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穢銀杏
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2019/02/02

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  • 同志実篤

    武者小路実篤を現代風に擬すならば、彼はさしずめ「母親がイオンで買ってきてくれた服を着て、何歳(いくつ)になってもそのままで、それで通して、何の疑問も覚えずに生きれる」式(タイプ)の男性だ。 本人の告白に従えば、 自分の意志で、 自分の感性のみに依り、 自分の着るべき服を選択(えら)んだ経験(ためし)など、 生涯絶無であるそうな。 (Wikipediaより、イオンモール甲府昭和) 前半生では、すべて母親の世話になり。 結婚以降、その役は、妻の手中にまるっとキレイに移行した。 ことの説明はそれで全部終わってしまう。「着飾る」という行為に対する興味、情熱、関心を、先天的に削ぎ落とされて誕生したかの如…

  • 常陸国一之宮

    確かに初めて歩く道。 なのに何故だか懐かしい。 正体不明の郷愁へ人を遮二無二追い立てる、不思議な場所が世にはある。 ──先日、鹿島神宮を参詣した折、私の胸を刺したのは、まさにそうした感覚だ。 左様、常陸国一之宮。 「鹿島」という名の因って来たるところについては諸説存在しているが、「鹿の数多棲まう島」から派生したとするものが、いちばん素朴で喉の通りもよろしきように思われる。 読んでそのまま字の如く、結構至極ではないか。 地名が有するある種の力、精神上の影響につき、一家言ありしは横光利一。 「新八景の投票を見るのは此頃朝毎の楽しみである。その土地は知らなくとも、その土地の名称を見ると、ほぼ感じが分…

  • いつまでも若き日を繰り返せ

    老いてますます盛んなり。 この慣用句をまるで体現するように──。 晩年に於ける「詩聖」ゲーテはまた随分と矍鑠たる老人ぶりを発揮して、壮気むしろ若人を凌ぐが如き感があり、ために周囲がたじろぐことも屡々だったそうである。 たとえば長い付き合いの、知人の訃報に接した際の反応なぞどうだろう。ゲーテはちょっと顔をしかめて、 「なァんだ、もう死んだのか。意気地がないね」 ほとんどまるで吐き捨てるような口ぶりで、あっさり流してのけたとか。 ある種の凄絶さが宿る、そんな眺めであったろう。 こうした逸話(はなし)に影響されて、 ──よしよし俺もゲーテのように煮ても焼いても喰えないような、しぶといじじいになってや…

  • 理想・情熱・ナンセンス

    伊藤廉の創作態度が好ましい。 なんとなれば画布の前に立つごとに、彼は火の玉と化していたから。 「いま、求めてゐるものは、たゞ力強いものである。技術が上手下手といふことは、むしろどうでもよろしい。野暮ったくてもいゝ、命の全部が力になって画面に衝突すればいゝ、その結果がよからうともわるからうとも、殺されても死んでもいゝ、どうでも勝手になりやがれ」 昭和十五年初頭に於いて、ぶちまけられた感慨である。 (『まつろぱれっと』より) なんとも景気のいい啖呵、べらんめえ調の歯切れよさ。 示現流の剣士か若しくは、夢枕獏の小説の登場人物めいた精神(マインド)。 四十歳の峠を越えて既に久しい身でありながら、そんじ…

  • 漱石贅言無用論

    夏目漱石は警告していた。 「君の作風だが、このごろ少しおかしいぞ」 岡本一平の漫画がだんだん、文章量が増加して、絵面を圧迫する向きを見せつつあるを憂慮して、これではならぬ、逆だ逆と苦言を呈していたそうだ。 (Wikipediaより、夏目漱石) 漱石の所信に従えば、漫画に於ける文章すなわち会話とは、短ければ短いほどに効果的なものである。 説明しすぎの冗長さ、くだくだしさはむしろ毒。片言隻語に億万の意味を籠める方向へと舵を切り、邁進するべきである。 漫画の生命(いのち)は、やはり絵だ。最も多くを絵自体が語るものでなければならぬ。そうした意味のことどもを、衷心説いていたらしい。 古人の言葉の山の中か…

  • いのちの電話

    元植民地の騒動が、本国にまで飛び火した。 年季の入った英国紳士にしてみれば、さぞかし腹のふくるる事態であったろう。 大国の身じろぎは世界を揺らす。──禁酒法の制定及び実行は、単にアメリカ合衆国の国内問題にとどまるような、そんな生易しい事件にあらず。 影響は水平線の彼方まで。それこそ地球全土に棲まう清教徒的異常酒類嫌悪者どもに無限に等しい活力を供給せずにはいられぬモノであったのだ。 日本に於いても救世軍の面々なんかを筆頭に「アメリカに倣え」と鼻息荒く説教を、──毎度おなじみ「バスに乗り遅れるな」式のアジテーションが非常に勢いづいていた。当時の新聞雑誌類を紐解けば、その種の記事の二つや三つ、厭でも…

  • 高村特製アペリティフ

    大地の恵みの愛好家。 山菜・蔬菜を好む者。 五味(ごみ)の中でも苦味(くみ)にとりわけ趣味深し、それが高村光太郎、彼の性格なのである。 なんなら好きが昂じるあまり、自作の青汁をこしらえて平素たしなんでいたほどだ。 素材はもっぱらユキノシタ。 虎耳草の別称で、生薬としても有名である円い葉を「塩でよくもむと青い汁がたくさん出る。これを猪口にためてそのまま飲むのである。妙なアペリチフだ。少し青いやうな味がするが、香気もいいし、舌にしみる苦さが言ひやうもなく爽やかである」。聞くだに薬効覿面な、健康志向の食前酒といっていい。 高村はまた、春の訪れを感じるや、近くの山へと胸躍らせて分け入る癖を持っていた。…

  • 精神界の大領地

    敗戦後、日本社会に怒涛の勢で発生した現象は、外国語の氾濫である。 過度の西洋崇拝からの国字蔑視と外語使用の推奨は、それこそ明治の昔より一部知識人層が好んで口端にのぼせたが、それはあくまで「一部」であって、民衆はおおむね鈍感であり、彼らの鳴らす笛の音に容易に釣られはしなかった。 しかのみならず他方にはまた強固な反対勢力も厳然と論陣を張っており、たとえば正宗白鳥なぞも、 「世界の文明国ではそれぞれに自国語を尊重して、発音にも綴り方にも伝統を重じてゐるらしい。新代の日本のやうに、自分の国の言葉をローマ字で表現しようとするやうな自国の文字侮蔑の計画は、外国には見られないやうである」 これこの通り持ち前…

  • 尊敬に値する敵を見よ

    人種差別主義者の著作も、たまに開くと面白い。 たとえばマディソン・グラントはどうだ。 排日移民法の公然たる立役者、ヒトラーにとっての「聖書」を世に著した、この人物の箴言にひとたび耳を傾けよ。 「同族間の内訌は御免だ、唯だ危険な外国人種と戦はなくてはならぬ。若し吾人にして、外国人を放任して、我が国に移住させる時は、吾人は自国から駆逐される他ない」 そこにはきっと、否、確実に、ある種現代輿論との相似形が発見されることだろう。 (Wikipediaより、マディソン・グラント) 「今日吾が米国が、外人移民難に累せらるゝのは、詰り理想家や博愛主義者の空想に指導された結果である。之に加へて、我が工業家輩は…

  • 凍てついた記憶のカケラ

    百年前はやはり小氷期だったのだろう。 大正十四年、西暦にして一九二五年のあけぼの(・・・・)は、寒波と共に来たらしく。東京にては一尺余の雪が降って積もったし、 合衆国へ目を転ずればリンカーン記念堂前の反射池が全面凍結。百を超える市民らがここぞとばかりに駆けつけて、スケートなりアイスホッケーなり何なりと、思い思いに氷上遊戯を楽しんだこと、当時の報道記録に見える。 諏訪湖の結氷、御神渡りの出現なぞも、ちっとも珍しくなかったのだろう、かの頃は──。 凍てついた山中湖の、その氷上に小屋掛けし、ストーブをガンガン焚きながら氷に穴を掘りあけて、ワカサギ釣りに耽ったという古老の話も、個人的に聞き覚えがある。…

  • おんな剣客

    鷺川末子。 これで「トメコ」と読むらしい。 「他彦(ヨソヒコ)」並みにけったいな読ませ方である。 強い女だ。 権高とか経済的に自立済みとか、そんな小手先の意味でない。ただどこまでも純粋に、腕っぷしがめちゃくちゃ強い。 大正五年の晩秋にふらりと大阪へ姿を見せて、ものの半月もせぬうちに府下の名だたる剣道場や警察署やらを撫で斬りに斬って廻ったといったなら、その豪傑ぶりの一端なりとも伝わるだろうか。 (バキ外伝『ゆうえんち』より、道場破りの末路) 鮮やか且つ剄烈すぎる太刀筋ゆえに、彼女に倒された剣士の中には、 ──実は男が女装(ばけ)てるわけじゃなかろうな。 と、本気になって疑って、なろうものなら装束…

  • 懐かしきどぜうのヌメり

    驚いた。リアルであっと言ってしまった。いや本当に目を剥いた。 明治の末期に世を去った食医の泰斗・石塚左玄。彼が古書より拾いあげ、磨き直して再び世間に流布(ひろ)めし手当、「鰌療治」が幾星霜の後までも継がれているのを目の当たりにしたからだ。 昭和十四年六月一日発行の『主婦之友』二十三巻六號に、三浦ちよの(・・・)という人の体験談が載っている。 あらましをざっと要約すると──。 二歳の我が子に種痘をさすべく病院へ行ったはいいものの、予後が不良で、丹毒に罹り、猛烈な腫れと四十度超の発熱とに見舞われて、動転していた母の話だ。 七つまでは神の子という。幼児の生命(いのち)は儚いものだ。文明の庇護なかりせ…

