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2019/02/02

1件〜100件

  • 才子たち ―森有礼と石田三成―

    英国籍の商船が、荷降ろし中に誤って石油樽を海に落とした。 当時の世界に、ドラム缶は未登場。ネリー・ブライがそれをデザインするまでは、もう十三年を待たねばならない。 (Wikipediaより、ネリー・ブライ) 落下着水の衝撃に、ドラム缶なら堪えたろう。手間は増えるが、回収して終わりに出来た。なんてことないトラブルだ。しかし木樽ではそうはいかない。あえなく砕け、中身がみるみる拡散される。汚染域に居合わせた、不運な魚類が次から次へと水面に浮いた。 明治十九年六月の、横浜に於ける出来事である。 それ自体は取り立てて騒ぐに及ばない。以前の記事でも少しく触れたが、港湾作業中の落下事故など毎日のように起きて…

  • 明治のNIMBY ―伝染病研究所が芝区に与えた波紋について―

    時は明治二十六年、芝区愛宕町の一角に伝染病研究所が建設されつつあった際。同区の地元住民が巻き起こしたる猛烈な反対運動は、わが国に於けるNIMBY(ニンビー)の嚆矢と言い得るか。 (芝公園増上寺) NIMBY。 Not In My Backyardの頭文字から成立する概念だ。 「家(ウチ)の裏庭に置かないで」の直訳通り、意味するところは「社会のため、公共のために必要な事業と知ってはいるが、それでも自分の居住地域でやって欲しくはない」という心理から来る、住民の姿勢一般である。 つまりは横着の発露であろう。 この事態を受け、福澤諭吉の――伝染病研究所、ひいてはそこの所長たる北里柴三郎医学博士の、極め…

  • 風去りてのち ―品川霊場古松之怪―

    東京を尋常ならざる風雨が見舞った。 明治十三年十月三日のことである。 季節柄から考えて、おそらく台風だったのだろう。 瓦は飛び、溝は溢れ、街のとっ散らかりようは二目と見られぬまでだった。 品川区の霊場たる東海寺では、樹齢百年をゆう(・・)に超す松の古木が無惨に薙ぎ倒されている。 それほどの嵐であったのだ。 さて、それから五日後の夜。 パトロール中の警官が異様なモノを発見している。 台風の残した、意外な爪痕と言うべきか。 場所はまさに先述した東海寺、横倒しに倒れたままの古松の附近。 月光が生む淡い影だまりの中で、何かがもぞもぞ蠢いていた。 (すわ、妖怪――) 場所といい時刻といい総合的な雰囲気と…

  • 日本人と禁酒法 ―「高貴な実験」を眺めた人々―

    禁酒論者の言辞はまさに「画餅」の標本そのものである。 一九二〇年一月十七日、合衆国にて「十八番目の改正」が効力を発揮するより以前。清教徒的潔癖さから酔いを齎す飲料を憎み、その廃絶を念願し、日夜運動に余念のなかった人々は、酒がどれほど心と体を痛めつける毒物か、懇々と説く一方で、酒なき社会がどのような変化を遂げるのか、未来予測の宣伝にも力瘤を入れていた。 (Wikipediaより、禁酒党の全国大会) 曰く、「労働者が酒と絶縁することで、工場の能率は大いに上向き、米国の繁栄は更にスピードを増すだろう。しかのみならずその賃金を酒場で消費(つか)わず、家に持って帰るゆえ、家庭内不和は解消されて妻子の健康…

  • ある汁粉屋の死 ―浅草観音老木之怪―

    北村某は汁粉屋である。 立地はいい。浅草観音の裏手に於いて、客に甘味を出していた。 店の敷地に榎の枝が伸びている。 根元は塀の向こう側、寺の境内こそである。 樹齢は古い。幹は苔むし、うろ(・・)となり、それでも季節のめぐりに合わせて艶やかな葉を繁らせる。老樹は確かに、生きていた。 ――この書き方だとなにやら霊験あらたかな、加護なり恩寵なりを恵んでくれそうな雰囲気であるが、現実にはさにあらず。むしろ厄介こそを運んだ。 蛇の通り道なのである。 (Wikipediaより、榎) ある時分から根元周辺、さもなければうろ(・・)の内部にねぐらを定めやがったらしい。幹を遡上し、枝を伝って、かなりの頻度でこの…

  • 九州の熊、月の輪の呪詛 ―古狩人の置き土産―

    天性の狩人と呼ぶに足る。 猪の下顎、つるりと綺麗に白骨化したその部位を、所蔵すること二百以上、特に形の優れたやつは座敷の欄間にずらりと架けて雰囲気作りのインテリアにする、そういう家に生まれ育った影響か。 久連子村の平盛さんは、ほとんど物心つくと同時に「狩り」に異様な魅力を感じ、黒光りする猟銃に憧憬(あこがれ)を募らせた人だった。 (Wikipediaより、猪の骨格) 久連子村。 くれこむらと読む。 独特な風韻を帯びた名だ。こういう響きは、平地よりも山里にこそよく似合う。果たせるかな、久連子村の所在地は秘境と呼ぶに相応しい。九州中央山地の西部、人煙稀なる山また山の奥深く、平家の落ち武者伝説を発祥…

  • 赤い国へ ―鶴見祐輔、ソヴィエトに立つ―

    革命直後のペテルブルグでとみに流行った「遊び」がある。 凍結したネヴァ河の上で行う「遊び」だ。 それはまず、氷を切って下の流れを露出させることから始まる。 (冬のネヴァ河) これだけ聞くとワカサギでも釣るみたいだが、しかし穴の規模はずっと大きく、また釣り竿も使わない。 やがて「玩具」が運ばれてくる。「玩具」とはつまり、帝政時代の富豪や貴族、将校、僧侶――まあ要するに、ツァーリの下で甘い汁を吸いまくっていた連中だ。 こいつらを穴の中に放り込み、溺死に至る一部始終――悲鳴を上げて苦しみ藻掻く有り様をにやにや笑って眺めるのが、つまりは「遊び」の正体だった。 チェキストでもなんでもない、ただの民衆がこ…

  • おひざもとの蓆旗

    ――あのころの江戸は酷かった。 遠い目をして老爺は語る。 彰義隊の潰滅直後、「明治」と改元されてなお、人心いまだ落ち着かず、荒れに荒れたる百万都市の有り様を。 その追憶を、落ち窪んだ眼窩の底に満たし、言う。 私の十五六の時分ですから、今から六十年ばかり前だったでせう。お粥もろくに食べられぬ時があった。大勢広場に集まって蓆旗を立てゝお粥を啜った。彼処の家はまだあるだらう、今日はどこに行かうと朝から集ってそんな相談ばかりして居た。小さな地主なんか、広場に出て来てお粥をたいて御機嫌をとらなくてはならないし、物持面をして居る旦那様なんか打ち殺されてしまふと云ふ有様だった。 掠奪団の光景である。 (ヴァ…

  • 同時代人の二・二六批判

    序文に惹かれた。 表紙をめくって三秒で、魂をガッチリ絡めとられた。 所謂二・二六事件は例に依って支配階級の打倒、財閥勦滅の叫聲を天下に漲らせたのである。彼等は壮語して国家改造の重任に当らんと云ひ、所謂愛国的熱情を以て挺身せりと自負してゐるのである。其の動機心境の如何を問はず我等は此の如き企(くわだて)に対し断乎として反対を表明せずには居られないのである。如何に理論ずけようとも、此の如き一挙は至尊の大権と政治の大権とを欺き奉る中世武門政治時代の再現に外ならぬものであって、逆賊的思想行動と断じなければならないのだ。 なんという大胆さであったろう。 青年将校の暴発に対し、ここまで遠慮会釈なき、ほとん…

  • 鶴見と笠間 ―一高生たち―

    言葉は霊だ(・・・・・)と鶴見祐輔は喝破した。 外国語の修得は、 単語を暗記し、 文法を飲み込み、 発音をわきまえ、 言語野に回路を作れても、 それだけではまだ不十分。 いや、学校のテストで合格点を取ることだけが目的ならば、それで十分「足る」だろう。 しかしもし、実生活や仕事の上で異なる言語の使い手と、相当深いところまで立ち入った話をするのなら。互いの心臓を預け合う、極めて強固な信頼関係を結びたいなら。技術一辺倒では駄目だ、どうしても吐き出す言葉の中に、魂を宿らせる必要がある。 それには何より、その外国語で記された古典をたん(・・)と読むことだ。日本語の場合に置き換えればすぐわかる。およそこん…

  • 桃色遊戯と紅血代価

    オランダで日本人が殺された。 明治十八年のことである。 被害者の名は桜田親義、その身上は、一介の観光客にあらずして、留学生ともビジネスマンともまた違う。 公使であった。 現地に於ける外交上の窓口であり、「日本の顔」と称してもあながち誇張にはあたらぬ存在。 そういう公使が胸に一発ズドンとやられて殺害されたわけであるから、これはてっきり巨大な陰謀の一角だとか、抜きがたい人種差別の発露であるとか、いずれにせよ何かしら、壮大な構図を妄想してみたくなる。 ところがどっこい事実に於いてはさにあらず、ただの単なる痴情のもつれ、それ以外のなにものでもなかったから救えない。 実はこの桜田親義なる男、日本に妻を残…

  • 一高魂 ―昭和三年の破天荒―

    朝陽が昇るや、街にどよめきが広がった。 波紋のもと(・・)は、繁華な通りの一店舗。ヨーゼフという独り者が経営している、その入り口の戸の上に、 自殺につき閉店す! こんな貼紙が押しつけられていたとあっては、そりゃあ騒ぎにもなるだろう。 最初は皆、冗談だと思った。 ところがいよいよ陽は高く、開店時間をとうに過ぎてもヨーゼフの店はしん(・・)として、物音ひとつ聞こえてこない。 ――あるいは、まさか、ひょっとして? 不安の影が、人々の心に兆しはじめた。 こういう場合のために警察が居る。通報を受け、戸を乱打すれど反応皆無。やむなく強引にぶち破り、中に入れば豈図らんや、店主は貼紙の内容通り、梁にぶら下がっ…

  • EDF! EDF! EDF! EDF!

