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二十四孝に会いに行く! https://shousin.hatenadiary.org/

社寺巡りをしていると、お堂や社殿に彫刻が施されているのを見ますよね!日本の神話や中国の仙人、鳥や動物。その中でも中国の孝子たち、「二十四孝」の彫刻に絞って見ていきます。

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2019/09/30

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  • 栃木市 寳蓮寺・王祥 (完)

    ラストは王祥でした。裸になって体温で、池だか川だかの氷を溶かし、鯉を捕まえて母親に食べさせた孝子。 鯉が二匹顔を出しています。 かなり大きそうな鯉。持ち帰るの大変そう。 王祥の脱いだ服は木の枝に掛けてあります。 「二十四孝諺解」の王祥。 二十四孝諺解(にじゅうしこう げんかい) 1686(貞享03)ARC古典籍ポータルデータベースより 右下の木の枝に服掛かってますね。 やはり24場面揃っていると見ごたえがありますね。というわけで寳蓮寺さんの二十四孝彫刻が完了です。終わっちゃって残念。しくしく。 ーーー 栃木市 寳蓮寺の二十四孝彫刻 終 ーーー

  • 栃木市 寳蓮寺・23 朱寿昌

    ついに最後の2場面になってしまいました。寂しい。 右側は朱寿昌ですね。 「二十四孝諺解」の朱寿昌。 二十四孝諺解(にじゅうしこう げんかい)ARC古典籍ポータルデータベースより 50年ぶりに母親と巡り合えて、恭しく膝をつく朱寿昌。旅の荷物と笠が後ろに置かれています。 童子に手を引かれて玄関先まで来た母親。杖は欠損しているようです。 朱寿昌の母親や黄香の父親の杖、郭巨や大舜の鍬の柄など欠損していること多いです。杖があると高齢者だとすぐわかるんですけどね。

  • 栃木市 寳蓮寺・22 張孝兄弟

    残り少なくなってきました。22番目は張孝・張礼の張孝兄弟。 盗賊二人組。右の人は危険な道具も持ってます。 弟の張礼が人食い盗賊に命を奪われそうになったとき、兄の張孝は自分の胸をはだけ、「僕のほうが弟より太っていて美味しいですよ」と弟の身代わりになろうとしました。 右が兄の張孝ですね。着物の胸元を広げています。弟は「いえ、兄ではなく僕を食べてくれ」と盗賊に懇願します。この様子を見た盗賊は感動してお土産付きで兄弟を解放しました。 二十四孝諺解の張孝・張礼。 ARC古典籍ポータルデータベースより 右の盗賊は短刀を持っているように見えますが、上の挿絵のように本来は長い剣だったかもしれないですね。 左の…

  • 栃木市 寳蓮寺・21 唐夫人

    今日と明日はこちらの彫刻のご紹介。 右側は唐夫人。 年老いて歯の弱くなった姑に乳を飲ませるけなげな嫁。 キー!何でおばあちゃんが飲んでるの!! 御伽草子の唐夫人。 御伽草子 第13冊 (二十四孝) 国立国会図書館デジタルコレクションより 雨引観音の唐夫人。

  • 栃木市 寳蓮寺・20 黄山谷

    黄山谷。右端の人が黄山谷です。中央はお茶を運ぶ女性、左で病床にいるのが山谷の母親ですね。 女性には手を汚さない仕事をしてもらい、黄山谷自身は母親のお小水の始末をしています。 お母さんのベッドは階段の上にありますね。 器からお小水が流れ落ちていきます。 丸っこい器を右手で支えています。 御伽草子 第13冊 (二十四孝) 国立国会図書館デジタルコレクションより「山谷」

  • 栃木市 寳蓮寺・19 王裒

    今日と明日ご紹介するのはこちらの彫刻。 右側は王裒。雷が近づくたび、生前雷が苦手だった母親のお墓へ駆けつけます。 至近距離まで迫ってきた雷さま。 「僕がいるから大丈夫ですよ」とお墓の中の母親を励ます王裒。 母親も草葉の陰で苦笑いしてそう。 「左にお墓・中央には駆け寄る王裒・右に雷神」という寳蓮寺とよく似たの構図の彫刻を2点ご紹介。 市川市徳願寺の王裒。 八千代市飯綱神社の王裒。

  • 栃木市 寳蓮寺・18 呉猛

    楊香の左は呉猛。父親が蚊に刺されないよう、裸で寝て自分に蚊をおびき寄せる呉猛。 ちょこっと拡大。まだわかりにくいですね。 こちらがのうのうと寝ているお父さんです。掛布団に見えるのは呉猛が脱いで父親に掛けた着物です。 こちらが自己犠牲の塊のような呉猛。 呉猛は上半身裸です。 「二十四孝諺解」の呉猛。 ARC古典籍ポータルデータベースより 水戸市中原不動尊の呉猛。 寳蓮寺も彩色したらこんな感じになりますね。

  • 栃木市 寳蓮寺・17 楊香

    今日からはお堂の正面から見て右側の4枚を見ていきます。残りは8場面になりました。 今日明日は右端の彫刻です。 「これは何だろう」と、しばらく悩みました。 よーく見たら全体の真ん中にトラがいました。 右3分の2が楊香でした。 トラが彩色されてたらすぐ楊香だとわかるんですけどね。 楊香がなんだか窮屈そう。 木の陰に隠れるお父さん。隠れてる割に存在感大きいのね。お父さんと木が大きいから楊香が窮屈そうなんだと思うの。 「二十四孝諺解」の楊香。 ARC古典籍ポータルデータベースより

  • 栃木市 寳蓮寺・16 老莱子

    背面の彫刻、左側は老莱子。 老親の前で袖をひるがえし踊る老莱子。 我が子(70歳)が踊るのを目を細めて見守る両親。・・・なんかちょっと気の毒(笑) 赤い色がところどころ残ってます。 老莱子の後ろにはバックバンド童子。 千手院観音堂の老莱子。 寳蓮寺の老莱子も同じ構図ですね。

  • 栃木市 寳蓮寺・15 漢文帝

    お堂の裏に回ります。背面には中央に一枚だけ。ぱっと見、両側の彫刻が欠損したのかと思いました。でも彫刻は全部で12枚、24場面揃っているので、これでいいんですね。 その一枚の彫刻がこちら。 右半分は漢文帝。 漢文帝は高い地位につきながらも自ら母親の世話をしました。 前にいるのが漢文帝、後ろは童子ですね。食事を運んでいるところでしょうか。 料理や薬を母親の薄(はく)太后にすすめるときは、漢文帝はまず自分で味見をして確かめたとのこと。 文帝の母親、薄太后。椅子に赤い斜線模様が残ってる? 千手院観音堂の漢文帝。 寳蓮寺の彫刻も千手院のようにカラフルに塗られてたのかしらね。

  • 栃木市 寳蓮寺・14 陸績

    「姜詩」に押されてちょっと面積が狭くなってしまって気の毒な陸績(白で囲んだほう) 袁術(えんじゅつ)さんのお宅にお邪魔した陸績は、おもてなしで出されたミカンを黙って持ち帰ろうとしました。でも帰りの挨拶の際に袂からミカンが転がり落ちたので袁術に咎められました。 陸績の足元にはミカンが三つ。 母さんの好物なので持って帰って食べさせてあげたかったんですぅ。 「こういえば袁術はきっと感動して許してくれるに違いない」と、陸績は計算してるに違いない。

  • 栃木市 寳蓮寺・13 姜詩

    今日と明日は左端の彫刻です。 これも二つの場面ですが、真半分ではないですね。 右の「姜詩」の場面が3分の2くらいの面積を取ってます。 ということで今日は幅を利かせている「姜詩」。 姜詩の奥さんは姑のために遠くまで足を運んでせっせと水を汲みました。するとその孝行が報われて、家のそばに水が湧きました。さらに鯉まで毎日捕れるようになりました(こう書くと旦那さんである姜詩の存在感ゼロですね)。 大きな鯉が水面から顔を出しています。奥さんは右手に柄杓を持っていたのかもしれません。 そしてこちらが「美味しい水が飲みたい」と言ってお嫁さんをコキ使ったお姑さん。 飯綱神社の「姜詩」。左右反転してますが構図は似…