  • 夜郎自大に御用心

    「何か」が書かれていればいい。 基本的に我々は、単に活字を眼で追うだけでも楽しい民族なのだろう。 情報を脳に突っ込むことで発生する快楽が、総じてだいぶ強めなように思われる。 ──日本人の識字率の高さについては定評がある。 開国以来、それは屡々驚異とされて、西洋諸国の思想界──列強白人社会にも、決して小規模ならざる波紋を生じさせて来たものだ。 一九三八年の段階でこの国家には千四百三十四種の日刊新聞が存在し、それらをまとめた所謂累計発行部数は千九百万を数えたと云う。 「これは平均して、全国の各家族に一部宛の比率を凌ぐ発行高となってゐる。その数、その発行高、その頁数に於いて、日本の新聞は他の東洋諸国…

  • とある飛行士の緊急避難

    帝都の空に異常あり。 宣伝のビラ撒き飛行機がエンジントラブルに見舞われて為す術もなく高度を落としだしたのは、実に大正十五年の梅雨、六月二十三日である。 (『Ghostwire: Tokyo』より) おのれ半端な整備を──と、今ここにいない誰かに向けて呪詛を投げつけ、責任転嫁を図ったところで甲斐がない。操縦士らは、もっと理性的だった。落下軌道を描きつつある機体の中で、恐怖と怒りを噛み殺し、ただ懸命に目下打ち得る最善手を模索して文字通り血眼になっていた。 エンジンの復調を期待するのはそれこそ神仙が舞い降りて奇跡の杖でもふるってくれねば不可能だ。まともな考慮の対象にあらず。 機体は落ちる。落ちるもの…

  • 畑毛温泉小綺譚 ─砲兵連隊御用達─

    今も昔も、畑毛温泉は鄙びた土地だ。 温泉宿から生垣ひとつ隔てたところ──指呼の間と表現していい、すぐそこで、百姓どもが鍬振り上げてせっせと畑を耕している。 全く以って田舎に相応しい景色。 歓楽街の喧騒なんぞ、薬にしたくも見当たらぬ。 ただゆったりと湯に浸かり、凝りや強ばり、緊張を溶かし流すための場所。そうした四囲(ぐるり)のシチュエーションは、若山牧水の時代から、大して変わり映えがない。 (Wikipediaより、若山牧水) 音に聞こえし彼の歌、 長湯して飽かぬこの湯のぬるま湯に ひたりて安きこゝろなりけり に触発されて昭和十年代半ば、この地に足を踏み入れた吉田甲子太郎の旅行記も、だいたいそう…

  • 水は低きに、煙は天に

    大正三年、日本に於ける紙巻きタバコの売上高は、おおよそにして七十五億三千三百五十六万本だった。 それが十二年になると、ケタがひとつ繰り上がり、二百七十六億と百八十万九千本まで伸びている。 めざましき飛躍といっていい。 ほとんど二十七割の増加を示したワケだから。 間の出来事、──大戦景気や何やらを通過してきたことにより、日本人が豊かになった証左と見做して可だろうか。 もっともタバコは紙巻きタバコが全部ではない。 もう一種類、刻みタバコの方はというと、大正三年六百八十七万五十貫の売上があったに比較して、十二年度は六百五十九万貫と、若干ながらむしろ減少傾向にある。 この対照は、ちょっとばかし面白い。…

  • 誰か故郷を思わざる

    富士登山のゲン担ぎとして、近江の土を懐にしのばせてゆくというのがあった。 古い伝説にのっとれば、八面玲瓏、富士の高嶺を我らが国土に創造(つく)りしは、ダイダラボッチと呼ばれる巨人。巨人は近江の大地を削り、それを遥々関東まで持って来て、かの秀峰を生みだした。 一方、素材をとられた名残り。ごっそり抉れた痕跡(あと)とても、ただそれだけでは終わらない。やがて、だんだん、水が溜まって湖へ、琵琶湖へ成長していったという、おおむねこうした筋だった。 (Wikipediaより、琵琶湖) つまり富士山と近江国とは、因果的に繋がりがある。 極めて強い紐帯が。 「母なる近江」の称とても、富士の側からはあながち言え…

  • 恵まれし静岡

    「イカの手の味を知らずして、食通を名乗るなど笑止」 駿河湾にて網を打つ、漁師どもの自負である。 (Wikipediaより、駿河湾) 彼らの言う手(・)は、すなわちイカの触腕のこと。 エサの捕獲に特化した、他の八本足に比較(くら)べて段違いの長さを誇る一対の部位。釣り上げるや即、ここを胴体から外し、海水で洗い、勢いよくすすり込むのが、つまりは「粋(いき)」な振る舞いと持て囃されていたものだ。 ──さながらまるでトコロテンでも喰うような。 とは、現地でそれを実見し、自身も試した文筆家にして料理人、本山萩舟の感想である。 自然の塩味に、シチュエーションとも相俟って、乙な味がしただとか。 (Wikip…

  • 爆弾魔と周五郎

    山本周五郎という人は、吉良吉影に似通った気質を備えていたらしい。 異様に几帳面なのだ。 「私には詰らない性分がある。道をあるいてゐるときや省線電車の中などで、ひとの帯がとけかかってゐたり羽織の衿が折れてゐなかったり、裾に泥がはねてゐたり、或は黒い外套の背中に糸屑が附いてゐたりするのを見ると、気になってしやうがない。糸屑などをみつけるとつい手を伸ばして取ってやるし、その外の場合にもその人に注意をせずにゐられなくなる。まことにおせっかいな話であるけれども、さうしないと苛々していつまでも落ち着かないのでしやうがない」 (Wikipediaより、山本周五郎) この神経過敏っぷりは、そう。 どうせ今から…

  • 明治陸軍新兵器

    明治三十七年四月十九日付の『大阪朝日新聞』に帝国陸軍の新装備が載っている。 イワンを相手に、絶賛死闘継続中の大陸へ──日露戦争の現場めがけて既に送り込まれたらしい、その装置は名を「野戦消毒車」と云った。 シンプルにして特徴的な、不思議と視線を引き寄せられる文字の列びであったろう。 ずっと後年現出(あらわ)れる、陸上自衛隊虎の子の「野外炊具1号」に通じるようなセンスを感じて、悪くない。 個人的には、聞いたそばからもう一発で好意と興味を掻き立てられずにいられない、そうした名前であったのだ。 (Wikipediaより、野外炊具1号) 「戦時に於て、最も恐るべきは敵弾よりも寧ろ敵地に於ける悪疫の流行な…

  • 大衆を衝き動かす力

    時々妙に気前がいいのが明治時代の官庁である。 北海道開拓使がその昔、法外な賞金をかけてまで熊や狼の「猛獣退治」に血道をあげていた如く。 東京市もまた、その政策の一環として獣を大いに狩りたてた。ただしもちろん標的は、北海道とはだいぶ異なる。二回りも三回りも、ずっと小さいやつである。──「ペスト予防」の大義のもとに、ネズミ一匹五銭にて買い取りますと布告して、以って大衆の欲望を刺戟、この害獣の剿滅を彼らが企図したのは実に明治三十三年のこと。 松の飾りも片付けたてな一月十五日であった。 「東京市内に於て捕獲したる鼠は。当分一頭金五銭を以て買上ぐ。但本告示は本月十五日より施行す。右買上を望むものは直ちに…

  • 常軌を逸した獣ども

    思いもかけず符合した。 先日、特価五百円にて購入した古雑誌、『キング』昭和十四年新年特別号に目を通していた際のこと。「世間ばなし」と銘打った、まあそのままの方向性の、雑多な話題をあれこれと掻き集めたコーナーに、こんな情報が載っていたのだ。 「乳牛として一番優良種とされてゐるホルスタインの世界搾乳記録は東京府八丈島大賀郷村奥山富一氏の飼育する乳牛である。その搾乳能力検定は、大正十一年三月二十三日から翌年三月二十二日までの満一ヶ年間に四一一二・五七ポンド(約百二石余)である。アメリカでは一ヶ年間に九三石といふ記録はあるが、この世界的大記録を破る牛は、乳牛の原産地であるオランダにも、米国にも未だなく…

  • 長寿と酒と

    頴田島一二郎。 エタジマイチジロウと読む。 大正・昭和に活躍した文人だ。 まず以って、珍しい姓といっていい。 最近、彼の旅行記を目にする機会を得たのだが、あんたそのうち、遠からず、脳の血管ぶっちぎってくたばるぞと手遅れながらも忠告したい気になった。 彼の道中、寸余たりとも酒の匂いを纏わりつかせぬ時はない。 行きの列車でもう酔っている。窓の外、流れる景色にしみじみと旅情をもよおす──どころではない。何を措いてもまず食堂車に駆け込んで、そのまま、こう、がぶがぶと、正体なくして記憶がぶっ飛び斑模様に成り果てるまで鯨飲するのが常だった。 「眼が覚めてみると大阪にをり次に眼が覚めると玄界灘の船の中にゐる…

  • 低音讃歌 ─声に恋して一世紀─

    「性的魅力の根源は、容貌よりも声にあり」 パラマウント・ピクチャーズに籍を置く、さる高名な演技指導者が一九三〇代、たどり着いた真実である。 (Wikipediaより、パラマウント・ピクチャーズ) 日常業務を通貫し得られた知見を基にして、一種威厳を籠めながら、彼は語ったものだった、 「映画俳優の生命で性的魅力の根源は、優れた容貌にあるのではなく、寧ろその声にある。即ち適度の低音こそ異性を魅する温情と共鳴を表現する最上の声である。高音は人間のロマンティックな性格の表現に適せず、また人を圧倒するやうな精力の表現にも力がない」 と。 蓋し卓見といっていい。 私なんぞもDLsiteで音声作品を探す際、「…

  • 不吉な船旅 ─名前で割を食った人─

    かつての広東総領事、瀬川浅之進には悩みがあった。 時たま訪れる出張の機会。遠隔地への移動手段に「船」を使おうとした場合、まず間違いなく冷遇される。厭そうな顔をされるだけならまだ御の字で、ことによってはにべもなく「乗船拒否」を食らうのだ。 ──なんの怨みがありやがる。 ある日、とうとうブチ切れた。 (『DEATH STRANDING』より) 抗日分子かこの野郎、無礼な仕打ちは許さんぞ──と言わんばかりに目元に力を籠めながら、船長に詰め寄りはしたものの、 「あんた、名前がよくないよ」 齎された返事(こたえ)はそんな斜め上にも程がある、予想外もいいところな代物で。 一種虚を衝かれたようになり、瀬川は…