    「この感じだ、戦争だ。我らには、それが必要だ」 『地球防衛軍6』を購入。 『エルデンリング』以来だから、ざっと半年ぶりになるのか――事前に予約を入れてまで、発売日にゲームソフトを買いに行くのは。 本シリーズとの付き合いも長い。 まだ「SIMPLE2000シリーズ」のラベルも剥がれていなかったころ、ブラウン管テレビの前でアナログコン握り締め、『THE 地球防衛軍2』に没頭したのが始まりだから、かれこれ十五年来のファンになる。 十五年――。 我ながらよく飽きないものだ。 蟻を撃ったり、蜘蛛を焼いたり、蜂をバラバラに爆殺したり。 ナンバリングを重ねても、やってることは大概同じ。画面に溢れる巨大生物の…

  • 開港前夜 ―二千両の目隠しを―

    「黒船来(きた)る」。 その一報が、箱館を恐慌の坩堝に変えてしまった。 安政元年のことである。 この年の春、三月三日。神奈川の地で日米和親条約が締結された。 (Wikipediaより、日米和親条約調印地) 全十二条に及ぶ内容のうち、第二条目にさっそく開港地の設定がある。下田は即日、そして箱館は一年後、米国に対し港を開く、と。以後、星条旗を掲げる船はこの二港にて、薪水・石炭・食糧その他必要物資の供給を受けることが可能になると。 調印式が終わるなり、マシュー・ペリーはこういうことを言い出した。「条約の円滑な履行を期すべく、下田と箱館、この両港を実地調査せねばならない」。 なるほど筋は通っている。 …

  • 北陸の岸 ―白砂青松に至るまで―

    越後にこういう話がある。 直江津から柏崎に至るまで、十三里に垂(なんな)んとする沿岸地帯。元来あそこは緑の稀な荒蕪地であり、強い北風が吹きつけるたび、砂塵を巻き上げ、人の粘膜を傷付けて、とても居住に適さぬ場所であったのだ、と。 (直江津港附近) 変化(かわ)ったのは天和年間、十七世紀末からだ。 時の領主が思ったそうだ、 「あのあたりを松原にしよう」 と。 たちまち数ヶ所が見繕われて、大量の粟が運び込まれる。 そう、粟だ。五穀のひとつ、稗と並んでとりわけ有名な雑穀であり、雑穀中のいわば「顔」。ご丁寧にも脱穀後の実ばかりである。そいつをばさっと、植えるのではない、打ち水みたいにただ無造作に撒き散ら…

  • 名の由来 ―酒と銀杏―

    先入観とはおそろしい。 ずっと名刀正宗が由来とばかり考えていた。 清酒の銘によくくっついてる「正宗」の二文字。アレのことを言っている。 (「櫻正宗」の醸造過程) ところが違った。違うことを、住江金之に教わった。 昭和五年版というから、ざっと九十年前の古書、『酒』の中にそれ(・・)はある。 正宗といふ字を、普通マサムネと読み、刀の正宗から来たものゝ様に考へて居る人があるが、本来はセイシューと音で読ませたものださうな。其来歴は初代の山邑太郎左衛門が仏教信者で、或時深草の元政庵を訪ね、偶然机の上の経文をあけてみたら正宗の字があった。丁度酒の名を考へて居た故、これこそいゝ名だといふのでつけたとのことで…

  • 海の屯田 ―明治人たち―

    ルドルフ・フォン・グナイストはプロイセンの法学者である。 腕利きの、といっていい。その名声が一種引力として作用して、相当数の日本人が彼のもとを訪れた。教えを請い、啓蒙を得、草創間もない祖国日本の法整備を志し、意気揚々と引き揚げてゆく極東からの生徒たち。 彼らに対し、逆にグナイストの側から「教えてくれ」と声を上げたことがある。明治十三年、行政裁判法につき質問するためやってきた、村田保(たもつ)に対してだ。 (Wikipediaより、村田保) 内容は、専ら水産に関することどもにつき。 「日本の海に棲まう魚類は六百種もの夥しさに及ぶと聞いた。ドイツの六十余種に比し、実に十倍相当だ。従って漁獲量も莫大…

  • 落日近し ―戦場心理学瑣談―

    ここに手紙がある。 差出人は名もなき軍医。支那事変の突発後、召集に応じて大陸へ馳せた無数のひとり。黄塵乱舞す彼の地から、山紫水明、日本内地の医友へと書き送ったものである。 内容に曰く、 近頃内地からの慰問団や慰問文・新聞・雑誌などから受けるものに共通した概念がある、一例をあげると、勤勉力行・貯蓄報国・スフ入り国防服・モンペ姿の令嬢・日の丸弁当、といった類のものである。どれ一つとりあげてみても悪いものは一つもない。然し、生活態度が多種多様な大きな社会に於て、短時日の間に判で押したやうな変化は考へられぬ。之がかけ声だけであるとすれば困ったものであるし、私共、前線の者を励ますためであるとすれば、誤り…

  • 諭吉と西哲

    福澤諭吉の言葉には、西哲の理に通ずるものが多少ある。 たとえばコレなどどうだろう。 増税案の是非をめぐって起こした――むろん『時事新報』上に――記事の一節である。 本来人民の私情より云へば一厘銭の租税も苦痛の種にして、全く無税こそ喜ぶ所ならんなれども、其苦痛は実際に到底免かれしむることを得ずとあれば、寧ろ一時に之を取て苦痛も亦一時に止まらしむるこそ肝要なれ。喩へば棒を以て臀辺を一撃さるゝと、又は細鞭にして絶えず叩かるゝか若しくは靴の底に釘して歩ごとに足を刺さるゝと、孰れが苦しきやと云へば、臀辺の一撃大なりと雖も、其痛みは一時にして之を忍ぶに容易なるが如し。 私の眼にはこの論説が、ほとんど『君主…

  • 通史の常連 ―旧陸軍と高島秋帆―

    わがくに陸軍の「通史もの」を繙くと、まず結構な確率で高島秋帆の名前が出てくる。 勝海舟の『陸軍歴史』にしてからが既に然りだ。「天保十一年庚子高島四郎太夫ノ建議ハ暗ニ後年我邦陸軍改制ノ事ヲ胚胎スル」と、劈頭一番、序文にもう含まれている。どれほどの重要人物か、おのずと察しがつくだろう。 (Wikipediaより、勝海舟) 秋帆、通称は四郎太夫、本名茂敦。寛政十年八月十五日、長崎の街にて生を享く。その身に流れる血液は、代々長崎の町年寄を務め、萩尾新流の砲術を伝える、由緒正しきモノだった。 年齢を重ねるに従って、順当に一族の流れを汲み、火砲の扱いを学んだらしい。 が、高島秋帆、天性カンのするどい男であ…

  • 明治の捕鯨推進者 ―讃岐高松、藤川三渓―

    『捕鯨図識』が面白い。 読んでそのまま字の如く、クジラという、地球最大の哺乳類につきあれこれ綴った本である。 (Wikipediaより、ザトウクジラ) 著者の名前は藤川三渓、讃岐の人、文化十三年の生まれ。黒船来航前後から藤森天山・大橋訥庵等々の「勤皇の志士」と交わりはじめ、思想的影響を大いに蒙り、幕末の動乱に際しては「龍虎隊」なる一種の農兵部隊を組織して「熱誠」を顕そうとした。 奔走家といっていい。 が、そうした態度が逆に藩の忌むところとなり、ほどなく立場を失って、牢にぶち込まれている。 物理的な必然性を伴って改革者に付き纏う、反動現象であったろう。 龍虎隊を編成し、その指揮官に就いたのが文久…

  • 裸の交渉 ―青木建設創業夜話―

    外交にせよ、商談にせよ。まずふっかけてかかるのが交渉術の基本とされる。 過大な条件を突き付けて、そこから徐々に妥協点を探ってゆくのが即ち腕の見せ所であるのだ、と。 近年のサブカル界隈にもまま見られる描写であった。 有名どころでは『スターダストクルセイダーズ』が挙げられよう。パキスタンにて、ジョセフ・ジョースターがケバブを値切ったあの手際。店主の内心まで含め、ほとんどお手本のようだった。 (Wikipediaより、イスタンブールのドネルケバブ) しかしながら、すべてではない。 すべての商人、外交官が、常に如上のメソッドに則るわけでは、むろんない。 ときには敢えて真逆を行く者もいる。素人ではなく、…

  • 狼の価値 ―一匹あたり二十万円―

    「狼一匹を駆除するごとに、三円の報奨金を約束する」――。 そんな布告を北海道開拓使が出したのは、明治十年のことだった。 (Wikipediaより、開拓使札幌本庁舎) この当時、一円の価値は極めて重い。小学校の教員の初任給が九円前後の頃である。たった三匹仕留めるだけで、公務員様の御給金に届いてしまう。まずまず破格といっていい。 ところが「お上」の気前のよさは、未だ序の口に過ぎなかった。翌十一年、開拓使は報奨金を吊り上げて、なんと狼一匹ごとにつき、現金七円をくれてやると宣言している。 現代貨幣価値に換算して、およそ十四万円だ。 独り身で、質素倹約を心がければ、一ヶ月は喰いつなげよう。 あの害獣をぶ…

  • 続・ドイツの地金 ―何度でも―

    ナチ党による独裁が確立して以後のこと。 ドイツ国内に張り巡らされた鉄道網。その上を走る汽車のひとつに、日本人の姿があった。 べつに政府関係者でも、大企業の重役でもない。ただの単なる旅行客、それも気ままな一人旅である。 彼の傍には地元民らしき少年ふたりが腰かけて、如何にも元気に、溌溂と、黄色い声でおしゃべりに興じ合っていた。 (微笑ましき情景よ) どうやらこの邦人は子供の声にいちいち神経を尖らせずにはいられない、狭量短気な因業野郎でなかったらしい。和やかな気分で見守っていると、そのうち小腹が空きでもしたのか、少年たちは鞄を開けて、中からバナナを取り出した。 皮を剥き、如何にも美味そうに咀嚼する。…

  • 屯田兵の記憶 ―会津藩士・安孫子倫彦―

    明治八年、最初の屯田兵たちが北海道の地を踏んだ。 青森県より旧会津藩士四十九戸、宮城県より仙台士族九十三戸、山形県より庄内士族八戸、その他松前士族等々、合計百九十八戸に及ぶ人間集団が青森港から小樽の港に渡ったのである。 その中に、安孫子倫彦の姿もあった。 (小樽港) 旧会津藩士四十九戸の中の一。十一歳の幼さで二本松城の陥落に見(まみ)え、故郷を焼け出される辛さを味わい、戦後は戦後で下北半島、本州に於ける「北の果て」に移されて、死ぬような苦労を重ね続けた人物である。 戊辰の際には元服前の前髪だったこの彼も、明治八年ともなると十九歳の立派な青年。 屯田兵の応募資格――「満十八歳以上三十五歳以下の士…

