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二十四孝に会いに行く! https://shousin.hatenadiary.org/

社寺巡りをしていると、お堂や社殿に彫刻が施されているのを見ますよね!日本の神話や中国の仙人、鳥や動物。その中でも中国の孝子たち、「二十四孝」の彫刻に絞って見ていきます。

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2019/09/30

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  • 書籍/繪本廿四孝 (梅堂国政1885~6)・1 虞舜

    今回の「繪本廿四孝 (梅堂国政1885~6)」は前回の「ゑほん廿四孝(竹内栄久)」と並べて見ていこうと思います。 国立国会図書館デジタルコレクションより 虞舜虞舜 孝感動天 虞舜黄帝の後(?)なり 父を胡蘇と云ふ 幼(いと)けなくして母に後れ後に配を妻とす 象といへる子を生む 父は元よりかたくなにし後妻を愛し又次男の象を愛し舜(を?)ば甚憎む 舜は(聊り?)是を恨まず只父母に順(ならん?)事を願ふ後(のち)終(つい)に大孝行に徳顕れて尭の譲りを受て天子となり給へり 曽て幼き折に歴山に耕し給ふに象来りて其力を助け鳥来りて其労を助く是孝心天を感ずるなり ーーー 蔵書印が文字に重なって読みにくいです…

  • 書籍/繪本廿四孝 (梅堂国政1885~6)

    明日からは梅堂(ばいどう)国政の筆による繪本廿四孝(全)金壽堂版をご紹介していきます。梅堂国政さんは前回の「ゑほん廿四孝」の絵師・竹内栄久さんと同一人物のようです。 ウィキペディアによると、梅堂国政さんは竹内栄久という名前の他にも一寿斎国政、四代目歌川国政、三代目歌川国貞、香蝶楼、豊斎などのいろんな名前をお持ちだったそうです。 国立国会図書館デジタルコレクションより 右側が前回ご紹介した書籍「ゑほん廿四孝」で、左が今回の「繪本廿四孝」の日付の記載部分です。「御届」の日にちが「ゑほん」のほうは明治17(1884)年12月、「繪本」は明治18(1885)年の12月。ちょうど「ゑほん」の一年後ですね…

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・24 黄庭堅(完)

    大トリは黄庭堅(黄山谷)です。 国立国会図書館デジタルコレクションより 黄庭堅黄庭堅は山谷道人と号す 官たかく家も富り 孝心ふかくして母病しとき衣帯をとかず自ら薬をなめ けがれものをも掃除なせしと ーーー 内容的に漢文帝とかぶります。「高い位の人が、きちんとした服装で親の介護をし、薬を嘗めて確認した」、というところが。 黄庭堅は母親の下の世話までした、というところに加点がつきますね。一方漢文帝は皇帝ポイント(?)が付くので、結果両者トントンということで。 ーーー 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久) 終 ーーー

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・23 孟宗

    母のため、真冬に筍を探し回った孟宗。 国立国会図書館デジタルコレクションより 孟宗孟宗は毎に孝行なりしが冬の頃母筍を望ければ自ら竹林に至り捜せしに天其志をあわれみしにや 雪中より大なるたけのこを得しなり ーーー この絵師さんはどの人物も衣装の描き込みが半端ないですね。履いているズボンみたいなのや背景の空はスクリーントーンみたいに細かい直線だし。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・22 丁蘭

    丁蘭。 国立国会図書館デジタルコレクションより 丁蘭丁蘭はわかうして父母を失ひければ木像をつくりて日毎につかへしなり ーーー 説明が3行のみ。この人の場合は隣人や奥さんとのすったもんだが面白いのにね。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・21 王裒

    王裒。 国立国会図書館デジタルコレクションより 王裒王裒は母につかへて甚(はなはだ)孝行なり 母雷を嫌いければ死して後も雷あれば必ず墓所に行きて生る時の如くにまもりし ーーー 雷雨の中、母親の墓へ駆けつける王裒。笠は飛んでしまいました。王裒の走り方は右手と右足が同方向に向いている「ナンバ走り」ですね。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・20 蔡順

    山中で賊に襲われる蔡順。ウニみたいな柄の着物着てます。 国立国会図書館デジタルコレクションより 蔡順蔡順はわうもう(王莽)の乱にて ききんなりければ山にゆき椹(くわ)の実をひろひて母をやしなへり ある日赤眉のぞく(賊)通りかかり あやしみて尋ければ つぶさに其由をかたるに賊大に感じて米と牛とを與(あた)えたり ーーー 蔡順が賊に、つぶさに語った内容が省略されてますね。蔡順は桑の実を入れる籠を二つ用意しました。一方には母親用に熟した実を入れて、もう一方には自分用にまだ熟していない実を入れました。賊は親孝行な蔡順に感心し、米だの肉だのをくれました。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・19 老莱子

    ノリノリ老莱子。「もてあそび」は手に持って遊ぶ玩具のことだそうです。 国立国会図書館デジタルコレクションより 老莱子老莱子わかゝりしより能(よく)孝を盡せしが年七十にあまり父母はその老を悲しめば子供の服を着 もてあそびを親の前にもち あるひは小児の泣様をなして親を悦しめり ーーー 息子ではなく、孫が踊ってる姿が見たかった・・・と、きっと両親は内心思ってるんでしょうねえ。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・18 姜詩

    姑のために、川で水を汲む奥さん。その近くに現れた鯉を見て無邪気に喜ぶ姜詩。なんか腹立つ。 国立国会図書館デジタルコレクションより 姜詩姜詩は後漢の人なり よく母につかへり 妻龐(ホウ)氏もよく心を盡して事(つか)へける 母常に井水をきらい遠方より水を求しが有時家の邉に清水わき出で又其水に毎朝二ひきの鯉出で 供食の助となりしなり ーーー 「清水わき出で」っていうレベルの水量ではないわね。増水したら家に被害出そう。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・17 黄香

    黄香。 国立国会図書館デジタルコレクションより 黄香黄香は後漢の人なり 九才の時母をうしなひ父によく孝をつくし夏は枕をあふぎて涼くし冬は身を以て床を温め臥せしめり ーーー 文末の「臥せしめり」の「めり」は見落としそうになりました。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・16 ゆ黔婁

    祭壇を作り父の病気平癒を願い星に祈る、ゆ黔婁。 国立国会図書館デジタルコレクションより ゆ黔婁ゆ黔婁はせんれうの令たりしがある時むなさわぎに父の病を知り故郷にかえり看病なし終に父の糞をなめて其病をを試みたり ーーー 「試みたり」で終わり? 試みて、結果はどうだったのか、お父さんの病気ははどうなったのか、と気になりますね。続きは「渓斎英泉のゆ黔婁」でご確認ください。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・15 楊香

    父親を虎からかばう楊香。 国立国会図書館デジタルコレクションより 楊香楊香は魯の国の人にて やうほうのむすめなり 幼なりし時父に従って山に入りしに大なる乕(とら)出で父を食わんとしければ身をもって父をおほいければ ふしぎにや虎はわきへにげ去りたり ーーー 中国では、山の中の猛獣というと熊ではなくて虎なんでしょうか。日本だと熊かイノシシですよね。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・14 郭巨