  • 国家理性の化身 ─回天を夢に見た男─

    構想自体は前からあった。 漠然としたアイディアレベルで良いならば、真珠湾攻撃以前から、日本人の想念界に存在していたようである──「特攻兵器」と云うヤツは。 (靖国神社遊就館にて撮影) 例の『実業之日本』昭和十六年八月十五日発刊號の巻末附近に、 ──「新兵器の夢」 とかいった題の小稿が載っている。 で、その内容に曰くして、 「潜水艇を極端に小型にする。忠勇なる兵士がたった一人で乗り込む。これこそ、文字通りの決死隊である。絶対に生還を期さないのだ。だが、一人の犠牲に於て、或は四万五千トン級の主力艦を葬り去らうと云ふのだから、国家的に見て、それが如何に賞讃さるべきかは申すまでもない。座席はジャイロス…

  • 八十一年前の今日

    大日本帝国領時代、占守島へはよくクマが泳いで渡って来たらしい。 種類は当然、ヒグマであろう。 ツキノワならいざ知らず、あのおそるべき猛獣ならば五十度以北の荒波だろうとなんのその、けろりと掻き分け、潜り抜け、みごと上陸やってのけたに違いない。 実際、目撃談がある。 「占守島には大きな木がなく谷もないので、熊の棲息には適しないのだが、相当居るのは、南隣の幌筵島から泳いで渡ってくるのである。去年の秋も、親熊が子熊を三頭つれて妙な呻り声を出しながら渡って来たのをある船が発見、鉄砲の一斉射撃をやって仕止めた事がある。あの海峡は潮流が非常に烈しい所なのに、二浬の荒海を平気で泳ぎ切るのだから熊も相当な泳ぎ手…

  • 欲しがらずにはいられないッ

    第一次世界大戦下、物資不足にあえぐ帝政ドイツでは、かさ増しのためリンデンの葉を刻んでタバコに混ぜていた。 下田将美由来の話だ。 (Wikipediaより、リンデンことセイヨウシナノキ) 彼自身それを試したこともあると云う。「何だかパサパサして味もそっけもなかった。矢張り煙草は本当の煙草に限るやうである」と、正直な感想を口にしている。 代用品の開発に上下を挙げて大わらわになっていた、戦中ドイツに如何にもあり気な代物だ。 まあもっとも、戦後は戦後で絶望的な超インフレに歯止めがかからぬ暗黒期の最中では、窮乏のあまりトマトの葉っぱをタバコ代わりに吸いまくる大学教授の姿なんぞも目撃されているのだが。 ド…

  • 仏画と水と

    宗教的に「尊きもの」を表現するに際しては、表現者たる芸術家にも彼が用いる道具にも、それなりの「格」が要求される。 ──堂本印象なる絵師が仏画を手がける場合は常に筆、墨、硯に最上級の品々を用意したのは当然として。墨を磨るための水にさえ、彼はこだわりを発揮した。 「四天王寺の亀の井の水」「比叡山横川の慈覚大師の写経の水」「三井園城寺の井の水」 以上、霊験あらたかな浄水三種の配合を、執筆の準備段階として己に課していたそうな。 (Wikipediaより、堂本印象) よりよき味を志向して水にこだわる料理人なら山ほど知っているけれど。 それに勝るとも劣らない細心ぶりを以ってして、絵画に霊威を宿らせるべく水…

  • 喫煙王の死

    ある男が死んだ。 オランダ人だ。 齢八十一だった。 十九世紀の欧洲で、これは十分、長寿といっていいだろう。 ましてやヘビースモーカー、「喫煙王」の渾名さえほしいままにする程の重度ニコチン中毒者の身としては、出来過ぎの域にすら入る。 路傍でいきなり血を吐いて頓死するにあらずして、自宅のベッドに横たわり、そっと看取られ逝けたのだから──。 (『DEATH STRANDING』より) お蔭で事前に遺言を用意し託す余裕さえ、彼には与えられていた。 「喫煙王」の名に相応しい濛々たる葬式を、彼は希望したらしい。ヤニに塗れた脳髄にも拘らず、今際の際まで、思考は筋道立っていた。一切を企画し、手配りし、準備万端…

  • 職人は 鬼に憑かれて なんぼやろ

    彫刻、──とりわけ面の製作を生業とする職人が、仕事の合間にちょっと外へと繰り出した。 (Wikipediaより、能面の製作工程) 気分転換目的でぶらぶらほっつき歩いていると、やがてそのうち、通り向こうを友人の肩が行くのに気が付いた。 「いよう──」 近づきながら声を掛けたはいいものの、何故だか相手の反応は、どうもいまいち芳しくない。 瞠目し、表情筋を引き攣らせ、あからさまにぎょっとして、 「お前さん、何か癪に障ることでもあったかね」 そんなことを訊いてくるのだ。 「どうしたいきなり、別段わしは腹を立ててなどおらぬ」「それにしては例になく、いかつい顔をしていたぞ」「はて──?」 と、職人は首をか…

  • 戦争音楽ラプソディ

    大東亜戦争勃発からほどもなく。──南洋、バターン戦線にては、珍奇な作戦行動が皇軍により展開されていたそうな。 なんでもまたマイクロフォンを活用し、「哀調を帯びた、郷愁を誘う音楽」とやらを敵陣めがけて投射したとか。 よってもって敵兵どもの殺伐たる心境に湿り気を送り込むことで、士気を低下させるのがすなわち主目的であった。 ──本当に効果あるのか、こんなこと。 と、実行部隊は疑問だったに違いない。 勝つためならなんだってする、勝利に寄与することならば如何な手段も採用を厭わないのが戦争とはいうけれど。流石にこれは子供だましめいている、やる前から結果の知れた、時間と人手の無駄遣いではあるまいか、と。 と…

  • 抗えぬもの

    ジョージ・オーウェルの戦時日記に、動物園の獣らが食い物にされる記述があった。 一九四一年四月二十四日の条(くだり)だ。 「国防市民軍の私の分隊のCは、鳥肉屋だが、今はあらゆる種類の肉を扱っていて、昨日は、動物園が売りに出した二十頭の縞馬を買ったという。犬の食料としてであって、人間が食べるためではあるまい。なんだかむだな話のように思える。…イギリスにはまだ、二千頭の競走馬がいるといわれる。一頭が一日に十ポンドから十五ポンドの穀物を食べるだろう。だとすると、この馬どもが、毎日、一個師団のパン食に必要なだけのものをくらっていることになる」 (『BIOHAZARD RE:4』より) 普仏戦争下のパリを…

  • 白球今昔物語

    「ナイスプレーだ、いや本当によくやった、俺の娘をあいつにやっても構わねえ」 試合が白熱してくると、応援席から感極まったようにして叫んでやまない奴がいた。 彼こそは文士・佐々木味津三。熱狂的な野球ファン。特に母校の明大チームを贔屓にすること一入(ひとしお)で、定期的に開催(ひら)かれる大学リーグ戦にては、何を措いても必ず駆けつけ、毎回々々喉をぶっ壊す勢いの猛烈的応援を捧げて惜しまなかったとか。 その際の「決まり文句」が要するに、冒頭既に示したところの ──あいつに俺の娘をやるぞ。 であったのだ。 (なに言ってやがる、子供なんて、一人も持たないくせをして) と、彼と親しい所謂文士仲間らは、拳固振り…

  • 登って降りて次の峰

    登山の妙味は帰路に在り。 下山の愉快は散財に似る。己の両の脚をもてせっせと稼いだ標高を、重力に後押しされながら勢いよく吐き出してゆくあの感じ。解放の歓喜にも一種通ずるあの実感は、やはり浪費の馬鹿々々しさと気持ち良さとに酷く似ているモノがある。 (七面山にて撮影) ──斯くもいきなり稚拙な自説を持ち出したのは、当然故(ゆえ)あってのことで、ちょっと刺戟を受けたから。 出版者にして文筆家、実業之日本社を興した男・増田義一の山岳礼讃記事に触れ── 「山岳は自然の最も崇高なるものであらう。山岳は吾人の前に永遠の姿を現はすもので、山に対しては自ら敬虔の念を起さずにはゐられない。即ち雄大にして焦らず迫らず…

  • この暑気に 人間性も 揮発する

    むごたらしい冒涜を目の当たりにした気分であった。 筆者(わたし)の如き人種には到底理解できないが、どうやら広い世間には、読むためでなくインテリアのためにのみ本を求める手合いというのが一定数いるようだ。 (『Witchfire』より) ──早大講師・松尾隆が行きつけの古本屋を訪ねると、店内の様子がいつもと違う。 西洋文学の原書なんかを取り揃えていたコーナーが、すっかりガラ空き、風通しの良好な、寂しい眺めと化していたのだ。 「どうした親爺、模様替えの最中か」 奥に控える店主へと、気軽に声を投げ込めば、 「いやいやそれが昼間にサ、妙な客が来やしてね」 と、憮然顔で返される。 「その辺の棚の商品は、そ…

  • 夢見に作用するキノコ

    これも体質の一種だろうか。 通常の椎茸アレルギーとはだいぶ趣が異なるが。 発疹もミミズ腫れも起こらない。だがしかし、それ(・・)を食すとほどもなく変に逆上(のぼ)せたようになり、頭が爆発したかの如く思慮が乱れていらいらし、寝つきが極端に悪くなる。 美川きよなる女流作家は、そういう身体に天性出来ていたらしい。 (Wikipediaより、美川きよ) なんと驚くべきことに、この椎茸とか云う菌類は、彼女の夢見に対しても影響力を発揮した。 もちろん悪影響である。 つまり悪夢に襲われた。 以下、彼女自身の著述から当該箇所を抜粋すると、 「椎茸を食べた晩に、変な夢を見たことがある。ふと自分の手首を見ると皮膚…