  • 北海道のユニコーン ―幕末幻想怪奇譚―

    試される大地だけではないか、わが日本国で、一角獣が棲息するとまことしやかに語り継がれてきた土地は――。 文献上に確認できる。 萬延元年、西暦にして1860年、函館から江戸へと飛んだ一通の書。栗本鋤雲が旧知に宛てて書き送った手紙の中に、該当する部位がある。 曰く、 「駒ヶ岳麓あたり異獣出る大さ子牛の如く、額に一角あり、長さ尺余時あり鹿部川を遊泳す。(中略)川を下る時は額端一角分明見るべし、身を隠し迅疾矢の如し、猛勢迫るべからず」 と。 (Wikipediaより、栗本鋤雲) 子牛ほどの大きさで、 額に30㎝前後の角があり、 脚は速く、地形地物に巧みに隠れ、とても追跡が及ばない。 この特徴は、どう見…

  • 男にとっての最大鬼門

    フレデリック・ショパンは恋人を捨てた。 「捨てた」としか表現しようのないほどに、それは唐突かつ一方的な別れであった。 (Wikipediaより、フレデリック・ショパン) 原因は、益体もない。 あるささやかな集まりで、自分に先んじ他の男に椅子を勧めた。 たったそれだけ。 ただそれだけの、本来瑕瑾(きず)とも呼べぬささやかな瑕瑾。しかしながら人間に芽生える感情の中で、愛とか恋とかいったものほど理屈に合わない、計算式を超越した代物もちょっと例がないだろう。 (こんな女だったのか) ショパンにとって、それは決して忽(ゆるが)せにできぬ重大事。不快なること、腸(はらわた)をこねくりまわされるも同じ、以っ…

  • ドイツの地金 ―敗れても―

    一九一九年、敗戦直後のドイツに於いて、二人の男が自伝を世に著した。 一人はアルフレート・フォン・ティルピッツ。 もう一人はパウル・フォン・ヒンデンブルク。 どちらも名うての軍人であり、多分の英雄的側面をもつ。 ティルピッツに関しては、以前の記事でもわずかに触れた。グレート・ホワイト・フリートについて、派遣の真意をルーズベルトに直接問うた彼である。 (Wikipediaより、アルフレート・ティルピッツ) 第一次世界大戦勃発時には、海軍大臣を務めていた。 その自伝の末尾に於いて、彼はこのように書いている。 我が希望をして来るべき時代に在らしめよ、我等は決して奴隷として生まれなかった、二千年間我が民…

  • 紳士たちの戦争見物

    日清戦争の期間中、現地に展開した皇軍をもっとも困惑させたのは、清国兵にあらずして、イギリスの挙動こそだった。 そういう記事が『時事新報』に載っている。明治二十八年三月二十四日の上だ。曰く、「我軍が敵地を占領するの場合に、彼(イギリス)の軍艦乗組員の士官等が戦闘未だ止まずして弾丸雨飛の中に上陸し、我軍に就き古鉄砲もしくは青龍刀などの珍しき戦利品の譲与を五月蠅く請求することあり」と。 筋金入りの蒐集狂といっていい。 生命よりも珍品か。 流石は大英博物館を、コレクトマニアの極北を築き上げた民族である。 (Wikipediaより、大英博物館) もっともイギリス人の戦場に対する恐怖感情の欠乏は今に始まっ…

  • 酪農王国への歩み

    北海道へ行くと、停車場でも旅館でも、あらゆる施設が隙あらば牛乳を飲ませようとする――。 毎日新聞に籍を置く、とある記者の弁である。 昭和三年、取材旅行を総括して、だ。 (旭川近郊、平手牧場) 試される大地に酪農王国を築き上げんと、たゆまぬ努力、営為があった。 地元民のそういう熱気に押されてか、道庁もなかなか味なことをやっている。その消費量を伸ばすため、換言すれば日本人にもっと牛肉を味わわせ、乳を鯨飲させるため、なんと『日本書紀』の権威を借りて宣伝の用に充てたのだ。 なんでも神武天皇の巻中に、こういう条(くだり)があるそうだ。「秋八月甲午の朔乙未に牛酒を設け以って皇師を労饗す。天皇其酒宍を以って…

  • 公私の巧みな使い分け ―国会記者・岡本一平―

    岡本一平は政治漫画もよく描いた。 だから国会の裏も表も、実に詳しく知っている。 記者控室の常連だったといっていい。蝶を待つ蜘蛛の心境で、あの立法府の隅々に感覚の網を張っていたのだ。 (Wikipediaより、国会議事堂) ある日、こんな景色に出くわした。なんのことはない、ひとりの議員が帰り際、意図せず現職の某大臣と行き合った。すれ違いざま、議員はぺこりと一礼し、簡素ながらも心のこもった辞儀を残して過ぎ去った。ただそれだけのことである。 ところがこの議員というのが実は野党に属する者で、政府攻撃の先鋒として日夜活動にいそしんでおり、ついさっきまでも予算案に関連づけて、まさにこの大臣某氏を罵殺せんが…

  • 未来は過去の瓦礫の上に ―青函連絡船小話―

    小麦に限らず、艀荷役はよく積荷を落っことす。 何処かの誰かが到着を今か今かと待ちわびている大事な品を、些細なミスからついつい海の藻屑に変える。 大正十一年度には、青函航路――青森駅と函館駅との間を結ぶ、片道ざっと113㎞のこれ一本をとってさえ、実に一千四百二十三件もの荷役事故が発生したということだ。 (函館港) 一千四百二十三件。 単純計算で、毎日最低三つの荷物を水没させていなければおっつかない数である。 北海道を本州に、もしくは本州を北海道に繋ぎとめている重要航路に、なんという無駄な損失だろう。 宿痾なりと諦めるには、ちょっと(・・・・)以上に多すぎる。 当時の人もそう思ったらしい。対策が打…

  • 鶴見工場、偉観なり ―時事新報上の日清―

    そのむかし、大日本帝国は一廉の小麦粉輸出国家であった。 小麦ではない。 小麦粉(・)である。 カナダ・アメリカあたりから小麦を仕入れ、国内にて製粉し、袋詰めして輸出する。そういうことで、けっこうな利益を上げていた。 (Wikipediaより、小麦粉) 当時の記録を紐解くと、昭和二年時点に於いて二百五十万袋を輸出したのが、 昭和三年には六百五十万袋となり、 昭和四年には九百十万袋、二年前の四倍弱に到達している。 春の野原の土筆(つくし)みたいな、さても目ざましき「伸び方」だった。 しかし本当に驚くべきは、この輸出小麦粉の七割までが、その実たった一つの工場にて生産され、送り出されていたことだろう。…

  • 真実の聲 ―常在戦場、至難なり―

    「痛え、医者を呼んでくれ」 岐阜で兇漢に刺された際、板垣退助が本当にあげた叫びとは、こんな内容だったとか。 まあ無理からぬことである。 死の恐怖を、それもだしぬけに突き付けられて、泰然自若とふるまえなどとそれこそ無理な注文だ。 (維新直後の土佐藩士。前列中央に板垣退助) 大正十二年九月一日、溜まりに溜まった地殻変動エネルギーがついに臨界点を超え、関東地方一帯を、時化の海もかくやとばかりに激しく揺らしたあの瞬間。 横浜に不幸な父子があった。 父は書斎でくつろいで、 息子は庭で土いじり、 その格好で大震災を迎えたことが、彼らの運命、生と死を、どうしようもなく分かってしまった。 震度七の衝撃に、住宅…

  • 続・福澤諭吉私的撰集

    もう少しだけ福澤諭吉を続けたい。 ――明治維新にケチをつけたがる類の輩が愛用する論法に、アレは市民革命ではない、支配階級すわなち武士同士の内ゲバに過ぎない、よって不徹底も甚だしく未完成もいいところだとの定型がある。 が、福澤諭吉に言わせれば、「だからこそよかった」。 下からでなく、上からの改革であったればこそ。だからこそ日本の近代化は首尾よく進展したのだと、そのように話を持ってゆく。 〇恰も上流より流して下流に及ぼし、先づ脳髄を文明にして漸く手足に達したることなれば、其道、順にして、流行も亦速なり。之を他の亜細亜諸国に於て、下等の小民等が単に商売などの利益の為めに、先づ文明に接して文明の事物を…

  • 福澤諭吉私的撰集

    猿に読ませる目的で書かれた文を読んでいる。 福澤諭吉の文である。 尾崎行雄咢堂は、その青年期のある一点で、「筆で生きる」と心に決めた。 そのことを福澤に報告にゆくと、折しも福澤は鼻毛を抜いている最中で、鼻毛抜きを手放しもせず聞きながら、「変な目付きをして、ななめに予が顔をながめ」、 ――おミェーさんは、誰に読ませるつもりで、著述なんかするのか。 不作法千万に訊ねたという。 (Wikipediaより、福澤諭吉、明治二十年ごろの肖像) (……恩師とはいえ) その態度はあんまりだろうと、尾崎は怒気を催した。 が、自制心を総動員して抑え込み、返した答えが、 「大方の識者に見せるため」 襟を正して背筋を…

  • 福澤諭吉の戦争始末 ―領土経営の方針如何―

    鎌倉幕府は、頼朝は、奥州藤原氏を滅ぼした。 が、彼の地にうごめく無数の民を真に屈服させ得たかというと、これは大いに疑問が残る。 なんとなれば津軽に於いて、「口三郡は鎌倉役でも、奥三郡は無役の地」と呼ばれたように。 この時代を象徴する土地制度――守護・地頭の導入も、一旦はこれを実施しながら「出羽陸奥に於いては夷(えぞ)の地たるによりて」と理由を構え、いそいそと撤回した形跡がある。 撤回して、変わりに示した方針は、「すべて秀衡、泰衡の旧規に従ふべし」――奥州藤原氏の頃のままやれとのことだった。 (平泉毛越寺に伝わる舞踊) 事実上の白旗宣言に等しかろう。しかもこの方針を示した相手は、やはり土地の豪族…

  • 日仏変態作家展 ―続・身を焼くフェチズム、細胞の罪―

    ボードレールが吉良吉影を知ったなら、おそらく彼の名ゼリフ、 自分の「爪」がのびるのを止められる人間がいるのだろうか?いない…誰も「爪」をのびるのを止めることができないように…持って生まれた「性(さが)」というものは 誰も おさえる事が できない……………どうしようもない…困ったものだ 天与の好悪、性癖に関するこの哲学に、満腔の賛意を示したとみて相違ない。 (Wikipediaより、ボードレール) というのも、シャルル=ピエール・ボードレール、この象徴派の先駆者たるフランス人も、その個性的な趣味嗜好を満たすため、世間の常軌をときに大きく逸したからだ。 一例を挙げよう。 ボードレールはどういうわけ…