  • 栃木市 寳蓮寺・12 丁蘭

    剡子の左は丁蘭。亡くなった母親をかたどった木像に対して、日々敬い生きているかのように接しました。 母親の木像の大きさは、丁蘭夫婦と比べるとかなり小さいですね。いつもこうだとわかりやすいんですが。ほぼ変わらない大きさだと漢文帝との区別がつきにくいので悩むのでございます。 木像は階段の上に安置されてます。 お供え物を運ぶ丁蘭夫婦。 「二十四孝諺解」の丁蘭。 ARC古典籍ポータルデータベースより

  • 栃木市 寳蓮寺・11 剡子

    今日明日はこちらの彫刻の2場面。 右半分は剡子ですね。 中央のワンちゃんを挟んで、左が鹿の毛皮をまとった剡子、右側が猟師さん。 「二十四孝諺解」の剡子。 ARC古典籍ポータルデータベースより 猟師さんは左手に弓矢を持ってたんじゃないかな。 眼の悪い両親のために鹿の乳を集めに山に入った剡子。鹿の扮装をしていたので猟師に本物の鹿と間違われて命を狙われました。

  • 栃木市 寳蓮寺・10 曽参

    黄香の左には曽参。 曽参が山へ薪取りに行っているとき、急にお客さんが来ました。おもてなしが出来ない母は「曽参早く帰ってきておくれ」と指を噛んで願をかけました。 胸騒ぎを感じた曽参は急いで家に帰りました。 曽参の足元には山で採ってきた薪の束。 「二十四孝諺解」の曽参。 ARC古典籍ポータルデータベースより 指を噛むお母さん。胸元にあるのはドロバチの巣かな? お母さんが指を噛んでいて、薪があると「曽参」だと確信持てます。

  • 栃木市 寳蓮寺・9 黄香

    今日明日はこちらの彫刻の説明です。お堂正面から見て左側の面の、右から二枚目の彫刻です。 二つの場面がピッタリ中央で半分ずつではなく、黄香の父親のベッドの脇に曽参の薪が置かれてます。 ということで今日は右半分の黄香。 主役が一番小さい気がしますが、この子が黄香です。 父親の寝床を団扇で扇いで涼しくしているところです。 そしてこちらは童子の肩を借りて寝床に向かう、黄香の父親。 この童子がいちばんヤングケアラーな感じ。 「二十四孝諺解」の黄香。 ARC古典籍ポータルデータベースより

  • 栃木市 寳蓮寺・8 董永

    蔡順の左側は董永。 わかりにくいのですが、女性二人はくるくる渦巻く雲の上に乗ってます。自分を助けてくれた天女を董永が見送るシーンですね。 こちらは池田市早苗の森 八坂神社の董永。 書籍・和漢廿四孝(柳下亭種員撰・房種画)の董永。 早稲田大学図書館古典籍総合データベースより 孝行者の董永は、父が亡くなったときに借金をして葬儀代にあてました。董永を助けるために天は織姫を遣わして布地を織らせたので、借金は短期間で返済することができました。そして織姫は天に帰っていきました。 上の彫刻や絵のように、董永は座って両腕を上げて感謝を表すポーズが多いのですが、寳蓮寺の董永はちょっと違います。 お姉さんたちー、…

  • 栃木市 寳蓮寺・7 蔡順

    正面の彫刻3枚、6場面が終わりましたので左へ回ります。 彫刻が4枚、8場面。 4枚のうち、一番右の彫刻がこちら。右半分は「蔡順」ですね。 左で座っているのが蔡順、右の二人は盗賊。 桑の実を摘んでいたところ盗賊に出くわした蔡順。蔡順が固い実は自分に、そして熟した実は母親に、と二つの容器に分けてたことを知った盗賊は感激してお米と牛の肉をくれました。 上から「米俵」、「牛の片モモ」、そして蔡順が桑の実を分けた二つの入れ物。 盗賊から施しを受けて嬉しいものなのかどうか。この米や肉もおそらく分捕り品。 鹿沼市千手院観音堂の蔡順。 やっぱり丁寧に彩色してあるとわかりやすいですねー。

  • 栃木市 寳蓮寺・6 庾黔婁

    正面左端の孝子は庾黔婁。 胸騒ぎを感じて実家に急いで帰ってきた庾黔婁。父親が重い病に臥せっていました。庾黔婁は自分の命に代えても父親を救ってほしいと、北斗の星に祈りを捧げました。庾黔婁の前にあるのは祭壇です。 御伽草子の庾黔婁。 御伽草子 第13冊 (二十四孝) 国立国会図書館デジタルコレクションより 庾黔婁の後ろには祭礼に使う器か何かを運ぶ童子が控えています。 雲の上の北斗七星は要チェック。 柄杓の形がわかりやすいように線でつないでくれています。 庾黔婁の前の祭壇には上の御伽草子の絵のように蝋燭やら香炉やらが並んでいたと思うのですが、年月とともに風化してしまったようです。 ーーー(おまけ)ー…

  • 栃木市 寳蓮寺・5 郭巨

    お堂の正面左側の彫刻がこちら。 右半分は郭巨。貧しさに負けて子どもを殺害しようとした郭巨夫婦。 子どもを埋める穴を掘っていたら黄金の釜が出て来たので子どもは殺されずにすみました。 夫婦でニンマリ。なんだかんだ言っても世の中お金よね。 宝登山神社の郭巨。釜が光り輝いてます。

  • 栃木市 寳蓮寺・4 閔子騫

    大舜の左側には閔子騫。 中心で正座して、後ろの3人(継母と幼児・乳児)を振り返っているのが主人公の閔子騫。 閔子騫の父親は御立腹中。後妻が閔子騫を陰でいじめていたことを知ったので後妻を追い出そうとしました。でも心優しい閔子騫に、考え直すようなだめられてます。 そしてこちらが意地悪な継母。幼児の手を引き、胸には乳児を抱いています。 真冬、我が子二人には暖かい服を着せて、継子の閔子騫には薄着をさせていたことが発覚。怒った夫に家を追い出されかけました。でも親孝行な閔子騫のとりなしで家に戻ることが出来て、考えを改めて閔子騫にも優しく接するようになりました。 御伽草子の閔子騫。 御伽草子 第13冊 (二…

  • 栃木市 寳蓮寺・3 大舜

    正面中央、照明の下の彫刻がこちら。 右半分は大舜ですね。 ちょっとわかりにくいですが黄色の丸の中で鳥が羽を広げています。 象二頭が重なってます。 御伽草子の大舜をコンパクトにまとめた感じですね。 御伽草子 第13冊 (二十四孝) 国立国会図書館デジタルコレクションより 大阪府池田市 早苗の森八坂神社の大舜。 寳蓮寺の大舜も彩色するとこんな感じでしょうね。

  • 栃木市 寳蓮寺・2 孟宗

    田真兄弟の左側は孟宗。昔は彩色が施されてた感じですね。色があると季節が真冬であることが一目でわかるんですよね。 黄色の枠内には笹の葉の上に積もった雪。赤枠内の板には「田真兄弟」や「孟宗」など、二十四孝のタイトルが書かれてたんでしょうね。 雪から顔を出すタケノコ3本。これだけあればしばらく食べられますね。お母さんもきっと満足。 鍬を肩に担いでます。 こちらは加須市龍蔵寺山門の孟宗。孟宗とタケノコが寳蓮寺のものとほぼ同じ構図なのでおそらく元になる絵か何かがあったのでは。

  • 栃木市 寳蓮寺・1 田真兄弟

    正面には三枚の彫刻があります。まずは右から。 右半分が田真兄弟、左は孟宗ですね。 田真・田廣・田慶の三兄弟。 左の男性と中央の男性の間に木があります。父の遺産である木を伐って分けようと、三人で相談していたら、一晩で木が枯れてしまいました。 「木にも心があるのだな」と、三人は木を伐るのをやめました。すると木は元通り元気になりました。 御伽草子「二十四孝」の田真兄弟。木の位置が違いますが、男性たちのポーズはよく似てますね。 御伽草子 第13冊 (二十四孝) 国立国会図書館デジタルコレクションより