  • 剣聖、示現流を語る

    「鍔で相手の脳みそを叩き割るような剣法だ」 小野派一刀流剣士・靖斎高野佐三郎が、薩摩隼人の太刀筋を──示現流を目の当たりにした際に、反射的に抱いた所感。 咄嗟ながらもこれほどまでに当該流派の本質を把握(つか)んだ言葉も珍しい。 (『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』より) 死んでもともと、相討ち上等、斬る以上は斬られる道理とごく無造作に受け容れる。 防禦を端から思慮の外へとすっ飛ばし、我が身の安固を厘毫たりとて願わずに、ただただ敵をぶち殺す。 殺意の波動に憑かれたような、異様極まる心構えを前提として繰り出される斬撃は、必然として踏み込みを途轍もなく深くする。 「剣は柄で斬れ」…

  • 虎と外套

    頭のイカレた無政府主義者に危うく暗殺されかけた、一九一九年のクレマンソー。 未だ包帯に血膿のにじむ、疼痛去らない彼のもとへと検事局から要請が来た。曰く、証拠品として、遭難当時貴君が着ていた外套を提出して貰いたし──。 事件発生は二月の半ば。 まず以って冬の盛りと呼ぶに足る。 (『バイオハザード ヴィレッジ』より) 防寒着としての外套は、当然の装備といっていい。クレマンソーも、むろんこれを着用していた。馬鹿の放った凶弾は、先ずその生地を貫いてから老虎の背な(・)にめり込んだのだ。生々しくも弾痕残りし外套は、なるほど確かに重要な証拠品に違いない。当局の要請は真っ当だった。 ところが返事は意外であっ…

  • 蕩ける理性、うだる夏

    夏より断然、冬が好き。 暑さ・寒さで言うならば、刹那の遅疑なく後者を選ぶ。 「寒さは工夫を通してより賢い人間をつくる」──大体に於いてこの言葉は真実だ。真実であると、年々納得が強まっている。資質の有無にも依るであろうが、寒さは人の精神を利刃の如く研ぎ澄まし、理性の働きを助長して、跳躍的進歩を齎す要因にもなり得ると。 (『DEATH STRANDING』より) しかし暑さは駄目である。 暑熱はひたすら人をうだらせ(・・・・)、頭の中身を煮立たせて理智の機能を弱らせる、負の影響しか寄越さない。 モンテスキューも言っていた、「赤道に近づく程人間の情欲が益々強くなり、従って犯罪を敢てする事が多くなる、…

  • 正直者の死

    人生、素直が一番大事。 正直一途でありさえすれば、万事なにごとも上手くいく。真っ直ぐ生のまま自然こそ、最良の処世術である。 ──今時真顔でこんな趣旨の説法を行う奴もないだろう。もしも居たなら百パーセント、失笑されるがオチである。小学生すらたぶらかせまい。話にならない甘ったれ、人間世界をあまりに見くびり過ぎているとでも逆襲されるが順当か。 (『ジェダイ:フォールン・オーダー』より) 実業之日本社創業の雄・増田義一が徳川三代将軍をとある機会に語って曰く、 「家光には面白い話がある。或時並居る侍臣に『人の最も快く思ふは何か』と尋ねた。一同皆至極尤もらしい答をしたが、只一人『便を耐(こら)へて居て、厠…

  • ある保護貿易主義者の呻き

    「国産使用の奨励」は、佐田介石の喉元からのみ絞り出すを許された、彼一個人の専有物ではもちろんぜんぜん有り得なく。 類似の主張、運動は、国と時代を問わずしてしょっちゅう起きていることだ。いやしくも人の精神にナショナリズムのある限り、きっと必ず付き纏う、お決まりの現象なのだろう。 二十世紀初頭には、大英帝国様々々の膝元でこの(・・)運動の大旋風が起きている。 火付け役、──発端となった人物は、誰あろう国王陛下その御方。ジョージ5世に相違ない。 (右端の人物がジョージ5世) 「余の即位式に関しては、使う道具の一切を国産品でまかなってもらいたいのだが」 一九一〇年に仰せられた方針だ。 それに併せて爾今…

  • 士行毒舌 ―成金国の演劇は―

    米国人の脳内は物質的な成功の追求で常にいっぱいだ。 (『cyberpunk2077』より) 人生の意味や目的をうだうだ考え込むよりも、手っ取り早く金を掴むを先決とする。稼いだドルの紙幣の束を、その人間の価値の全部と判断して迷わない。 従って彼らの認識に「哲学」が入り込む余地はない。「芸術」が磨かれることもない。 興行師どもはただひたすらに俗に媚び、彼らが劇を主催(や)る理由(ワケ)も、ただひたすらに一セントでも多くの金銭(カネ)を掻き集めるに終始する。 徹頭徹尾、黄金崇拝の国なのだ。 なんと幼稚で殺風景で胸糞の悪い国情か。…… 以上、すなわち坪内士行の感想である。 (明治座) 断っておくが筆者…

  • 世界恐慌一笑話

    世界恐慌の暗雲は、ニューヨークシティの象徴であったエンパイア・ステート・ビルをたちまちエンプティ・ステート・ビルにした。 テナント料の支払いもままならなくなるほどに、不況に打ちのめされた企業が片っ端から撤退し、結果現出したガラ空き状態。閑古鳥も見放すような廃墟同然の寂寞ぶりを皮肉って、地元民らがつけた渾名だ。 ニューヨークをジュー(Jew)ヨークを呼んでみたりと──ユダヤ資本の強勢ぶりをあげつらったものである──、彼らの毒舌センスは時に異様な冴えを発揮する。 (Wikipediaより、エンパイア・ステート・ビル) ところを変えて太平洋側。オレゴン州はポートランドシティでは、市から送付されてくる…

  • 1984年の新世界

    添田知道の認識下にて、「威儀を正す」は「恰好をつける」の同義語らしい。 「今時裃を着けて歩いたら人々は嗤ふに違ひない。これは時代環境が生んだ儀礼的風俗だ。裃をつけるといふことは威儀を正すことだろう。威儀を正すといふことは恰好をつけるといふことだろう。恰好のつけ方も時代と共に変遷する。既に古りすたれたるかゝる恰好的習俗が段々滑稽なものに映って来るのは中々に興味深いことではないか」 なるほど確かに上質な目のつけどころであったろう。 何を以って「美」とするか。 格好良さの変遷と、時間的間隔に比例する滑稽感の増大は、ひとり服飾に限るまい。 信念とか心構えとか規範とか、そういう無形の、精神の領域に於いて…

  • 異常民具愛好家

    橋浦泰雄という画家はちょっと変わった美的センスの持ち主で、雪舟(・・)だの元信(・・)だのと、いわゆる大家の作品にあまり興味を示さなかった。 先達に対する敬意はむろん持っている。が、擦り寄り、拝跪し、礼讃し、舐めしゃぶるように凝視する、そうした熱度はついぞ抱けなかったとか。 どころかむしろ鑑賞すればするほどに、日本人の生活目線とのズレを否が応にも感じてしまい、名状しがたい厭味が募る。「例へばあの点景人物の大部分が、支那人だと云ふ事実によって見ても、これ等の作家の美と感じた内容を推知することが出来る。むろん此の観念が技法に影響せぬ筈はない。それでなくても明だとか宋だとか、北画南画とその出所に喧し…

  • 文化と維新志士どもと

    知人の宅の玄関にとてもみごとな蘭の墨絵が掛かっているのを発見し、しばしの間、眺め続けた。 視線釘付け、惚れ惚れしたといっていい。 さぞや名のある支那の画人の作なのだろうと推察し、あとで由来を質(ただ)してみると、 「とんでもない、あれは山縣有朋公の筆ですよ」 意外や意外、欠片も想像していなかった男の名前が飛び出して、精神に異常な打撃を受けた。それこそまるで月がいきなり燃え上がり、夜天を焦がす火の玉と化し、軌道を外れて地表(こちら)へと落ちて来るのを目の当たりにしたような。…… (『ARMORED CORE VI FIRES OF RUBICON』より) 武者小路実篤の体験したことである。 従来…

  • 傑作の条件 ─ある劇作家の娯楽観─

    「優れた芝居は二次創作を生んでこそ」。 大胆極まる主張をしかも、大正時代の昔に於いてやってのけた奴がいた。 その人物とは、仲木貞一。 新国劇や松竹キネマを渡り歩いた、石川生まれの劇作家である。 自論を述べるに彼はまず、当時の物質文明の住民の精神の荒廃を、──社会という肥大しきったシステムが人間個々の魂をどれほど無慈悲に圧殺しつつあるかについて弁じたて、以って前置きとした上で、 「人間の、人間たる情意的の生活が段々出来なくなって行く。それを満足させる為に、娯楽を求める。二階の小さな窓に朝顔鉢をおくのも、床(とこ)にダルマの像をかけるのもそれだ。機械となって働いてた人が、それを眺めて感情を満足させ…

  • ビルマの毒刃 ─アサシンと化した仏教徒─

    ゆったりとした服装は、凶器を隠し持つに宜(よ)い。 その原則に忠実に、──ビルマの僧侶は法衣の下に暗殺の毒刃をしのばせた。 イギリス統治下時代の話だ。 抵抗運動の担い手として、ブディストどもはかなりの有力基盤であった。 「民衆の喜捨で生活している我々が、その民衆の希望(のぞ)んでやまぬ『独立』のため、いわゆる民族の未来のために行動するのは当然である」。そうした理屈に、主に基く。ここで謂われる「行動」は、むろんテロルの色彩を濃厚に含むものである。不惜身命、一殺多生の信念が、青年層の僧侶の間に特に蔓延り、彼らを次々閻魔の遣いへ変えたのだ。 少なからざる英国人が彼らの魔手に傷つけられて、あるいはその…

  • 石塚式芋薬

    腫物には鰌(どじょう)と芋が効くと云う。 喰うのではない。喰って滋養を摂取して抵抗力を高めるだとか、そういう迂遠な手順を踏むにあらずして。──もっと、遥かに直截に、患部にピタッと貼りつけるのだ。 芋薬とか鰌療治とかいった奇妙な呼ばれ方をする、斯かる手口はくだんの「食医」石塚左玄が案出し、広めんとしたものである。 いや、「案出」と書くよりも、「復古」し「整備」したとでも表現しておく方がより実相には近かろう。同様の治療方法を記載した書は昔から、漢方医界にそれなりに存在したとも聞くゆえに──。 まあ、そのあたりの詮索は今、措くとして。 ともあれ左玄に則ると、芋薬とはまず里芋の皮を剥き、 露わになった…