  • 奸商、姦商、干渉ざんまい

    西暦一六四一年、江戸時代初期、三代将軍家光の治下。寛永の大飢饉がいよいよ無惨酷烈の極みへと達しつつあったその時分。幕府の命で、三十人の首が斬られた。 比喩ではない。 そっくりそのまま、物理的な意味で、である。 彼らに押された烙印は「奸商」ないし「姦吏」のいずれか。 囲炉裏端の筵を刻み、煮込んで喰らう。そんな真似さえ百姓たちの間では常態化しているこの苦しみの只中で、なおも物資を不当に溜め込み値を吊り上げて、もって私腹を肥やさんとした。そういう廉(かど)で告発されて、処刑されたものだった。 (江戸城、幕末に撮影) ――ざまをみよ。 庶民はむろん狂喜した。さもありなん、「他者(ひと)の膏血を啜る鬼め…

  • 総力戦まであと三日 ―準備せよ、準備せよ、準備せよ―

    一九三九年九月一日、ドイツ、ポーランドに侵攻開始。 「二十年の停戦」はここに破れた。第二次世界大戦の開幕である。フェルディナン・フォッシュが嘗て危惧したそのままに、世界は再び一心不乱の大戦争へどうしようもなく突入してゆく。 ドイツの動きは早かった。なんといってもルビコンを渡るより以前、八月二十八日の段階で、もう食糧と一部生活必需品とが切符制度に移行している。前日、二十七日付けで公布された「生活必需品確保の暫定令」及び「農産物管理令」の効果であった。 切り替えにあたってナチ党は、これをスムーズに運ばせるため、当時の食糧農業大臣リヒャルト・ダレをラジオ放送に当たらせて、国民一般に「政府の声」を響か…

  • マッドな人たち ―八田三郎のコレクション―

    手術(オペ)で切除した腫瘍の味を確かめるのを事とした、例の外科医先生といい。 戦前日本の学者というのは、奇人というか、どうもマッドな香りが強い。 植物園の住人ですら、四分五裂した人体のアルコール漬け標本を平気で持っていたりする。 八田三郎のことである。 (北大植物園・博物館) 北海道大学農学部附属植物園の管理者の任を、この動物学者が帯びていたころ。同地を当代の名ジャーナリスト、杉村楚人冠が取材しに来た。 そのとき「珍しい品をお見せしよう」と持ち出したのが、前述のゲテモノだったというわけである。 以下、杉村の記事をそのまま引くと、 札幌神社に詣でゝ後植物園に八田博士を訪ふ、博士は珍しいものを見す…

  • 続・末期戦の一点景 ―大英帝国、備蓄なし―

    一九一四年八月四日、イギリス、ドイツに宣戦布告。 それからおよそ二ヶ年を経た一九一六年十月時点で、小麦の値段は十三割増し、小麦粉の方も実に十割増しという、紳士たちが未だかつて経験したことのない、大暴騰が発生していた。 産業革命以来、海外の低廉な農作物に頼るばかりで自国農業をひたすら等閑に附し続けてきた伝統のツケを、こんな形で支払わされたわけである。 一九一七年二月二十三日、時の首相ロイド・ジョージが下院に於いて演説した内容は、そのあたりの消息を最も簡潔明瞭に取りまとめたものだった。 「穀物条例廃止以来二十年間に四百万エーカーの土地と五百万エーカーの開墾地とが草地に変った。農業人口の半分は、海外…

  • 夢路紀行抄 ―液体生命―

    夢を見た。 神の御業の夢である。 最初はハンドクリームだった。 真珠を融かしたかの如く鮮やかに白いその軟膏を一掬いして、きゅっと掌(てのひら)に握り込む。するとどうだ、中でどんどん体積を増し、ついには指の合間から、河となって流れ出したではないか。 いつまでも尽きる気配がない。 いい気分だった。 まるでキリストではないか、マタイによる福音書第十四章、五つのパンと二匹の魚で五千人を満たした奇蹟――。 今にして顧みれば的外れもいいところだが、夢の中では思考能力が一部麻痺する。床に広がる純白を、なんの自省もすることなしにただ恍惚として眺め続けているだけが、わが偽りなき姿であった。 (Wikipedia…

  • 末期戦の一点景 ―餓鬼道に堕ちたヨーロッパ―

    戦争は次のステージに進んだ。 畢竟、勝利の捷径(ちかみち)は、敵国民の心を折って戦意を阻喪せしむるに在り、その目標を達成するに「兵糧攻め」――慢性的な食糧不足を強いるのは、大規模な空襲と相並んで極めて有効な一法である。 今日でこそありきたりな認識なれど。一九一九年の段階で、早くもこれに気が付きかけた山科礼蔵という人は、なるほど確かに慧眼だった。 (長谷川哲也『ナポレオン ―獅子の時代―』より) 彼は実業特使としての任を果たす傍らで、ドイツ、フランス、イギリスなどの欧州列強各国が大戦中に施した食糧政策を細かく調査。 その結果、以下の如き知見を得た。 まず、山科に言わせれば、「凡そ戦時に於ける食糧…

  • 挑発には挑発を ―英国貴族と労働者―

    「戦争は富める者をいっそう富ませ、貧しき者をより貧しく、唯一の資本たる健康な肉体さえ損なわしめた。金欲亡者がぶくぶく肥り、我が世の春を謳歌する蔭、祖国のために義務を尽した勇士らが、路傍で痩せこけ朽ちてゆく。諸君! こんな不条理が許されていいのか! 人道を無視した搾取に対して、我々は一致団結し、抗議の声を上げねばならない!」 その日、グロブナー・スクウェアは熱かった。 ロンドン有数の高級住宅街に設えられたこの公園を舞台とし、社会主義者どもの野外演説会が決行されたからである。 緑の空間に、アカどもが蝟集したわけだ。 (トラファルガー広場のコミュニストたち) アジに盛り込まれている「戦争」の二文字。…

  • 清冽な大気を求めて ―一万二千フィートの空の舌触り―

    山形県東村山郡作谷沢村の議会に於いて、男子二十五歳未満、女子二十歳未満の結婚をこれより断然禁止する旨、決定された。 昭和五年のことである。 (昭和初期の山形市街) ――はて、当時の地方自治体に、こんな強権あったのか? とも、 ――なんとまあ、無意味なことを。 とも思う。 大方世上を賑わわせていた、人口過多・産児制限のあおりを喰っての反応だろうが。――およそ情念という情念の中でも男女の恋の炎ほど天邪鬼なものはない。障害物が高いほど、引き離す力が強いほど、いよいよ盛んに燃え上がる。当事者にとってはその一切が単なるスパイスに過ぎないのだ。 水の流れと妾(わたし)の恋は堰けば堰くほど強くなる この都々…

  • 遺恨三百 ―歳月経ても薄まらず―

    憎悪は続く。 怨みは消えない。 復讐は永久に快事であろう。 幕末維新の騒擾がどういう性質のものだったかは、東征の軍旅が関ヶ原を通過した際、薩摩藩士の発揮したはしゃぎっぷりによくわかる。 「いよいよ二百余年前の仇討ができる」と喜び勇み、一行の中でも河島醇に至っては、ご照覧あれとその場で大きく四股を踏み、先祖の霊を地面の下から呼び起こし、文字通り雀踊りしたほどである。 後の立憲自由党幹事、衆議院議員の若かりし日の姿であった。 (Wikipediaより、河島醇) ことほど左様に、明治維新は関ヶ原の敗者にとって、三百年来待ち望んだお礼参りの好機であった。 秋田藩はなにゆえに、奥羽越列藩同盟からいち早く…

  • 魂叫

    貧は罪の母という。 その象徴たる事件があった。 姉による、弟妹どもの抹殺である。 (『江戸府内 絵本風俗往来』より、子供の盆歌) 主犯――長女の年齢は、事件当時十七歳。この長女が 「水遊びをしに行こう」 との口実で十歳になる弟と、十二歳の次女、二歳の三女を伴って近所の小川に出掛けてゆき、そして自分一人しか戻らなかった。 あるいは淵に突き落とし、あるいは捩じ伏せ、無理矢理沈め。小川の水を凶器とし、他三人をことごとく溺死させてのけたのである。 事件に先駈け、この一家では母親が世を去っていた。 その影響は甚大だった。口さがない言い回しを敢てするなら、典型的な下層に位置する血族だ。 父親は朝から晩まで…

  • アンダマンの原始缶詰

    またぞろ例の「竹博士」が喜びそうな話を聴いた。 そこは遥かなインド洋、ベンガル湾南東部。インド亜大陸本土から隔つること実に1300㎞東の彼方。翠玉を溶き流しでもしたかのように澄んだ海に囲まれて、アンダマン諸島は存在している。 「世界で最も孤立した地域の一つ」――。 そんな呼び名も高い地だ。 何年か前、例の宣教師殺害事件でいっとき世上を騒然とさせた北センチネル島なども、このアンダマン諸島を構成する一島であり、上の評価が決して看板倒れでないと如実に示すものだろう。 (Wikipediaより、北センチネル島) さて、そんな世界の果てのような地で。 原住民らがその身体を保つため、口にしていた食物とはい…

  • 濠洲小話 ―ファースト・フリート―

    見方によってはアメリカ独立戦争こそが、オーストラリアの産婆役であったと言える。 (Wikipediaより、レキシントンの戦い) 一七七五年四月十九日、開戦の号砲が鳴る以前。イギリスからは毎年およそ千人前後の囚人が、北米大陸に送り込まれる「流れ」があった。 一世紀以上の長きに亘り、保たれてきた「流れ」である。 受け取り先は各地の地主。用途については、敢えて語るまでもなかろう。 ところが戦争がすべてを変えた。 砲火の前に、あらゆる伝統は屈服せずにはいられない。無用なものは片っ端から毀たれて、新秩序建設の礎となる。流刑植民地の役割を、アメリカはもう担ってくれなくなったのだ。 さても迷惑なことだった。…

