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ブログタイトル
寛容とピース
ブログURL
https://hoho7emi.hatenablog.com/
ブログ紹介文
―世の中の争いが少しでもなくなり、おだやかな世界になるようにー 平和で穏やかな人が1人増えれば、世の中が少し平和に近づく。心の中の怒りや憎しみを1つ減らせば、世の中の争いが少しなくなる。少しずつでも世の中を平和に近づけられるように。
更新頻度(1年)

21回 / 142日(平均1.0回/週)

ブログ村参加:2020/01/06

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ハンドル名
ほほえみさん
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寛容とピース
更新頻度
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寛容とピース

ほほえみさんの新着記事

1件〜30件

  • 取り返し

    大きな失敗は、欲望に負けたために起きることが多い。 お金や物品を多く得たいと思ったり、食べ物をたくさん食べたいと思ったり、異性にもてたいと思ったり。 世の中の話を聞いていると、それらの思いから取り返しのつかないことになっていることの何と多いことか。 それがわかっていない人もいるし、わかっていても中々やめられない人もいる。 たとえ、わかっていても欲望を抑えることは難しいことなのだ。 しかし、日々気をつけて欲を抑えることができれば、過ちを犯すことも少なくなり、おだやかに過ごすことができるだろう。

  • 刺激

    刺激を求める人は多い。 しかし、刺激的なことが楽しいことだとは限らない。 刺激的なことは心が躍るように感じるかもしれない。 しかし、それは、心の落ち着きからは程遠い。 一方、平穏なことは退屈に感じるかもしれない。 しかし、平穏であれば、心はおだやかで落ち着いている。 そのことは、一見つまらないように感じるかもしれないが、実はとても貴重なことであり、楽しいことなのかもしれない。 刺激は楽しいように感じるかもしれないが、危険を伴うこともあり、心はおだやかではいられない。 平穏で静かであることを楽しめるような心でありたいものだ。

  • 高める

    人よりも先に、人よりも優位に立とうとする人は多い。 そのために人を出し抜こうとしたり、自分の持っているものを誇示しようとしたり、争ってでも先に立とうとしたりする。 しかし、本当に大事なことは、人と比べて先か後かを競うのではなく、自分自身を高めることではないだろうか。 自分を磨き、自分を充実させることが大事なのであって人と見栄を張りあうことが大事なのではないはずだ。 スポーツや競技の世界でも、自分の技量を高めることが目的であって、その結果、おのずと順位がついてくるということのはずだ。 小さなことで人と争ったり、少しでも抜かそうとしたり、見栄を張りあったり。 そのようなことは、つまらないことだし、…

  • 気づき

    なぜ、自分より弱いものをいじめたり、責めたりできるのだろう。 自分がそのものより偉いわけでも何でもないのに。 始めは軽い意地悪であったとしても、だんだんとそれがエスカレートしてきてひどいものになる。 している本人は、自分がどれだけひどいことをしているかに気づくことすらできなくなってくるのだろう。 それは本当にひどいことだ。 相手の気持ちをよく考えて、ひどいことをしていたら、それに気づき、すぐにやめるようにしよう。 世の中の不幸な出来事を少しでも減らしていこう。

  • 次世代

    自分達よりも若い次の世代、せめてその人たちの未来を邪魔するようなことはしたくないものだ。 地球環境や温暖化のこと。 それらはもう緊急の課題であって、今すぐ全世界が取り組んだとしても、下手をすると手遅れになっているぐらいかもしれない。 実際に今まで体験しことがないような災害が世界中で起きている。 それらを実際に被害にあったり見たりして、どうして危機感を持つことがないのか。 目先の利益やお金儲けを優先して、地球環境を壊していていい時ではないのではないだろうか。 次の世代の人たちのことを真剣に考え、未来を守るのは大人たちの当然の義務だと思う。 若い世代のために、よりよくとまではいかないまでも、せめて…

  • 怒ること

    怒ることと叱ることは違う。 怒るということは、怒りの感情をそのまま表に出すことで、自分の感情を相手にぶつけているだけのことだ。 それに比べて、叱るということは、相手の成長を願って間違いを指摘することで、そこには感情の自制と理性が含まれている。 周りから見ると、怒ることも叱ることも同じように怒っているように見えるかもしれないが、中身や目的は違うものだ。 人に不愉快なことをされたり、人の過ちを見つけたりした時でも、自分の気持ちを自制して、感情のままに怒るのではなく、相手の成長のために叱るようにしていきたいものだ。