    郭巨。こがねの釜を掘り当てました。輝きの効果線が描かれていないので普通の釜に見えますね。 国立国会図書館デジタルコレクションより 郭巨郭巨は後漢の人なり 家貧にして老母をやしなふ事ならざれば三才の小児をうづめんとしければ 小金の釜をほり得たり天の孝子を恵むところにて いと有難きなりし ーーー こちらは柳下亭種員の郭巨。景気よく光り輝いています。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・13 王祥

    鯉が池から元気に飛び出してます。王祥。 国立国会図書館デジタルコレクションより 王祥王祥は晋の世の人なり 継母につかへて能く孝道をつくし寒天に望み鯉を欲しければ あかはだかにて氷に臥し鯉を求て母にすすめける ーーー 修身二十四孝の王祥。こちらも鯉が飛び出す系。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・12 朱寿昌

    生き分かれた母に会いに行く朱壽昌。 国立国会図書館デジタルコレクションより 朱壽昌朱壽昌七歳のとき新に父美女を求て朱壽昌の実の母を去たり後数年を経 官を辞し遂に母を尋ぬ ーーー これは仲由かと思いましたが、お米を背負ってないから違いました。50年ほど産みの母とは離れて暮らしていたはずの朱壽昌ですが、若々しく描かれているので余計仲由と紛らわしいです。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・11 呉猛

    親が蚊に刺されないように自分の血を蚊にささげた呉猛。 国立国会図書館デジタルコレクションより 呉猛呉猛は八才なりし 家貧して蚊帳無ればあかはだかにて父母の旁に臥して蚊に飽かしめ身を以て父母の蚊を防ぎしと ーーー 子どもに大変な苦労を掛けて、平気で寝てる親。この親も幼少期、自分の親のために裸で夜を過ごしたのでしょうか。それはなさそうですね。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・10 唐夫人

    唐夫人。 国立国会図書館デジタルコレクションより 唐夫人唐夫人は姑につかへて孝養怠なく姑年老て乳をたしみければ日毎に我乳を含て養ひしとなり (たしむ・・・強く好む) ーーー 女同士と言ってもイヤよねー。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・9 陸績

    陸績。 国立国会図書館デジタルコレクションより 陸績陸績は三国の人なり六才のとき袁術の方にゆきて橘を懐にしたり袁術憤りければ持帰て母に進(すすめ)んとしたる由を語りたり ーーー 陸績と袁術のエピソードを60文字以内にまとめよ、という問題が出たら上記をコピペしましょう。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・8 江革

    彫刻では見る機会の少ない江革。 国立国会図書館デジタルコレクションより 江革江革乱を避て母をともなひ他国に行き 世治り帰るに及び車にのせ自から牽帰れり ーーー 説明みじかっ。戦争が始まったのでお母さんとよその国に逃げました。落ち着いたので車に乗せて帰りました。・・・後世に残る孝子のエピソードとしては、これだけでは弱いと思うの。 詳しいお話は岡田玉山の江革をどうぞ。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・7 剡子

    剡子。 国立国会図書館デジタルコレクションより 剡子剡子は母としよりて目を病みしに 鹿の乳に非ざれは治しがたしとて鹿の皮を被り山中に入 鹿に交りて乳を求めける ーーー 猟師に本物の鹿と間違われて射殺されそうになったので、事情を説明しているシーンですね。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・6 董永

    借金返済を手伝ってくれた織姫を見送る董永。 国立国会図書館デジタルコレクションより 董永董永は後漢の人なり ちち死せしに葬る事あたわず 或家に身をひさきて金を得 父を葬りたりしが あるとき美女来り 三百匹のきぬを織りて董永の負債をつくのい われは天帝のおり女なりしが汝の孝心を憐み我をしてかくの如くなさしめしとて終に去れりと ーーー お馴染み、織姫が天に帰っていくシーンですね。部屋の中には機織り機がちらっと見えます。董永のわきにはよくある反物ではなく鍬が置いてありますね。明日からはまた農作業に専念するのでしょうね。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・5 仲由

    仲由。右側のお母さんを見て、左の人物は朱寿昌かと思いましたが、よく見ると米俵を背負ってます。 国立国会図書館デジタルコレクションより 仲由仲由母歿して後高官となりしが むかし貧賤なりし時父母の在せしを常に慕へり ーーー 書籍/修身二十四孝の仲由。左右逆の構図ですね。米俵もわかりやすいです。 仲由は孔子の弟子であること、米を運ぶ仕事をして親を養っていたこと、国王に仕えて出世し富裕となったこと、でも両親との昔の生活を懐かしみ悲しんだことなど、コンパクトにまとめられています。「ゑほん廿四孝」の文章はちょっとコンパクトすぎのような。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・4 閔損

    冷たい継母をかばう閔損。 国立国会図書館デジタルコレクションより 閔損閔損幼なるとき母死し父の後妻閔損を悪(にく)み あしの穂を綿にしたる衣を着せたれば父は之を見 大に憤(いか)り後妻を去らんとせしかば父に向ひて継母の罪を詫けり かく患難せしに少しも怨る心なく反て父を諫めしは実に希なる孝子なり ーーー 閔損が丸っこくて栄養状態良さそう。追い出されかけた母親は、横で泣いているパンダみたいな子供の他にもう一人、胸に乳児を抱いていると思われます。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・3 曽参

    今日は曽参です。 国立国会図書館デジタルコレクションより 曽参曽参は大孝の人なり ある時薪を取らんとて山へ行しに後へ母の親友来ければ母は曽参の帰らんことを欲しければ山中にて心(むね)を痛み速(すみやか)に帰りたり ーーー 「母親が指を噛んだ」という大事なポイントは大胆にカットされてますね。 曽参が山へ薪採りに行ってる間に来客があり、おもてなしが出来なくて困った母親が「曽参、早く帰ってきておくれ」という願いを込めて自分の指を噛みました。その願いが親思いの曽参に伝わって、曽参は胸騒ぎを感じて急いで山から帰った、というお話です。 さて中国では指を噛んで祈る風習があったんでしょうか。

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・2 漢文帝

    飲み物を運ぶ漢文帝。絵の中には描かれていませんが、病床の母親のところへ運んでいます。 国立国会図書館デジタルコレクションより 漢文帝漢文帝は高祖の中なり 母薄(はく)大夫人につかへて至孝なり母病賜ふ時自ら湯薬を嘗め賜へりと ーーー

  • 書籍/ゑほん廿四孝(竹内栄久)・1 大舜

    明けましておめでとうございます。今年も二十四孝の世界を堪能していきたいと思います。よろしくお願いいたします。 さて2023年の記事は大舜(虞舜)で始まります。 国立国会図書館デジタルコレクションより 虞舜虞舜は瞽䏂(こそう)の子にして名を重華(ちょうか)と云ひ父瞽䏂 後妻に惑ひ次子象(しょう)と重華を殺さんとす然るに少しも父の意(こころ)に違はず孝悌を盡したりある時歴山に耕しけるに象(ぞう)来り 又鳥来りて其(その)力を助けしと後天子となれり ーーー >父瞽䏂 後妻に惑ひ 次子象(しょう)と 重華を殺さんとす 「えほん」と言うから文章もお子さま向けかと気を抜いたら、のっけからサスペンスモードで…

  • ゑほん廿四孝/ 竹内栄久(1885)