  • 鯉は強し ─山梨県の揺れた夜─

    いつの世とても「天災」ばかりは予測がつかぬ。 つかぬからこそ「天災」なのか。 すべてはたまたま(・・・・)なのである。たまたまとある省庁の長官閣下が長野に出張している際に、浅間山が火を噴いた。 (Wikipediaより、浅間山) たまたま麓の田園地帯を視察していた一行は、まず上からの爆発音に身をすくませて、次いでほとんど間髪入れずに生起した、足下からの狂瀾怒濤に度肝を抜かれ、飛びあがって驚いた。 田には水が満ちていた。 その水中に放されていた鯉どもが、突発した天変地異に泡を食い、めちゃくちゃに跳ねまわったのだ。 なにしろ三百数十町歩、東京ドーム七十個前後の面積が、一斉に沸き立つような大騒ぎ。「…

  • 連合国の不協和音

    一九四三年、元号にして昭和十八年である。 現役の駐ソ米国大使たるウィリアム・ハリソン・スタンドレーの一言が、世間に大きなセンセーションを呼び込んだ。 曰く、「ソ連は米国から多分の物質的援助を蒙ってゐるにも拘らず、少しも感謝の意を表しない」──。 およそ通常の外交儀礼を逸脱し、忘恩漢と一直線になじる(・・・)声。現在まさに進行中の宇露戦争絡みでも、よく似たセリフを聞いたと思うが、どうだろう。 「歴史は過去の事実と現代のそれとの相違についても読者の興味を惹くが、これと同時に又両者の同一若しくは類似についての感興を催さしめるものである」との、三浦周行の箴言が記憶の底より甦る。 (Wikipediaよ…

  • レンドリース法以前

    ジョージ・オーウェルの著述に曰く──。 英国商人たちにとり、ナチス・ドイツは上得意。愛想を使って損のない、揉み手で寄るべき大口の取引相手であったとか。 一九三九年八月の末、世界戦争再演寸前、本当ギリギリ、間際まで、この蜜月は持続した。ユニオンジャックの守銭奴どもの手を介し、山のような戦略物資──錫、ゴム、銅にシェラック等が鉤十字の領内へ送り込まれたそうである。 (『BIOHAZARD VILLAGE』より) しかも彼らは「まさか戦争にはならないだろう」と高を括りきっていた、「人類の理性はそこまで脆くないはずだ」と楽観主義を野放図に奉じていたのですらない。 むしろその逆、このまま事態が進行すれば…

  • 茶碗蒸しで酔う男

    戸川秋骨は下戸だった。 茶碗蒸しで酔っ払う、驚くべき下戸だった。 茶碗蒸しの調理には、往々にして味醂を使う。その分量が、ちょっと常より上方向に外れただけで、もう顔色を赤くして、明くる朝には胸がむかつき関節痛に襲われる、早い話が典型的な二日酔いの症状を出す、そういうレベルの下戸だった。 筋金入りといっていい。ここまで来ると酒に対するアレルギーの領域に片足突っ込んでいるんじゃないか。そうした疑念も、おのずと兆さざるを得ぬ。鹿児島名物酒鮨も、これでは到底食せまい。実に難儀な体質だった。 なんでいきなり、こんな話をやりだしたのか。 それは清澤洌よる、一九三二年アメリカ合衆国大統領選をテーマに据えた時事…

  • 天下国家と汁粉屋と

    流行り廃りは予測がつかぬ。 昭和十年代半ば、極東にても欧洲にても国家間の緊張が臨界めがけてまっしぐらに高まりつつある一方で、我らが日本国内にては、どういうわけだか「おしるこ」がブームの兆しを見せていた。 (Wikipediaより、御膳汁粉に玄米餅) 帝都中枢、銀座街頭のあちこちに純喫茶風の「しるこ屋」が次から次へとオープンし、そのいずれもが素ん晴らしい盛況を呈したということである。 老いも若きも男も女も皆が皆、小豆と米の──餡子と餅のマリアージュに夢中になった。 (なにがなんだかわからない──どうなっちまったんだ、この国は) だがしかし、流れに背く者とても、熱狂に追随するのを拒む者も居る。 そ…

  • 世界を巻き込む大嵐

    「暗黒の木曜日」から、ざっと三年。 「永遠の繁栄」の面影は、合衆国に既に無い。 好景気が好景気を呼び、成長は次の成長へ、どんどんどんどん連鎖する。自由を重んじ、民主主義に則る限り、神の恩寵は常に我らの頭上へと。──大統領以下、圧倒的大多数のアメリカ人らが信奉していた夢物語は、どうしようもなく壊れてしまった。 (『DEATH STRANDING』より) かつて年間五百万台の販売ありし自動車は、今やすっかり閑古鳥、百万台からせいぜい百五十万台の挟間を彷徨うみじめさへと落ちぶれた。 それに比例するかの如く、鉄鋼消費量もまた、ほぼ四分の一以下へ。石炭需要も随分減った。毎年五億トンからを焚いて熱にしてい…

  • 大正時代のリアリズム

    木炭 千七百四十二万俵 薪 三千百万貫 石炭 四十万トン コークス 四万トン ガス 五十億立方尺 ざっとこれだけの燃料を、東京市は一ヶ年中に消費する。 家庭で、あるいは工場で。これだけの資源を費やして、そこから生ずる熱により、東京市の活動は維持されていたという次第。 後藤新平の市長時代に、発表されたデータであった。 もっと詳しく言うならば、実に大正十一年度、「東京市政調査会」発会式に臨んでの後藤がやった演説に、織り込まれていたモノである。 元医師という経歴ゆえか、およそ政策の樹立にも美辞麗句より冷厳たる数字をこそ重んじる、後藤らしさが強く匂い立つだろう。 この内訳中、ガスが占める割合を後藤は増…

  • 埃の巣へと手を伸ばし

    総革張り、新菊判五百頁、お値段ポッキリ三円にてご提供──。 豪華な日記帳だった。 辞書と見紛うばかりの厚さに、格式を感じる立派な装丁、平たく言えばゴツいデザイン。それ相応に値段も高価。第一書房謹製の「自由日記」がそういうカタチになったのは、むろんのこと理由(ワケ)がある。 創業者、──長谷川巳之助その人の意向が強く反映された結果であった。 本製品のコンセプトとして、三日坊主に終わらぬ工夫を凝らそうなどと、彼はまるで思わずに。 追求したのは、ただひたすらに耐用年数。時の浸食作用に対し強固に抗う点にこそ、重きを置いた挙句の果ての「仕上がり」だ。 「元来日記といふものは私達のプライヴェートなドキュメ…

  • ポリコレが 神州無敵を 脅かす

    大正時代の末あたり、震災による創痍から立ち直らんと気力体力知力財力ふりしぼり、努力を重ねる帝都にて、ひとつのプランが潰された。 プランといっても、何ほどもない、市内名物・花電車の装いに「桃太郎」を使ってみたいと、ただそれだけの計画だ。 (Wikipediaより、花電車) 日本人なら誰しもが知る最も名高い童話の英雄。詳述するのも野暮の謗りを免れぬ、神州無敵・桃太郎を担ぎ出すのは当時の世相からいって、まったく妥当の筈であったが。 わかりきったその結論に、しかし異論を挟んだ者が。頭でっかちの、青瓢箪の、ヤワなインテリゲンチャどもが、どうも屁理屈を唱えたらしい。 曰く、「あれは侵略主義を標榜するから、…

  • メンタリストを生んだもの

    はじまりは習字の稽古であった。 凝り性気質でつむじ曲がりな性格を生来備えていた彼は、手本をひたすら墨守して忠実に再現するだけの作業に、飽き足らなさをどうしても募らせていってしまったらしい。 定型を破りたくなった。 だがどういった方向で? ──態と悪筆を装ってめちゃくちゃに紙面を汚すというのはなにやら違う。それはそれで別種の嫌味が鼻につき、自分の征くべき道だとは、とても、到底、思えない。 (『Ghostwire: Tokyo』より) では何だ。自分が果たすべき課題、達成すべき目標は、いったいぜんたい何処に在る? …… 悶々として過ごすうち、ある日、ふっと着想を得た。そうだ、書き順の逆転を試してみ…

  • 騒ぐ蟲

    半島に来て驚いた。 ここでは冬でも蠅が出る。 それも一匹や二匹ではない。汚れた羽音を我が物顔で垂れながら、当然のように群れで越冬してやがる。いったい何処から湧いて出るのか、そこを究明せぬ限り、突き止め殲滅せぬ限り、朝鮮の衛生状態は劣悪不快の謗りを免れないだろう。…… 京城帝国大学教授、寄生虫学専攻理学士・小林晴治郎による、苦渋塗れの報告である。 (Wikipediaより、京城帝大理学部正門) 一応、原文を引いておくなら、 「朝鮮では冬でもイエバエは発生して居る、故に前に述べた如く冬も幾千、幾万匹捕る事が出来る。然し其発生場所がドーモ分らない。此発生源を究めて、之を除かなくて、単に出て来る蠅を捕…

  • ブルの遊びと呼ばれても

    「いゝ年をして餓鬼大将でもあるまい」「売名もいゝ加減にしろ」「ブルの暇つぶしには丁度いゝや」 日本に於けるボーイスカウトの黎明期。旗頭の一人たる、三島通陽に投げつけられた罵倒のほんのひとかけら。 (Wikipediaより、ボーイスカウト) およそ「新奇」と称されるあらゆる事物一切を、恐怖と憎悪を通して以外見ることの出来ぬ人間も、この世には確実に存在している。 たっぷりと居る。 巷間にわんさか溢れてる。 三島と彼の運動も、やはりそうした人間群の陰湿極まる抵抗を避けられなかったようだった。 冒頭引用三行目に見えている「ブル」とはもちろん「ブルジョワ」の意味。三島通陽が子爵家の、品のない言い方を敢え…