  • 栃木市 寳蓮寺(ほうれんじ)観音堂

    栃木県栃木市鍋山町の寳蓮寺さんには24場面フルセットの二十四孝彫刻があるとのこと。 桜も満開でした。真言宗智山派柔和山寳蓮寺。 ふっふっふっ。あるある、二十四孝彫刻が。梁間っていうんですか。お堂の壁の上の部分。 二十四孝の彫刻はお堂の周囲に12枚ありました。正面に3枚、背面に1枚、左右の面に4枚ずつ。 一枚の彫刻には左右二つの場面。この彫刻では右半分が田真兄弟、左半分が孟宗。 明日から一点ずつご紹介していきます。まずは正面右端の田真兄弟から、左の方向へ。フルセットわくわく。

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・24 陸績(完)

    とうとう最後の陸績になりました。袁術さんちを訪問時、出されたミカンをこっそり袂に入れて、帰り際に落として袁術にとがめられた陸績。この絵ではミカンは落っこってないですね。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 陸績(りくせき)六才の時 九江(きうこう)の袁術(えんじゆつ)が許にまねかる術 橘を出して餐(もてなす)に 績これを三つ取て懐にすかへるとき拜せんとして橘をおとししかば 袁術のいふやう陸郎は客の身として菓子を懐にすること いと卑しきふるまひにあらずやと 績 踞(ひざまつ)いて 我母深く好むものゆゑ帰(かへり)て与へんと思ひし也と答ふ術 是…

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・23 張孝張禮

    ロビンフッドみたいな盗賊。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 張孝 張禮(ちやうかう ちやうれい)兄弟なり 父におくれ母に事(つか)へて孝なり一年米穀 豊ならず 大に饒作の時 幼童の身として老母を養ふたよりなく木の実を拾ひて供すとて張礼は山にゆきけるに林間に賊ありて張礼を烹(にて)喰はんといふ礼 大ひにおどろき 我一人の母に此食を与へ ふたたび来らんと約して帰(かへり)しが兄の張孝これをききて両個(ふたり)死をゆつり合てやます賊これを( )じ 米二石塩一駄をあたへ去りしとなん 種員謹記 ーーー

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・22 仲由

    背負っているのが俵ではなく布の袋になってますね。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 仲由(ちうゆう)字(あざなは)子路 孔子が門弟十哲の一人家 貧にして産(なりはひ)なし藜(あかざ)藿(まめのは)をもて食となし日毎に百里の外に米を負行(おひゆき) 賃(あたへ)をとりて父母を養ふ大勇者なれば諸国の王より招くといへとも親在(います)ゆへ應ぜず両親世を去てのち 楚国につかへ富貴自在の身となりしが 麁食(そじき)をなし重きを負(おふ)て父母につかへし往時(いにしへ)にはしかじとてうち歎きしとなん 種員謹記 ーーー

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・21 黄廷堅

    実母の介護で下の世話もする黄廷堅。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 黄廷堅(くわうていけん)宋朝の詩人にして 東坡(とうば)が門弟 高名の人となり母につかへて篤孝のきこへまた海内にあふるる元祐年中 大史となり 婢女(めしつかひ)数多ありといへども母が朝夕の弱器(きたなきもの・溺器?)などは自身これをそそぎて一日もおこたることなかりしとぞ此一叓にて其孝 他にすぐるを察すべし 種員謹記 ーーー

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・20 王祥

    真冬に鯉を食べたがる母。王祥の孝心が天に通じて、鯉を捕らえることが出来ました。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 王祥(わうしやう)母はやく世を去(さり)継母朱子さらに慈心なし父に讒すること数度なれば是を信じて愛をうしなふ され共いささか恨(うらむ)色なく 己を責て孝心をはげむかくて極寒の頃 母鮮魚を好む 氷厚くして捕えるに手段なし祥 衣を脱捨 氷の上に臥 魚を得ざることを歎するに忽(たちまち)氷さけて双(ふたつの)鯉その上に踊る祥 天地を拝して持かへり 調(てうじ)て父母に供じたりとぞ 種員謹記 ーーー 大舜は親に殺されそうになってまし…

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・19 蔡順

    「蔡順」もTOKYOアーカイブには見当たらなかったので文化遺産オンラインのリンク貼っておきます。妙に上半身の長い盗賊だわと思ってよく見たら盗賊二人いたのね。 「蔡順/唐土廿四孝(歌川国芳)」神戸市立博物館蔵 (文化遺産オンライン) 蔡順(さいじゅん)父は世をはやくなし 母に仕へて至孝類なし 時に王莽(わうもう)が乱発(おこ)り年も又饑饉なり 母に供すべきものなければ桑の実をとりてあたふその器を二つとなし これをえらぶ赤眉賊といへる盗人の等 此所を過(よぎ)り 此躰(てい)を見てあやしみ問(とふ)順の曰 熟して黒きは母にまゐらせ 青くしていまだ熟せざるものは己喰(くら)ふと答ふ賊 孝を感じて米二…

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・18 庾黔婁

    走る庾黔婁。父親の異変を胸騒ぎで感じ、役人の仕事を捨てて駆け付けます。父の病は重く、庾黔婁は「私の命に代えても父を助けてください」と北斗の星に祈ります。お父さんは助かるでしょうか。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 庾黔婁(ゆきんろう)古郷をはなれ とほき縣(あがた)の令(やくにん)となりいまだ十日ならざるに 父の病発(はつ)る時 俄に心驚き 身に汗すること夥し是ただことにあらず 父の身に叓「ある?」ならんと察し 官を辞し速(すみやか)に家にかへれば はたして然(しかりかくて医の日(ひ)<曰(いわく)かも> 病者の大便を甞(なめ)て味(あ…

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・17 黄香

    TOKYOアーカイブに黄香の画像が見当たらなかったので、文化遺産オンラインのサイトをご覧ください。 「黄香/唐土廿四孝(歌川国芳)」神戸市立博物館蔵 (文化遺産オンライン) 黄香(くわうきやう)九才のとき 母を喪(うしな)ひ 慕こがれて涙止ことなし里人これを称す 父に仕へて孝をつくし 炎天極暑の夕は父の枕と筵をあふぎ すずしくなしてふさしめ厳冬極寒の夜は 我身をもて先(まづ)床をあたためしかして後に父を寝所につかしむ太守 劉護つたへきき ふかく感じ 標札をその門に建孝徳を世に見(あら)はししとなん 種員謹記 ーーー ベッド固そう。奥に見えるのは灯台かなあ。お父さんが手にしているのはお酒かな。

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・16 剡子

    鹿の群れに溶け込んで、猟師に狙われた剡子。右手に持っている青い容器の中には鹿の乳。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 剡子(えんし)生質篤孝なり 父母老て ともに眼病の患(うれ)ひあり鹿の乳 妙薬なりといへども えることかたし何卒(なにとぞ)して是を求んと 鹿の革を衣(かつぎ)て深山にゆき 鹿の群に入 辛苦して鹿乳をえたり猟人 遥に見てまことの鹿ぞと思ひ矢をはなさんとなす剡子そのゆゑをかたりて 矢先を免ぬ仮令(たとへ)何ほどに偽(にする)とも 鹿のわがるいと見(み)まがふべくはあらねどもこれ誠心の徳によるもの也 ーーー いくら変装しても鹿…

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・15 閔子騫

    上半身裸で野良仕事?してるのが閔子騫ですね。継子の閔子騫には真冬に薄着をさせて、実子には暖かい格好をさせていた継母。でもこの絵ではなぜか手前の実子が全裸。そして継母も薄着。ギリシャ神話のワンシーン、と言われても納得してしまいそう。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 閔子騫(ひんしけん)孔子が門弟十哲の一人 早く母に後(おくれ) 父後妻を娶り二人の弟を生(うめ)り心邪(よこしま)にして 実子には衣服に綿を入子騫には芦の花を入て着(きせ)ければ父が車を引に 身凍へ 手に持し綱をおとせり父 是によつて衣服の 弟に異るを察し継母を去(さら)んとす…

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・14 老莱子

    建物も西洋風。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 老莱子(ろうらいし)其身七十才にして なを父母 存左(よにあり)老たる姿を両親に見せまじと家にある時は五色の衣を着し 嬰兒の戯れをなして父母のこころをなぐさむ身の老たるを父母のしらば愁ふるのこころ おこらんことをおもへばなりこの一叓(いちじ)にて孝道 萬叓(ばんじ)さつすべし 種員謹記 ーーー 70歳の高齢者である老莱子が子どものフリして、親にまだまだ自分たちは若いと思わせる・・・説得力の無い親孝行。