    明日元日からは書籍のご紹介をします。「ゑほん廿四孝」明治18年(1885)出版。出版者・島鮮堂。 編集は竹内栄久さん。左の絵は「帝舜有虞氏」。二十四孝の書籍ではよくトップを飾る大舜ですね。でかでかとスタンプが押してある。なぜわざわざ皇帝の顔の上に。 [絵本] 〔3〕廿四孝:国立国会図書館デジタルコレクションより 竹内栄久さんで検索すると梅堂国政、三代国貞、一寿斎、香蝶桜、豊斎、芳斎などいろんな名前をお持ちの絵師だったようです。生没:嘉永1年(1848)~大正9年(1920)

  • 太田市 長建寺・4 郭巨(完)

    長建寺の二十四孝彫刻、ラストは郭巨。 これは渓斎英泉の郭巨を参考にしているようですね。釜の輝きと郭巨の両手の動きが特徴的です。 早稲田大学図書館古典籍総合データベースより 所沢市・東光寺の彫刻の郭巨も渓斎英泉風です。 ーーー 太田市長建寺の二十四孝彫刻 終 ーーー

  • 太田市 長建寺・3 剡子

    内陣左側の剡子。不鮮明ですみません。数枚写真撮った中でこれが一番マシだったという悲しさ。 説明版では「武人と少年」になってますが、右側の人は猟師さんですね。剡子は右手に鹿の乳を入れる容器を持っています。猟師は左手に弓を持ち、背中には矢がたくさん見えます。

  • 太田市 長建寺・2 楊香

    トラを追い払う楊香。反射で右側が消えてますが本当はちゃんとした欄間です。 お父さん這いつくばってます。

  • 太田市 長建寺・1 大舜

    外陣左側には大舜。本堂入り口のガラス越しに撮影。160年前の彫刻ですが建物の中なので破損や劣化が少なくて嬉しいですね。できれば間近で拝見したいものです。 大舜は鍬で畑を耕していたり、木に立て掛けていたり、地面に置いていたり。担いでいるのはどちらかというと少数派。 長建寺の大舜同様に、鍬を担ぐ烏峠稲荷神社の大舜。

  • 太田市大原町 長建寺(ちょうけんじ)

    太田市の長建寺。 本堂の前には欄間彫刻の説明版。 二十四孝の彫刻は大舜、楊香、剡子(武人と少年)、郭巨の4点です。明日からご紹介いたします。 東武線藪塚駅への帰り道、今まで見た中でいちばん大きな「佐渡の赤石」を見かけました。たしか現在は採取禁止になっている貴重な石です。東京都の清澄庭園の赤石もこんなに大きくはなかったと思います。 奥のほうにも赤石が見えますね。ここは何の会社だったのかな。造園関係かな。

  • 太田市 長良神社・3 大舜(完)

    大舜。今一つ覇気が感じられない。 渓斎英泉の「大舜」を反転したような構図ですね。 彫刻のほうの大舜は疲れているのか、虚ろな表情。「象さん、適当に耕しておいてー。僕疲れたからちょっと休むわ」。 冷酷な親に殺されかけるし、一人で農作業もしてるし。厭世観が漂ってもやむなし。 鳥は二羽かな? こちらは高虫氷川神社の大舜。象さんに関して、身体の向きは逆ですがデザインはほぼ同じ。 ーーー 太田市長良神社の二十四孝彫刻 終 ーーー

  • 太田市 長良神社・2 郭巨

    郭巨。釜の黒い部分がところどころ剥がれて花柄みたい。 郭巨の烏帽子は赤いリボン付き? 郭巨、福々しい体格で極貧には見えない。奥さんも丸っこいし。

  • 太田市 長良神社・1 楊香

    楊香。トラにがぶっと腕を嚙まれているように見えます。お父さんはひ弱なタイプです。 AI判定(?)により、噛まれてはいなかったことが判明しました。 できればもう少し、楊香の腕の部分とトラの口の中の色を分かりやすく塗り分けてほしいですねー。 本来はこんな感じでトラの頭の上に手を置いているんだと思うの。

  • 太田市古戸町 長良神社(ながらじんじゃ)

    群馬県太田市の長良神社。太田市内には長良神社がたくさんあります。こちらは古戸町のの長良神社です。画像右端に見える最寄りのバス停は「古戸神社前」です。 拝殿はそこそこ古びて落ち着いた趣き。でも裏に回ると・・・。 着色された本殿登場。中でもひときわ目を引く青い龍。 色が目立つだけに、龍の胴体が切れてて痛々しい。 この青は、まるでコバルトヤドクガエルの色。 ヤドクガエルのデザインを見ると、造物主の色彩感覚にひれ伏すしかないですね。 こうして比べてみるとアマガエルの色は大人しい。 二十四孝の彫刻は楊香、郭巨、大舜の三点です。明日から紹介いたします。

  • 甲州市 初鹿野諏訪神社・楊香

    楊香の位置はここですね。瑞垣があるので撮影しにくいところです。 右側から見るとこんな感じ。虎に立ち向かう楊香。 左から見たところ。ピンぼけ。右端には木のかげに隠れる父親がいるようです。 こちらは岐阜県の手力雄神社の楊香。初鹿野諏訪神社の楊香もこの構図ですね。振り向くトラ、両手を上げる楊香、木の陰に隠れる父親。 昨年撮影した説明版。「虹梁と茨棰(いばらたるき)の間は獏を追う老若男子の彫刻で埋める」。 とがってる部分のある垂木を「いばらたるき」というのね~。初めて知りました。 社寺彫刻の獏と虎はあんまり似てないような。父親もこそこそ隠れて全く追いかけてないし。こういう説明版のミスって集めたら結構な…

  • 山梨県甲州市 初鹿野諏訪神社(はじかのすわじんじゃ)

    JR東日本・中央本線の甲斐大和駅の近くの初鹿野諏訪神社。 奥の線路わきにはジャンボ切り株。昔杉の巨木が立ってたそうです。 本殿の彫刻に圧倒されます。圧倒されて、一年前に参拝した折には楊香の写真だけ取り忘れてしまいました(楊香を見に行ったのに)。彫刻はほぼ中国の故事を題材にしたもののようですね。 説明版の文末には朴の木にまつわる恐ろし気な曰くがさらっと書かれています。「不祥の事件」とは今までに何があったのか気になります。 重箱の隅をつつきますが、「朴」の読み方は「ほう」ではなくて「ほお」だと思うの。 本殿の裏側にしめ縄がめぐらされている木があります。これがご神木の朴の木ですね。山梨県最恐の祟りの…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・24 蔡順(完)

    蔡順。どこに桑の木があるのかしら。賊のアジトに連れてこられたのかしら。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Picking up Mulberry Seeds to Suppost(Support?) His MotherTsai Shun, a father less boy at his earlyage, of the Han dynasty served his mother veryfaithfully. He met with the rebellion of WangMang. During the scanty year picked upmulberry see…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・23 老莱子

    親の前で、子どものようにわざと転んで泣く老莱子。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより To Amuse His Parents by Playing Varingated(Variegated?) ColoursLao Lai-tzu of the Chou dynasty was veryfaithful to his father and mother, whom he served with sweet delicacies. When he was seventy years of age, he neverlooked upon himself as an old ma…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・22 黄山谷

    黄山谷。「ご主人様、私が洗いますのに・・・」というセリフが聞こえてきそうです。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Cleaning Urine Pot in PersonHuang Ting-Chien of the Sung dynastyserved as the imperial historian in the raign(reign?)of Yuan Yn(1086) Though noble and distin-guished, he waited on his mother very sincerely;for his character was exceedi…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・21 孟宗

    孟宗です。吹雪の山中で筍を探すイメージの強い孟宗ですが、この絵では庭先のようです。雪もなく、暖かそうな日和に見えます。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Crying before bamboo and the Growing of ShootsMeng Tsung of the Chin dynasty lost his father in youth. His mother was advanced inyears and broken down in her health. One winter day she wanted to have some soupmade o…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・20-下 唐夫人(2)唐夫人は崔山南の嫁?祖母?