  • 物をたくさん持つことが本当に幸せなのだろうか。 物がたくさんあると、それを維持するために心を砕かなくてはいけなくなる。 それに、物をたくさん持つことに喜びを感じる人は、次から次に欲しい物ができ、満足することがない。 それでは、心が落ち着くことはなく、物はたくさんあるかもしれないが、常に焦燥感にさいなまれることになる。 それに対して、必要最低限な物で満足できる人は、物が少ないので人に取られる心配も少なくなる。 次から次に欲しい物もなく、今の状況を満足していることが多いので、心もおだやかに落ち着いている。 人それぞれだが、本当に幸せなのはどちらか考えてみよう

  • 悪口

    人の悪口を言うことは、よくないことだ。 人の悪口を言っても、それがよい結果につながることはなく、悪口を言った人の心がゆがむばかりだ。 それよりも、人のことをほめたり認めたりする話をしたほうが、心はなごみ、それが相手に伝わることで、ほめられた人のはげみになり、よい結果につながることになる。 人は、つい悪口を言いたくなるものだが、それは、わずかな自己満足を得るだけのことで、話は陰険になり自分自身の価値をおとしめている。 人をほめて認める話のほうが、明るく気分よく聞けることが多い。 人を悪く言うよりも、ほめて認めるようにしていこう。

  • 意地

    意地を張ることで周りの人に迷惑をかけることはよくない。 我慢して意地を通し、その結果、素晴らしいものを得ることもある。 しかし、意地を通すことが周りの迷惑になったり、他の人を傷つけたりしていないか、よく気をつけていないといけないと思う。 自分の意地が人を深く傷つけることもある。 さらに、集団や国同士の意地になると、大勢の人が憎しみあったり、時には戦争になったりすることもある。 意地やつまらない名誉などが原因で争いや戦争になり、多くの人が命を落としたり傷ついたりすることは、とても馬鹿げているし不幸なことだ。 個人でも、集団や国でも、意地について気をつけておくほうがいいと思う。

  • 暴力

    人に暴力をふるってはいけない。 暴力をふるわれた時の相手の気持ちを考えると、暴力はいけないことだとわかるはずだ。 もし、自分が同じことをされたら、どう思うのか。 それをよく考えて、人に暴力をふるうことはやめよう。 また、自分より力や立場の弱い者の体や心を傷つけることも絶対によくない。 相手は深く傷つくし、弱い者を傷つけることで満足を得て何になるのか。 暴力をふるうことはよくないことなのだ。 そのことをよく心に刻みつけておこう。

  • 集める

    時は流れる。 そして、誰でもがいつかは死を迎える。 これは避けられない運命なのだ。 人は、お金や自分が集めている物、地位や名誉にこだわったりするが、それらのものは死んでしまった後には持っていくことはできない。 それなのに、死ぬ間際までそれらのものを少しでも多く手に入れようとしても仕方ないのではないだろうか。 それよりも、これらのものを集めることにこだわりすぎずに生きるほうが、自由で充実した生き方なのかもしれない。

  • 助け

    身勝手なことをしたり、社会のルールを守らなかったりしても平気でいる人は、ルールをよく守っている人や周りの人の優しさに助けられているだけだ。 もし、世の中の人みんなが、同じように身勝手なことをしたり、ルールを守らなかったりしたら、世の中はめちゃくちゃになり、争いの絶えないものになるだろう。 身勝手な人は周りの人の優しさに甘えているだけで本人は何も偉いことはない。 そのことをよくわきまえて、周りに思いやりを持ったり、せめて社会のルールを守ったりして、平穏な世の中にしていこう。

  • 離れる

    強いこだわりや執着から離れよう。 強いこだわりや執着は、時に自分自身を縛りつけ苦しめることになる。 自己を磨くためのこだわりなら必要なものもあるだろう。 しかし、物品や考え、主張に強くこだわることは、自分の考えや行動を狭くし、周りとの争いにもつながりかねない。 また、たとえ、執着したものをうまく得ることができたとしても、時がたつと、むなしさを覚えることもあるものだ。 強いこだわりや執着から離れれば、自由で柔軟な心持ちになり、避けることができる無用な争いも増えるように思う。

  • 冷静

    誰でも怒りを覚えることがある。 しかし、怒りは判断を誤らせ、それが失敗や過ちにつながることが多い。 世の中や物事や、ひどいことをする人に怒りを覚えることがある。 そういう時でも冷静になって、相手に静かに理屈を唱えれば、大きな失敗にはなりにくいだろう。 だが、怒りを覚えたときに、我を忘れて突発的な行動を起こすと、それがかえって大きな失敗につながることがある。 怒りを覚えても、心まで失うことなく、冷静に判断して行動できればと思う。