  • ユートピアの支え

    二十世紀初頭、排外的民族主義の骨頂はオーストラリアに見出せた。 白濠主義をいっている。 有色人種を叩き出し、かつ侵入を防遏し、彼の地を以って白人の楽土たらしめること。この至上命題を達成すべく、どれほどの知恵が絞られたのか。それについては以前一通り触れたところであるゆえに、敢えてここに繰り返さない。 (オーストラリア、メルボルン市街) ただ、新たな事実として、一九〇二年の連邦議会で、 「白濠主義は外国の安価労働の侵入に対する保護政策である。従って好ましからざる外人労働者の生産品を輸入することもまた、その人の移住とともに排斥すべきものである」 このような発言があったことを書き添えておく。 発言者は…

  • 黄金週間戦利品 ―掘り出し物はいいものだ―

    久々に身の裡に慄えが走った。 まずはこれを見て欲しい。 昭和十一年刊行、『刀談片々』見返しに記されていた墨痕だ。 謹呈 自著 本阿弥光遜(花押) と読める。 日本刀で本阿弥といえば、少しその道を齧った者ならすぐにピンと来るだろう。 室町から続く研師の一族、武士の魂の切れ味を、極限まで発揮せしむる技術の持ち手。 鑑定もまたその生業に含まれて、含まれるどころの騒ぎではなく、明治維新前までは本阿弥家のみが鑑定書――折紙と称する――発行の独占権を所有していた。もの(・・)に依っては折紙自体にたいへんな値が付けられる。権威、推して知るべしである。 そういう男の署名入り著書――。 (本阿弥光遜) ありがた…

  • 北アルプス VS 南アルプス

    南アルプスは欠点だらけだ――。 そんな誹謗中傷に、思いもかけず遭ってしまった。 甲州人として悲しまずにはいられない。 往昔の日本山岳会に、小暮理太郎という人がいた。 群馬の生んだ偉大な登山家、齢六つで赤城山を征して以来、山の魅力に憑かれた男。 地図にない路、どころではない。そもそも地図の存在しない未踏の山に次々挑み、これを征服、本邦登山史の発展に大きく寄与した功労者。 そういう彼が物した文に北アルプスと南アルプスを比較論及したものがあり、その内容がまた随分と北アルプス贔屓というか、南アルプスの不遇っぷりを強調してくれていて、白峰三山を仰いで育ったこの私の精神を、いたくヘコませてくれたのである。…

  • 去勢夜話 ―第二天使ケルビムの聲―

    藿香。 鶏卵の黄身ふたつぶん。 生クリーム一合五勺。 それから砂糖を小さじ半。 これらは牛肉のスープと合わせることでジェニーリンド・ドリンクと呼ばれ、十九世紀の声楽家らが喉の調子を保つため、愛飲していたものである。 最初にレシピを確立したのはスウェーデンのオペラ歌手、「グレイテスト」ジェニー・リンド。 (Wikipediaより、1850年のジェニー・リンド) 発明者の名が、そのままレシピの名前となった。 むろん、美味い代物ではない。 が、声楽家の聲にかける執念は狂気だ。 瑞々しく張りのある旋律を保つためなら睾丸さえも潰してのける、そういう類の集団である。その苦しみに比較(くら)べれば、たかが味…

  • 夢路紀行抄 ―プランテーション―

    夢を見た。 久方ぶりの夢である。 私は農場で働いていた。 いや、これを農場と呼んでいいのかどうか。 世話しているのは桃でも葡萄でも小麦でもなく、カマキリの卵なのである。 (Wikipediaより、オオカマキリの卵鞘) 畝に根を張る、なんだかよくわからない種類の樹木はことごとく、この昆虫に快適な産卵場所を提供するため植えつけられたものだった。畝は幾筋も幾筋も、見渡す限り続いている。総ての卵が孵ったならばいったいどれほどのカマキリが地を這いまわることになるやら、想像するだに怖気の走ることだった。 むろん、そんな事態は有り得ない。適当な時期を見計らい、孵化する前の卵鞘を「収穫」するのが我々労働者の役…

  • 英国紳士とダウジング ―アイルランドに於ける検証―

    イギリス人は検証好きな生物だ。 産業革命を成就せしめただけあって、原理の解明をこよなく愛す。 神秘的な何がしかに直面しても、手放しに感動したりせず、疑惑のまなざしを先行せしめ、それが本当に理解を超えた代物か、納得いくまで試そうとする。 エマーソンの時代、こういうことがあった。 降霊術が英国で大評判になった時、ある英人は百ポンドを密封して、ダブリン銀行に預金し、次に、誰でも彼の手形の番号を云ひ当てた者にその金を贈ると、夢中遊行者、催眠術家、その他に対し新聞広告をした。(『英国印象記』) 挑戦状を叩きつけたといっていい。 (Wikipediaより、王立造幣局旧庁舎) 諸君らが本当に幽冥界と交信し、…

  • 夢と現の境界 ―第十五號患者の記録―

    お見舞いとして贈られた汁気たっぷりなフルーツを、 「それは銅で出来ている!」 と、顔じゅうを口にして絶叫し、一指も触れずに突っ返す。 (たわわに実った甲州葡萄) 曲がり角に突き当るたび、その蔭に、ドリルを構えて待ち伏せしている医者の姿を幻視して、俺の頭蓋に孔を開けるつもりなのだと恐怖する。 誰もいない虚空の上に銀行家や仲買人の姿を描き、本人以外の誰にも見えぬ彼らに向けて熱っぽく、一般庶民の年収を遥かに超える大取引を持ちかける。 腹の中に宝石が詰まっているからと、それを失うのが惜しいと言って便所に行くのを拒絶する。 以上に掲げたことどもは、総てひとりの人間により演ぜられた狂態だ。 フランス・パリ…

  • ダンボール以前 ―流通小話―

    四十五億五千万ボードフィート。 我々にとって身近な単位に置き換えるなら、一〇七三万六八〇四立方メートル。 学校に併設されている二十五メートルプールの規模は、およそ四二〇立方メートルが一般的と聞き及ぶ。するとこれを収容するには、ざっと二万五千個以上のスクールプールが要るわけだ。 それだけの量の木材が、ただ商品を梱包し、輸送の便を図るためにのみ消費(つか)われた。 一九一八年、中米諸国一帯に於ける統計である。 (メキシコ、ヴェラクルス港の関税) これに比すれば、家具の製作に充てた木材など五分の一、造船用に至っては二十五分の一に過ぎない。 何百、否、何千年の歳月をかけ繁茂した、彼の地の豊かな原生林は…

  • プッチ神父とトーマス・エジソン ―発明王の生命哲学―

    あれは結構好きだった。 ホワイトスネイクがスポーツ・マックスに説いて聴かせていた話。 地球上でどれほどの死と、どれほどの生が循環しようと、「魂」の総量は常に一定、増えてもなければ減ってもいない。 永遠の均整を保ち続けているのだと、そんな趣意の世界解釈。 礼拝堂で、十字架のもと。ともすれば冒涜的と映りかねない法談を。あのシーンがあるだけで、第六部は名作なのだ。 つまり この地球で人間の人口が増えれば増えるほどその分だけ他の生物が絶滅してると考えてさしつかえなく………魂全体の数は影響なく一定ということらしい……だがその「魂」をたった(・・・)ひとりの(・・・・)人間が(・・・)「何個」も「何万個」…

  • 紅葉館の霹靂 ―伊藤博文、大激怒―

    「望月ッッ」 その日、紅葉館に雷が落ちた。 紅葉館――東京・芝区に存在していた超高級料亭である。 「金色夜叉」の作者たる文豪・尾崎紅葉が、ペンネームの元ネタとした建物だ。 (Wikipediaより、紅葉館) 隅々まで職人の心配りが行き届いた純和風の邸内。政治家・豪商・軍人・官僚――外国の賓客に至るまで。数多の貴顕が出入するに相応しい、威厳と品格とを完備しきった空間は、しかし現在、ひとりの男の嚇怒によって、まるで噴火口上の如く震えた。 「望月ッ、今の言い草はなんだァッ」 青筋立てて目を血走らせ、宛然一個の鬼相を呈し、罵声を発射し続けるのは「今太閤」こと伊藤博文。 政友会の懇親会で、酒肴の出ている…

  • 「誠意」の氾濫 ―南洋諸島覚え書き―

    最初の世界大戦で、日本は「勝ち組」に身を置いていた。 戦後行われるパイの切り分け作業にも、当然参加する資格を有す。各国の思惑交錯し、智略謀略張り巡らされ、次の大戦への種子がまんべんなく振り撒かれたヴェルサイユ会議が終結したとき。極東の島国の領土には、カロリン、マーシャル、マリアナあたりの島々が、新たに編入されていた。 一般に南洋諸島と通称される領域である。 (Wikipediaより、「講和条約の調印」) 引き継ぎ作業をなるたけ穏やかに完遂すべく、政府は機敏に手を打った。 日本組合キリスト教会に接触し、宣教師の派遣を要請したのもその一環といっていい。 戦前までの統治国――帝政ドイツの手によってか…

  • ゴム鞠たれ、潤滑油たれ ―三井の木鐸・有賀長文―

    面接に於ける常套句と言われれば、大抵がまず「潤滑油」を思い出す。 あまりに多用されすぎて、大喜利のネタと化しているのもまま見受けられるほどである。 人と人との間を取り持ち、彼らの心を蕩かして個々の障壁を取り払い、渾然一体と成すことで、組織としての能力をより効果的に発揮する――そうした能力は確かに貴重だ。どんな時代でも重宝されるに違いない。 明治に於いて、既にそのことに気が付いていた者が居る。 気が付いて、意識的かつ積極的に活用していた者が居る。 元老、井上馨その人である。 (井上の佩刀。元治元年、袖解橋の変の折、差していたもの) もっとも当時、「潤滑油」は未だ一般的な語句でなく、従ってまた井上…

  • 天才、才能を語る ―盲目の箏曲家・今井慶松―

    その少年は四歳で光を失った。 両眼失明という過酷な現実。あまりにも巨大な運命の重石が、小さなその背にいきなり振り落ちて来たわけである。 もしも私が、同じ境遇に置かれたならばどうだろう。果たして耐えることができただろうか。いや、考えるまでもない。とてものこと不可能だ。 我が読書熱はこのころ既に旺盛で、暇さえあれば『日本昔話』とか、『ドラえもん』の単行本を紐解いていたがためである。甚だしきは飯時もこれを手放さず、ために米粒ぽろぽろと、次から次へとおっこぼれ(・・・・・)、その澱粉質の働きににより頁と頁をくっつけてしまった憐れな巻が、結構な数に上ったものだ。物を粗末にするんじゃあないと、叱られたこと…