    唐夫人の配偶者について。これまで見てきた書籍ではどう説明されているか復習してみます。 1・唐夫人は唐の代、崔カン(さいかん・崔琯?)といへるものの妻なり。姑ちょう夫人 年老ひて歯一枚もなし。食物も食らうことあたはず。されば嫁の唐夫人これに仕へて至孝なれば・・・(略)(漢土二十四孝伝・24) 2・唐夫人は唐の博陵(はくれう)なる崔南(さいなん)といふ人の妻なり 姑の長孫夫人に仕へて 孝を尽くす(修身二十四孝・10) 3・唐の崔山南が曾祖母 長孫夫人 年たけて歯無し 祖母唐夫人毎日櫛洗(せつせん)して堂にのぼり その姑(こ)に乳(にゅう)す(初頴日記故事・10)漢文より 4・唐夫人は。唐の博陵なる…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・20ー上 唐夫人(1)

    お姑さんに尽くす唐夫人。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Feeding Her Mother-in-law with Milk Without Showing Any Fatinue(Fatigue?)Tseui San Nan of the T'ang dynasty was thegreat grandson to Madame Chang Sun who wasaged dnd(and?) toothless and grand on to MadameT'ang who appeared at the hall every morningright after th…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・19 陸績

    黙って橘の実を持ち帰ろうとして袁術に咎められる陸績。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Oranges Hidden Away for MotherLoh Chi of the later Han dynasty was at stx(six?)years of age brought to Kiukiang to visit Yuan Shu, who gave him some oranges to eat. He kepttwo of them away. When bouing(bowing?) to bid fare-well to Yuan for homeward…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・18 楊香

    虎にまたがりこぶしを振り上げる楊香。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Caiehing(Catching?) Hold of Tiger to Save His FatherYang Hsiang, a boy of fourteen of the Chindynasty used to follow his father Fang to thefield for reaping harvest. One day his father was caught and draggedaway by a tiger, in the meantime Hsiang hadnot ev…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・17ー下 郭巨(2)黄金一釜の謎

    昨日に続き、郭巨の「黄金一釜」について。下の絵は今回の中国古代二十四孝全図の郭巨の挿絵から。妙な物体が二つ並んでますね。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより ↓さてこちらは手持ちの中国の本「二十四孝図絵本三種」より。 郭巨が掘った穴の拡大図。これも釜ではなく、中国古代二十四孝全図の物体となんとなく似ているものが穴の中にゴロゴロ。 これは金元宝と呼ばれる中国の昔の金貨。郭巨はどうやらこれを掘り出したようですね。 PNG Designed By 699pic from https://pngtree.com/freepng/gold-ingot_5617667.html?sol=do…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・17ー上 郭巨(1)

    貧~しさに~負けた~~郭巨。でも天が救ってくれました。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより To Bury His Son Alive for Mothe's(Mother's?) Sake Kuo Ku of the Han dynasty was poor in his family. He had a three-year-old boy. whomHu's mother used to feed with the little foodshe spared. Ku said to his wife "So destitute I an(am?) and unable to…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・16 閔損

    意地悪な継母の仕打ちにも不平を言わず仕える閔損。気づいた父親が継母を追い出そうとしますが、閔損が幼い弟たちのために引き止めます。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Obedient to Mother in Spite of Thin Clothing Min Sun aliai(alias?) Tsu-Chien, of the Choudynasty met with the death of his mother whilea mere boy His father married a second wifewho gave birth to two sons. Bein…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・15 曽参

    胸騒ぎを感じ、山中から薪を背負って家に飛んで帰ってきた曽参。母の身に何が・・・⁉(お客さんが来て帰ってっただけ) 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Finger-biting Causing Heart-ache Tseng Shun, alias Tze Yu, of the Chou Stateserved his mother with all faith fulness. Oneday, when he was out cutting wood among themoutnains'(mountains?) there came a visitor to his hou…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・14 姜詩

    奥さんと水辺で和やかに談笑する姜詩。水面には魚が二匹飛び跳ねています。室内にいると思われる母親の姿は描かれていませんが、奥さんが汲んだ水は母親のため。魚もこれから捕まえられて捌かれ、母親の食卓へ。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Bubbling Fountain and Jum Ping(Jumping?) Carp Chiang Shih of the Han dynasty served hisfather very faithfully. His wife P'ang servedhis mother-in-law with more care. His mother…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・13 黄香

    黄香。お父さんは、息子が父親の寝床を扇いでいるのをぼーっと眺めて待ってます。団扇持ってるならせめて一緒に扇げばよさそうなものなのにね。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Fanning the Pillow and Warming the CoverletHuang Hsiang of the lathe(late?) Han danasty(dynasty?) losthis mother in his ninth year. His vaguerecollection of her image was so vehement thathe was praised by hi…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・12 ゆ黔婁

    ゆ黔婁。日本の書籍や彫刻では夜空を見上げて星に祈る場面が多いですが、中国の書籍では父の部屋の外で便のテイスティング(?)しているところを見かけます。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより To Taste Manure Caused Heart-GriefYu Chien Lon of the South Chi State seaved(served?)as the magistrate to Ch'ang Lin District. Lessthan ten days after taking ove(over?) charge, owingto s sudden attack…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・11 朱壽昌

    母親に会いにはるばるやってきた朱壽昌。お母さん、こんな細い杖で身体を支えられるんだろうかとちょっと気になります。ポキッといきそう。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Renouncing Officialdom but Looking Around for His Mother When seven years old, Chu Shou Chang ofthe Sung dynasty departed from his ownmother, who was compelled to get remarriedbecause of his legal mother's jea…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・10 王祥

    王祥。上着を着てますね。身体のためには一枚羽織っていたほうがいいですね。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより To Procure Carps by Laying down upon the Ice Wang Hsiang, alias Hsin Cheng, of the Chindynasty suffered from the early decease of hismother. His step-mother Chu was very unkindto him and used to speak evil of him to hisfather, whose love.…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・9 呉猛

    蚊の大群に襲われながらも読書に励む呉猛くん。眠くても痒くて熟睡できないね。かわいそう。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Allowing Mosquitoes' Bite to Saitsfy(Satisfy?) Thirst for Blood When eight years old, Wu Meng of the Chindynasty served his parents very faithfully.With a poor family, there was no curtain fortheir bed.In summer evenings, the mosqu…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・8 董永

    董永。彫刻や挿絵ではお別れのシーンが多い二人ですが、これは出会いのシーンでしょうか。いきなり美女にプロポーズされ、借金返済も手伝ってもらえるなんて。人生最高の瞬間ね。すぐ終わっちゃったけどね。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより To Sell Oneself for Father's Funeral Kxpenses(Expenses?) Tung Yung of the Hon dynasty, with a poorfamily, sold himself for a certain amount ofloaned wages to get his father burie…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・7 仲由

