるでしょう。 そうしたらわたし、 あなたのことを愛せるかもしれません。 …

  • 詩・「今」

    灰色の塵が 積もり積もって これからどこにゆくのだろう。 扉を開けるたびに思う。 明日は知らない明日がいい、と。 どうしようもない思いを 口にするのをやめにして 一体どれほど経つだろう。 いつになれば止むのかと 問いかけることもとうにやめた。 答えはここにない。 わたしは変われなかったから。 誰か 犯してくれ、 どうしようもないほどに。 いつまでもそう言って いつまでもそうやって 足踏みばかり。 色がないのはわたしのせい。 変わらないのは 変わりたくないから。 今 もう一歩が欲しい。 その先に なにもなくても。

  • 「驚異」を味わうことこそ読書の真髄。

    先日、わたしは以下の記事で小説における文章について、「平易な言葉を使って優れた文章を描くことが理想」ということを言った。 kuromimi.hatenablog.com 今回はこの記事に補足してもう少し深い話をしたいと思う。 この記事において、わたしは難しい言葉に固執しすぎると「硬く流れの悪い文章になる」と言った。 これは万人に対してわかりやすく書くべきだ、ということと同義だろうか? 否である。 特に文学などの領域においては否、であるとわたしは考える。 なぜなら、小説や評論を読むことの大きな楽しみの一つに 「未知の領域を味わう」 というものが少なからずあると考えるからだ。 時々、読書をする際に…

  • 小説を描くのに必要なのは、言い回しの巧みさ。

    どうも。クロミミです。 先日、ある方からコメを頂いたときに考えたことについて今回は語っていきたいと思います。 皆さんは、小説を描くときにたくさんの語彙は必要だと思いますか? わたしは必要だと思います。 ただし、この語彙という言葉に惑わされてはいけないとも思っています。なぜならわたしが小説を作るのに必要だと思うのは、厳密に言えば語彙の豊富さではなく、語彙の一部である「言い回し」の巧みさであるからです。 わたしの愛する素晴らしい作家たちの文章を思い返してみると、彼らの文章には決して調べないと分からないような言葉はほとんど使われていません。 彼らの文章が優れているのは単に言葉が豊富であるからではなく…

  • 「言えないから」小説を描く。

    以前私はこんな記事を書いた。 kuromimi.hatenablog.com kuromimi.hatenablog.com この二つのテーマは自作の小説でもよく扱うものだ。 でも、こんな記事を書けるならわざわざ小説書く必要なくない?と思う人もいると思う。 では、なぜ私は小説を描くのだろう? 単に小説を描きたいから?何度でも表現したいテーマだから?もちろんそれもある。しかし、それでは不十分だ。 わたしは「うまく言えないから」小説を描くのだ。 前述した記事で、わたしは一応他人に分かるようにテーマについてひとしきり語った。でも、全然満足できなかった。 なぜなら語る過程で致命的に抜け落ちてしまった部…

  • 小説描くなら徹底的に推敲しろ。

    今回は、小説を描く上で必ずしたほうがいい推敲という工程について語りたいと思います。 わたしは今「海のなか」という小説をこのブログで連載しています。実はこの作品、元々は短編小説なのです。 もとになった短編小説はわたしが高校一年の頃に描いたものです。 描いたその頃はこの短編が感触的に一番よく描けた小説でした。(いつもはこきおろす母が珍しく褒めてくれたもの、ということもありました。) その当時、わたしは並行して「β」という囚人脱獄ものの長編も描いていました。そして、思ったのです。あのうまくかけた短編(海のなか)をもっと長く描いてみたい、と。 しかし、なかなか長編として仕立て直すことができませんでした…

  • 小説の書き方に正解などない。

    どうも。クロミミです。 先日、ブログのpv数の合計が1000を超えて、うおおおおおお!!ってテンション上がりつつスクショしましたw 何ヶ月かやっていて1000超えるなんて、超ショボいのは重々承知ですが、それでもやっぱりテンションあがっちゃいますねぇ。むふふ。 最近はコメも何故かいただけて戸惑いつつも喜んでニヤニヤしてます。これからもあったかく見守っていただければ嬉しいです。 さて。今回は小説の書き方についての投稿をまたしたいと思います。 先日わたしは村上春樹の「職業としての小説家」を読んだのですが。(ハルキがすっっげーナチュラルにかっこつけた感じの表情と格好しててめっちゃ笑ける表紙です。ドヤ感…