  • 愚行欲求、脱線讃歌 ―自由な国の民のサガ―

    エマーソン曰く、自由な国の民というは自己の自由を実感するため、意識的にせよ無意識的にせよ、時折わざと間違ったことを仕出かしたがる生物だとか。 正直なるほどと頷かされた。 ウィリアム・バロウズ――例の「薬中作家」(ジャンキーライター)その人も、青年時代にやらかしまくった軽犯罪――走行中の車の窓から銃を乱射し、鶏の頭を吹っ飛ばしたり――の動機について、 ――名ばかりの犯罪行為によって自由を危険にさらすのはロマンチックな贅沢のように思えた。 こんな告白を行っている。 そうしてスリルを愉しむうちに、バロウズは麻薬と「運命的な出逢い」を果たし、二度とは戻れぬ魔道へとひたすらに沈淪していったわけだが、まあ…

  • 英国印象私的撰集 ―エマーソンの眼、日本人の眼―

    イギリスは、誰から見てもイギリスらしい。 前回にて示した如く、びっくりするほど多いのだ。十九世紀中盤に彼の地を歩いたエマーソンの見解と、二十世紀初頭にかけて訪英した日本人の旅行記に、符合する部分が凄いほど――。 たとえばエマーソンの時代、こういうことがあったという。 軍艦建造税の訴訟に於て判官は、これを法律に適へるものとして論じ、「英国はもと島国なるが故、その中部諸州と雖も、皆悉く海岸である」と喝破した。 シーパワー国家・イギリスらしさがこれでもかと躍如としている逸話であろう。 (イギリス、中部平原地方) 裁判官が国益をきちんと念頭に置いてくれている国家、なんと素晴らしい。思わず羨望を禁じ得な…

  • 物狂おしきこの季節 ―杉花粉への憎悪が滾る―

    鼻が詰まって頭がうまく回らない。 味を感じる機能の方も、低下の一途をたどるばかりだ。 ストレスはどんどん蓄積される。杉への殺意が抑え難くなってきた。春――この忌々しい、呪いの季節もいよいよ盛りというわけだ。 杉を地上に創造したのは悪魔の仕業と言われても、今なら私は無条件で信じるだろう。人の活動を阻害すること、あまりに悪意に満ち過ぎている。新たな杉の植林を、犯罪として規制すべきでなかろうか。少なくとも公害認定は十分下していいはずだ。 ガスマスクの購入を、真剣に検討したくなる。 (『メトロ エクソダス』より) 昨晩などは布団に入ってさあ寝ようとしたタイミングで両鼻が詰まり、口呼吸を余儀なくされて、…

  • 包囲された都市のめし ―普仏戦争地獄変―

    戦争の惨禍を蒙るのは、なにも人間ばかりではない。 物言わぬ動物も同様である。 以前私は、ハーゲンベック動物園の悲劇に触れた。欧州大戦末期に於いて、飢餓に苦しむハンブルクの住民は、かつてあれほど秋波を送った堀の向こうの動物たちを、もはや可憐な隣人と看做す余裕を失くした、と。 (Wikipediaより、1890~1900年ごろのハンブルク) 彼らにとってその四つ脚は単なる脂肪とタンパク質の塊であり、ほんのいっときとはいえど、餓鬼の境遇から自己(おのれ)を救済してくれる貴重な資源に他ならなかった。 資源ならば資源らしく、然るべき処置が執り行われて――やがて戦火が熄んだ際には、たった三匹の猿を除いて園…

  • 聖なる炎よ ―帝政ロシアのカルトども―

    広い広い、際涯もないロシアの大地に出現した怪僧は、なにもラスプーチンばかりではない。 女帝エリザヴェータの治下に於いてもフィリポンと名乗る精神的一大畸形が登場し、怒涛の如く吐き出す鬼論で人心を幻惑、天下を聳動させている。 (Wikipediaより、女帝エリザヴェータ) 彼は自分を預言者と、未来が視える、見て来たのだと触れ廻り、世界の終わり――審判の日は既に間近と盛んに警告。今にして天国の門を潜らなければ皆こぞって地獄に堕ちる、さあ勇気を出して己が命を絶とうじゃないかと、わけのわからぬ「救済法」を提示した。 自殺の奨励なのである。 その方法も、縊れ死んだり服毒自殺じゃあ駄目だ。 炎がいい。 基督…

  • イレズミ瑣談 ―文化爛熟、江戸時代―

    ドラゴンボールがいい例だ。 あるいはジョジョのいくつかと、らんま1/2も新装版はそう(・・)であったか。 これら少年漫画の単行本は、その背表紙が一枚絵になっている。優れた趣向といっていい。全部集めて書棚に並べ、完成したの(・)を眺めていると、もうそれだけでひたひたと、達成感が血肉の間に満ちてくる。幼心にコレクターの悦びを教育する第一歩ともなるだろう。 STEEL BALL RUN ―ジョジョの奇妙な冒険Part7 コミック 全24巻 完結セット (ジャンプコミックス) 作者:荒木 飛呂彦 集英社 Amazon この種の仕掛けのはじまりは、ひょっとすると江戸時代まで遡り得るのやもしれぬ。 そうい…

  • 事を成すには ―大久保・伊藤、権勢の道―

    ――それにしても。 と、前回の流れを引き継いで、思わずにはいられない。 それにしても春畝公伊藤博文閣下とは、なんと豊富な逸話の持ち手であるだろう。 ひょっとすると「元勲」と呼ばれる面子の中でも最多なのではなかろうか。これはそのまま人間的襟度というか、伊藤公の情味の厚さに繋がっているかに思われる。 就中、以下の噺は私の特に快としたるものである。 大正三年、三宅雪嶺著『世の中』上に記載されていたものだ。発見時の悦びは、今以ってなお忘れ難い。 曾て西本願寺の重なる僧侶が会合して、改革を計った事がある。島地氏なども居った。時に故伊藤公が席に列したが、その謂ふには「君等が改革を計ったとて何にもならぬ、何…

  • 火事場の伊藤 ―紅炎迫る議事堂で―

    最初はまず、臭いであった。 鼻を刺す――どころではない。「鼻の奥を抉られるような」厭(い)やな臭いがしたのだと、当日警備を担当していた橋口某は物語る。 警備といっても、民間企業の「雇われ」ではない。 彼の所属を闡明すると、「議院内派出所詰警部」。 歴とした公務員――国会議事堂の警備であった。 (Wikipediaより、国会議事堂) これが現代社会なら、たちどころに緊急警報が鳴り響き、間髪入れず対BC兵器装備に身を包んだ特殊部隊がやって来て、事態収拾に当たるのだろう。 だがしかし、議事堂が警察の所轄であることから察せる通り、この事件が起きたのは絢爛たる明治の御代のことなのだ。 それも第一回帝国議…

  • 真渓涙骨私的撰集 ―「千樹桃花千樹柳」―

    涙骨の本は二冊ばかり持っている。 昭和七年『人生目録』と昭和十六年『凡人調』がすなわちそれ(・・)だ。 見ての通り、『人生目録』には函がない。 裸本で売りに出されていた。 まあその分、安価に買えたことを思えば文句の言えた義理ではないが。 構成はどちらも似通った、短文の連続になっている。 まず大抵は一・二行、長くとも五行程度に区切られた警句あるいは箴言――さもなければ詩(うた)にも似た言の葉が延々と続く。 真渓涙骨、本名正遵(しょうじゅん)。 明治三十年以来、こんにちまで脈を引く宗教専門新聞紙・『中外日報』創刊者である。 若かりし日に、子供を亡くした。 「幸子」と名付けた、まだ一歳の娘であった。…

  • 旅に出ます。 ―エルデの王となるために―

    ついに。 ついに、 ついに! ついに!! ついにこの日がやって来た。 令和四年二月二十五日、『エルデンリング』の発売日である。 本日ただいまより暫くの間、私は音信不通になるだろう。エルデの王となるために、持てる力のありったけを注ぎたいのだ。脇目もふらさず没頭したい、それに値する作品と疑いもなく信じているから。 ああもう辛抱たまらない。本当に待っていたんだよこの時を。今すぐにでも狭間の地に我が血痕を印したい。十九世紀――パックス・ブリタニカの下で、世界(大英)帝国の若き俊才、アーネスト・ベネットはいみじくも語った。「猟犬を使ってネズミを殺すとき、賞金付きの拳闘に見入るとき、針にかかったサケを泳が…

  • 伊藤博文、訣別の宴 ―「万死は夙昔の志」―

    初代韓国統監職を拝命し、渡航を間近に控えたある日。 伊藤博文はその邸宅に家門一同を呼び集め、ささやかながら内々の宴を催した。 祝福のため、壮行のため――そんな景気のいい性質ではない。 ――二度と再び現世で見(まみ)えることはなかろう。 だから最後によくこの顔を見覚えておけ。そういう意図に基いた、訣別の宴であったのだ。 (朝鮮総督府) 身内の集まりということで、あれこれ取り繕う必要はない。 赤心を発露していい席だった。声にも顔にも悲愴感をみなぎらせ、伊藤はこんなことを喋ったという。 「予は少年時代より今日に至るまで既に五十余度も死地に臨んで居る。而も一身を邦家の為めに捧げて潔く犠牲たらんことを心…

  • 人間行路難 ―木戸孝允は死してなお―

    起きてはならないことが起きてしまった。 死者の安息が破られたのだ。 墓荒らし――真っ当な神経の持ち主ならば誰もが顔をしかめるだろう、嫌悪すべきその所業。 それが明治十二年、京洛の地で起きてしまった。 場所も場所だが、「被害者」はもっと問題である。 ――よりにもよって。 としか言いようがない。荒らされたのは、木戸孝允の墓だったのだ。 (高瀬川の流れ) 木戸孝允、かつての名乗りは桂小五郎。 言わずと知れた長州の巨魁、西郷・大久保と相並び、維新三傑と呼ばれた男。 華やかな呼び名と裏腹に、その晩年は極めて憂愁の色が濃い。べつに誰かが彼を迫害したのでもなく、彼の内部にいつからか巣食った気鬱の病がいよいよ…