    仲由。朱壽昌かと思ってしまいますが。出迎えてくれたのが母親だけでなく父親もいますから仲由ですね。朱壽昌なら母親だけ、もしくは母親と母親の従者で、父親は登場しません。日本人の描く仲由は米俵を背負っていることが多いですが、中国の絵だと、この挿絵のように布の袋のことが多いです。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Carrying Rice for Parents Chung Yiu, alias Tze Lu, of the Chou Statehad a poor family, who used to feed themselveson caltrop and luguminou…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・6 江革

    母を背負って戦場から避難の途中、賊に襲われる江革。中国古代二十四孝全図、これまでのところ絵を見れば孝子の誰なのか、すぐにわかりますね。日本の書籍の絵と大きく違うこともありません。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより To Work as a Servant to Support His Mother Kiang Ko of the later Han dynasty waswhile very young, left an orphan by the deathof his father. He lived with his mother alone.At that time t…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・5 剡子(たんし)

    鹿の格好をして山に入った孝行息子。漢文では「剡子」、英文では「タンシ」になってます。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより To Serve Parents With Deer's MilkTan Tzu of the Chow dynasty was very filialin nature. His parents were so old that theireyes grew dim. They had a desire to drink thedeer's milk, or rather a remedy for eyes cure. Tan Tzu, then putti…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・4 丁蘭

    両親の像を彫って祀った丁蘭。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Wood Carved for Parent's Worship Ting Lan of the Han dynasty lost hisparents, in his early youth. Impossible to servethem both, he devised to carve a piece of woodinto his parents' image, which he should serveas if the deceased were alive in order to fulfillhi…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・3 王裒

    母の墓前で跪き語り掛ける王裒。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより Hearing the Thunder and Weeping before the Tomb Wang Pau of the Wei dynasty served hisfather and mother very faithfully. His mother,in her life time, was much afraid of thunder.After she was dead, and buried in the deep ofmountain forest, whenever thunder was…

  • 博物館展示品:王史二氏墓誌銘稿巻(黄庭堅)

    親の下の世話を自ら行った、親孝行な黄庭堅(黄山谷)の書。ただいま上野の国立博物館で鑑賞できます。東洋館8室で2022/09/21~10/16まで。 犬養毅氏もご覧になったとのこと。横に長~い書でした。

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・2 漢文帝

    漢文帝。母親の薄太后に湯薬を自ら運ぶ、孝行な帝。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより To Taste the Medicine in Person(親嘗湯薬) Emperor Wen Ti named Heng of the Han dynasty was the third son of Kao Tzu andwas begotten by his mother afterwards calledEmpress Dowager Po seeondary(secondary?) wife to KaoTzu Prior to his accession to the thron…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図・1 大舜

    エンペラー・シュン。舜も象も一仕事終わって休憩中かしらね。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより 気分転換で今回は英文を書き出します。 THE TWENTY FOUR CASES OF FILIAL PIETY Filial Piety Moving Heaven to Sympathy (孝感動天) Emperor Shun, the son of Ku So, of the Yudynasty was veryfilial in nature; but his fatherobstinate, his mather ill-tempered, and hisyounger br…

  • 書籍/中国古代二十四孝全図(出版者、出版年不明)

    明日から「中国古代二十四孝全図」を紹介していきます。 中国古代二十四孝全図 "The Twenty four cases of Filial Piety" (filial piety=孝行) 「早稲田文庫」という朱印が押してありますね。どこの国で出版された本なのかしら。 左頁に上下二人の孝子、右頁には漢文と英文が書かれてます。 画像は「早稲田大学図書館古典籍総合データベース」より 明日、トップは大舜からですね。1番大舜、2番漢文帝という順番が多いですね。

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・24 陸績 (完)

    陸績。床に2~3個橘の実が・・・転がってませんね。 国立国会図書館デジタルコレクションより 陸績孝悌皆天性 人間六歳児 袖中懐緑橘 遺母報含飴 陸績。六歳の時。袁術と。いふ人の所へ行き侍り。袁術陸績がために。菓子に橘を出せり。陸績これを三つ取りて。袖に入れて帰るとて。袁術に礼をいたすとて。たもとより落とせり。袁術これを見て。幼き人に似あはぬ。事といひ侍りければ。あまりに見事なるほどに。家に帰り。母に与へんためなり。と。申し侍り。袁術。これを聞きて。幼き心にて。かやうの。心づけ。古今まれなりと。誉めたるとなり。さてこそ。天下の人。彼が孝行。なりつることは知りたるとなり ーーー 日光市輪王寺糸割符…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・23 黄山谷

    かいがいしく母親の世話をする黄山谷。 国立国会図書館デジタルコレクションより 山谷貴顕聞天下 平生孝事親 汲泉涓溺器 婢妾豈無人 山谷は。宋の世の詩人なり。今に至りて。詩人の。祖師といはるる人なり。あまた使ふ人も多く。また妻もありといへども。自ら。母の大小便の器物を取り扱ひて。けがれたる時は。手づから是を洗ひて。母に与(へ)。朝夕に。よく仕へて。怠ることなし。されば一をもって。万を知るなれば。そのほかの孝行をしはかられたるとて。この人の孝義。天下にあらはれたるとなり。この山谷のことは。世人にかはりて名の高き人なり ーーー

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・22 田真・田廣・田慶

    木にも心があるのを知り、伐採するのをやめた田真兄弟。 国立国会図書館デジタルコレクションより 田真・田廣・田慶海底紫珊瑚 群芳總不如春風花満樹 兄弟復同居 田真。田廣。田慶。この三人は兄弟なり。親に後れて後は。親の財宝をも。三つに分けてとれるが。庭の前に紫荊樹とて。枝葉さかへ。花も咲き乱れたる木一本あり。これをも三つに分けて取るべしとて。三人詮議しければ。夜の間に枯れたり。田真これを見て。草木心ありて。切り分かたんといへるを聞ひて。枯れたり。まことに人として。是をわきまへざるべしやとて。分かたずしてをきたれば。また再びもとのごとくさかへたるとなり。まことに兄弟。あまたあれども。根本は。親の恩な…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・21 張孝張礼

    親思い、兄弟思いの張孝張礼。 国立国会図書館デジタルコレクションより 張孝張礼偶値緑林児 代烹云痩肥人皆有兄弟 張氏古今稀 張孝。張礼は。兄弟なり。世間飢饉の時に。八十余りの母を養へり。木の実を拾いに行きたれば。一人たへ疲れたる者来て。張礼を殺して。食らはんといへり。張礼云やう。我老いたる母を持てり。今日いまだ食を参らせさりつる程に。少の暇を給れ。母に食物を参らせて。やがて参らん。もしこの約束を違へは。家に来て一族まで殺し給へと云て帰り。母に食をすすめて。約束のごとく。彼の者の所へ至りけり。兄の張孝是を聞きて。また跡より行て云やうは。我は張礼よりこへたる程に食するによかるべし。我を殺して張礼を…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・20 呉猛