  • 小説のようだという褒め言葉が嫌いだ。

    よく漫画のレビューで、「まるで小説のようだ」という賞賛のレビューを目にする。 言っている人に罪はない。だが、何故か毎度無性に腹が立ってしまう。 何故だろう。 それはきっと言葉選びの安易さを感じてしまうからだ。 わたしは 小説のようだ=緻密で深い心理描写が素晴らしく心に響く作品だ という意味だと受け取っている。 しかし、全ての小説はそうだろうか? ありふれた大衆小説よりも一部の漫画の方がよほど心の深部を描いているのではないか。 漫画が子供のものである時代は終わりを告げて久しい。漫画は十分に大人の読書に耐えうる内容的な深みを持っていると思う。 内容的な深さの比喩として「小説のようだ」という比喩を使…

  • 家族を好きと言えるか。

    以前友人と話していて、こんな話題になったことがある。 「家族って好き?」 この問いに対して友人は好きだときっぱり答えた。その迷いのなさが羨ましい。わたしはこうなりたかったのかも。とその答えを聞いた瞬間思ったものだ。 とはいえ誤解しないで欲しいのはわたしが決して家族を嫌いと言うわけではない、ということだ。 「家族って好き?」という問いは同時に 「家族って嫌い?」という問いでもある。 わたしが言いたいのはつまり、家族に対する感情は好き嫌いで表せるのかということなのだ。 わたしの父と母は決して悪人ではないと思う。 好き勝手に振る舞うわたしをずっと育ててくれた。接する中で愛情を感じたこともある。 「家…

  • 過去に栄光などない。

    今回の記事を読むと、こいつやばい隠キャやん…てなるかもしれない。 けれど自己認識としてわたしが隠キャなのかどうかは10年以上考えてきたが判然としない。まじでわからん。 判断は読んだ人に任せたいと思う。 わたしには 「あのころはよかった」「あの頃に戻りたい」という人の気持ちが全くわからない。 母も同じらしいのだが、それは彼女が徹底的なリアリストであるからだ。「そんなこと言っても無駄。言ったところで戻れるわけでもないし」というわけ。彼女のこの見解を聞くたびにかっこいいなと思う。 一方わたしは違う。 単に懐かしむほど輝かしい過去を持っていないのだ。だから懐かしむほどの価値ある過去を持つ人が本当に羨ま…

  • ノンフィクションはフィクション。

    あれは今から一年ほど前のこと。 私はまだ大学4年でした。今回はその頃に研究室で卒論をいじりながら教授と話していたフィクションとノンフィクションの話についてちょっと話したいと思います。 先に私の結論を言っておくと、ノンフィクションはフィクションの一部であると私は考えています。 では、なぜノンフィクションはなぜフィクションになってしまうのか。 それは、人によって物事の捉え方というのは千差万別であるからです。 例えばいじめを例にとってみましょう。 「男子aは男子bにヘッドロックをかけた」 これが事実。 男子aはこの事実について「男子bにいじめられた」と認識ています。しかし一方で男子bはというと、「男…

  • すべて架空の物語を創作するときのポイント。

    どうも。クロミミです。 先日からものすごくニッチな記事ばかり書いてすみません。なんとなく今のタイミングで小説に関する色々なことを自分への戒めに言語化しときたいと思う次第です。 さて。今回は架空の人物や場所を用いて物語を描く場合の個人的なポイントについて語らせていただきたいと思います。 今回のポイントはとっても単純! なんと言っても人物造形! 1にキャラ2にキャラ34もキャラで5もキャラ!! と言うくらいとにかく人物造形を重視して描くべきだと考えています。なぜなら、人物のリアリティーが作品のリアリティーとニアリーイコールだからです。わたしは小説を描き始めるとき、一番キャラを練るのに時間をかけます…

  • 事実をもとに創作する時の注意点とは。

    どうも。クロミミです。 先日はマニアックな創作語りにお付き合いいただき誠にありがとうございました。 kuromimi.hatenablog.com 実は、コメントを前回の投稿で珍しくいただいたのですが、そのとき話題になった「小説の書き方」のうちの一つについて今回は語りたいと思います。 よろしければお付き合いください。 小説をわたしが書く場合、だいたい三つのパターンで書きます。 ①事実としてあったことを下敷きにして書く。 ②実際にある場所を舞台に想像を膨らませて描く。 ③場所も何もかも架空のものを用いて書く。 この三つ。 今回語りたいのは①の「事実を下敷き」の書方について。わたしが今まで投稿して…