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・13 唐夫人

    お金持ちのマダム風唐夫人。子供は果物の収穫していて、とても乳飲み子には見えません。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 唐夫人(とうふじん)其姑 長孫夫人 年高ふして歯なし夫人 日ごとに姑に乳をすすむ故に粒食せざれどもいと堅固なりきかくて長孫 病重く死せんとするとき一門の人びとを招ぎ告ていふやうわれ嫁の恩を受る叓 言(ことば)にのべがたし願(ねがはく)は子孫に新婦(よめ)たるもの唐夫人にならべかしと言(いひ)しとなん 種員謹記 ーーー 唐夫人を見習うように、と言われてもねえ。いくら遺言でも。

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・12 丁蘭

    平身低頭レベルで父母の像に向き合う丁蘭。一方奥さんは親孝行に興味なさそう。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 丁蘭(ていらん)幼少にして父母におくれ孝養することを得ざりければ父母の恩を報ぜざることを歎じ慕ふの余り両親の像をつくり是に仕ふることさながら在日(いますひ)のごとし其妻は敬ふ色もなく かへつて戯(たはふれ)に針をもて木像の指を刺(させ)ば血ながれいで 木像 蘭を見て涙をながせり故に其実(じつ)を知つて妻をさりしとなん 種員謹記 ーーー 妻が木像を針でつついたら血が流れ出たというホラー。

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・11 朱寿昌

    母を尋ねて・・・山道で休憩しているのかしら? 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 朱寿昌(しゆじゆしやう)妾(そばめ)の産(うむ)所にて正室(ほんさい)を母となす父 雇州(ようしう)の守護となるに及んで実母は秦の国に嫁せしむ時に昌(しやう)七才也是より隔(へだた)ること五十年 神宗帝の御時官禄をすて彼(かの)国に至て母を尋ること いと切なり心の誠 天に通じ ふしぎにもめぐりあひぬ母すでに七十餘才 互に手を取かはし涙せきあへず 且(かつ)喜ぶこと限りなし所の守護きき及び 具(つぶさ)に是を奏聞なししに帝 御感のあまり官禄以前にかへる事をえたり…

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・10 姜詩

    姜詩の奥さん、まるでギリシャ神話の女神のよう。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 姜詩(きやうし)父 没して 其母に仕(つかへ)て純孝かぎりなし妻龐(ろう)氏 姑に奉(ほうず)ること窺(きは・窮?)めてあつし母 好(このみ)て遠き江の水を飲む龐氏はるばる江中の水を汲(くみ)て母にまゐらす母又魚の鱠(なます)を嗜り姜詩 常に生魚を求め鱠につくりて母に薦(すすむ)かくすること年あり 或時忽ち家の側に甘泉湧いで その味 江の水にひとし且又日々に鯉二頭を躍(をどら)しむかかれば他を求ずして二品を母へそなへしとなん 種員謹記 ーーー 姜詩の奥さん、…

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・9 呉猛

    就寝中の父親が蚊に刺されないよう、自ら裸になって蚊に刺される役を引き受ける呉猛。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 呉猛(ごもう)家 貧にして 夏夜 帷帳(かや)なし蚊を防ぐことあたはず 夜毎に己 赤裸となりて其(その)衣を親の裾にかけ 側(かたはら)に寐(いね) 蚊の集り肌膚を刺(さし) 痒(かゆ)きこといふばかりなけれども追(おふ)ことなしこれをおはば 親の身をくらはんことをおそるるゆゑなり是 猛が年八才ごろとかや いまだ学ぶべき年間なけれども天性の至孝かくのごとし 種員謹記 ーーー 呉猛の背後、蚊取り線香の煙が何かに似てる・・・これ…

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・8 王裒

    雷がまるで針の雨のよう。早く避難したほうがいいのにね。左足に刺さってるし。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 王裒(わうほう)親に仕へて孝道殊に深し 母世に在し時 雷を恐るること甚しかりしば死(しし)て後も雷鳴の莭(をり)は 大風(たいふう)大雨(たいう)もいとはず其墳墓にいたり 是を守護して 裒此所に候 かならずおそれ給ふことなかれと雷おさまるまで厺(さ)らざりけり父は司馬𤋜(しやう)がために害せらる後 晋天下を一統するに及びて 王裒 身 終(おはる)まで西にむかひて坐せず則(すなわち)晋の臣たらざるの義なりとぞ 種員謹記 ーーー

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・7 董永

    織姫と暮らした男・董永。董永の借金返済を助けた後、織姫は天に帰っていきました。短期ボランティアを終えて天に帰る織姫と、行かないで~と追う董永。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 董永(とうえい)極貧にて人に傭(やとは)れ耕作して父を養ふこと甚(はなはだ)切なり其後 父没せしに葬礼をなす力なし 是非なく冨(とむ)家に身を賣(うり)銭をえて葬交を営ぬ かくて主の家へ往(ゆか)んとする途中にて一婦人にあへり婦人の曰(いはく) 御身の妻とならんとて共に主家に至り縑(かどり)を織こと一月に三百匹におよぶ忽(たちまち)借(かり)し物をつくなふに及ぶゆ…

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・6 曽参

    山で薪を伐っていたら今まさに胸騒ぎを感じて家に向かおうと、木を降りているところですね。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 曽参(そしん)孔子が門弟の宗(そう)として大賢人也 父は世を早くなし母に仕へて孝心尤(もつとも)深し或時山林に薪を樵(こる)日あり母 独(ひとり)家にあるに親き友 遠くより来りぬ是を饗(もてな)さんとすれども一人にして心にまかせず曽参はやくもどれかしと思ひ 其指を噛(かめ)ば 参(しん)山にあつて忽(たちまち) 胷(むね)いたむゆゑ 母の我を待侘給ふよと察し即時にもどり期(かく・斯?)と告るに 母是をききて汝が孝心によ…

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・5 楊香

    巨大なトラ。でも顔は猫っぽい。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 楊香(やうきやう)十四才のとき 父豊(ほう)にしたがひ田にゆく何国(いづく)よりか猛虎駈来りて父を喰はんとなす楊香 其身幼弱なるうへ 手に寸鉄も持ざれども父の大切さに両手をもて 虎のかしらを しかと撫(にぎ)りしに何とかなしけん 猛虎 尾を巻て迯(にげ)失けり是則(これすなはち) 孝感は猛獣もおそるる所なるべし 種員謹記 ーーー 国芳の虎は顔だけでなく骨格も猫っぽくて身体が柔らかい感じですね。虎の実物は見る機会なかったんでしょうね。動物園行かなくてもネットで探せる現代の有難…

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・4 郭巨

    カラーにするとお洒落な郭巨ね。奥さんも洋服着てるし。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 郭巨(くわくきよ)赤貧にして 旦暮の食うすし 曽(かつ)て三才の児あり巨が母 是を愛ること深く 己(おのれ)の食をわかち与ふ巨 妻にいふやう 貧なれば母を養ふにさへ 心にまかせざるに我子 又母の食をへらす児はえべし 母は又えべからず然(しかじ) 我子を埋んにはと妻これに隨ふ かくて坑(あな)を掘こと三尺余りにして黄金の釜をえたり 上に記(しるし)て曰天賜孝子郭巨(てん かうし くわくきよに たまふ)と是をもて(小?)児(わがこ)をも埋(うめ)ず母をも安…

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・3 孟宗

    タケノコ収穫しての帰り道ですね。手足の素肌を出して寒そう。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 孟宗(もうそう)幼稚にして父におくれ 母を敬ふこと たとふるにものなし母老て病篤し冬月雪中に笋(たかんな)の羹(あつもの)を食せんことをのぞむ其季候にあらねば人力のおよぶ所にあらざれども竹林にいたり竹をうごかし哀泣して求んことをこひしに神明仏陀孝を感ずるの余りにや須臾(たちまち)に地裂て笋数(あまた)茎を生ず喜びて家に持かへり母に薦むれば日あらずして病ひ愈(いえ)しとなん 種員謹記 ーーー