  • 伊豆の凡夫と鎌倉と

    雅号を非仏。 本名、凡夫。 彼はとにかく、徹底した男であった。 実るほど頭を垂れるなんとやら。増上慢の悪徳にうっかり陥らないように、恭謙であれ、恭謙であれと絶えず己へ言い聞かす。緊縛趣味の偏執狂さながらに、我と我が身を律することに異様な熱意を注ぐ者、その目的の為ならば親からもらった「逸之助」の名を改めるのも厭わない。 陸軍少将・伊豆凡夫とは、ことほど左様に徹底せねば已まぬ男であったのだ。 日露戦争時代には陣中で屡々和歌を詠み、その縁からか、「聖将」乃木の覚えもめでたかったとか。 先日、思うところあり、鎌倉附近を散歩した。 稲村ヶ崎にぶちあたり白く砕ける波濤を眺め、 極楽寺にて新緑の生む酸素を吸…

  • ドイツに学べ ─カイザーの遺産─

    磯村乙巳は実によい眼を持っていた。 「現在のドイツ高度国防国家はヒトラーが築き上げたものであるかと云ふに、私は必ずしもそうは思はない。むしろ、前の時代のカイザーがつくったもので、その蒔いた種が実を結んだに過ぎないものと思ふ。カイザーは工業大学を百以上もつくり、何万といふ技術者を養成し、その卵は国内に満ちてゐた。これに対し、ヒトラーは旗を振ったに過ぎない。その旗振りは名手でなければならぬことは勿論で、その点ヒトラーは成功したのであるが、国全体に既に下地があったことを忘れてはならない。この下地がなければ、ヒトラーが如何程政治的手腕があっても駄目である」 昭和十六年早春にこの分析はただごとではない。…

  • 経済的黒魔術

    ハイパーインフレ進行中の社会に於ける紙幣ほど、みじめな存在(モノ)も珍しい。 彼ら(・・)はやがて商取引の媒介という本来の役目を失って、別の用途に具されるようになってゆく。 大抵以前(まえ)よりずっと粗雑な用途に、だ。 ドイツマルクが積み木になったり、壁紙がわりにペタペタ貼られまくったことは、蓋し有名な奇談であろう。 オーストリアクローネは、何故かスイスの商人がピン札を束で買い付けて、ワインボトルのラベルへと相当数が転用される、妙ちくりんな生まれ変わり方をした。デザイン自体の美々しさを見込まれてのことらしい。 (Wikipediaより、10000クローネ紙幣) ルーブルもまた紙屑同然、底の底ま…

  • 痩せる首府

    (首都ですら、これか) オーストリアはウィーンの中央市場にたたずんで、氏原佐蔵は慄然とした。 モノが少ない。 閑散としている。 二百二十万を超す都市人口の支えにしてはあまりに寂寞、積まれ運ばれ並べられ、取り引きされる食糧がどうにも僅少すぎるのだ。 時は恰も第一次世界大戦終結直後。血も涙もない講和条約──少なくとも彼らの主観に基けば、そういうことになっている──を飲まされて、国民が半ば自暴自棄の心境に到りつつあるタイミング。 (敗戦間もない国の姿が、笑顔に満たされ浮かれ調子で活気づいてる方こそおかしい、悲愴はむしろ理の必然ではあるのだが──) それにしたってこの時期のオーストリアは酷すぎた。 こ…

  • リッチモンドの蕨採り

    十八年ぶり四回目の訪英に、石黒五十二は胸躍らせた。 ──久方ぶりに本家本元のローストビーフを味わえる。 そんな期待感がある。 イギリスビールもセットでつけて、大いに舌鼓を打とう。思い出すだに胃の腑の唸る組み合わせ、生きてる内に、よもや再び楽しめるとは。 まさに垂涎、湧き立つような希望を胸に、幾千里もの船の旅に堪えたのだ。 ところがいざやブリテン島に上陸するやどうだろう。 「ローストビーフもビールもないので頗る失望」させられている。 さもありなんだ、彼の人生四度目のこの訪英は、大正七年すなわち西暦一九一八年度に強いて敢行されたもの。第一次世界大戦がついに終局を結びつつある、ギリギリの切所のことだ…

  • 悩ましき草魚

    昭和三十二年が最初ではない。 皇居のお堀に外来種──ソウギョが放流されたのは、だ。 (Wikipediaより、ソウギョ) 環境省の資料には「ソウギョ及びハクレンは、水草除去のため昭和32年、41年及び56年に公的に放流されたものである」と書かれているが、なんの、遡ること二十一年、大日本帝国時代にも、まったく同じ目的──繁茂する水草対策──で試みられたことがある。 作曲家にして水産学者、「お魚博士」末廣恭雄の著書中に、その旨シカと見出せる。 「多分昭和十一年のことであったと思ふが、宮城のお濠に水草が繁茂し過ぎて困ったことがあった。その際草魚といって、満洲や支那の河川に特産し水草を主食とする魚を、…

  • ミツワ謹製「小エビの天ぷら」

    三輪善兵衛が当代きっての「天ぷら党」になったのは、彼の家業と深い関係性がある。 彼は石鹸屋であった。 贈り物の定番としてキッコーマンと併称された、ミツワ石鹸二代目社長は彼なのだ。 石鹸の原料は油脂である。 暖簾を守る──事業を繁栄させるため、商品の開発・改良は一日たりともゆるがせには為し得ない。 三輪善兵衛も、当然これに取り組んだ。 取り組んだどころの騒ぎではない。 この試みを、彼は非常に効率的に行った。大正四年に「ミツワ化学研究所」なる機関を立ち上げ、十分設備を充実させると、爾来ここにて、油脂の知られざる性質を次々判明させてゆく。 (『Stray』より) ところがそうして常日頃、アブラに接触…

  • 遥かなる鹿児島の味

    九州豚の美味さには、古来一定の評判がある。 とりわけ西南、──鹿児島あたりの地方では、遠く江戸の昔から「歩く野菜」などと称して常食していただけはあり、住民も基本、豚の調理に堪能だ。 信州人が見たならば気絶しそうな光景が、何百年も繰り返し展開されたに違いない。鶏ですら卵のみを利用して、べつだん捌きもしないまま、死ねば静かに樹下に埋葬しておった、信州人の神経には到底耐え難いような──。 昭和十年代半ば、この地を旅した獅子文六は、まるでサンドウィッチのように豚ひき肉を高野豆腐の間に挟んだ郷土料理と遭遇し、その発想に感嘆している。「東京でも、関西でも、出る智慧ではないと思った。ハムも旨かった」と、だい…

  • 服従是か否か

    実業家・大橋新太郎、洋行帰りの土産話だ。 フランスからイタリアへ。──汽車の便にて陸路移動中のこと、たまたま同じコンパートメントに居合わせた壮齢の英国紳士から、 「君は日本人か、日本人なら聞いてもらおう、自分は年来、日本の教育に疑義がある」 ほとんど難癖にも近い不躾な態度で話しかけられ、大橋は思わず目を剥いた。 (Wikipediaより、大橋新太郎) 売り言葉に買い言葉、横柄さには喧嘩腰にて応えてやりたい感情を、しかしぐっと我慢して耳を傾けてみたところ。なんとこの人、工業都市シェフィールドにて金物会社を経営している、かなりの名士であるそうな。 企業規模の大を慕って、日本からも屡々修行目的で人が…

  • 「81マスに潜る者」

    花田長太郎は棋士である。 一手一手に理が宿る、荘重華麗な指し回しもさることながら、終盤戦の競り合いに特に秀でていたがゆえ、「寄せの花田」の異名をとった昭和のA級棋士である。 盤上の死闘を制するために生活の大半を捧げて厭わぬ、そういう花田が、かつて語っていたものだ、 「『勝負』といふものには『理外の理』が伴ふ。『理外の理』といって語弊があるなら、人間の判断を超えたところに、何か『神の摂理』があるといふことは、誰でも知ってゐる」 と。 本当に「誰でも知ってゐる」かどうかについての詮索は、ひとまず措いておくとして──。 将棋に不思議の勝ちはあり。少なくともこの人は、「ある」と確信していたようだ。 も…

  • 御旗を仰ぎて

    大正十五年の秋期。 山本英輔指揮のもと長大な航路に就いていた海軍練習艦隊は、ついにフランスの岸を見た。 ツーロンを経てマルセイユ港に錨を下ろし、乗組員らは更にそこから陸路にて、パリの都へ御招待。盛大な歓迎を受けている。 フォッシュ元帥との対面も、そのもてなし(・・・・)の一環といっていいだろう。 否、一環どころの騒ぎではない。明らかにメインイベントの格である。 フェルディナン・フォッシュ。第一次世界大戦期間中、特にマルヌの会戦に活躍した名将だ。彼の武名は、既に天下に定評がある。僅かなりとも軍事に興味を持つ者ならば、この時期知らぬやつは無い。 グレート・ホワイト・フリート来航の折、日本政府が東郷…

  • 猿の慾

    「猿は偉い慾張りで、食物を与へると満腹して居りながら人にとられるのが惜しいと見え、争うて之をとり両頬の中へ入れる。頬が千切れさうになって尚入れようとする。そして、あとでそれを小出して食べるのです。 それに比べると兎はまた反対に慾が少ない。僅かの豆粕くらゐで満足して幸福さうに暮してゐます。まことに従順な、物優しい動物であります。動物園の獅子や虎の餌食になったり、医者の実験台にのぼる日を前に控へながら、悠然とおとなしく遊んでゐます。 喧騒貪婪なる猿の世界と従順温雅なる兎の世界──此の二つが飼はれたる姿のまゝ、生きた図を写したのが即ち此の絵であります」 画家の竹内栖鳳が、自己の作品「飼はれたる猿と兎…

  • オカイコサマ二千億

    かつて、計量(かぞ)えたやつがいた。 生糸の原料、蚕の繭に関してだ。 昭和五年の日本全国繭の総生産額は、一億飛んで六百四十六万と四千五百十六貫。 トン数換算で四十万トン弱にも当たるが、それは今回、別にいい。 重要なのは一貫の繭を紡ぐのに必要とされる蚕の数が、実に平均、二千匹であることだ。 この公式に則れば、上の産額を支えるために飼育(そだ)てられた蚕の数は、二千億を凌駕する。 正確には二千百二十九億と二千九百三万プラス二千匹。これら全部が羽化する前に湯に投ぜられ糸をとられたのだから、生命(いのち)の大量消費にも程があるといっていい。 ところで筆者(わたし)の実家では、母の青春時代まで、まだ現役…