    呉猛。子どもの自己犠牲の上に成り立つ親孝行は痛ましいものです。 国立国会図書館デジタルコレクションより 呉猛夏夜無帷帳 蚊多不敢揮恣渠膏血飽 免使入親闈 呉猛は。八歳にして。孝ある人なり。家まどしくして。よろづ心に足らざりけり。されば。夏になりけれども。(し)帳もなし。呉猛自ら思へり。我衣を脱ぎて。親に着せ。我が身はあらはにして。蚊にくはせたらば。蚊も我身を食らひ。親を親をたすけむと思ひ。すなはちいつも。夜もすがら。裸になり。我身を蚊にすはせて。親の方へ。蚊の行ぬやうにして。仕へたるとなり。いとけなきものの。かやうの孝行は不思議なりしこと共なり ーーー

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・19 ゆ黔婁

    ゆ黔婁。 国立国会図書館デジタルコレクションより ゆ黔婁到縣未旬日 椿庭構疾深願将身代死 北望起憂心 庾黔婁は南斉の時の人なり。「せんりよう」といふ所の。官人になりて。すなはち「せんりやう県」へ至りけるが。いまだ十日にもならざるに。たちまちに。胸騒ぎしけるほどに。父の病み給ふかと思ひ。官を捨てて帰りければ。案のごとく。大きに病めり。黔婁。医師に。よしあしを問ひければ。医師。病者の。糞を甞めて見るに。甘く。苦からば。よかるべしと。語りければ。黔婁。やすき事とて。嘗めてみれば。味わひよからざりけるほどに。死せん事を悲しみ。北斗の星に祈りをかけて。身代はりに立たんことをいのりたるとなり ーーー 病気…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・18 蔡順

    蔡順。 国立国会図書館デジタルコレクションより 蔡順黒椹奉親闈 啼飢涙満衣赤眉知孝順 牛米贈君帰 蔡順は。汝南といふ所の人なり。王莽(わうまう)といへる人の時分の末に。天 大に乱れ。また飢饉して。食事に乏しければ。母のために。桑の実を拾ひけるが。熟したると。熟せざるとを分けたり。この時。世の乱れにより。人を殺し。剥ぎ取りなどするものども来たつて。蔡順に問ふ様は。何とて。二色に拾ひわけけるぞといひければ。蔡順一人の母をもてるが。この熟したるは。母に与へ いまだ熟せざるは。我ためなりと語りければ。心強き不道の者なれども。彼が孝行を感じて。米二斗と。牛の足一つ。与へてさりけり。その米と牛の腿とを。母…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・17 剡子

    鹿の格好をして山にいたら、狩人に殺されそうになった剡子。 国立国会図書館デジタルコレクションより 剡子老親思鹿乳 身掛褐毛衣若不高聲語 山中帯箭帰 剡子は。親のために命を捨てんとしけるほどの。孝行なる人なり。そのゆへは。父母老ひてともに両眼をわづらひしほどに。目の薬なるとて。鹿の乳をのぞめり。剡子。もとより孝なるものなれば。親の望みを叶へたく思ひすなはち鹿の皮を着て。あまた群がりたる。鹿の中へまぎれ入侍れば。狩人是を見て。まことの鹿ぞと心得て。弓にて射んとしけり。その時。剡子。これはまことの鹿にはあらず。剡子と云ふ者なるが。親の望みをかなへたく思ひ。いつはりて。鹿の形となれると。声をあげていひ…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・16 朱壽昌

    幼いころ生き別れになった母親に会いに行った朱壽昌。 国立国会図書館デジタルコレクションより 朱壽昌七歳生離母 参商五十年一朝相見面 喜気動皇天 朱壽昌は。七歳の時。父。その母を去りけり。されば。その母をよくしらざりければ。この事を嘆き侍れども。遂に会はざる事。五十年に及べり。ある時。壽昌官人なりといへども。官禄をも捨て。妻子をも捨て。しん(秦)と云ふところへ。たづねに行けるとて。母に会はせて給へとて。自ら。身より血をいだして。経を書きて。天道へ祈りをかけて。たづねたれば。こころざしの深き故に。つゐにたづねあへるとなり ーーー

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・15 郭巨

    郭巨。釜が巨大な栗に見えます。 国立国会図書館デジタルコレクションより 郭巨貧乏思供給 埋児願母存黄金天所賜 光彩照寒門 郭巨は。家貧しくして。母を養へり。三歳の子を持てり。郭巨が母。かの孫をいつくしみ。我が食事をわけてあたへ侍り。あるとき郭巨。妻に語るやうは。母の食事さへ心に足らずと思ひしに。その内をわけて。孫に給はれば。さぞ乏しかるべし。所詮。わが子の有し故なり。汝と夫婦たらば。子は二度あるべし。母は二度あるべからずとて。夫婦ともに。この子を埋づみに行き侍り。郭巨。涙ををさへて。少しほりたれば。黄金の釜掘り出せり。其の釜に。不思議の文字あり。その文に。天孝子。郭巨に賜ふ。官。奪ふことを得ざ…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・14 王裒

    母の墓前で亡母に話しかける王裒。 国立国会図書館デジタルコレクションより 王裒慈母怕聞雷 冰魂宿夜台阿香時一震 到墓遶千廻 王裒は。営陰といふ所の人なり。父の。王義。不慮の事によりて。帝王より法度に行はれて。死にけるを恨みて。一期の間その方へは。向かふて座をせざりしなり。父の墓所にゐて。ひざまづき。礼拝して。柏の木に取り付きて。悲しむ程に。涙かかりて。木も枯れたるとなり。母(は)常に。雷を。恐れたる人なりければ母むなしくなれる後にも。雷電しける折には。急ぎ母の墓所へ行き。王裒是にありとて。墓をめぐり。死したる母に力を添へたり。かやうに死して後まで。孝行をなしけるを以て。いける時の。孝行までをし…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・13 黄香

    黄香。 国立国会図書館デジタルコレクションより 黄香冬月温衾煖 夏天扇枕涼児童知子職 千古一黄香 黄香は。あんりやうといふ所の人なり。九歳の時。母に後れ。父によく仕へて。ちからをつくせり。されば。夏のきはめてあつきおりには。まくらや床をあふひで。すずしめて。又冬のいたつて。さむき時には。ふすまの。つめたきことをかなしみて。わが身をもつてあたためて。あたへたり。かやうに。孝行なるとて。太守劉讙(りゅうかん)といひし人。札を立てて。彼が孝行を褒めたるほどに。それよりして。人みな黄香こそ。孝行第一の。人なりとしりたるとなり。 ーーー 日光市輪王寺糸割符灯篭の「黄香」。 匝瑳市飯高神社の「黄香」。

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・12 董永

    董永。天に帰る織姫を見送るシーンですね。 国立国会図書館デジタルコレクションより 董永葬父貸方兄 天姫泊上迎織絹償債主 孝感盡知名 董永は。いとけなき時に。母に離れ。家貧にして常に人に雇はれて。耕作をし。賃を取りて。日を送りたり。父老いて。足も立たざれば。小さき車を作りて。父を乗せて。田のあぜにをいてやしなひたり。有時父にをくれ。葬礼をととのへたく思へども。もとより貧しければ。かなはず。されば。りょうそく(料足)十貫に身を売り。葬礼をいとなみ侍り。さてかの銭主のもとへ行きけるが。道にて。一人の美女にあへり。かの人。董永が妻に成るべしとて。ともに行きて。一月にかとりの絹。三百疋織りて。主の方へ返…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・11 楊香