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・2 漢文帝

    異国情緒溢れる漢文帝。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 漢文帝(かんのぶんてい)漢高祖(かんのかうそ) 第三の御子なれども仁賢世に秀るゆゑ諸(もろもろの)忠臣すすめて帝位に即(つけ)奉る生母は高祖の側室なり文帝天下を知(しろしめし)給ふて後薄(はく)太后と称す帝(みかど)孝純 殊(ことさら)に深く御母病ひに臥給ふこと三年 寝食を忘れて薬餌の介ほう怠り給ふことなかりしとなん抑(そもそも)漢朝は高祖に興るといへども四百年の基を開きしは文帝の至孝に依所也 種員謹記 ーーー

  • 唐土廿四孝(歌川国芳)・1 大舜

    書籍のトップはいつも大舜。国芳は江戸に象が来た時に実物を見たそうです。スケッチしたのかしらね。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館 東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 大舜(たいしゆん)父は瞽䏂(こそう)といひ弟が名を象(しやう)とよび継母のうむ所也父母ともに舜をにくむ叓(こと) はなはだしく象(しやう)とはかりて これを殺さんとすること度々なれどもいささか恨めるいろなく両親につかへ 弟を愛顧することおおよいと深し孝心天に通じ田を耕すに鳥下って芸(くさぎ)り象来て業を助く時の天子尭帝聞こしめされて蛾皇女英といへる両人(ににん)の御女(おんむすめ)を舜に娶(めあは)せ 王位をゆ…

  • 書籍/唐土廿四孝(歌川国芳・1847)

    明日からは「唐土二十四孝」を見ていきます。西洋風の絵が特徴的な、国芳の二十四孝ですね。 歌川国芳ー唐土廿四孝 町田市立国際版画美術館東京都立中央図書館TOKYOアーカイブより 「呉猛」唐土廿四孝

  • 早苗の森 八坂神社・24 陸績 (完)

    とうとうラストの陸績になりました。 訪問先で出されたミカンをこっそり袂に入れて持ち帰ろうとした陸績。 お別れの挨拶をしたとき袂からミカンが転がり落ちたので主人に咎められました。 あまりにも見事なミカンなので母親に食べさせたくて・・・と情に訴える陸績。 なんて親孝行な子なんだろう!とすっかり懐柔されたご主人。 ーーー 早苗の森 八坂神社の二十四孝彫刻 終 ーーー

  • 早苗の森 八坂神社・23 田真兄弟

    父親の死後、庭の大木を相続するにあたり、揉めることなく伐って三人で分けようと話がまとまりました。 でも当の木は納得できなかった様子。一夜で枯れてしまいました。伐るのをやめようと兄弟が話し合って決めたら、また木は元気になりました。 大きな花が咲いてますねー。ご神木として大切にしないと災いが起きそう。

  • 早苗の森 八坂神社・22 張孝張礼

    いよいよ残り少なくなってきました。この彫刻は張孝・張礼。 右の二人が張孝・張礼兄弟。左二人が悪者ですね。 数行ではまとめにくいお話ですね。兄弟の一人が山で盗賊に出会い、殺されそうになりますが母に食事を与えてからまた山に戻るからと盗賊に約束して帰宅。もう一人の兄弟がその話を聞いてそれなら俺を代わりに殺してくれと盗賊に懇願したところ、盗賊が感動して米と塩を持たせて解放してくれる・・・4行にまとめるのに苦心されたことと思います。 胸をはだけて素肌を見せるイメージが強かったのですが、こちらの孝子は下にポロシャツみたいなの着てるように見えます。

  • 早苗の森 八坂神社・21 黄庭堅

    呉猛の左には黄庭堅。 黄庭堅は妻や使用人に任せず、自ら母の下の世話をしました。 そして女性には食事の準備など綺麗な仕事をしてもらいました。 ・・・という話が美談になるくらい、女性が義両親の下の世話をするのは当然だったということでしょうね。

  • 早苗の森 八坂神社・20 呉猛

    次の彫刻は2つの場面が描かれています。右は呉猛、左は黄庭堅(黄山谷)。 >「貧乏で蚊帳がないので自分が裸になり母に代って蚊に刺された」。 母?????? 確かに優しい顔立ちなので女性に見えなくもないけれど・・・。 寝てるのはお父さんです。母親なら我が子が蚊に刺されてるのに平気で寝てられないですよね。いえ、父親でも普通平気で寝られないでしょうけれど。 水戸市中原不動尊の呉猛。こちらは一目瞭然で男性。

  • 早苗の森 八坂神社・19 庾黔婁

    自分の命に代えても病に伏せる父親の命を救ってほしい、と星に祈った庾黔婁。 オレンジ色の祭壇は波の逆巻く崖の上にあるんですよね。 >「父の病気を知るため父の便をなめた。」 庾黔婁のエピソードとしては合っているのですが、この彫刻は別の場面なので見る人は悩みそう。 庾黔婁のお話の流れはこんな感じです。 1.庾黔婁、仕事で赴任して間もなく胸騒ぎを感じ仕事を捨てて家に帰る 2.父親病の床に伏せっている 3.医者に見せたら「便を舐めれば治るかどうかわかる。苦ければ治る、甘ければ治らない」 4.庾黔婁父親の便を舐めてみる。甘かったので治癒は難しそうなことを知る 5.庾黔婁、父を助けたまえと北斗の星に祈る 6…

  • 早苗の森 八坂神社・18 蔡順

    蔡順は桑の実を摘んでいたら盗賊に出会いました。でも親孝行だったおかげで命拾いした上にお土産まで貰いました。 なんで桑の実を二つのカゴに分けて入れてるんだあ?と問い詰める盗賊。 熟している実は母親に。まだ熟してなくて固いのは僕が食べるので分けてるんですと説明。 蔡順の親孝行に感動した盗賊からお米と牛のもも肉をもらいました。

  • 早苗の森 八坂神社・17 剡子

    両親の眼の病を治すため、目に良いとされた鹿の乳を取ろうと、鹿の皮を来て群れに入っていった剡子。 一方山中で狩りをしていた猟師は鹿を仕留めたつもりで飛んできました。 鹿はどこかなー。 僕人間ですー。鹿の乳を採るためにこんな格好してますー。 左手に持っているのは鹿のミルクを入れる容器ですね。 たぶん右手には猟師が放った矢を持っていたのでは。

  • 早苗の森 八坂神社・16 朱寿昌

    幼い頃離ればなれになった母親を探し、ついに巡り会えた朱寿昌。 年老いた母親は童子に助けられながら朱寿昌を迎え出てくれました。 お母さん意外と若くて綺麗。 大きな荷物を抱えて母に会いに来た朱寿昌。

  • 早苗の森 八坂神社・15 郭巨

    庭先から黄金の釜を掘り出して生活安泰になった郭巨夫婦。 幸せの金の釜。 「かんきょ」と読み仮名が書かれていますが「かくきょ」ですね。 違うところ掘ってたら幼子はどうなっていたのか・・・。

  • 早苗の森 八坂神社・14 王裒

    生前雷嫌いだった母親のために、雷が鳴ると母親のお墓へ飛んで行って励ました王裒。 つまり変な人。でも親孝行な人として名を残してます。 >墓石を守った 墓石が大事だったみたい(笑) そのお墓は自然石を生かした感じ。 王裒の顔はこんな顔。 景気良く太鼓を鳴らしながら近づく雷神。

  • 早苗の森 八坂神社・13 黄香

    夏、父親の寝床を扇いで涼しくした孝行息子の黄香。 冬には自分の体温で温めました。 右手には扇を持っているはずですが、破損したのかな? 黄香の父親に肩を貸している右の子のほうが大変そう。

  • 早苗の森 八坂神社・12 董永

    借金返済を手伝ってくれた織姫を見送る董永。 短期間とはいえ夫婦として過ごした董永と織姫。董永のほうは未練がありそう。 もうちょっといてくれてもいいのにな~。 さあさっさと帰りましょ~という雰囲気を醸し出す二人。未練ゼロ。 顔立ちや衣装からして、左が織姫さんですね。右はお迎えに来た人。

  • 早苗の森 八坂神社・11 楊香

    父をかばい、虎に立ち向かう楊香。 虎は退散。 この構図はスピード感があっていいですねー。ダッシュで追いかけてくる楊香。 丸々太ったお父さん。虎に狙われてもやむなし。

  • 早苗の森 八坂神社・10 唐夫人

    年老いて食べ物を噛めなくなった姑に乳を飲ませる唐夫人。 唐夫人ご本人は、自分と姑が彫刻になっていることを喜んでるのかしら。 本当はこんなことするのイヤだったでしょうねー。 子どもも構ってもらえなくてつまんなさそう。