  • 小説の描写が脚本みたいになってしまう原因。

    小説を一度でも書いたことのある人ならわかるかと思うのですが、小説を書いてるとなんだか脚本みたいになってしまう、ということがありませんか? 今回は小説の描写が脚本っぽくなってしまう理由とわたしがどのようにして描写を作っているのかを書いてみたいと思います。 よろしければ、お付き合いください。 小説が脚本みたいになってしまう理由はずばり、 ①物語の進行を焦っている。 ②考えた話の筋だけを描写しようとしている。 ③登場人物の練り方が甘く、そのために描写がしづらい。 の主に三つ。 偉そうに話し始めましたが、わたしは②と③に陥りがち。 当然ですが、脚本と小説は別物です。 脚本は役者に指示を与えるものである…

  • 小説・海のなか(5)

    前話はこちら。 kuromimi.hatenablog.com 小説・海のなか(5) *** 閑散とした駅を後にして、気がつくとわたしは歩き出していた。その感覚は自ら歩いているというより、誰かに導かれて、という感じだった。考えなくても勝手に身体が動いていく。未知の感覚に全神経が集中していた。心地よさがいつのまにか胸を満たしている。こんなふうにつれてきてもらったことがある気がする。誰かに手を引かれて、ずっと昔に。 不思議な声は海に近づくにつれ、大きくなっていった。繰り返し聞けば聞くほど奇妙な響きだった。無性の響き、とでも言えばいいのだろうか。何度聞いても、男のようにも女のようにも聞こえる。無性の…

  • ゆら帝が素晴らしすぎてそろそろ空も飛べる。

    この間運転中、延々1時間半ゆらゆら帝国を聞きながら爆音で歌っていたら、最高すぎてそろそろ空がとべそうなんで、今回は天井知らずなゆら帝への愛を語りたいと思います。 ※今回かなりうざいです。許して。 現在クロミミのアイポットには 「空洞です。」「3×3×3」「sweet spot」「YURA YURA TEIKOKU LIVE2005-2009 Disc1」「YURA YURA TEIKOKU LIVE2005-2009 Disc2」「な・ま・し・び・れ・め・ま・い」「ミーのカー」「ゆらゆら帝国のめまい」「ゆらゆら帝国のしびれ」「1998-2004」「1998-2004」 が入ってる。これをひたす…

  • 詩を書くことはリハビリみたいなもの。

    (大幅に改稿しました。) 今回はわたしにとっての詩を描くことについて語らせていただきます。お付き合いください。 わたしが詩を描き始めたのは、中学生の頃。そのころは日々の鬱憤が溜まりに溜まって描いたものでした。小説も部活の合間にかいてたなぁ。(クロミミは合唱部。) その頃は、ただ感情の捌け口としてかいていました。 けれど高校になった頃、私にとっての詩が変わった。 その頃から「自分の文体」を模索し始めたからだった。ある時は米澤穂信の文体に影響を受け、ある時はレイ・ブラッドベリ文体を踏襲して習作を書く。 しかしなぜだろう。いつまで経ってもわたしのスタイルが決まらない。大好きな作家たちの文章のように自…

  • 幸不幸は比べられない。

    「〇〇に比べたらわたしなんか幸せだよね。」 という感じのフレーズを、生きてきた中で幾度となく聞いた覚えがある。つい先日、職場でもこのフレーズを聞いた。 〇〇には隣人でも、紛争地帯の子供達でも、あるいは肉親でも、とにかく他人であれば何でも当てはまる。 わたしはこのフレーズに幼い頃から違和感を覚えてきた。実は最近までなぜこんなに違和感を持つのかわからなかったのだが、最近はっきりしたので書いておきたい。 それは、「幸福も不幸も相対的なものではないから」である。自分が幸福かどうかは他人と決して比べられるものではないからだ。 幸福だと感じるのも、不幸だと感じるのも、結局は自分ひとりである。他人は決して感…

  • 小説・海のなか(4)

