邪馬台国関連の雑誌、書籍本、動画等を見ると、卑弥呼の死後、13歳で女王になった宗女の名前表示が、筆者によって、台与と表示しているものと、壱与と表示しているものがあります。壱与(台与)は卑弥呼の宗女で、卑弥呼が亡くなった後、邪馬台国の女王として再
魏志倭人伝の書き出しは下記の漢文より始まります。 倭人在帶方東南大海之中依山㠀為國邑 舊百餘國漢時有朝見者今使譯所通三十國 從郡至倭循海岸水行歴韓国乍南乍東 到其北岸「狗邪韓國」七千餘里今回はこの箇所の漢文に書かれている「狗邪韓国」について考えたいと思い
魏志倭人伝に「及共立一女子為王」と書かれている漢文があります。ここに書かれている共立(共に立てた)とは、誰と誰が共に立てたのか?今回はこの共立について考えたいと思います。この「共立」が記述されているのは下記の漢文に書いてあります。まず、この箇所にはどう
魏志倭人伝に記述されている邪馬台国の女王の「卑弥呼」は高齢で夫はいなく独身である。 世間一般的には、此のように理解されている方が多いのではないでしょうか?どうしてこのように解釈されてるのでしょうか?たぶん次の箇所の漢字からそのように解釈されたようですが、
魏志倭人伝をはじめ、中国の古文献には、倭、倭人、倭地、倭種、倭王、倭国のように倭の字を使ってヤマトを表わしています。今回は、この倭について考えたいと思います。魏志倭人伝に書かれている倭の字を見てみると、書かれている箇所によって倭の漢字が示すニュアンスが少
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