  • 早苗の森 八坂神社・9 姜詩

    自分の親孝行のために奥さんをこき使った姜詩。 奥さんは毎日遠い場所まで水汲みに通っていましたが、ある日突然家の前に水が湧きました。お姑さんの好きな鯉も捕れるようになりました。 >妻と母に孝養したので 姜詩はお母さんだけでなく奥さんにも優しくしたようにも読めてしまいますが、「姜詩と奥さんが、姜詩の母親に孝行した」という文意ですね。実際メインで孝行したのは姜詩ではなく奥さんのほう。 ↓右側で左手を上げているのが姜詩の母親ですね。 そして左端でお皿を運んでいる人物も女性ですね。 ということで姜詩は不在。奥さんだけ重労働。 姜詩の奥さんは柄杓を持っていることが多いですが、こちらの彫刻では持ってないです…

  • 早苗の森 八坂神社・8 老莱子

    年老いた親の前で派手な服を着て踊り、子どもの振りをする老莱子。 僕は子どもだよー。だから父さん母さんもまだまだ若いんだよー。という理論だそうです。 あまり安心はしてないような表情の両親。 鬚を生やした70歳の息子がヒラヒラした服着て呑気に踊ってる姿を見て安心する親はいないでしょうねー。

  • 早苗の森 八坂神社・7 王祥

    鯉を食べたいという母親のために、体温で氷を解かして鯉を捕まえた王祥。 木の枝に服を掛けてます。水面に張った氷はひび割れてます。 王祥の肌着(?)は蜘蛛の巣模様。鯉が二匹顔を出してます。

  • 早苗の森 八坂神社・6 曽参

    母親と心を通わせる曽参。 曽参早く帰って来て~と指を噛んだお母さん。曽参にその思いが通じて、山から急いで帰宅しました。 「すうしん」って読み方は初見です。主流は「そうしん」。 「歯をかんでいた」→歯じゃなくて指ですね。噛指痛心。 軽々と薪の束を担ぐ曽参。 噛んでた指をアピールしてます。 見てみてこの歯形~なんて言ってるかも(見えないけど)。

  • 早苗の森 八坂神社・5 閔損

    意地悪な継母にも親孝行だった閔損。 No.3。閔損だけで一場面です。 継子の閔損に冷たくあたった継母を追い出す閔損の父。 継母を追い出さないよう、父親を説得中の閔損。 真冬に自分の子には温かい服を、閔損には薄い服を与えて震えさせていた継母。

  • 早苗の森 八坂神社・4 丁蘭

    亡き親の像を作って生ける人が如くに仕えた丁蘭。 奥さんはしぶしぶついていく感じ(笑)。 シンプルに2行で説明。木像を奥さんが針でつついたり火で焦がしたりして祟られたとか、そういう話は長くなるので割愛したんでしょうね。面白いんだけれど。 漢文帝と間違えそうな人物配置。 木像の大きさが等身大に近いと、表現されている物語上で生きている人(漢文帝の母)なのか木像(丁蘭の母の像)なのか、見極めが難しいです。 一段高い所に据えられて、手前に仏具っぽいものがあるところから、お祀りしている像なのではと推察します。

  • 早苗の森 八坂神社・3 孟宗

    二枚目の彫刻は右が孟宗、左が丁蘭。 ということで三番目の孝子は孟宗。 説明がないと彫刻の意味がわからない人が多いと思うので、こういう説明版がうれしいですね。手書きなのも良い感じ。達筆~。 孟宗が持っているのは鍬ではなく杖みたい。

  • 早苗の森 八坂神社・2 漢文帝

    大舜の左には漢文帝の彫刻です。漢文帝でこの人物配置は珍しいですね。見たことなかったです。 一枚目の彫刻、左側なので1-2の数字が書いてあります。 左から二人目の男性が漢文帝だと思ったら違いました。 料理作った人かしらね。 右側三人の中央の人が漢文帝ですね。 左で盃みたいなのを持っている女性が文帝の母・薄太后のようです。 右端の女性が持っているのは鼓ですよね。ますます見たことない図。 元になった絵があるのかなあ。 ちなみにこちらは御伽草子の漢文帝。椅子に座った薄太后に食事を運ぶ漢文帝。 御伽草子 第13冊 (二十四孝) 国立国会図書館デジタルコレクションより 千手院観音堂の漢文帝。飲み物や食べ物…

  • 早苗の森 八坂神社・1 大舜

    拝殿で参拝してから左側へまわります。黄色で囲んだ部分が二十四孝彫刻のスタート地点。画像が暗くて見にくいですが彫刻は二枚並んでいます。 右側の彫刻は大舜と漢文帝、二つの場面ですね。このように二人の孝子のものもあれば、孝子一人で一枚のものもありました。 彫刻の下に孝子の説明が書かれています。>両親とも性格のよくない人(笑)。弟もね。 板の隅には通し番号。お祭りが終わったら外すので、また来年取り付けるときに番号が振ってあると確かに便利ですね。 「1-1」と書かれています。彫刻一枚目の、右側の孝子という意味ですね。二つの場面がある場合、右が1番で左側が2番。 この字が気になるわよ。ここはシンプルに「草…

  • 大阪府池田市 早苗の森 八坂神社

    明日からは大阪府池田市の早苗の森八坂神社の彫刻をご紹介していきます。以前から見たかった彫刻でした。 毎年10月に祭礼が行われます。2025年は10月24・25日の二日間でした。 本殿は朱塗りで綺麗ですね。 お祭りの日にだけ黄色枠で囲んだ位置に二十四孝透塀欄間21面が掛けられます。池田市指定重要文化財だそうです。 二十四孝全員が揃っている社寺彫刻をご紹介できるのは久しぶり。わくわく。

  • 大津祭郭巨山・6 陸績(水引幕)(完)

    大津祭郭巨山の二十四孝は今日で最後になります。大舜の右側には陸績。 おじさんに注意される少年。 少年の足元に転がるミカン。 陸績は袁術さんちにお邪魔したとき、出されたミカンを黙って袖に入れて持ち帰ろうとしました。お別れの挨拶をした拍子に袖からミカンが転がり落ちたので袁術に咎められました。 お母さんにあげようと思って~、と釈明したら親孝行な陸績のふるまいに袁術が感動しました。 ーーー 大津祭郭巨山の二十四孝 終 ーーー

  • 大津祭郭巨山・5 大舜(水引幕)

    曳山の左側の水引幕には大舜と陸績。左が進行方向です。 左の場面は大舜です。 象が二頭、鳥も二羽。 鍬、どこに置いたっけ?と探しているような風情。 なんで老莱子がセンターなんだあ~と思ってるかも知れません。

  • 大津祭郭巨山・4 孟宗(水引幕)

    楊香の左には孟宗。 左手奥に家が見えます。その家から山道を通って竹林まで来たんですね。 地面も竹の葉も雪が積もってます。タケノコ三本発見。鍬は持参しなかったようです。 雪の合間から見えるササの葉。細かい・・・細かすぎる・・・。

  • 大津祭郭巨山・3 楊香(水引幕)

    曳山の右側の水引幕には二つの場面。左に孟宗、右に楊香。 右側の楊香は左右反転したお馴染みの構図。 書籍も彫刻も、虎が左にいる構図が断然多いです。 「御伽草子 二十四孝」国立国会図書館デジタルコレクションより ちょっと気の弱そうな虎ね。 安全地帯から娘を応援する父親。 それにしても刺繍が美しい。ミシン刺繍じゃないですよね。手で刺繍してるんですよね。

  • 大津祭郭巨山・2 老莱子(水引幕)

    曳山の周囲に巻かれた青い縁取りの水引幕には二十四孝の孝子が刺繍されています。 正面には松の枝が飾ってあるのでちょっと見えづらいですが、老莱子です。 老莱子はでんでん太鼓を持って踊ってますね。床には扇子が落ちてます。 老莱子を見守る老親。 曳山のセンターという良いポジションを得られて老莱子もきっと大満足。