  • 明治の神風 ―奇蹟的な歴史の隙間―

    ――あのとき神風は吹いていたのだ。 そう叫ぶ者に出くわした。 むろん、現代(いま)を生きる誰かではない。古い古い紙の上で、だ。 昭和二年六月十五日発行、雑誌『太陽』増刊号で文学博士・村川堅固が力いっぱい吼えていたもの。 彼の主張するところ、その筋道をなぞってみると、なるほど確かに一定の理がなくもない。 あのとき――すなわち幕末維新。開闢以来、もっとも激しく日本列島が揺り動かされた十数年間。頼朝、あるいは清盛以来、七百年近く続いた武家政権の終焉と、一君万民思想に基く新体制への切り替えが、この短期間中に一挙に成し遂げられたのだ。そのあわただしさが言語に絶するのも当然だろう。 しかしながらちょっと視…

  • 芸術家の対人折衝 ―イドラデウスも御照覧あれ―

    ルーベンス。 有名な名だ。 『フランダースの犬』――ネロとパトラッシュがその絵の下で現世におさらばしたことで、もはや名前ばかりが独り歩きしているような感すら抱く。 (Wikipediaより、ルーベンスの自画像) 彼の活躍は十七世紀。壮麗華美なるバロック絵画の雄として、歴史に不動の地歩を占める。存命時からその名声は十分以上に確立されて、ヨーロッパ諸国の王侯にさえ崇拝者を数多持つ――そういう彼の邸宅を、知ってか知らずか、ある日ひとりの錬金術師が訪れた。 最盛期は既に過ぎ去り、崩壊過程をたどりつつはあるものの。それでもなお欧州各地の闇だまりには石を黄金に変えるという、この怪しげな学問の徒がしつこく余…

  • 明治毛髪奇妙譚・後編 ―ちょんまげこそは日本魂―

    かと思いきやまったく同時期、世間がなんと言おうとも、意固地なまでの一徹ぶりで新奇を拒絶し、旧習の中に根を張って不動の構えを示し続ける手合いもいるから面白い。 断固散髪を肯んぜず、ちょんまげを守り続けた漢たち。―― その筆頭は、なんといっても「鉱山王」古河市兵衛こそだろう。 (Wikipediaより、古河市兵衛) 国会議員の芳野世経、文人画家の服部波山、「最後の剣客」榊原鍵吉、そして馬術の草刈庄五郎――ちょんまげ堅守を宗旨としたのは、傑士の中にも意外と多い。 並み居る群雄をそれでも抑えて、古河が君臨する所以は何か。財閥創始者という世間的地位もさることながら、やはり以下の演説が与って大いに力ある。…

  • 明治毛髪奇妙譚・前編 ―アタマは時代を反映す―

    大清帝国が黎明期、辮髪を恭順の証として総髪のままの漢人の首をぽんぽん落としていたように。 ピョートル大帝がひげに税を課してまで、この「野蛮時代の風習」を根絶しようとしたように。 あるいはいっそヒトラー式のちょび髭が、公衆に対する挑発として現代でもなお禁忌とされているように。 毛髪、特に頭部に根を張る毛というやつは、往々時代を映す明鏡となり、人命さえも左右した。 (Wikipediaより、辮髪の変遷図) わが国とて例外ではない。 半髪頭をたたいて見れば、因循姑息の音がする。 惣髪頭をたたいて見れば、王政復古の音がする。 ザンギリ頭をたたいて見れば、文明開化の音がする。 あまりにも有名な如上の歌が…

  • 不平の種、魂の熱 ―満ち足りることに屈するな―

    こんなおとぎばなしが西洋にある。 どこぞの小さな国が舞台だ。王と王妃が登場するから、王制を採択していたのは疑いがない。夫婦仲は良好で、国民からも慕われていた。 が、なにもかも順風満帆であってくれては、それこそ物語として発展する余地がない。必要なのは問題である、試練である。艱難が立ち塞がってこそ、その攻略の意志に燃え、知力腕力あらゆる力を振り絞る人の雄々しき姿も見える。詩に歌に、芸術を育む土壌とは、得てしてそんなものだろう。 ご多分に漏れず、この王家にも問題があった。仲睦まじさに拘らず、なかなか子宝に恵まれぬ。なにやら「いばら姫」を想起させる構図である。 いばらの王 -King of Thorn…

  • 江尻正一という男 ―日英比較の覚え書き―

    イギリス人で時計と聞くと、私の脳にはどうしても、『ジョジョの奇妙な冒険』がまず真っ先に浮上する。 第一部「ファントムブラッド」の序盤も序盤、ジョナサン・ジョースターの懐中時計をディオが勝手に持ち出して、しかのみならずそのことを嫌味ったらしく見せつけているあのシーンが、だ。 ジョジョの奇妙な冒険 (1) ファントムブラッド(1) (集英社文庫(コミック版)) 作者:荒木 飛呂彦 集英社 Amazon 江尻正一なる日本人がかつて居た。 ロンドンにだ。 大正八年五月というから、欧州大戦の余燼も強いそのころにブリテン島の土を踏み、以降およそ七ヶ年、彼の地で過ごした人物である。そしてその間、南北ヨーロッ…

  • 漢民族の言行不一致 ―支那に幻滅した尾崎―

    以下はちょっと信じ難いような話だが。―― 清朝末期、全国二十三ヶ所に設置された税関は、途方もない運営方針に打って出た。支那人の雇用拒否である。 自国の行政機構から自国民を叩き出し、態々高いカネを払って西洋人を招聘し、業務を遂行させていた。 これほどわけのわからぬ判断もない。流石は「矛盾」の古諺を生んだ土地だと、変に感心したくなる。 (Wikipediaより、神戸税関 本関) 後年「扶清滅洋」――排外主義をスローガンの一つに掲げた義和団が大盛況を呈したことから察せる通り、異人に対する支那の国民感情は、このころ決して良くはない。そりゃあそうだ、アヘン戦争に負け、アロー戦争に負け、そのたび国土は火に…

  • 兵が畑で採れる国 ―李氏朝鮮の「拉夫」事情―

    兵隊の数が足りなくなると、そのあたりの人夫を拉致して形ばかりの軍装をさせ、兎にも角にも体裁の弥縫に腐心するのは、なるほど宗主国様とそっくりだ。 李氏朝鮮のことである。 東学党の乱、またの名を甲午農民戦争が勃発した当初の話だ。朝廷はその保有する戦力中でも最精鋭の聞こえが高い近衛兵を派遣して、事態の収拾を図ろうとした。 (Wikipediaより、東学党の檄文) その数、実に八百人。 大隊規模と考えて、まあ差し支えはないだろう。 祈りにも似た期待の視線が彼らの頭上に注がれた。 ところがいざこの大隊が軍旅に着くとどうであろう。早や翌日から脱走兵が続出し、敵の影も見ていないのに気付けば百余名が消えている…

  • ソヴィエト謹製・催眠音声 ―生命涵養法の一―

    もしかすると催眠音声作品の「始祖」を見つけたやもしれぬ。 精神科医にして文筆家、式場隆三郎の著作に、だ。 昭和十二年刊行、『絶対安眠法』の中に於ける一節である。 映画の与へる強い視覚作用と、トーキー応用による聴覚作用を併せて、治療に役立てようとする試みがソヴィエトで行はれた。 この研究は五年前からモスクワのスハレブスキイ教授によって進められ、最初に完成されたのは「催眠療法」と題したものである。映写幕によって観客に催眠術をかけて、ねむらせようとする方法である。 映画は三巻からなり、第一巻は酒精(アルコール)中毒の家庭、社会、産業などに及ぼす害毒の解剖であり、第二巻は医者がアルコール中毒者に催眠術…

  • 実験動物怪奇譚 ―脳がなくとも生きてやる―

    一九三六年、アメリカのとある医学雑誌にとんでもない実験論文が載せられた。 タイトルは「正常鳥類と大脳摘出鳥類に於ける睡眠及び覚醒の記録」。 鳥類とあるが、より詳しくは鳩を用いた研究である。 (Wikipediaより、カワラバト) 手順はこうだ。まず正常な――何の外科的措置も施していない成体の鳩を籠に入れ、様々な刺戟を彼の五官に加えることで、それが睡眠と覚醒とにどう影響するか確かめる。 外的要因としては光線が、内的要因としては飢餓状態が、それぞれ最も顕著な反応を示したという。 さて、ここまでは前置きだ。いよいよ本番の始まりである。今度は外科的措置により、大脳をそっくり取り除いた鳩を使って同様の実…

  • 煙突なき街、山口市 ―「近代産業に見捨てられた地」―

    明治維新から半世紀。山口市は、近代産業に見捨てられた街の謂(いい)を甘受していた。 人口、僅かに三万三千。大都会岡山の十三万はもとより、同時期の鳥取と較べてさえも六千人ほど少ないという寂寞さ。 (山口市米屋町本通り) 「工場」と呼べる施設など、市内どころかその近郊を探しても、影も形もありゃしない。屋並みを抜いて突き出す煙突はたった三本、その所有者を洗ってみれば、銭湯と醤油屋と大衆食堂と来たものだ。 おかげで大気に煤煙混じらず、呼吸は至って涼やかで、眺望の方も頗るよろしい。山口盆地のふち(・・)をかたどる群峰は、いつだってその稜線をはっきり下界に見せつけていた。 「このわびしさはいったいどうだ」…

  • 庚申川柳私的撰集 ―「不祥の子」にさせぬべく―

    「きのと うし」「ひのえ とら」「ひのと う」「つちのえ たつ」「つちのと み」――。 あるいは漢字で、あるいは仮名で。カレンダーの数字のそばに、小さく書かれた幾文字か。 古き時代の暦の名残り。十干十二支の組み合わせは、実に多くの迷信を生んだ。 (Wikipediaより、カレンダー) 就中、有名なのは丙午(ひのえうま)と庚申(こうしん)だろう。両方とも新たな命の誕生と関係している――主に悪い方向で。 丙午の年に生まれた女は男を喰い殺すサガを持ち、庚申の夜に仕込まれた子は、やがて泥棒に育つというのだ。避けるべき日、不吉な符合というわけである。 現代でこそ一笑に付すべき愚論だが、夜の闇がなお深かっ…

  • 江戸の当時の蕩児たち ―『色道禁秘抄』を繙いて―

    玉鎮丹、如意丹、人馬丹、陰陽丹、士腎丹、蝋丸、長命丸、鸞命丹、地黄丹、帆柱丸。 以上掲げた名前はすべて、江戸時代に製造・販売・流通していた春薬である。 左様、春薬。 現代的な呼び方に敢えて変換するならば、媚薬とか催淫剤とかいったあたりが相応しかろう。まあ要するに「いもりの黒焼き」の親戚めいた存在だ。 (黒焼きの製法) ――支那伝来の薬方にて調合せしうんたらかんたら。 こんな具合の触れ込みで世の助平どもを釣り上げるのがならわし(・・・・)だった。 人はとにかく煩瑣を厭う。面倒な手続きなど踏みたくないし、立ち塞がる険路を見ては馬鹿正直に乗り越えるより、何処かにそれを回避する抜け穴・裏道・隠し通路は…