  • 黄金週間空ノ街

    これもまた、同調圧力の一種だろうか。 せっかくのゴールデンウィークに、ただ古書のみを友として自室に籠りきったまま何処へも行かずに過ごすのは、あまりに勿体ないのでは?──そんな疑念をついに払拭しきれずに、焦燥感から逃れたいの一心で、筆者(わたし)はふらり、街歩きへと赴いた。 向かうは押上。東京メトロ半蔵門線終端の土地。圧巻のランドマークたるスカイツリーを擁するところ。 もっとも此度の筆者の目当ては地上ウン百メートルの展望台にあらずして、そのお膝元、東京ソラマチこそにある。 この建物の九階に、面白そうな施設があるとかねてより、評判を聞いていたがゆえ。 施設の名前を、郵政博物館という。 日本の郵便行…

  • 搾乳小話

    世界でいちばん乳を出してくれる牛。それは日本の八丈島に棲んでいた。 年間乳量およそ百石、重さに換算(なお)して一万八千キロ程度。「石数」表記で察せる通り、古い記録だ。大東亜戦争勃発間際、昭和十六年三月に、朝倉文夫が著した随筆にこそ由っている。 (Wikipediaより、朝倉文夫) 「東洋のロダン」に信を置くなら、二位もやっぱり日本の牛が占めていて、富山の某所で長閑に鳴いていた個体。三位に漸く米国が来る。 何事につけ世界一位を誇っていたアメリカも、ことこの分野に関しては大日本帝国の後塵を拝さざるを得なんだらしい。「牛乳に需要の道の開けて未だ日の浅い日本としては非常な躍進ぶりを見せたわけである」と…

  • ナチス飯

    一九四〇年ごろ、ナチス・ドイツの一員が、個人的に親交のある日本人に伝えたそうだ。目下ドイツ国民の血管中に流れてるゲルマン民族本来の血は、全体の僅か五パーセントが関の山、雀の涙に過ぎない、と。 なんだ、それでは君たちが日がな得意がっている人種的純度の優位なぞ、──北方優良民族による高貴な世界指導なぞ、端から成り立たんじゃないか。日本人が難詰すると、いや大丈夫、血を純化する術はある、とうに我らは見つけていると、ナチズム信者も間髪入れず切り返す。 その手法とは、いったい如何なる代物か。 陶酔に声を上ずらせ、彼は熱く語ったそうだ。 「大体血とはどうしてできるか、物を食ふからである、物はどこにできるか、…

  • マナティーの味

    はっきり言ってアマゾンマナティーの肉はあんまり美味くない。 (Wikipediaより、アマゾンマナティー) 少なくとも日本人の口には合わぬ味である。しかし油は有用だ。質・量ともに十分に、豚油の代用品となる。 つまりはペンギンみたいなモノだ。アレの肉とて酷い味だが、油の供給源としてなら相当優秀だったろう。のんきそうな顔つきも、そう考えればどこか似ていなくもない。 食糧として優秀なのは、断然ピラルクこそである。五月の鯉の吹き流しにも似た形状の巨大魚。こいつは美味い、美味すぎる。「魚喰い」たる日本人の基準も楽々クリアする、実に良質な肉である。「吾々日本人は一椀の米とこのピラルクさへあれば、生活には何…

  • エッジランナー石井

    籠城戦をやるに当たって内部の兵士が何にもましていのいち(・・・・)に、気にかけるのは糧食である。 生存に必須な物資の貯蔵量に関してである。この原則は、義和団事件の公使館の場合だろうと変らない。 (『バイオハザード ヴィレッジ』より) むしろ一段と強烈だったとすらいえる。いやしくも祖国の「顔」として、他国他領で要人貴顕と相交じり、活動する人々だ。 第一級の教養の持ち主なのは当然のこと。 その「教養」が、しつこく囁きかけるのだ。 ──籠城戦の挙句の果てに、被包囲側の人員が深刻な飢餓に晒されて、生きながらにして亡者の態を為してゆくのは珍しくない。 ──洋の東西を問わずして、戦史をめくればいくらでも実…

  • 日英民族性瑣談

    英国人の周到さにはほとほと感服させられる。 義和団事件が激化して、北京市街に賊徒満ち、列強諸国の公使らが、生き残りを賭け慣れぬ銃把を握ってまでも死に物狂いの籠城戦をやらねばならなくなった折。 石井菊次郎は──後に米国国務長官ランシングと渡り合い、青史に名高いかの協定を結ぶに至る外務官僚、当人である──驚くべきものを見た。 「籠城の初日から、揃ひも揃って一定の服装で一定の銃剣を肩にして、行動」できた英国人義勇兵──あんまりにも手際よく、統一的な戦闘態勢への転換をこなしてのけたユニオンジャックの一党である。 (Wikipediaより、石井菊次郎) 「一定の服装は、彼等が平素の猟服を着用したのである…

  • 授業中に茶碗酒

    どうも近ごろ、酒の味が面白くない。 どの蔵元の仕込みも同じ、奥深さが減退し、陶酔感が安っぽくなってきている印象だ。 いったいぜんたい、何が起こっているのやら──碗を片手にしばしの間、思案顔して気が付いた。そうだ、こいつは、この現象は、酒の輸送に汽車を用いて以後のことではなかろうか。 (四月上旬、大國魂神社にて撮影) 日本酒は。──本当に美味い日本酒は、やはり東海道五十三次を馬の背にくくりつけられ運ばれて来て、やっと生じるモノだったのだ。 しかし今更販売元に、輸送手段を文明開化以前に戻せと強請ったところで何の効果もないだろう。脳組織の最奥部まで酒精に浸蝕されきった、アル中の譫言以外の何とも受け取…

  • デスペナルティ

    小説、随筆、詩に手紙。 およそ文学作品と呼ぶに足る、無数の文字の列びより、「処刑」にまつわる記述ばかりを引っこ抜いた撰集を、ひとつ編んでみたいもの。きっと意義深い試みになる──アナトール・フランス著『神々は渇く』を再読時、ページをぱらぱら流し読みしていた際に、ジョージ・オーウェルの脳内にふっと浮んだアイディアだ。 「それらの文章は、概して戦闘を扱ったものよりずっとよく書けているに違いない」との事由に基づく。 更に続けて 「たいへん印象的と思われるのは、だれも、といって悪ければ私の覚えている限りだれも、処刑について書く時、決して是認(・・)の態度をとらないということだ。支配的な調子はいつも戦慄で…

  • 民度の頂点

    何が故にであっただろうか。 第二次世界大戦時、ロンドン空襲もっとも激しかったころ、英当局は民衆が地下鉄(メトロ)に退避することを禁じようとしたそうだ。 「駅は駅だ、バンカーではない」──いくらなんでも、そんな原理主義的発想に脳を占領されていたワケではまさかあるまいが。ともかくそうした意向の存在したことは、どうやら事実のようだった。 (空襲を受けたロンドン市街) さて、斯くも無慈悲な「締め出し」措置に遭わされた当時の紳士淑女らは、どのように反応したろうか? 怒りを縁(よすが)にたちまち団結、暴徒と化して障碍すべてを薙ぎ倒し、無理矢理地下へと雪崩れ込みでもしたろうか? すべてを諦め、来世の厚遇を期…

  • 花の信州

    「昔は鶏が死ねば木の下へ埋めたといひます。馬肉を食って来たと云へば家の中へ寄せられなかったのです。牛肉を買って来て軒下で煮て土間で食ったものです。そしてその煮た鍋が穢れてゐるといふので、十日も川の中に入れて置いたものです」 信州生まれの、とある古老の追憶である。 (諏訪湖SAから撮影) 如何に江戸から明治へと、社会自体が音を立てて遷移していた維新前後の候とはいえど、ここまで烈しく肉食を忌む地方というのは珍しいのでなかろうか。 やはり善光寺が在るからか。 仏道教化がよほど根深く浸透してでもない限り、これほど過敏な反応は起こり得ないと思うのだ。 その善光寺の門前町には女どもが春を売る、俗にいわゆる…

  • 素早く眠りに落ちるため

    興味深い証言がある。 伊藤博文に関してだ。 前回から引き続き、佐藤紅緑の追憶より少し引く。 「日露戦争の熄む少し前、公に愛されてゐた或芸者から聞いたことだが、世間では伊藤公といへば非常な好色家のやうに思ふけれども、聞いて見ると必ずしもさうでない。なるほど伊藤さんはよく飲みよく遊んだ。そしてお茶屋へ泊り込む時は、枕元へ芸者を坐らせて、三味線を爪弾きさせる。それを聞きながらウトウト眠るんだね。芸者は、公が眠ったなと思ったら、目が覚めないやうにソーッと部屋を出てしまふと云ふんだ。つまり独りで眠るのが寂しいらしい」 親近感を覚えずにはいられない。 なんとなれば筆者(わたし)自身の父親も、よく枕元にラジ…

  • 通に好かれる権現よ

    玄人ほど権現様の凄み・深みを理解する。 (仙波東照宮にて撮影。三月下旬参詣) 明治二十五、六年ごろ、英国が誇る有力紙、『タイムズ』から我が外務省に照会があった。曰く、「開闢から現代へと至るまで、日本歴史を総覧し、第一等の英雄とは誰だろう?」 答えに窮した役人どもは、困ったときの何とやら、三田へ人を派遣して、「洋学先生」福澤諭吉に事情を説明、意見を仰ぐことにした。 その時の返事に、福澤先生、 「英雄といふ意味に当るかどうかは知らんけども、政治家としての第一人者を推すとすれば徳川家康だ」 このようなことを言ったとか。 ──以上の如きは昭和九年、佐藤紅緑の筆により世間に撒かれしエピソード。ただでさえ…