    前話はこちら。 kuromimi.hatenablog.com 第三章 盲目的な幸せ いつもそうであるように、台風はあっという間に通り過ぎて、週末は雲ひとつない真っ青な晴れ模様となった。目の眩むような空の青さを見続けていると、何か途方もなく大きな怪物の口を前に立ち尽くしているような気分にさせられる。きっとわたしには大きすぎるのだろう。 不意に、ため息が出た。せめて雨ならばよかったのに。そうすれば嵐のあの日感じた快感をもう一度味わうことができたかもしれない。あの日の昂りを忘れられない。嵐は去ってしまった。もう、力を借りることはできない。 でも、過去に遡っていくうちにこれでいいと思い始めていた。初…

  • 小説・海のなか(3)

    前話はこちら。 kuromimi.hatenablog.com *** 陵からメールがあったのは、新学期が始まって数日が経った日の夜だった。それは陵からの初めてのメールだった。海に行く前に陵とはメールアドレスを交換していたけれど、メールのやりとり自体はしたことが無かった。短いメールだった。 「愛花へ。久しぶり。夕凪、昨日退院して明日から学校来るらしいです。一応知らせといた方がいいかと思って。昨日退院前に会いにいってみたけど元気そうだったよ」 「夕凪」という名前が木のささくれのように触れられたくない場所を刺激する。あたしが思いだせる夕凪の顔は俯いている横顔だけだ。もう夕凪と知り合って何ヶ月かが経…

  • 一生ものの詩に出会った。

    最近私は気がつくと一人の作家のことを思ってしまう。 それが、工藤直子。 工藤直子というと表題にもある「てつがくのライオン」が一番有名かと思う。もちろん私も好きだ。けれどもっとお気に入りの詩がある。まずは引用させていただきたい。 「夜光虫」という詩だ。 水がゆれると 砂金のようにはらはら散るという 夜光虫のはなしを 静かな飲み屋できいた 南のあたたかな夜の海を あなたは 宿題も西瓜もわすれて どこまでも泳いでいったという 水をかくたびに指の間からこぼれる 光を見たさに泳ぎつづけたという その夜 わたしの心の中を あなたはたくさんの夜光虫をしたがえ 王さまのように通りすぎていった (『詩の散歩道 …

  • 小説を書くことは浄化作業。

    どうも。クロミミです。 今回は私にとっての小説を書くことと、なぜ最近小説が書けていないかについて言い訳したいと思います。暇なら付き合ってください。 最近は本当に少しずつではありますが閲覧してくださる方が増えてきて嬉しいです。 今までこういう場に小説などを書く機会がほとんどなかったので一人でも私の書いたものを読んでくれるひとがいると思うと何だか嬉しくってムズムズします。ネットってすごいなあ。 思い返すと、私が小説を書き始めたのは小学校三年生の頃でした。なぜかというと、授業で「物語を描きましょう」というものがあったから。実はあのカリキュラム今でもあるんですよね。漫画のシュガシュガルーンに影響されて…

  • 詩・旅立つ日

    うみにどぷん、と溺れてしまったみたいに列車の窓は黒い。 みんなはまだ目覚めない。 此処にいるひと以外はみんな夢の中で溺れている。錯覚と実感の狭間で。 手につかんだものは全て霧散する。暗闇に塗りつぶされてしまうから。 この町の4時半をはじめていま、生きている。この朝は私だけのもの。 いつもは聞こえない電車の軋みが空間を満たした。 母はもう眠りについただろうか。私の心配ばかりしているあのひと。 「いっておいで」 母の声を思い出す。彼女は目覚めて最初に私の名前を呼んだ。あのあたたかさをいつか、手に入れてみせる。 それが私を大人にする。 今はまだ、はやすぎるけれど。 kuromimi.hatenabl…

  • 地上の楽園へようこそ。

    今回は、前回の記事で話に出てきたハライソという我が楽園について少々ご紹介。 ハライソは尾道商店街にあるカフェ。 てゆーか、尾道自体オススメなんやが。(クロミミの聖地。定期的に補給しないと禁断症状でます。) この写真は去年行った時の写真。 そろそろ尾道を補給せねば…。と思っている次第。 実は、今連載で書いている「海のなか」という小説は尾道からインスピレーションを受けて書いた作品。 他にもハライソ自体を舞台にした掌編を描いたこともあったり。 わたしにとって尾道は本当に特別な地なのです。 おほん。話をハライソに戻します。 ハライソとはもともとキリシタン用語で天国のこと。細野晴臣のアルバムの名前でもあ…

カテゴリー一覧
商用