  • 大津祭郭巨山・1 郭巨

    郭巨山の主役はもちろん郭巨。前には我が子を抱く奥さん、奥には鍬を持つ郭巨。 緑色の岩みたいなのを鍬で掘ると・・・。 みごと黄金の釜が登場~。 笑顔の夫婦。釜はすぐに岩の中に戻っていきました。 やっぱりこういう華やかな舞台が似合うのは黄金の釜を掘り出す郭巨かもね。「黄山谷」とか「唐夫人」なんてあまりからくりでは見たくないわね。

  • 大津祭 郭巨山

    2025年10月、滋賀県大津市で開催された大津祭。13基の華やかな曳山が市街を巡行しました。 西行桜狸山、神功皇后山、源氏山、石橋山、猩々山、殺生石山などの曳山がからくりを披露します。 私のお目当ては郭巨山。 曳山には郭巨夫婦の人形が乗っています。 曳山の正面と左右には二十四孝の刺繍が施された水引幕が掛けられています。 背面には漢文の刺繍。 コロナで中止に追い込まれた各地のお祭りが復活して賑わっているのを見ると安心しますね。明日から大津祭郭巨山の中の二十四孝を6点ご紹介していきます。

  • 絵巻/加言二十四孝・24 陸績「お母さんは橘屋推し」(完)

    今日で最後になります。ミカンの実を失敬した陸績くんが大トリ。 『加言二十四孝』下巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 陸績陸績六歳の時ある人の許へ行けるに馳走に橘を出されければ陸績三つとりて袖に入たり帰るとき主人に礼をなすとて袖より其橘を落したり 主人見て 扨小児には似げなき事をし給ひしとありければ陸績あまり見事なるたちばなゆゑ持帰りて母にあたへんと思ふ故にかく袖にいれたりといふ 主人其孝を感じて小児には誠にめづらしき志也と云しと也 扨主人云ふ家づとになし給はばこれに銀杏の実ありこれをも持給へといひければ陸績いやいや銀杏は申うけまじ橘ばかりにてよろしき也母は羽左衛門贔屓にて候といひ…

  • 絵巻/加言二十四孝・23 元覚「親を教育的指導」

    このブログでは初登場の元覚さん。姨捨山みたいな話です。 『加言二十四孝』下巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 元覚元覚が父元生 親に不孝にして老たる父を疎み養ひに倦て山に捨んとす あやしき輿に父をのせ我子の元覚とともにさし荷ひて窮山といふに至り父を棄て帰らんとす元覚は父に似ず孝の志あるものにして其輿を持て帰らんといふ 元生がいふ其輿は持帰るに及ばす其ままに捨置べしといへば元覚がいふ今は用なしといへども父君年おい給はば又此輿にのせて山に捨申べきなれば其時の用に持帰らんといふ 元生此一言に耻て父を捨ることをやめて又父をこしにのせ家につれ帰りしとなん 此時元生只つれ帰りては不手際なる故…

  • 絵巻/加言二十四孝・22 田真・田廣・田慶「紫荊樹の狸寝入り」

    父親の遺した紫荊樹の木を伐って三人で分けようと相談してたら木が枯れてしまいました。伐るのやめたら木が元通り元気になりました。 『加言二十四孝』下巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 田真・田廣・田慶此三人は兄弟也 何れも親に孝行にして兄弟中もむつましかりしが両親にわかれて親のあとを三つにわけてとれるに庭前に紫荊樹とて珊瑚珠の如く美しき実の生る大木有 これを三つにわけてとるべしと終夜談合し夜明て見れば此木枯たり 草木心なしといへども分んといふを悲しみて枯たると覚たり 人としてこれをわきまへざるは心なき事なりしとて此木を伐ることをやめければ又もとの如く枝葉しげり花咲実なりしと也 と書し…

  • 絵巻/加言二十四孝・21 張孝張礼「兄弟喧嘩を見守る盗賊」

    どちらが自分の体を盗賊に食べさせるかで兄弟げんかを始める張孝と張礼。それぞれ自分が辛い役を引き受けようとします。 『加言二十四孝』下巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 張孝張礼此両人は兄弟也 世上飢饉の時木の実を拾ひて八十に餘る母を養へり 弟の張礼木の実をとりに行けるが林のうちに盗人住居て張礼を打殺し煮て喰んといふ 張礼がいふ我老たる母を養ふにけふは未食をまゐらせざれば母に食をまゐらせて後ここに来らんと誓言をたてて帰り母に食をすすめて後又彼所へ行けり 兄の張孝これを聞て跡より来り我は弟よりは身肥たれば食するには能かるべし 張礼を助けて我を殺し給へといふ 張礼は我先の約束なれば我を…

  • 絵巻/加言二十四孝・20 呉猛「蚊は父よりも優しく」

    真夏に父親が蚊に食われないよう、裸になって自分が犠牲になる呉猛。 『加言二十四孝』下巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 呉猛呉猛八歳にして親に孝也 家貧しうして夏蚊帳を釣る力なかりければ おのれ裸に成て其衣を親に着せば我身ばかりを蚊のくひて親を蚊のさすことはあるまじきとて其如くしけりとなん 孝心感じたる事也 しかるに此親八歳の子の斯くの如くするをしらざるや おのれは子の衣をかぶり着て蚊をふせぎいとけなき子はあかはだかにて蚊に喰はるるを知らずに長の夏中寐てのけたるにや あまりし(?)きのそんなる親なりけり もし又其事は知りながらおのれのみ蚊のすくなきを悦て子の苦しみを憐まざる親にて…

  • 絵巻/加言二十四孝・19 庾黔婁「怪しいお医者さん」

    北斗七星に祈る庾黔婁。右上に七つの星が見えます。 『加言二十四孝』下巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 庾黔婁庾黔婁はせんりやう縣の官人と成て其所に行けるにいまだ十日にも及ばずしてむなさわぎしければ父の煩ひ給ふにやと官を捨て帰けるに果して父大病にして今を限りと見ゆる躰なれば黔婁 醫に善悪を問ふに医の曰 糞をなめて味ひ甘く苦くは病癒べしといふ 黔婁父の糞を試るに醫のいふには異なりければ かなしみにたへずしてわがいのちをとりて父の命をたすけ給へと北斗の星に祈誓せし程の孝行なりとしるせる迄にて後のことは見えず 北斗聞入給ひて黔婁が命をとりて父を助け給ふとか 又は孝行によりて父の病を快気…

  • 絵巻/加言二十四孝・18 采順(菜順・蔡順)「二斗にしては少ないような」

    熟した実は母に、まだ固いのは自分に、と桑の実を分けていたら盗賊が感動して食料をくれました。 『加言二十四孝』下巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 采(菜)順菜順は汝南に住めり 父に離れて母を養ふ 其比王莽が乱に天下大に乱れて飢饉なれば食に乏しく母を養ふ便すくなかりけるに桑の実を取て母をはごくみける 此時世の乱によりて人を殺し衣を剥とることをなす悪党多かりしに菜順桑の熟せると熟せざるとをえりわけて居ける時彼悪党来りて何ゆゑにえりわくるぞと問ふ故に熟せるを母にあたふるよしこたへければ孝を感じて米二斗牛の足ひとつをあたへて帰りぬ 菜順悦て母にすすむるに其米其肉 一期の間尽ることなかりし…

  • 絵巻/加言二十四孝・19 庾黔婁「怪しいお医者さん」

    北斗七星に祈る庾黔婁。右上に七つの星が見えます。 『加言二十四孝』下巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 庾黔婁庾黔婁はせんりやう縣の官人と成て其所に行けるにいまだ十日にも及ばずしてむなさわぎしければ父の煩ひ給ふにやと官を捨て帰けるに果して父大病にして今を限りと見ゆる躰なれば黔婁 醫に善悪を問ふに医の曰 糞をなめて味ひ甘く苦くは病癒べしといふ 黔婁父の糞を試るに醫のいふには異なりければ かなしみにたへずしてわがいのちをとりて父の命をたすけ給へと北斗の星に祈誓せし程の孝行なりとしるせる迄にて後のことは見えず 北斗聞入給ひて黔婁が命をとりて父を助け給ふとか 又は孝行によりて父の病を快気…