  • 人間が苦労した時代

    山をぶち抜かねばならぬ。 琵琶湖の水を京都へと、どっと落とし込むために──第一疏水の成就には、なにがなんでも長等山の懐に穴を掘り開けねばならぬ。 時は明治十八年。日本史上に前例のない大トンネルの開鑿につき、二つの人間集団に、主任技師は目をつけた。 一つは生野銀山で経験積みし坑夫ども。 一つは街の石工衆。墓石やら石碑やらを彫り刻み、生活の資とする、そういう手合い。 彼らを抱え込むための折衝がまずあったとか。この采配に関しては、種子島の鉄砲鍛冶師どもをして村田銃の量産作業にあてがった例の施策を想起して、一種格別な感慨が湧く。 前者には比較的軽めの槌を、後者には反対に重めの槌をふるわせて、役割分担を…

  • 高給取りなエースたち

    パイロットは儲かる仕事。 エースとくれば尚更だ。 少なくともアメリカ合衆国では然り。彼の地に於いては一九三〇年代はや既に、飛行の技倆一本で巨万の富を築いてのけた事例が現に存在し、国内外を問わずして羨望の的となっていた。 (テキサス陸軍飛行学校) 新たなるアメリカンドリームといっていい。 仕組みはこうだ。──当時米軍は新型機の試験飛行に負荷の大きい幾つかの挙動を課していたのだが、わけても特に至難とされた項目こそが「急降下」。 およそ三マイルの高みから地面めがけて一気に滑り降りてゆく。これを六回、成功させる。言葉にすれば容易いが、いざ実行に移すとなると洒落にならない難易度で、全米じゅうの飛行界をこ…

  • 鍋島子爵と秋田犬

    蓮池鍋島家十一代目の当主様、鍋島直和その人は、また随分な愛犬家として世間に聞こえた方であり。特に、とりわけ、お気に召された犬種というのが、「秋田犬」であったとか。 (Wikipediaより、秋田犬) 九州肥前蓮池藩を治めた裔(すえ)の子爵様でありながら、東北地方原産の日本犬に向けてこそ最も愛を注ぐとは、なかなか妙な取り合わせ。麻生狸穴の自邸の敷地の一角に鉄柵をぐるりと廻らせて、小屋を設え、そこであのでっかい毛むくじゃらの生き物を四、五頭まとめて飼っていたということだ。 もっともそこはお殿様。飼うといっても直々に日々の散歩をこなしたり、シモの始末をするだのと、まめまめしい世話はせぬ。そういう煩瑣…

  • 浮田和民はなぜサンガー夫人の賛同者となったのか

    快楽に耽るのは大好きだけれど子供が出来ては厄介至極、よって避妊に血道をあげる。 なんたる横着、なんたる勝手。フランス人とはそういう種族。長らくそう見られていた。個人主義の弊害を集めて煮詰めて固めたような、目も当てられないイメージが付き纏っていたことは、気の毒ながらも間違いのないことである。 ところがここにさても愉快な一事実。 そんなフランス人でもだ、ひとたび欧洲世界から摘み上げられ波濤を遥か殖民地へと植え替えられればどうだろう。 なんとびっくり、あら不思議、本国人とは正反対の多産種族へ早変わりする。 「カナダのフランス人は本国のフランス人と違って非常に多産する民族である。前世紀に於て一夫婦十四…

  • 積読タワーがまた高く ─彩の国の戦利品─

    基本的、犬は忠義な性質(サガ)である。 主人に対してどこまでも一途に随順するゆえに、彼らはいつしか、主人の好むところを好み、主人の嫌う相手をやはり嫌悪し敵視するようになる。 猫には見られぬ、犬ならではの特性だ。 「インドの犬は白人に対しては非常な嫌悪の情を示し、欧洲の犬はその訓練の結果として飼主以外の人間に対しては凡て敵対的態度に出る、そして亦アフリカの黒人に飼はれてゐる白人の犬は、白人を見ると狂った様に喜ぶばかりでなく、この白人が例へば探検隊等の場合で、出発を開始し始めるや、この黒人の犬は、この白人の一行に加はるために公然と、自ら出発の用意をすると云はれてゐる」 加茂儀一の大著たる『家畜文化…

  • 景観蹂躙、許すまじ

    巣山は小さな島である。 公的には玉島という瀟洒な名前が冠せられているのだが、地元の特に古老らは一種特別な感慨を籠め、俗名である「巣山」の方で多く呼ぶ。 (土佐藩士の皆様方) この巣山につき、昭和のはじめ、面白からぬ噂が流れた。 島そのものの規模は至って小さいが、浮いてる場所は悪くない。むしろ頗る恵まれている。土佐の玄関・浦戸湾の真っ只中だ。陸上からも海上を行く船からも、姿を望むは易々たるものである。 ──その特性を利用するのだ。 「島を買い取り、看板、幟を立てまくり、以って全土を広告で埋め尽くしてやったなら、さぞ素晴らしき宣伝効果が期待できることだろう」 と、さる高名な足袋屋の店主が思いつき、…

  • 二重帝国の跡地から

    実生すぎ子と同様の、大正時代の留学生で、やはり同じく祖国へと、出先の国の消息を手紙に記して送った者に、中村宗雄の存在がある。 後の早稲田の教授職、法学博士の学位に与るこの人は、大正八年七月以降、オーストリアはウィーン大学に身を置いて、智慧の深化に勤しんでいた。 (Wikipediaより、ウィーン大学) おそるべきタイミングといっていい。 大正八年、西暦換算で一九一九年。 二重帝国は既に解体されている。 領土を失い、 資源を失い、 カネを失い、 人口(ひと)を失い、 何もかもを失って、挙句戦争にも負けた。 第一次世界大戦の徹底的な敗北による傷痕が、国のあらゆる側面に陰鬱な影を投げかけていた、彼の…

  • キャンパス回顧

    一夜漬けの伝統は、なにも大和民族のみの専売特許と限らない。 星条旗はためく地の子弟、──合衆国の学生間にもまま(・・)見受けられる現象である。 そのころカリフォルニア州はオークランドの名門校、ミルズ・カレッジ(Mills College)に異装の生徒が在籍していた。異装であろう。なんといっても、その常衣たるや羽織袴なのである。 彼女の名前は実生すぎ子、大日本帝国からの留学生だ。 名字の「実生」は、これで「ミブ」と読ませるらしい。現下にあってはおよそ廃れた発音だ。そのあたりにも大正時代ならでは(・・・・)の時代空気が嗅ぎ取れて、なかなか床しい気になれる。 まあ、それはいい。 とまれかくまれ、異国…

  • 人が珍獣だったころ

    十九世紀、フランスに於ける日本人の扱いは、まるで珍獣のそれだった。 さもありなん、 「向こうの地理の教科書を開いてみて驚いた。支那の部分は大きな地面に辮髪姿のちゃんとした肖像画が添えてあるのに、日本の部分は埒もない、豆粒みたいな地面の脇に、鳥の尾羽を頭に差して秘部を葉っぱで隠したっきり、あとはほとんど全裸の姿、粗末な槍を携えた褐色肌の蛮人が描かれた始末なのだから」 こんな無茶苦茶な教材が、しかし「文部省検定済」の威光の下に罷り通って授業に具されている以上、一般的なフランス人の対日観がどうなるか、推して知るべきだったろう──。 かく語りしは明治十年、染色技術習得のため彼の地に学びし京都人、稲畑勝…

  • 現行犯と定めしは

    あたかも江戸期の蘭学者、『ターヘル・アナトミア』翻訳中の杉田玄白一同らを見るようだ。 事実、本質はそれに似る。 ──明治九年、司法省に異動早々、清浦奎吾に下された主な任務は、治罪法の制定作業こそだった。 (『Cyberpunk 2077』より) 成立したての日本に近代国家の装いを慌ただしくも施すための、大事な役目といっていい。 これが成るか成らぬかで、ひいては条約改正の風向きをすら左右する、そういうレベルの沙汰事である。 が、仕事に於ける重要性と難易度は、比例関係にあるかのように──。「容易いことではなかった」と、後に奎吾は述懐している。 容易いどころか頗る難行、ボアソナード以下外人顧問の作成…

  • 自主独立は至難なり

    超大国の頂点という自負があるいはそうさせるのか、合衆国の大統領は時々変なことを言う。 例えばウッドロウ・ウィルソン。 (Wikipediaより、ウィルソン) 第一次世界大戦にケリをつけんと舞台に上がったこの人は、その段階でもう既に十分千両役者であったが、更に進んでこれを機に、人類史から戦争をきれいさっぱり根絶してしまおうという、およそ救世主以外不可能な、「神の御業」の実現に半ば本気で取り組んだ。 そのための国際連盟である。 ここまでは誰もが知っている。 問題は、初期段階の彼のプレゼン方法だ。 なんでも曰くウィルソンは、国際連盟ひとたび発足したならば、既存の平和維持策だった「国と国との同盟関係」…

  • 戦争が変化させたもの

    二十世紀の幕開けから十余年。イギリスからアメリカへ、──リヴァプールからニューヨークへの航海は、一週間かそこらにて、十分果たせられていた。 ところがいったん戦(WWⅠ)の火蓋が切られるや否や、どうだろう。要する日時はみるみる嵩み、最終的には戦前の三倍にまで達する事例もあったとか。 ドイツ潜水艦による襲撃リスクを警戒し、避けんがための措置として、蛇行やら何やら変則的な運転を強いられている都合上、そうならざるを得ないのだ。 (Wikipediaより、Uボート) さすれば必然、費消する燃料とても増す。従来の船賃では立ち行かなくなる。余儀なき次第とはいえど、値上げに次ぐ値上げに対し、乗客どもはぶつくさ…

  • 未完成の赤十字

    発足当初の陸軍衛生部隊の徽章は「横倒しにした赤の一本線」である。 石黒忠悳の発意であった。 (明治前期の石黒忠悳) 既に外遊経験者、新帰朝組のひとりとして赤十字社の活動を知り、魅せられもしていた石黒的には最初から、もうストレートに赤のクロスを使いたかったが、いざやその旨、会議に提出してみると、たちまちのうちに囂々たる批難が起こり、妥協せざるを得なかったとか。 十字架=キリスト教、キリスト教=邪宗門との前時代的な等式が未だ高官の脳裏にもべったりへばりついていて、苟も帝国陸軍に、神州の楯にして矛たる組織に左様なシルシは怪しからぬ──と、手酷く撥ねつけられたのだ。 これには石黒も閉口したが、しかし後…

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