  • 判断

    正しいこと、間違っていること。 人はたいていのことで、それが正しいことか間違っていることかの判断ができている。 ただ、自分の心に負けて、正しいことができなかったり、間違ったこととわかっていてもしてしまったりするのだ。 よくないことだとわかっていても、誰も見ていないから、少しぐらいならいいや、としてしまったりする。 でも、「おてんとうさまは見ている」ではないが、自分の悪い行いは、いつか自分に返ってくるかもしれない。 正しいとわかっていること、自分に恥じない行為、それをできるだけ行っていきたいものだ。

  • 足る

    足るを知ること。 それが、とても大切なことだと思う。 欲のままに欲しいものを挙げていくときりがない。 そうなると、心はいつまでも落ち着かず、自分の身にとってよくないことや、下手をすると人との争いにまでつながってしまう。 欲が少なく、少しのもので足りることを知れば、多くのものを求めないで、心が落ち着いていて、周りとの争いも少なくなる。 それは、平穏でおだやかな生活を送りやすくなるだろう。 足るを知るということを大切にして生きていけたらと思う。

  • 連鎖

    欲望は満たされても本当に満足しきることは少ない。 欲望を満たすために、たくさんのものを食べたり、たくさんの異性と付き合ったり、たくさん睡眠をとったりしても最後は苦しくなり、むなしさや後悔が残るものだ。 そのくせ、しばらくすると、また欲望を満たすためにたくさんのものを欲しがり、同じことを繰り返してしまう。 いったいいつになったら、たくさんのものを得ることのむなしさに本当に気が付くのだろう。 どこかで、この欲望を満たすための連鎖を断ち、おだやかに過ごせるようになりたいものだ。

  • 犠牲

    強い欲望は危険だ。 それは冷静な心を失わせ、正しい判断をできにくくさせる。 欲望に心が燃やされ、多少の犠牲を払ったり周りを困らせたりしてでも、その欲望を達成しようとする。 その払った犠牲は時に大きく、後悔しても取り戻せないこともある。 自分の中の強い欲望に気づいたら、それをできるだけ抑え、おだやかな心を保つようにしよう。

  • 少ない

    本当に必要なものなんて少ないものなのかもしれない。 人は色々なものを持ったり、食べたりしたくなるが、生きていくのに本当に必要なものは、わずかなもので済むのではないだろうか。 自分の欲望や、世間への見栄、こだわりを削れば、持つ必要のないもの、食べる必要のないものがたくさんあるのではないだろうか。 自分にとって本当に必要なものをもう一度見直せば、こだわりも薄くなり、心の負担も軽くなって過ごせると思う。

  • 偉い

    本当に偉い人間はいるだろうか。 上司や先輩など立場的には上であってもその人自身が偉いとは限らない。 相手の立場が下であったり後輩であったりしても同じ人間であり、自分のほうが偉いわけではない。 それなのに、ごう慢になったり偉そうな態度をとったりすることはよくないことだ。 「頭を垂れる稲穂」のように、本当に立派な人ほど相手を尊重し決していばったりしないものだ。 それはきっと、色々な立場の人の、それぞれの苦労や思いをよく理解しているからこそ、偉そうにする気持ちにならないからだろう。 立場が上であるから、ましてや客であるからというだけで人に偉そうにすることはよくない。 どの人にも丁寧に接するべきだろう…

  • 格好

    見栄や格好ばかりにこだわりすぎることはよくない。 高価なものを身に着けたり、高価なものを持ったり、高価なものを口にしたりしても、その人の中身がよくなるわけではない。 むしろ、おごりや油断が生まれてその人の中身がごう慢になりがちになってしまう。 そういったもので身を飾ることに躍起になるよりも、周りの人に親切にできるように中身を磨くことのほうが大切なのではないだろうか。 本当に立派な人ほど見栄や格好にこだわりを持っていないような気もする。 見栄や格好にこだわるよりも、まず、自分の中身を見つめ、磨くようにしたいものだ。

  • なぜ人を傷つけることができるのだろう。 他の人の心や体を傷つけて何が楽しいのだろう。 傷ついた相手がどんな思いをするのか、自分が同じことをされたらどう思うのか。 それを考えたら人を故意に傷つけることなどできにくいはずだ。 体や心を傷つけられた本人はもちろん、その人の家族や周りの人も怒りや悲しみで苦しみを覚える。 1人を傷つけると、その影響はとても大きい。 そういうことを色々と考えて、人を故意に傷つけることはやめよう。