  • 絵巻/加言二十四孝・17 剡子「シカが大渋滞」

    今日から下巻に入ります。トップは両親の目を治す薬を得るために鹿の群れに入っていった剡子。 『加言二十四孝』下巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 剡子せんしは父母老てともに両眼を煩ひしがこの薬に鹿の乳をもちゆればよしと聞て剡子素より孝心なれば鹿の皮を求め其皮を着て山中にわけ入あまた鹿のむらがる中へ紛れ入て鹿の乳をとらんとする所へ狩人来て弓にて射ころさんとす 其時剡子声をかけて鹿にあらず我は剡子といふもの也とて其次第を委しく語るを聞けば孝のこころざし深きものゆゑ狩人も感じてともに力をそへ鹿の乳をとりてあたへければ父母の病ひに用ゐけると也 剡子鹿と見られし時しかしかのことを語りしかば狩…

  • 絵巻/加言二十四孝・16 朱寿昌「めでたくジョブリターン」

    生き別れになった母親との再会を果たした朱寿昌。 『加言二十四孝』中巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 朱寿昌朱寿昌七歳の時父はやう州の守護と成て其頃いかなる故にや朱寿昌をうめりし妻を追出しけりそれより朱寿昌五十年の間母を見ぬことをかなしみ官禄を捨て我母に逢はずはふたたび帰らじと身より血を出して経をかき天に祈り母を尋に出けるに同し国のうちにしてたづねあひたがひに落涙して悦ぶこと限なし 此時母は七十にあまれる年也けりとぞ 此孝を其所の守護聞て皇に奏しければ又もとの如く官禄を賜りしとなり 朱寿昌は安倍の童子が如く かか様いのうと云て尋ありきしなるべし 百万 柏崎 隅田川 三井寺 桜川の…

  • 絵巻/加言二十四孝・15 郭巨「郭巨は不働き者」

    生活苦から、老母を生かすために我が子を埋めようとした郭巨夫婦。 『加言二十四孝』中巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 郭巨郭巨家貧にして母に孝也三歳の子有けるを母寵愛しておのれの食物をわけてあたふ 郭巨おもふやう家貧うして母にすすむる食さへ心にまかせぬに母其食を分て孫にあたへ給ふ故いよいよ母の食乏し所詮子のある故孝道心にまかせずとて妻と共にはかりて子を土中に埋めんとて穴をほりければ土中よりこがねの釜を掘出したり其釜に天より郭巨にあたふと銘有よろこびて持帰りそれより富貴の身となれりと也 これはこがねの釜にてはあるまじ六斗四升を釜といふとあれば其穀数にあたるこがねならんといふ説もある…

  • 絵巻/加言二十四孝・14 王裒「今も昔も雷こわい」

    雷鳴が近づくたび、生前雷を怖がった母親の墓守をする王裒。何の時間? 『加言二十四孝』中巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 王裒王裒は賢者也しが官にをることを好まず身を避て耕作をなし貧しけれども労せず父の王義罪なくして帝王の刑にあへり夫より帝都の方におもてをむけずとなん嘸な不自由なる事に有けらし小便などは構はざりしなるべし 父の墓に至りて柏の木に取付て悲歎す其涙にて柏の木枯たりとぞ又雷を怖るる叓甚しかりければ雷鳴る時は必母の墓に行て 王裒これにありとて墓のあたりをめぐりしと也 定て観音経などをもよみて王裒蓮華経など地ぐりたるなるべし 両親存生のうちの孝行はこれにて推て知るべしと也 …

  • 絵巻/加言二十四孝・13 黄香「江戸の道具あれこれ」

    父親の寝床を季節によって冷やしたり温めたりした孝行息子の黄香。 『加言二十四孝』中巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 黄香黄香九歳にして母におくれ父によくつかへて孝を尽せり 夏の暑きには扇の風にて床を涼しめ枕をひやして父を寐さしむ 又冬の寒きには我身を以てふすまをあたため其ぬくもりの所へ父を寐せてふすまをかさね孝行を尽せしかば其国の太守都に札をたてて黄香が孝を書あらはしけるゆゑ其名天下にかくれなく天子よりも褒美を給はりしと也 或人の曰 夏は枕を ひやしてといふこと いかにしてひやしたるや うたがふらくは真桑をひやして喰はせたるならんと此説覚束なしさあらば冬は衣を巨燵へも掛べく又手…

  • 絵巻/加言二十四孝・12 董永「天女の薄なさけ」

    織姫が貧しい男性を救うお話。 『加言二十四孝』中巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 董永董永はいとけなうして母にはなれ父に孝を尽せり 家貧なれば常に人に雇はれて農業をして賃をとりて日を送りぬ 父老て足たたざりければ小き車を借り父をのせ田の畦におきて農作のいとまにも孝をなせり父終にむなしく成ければ葬送をいとなまんとするに其力なし かくて有得なる人を頼み銭十貫文を借りて葬礼をととのへけり 其銭の代りに我身を売りて奉公せしがある時銭主のもとへゆく道にて美女にあへり 此女董永が妻になるべしとてともに行て一月に縑(かとり)のきぬ二百疋を織て主のかたへ銭の代りに返しければ主も感じて董永が奉公…

  • 絵巻/加言二十四孝・11 唐夫人 「漬物アレンジ」

    現代では受け入れにくい親孝行の唐夫人。 『加言二十四孝』中巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより唐夫人唐夫人は姑長孫夫人につかふること至て孝也姑老て食物歯にかなはざりければ乳をふくめ朝ごとに髪を梳り常に深切につかへけり 長孫夫人病つきて死せんと思ひ定めし時親属を呼あつめていふやう我娵唐夫人 我につかふること至て貞節也 わが子孫此唐夫人の孝を学ばば極めて末繁昌なるべし われ此恩を報ぜざるこそ残多けれ返す返すも後世娵の鑑とせんものは此唐夫人なると云しと也もとより其家も末繁昌しけるとぞ諺に嫁と姑の中のよきはもつけの内也といふことあれど此もつけといふ事はいかなることにやしかとわきがたし 近き…

  • 絵巻/加言二十四孝・10 楊香「存在感薄いお父さん」

    父を守って虎に向かっていった楊香。 『加言二十四孝』中巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 楊香楊香は魯国の人也一人の父につかへて孝也十五歳の時父と共に山中に行しに さもすさまじき虎にあへり 楊香 父の命を失はんことを恐て乕(とら)を追て去らしめんとすれどもかなはず 楊香猶も悲しみ天にむかひて願はくは我がいのちを虎にあたへて父の命をたすけ給へと祈念しければふしぎや今迄猛き乕俄に尾をみせて逃去りぬ 父子ともに危きいのちを助かりて家に帰けるとぞ これ孝行を天の感じ給ひしなるべし 案ずるに父は老年なれば杖をつきて山に登りたるゆゑに虎目をかけたるなるべし 楊香天を祈る迄も無くしやんしやんし…

  • 絵巻/加言二十四孝・9 老莱子「おバカな親子」

    今日から中巻に入ります。中巻の最初は老莱子。 『加言二十四孝』中巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 老莱子老莱子はとし七十に及て老たるかたちを父の悲しまんことを思ひ又子さへ斯く老たれば其身の老極りしをも思ひて心細く思ひ給はんとおもふこころより身にうつくしき衣をまとひ手遊びなど持て小児の如く舞遊び あるは親に給仕してわざとつまづきてころび幼き躰を親に見せけると也 此事既に先儒の論もありて孝子といはば孝子にもなるべけれど先は馬鹿ものといふに近かるべし 其行ひを見て悦ぶ親は又輪をかけたる真の馬鹿にてや有けむ 案ずるに老莱子七十に及たれば成長の子もあるべく孫もありしならん其孫の相手をして…

  • 絵巻/加言二十四孝・7 王祥 「王祥は借金まみれ?」

    氷を体温で溶かして鯉を捕まえる王祥。さて手柄岡持さんはどう料理するのでしょうか。 『加言二十四孝』上巻 [写]国立国会図書館デジタルコレクションより 王祥王祥いとけなうして実母にはなる 継母王祥を憎みて父に王祥がことをあしく云なしけれども孝行なる人ゆゑ更にこころにかけず深切につかへけり ある時母食の味ひあししとて生魚を好みけるに王祥川のほとりへ行て見るに氷とぢふさがりて魚をとることかなひがたければ衣をぬきて氷の上にふしけるに氷とけて魚出たり則とりて家に帰り母にすすめけり其ところには毎年人のふしたる形氷の上に見ゆると也是孝行の徳なりといへり扨これにも先儒の論あることにて寒天に衣を脱て氷に伏すは病…

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