    父をかばい、トラに立ち向かう勇敢な楊香。 国立国会図書館デジタルコレクションより 楊香深山逢白額 努力搏腥風父子倶無恙 脱身纔甲中 楊香は。一人の父を持てり。あるとき父と山中へ行きしに。たちまち荒き虎に会へり。楊香は。父の命を失はん事を。恐れて。虎を追ひ去らせんとしけれ共。かなはざるほどに。天の御あはれみを頼み。乞ひ願はくは。我いのちを虎に与へ。父を助けて給へと。心ざしを深くして。祈りければ。さすが。天もあはれと思ひ給ひけるにや。今まで。猛き形にて。取り食らはんとせし虎。俄かに尾をすべて。逃げしりぞきければ。父子ともに。虎口の難を免れ。つつがなく。家にかへり侍るとなり。是ひとへに。孝行の心ざし…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・10 唐夫人

    唐夫人。 国立国会図書館デジタルコレクションより 唐夫人孝敬崔家婦 乳姑晨盥梳此恩無以報 願得子孫如 唐夫人は。姑。長孫夫人。としたけて。よろづ食事。歯にかなはざれば。常に乳をすすめ。あるひは朝毎に。髪をけづり。其ほかよく仕へて。数年養ひ侍り。ある時長孫夫人。わづらひつきて。此の度死せんと思ひ。一門一家を集めていへる事は。我が嫁。唐夫人の数年の恩情を。報ぜすして。今死せん事。残り多し。我が子孫の唐夫人の孝義をまねて有ならば。必ず。末繁昌すべしといひ侍り。かやうに姑に孝行なるは。古今まれなるとて。人みなこれをほめたるとなり。されば。やがて報ひて。末も繁昌すること きはまりもなく。ありけるとなり …

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・9 姜詩

    姜詩。姑のために泉で水をくむ奥さん。水面から魚が二匹顔を出してます。 国立国会図書館デジタルコレクションより 姜詩舎側甘泉出 一朝双鯉魚子能知事母 婦更孝於姑 姜詩は母に孝行なる人なり。母つねに。江の水を。飲みたく思ひ又生魚の膾を欲しく思へり。すなはち姜詩妻をして。六七里の道を。へだてたる江の水を。汲ましめ又魚の膾を。よくしたためて。与へ婦夫ともに。常によくつかへり。ある時姜詩が家のかたはらに。たちまちに。江のごとくして。水はきいで。朝ごとに。水中に鯉あり。すなはちこれを取りて。母に与へ侍り。かやうの不思議なることのありけるは。ひとへに姜詩婦夫の。孝行を感じて。天道より。あたへたまふなるべし。…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・8 老莱子

    派手な格好で踊る老莱子。70歳で派手に踊ったら、息切れて翌日寝込むんじゃない?で、親に看病してもらうのね。 国立国会図書館デジタルコレクションより 老莱子戯舞学嬌痴 春風動綵衣 双親開口笑 喜色満庭圍 老莱子は。二人の親に仕えたる人なり。されば老莱子。七十にして。身にいつくしき衣を着て。幼き者の形になり。舞ひたわぶれ。又親のために給仕をするとて。わざとけつまつきて。転び。いとけなき者の泣くやうに泣きにけり。この心は。七十になりければ。年寄りて。姿うるはしからざるほどに。さこそ。この形を親の見給はば。我が子の年よりたるを。悲しく思ひ給はむ事を恐れ。また親の年も寄りたると。思はれざるやうにとのため…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・7 王祥

    氷上の王祥。 国立国会図書館デジタルコレクションより 王祥継母人間有 王祥天下無至今河水上 一片臥冰摸 王祥はいとけなくして。母を失へり。父また妻を求む。その名を。朱子といひ侍り。継母の癖なれば。父子の仲をあしく言ひなして。憎ませ侍れ共。恨みとせずして。継母にもよく孝行にいたしける。かやうの人なるほどに。もとの母。冬のきはめて寒き折節。生魚をほしく思ひけるゆへに。肇慶府(ちょうけいふ)といふ所の川へ。求め行き侍り。されども。冬のことなれば。氷閉ぢて魚見えず。すなはち衣を脱ぎて。裸になり。氷の上に臥し。魚なきことを悲しみゐたれば。かの氷少しとけて。魚二つ。おどり出たり。すなはち取りて帰り。母に与…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・6 曽参

    曽参。薪取りの途中、胸騒ぎを感じて飛んで帰りました。母と息子の絆は深いものでした。来客のもてなしには間に合わなかったようですが。 国立国会図書館デジタルコレクションより 曽参母指纔方噛 児心痛不禁負薪帰未晩 骨肉至情深 曾参。ある時山中へ。薪をとりにゆき侍り。母留守にゐたりけるに。したしき友きたれり。これにもてなしたく思へども。曾参はうちにあらず。もとより家貧しければ。かなはず。曾参がかへれかしとて。自ら指を噛めり。曾参山に。薪を拾ひゐたるが。にはかに胸騒ぎしけるほどに。急ぎ家に帰りたれば。母ありすがたを。つぶさに語り侍り。かくのごとく。指を噛みたるが。遠きにこたえたるは。一段孝行にして。親子…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・5 閔子騫

    閔子騫。意地悪な継母にも優しく接する、仏のような閔子騫。 国立国会図書館デジタルコレクションより 閔子騫閔氏有賢郎 何曽怨晩娘尊前留母在 三子免風霜 閔子騫いとけなくして。母をうしなへり。父。また妻をもとめて。二人の子をもてり。かの妻。我が子をふかく愛して。継子をにくみ。寒き冬も。葦の穂を取りて。きるものに入れて。着せ侍る間。身も冷えて。たえかねたるを見て。父。後の妻を去らんとしければ。閔子騫がいふやうには。かの妻を去りたらば。三人の子。さむかるべし。今我一人。寒きをこらへたらば。弟の二人は暖かなるべしとて。父をいさめたるゆへに。是を感じて。継母ものちにへだてなく。いつくしみをくはへて。もとの…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・4 孟宗

    孟宗。右上にある家で母がタケノコを待ってます。 国立国会図書館デジタルコレクションより 孟宗涙滴朔風寒 蕭蕭竹數竿須臾春笋出 天意報平安 孟宗は。いとけなくして。父に後れ。ひとりの母をやしなへり。母とし老いて。常にやみいたはり。ものの味はひも。たびことにかはりければ。よしなきものを望めり。冬の事なるに。たけのこをほしく思へり。すなはち孟宗。竹の林に行き。求むれども。雪ふかきおりなれば などかたやすく得べき。ひとへに天道の御あはれみを頼み奉るとて。祈りをかけて大きに悲しみ。竹によりつきゐたりける所に。にはかに大地ひらけさけ。竹の子あまた生ひ出侍り。大きに喜び。すなはちとりてかへり。あつものに作り…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・3 丁蘭

    他界した母親の木像を作って、生きている人に対するように世話をした丁蘭。奥様は嫌々ながら、という表情。 国立国会図書館デジタルコレクションより 丁蘭刻木為父母 形容在日新寄言諸子姪 聞早孝其親 丁蘭は。かだい(河内)の。やわう(野王)といふ所の人なり。十五の年。母に後れ。長き別れを悲しみて。母の形を。木像に作り。生ける人に仕へぬるごとくせり。丁蘭が妻。有る夜のことなるに。火をもつて木像の面を焦がしたれば。瘡のごとくに腫れいで。膿血流れたり。二日を過ごしぬれば。妻のかしらの髪が。刀にて切りたるやうになりて。落ちたるほどに。驚ひて。詫び言をする間。丁蘭も奇特に思ひ。木像を大道へ移し置き。妻に三年。詫…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・2 漢文帝