  • 過ぎる

    時は過ぎていくものだ。 それは仕方のないことなのだ。 年を重ねていき、年老いていくことを寂しく思うときもある。 楽しい時間が過ぎていくのを寂しく思うときもある。 また、つらい時間が一時でも早く過ぎてほしいと思うこともある。 時が過ぎていくのが悲しかったり、待ち遠しかったり、色々と思うが、時が過ぎていくのはどうしたって仕方がないことなのだ。 つらいときも悲しいときも楽しいときも、いつかは終わりを迎える。 世の中はそういうものなのだ。

  • 感心

    復讐や報復は感心できない。 何かをされるとやり返したくなるが、復讐をしても、また相手は自分へのその復讐を考え、それが延々と続いてしまう。 それではお互いを傷つけあうばかりだ。 それに復讐をしたとしても自分が受けた傷が治るわけではない。 お互いを傷つけあう復讐の連鎖を断つためには、難しいことだが、どこかでやり返す気持ちを抑えることが必要だ。 そして復讐をすることに費やすエネルギーよりも、傷を癒すために時間とエネルギーを使うほうがいいのかもしれない。

  • 集団

    自分自身や自分のグループ、自分の国だけがよければいいのだろうか。 自分達だけがよければ相手が困ったり傷ついたりしてもいいのだろうか。 そんなことはよくないことだと誰もがわかっているはずなのに、どうして集団や国になると、争ったり戦争をしたりしてまで自分たちの利益を最優先にするのだろうか。 争いをなくすことは難しい。 でも、相手を傷つけたり困らせたりしてでも自分の利益を最優先にする。 そんな考えは間違っていると心から思えば、少しでも争いや戦争は減るのではないだろうか。

  • 怒ってばかりや、文句や恨みごとばかり言っている人は人生を損していると思う。 怒りにばかり心がとらわれていて、おだやかに落ち着く時が少ないのは、本人が一番しんどいだけだ。 周りの人の気持ちも不快にして良くは思われない。 文句を言っているときは、自分が正しい、優れていると多少の優越感を味わえるだけで、その優越感もゆがんだ寂しいものが多い。 周りに怒り、文句ばかり言うよりも、周りを認め、許し、おだやかに過ごすほうが人生を有意義に過ごせるのではないだろうか。

  • 先に

    普段の生活で少しでも人より先に、人を押しのけてでも人より上に、という態度はよくない。 一時は人より優位に立てても、周りの怒りや恨みを買い、争いの元になるばかりだ。 少しでも人より先にという考えは、心に余裕がなく小さいものだ。 心に余裕があり大きければ、人に譲ることもでき、周りに感謝されて争いも避けられるだろう。 人より優位に立とうとばかりすることは戒めるようにしよう。

  • レベル

    人に嫌なことをされたり言われたりすると、腹を立てることがある。 しかし、それは、その人と同じレベルにいるから腹が立つのだ。 自分が一段上に立って「人にそんなことをするなんて、つまらない人だな」と思うことができれば、怒りは、ずいぶんとやわらぐものだ。 嫌なことされたり、言われたりしたからといって、自分も同じことをやり返していては、その人とまったく同じである。 嫌なことをされても冷静になって「つまらないことをする人だ。あまり関わらないでおこう」と思うことができれば、自分にとっての争いごとや、いらだちも減ることだろう。

  • 執着

    物事にこだわりすぎたり、執着しすぎたりすると心を失う。 それは、正常な判断ができない状態なのだ。 こだわりは時にすごい力を生み出すかもしれないが、冷静さを持って全体を見つめる目も同時に持っていなくてはならないと思う。 そして、研究や探求のためのこだわりならまだしも、欲望や自我のためのこだわりや執着は自分を失うことにつながりやすい。 自分のための執着にとらわれていることに気づいたら、冷静になってその執着から離れるようにしよう。

  • 大敵

    油断は大敵だ。 油断や思い上がりをしていいことなど何もない。 油断が原因で失敗することはたくさんあるが、油断のおかげで成功することなどあまりない。 だから、できるだけ気を引き締めて、用心をもって物事にあたるほうが失敗は少ない。 気のゆるみや思い上がりが自分の中に生まれそうになったら、一度立ち止まって、油断のないように気を引き締めていきたいと思う。

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