  • 男装の麗人、その魅力 ―HENTAI文化は江戸以来―

    文政九年のことである。 江戸は上野の山下で、世にも珍奇な見世物が興行される運びとなった。 女力士と盲力士の対決である。 互いに十一人の選手を出して、最終的な勝ち星を争う。 (Wikipediaより、土俵) 土俵の神聖もへったくれもない話だが、実のところあの領域が女人禁制となったのは、もっぱら維新の影響に負うところが頗る大で、徳川三百年の治世に於いてはその点いたって緩やかだった。 明和と天明の二回にわたりピークがあって、江戸はおろか大坂でも盛んな取り組みが見られたという。 ただ、その相手が男衆――それも盲人揃いというのは初めてのこと。 おまけに女側の力士というのも、酌婦あがりが結構な数を占めてい…

  • 正月惚けの治療薬 ―川柳渉猟私的撰集―

    思考がどこか惚けている。 正月気分で緩んだネジが、未だに二つか三つほど、締まりきっていない感じだ。 しゃちほこばった文章は、角膜の上をつるつる滑って逃げてゆく。 こういう時には川柳がいい。 するりと脳に浸潤し、複雑な皴を無理なく伸ばす。そういう効果をもっている。 現に私はそのようにして、その心地を味わった。 で、久々の渉猟の成果というか、特に効験があったのを以下に陳列させてもらおう。 四面四角と揶揄されがちな日本人の、貴重なユーモアの精髄である。楽しんでいただければ幸いだ。 朝めしを 母の後(うしろ)へ 喰ひに出る まさしく帰省中の私である。 滞在中、ついに一度も、母より先に寝床から這い出すこ…

  • 本間雅晴、アフガンを説く ―九十年の時を超え―

    アリストテレスはいみじくも言った。 未来を見透したいのなら、過去を深く学ぶべし、と。 政体循環論の如き、悠久の時のスケールで人間世界を貫く哲理を求めんとしたこの男らしい口吻である。 幸いに、と言っていいのか。 過去を知るのは大好きだ。 大日本帝国時代の刊行書籍を、去年はずいぶん紐解けた。 今年もそのことに鋭意努めてゆきたく思う。 さしあたり、まずはアフガニスタンだ。 (カブールの眺め) 今も昔も、日本とは縁遠い国である。 昭和二十年以前に於いて、彼の地の事情を広く江湖に伝えんとした物好きが、いったい幾人いただろう? 極めて少数なのは疑いがない。ひょっとすると、片手の指で数えられるほどではないか…

  • 夢路紀行抄 ―今年最後の夢模様―

    夢を見た。 「今日でよかった」、心の底からそう思わされる夢である。 私は山の中にいた。 雪が積もっている。膝の上までゆうに没する。完全な冬山の景である。 いとも容易く人を呑み込む山中異界。斯くの如き危険地帯をなにゆえ進んでいるかというと、理由はすべて己自身の迂闊さにある。 麓の世界で馬鹿をやった。血気に逸って新撰組に切り込んで、しかも返り討ちに遭い、尻尾を巻いて逃げ出したのだ。 近藤勇に幾度か太刀を浴びせたものの、猫の毛一本ほどしか減らぬ彼のHPゲージを目の当たりにして、ああこりゃ駄目だといっぺんに気組みが挫けてしまった。 せめて相手を退かせていたなら仲間内の評判もよく、俺のところで庇ってやる…

  • 福澤諭吉の居合術 ―老いてますます盛んなり―

    福澤諭吉が居合の達者であったのは、こんにちではもう随分と人口に膾炙された話であろう。 さる剣客がその刀勢を目の当たりにし、腰の落ち着きぶりといい、裂かれる大気の断末魔といい、「もしあれほどの勢いで斬りかけられたら、例え受け止めたとしても、受け太刀ごと両断されるに違いない」と嘆息混じりに語ったと。 (中山博道範士による試刀の図) これは紛れもなく事実であった。福澤の書簡を手繰ってみると、 還暦過ぎの老躯を以って、 刀身二尺四寸九分・目方三百十匁の太刀を、 雄叫びと共に抜き放ち、踏み込みして宙を斬り、鞘に納める一連の動作を、 一日千回から千二百回、しかも一度も休みを挟まず――「午前八時半から午後一…

  • 名誉の戦死を遂げた鳩 ―聖なる夜に想うこと―

    鳩は一般に平和の象徴と認識されるが、果たして然りか。少年時代、彼らの共喰いを見て以来、この点ずっと疑問であった。 ほんのたわむれにフライドチキンの欠片を毟って投げ与えてみたところ、あまりに良すぎる喰いつきに思わず寒気を覚えたものだ。いやまあ、フライドチキンは鶏肉だから、厳密な意味での共喰いにはあたらないのやも知れないが。とにかく強い印象を残したことは確かであった。 実際問題、鳩ほど戦争遂行に役に立った動物というのも珍しい。流石に馬には敵わずとても、犬には匹敵、あるいは凌駕するのでないか。 むろん私は軍鳩(ぐんきゅう)を――軍事用に訓練された伝書鳩を言っている。 通信技術が未発達な時代にあって、…

  • 合衆国の黄金期 ―「生産、貯蓄、而して投資」―

    鉄道王の没落は、世界大戦の後に来た。 一九一四年に端を発する大戦争。トーマス・アルバ・エジソンをして「この戦争で人類の歴史は一気に二百五十年跳んだ」と唸らせた通り、一千万の生命(いのち)を奪った未曾有の悲劇は、しかし同時に、地球文明そのものを未来に向けて猛烈な速度で射出する、一種カタパルト的な役目も担った。 (人垣前列中央にフーヴァー、その左にエジソン、左端にフォード) 北米大陸の交通事情も、その影響から逃れることは叶わなかった。 もろに喰ったといっていい。それまでこの国で生きる一体誰が、鉄道王とその一族の光輝に翳りが差すなどと、そんな不遜な予測をしたか。 居なかった。 絶無であると断言してい…

  • 若気の至り ―八ヶ岳の麓から―

    古書を紐解く至福のさなか、頁と頁の合間とに不意に見出す前所有者の忘れ物。 思いがけない出逢いにはもう随分と慣れた心算でいたけれど、これは流石に驚いた。 昭和六年、福永恭助著『挑むアメリカ』。 神保町で買い購(もと)めたこの本に、故郷山梨ゆかりの品が紛れ込んであったとは。 井上円了『日本周遊奇談』以来のことではなかろうか。あちらは「山梨県立日川中学校学友會蔵書之章」の朱印であった。今回見つけた代物はもうちょっと長い。お目にかけよう、清里村から本郷区へと送られた、一葉の郵便はがきである。 東京市本郷区龍岡町三三紅葉荘橘林洋司様 清里にて HIROMI と読めばいいのか? 消印と切手から判断するに、…

  • カネは最良の潤滑油 ―「賄賂天国」支那の一端―

    北京の街を、日本人の二人組が過ぎてゆく。 西へ向かって。 うち一人の名は有賀長雄。 日清・日露の両戦役に法律顧問の立場で以って貢献した人物だ。ウィーン大学留学時、ローレンツ・フォン・シュタイン教授に師事し磨いた彼の智能は本物であり、旅順要塞陥落時には通訳として間に立つなど偉勲があった。 (Wikipediaより、有賀長雄) 明治四十二年にはノーベル平和賞の候補者として名が挙がったこともある。 その経歴と手腕を見込まれ、大正二年、大隈重信の仲介により、今度は袁世凱の法律顧問におさまった。 以来、中華民国を名実ともに第一流の国として世界に認めさせるため、骨を折り続ける毎日である。そんな有賀博士のも…

  • 民国元年、北京掠奪 ―袁世凱の怪物性―

    一九一二年二月二十九日、北京にて。―― 支那大陸の伝統行事が始まった。 この地に置かれた軍隊のうち、およそ一個旅団相当の兵士がいきなり統制から外れ、暴徒に変身――あるいは本性に立ち返り――、市内の富豪や大商を手当たり次第に襲ったのである。 掠奪劇の開幕だった。 (北京西郊、万寿山の景) 蛮声と共に門扉を破り、邸内に侵入した兵士らは、落花狼藉、女子供を追いかけまわし、亭主を二三度ぶちのめし、鼻の骨ごと反抗の気を折ってから金庫の鍵を開けさせて、もう一度ぶちのめすか殺すかすれば、あとはいよいよお楽しみである。 ありったけの金銀宝飾、財貨の類をかっぱらって次に行く。 兵士が去って、しかしそれで終わりで…

  • 夢路紀行抄 ―地下に轟く稲光―

    夢を見た。 雷の鳴る夢である。 私は階段を下りていた。 幅は狭い。おちおち両手を広げることも叶わない。 手すりもなく、バリアフリーなど思いもよらぬ旧態然とした造り。照明は薄く緑がかって、左右の壁にビッシリ描かれた落書きを、文字とも模様ともつかぬそれらを、いよいよ不気味に浮き上がらせる。 「雑然」とは、ああした場所を示すべく存在する言葉であろう。 下りきったところ、突き当りにラーメン屋がある。 そこが目的地であった。 ところがいざ暖簾が見えるやどうだろう。 禿げた額をタオルで覆った店長が、その本来の居城たる厨房から脱け出して、腕組み門前に突っ立っている。 一応腕時計を確認したが、間違いない、営業…

  • 女子高生と砂袋 ―越後高田の教育方針―

    新潟県立高田高等女学校の実景(ありよう)は、私が従来「女子校」という言葉に対して抱懐していたイメージが、如何にステレオタイプに凝り固まった的外れな代物か、痛快に思い知らせてくれた。 前回同様、この地にも、岡本一平の足跡がある。 (Wikipediaより、岡本一平) ネタを求めて西に東に、ときには列島を飛び出して、世界一周旅行にさえも――岡本はアクティブな男であった。 かてて加えて、丈余の雪が降り積もる厳冬期を態々狙い、北陸へと赴くあたり、粋と言おうか、通と呼ぼうか。 一歩なにかが間違えば、線路も真白く覆われて、鉄道不通に、「陸の孤島」と化したその地で先の見えない隔離生活を余儀なくされる危険性と…

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