    漢文帝。母親の薄太后に、帝自ら味見を済ませた食事を運んでます。 国立国会図書館デジタルコレクションより 漢文帝仁孝臨天下 巍々冠百王漢廷事賢母 湯薬必親嘗 漢文帝は。漢の高祖の。御子なり。いとけなき御名をば。ごう(恒)とぞ申はんべりき。御母。薄(はく)太后に。孝行なり。よろづ。食事を参らせらるる時。まづ。自ら聞し召し。こころみ給へり。兄弟もあまたましましけれども。此の帝ほど。仁義を行ひ孝行なるはなかりけり。この故に。陳平。周勃など。いひける臣下たち。王になし参らせたり。それより漢文帝と申侍りき。しかるに孝行の道は。上一人より。下万民まで有べきことなりと知るといへども。身に行ひ。心に思ひ入る事は…

  • 書籍/二十四孝 (中野市右衛門1632)・1 大舜

    一番初めは大舜。白象と黒象、鍬を担ぐ大舜。鳥は飛んでいるのと、枝でくつろいでいるのがいますね。 国立国会図書館デジタルコレクションより 大舜隊々耕春象 紛々耘草禽嗣尭登宝位 孝感動天心 大舜はいたつて孝行なる人なり。父の名は。こそうといへる。一段かたくなにして。母はかたましき人なり。 おととは おほひにおごりていたづら人なり。しかれども。大舜はひたすら。孝行をいたせり。あるとき。れきさんといふところに。耕作しけるに。かれが孝行を感じて。大象が来たつて。田をたかやし。又鳥飛来たつて。田の草をくさきり。 耕作のたすけをなしたるなり。さて其時の天下の御あるじをば。尭王と名付けたてまつる。姫君まします…

  • 二十四孝 出版社 中野市右衛門(寛永9、1632年)

    明日から、「二十四孝」 出版社 中野市右衛門 (寛永9、1632)を紹介していきます。かなり古い本ですね。 国立国会図書館デジタルコレクションより

  • 君津市 三石山観音寺・5 唐夫人 (完)

    ラストは唐夫人。左半分は大木ですね。この木の代わりにもう一つ二十四孝の彫刻を作れるような気がする。 お母さん貫禄ありますね。一方、嫁の乳を飲むお姑さんは小柄なのでまるで子供のようです。 ーーー 三石山観音寺の二十四孝彫刻 終 ーーー

  • 君津市 三石山観音寺・4 丁蘭

    両親の木像を敬う丁蘭です。 木像はお母さんだけだったり、両親揃っていたりします。こちらは両親バージョン。 お雛様みたい。隣人の張淑さんが怪訝に思うのもわかる気がする。

  • 君津市 三石山観音寺・3 孟宗

    真冬にタケノコを求めて竹林に来た孟宗。 雪が積もってます。 赤枠の中にタケノコ。袖の下に出っ張りがありますね。黄枠のあたりには鍬があったのかな?

  • 君津市 三石山観音寺・2 朱壽昌?それとも仲由?

    パッと見は朱壽昌。 でも仲由に見えなくもない。背負っているのは米袋なのか、旅の荷物なのか。 朱壽昌なら久しぶりに会う母親を見て腰を低くする図が多いんですよね。 母親の姿を確認する直前の朱壽昌? これは母親・・・ですよね?父親も一緒にいるなら仲由確定なんですが。やっぱりこの彫刻は「朱壽昌」・・・かな? おそらく朱壽昌だとは思いますが、確信が持てないのでタイトル保留にしておきます。

  • 君津市 三石山観音寺・1 郭巨

    釜を掘り当てた郭巨。 天に感謝する郭巨、幼子を抱いて釜のほうへ身を乗り出す妻。 郭巨の鍬がありますね。釜は形がよくわからないです。

  • 千葉県君津市 三石山観音寺(みついしやま かんのんじ)

    君津市の山の上のお寺、観音寺。大きな岩が圧巻です。 本堂には彫刻がいっぱいです。 正面の彫刻。龍虎とか、鳳凰が飛んできたり、亀に乗ったり、鶴の舞う仙人たち。 奥の院(といっても本堂からの登山時間は2-3分)には縁結び祈願のハンカチがたくさん結ばれてました。 二十四孝の彫刻は本堂の両側に5点ありました。明日からご紹介していきます。

  • 書籍/絵本二十四孝(岡田玉山)・24 黄庭堅 (完)

    トリは黄庭堅。 画像は「ARC古典籍ポータルデータベース」より 黄庭堅 滌親溺器 宋の黄庭堅字は魯直自ら山谷道人と号す。幼にして警悟。博学にして。文章をよくし。尤も詩に長ぜり。東坡の門に遊ぶといへども。其名を等くして。蘓黄と称せられ。天下の文宗たり朝につかへて官高く。家富み。親に孝を尽せり。母病に臥し給ふ時は。其看病をつとめらるる事。最も篤く。昼夜かたはらに侍りて。衣帯を解かず。薬を煎じ。食をすすむるより。大小便をとりて。清き水を汲。其器を滌ふなどに至るまで。みなみづからせられける。これを以て。其孝心の程をおもふべし。もとよりあまたのめしつかひ有。富貴の身にして。其労を厭はれざる事。ありがたき…

  • 書籍/絵本二十四孝(岡田玉山)・23 孟宗

    泣いている孟宗。 画像は「ARC古典籍ポータルデータベース」より 孟宗 泣竹生笋 呉の孟仁 本の名は宗といふ 字は恭武。江夏の人なり。少して学をつとめ。孫皓につかへて司空となれり。呉滅て晋に降り。監池司馬とて。池奉行となるにより。手づから網して魚を捕。鮓に調へ。母におくりけるに。母うけず。推還していはく。其奉行し守る所の魚を捕。我におくれる事。他人は官の魚を盗取たりなど。疑を生ずべし。已後其職に居る間は。かかるものをおくるべからずといましめたり。賢母といふべし。此母。笋を食する事を好みけるが。冬の比病に臥。熱におかされて。すずろに是を望聞ゆるにぞ。孟宗孝心深き人故。遠く竹林を求入。雪に立。天に…

  • 書籍/絵本二十四孝(岡田玉山)・22 丁蘭

    丁蘭。隣人トラブルバージョン。絵の中には丁蘭本人は不在。 画像は「ARC古典籍ポータルデータベース」より 丁蘭 刻木祀親 漢の丁蘭は。河内の人なり。少して父母を喪ひ。思慕のふかきより。木に刻て其かたちを造り。これに事ること生るにつかふるがごとく。朝夕定省のつとめおこたらざりけり。隣家に張淑なるものありて。常にこれを嘲弄しけるが。或時。丁蘭が留守をうかがひ。つと木像の前に至り、大に罵。杖を以て。其頭をうちけり。丁蘭かへりて。いつもの如く。木像を拝しけるに。其面よろこびざる色あり。妻亦其事を告ければ。丁蘭大に怒り。張淑を打擲して。傷るにより。官人来り。からめとり。獄に下さんとす。丁蘭木像に別れを告…

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